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はてなキーワード: 模擬試験とは

2019-04-10

anond:20190410230627

1. 予備校模擬試験のように、「おまえが将来テニュアを得られる確率は \d%」 と具体的な数値を毎年教えてあげる。

2. 将棋世界のように、n歳までにプロになれなかったら、事実上のクビ。最後師匠将棋指して田舎に帰る帰らせる、をルールにする。

3. 天下を取りたければ食客を沢山持つこと。 IT社長と食い詰め大学院生マッチングサービスで一発当てよう。

やっすいオンナに飽きたIT社長鬱屈した大学院生研究の話、1時間聞いて50万くらい、余裕で払うと思うよ。

2018-09-14

童貞力が高すぎてチ○チ○切りたい…

https://anond.hatelabo.jp/20180911104826

これのブコメ

この増田学生時代席替えで隣になった女の子を全員好きになったと思う。そういうタイプ



を見て俺はまさしくそういった童貞クサくてヤバい奴なんだなって思い出した。

俺は中高が男子校でいわゆる女子とドキドキな青春なんてものはなく、彼女いない歴=年齢な奴だ

そのため、高校最後の年、さら浪人して一年予備校で過ごした時、そこで何年かぶり女子というもの出会った。いや、女子というのは別に通学中の電車の中でも見ることは出来たが、それは出会ったとは言わないだろう。そんなわけで、予備校が始まった最初はチラッと胸に期待が横切らなかったと言えば嘘になる。でも、一ヶ月後にはそんなもの見当違いであたことに気がついていた。そりゃ、予備校勉強するところで、お友達を作るところではないのだ、当然だった。だから、高3の予備校時代、同じ高校の奴以外と話すことはなかった。しかし、個人的にぐっときた子はいた。話しかける勇気も気力もなかったが…でもその子は全体的に色白で長い黒髪勉強熱心な良い子だった。だから、俺はその子後ろらへんの席に座ったときに真面目に授業を受けてる彼女の後ろ姿を心の支えにして授業を受けていた。

しかし、受験悲惨な出来、センター試験自己採点が終わったときに心が折れてたんだ思う。そういう訳で、さら一年過ごすことになった。その子も実は浪人してしまっていたが、予備校がこれまでの模擬テストの成績からクラス分けした時に、その子は俺よりも上位のクラスに行ってしまい、それきりほとんど見かけることはなくなった。

浪人生となってからは、高校時代の仲間もいなくなってしまった。でも、それは当時の自分にとってはどうでも良いことだった。大学受験に失敗し、親には金食い虫と罵られ反論もできずに焦ってた自分にとっては勉強がなによりも一番大事もので(といっても勉強なんてからっきしだった)、予備校友達を作る気はサラサラなかった。でも、意外にも話のできる知り合いは出来た。講師講義の評判や勉強方法を共有できたのはすごく助かったし、向こうも同じだったのだと思う。

しかし、知り合いの中に女子はいなかった。とは言っても彼らは男子校出身者とは一味違い彼女持ちのやつもいたし、クラス内の女子にさも当然の如く話しかけに行くやつもいた。俺らのクラス女子イマイチだよなー、〇〇クラスのあの子かわいくね?みたいな話もしていた。俺はそんな女子関連の話に対する応答集を頭の中に持ち合わせていなかったため、適当に頷いて自分から持ち出すことは全くできなかったが、彼らはそんなことは気にしていないようだった。

さて、そんな浪人生の俺には、クラス内にぐっと来る子がいた。その子はやや同世代女子よりはやや背は低かった。髪は黒髪の短髪で首の根元あたりで揃えていて、高校とき運動部所属してたんだろうなって思わせる活発そうな雰囲気であった。もちろん、予備校浪人生活はお友達を作るためのところではない。それでも、高3の予備校の時よりはクラス内にチラホラと友達同士になった人たちはいたようだが、それでも学校クラスに比べれば圧倒的にその人間関係希薄だった。クラス名前表なんてもの存在せず、当然俺はその子名前を知らなかった。別に知ったからなんだという話ではあるが、後ろの席からなんとなく視線だけ彼女の後ろ姿に向けた時、あの子はどれだけ頭がいいのだろうと気になった。成績が全ての世界にいると自然とその子の成績も気になったのだ。

うちの予備校模擬試験上位者名前付きで張り出している。俺はその子名前がそこにあるのか気になり、名前を探って見ることにした。本当にキモチワルイことである

そして、俺はクラスの連絡担当職員が、生徒に資料等を返却するときに呼ぶ名前から探ることにした。だから、俺は辛抱強く彼女が席を立つ直前に呼ばれる名前を覚えた。しかし、結構呼ぶスピードが速く、同時に複数人が席を立つことも多く確信をもって名前を知るのには結構時間がかかった。そして、ようやく知ることができたのは名字だけであった。職員名字しか呼ばないかであるしかし、彼女と同じ名字の人はいなかったのでこれで十分であった。

それから、俺は成績表が張り出される時に自分のを探すフリをして彼女名字がないか探していた。結論から言うと彼女は成績上位者ではなかった。おそらくクラスの中ぐらいの成績なのだろう。たまに船を漕いでいる様子も見受けられたし、俺は偶々そんな彼女と席が近くなった時(講義毎に席は変わる)、ペンを音を立てて机の上においてみたりして起きるのを期待してみたりした。もちろん、そんなキモチワルイ事をやっているなんてバレたくないので、顔と視線は教卓に向け、ペンを置くのはノートを一通り取り終わった自然タイミングになるように注意した。そして、その効果はあったのかは分からない。勉強疲れの脳がある程度休息をとったから起きただけなのかもしれないが彼女は起きた。

そんな彼女だが、それでも一度だけ彼女名前が成績一覧に載っていることがあった。その時はなぜか少しだけ嬉しくなった。ちなみに俺はクラスでも成績は下の下、最下位ではないが、もはや大学受験合格確実という判定の大学を家の近くで探すほうが大変な有様であった。

実は、そんな彼女と話す機会が一度だけあった。それは日曜日の朝に予備校が、浪人生に向けて今後の予定をガイダンスしていた時だ。彼女は朝寝坊だろうか、遅れてきた。彼女が来たときガイダンスは小休憩中で教室廊下には俺一人だけであった。

「まだ、やっていますか?」

彼女は俺にガイダンスはまだ終わっていないか確認しに話しかけてきた。本当に唐突であった。そして、不意を突かれた俺は

「あ゛?まだやっていますよ」

と、自分でも信じられないほど、ドスを効かせて、素っ気なく答えた。


あのときの俺にバカか。と言いたい。知らないオッサン相手ももう少し愛想よく答えることは出来たはずだ。なぜ、よりによってぐっと来た子に対してこれまでで、とびっきりの無愛想な返事をしてしまったのだろうと、今でもたまに思い出して後悔してしまう。別に、ここで愛想よく答えたからといっても、何も変わらないだろう。それは十分に分かってる。でも、少なくとも悪意や敵意なんてもの微塵もなかった相手に対してアレはないだろう。

しかし、彼女ありがとうございます。とだけ言って教室の中へ入っていった。それから、俺は便所に向かい、やっちまった。とつぶやいた。そして、浪人生活後、その子は見かけていない。

俺はなぜか大学に受かり入ってしまった。浪人生ではなくなったのだ。しかし、国立はうまく行かなかったため、今度は学費借金してもらうぞと親に罵られている。今はそんな大学生活を送っている。その大学女子は居るか居ないかと聞かれたら、居る。だが、女子割合は全体のほんの一握りだけだ。

そのクラスには、ぐっと来る子が居る。その子は色白で肩まで伸ばした髪をやや茶色に染めている。黒髪でも似合うと思う。


そんなその子は、受験生活が終わって浮かれ気味なクラスの面々とは違い、バックられ気味な大学ガイダンスにもしっかり出席し、授業もサボらず受けている。クラスの皆顔には出さないがその子のことはかわいいかどうかの二択にはかわいいと答えるだろう。いわゆる高嶺の花だ。

だが、大学で知り合った奴は俺らのクラス女子イマイチだよな。と言っていた。なぜだ。

でも、たまに視界に映ってしまうとついその後ろ姿を追いながら、講義を受けている。そして、大学が終わればそれっきり見かけることはないだろう。

そんな訳で、童貞をこじらせキモチノワルイ事にまともに話したこともない相手に、勝手にぐっと来ては、それを散らしてきた。

俺はそんな自分の事がキモチワルイと思う事はある。視線は向けられている側には分かると言う話は常々聞いてきた。しかし、視界に入るとついつい視線が向かってしまう。だから、せめて自分なりに気付かれないように一応の注意してきたつもりだ。


でも、俺のバカなこじらせた童貞のせいで、少なくとも悪意や敵意は含めていないその子不快な思いをさせているかも知れないというのは、本当に申し訳なく腹立たしいことだと思う。

から、そういったことがないように、時々俺は切り落として、その欲の由来を根源から断ってしまいたいと、時々思うのだ。

2018-07-17

遂に私も小特免許をとった話

どうでもいい増田だけど、今日久々に運転免許試験を受けに行って、小特免許をとった。中型限定ゴールド免許をわざと失効させて(バカ)ぷらぷらフリーダム(すぎた)を謳歌していた私だけれども、また公安委員会に捕捉されに行った。官憲は恐いところである。なにせ免許証の写真犯罪者のようにばかり写ってしまう。山田まりや美人には写れないのではないか

ともかく、かつて二俣川原付免許をとったときは同室の小特受験者に羨望の眼差しを向け、その後日、普通自動車(当時)の免許もとってしまたから「もう一生小特はとれない」と泣いて諦めていた日々。その日が遂に私にも来ようとは! とは!!

