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2017-09-26

[] #37-5「同じアホなら」

ボンダンスカケルサン

歌:マスダと愉快な仲間たち 作詞作曲:京三那智

手の平を表に見せて こんな感じで

空を仰ぎ見たり たまに手拍手

ほら ほら もうボンダンスらしきものだよ

ボン ボン ダンス ボボンがボン

力の言葉 ボボボボ~ン

あっという間に ボン ボン ボン

明るくいきましょ 盆踊り


…………

弟たちの踊りは洗練されたものではなかった。

曲調もアレンジされているものの、要は盆踊りで流れているタイプのそれだ。

振り付けも目新しい要素はない。

だが弟たちのひたむきな感情を読み取るにはむしろ丁度良いものであった。

弟たちは笑顔を終始たやさず、有り体に言えば“楽しそう”だったのだ。

そして“楽しそう”は伝染しやすい。

観衆は弟たちの踊りを真似て、次々に踊りだしたのだ。

場の空気を完全にモノにしたのである

そのとき漂っていた独特な雰囲気は凄まじく、俺までつられそうになるほどだった。

何より弟たちは最後の組。

余韻が残ったまま結果発表となるわけだ。

俺とカン先輩のダンス記憶に未だ残っている人は少なく、弟たちの優勝は日を見るより明らかであった。


…………

夏祭りもいよいよ大詰め。

最後は弟たち少年団体の祭囃子で締めくくられる。

俺は弟が一心不乱に太鼓を叩いている様子を眺めていた。

さっきまで踊っていたのに、よくあんな体力が残っているもんだ。

……カン先輩が少し前に言っていた言葉を思い出す。

積極的に騙されることで人は楽しもうとする』と。

そして“楽しんだもん勝ち”だと。

から気乗りのしなかった俺が勝てないのは道理ってことなのかもしれない。

それにしても、ダンス大会で勝って上機嫌かと思いきや、どうも弟の太鼓が荒々しい気がする。

やはりダンスの疲れが残っているのだろうか。

「あの子、賞金をくじびきに全部つかっちゃったの」

母が紙袋を抱えてこちらに近づいて来る。

中身は知らないが……様子からしてハズレばかりなのだろう。

「はあ~ん、くじびきの方が儲かりそうやな。次回はそれにしよ」

カン先輩から言わせれば、弟のあれも“楽しんだもん勝ち”ってことなのだろうな。

ただ、そのような“勝ち”で何かを得られる人間は、同じくらい何かを失いやすい性分なのかもしれない。

俺はそんな“楽しんだもん勝ち”から搾……勝てる人間になりたいと思うのであった。

(おわり)

2017-09-25

[] #37-4「同じアホなら」

俺たちはダンス会場に赴いた。

盆踊りではなくダンスなのは、「時代錯誤だ」という一部の若者意見主催者バカ正直に受け取ったかららしい。

そんな調子で突発的に作られたイベントものからルールが所々ユルい。

参加条件は特になく、ダンステーマ自由

優勝を決めるらしいが、評価基準が「一番盛り上がった」でとにかく曖昧

「一番盛り上がったのが優勝って、その場のノリで決まっちゃうじゃないですか」

賞金は魅力的だが、勝算のないもの時間を割いてもただの徒労だ。

「逆に考えるんや。だからこそ、ワイらみたいな一般ピーポーにも付け入るスキがある」

だが、どうやらカン先輩には秘策があるようだった。


様々な参加者が思い思いのダンスをするが、お世辞にもレベルは高いとはいえない。

老獪なダンス

子供愛嬌以外に褒めるところのないダンス

流行の曲と振り付けによる既視感バリバリなのにクオリティは劣るダンス

夫婦タンゴという、踊っている当人以外誰も得しない、企画趣旨を全く理解していないダンス

……ていうか、俺の両親じゃないか

勘弁してくれ。


「それでは次の参加者カンさんと、マスダさん。先輩後輩による、アニメーションダンスです。それでは、どうぞ」

テクノポップな曲が流れると、その音に合わせてスローモーションな動きをしたり、体の部位をそれぞれバラバラに動かしたりと奇妙な動きをして見せる。

今までと毛色の違うダンスに、観客も目が釘付けになっている。

もちろん、こんなダンスを思いつきで踊れるわけがない。

それなりの練習必要とされる高度な代物だ。

じゃあなぜ踊れるかというと、実は俺たちが学校行事披露した演目の使い回しなのだ。

まだ体が覚えているので振り付けバッチリだし、ほとんどの観客にとっては新鮮にうつる、というわけ。

周りが大した練習もせず何となく参加している中、入念に作られたプログラムで踊るのだ。

一線を画すダンスに観客たちの盛り上がりは最高潮

勝負は目に見えていた。

……酷い茶番だ。

俺はこんなところでいったい何をやっているのだろう。

……ふと、そんな思いがよぎって、集中力が削がれたのがマズかった。

「おい、マスダ、寄りすぎや!」

距離感を測り損ね、カン先輩の突き出した足が目の前に迫る。

とっさに身をよじって何とか避けるも、そのせいでバランスを崩して俺は盛大に転倒してしまった。

自分の額から嫌な汗がたれるのを感じる。

慌ててアドリブで誤魔化すが、曲から外れた動きであることは明らかであり、失敗を取り返せるものではない。

観客の反応はそれでもよかったが、やや尻すぼみな結果であることは否めなかった。

「すいません」

「まあ、ぶっつけ本番やったし。しゃーない。それに、この参加者たちのレベルからして、多少の失敗を加味してもウチらの優勝が濃厚や」

気を使ってそう言ってくれているのもあると思うが、実際優勝できる可能性はそれでも高いのは確かだ。

だが俺たちが優勝だと確信するための、決定的な“何か”が足りないという違和感もあった。

そして、それが何であるかを弟たちのダンスで知ることになる。

(#37-5へ続く)

2017-09-24

[] #37-3「同じアホなら」

ところ変わって弟のほうは、祭囃子に備えて英気を養っていた。

その過程で、自警団キャンプにて母に小遣いをせびっていたのだ。

「母さん、お金ちょうだい」

「小遣いはお父さんから貰ったでしょ」

「出店で全部使っちゃったんだよ!」

「5000円も!? いくら出店の品物が割高だからって、さすがにそれがなくなるなんて……」

「えーと……金魚すくいスーパーボールすくい、亀すくい、ウナギすくい、ドジョウすくい……」

見え透いた嘘である

弟の後ろにくっついている仲間たちを見てみると、大量のよく分からない玩具っぽいものを抱えている。

しかも同じものだ。

「呆れた。くじびきに使ったの?」

「欲しいものがあったんだよ……」

「よりによってそんなもので散財するなんて……アレは当たるかどうか分からないのに」

「くじびきってそういうものだろ? 分かってるよ」

分かっていない。

母が言っている『当たるかどうか分からない』は、弟が思っているような意味ではない。

だが、それを弟に説明したところで理解できないと思ったので、母は説明を省いた。

仮に理解できたとしても、弟の性格なら面倒くさい事態になることは容易に推測できたからだ。

「ははっ、マスダさんとこの次男祭りの楽しみ方をよく知っている」

いつもなら悪態の一つはつくタケモトさんも、今日は上機嫌に絡んでくる。

酒の力と、祭という特別空間がそうさせるのだろうか。

「タケモトさん、よしてください。息子は単にカモにされているだけです」

「なー、頼むよ。最新ゲーム機が当たれば、元がとれるんだ」

元が取れるとかいう考え方は、まるでギャンブル嗜好者だ。

母は恥ずかしくて子の顔をまともに直視できなかった。

「……ダメ

ケチ!」

守銭奴!」

「金の亡者!」

「パープリン!」

弟と、その仲間たちから誹謗は響かない。

母は自分聴覚フィルターをかけて聞こえないようにしていたのだ。

「まーまー、親の言うことは素直に聞いとけ。ゲーム機なんて買えばいいんだ」

かねたタケモトさんが仲裁に入る。

「でも5000円が……」

「店側の立場になってよく考えてみろ。ちょっとそっとのことで高額商品が当たったら、商売あがったりだろ。あーいうのは当たらないように出来てるんだよ。引き際が肝心なんだ。今回は勉強料ってことで割り切っとけ」

勉強料、便利な言葉だ。

そして便利な言葉ってのは、こういう意固地な人間を黙らせるために使われる。

「もーいいよ! 自分で何とかする」

弟はそう啖呵を切ってキャンプ場を後にした。


俺はというと綿菓子作りにも完全に慣れ、カン先輩との雑談のほうにリソースを割いていると言ってもいいほどだ。

「俺としては一向に構わないことなのですが。俺をバイトに誘ってよかったんですか?」

この仕事内容ならカン先輩一人でもこなせただろうし、わざわざ俺を呼んだのが疑問だった。

仕事ってのは楽できるよう運用することも大事なんやで……というのも理由としてある」

「その他の理由は?」

夏祭りイベントは出店だけじゃないってことや。それに参加するにはペアじゃないとあかん

カン先輩の魂胆が見えてきた。

「優勝したら賞金が出る、とか?」

「察しが良くて助かる。どうせ金稼ぐんやったら、貪欲いかんと」

「で、イベントの内容は?」

ダンスや」

なんだか嫌な予感がしてきた。

(#37-4へ続く)

