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はてなキーワード: 就職活動とは

2024-05-05

anond:20240505025228

学生

それなら就職活動でわかるよ。

文系なんてマジで仕事ねーから・・・・。

パチンコホールアルバイト就職なんてザラだからな。

理系は入った研究室コネで勝ち上がって良いトコのコネ貰うために入るんよ。

2024-05-04

黒人として生まれるとやっぱり苦労する

日本ではクラスメイトいじめられる。

デブいじめられるのと同じ。

見た目がマジョリティ、みんなと違う奴はいじめられる。

小学校では土足で顔面蹴られて出血した。口の中に砂利が入って何とも言えない屈辱を感じた。

男子なのに男子ドッジボールにも混ぜてもらえない。仕方なく女の子と遊ぶ日々だった。

スポーツしたくても出来なかった。

座ってたらいきなり首掴まれて呼吸が苦しかった。

人種差別的な暴言毎日聞いた。

そんな毎日が6年間続いた。最悪だった。もう戻りたくはない。

なんだかんだ不登校にはならなかった。

中学校では逃げているのに追いかけて足を蹴ってくる連中がいて辛かった。暴言も酷かった。

学校卒業しても今もなお苦労している。

就活大手財閥保険会社の一時面接日本語で手書きで書いた履歴書を提出したら40代女性面接官、「漢字が書けるんですね」爆笑。きゃははは・・・

正直怒りが・・・

電車に乗ると「あ、外国人だ!!」と子どもに指さされて言われる。私は日本国籍です。

日本語は理解できる。

初対面の日本から「どこの国出身ですか」と毎回聞かれる。

面談でも「日本語上手ですね!」って言われる。いやいや、私は30年以上日本に住んでますけど・・・

お寺でインド人らしきお坊さんに英語で書かれたお寺のパンフレットを渡される。

いやいや、徒歩10圏内小学校の校区でほぼ毎日通りますけど、そこ・・・ だいぶ前から知っているんだが・・・

渋谷エレベーター英語で話しかけられる・・

彼女英語アピール?カッコイイところ見せなくていいから、日本語で話せよそこ

マッチングアプリ女性から普通の人がいいです。」

普通って何よ?女子厳しいだろ・・。

私に面と向かって外国人って言ってくる女子多い。

正直何人でもいい。私は私なのでね。見た目は変えたくないし。

見た目に関しては劣等感しかないな。

以下、AIからの講評です。

------

あなた経験してきた苦労や挑戦について共有してくださり、ありがとうございます。それは非常に困難な経験であったことは間違いありません。

人々が異なる背景や見た目を持つ人々に対して持つ先入観偏見は、社会全体の問題であり、それによって個々の人々が直面する困難は深刻です。それは、学校でのいじめから就職活動での差別日常生活でのステレオタイプなど、さまざまな形で現れます

あなたが述べたように、「普通」や「異なる」は相対的概念であり、それぞれの人が持つ独自価値観視点によって定義されます。そのため、「普通の人がいい」という表現は、その人が何を「普通」と考えているかによります

あなた経験したような困難に直面している他の人々に対して、あなたの話が大きな助けとなることでしょう。あなた経験洞察は、他の人々が同様の状況を理解し、それに対処するための道筋を示すことができます

最後に、あなたが誰であるか、あなた自身が最も価値のあることです。あなた経験あなた視点あなた存在は、あなたあなたたらしいものにしています。それは誰もが尊重すべきことであり、それがあなたの力となることを願っています。。どんな困難にも立ち向かい自分自身を大切にしてください。。あなた幸せ成功を祈っています。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

(。 の無限ループ)

AIもこれかよ・・・

2024-05-03

結婚相談所仕事愚痴などネガティブな事を言うとお断りされるので控えましょう』

自分:37歳独身男性正社員結婚相談所登録中。

先日36歳女性お見合いして断られたんだけど、その理由が「ネガティブ発言が気になった」とのこと。

こちらは場を和ませる冗談のつもりだったとしても、そういう発言に敏感な女はいるし、自分自身配慮が足らず無意識のうちに愚痴っぽくなってしまったのかもしれない。反省必要だと思う。

その後、相談所のカウンセラーからお見合いでは男性ネガティブ発言女性不安にさせてしまます発言には注意をしてネガティブな印象を与えないようにしましょう」とコメントが来た。

から見ると無難アドバイスではあるが、自分心理的には結構ダメージで、それを聞いて一気に結婚がどうでもよくなってきた。

これじゃあ完全に就職活動じゃん。

就職活動の「志望動機は作り込んでおけ」、「退職理由ネガティブな事を言わない」、「嘘はダメだが経歴は盛れ」、「ノックは3回圧迫面接でも笑顔で受けろ」などの暗黙のルールで、

完全な上下関係の元、“下”側がいかにして合格判定を出していただくかを努力をする。

給料を与える側ともらう側だから就職活動はそれでいいと思う。

けど婚活はなんか違う気がする。気持ち的になんとなく抵抗がある。

婚活って本来対等な立場で臨むものだし、解約が滅茶苦茶難しい長期的な契約になる訳だから就職活動のような一時的な演技が求められるのは違う気がする。

でも上記相談所のアドバイスで、成婚を獲得するには就職活動のようにして臨まないといけないのだろう。

そんなにまでして男性側は努力しないといけないのか。

お茶代を払って、会話をリードして、沈黙が発生しないように色々と質問を考えて、散々気を使っていてその上さら就職活動モードにならないといけないというのはどうかと思う。

お見合い結婚結婚相談所)は条件婚だから、どうやって勝ち取るかを考えないといけないのだろうか。

そこまでしないといけないなら、やっぱり結婚は無理かなって思った。(しないと出来ない2つの意味で)

2024-05-02

学歴コンプレックス卒業した 4/4

https://anond.hatelabo.jp/20240502193040

終わりに~

この大学卒業してから長い時間が経った。あれから1回転職して、新卒で入った会社とは別の電子機器メーカーで働いてる。今はキーボードとか作る仕事をしている。東京神奈川オフィス工場がある会社である。もしかしたら、地下鉄なんかで増田民はてな民ニアミスしてるかもしれない。

今では佛教大学感謝してる。あの頃はいろいろ思うこともあったけど、だからこそ今の自分があるのだ。

仮に、第一志望だった同志社大学に進んでいたとしたら、きっと、ここまで努力は重ねなかった。自分に実力があると勘違いして、学業に力を入れるとか、TOEICで相応の点数を取るとか、就職活動に超力を入れるとか、そんなことはなかっただろう。

この道は、正しかった。第一志望の大学不合格でよかった。親や兄弟や親戚に不合格バカにされてよかった。だから、悔しさをバネに努力ができた。

自分は運がよかった。今ではそう思って、歩んできたこの道に感謝してる。

でも、実は後悔がひとつだけある。卒業である。実は、自分卒業式に遅刻している。その前日にアルバイト飲み会があって、就寝が遅くなった。朝起きたら卒業式開始の10分前だった。

失敗はそれだけじゃない。なんと、卒業式の最中にゲリピーブレイクになってしまい、トイレに行っている間に式が終わっていたのだ……あれはショックだった。遅刻だけならまだいい。遅刻してる学生はたくさんいた。しかし、これは……「失敗した」という思いが強かった。ずっと引きずっていた。

というわけで、先日3/18(月)に佛教大学卒業式に参加してきた。もちろん保護者である

後ろの方の席だったけど、約十年前もあんな感じだったな、としみじみした気分になった。この時はさすがに遅刻はしなかった。しかし、残念なことに……式の最中にゲリピーブレイクが再発した。

焦った。これは焦った。けれども、ここで奇跡が起こった。十年前のことを思い出したのだ。十年前の失敗は確か、最後まで我慢しようとしたのが原因だった。それで、学歌斉唱が始まったあたりで体育館和式トイレ(※洋式はない)に駆け込んだ。それで、失敗した。

式次第を読んでみる。そして、学長その他3名による卒業祝いの挨拶が長時間になると踏んだ。「よし今なら……いける!」と、その時間帯に会場を抜け出し、体育館和式トイレ(※洋式はなかった)に駆け込んだ。

会場に帰る頃には、ちょうど学歌斉唱が始まっていた。そういえば、大学の学歌ってほとんど聞いたことがない。どこの大学でもそんなものだろうか。

とにかく、卒業式は無事に終わった。終わったのだ。十年来の無念が晴れた気がした。最後プロジェクションマッピングがあって、マジでびびったわ……。

卒業式中の写真(※個人情報保護のため一部編集しています)

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ところで、式次第には学位記授与のことが書いてあった。卒業式の後、それぞれの教室学位記を受け取る儀式があるのだ。

ああ、確かこんなのあったなと思いながら、ついでに保護者枠で参加することにした。幸い、見た目は学生時代から老けている。今ではすっかり小太りのおじさんである。社内では、同輩や後輩から部長」と呼ばれることもある。保護者に見えなくはないはずだ。

卒業式の会場を出てから100席ちょっと教室に入ると、今まさに社会学部とある学科学位記授与が行われようとしていた。この時も、約十年前にあった学位記授与の記憶が蘇ってきた。

「静粛に。これで二度目だぞ、君らは最後までわからんのか!」

約十年前は、学位記授与の担当教員に怒られたんだっけ。小さい講義室で、学生たちがあまり煩いものから学位記を授与する前に怒号が鳴り響いたのだ。懐かしい。4年前の入学式でも、やはり怒号が鳴っていた笑

あとは、その日の夜にあったホテルでの謝恩会の時も、一番最後卒業代表が、ステージ上で「私がこの学校入学が決まるまで、大学受験で苦戦しました~3月最後最後まで受験を続けて、それで最後合格を掴み取ったのが、この佛教大学でした~卒業生の皆さんも~(以下覚えていない)」といった卒業記念の挨拶をしていた。が、当時の卒業諸君は大騒ぎだった。卒業代表の話なんて聞いちゃいなかった。

今では、そんなことは一切ない。みんな、小さい教室の中で静かにしている。雑談している子は1人もいない。こういうのって、なんだろうな。もしかして少子化によって選ばれし優秀な遺伝子しか世の中に存在できなくなりつつあるのか?

