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2020-08-07

会社を無断欠席していつまでバレないかやってみる

新卒でこの会社入社して、正社員として働き早三年が経った。

しょぼいと思われるかもしれないが、

自分の中で、新卒入社した会社を辞めずに三年続けるというのは、一つの大きな目標だった。

なぜなら、私はいつも、ある一つのことを続けていて、それが上手くいっていると急に台無しにしたてしまいたくなる癖がある。

中学生ときバスケ部に入っていた。毎日早朝と夕方から練習に欠かさず参加していたし、チームメイトの輪を乱すこともしなかった。二年生になれば、ときどき試合に出してもらえるようになるかもしれない、という未来も見え始めていた。

私は一年生の最終学期、突然練習に行かなくなった。退部届を出したかどうかも覚えていないけれど、二年生からは全く部活に行かなかったことだけは確かだ。

そのときのことは、正直昔すぎてあまりよく覚えていない。

単純に、どれだけ地道に頑張っても花形選手にはなれないと気づいていたから、努力するのが面倒になったのかもしれない。

ただ、そんなことは入ったばかりの頃にとっくに気づいていたはずなのに、なぜ一年続けた後で?という疑問は残る。

今でも古い付き合いの友達に「どうしてあんなことしたの?(とてもうまくいってるように見えたのに)」と言われてしま出来事の一つで、一番古いものであるのは間違いない。

それ以前もちらほらと、小学校読書クラブや、公民館児童クラブ友達に借りたゲームカセットで、似たようなことはあった気がするが、全て挙げていればキリがない。

それより象徴的なエピソードは、大学受験ときのものだろう。

私は県外の国公立大が志望で、地元私立大学も併願していた。

二年生から受験のことは意識して勉強していたので、滑り止めの私立にはあっさりと合格して、本命の国公立大学の前期試験に挑んだ。

父親はお前の好きにすればいいと言ってくれたけれど、母親過保護なところがあったので、地元に残って実家から通って欲しいという願望(つまりは、第一志望には受からないで欲しい)が見え隠れしていた。

そんな母に実は気の引けるところがあって、あんなことをしたのだろうかと、ときどき振り返って考えることがある。

だけどそれはおかしい、と同時に思う。

結局私は後期試験で県外の第二志望の国公立大学合格し、結局実家を離れることになったのだから

前期試験あの日、あの一瞬だけ、気持ちが揺らいだのだろうか?

自信はあった。

試験範囲勉強計画通りきちんと終えていたし、模試でもA判定かB判定が安定して取れていた。

今でも思う、あの日あんなことをしなければ、多分50%くらいの確率で、試験には受かっていた。

第一志望と、後期で入った第二志望の大学は、だらちも国公立大学だったけれど、知名度と規模の点で大きく違いがあった。

もし、合格して、入学していたら、大げさでなく人生が変わっていたかもしれない。

就職先も今の会社ではなかったかもしれない。

そうしたら、今日こんな風にズル休みしてこの文章を書いていることもなかったかもしれない。

前期試験の日、私は試験会場の前までたどり着いた。

しかし、私がその正門の内側に入ることはなかった。

受験生に向けて、いろいろなパンフレットや、サークルのチラシを配っている学生大人たちが待ち構えている花道を、私は通らなかった。

大学の正門前最後横断歩道を渡る前で私は立ち尽くし、しばらくそこで考えた後、踵を返して駅に戻った。

駅のトイレでしばらく座ってぼんやりしている内に、試験の着席時間が過ぎていった。

それでも、トイレから出て走って会場に向かえば間に合ったと思うが、私はそうしなかった。

駅のコンビニで、実際遅刻して走って会場に向かう他の受験生を見守って、完全に試験の開始時刻に間に合わなくなった頃に、電車に乗って、ホテルまで引き返した。

県外の大学だったので、受験会場のホテルに前日からまり込むことにしたのだが、家族はついてきていなかった。

好きなアーティストライブを見るために、一人で遠征することには慣れていたのもあって、親の同伴を断ったのだ。

少しだけ後悔している。

きっと母親ホテルに一緒に泊まっていた、会場まで見届けられていたら、流石にあんなことは出来なかっただろうから

私はやってしまった。

ホテルの部屋に帰ってきてから事の重大性に気付いて慌てて、色々な言い訳を考えたが、学校に行くのをサボったわけではないので、試験会場に行かなかったことが、学校にも親にもバレることはなかった。