小特はロマンだ。フルビットを目指す人々の登竜門である

いや、こっち雪国なんで、これで小さな除雪車だったら運転可能になるんでいざというとき助かるんだなこれが。

それに、三輪自転車上位互換版として、小型特殊活用して買い物に行きたい! 生活道路タラタラ自転車並み(いやそれ未満じゃないか?)で走っていたらめっちゃ福祉感!(近頃たまに見かける、実際)

ちなみに、普通自動車免許とかをいきなりとろうと思っている人(学科試験受けたことない人)の模擬試験としても最適だと思う。原付技能講習があるので高価だし面倒だが、小特は学科だけ。いずれにせよ、普免受ける前に小特と原付で2回学科試験を受けてみてもよいと思う。原付模試代わりに受けた人間が言うけど、オススメ。超オススメ。で、「何あの人、ウッソー」とか後ろ指さされて大人気になる可能性あり。

それにしても知ってはいたけどまた改めて見たけど、普免の学科に落ちる人、けっこう多いのねー。合格ラインが厳しいもんね、運転免許試験って。

2017-12-06

盗作は悪いことだと思ってない人

盗作はそこまでいけない事だと思っていなかった。中学三年生くらいまで。

絵や漫画描くのが好きな小学生時代学級文庫自作漫画を置いていた。

徐々にネタがなくなってきたので、母親が読んでいたレディコミのペット漫画の内容やキャラをパクった。

当時ハムスターとか犬猫ペット漫画がかなり流行っていたけど流石にレディコミ読んでる小学生はいないだろ、バレるわけないと高を括っていた。

ある日、友達の家に行くと『増田ちゃん、この漫画マネしてるでしょ』といって一冊のコミックスを見せられた。あ、そうか、レディコミの本誌を読んでなくてもコミックスになってたら、流行りのペット漫画だし本屋で手にして読むのはあり得るよな…と思った。素直に白状して『えへへ、これ超面白いよね!かわいいからマネしちゃった』とほざいた。

それから数年。

腐女子になった私は友達毎日のように好きなカップリングBL漫画を描きあって交換していた。

しか友達は絵よりも小説が得意だったようで、携帯小説サイトを開設すると、あらゆるランキングの一位を陣取りいつしか人気作家になっていた。

『あ〜更新するものないな、増田ちゃんなんか萌える小説書いてよ』と頼まれたので、『いいネタあるからちょっと書いてみるわ』と、小説なんか書いたことなかったけどそう答えた。

いいネタ、それは前日にあった模擬試験で出された課題文の小説だった。すごく萌えたので、名前を変えただけの丸パクリ小説を書いた。めちゃくちゃいい文章だし、すごく好きなカップリングに当てはまってる。あまりにも自然すぎるから多分バレないと思った。が、当たり前だけどすぐにバレた。友達メールフォームには苦情が殺到した。

『お前何してくれてんだ』と言われたので『ごめん、いけるかと思った』と素直に答えた。

ここまでしてやっと理解した。いけるかと思っても、実際はいけないということに。

理解してから数年経ち、ツイッターが普及し、腐女子の学級会で度々パクラーが吊し上げられる。この人達も多分、中学三年生の時の私と同じ思考回路なんだろうと思った。本当に本気で、こんくらい平気っしょ、と思っているんだ。

2017-11-13

おかんおとん

おかん、私、国家資格をとるために来年から講座通うねん。

50万ぐらいするねんけど、給付金?っていうのがあって、

ちゃんと出席して、無事に合格したら半額免除になるらしい。

それでも最初は50万払わなあかんし、途中で諦めたら給付金ももらわれへん。

大変な額や。

 

でもな、ちゃんと一括で払っても生活困窮せん程度には貯金もしてるから大丈夫

まぁ、ずっと言うてる引越しとかはしばらくお預けやけどな。

でも、この資格は多分、今のうちのキャリアプラスしたら絶対にいい方向にいくはずやから頑張るわ。

 

模擬試験とか見てたら、今の知識でも答えられるようなのが半分くらいあったし、

なんか実技試験もあるみたいやけど、ぶっちゃけうち、対人スキルめっちゃあるから

知識と要領さえ得られれば絶対に受かると思う。

安心してや、努力はうちのおはこや。

おとんも、「あいつは努力だけはする」って言うてたやろ。

から絶対大丈夫

試験来年の夏やけど、絶対に受かったる。

 

 

 

国家資格やで。

種類は別やけど、妹が大学4年間で学んで一生懸命とった国家資格と同じやつや。

今はこういうの、大学行かんでもとれるねんな。

大学に比べたら費用もぜんぜん安いしな。

ええ時代や。

 

自分で稼いだお金で、自分意思で、必要タイミングで、欲しいからこの資格をとるために頑張る。

絶対にとれる。大丈夫。すごいやろ。かしこいやろ。えらいやろ。

からな、もうあんたらええ加減、「お姉ちゃん大学に行かせてあげられなかった」と思うのやめなさい。

 

かにおとんはずっとろくに働かんで、おかんパートで、

うちが10代の頃の家は大大大貧乏やった。

絶対に全員の肩に貧乏神が座ってた。

 

そやのに、妹が高校のと気におじいちゃんが死んで遺産ががっぽりや。

そのお金で妹は浪人して、大学行って、国家資格とって、確かにうちよりかけてるお金はずいぶん多い。

 

そりゃもちろん最初は妬ましかったよ。当時まだ20代前半でしたからね。

 

でもな、うちはずっと、ちゃんと感謝してるねん。

 

だっておかん、うちを専門学校は行かせてくれたやんか。

あんだけお金ない中で、2年ならっていう風に言うてくれたから、

「18歳で社会に出る」という選択をせんですんだんや。

かに安めのところ選んだけど、奨学金も払ってへんやんか。これはすごいことやねんで。

 

それに、その専門学校に行きたいって言ったんは、限られた選択肢の中からやったかもしれへんけど「うちの意思」や。

介護福祉士とか保育士とかやなくて、カメラマンとかデザイナーとか安定性の低い系の学科やったけど、

反対もせんと、学資保険おかんの隠れ貯金使っていかしてくれたやんか。

 

当時通ってた学科とはちょっと方向性が違うけど、

明らかに専門学校経験きっかけで今の仕事を選ぶことができたし、

今、月収27万ももらえてる。おとんおかんが稼いだことな金額やろ。

自慢の娘やろ???ん??

