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はてなキーワード: 宇宙論とは

2018-03-30

以前読んだ漫画の悪役が、神のシンギュラリティを超えて、宇宙の始まりから終わりまでをすべてを支配できるようになったという展開を見た。

でもこの前読んだ宇宙論の本には、天体活動が活発なのは長い宇宙歴史のほんの短い期間だけで、それが終わったら生命も生まれないだろうと書かれていた。

宇宙の初めから終わりまで支配できても、楽しいのはごく一部の期間だけだな。

2018-02-21

エンドレスエイト論の三浦俊彦増田

古書店の雑に積まれた本の中で存在感を放っていた「虚構世界存在論」を手に取ってから20年くらいになるか。

可能世界哲学」「多宇宙輪廻転生」と購入してきた。

一般向けの論理学入門でありながら理屈ハードで手応えのある二見書房の「論理パラドクスシリーズは好評

のようだが、増田の好みではないので買ってない。


サウンド・オブ・サンダー」として近年映画化されたブラッドベリタイムパラドクスもの「雷のような音」を

虚構世界存在論」で取り上げていたこともあり、SFに強い哲学者として認識している。小説の方は合わなかった。


三浦俊彦の得意分野は、「可能世界」を用いたフィクション論、「人間原理」を用いた意識論。とサプリメント


可能世界論、とは何かはwikipediaでも読んで欲しいが、もし暴走トロッコの先にドラッカーが居たら、とか

プロレスラー専用列車があれば、とか現実ではない仮定について、論理的に扱う仕組み。

そのハードコア一派に様相実在論というのがあり、そういう可能世界仮定存在記述上の論理ではなくってな

全部実在してっから、いやマジで、と主張して、急にそんなこと言われてもいやソレはないわー、と異端視されてる。

これだけで、もう架空戦記異世界モノですよね、OK

その実在している他の可能世界と、我々が唯一認識している現実とを区別するものは、我々が居るという

関係性だけの違いである。


この辺りで人間原理スライドしてよろしいか

真空のゆらぎからビッグバンが生じ、宇宙の各定数には様々なあり方が有り得たはずなのに、なんでこんなに人間

存在するに都合よくできているのか。それはね、人間が見ているからだよ。

人間宇宙を観察する時には、人間存在できるような宇宙でなければならない。

こういう理屈は判るんだが理由説明しきれない自己撞着的な話が人間原理

これって、この現実に我々が居るという関係性の話だよね。


宇宙は様々な形でありえた、また実際にある、というマルチヴァース、多世界解釈、サイクリック宇宙論物理学の話。

それと様相実在論をつなげ虚構実在論にも踏み込みフィクションをも真面目に哲学的に語る。

これが三浦スタイル


なろうもカクヨムも在るんだよ。

2017-12-05

anond:20171204230752

じゃぁ読まねぇよ、ったって誰が読めって言ったのかが分からんからなんとも…。^^;

つか理由のが大事じゃね? なんで古い本が読みたいのかさ。

それも分かんないのに価値あるかどうか聞かれても困る。ラノベって読む価値あるの? ってもっと若い子に増田が聞かれたら勧めるべきかどうか迷うでしょ?

読めるかどうかは、何を読むかだと思う。

ハッキリ言えばラノベの方が読解するのに遥かに知識必要場合もある(電子兵器物理化学心理統計宇宙論等)し、短くて読み易い古典だって幾らでもある。

逆に古語文法なんかが違えばそれを調べ、史実を前提に当時の生活まで想像しつつ読む、なんてのは読解力ってより周辺知識だよね。歴史とか文化とかの。

 とりあえず青空文庫からじゃね?

青空文庫オススメ検索して出てきた数十サイトを「ええーいダメダメだぁ! おまえもっ!オマエもお前も御前も分かってねぇっっ!!」と朝っぱらから一人で呟きながら厳選(笑)したページを二つだけ貼っときますね。

http://kaoschronicle.com/post-1110

https://kaumo.jp/topic/36588

 最後に因みに俺の読書観だけど、

「本を読むって行為意味なんてない」

かな。webページだって見ること自体には意味なんかないよね?

2017-09-25

anond:20170925113650

別に止まるとは言ってないだろ

この世界を作った知性存在因果律はまた上位の因果律支配されているって話じゃ納得できないの?