感想を聞かれたら、「あんまりできなかった。落ちたかも」とだけ繰り返した。

同じ高校で同じ学部を受けた子はいなかったので、試験内容について詳しく聞かれてバレることもなかった。

受験発表の日、ネットで番号がないのを先生確認して、「ああ、落ちちゃったんだね」で終わりだった。

月日が経って、時効かなと思えるようになって、友達にこの話をしたことはあるが、半信半疑だった。

結局、受験していても受かっていたかどうかはわからない。

長い間志望校合格に向けてがんばっていたから、はっきりと不合格の通知を受け取るのが怖くて逃げたのかもしれない。

それくらいしかあんなことをした理由は考えられない。

思い当たることがあるとすればあと一つだけ。

学生の頃、留学資金を貯めるために、半年休学して工場で働いていたことがある。

いわゆる交代制シフトで深夜も稼働している工場で、かなりキツかったが、無遅刻無欠席で頑張っていた。

短期で来る人は流れ者のようなだらしない人も多かったから、班長からも信頼されて、普通社員しか触らない機械の整備もさせてもらったりしていた。

大学辞めてこのまま就職しないか、なんて誘われたりもしていた。

さらさらその気はなく、期間満了までしっかり働いて、爽やかに終われたら、と考えていた。

その最後の週だった。

作業中、絶対に押してはいけないと言われていたボタンがあった。

いわゆる機械の非常停止ボタンだ。

大型の機械には事故防止のための緊急停止ボタンがそこら中に設置されているのだが、中でも、本当に緊急のとき(例えば腕が切断されそうになった、とか)以外は絶対押すなと言われていた、装置全体の非常停止スイッチがあった。

他の停止ボタンと違って、プラスチックカバーで覆われていて、簡単には押せないようになっている。

この手の緊急停止スイッチは、いわゆる強制シャットダウンをするので、再び機械を稼働させる前にメンテナンス必要になり、その間はラインを停止させることになる。

一部だけが停止されるスイッチならば、20〜30分程度で復旧できるが、全体を止めてしまう非常停止スイッチを押してしまうと、一日作業が再開できないこともある。

そうすると、当然のことながら生産に遅延が発生して、多大な損害が生まれる。

これをして頭を抱えるのはお世話になった班長だ。

班長は私には親切にしてくれていたが、短気で気分屋なところがあって、前に契約社員が一部の動きを止める緊急停止スイッチを間違って押してしまったときは、手もつけられないくらい荒れていた。

からストレスが相当あるのだろう。パワハラ と取れるような発言も飛び出して、結局その契約社員は期間満了を待たず仕事を辞めた。

それより更に悪い、全体の非常停止ボタンなど、押していいはずがないのだ。

私はそれを班長そばで、班長の話を聞いて、誰よりも理解していた。

そして、一部停止のボタンを押すこともなく、これまで真面目に勤務してきた。

もうここまで来ればわかるだろうが、私は最後の週にそのボタンを押した。

プラスチックカバーを外し、そのボタンを押すところを、誰にも見られないようにやったつもりだったが、他の作業員に見られていた。

班長は結局、(私がしどろもどろの言い訳をした後で)pわざとやったわけじゃないんだろうと許してくれたが、後でその目撃者に、何であんなことしたんだと尋ねられて、私は答えられなかった。

その日の作業ができなくなって、社員以外は帰されることになり、ロッカールームで着替えている時に、聞かれたのだが、当然答えることができず、無言を貫いた。

その内相手は苛立ち始め、覗き込むように私を見た。

私は残りの着替えもおざなりに、荷物を全て持ってロッカーを出た。

流石に外までは追いかけてこなかった。

そのまま逃げるように家に帰り、次の日から工場には行かなかった。

掛かってきた電話も全て無視して逃げた。

いわゆる「飛び」だった。

最低最悪なことをしてしまった。

その事件の後、私は罪悪感と共に、大きな不安に襲われていた。

それは、「私は本当はすごく悪い人間なのではないか」という不安だった。

理由もなくこんなことをしてしまうなんて、そんなことがあっていいはずがない。

ただの怠惰や、逃避癖を超えた、もっと悪い何かが私の中に根付いていて、一生そのせいで私は周囲に迷惑をかけ続けるのだと思った。

怖かった。

とにかく怖くて怖くて堪らなくて、就職活動中、たくさん適性検査という性格診断のようなものを受けさせられるものから、この検査とやらで、私のその何か悪いものが見破られて、私はどこの企業にも就職することはできないのではないかと思うとさらに怖かった。

実際は、適性検査タイミング不合格となることはほとんどなく、まわりと比べて大した遅くもない時期に無事内定をもらえたのだが、そのとき自分にはそれが奇跡に思えた。

そうして入社したのが今の会社だ。

入社してからは嫌な上司に当たったり、苦労することも多かったが、今は待遇面で満足もしている。

こんな状況下でも収入は安定しているし、今の上司に感じている恩義も深い。

何よりこの会社に入るとき、心に決めていたことがあった。

自分は何か物事がうまくいきかけると、自ら全て台無しにしてしまう癖がある。

きっとこの会社もせっかく入ったのにそんな理由で、最悪の辞め方をしてしまいそうで怖い。

何があっても、三年は絶対に続けよう。そう決めていた。

そして今年の四月で、見事それを達成した。

ああ治ったんだ、と私は思った。

私はもう、大丈夫なんだ。普通の人と同じように、最後まで頑張ることができる。人を裏切ったりもしない。逃げたりしない。もう大丈夫だ。

その自信が私を強くして、責任を持って仕事をできるようになってから毎日が楽しかった。

そうだ、毎日が楽しかった。

今日も、連休前に済ませたい仕事がいくつかあって、それを終えれば長いお盆休みに入れたのだ。

それなのに、私はまたやってしまった。

はいつもより少し早く起きて、サボりがちな朝食も食べる時間があった。

会社に行く用意は前日からしてあって、あとは外に出るだけだった。

私は時間になっても、家の机に座ったままだった。

一人暮らしなので、誰かがそれを指摘することもない。

会社の始業時刻は朝9時だけれど、営業直行直帰が多いのと、フレックスで事前の申請があれば11時までに行けばいいというルールもあるので、9時の段階ではまず誰からも連絡はなかった。