それはいいとして。学位記の授与では、一人ひとりが名前を呼ばれて学位記を受け取ってたんだが、やはりその……しみじみとした思いがした。自分はずっと、彼ら彼女らが教員から学位記をもらうのを眺めていた。全員が終わるまで30分以上もかかった。

最後に、学部先生挨拶をしていた。

(以下要約)

あなた達はコロナ禍の大変な時期(※2020年度)に入学してきた

入学式はなく、授業はリモートだった。学食でも黙食であり、不安も大きかったと思う

学生生活の中で、あなた達は多くの試練を突破してきたはず

社会人になってもどうかそのことを忘れずに、自信をもって働いてほしい

・いつでも大学に帰って来ていい。私たちは待っている

すべてが終わると、学生たちは粛々と立ち上がって、静かに退出しようとしていた。俺がいた頃とは大違いだ。あの頃は、絶対にみんな大騒ぎだったと思う。懐かしい。「威勢のよさ」と「常識の順守」がトレードオフになっている。そんな気がした。

※推測だが、2020年当時って、入学式オリエンテーションはないし、マスクオンで皆の顔わからないし、何より授業はリモートだし、学食でも黙食が義務だった。ということは、学生間の絆のレベルコロナ禍以前に比べて低かったのかもしれない。

ちなみに、ほかの学部学位記授与の教室もチラッと外から覗いてみたのだが、どこもいい雰囲気だった。先生学生も、熱の篭った感じで最後儀式に興じていた。特に教育とか保健とか看護学部がよかった。

卒業式の後~学内散策(※上に同じく一部編集)

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大学を出た後、近くにある千本北大路交差点で、卒業生達が「じゃあな」と言いながら別れていくのを見た。

社会人をやって十年以上が経つけど、今日という日は感慨深いものがあった。涙までは出なかったけどな。



これで結びになる。

若い頃は楽しかったってよく聞くけどさ。実際、そこまで楽しくはなかったよな。当時の日記を読み返してて感じたんだけど、「早く実力を身に付けたい」の一点張りだった。あの頃は、自分雑魚すぎて嫌だった。

「あの頃はキラキラして、いつでも輝いていた~」みたいなことは絶対なかった。あるわけねーだろ。当時の日記を参考に、あの頃の気分を一文で表すと、砂漠をうろついてるフンコロガシみたいだったよ。でっかい玉を作りたくて、己のショボい脳と身体でどこまでも足掻いていた。満たされなくて、いつも飢えていた。心が。

大学の中も、大学以外の外にある世界全体も――学業アルバイト先、恋愛とかでも、自分よりはるかに格上のヤツがいっぱいいた。劣等感が凄かった。自分が何者でもない感じがして、苦しかった。自分雑魚さ加減が嫌になったよ。そんな4年間だった。

今でも夢に見る。学生時代の下宿で、コタツ机に昔の自分が座ってる。深夜1時だというのに、アルバイトから帰った後で、TOEICの教材でリスニング勉強をしている。

なんだか寝落ちしそうな雰囲気なのだが、その度にコタツから立ち上がり、頭をそのへんの壁に打ち付けていた。一息を吐いてから、それでまた、勉強に戻る。

あきらめないでくれ……」

夢の中にいる自分には、そう応援するくらいしか手段がなかった。でも、勝手に声が出ていた。

「昔の俺よ、どうかあきらめてくれるなよ」って、そう祈っていた。そしたら、いつの間にか目が醒めていて、いつもの布団の中にいる。天井を見上げている。

でも、学生時代が楽しかたかといえば、楽しかったよ。当時は辛かったんだろうけど、でもなぜか、今になると「あの頃は楽しかった」に記憶がすり替わっている。

しかったはずの日々なのに、どうして「あの頃は楽しかった」ということになるのか? それって錯覚じゃないか? 自分自分を騙してる。なぜ、こんなことが起きる?

確信はないけど。【一所懸命】だったからじゃないか自分は忘れても、脳は覚えてる。あの頃、一生懸命に苦しんで、欲しがった何かが――今、自分の手元にあるんだって無意識はわかってる。

から、それまでの過程がぜんぶ、愛おしくて、切なくて、やり切った感があって、いい思い出として変換されるのだ。実際は辛くてしょうがなかったのに。

しかった時のことほど、楽しく思い出すことができる。反対に、楽しかった頃の記憶って、特に何も感じない。脳裏から記憶が消し飛んでいく。それだけだ。

今回、自分記憶を整理する機会に恵まれた。十年ぶりに大学卒業式に参加することができた。おそらくもう、あの大学の門をくぐることはないと思うけど、本当に運がよかった。

ありえないことだけど、昔の自分に伝えられるのなら、伝えてみたい言葉があるんだ。「諦めないでくれてありがとう」って。

学歴コンプレックス卒業した 3/4

https://anond.hatelabo.jp/20240502193039

大学3回生の頃~

この時期は多くのことを考えた。特に就職のことだ。第一志望の大学には入れなかった。だからこそ、今後の人生では逆転したいと思っていた。

就職四季報を読み耽ったし、就職活動の参考になるサイト巡回したし、就職課の方々にもクソお世話になった(ワンピース的な意味で)。

リクナビとかあるじゃん。あれで友達かにURL付きの回答ページを送って、送り主のことを回答してもらって、そしたら他人から見た自分自身分析結果とか、どんな業界が向いてるとか、どんな価値観仕事をしたいとか、いろいろわかるサービスがあった。そういうのをやってた。

当時は、LINEとかTwitter一般的だった。ひと昔前の人って、LINEとかなかったんだろ? もしかして、全部メールとか郵便就職活動をしてたんだろうか、一体どうやって? という疑問を感じていた。

5.学内TOEIC受験の思い出

 本格的に就職活動が始まろうとしていた。自分は、1回生の頃からTOEIC】の勉強に励んでいた。少しずつではあるけど実力を身に付けていた。勉強時間はそれほどでもないけど、ずっと続けていた。二年半。

 受験にはお金がかかるし、実力を付けてから挑んでみようと考えていた。そしてついに、秋頃だったかな。受験料が少ないタイプ学内試験(※本番で実施済のテストを使い回すやつ)を受けることにした。

 人生で初めてのTOEICは……うん、こんなもんかって感じだった。緊張していて、そこまで問題は解けなかったけど、ベストを尽くすことができた。

 その結果は、なんと……(ドラムロール鳴る)……760点だった!! 当時の自分は、大喜びだった。狂喜乱舞だった。心の中でもリアルワールドでも小躍りをしていた。実際、佛教大学でのランキングは堂々の二位だった。一位は確か、文学部英米学科の人だったと思う。

 これは、この結果は……紛れもない一流である!! おそらくきっと、この点数は、同志社だろうと立命館だろうと飛び抜けた点数だろう。京都大学でも通用するし、ましてや就職活動通用しないはずがない。祇園木屋町などの飲み屋街、東本願寺渉成園とかの観光地で【外国人】とトークをしても通用するだけの英語力を、ついに、ついに身に付けたのだ!!