どこかに因果律の終着駅があると定義従ってるのはお前の勝手思い込みでしょ

まだ人間観測できる範囲はこの宇宙だけだけど

宇宙以前にあるカオス世界とか多元宇宙論に基づいた別宇宙観測もせずに

この宇宙創造主=全て(カオス世界マルチバース含めた)の支配者ってのは早計すぎる

人間支配構造みたいに神はもっと偉い神の下僕かもしれん

大体の話、宇宙以前のカオス世界にしたって、

それが在ることが誰得だって話だよ

2017-09-17

ここが駄目だったよRe:CREATORS

最終話

築城院真鍳ちゃん野放しだけどいいのか国外逃亡したしもうどうでもいいのか

官僚天下りしてハッピーエンドっぽい感じでいいのか

・被造物を安易に元の世界に戻していいのか

・多元宇宙論がどうこう言ってるが多分誰もちゃんと理解してないけど本当に大丈夫なのか

メテオラずっと残るらしいけどこれは世界の歪み的にはセーフな範囲なのか

適当に話でっち上げて終わらせたぜってセリフスタッフ本音漏れてないか

チャンバーフェス

・ソノウソホント奇跡を起こして解決物語的にどうなんだ

・真鍳ちゃん>アルタイル>>その他作中の全て みたいになってないか大丈夫なのかマジで

クリエイター雁首揃えて考えた攻略法アルタイルを倒すためにアルタイル下位互換を用意したましたは流石にショボくね

・セレジアの恋人カロンハゲにかました皮肉を見事にスルーするハゲ創作者としてどうなんだろうかお前の話ワンパすぎんぞって言われてるぞ

・トレパク疑惑のある絵師自分創作キャライチャイチャしてるのを真剣に見守る統率の取れた観客

承認力作中最強クラス 電車

そもそも承認力って何だったんだろうね

アルタイルベース二次創作から何でもありだぞというギミックに追加の説明は無かったですね

承認力で全部説明つくならステマしてバズらせさえすりゃスーパーシンジやU1みたいな感じで他のキャラチートし放題じゃねえか

・だが最強なのはからチートの真鍳ちゃんなのだ

デウスエクスマキナクラスキャラを都合よく使ってはいはい辻褄合わせましたよは本当よくないよ創作者の怠慢だよ盛り上がれないよ

ソレ以前編

・もう疲れたので一言だけ

あじゃらかもくれんきゅうらいすは台詞がダサすぎて何でバズったのか不思議でならない

・というか承認力による設定改変をもっと積極的にやれよそれがこの作品の肝だろ

・どうせ設定の雑さなんて浮き彫りになりすぎてこれ以上どうしようもないんだからもっと派手に動くべきだったんだよ

チャンバーフェスネタを取っておこうとしたんだろうがそれならもう1クールでまとめろよ

・22話って中途半端だな本当に


下駄

いやーとりあえず最終話終わりましたね。

ラストを見るまでは分からないという事で今まで色んな事言うのは我慢してきましたが流石にもう言います

ひどかったね今のアニメ

最終回で大逆転することはなくて、やっぱ駄目だったかとため息がでるような話でした。

とりあえあず個人的評価を100点満点で言えば40点ぐらいの作品でしょう。

そのうち大部分がネットでわいわい語り草にするのが楽しかった事による点数ですので、人に薦める場合の点数は100点満点で10点ぐらいです。

嫌いな奴に時間無駄に使わせようって時か、糞アニメ好きな人アニメ紹介する時ぐらいしか名前を出すことはないでしょう。

放送前の期待値は70点ぐらいだったのでそこからかなり下がってます

自分もまだまだ見る目無いなぁ。

1話の段階で「ん~~~~???これって伸びない可能性のほうが高いのでは~~~????」と思うには思ったのですが、それを放送前に感じ取れないと駄目ですね。

伸びないにしてももう少し低空飛行しそうに予想してたのですが、気づけば地中を潜っていたレベルになったのは予想外。

全体的な造りも荒いし細部の枝葉も荒かったですからねー。

たまーに細かい話を掘り下げようと頑張っていたのは見かけたんですが、世界観の造りが荒いせいかいまいちピンと来ない話ばかりになってた印象です。

そんな中でも作画音楽は頑張ってた事が多いと思います

「落とした?」としか思えない放送スケジュールもちょくちょくありましたけどねー。

内容の割にはリッチな絵作りしようとしてましたからねー。

そこまで頑張らんでいいのにと思って見てました。

あいいやこの辺で話終わりにします。

どこまでもやり続けるとヘボット放送時間なっちゃう。

2017-09-06

anond:20170906142429

昨日夜に病院に行った

症状も紙に書いた

時間について

いつもの宇宙論機械論

ビッグブラザーAIについて考えていた

ビッグブラザー的な妄想だった

誰がビッグブラザーなんだろうって妄想した

AI設計者がビッグブラザーなのかなって

2017-08-28

数ある宇宙論の中で多元宇宙論が一番しっくりきた

地球誕生する確率なんて奇跡しか言いようがない

サイコロを振りまくって毎回1が出るのを信じられない回数繰り返した結果みたいなもんだ

そんな確率数学的には0として扱われる

でも実際はある

 

これが宇宙が1つしかないと考えた時の場合

でもマルチバース論では宇宙は無数にあるという

無数の宇宙で無数のサイコロを振るんだから、そりゃ1個くらい地球誕生する宇宙ができるわな

こういう考え方だとあらゆる事象が起きても納得ができる

2017-01-23

ティアマ彗星整合性を考える(ネタバレ

確かに整合性おかしいところは多い。私は3年のずれに気づかないことよりも、この広い宇宙隕石が1200年周期で同じ場所を直撃することのほうが超天文学的確率というか、分母が10の何乗になるのか、そのほうがずっとありえないと思いながら見ていた。

http://anond.hatelabo.jp/20170122101332

彗星の名は

ティアマ彗星の名は、シュメールの龍神ティアマからとって新海監督が命名した。

ティアマトは神話では天地に引き裂かれて世界創造の元となった、また20世紀のヴェリコフスキー宇宙論ではティアマトも彗星として解釈されるのだという。

神話宇宙論における役割は公開後まで新海監督は知らなかったそうだが、ふつう人名彗星名前ティアマトとしたのは

監督アカシックレコード接続してこれら関連情報から無意識的に適切な命名をしたのだと、ムー1月号での新海監インタビュー記事にて明かされた。

そしてムーではもう一点、作中で描かれているが気が付きにくい事が新海監から発表されている。

テッシームー読者であり三葉の入れ替わりに並行世界やエヴェレット解釈アカシックレコードを持ち出したのはセリフにもあるから皆さん覚えておいでだろう。

終盤、避難のために奔走する時にもテッシームーを持っていて、その表紙には「ティアマ彗星は人工天体」との見出しが書いてあるんだそうだ。

全然気づかなかった。

部分軌道爆撃系人工彗星ティアマ

糸守には過去隕石落下でできたと思しき場所がある。糸守湖と宮水神社御神体のあるクレーターだ。

そして劇中では3度目の落下が描かれている。

1200年周期で巡ってくるティアマ彗星が毎度来るたびに地球付近で分裂して落ちてくる。偶然にしては出来過ぎ。

それも地球上にどこかへ落下、ではない。精確に糸守を狙っての着弾。大気圏燃え尽きることなく地上に爪痕を残す龍。

ティアマ彗星は何者かの作った人工天体であり、天文学的スケールと精密さで糸守を狙撃していると考えるのが妥当だろう。

この彗星製造者仮定体Aと呼称する。

(つづきは明日書きます

2016-11-27

http://anond.hatelabo.jp/20161127005540

ビッグバン宇宙論、私も学生の頃ハマって色々想像を楽しみました。

その詳しい理論的内容があんまりにも難解で匙投げましたけど。

ただ、ビッグバン宇宙論がかつてそうであったように、どうやって理論観測事実の辻褄あわせが出来る様に仮説を組み立てていくっていう歴史面白いですよね。

アインシュタインが「宇宙は定常に決まってんだろ」と思い込んでたので意味不明宇宙項を入れざるを得なかった話とか、それが観測却下されて、「宇宙は膨張してんのが事実なんだよ、アホが」と言われてアインシュタインが一生の過ちと後悔したり。

