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2021-01-27

anond:20210126092411

佐藤大輔信長新記」簡易年表

1582年夏 本能寺の変信長親子脱出成功山崎合戦で光秀滅亡。

1582年末 織田信忠羽柴秀吉による四国制圧

1583年夏 信忠秀吉による九州攻め開始。信長による小田原城砲撃で後北条家滅亡。柴田勝家小田原からの帰路で謀反。

1583年秋 第一関ヶ原合戦。勝家勢が信長を追い詰める間際、勝家勢後方に下品金成瓢箪が現れ勝家勢崩壊お市に会いたく無い勝家が安土城自刃

1584年夏 「三州騒乱」勃発。伊達上杉を巻き込んだ徳川家康による信長への叛逆。岐阜城攻防戦で家康勢遅滞。

1584年秋 秀吉による近江口への誘引で「第二次関ヶ原合戦」発生。

 

1585年頃 信長により天下統一完了日本皇国成立。海外進出が本格化、大陸方面では無く東南アジア北海道方面へ。

1587年頃 スペイン帝国主力の欧州連合による東洋派遣艦隊撃破印度以東の欧州権益取得。信長南海覇公と呼ばれる。

1620年頃 新大陸で新出雲新界成立。その後スペイン帝国領ヌエバエスパーニャ副王領併合日本皇国大和州となる。

 

1762年 日本皇国大和派遣軍が大和民国軍に新出雲の戦いで敗れる。これにより大和民国独立が確定。

 

1813年 プロイセン陸軍参謀本部九州攻めを参考にした「ライヘンバッハプラン」でナポレオンの内線作戦崩壊寸前にまで追い込む。

1814年 ウィーン会議ナポレオンは失脚せずフランス帝国も存続。

1848年 大和民国武力恫喝によってヴァージニア割譲される。欧州新大陸領土消失

1898年 大西戦争によって大和民国スペインからキューバをはじめとするカリブ海領土を得る。

 

1910年頃 第1次世界大戦。詳細不明

1930年頃 第2次世界大戦。詳細不明

 

1937年 「満州戦争」勃発。中華連合共和国中華民国満州へ侵攻開始。日本皇国中華民国との同盟により渋々介入。

1938年 大韓帝国日本皇国宣戦布告大英帝国艦隊大和民国キューバを奇襲攻撃し「大西戦争」勃発。

1939年 中華民国中華連合共和国降伏林彪上級大将率いる中華沿海州装甲軍日本皇国沿海州で攻勢に出る

1940年 日本皇国大和民国を中心とする「大東洋同盟」が成立。

1941年 大韓帝国日本皇国と休戦。中華連合共和国宣戦布告

1942年 中華連合共和国大英帝国が大東洋同盟降伏大西戦争終結

1948年 大和民国英国安全保障条約を締結。

 

1990年頃 大ロシア連合崩壊フランス帝国経済自由化経済発展が進行中。

2021-01-03

信長は筆マメだった

信長というと、短気で気分しだいで人を殺していたとか思われがちだが、

しろ逆で、すべて緻密な計算政治を行っていた。

20年来の宿老の佐久間信盛を解任する際も、暴君なら理由もなしに追い払ってしまものだが、

信長は以下の長文をわざわざ直筆で書いている。

信長による19ヶ条の折檻状(現代語訳)

一、佐久間信盛・信栄親子は天王寺城に五年間在城しながら何の功績もあげていない。世間では不審に思っており、自分にも思い当たることがあり、口惜しい思いをしている。

一、信盛らの気持ち推し量るに、石山本願寺を大敵と考え、戦もせず調略もせず、ただ城の守りを堅めておれば、相手坊主であることだし、何年かすればゆくゆくは信長の威光によって出ていくであろうと考え、戦いを挑まなかったのであろうか。武者の道というものはそういうものではない。勝敗の機を見極め一戦を遂げれば、信長にとっても佐久間親子にとっても兵卒の在陣の労苦も解かれてまことに本意なことであったのに、一方的な思慮で持久戦に固執し続けたことは分別もなく浅はかなことである

一、丹波国での明智光秀の働きはめざましく天下に面目をほどこした。羽柴秀吉の数カ国における働きも比類なし。池田恒興は少禄の身であるが、花隈城時間も掛けず攻略し天下に名誉を施した。これを以て信盛も奮起し、一廉の働きをすべきであろう。

一、柴田勝家もこれらの働きを聞いて、越前一国を領有しながら手柄がなくては評判も悪かろうと気遣いし、この春加賀へ侵攻し平定した。

一、戦いで期待通りの働きができないなら、人を使って謀略などをこらし、足りない所を信長に報告し意見を聞きに来るべきなのに、五年間それすらないのは怠慢で、けしかぬこである