申請は出していないけど出し忘れたと言い訳すればいい。11時までに行こう、と私は思った。

11時を過ぎて、まずい、と思った。

遅刻するだとか、体調不良で休むだとか、連絡をするならこれが最後のチャンスだ。

私は静かに時計の針が回るのを見ていた。

父親就職祝いに買ってくれた時計だ。

それを嵌めて、今日もいつものように出社するつもりだったのだ。

ほんの数時間前までは。

私はじわじわと、これもまた「同じ」なのだ気づき始めていた。

怠惰なのか、逃避なのか、わからないが、自らうまくいっているもの台無しにしてしまう癖。

治っていなかったのだ。

三年が終わったので、気が緩んでいたのだ。

ああこの会社は本当に、私を雇ったのは間違いだった。

この病気は一生治らない。

発達障害だとか、そういう診断をしてくれるクリニックに行ったこともあるが、自分を責めすぎないでと言われて抑うつ剤を出されて終わりだった。

たとえ発達障害が原因だとしても、治療法はないのだから一生この自分の悪癖と付き合っていくしかないのだ。

ああ自分を責めるなと言われても、こんな風に周囲の人の信頼を裏切ることを繰り返してしまうのはやっぱり私が悪い人間である証明ではないか

ああ怖い。

恐ろしい。

いっそ死にたい

会社からはまだ連絡が来ない。

上司は午前中は外出の予定があったから、メールさえ家から送れば、すれ違いだと思われておしまいかもしれない。

明日からお盆休みから休み明けに何食わぬ顔で出社すれば案外バレないものなのかもしれない。

しかし、私がまた「やってしまった」ということに変わりはない。

私が「そういう人間」だということに変わりはない。

私は

私は……

2020-08-06

助けてくれ~w

お母さんがいなくなった事実じわじわ精神バランスおかしくしている。

今日も元気にじゃがいもを5個揚げてフライドポテトにして一気に食べて少し時間をおいてわざと吐いた。

お母さんの葬式の前日の夜にケンタッキーを6ピース買って全部食べて一気に吐いたことを思い出した。

お母さんが死んですぐはいつも通りの日常を過ごそうと思って、洗濯料理掃除も力を入れて頑張った。

でもここ最近風呂にも入らず自動販売機コンビニしか行ってない。

毎日料理してスーパー野菜を買って、作り置きをしたり魚を食べたりご飯の量をはかったり健康的だったのに最近食べるのは揚げ物とか出来合いばっかり。

昨日も今日と似たような食事内容で、キットカット一袋と出来合いのカツ丼チーズに衣をつけて揚げたジャンキーチーズフライじゃがいも4個分のフライドポテトと大量のマヨネーズケチャップ三ツ矢サイダー・・・

あとほかにも色々食べたけど忘れちゃった。

夜中の12時過ぎにどうしても我慢できなくて自動販売機お菓子を買いに行った。それもキットカット。どんだけキットカット好きなんだよって感じだけど今年に入って初めて食べた。昨日。

全部吐けてる気が全くしないけど、一気にたくさん吐けると気持ちよくてそれが癖になっちゃってやめられなくなってきた。

どうしたらいいのかわからない。

極端なやせ型ではないどころかむしろ太ってるから拒食症でも過食ってほど量も食べてないか病院に行ってもしかたない

というか今かかってる心療内科医者は全く信用できないから言う気はないでも言ったほうがいいのかな。

お母さんに会いたくても会えないし、誰もトイレで吐いてるの心配してくれないし私個人のことを本気で考えてくれる人はこの世に一人もいない。

お母さんは私のことを本気で心配してたように見えたけど最後には自分のことで精いっぱいだったように見えたから本当に一人もいなくなっちゃった。

自分が生まれてこなければお母さんの人生はもうちょっと穏やかだったと思うし、悲しい思いもさせずに済んだし、地震がくるたびに極度におびえて、新しい仕事に行くたびに泣きわめくのを面倒見たりしなくて済んだ。

でも私のことをかわいいって常日頃言ってくれてたしありがとうって感謝の思いでいっぱいだけど、なんで私のことおいてったのという疑問ばっかりでありがとうって言いたい気分にならない。