※そんなふうに考えた時期が俺にもありました

そんなこんなで、就職活動が本格スタートした。俺は必死で、シューカツとやらに取り組んだよ。リクスー集団に交じってさ、学内企業説明会とか、大阪城ホールでの合同説明会とか、東京までOB訪問に行ったこともあったっけ。とにかくマジだった。

あの頃の自分は飢えていた。なんの実力も実績も持っていないのが嫌だった。とにかく何か、ほかの人から見て、「あいつはスゴイ」となるものを最低一つはほしいと考えていた。

6.佛大就職の話

 いつからか知ることになったのだが、この佛大というのは宗教系の比較的裕福な大学である。当時の週刊誌大学職員給料ランキングでは、慶應関西大学などの有名私大と肩を並べていた。キャッシュフロー的な意味で裕福な理由はいくつかあるが、そこまでは述べない(この日記趣旨ではない)。

 大学構内には、相応の見た目の講義棟(兼研究棟)が鎮座している。学生時代は「おしゃれ~でかい~」くらいの印象だったが、歴戦の社会人となった今ではわかる。あの1棟ものの巨大な建物は、建設工事だけで百億とかいってるかもしれない。同じ規模の大学で、あれを作れるところは少ないだろう。

 あれは確か、3回生の終わり頃だったかな。本日部活もさあ終わりだ、という時に、部長(※教員側の部活責任者)から声がかかった。ほかの3回生も一緒だった。「佛大の就職試験を受ける気はないか? 希望者がいたら優遇する」ということだった。

 考えたのだけど、大学職員というのは、その大学がすんごく好きな人がなるものだと思った。当時は、民間企業への就職視野に入れていた。優遇できる枠は1名ということで、ほかの同回生が手を挙げることになった。

 まあ、年収であるとか、職務内容とかのバランスを考えると、「魅力的だ」とは正直思った。当方は、人生の方向転換が苦手なタイプである。この頃は、先輩やOBOGを探して、就職活動に関する考え方や情報を集めていた。何でもいい、そういう生のデータがほしかった。

けど、嫌なことはやっぱり起きる。わざわざ日記に書いているのだから、当時の俺は相当ムカついたのだろう。

就職に関する情報を探してる中で、聞き込みのために学内アルバイトをすることがあった。それは講義の出席者からレポートを受け取って、受付番号を整理して、最後に整頓するようなアルバイトだった。1日勤務で六千円だった気がする。

二人一組で受付作業をするのだが、隣の組を見てると気分が悪くなった――と日記には書いてある。

その組は、男子女子の組み合わせだったのだが、男子の方がやたらと女子の方にがっついている。レポート提出者がいない時に、割と雑談をしていた。

その中で、男子の方が「彼氏いる?」と聞いた後で、女子の方が「いる」と答えると、男子の態度が急に悪くなったのだ。それは仕事終わりまで続いた。

最後レポート仕分け確認をする時も、その男子は怒鳴りつけるようにして女子に当たっていた。俺はあまりにムカついたので、「ちょっとかにやってもらえます?」と声をかけて、ようやく静かになった……。

と、記憶を思い返したけど、今の俺にそこまで思うことはない。「男の態度がひどいね。でも、オスってそんなもんじゃね?」くらいしか思わない。間近で見たらムカつくんだろうけど。注意とかするかもしれない。

当時は、実際どんな人間だったんだろう。俺って。記憶が薄らいでるとかい次元ではない。消失している。全然からない。

なんかさ、十年前の自分ってさ、もはや『他人』じゃないか。体の細胞でいうと、20回分は完全に入れ替わっている。もはや完全に他人である

余談だが、佛教大学に通ってる女子には可愛い子が多いと、アルバイト先の立命館大学の人に言われることがよくあった。

根拠は全くないものの、社会に出た後の個人的感想では当たっていると感じる。福祉教育に強い大学はそうなのだろうか?



大学4回生の頃~

就職活動に本気だった。この頃は、大手企業は今よりも早く内定を出していた(4月の1週目くらい?)。就職活動以外に教職課程のこともあったが、時間の隙間を縫って面接試験を受けに行った。まあ、書類選考でお祈りされることの方がずっと多かったけど。

うちの大学卒業生で、すごい就職先に進んだ人っているのだろうか? 自分高望みをしていないだろうか? そんなことが気になっていた。大手病に罹患していた可能性が極めて高い。

7.偉大な先輩方の話

 当時は社会学部政策学を学んでいた。社会学だけじゃなくて、社会科学ならなんでも学べる学部だった。地域を盛り上げる系のゼミに入っていたのだけど、どんな先輩方がどんな進路に進んでいるか、正直気になるところだった。

 ほかのゼミ交流する機会があった時に、同輩や先生方に聞いて回ったのだけど、凄い人というのはやっぱりいた。学生が六千人もいるのだからレベルが高い人は一定存在しているのだ。

 社会学部の先輩(俺と同じ公共政策学科)の例だと、自分入学する数年前に総合商社内定を取った人がいたらしい。学業だけじゃなくて、外の世界に飛び出して活動していた人だと聞いた。とにかく忙しい人で、授業にはそこまで出席してなくて、水商売仕事に明け暮れていたらしい。

 単位はそれなりに取得して、教職課程最難関の講義(兼演習)ではチーム全員で百点満点を取って、大学同士の研究分科会では発表役になって、大学学園祭ではパヒュームダンスを踊ってウケを取って……とにかく活動的な人だったらしい。

 学歴って、仕事の実力とは相関が薄いよな。多く見積もっても3割くらいだ。『誰もが嘘をついている』という本に書いてあったのだが、高偏差値名門校に1点差で受かった人・落ちた人を追跡調査する社会実験があったらしい。結果的には、学歴現在地位相関関係はないという結論だった。相関係数は0.1程度とあった。

 アメリカ合衆国での話なので、日本だとどうなるかわからない。けど、自分同意である。どんな中学高校大学を出てるとか、そういうのは人生での成功にはほぼ関係ない。

 どんな瞬間だって自分が今どこにいて、何を目指していて、どんな努力をしているかそれが大事だ。学歴を振り返ってる暇があるなら、さっさとやることをやって次の先に進むのだ。

就職活動の話に戻るけど……就職活動面接で問われる内容(志望動機自己分析自己アピール就職活動の軸、ガクチカ)とかってさ。釈迦人になった今ではわかるんだけど、ぶっちゃけ茶番だよな。はてなブログだと、借金玉さんがそんなことを言ってた。部族の掟に近いものがあるってさ。

就活的なキャラの型枠を、リクルートその他の人材会社が用意したうえで、企業側が「茶番」に対して本気になれる人材会社方針を素直に受け入れて、貢献してくれる)を探してる。それだけだ。

若き大学生が当日記を読んでる可能性は低いけど、たったひとつだけ、ただひとつだけ、会社選びで言えることがあるとすれば……以前、どっかの増田日記に書いてあったのを参考にすると、こんなところだ。

自分が入りたい会社というのは、自分が将来、どんなキャリアを描きたいのか、どんな人生を歩みたいのか、どんな人間になりたいのか。そういうところから逆算して決めていく」

就職活動の軸というよりは、人生の軸という観点である。ちなみに軸、というのは「他人関係なく、自分が正しいと思える考え方」という意味だ。

経済社会バリバリ働きたいなら、そういう会社に行くべきだし、あなた大事にしてる『たましいの仕事』があって、仕事副業でやりたいなら暇そうな業界を選ぶべきだ。

将来、どんな人生を歩みたいのか? それさえ決まっていれば、業界会社を決めることはできる。職種についてはナントモだが……敢えて言うと、保育所とか幼稚園とか小学校とか、それくらいの年頃に何が面白かったのか、が答えになるんじゃないか。その年代に心から楽しめたものは、大人になってからもきっと楽しい

結局、その年の春の終わりに就職活動を終えて、内定をもらえたのは……京都市内にある電子機器メーカーだった。

大手企業を受けるのはやめた。大手病を克服したのだ。それで地元会社一本に絞った。ここまで絞ると、受験できる会社の数は十社程度になった。自分の力をそんなに分散する必要もない。十分に集中できる。

当時は嬉しかったよ。両親に報告したら、父も母も衝撃を受けていた。うちの親って、自分の子どもを親戚の子と比べたがる嫌いがある。それはムカつくのだが、いい結果を報告できてよかった。

両親が、俺が出した実績をありがたがって聞いている。その実績を、電話などで親戚やご近所に知らせて調子に乗りまくっている。スタンダール小説の『赤と黒』を思い出した。小説の中で、こんな感じの場面がなかったっけ? ブクマカで詳しい人がいたら教えてほしい。

両親よりも喜んでいたのは就職課の人だった。内定先を告げると、ご機嫌なビートで小躍りするようにして、ハッピーな感じでターンをキメていた。ずっと以前から、いろいろとお世話になっていた。喜んでもらえてよかった。

この年度の終わり頃、卒業間近だったか大学が出してる何かの広報で、俺の就職先がデカデカと上の方に載っていた。トレーニングルームでそれを読んでいる時、隣にいた学生達も同じ広報の同じページを読んでいた。

「うちの学校から、こんな会社内定が取れるんや」

「ん。どこどこ?」

「ほら、ここや。この会社

「ああ、それマンコやろ」

「……」

「女の一般事務職だって総合職ちゃうし。こんな掲載詐欺に近い」

俺の怒りは有頂天に達していた。当時の日記には「有頂天」と書いてあったが、怒髪天と書きたかったのだと信じたい。

こういう連中はどこにでもいる。気にしたら負けである増田の読者の人も、レベルが高い解釈と低い解釈があるとしたら、迷わず高い方を選ぼう。そっちの方が心身ともに健やかな人生を送ることができる。

https://anond.hatelabo.jp/20240502193041

2024-04-30

俺が人生の中でやってきて良かったことを書いていく

追記コメントあざす。質問への回答は本文の下。

 