2017-09-23

[] #37-2「同じアホなら」

俺はカン先輩に頼まれて、夏祭りの会場で綿菓子売りの手伝いをしていた。

カン先輩は人格者とは言いにくい性格ではあるが、俺に労働イロハを教えてくれた人だ。

そんな先輩にウマい話があると言われて、断る理由はない。

はい、お釣りね。お買い上げ、ありがとうな~」

「『おおきに』じゃなくて、『ありがとう』なんですね」

「マスダよー、つまらん粗探しやめろや。本場でコテコテな喋りするのは少数なんやから

カン先輩は持ち前の愛嬌で売り子として、俺は綿菓子を作ることに専念していた。

ラメを綿菓子機の真ん中に設置された釜に入れる。

綿が出始たら、濡らした割りばしをタライの中でクルクル一定リズムで回して絡ませる。

ある程度の大きさになったら、ソレを袋に突っ込む。

多少コツはいものの、すぐに慣れる簡単作業だ。

せいぜい気をつけるべきことは、ほんのりと漂う甘ったるい匂いに頭をやられないようにする位である


作業に慣れ、脳の思考リソースに余裕が出来る。

俺はそれを埋めるように、カン先輩に疑問を投げかけた。

カン先輩、なんで綿菓子がこんなに高いんですか。これ材料砂糖だけでしょ」

それに出来たての方が美味いのに、わざわざ袋に入れて時間のおいたもの提供するってのも奇妙な話だ。

そんなものに高い金を出して買う奴らがいるのも理解に苦しむが。

「チッチッチ、甘いなマスダ。綿菓子より甘い。お前そーいうとこやぞ、ホンマ」

「どういうことです?」

物事は、必ずしも本質ばかりに目を向けていて解決できるものじゃないんや」

抽象的な物言いで何か大層なことを言っているように見せる。

カン先輩お得意のやり口だ。

材料の原価だけで推し量ってはいけないと?」

「この綿菓子を入れる袋に秘密があるんや」

自信満々に袋を差し出されて、俺はとりあえず念入りに触ってみる。

感触からして普通の袋だとしか思えないが。

他に何か特別理由があるのだろうか。

「目ン玉ついとんのか。この絵や」

俺の薄い反応にカン先輩は苛立ち、袋に描かれた絵を指差す。

アニメキャラクタープリントされており、確か『ヴァリアブルオリジナル』の登場人物だと思う。

「つまり、この袋が高いってことや」

たぶん、それを踏まえてなお割高だと思うのだが、俺はひとまず納得して見せた。

「なるほど。プリントの特注、そしてキャラ使用料というわけですね」

「そ、そうやな。後は綿菓子機のレンタル代とか、ショバ代とか……」

カン先輩の目が泳ぐ。

どうやら、どこかの過程でチョロまかしているらしい。

これは深く切り込んだら面倒くさい案件だな。


周りの出店を眺めてみる。

子供の頃は気づかなかったのか、それともここ数年で様変わりしたのか、阿漕商売ばかりが目につく。

何だかすごくグレーなことをやっているような印象が」

俺にとっては至極真っ当な疑問だったが、カン先輩にとっては愚問であった。

やれやれと、溜め息を大げさ気味に吐いてみせた。

「マスダ。こういう所で楽しんでいる客はな、“積極的に騙されている”んや」

積極的に騙されている?」

何とも奇妙な表現である

「そうそう。夢と希望の国みたいなもんや。愛くるしいキャラたちは実際には着ぐるみで、その中では愛くるしくない人間が汗水たらしとんねん」

「俺もガキじゃないんですから、それ位は分かってますよ」

「そうや。タネが分かってても楽しめるってことが言いたいねん」

「それは、気持ち問題でしょ」

「分かっとるやないけ。つまりはそういうことや。夢と希望なんてもんはな、見たい人間が見れるようにできとんねん」

先輩の言う「積極的に騙されている」っていうのはそういう理屈らしい。

なんだかもっともらしいことを言っているようにも聞こえるが、俺たちがその実やっていることは割高な綿菓子を売っているだけだ。

仮に先輩の言う通りだとしても、人を騙して楽しませる代物としては些かお粗末に思えて仕方なかった。

「この綿菓子袋に、騙されても良かったと思えるほどの夢や希望が詰まっていると? 傍から見ればバカみたいに見えるんですが」

「傍から見てアホだと思われるくらいの方が、楽しんでるって感じせえへん? なんにでも言えることや。ゲームめっちゃ課金しまくるヤカラおるやろ。ああいうのも積極的に騙されに行ってるから楽しめるんやで」

「楽しもうとする気概が大切、ということですか?」

「そうそう、要は“楽しんだもん勝ち”ってことや」

そもそも勝ち負けで語ることなのか、仮に語るならば明らかに負けていると思うのだが、それ以上は何も言わなかった。

俺たちはそんな人間から利益を得ているので、案外悪い気はしなかったからだ。

(#37-3へ続く)

2017-09-22

[] #37-1「同じアホなら」

俺たちの住む町の中心区。

そこには、そこそこの大きさの神社がある。

名前字画ブーム風水ブームの時期に出来たらしい。

だがこれといった縁起のいい話は特になく、ほとんどの住人は何を奉っているかすら知らないし興味もない。

かくいう俺もその一人。

法事だとかで何となく利用されている位だ。

そんな信心浅い住人たちの多い場所でも、年に数回ほど賑やかな場所になる時がある。

例えば夏祭りだ。


秋を知らせるような涼しく穏やかな風が吹き始め、我が家クーラーを消すかどうか悩み始める頃。

俺たちの住む町の夏祭りは、そんな時期に開催される。

理由としては単純明快で、真夏の夜に人が集まると暑さでおかしくなるからだ。

以前は夏祭り熱中症で倒れた人。

納涼のために酒を飲みすぎて倒れた人。

いつもと違う雰囲気に飲まれテンションが上がりすぎてしまい、自警団に倒された人が毎年いた。

暑さは人をおかしくさせ、第10回にはそれらの数が合計で三桁を超えた。

それらが風物詩になることもなく、市長世代交代とともに第11回以降の開催時期は今のようになったわけだ。


俺は、その頃にはティーンエイジャーになっていた。

そして、以前よりも夏祭りに対する熱が冷めていた。

理由は色々と並べることは出来るが、遠まわしに表現するなら「秋になりかけの夜風がそうさせた」ってことなのだろう。

反面、家族はこのイベント積極的だ。

弟は祭囃子花形だし、両親は自警という名目のもと他の人たちと飲み食いしながらの雑談

俺はというと家族に誘われようが、クラスメートに誘われようが、何かと理由をつけてやんわりと断っていた。

しかし、そんな俺も今年は久々に参加することになった。

当然、今まで何かとつけていた“理由”が今回は夏祭りにあったというだけの話なのだが。

(#37-2へ続く)

2017-09-15

[] #36-5「幸せな将来」

そうして映し出された子供人生ハイライトは......なんというか、“ビミョー”だった。

どん底というほど不幸でもないが、かといって成功や華やかさとは無縁に近い。

上手く表現できないが、しみったれ人生だ。

「ねえ、ガイド......このアイテムシミュレートって、どれくらいの的中率?」

「そうだなあ、今回だと75%ってところかな」

100%だと言ってこないだけ良かったと思うべきなのか、それでも高い確率だと落胆すべきなのか。

「ん、どうしたんだい?」

シミュレートのことを知らないノムさん夫妻は、俺たちの沈んだ表情を見て首をかしげる。

結果が何であれ、ノムさんたちにシミュレーションのことは言わないとガイド約束している。

だが、俺は質問せずにはいられなかった。

「もしも、もしもですよ。産まれて来た子供が不幸な人生を歩むとしても、それでも子供が欲しいですか」

「おい、マスダ!」

ガイドに制止されるが、どうしても俺は聞きたかった。

未来に関わることだからってのは分かる。

それでも、俺はノムさんたちの口から答えを聞きたかったんだ。

未来のことは分からないけど、それでも子供は欲しいかな。幸せになってくれるよう善処するよ」

奥さんの言葉に続くように、旦那さんも小さく頷く。

シミュレートのことを知らないからそう言えたのかもしれないけど、俺たちはその言葉何だか安心感を覚えた。


「深く詮索はするなって言ったじゃないか。キミはかなり危険な行動をしたんだぞ! あの夫婦選択が変わらなかったか未来に大きく影響は及ぼさなかったものの......」

帰りの道中、ガイドはご立腹だった。

しかし彼らの選択も不可解だ。子供が将来幸せになれるか分からないのに、なぜあん選択ができるんだ。自分達の都合だけで子供を産むなんて、エゴもいいところだ」

俺のせいとはいえ、こうもまくし立てられるとウンザリしてくる。

ガイドにいい加減にしろ、と言いそうになったその時だ。

「だからこそ、ではないかな」

ガイド言葉に応えたのは、意外にもシロクロだった。

子供を産むというのは、その選択をした人間側のエゴ存在する。そのエゴはどう取り繕っても逃れられるぬ。だからこそ、人はより良い未来に子を導く努力をするのではないかエゴが子を産み、エゴが子を育むのだ」

いつもの調子とは違った、精悍な顔つきに落ち着いた佇まい、まるで別人だ。

そんなシロクロの様子に俺たちは戸惑いを隠せなかった。

「し、シロクロ......?」

不安になったミミセンが、シロクロを軽く小突く。

「ふがっ......アイ! ワズ! ボーン! アイ! ワズ! ボーン!」

すると変な声を出して、あっという間にいつものシロクロに戻ってしまった。

いや、それともさっきのシロクロこそ元の状態だったりするのだろうか。

謎の多いヤツだが、ますます謎が増えたな。

エゴこそが原動力......か。なるほど。ボクの時代でも形は変われど、本質は変わらないってことか」

そんなシロクロの突発的な言葉に、ガイド勝手に納得してしまった。

俺たちはまるでついていけない。


こうして俺たちの“取材”は幕を閉じた。

子供の将来が幸せかなんて本当のところは分からない。

漠然とし過ぎているし、自分以外の人生なら尚更だ。

けど、それでも幸せになれると信じて、前向きに決断することが求められる時もあるのかもしれない。

(おわり)

2017-09-14

[] #36-4「幸せな将来」

「こんなに大所帯で、一体どんな用なんだい?」

「学級新聞夫婦生活について書こうと思っていまして、その取材をと......」

「へー、そうなんだ。じゃあ、ここで話すのもナンだし中で話そうか」

ノムさんと俺たちは知り合いとすら言っていいのか微妙関係だったが、訪問すると快く招き入れてくれた。

結婚式エキストラを雇うくらいだから人見知りかと思ったが、コネがないだけで人と接すること自体は嫌いじゃないらしい。


「突然、押し掛けて、ごめんなさい」

「遠慮しなくていい。来客用の茶菓子無駄にならなくてよかった」

夫婦どちらもにこやかに対応してくれて、『本来目的』のために利用するのが申し訳なくなってくる。

だが、ここまで来た以上は遂行しなければ。

「それじゃあ、何が聞きたい? とは言っても、プライベートすぎる話は勘弁してほしいけど」

はい、では......」

ひとまず当たり障りのない質問をしていく。

取材という名目からというのもあるが、シミュレートするのに不都合がないか判断するというのも理由としてある。

そうして質疑応答を繰り返していき、打ち解けてきたと感じたところで、俺たちは満を持して本題を投げかけた。

「ではズバリお聞きしますが、近々ご家族が増える予定などは......」

これでも大分ぼかしたつもりで言ったが、それでも気まずく感じるのは俺たちに後ろめたさがあるからだろうか。

「ああ......そうだなあ」

旦那さんは歯切れが悪そうに呟く。

奥さんの反応を窺っているらしい。

奥さんが小さく頷くのを見ると、今までの調子で話を再開した。

「今の生活も落ち着いてきたし、そろそろかなあと考えているよ」

期待していた答えだ。

まさに、シミュレートに打ってつけ。

「そうですか......あ、写真撮ってもよろしいですか。顔は隠しますので」

「ええ、どうぞ」

ガイドがおもむろに、あのアイテムを取り出す。

カメラシャッターに見せかけて、ボタンを押した。

すると、たちまち画面部分が鈍く光りだす。

俺たちはノムさんたちに見えないよう、画面部分を覆い隠すように覗きこんだ。

ガイドによると、産まれてくる子供人生ハイライトがいくつか映し出されるらしい。

さあ、鬼が出るか蛇が出るか。

出来れば幸せ未来であってくれ......!