 

それやのに、東京転職した私を、

東京で働くならちゃんと大学行かせてあげればよかった」とおとんが言うようになった。

おかんもそう思ってるみたいやし、妹も、「おねえちゃんかわいそう」と思ってるみたい。

 

いや、やめい。

 

かに、今周りにおる人たちはみんな学歴コンプレックスとは無縁や。

美大卒ばっかりですわ。実家もみんな裕福ですわ。

でも、別にそれで「あなた専門学校卒業でしょ」みたいな嫌味言われたこともないし、普通にやっとる。

かに、学びの基盤の差を感じるときもあるけど、「こんなもんかい」ってやつもおるからなぁ。

別に大学行ってなくても普通にやっとる。安心してほしい。

 

あとな、

うちはとにかく正社員になりたいって理由だけで大好きな地元を離れたから、長期休みは欠かさず地元に帰るで。

ほんまのこといえば、今でも仕事とか安定とかそんなん考えやんと地元に戻って、家族の近所で暮らしたい。

 

でもな、「お金使ってあげられへんかったから」とかいって何回かに一回、交通費を渡してくるの、やめい。

親孝行したくて外食お金を出そうとしても、「ええから」って逆におごってくれるのも、やめい。

たまには払わせてや。うちこの中で給料いちばんもらってんねんぞ。

 

おかんおとんええんや別に。ほんまに。

うちは人生選択に後悔なんてひとつもしてへん

お金キャリアも十分ある。

ほんでそのお金生活してな、好きな服買って、外食して、遊んで、貯めてな、

国家資格とろうってなるまできたんや。

めっちゃええ人生やん。

今はな、大学なんか行かんでも、こういうスキルはみにつくねん。

かに大学行ったら新卒採用とかあってチャンスは広がるし、

4年間学べる分、とれる資格も、学べる勉強範囲も多いと思う。

でも、行かんでも、こうやって10年くらいたって目指せたりするんや。

十分やで。

 

ていうかな、

正直、20歳まで育てるまでに十分お金つかってくれてるし、専門でもお金出してくれてるからあんたら。

  

からもう、私はこんなに立派な大人になれたんやから

 

おとんおかん、もうええんやで。

あんたらももう、「お姉ちゃんお金を使ってあげられへんかった」なんて思わんと、

私がお金出す、言うたらたまにはそれも娘孝行やと思って受け取ってや。

 

私は結婚てへんから孫の顔も見せられそうにないけどさ、

(そして年々その可能性は高まっていくばかりやけど)

そやからそれぐらいさせてくれ。

 

おかんが、自分のいろいろを犠牲にして育ててくれたん、ちゃんとわかってる。

おとんは、ちょっとさら思うなら早くどうにかしてよって思うけど、

それでも今そんな風に後悔してくれたら、もう十分や。

 

から、「ごめんね」なんて、もうやめてや。

もっともっと「ありがとう」を聞きたいし、

苦労ばっかりで悲しい顔してた分、そういう顔はもう見飽きたから、

楽しそうにしてるあんたらの顔がみたいんや。

 

次帰ったら、もう「ごめん」なんて顔やめてや。

ほんで、資格取れたら、給料ぐーんとあげるつもりやから

なんかええもんでもご馳走させてくださいね

2017-08-03

[]Fラン

Fラン」という言葉河合塾用語発祥

Fランク」というワードは、元は河合塾大学難易度ランキング作成した際に名付けた言葉です。

意味は「不合格者数が極めて少ない、または皆無なため、偏差値を付けることが不可能大学学部」です。

「Fラン」という言葉の由来 | Fラン.com

よって下記は正確ではない。

すべての大学は、大手予備校実施する模擬試験偏差値によって完全に段階分けされている。そして、受験偏差値の低い、つまり志願者の少ない大学は、入学選抜機能を果たさずフリーに入れる状態になっている。こうした大学は、「FREE」の頭文字を取って、「Fランク大学」と呼ばれていることは、周知の事実だろう。

「教育困難大学」のあまりにもひどい授業風景 | 学校・受験 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

2017-02-09

ADHD発達障害)の、つまずきながらも終わらずに生きられた半生

ADHD診断済の者です。

ここ最近借金玉氏のブログhttp://syakkin-dama.hatenablog.com/)が立ち上がったり、そこでの記事話題を呼ぶのを見て、にわかはてな界隈でも発達障害に関する話題が盛り上がっているのかなと思っていた所、

http://anond.hatelabo.jp/20170206102543

↑こちらの中学受験の話と、それに付いていたブクマコメントが、あまりにも「そうッ!」という思いだったため、少し乗り遅れた感ありますが思わずキーを叩いてしまっています

そのコメントとは、id:Outfielder 氏の

知能に遅れのない高機能発達障児は、中学で内申が出ないか高校受験で詰んでしま人生終了がほぼ確定してしまうから少々無理してでも中学受験すべき、という体験談は聞いたことある

というもので、まさに自分がそれだった、その通りや…と瞠目してしまいました。

自分がそれ、と言っても結局中学公立に進んだのですが、幸いなことに人生終了は(おそらく)しておらず、今は自分にとっては環境面・経済面でも充分有難い場所で働かせてもらっています

でもそれはたまたま、運が良かっただけという気がしていて、振り返るとこれまでの人生の中で、ADHDのせいとは一概には言えないけれど、幾つかの「挫折ポイント」があったので、もしこれからの進路にお悩みの発達障害傾向のあるお子さんを持つ方などが居たら、参考になればと思いつつ振り返ってみます

(多分あんまり参考にはならないですし、それよりも自分が整理して書き出してみたいというADHD衝動によるもの本心です)

小学生時代中学受験でつまずく)

子供の時から自分は周りとは違う人間だ、という自覚は多少なりともありましたが、それは割とポジティブに捉えていました。運動は苦手だけど、勉強はわりといいところ、そして休み時間や家ではマンガを書くこと、それを披露することでクラスで固有のポジションを得ていた覚えがあります

絵師の皆さんなどもどこかで記憶のあるような体験なのではないでしょうか)

問題ポイントが、中学受験。親の方針もあり、自分もなんとなく説得され特に断る理由もなかったので(通学が遠くなるのはめんどくさいなあくらい)小4くらいか中学受験に向けた塾通いをするようになります

しかし、それがだんだんキツくなり、小6のいつ頃だったか、日曜も朝から夕方まで模擬試験しか提携してる友達も居ない知らない塾まで通っての体制になり、多分その環境自分ストレス耐性がピークに達してしまった気がします。

と同時に、なぜ今の小学校友達と離れてまで、遠い中学に通わなきゃいけないのか、さっぱり意味がわからないと涙ながらの突然の抵抗。自分が覚えている限りの自我の芽生えその1です。

結局、これ以上は無理と親も理解したらしく、中学受験は断念、塾も同じ塾内の進学コースから普通コースに移動しました。この時の迎えてくれた友達安心感たるや今でも思い出します。

中学生時代(内申でつまずく)

この公立中学地域圏内では割と悪評の高い、まあいわゆる「荒れてる」と言われるような学校だったようなのですが、幸いなことに僕が入学する直前辺りから目立って悪い行いは無くなっていったようで、中学の3年間は気の合う(ヲタクな)友達も狭い付き合いながらも出来、全体的には、例えばいじめに遭うなどという特段嫌な思い出もなく平和に過ごせました…

が、

心境的には、中学2年辺りから周囲との違和感を強く感じ始めていました。

まぁこれは、誰にでもある思春期の訪れだとも思うのですが、良くないことに同時期に、インターネット桃源郷見出ししまいました。

テレホタイムは親のPCでこそこそチャット掲示板に入り浸り…(なんとなくこれで年齢が分かりますね)

今思えば、このあたりもADHD衝動性、過集中にフィットしてしまい、その後にやってくる虚脱によって学校を休むことが増え、やがて内申はどんどん悪くなっていきました。。

高校時代公立高校でつまずく)

はい。ここで2度めのポイント、そして最大の「人生終了」感を味わいました。

中学での内申に引っ張られ、「お前はここにしか行けない」という公立校にヒィヒィ言いながら入りました。(試験の点数だけで言えば中の上レベルの人たちと張ってたのに…と今でも悔やむことがありますが、まあしょうがない)

そして、1年ももたずその高校を辞めました。

なんで辞めたのか。今でも正直言ってこれといった理由言葉に出来ないのですが、幾人かの「いやなタイプ」の人の顔、そして、排外的雰囲気、それに合わせることの絶対できない自分の中の何か。

気づいたら高校に行けなくなっていました。僕みたいな人間は、居心地が良くないとマジで死ぬんだなあ、ということが身に沁みてわかりました。

多分この時ほど親は、上記のコメントと同じことを思ったことは他にないでしょう「少々無理してでも中学受験すべきだった・・・

その後、半年ほど引きこもりをしてから、今度は底辺私立校一年から入り直すことになります

ぶっちゃけ誰でも入れるような所で、周りを見渡せば一目瞭然の発達障害ヤンキー、そしてほぼ知的障害とも言えそうな人まで、ワケアリな人種ばかりが揃った愉快な空間でした。

それでも、そんな所に高いお金を払って再チャレンジさせてくれた親には大変感謝しているし、また学校行けなくなるのではという恐怖も乗り越え再びやり直すことを決めた当時の自分も、割とがんばってたと思います。(引きこもってた時分は外に出るだけで怖かったです)

そしてこの私立校が、思いのほか自分には合い、割と気ままに過ごすことが出来、大人になった今でもLINEでくだらないことを言い合うような親友も出来ました。

特にその学校ではPCを使った授業に力を入れていて、もともとネットにハマってたくらいなのでPCに触ることは自然だったのですが、その中で自分特性に合ったジャンル先生見出してくれて、「大学受験してみないか?」という運びになります

大学時代ADHD完熟期)