いつもいろんなところに出かけて、近所だけど。なんでそれなのにお母さんと私は珍しく何週間もあってないなんて不思議で仕方ないし、お母さんは骨になっちゃった。

からまた食べて吐くけど、お母さんのせいじゃないと思う。

トイレににおいがついたかもしれなくて、対処方法がわからない。

体調大丈夫って急に聞かれたからにおいで吐いてるのばれたかもしれない。

でもそれ以上何も聞いてきてくれないから、聞いてくれるように今日も吐いてみる。

吐いたりしちゃだめだよって言ってきてくれないと気が済まない。隠れてこそこそ吐くの疲れた

キットカットとかのごみを片付けたいのにごみ袋がもうなくなっちゃって買いに行かないといけないのにどこに売ってるか知らなくて困ってる。

今日は何食べようかな~って思うんだけどむなしい

コンサートもなにもなくなって明日いいことはおこんないんだろうなーって思いながら寝るのがつらい。

睡眠リズムは今のところ元気だから多分元気なんだろうけどなかなか元気になりきれない。

抗不安薬頓服もらいに行けってキレられてもらったけど結局飲んでない。

昨日もおとといも薬飲み忘れた。今日もまだ飲んでない。

お母さんに会いたいって思うと涙が出てくる

一生お母さんに会えないで生きていかないといけないなんて信じられない。

お母さんに何にも教わらないでいて何してたんだろう

お母さんは私たちの世話だけする人生幸せだったんだろうか

お母さんにいろいろ聞きたいことあるのにどこで聞けばいいんだろう

あの世に行って、あの世でお母さんは私に会ってくれるかわからないし、あの世にいくには私は若すぎるからあの世でまたお母さんに悲しい顔させるの確定しちゃうからまだいけない気がする。

お母さんがどこからかフラっと帰ってきてくれるような気ばっかりしちゃって毎日毎日だらだらしてたら呆れてくれてしっかりしてたら褒めてくれるような気がする。

お母さんに会いたくてももう会えないのがつらい。

お母さんに会いたい。

お母さんの代わりになってくれる人はいないしお母さん以上に大好きな人なんてこの世にいない。お母さんの声が聴きたい。

もう会えないのが受け入れられない。

この前派遣仕事の最終日でもらったお菓子の中に火葬場で食べたお菓子が入ってて嫌だったんだよ。

筋トレも何日もさぼってるんだよ。

おばあちゃん毎日畳に寝っ転がってぼーっとしてるよ

なにも通常通りじゃないよ助けてお母さん

お母さんが戻ってくれば全部解決することばっかりだから戻ってくるなら今しかないよ。

四十九日っていうのがまだだから、みんな今戻ってきてくれたら喜ぶよ。お願いだから戻ってきて

また一緒に買い物にいってうどん食べて、コメダに行って家電屋さんに行っていつも頑張ってるからって言ってなんか買ってほしいんだけどいつ帰ってきてくれるの?

お母さんまた会いたい一緒にかき氷すいか食べよう、回転寿司行っていろいろ食べよう

ブロッコリーのゆで方の写真に顔も入れておけばよかったなー

お母さんに聞かないと何にもしたくない

お母さんに電話したいお母さんにプレゼントがしたいお母さんに会いたい

これから先お母さんがいないなんて考えたくないお母さんがいないのがさみしい

ひとりぼっちじゃないのにひとりぼっちな気がする

からトイレ行く

2020-08-04

anond:20200804224820

しかも弾倉に込められている弾数がじわじわと増えていく。

anond:20200804170348

陰キャ否定しないw

でも、代わりにやってみ?

自分事になると全然じわじわしないw

2020-08-03

俺の姉は強かった。

俺は5人家族、3兄弟末っ子で上には兄と姉が居る。兄は絵に描いたような優秀な人で、頭のいい大学を出て新卒入社した会社でも上手くやっているので、周囲からはよく「自慢のお兄ちゃんでしょう。」と言われる事があるし、肯定している。下の2人の手本になる様な人であれという両親の言葉を苦にもせず実行する姿を俺は尊敬している。

対する姉は、そんな兄の妹とは思えない様な人で、昔から小学校中学校では「あの人の妹なのに」と言われていた様だし、俺も先生から「君はお兄ちゃんに似ていて良かった。」と言われる事が多かった。「あの人の弟とは思えないくらい真面目だね。」と言われる事すらあった。ここでは、そんな姉の話をさせて欲しい。

我が家学歴コンプレックスを持つ母とそんな母に言いなりな父に育てられ、母は俺達が幼い頃からいい大学に出て、良い会社就職するんだよ。」と教え込んでいた。兄は幼い頃からの子達よりも優秀で、褒められてばかりの少年だったので母は自慢に思っていた様で、その頃兄と同等程度の学力を発揮していた姉を小学校1年生の頃から塾に通わせ、学校の授業の範囲を先取りする形でどんどん吸収させ、兄より優秀な娘を作ろうとしていた。また、ロングヘアも可愛らしい服も似合わないと笑われた過去トラウマとしていて、それの当て付けの様に姉の髪を伸ばし、可愛らしい服を着せていた。姉はそれを従順に受け入れていたし、身内の贔屓目もあるが姉はかなりの美人であった為、幼少の頃の姉は俺にとって「可愛いお姉ちゃん」だった。

転機が訪れたのは、姉が小学校4年生、俺が小学校1年生の時だった。よく一緒にケーブルテレビ放送されていたスラムダンク兄弟3人で観ていた俺達は、3人で地元バスケチームに入りたいと両親に相談をした。

父は「スポーツを習うのは良い事だ」と賛成していたし、母もスポーツに興味を持った俺達を喜んでいたが、入部を認めて貰えたのは俺と兄の2人だけ。姉は「お姉ちゃん大事な塾があるからそんな暇無いでしょう。」と却下されてしまった。その時姉は「それもそっか、塾と被るもんね。」と笑っていたが、その後子供部屋に戻った時、ボロボロと目から涙を零して「行きたくて塾行ってる訳じゃないのに。」と泣いていた。俺はそこで初めて、姉の本心を知った。兄はそんな姉を見て「母さんを説得しようか。」と声を掛けていたが、泣きながらも姉は「いい、無駄やと思う。」と首を振っていた。