(#36-5へ続く)

2017-09-13

[] #36-3「幸せな将来」

「で、どういうのが調べる相手として向いているの?」

「そう遠くないうちに妊娠する可能性のある人がいいね。その方が正確にシミュレートできるし、未来にもあまり影響はないはず」

そう遠くないうちに妊娠する可能性のある人、か。

まり大人で、かつ結婚している人が妥当ってことになるかな。

サンプルが見つからなかった最終手段に仲間を調べようと思っていたが、そうなると事情は変わってくる。

「じゃあ、俺たちの両親が身近かなあ」

自然な流れから来る判断だったが、仲間たちの反応は芳しくない。

「私もそれは考えてたけど......なんか嫌」

「僕も。上手く言語化できないけど......」

タオナケとミミセンは拒否

ドッペルは何も言わないが、こちから目を逸らしたので同じだろう。

シロクロは両親がいるのかすら分からないし。

俺の母さんはいうとサイボーグ化が進んで、今はもう子供は産めないし。

「できれば、まだ子供が一人もいない夫婦のほうが未来への影響も少なくていいと思うよ」

ガイドの後だし説明に俺たちは溜め息を吐いた。

それをもう少し早く言ってくれればよかったのに。

「こうなると、他人夫婦しか選択肢がないかあ」

といっても、そんな丁度よくいたかなあ。

記憶の中を探索する。

過去をたどっていく。

そして、意外にもそれは早く見つかった。

ノムさんだ。先月、結婚したばかりの人たち」

その人の住所は兄貴なら知っているかもしれない。



俺たちは兄貴バイト先に赴いた。

「知っていても、教えるわけがないだろ。守秘義務だ」

「そんなこと言わずにさあ」

バイト中なんだ。邪魔するなら帰ってくれ」

だが、兄貴の答えは芳しくなかった。

はいえ、ここで引き下がるわけにはいかない。

俺は兄貴の側に近寄ると、耳打ちする。

バイト、ねえ。ノムさん結婚式も?......」

兄貴の表情が途端に険しくなる。

以前、兄貴バイトノムさん結婚式エキストラとして参加した。

そして、バイトであることを隠して俺や両親も出席させたのだ。

多分、バイト代は全て兄貴の懐に入ったままだ。

「おい、お前には口止め料をやっただろう」

「あの時、兄貴は言ったよね。『なあに、安いもんだ』って。つまり、俺はもう少し貰ってもいいってことだ」

俺はわざとらしく笑って見せるが、兄貴の表情はより険しくなる。

妙な緊張感が漂うのを感じた。

兄貴は大きく深呼吸をすると、住所の書かれた紙切れを俺に渡す。

どうやら、気づかないうちにメモしてくれていたようだ。

「いいか。この話は今回で終わりだ。次に口にしたら......具体的な案は後で考えておく」

俺は二つ返事でその場を後にする。

あの様子だと、次にまた話題にしたら本当に容赦してくれなさそうだな。

(#36-4へ続く)

2017-09-12

[] #36-2「幸せな将来」

「覗き見る、って一体どういうメカニズムなの?」

説明してもいいけど、真面目に聞く根気があるかい

俺たちは顔を見合わせる。

ミミセン以外は真顔。

まり関心のないことを示していた。

ミミセンには気の毒だが、俺たちはチームなので多数決にさせてもらう。

ということで、顔を横に振ってみせた。

「本題だけでいい」

「やっぱりね。実のところ、未来に大きな影響を及ぼすから教えられないんだ」

だったら、なんで聞いたんだ。

兄貴ガイドのことが嫌いらしいが、何となくその理由が分かってきた。

「じゃあ、本題だけ説明するね。このアイテムを、将来子供を産むかもしれない人に向ける。そしてボタンを押すと、その子人生シミュレートした映像流れるってわけ」

こちらが希望したこととはいえ、あまりにも簡素説明だ。

「私、質問だけど、『将来子供を産むかもしれない人』ってのは妊娠している人ってこと?」

妊娠していない状態のことだね。ボクの時代では妊娠したら絶対に産まなきゃいけないから、その段階で調べても手遅れだし。もし調べないで妊娠してしまった場合犯罪なんだ」

俺たちの時代にも似たような決まりはあるが、ガイドの言うそれはより徹底しているようだ。

それにしても、事前に将来を調べないと犯罪になってしまうって、すごいな。

まりにも荒唐無稽な話に俺たちは怪訝な顔をする。

「じゃあ、もし適性なしで産まれ場合はどうなるの?」

「その子がより幸せになれる環境で、しっかりと教育されるさ。かくいうボクも実の親には育てられていないしね」

さらりと説明されたガイドの生い立ちに、俺たちは驚きを隠せない。

「実の親から引き離されたってこと!?」

「気にする必要はないよ。さっきも言った通り、ボクの時代では血の繋がりは重要視されていない。人口の半分以上がボクのような存在さ」

人口の半分!?」

「そんなにおかしいことじゃないだろ。産まれてくる子自身は、生殺与奪の権利を行使できない。だから大人責任を持たなくちゃいけない。子供の将来がかかっているんだから厳正でなくちゃ」

ガイドの言うことにも一理あるように思える。

けど、どこかで俺たちはそれを納得できないでいた。

肯定するにしろ否定するにしろ、俺たちには知見が足りなかったんだ。

「ねえ、そのアイテムを使ってみてもいい?」

から、そんな俺たちにとって、この提案必然だった。

決して興味本位だとかじゃない。

「え?......うーん......」

ガイドが渋る理由何となく分かる。

アイテムを乱用して、未来に影響を及ぼすことを危惧しているのだろう。

だが、このままでは引き下がれない。

ちょっと吹っかけてやろう。

「あれ~? そんなに渋るのは、ひょっとしてそのアイテムは偽物ってことなの?」

「え? 違うよ、本物だって!」

仲間たちも俺の思惑を読み取って、同調する。

「本当かな~?」

証明できないなら、ガイド未来から来たっていう信憑性も薄れちゃうよねー」

そうして煽り続けていると、ガイド観念した。

「分かった、分かったよ。ただし、ボクの監督のもとアイテム使用すること。出来る限り未来に悪影響を及ぼさないようにしないといけないからね」

こうして、俺たちは適当サンプルを求めて町に繰り出した。

(#36-3へ続く)

2017-09-11

[] #36-1「幸せな将来」

俺の住む町には変人が多い。

身近なところでは、使い勝手の悪い超能力を持っているタオナケ。

いつも耳栓をつけているミミセン。

変装が得意なドッペル。

特にヤバいのは、荒唐無稽存在シロクロだ。

シロクロは年齢不詳、というかほとんど不詳。

分かるのは白黒のツートンカラー服装を好むことと、俺たちの仲間であるということだけだ。

そして類は友を呼ぶってヤツなのか、そんなシロクロの住まい最近新たな変人が加わった。

その人物自分ガイドと名乗り、未来からやってきたと言っている。

風貌からして"それっぽい"し、不思議アイテムをたくさん持っているし、俺は本物だと思うんだけど大半の人は信じない。

兄貴いわく「どちらにしろロクでもない奴だから、いたずらに関わるな」ということらしい。

どういう意図で言ったのかは、よく分からないけど。


その日も仲間たちとシロクロの家で遊んでいると、ガイドは何かをせっせとせっせしていた。

俺たちの存在に気づくと、いつも隠そうとするので何をしているかは知らない。

「何してるの?」

「い、いや、キミたちに言うことじゃないよ。どうせ信じちゃくれないだろ」

しかけてもこの調子だ。

ガイドはこの時代世間の風当たりに酷くやられたらしく、軽い人間不信に陥っていた。

それが気の毒に思えて、俺たちは兄貴忠告無視してガイドを慰めることにした。

「そんなことないよ。信じるさ」

ガイドにとって、この言葉はよほど堪えたらしく感極まってしまった。

その素直な反応に、俺たちも朗らかになる。

「う、嬉しいよ。キミの兄とは大違いだ」

しか兄貴のことを悪く言うものから、そんな気持ちはすぐに引っ込んだ。

仲間たちも兄貴には懐いていたから、ガイドに対して怪訝な表情をしていた。

「身内のことを悪く言わないで欲しいな」

ドッペルが俺の声真似をしてガイドに言った。

代弁するなら、せめて自分の口で言えばいいのに。

「あ......ああ、ごめんね。ボクの時代では、血の繋がりによる関係性はあまり重要視されなくてね」

「そうなの?」

「うん。ボクの時代では、子供は生まれてくる前段階で様々な審査を受けるんだ」

審査って、どんな?」

「細かく言えば色々あるけど、子供の将来が安泰かを判断するため、ってのが原則としてあるね......あ、そうだ」

ガイドはおもむろにアイテムを取り出す。

それはスマホに似た形をしていたが、やや不格好な四角形になっていた。

「生まれてくることが確定していない段階の子なら、このアイテム人生を覗き見ることができるよ」

(#36-2へ続く)

