はてなキーワード: 無機物とは
いらなくない?ていうか邪魔じゃない?
特に2.5次元系の舞台行くと絶対近くの席にぬいぐるみ持ってる人いるんだよね。
昔はダッフィーにキャラの衣装着せたのが多かったけど、最近はキャラのぬいぐるみ持ってきて膝の上に載せて観劇してる。キモイ。
いい歳した大人がなんでぬいぐるみ持ち歩いてるの?いや、ぬいぐるみ持ち歩いてること自体は気にしないとしても、なんで舞台観るときに持ってきて膝の上乗せてんの?
それでTwitterに「○○ちゃんと一緒に観劇~♡楽しみだね~」とかもう意味が分からない。無機物に魂を求めてるの?
偏見が含まれてることわかって言うけどさ、ぬいぐるみを持ち歩いてしかもそれに話しかけてる大人って傍から見ると怖い。精神に異常をきたしてる人かと思う。
某スケートアニメを見始めたのは、1話が放送されて2週間ほどたってからのことだった。
初めて見た時、主人公が「僕はいたって普通の人間です」的なことを言っていて「いやいやいやwww」と苦笑したのを覚えている。
そんなことを言ってしまうような気弱な性格の彼だが、後半部で流れるスケートには彼の持って生まれたセンスや努力が垣間見え、とても感動した。
しかもトップの選手がそんな彼の演技をたまたまネットで見て、心惹かれ、コーチに名乗り出るなんて!
1話の時点で「面白い!」とはまった私は、気づけば10話まで見ていた。
その間には「あれ?これってBLアニメだったのか…?」と疑問に思ったシーンも多々あった。
特に7話のキスシーン(ハグシーン)ではファンたちが大変にざわつき、自分も少々思うところがあった。
でも、まぁ、ハグだなと私は思ったし、あれは主人公のスケーティングへの感動や、これから一緒に本気で金メダルを目指そう…だとかいう色々混じった感情の爆発に見えたので、あの瞬間を見た私は「あぁ、スケートアニメだなぁ。スポーツしてる!!」と感動を覚えた。
それがどうだろう。10話。どうした?
フィギュアスケートはどこへいった?
そんな気分で今は一杯だ。
ちょいちょい違和感に覚えたシーンも、10話を見た後では納得いく部分ばかりだ。
これはフィギュアスケートアニメじゃなくて、恋愛を描いたアニメなんだ、と。
10話を振り返っていこう。
最初、各キャラクターたちは本番のリンクで公式練習を行っている。
練習時間も終わり各選手がリンクから散っていく中、主人公とコーチが次にやることとして選んだのは観光と買い物だった。
でも、そういう息抜きは前乗りして済ませておくのでは?
精々短い時間で済ませるべきでは?
なのに、彼らのお遊びは夜まで続けられ(おそらく公式練習は午前中にあったんだと思われる)、しまいには観戦に来ていた姉とバレエの先生に強請られファイナル出場選手たちとディナーを共にするという。
初めに、主人公くん。
君はカナダの選手と比べられ「このままの構成じゃ勝てない」と言われているんだ。
公式練習が終わったら、スタッフを集めてこれからどうするかのミーティングをするべきではないのか?
演技構成を変えるのか、それともこのままいくのか、その辺きっちり相談をすべきだろう。
なのに、観光に出かけ買い物に行き、夜まで遊びまわる。
陸上トレーニングとかイメトレとか、氷の上以外でもできる練習は山ほどあるだろう?
なんだそれ。
次にコーチくん。
荷物を選手に持たせているのを見る限り、リビング・レジェンドの傲慢さを感じさせる。
しかも、夜まで買い物に付き合わせるとか…おい、主人公に練習させろ、練習を。
自分たちのテンションが上がったからと言って、弟に強請って他の選手を呼び集めてもらうか?
せめて弟だけにしておけ。
ファンの行き過ぎ行動としては、精々ホテルでの出待ちまでだろう。
なのに、作中のファンたちは選手が出かける先にまで付いて回り、しまいには「これ!彼の髪の毛だわ!匂いがする!」てなもんだ。
ストーカーかよ。
選手に多大な迷惑掛けるファンをアニメで描写されると、フィギュアファンが誤解されそうで心配だ。
「ああ、リアルもこんなことやってそーw」って。
ロシアのコーチもホテルのロビーで自分の選手がファンに迷惑しているというのに、何もファンに注意をしないのも違和感だった。
彼は選手が大切ではないのだろうか…?
そしてまぁ、例の指輪。
人が二人・ペアリング(ウエディングリング)・教会・指輪の交換・頬を赤らめる。
上記の単語で結婚・婚約というイメージをしない人はあまりいないのではないだろうか。
彼らの愛の対象が男だろうが女だろうが無機物だろうがなんでもいい。
でも、それまでの過程や葛藤を描かずに、散々ぼやかしてきて、いきなり指輪の交換というのは納得がいかない。
『お守り』なんて予防線を張らずに、ちゃんと「付き合おう」だとか「結婚しよう」だとか言わないと違和感しかない。
これがたとえ男女の間柄だったとしても、私は違和感しか覚えない。
だって彼らは1年を通して選手とコーチとして付き合い、そして念願のファイナル出場までこぎつけたのだ。
そこに過剰なハグや裸体の見せあい、キスがあったとしても、一言も彼らは「好き」とは相手に伝えていないのだ。
ああ、そうか。
いつだか「離れずにそばに居て」と言っていたな。
あれが告白か…。
EDでは特別EDとして、作中で行われた昨年のバンケットの様子が流された。
バンケットはフィギュアスケートの大会後の打ち上げパーティー的なものだが、選手間の交流や社会での作法を学ぶ場としての位置づけが大きい。
だけど、そこには一定の品が求められる。
でも、そんな場で彼らはパンツ一枚になってポールダンスに興じたのだ…。
なぜ?
酔ってふらふらの男がいきなり脱ぎだし踊り狂うのは下品以外の何物でもないのでは?
そんな醜態を晒していたのに、主人公は「覚えていない」とのことだった。
ここが10話を見て一番信じられなかった。
酔って記憶を無くすというのは、よく話に聞く。
私は記憶を無くすまで酔ったことが一度もないので、本当かどうかは実のところ半信半疑なのだが…。
と、いうのが理解できないのだが、誰かこれがどういう意味なのか納得いく説明を私にしてくれ。
覚えていなくたって、主人公はコーチやスケート連盟などから注意されて当然では?
まわりの選手たちも「君のダンスは最高だったね!」だとか「酔ったからって、脱いじゃダメだよ」なんてことを主人公に言っていてもおかしくないのでは?
なのに、主人公は何も覚えていない。
この世界のスケート連盟は選手たちがが「面白かったね」と言えば「ははー!」と頭を下げる程度のポジションなのか?
だからあれか。
ロシアのスケート連盟は、自国の現役トップ選手が飛び出して他国の選手のコーチになることに何も言わないんだな。
あー。
やべぇ、この世界!
しかもバンケットで「コーチになってよ~」と主人公がねだっているので、冒頭に書いた『彼の演技をたまたまネットで見て、心惹かれ、コーチに名乗り出るなんて!』という部分はまるっきり意味の無い話。
他にもまだ疑問に思った所はいくつかあるのだが、この辺にしておこう。
そんで、なんだ。
あー、あれだ。
原案を描かれている漫画家の方がツイッターにて『(略)この作品の世界の中では絶対に何かを好きになることで差別されたりはしないです(略)』と呟いておられた。
そうかー。
このスケートアニメの世界では、誰を、何を好きになっても差別されない世界なのか。
いい世界だなぁ。
でも…なら、なぜ主人公とコーチの愛にしか焦点が当てられないのだろう。
他の愛は、ギャグや嫌味でまみれていた…。
カナダ人選手の婚約者は「あんたのファンって最低ね」みたいなことを言って、他の選手を煽るような嫌な女だった。
男女と男男のカップルだけで、女女のカップルなんて皆無だし、多性愛の人とかも出てこない…。
ああ、なんだろう。
この微妙にずれている感じ。
私だけだろうか。
最初のころは試合や演技にドキドキしてた視聴者たちの多くが、今は主人公とコーチの今後がどうなるかにしか興味を抱いていない感じ…。
彼らのフィギュアスケートはどこに行ったんだろう?