その高校での先生たちの手厚いサポートのおかげで、(あの悪評高い)AO入試制度を使い大学への入学を果たします。

2ちゃん等ではFランと呼ばれるランクしょうが世間的にはそこそこ名だけは知られているところでした。

そして自分学生時代を見返してみても、この大学時代が一番輝いていたように思います

興味のある授業内容、自由雰囲気キャンパス、そしてどことな普通じゃない人達の集まる文化系サークル出会い、居場所と夢中になれることの両方が目の前に広がり、自分人生が本格的に始まった感じがしました。

色々あったけど、特にここで語るべきことはこれ以上ありません。

就活は例に漏れ苦痛でしたが、それでも思ったよりあっけなく、自分に合いそうな所に内定を得ることが出来ました。

社会人のはじまり(つまずき続けつつそして現在

そして、光に満ちた4年間が終わり、ここから暗く長い旅の始まりです・・・

といっても、第3のポイントは1年目序盤にあっさりと訪れます会社に数日行けなくなりました。

体が動きません。会社メールも見れません。連絡したくありません。何もかもから逃げ出すことしか考えられなくなりました。

それでもなんとか数日休んで、這うような思いで出社し、耐え、またしばらくすると行けなくなる、を繰り返しました。

メンタルクリニックにも行き、「抑うつ状態」の診断書を突きつけたりもしつつ、それでも時には自分に合った業務に携われる期間もあり、何より会社の人が良い人だったので、なんとか辞めたり休職したりはせずに、自分の心と身体を騙し騙し、一つの仕事に人より何倍も時間を浪費しながらも、続けられていました。

ADHD的に特にしかったのは、やはり外部とのコミュニケーションスケジュール管理企画書作成といったところでしょうか。

これらを、自分を無理に奮い立たせながら乗り切っていたため、やがてそういった業務をすればするほど、図太くなるどころか気づいた時にはストレス耐性が全く無くなり、再びしょっちゅう休むようになりました。

それがここ1年ほどのことです。

再びクリニック通いを再開し、軽うつ対応するような薬を飲みつつも、相変わらず同様の環境仕事を続けており、このままじゃどんどんダメになるのではという漠然とした不安と焦りが募っていました。

そして約半年前、同じクリニック内で医師が代わり、その医師の診断方針もあり状況を見直した所、「ADHD」という判断を受けました。

それまでもネットで色々情報は見ていたため、あ~やっぱり、という感じでした。

その後、自分ADHDであり、こういう業務はどうしても脳の形状的に難しいのだと諦めがつくようになり、まずは環境を変えなければどうしようもないと思い、同じ社内ではありますが異動を相談したところ、あっさり通り、そして始めのほうに記したような、落ち着きつつある現在の状況があります

振り返ると

中学受験高校社会人と何度も「周囲との違和感」「やってみてはダメになる」「周りと同じような適応は出来ない」を繰り返してしまっていたのですが、それでも、親や教師理解サポートたまたま巡り会えた環境に恵まれ、なんとか人生終了せずに、今は地道に日々の幸福度回復させていけるようになりました。

中学受験成功していれば全てが上手くいった、とは思わず、結局はどこかで周囲とのギャップ、そして挫折経験していたと思いますが、それでももっと早くADHDという認識を与えられ、それに対応した生活見直しや進路を定められていたら、もうちょっと楽に歩むことが出来たんじゃないかなと思います

一歩間違えれば人生終了待ったなしだった気がするので、それを回避するためにも、もし自分が、そして自分の子供がちょっとあやしいなと思ったら、診断を受けてみたり歩み方を普通の人とは変える、認識を良くも悪くも諦めるようなタイミングが、必要なんじゃないかなと思うのでした。

まぁ、今はどこのクリニックも発達障害の診断で激混みという話も聞きますけど…

空前の発達障害ブーム(?)に備えた人生設計の、一つの参考例にでもなれば幸いです。

2016-10-12

ラーメンさえ上手に作れない系男子が教える一発で本免試験に受かる方


汁どこ行ったん。作り方通りにやったのに。すごく持ったりしてて味が濃ゆい。卵とコショウぶっかけたら美味しい。

伸びる心配あんまりなさそうだし、ポケモン映画見ながら書いてみる。

■一発で本免試験に受かる方法

~本免までの道のり~

教習所に通う

大事

学科は真面目に受ける

ビデオ視聴中も真面目に寝ないで受ける。

重要と言われた所はちゃんとマーカーをひく。

教官が出した問題は間違えてもいいから全力で答える。何て答えたか、どうして間違えてたのかを頭に叩き込む。

③実技と学科は大体同じタイミングで受けていく

運転してみると、教本の内容が嘘みたいに染み込む。ここを押さえとけば家で復習とかしないで済むよ。

④疑問に思った事は教官に聞く

└何でもいいから聞いてみる。好きな音楽の話とかでもいいと思う。

家族・友人の運転をよく観察する

└意外と見ていそうで見ていない自分以外の運転。見てると面白い勉強になる。


~本免前日~

テスト前は流石に勉強する

一生懸命やる。

⑦間違えた箇所は解説ごと書いて覚える

└「これは〇or×なんだ」だけじゃなくて、問題集の回答に書いてある解説を覚える。解説がなかったら、教本の問題に当て嵌まる箇所を探し出して書き出す。

⑧寝る

└寝よう。

⑨復習する

└朝に間違えてた部分だけ復習してみる。

合格する

└100点満点中90点で合格です。

└全部で95問を50分で解きます

文章問題90問(配点各1点)、イラスト問題5問(配点各2点)

イラスト問題を全問正解すれば、文章問題で10問間違えてもテスト的にはセーフです。逆に言えば、イラスト問題を落とすと予想以上に辛い。


以上です。

この問題集を解けば合格間違いなし!というのもあるんでしょうけど、僕は教習所で出された問題集さえやっとけば合格出来ると思います

あと、あなたが思っている以上に本免の学科試験簡単です。基礎中の基礎しかありません。模擬試験の方が難しくて拍子抜けしました。何問か間違えてますが。

当たり前の事を当たり前にやれば合格出来るというか、受験勉強とかテスト勉強とか、今までにやってきたような勉強方法でやればいいんじゃないかと。

自身は本当に勉強嫌いで、上記の通りにテスト・本免前日しか勉強してません。1時間やったら2時間休憩してました。んで、一回も合格点に届かなかったんで逆に吹っ切れてました。「落ちちゃってもいいさ」みたいな。

付け焼刃知識路上に出て大丈夫なのか」と声が聞こえてきそうですが、大丈夫じゃないですかね。何てったって数か月車の練習勉強をしてきたんですから

本免試験頑張ってください。

2016-03-07

偏差値50以下の大学廃止しても、大学は半分ずつ減らない。

官僚作家の人が「偏差値50以下の大学廃止しろ」とツイッターで主張し、それに対して、「偏差値50は平均値から、毎年半分ずつ大学が減っていく」とのツッコミが行われていますが、このツッコミは間違っています。どういうことか以下、説明します。

1「大学偏差値」とは、模擬試験における合格ラインである

いわゆる「大学偏差値」とは大学のもの能力を示した数値ではありません。模擬試験を受けた受験生偏差値を割り当て、各大学合格ライン推定したものです。母集団大学ではなく、受験生になります

思考実験

受験生が100万人いるとしましょう。一方、全国の大学の総定員が40万人だとします。受験生全員が受ける模試があって、偏差値50の人(平均点を取った人)の順位は50万位です。一方、大学には上位40万人しか入れないのですから、「偏差値50」の人はどこの大学にも合格できません。この時、すべての大学偏差値合格ライン)は50よりも高くなります

3実際にやってみると、

偏差値50以下の大学廃止」を実行した場合、初年度は大学が大きく減るでしょう。しかし、次年度以降、大学進学希望受験生が減らなければ、大学の数はそのままです。偏差値50以上ない受験生はどこの大学にも合格しない状況になります

実際は、この政策を取ると、成績下位の人たちが進学をあきらめるので、受験生母集団学力は高くなります偏差値50(平均点)の学力も徐々に上がっていって、少しずつ廃校になる学校は毎年あるでしょう。しかし、「毎年、半分ずつ、大学が減っていく」ということは起きません。

注:某官僚作家の元の発言は、偏差値に関しては間違ったことを言っていませんが、増田はその意見趣旨には賛同しません。

追記:「思考実験」では受験生の成績は正規分布していると仮定しています

2015-10-13

恋して自分勝手になってく

好きな人がいる。脈もない。なのに好きなのやめられない。ばかみたい。

必死に考えた文面送って、返信がこないと既読になってるかさえ怖くて見れない。返ってきた返事がそっけないと、瞬間怒りがわく。

「なにこの適当な返事!」

そしてすぐに、相手も楽しく返信してくれる、なんて自分勝手思い込みだと気づく。

「こんなに私は好きなのに!なんなの!?失礼なやつ!」

からみて「ばかだなー」と思ってた友達の反応と、同じことをしてる自分に気がついて心で苦笑いする。辛いなー。はやく終わらせたい。

結局、自分勝手に相手のこと好きなのに、それをすぐに忘れちゃう。相手を優先しなきゃいけないのに、なぜか自分の欲望ばかりで動いてしまうからすごく気をつけて気をつけて行動するけれど、気づいたらまた自分の欲を優先してる。