2017-09-04

[] #35-3「非人道的な寛容」

「ミミセン、あえて頭の悪い表現で言ってやる。お前は、自分悪者になるのが嫌なんだ」

「そんなことは……いや、そうかもしれない

ミミセンはしゃらくさい子だが、こういう所は妙に素直だ。

今回はそれを利用させてもらうことにした。

「それがダメだとは言わない。人間は大なり小なり、醜い部分を心の中に隠し持っている。なぜ隠して生きていこうとするか分かるか?」

「えーと……社会に順応するため」

また随分としゃらくさい言い方をするなあ。

「まあ、そうだ。だが自分の心が醜いからと目をそむけて、良い人間でいようとしても精神が磨耗するだけだ」

「その実感はあるけど、だったらどうするの。あの人みたいに怒鳴り散らせばいいの?」

「そうじゃない。だがな、ミミセン。心の中だけでなら、お前を咎める者はお前以外に誰もいないんだ。お前はもっと自分の中にある邪悪さと向き合うべきだ」

俺がミミセンに説けるような、具体的な答えは持ち合わせていない。

だが、良い人間でいようとすることは決して万能ではない、と説明するくらいは出来る。

「そうか……そうだったんだ。綺麗なところも、醜いところも含めて僕なんだ。僕の心は僕のものだ! ありがとう、マスダの兄ちゃん!」

本当にミミセンは賢いやつだな。

俺の意図するところさえ超えて、勝手にいい感じの解釈をしてくれる。


それから数日後、ミミセンはまるで憑き物が落ちたかのように穏やかな表情をしていた。

「どうしたミミセン。随分と調子がよさそうじゃないか騒音問題解決したのか?」

「まあ、解決ってほどではないけどね。今でも耳栓必要だし。でも前みたいに心を乱されることはなくなったよ」

「聞きたいものだな」

ちょっとした心境の変化。認識の変化さ」

「それを具体的に聞きたいんだが」

「この前、言ってただろ。『心の中だけでなら、お前を咎める者はお前以外に誰もいないんだ』って。説明してしまったら意味がなくなる」

「確かに言ったが、俺がお前を咎めないなら問題はないだろ?」

根負けしたのか、バツが悪そうにミミセンは呟いた。

「……赤ん坊は人じゃない」

「……はあん?」

理解が追いつかず、素っ頓狂な反応をしてしまう。

「だから赤ん坊を人だと思わないようにしたんだ。同じ人間だと思って、対話理解してもらうことが可能だとどこかでアテにしているから、自分ではどうにもならないことにまで嫌悪感が増す」

また随分と開き直ったな。

俺のアドバイス関係しているとはいえ、正直ちょっとヒいた。

「じゃあ、赤ん坊の泣き声に怒り狂う人の罵声は?」

「あれだって同じ人間じゃない。感情的で、理屈が通じない。赤ん坊と一緒さ」

なるほど、そうきたか

一応、話の筋は通っている。

「難しく考える必要はなかったんだ。何が好きで、何が嫌いで、何が良くて、何が悪いと思うかが重要なんじゃない。ただ“そういうもの”として受け流す。それが本当の寛容さだって気づいたんだ」

こうしてミミセンの嫌いな雑音ランキングは大きく変動した。

それは赤ん坊を泣き止ませることでもない。

赤ん坊の泣き声に怒り狂う者に、寛容さを説くことでもない。

根本的な解決をしたというわけでもない。

ただただ受け流すことだった。

ミミセンは、それを人を人とは思わないことで達成したのだ。

勿論それは褒められるような考え方ではないが、その実ミミセンは誰も脅かさず、極めて平穏対処したのである

「マスダの兄ちゃん、僕は悪い子だよね……」

「ああ、そうだな悪い子だ。だが、悪いことはしていない」

(おわり)

2017-09-03

[] #35-2「非人道的な寛容」

「おい、うるさいぞ! 黙らせろ!」

どこから野次が飛ぶ。

どうやらミミセンよりも先に耐えられなくなった人間が出てきたようだ。

「はあ、やれやれ

俺はため息を吐くと、そう言った。

確かに赤ん坊の泣き声は耳障りだが、怒ったところで泣き止むものでもないだろうに。

あいったバカ大人にはなりたくないもんだな。

かといって、あん大人説教しても意味がないことも俺は知っている。

事態が余計に煩くなるだけだ。

俺が気になったのは、どちらかというとミミセンだ。

明らかに様子がおかしい。

耳当てを押さえつけて、更に何かぶつぶつと呟いている。

「お、おい、大丈夫か」

極端すぎる行動に、俺も心配になる。

だが、そんな俺の声すら今のミミセンには届かない。

そして、とうとう耐え切れず他の車両に小走りで逃げてしまった。

赤ん坊の泣き声もそうだが、それに怒り狂う人の罵声、これもミミセンにとって聞くに堪えない雑音であったようだ。

それが同時に襲い掛かったことでミミセンのキャパティオーバーしてしまったのだろう。

俺は心配になって後を追うことにした。


「マスダの兄ちゃん……心配かけてゴメン」

別に保護者ってわけでもないし、そんなことを俺に言う義理はないさ」

俺が追いついた時には、ミミセンも幾分か落ち着きを取り戻していた。

耳当ても外しており、俺の声を聞く程度の余裕はありそうだ。

「いきなりブツブツ言い始めたときは、さすがにビビったぞ」

「周りの音を気にしないよう、自分の声に意識を集中させていたんだ。最終手段だね」

「その最終手段でもダメだった、と」

目的地までは、お互いもうしばらく時間がかかる。

俺は話を聞いてやることにした。


「僕、嫌なんだよ。赤ん坊の泣き声が。でも同じくらい、それで怒り狂う人間の声も嫌なんだ」

「まあ、それは何となく分かる」

「それでも何とか対処してきたのに……こんなにキツい状態になったのは久しぶりだよ」

「長く生きていけば、似たような状況には何度か遭遇するぞ。バスとかで移動すれば?」

バスで遭遇する可能だってある。それにバスはそれ以外の雑音が酷いし、他の車両に逃げることすらできない」

自転車とかで移動するか?」

耳栓をつけながらは危ないよ。僕の家から図書館までは距離が遠すぎるし」

「じゃあ……我慢するしかないな」

彼の苦悩に対して、我ながら不甲斐ない返ししか出来ない。

俺の言っている程度のことは、耳にタコができるまでもなくやっているだろうからだ。

それでも看過できないから、ミミセンはここまで苦しんでいる。

「音もそうだけどさ、それをツラいと思ってしま自分の心が何より嫌なんだ。いつか自分赤ん坊の声に怒り狂って、あんな風に忌み嫌う雑音の一員になってしまうんじゃないかと思うと、怖くて仕方がないんだ。でも、どうすればいいかからないんだよ」

ミミセンはかなり参っているようだった。

なまじミミセンが物分りのよい子供だったが故の悲劇といえる。

理想現実自我

それらに自分の体が帳尻を合わせられず、ギャップに苦しんでいる。

成熟していく過程で折り合いはつけられるものだが、ミミセンは早熟すぎて身体精神バランス感覚が狂ってしまった。

このままではミミセンは青い果実のまま腐り落ちるかもしれない。

荒療治が必要だ。

というか正直、こんなところでミミセンにまで泣かれたら俺が困る。

(#35-3へ続く)

2017-09-02

[] #35-1「非人道的な寛容」

弟の友達には、常に耳栓をつけている子がいる。

間内でのコードネームはミミセン。

実に安直なネーミングだ。

なぜ普段から耳栓をつけているのか俺が尋ねたとき、彼は「この世には雑音が多すぎる」と答えた。

そんな彼の苦手な雑音、第4位は他人電話

第3位は工事の音。

上位はどれも自分根本を断つことができないのがツラいらしい。

そして今回の話は、その2位と1位。

とあるつの雑音で苦悩する、ミミセンの奮闘劇だ。


ミミセンは弟たちと遊ばないときは、余暇図書館で過ごすことが多い。

その図書館は俺のバイト先と近いこともあり、移動中にこうやって鉢合わせることがあった。

今回は電車の中でだった。

「おや、ミミセン。今日図書館か」

「うん…そ…だ…マ…ダ……ちゃん」

恐らく「うん、そうだよマスダの兄ちゃん」と言ったのだろう。

耳栓をつけているにも関わらず、意外にも会話は円滑に行えている。

ちょっと声のボリューム調整が下手くそな時があるのが難点だが。

「たくさんの本がタダで読めて、しかも静かで快適な場所なのに、皆どうして図書館を利用しないんだろう」

「皆が利用すると、たくさんの本が読めなくなって、静かで快適な場所じゃなくなるからだろ」

「ああ、そっか。さすがマスダの兄ちゃん」

キトーに答えただけなのだが、納得してしまったようだ。

ミミセンはしゃらくさい子だが、こういう所は妙に素直だ。

他人事ながらに心配になる。

「さすが年長者だね」

「俺はティーンエイジャーだ。年寄り扱いするような表現はやめろ」

「僕から見て相対的に、って意味だよ」

今日も何気ない雑談をしているだけのように思えた。

だが、今回はちょっと事情が違っていた。

「ふえ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」

耳にしばらく残るような雑音が、不規則に流れてくる。

それが赤ん坊の声であることは音の発生場所を見るまでもなく明らかであった。

相変わらず、赤ん坊の泣き声は耳障りだ。

かといって、それが止めようと思って止められるものではないことを俺は知っている。

気にはなるが、気にするだけ無駄だ。

俺が気にしていたのは、どちらかというとミミセンの方だ。

俺ですら耳障りだと思う音なのだから、ミミセンにとっては地獄のようだろう。

そう思って目を向けると、意外にも落ち着いていた。

彼は耳に栓を突っ込んでいるにも関わらず、そこから更に耳当てをつけて防音体制を強化していたのだ。

なるほど、この程度の雑音は対策済みか。

俺の心配杞憂だったな。

と思っていたが、それから間もなくミミセンでも耐え難い状況に発展してしまう。

(#35-2へ続く)