それから姉は、塾をサボる様になった。塾の時間に外に出て居るものの、友達の家で遊んでいる事を俺は知っていた。姉の友人の弟もまた、俺の友人であったからだ。でも俺はそれを両親に報告もしなかったし、姉に知っている事も言わなかった。しかし、なんだか俺は悪い事を姉と一緒に隠しているつもりになってしまって、落ち着かなかった。

からはいつも、姉が居ない事について電話が来ていたらしい。父がよく連絡を受けていたらしいが、父にも思う事はあったのか母には姉が塾をサボっている事を伝えていなかった様だった。悪い事は、父も一緒に隠していたのだと思うとなんだか安心したが、偶々その日家に居て塾からの連絡を受けてしまったのは母で、母は全てを知ってしまった。そして、帰宅した姉の髪を掴んで家の柱に顔を打ち付け、殴り、11月の寒空の下、ベランダに締め出した。姉は泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返していて、兄も俺も助けてやりたかったけど、母はそれを許さなかった。あの日、父が母を説得して家の中に入れてやるまでの3時間程度の間、俺と兄は母がトイレに行った隙にこっそり姉にカイロを渡す程度しかしてあげられなかった。

やがて、両親が離婚した。原因はまだ幼かった俺に説明は無かったが、兄と姉は知っている様だった。でも姉は「知らない方がきっとお前の為だから」と言っていたし、兄は「両親がお前には教えないと判断したなら、俺もお前には言えない。」と言っていたので、理由は知らないままであるが、兎に角離婚した。そして、俺達兄弟は父に引き取られた。母は少し離れた場所引越し、1ヶ月に1度程度会関係になった。

母の引越しが行われた日。母が出て行ったのを見送った姉は、そのまま一人部屋を得ていた兄の部屋へと向かった。俺も暇だったので何をしているのかと着いて行くと、姉は兄に「ねえ、お兄ちゃんの着れなくなった服ちょうだい。」と言い出した。「男の服だからお前が着ると変だよ。」と言う兄はそれでも、持っていてもどうせ着れないからと姉に小さくなった服をあげていた。いつか、俺が大きくなったらお下がりで貰おうと思っていた服もその中には混じっていて、姉はそれを嬉しそうに受け取るとリビングで着替えた。女の子らしい、可愛らしい服ばかりを着ていた姉が、男の子の格好をしているのにそれはそれは強烈な違和感があったし、見ていた父も何事かと首を傾げた。

次に姉は、そんな父の所へ行って「髪の毛切りに行きたい」と言い出した。父は了承すると姉に美容室代を渡して、姉は通い慣れた地元美容室へと一人で出掛けて行った。リビングでそれを見ていた俺についでと言わんばかりに父はお小遣いをくれて、「これで駄菓子屋美容室の隣にあった。)行ってお菓子買って、姉ちゃんとわけっ子して2人で帰っておいで。姉ちゃんの事待っとくんぞ。」と言った。俺は了承してウキウキ駄菓子屋自転車を走らせ、駄菓子を沢山買って店の前で姉が美容室から出て来るのを待っていた。

店の前に出て20分くらいだろうか。美容室のドアが開く音がして顔を向けると、そこには男の子の服を着て、髪をすっかり短く切った、ジャニーズ風の雰囲気髪型になった姉が立っていた。「え、そんな切ったん?」「うん、長いの嫌やったっちゃん。てか何でおるん?」と会話をしている相手は姉なのに、見たことも無い姿にやっぱりなんだか違和感があった。離婚を機に、姉は塾も辞めたらしい。「ホントはずっと塾も長い髪も嫌やったっちゃんね。男子の服の方が動きやすそうやし、かっけーしさ。」と笑った姉は、何だかいつもより楽しそうだった。

中学生になった姉は、優秀な兄と比べられるストレス、兄が優秀な分同等の価値を求められるストレスから段々とおかしくなっていった。ちょっと悪い人達と一緒に居るようになって、学校サボる様になった。髪を染めてピアスを開けて、知らない人みたいになっていった。偶に会う母と姉の関係は冷え切っていた。理想とは真逆を進み始めた姉を母は受け入れられなかった様で、居ないものとして扱うようになってしまったし、姉は「元々ね、うちと母さんは理解し合えんのよ。やけん仕方ないね。」と笑い飛ばした。結局姉はそのまま中卒で社会に出た。

俺が高校生になった頃。よく姉が仕事休みの日に家に連れて来る女の子が居た。その子と姉は休みの度に会っているようで、なんだかやけに親しげだった。

姉は俺のテスト期間や週末に休みが被ると、よくご飯に連れて行ってくれて、多少値が張る店でも俺が好きそうな飯がある店によく連れて行ってくれていた。その日は個室タイプ居酒屋ランチ営業に2人で行っていて、聞けるのはこういう時しかない、と思って俺は口を開いた。