愛を描くなら、ちゃんと愛を描く。
フィギュアスケートを描くなら、ちゃんとフィギュアスケートを描いてほしい。
どちらも描きたいのなら、今の状況ではどちらもお粗末に思える…。
事態を把握できていない俺たちはというと、外から様子を見ているだけだった。
続いて弟が店を出てくると、開口一番叫ぶ。
「みんな、そいつだ!」
事態を正しく把握できた仲間は誰一人いなかったが、それでもするべき行動に迷いはなかった。
仲間たちは全速力で店員を追い、反応の遅れた俺がそれに続く。
店員はあまり速くなかったが、それでも遮蔽物や曲がり角を駆使して逃げられたら不味い距離だ。
早めに決着をつけたい。
スタートダッシュで遥かに遅れたものの、俺はすぐミミセンとタオナケに追いついた。
二人は息を切らしながらも走っているが、店員に追いつくことは難しそうで当人たちがそのことを一番理解している筈だ。
それでも走ることをやめないのは、最低限やっておくべきことがあったからだ。
「私……だけど、言われなくてもやってるわよ!」
タオナケの無機物を破壊する超能力は、10回に1回成功する位の確率だ。
どのような処理がなされているか分からないが、恐らく何回か失敗したあとに店員の靴にクリーンヒットしたらしい。
店員は壊れた衝撃で体勢をくずすが倒れることはなく、そのまま走り続ける。
それでも、俺たちが追いつくには十分な猶予だ。
「僕とタオナケは別のルートから待ち伏せしてみる! マスダの兄さん、よろしく頼む!」
別に俺に頼まなくてもシロクロが先行しているから、あまり意味はなさそうだが。
先行していたシロクロは、俺よりも早く店員との距離を詰め始める。
このままシロクロが追いついてくれれば、俺が念のためにそれに続いて終わりだ。
そう、シロクロは“アレ”なのだ。
「サイソクの座は貰ったあ!」
店員に追いついたことに気をよくしたのか、そのまま追い越して走っていってしまった。
残念な結果ではあるが、それでもそんなシロクロを見て怯んだ店員のスピードはまた緩みつつある。
追いつくのは時間の問題だが、あの店員を俺一人で止める場合、勢いで転ぶ可能性が高い。
下手なダメージを食らうより、所々擦りむくほうがむしろ痛いのだ。
だが俺しか止める人間が残っていない以上、ここは覚悟を決めるしかない。
そして、いよいよ近づいた店員に飛び掛ろうとした、そのとき……弟が店員の進行上に立ち塞がっていたのだ。
先ほど店にいたはずの弟に回りこまれた店員は、驚きで思わずその場で止まってしまう。
あの短時間でもう回り込んだのか。
いや違う、あれは弟じゃない。
弟の仲間の一人であり、変装の名人でもある、通称ドッペルゲンガーだ。
店員の走る勢いは完全になくなり、こうなれば俺一人で拘束することは容易だった。
「ナイスだ、ドッペル」
「これぐらい楽勝だよ、にい……あ、兄貴」
ドッペルが真似られるのは姿だけなので、もし店員があのまま走り続けていたら危なかった。
弟たちの行動が、一つ一つ功を奏した結果といっていいだろう。
どうにも疑問がつきない。
T字路に差し掛かった俺が「左に行くか・右に行くか・それとも戻るか?」の選択肢があったときの俺は紛れもなく1人である。
左に行ったという事実の俺が今の俺だとする。
そのうちの1人が左に行った俺にすぎない、ここまでは分かる。
じゃあ連続しているような意識を持って左を行って今まで選択の結果を繰り返してきている
今の俺の自意識っていうのは何なのっていう。
だから「今」の自分は常に数秒前の体感すら引継ぎ続けているから違和感を覚えるわけか。
酷い話だな。
うん、酷い話だぞこれは。
自分だと思っていた存在は分岐させ続けられている上に全員その瞬間の自分を今の自分だと思い続けているわけだ。
ロボットを大量に生産して自分こそがオリジナルだと思うインプットをされ続けているに等しい。
自分が自分であって自分でないような感覚ってもしかしてこれに気付いた瞬間なんじゃないの?
イタズラという行為は、ある意味でコミニケーションの一環でもある。
相手が許してくれるだろうという信頼と、そして許すという反応で信頼を示すわけだ。
もちろん、そんなことに確証なんてないのだから「イタズラはいけない」と大人たちは言うだろうし、それは何一つ間違っていない。
今年もハロウィンの時期がきた。
馴染んでいないし、今後も馴染まないイベントだと感じる人もいるけれども、俺の町では楽しみにしている人も多いようだ。
とはいっても、やることは茶番で、あらかじめ決められた住所で、あらかじめ用意していたお菓子を貰うだけ。
トリック・オア・トリートではなく、トリート・オア・トリートってことだ。
弟のマスダや、その仲間たちはそういうのが気に食わなかった。
トリックもトリートも存分に堪能してこそのハロウィンだと考えているようだ。
俺個人としてはハロウィンそのものには関心がないが、弟の明瞭な考え方は評価したかった。
だが、そういう崇高さの割を食うのは大人たちだ。
特にマスダ家の隣人であるタケモトさんは、いつも酷い目にあっている。
そんな傍若無人っぷりに大人たちは戦々恐々とし、様々な注意喚起を呼びかけたが、弟たちは子供の発想力と行動力で、どんどんお菓子をくれない人間にイタズラを仕掛けていった。
その実力行使役として白羽の矢が立ったのが俺だった。
それは俺にバイトをするノリで大人たちの味方となり、弟たちの敵になれということを示していた。
そして、俺がそれを断れない程度には大人でもあるということも知っていたのだろう。
俺は同じく対策員であったクラスメートたちと、来るべき時に備えて作戦を練った。
「で、対策つってもどうするんだ」
「弟たちの破天荒さに面食らって錯覚している者もいるが、身内の俺から言わせれば実のところ大して頭のいいことはやっていない」
「じゃあ、どうして大人たちは出し抜かれるの?」
「まあ、大人のプライドから子供を舐めてかかっているのもあるが、弟たち個々の能力の高さによって、多少強引でも可能に出来るからだ」
俺は弟や、その仲間たちの説明を始める。
シロクロ。本名は知らないが、モノトーンの服装ばかり着ているので周りはそう呼んでいる。大人顔負けの体格と、子供もドン引きするレベルの頭脳を持ち合わせたアンバランスな存在だ。
ミミセン。日常生活のほとんどを耳栓をつけて過ごしていることからそう呼ばれている。優れた頭脳が武器だ。
タオナケ。チームの紅一点らしい。無機物を破壊する超能力がある。
「厄介だな。こいつら全員に思うがまま暴れられたら」
「とはいっても実の所、大人が本気で止めようとすれば、止められるレベルだ」
「じゃあ、なぜそうしないの?」
「子供を大人の理屈でもって従わせるのに、その大人が大人げないことなんて出来ないわな」
まあ、ある意味で俺たちにそれをやらせる時点で、それはそれで大人気ないとは思うんだが、大人たちの理屈ではこれはセーフということなんだろう。
「それで、結局の所は当日どうすればいいんだ?」
「何か作戦があるってこと?」
「そんな大層なものでもないが、考えがある」
件の鉄道むすめの話が、どんなものかと思って公式ページを見てみた。
http://tetsudou-musume.net/contents/chara/?kana=a
http://twitter.com/orz404/status/787882634026160128
そして、この解説を見て、なるほど、と思った。(実際の時系列は解説見たのが先だが)
ただ、他のキャラクターとくらべてこの子だけ表情の作りが違うなと思ったので元ネタを見てみた。
https://www.facebook.com/ekino.michika
なるほど、頬が赤いのが1つの特徴だったのか。その要素をそのまま「萌え絵」的表現にするとこうなるのか。