あーあー、脈ないってわかってるんだからはやく次行けばいいのに。なんなの。

多分、相手のこと好きな気持ちより、自分の恋を叶えたいという欲望の方が強いのかも。これはダメだ。

私が勝手に好きなだけ。それだけ。相手が喜ぶ顔が見れたらそれでいいのに。

どこかで相手のこと下にみてるのかな。「私がこんなにしてるのに、なんなの?!」って。最低。

必死に着飾って、見た目ばっか気にして、そうじゃなくて笑顔で楽しく会話したらいいじゃん。目、覚まさなきゃ。

自分の好きなこと、やらなきゃ行けないことちゃんとしなきゃ。恋煩いからって言い訳自分勝手すぎる。

適当な相手にならたくさんモテテク使えるのに。本当に好きな相手には使えないなんて...模擬試験でいい点ばっかとっても、本番で問題解けなきゃ意味ないでしょ。

あー、本当ばか。暗いことばっか考えちゃうから、美味しいもの食べて、今日ははやくねよっと。

2015-04-18

まず教材に教科書なんか使うな

Z会の冊子か,過去ハイレベル模擬試験解説冊子を使え

そっちの方が兆倍教育効果が期待できるわ

お前が使ってる糞はカスなんだよ

要らねえよそんなゴミ教材

英語歌詞理解できないなら東大なんか無理だよ

糞みたいな教材使って授業している余裕なんかない

6月には駿台ハイレベル模擬試験も控えているのに特別クラスで糞みたいな教材で授業やってる時点で詰んでるだろ

やる気のある生徒に失礼

ほらみろ,学年トップZ会で内職してんぞ

2015-01-11

私立学校予備校を廃止するべきである

私は教育学部大学院生だ。社会の変革を目指している。

現在日本を変えるために、私立学校予備校は廃止されるべきである学校はすべて公立にし、さらにどこで勉強するにしてもすべて学費無料にされなければならない。

現在のあらゆる社会的格差はすべて教育格差還元できる。教育格差は家庭の経済格差還元できる。経済的に貧しい家庭の子供が十分な教育を受けられないことが社会格差の最大の原因である。これを打破するにはどうすればいいか。教育をすべての人に平等に与えられるものにする以外の道はない。

まず真っ先に撲滅しなければならないのは私立中学、私立高校である。程度の高い教育金持ちだけに与える制度など、社会的格差を広げる原因でしかない。そのうえで、すべての学校システムを変革しなければならない。

現在の小・中・高校教員レベルの低さは問題である。なぜ教員レベルが低いのか。それは教員が魅力的な仕事ではないからだ。なぜ魅力的な仕事ではないのか。教員が授業以外のさまざまな仕事をしなければならないうえ、給与も良くないからだ。つまり教員が授業だけを担当給与改善されれば、学校教員レベルも上がるだろう。それは日本学生学力向上に直結する。

思うに、学校教員研究者でなければならない。教育者である前に研究者でなければならないのだ。私は小中高の教員全員に博士号の取得を義務付けるべきだと強く主張する。そして、小学校から科目ごとに専門の教員を設置し、本質的な授業を行うべきだ。現在小学校教員レベルを知っているか分数の割り算をなぜひっくり返すのかも理解していないのだ。中学国語教員は古文を原文で読むこともできない。こういう教員蔓延っていて、日本教育レベルが上がるはずがない。教員は数年に一度教員免許更新試験を受けることを義務付けるべきだ。小中高の教員担当科目大学院入試レベル試験を受けるようにするべきなのである

さらに、学校現在予備校が担っているような仕事もするべきである。つまり放課後学習をある場合希望者に、ある場合は全員に受けさせるのだ。定期的に模擬試験実施し、小学生のころから周囲と切磋琢磨する習慣を付けさせるべきである

ひとつの学年は学力ごとにクラス分けされるべきだ。最も優秀な生徒のみが集まったクラスのなかでさらに優秀な生徒を選抜して集めた学校を市にひとつ設立し、優秀な生徒はそこに行くようにするべきである。これが現在私立中学の役目を果たすだろう。

このようなことを国がすべて無償国民提供するべきなのであるしかし現状では予算が足りない。削るべきは何か。老人福祉に他ならない。

これから日本を支えていくのは子供たち若い世代だ。老人たちは死にゆくだけの存在である。老人たちに出すお金など必要ない。年金がないと生活できない老人は、60を超えるまでにろくに貯金してこなかったのが悪いのであり、自業自得である。これから若い世代がその尻ぬぐいをする必要はない。

教育格差の撲滅こそ、日本再建の第一歩でなのである

2014-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20140227143026

男子女子学力差は、早くて中学、遅くて高校の頃には逆転すると思うんだ

難関高校難関大学の生徒・学生の男女比や、大学受験向け模擬試験の成績の男女の差とか、逆転を裏付けデータは山ほどあると思う。

から女性について、初等教育を前倒しすることは賛成だけど、中等教育にはもっと時間をかけるべきだと思う

2013-09-11

予備校の講座ガイダンスの文章がイケメンすぎて濡れるッ!

 ある受験生がいた。相談を受けたのは数年前の秋。関西大学合格したいという。いかんせん成績が追いつかない。周囲の誰もが関大受験に反対していた。誰もがである。受かるわけがない。真面目に受験をしたことすらないのに。今から間に合うわけがない。身の程を知れ……クラブ活動あおりもあって秋口まで本格的な受験対策は後手に回り、急ぎ努めるも今一つ成績の振るわない彼に模擬試験の判定は、追い打ちをかけるかのように残酷な結果を突きつける……。

 受かりたいというそシンプルな思いは誰が支えるのだろう。特定の大学を強く望むことを誰はばかる必要があるのだろう。彼の悲劇は、伸び悩む成績や、関大入試レベルの高さにあったのではない。学校の教師や予備校先生、友人や兄弟や両親(!)にまで合格するわけがないと、希望を否定される絶対の逆風にあったのだ。

 こと現役生にとって大学受験は特別な瞬間だ。将来の生き方を考え詰める、人生で初めての経験だ……偏差値に輪切りにされた自分の可能性。数値化された未来という名のセルフイメージ年収か、職業か、幸福な家庭か。大げさかもしれないけど、入試成功成功が、僕たちの人生のその後の軌道を決定する。本気で不安にもなるし、誠実に向き合おうとも思う。なんだそんな大事ものなら、もっと早くから受験勉強しておけばよかった……

 そういうとき、彼は相談に来た。おそらく来ること自体、勇気必要だったに違いない。今でも鮮明に思い出す。彼の眼はは真剣のものだった。受かりたいという真っ直ぐな重い。そのシンプルな思いは誰が支えるのだろう。

 結果は分からないな……私がその時に感じた素直な直観。五分か五分か、もうあと少しだけ合格に近い、何とかなるかもしれない……そう感じた理由はただ一つ。思いの真っ直ぐさ。こういうのを現代文では「愚直」というんだ。愚かとも思えるほど真っ直ぐであること。誰に否定されようとも、自分未来を真っ直ぐ信じる力。へこたれないタフな打たれ強さ。端的に彼は「ファイター」だった。

 前を向かずに下ばかりみて話す人がいる。人間を見ずに、偏差値ばかりをみて話す受験指導って、いったいなんだろう。教育って誰のために何をすることなのだろう。

 

 ところで、キミたちは誰かに自分人生を決められたいだろうか。成績表はひとつの仮設である先生の助言も、親の訓告も、先輩の忠告も、「心ある」仮説にすぎない。そして、仮説は単なる可能性だ。カルロスカスタネグの主人公メキシコの老呪術師ドン・ファンがいうように、「世界がこれこれであったり、しかじかであったりするのは、要するにわれわれが自分自身にそれが世界の在り方なのだといいきかせているからにすぎん。」というわけだ。あるいはJ・P・サルトル小説嘔吐』の主人公カンタンの語るように、「人間はつねに物語の語り手であり、……すべての経験を、これらの物語を通してみる。」とも言えるだろう。大切なことは、強く願うことだ。その夢を語ることだ。もしもキミの隣の誰かが、偏差値という仮説で「心ある」物語を語るのなら、キミはもっと強烈に「希望」という物語を語ればよい。語ることでデータや仮説を粉砕してしまえばよい。村上春樹小説海辺のカフカ』の主人公は「仮説」を撃破するために「世界中で一番タフな十七歳になろう」と努める。腕力ではない、それは決して。心の力で届くのだろう。自分人生は、自分で描くように現実化していく。僕たちの人生原理的に言って、そのように「語られたもの」以外にはありえない。そして、もちろん、発言に見合っただけの努力は、実際に行われなければならない。しかし、それだけ。真実は常にシンプルだ。必ず思いは届く。不安ではあろう。過酷でもあろう。それでも何でも、強靱に継続する思いは届くものだ。