「ねえ、姉ちゃんってレズなん?」

姉は驚いた様に目を開いて、暫く迷う素振りを見せた後静かに首を振った「違うよ、でも、最近連れて来るあの子と付き合ってんの。」そう零した姉に、俺は首を傾げた。女と付き合ってるならレズなんじゃないの?そう言おうとした俺に姉は「今からね、お前がびっくりする話すんね。でもお前にしか言わないから皆には秘密ね。」と続けた。

話によると、姉は性自認が人と少し違う人だった。でも、性同一性障害という訳でもないし、自分が女であるというのは理解している。でも、自分が女だという事に強烈な違和感があり、だからといって男なのかと聞かれればそれも違和感がある、所謂性自認がどちらでもない人」だった。後で調べた話、こういう人をどうやら「Xジェンダー」と呼ぶそうだ。

そして、姉はレズビアンではなくて、性自認がどちらでもない関係上、女も男も異性であり同性。そして、自分とは違う人達という認識で、そこに差を持たない生粋バイ・セクシャルだった。でも、男と付き合うと女である事を強く求められるけれど女と付き合うと自分のままでも受け入れてもらえるからと、女性と付き合う事が多いのだと話していた。

その頃の姉は奇抜な髪色に、耳と顔に沢山のピアス。そしてやっぱり、男性物の服を着た性別も年齢もよく分からない様な見た目をしていて、「そういう格好もわざとなん?」って聞いた。そしたら姉は「女を押し付けられたちっちゃい頃の反動。分かんない、反抗期なんかな。」と煙草を片手に笑っていた。俺は姉を「姉ちゃん」と呼ぶのを辞めた。友達みたいに、名前で呼ぶようになった。姉はそれに気付いたみたいで泣きそうに潤んだ瞳で一言「弟のくせに生意気」と言った。

そんな話から3年後。姉に珍しく彼氏が出来た。親や兄の前では特に触れてなかったが、彼氏の紹介を終えた姉は俺の部屋に来て「あんね、彼氏ね。うちの性自認理解してくれる人なん。」「女の子やなくてね、うちのままで居ていいって言ってくれたん。」と嬉しそうに笑っていたし、性自認を打ち明けられない息苦しさと、女性と付き合うことによる周囲から偏見の目に晒されていた姉の言葉に俺は夜じわじわと一人で寝る前に泣いた。幸せになって欲しかった。姉は派手な見た目と素行から誤解をされがちだったが、いっぱい我慢して来た人だった。そして、誰より優しい人だった。自分を殺してでも、周りが求める理想従順である努力を、ほんの幼い頃から出来る人だった。ふたつしか貰わなかった大好きなクッキーを、「兄ちゃんと弟にあげるから」と食べずに持って帰って来る様な姉だった。人の為に、が出来る人だった。反発の仕方が分からなくて、反骨の仕方が上手くいかなくて、すっかり周りからは「グレたヤンキーのどうしようもない娘」だと思われていたけど、俺にとっては大好きで大事で、自慢の姉だった。

社会に出るまでの道筋は兄が示してくれた。でも、人に優しくする方法は、いつだって姉が示してくれた。

半年後、姉は彼氏同棲を始めて家を出た。寂しくて、荷造りする姉の手伝いをしながら、昔話を2人でして、引越しの前はアルバムなんか俺が引っ張り出してきて、あんな事あったこんな事あったと話して2人で泣いた。随分派手な見た目になった姉は、それでもやっぱり昔のままで「うちの事受け入れてれてありがとう」と嗚咽混じりに告げた。髪が長くて可愛らしい服を着た「可愛いお姉ちゃん」は、見た目が変わってしまってもやっぱり美人で、俺にとっては「かっこいい兄弟」にランクアップしただけだった。姉は泣き腫らした顔で翌日旅立った。俺はその日、寝る前にまた一人で泣いた。

姉には幸せになって欲しかった。やっと姉が、姉のままで居られる環境に旅立てた事が自分のことの様に嬉しくて、次会った時にもっと男みたいになってて、俺よりよっぽどイケメンになってたらどうしよう。なんて再会を楽しみに思っていた。

思っていたのに。

2年後姉はボロボロ状態で帰って来た。

髪を伸ばして、派手な色もやめて、ピアスだって全て外して、綺麗めな女性の服を着て、パンプスなんか履いていた。一人称は「私」になっていた。父には「やっぱ私さ、実家が好きだわ〜!嫁に行けんでごめん!」とか言って笑い飛ばしていた姉は、荷解きをする為に戻った自室で1人で泣いていた。

「びっくりした、めちゃくちゃ女になってて。」

だって、そうしろって言われた。隣に並ぶの恥ずかしいってさ。」

嗚咽混じりに聞いた話はあまりに酷い話だった。

彼氏が姉の性自認を受け入れてくれたのなんて嘘だった。姉と付き合いたいが為に理解者のふりをしていただけで、同棲開始直後からである事を求められ、髪は伸ばし黒く染め、持っていたメンズユニセックスの服は捨てられた。一人称も、喋り方も矯正させられ、前の喋り方が出ると「気色悪い」と詰られた。

「お前みたいな厨二病メンヘラと付き合ってやってんだから」と姉に言い聞かせ、2年間ずっと都合のいい存在として消費されていたらしい姉の話は、俺の心にずっしりのしかかって来るなにかがあった。姉には幸せになって欲しかった。姉にはありのままの姿で生きていて欲しかった。泣いて帰って来てなんて欲しくなかった。