私個人の結論としては、公式じゃないにせよ公認でこのイラストはちょっとNGなんじゃないかと思う。
それは東京メトロを普段使う利用者として、また、東京メトロの株式を46.58%の保有する東京都の有権者として。
(これが札幌市営地下鉄だったら私が意見する筋合いは無いのかもしれない。)
ただ、他のキャラクターは全然問題ないとも思うから不思議である。
その点、orz404氏の解説は、他のキャラクターとの違いを十二分に言語化してくれていると思う。
性的なものでも公共物に利用して問題ないだろというラジカルな意見を除けば、公共に掲示するものに極力性的要素は排除する、というのは大多数の意見であると思う。
では、「その線引はどこなのか」が焦点だと思うが、文脈や人にもよるだろうし、同じ人でさえも時間や状況によっても変わる。
そこに境界線は存在せず、グラデーションですらないと思う。ぼかしがかかったモザイクくらいか。
何の変哲もない無機物単体に欲情する人もいるだろうし、しない人もいる。
缶コーヒーを女性器に突っ込んでいるJKの無修正画像を思春期に見た人は、缶コーヒーを真上から見ただけで少し性的興奮を覚えるかもしれない。
今まで意識していなかった人と成人してから中学校の同窓会で久しぶりに会い、しゃがんで缶コーヒーを飲んでいる姿を見て、急に異性を感じ、帰宅後に卒アルの写真を出してきておかずにすることだってあるはずだ。
私だって思春期に無修正画像を見なかったら、缶コーヒーで興奮などしていない。卒アルもおかずにならなかった。
そうした多様な人々の、多様な性の線引きで、すべて人が性的でないと判断する表現・創作活動など不可能だ。
解決するには、どこかで多数派が納得する程度の「あいまいな線引き」を「創作者」が行い、「住み分け」をするしかないと思う。(ある程度安全マージンがあると望ましい)
その線引のひとつの基準として、orz404氏の解説は的を得ていると私は思った。
結局、「俺の見たくないものを俺の前に出すな」という身勝手な話なのだろうと思う。
多数派により性的だからNGとされた表現手法を(性的に興奮するかしないか別として)愛好する人にとっては、多数派による圧迫にしか感じないと思う。
私は缶コーヒーに欲情するのに、おそらく缶コーヒーが公共物のポスターでNGとなることはないだろう。
この文章をいま書きつつ、強者の論理だというのは承知している。
しかし、その住み分けを放置した先には、獲物を見つけた多数派による袋叩きが待っているに違いない。
http://anond.hatelabo.jp/20160822052822 の続き、リベンジ
初めて使ってから早2週間、やっぱり準備や後始末を考えると使おうという気が起きなくなりますね死にたい。
前回、独特の感覚は理解したもののそれ以上ではない感じだったのは恐らく、いわゆる溜めの期間が少なかったためだと思う。そこで今回は一週間のブランクを用意することとした。一般的には3日もあれば充分らしいが、念には念を入れた。これで文句はあるまい。
また今回はちゃんと部屋で致すべくタオルも敷いたしおかずは幾らでもある、準備は万端。一体どのおかずを使うべきかというどうでもいいことで悩んだが、今度こそちゃんとできるのだ。
が、いつもなら興奮するおかずでも何故か半端にしか立たない。え、まさか、緊張してるの?シリコン相手に?無機物相手でも緊張するって、人として終わってるにも程がある死にたい。
前回と同じ流れになるのはどうにも腑に落ちないが、入れてしまえばまた大丈夫だろうということでいざ鎌倉。うんそうそう、この妙なイタ気持ちよさっていうのが良いのか良くないのか微妙なんだよ。違和感に押されてでも立つんだから悪くは無いのかも知れないけど本当に微妙。
じゃあとりあえず、どうせまた時間かかるだろうし動かすかなーっと………………え?え?あれ?
微妙な感覚を楽しもうって思う時間も無かったね。気付いたら、痛みを覚えるぐらいに出る感覚になってた。
あと今更だけど、どれだけ出してもオナホの中に溜まるから実はこれって後片付け的には凄い楽なのでは???と気付きました。死にたい。
お風呂入るついでに洗い流そうとしたところで、一週間我慢して1分未満とかありえないだろ!!と一念発起して二度目に挑みましたが風呂場という環境のせいもあってか今度はダメでした。そういえばさっきも、出したら文字通り萎むとしか言いようが無い勢いで萎んだ。昔は二度、三度ぐらいはできたものだと思っていたのに、いつの間にかこれ程までに老いていたという事実なんて知りたくもなかった。死にたい。
聞く気がないわけでも、反抗しているわけでも、わざとでもなく、能力がない。
その通りなんだよなあ。いやホントに。能力のない子側だった人間としてそう思う。
のれんに腕押しとか、ぬかに釘とか、覇気がないとか、無機物に喋ってる気分になるとか、散々言われてきた。
俺の場合は原因が発達障害だったけど、「知ってる」けど「わからない」ことだらけのまま、表面上だけ誤魔化しながら生きてる。
経験上、直後~十年以上とかのスパンで時間が経ってから、特に何のきっかけもなく不意に「あの時のアレはこういうことか!」と
唐突にピンときて「わかる」ことがあって、それ以降はその周辺に関しては今までがウソみたいに問題がなくなる。
まあ、当たり前だけど遅きに失してるし、失敗を何度もした後なんだけどね。
何度も失敗して何度も言われて記憶に強く残ってることの方がピンときやすいのかな?と思うけど、
失敗したこと自体綺麗さっぱり忘れてることも沢山ありそうだからどこまで影響があるのかは正直自分ではわからない。
周りが中学生ぐらいで普通に到達してたっぽいことに30手前でようやく到達したりして、「発達が遅い」ってこういうことか……と納得したりとか。
ちょっとずつちょっとずつ、できることやわかることは増えていくんだけど、生活しているとそれ以上の速さで新しいダメなことが積みあがっていくし、
いくら丁寧に説明してもらっても、いつ「ピンとくる」かわからないから周りもこちらのペースになんか合わせてられないので迷惑をかけ通しになる。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160706/k10010585241000.html
コレ案外馬鹿にできないんだよね。
もちろんはてななんかを使う層は全く眼中にないのは当たり前。
だから「こんなんいらねぇ」ってブコメに星が付いてるけどそりゃそうだろうとしか。
昔からニッチ相手に喋る系の家電は一定の需要があったんだろうけど
それが割と一般に認知されたきっかけだと思っているのが「ルンバ」の存在。
そのランダムな動きやうっかり鉢植えを倒して逆に散らかしたり
多くの人が家電の「人間くささ」を可愛がるという行為を自覚することになった。
それ以外にも自分の家電や無機物に対して名前を付けるとか「擬人化」を好む層が一定数いるわけだ。
(アニメやマンガの女性キャラが楽器やガジェットに対して名前つけて可愛がるとかもね)
で、喋る電子レンジ。この家電の想定するターゲットはおそらく高齢女性。
子どもも独り立ちし配偶者も仕事やあるいは先立たれたりして、日中ひとりになることが多い人。
賑やかだった家の中が静かになって気軽な話し相手が欲しいなぁって人。
かといって毎日友だち集めて話し相手になってくれるわけでもないしって人。
「ご飯何にしよっか」の問いに対して「相づち」をしてくれる存在。
そういうちょっとした寂しさを埋めてくれる存在としての「喋る家電」なのである。
雑な書き溜め。乱文ご容赦。そして、フィクションであってほしかったノンフィクション。
イヤホンを耳に突っ込み、スマホに入っている音楽を全シャッフルでぶん回す。ぐるぐる回る思考を落ち着ける事、5分。
震えなくなった手でおもむろにメモアプリを開き、文字を打ち込んでいく。