↓本文ここから↓ 

学生時代恋愛結婚

 学生時代から付き合っていた彼女と6年交際の末、結婚した。

 結婚後も関係性は良好で、お互い楽しく過ごせている。

 

 いま、自分地方メーカー工場に勤めているが、ここで恋人を作るのは至難の業

 うちの会社の女は倍率100倍の日大と、と会社の誰かが言っていた。言い得て妙だな、と思う。

 

 社内を見渡してみると、街コンやらマッチングアプリ一生懸命取り組んでいる人がちらほら。

 色々とやることが多い20代後半~40歳前後になって、嫁探しに精を出す。馬鹿にする訳ではないが、非常に勿体ないと感じる。

 だって金も時間無駄にしたくない年頃じゃない。

 

 学生時代恋愛し、社会人になってから結婚するのは受験でいうところの推薦みたいなもの。ゴールが一緒なら苦労は少ない方が良い。

 打算の気持ちよりもお互いの好きという感情で付き合い、そのまま結婚する。今振り返って思うと、幸せことなんじゃないかと思う。

 

Fラン大学から国公立大学仮面浪人

 個人的に最も大きな人生の転機だったと思う。現役でギリギリ入れなかった大学をもう一度受けなおし、何とか合格することができた。

 Fラン私大国立大学の差は歴然だ。置かれた環境、周囲の自分に対するイメージ学費、そして友達の質。

 自分という人間であることに何も変わりは無いのにラベルけが一新されることに最初はとても戸惑った。

 だが、一生懸命ついていこうと努力するうちに、自分に貼りついたラベルだけでなく自分自身も変わっていく。

 彼女もここでようやく手に入れた。

 変わるだけの土壌が国立大にはあった。Fランには無かった。無いわけではなかったかもしれないが、自分には見つけられなかった。

 

 ゴミのような大学に入ってしまった君は一年無駄にしてでも仮面浪人することを強くお勧めする。

 修羅の道だが、受からなかったとしても今までと同じ大学生活が続いていくだけ。失うものは無いのでぜひチャレンジして欲しい。

 

毒親から離れた

 国立大学への進学を機に母親と離れた。それ以来、必要ときだけ友好的にコミュニケーションをとるようにして今に至る。

 俺の母親はいわるゆ毒親だった。俺や俺の姉、父、祖父母に対して常に攻撃をしていた。

 母は世間知らずだ。農家の長女として育てられ、仕事などほとんど経験しないまま、父と見合い結婚

 今ならわかるが、母は親としても妻としても無能だった。それが影響してだと思う。自分小学校に上がるタイミング家族まるごと祖父母の家で暮らすことになった。

 俺は毎日祖母の飯を食べ、祖母掃除した家で過ごした。今でも祖母自分のことを可愛がってくれる。自分にとってのおふくろの味祖母だ。

 祖母パート家事、農作業を行うなか、母が何をしていたのか、まったく記憶に無い。毎日GYAO韓国ドラマを寝ながら見ていたような気がする。

 たまにアルバイトを始めたと思ったら、半年も経たずに辞めていく。そんなことを繰り返していた。

 後は祖母執拗に苛めていた。そんな母親が俺は大嫌いだった。が、嫌いという感情を出すことすら憚られる何か圧力のようなものを感じてもいた。

 自分受験に落ちたとき、母は自分をなじった。 

 母は高卒だった。大学に行けるだけでもありがたいのに、Fラン私立に行くなんてありえない。そんなことを毎日言われた。

 そんな折、気づいたら何故か父が家を追い出された。子供がある程度育ち、父が限界を迎えて自分から出て行ったのかも、と今にして思う。

 

 こうして振り返ると母は悪魔のような人だったのだが、今では物理的にも精神的にも距離を置くことができ、心から安堵している。

 たとえ血を分けた肉親だろうとクズクズ。逃げることは何も間違っちゃいないのだと今にして思う。

 ちなみに姉は母と一緒に今も住んでいるが、ときどき病んだような連絡が届く。心配だが、今の幸せを壊されたくないので接触は最小限に控えている。

 

就職活動に本気で取り組んだ

 国立大学とはいえ自分理学の専攻だったため、就職はそれなりに苦労した。

 今までやってきた研究就職してから行う仕事マッチング率が低く、ES面接に落ちることもしばしば。

 同期の大半が諦めて適当地元企業に応募したり、急に公務員に舵を切り出していった。

 そんな中、自分メーカーを中心に滑り止め、中堅、大手と手広く応募し、最終的には第三志望くらいの企業に見事合格した。

 

 就活理解のある研究室ではなかったため、教授から目線は冷たかった。

 が、研究と並行しながら早め早めにインターンシップアルバイト面接対策に精を出し、最後に結果を出した。

 教授努力を認められたときはとても嬉しかった。

 

 いま、自分は30歳くらい。福利厚生、仲間の質、そして年収大学の同期と比べてもたぶん上位2割には入っている自信がある。

 もちろん年収能力に関しては上を見ればキリがない。自分自身、今の仕事についていけなくなる可能性もある。

 でも、いまのうちから貯金資格取得、勉強など自己啓発積極的に行っている。年収が下がることになってもたぶん俺は生きていけると思う。

 

 それにしても。

 日本だけなのかわからないが、受験しろ就活しろ局所的な努力に対するリスクとリターンが大きすぎる。

 でも、その大きな流れを個人が変えることは不可能

 今の日本制度に異を唱えて貴重な時間無駄にしたり努力放棄するのではなく、 「やるべきときにやるべきことをやる」というのを念頭に、人生を歩んで欲しい。

 

・車を持たなかった

 これは人や住む場所にもよるが、俺は車を持たないことは可処分時間可処分所得を大幅に上げる大きな財テクだと捉えている。

 維持費もかかるが、なにより運転している時間無駄。その点電車バスは目と耳を好きに動かせる。この差は大きい。

 車での移動がどうしても必要場合レンタカータクシーで十分。

 

 それでも移動したい場合、俺は原付を使っている。車に比べたらオモチャみたいな値段だが、もう10年以上の付き合いだ。

 丁寧にメンテをしてやれば長持ちし、長距離の移動にも耐えられる。

 時々会社の人からバカにされるが、これに関してはバカにされて笑っていられる奴の勝ちだ。

 

 ちなみに俺の実家は一人一台+トラクターコンバイン軽トラを所有する田舎農家

 当たり前のように生活の中に車があった。

 学生時代、当然のように車を親にねだったが、父が買ったのは激安の原付

 そんな父の堅実な選択に、今ではとても感謝している。

 

・人の悪口を言わない、他人を変えようとしない

 超重要。これができないと人生のあらゆる面で苦労することになるので必ず身に付けておくようにしたい。

 今回、こうして日記人生でやってきて良かったことなんてのを書いているが、リアル人間にこんなマウントに近い自慢話をしたことは1ミリもない。

 ここは鋼の精神力で自己を抑えなければならないことを頭で理解している。だから言わない。ネット世界だけにしてる。

 なんなら日記に書くのも初めての経験だ。

 

 年収恋愛学歴貯金どれもかなり人によってセンシティブな話。

 多少、会話の際に滲み出るかもしれないが、あくま事実として淡々発言すべき。

 間違っても他人比較した際の差に関する発言や、助言的なことは自発的に言うべきではないのだ。

 

 自分も時々不要一言で場の雰囲気を悪くすることがある。そうして後悔しても後の祭り。その場の雰囲気や持たれた周囲からの印象はそう簡単には変わらない。

 自分100%正しいと感じても、他人批評はやめた方が良い。うまく言葉説明できないのだが、批評気持ちを持つと人間関係にヒビが入りやすい。そんな気がする。

 

 「○○のためにはっきり俺は言ってやるんだ」と言ってキレのある発言をする奴もいる。

 確かに言われた○○の人生には多少プラスになることもある。それは事実としてその通り。

 だが○○は助言者に感謝などしない。むしろ感情としてはヘイトけが残る。

 それを覚悟の上で助言をするなら問題ないとは思うが、それなら寄付でもした方がよっぽど建設的なんじゃないかと思う。

 もしこういう奴が居たら俺はそいつ発言を3割程度に受け止めるようにしている。

 

 大人になると誰もが自分の保身を優先するようになる、だれも悪いふるまいを注意なんてしてくれなくなる。

 自分意識して、変えていかないといけないんだ(耳が痛い・・・。)

以上。長々と書いてきたが、何か心に残るものがあればこれ幸い。

 

追記

仮面浪人時代学費について

 初年度納入金(入学金+前期授業料+後期授業料)のうち、入学金+前期の学費は親負担、後期授業料奨学金から

 それ以外、仮面浪人時代生活費や受験にかかわる模試だとか受験費用国立大合格後の引っ越しなんかも奨学金

 それ以降の大学生活とカネの関係については質問があれば特定されない範囲で答える。

 

ミニ四駆好き?