2017-08-26

[] #34-3「あの風邪を治すのは」

「えー……これは恐らく風邪……」

医者風邪だと診断された以上、教祖もそう下手なことはいえない。

というか、もし弟が先にこっちに来ていたら「医者に診てもらえ」と言っていただろう。

この教祖はそこらへん妙に現実的だ。

「は?」

だが弟に睨まれ教祖は慌てて軌道修正に入る。

風邪……風の精霊が体内でイタズラをしています。咳が出るのも、そのせいでしょう」

「じゃあ、俺の熱もそいつが?」

この教祖がよく使う、「精霊仕業論」だ。

「……その風の精霊撃退するために、君の体内に存在する火の精霊が奮闘している。その影響でしょう」

「つまり、この熱は必要なことってわけか」

「そうです、なので風の精霊撃退するためには、その火の精霊の手助けをしてやればよいのです」

「手助けって、具体的には」

「火の精霊の力は宿主に依存します。それゆえ体に良いものバランスよく食べることで助力となるでしょう。手早く吸収できるものが体への負担も少なく、効果的でしょう」

教祖も思いつきで話を合わせているだけだったが、このあたりで興がノってきたらしく、どんどん話を盛っていく。

生活教の教えである栄養バランスと話を絡めてきた。

「他には?」

「えーと……火の精霊邪魔をしないよう、熱いからといって体を冷ましすぎないこと。体を動かしすぎるのもダメです。反動で火の精霊が出て行っちゃいますからね」

「風の精霊を弱らせる方法とかはないの?」

「うーん……あ、水の精霊! 水の精霊に助けてもらいましょう」

「水の精霊?」

「そうです。空間に漂っている水の精霊を増やすことで、風の精霊は動きが鈍るのです」

「どうやったら水の精霊は増えるの?」

「水の精霊の住処となる、止まり木を作りましょう。そうすればその一帯は水の精霊が集まります

止まり木はどうやって作るの?」

「え……と……バケツなどの容器に水を入れて、そこに新聞紙などの紙の束を丸めものを縦にビッシリと差し込んでください。それを室内にいくつか配置するのです」

水の精霊の住処だとか言っているが、まんま簡易加湿器の作り方である

から聞いていると、宗教的な話に無理に絡めようとして、かえって歪になってきているような印象だ。

なぜか弟は素直に聞いているが。

「とはいえ、この時期は空間内の火の精霊も水の精霊も活発な時期ですからあなたが風の精霊にイタズラされているのは体内の精霊が弱っているのが原因だと思われます

「……つまり?」

「体を暖かくして、栄養を摂って、寝てください」

「ふーん……って、同じ結論じゃねーか!」

結論というか、それまでの説明も実質ほとんど同じだったのだが、弟は今さら気づいたようだ。

「じゃあ、病院で貰ったこの薬は?」

停戦協定のための手形ですね。宿主の体が精霊たちの戦いに耐えられなくなったときに使います。正確には冷戦に近い状態になりますが」

「えぇ……じゃあ、あんたも似たようなの持ってないの? ほら、免罪符とか、できればすぐに治してくれるやつ」

「いや、免罪符ってそういうものじゃないですし……それに私がやっているのはあくま布教活動だけで、商売はやってません」

商売』って表現してしまうとは、教祖のくせにドライ宗教観だな。

「何でやらないの? 宗教とかそういうのやってるでしょ」

「……どうも誤解があるようですが、『生活教』において人々の無知信仰につけこんで不当な金を得ることは邪教、カルト同義です。そんなものと同列に扱って欲しくない」

「俺にはイマイチ区別がつかないが」

「失敬な。宗教カルト似て非なるものです。科学疑似科学くらい違うものですよ!」

よく分からないが、この教祖なりに矜持があるらしい。

いや、矜持じゃなくて教示か?


それから程なくして、弟の風邪は治った。

母の言うとおりにしたから?

医者の言うとおりにしたから?

まさか教祖の言うとおりにしたから?

どれでもない。

弟はほぼいつも通り過ごしていた。

弟の思考回路がどのような判断をしたのかは分からないが、「信じられるのは自分しかいない」とか言っていたのでロクなものじゃないことは確かだ。

そもそも信じる、信じないって話じゃないだろうに。

だが、俺から弟に言えることは少ない。

なにせ治ってしまった以上、弟の結論全否定するのも憚られるからだ。

「結局、治ったのは俺自身のおかげってことかな」

自分で考えろ」

俺は呆れ気味に弟にそう返した。

結局のところ、弟にとって重要なのは「治るかどうか」ということだけなんだな。

ある意味シンプルな考え方で、ほんの少しだが羨ましく感じた。

(おわり)

2017-08-25

[] #34-2「あの風邪を治すのは」

風邪ですね。まあ体を暖かくして、栄養を摂って、寝てください」

医者に診てもらうも、診断結果はやはり風邪である

風邪? そんな馬鹿な。それに、以前かかったときはこんな感じじゃなかった」

弟は納得がいかない様子だった。

医者でもない母と、医者であるこの人が同じ結論であることがおかしいと考えたのだろう。

風邪一口にいっても症状の程度は千差万別ですからねえ」

医者の話は杓子定規だ。

だが、別に診断が杜撰だったわけではないし、いくら弟が喚いても病気が変わるわけではない。

「症状がツラいなら、お薬出しておきましょうか」

「それ飲んだら治るの?」

「いえ、症状を抑えるためのものなので」

「おい、兄貴、この医者ヤバいぞ! なんで治るわけでもない薬をわざわざ出すんだ」

いまの弟にとって、治るかどうか以外は無価値なようだった。

「そうか。じゃあ、薬は必要ないな」

ここで対症療法薬とその必要性について先生説明してもらうことも可能だ。

だが俺は弟をなだめつつ、その場をそそくさと後にした。

今の弟にそんなことを説明しても理解も納得もできるとは思えない。

いたずらに体力をすり減らし、病状が悪化するだけだと判断したのだ。

薬代をケチたからだとかでは、断じて、ない。


…………

「さあ、皆さん。目を閉じてください。呼吸することを強く意識して。次に自分成功体験など、快感を覚えた瞬間の姿をイメージしてください」

帰りの道中、あの教祖今日も熱心に布教活動を続けているの見かけた。

これといって害はないが、「生活教」とかいう変な教えを広めている胡散臭い輩だ。

「おっと、呼吸することも忘れないでくださいよ。愚か者は呼吸することを忘れます

兄貴~、あれは何をやっているんだ?」

「まあ……囁きだとか、祈りだとか、詠唱だとか、そこらへんを念じてるんじゃねえかな」

関心すらない俺はテキトーに答える。

そんな話をしていると、教祖こちらに気づいた。

「……おや、随分と顔が赤いですね。大丈夫ですか」

教祖は弟と一度知り合ったことがあるらしく、その時と様子が明らかに違うので気になったらしい。

「え、分かるのか」

「へ? ええ、まあ……」

弟の言葉教祖は戸惑った。

弟はあまり自覚がないようだが、誰が見ても分かるレベルだったからな。

「じゃあ、治してくれよ」

「ええ!?

病院で診てもらったら風邪だとか抜かしやがる」

「だったら、そうなのでは……」

明らかに冷静じゃない弟を見て、教祖はタジタジだ。

弟はこの調子で、風邪じゃないの一点張り

病気で心身がよほど参っていたらしい。

「治せるなら宗教でも何でもいい、俺の病気を治してくれ!」

「いや、私の宗教はそういうのじゃないんですが……」

だが、このままだと弟はいつまでも絡み続けて布教活動邪魔になる。

教祖はしぶしぶと見てみることにした。

(#34-3へ続く)

2017-08-24

[] #34-1「あの風邪を治すのは」

その日の弟は明らかに様子がおかしかった。

言動のものは変わらないものの、いつもの快活さがない。

顔もやや紅潮しているように見えた。

これはひょっとすると……。

弟の平均体温なんて知らないが、熱がある……ような気がする。

風邪だろうか。


そこで母にも診てもらうことにした。

サイボーグである母にはいくつかの機能が搭載されているが、その中にはメディカル機能もあった。

どういう構造なのかはよく分からないが、俺はこの機能にお世話になっているので信頼性は高い。

「……風邪ね。体を暖かくして、栄養を摂って、寝ておけばすぐに治るでしょ」

そして、そんなメディカル機能によって導き出された診断結果は、やはり風邪であった。

「そ、そんな……俺が風邪を」

弟は信じられないといった反応だが、最近の弟の無茶な行動を顧みれば不思議ではなかった。

バカ風邪をひかないというが、実のところ風邪を一番ひくのはバカであることは有名な話だ。

「じゃあ、そんなに不安なら病院で診てもらえばいいんじゃない?」

からすれば風邪だと結論は出ているのだが、当の本人が納得しない以上そう言わざるを得なかった。

「じゃあ、よろしくね」

母が俺の肩をポンとたたく。

病院への付き添いは俺に任す、ということらしい。

「なんで俺が……」

「私はあの子風邪だと確信しているもの。付き添う理由がない」

「俺だってそうだよ」

「でも、あなたは私と違って、風邪確信できるに足るメディカル機能は持っていないでしょ」

母の理屈イマイチからないが、弟の面倒を体よく押し付けたかったのだろうということだけは分かった。

はい、診察料ね」

腑に落ちなかったが、俺は喜んで付き添うことにした。

から貰った診察料は、つり銭を勘定することが容易な金額だった。

それが暗に俺への駄賃を示していることも瞬時に理解できたからだ。


しかし、面倒くさいことになってきたのは、ここからだ。

いま思えば、道中クラスメートタイナイに会ったのがマズかった。

「あれ、マスダ。弟くんも連れてどこ行くんだ?」

「弟が調子悪そうでな。たぶん風邪だと思うんだが、病院で診てもらおうと思って」

「へえ~、そうなんだ」

タイナイは俺の話を聞きながら、おもむろに携帯端末を取り出す。

「まあ、風邪だと思っていたら、実は重い病気だったってパターンもあるからね~」

そう言うとタイナイは、それっぽい病気についてドンドン説明していく。

目線は常に携帯端末の方を見ており、現在進行形で調べた情報をテキトーに言っていることは明らかだった。

だが弟は風邪調子が悪くて冷静さを失っていたせいもあり、この怒涛の情報の羅列に大分やられてしまったようだ。

兄貴、早く病院に行こう!」

タイナイ、お前なあ。医者でもなければ弟をロクに看てもいないくせに、いたずらにかじった程度の知識披露するのはやめろ。単に煽るだけにしかならない」

「ああ、ゴメン。とはいえ、そんな僕の言うことなんか真に受けたりしないでしょ」

「あの弟の様子を見ても、そう言えるか?」

「ほら、兄貴早くしてよ! 間に合わなくなったらどうしてくれんだよ!」

「……ちょっと知識をひけらかしたかっただけなんだけど、まさか弟くんがあそこまでリテラシーがない状態だったとは」

「冷静な判断が出来る状態じゃない弟に余計なことを吹き込んだお前も大概だからな?」

(#34-2へ続く)

2017-08-17

[] #33-5「結婚はゴールじゃない!?