 受かりたいというそシンプルな思いは誰が支えるのだろう……。

 自分だよ。キミが自分をしっかり信じてやりさえすれば、必ず夢は現実化する。そして先生はそういうキミの努力を支える力になりたいと本気で願っている。

 ところで、「彼」は元気に頑張っているよ。関大生として大学生活を謳歌している。もちろん現役合格……その瞬間まで誰ひとりとして彼を信じなかったけどね。

2012-02-14

続・専門学校教員寝言

前回の記事はまとめサイトに掲載されたりTwitter拡散されたりしていた。

今回はその続き。

http://anond.hatelabo.jp/20111219120206

カリキュラムのない学校

まとめサイトに掲載されたときにも元教員からコメントのあったとおり。

学校にはカリキュラムがない。シラバスもない。

2年間でどのような像に仕上げようかという目標がない。

資格系の学校場合、あるのは検定に合格させるという目標だけ。

から、授業の半分以上は検定対策。

しか模擬試験過去問中心。

これで授業が面白いはずがない。

デザイン系など、資格系以外の学校もっと悲惨

授業の大半は実習。実習という名の課題製作

実務を縮小した課題をしているだけ。

作業はするけど、提出さえすれば単位は取得できる。

詳細は「芦田毎日http://www.ashida.info/blog/cat34/」を参照。

言っていることは過激だし現場の苦労は知らないと思うけど、おおむね同意

学生の習熟度はカリキュラムでな教員人間性に依存する。

教えるプログラム言語

情報系の国家試験である情報処理技術者試験

午後のプログラム言語は選択式だけど、半数以上の学校はCASLII(アセンブラ)で受験する。

なぜか。学生が長文を読めなくなっているから、ステップ数が少ない言語を選ぶ。

表計算を選んでいる学校もある。

当然、就職には役立たない。

基本情報を取得しているからといって、プログラムができるとは限らない。

特に、午前免除制度を導入している学校ほどそう。

あとは、遊び程度にC言語をやるぐらい。


形骸化する入試

一部の人学科(看護等)以外は、全入時代一条校ではないから、補助金もでない。

一人あたり、年間で100万円。入試面接だけ。学力試験はしない。

オープンキャンパスに○回以上参加でその面接すら無くしている学校も。


教員旧態依然

教員OBOGが就くことが多い。

当然、学生当時の担任も在職している。元担任には頭があがらない。

古くからのやり方が変わるはずもない。


まとめ

もちろん、ここに書かれていることが該当しない学校もたくさんある。

情熱をもったすばらしい先生方もおられます

学ぶ姿勢を持った学生もたくさんいる。

ま、そういうすばらしい学校クラス担任がしっかりしているんだろうな。

2011-01-12

http://anond.hatelabo.jp/20110112172103

模擬試験なんかで、合格率98パーセントとか出るじゃん。

あれ、子供としては不満なのよ。

落ちるかもしれない2パーセントってなんなんだ?って

絶対に、万に一でも落ちたくない試験なのに50に一も落ちる可能性があるとかふざけんなよ!って。

判定出す側も100パーセントなんて出せるわけないから、

どんなに頑張っても98パーセントより上にはいかないって理性ではわかってても駄目なんだよ。

から少しの可能性でもつぶすために必死になるの。

2010-06-17

S玉医大の場合は、国家試験前の模擬試験の問題の答えが、国家試験の答えでした(20年程前の話)

ってまじ?

2009-03-18

東大文1に半年で受かった勉強法(10年前だけど)

偉そうに合格体験記でも書いてみようかと思います。知り合いにもはや受験生はいないのですが、d:id:lonlon2007:20090317が目に付いたので。

ぶっちゃけると受験勉強は「想像していたとおり楽。」でした。受験勉強を始める前は受験生ってのは寝てる時間と飯食ってる時間以外は全部勉強に当てて、たま徹夜勉強する!みたいな偏見は全く持ってなかったんですが、やっぱりそのとおりでした。むしろ10月までバイトしていたのがたたって出席日数が足りず授業のコマ数が増えたうえに出席日数を充たした他の生徒が次々と休み始めるために授業中に寝にくくなり、平均睡眠時間が減っていきました。(寝ないと動けないんですが・・・)

東大は天才じゃなくちゃ入れないっていうのは確実に嘘。「東大生」は学部生だけで約1万、ほぼ京大もほぼ同じ、わずか4〜5歳間に2万超もいる人たちを「天才」とは言わない。天才なら楽に入れるなら本当かも。

秀才が3年間こつこつ勉強して入れるっていうのは本当。「〜初めて入れる」は微妙。秀才でも凡人でも3年間もコツコツ勉強すれば入れるんではないでしょうか。本当に「コツコツ勉強」していれば。

「色んな人が色んなところにこうやれば受かる勉強法!みたいなのを書いていますが、個人個人で合った勉強法は違うので、色々な方法を試してみて、自分に合ったものをやるのが一番いい」というのは当然のことで、id:lonlon2007が長々書いてる中で唯一の真理

id:lonlon2007を逐一もじるのは早くも飽きたので、というよりもそんなに長く書くこともないので簡潔に。

ちなみに残念ながら僕は、『苦手科目は世界史日本史得意科目は数学と化学と物理と地理』だったので「理1なら1ヶ月で受かるんだけどな、下手すりゃ今日にでも受かるかも」と思いながら勉強していました。

あと、基本的に家では喫煙を禁じられていたので、主にガストジョナサン勉強してました。当時(約10年前)のファミレスはせいぜいがホットコーヒーのみおかわり自由で、ジョナサンアイスコーヒーおかわり自由とガストドリンクバーには大変助けられました。あっ、嘘だ。一番勉強したのは学校。さっき書いた通り10月バイトを止めてからは授業にかなり出るようになったので、授業科目を耳で聴き、別の科目の教科書を目で読み、2科目並行で勉強してました。あとはファミレスで数学や英語(主に英作文)の難問を広げ、頭の片隅でその回答を考えつつ苦手の世界史テキストを読んでいました(たぶん後で書くけど教科書ノートよりも新書が多かった)。

風呂の中や通学電車の中で小説を読んでる時も、未だ解けていない難問や数日内で間違えた問題のことを完全忘却しているわけではないのですが、机の前以外では何か思いついても頭の中にメモるだけ。勉強しない時は勉強しないとメリハリをつけるようにしていました。ちなみに「机の前」には授業時間が含まれます。高校生は一日の半分近くを学校で机に向かっているわけだから、勉強時間は非常に長い。一部の(私立)進学校や特別選抜クラスのような環境でもなければ「授業のコマ数が減る」ことはないと思いう。嫌でも一日の半分近くが勉強時間。「寝てる時間と飯食ってる時間以外は全部勉強に当てて、たま徹夜勉強する!みたいな偏見」は授業時間を効率的に使えていない人が持つのではないかと思います(あとは生徒に自由時間を多く与える方針の学校の生徒)。そういう意味では「勉強効率」がポイントというのは同意できる。

うちの高校(某都立)では文化祭(とついでに体育祭)が一大行事としてありますが、殆どの人は夏季講習と文化祭の準備を両立させ文化祭が終わった9月頃から本格的な受験勉強を開始するようです。かく言う僕も文化祭が終わって(ちょっと学校側とイロイロあって)バイトを辞め、10月から受験に力を入れ始めました。今、気付いたんですがid:lonlon2007は「6月から」とのことなのでタイトルに偽りありで約半年、僕の方も10月からなのでタイトルに偽りありで約4ヶ月ですね。開始をもう1月遅らせておけば「四半期で受かった勉強法」とゴロ良くピッタリなタイトルにできたのに。

まず何をしていいか分からない!ということで過去問を解いてみました。いや、模擬試験を受けたかも。なにぶん10年前なので記憶が・・・。とりあえず法学部志望なのに受験敵性では明らかに理系向き。その分、周りが国公立を難しいという理由の一つである文系なのに理系科目(理系でも文系科目)、という関門はあっさり突破。選択授業も理系用の数学(と化学と物理)をとっていたので2次試験の数学もさほど難しいとは思いませんでした。