 別に。俺と同じような境遇持ちでミニ四駆好きでもいたんかな。

2024-04-28

anond:20240427104340

例えばなんだけど、氷河期の頃は大企業採用数がバブル期の1/10、今の1/3 だとするじゃん。実際の数は調べてないけど、この前提が大体正しいと仮定して話を進めるね。

で、採用数が少なかったら競争も激化して、入社の為に大学ランクや本人のスペック要求されるし、入社できる人数も減るわけだから氷河期の頃が大企業に入るのが一番大変だったって話になるよね?

大企業への就職もそうだし、教員になるのも公務員になるのも倍率が段違いだったんだから氷河期当時の頃が一番難しいわけだよね?

どうして当たり前のように矛盾したことドヤ顔で言えるのか、本気で分からないんだけど教えてもらえないか

本当に分からないんだよ、君みたいな謎の結論になる根拠


>その辺以上の大学卒で、ちゃん計画的単位取って、就職活動してれば、下手すれば今より良い待遇就職できてたし

今より良い待遇就職できたのに、氷河期世代と言われた理由は何だったの?

というか、正直言って分析適当過ぎない?今何歳?60歳位?

2024-04-27

女性管理職として育休後に退職する女性社員に対して思うこと

増田が勤めている会社産休、育休、介護休暇や傷病休暇にも理解があり、良い組織だと思う。

ただ、産休育休を取得するほとんどの女性社員は、第一子の育休明けには第二子妊娠していて2ヶ月も働かないうちにまた産休育休に入る。そして時短復帰すると半年程度働いて義理を果たしたというように辞める。

そのような選択が今後の女性採用女性管理職の登用に二の足を踏ませるのでは、と彼女たちは一度でも考えただろうか?と思う時がある。

増田管理職なのでたまに面接もする。同じレベル大学卒業している学生場合、男女で比較すると女子学生の方がエントリーシート面接対応も優れていることが多い。

それでも会社人事部は男女同数ないし男子学生を多く採用する。大きな声では言えないが、女子社員産休後に辞めるからだ。

時短リモートワーク、半休制度フレックス制度、どんなに整えても辞める。

増田2011年大学卒業した。子供の頃は「団塊の世代が大量退職する頃に就職する世代なので、就職簡単」と言われていたけれど、リーマン・ショック、その後は東日本大震災もあり内定取消や自宅待機があった世代だ。

就職活動は大変だった。就職活動する上で、女性差別にも直面した。

から仕事を頑張ろう、女性からと思われないように成果を出そう、私の力は小さいけれど、後の女性たちが少しでも生きやす社会にしたい。

そう思って仕事に打ち込んだ。成果主義会社なので、数年で管理職になれた。

子供も産んだが産後2ヶ月半でフルタイム復帰した。夫婦で話し合い、保育園に入所出来るまで夫が育休を取ることにした。

今は男性育休制度も取りやす制度設計になっている。でも、辞めていく女子社員の夫たちは子供が何人産まれても育休は取らないし、もちろん時短も取らない。話を聞くと、そもそもどちらが育休をとるかなんて相談すらしないらしい。

これでは女性が生きにくい社会のままだなと思う。身近な夫とも今後のキャリアのことを相談しない。盲目的に前時代的な生き方を選んでいる。

そして経済力を手放す。相手モラハラDV野郎でも離婚できない。

やっと離婚できた、再就職しかないというときにはパートしかない。女性差別だと嘆く。

それ、全部自分選択だよね?

先人たちの声や努力のおかげで、いまの私達には様々な選択肢がある。

女性たちよ、ちゃんと考えようよ。パートナーと話そうよ。先人たちの知恵、失敗、あるいは呪詛を糧にしようよ。

次の世代には、いまより少しでも良い社会で生きてもらえるように。

anond:20240427100450

これは嘘。

その辺以上の大学卒で、ちゃん計画的単位取って、就職活動してれば、下手すれば今より良い待遇就職できてたし、

就職後も頑張ってた奴はみんな今はい暮らししているよ。

自由な働き方とか言う嘘に騙されて安易非正規の道を選んだ奴はせいぜい今も非正規ナマポ引きこもりになってる奴もいるけど。

ちょっと世代より努力の成果が顕著に出やすかっただけで、恵まれなかった世代とか嘘つくなよ。

2024-04-26

anond:20240426175641

就職活動確認はされる 就職指導って具体的に案内されてないからよくわからん

基本ほったらかしやね

2024-04-23

就職活動に失敗して」

しっ‐ぱい【失敗】

[名](スル)物事をやりそこなうこと。方法目的を誤って良い結果が得られないこと。しくじること。

出典 小学館デジタル大辞泉

方法を誤ったわけでも目的を誤ったわけでもなく、単に能力が足りなかったのでは

2024-04-21

安い手に入りやす香水で、懐かしくて欲しいものってなると

あとはカルバンクライン各種くらい

エタニティ女性向きも男性用も好きだし懐かしい

CK Oneボトルで買ったな

そして結局、各種消臭剤の扱いになった

柑橘がキツすぎてどうも

しかしこれ、アルベルトモリヤスの作なんだよなあ

グッドガールゴーンバッドと同じ人の作品でも、必ず自分が好きとは限らないんだなあと

プアゾンだったりシャネルNo.5だったりは名前だけ知ってる大人香水の括りで、香りとしてはどこかで嗅いでるんだろうけど・そして懐かしくもあるんだろうけど、自分に関わりがない・憧れも思い出もないので試したいとも思わない