なので、今後も宇宙論てどうなるのか予断は許さないと思いますね。

 

でもま、あの世紀の大天才といわれるアインシュタインですらも過ちを犯すんですから思い込みは禁物かな、と。

一切は実体がない、ってそういう戒めの意味でもあるみたいですよ。

宇宙歴史なんて150億年前とかそういうスケールの話らしいので、雲を掴むような話ですからね。

全く違う宇宙論が今後出ないとも限らないですし。

2016-11-18

多元宇宙論が気になって仕方ない

どうにも疑問がつきない。

毎日考えてしまう。

T字路に差し掛かった俺が「左に行くか・右に行くか・それとも戻るか?」の選択肢があったときの俺は紛れもなく1人である

左に行ったという事実の俺が今の俺だとする。

しかし、右と後ろに戻った俺も平行宇宙存在する。

そして全員は俺の選択だと信じて俺が基準だと思っている。

そのうちの1人が左に行った俺にすぎない、ここまでは分かる。

じゃあ連続しているような意識を持って左を行って今まで選択の結果を繰り返してきている

今の俺の自意識っていうのは何なのっていう。

いや違うか、分岐したとしても記憶が続いてるわけだから

この自意識のもの分岐してクローンされているわけか。

から「今」の自分は常に数秒前の体感すら引継ぎ続けているか違和感を覚えるわけか。

酷い話だな。

うん、酷い話だぞこれは。

自分だと思っていた存在分岐させ続けられている上に全員その瞬間の自分を今の自分だと思い続けているわけだ。

ロボットを大量に生産して自分こそがオリジナルだと思うインプットをされ続けているに等しい。

自分自分であって自分でないような感覚ってもしかしてこれに気付いた瞬間なんじゃないの?

とにかく自分選択でころころと世界分岐するわけだけど、

生物である無機物でさえ量子論的に世界分岐させる選択をし続けてるのに生物みたいに任意性の持つ選択をする物体がいたら

爆発的に世界分岐が加速すると思うんだけどそれが目的なんだろうか。

2016-11-17

多元宇宙論量子論で確定するまではどこにでもいる状態って分子すべてに言えるわけだよな

から

俺A・俺B・俺C

って分岐されて無限に多元宇宙存在するとしても

お前からも同時に

お前A・お前B・お前Cって分岐されてるよな。

※A同士は同じ観測条件の結果とする。

 

んで俺ゴーストとお前ゴースト存在したとする。

俺Aに俺ゴーストがあって今の俺だったとして、

お前Aにはお前のゴースト入ってんの?

いや入ってるっていうか、俺のゴースト無限の数だけあって無限にそれぞれの世界で俺は俺だって言ってるのか。

 

クローンじゃないの?って話をしたかったんだけど

無限世界無限ゴーストがいてそれぞれの世界にいるんだったら何がオリジナルとかないよな。

なんか俺を無限に分割されてるのは理不尽なんだけど統合できないのか?

1つにできないんだろうか?

いや俺だと思ってるゴーストでも1人1人既に別の存在になってるから俺ではないのか。

じゃあ俺は俺だと思ってるゴーストはやっぱり固有存在なんだろうけど、

波に乗ってそれを体験し続けている俺ってやっぱり何なの?って話になる。

2016-11-15

元増田なんだけどトラバの内容が難しくて追いきれない

http://anond.hatelabo.jp/20161115114204

確率的に0に限りなく近い事象であっても起こった以上は何の不思議もないというのはそうかもしれないんだけど

数学的には確か限りなく可能性が低い場合確率0と同等の扱いをしてもいいという話を聞いたんだけど

地球誕生の扱いは数学的にどういう扱いなのか、

その解消のために量子論を元にしたパラレルワールド・多元宇宙論は支持されるのか、

またはそこまで関連付けて考える必要ないのか

地球発生の確率自体は非常に低いもので、確率が低いことをトライ&エラーできるかというとそういうわけではなく

発生まで一回こっきりのワンチャンしかなかった、それが今現実として起こっている

10の15乗分の1?

この低い確率が1度のトライで達成されている現実は何なのだろうか。

主観客観

http://anond.hatelabo.jp/20161113003515

主観客観

文章を見ると子供のころは主観大人になってから客観でモノを見るようになったというように見えます

限りなく客観性を高めて見ると、宇宙は930億光年の大きさで年齢は137億歳で、

世界もしくは地球は、宇宙からすればチリほどの大きさもありません。

時間的にみても、地球はいずれは崩壊するし、人類移住を繰り返しても、いずれかの年月で消滅します。

最先端宇宙論では宇宙自体も収縮して崩壊する可能性も半々くらい。遠い未来ではあるけれど。

何が言いたいかというと、限りなく客観性を高めていけば、地球もしくは人の意味なんて、怖くなるほど無に等しいという事です。

客観的世界を見たとき世界にも人にも意味はない。

意味を探す場所問題

"我思う、ゆえに我あり"

一切を疑って、「自分は本当は存在しないのではないか?」とまで疑っても、そう疑っている自分自身存在否定できない。

"意味"の話とはちょっと違うけど、共通する部分があると思います

客観的視点重要ですが、意味に関していえば、そこに意味はないと思います

意味はおそらくは客観ではなく、主観しかないと思います

自らの主観意味を問いかけてみてはどうでしょうか?