「まず」も何も、とにかく苦手の世界史だけやろう!ということでそれまでは小説に費やしていた読書時間を歴史系の新書に切り替えました。もともと古本屋めぐりは趣味だったので行動範囲の古本屋の50-100円コーナーで歴史系の文庫新書を買い占め。2年半バイトしていたので他の高校生男子よりもお金を持ってはいました(うちの高校は縁遠かったけど世間では「ブルセラ」華やかなりし頃。女子高生は金を持ってた)。がそんなこととは関係なく、買い占めたと言ってもせいぜい100冊程度。私立や塾に通うことを考えれば微々たるものです。

いつどんな問題でも満点を取れる!と思わない科目を勉強する分には必ず点数の上昇につながるので、わざわざ『勉強スケジュール』を組む必要はありません。数学は1日勉強しても1点分しか稼げないけど、英語は1日の勉強で2点稼げる、てなことが計算できるのなら『勉強スケジュール』も有効かもしれません。しかし、そんな計算ができる人は自分の欠点が分析できているのだから、すぐに数学でも2点稼げるようになります。満点を取れない間は何をやっても点数に繋がるのだから『勉強スケジュール』なんか不要。そもそも『勉強スケジュール』を考えようと言う発想が今日今日までありませんでした。夏休み宿題@小学校で1日のスケジュールを考えろと言われた時以来の衝撃です。『勉強スケジュール』は学校バランス配分してくれた「時間割」で十分だと思います。

夏休みバイト文化祭だけだったので、休日勉強について。休日はNHKで将棋を見てから昼食、最寄り駅周辺の古本屋を回ってからファミレスへ。(好きなのが将棋で幸い。これが囲碁だったら午後の大半がテレビでつぶれる。当時はネット中継がなかったのも幸便)本を1冊読んで(1〜2時間)から勉強。最低2時間はやろうと決めていて実際2時間くらいなら集中力は続きます。鉛筆ナメナメ英作文を推敲していると気付くと2時間なんてこともあって最低2時間の縛りは苦痛ではありませんでした。(学校じゃサボってると言ってもそれ以上やってるわけですし)

夏の「初の東大模試」は受けたような気がしてきました。模試の判定は最後までE判定だかF判定だったので「予備校の採点基準が間違ってる」と思ってました。私立であればともかく国公立の論述問題は大学教授を信用して、「間違ってはない」回答が書けていれば良しとしておきましょう。予備校の採点は予定された正解以外を大幅に減点する傾向があるように思います。英作文であれば日本語の1単語には4〜6音節の1単語の英語を対応させれば文句なしの正解で模試ではこれ以外は減点。実際にはそんな難しい単語を知らなくても中学校レベルの単語を組み合わせて意味が合っていれば大学教授は正解としてくれるようです(大学に入ったからといって採点基準を教えてもらえるわけじゃないけど、じゃなければ不合格だったはず)。

時期別対策?

10月〜11月

相変わらず模試は最低判定。意に介さず淡々勉強(授業)。

12月

出席日数を充たした生徒が続々と授業に来なくなる。いやがおうにも授業中に寝れなくなる。友人も受験モード突入で遊びの誘いも減る。悪循環?好循環?

センター対策は・・・必要なんでしょうか。東大京大の2次試験を見据えていれば不要な気がします。敢えて言うなら文系理科理系社会科でしょうか。僕の場合理科得意科目だったので無視。

センター

というわけでセンター試験対策としては過去問をやってみたくらいです。悪くても90点以上だったので、本番の集中力があれば大丈夫だろうとタカをくくる。それでも素材がたっぷりあるうえに冬休みは午前中の将棋(NHK)もない。勉強時間は比較的長かったように思います。午前に1〜2時間、昼飯を食って古本屋。別のファミレスで本を1〜2時間勉強1〜2時間。僕の中では最初と最後の時間差だけとって「6時間もやった」と思っていました。

冬休み学校に行かないので、毎日図書室で読んでたJapan Timesが読めなくなりました。かわりにテレビニュース英語音声で聞くようにする。親と妹も「受験生」ということで不満は抑えてくれてたようです。

ちなみに過去問時間を気にせずやっていました。調子が悪い時や面白い問題にであったときは1時間を超えることもあったと思います。過去問で高い点数を取ってもあまり意味がないので答えや力の確認ではなく、とにかく「どんな問題でも時間さえあれば解ける」という確信を持てるように。時間を気にしていないので早く解き終わった時も確認とかはしない。「できた!」と思った段階で答え合わせ、間違っていたら原因を考える。

二次試験

とりあえずセンターの自己採点が大丈夫そうだったので、気が抜けました。本番でも緊張しないことが分かったのが収穫で相変わらず学校の授業に出る日々。得意で好きだった数学・理科はそろそろ休めます。教師との不仲が極限に達していた英語国語は最後の最後まで授業です。

東大の○○25ヶ年』シリーズって何?赤本と友人がやり終えた予備校テキスト文庫新書、あとは学校教科書勉強してました。友人から借りた予備校テキストはザッと解いて印象に残った問題だけ書き写して返す。別にビンボーだったからじゃないですよ。公立・公立・都立ときて親にはあまり負担をかけてないし、大学国立の予定だし、バイトガッツリしてたし、参考書を買う程度で躊躇することはありません。『東大の○○25ヶ年』シリーズはたぶん僕の頃にはなかったんだと思います。

そんなこんなでさすがに学校も行かなくてすむようになり(都立とはいえ受験校なので他の生徒は来ないし、教師もそのつもりでいる)、時間ができたので予備校に潜り込むようになりました。友人は私立志望が多かったのと私立の方は全く自信がなかったので私立コースです。あと友人は理系にも多かったので理系東大コースみたいのにもたまに行ってました。2ヶ月も真面目に勉強するとさすがに疲れ(飽き)たのか、この時期に大きく伸びた気はしません。予備校では、僕が無意識にやっていたことを言語化してもらった感が強く、それはそれで頭の整理ができました。有意義だったと思います。

ぶっちゃけ全科目やるって言っても、高校で一日授業を受けているようなものなのであんまり死ねませんでした。

科目別対策

数学

得意で理系の授業をとっていたので苦労なし。解けない問題は絶対に回答を見ず、翌日へでも翌週へでも持ち越してひたすら考える。答え方を覚えるよりも、答えの見つけ方を思いつくことが重要だと思います。図形問題なら知ってる定理・公式を片っ端から引っ張り出してやみくもに補助線を引く。そんなことを繰り返してるうちに、問題を見ると求めている回答がわかるようになってきます。センター試験は余力で解けるので無視。

使った参考書・問題集:東大京大・私立理系過去問

現代文

現代文は二三回本番形式で練習して、形式に慣れるくらいでいいと思います。現代文はみんな取れなくて差がつかないし、勉強すりゃ上がるっていうもんでもないので、比重は極めて低かった。漢字常識の範囲内なので、よっぽど苦手な人でなければ悪くても1問間違えるくらいで済むでしょう。

加えて日頃読んでいた小説・随筆は役に立ったかな。乱読・雑読ですが古今東西ジャンルに捕らわれずに古本屋投げ売りコーナーで目に留まった本を片っ端から読んでたので、過去問模試でもたまに知っているテキストがありました。新刊でも買うような好きな作家受験には向いていないようで、これも幸いでした。好きな作家テキストが出ていたら「正解」ではなく「持論(自論)」を書いてしまうひねくれた者なので・・・

知っているから解ける、知らないと解けない、というわけではありませんが、抜粋されたテキスト前後や著者が分かることにデメリットはありません。「受験のため」としてはお勧めできませんが、今まで読書に費やした時間も「無駄ではない」程度の気休めに。

使った参考書・問題集:なし

古文と漢文

暗記が苦手なので古文には多少手を焼きましたが、学校の授業で十分。むしろ暗記法があれば教えてもらいたいくらい。単語帳とかがいいんでしょうか。僕は単語帳を作るのが面倒だったので、とにかくテキストを繰り返し読んで単語の意味や用法を文脈から類推するように心がけました。おそらく全科目で一番教科書を使いました。和訳(現代語訳)では自然日本語になるように心がけました。意味が分からないから曖昧に訳すのではなく、文理や言葉のかかりを強調する翻訳体をさらに自然言葉に訳す感じです。英文和訳でも同じ。

使った参考書・問題集:教科書過去問

物理と化学

センター試験対策。教科書過去問で十分。感覚を忘れないように授業がなくても週に一度はやる。勉強期間が短いので過去問が枯渇する心配がない。

使った参考書・問題集:教科書センター試験過去問

世界史と地理

うちの高校では入学時点で日本史と地理の選択を迫られます。歴史の暗記(人名年号)が大の苦手だったので深く考えずに地理を選びましたが、これが功奏。日本史世界史日本史と地理が無関係とは言いませんが、世界史(の特に近現代史)と地理は密接不可分。片方を勉強すればいやでも他方の学力もあがります。