答えにたどり着いた俺はその喜びを分かち合おうと、まずは母さんにそれを話した。

「……って、結論になったんだよ」

「相変わらずの知的好奇心

母さんの反応は感心半分、呆れ半分といったところだ。

俺にとってはかなりの大発見なのだが、思いのほか薄い反応に肩透かしを食らった。

「という割に反応薄いね

「いいえ、側面的には意義があることだと思っているけどね」

引っかかる言い方だなあ。

もしかして本当のゴールを知ってるの?」

「知っているというか、そもそもゴールがあるかも疑わしいから」

ドッペルが言っていたことだ。

だが、その結論では俺は満足できない。

「或いは複数あるのかもしれない」

なんじゃそりゃ。

「いわゆる“人それぞれ”って奴よ」

「え~、その結論は嫌いだなあ」

『人それぞれ』ってのは便利な言葉だ。

けど、それは何も考えていないことを宣言するのと紙一重な言葉でもある。

なので俺はその結論簡単に持ち出すことが嫌いなんだ。

「そうは言ってもねえ。人によって違う場所や方向を進んでいるし、その臨み方だって違うんだから、ゴールの設け方だって変わるわよ」

「じゃあ、結婚はゴールって可能性もあるの?」

「まあ……例えば『婚活』という枠組みで考えるなら、結婚をゴール地点に設けることは理屈の上では妥当でしょう」

ちぇ、なんだよ~、最初にそういう言い方してくれれば、こんなに無駄なことしなくて済んだのに~。

「前提そのものあやふやでロクに共有されていないものだし、普遍的な答えは出ないでしょ」

「じゃあ、結婚はゴールだっていうのも間違っていないってこと?」

「正解でもないけど、間違ってもいないかな」

「そういう文言、煙に巻かれているみたいで嫌だなあ」

だって問題本質はそこにはないもの。いずれにしろ他人の設けたゴールを腐したりしないことが大事ってこと」

あ……。

俺は確信してしまう。

あいつ、それっぽいこと並べてただけで、やっぱり大してモノを考えてなかったんだ。

それに乗せられて、必死に探そうとしていた俺も大概なんだけど。

俺はうなだれた。


結局、今回の捜索で何がゴールか、ズバリと言えるものは見つからなかった。

けど、その道筋がどう出来ているかってことは少しだけ分かった。

もしゴールがあっても、そこにたどり着けるかは分からない。

でも、人はそこに向かって進むことで人生謳歌しているんだ。

あの結婚式での新郎新婦だったり、課題の提出期限のために頑張る兄貴だってそうなんだろう。

たぶん、俺にだってある。

それが他の人とは同じなのか、違うものなのかは知らない。

けど自分のゴールが何であれ、走ることを応援したり、ゴールを祝福することはできるんだ。

「それはそれ、これはこれ」ってこと。

あ、このセリフも大概便利だな。

(おわり)

2017-08-16

[] #33-4結婚はゴールじゃない!?

とりあえず、近場にいる色んな夫婦生活を密かに観察してみることにした。

けど、その夫婦の様子がちょっとおかしい。

「あれは……夫婦じゃなくなったっぽいね

離婚しちゃったのか」

捜索開始から、いきなり出鼻をくじかれた。

だがシロクロは意外にも喜んでいる。

「そうか、つまり離婚がゴールってことだ!」

自信満々にそう言ったシロクロを見ながら、俺たちはため息を吐いた。

私、女だけど、その結論おかしいと思う」

タオナケの言うとおりだ。その結論だと、離婚するために結婚していることになってしまう」

「シロクロには難しい話かもしれないけど、離婚ってのはしないに越したことはないものから。そんなものをゴールに据える位なら、最初から結婚なんてしなければいいって話になっちゃう」

「つまりシロクロの結論破綻しているってこと。それに結婚した後の生活もあるなら、離婚したってその後の生活もあるだろ。だから離婚はゴールじゃないよ」

「うーん、それもそうか」

ミミセンの話をシロクロが理解できたとは思えないが、納得はしているようだ。

「次だ! 次いってみよう!」

====

「あそこの人たち」

「いわゆるホームレスってやつだね」

「私、聞いたことがあるんだけど、ああいう人たちを“人生終わってる”とか言ってる人もいるらしいわ」

生きているのに人生終わってるって、よっぽどのことだ。

「そうか、つまりアレがゴールだ!」

「うーん、でも皆がみんなああいった風になるわけじゃないでしょ」

それもそうか。

一見すると人生終わっているように見えるが、あれでも生きていることには変わらない。

ホームレス例外処理できれば、ここで結論を出してしまってもよかったのになあ。

「……ひょっとして、ゴールなんてないんじゃないかな」

こういう時、割と核心をついたことを言うのがドッペルだ。

俺も何だかそんな気はしていた。

けど、それではあまりもつまらない。

私、女だけど、そんな頭カラッポ結論は嫌よ」

その気持ちはみんな同じだった。

けど、いつまでも見えそうで見えないゴールラインに、みんなヤキモキしていたんだ。

「そんなこと言っても、こんなに探しているのに、まるで見つからないじゃないか

「ゴールのないレースなんて走りたくない!」

「シロクロ、僕たちはレースの話なんてしていないよ」

だが、意外にも一理ある考えだ。

シロクロは何も考えずに言ったのかもしれないが。

ゴールもなしに人は走り続けられない。

ペース配分できないからな。

「うーん……」

この時の俺たちはさしずめランナーズハイで、いつまでも走れるような心地だった。

だがそれは、そう遠くないうちに息切れすることを意味していた。

それまでに、何とか結論を欲しい。

====

「なんか、あそこ騒ぎが大きくなってるな」

ホームレスの溜まり場で、やたらと人が集まっている場所があった。

ちょっとかめてくる」

変装が得意なドッペルに様子を見てもらう。

服をどこで用意していたかは知らないが、たちまち風景に馴染んだ見た目になる。

しばらくすると、俺たちが思っていた以上の成果報告をもって帰ってきた。

「……どうやらホームレスの人が誰か死んだらしい。原因は分からないけれども」

死。

それは、とても普遍的概念だ。

「となると、ゴールは死ぬってことか」

「うーん、確かにもう先はなさそうだよね」

「それとも天国とか地獄とかが実在するなら、死ぬこともゴールじゃないのかな」

「とは言っても、それは実在するか分からないしなあ。それに、もし輪廻転生かいうのがあったりしたら、ゴールどころかスタートに戻ってるよ」

「うーん……」

俺たちはゴールの見えない袋小路に入ってしまった。

走るのをやめて歩いている状態に近いかもしれない。

俺たちは走る体力も気力もなくなっていたんだ。

皆でしばらく唸っていると、ドッペルが何かに気づいたそぶりを見せる。

自信はなさそうで、恐る恐るその可能性を口にした。

「……なんだか“ゴール”って、候補含めてロクなものじゃないよね」

発想の転換に感動した一同は、まさに答えを見つけたといわんばかりに喜ぶ。

実際は何も導けていないんだけど。

「なるほど。そう考えると、結婚をゴール扱いされるのは確かに不服かもしれない」

私、女だけど、その考えに賛成するわ」

カンコン! ソウサイ!」

皆も迎合する。

「きっと、このまま探し続けても有るかどうかすら分からないし、あったとしてロクなものじゃないよ。そんなものを無理して暴いても、誰も得しない」

こうして、俺たちのゴール探しは、ゴールかどうかはともかく終着には向かったのである

(#33-5へ続く)

2017-08-15

[] #33-3「結婚はゴールじゃない!?

それからしばらく経っても、俺の頭の中はゴールの居場所のことでいっぱいだった。

ハテナは頭の中で日が経つほど増えて、貯まる一方なのに減りゃしない。

けど、そのモヤモヤを払拭する方法が何かってことに関してだけ言えば、既に答えは出ていた。

俺は意を決して兄に宣言をする。

「あのジョウって人に従うようで癪だけど、やっぱり自分でゴールを探してみるよ!」

兄貴に協力してもらうことを期待しての宣言だった。

「そうか、頑張れよ」

だが、兄貴のその返事は事実上拒否だった。

やや強めの口調で、自分は付き合うつもりがないことを暗に示している。

真実を探求したくはないの?」

「俺は課題の提出に時間を割く。それが真実だ」

学校課題もこれ見よがしにやっている様子を見せ、「そんな暇はない」と俺に理解させた。

この時の兄貴課題で切羽詰っていたのを知っていた。

その状態ときに下手な関わり方をするのは危険であることも俺は知っている。

兄貴は温厚だが、万が一キレたら大変なことになる。

「あー……よく分かんないけど、課題頑張ってね」

なので、そう言うしかなかった。

俺には気になってしょうがないテーマだったが、兄貴にとってはどうでもいいことだったんだろうな。


兄貴なしで今回のミッション遂行できるかは不安だったが、それでも俺はこの衝動を抑えることはできなかった。

いつもの仲間を集め、経緯を説明する。

結婚はゴールじゃないらしい」

「ああ、そういうこと言う人いるね」

「でも、ゴールがどこにあるかは答えてくれないんだ」

「アイドンノウ! アイドンノウ!」

私、女だけど、それがおかしいこと位は気づくわよ」

「それ……その人もよく分かっていなくて、だから体よく誤魔化しただけじゃ……」

「いや、それだと辻褄が合わない。ゴールがどこにあるか分からないなら、結婚がゴールだっていう可能性も捨てきれなくなるだろ」

「なるほど、その人が結婚はゴールじゃないと断言した以上、少なくとも何らかの目安はあるはずだよね」

「つまりゴールを隠しているんだ」

「なぜホワイ?」

「それ含めて、これから俺たちで探さないか

「僕たちにも関係していることかもしれないだろうし、知っておきたいかな」

私、女だけど、その謎には純粋な興味が湧くわ」

「よし、ゴールを探そう!」

こうして俺はゴールを探す冒険に仲間たちと出かける。

(#33-4へ続く)

2017-08-14

[] #33-2「結婚はゴールじゃない!?