灯台下暗しです。

2016-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20160218103818

ブレーンワールド(膜宇宙、braneworld)またはブレーン宇宙論とは、『我々の認識している4次元時空(3次元空間+時間)の宇宙は、さらに高次元の時空に埋め込まれた膜(ブレーン)のような時空なのではないか』と考える宇宙モデルである

ログラフィック原理 (holographic principle) は(中略)、全宇宙宇宙の地平面上に「描かれた」2次元情報構造と見なすことができ、我々が観測する3次元は巨視的スケールおよび低エネルギー領域での有効記述にすぎないことを示唆する。

意味わからん

2015-08-06

[] 逆ソーカル事件

1996年物理学者アラン・ソーカル人文科学誌 Social Textデタラメ論文投稿

掲載された後でジョーク論文だった事を明かし、物理専門用語言葉遊びをしていた一部の「ポストモダニズム研究者皮肉った。

実はこの事件にはちょっとした後日談がある。

ソーカル事件から6年後、Annals of Physics と Classical and Quantum Gravity に掲載されていたある物理論文話題になる。

それらは「位相的場理論」、「宇宙論」、「量子重力理論」などの複数分野にまたがる難解な論文で、

正しい専門用語を正しい文脈で用いていたが、論文全体では何も言っていないという代物であった。

悪質ないたずらが疑われ、ソーカル事件の逆襲ではないかと話題を集めたが真相は意外な方向へ。

論文投稿したのはボグダノフ兄弟

兄弟ブルゴーニュ大学で学び、グリシュカは数学イゴール理論物理学博士号を得ている。

二人はいたずらである事を否定し、論文正当性を訴えた。

ボグダノフ兄弟サイエンス番組の人気司会者であったことからメディアをも巻き込んで騒ぎは大きくなっていった。

2人はネット上の議論に偽名で参加し、多重アカウントによる自作自演を繰り返した。

偽名には実在物理学者数学者名前勝手に使い、また、時には非実在物理学者を名乗った。

兄弟真意が何であったにしろ、全うな議論を捨てネット印象操作を始めた時点で もはやまともな研究者とは呼べないであろう。

結果的ソーカル事件とは関係なかったものの、論文査読精度や博士号授与の基準見直し議論きっかけとなった事件である

2015-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20150608004436

最近数学科生は、驚くほどプログラミング科学に興味を持ってい無い。

40過ぎの者は、マイコンブームMSX利根川博士から生物学ブームホーキングから宇宙論ブームなどなど熱狂していたものだが。

(にも関わらず現状の衰退があるのだけども)

2015-05-09

現在」の秩序と近い将来の秩序の可能性

それ以外考える意味ないんだよ,知らなかったの?

そんでもって存在するのはその中の自分だけ。

そのことだけ考えてればいいんだよ。

ほかの事は考えても無意味

宇宙論についても空間はただの箱だという3次元ユークリッド空間

局所的で一般的には物質関係時間空間を歪めていくという相対性

理論による4次元リーマン空間標準化されているし,社会も同様。

2014-07-26

http://anond.hatelabo.jp/20140726195712

概ね同意だが、

立法倫理哲学歴史金融システム簿記、もゴミ糞なの?

研究費を出してもらえて理系人間研究できるのは、

金融社会経済システムなどが整備されているから。

理系が偉いという優位意識はどこから来るんだろうね?

文系は、自分らが偉い!みたいな発言はしないけど・・・

物理学ブラックホールとか宇宙論とかになると、

経済活動に役立たないし、一歩間違えると趣味領域

あと、学問は全てが全て言葉表現して体系出来るものではない。

感覚的な言葉に表せない技術人間の心理を扱うジャンルもある。

それが分からないというのは、理系ってあんまり賢くないんじゃないの?と。

世界は、言葉論理だけで全てが構成されてるものではない。

2013-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20131104021226

本気で宇宙論やると量子の世界を避けては通れないから、量子の世界のことばっかり考えてると、逆に「地球デケー」ってなる。

2013-08-21

http://anond.hatelabo.jp/20130821105811

小さな火の玉が突然爆発してでっかくなって…って、意味わかんねーよ!ってその論文聞いていた人思わなかったの?

その火の玉はどっから来たんだよ。

どこに何故存在していたんだよ。

そりゃ当然思われた。

そもそも、ビッグバンという単語はまさにその「意味わかんねーよ!」という側の人が言い始めた言葉で、

火の玉が爆発して宇宙になるわけねーだろ馬鹿か、みたいな意味が込められている。

 

火の玉宇宙論が受け入れられる前は、宇宙無限過去から無限未来までずっと存在し続けるという定常宇宙論

主流だったので、宇宙は膨張しているという説が出たときはそんなわけねーだろという人も多かった。

宇宙が膨張しているなら、過去宇宙もっと狭くてさらに言えば過去のある時点で宇宙は1点になってしまって、

そこから爆発的に生まれたことになるじゃないか意味わかんねーよ!……というわけだ。

 

 

ちなみにシュレーディンガーの猫も経緯が似てる。これは、シュレーディンガーさんが

量子の重ねあわせ状態なんて解釈を認めたら猫が半分生きていて半分死んでるみたいなことになるだろ、意味わかんねーよ!

という主張を行ったことから生まれた言葉だ。

2013-06-04

まねして新書の紹介

http://yuma-z.com/blog/2013/06/shinsho-10/ のまねをして、今度は新書の紹介をしてみる。(それにしても新書の紹介なのに、女性が手に持っているのが新書でないのが納得いかない)いままで紹介した本の紹介は以下のリンクからどうぞ。以下のリンクはいままでに自分が読んで面白かった本の紹介です。

自分が紹介する新書リストは以下の5冊。10冊並べようかと思ったけど、数学入門や理科系の作文技術日本人英語あたりは元のブログに取り上げられているし、それらを除くと以下の4冊が残ったので。

翻訳家仕事

英語日本語に限らず、様々な言語翻訳家の人たちのエッセイ集。「なぜ翻訳家になったか」というテーマエッセイが多い。翻訳家といっても文芸翻訳の話で、技術翻訳の人は登場していないはず。だいたいが学者系の人たちで、日本に紹介したい本があるからやっているという人が多い。(逆に外国日本の本を紹介したいという人もいる)

日本文学海外に紹介する人の話が楽しかった。日本に限らず、世界各地にはその地に根ざした習慣や文化があるわけだが、そういう習慣や文化をどうやって翻訳するのか。知らない人にわかるように説明すると、地の文よりも訳注が長くなってしまうとか、そういう問題点がある。そういったことを配慮しつつ翻訳するのは並大抵のことではないようだ。

加えて、英語日本語翻訳する人と、日本語英語翻訳する人では、前者が日本人ならば圧倒的に楽なのだそうだ。該当する言葉イメージ母語の中から探すというのはできるけれど、逆はとても難しいそうだ。

