自戒を込めて、ここに告げる。
諸君、全てを疑おう。
それも、つとめてしずかに疑うのだ。
もちろん全てというからには私のことも含まれるのだから、さきの主張を諸君おのおのが咀嚼して頂けるなら、これよりの弁は蛇足である。
私たちは知らずに決めつけている。
私たちは知らずに騙されている。
さらには、私たちはどれほど知ろうにもなお、知らぬことばかりである。
だからせめて、全てを、徹底して、まばたきに類する生理現象のように疑うべきである。
騙されている、決めつけている自分を疑え。
そこいらにある境界を疑え。
全ては疑うことから始まる。
ひとまずは、肉体的な死というものを迎えるまで疑い続けるのである。
私含め諸君、みながみな、当たり前に疑い続ければどうなるか?
世界がそういう前提のもとで成り立っていたら?
そうしてみながみな、ふとまばたきを意識するように、自らの疑うことすら疑えたら。
諸君、全てを疑おう。
つとめて、しずかに。