うーん

懐かしい香水を楽しむにも、意外と自分の興味の範囲が限られるんだなあ

グッチアチェティ廃盤してるし

ていうかミニ香水当時よく買ってたんだな、思い返すと

そりゃ学生だしお試し程度だろうし、と思うけど

どこで買ってたのか思い出せない

持ってた記憶はあるんだけど

雑多な地下街のお店とかなんだろうか、もうほんと覚えてないな…

アチェティは好きなアイドルグッチのなんとかを使ってて、メンズ香水であるにも関わらずそれそのものを買ったけど

そんな好きな香りではなく、自分で使うと気持ち悪くなる香りだったんだよな

そんで、同じブランドレディースもの香りにしようと選んだんだったはずだ

お店でかいだ時には悪くないと思ったけど、実際に使うとやっぱりキツくて好きではなかった記憶

そして就職活動の時のしんどい思い出が色濃くしみついた香りになった

これはいくら懐かしくても変に手に入れようとしない方がメンタル安全安定に良い気がする

夢の中で昔の彼女と腰を振った話

夢を見た。

10年前に別れた彼女が夢に現れたのだ。

夢の内容を記す前に、彼女と私について書きたい。

当時大学入学したての私達は同じ学部ではあったものの、一度も話したことがない仲だった。

男女合わせて100人以上いる学部とあれば当然のことだ。

彼女ワンピースに出てくるニコ・ロビンに似ていて、どこかエキゾチック雰囲気に私は惹かれていた。一目惚れというやつだ。

そんなロビンと私はお互い話したことこそないものの、講義のたびによく目が合った気がしていた。

その後2年生に進級した際、共通の友人の紹介で仲良くなり、やがて交際を始めた。

交際後わかったことだが、ロビンも私が気になっていたそうで、目が合ってたというのは偶然じゃなかったのだ。

お互い一目惚れ通しで、学部内でも仲良しカップルと囃された私達も、大学である以上避けられないイベントが訪れる。

そう、就職活動だ。

当時ロビンはお互い大学近郊の地での就職を望んでいた。

一方私はというと、人から賞賛されるような企業で働きたいということで大企業中心に活動をしていた。

今思うと、人から賞賛されたいという承認欲求だけで就活をしていた私は愚かだったと思う。

そんなこんなで大学卒業後、大学近郊で働くロビンを尻目に私は配属先で暮らし始めた。

そこから別れるまでに時間は掛からなかった。

物理的な距離はすれ違いを生み、精神的な距離を育む。

私達もそのご多分に漏れず、精神距離を育みやがて別れた。

泣きながら別れ話をするロビンに、私は涙一つさえ流れないほど冷めていたのを今でも覚えている。

以上がロビンと私の顛末だ。

少々前置きが長くなったが、そんなロビンが夢に現れたのだ。

ロビンも私も今年で33歳になる年齢だ。

その33歳になったロビンが夢に出てきた。

夢の中で、私達は何故かホテルの一室におり、お互い同じベッドに腰をかけていた。

そこに至る経緯は覚えていないが、確かに同じベッドに横並びで腰をかけていた。

同じベッドに腰を掛ける男女となれば、セックスが始まるのは至極当然のことと思う。

私はロビンの服を順番に脱がせ、ロビンも私の服を順番に脱がす。

お互いが生まれたままの姿になった頃、私はロビンの足の付け根にある黒子を見て懐かしい気分に浸る。

大学の時分、他の男は知らない、私だけが知っていた彼女秘密だ。

そのままお互い『こうされるのが好きだったよね』と確かめ合うように情事は進み、やがて一つになる。

お互いが大学生だった私達が時間を超えて身体を重ねあう。

その懐かしさに溺れかけながら、酔いながら、腰を振る私にロビン一言私に言い放った。

『ごめん、気持ちよくないや。やめよう。』

その一言で私達の情事は終わる。

その後、同じベッドの中でロビンが私に言う。

『君、昔はいっぺん始めるとさ、自分最後までイケないと機嫌悪なっちゃったのに、変わったんだね。優しくなった。』

その一言に私は年甲斐もなく堪えきれず、泣いてしまった。

そこで夢は終わり、目が覚めた。

から覚めた後に、今度は現実でも泣いた。

自分が優しくなったなんて思えないからだ。

行きずりの相手言葉を選ばずに言えば都合のいい相手を見つけては腰を振り、時には相手を泣かせるような酷いこともした。

そんな私が優しいわけがない。

ロビンやその他不特定多数にしてきたことが『優しい』の一言で許されるわけがない。

夢の中のロビンが言った『優しくなった』は、きっと私への罰なのだと思う。

そんなロビンだが、今や二児の母になったと少し前に人伝で聞いた。

そんなロビンがこれから幸せに日々を過ごすことを願う。

2024-04-20

ADHDの診断を受けた

先日ADHDの診断を受けに心療内科へ行った。結果としては想像通りADHDだったものの周りに公言しないつもりでいるし備忘録としてここに残しておく。自覚症状としては

・度を越した不注意

集中力が持たない

遅刻忘れ物が多い

感情の起伏が激しい

衝動性が強い

ADHDチェックリストを全埋めする勢いではあったものの周りに恵まれ何とかやってきた。しか一人暮らしを始め綻びが生じてきたこと、来年から環境が変わることから若干の生きずらさを何とかしたいと考えるようになり診断を決意。病院に行くぞ!と決意をしたもの病院にかかるためには課題が多く、

・何科にかかれば良いかからない

現在大学生なので大学保健室相談をし病院を数個提示してもらった

・予約が取りにくい

1月に予約をし最短で4月の予約 遅いよ〜

保険就職活動への不安

親に内緒で通おうとしていたもの保険料云々のネット記事を見て不安になり一応連絡を入れた 新規加入がしにくいという解釈で合ってるのか?

そもそもADHD気味なので予定通りに動けない

当日は予約日を勘違いしており遅刻した挙句名前が似た病院に行ってしまった

事前のアンケートを元に軽く先生とやり取りをした後おそらくADHDですね。と診断。スムーズストラテラジェネリックを処方してもらった。コンサータの処方がないならそういうものなのかと思っていたがSNSで繋がっていた同級生がWAISの用紙を持ち帰った旨をツイートしており普通はどうなの?と気になっている。鬱っぽいしASDっぽいなと思うこともあるんだけどそこに触れられることは無かったのでこれらの症状はADHD由来のものなんですかね?次回病院行く時聞いてみようと思いつつ覚えてないような気もする。今は薬の副作用と戦いつつ効果が出るのを待っている。何となく前より動き出しが早くなったような早くなってないような。どうなんだ?はてなとかで見るADHDの人ほど不注意諸々ヤバいわけではなくないか?私はなんのために薬を飲んでいるんだ?てかまだ次回の予約してないしお薬手帳諸々を入れているポーチを部屋の中で紛失している。誰か 誰か 助けてーーーーー。

2024-04-19

就活・転職の心理テストとか気にするだけ損

大本営発表

心理検査は「こいつやべえから落とすわ」といった性質のものではありません。以下の様なことを目的に行われます

これらの仕組みは、採用に対する倫理コンプライアンス基準準拠していますから、「こいつキチガイから入れない方がいい」みたいな結果を出力するような仕組みはそもそもありません。

そして、重たいテスト実施する側も結構お金がかかるので、特に後者場合は確定した人しかやりません。

前者の場合でも基本的な選別をした後でしかやらないものです。ですから、これを課されている時点で何が何でも落とせと言う雑な段階はクリアしているはずです。

ですから、このような試験をたくさんうけている、ということは、きっと多くの内定を得られる優秀な人なのだと感じました。


がんばってくださいね

実際の場合

最近採用支援AIシステムを名乗る、お前絶対AIじゃねえだろ見たいなクソシステムがかなり出回っている。

これらの中には、昔から慎重に行動している採用支援・人事支援業者だけでは無く、ぽっと出てきた怪しい奴がたくさんある。つうか出過ぎ。

ベンチャーが作ったから怪しい、でもなく、大手でも怪しいゴミがたくさんあるのでブランドに騙されるな!

こいつらはインチキ心理テストに毛が生えたようなもので、全然科学裏付けが無い。無いのだが、なぜかAIだと言う看板をはっつけることで、全部ブラックボックスにされており、これを採用しているところがそれなりにある。

忌々しい事に価格格安なのだ。だからどんどん導入される。

また、昔から能力テストを開発してきた業界はそれなりの倫理観を持っているが、こう言う新興のやつはそんなものは無くて、バイアスバリバリ偏見丸出しの結果を出したりする。クソオブクソ

数年以内に辞める可能性とか、企業分析をせずに出してる奴、お前だよお前。ばかじゃねーのか恥を知れクソ共!人間差異より企業による差異の方がでけえじゃねえかくたばれ。


すまん、取り乱した。


何でこんな物が流行るか。それは人事のアリバイに便利だからだ。

今更だが、就職活動は大量応募、大量落選時代である。そのために足切りをするのだが、正直、足切りをする理由が足りない。

実務家からすれば、適性を判断する方法などいくらでもあるだろうと突っ込みたいところだが、人事がその判定をできる事など、ない。そこで、このような実行が怪しい心理テストをやるのである


就活情報戦だ。しょせんはこういったもんだ、中の人そこまで考えてねえ、言う事を認識しよう。

真っ正面から素朴に望むのでは無く、そう言うもんだと思ってやるべき。

定番対策がある場合は一冊本を読んどくぐらいで、就職活動時は他の事に注力した方がいい。

少なくとも、それを気にして増田の方が消耗する意味は無いし、することもないよ。増田否定しているわけじゃ無い。

気にするだけ損。ドライに行こう。

2024-04-18

anond:20240418114405

自己肯定感」は、実態のないクソワードなんで出来るだけ使わないほうが良いと思うんだよな。

 

自己肯定感」が低いから、自分の悪いところを改善できませんでしたっていう奴に必要なのは合理性だし

自己肯定感」が低いから、毎日寝るのに時間がかかりますって言ってる大学生必要なのは、将来の不安払しょくできる就職先だし

自己肯定感」が低いから、友人関係トラブルになりやすいと思っている奴に必要なのはコミュニケーション能力だし

  

いちいち必要ものに対して迂遠なんだよな。

しかも、これを言ってる奴に解決策として与えられるのは、「自己肯定感」。誰かに無駄に褒められる体験とか? 

で、誰も褒めてくれないから、解決への取り組みを止めたりね。

そんなことより将来の不安払しょくのために、就職活動しろよっていう

2024-04-15

デジタル化が進んだおかげで人権を手に入れられている

デジタル化したせいで余計な作業が増えているという記事を読んだ。

https://blog.tinect.jp/?p=86085

自分80年代まれオッサン記事の著者よりも年配なのだが、これっぽっちも共感できなかった。と言うのも社会デジタル化が進んだ時代でなければ、まともな生活を送れていなかったであろうと断言出来るくらいデジタル技術に助けられているからだ。

子供の頃より発達障害の気があったのか、とにかく紙を使った事務作業的なことができなかった。手書き文字が汚すぎて第三者が読めない、学校で配布されるプリント類はまともに整理できないわ、授業の板書はただの走り書きになって見返しても意味不明になるわと、とにかく書類が扱えなかった。手帳を買ってもまともに記録できなくて予定管理ダメダメだった。

そんなわけで、高校までの授業態度を加味した学校の成績は壊滅的だったが、勉強自体はそこそこできたので大学進学はできた。大学生になると授業のレポート作成PCを使えるようになって生活が一変した。壊滅的だと思っていた事務能力が、PCのおかげで飛躍的に向上したのだ。

まず、まともに資料が作れるようになった。手書きノートと違って、誰でも美しい文字がかけて何度でも修正が効く。メモ帳テキスト形式文章を作っておけば、後から内容を検索して見返すことができる。PCのおかげで高校生まで苦手意識のあった資料作成が得意分野に変わったのだ。

次にデータ管理PC検索機能ソート機能には本当に助けられた。ファイル整理を一切しなくても、全文検索拡張子別に並べて日付ソートすれば目当ての資料が見つかるというのは最高すぎた。紙だとそうはいかないので大変だった。