俺は胸に温かみを感じながら、結婚式の様子を眺めていた。

そんな幸福空間の中で、俺の近くにいた“とある出席者”はどこか虫の居所が悪いようだった。

兄貴学校OBである、ジョウという人だ。

どうやら有休をとってまで他人結婚式時間を使うことに意義を感じないタイプらしい。

確かに俺にとってもゲームのように楽しい時間ではなかったけど、あそこまで露骨に顔に出るってのもスゴいな。

「うーん、幸せそうだね」

俺のこの何気のない感想が、どうもジョウの癪にさわったらしい。

「そうですわね。でも、これからもそれを維持し続けることが大事ですのよ。結婚はゴールじゃありませんからね」

無粋な横槍だ。

「え? でもゴールインとかって言うけど」

結婚した後の生活もあるんですのよ。ならゴールって表現不適切ではございませんこと?」

「う~ん、俺にはイマイチよく分からないんだけど…兄貴、この人の言っていることってどうなの?」

「まあ……理屈は合っているんじゃないか

兄貴の態度はそっけなかった。

まあ兄貴OB相手にあまり角の立つようなことは言いたくなかった、というのもあるのだろう。

「なるほど~……」

俺はそれで納得しようとしたが、ふと気づいてしまった。

とってつけたような理屈からこそ容易に浮き彫りになる、プリミティブな問題だ。

「ん?……じゃあゴールってどこ?」

「え?」

ジョウにとっては予想外の問題提訴だったらしい。

持っていた扇子を開いたり閉じたり繰り返す動作から、苦悩が見て取れるようだ。

そうして数秒後、ジョウはカっと目を見開き、大仰な動作を交えながら俺に言い放った。

「ご自分で探してみるとよろしいですわ!

拍子抜けな答えだった。

けど、便利な返しではある。

便利なものは便利と認識されるに足る理由がある。

知識は人に聞くだけでも身につきはするでしょう。ですが、それでは付け焼刃ですわ。自ら探さなくては」

大した理屈だ。

ジョウの言葉は煙に巻くためだけのものだと邪推したくなる。

しかし、それなりに適当でテキトーな答えだったので、俺は邪推言葉を飲み込んだ。

当然、それで俺が納得するかどうかはまた別の話なんだけど。

「なんだよ、それ~」

「さあな」

兄貴そもそも関心がなく、考えるそぶりすら見せなかった。

俺の「なぜなに攻撃」にエネルギーを割くことを渋ったのだろう。

「……どこにあるんだろう」

結局、ジョウがどういうつもりでそんなことを言ったのかは分からなかった。

だが俺の疑問はすでに、「ゴールはどこか」という方に体全体が向いていたのだ。

(#33-3へ続く)

2017-08-13

[] #33-1「結婚はゴールじゃない!?

今日、俺たち家族結婚式に出席していた。

新郎新婦は俺の知らない人だったので、兄貴に聞いてみる。

「なあ兄貴、誰が結婚するんだ?」

「いや、俺もよく知らない」

となると、母さんか父さんの知り合いか

「ねえねえ、誰が結婚するの」

ノムさんだと聞いたが、よくは知らないなあ」

「私も知らない」

どういうことだ。

家族誰も知らないってことがあるのか。

「じゃあ、一体どういう経緯で俺たちは招待されたんだ」

「あの子から話がきたの」

母さんの視線を追うと、そこには兄貴がいた。

おかしいな、さっき俺が聞いたときは「知らない」って言っていたのに。

気になって兄貴の方を凝視していると、ふと目が合った。

兄貴はなんだかバツが悪そうで、最初から目があっていなかったかのようにそっぽを向いた。

疑惑確信へと変わり、俺は兄貴のもとへ向かう。


兄貴に改めて問いただすと、観念したのか渋々説明し始めた。

結婚披露宴ってな、すごく金がかかるんだぜ。そんなことしなくても結婚は出来るにも関わらずだ」

「その話が、俺の疑問とどう関係あるの?」

「まあ聞け。で、なんで結婚式なんてするかっていう理由についてだ」

「うーん……『私たち結婚しまーす』っていうのを知り合いの人たちに見てもらうため、とか?」

「まあ一口には言えないが、有り体にいえば見栄を張るためのものってところだろうな。そして見栄を張るのには金がいるってことさ」

そこまでして見栄って張りたいものなのか。

……けど、依然話は見えてこない。

「その見栄のために俺たちまで招待されたってこと?」

「そういうことになるな」

無関係相手にまで見栄を張る必要ってあるの?」

「違う違う。俺たちは、あくま当事者が見栄を張るためのエキ……おっと」

兄貴は突然覆いかぶさるように肩を組んできた。

「弟よ。お前たしか先週、最新ゲーム機を買ってもらったよな」

突拍子もなく、全く関係のないことを囁いてくる。

いつも通りの仏頂面なのに、声だけは不自然に優しいトーンでキモい

「となるとゲームソフト必要だ。やりたいのがたくさんあることだろう。今は多くなくても、これからドンドン増えてくる。時は待ってくれない。お前の小遣いだけで賄うのは大変だ」

兄貴はそう言いながら、おもむろに財布を取り出す。

「ましてや近年は娯楽も多様化している。ゲームだけでは子供の飽くなき欲求は満たされないだろう?」

財布から抜き出した一枚の紙。

俺にとってあまり馴染みのないデザインの紙だ。

そのデザインに俺の目は釘付けだ。

「この世には金で買えない物も勿論ある。だが金で買えるものの方が圧倒的に多いのも事実だ」

兄貴はそう言いながら、その紙を俺の胸ポケットに押しこんだ。

「余剰な金ってのは必要ものじゃないかもしれない。だが便利なものではある。そして便利なもの依存するのは人間本質だ」

まり、これ以上は詮索するなって言いたいようだ。

俺は喜んで騙されることにした。

無言で、小さく頷いて見せる。

釣りはいらない。たまには兄の貫禄を弟に見せつけてやらないとな」

「オッケー! 兄貴は見栄を張ったってことだね。俺はそう解釈することにするよ」

「お前のような賢い弟をもって誇り高い」

兄貴の表情は変わらないが、その声の調子からホッとしているのが分かった。

「それにしても太っ腹だね。兄貴は財布の紐が固い人だと思ってたけど」

「なあに、安いもんだ」

(#33-2へ続く)

2017-08-06

[] #32-4「数奇なる英雄 リダイア」

俺たちからすれば無理やり辻褄合わせをしただけの内容だったのだが、これが意外にも教師からは高評価だった。

ヤケクソ気味な発表スタイルが真に迫っているように見えたのだろうか。

メンバーの一人であるタイナイの分析によると、他のグループネット簡単に手に入る文献からコピーペーストしたみたいな成果物だったので、俺たちの発表が新鮮に映ったのではと言っていた。

カジマはというと、各文献の記述をどれも否定しない、その姿勢が何より評価につながったんだと前向きな解釈だ。

何はともあれ俺たちは成し遂げたのだ。

しかし、課題のためとはいえテキトーなことをでっちあげた後ろめたさもグループ内にはあった。

俺も多少はあったものの、それも数日経つと薄れていく程度のもので、他のメンバーも同じだった。

ウサクを除いては。

「あの時は課題をこなすことで必死だったが、我々は大罪を犯してしまったのではないか? もし、我らの説が正史のように扱われてしまったらと思うと……早起きしてしまう」

会うたびに毎回こんな話をしてきて面倒くさかったので、俺はとある人物を紹介することにした。


「マスダ、ボクを便利なペテン師か何かだと勘違いしてない?」

ウサクのもとに呼び出した人物は名をガイドという。

最近この町に滞在している、自称未来人だ。

正直なところ俺は未だにこいつの言うことをマトモに信じる気はないのだが、それっぽいことを見せたり言ったりはできるので、これでウサクに程よく納得してもらおうと思ったのだ。

「まあ、いいや。リダイアに関する記録だけど、マスダたちの説を後押しするような記録は未来にも存在しないね

それは俺たちの発表内容がデタラメであることを示していたが、同時に未来には俺たちの成果物が禍根と共に残っていないことも示していた。

ウサクが信じるかどうかは分からないが、とりあえず気休めにはなるだろう。

「そうか……では、どのような記録が残っているんだ?」

「そうだなあ、例えば銀河大戦においてスパイとして、リダイアという名前宇宙人活動していた記録があるね」

どうしてそんなことを言うんだ。

俺はバツが悪くて、自分の顔が引きつるのを感じた。

それを周りに見られないよう、おもむろに自分の口元を左手で覆う。

「ぎ、銀河大戦? そんなの知らないぞ」

「そりゃそうさ。君たちのいる時代から、数百年後の出来事からね」

ウサクは理解が及ばず、半ば放心状態になっていた。

俺はその横からガイドに目配せをした。

ガイドはそれに気づくと、慌てて取り繕い始めた。

「ええと、ウサク? 歴史ってのはね、あくま歴史なんだ。ボクはそう思うよ」

訳の分からない説明に俺は思わずため息が出そうになるが、堪えてフォローした。

「ウサク、お前はちょっと難しく考えすぎなんだよ。リダイアがどんな人物であるか、何を為したかなんて、俺たちにはさして重要事柄じゃないんだ。真偽がどうあれ、な」

「もういい……これは我が課題だと解釈しよう」

後にウサクは、リダイアに関する資料独自に纏め上げ、一部界隈で脚光を浴びることになる。

まあ、それはまた別のお話

ガイド、ウサクが書いた文献、記録は未来に残っているのか?」

「知らない」

こいつに話を聞いたのは失敗だったな。

(おわり)