以下、回想という名のまとめ。
雨降る朝。
あらん限りの罵詈雑言を投げつけまくった挙句、僕のマンガを破棄すると言い出した。
ああまたか。久しいな。2年ぶり何回目かは忘れた。幸か不幸か出勤前で時間も無い上に、下手にモーションかけると他のモノまで被害行くから、バレるとまずいあの3冊だけ絶対隠そう。それとマンガって言っても、マンガ保管箱の下のラノベ保管箱も含んでんのか?見たら一緒くたにはされそうだが、それ逃がすと目標を上の棚の雑誌群に切り替えそうだし、雑誌群の方がずっとレア度が高い。半分ほどは確実に買い戻せないし、ダメージがでかい。この際、ラノベも犠牲はやむなし。すまん。
上記の宣告から、わずか5秒で判断。絶対宣告が出された際に、この思考回路へと切り替えるのも前より早くなった。嬉しくない。
一応現状この場で打てる手として、涙目でひたすら謝罪と宣告拒否だけはしておこうか。土下座もオプションつけた方がいいかな。多分意味ないけど。
ある程度やったら、例の3冊だけを隠し場所に放り込み、出勤。
近所の皆さん、朝っぱらからすみませんと思いながら、雨の中を小走りで急ぐ。
今に至る。回想終わり。
別に僕自身に対して何言ってくれても構わないし、気が済むまで殴る蹴るしていただいてもて痛いなーぐらいしか思わない(思わなくなったとも言う)。体丈夫だとこの辺有り難い。
ただ、僕の世界を壊すのはやめてくれ。僕のモノを壊すのだけは勘弁してくれ。
こずかいで買おうが、給料で集めようが、それらは僕の意思と価値観に基づいて選び得たモノだ。それら全ては肉体以外で僕自身を構成する、無機物でできた体そのものだ。
それを否定し捨てられる行為はどんな暴言や暴力よりも、大きく身を削られる、抉られる。
この喪失感は何度味わっても、決して慣れることはない。
ただただ苦しい。
そして、この感覚は母には多分一生伝わらない。
……捨てられてはいないのな、保管箱に水入れられただけならワンチャンあるか?、と一瞬冷静に判断してしまった自分が居たことに、悲しさとたくましさを覚える。でも、そのたくましさは本来いらなかったはずのものだ。
……そもそも家、入れるか……?
メール初見時には平静を保っていたが、確認して数分後に歩きながら叫び泣き出しそうになった(20代男性)
なんとか耐えて、仕事開始。今に至る
よく耐えたよく耐えたよ自分
大丈夫だメールの文面からするに漫画箱に水ぶちまけたぐらいだから多分
捨てたなら捨てたって書くかならいつも
わざわざ部屋から運んで水かけて捨てる手間はしない
とは断言出来ないが多少はマシだ
幸いにも限定版やらは入ってなかったし薄い本にも気づいてはない
CDも入ってたけど、CDの文字文面にないからホントに水かけただけだろう
来月のボーナス使って買ってやれ
朝よりはだいぶ落ち着いてきた
本がどんな状態かによってまた変わってはくるだろうが、今の所一番マシなのを考えている、考えるようにしている
これはメンタルが強いのか弱いのか……弱いな弱いよ見事なチキンハート
まぁ、傷ついたメンタルにパテ塗り込んで修復、耐久力を上昇させてきた感はある
元のヤツはもう面影もない
このたび、今回の件はネタとして扱うことにする
ブログにぶち上げて、同情・顰蹙・喧嘩・アフィでマンガをかう方が精神衛生上よっぽどいい
なにより自分の精神状態を文字にして、時間をおいて見直すことで結構楽になった
被害が小さい(推測もとい願望)事もあるだろうけど、これのお蔭か回復がいつもより幾分早い気がしなくもない
……それか今読んでる、混沌としたとある方のブログの色々と自分を比較して、マシに見えてくる現象が起きているだけかもしれないが
ネットは広大だわ……
家帰りたいけど、帰りたくねぇ
雑なリアルタイムログを書いてみて雑感
今回初めて"書く"という行為で、救ったとまではいかないが自分自身に浮き輪を投げる事ぐらいはできたのではないかなと思う。思った書くこと自体は何度かやっていたが、吐き出すために書いたことは無かった。飲みすぎて人前で吐くときの心情もこんな感じなのだろうか。吐いたことがないのでわからない。
こうして自分で膨らませた浮き輪が今回得られたものである。失ったモノと釣り合わないが、何もないよりずっとマシだ。
最初ブログに載せようと思ったが、改めて見るとアクセル踏み込み過ぎている感が物凄い。ブレーキ効いてない。途中から効かせる気がなくなっている。
そこで増田に落とすことにした。ここまで書いてこのまま消して無かった事にするのが嫌だったのと、匿名でも残せるならばその方が自分の感情の供養になるかと思ったからだ。
アレから着信が入っていた
メールは無い
ので、取りあえず初回は無視
と同時に、他のモノまで被害が行ってはいまいか心配になり始める
気が向いたら(余力があったら)、帰宅編。
http://anond.hatelabo.jp/20160417155219この記事で、
なんかブクマの人に「閣下のいいところも書かなきゃフェアじゃないっしょ」みたいな事言われたので、適当にまとめる。
閣下は割と顔が整ってますね。美人とか言うと本気で制止してくるので言えませんが。
閣下「仕事とか子供とか住むところとか、そういうの考えてないとダメですか?」(注:婚活中)
料亭での一言。御一人様一万円の料理をつつきながら(払いは当然全部私持ち)、まさかの婚活やる気ゼロアピール。あなたの心臓が見てみたい。
閣下「いきなり、あなたと一緒に住みたいよ、とか言われたらちょっと、うーん、ってなるじゃないですか」
料亭での一言。俺は結婚したら家出るのとかどこに住みたいと考えてるのとか聞いただけなんだが…。別に何も、相手を俺に限定せずとも良いのだが。なぜプロポーズと受け取ったし。
映画鑑賞後の一言。スターウォーズの新作を見た後で。なんか旧作とは全然無関係な、ただ単に砂漠の惑星タトウィーンに住んでるだけの孤児の女の子が主人公の話だと思ってたらしい。それ題名スターウォーズじゃなくね。
閣下「(糸鋸さんは御剣検事の相棒でしょ?と訊かれて)いやアレは相棒と言うかただの足手まといじゃないですか」
逆転裁判の話をしていて。いつも真面目で一生懸命なイトノコさんに対してやたら厳しい一面も。何があった。
閣下「(狩魔冥が理不尽だという話をしていて)ああいう人が来たら、ああ、台風が来たと思って耐えるしかないです」
話の続き。閣下も同様に堅いところにお勤めなのだが、職場風景が少し気になるコメント。
酔うのは本当らしい。が。そろそろ、「搾取子」という単語が脳裏にちらつき始める。
大学の学費はほぼ全額免除。生活費はバイト。足りない分だけ奨学金、らしい。…親ェ…。
閣下「エサを楽にもらってる鯉ってなんか許せないんですよね。自分では何にもしないで楽にエサもらってて、なんていうか、自分の食べる分は自分で稼ぎなさいって思う」
庭園を眺めての一言。唐突にあらわれた鯉への熱い攻撃に闇を感じる。そういえば閣下はお兄さんの事を一言も話さない。
閣下「(弟の話をよくするので職業を聞いたところ、にこにこしながら)ドカタです」
一方、弟の話はよくしてくれるので弟さんの事を軽く聞いてみたらまさかのこのカウンター。
あ、ああ、建設業なんだ、と濁しておいた。別に差別用語って事はないんだろうが…。
閣下「人から触られるの嫌いなんです、ピアスとかネックレスとかもつけないし」
ピアスとかネックレスとかの無機物野郎もまた人間であり等しく嫌悪の対象らしい。ざまあ。
ビュッフェでの一幕。閣下は一人暮らししてた時も毎朝欠かさず味噌汁を飲むほどの味噌汁派。
味噌汁を飲まない奴は許せないのか。味噌が好きならなおさら憎いのか。愛憎って何だ。
閣下「親が子育て大変で、保育園の間はずっと祖母の家に預けられていたので」
閣下一人だけらしい。…いや、私は行儀を弁えてるからね?人様の家の事情には首突っ込みませんよ?