俺は財布から金を抜いて姉に渡した。「俺、お前のショートヘア大好きだったよ。かっけーもん。」

俺のお下がりの服は、体格差から姉にはかなり大きかったけど、それでも小さいサイズのものを選んで貸した。あの日から10年以上経って、姉は今度は兄ではなく俺の服を着て美容室へ向かい、長い髪の毛をすっかり短くして来た。ツーブロックまでした姉を俺はあの日と同じ様に駄菓子屋で待ちたかったけど、駄菓子屋改装して雑貨屋になっていたから、雑貨屋で姉の部屋に飾るアクセサリースタンドを買って、袋を提げて店の前で待っていた俺に姉は「お前もおっきくなったね」と笑った。やっぱり中性的な姉は美人だった。

俺は5人家族、3兄弟末っ子で上には兄と姉が居る。兄は絵に描いたような優秀な人で、頭のいい大学を出て新卒入社した会社でも上手くやっているので、周囲からはよく「自慢のお兄ちゃんでしょう。」と言われる事があるし、肯定している。下の2人の手本になる様な人であれという両親の言葉を苦にもせず実行する姿を俺は尊敬している。

対する姉は、そんな兄の妹とは思えない様な人で、昔から小学校中学校では「あの人の妹なのに」と言われていた様だし、俺も先生から「君はお兄ちゃんに似ていて良かった。」と言われる事が多かった。「あの人の弟とは思えないくらい真面目だね。」と言われる事すらあった。しかし、俺は幾らだって言いたい。俺を優しいと言うけれど、その優しさは姉から貰ったものだった。優しくて、生きづらくて、それでも決して誰かを悪く言わない強い姉だって、昔から兄と同じくらい自慢の姉だった。