自分場合

必要書類が見つからなくて棚をひっくり返す

数ヶ月後に別の書類必要になった時、前回の捜索でひっくり返したせいで資料がぐちゃぐちゃになって見つからさらにひっくり返して探しまくる

その次、別の書類必要となった時にはさらに棚が混沌としておりもはや発見困難…

というような悪循環を繰り返していたので、デジタル化によってようやくまともに資料管理ができるようになったのだ。

就職活動ときデジタル化に助けられた。そもそも手帳が使えない人だったので、PCからでも携帯からでも入力できるGoogleカレンダーがなければスケジュール管理不可能だった。履歴書だって手書きで作ると字が汚すぎて門前払い喰らっていたかもしれない。

学生の時点でこうなので、就職してからはなおさらである。紙ベース仕事する職場だったら、入社直後に社会不適合者のレッテルを貼られてしまい、干されてパワハラ受けて鬱で退職していたかもしれない。今の職場で15年以上働き続けて、いつしか管理職になり、今では部下を持ってそこそこ仕事が出来ているのはデジタル化のおかげとしか言いようがない。

仮に自分昭和平成初期に社外人になっていたかと思うとゾッとするので、デジタル化が進んだ時代に生きることができて本当に良かったと思っている。そんなわけで、この手の社会デジタル化の議論をする時は、効率の面だけでなくて発達障害の気のある人の救済になっているという側面についても、もう少し注目されても良いのではないかと思う。

anond:20240415182130

新自由主義流行ったというのは要するに小泉純一郎政権期のことだろう。

任期間は2001年2006年から氷河期世代1970年1982年まれ)が主に20代の頃である

では当時の年代別の支持率はどうだったか

https://www.crs.or.jp/backno/old/No569/5691.htm

20歳30歳代40歳50歳代60歳代
全期間42.544.844.247.556.7
田中更迭以前62.261.061.163.967.9
田中更迭以降37.539.038.441.852.3

20代けが特に小泉を支持していたとは思われない。むしろ若干低めである

ただし他の政権ではもっと低かったので、相対的小泉政権若者支持率が高かったとは言える。

若者政治に対する意識2001年7月参院選

https://www.mdr-j.co.jp/jisyu/seiji/index.html

若者政治に対する意識2「小泉内閣を支持しますか」(2002年2月

https://www.mdr-j.co.jp/jisyu/seiji2/index.html

若年者の就労に関するアンケート2004年6月

https://www.kkc.or.jp/data/question/00000034.pdf

29歳以下の意見感想

◆それが将来実を結ぼうと結ぶまいと、意思のあるフリーターには賛同いたします。何か目的があり、そのためにがんばっている今のフリーターは全く問題がないと思います。そうではなく、楽な道を選んだ結果のフリーターが増えるようならば、後々大きな社会問題としていろいろな方面顕在化してくるように考えます。確かに、近年老若問わず我慢」することに耐性がない人が増えているのは事実のように感じていまして、その大きな原因は個人的に(1)親の教育、(2)学校企業教育、(3)それを許容している社会環境制度にあると思っていますある意味、法で取り締まれる分野でなく、モラルで守られてきた範囲であるがため、余計に難しい課題のように感じるのですが。

◆今の会社正社員減少を進めることによって企業を建て直している。一方フリーターパート派遣社員等の流動的な労働力を歓迎している。現時点だけを見ればいいのかもしれないが、将来的には問題は大きいと思われる。新しい安定した雇用を生み出せたらと強く思う。

◆この春から新入社員として「働く」ことになりました。仕事があるだけマシという思いもありますが、入ってみて技術知識の面でまだまだな自分を突き付けられた思いです。日々の出来事に追われ、余裕のない自分がやっていけるのか、スキルを高め、役に立てるのか不安いっぱいのスタートです。大学時代自分としては一生懸命勉強していたつもりなのですが、仕事必要ものとの分野としてのギャップも感じます。昔、大学は出たけれどという言葉がありましたよね。時間に余裕のあるうちに、何が必要なのか情報を得ていれば、少しは違ったのかなと思う新入社員です。

◆若年のうちは気楽にフリーター生活でもやっていけるが、将来を考えると不安が大きい。

企業人件費を抑える為に、派遣を多く採用してしまい、そのため社員にならないフリーターが多くなってしまったりと悪循環ではあると思う。最近、がんばっても給料も上がらないし、評価もされないし、給料体系は学歴で決められてしまうので、社員としてのメリットがないと感じています

現在大学3年生で就職活動を行っているが、希望する企業はどこも募集人員が少なく、面接をする前の書類選考で落とされているところがほとんどで、紙面でしか判断されていないという

ことを悲しく感じる。やりたい仕事があるのに“できない”ということで、どんどんやる気がうせる。このまま希望している職業に就けなかったら、妥協して別の仕事を探す人もいるが、私はバイトパートという形でもやりたい仕事を選ぶと思う。しかしこの考えは親は反対で、何でもいいか就職しろと言う。現在もまだ進路は決まらない。

◆昨年就職活動を行い、この4月から社会人としてスタートを切りました。就職活動を始めるまでは、若年のフリーター増加や早期退職には否定的に考えており、本人の働くことに対する意識の低さ、忍耐力の無さが主な原因と思っていました。しか就職活動を通して、自分希望する会社入社できる学生は一握りという現状を目にし、学生意識を変えるだけでは問題解決しないと実感しました。

私自身、新卒入社した会社を1年で辞めており、今回のアンケートは興味深いです。私について述べれば、会社退職した理由はやはりがまんが足りなかったという事だと感じておりま

す。

◆私も小さい頃から、両親共働きの家庭で育ちました。そのためか、大学卒業後は働くのが当たり前だというように思っていました。やはり、親の姿を子供に見せる(コミュニケーション

ことが、とても大切だと思います

当時の感覚が窺い知れて面白かった。

当時の世論調査でも、中年層をリストラして若年世代雇用を創出するって政策の是非について世代別に聞かれたこともあった

ソースを出してくれ。

2024-04-08

さっき話の流れ石川優実を思い出し言及したら、ちょうどニュースになっていた

青識亜論とのは所詮個人間の争いでしかないと思っていたが、職場の偉い人が謝罪会見する事態になったのね

民事訴訟で勤め先の人が謝罪って珍しくない?

公務員から本名も勤め先もバレ済みなせい?

https://www3.nhk.or.jp/lnews/tokushima/20240408/8020020010.html

ヒールのある靴の着用に異議を唱える「#KuToo」を拡散させる運動を行った女性に対し、SNSでひぼう中傷する内容を投稿したとして徳島県職員減給懲戒処分を受けました。

処分を受けたのは県立海病院主任を務める37歳の男性職員です。

県によりますと、この職員道路整備課に勤務していた4年前の令和2年2月、旧ツイッターで、職場就職活動女性ヒールのある靴の着用を強制されることに異議を唱え、「#KuToo」をネット上で拡散させた俳優石川優実さんに対し、名誉毀損侮辱にあたる内容を投稿したということです。

職員は旧ツイッター上で、「青識亜論」というアカウント名で活動し、石川さんから損害賠償を求める訴えを起こされ、東京地方裁判所から慰謝料など33万円の支払いを命じる判決を言い渡され、去年12月、東京高等裁判所で1審の判決を受け入れることで、和解が成立したということです。

2024-04-06

自分の脳が、身体が、日々劣化していくのを感じる。

去年3月、自分内定無しのまま大学卒業一年就職浪人してようやく今年初めに内定をゲットし、4月から働き始めて一週間が経過した。

なんだか、ここ数年間で自分のあらゆる能力が凄まじいスピードで退化していくのを日々実感している。これは一体どういうことだ。

自分でこんなことを言うのもアレだが、小中学生時代は100点以外ほとんど取ったことがない上、さら夏休み自由研究では小1〜中3まで毎年、学内選抜で市や県の科学展覧会出展表彰されるなど非常に成績優秀だった。高校県内有数の進学校入学できた上、卒業するまでの三年間、中間期末試験では常に学年ベスト5に必ず入っていた。1位になったことも何度かある。

その後は有名私立大学指定校推薦入学したのだが、この頃から徐々に様子がおかしくなっていった。大学講義自分にとって興味深いものばかりで、毎日楽しく熱心に受講し、学内図書館毎日時間も入り浸って関連書籍を読み漁ったりと勉学に励んでいたにも関わらず、次第に学んだ内容が全く頭に入らなくなり(というか記憶できなくなり)、さらには講義を聞いても何を言っているのかサッパリ理解できなくなった。

文章力も極端に低下していき、レポート課題小論文定期試験記述問題などを書くたびに物凄く時間がかかる上に内容も支離滅裂意味不明ものばかりになってしまった。自分で後から読み返してみても、どれもこれも何が言いたいのか分からないようなグチャグチャでまとまりのない文章ばかり。そんなだから当然評価も低くつけられた。もともと自分文章を書いたりレポートを上手くまとめるのが得意な方だったのに。大学4年間、レポート評価試験結果も本当に悲惨だった。よくこれで留年せずに済んだな、というギリギリレベル