翻訳というとどちらもできそうな感じがあるけれど、他の人が読むに耐えるレベル翻訳はどうやらそうではないらしい。

本へのとびら

宮崎駿さんが著者。前半は岩波少年文庫の中で自分が読んだ本を挙げつつ、その本を紹介するという内容。後半は宮崎さんの思い出話だ。本の紹介が上手で、読んでみたくなる。

紹介する本は岩波少年文庫のものに限られるので、ほかの書店の本は一切載っていないのが残念だ。しかし後半は宮崎さんがなぜ児童書を読み始めたのかということや、映画作りに与えている影響にも話が及んでいて、とりたてて宮崎さんのファンではない自分のような人にも楽しめる。最近ジブリ映画はつまらない、と感じている人は、この本を読んで興味を持った児童書を読むと楽しい時間を過ごせると思う。

宇宙は本当にひとつなのか

村山斉さんが著者。最新の研究成果を元にして、宇宙はどうなっているかについて説明した本。最新の宇宙論を大まかに説明する本だ。なので、「どうしてそうなっているのか」ということよりも「今こんなことがわかり始めている」という説明が多い。

村山斉さんは最近多くの本を出していて、ほかの本と似た内容になっている(=かぶっている)という指摘がAmazonにある。自分はほかの村山斉の本を読んだことがないので、判断できないが、最新の宇宙論に興味のある人が手に取ってみると楽しい一冊であると思う。

もともとこの本は村山斉さんの講演が元になっているようで、各章の終わりには講演での質問が載っていて、それに対して村山斉さんが答えるというところがある。この質問に対して答えるところが良い。質問の内容をくみ取って的確に答えるのは難しいことだが、村山斉さんはしっかり答えているし、まだよくわかっていないところはよくわかっていないと曖昧にしないで答えている。質問も基礎的な話から宇宙論のかなり専門的な質問もあって、それぞれに解答している。

脳が冴える15の習慣

築山節さんが著者。生活習慣を改善することで、なんとなく調子がでない状態から脱却する方法を説明する。タイトルはありきたりだし、書いてある内容もそんなに真新しいものはないのだが、読むと納得する。

大事なことは寝る時間を削らないとか、運動する時間を設ける、などだ。大変なときにはこういう基礎的な習慣が崩れやすく、そういう点を疎かにすると、短期的にはうまくいく。かもしれないが、それが長引いて長期にわたるとだんだんいまいち調子が出ない…という状態にはまりがちだ。その状態になったり、ならないようにするためには習慣を見直すことが第一で、習慣を改善するだけでうまくいくことも多いというような話が載っている。

ときどきこの本を見直して、うまくいっているときタイムスケジュール生活習慣と今の状態を比べてみるということをすることが良いだろう。その具体的なチェックポイントを挙げてある点が本書の良いところ。

新書とは何か(自分にとって新書イメージ

ここからは余談。

新書というカテゴリーは、文庫でもないしハードカバーでもないというちょっと特殊なジャンルだと思っている。

昔読んだ高村薫さんのインタビューにこんなことが書いてあった。かなり昔には、

というすみ分けがあった。しかしこれは何十年も前から崩壊してしまったようだ。文庫ハードカバー出版された書籍が何年か経った後に、再び出版社が同じ書籍を売り出したいがための「文庫化」される本が多数を占めるようになったためだ。(そうではない本もあるが、全体の傾向としてそうなってきた)

くわえて、

  • 新聞は世の中の新しい出来事を総花的に紹介する
  • 雑誌はある分野ごとに、新聞よりももう少し掘り下げて説明する

というような区分けがあったように思う。新書は、上の新聞雑誌の間を縫うような「新聞のような時事的な問題を、雑誌と同じくらい詳しく、かつできるだけわかりやすく」というニーズがあって発展してきたものだと思う。要するに、今の池上彰さん的な立場新書は担っていた。

新書には、もう一方で「学問の初歩を紹介する」という役割もある。これらは新書が出はじめた当時は多かったが、最近はそんなに多くない。(元のブログでは数学入門はこの手の新書だ)○○学と呼べるような大きな学問領域を一手に扱えるほど権威のある書き手が少なくなってきて、各学問領域内でも細分化された結果、一概に「こうだ」と言えるようなことが難しくなりつつあるからだと思う。加えてそれらを説明しようとすると、新書では紙面が足りないからだと思う。

そのためなのかどうかは知らないが、最近特に、何か一つのテーマをなんとなく紹介する新書が多くなってきた。こういう新書は読むとそのとき何となくわかったような気がするけれど、時が経つと忘れてしまったり、素人目にはその紹介にはつじつまが合わないような時事問題が現れたりする。で、その結果として、その時々で「今」をなんとなくわかりたいときには役に立つ。けれども、全体としてみると、(特に経済問題や時事的な社会問題系は)役に立たないものが多い。陳腐化する。

まとめると、新書は以下のようなジャンルがある。

理科系の作文技術」について思うこと

個人的には、「理科系の作文技術」よりも、同じ著者の

の方が良い気がする。というか普通大学生ならば、新入生の手引きとかにレポートの書き方の説明や参考文献が載っているのではないか?大学講義にそういうものがあるはずだ。なので、「理科系の作文技術」は名著だけれど講義に出て練習を積めばいいように思う。もちろん一気に上手くなるわけではないけれど、ノウハウ本を一冊読むよりも、一度学んだも講義資料を読む方がはるかにわかやすいと思うのだが。講義教授木下是雄氏で、「理科系の作文技術」が指定教科書ならばともかく。

2013-05-29

まねして本の紹介 その1

http://yuma-z.com/blog/2013/05/student_books/ という人のエントリを見て、自分も(学生じゃないけど、)読んで楽しかった本をまとめてみたくなった。

この長い本の紹介を読んで、読んでくれる人や、ほかにおもしろい本を紹介してくれる人が続いてくれたら自分はうれしい。まだ微修正中で、加筆・修正するかもです。

これから紹介する本の順序について、あまり意識していないけれど、なんとなく読んでいる人が多そうな順。下に行くにつれて、読んでいる人が少なくなっていくと(書いている自分は)予測してます