閣下「(母の日にプレゼントしないの?と訊かれて)うーん、親と子でプレゼントするような習慣がないですね、誕生日とかもケーキだけだったんで(友達へのプレゼントはわんさか買い込みながら)」
小物屋にて。誕生日プレゼントもらった事ないらしい。クリスマスもなし。母の日の贈り物もした事ないらしい。…まあそういう家庭もあるんだろうけどさあ。なんつうかさあ。仲良くしろ。
閣下「(ちょっと豪華な店で転任祝いをし、プレゼントを贈ったところ)転任はただの異動なんで祝われるようなものじゃないですけど」
これまでの前提を全て覆すほどの残念ぶり。
今までの伏線は別に、「誰にも祝われた事がなくて孤独だから恋人気取るんなら祝って欲しい」アピールではなかったらしい。何なん。この子一体どうしたいん。
まあ、猫のような人だと思います。
それはある基準を満たしてる人だけが出来る芸当であって、自分のように人の形をした異物は、人の中にいるだけでも死にそうな個体がいる。
人と会話すれば気持ち悪いと言われる。
話に入ってくるなっていわれる。
人と話せなくなった。
自分ではわからないけど、よく言われるから誰から見てもそうなんだろう。
黙ってても話しかけられる。
お互いのためにならないから話したくないのに。
無視も出来なくて無理矢理話す。
ほらこいつ気持ち悪いって顔するじゃん?何で話しかけんの?マゾなの?
プライベート?興味ない癖に聞かないで。
聞かれたくないことは聞かないから話は繋がらない。
雑談無理なんだって。自閉症圏の人間なの、自分の中に閉じこもってんの。
中を覗きにこないで、苦しいし怖くてたまらない。
能力的に出来ないことを無理して無理して無理してやって、結局出来てないって言われる。
出来ないですっていってもやらせる。
あなたにとってふつうのことでも、自分にとっては崖から飛び降りるのと同じくらい怖いんです。
話しかけるタイミングなんて掴めないよ。お茶菓子?そんなの仕事中に渡せるかバーカ!
後々ご自由にどうぞじゃ駄目なの?
子供のいるお母さんは始業ぎりぎりにくる。
喜んでもらえて良かった。でも無理する必要はなかった。
自分がいなくても回るんだよね。わかってた。
仕事できないんだから理由なんかわかんなくていい。催促すんな。
あーなんで気が使えないのかって?そういうシステム積んでないんですよーOSが古いんですよー
他の人のミスはお前のせいって言われる。
言い訳するなっていわれる。
もう、生きるのに疲れたよ。
障害理解して雇用してますっていってそういう部署後々つくる大会社ww
気が狂いそうになるくらい同じ作業させつづけて「今その仕事ないから」「他にも仕事あると思ってたんだけど」
んでもってやめてくれってwwあなたが変われば戻ってきてねってww
無理に決まってんじゃんwwバカでもわかるよ、そんなこといって受け入れないのバカでもわかるwwそういうこと言ってると本気にするバカが出るぞww
これ以上どうしようもないよ。
人の形をしているのが間違いなのでした。
人の助けになりたかった。なれなかった。
目標も夢もない。ただただ、人を害さないようにするので精一杯。
もうこれ以上誰かに迷惑を掛けながらいきるのは無理です。
すぐじゃないけど、なるべく早く死にます。
死ぬのも迷惑とか言うけどさーこの先寿命までいきるとしたらもっともっと長期的に迷惑かかるわけでね?
一瞬強烈な迷惑かける方がお互いのためだと思うんだよね。
こんな誘い受けみたいな文章を何で残すかっていうとさ、お別れ言えない人たちがいるから。
ごめんね、仲良くしてくれてありがとう。
声をかけてくれてありがとう。
優しくしてくれてありがとう。
たくさん迷惑をかけてごめんなさい。
それでも縁を切らないでくれてありがとう。
そばにいてくれたみんなのおかげ。ありがとう。
友達だなんて思われてなくてもいい。楽しかったことだけ伝えたかった。
いつもそこにいる空気読めないキモオタに優しくしてくれてありがとう。
いい人生ではなかったけど、周りにいてくれた人に恵まれてたなって思うんだ。
本当なら、直接伝えるべきなんだけどね。
出来そうにないから。
仏教学者の中村元先生によると、仏教の女性差別は3つの理由があるらしい。
1. 発祥地の北インド・東南アジアで戦争や飢饉の影響で「比丘尼(女性信者)」コミュニティが崩壊してしまった。
(愛欲を否定するため、基本的に男性は男性、女性は女性のコミュニティで修行するため、女性信者がいなくなってしまう)
2. 伝来元の中国大陸でだいぶ男尊女卑の傾向が強まった。← ここが最も影響が強い
3. 日本の仏教コミュニティは、基本的に貴族皇族の次男以降の男性によって継承されてきた。
日本の尼僧は基本的に鎌倉新仏教以降に、女性も成仏できるという発祥が生まれてから登場したと考えられています。
★★★☆☆
萌はお嬢様。
昔両親を殺したけど心神耗弱で釈放された天才科学者真賀田四季が世間で話題。
所長のオッサンも殺害される。
もともと原作も気になってはいたけど、実際に手が伸びるところまではいかなかった。
アニメ化するってきいて、ちょうどいいと思って見た。
原作の膨大なテキストを適度に取捨選択してバランスよくまとまってた感じ。
直近で見たノイタミナがガリレイドンナだったり残響のテロルだったりしたせいで、12話で過不足なく構成されていたということだけで普通以上の評価をしてしまうくらいには、ノイタミナへの期待度は下がってる。
各話ごとだと書きづらい感じしたから全部まとめて書こうと思ったけどそれはそれで難しい・・・
1.6倍速で見たのもあるけど、結局真賀田四季が両親を殺した理由とオッサンを殺した理由がよくわかんなかった。
愛の形はいろいろあるからって感じの会話を犀川はやってたけど特別な理由はないってことなのかなあ・・・
なんか釈然としない。
これに浅野いにおのキャラデザが割り当てられた意味がよくわかった。
スカした気だるげな空気とか意識高い系が好きそうな会話だらけで、
浅野いにおっぽさがムンムンしてた。
でも実際のアニメで動いてる絵は、いい意味で浅野いにおっぽさがなかったからよかった。
原作とか漫画版はしらんけど、浅野いにおのスカしたキャラデザはどうも好きになれないから。
カメラワークによっては作画が大変になるところとか、物理演算的な無機物にCGをうまく使えば、アニメ制作のコストも下がるし視聴者も違和感を持たないからウィンウィンだね。
もともと、原作の一番最初のページに書かれている文字だけ見てオチがわかったとか豪語してるヤツがネットにいたんだけど、自分で文字を見てもそれがわからなくて悔しかったから読んでなかった。
今考えたらそんなことありえなくて、それは書き込んだ人間のただのハッタリ、自分を賢く見せようとする幼稚で見栄っ張りなプライドの現れでしかなかったけど、それを見抜くことができるほど自分も大人ではなかった。
なんつって。
西尾維新読んだあとに影響されるのと一緒で、作中のやりとりに影響されてこんな文章書いてしまいたくなる。
うーんしかし長台詞は、半現実とでも言えるアニメに持ってくると、不自然極まりないな・・・
大きな展開やアクションなどの派手なシーンがないから、記憶に残りにくい。
毎週見てたら先週の話を忘れてて見る気なくなってたと思う。
テンポも遅いし。
イッキ見で正解だった。
つーか劇場版にすればよかったのに。
あと印象的だったのは英語ネイティブのキャラ(真賀田四季の妹)がちゃんと英語で話してたところ。字幕つきで。
ジョジョで多国籍のメンバーがみんな日本語話してるのおかしくね?っていうはてな人力検索があったけど、このアニメはそういう現実に即したところはちゃんと気を遣ってるんだなと感じた。