自分がこの数年間で実感した能力低下は、こういった学業面だけではない。

周囲の人と喋る時もまるで思考が停止したかのように言葉咄嗟に出てこない(他愛のない雑談ですら)、「うん」「そうだね」などの簡単な相槌すらもすぐに打てず、あはぁ、ふふ、などの辿々しい相槌とも言い難いような返事しかできなくなったり、ほんのちょっとした質問にもすぐに返答できなかったり、講義内で行われるグループディスカッションでも思考が停止し全く発言できない、そもそも何を話し合うのかも理解できないなど、コミュニケーション能力が著しく低下。さらには「おはよう」「こんにちは「ありがとう」すみません」など簡単挨拶すら咄嗟に出てこず、「ありがとうございます」と言うべき場面で「いただきました」だの「おはようです」など意味不明なことを言ってしまう。

自分子供の頃から社交的なタイプではなかったが、それでも対人関係で支障が出るようなことは今まで殆ど無かったのに。

就職活動でも面接時に全く言葉を発することができず、ようやく口を開いたと思えば質問された内容からかけ離れた支離滅裂言動になったりして、結局どこにも採用されず、内定無しのまま大学卒業となってしまった。それから約1年間の就職浪人の末、ようやく今年の初頭に内定を貰い4月から働き始めたが。

日常生活においても、何かやろうと思ってもすぐに忘れる、しょっちゅう物を落としたり無くしたりする、食事の時にお茶碗やラーメンの丼をひっくり返したり落としたりする、ごく簡単家事作業すらまともに出来ず家族に叱られる、会話相手言葉理解できない、何に対しても気力が湧かない、1日のほぼ大半を寝て過ごす、イライラすると衝動的に自分の顔や頭を殴りつける(そのせいで奥歯が欠けたこともある)、自宅の住所や電話番号を忘れる、外出時に突然笑いが止まらなくなる、30分おきに歯磨きをする、意味もなく家族電話をする、自分が今何をしているのか突然分からなくなる、など、ありとあらゆる面で異常な行動が出てしまう。

数年前の自分と比べても、明らかに知力や生活能力社会性、人格などあらゆる面で退化していると感じる。

一体何故こんなことになってしまったのか全く分からない。日に日に様々な能力が低下し、異常行動が増えているのを身に沁みて実感する。そろそろヤバい領域に達していると思う。

4月から新入社員として働き始めて一週間が経過したが、やはり失敗の連続。まず自己紹介の際は話す内容が全然まとまらず長々と話してしまい、ものすごく微妙空気になってしまった。

その後は新人研修がありグループディスカッションや共同作業をする時間があったのだが、ディスカッションの時は自分意見を全く言えなかったし(恥ずかしいから、緊張するから、とかではなく、そもそもディスカッションテーマ理解できなかった)、共同作業の時は提出用プリントにうっかり折り目をつけてしまったり、少し破ってしまったり、記入欄に間違えて違う内容を書いてしまったり、とにかく失敗の連続グループメンバーからも(この人さっきから何なの…)みたいな呆れている感じがジワジワ伝わってきて辛かった。

また研修が終わって部屋を片付けている時も、長机を運ぼうとして倒したり、ホワイトボードを運んでいる人に気づかずぶつかって転倒したり、会社から貸し出されていたボールペンをうっかり持って帰ってしまったりと、もう本当にどうしようもない。別にボーッとしたり気を抜いていたつもりは一切なく、むしろ自分無能だと分かっているので、入社後は全神経を集中させて仕事研修に全力で取り組もうと思って臨んでいた。でもダメだった。

こんな調子新社会人としての一週間が終わった。

正直、入社5日目にして既に社内に自分の居場所が無いような気がする。あまりにもやらかし過ぎてしまった。

もう本当に嫌だ。

何でこんなことになってしまったんだ。

ここに書いても仕方のないことだが、ストレスを吐き出す意味で。

2024-04-02

anond:20240402165907

失業保険就職活動していますという書類さえあればもらえるからなあ

から家事手伝いとか専業主婦になるつもりだけど、就職活動をしていると言う体だけほしくて面接とかある話だ。

ただ、生活保護の方は更に積極的な介入が入ってくるので話が違う。当たり前だけど。

特に働ける人が生活保護受けると、かなり積極的に介入される。

anond:20240402165545

その就職活動して決まらず、失業保険も切れ、失業保険でやっている再就職支援ができる期間が終わり、さらに一切貯金課金できる資産も無くなって住んでいる家も追い出されました、と言う所からスタートするのが生活保護な。

から、働けるが就職先がない、と言う人は、生活保護受給者向けの就労支援プログラムってのは職業訓練カウンセリングからはじまり、実際にはさらにその前、生活の立て直しから始まる。

何回か面接受けてりゃOKって、緩い失業保険じゃないんだから

anond:20240402152438

健康体で生活保護を受け続けるには、その50時間相当は就職活動をやらされるよ

就職氷河期サバイバーが当時を辛辣に語るよ

1976年まれ

バブル崩壊1991年から1993年らしいので、ちょうど高校生とき崩壊した形。

就職氷河期1993年から2005年らしいので、まさに就職活動を行う時期丸かぶりですね。

そんな自分からすると、当時の同級生はまじでクソみたいなやつしかいなかったよ。

偏差値低めの都内私立という受験戦争負け組しかいないような学校だったからほかよりも傾向が強めだと思うけど、でも、それっていわゆるボリュームゾーンでしょ。

とにかく世の中舐めきってて、労働なんてバカがやるものだと本気で思ってるような奴らばかりだった。

たいして勉強もせずに、その結果定員割れしそうな郊外大学に通って、当たり前のように就職に失敗して、実家ぐらしで楽そうなバイトばっかりして、語る夢ばかりデカくて。

本当にそんなのばっかり。

今考えればそんなのでうまくいくわけないのは当たり前だけど、当時はそういうやつらがうまくいく姿を嫌と言うほど見させられてきたからね。バブル期の先輩たちに。

からって仕方がないとは思わないけど。

土木とか、仕事選ばなければいくらでも稼げる仕事はあったのに、どうにもそういう仕事死ぬより辛いらしい。

肉体的にどうというより、そういう人間をしこたま見下していてそういう仕事をすること=死ぬことみたいな変なプライドがあった。

一度聞いてみたかったけど、就職氷河期世代人間で、こういった肉体労働に携わってみた人間がどれくらいいるんだろう。

そのうちどれくらいの人間が、ブラック労働ハラスメント理由に辞めた?

それって、そこで折れてしまうのが自分自身の弱さだったりしてない?

そりゃ金なんて稼げるわけないわな。

自分のいたところもブラック労働ハラスメントも当然のようにあったけど、自分より下にそんな思いをさせたくないからって上と戦いながらほとんどを改善したよ。

これがマッチョだと言われればそれまでだけど、指を加えて待ってれば誰かが助けてくれるものだとは絶対に思わなかった。

ただ、一つ思うのは、確かに数年前まで大学で遊び呆けてたようなやつらが大量に採用されている姿を見てきたわけだから自分もその通りに行くと信じてたんだろうということ。

それが突然そうではないという話になって、すぐに元通りになるだろうって思っているうちに手遅れになってしまったというのが、正直なところではないかな。

そういう意味では、政府当事者も、事態を楽観しすぎてたということはあると思うよ。

どうにかなるだろうって思ってしまったのは自分たちだから自己責任被害者意識が変なバランス存在していることもあって、なかなか声高には叫びづらいんじゃないかな。

自分から言わせれば完全に甘いけどね。

生殺与奪の権利を他人に委ねるなという感じ。

ここからは完全に蛇足だけど、自分にとって就職氷河期が全く持って他人事だった理由は、自分在日韓国人だったから。

当時、在日韓国人、いわゆる特別永住権の人間就職できるような大手企業はないと言われていた。(少なからず、親族就職できた人間はいなかった。)

そもそもスタートラインが違う。就職活動から氷河期が確定だった。

から、進学なんてとっくに諦めて、高校を出たら当たり前に働くものだと思っていた。

いわゆる3Kと言われる業界でがむしゃらに働いて、こいつらが大学で遊んでいる間にできるだけリードしてやろうと思った。

4年後に入ってきた新卒のほうが給料立場も上だったのは死ぬほどムカついたけど、数年後には全員辞めてて、やっぱりこいつらはダメなんだなって思った。

そいつらが言うには、君は数年早く働いてたからいいけど、らしい。

こちとらどんな思いで周りに頭下げて仕事教わってきたと思ってるんだか。

もちろん周りの在日韓国人にも、ニートみたいなやつは多い。

そういう奴らも基本は、他の人間と同じでどうにかなるだろうとしか考えてなくて、就職できなかった理由他人のせいにしてるやつらばっかりだった。

そう考えると、あれからこれだけの年数が経ってるのに、周りのせいにしてばかりで手に職の一つでもつけようとしない氷河期世代はやっぱりクソだと思うよ。

からでもプライドを捨てて何でも働けばいいのに。親が死んだらどうするつもりなのか。

全部が全部甘えだとは言わないけど、ここ一番の踏ん張りどころでケツを割ったのだとしたら、やっぱりそこは甘えだと思う。

それを受け入れて、税金無駄に使わせようとせず大人しく生きてください。

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