このエントリで紹介するのは以下の本です。つづきは http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で。

火車

宮部みゆきさんの小説。一人の女性が婚約後にいなくなってしまう。主人公はその女性の捜索を頼まれて、懸命に消息を追う。そして、調べていくうちに、現代資本主義社会の底しれぬ闇が見える――。

とても有名な作品で少し前にテレビドラマにもなったようだ。物語の始まりが冬の寒い時期のせいだろうか、自分は冬の時期に読みたくなる。三日間くらいで読了できるとおもしろさが持続すると思う。

読まれる方は、Wikipediaのあらすじにネタバレの要素があるので注意されたい。Amazon書評にも、ややバレる要素があるかな。この小説についてはあまり詳細について語ると魅力が半減してしまう気がする。読まれる方はできる限り事前の情報収集を避けて読んでください。

フェルマーの最終定理

1995年にそれまで350年にわたり証明されなかったフェルマー予想が証明された。そのフェルマー予想をテーマにしたノンフィクション。著者はサイモン・シンさん。翻訳は青木薫さん。

著者のサイモン・シンさんはこの後紹介する「ビッグバン宇宙論」においてもそうだが、説明がとても丁寧だ。わからないことを教えてもらおうとして、わかっている人に聞いたときに下手な比喩でたとえられて、全くわからないという経験をした人は自分以外にも大勢いるだろう。サイモン・シンさんの比喩はわからないという気にならない。なぜなのだろうか。

数学テーマにした本なので、数学が嫌いな人は手に取ることもないかもしれない。しかし、そういう人もぜひ読んでみてほしい。というのも、この本は数学の「問題そのものを解く」ということが主題ではないから。むしろ数学の問題はどのように生まれるのか、それを解こうとして350年にわたり数学者たちがどのような試行錯誤を続けていったのか、そのもがき苦しんだ歴史の本だからだ。

海外の本はしばしば翻訳調とでもいうべきか、文が堅く読みにくい感じがすることもあるけれど、この本はとても翻訳が丁寧で読みやすい。青木薫さんのすばらしい仕事だ。

自分は単行本ハードカバー)で読んだ。文庫版だと新しい翻訳者あとがきなどがついているかもしれない。

一九八四年

ジョージ・オーウェルが書いた小説ユートピア物質的・精神的に豊かになる、健康長生きできるといったような人間社会幸せで良い方向に向かう社会小説の反対、ディストピアを描いた小説

ここまで暗く描かれるとむしろ読む方の気分は明るくなるような、そんな気にすらさせてくれる小説。ただし、それは読後の感想であって、読んでいる最中は暗いままだけれど。

村上春樹さんの1Q84はもしかしたらこの小説に関連があるのかもしれない。今ググったら、どうやらそうらしい。自分は村上さんの方は読んでいないので何も言えません。(すみません

この小説が書かれた時期も意味があるし、この小説の中で登場するニュースピークという言語体系の設定は、そもそも言葉とは何なのかを考えるきっかけにもなるだろう。

火車と同じくWikipediaはあまり見ないで読み始めた方がよいだろう。

将棋の子

大崎善生さんの小説純粋小説というよりも何割かはノンフィクションかな。

自分は将棋のことは駒の動き方くらいしか知らないのだが、羽生善治さんやほかにも何人かくらいは将棋指し(棋士)の名前を知っている。この棋士の方々は、奨励会という将棋プロ養成する機関の中で勝ち上がってきた人たちだ。勝ち上がってきた人は晴れて棋士になるわけだが、では、「敗れ去った人たち」はどうしているのだろうか。その人たちをテーマに据えた小説だ。

この小説はけっこうずしりとくる。最初に挙げた宮部みゆきさんの「火車」は小説範疇ということもあるせいか、なんとなく怖さを感じることはあるが、現実的な切実さ、哀しさまでは感じないかもしれない。この「将棋の子」は、何かを一生懸命やってうまくいかなかった人の哀しさがよくわかるし、そういう体験をしてきた人(あるいは今そういう一生懸命何かに取り組んでいる最中の人)にはこたえるものがある。

冗談でしょう、ファインマンさん

ファインマンというアメリカ物理学者自伝エッセイ集。著者はリチャード P. ファインマンさん。翻訳は大貫昌子さん。この本もすばらしい翻訳だ。

エッセイ集ということもあって、好きなタイトルから読み始めることができる。エッセイ集なんてつまらんだろう、などと思っている人は読んでみてほしい。物理学者とは思えない言動の数々と、物理学者からこその言動が少々。そして、その間に驚かされるような洞察が垣間見えるのだ。場合によっては論語みたいな読み方もできるかもしれない。

全般に明るく楽しく描かれているけれど、これは意図的なものだろう。第二次世界大戦のロスアラモ時代には、自分の心にとどめるだけの悲しい出来事も数多くあったのではないか、と自分は想像している。

最後の「カーゴ・カルトサイエンス」の節はできれば最後に読んでほしい。この節だけは特別だ。物理学がわかれば、もっとファインマンさんのことをよく知ることができるのだろう。それができないのは残念だ。

プー横丁にたった家

プー横丁にたった家」は「くまのプーさん」の続編だ。「くまのプーさん」というと、単なるハチミツが大好きな黄色っぽいクマだと自分は思っていた。そうではなかった。

この本は子供向けの童話だと思われるかもしれないが、読んだことのない大人の方も読んでみてほしい。自分も大人になってから読んだ。著者はA.A. Milne。翻訳は(童話ジャンルでは高名な)石井桃子さん。

プーさんはもともと、著者が自分の息子に聞かせるためのお話だったようだ。こんな話を子供時代に聞かせられたらすごいことだ。

ところどころでプーさんが代弁する著者の考え方は、Amazonレビューにもかかれているけれど中国の思想家のような、どこか超然としたところがある。このクマがほかの動物たち(と一人の子ども)に向かって話しかける姿が良い。それとプーさんと行動をともにするコブタピグレット)が健気だ。自分は大人になってから読んだせいか、出てくる動物たちの役割に目が向いた。すなわち、物語の筋よりもおのおののキャラクター人間のどういう面を強調したものなのかを考えてしまいがちだった。子供の頃に読んだならば、もっと無邪気な読み方ができただろうと思う。