これメフィスト賞第一作なのかー
クビキリサイクルでの天才をテーマにするところとか、孤島をテーマにしたところとか、サイコロジカルでの密室研究棟での殺人事件とか、最後のネタばらしの仕方とか、至るところにオマージュがあったんだな・・・
なんで今さらこんな古いのをと思ったけど。
確かにアニメより実写向きだわな。
犀川が考えこむとなんか内面世界みたいな描写になるけど、そこに何の意味もなかったのがいただけなかった。
本人も再三言っていた、その人物にしか見えない世界っていうのを表現したのかもしれないけど、あんなの見せられても結局何の意味もなかった。
変な鳥っぽいのやら黒い苦しんでるような人が地獄っぽいところにいるような描写やら。
アニメならではのトリップ表現といえば聞こえはいいけど、ぶっちゃけ見せ方は空振ってたと思う。
途中までは割とまともに推理してやるーって思ってたけど、これが出てきてから諦めた。
原作ではどういう表現になってて、それをなんでこういう表現にしたのかが非常に気になる。
密室に入る時点で真賀田四季は妊娠しており、密室内には二人存在していた。
そんで本当は殺害されていたのは真賀田四季の娘で、真賀田四季は逃げおおせる。
子どもがいるっていうネタバレは後から考えてみるとちょっとあんまりな気がするな・・・
追記
ネタバレ部分は移動させました
男としては、お父さんに同情する。結局、思い込みで嫌われてる感じ。
何でも出来る世界
ただし、制限事項がある。
2.何でも出来るが限度がある。
3.何でも出来る限度は、事前に知ることが出来ない。
4.限度を超えた場合は、本人または、他の人間に必ず不利益が生じる。
5.4で生じた不利益が、他の人間に出た場合は、行った人間に不利益分を請求できる。
6.4で生じた不利益は、行った人間から、他の人間に請求してはならない。
7.本人、または他の人間にあまりに大きすぎる不利益が生じそうな場合は、行うことを制限出来る。
なんでも出来ない世界
ただし、非制限事項がある
1.無機物には、行って良い
2.無機物に行えることには限度がある。
3.限度は、事前に知ることが出来ない。
4.限度を超えた場合は、本人または、他の人間に必ず不利益が生じる。
5.4で生じた不利益が、他の人間に出た場合は、行った人間に不利益分を請求できる。
後回しって、後回しにしてするんじゃなくてしたくないんじゃない?
いざ必要ってときになったらするっていうのは後回しにしたものを回収するためにするんじゃなくて、そのタイミングが「行動が必要なタイミング」だからするんじゃない?
とどのつまり、後回し/後でするといっておいてその場は回避して「しない」、あとになって「必要なタイミングだからする」のであって「先のものを回収するためにする」のではなくない?
あとで回収する予定なのだったら、予定調和で計画的だよね。しなくていいときにしないだけで必要となったらする、オンデマンドの最たるかたちかもしんない。
私、言ってることはだいたいわかってるとおもうので、そういう意味でもないしそういう答えがほしいわけでもないんじゃないかなとわかってるけど、とりあえずね。
行動が必要と指示されたことはしたくないけど、しなくてはいけないと自覚したことはする、やらされるのは好きだけど「ヤレ」といわれて能動的に行動するのは好きじゃないって感じじゃない?
それは治らないと思うんだけど。人に言われてすぐ行動するのって好きじゃないって人いるじゃん、なにかしら無意味な行動をひとつはさんででも、すぐにはそれをしたくないって人。
そういう性格ってのも生物学的にもあるんじゃない?まあワンクッションおくことでなにかしら統制がとれることもあるのかもしんない。
その生物学的に自分の体がいうこと聞かないのを無理して他人の形とおなじようにみたまま真似たいというのは、性別にしろ体型にしろ才能にしろ運気にしろ、性格だってちょっと無理かもしんない。
じゃあその無理なものを科学の力で強制的に捻じ曲げて理想の形にするって手もありかもしんないけど、そこまで予算と人生かける価値をつぎ込むのはどうかってかんがえたら、逆にその性格を満足いく形におさめる文化的方法って手もあるんじゃない?
これから必要だとされることを提示されたとき、すぐにそれに取り掛からない、必要となったとき切羽詰ると手を付けるというのなら、いきなり切羽詰るといいんじゃない?
レポートを今週中といわれたら週末に取り掛かるとかなんでしょ?それを提出しなかったら今月末にはとか。今月のレポート落とすと単位落ちますよとか。
運が良くてか、その限界ぎりぎりで乗り切れているので危機の自覚次第でその場の乗り切ってるみたいな。
毎回いきなり明日でとかいうオーダーを出してくれという言い方にしてもらうとか、そのぎりぎり限界まで無自覚でいるという手もありかと思うけど、ほかの人たちとの平等感からもそういう特別扱いでいられることは少ないかもしんない。
となると自覚として期限を明日までと自己暗示かけて常にせっぱつまってことをなすというのがいいかとおもうんだけどそんな自己暗示かけれるくらいならすでにかかってやる気いっぱいで充実した毎日を過ごしてるよね。
そこで考え付くのが、締切の具体化なんだけど、具体的に明日が締切とつくったところで自覚しきれない、自分でつくったルールの締切なんて絵に描いた餅。それは締切って無機物が無生物なところにあるんじゃないかな。
じゃあ締切を有機物で生物的なものにするとどうだろう。口うるさい彼氏彼女が「それ締切明日までだからね。」と勝手な理由で「物理的な締切」と化したらどうかな。
理想的かもしんないけど、彼氏彼女をつくるというハードルの高さに加えて自分の欲求をさらに満たしてくれるナチュラルボーンな理想異性とか無理だよねきっと。
となると、そういうサービスを始めてみたらどうかな。後回し癖の人に「物理的な締切の具現」となるようなサービス。人派かWebかアプリかわかんないけどそういう交流をもつ介護サービスに近いものを。
ちゃんと宿題しないとアプリの彼氏彼女の好感度があがらないとか、期日までに要件をすませるとアイドルの好感度がアップするとか、人を派遣して工程表を作るとか、みたいなさ。
そういう評価制度を取り入れた会社なり学校なりをつくったらいいんじゃない?
まあ、それはいけてる、それためしてみよう、と思ってもらえたとしても、後回しになるんだと思うけど。
現実的には、オーダーに対して保留している間ワンコイン貯金箱に入れてくという習慣をためしてみるくらいかもしんないし、いいと思ってもらえても思ってもらえなくても、結局行動してもらえないんだから、どうでもいいんだけどね。
陰陽雑記に云ふ。器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑かす、これを付喪神と号すと云へり。
老いたネコは『猫股』となって人を惑わす。
精。精怪、妖精とも。いかなる動物、植物、無機物であれ、天地日月の精華を受け続ければ、人の姿に変じ智慧を得る。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・
家にこもりっきりの自営業ライフ。時に音が欲しくなるのですが、中国語のテレビとラジオ、ニュース番組やドキュメンタリーと並ぶお供はYoutubeであります。私こそが真のYoutuberだと思って生きてきたのですが、なんか最近の定義だと動画をアップする人がYoutuberらしいじゃないですか。Youtubeをよく見る人のことはなんと言えばよいのでしょう?