比較的得意だった地理。これは教科書一般教養新聞新書)で済ませました。とにかく視点を広くして、知らないことがあって当然、知らなければ考える。このとき世界史の知識や新聞書籍で読んだ現代社会の知識が役立ちます。社会政治は地理的条件や歴史的背景に帰結することが珍しくありませんから知らないことでも十分に推測がききます。

あとは地図を見ることかな。別に国名や地名を覚えようとする必要はなくて、国名や都市名とだいたいの位置が繋がればそれだけでたくさんの情報が得られます。内陸なのか平地なのか、頭の中で地形図や気候図とおおまかに重ねられればなお良し。世界でn番目に長い川の名前とかm番目に広い国土といったクイズ的な知識は不要。そこに川はあるのか、国土は山がちだが狭くはない、その程度で事足ります。

都市名と工業農業産業を単にセットで暗記するのではなく、そのような産業が育まれた地理的要因を考える。基本で当然のことのようですが、結局はこれにつきます。

歴史(世界史)。大の苦手。とにかく年号人名が覚えられない。ルイとかシャルルまでは分かるけど何世かが覚えられない。清教徒革命フランス革命前後関係因果関係)は分かるけどそれぞれの年号は知らない。(日本史なら足利某までは分かるけど某が分からない)それでも何とか解けるのが東大京大論述問題の良さ!

細かい年号はザックリと捨て拙い記憶力は人名とせいぜい事件の名称に費やす。あとは前後関係因果関係意識しながら歴史を概観する。

教科書や授業では国や地域で縦に切り、ついで年代で横に切って学習しますが、前後左右のつながりを考えて大きな年表を作ります(頭の中でも良いし、模造紙や今ならパソコンソフトで実際に作ってもいいかも)。先の例で言えば清教徒革命イギリスの歴史においてどのような影響を与えたのか、さらにヨーロッパアメリカのどのことがらにつながっていくのか、フランス革命フランスの歴史、ヨーロッパアメリカの歴史にどのように・・・こうやって年表に→を書き始めるとすぐに→だらけで見るにたえなくなっていくと思います。そんな因果関係を大まかに覚えていく。このような大きな流れがつかめると東大の問題は急に簡単に見えてきます。

教科書と資料集を片手に短時間で問題を解けるようになれば、あとは覚えるだけ。

教科書・資料集をわたしてもキーワード人名年号・地名・事件)をピックアップすることしかできずそれらをつなげて論説できない人が東大京大論述式問題を難しいと言ってるように思います。僕の場合は逆で、キーワードが分からない(正確に覚えていない)もののキーワード部分を穴あきにした回答は組み立てられた(センター試験の問題文のような文章)。教科書・資料集があれば穴埋めは簡単。あとはキーワードを覚える。受験勉強のほぼ全てをこれに費やしたと言っても過言ではありません。

例題を解く時は分からない問題もいきなり回答を見るのではなく教科書などを見ながら一度回答を完成させてから回答を見る方がいいでしょう。「覚えさえすれば」という段階に至ることが重要

もう1つ、大まかな流れを雑ぱくに理解するのに新書のような読み物が役立ちました。受験用ではないので縦横に細切れにされていませんが、その分全体的な流れが見えてきます。気分転換にもいいでしょう。

最後に暗記について。当時は思いもよらず、最近になって思いついたのですが、書いて覚えるのではなくしゃべって覚えるというのがいいような気がします。英単語漢字は書いて覚えるのも効果的だと思いますが、(ルイ)14世、15世、16世と書き連ねたところであまり役立つとは思えません。関連する人名年号・ことがらをセットで口に出すと覚えられそうな気がします。ぼくは学校ファミレス勉強してたので、当時思いついたとしても実行できませんでしたが。ちなみにこれは法学勉強を通して気付きました。自分レジュメを作ったり授業を聞いていても条番号はなかなか覚えなかったのですが、ゼミなどで口に出す頻度が増えると自然と覚えていました。

英語

英文和訳は慣れ。知らない単語は前後の文脈で予想。そのために役立ったのは英字新聞Japan Times(とテレビニュース英語音声)でした。朝に日本語新聞で読んだ内容が英語に書き直されてるようなものだから、知らない単語があってもドンドン読み進められる。これを2ヶ月も読めばいやでも単語力や読解力、類推力や速読力が身に付きます。

辞書をひくのはあとまわし。類推した単語はあとで必ず辞書をひく。この2点がポイントと言えばポイント辞書をひくのをあとまわしにするのは「考える」ことが重要だから。あとで必ず辞書をひくのは、1つの単語が持つ複数の意味を「とりあえず知っておく(覚えなくてよい)」のが重要だから。

今では多くの英語新聞記事がネットで見られますが、日本新聞とはフォーカスが違うので今なおJapan Timesが良いと思います。「英文を読む」よりも「大まかな内容を知っている英文を読む」ことが重要です。

趣味と実益を兼ねて好きな作家原書も読みました。が、これはさすがに知らない単語(と専門用語)が多すぎて勉強にはなりませんでした。

あとは過去問東大京大ではずいぶんと傾向が違うのですが、それでも私立の問題よりは国公立の問題の方が東大受験には役立つ。私立の問題は「知らなきゃ解けない」うえに教科書にないものも多い。国公立とは別のことを問うています。

単語帳は古文同様に作るのが面倒。教科書では物足りなかったり電車教科書を開くのが恥ずかしかったりなら、ペーパーブックを1冊だけ買って眺めていればいいのではないでしょうか。3日も同じページを読んでいればいやでも内容が分かるようになり、使われている修辞・技巧なんかにも気付くようになると思います。

DUOとか知らないしiPodは当時はない。当然使ってません。今なら英語ニュース議員さんのPodcastiPodで聞くのはありかも。(議員さんやニュース英語は分かりやすいです)

例文を覚えるという発想はなかった。過去問模試を解いているといやでも覚えてしまう文法的技巧や慣用句はありました。「覚える」というよりも「(自然と)覚えた」という感じなので「覚え方」は分かりません。

自由英作文は想定されている答えを探すのではなく「意味」が通る英文を書くことが重要。正しい文法で知っている単語の継ぎはぎする。どうしても分からなければ少し長めにあけた余白に薄く日本語を書いておき、あとで考えましょう。日本語1単語に5 words前後の余白を対応させるくらいの気持ちで。他のことを考えているうちにピッタリくる単語(1単語)が浮かぶこともあるし、そうでなくても空白のまま出すくらいなら中学校で習った単語を並べて意味を表現する。とはいえこれは苦肉の策。単語を知っていて損することはないので、時間と金と記憶力に余裕があるなら単語や例文はいくらでも覚えてください。大学に入っても社会にでも英語が足かせになることはないと思う。

英語(と現代文)は教科書をあまり使わなかった気がします。

使った参考書・問題集:国公立大学過去問模試、英字新聞

模試

模試は一通り受けたと思います。「教える」ための教科書と「考えさせる」ための試験では勉強の内実が違います。「教わる」よりも自ら「考える」ことの方が重要なので省エネ勉強のためにも受けて損はありません。嫌でも丸一日勉強したことにもなります。

東大模試は受ける。結果が悪くても気にしない。結果が良ければ安心する。結果が悪くて自信もなければそれを機に諦める(浪人するなり志望校を変えるなり)。

過去問を見るかぎり、東大よりも京大の方が正解の範囲は広いと思います(模試ではなく本番の話)。模試結果に納得いかない人は東大より京大に向いているかもしれない。

本番

寝過ごした!電車で寝過ごしたけど、高校受験で軽く遅刻した反省をいかして少し早めに出ていたのが功奏して間に合いました。遅刻だけは気をつけましょう。

遠方からの受験生ホテルなどに宿泊する方は寝坊に注意。受験まで1年のこの時期に言っても「そんなわけない」と思うかもしれませんが、1校しか受けない本名中のこのエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2008-08-03

http://anond.hatelabo.jp/20080803071207

3ヶ月なら勉強より(自主)模擬試験のほうがいい。

TOEICは他のテストに較べて量が多く

ペース配分考えないと最後までできない。

2007-09-26

anond:20070926004812

ラムメディアってなんだYO!

HP見たけどオンライン模擬試験会社かYO!

ベンダー資格なんて何一つもってないけど、僕は生きていけますYO!

2007-04-21

模擬試験

しまった、今日だった。いま気づいた。

明日と思ってた。

 
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