ビッグバン宇宙論

サイモン・シン氏の2作目の紹介になる。翻訳も前に紹介した「フェルマーの最終定理」と同じ青木薫さん。(本自体は「フェルマーの最終定理」→「暗号解読」→「代替医療トリック」(共著)→「ビッグバン宇宙論」、で四冊目だ)

大人になるにつれて、子供の頃に「なぜだろう」「どうしてだろう」と単純に不思議に思えたことへの興味がだんだん薄れていくと思う。すくなくとも自分はそうだった。どうして鳥は飛べるのに人間は飛べないのだろう、なんでお風呂に入ると指がフニャフニュになってしまうのだろう、どうしてテレビは音が聞こえたり絵が見えるのだろう、泥だんごはうまく丸くなってかちかちに固くなることもあるけど、そうでないこともあるのはなぜだろう、カブトムシはかっこいいけど、クモはすこし気味が悪いのはなんでだろう…、などなど。

そういう疑問の中で、人間がずっと追いかけて考えてきた疑問の一つが「この人間が生きている空間はどういうものなのか」だろう。その考え方の歴史をまとめたものがこの本だ。この本をひもとくと、この百年の間に予想もし得ないことが次々に見つかったことがわかる。ビッグバンという言葉ほとんどの人が知っていて、宇宙は一つのから始まったと言うことは知っているだろう。意外に思えるけれど、今から百年もさかのぼれば、ビッグバンという言葉すらなく、そう考えている人も科学の世界において異端扱いされていた。

宇宙論という非常に大きなテーマを扱っているため、「フェルマーの最終定理」よりも分量があって読むのが大変かもしれない。ただ、自分が読んだ単行本ハードカバー)には各章にまとめがついていて、おおまかな筋はそこを読めば追えるように配慮されていた(これはうれしい配慮だ。)文庫版のタイトルは「宇宙創成」のようだ。

読み終わったら、ぜひ上巻のカバーと下巻のカバーのそれぞれの色に着目してほしい。

モンテ・クリスト伯

今まで見てきた本を読むとわかるかもしれないが、あまり自分は昔の小説を読むことがなかった。一つには風俗文化が違いすぎて、いまいちぴんとこないからだろうか。そう思って昔の小説を読むことがほとんど無かったけれど、このモンテクリスト伯おもしろかった。著者は三銃士でおなじみのアレクサンドル・デュマ。翻訳は竹村猛さん。自分は上に挙げた岩波少年文庫版を読んだ。

復讐劇の代表的な作品だそうだ。「それってネタバレでは?」と思う方もいるかもしれない。そうと知っていてもやっぱり楽しい。引き込まれるようなおもしろさがある。

少し前に「レ・ミゼラブル」が映画になって、そちらの原作も良かった。境遇何となく似ているのだけれど、「レ・ミゼラブル」が愛の物語なのに対して、モンテ・クリスト伯純粋復讐劇だ。その痛快さ。モンテ・クリスト伯超人的な活躍が楽しい

自分はまだ一回しか読んでいないせいか、下巻の最後の方のあらすじはうろおぼえになってしまった。もう一度読む楽しみが増えた。今度は岩波文庫版で読もうかな。

喜嶋先生の静かな世界

森博嗣さんの小説。もともと「まどろみ消去」という短篇集の中に「キシマ先生静かな生活」という短編があって、それを長編ににしたものだ。

(科学系の)研究者世界とはどういうものなのかを丹念に追った小説であり、若干の事実が含まれているのかな?と思っている。森博嗣さんは某大学研究者であった(今では退職されたようだ)人で、その知見がなければ書けない小説だろう。

Amazonレビューを見たら、「自分には残酷小説だった」というレビュー内容もあった。自分は、心情、お察しします、という気持ちだ。ただ、主人公は喜嶋先生と出会えたことは僥倖だったに違いない。この小説の中で登場する喜嶋先生名言は、本家よりもむしろ心に残る。

自分の中では「将棋の子」と双璧をなす青春小説だ。

謎のギャラリー

北村薫さんが選ぶミステリーを中心とした選集。あるテーマを設定して、そのテーマの中で北村さんが編集者と対談形式でさまざまな物語を紹介していく形式だ。テーマは「リドルストーリー」であったり、「中国の故事」であったり、「賭け事」であったりと様々だ。

編集者との対談は実際の編集者ではなくて、北村さんが頭の中で生み出した架空の「編集者であるけれど、この対談がとても読んでいて楽しい気持ちにさせてくれる。いろいろな本が紹介されて読みたくなる。そういう罪深い(?)本だ。これを元に幾冊か叢書が組まれた。

その叢書の中で、自分が気に入ったのは「私のノアの箱舟」と「なにもない猫」だ。このシリーズはまだ全部読んでない。だから、気に入ったものは変わるかもしれないし、増えていくだろう。

自分は中国の故事や旧仮名遣いの本は読みづらく感じてしまうので、「真田風雲録」は読めないかもしれないなあ。

伝記世界を変えた人々 (いろんな人の伝記 図版が多く読みやすい)

海外の人を中心にした伝記シリーズ。主に子供を対象としているためだろうか、シリーズ全体として、文は平易で図や写真を多用している。そう書くとありきたりな伝記に思われるかもしれないが、装丁、ページの中の文と写真の配置の良さが際立つ伝記集だと思う。

全体として、割とマイナーな人も取り上げていたりするし、平和に貢献した人たちを取り上げている点も特徴だろう。気になった人がいたら、その人を読んでみてほしい。

星新一 一〇〇一話をつくった人

星新一は、多くの人がショートショートと呼ばれる一連の作品群で読んだことのある作家だろう。その人の評伝だ。著者は最相葉月さん。

星新一さんはその作品を読むとところどころに冷徹さが垣間見える。その冷徹さがどこから生まれたのかがわかるだろう。もともと幸せ境遇に生まれ育ったが、途中からどうしようもない災厄に見舞われるからだ。それだけが冷徹さの理由ではないだろう、ほかにもこの本を読めば思い当たる点がいくつかある。それらも書くと紹介としてはやや度が過ぎるのでやめておく。