で、ももクロにはまり、その後にモーニング娘。に鞍替えして今にいたっています。
そのモーニング娘。の新曲が発売されたわけですが、これが辛い。新メンバー4人が加入したことで、チームの練度はがたがたに。がんばれ若人とおじいちゃん気分でいたはずですが、どたどたと移動する新メンバーをみるとがっかりする気持ちは否めないのであります。ハートマン軍曹に鍛えてもらいたい。
新メンバーと交代で卒業したのが10年選手の道重さゆみ。歌もダンスも下手だった人が、10年間でスキルを高め、あらゆる面でプロ精神を感じさせる完全体に。SF翻訳者の大森望が何の気なしにモーニング娘。ライブに行ったら、当初のお目当てとは違う道重に目を引かれ、アイドルオタクに変化したという話がありますが、「ダンスがうまいわけではない、アイドルダンスがうまいのだ」的なパフォーマンスは圧巻でありました。
ジャニーズがおっさん化する一方で、女性アイドルはいまだに若さを消費するモデルから脱却できないままでいるわけですが、むしろ10年、20年、30年とアイドルとしてのスキルを高めていったらどうなるのか。若さや疑似恋愛を売り物にするのではなく、圧倒的なスキルのみで商業的価値を保持する「プロフェッショナル仕事の流儀」的アイドル、「付喪神的猫又的精怪的アイドル」は存立しえないのか。
性的にはリベラルな意見を言ってるのに、一方では自分とは違う考えの人には攻撃的という背反性が面白いな、というのは置いておいて
私は同性愛自体は「先天性」の人と「後天性」の人が居るという認識にたっている。
同性愛者自体には嫌悪感は全くないので、仮に自分の子供が先天的に同性愛者というのであればそれはそれで問題ない。
同性婚賛成と言っている人に逆に聞きたいのだけど、たとえば人間以外と例えば獣との結婚とか無機物との結婚とか
そういうのも法制化するべき、あるいは法制化してもよいと思ってるの?
■その1。
今回のテーマにあたって、かかしあさひろとロボット少女萌えの起源を辿っていたら、真っ先に出てきたのが、筆者が『メタルK』の冥神慶子で、かかしが『コブラ』のアーマノイドレディだった……まあ、実は、1965年にスタジオゼロが作ったアニメ『レインボー戦隊ロビン』に出てきた看護婦ロボット・ルルが筆者の知る限りでは、最古のロボット少女萌えであり、起源だと思うのだが、現在入手不可能なので、とりあえず忘れよう……。
それはそれとして、おたく向け作品の定番パターンの一つに、ロボット少女萌えというジャンルがある。『ToHeart』のマルチが大ブレイクした事で、美少女ゲームの世界では一気にメジャージャンルになった。
特に今年に入ってからは、『WoRKsDoLL』『MACHINE MAIDEN』『RIZE』と、ロボット少女ものが続けて出ている。筆者は『WoRKsDoLL』と『MACHINE MAIDEN』をプレイしたのだが、このジャンルでの定番なテーマである、人間性の欠落を補う為の美少女ロボットか、人間の欲望を充足させる為の美少女ロボットか、については『MACHINEMAIDEN』では対立するものとして描かれているし、『WoRKsDoLL』では選択するものとして描かれていた。ただ、『MACHINE MAIDEN』では、前者の概念が意図的に勝利している。これは、ユーザーが美少女ゲームに何を求めるかという意識の変化を反映したとも言える。
個人的な話で恐縮だが、筆者の本業はまんが編集者(ただし休業中)であり、仕事の参考用に市場の傾向分析をするのだけど、昨年あたりから、過剰な位に、癒しや郷愁をテーマにした作品を求める傾向が見られるようになった。元々、ユーザーの好みは、ハードエロとソフトな癒し系に別れる傾向があったが、かなり後者は先鋭化している。まあ、過剰なヒーリング志向そのものについては、場を改めて言及するが……。
■その2。
美少女まんがをエロ目的ではなく、「癒し」を目的として買う人が増えているという現実。それは、ゲームでも同じで、1キャラあたりのセックス描写が1~2枚程度な美少女ゲームが売れている理由は、この雑誌の読者ならば「CGのクオリティ云々~」に帰着させるんだろうけども、もう一つの背景として、ユーザー、特に男性の側に、失われつつある少女幻想へのニーズが高まっているという状況があると思う。
情報の氾濫が人間性を希薄にするというのは、いささかステロタイプな認識だが、「少女」の実像が曖昧になっているのは確かだ。たとえば、我々が考える現代の少女像は、概ね記号化されている。宇多田ヒカルを聴き、キューティコミックを読んで、援助交際に励む……といった程度が、おそらくイメージの限界なのだが、それはまた、多くのおたくにとっては唾棄すべきイメージでもある。何故なら、それは情報のキメラ化で生まれた「鵺」のような不快感が付きまとうからだ。そして、情報の氾濫により座標軸を失った人々は、古典的な価値観を求め出す傾向を示す。
■その3。
さて、ロボット少女の代表格としては、『ToHeart』のマルチが存在する。マルチには「少女」の記号がこれでもかという程、多く存在するが、これは、おたくが望む所の少女幻想を満たそうとすれば、年々侵食する大人の領域から逃れる為に、必然的に年齢が下がる。少女というよりは幼女にベクトルが向かってしまい、行き着く聖地は小学校の一階になるのだが、下がると同時に社会的な軋轢が生まれ、イノセンスとは別の要素も混じってきてしまうという欠点がある。というか、犯罪。
で、マルチの場合は、ロボットということでその障害を回避している。幼女=絶対的な処女性、ロボット=無機質の美、メイド=成熟した女としての意志が介在しない従順な存在、という要素群が、これほど見事に合致した例もないだろうし、だからこそ、ヒロインのあかりを差し置いてアイドルに成り得たのだ。ただ、個人的には、その濃厚な純粋性がちょっと……という心境ではある(単なるひねくれもの)。というのも、どんなに崇高かつ絶対的な少女を再現しても、ロボット少女はユーザーの欲望の為に用意された人工物に変わりはないのだ……。
ちなみに、この視点で見ると『マシンメイデン』には、問題が一つある。それは、タイトルは「機械の処女」なのに、アルシアは早々に処女を失ってしまうからだ(笑)。まあ、筆者などは、純粋性を維持した上で、淫乱さも持つなんて最高じゃん!と思うのだけども、逆に萌え要素が目減りしたと思うユーザーも多いのだそうだ。こうなってくると、何のための18禁ゲームなんだか分からなくなってくるのだが……。余談だが、ゲームの構造の相似性もあって、アルシアのキャラクターは、『ナチュラル』の千歳を彷彿とさせる。そういえば、千歳も従順でロボットのような少女ではあったが……。
話を戻すと、美少女ゲームが、少女まんが的な絵柄を用いて、イノセンスで従順な少女を描くことに腐心した結果、セックス描写を減らしていく一方で、当の少女まんがでは、あからさまなセックス描写が増えた。下手すると、18禁指定の美少女ゲームより、『少女コミック』や『マーガレット』の方が過激なエロを展開している状況もあるのだ……。そして、同じようにセックスを扱っていても、意図するものは正反対であり、保守的な価値観へ向かう男の子と、過激で積極的な女の子との距離は限りなく離れていく。その結果として、男性向けエロメディアの中にだけ、少女幻想が生き延びるというパラドックスも生じた。
今、手元に『火の鳥・復活編』の文庫版がある。というのも、現実の少女への絶望=人間性への絶望が、ロボット少女という形を取るならば、その描写のまんがに於ける元祖は、おそらく『火の鳥・復活編』に於けるチヒロであろう。念のため、ストーリーを軽く説明すると、交通事故で身体の大半を機械化されたレオナ少年は、全ての生物が無機物に見えるようになってしまった。