一、信盛の与力保田知宗の書状には「本願寺に籠もる一揆衆を倒せば他の小城一揆衆もおおかた退散するであろう」とあり、信盛親子も連判している。今まで一度もそうした報告もないのにこうした書状を送ってくるというのは、自分のくるしい立場をかわすため、あれこれ言い訳をしているのではないか

一、信盛は家中於いて特別待遇を受けている。三河尾張近江大和河内和泉に、根来衆を加えれば紀伊にもと七ヶ国から与力をあたえられている。これに自身配下を加えれば、どう戦おうともこれほど落ち度を取ることはなかっただろう。

一、水野信元死後の刈谷を与えておいたので、家臣も増えたかと思えばそうではなく、それどころか水野の旧臣を追放してしまった。それでも跡目を新たに設けるなら前と同じ数の家臣を確保できるはずだが、1人も家臣を召し抱えていなかったのなら、追放した水野の旧臣の知行を信盛の直轄とし、収益を金銀に換えているということである言語道断である

一、山崎の地を与えたのに、信長が声をかけておいた者をすぐに追放してしまった。これも先の刈谷と件と思い合わされる事である

一、以前からの家臣に知行を加増してやったり、与力を付けたり、新規に家臣を召し抱えたりしていれば、これほど落ち度を取ることはなかったであろうに、けちくさく溜め込むことばかり考えるから今回、天下の面目を失ってしまったのだ。これは唐・高麗南蛮の国でも有名なことだ。

一、先年、朝倉をうち破ったとき(=刀根坂の戦い)、戦機の見通しが悪いとしかったところ、恐縮もせず、結局自分正当性を吹聴し、あまつさえ席を蹴って立った。これによって信長は面目を失った。その口程もなく、ここ(天王寺)に在陣し続けて、その卑怯な事は前代未聞である

一、甚九郎(信栄)の罪状を書き並べればきりがない。

一、大まかに言えば、第一に欲深く、気むずかしく、良い人を抱えようともしない。その上、物事をいい加減に処理するというのだから、つまり親子共々武者の道を心得ていないからこのような事になったのである

一、与力ばかり使っている。他者から攻撃に備える際、与力に軍役を勤めさせ、自身で家臣を召抱えず。領地無駄にし、卑怯な事をしている。

一、信盛の与力や家臣たちまで信栄に遠慮している。自身の思慮を自慢し穏やかなふりをして、綿の中に針を隠し立てたような怖い扱いをするのでこの様になった。

一、信長の代になって30年間奉公してきた間、「信盛の活躍は比類なし」と言われるような働きは一度もない。

一、信長の生涯の内、勝利を失ったのは先年三方ヶ原へ援軍を使わした時で、勝ち負けの習いはあるのは仕方ない。しかし、家康のこともあり、おくれをとったとしても兄弟・身内やしかるべき譜代衆が討死でもしていれば、信盛が運良く戦死を免れても、人々も不審には思わなかっただろうに、一人も死者をだしていない。あまつさえ、もう一人の援軍の将・平手汎秀を見殺しにして平然とした顔をしていることを以てしても、その思慮無きこと紛れもない。

一、こうなればどこかの敵をたいらげ、会稽の恥をすすいだ上で帰参するか、どこかで討死するしかない。

一、親子共々頭をまるめ、高野山にでも隠遁し連々と赦しを乞うのが当然であろう。

右のように数年の間ひとかどの武勲もなく、未練の子細はこのたびの保田の件で思い当たった。そもそも天下を支配している信長に対してたてつく者どもは信盛から始まったのだから、その償いに最後の2か条を実行してみせよ。承知しなければ二度と天下が許すことはないであろう。

また、秀吉浮気したときに、奥さんの禰禰にこのような手紙も送っている。

私の命に従い、この度、この地(安土城)にはじめて尋ねてくれて嬉しく思う。

その上、土産の数々も美しく見事で、筆ではとても表現できない程だ。

そのお返しに、私の方からも「何をやろう」かと思ったが、そなたの土産があまりに見事で、何を返せば良いのか思い付かなかったので、この度はやめて、そなたが今度来た時にでも渡そうと思う。