最後の方で著者は有名な芸能人にもインタビューする機会を得て、実際に星新一さんについて尋ねる。そこも印象に残る。その芸能人はちょうど星新一さんの逆の人生をたどるような状況になっている。

自分はこの評伝を読んで、がぜんショートショートに興味を持つようになった。

リプレイ

SF小説はあまり読んだことがないのだけれど、この小説は良かった。著者はケン・グリムウッドさん。翻訳は杉山高之さん。

SFのよくある設定として、「もし過去に帰ることができるとすれば、その人の人生はどう変化するのだろうか」というものがある。その王道設定を利用して、すばらしい小説になっている。

この小説が書かれた時代1988年なので、やや風俗文化の描写が21世紀の現代と比べて現実離れしている点があるけれど、それを差し引いてもすばらしい小説だ。

まりあらすじをかかない方がよいだろう。http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で紹介する「心地よく秘密めいたところ」と全然違う話なのだけれど、自分には似たものを感じる。

自由への長い道

この本は近年読んだ中で最も良かった。

自由への長い道は南アフリカ共和国アパルトヘイト人種隔離政策)が撤廃されるまで闘った人々のノンフィクションだ。著者はネルソン・マンデラさん。翻訳は東江一紀さん。

アパルトヘイトという言葉とその意味何となく知っているけれど、それが具体的にどんなものかを説明できる人は日本の中で多くないのではないかと思う。ネルソン・マンデラさんとその仲間たちは、それをなくそうと政治活動を繰り返す。そしてその度に時の政府の激しい妨害に遭い、その結果そういったグループを作ること自体が違法になり、グループの首謀者たちは収監されてしまう。そこからが圧巻だ。

いかにしてそういう逆境の中で自分の政治信条を保ち続けるか。自分たちの仲間を増やして支持を広げていくか。そして時の権力機構に対して、アパルトヘイトの「非道さ」をアピールし、撤廃にこぎつけるか――。

仲間の反乱分子スパイへの対処国際社会へのアピールなど、常人には思いもよらない方法アパルトヘイト撤廃に向け前進してゆく。ところが、前進したと思ったら後退したりすることが何度も繰り返されるのだ。

この本はネルソン・マンデラさんがアパルトヘイト撤廃後の大統領に選出された直後に出版された本なので、結末に近づくにつれてかなり筆が鈍って、慎重な言い回しが増えていく。現在進行形のことを縷々書くと信用問題になるからだろう。それでもこの本は読んでいて楽しい

この本を読んだ人は「ネルソン・マンデラ 私自身との対話」もぜひ読んでほしい。自分もまだ途中までしか読んでいないが、より素直なネルソン・マンデラさんの言葉と考え方がわかると思う。(「自由への長い道」についての言及もある。)

ほかにも映画インビクタス」や、「マンデラとデクラーク」など、映像作品もある。後者の「マンデラとデクラーク」は「自由への長い道」と同じテーマだ。ついでに、youtubeにあった国連広報映像日本語訳付き)もリンクしておく。


つづきは http://anond.hatelabo.jp/20130530045256 で。

2012-10-15

土着音楽フォークロア)と紙粘土

古代いにしえよりの文明におけるコスモロジー全体論(holistic)であり神学(theology)であった、なんていかめしくニューサイエンス的な前口上を言い立てるまでもなく、

明らかに昔のほうが物事を全体として捉えてたんだよな?そのことを如実にあらわしてるのが土着音楽について振り返ってみようか。原始のリズムを食らえ。

しかしよくよく考えてみると音楽における霊性なんてイマドキ流行らないし流行らせない。ほらやよい時代って祭儀と祭祀で回ってたから。古代ギリシャ神託政治(ポリ)してた。politics語源だしなウソだけど。

基本リズムから全て派生していく様は完全に宇宙観をあらわしてる。けど現代人にはピンときづらいか紙粘土に喩えたらどうだ?

紙粘土ってなんでも作れる。だからこの世界は全部紙粘土で出来た世界として捉えてみることも可能である。箱庭宇宙。んだらば、それは素粒子論とは全く異質のモナドロジーではないのか?いやコスモロジー

絶対なんて絶対ないなんて今様ポップス音楽はこぞって歌うけれど恥知らずに要素還元主義つきすすむのも悪くはない。ペンロー図で有名な先生は怒るけど。

あとホフスタッターとかそういうのに啓蒙されたジョブズ世代でしょ。音楽時代精神(シュトゥットガルト)のみならず宇宙論コスモロジー)も表わしてる。マクロ意味でね。

理論化って常に近似なんだよね。理論の上に乗っかっていびきかいてると分からないけど。そりゃ眠ったら本質が見えなくなります

でも近似なのが分かってたらじゃあ実際どうなのよってなるじゃん?それはすぐれた近似なのかでたらめな近似なのか、そこを見極めないといけない。宇宙論()も見極めないと。

ところが見極める段になってまた見極めるためのメタ理論が要る。堂堂巡りじゃないか。そこで紙粘土音楽は元から発想をひっくり返す。見極めるとか見極めないとかそんなチャチなもんじゃねえ。

恐ろしいものの片鱗を味わうのよ。つまり「これ」という指差しや「ほにゃらら」という名指しや「ほにゃらか」という言い表しは全部無意味ってこと。

「この音楽いいよ」であるとか「この部分って何を表現してるんじゃ?」であるとか。そういう発想ではない。われわれはマントラ宇宙の原始の創造であると聞いたら幻惑してしまうだろう。

創造というか何というか、素粒子論とはまったく違った紙粘土の発想でのアレだからな。「これ」と指を使うとその時点で制限がかかるから指さずに「アレ」と要ったほうがよかろうもん。

その上であえて「ほげ」と呼ぶならば、その「ほげ」なる言葉としての意味はないが存在として意義のある呪文というか真言は、何に対しても使うことのできる万能のおまじないのようなものである

嫌なことがあっても「ほげ」。嬉しいことがあっても「ほげ」。「そうだハロウィンだ」と思っても「ほげ」。全部「ほげ」。全部紙粘土なの。

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