レオナはその代わりに、無機物であるはずのロボットに女性を感じ、チヒロというロボットに恋をする。無論、異常者として二人は社会から非難され、二人の恋はチヒロの電子頭脳に移植された記憶として昇華するが、結実した瞬間、醜いロボットと化した現実に直面する。
この話で一番痛いのは、普通の人間にとっては、機械剥き出しで無個性なロボットでしかないチヒロが、レオナの感覚では美少女として捉えられていることだろう。ロボット少女萌え属性な人には痛い描写だし、また、今日の状況を予見している描写でもあるからだ。
確かに、手塚治虫やトキワ荘の一派は、ロボットを描くことで人間性を問う作品を多く描いたし、ロボット少女も多く描いた。ただ、その存在を全面的に肯定することはほとんど無かった。何故なら、ロボット少女は、現段階ではあくまで空想の存在でしか無いのだ。ユーザーが現実の世界に生きている以上、何処かで折り合いを付けなければ、レオナと同じように社会から非難されるはずだったのだが……その点、現代のおたくは幸福だ。何故なら、おたくを取り巻くシステムもまた、完成されつつあるからだ。「メディアミックス」という、優しい収奪のシステムに取り込まれ、飼い慣らされた結果、ユーザーは電気羊ならぬ、電気少女の夢を、半永久的に見続けることができる状況が生まれた。しかし、システムの中に閉じることにより、一般社会との相対的な視点を失いつつあるユーザーもまた多いのだ。
従来のポルノグラフィが、無意識のうちにマチズモ(男らしさ)を規範としている以上、マチズモに耐えられずおたく化した人々が、相対する少女まんが的な技法と感性へ惹かれていくのは、当然のことだ。筆者にもそういう時期があったから、頭から否定はしない。ただ、世界(=社会)への目を閉じて、失われていく「少女」への感傷と、過剰に供給されるヒーリングアイテムを盲目的に消費し続け、快楽だけを享受している、最近のユーザーには、苦さと虚しさを感じるんだな……。
そう、僕らの居る世界は、天国かも知れないが、同時に地獄でもあるのだ。その認識だけは最低限、持っておいて欲しいのですよ。
■実はダメな人の総括。
相変わらず暴走している筆者です。えーと、ロボット少女だったら、個人的には『Automatic Angel~時計仕掛けの天使~』(樹崎聖)の笑(えみ)かなー。『BROTHERS』(小池一夫&叶精作大先生)のメモリーも捨てがたい(笑)。ちゃンとお兄ちゃン属性もフォローしているぞ!(笑)
さて、次回は「優雅で感傷的な美少女ゲーム」と題して、今回の続きです……いや、書いている方も痛いんですが、少女まんが的なポルノグラフィを供給する場所として、美少女まんがや同人誌の市場があったけども、同時にそれは収奪のシステムであり……というか。BGMは、ビーチボーイズ『グッド・バイブレーション』で。
11月18日(月)
巨大な熊手を抱えながら、これで地球をぶっ壊したいなんて思っていた先週の金曜日。
満員電車のなか、最初はただ手が当たっているだけだと思った。しかし、尻だけだったのが股間にまで伸びてきたとき、さすがに痴漢だと気づいた。無理矢理振り返って相手を見ると、小太りで、ハゲていて、おまけに鼻毛まで飛び出した中年の男が、醜い顔でウインクした。ぶったおれそうになった。こっちはコンプレックスまみれの顔をマスクで覆い、やっと安心して街を歩いているというのに、こいつの謳歌する自由はなんだ。なぜお前は、そんなにも自分に甘くいられるのだ。
男の手は止まらない。不感症の私は、いっさい快感を得ることなく、ひたすら空虚だった。ガラスに反射した男の顔は、きらめく夜景と合わさったって、すこしも美しくはならない。それに比べ、マスクを着けた自分の顔は、やはり可愛い。股間をまさぐられながら、表情の練習なんてしてみる。すこし困ったような目付きが、驚くほど決まって見えた。
駅に着き、逃げるようにホームへ降りると、男は私の腕を掴み、頼むからオナニーを見てくれと懇願した。膝が震えるほど怖かったはずなのに、気がつくと、男と狭い個室トイレに入っていた。
男は巨根だった。しかし驚いたのは、その巨根を取り出した瞬間の顔の方だった。眉間の辺りから漂う、巨根ひとつですべての欠点を帳消しにせんとする傲慢さ。帳消しになんて、なるかよ! と呆れつつ、それしか誇りのない男が哀れになり、「おっきい」と言ってやる。うれしそうに光る顔がまた哀れだった。
男のオナニーは滑稽だった。一生懸命いやらしい表情をつくり、私を挑発するのだが、なにせ立派なのはチンコだけなので、まったく恰好がつかない。せっかくの機会なので、ちょっぴり握らせてもらった。もうどうにでもなれと、舐めてもみた。拳のなかで、男の巨根はまるで無機物のようだったし、なにか特別な味がするわけでもなかった。あーあ。ずっと夢みていた男のチンコというのは、こんなにも味気ないものだったのか。浅草の熊手のほうがよっぽど躍動的だった。
男が果てると、今度はキスを迫られた。それすら、欲しけりゃどうぞとくれてやった。ファーストキスだった。
そのお代として、50回ほど耳元で「可愛い」と言ってもらった。可愛い、可愛い、可愛い……。息継ぎでブヒ、と鼻を鳴らす男。苦しそうだったが、続けさせる。可愛い、可愛い、可愛い……。
http://mag.kawade.co.jp/syosinnikki/001300.html
4月8日(火)
母親は、二世帯暮らしの狭い家で、共に戦う同志だった。結婚当初、「頼むから親と同居してくれ」と泣いてすがったという父親は、女の前で泣く度胸はあっても、女を守る度胸はなかった。
そんな父親にかわり、私は必死で母親を守った。どんなにいやな思いをしても、母親との絆に癒された。
14歳のある日、ひとりで風呂に入っていると、当然のように母親が入ってきた。翌日、鍵を閉めると、怒号とともに母親が激しく戸を叩いた。
この寒い日に、裸の母親を締め出すなんて、お前はなんて冷たいんだ。
びっくりした。
戸に開いた換気用の穴から、ヘビのような目が覗いている。
聞こえないふりをして、死角に身を丸めた。しばらく待って、おそるおそる戸を見ると、母親はまだそこにいて、じいっと私を睨んでいた。
http://mag.kawade.co.jp/syosinnikki/001366.html
4月14日(月)
彼女と駅で待ち合わせ。焦らすような各駅停車に乗って、ひと駅ひと駅を噛み締めるように進んでいく。公園の桜は、もうほとんど散っていた。歩道をうずめる花びらを、両手ですくって嗅ぐと、体中に春が染み渡っていった。
広場の真ん中で、おそるおそる一人称を変えてみた。その瞬間、木々は槍になり、花はピストルになり、私に向かってくるかと思われたが、公園は変わらずのどかなまま。彼女は気に入った洋服の話をしている。
涙が出るほどうれしいのに、どこか寂しさも感じていた。
http://mag.kawade.co.jp/syosinnikki/001368.html
5月6日(火)
熱を出した母親がソファに横たわり、細い髪を汗で濡らしながら、喘ぐような声で言った。
私は「げ、きもちわる」なんて思いながら、とっとと荷物をまとめる。
軽く犬を撫でてから家を出て、ぐんぐん車輪を漕いでいく。不便で、ぼろくて、しみったれた地元の駅に飛び込み、急行列車に乗って、東京へ。
二回ほど乗り換えて駅に着くと、タクシーをつかまえて、ペンキの匂いのする白い階段を駆け上がった。慌てて鍵をつっこんで、ドアを思いきり閉め、その場にぺたりとしゃがみこむ。
それをぼんやり眺めながら、涙があふれた。
http://mag.kawade.co.jp/syosinnikki/
結局少年アヤちゃんは、毒母に育てられて自身をゲイのオカマだと認識するようになったノンケだったんだろうか?