そなたの美貌も、いつぞやに会った時よりも、十の物が二十になるほど美しくなっている。

藤吉郎(秀吉)が、何か不足を申しているとのことだが言語同断けしかぬことだ。

どこを探しても、そなたほどの女性を二度とあの禿ねずみは見付けることができないだろう。

これより先は、身の持ち方を陽快にして、奥方らしく堂々と、やきもちなどは妬かないように。

ただし、女房の役目として、言いたいことがある時はすべて言うのではなく、ある程度に留めて言うとよい。

この手紙は、羽柴(秀吉)にも見せること。

又々 かしく藤吉郎 女ども

のぶ

2020-10-03

anond:20201002002113

いや、俺は北関東育ちで親戚が滋賀だけど、北関東に比べて全然あるよ。

彦根城比叡山延暦寺三井寺石山寺安土城跡、近江八幡長浜近江商人屋敷信楽甲賀の里、そして琵琶湖

関東育ちだと、向こうのお寺のでかさはまじでびっくりする。その辺の地域の地味な寺院でも結構かい

京都奈良ほど混んでないし、お店も高くもないので、滋賀県はぜひおすすめ

2017-04-21

天守閣石垣

安土城が始まりであるとしてよさそうな天守閣天主)、それはキリスト教天主を祀る場所であった。石垣を積んだのは、石工(フリーメイソン)たちであった。城のそばでは、キリスト教ミサにならった祭礼(茶の湯)が行われていた。日本はとっくの昔に精神をのっとられていた。

2016-01-15

華金の語源

戦国時代信長統治していた安土城下では、金曜日になると、その週に出た死者の形見を集めて、酒を酌み交わし弔う習慣がありました。

加えて夏には彼岸花を供え、死者の事を思いながら皆で集まり酒を飲んだ事から金曜日に飲む事が「華金」と呼ばれるようになったというウソです。

2013-09-01

タイムスクープハンター劇場版を見てきたよ

 サービスてんこ盛りで面白かった~

 ってこれだけじゃ芸がないので何点か気になったこと(ちょっとネタバレ有)

 総じてTS社と安土城まわりの人々の話、比重を半端にTS社側に持ってきちゃったのがちょっと違和感があったかな。シリーズ通してみてるから嬉しい点でもあるけどね。

 色々書きましたが面白かったのは間違いないですし、有名無名問わず役者さんがんばってくださってて(沢嶋さんカミカミなのはいつものことなので…)個人的に抑えてた竹山さんとめっさ表情豊かに演じてた上島さんが素敵でしたので、興味がある方はぜひ映画館へどうぞ

2009-01-29

戦国じゃんぶる にハマった。

戦国じゃんぶる

比較的、低スペック環境でもプレイできると思います。

注意点

バク

  1. 膂力 が特殊攻撃時にも有効になっているみたい
  2. 陣形変更画面で操作プレイヤーの上に兵を重ねて配置できる(1 体のみ)

膂力 の件はゲームバランスを壊してしまう程なので近いうちに修正されるかな?

(例:膂力 を持った軍師【業火】はヤバイ)

攻略法

操作プレイヤー技術 高めの武将

突進・攻略 持ちの忍者で敵陣を速攻。

安土城など、敵側が圧倒的に優位な場合は時間ギリギリまで全兵で守備を行い(絶対に自陣を攻撃させない)、最後に敵陣へ突撃する。

登用の目安

忍者の場合
  • 体力 30 以上(最低でも 20 後半)
  • 脚力 4 以上(5 で逃足 あるいは 突進・攻略 はかなりイイ)
  • 逃足
  • 突進・攻略
  • 回復

体力 が少ないと即 戦線離脱してしまいます><

武将の場合

技術 が高ければ高いほど 号令 を多発→特殊攻撃 祭り

猛者の場合
  • 膂力 (必須!! 兵攻 がスゴイ)
  • 脚力 は低くても ok
  • 突進 や 攻略 も不要
  • 【鬼神】や【無双】である必要も無し

膂力 + 能力↑ の【無双】ならベストですが【旋風】でも十分活躍出来ます。

軍師の場合
  • 【業火】(兵攻 がスゴイ)
  • 技術 高め
鉄砲の場合
  • 連発
  • 技術 高め
  • 脚力 は低くても ok

できれば【狙撃】

弓兵の場合
  • 【遠射】
  • 連発
  • 技術 高め
  • 脚力 は低くても ok

なぜか、戦闘の勝率が高い

足軽の場合

自由

駄目

好みにも依るだろうけれど、入手率が低い特別な兵(【豪傑】【鬼神】【妖術】など)は俸高が極端に高いわりには活躍しない(できない)。

今後

【炎術】や【治癒】も使ってみたい。

まだまだ、機能が追加されるみたいなので楽しみ

やり尽くした感もあるけれど…

 
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