2017-08-05

[] #32-3「数奇なる英雄 リダイア」

期限当日。

俺たちの成果を、他のグループの前で発表する日ということだ。

他のグループの発表はというと、自分たちの住む町の歴史だとか……まあ何も言うことはない。

みんな課題をこなすことに必死だったし、他人成果物に目を向ける心の余裕はなかったんだ。

そして、長いような短かったような時を彷徨い、いよいよ俺たちグループの番がきたのだった。

英雄リダイアはこの町で生まれ育ったことは周知の通りです。リダイアは当時としては画期的建築技術発明し、この町の発展を大いに助けたとされます。ですが、これはあくまで彼の英雄たる理由の一つでしかありません」

まずはリダイアに関する大まかな説明から始める。

このあたりはエビデンスがとれていることもあり、滞りなく進んだ。

問題はここからだ。

「次に彼はアマゾンとある集落にて、住人たちと槍を取り、侵略者から守ったという記録が残されています

アマゾンといえば、アマゾネスしかし、そこでリダイアはこれといった人間関係トラブルがなかったことが、記述内容から判断できます。つまりリダイアは実は女性だったのではと推測できます

聞いていた他のグループがざわつきだす。

一応の辻褄は合うものの、はっきり言ってとんでもない説だからだ。

念のため言っておくが、これは俺ではなくメンバーの一人であるタイナイが提唱したものだ。

それっぽくこじつけはいものの、タイナイが最近読んでいた漫画の影響をモロに受けていることは俺からみれば明らかであった。

さて、これが一つ目の策だ。

タイナイ、カジマ、ウサクでそれぞれ持ちよった説を全て統合して、後は無理やり辻褄を合わせてやろうというものだった。

当然そんなことをすれば、いずれ綻びが生じる。

そこで俺はとある説を用意しておくのだが……まあ直に分かる。


「戦乱の世が平定。落ち着きを取り戻し始めたころ、リダイアは医者を志します。今度は人を救う存在になりたい、と考えたのかもしれません。それから彼は西の島にて、医者として多くの命を助けました。汎用性の高い薬を発明したのも、この当時であると考えられます

医学進歩しだしたころ、リダイアは芸術の分野で多彩な活躍します。我らの町では建築技術、別の地方では絵画といった具合に」

その後も俺たちは、纏めた内容を淡々説明していく。

周りのざわついた音は徐々に大きくなっていたが、意に介さなかった。

「そのように八面六臂の活躍をしていく内、またも世は戦乱の気配を漂わせていました。そこでリダイアは、再びその身を戦火の中へと投じていくのです」

説明も終盤にさしかかったとき、とうとう俺たちが予想していた言葉を一人のクラスメートが発した。

ちょっと待ってくれ、さっきから色々と語っているが滅茶苦茶じゃないか現実的じゃない」

当然の疑問だ。

そこで、俺たちは二つ目の策……いや、説を提唱することにした。

「仰るとおり。いくらリダイアが人並み外れた力の持ち主と定義したとしても、このとき既に64歳。現役を退いている上、当時の平均寿命を越えている。仮に生きていたとしても、物理的に有り得ない」

「我々はリダイアの活躍が書かれた文献をしらみつぶしに調べました。長生きの一言で済ますには、些か無理がある活躍の記録があることが分かりました」

「文献のいくつかは彼を英雄視する人々が作り上げた、偶像物語だと考えることもできます。ですが、それを踏まえてなお整合性のとれない話も多々あったのです」

「そこで、ある説が浮上します。リダイアというのは個人ではなく、各時代、あらゆる場所複数いた、名もなき英雄俗称ではないかと」

ざわついていた空間が、今度は静寂に包まれていた。

これこそが、俺の考えた方法……いや、説だ。

「あらゆる時代、あらゆる場所活躍する英雄が多くいました。リダイアが様々な方面で才能を発揮したとされるのも、そもそも別人だと考えれば自然です」

「なぜ、それらがリダイアとされたかは、彼らに関する詳しい文献が個別存在しない、つまり名もなき英雄だったことに他なりません。そこで当時の人々は、ある種の英雄理想像としてリダイアを作り上げ、そこに実在する英雄投影させました」

「時には自称し、時には伝聞によって。事実真実伝承入り混じり、『リダイア』という英雄集合体が形作られたわけです」

はっきり言って、この説はあまり自信のあるものではなかった。

一応の整合性こそ取れるものの、その実は文献の真偽を分別することを放棄した、苦肉の策だったからだ。

些か理屈に無理があることは承知の上だった。

それでも課題未完成にして出すよりは、それを完成品にするために帳尻を合わせるほうがマシだと考えたのだ。

(#32-4へ続く)

2017-08-04

[] #32-2「数奇なる英雄 リダイア」

どうしても後一歩というところで完成に届かない。

やはり問題リダイアに関する情報の真偽、その取捨選択ではあるが、グループ内で意見が分かれるのも混迷の一因だ。

「やっぱり、こっちの文献に書かれたことが嘘なんじゃないかな。こっちに書かれたリダイアの容姿は、青年くらい。この時点で青年だとすると、40年後の彼はもう老人だ」

「こっちの文献にはリダイアの容姿について書かれていないから、矛盾はしないだろ」

活躍の内容が問題なんだよ。スーパーアスリート並の身体能力で敵を蹴散らしたことになっちゃうんだ。ましてや人間平均寿命が今より遥かに低かった時代だ。なおさら有り得ない」

「だが、そっちの文献は伝聞をもとに書かれた手記だろ。正確性に欠けるんじゃないか?」

「そんなこといったら、あっちの文献はリダイアと敵対する勢力が書いたものだろ。偏見が混じっている可能性がある」

こんな調子だ。


「というか、リダイアはこの町では建築家として名を馳せたんだよね。こっちの方だと天下無双の猛将ってことになるんだけど、どうもイメージが湧かないんだよなあ」

医者として多くの命を救ったと書かれてるな、こっちは」

うーん、この文献にはアマゾン集落ヤマト魂を発揮したとか書かれているのが謎過ぎるな」

もう一つ厄介だったのが、リダイアに対するイメージメンバーそれぞれで異なっていたことだ。

歴史的英雄というものは、ある意味でそれを見た人間理想という側面もある。

リダイアという英雄はそんなこと言わない、そんなことをしない、この主観判断を鈍らせることもある。

文献をまとめるのに苦労した理由は、そういったメンバー間での価値観の違いによるところも大きかった。

こうして制作が滞っている割に、議論だけは白熱している状態が1時間ほど続いた。

沈黙を貫いていた俺もさすがに痺れを切らした。

「みんな、議論はここまでだ。意見を一致させるだなんてことが、そもそも無理だったんだ」

「けどさ……このままじゃ内容がチグハグなっちゃうよ」

方法はある」

そう、方法はあるのだ。

当然、俺がその方法を今まで提示しなかったのは相応の理由があるからなのだが。

しかし、このままじゃ判定すら貰えないかもしれないので、背に腹は変えられない。

「具体的にはどうするんだ。そもそも情報の真偽を判断できず、取捨選択に苦慮しているから進まないのに」

「ああ、そうだな。だから考え方をシフトしよう」

シフトって、どういう風に?」

発想の転換さ。取捨選択が困難なら、取捨選択なんてしなければいい」

「……はあ?」

三人は全く同じ調子で、同時にそう声を発した。

そういうところだけは一致するんだな。

(#32-3へ続く)

2017-08-03

[] #32-1「数奇なる英雄 リダイア」

歴史には英雄がつきものだ。

例えば、俺たちの町だとリダイアという人物がそれである

この手の英雄ありがちな像も当然のように作られていて、待ち合わせ場所としても定番となっている。

俺たちの町の象徴存在だ。

ただ、その知名度に反してリダイアという人物が何者か知っている人は少ない。

像がたっているから多分すごい人なんだろう位の認識だ。

もちろん、俺もとある機会が訪れるまで知らなかった。

……いや、やっぱり現在進行形で知らないと言ったほうがいいかもしれない。


俺の通う学校では、授業と同じくらい課題について重視している。

今回は歴史だった。

数人でグループを組み、何らかのテーマについて取り組む方式だ。

俺のグループはというと、タイナイ、カジマ、ウサク、よく連れ立つメンバーたちである

惰性で組んだというのもあるが、円滑にコミュニケーションを取れる相手のほうが、課題達成の作業効率が増すという理由も勿論ある。

俺たちは数分話し合い、リダイアについての経歴をまとめることになった。

この町を代表する有名な英雄だし、簡単だという目論見があったからだ。

だが、この考えは甘かった。

「まとめる」ってのは、ただ情報を抜き出して、それをくっつけるだけでは不十分だ。

物事筋道を立てて、整理しなければならない。

その点で、リダイアの歴史は難解だった。

現在見つかっている文献は、どうも不明瞭な点が多かったんだ。

いや、正確に言うなら、いくつかの文献を照らし合わせる度に整合性が取れない箇所がどんどん出てくるのが問題だった。

たとえば彼の活躍の記録を時系列順に並べると、離れた場所で同時に活躍していることになってしまったり、明らかに平均寿命より遥かに生きていることになってしまう。

他には多芸な万能超人だったり、その時代にいる著名人が大体友達になってしまうこともあった。

虚実入り混じっていることは明らかであったが、どれが虚構事実か調べれば調べるほど区別ができなくなっていく。

「これ、テーマ選びをミスったんじゃないか?」

「……気づくのが遅すぎたね。期限は待ってくれない」

この時点で俺たちはこの課題に多大な時間と労力を要していた。

から別のテーマを選び、先生に判定が貰えるような成果物を作るのは様々な面で難しい状態だった。

「嘆いても仕方がない。確かに我らは困難な道を選んだ。しかし、それでも進むしかないのだ」

ウサクがグループ鼓舞し、俺たちもそれに同調した。

勿論、それはどちらかというと消極的判断からくるものではあったのだが。

(#32-2へ続く)
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