2020-08-01

痴漢に遭った日から20年経っても好きな人ができない

小6の時に痴漢に遭った。

夏休みの早朝、飼育当番のために学校に向かう途中だった。

静かな住宅街で人通りはない。

蝉の声に混じって、背後からバイクのドッドッドッという音が聞こえてくる。

私の歩く速度と同じぐらいの速度のバイク

近くでバイクを停めようとしているのかな?と思っていたが、視界の左端にバイクが入りこんできた。

さすがに違和感を覚えて隣を見たら、バイクに乗った20代と思しき男性が私の左胸をもみゅっと揉んだ。

驚きのあまり声も出ず、バイクが前方のY字路の右の方に走り去っていくのを呆然と眺める。

とにかく学校に行かなくては、と歩き始めてしばらくすると、今度はY字路の左の方から痴漢こちらへ向かってくるのが見えた。

走って逃げても追いつかれるしどうしようどうすればと考えているうちに、痴漢は私の真正面にバイクを停め、私の胸にまたしても手を伸ばしてきた。

私はその手を払う。痴漢はまた手を伸ばしてくる。また払う、払う、払う、払う、払う…それを何度繰り返したかからない。

鋼の錬金術師で、真理の扉から這い出てくる無数の手に”持っていかれる”シーンがあるけれど、この時の痴漢の手はまさにそんな感じだった。

どうしてそんなに胸が揉みたいのか、訳が分からなかった。

執着心が怖かった。

ハァハァという痴漢の荒い呼吸が気持ち悪い。

手が汗ばんでいる。

日差しがきつい。

木陰の葉っぱの模様が手の甲に浮かぶ

蝉の声がうるさい。

痴漢の真っ黒な瞳に白いTシャツが映る。

一瞬にも永遠にも思える時間

震えながらも「やめろ!」と大きな声で叫んだら、痴漢はY字路の下の方へと逃げ去っていった。

痴漢のことを親や学校先生には言えなかった。

中1の時は好きな子いじめに遭った。

机の上に置いてあった筆箱をわざと落とされたり、貸した消しゴムを全部使っちゃったと言って返してくれなかったり、通りすがりに肩をぶつけてきたり。

半年が過ぎたあたりで席替えがあり、彼の隣の席になってしまった。

の子と席をトレードしているところを見かけたから、偶然ではない。

授業中もしつこく絡まれて最悪だったが、近くの席の女子が彼の発言に本気で怒ってくれて、その後彼は担任先生にも叱られていた。

それからは関わることがほぼなくなったが、また別の男子による好きな子いじめに遭った。

ひとつひとつ些細なことだったが、さすがに半年以上続くと心がじわじわやられていく。

これが好きという感情によるものなら、一生誰にも好きになってほしくないと心の底から思った。

学年が変わる頃には、男性性的感情はおろか恋愛感情を抱かれることすら嫌になってしまっていた。

それから男性への嫌悪感は募るばかりだった。

学校の近くによく出没した、携帯電話を耳に当てながら自分性器をいじっていたお兄さん。

電車で隣に座って寝たふりをしながら、膝上の鞄の下から手を伸ばして私の太腿を触ったおじさん。

自転車に乗って、下半身露出させながら話しかけてきたお兄さん。

久々に会った時に急に胸を触ってきて、「小さいな」と言った親戚のおじさん。

男性けが死ぬウイルスや毒が発明されないかなとか、男性全員の性器を刈り取って回りたいとか、とにかくこの世の男性全員死ねと思っていた。

父親には悪いけど犠牲になってもらおう、なんて考えて。

男性に好かれないための弛まぬ努力を続け、私の中学高校生活は終わった。

大学に入ってからは、なんと10年ぶりに男友達ができた。

当時の私は人間がこの世をどう解釈してきたのかに興味があり、哲学宗教、その他ジャンルわずいろんな本を読みあさっていた。

友達ができた要因はいくつかあるが、仏教思想に触れて精神的に落ち着いたことが大きい。

因果応報という言葉は私にとって解毒剤だった。

私に痴漢してきた男が、実際にその報いを受けるかどうかは重要ではない。

そう信じることで、自分以外の何かに託すことで、憎しみを手元に置いておかなくても済むのだ。

(※個人解釈であり、解釈違いです)

自分で裁かなくてもいいと気付いてからは、男性攻撃する気持ちが薄れていった。

そして男友達のおかげで、私は男性に対する偏見固定観念を少しずつ捨てることができた。

男性男性である以前に人間なんだと、そう思うことができた。

彼と将来の夢を語り合ったことを今でも覚えている。

それでも、駄目だった。

季節が一巡して、彼が私に恋愛感情を抱いていると知ってからの、拒絶反応はすさまじかった。

ぬいぐるみペニス案件どころではない。

彼と姿かたちが似ている人を見かけるだけで、怖くて気持ち悪くて息が止まる。

これは男嫌いじゃなくて男性恐怖症なんだ、とその時になってやっと気付いた。

彼と直接話をすることはとてもできなかったので、手紙をしたためた。

痴漢に遭ったこと、男性恋愛対象として見られることが怖いこと、これは私の問題で彼は何も悪くないこと、彼の幸せを願っていること、これから私は1人で生きていくだろうこと。

そうしたら手紙でお返事が来た。

私を責める言葉ひとつもなく、最初から最後まで優しさにあふれていた。

私の過去現在を受け止めて、真っ暗な未来蝋燭を灯してくれるような。

『これから先、笑って、泣いて、怒って、楽しんで、可能性は誰にでも平等だと思う。現実はこんなだけど、先は分からないよ。』

本当に誰よりも、私自身よりも信頼できる人だった。

からこそ、それでも駄目だった、という事実が重くのしかかった。

大学卒業してからは、夢だった職に就いて仕事に没頭している。

今では性別に囚われずに、人と関われるようになったと思う。

初対面の男性に対しては目が泳ぐこともあるけれど。

恋愛感情を抱かれても告白されても、もう男性に対して気持ち悪いとは感じない。

同じ気持ちになれなくてただ申し訳ないと思う、自分の変化に驚いた。

つの間にかあの夏の日から20年も経っていた。

今でも、背後からバイクのドッドッドッという音が聞こえてくると、呼吸が乱れる

自動販売機ポスト、誰かの家の前を通りがかる時などに、極稀にそういう場面に遭遇する。

その度に鞄を胸に抱えてやり過ごしては、私はまだ大丈夫ではないと思い知るのだ。

痴漢に遭うよりも前、好きな男の子ポケモン交換をして笑っていた私は、どこに行ってしまったのだろう。

私の中にあるはずの恋愛感情は、眠っているのか壊れてしまったのか、分からない。

結婚して子供を作っている人がただただまぶしい。

それを自然なことだと信じて疑わない人たちは、さも不思議そうな顔で「結婚する気はないの?」と聞いてくる。

それ以前の段階で躓いてしまった私には、その選択肢すら頭に浮かぶことはない。

あなたあなたの子供が性犯罪に遭わないことを願う。

性犯罪を犯さないことを願う。

人生はいとも容易く狂ってしまうから

胸を揉まれたぐらいで大げさじゃないか

胸ぐらい揉ましてあげればいいじゃないか

男女問わずそう言う人をこの目で見てきた。

TV痴漢報道を見ながら、母親も昔そう呟いていた。

それが生きる知恵だとでも言いたいのだろうか?

ただただ痴漢にとって都合がいいだけで、私やあなたを救いもしないのに。

これは胸とか尻とか、体の部位の問題ではない。

被害の大小の問題でもない。

許可なく体を触ってもいい、自分の好きにしてもいい存在と見なされることが、どうしようもなく耐えがたいだけだ。

私はあなたにとって人間ではないのか?

不特定多数の人が、今日もどこかで誰かに痴漢をしている。

その手が今、偶然にも私に伸ばされていないだけだ。

自分で選んだ覚えもない人間という種に生まれて、人間扱いをされたりされなかったりする。

こんな馬鹿げた話があるか。

あなた人間だ。

私も人間だ。

それだけのことがどうして難しい。

いっそ心ない畜生ならよかった。

命すらなくてもよかった。

私が痴漢に遭ったことも、私が生まれたことも、この世に溢れるたくさんの嘘のひとつなら、どんなにかよかっただろうに。

---

この文章性犯罪被害者へのセカンドレイプが、今ほど問題視されていない頃(とはいっても数年前)に書きました。

当時投稿しなかった理由は、エイプリルフール投稿しようと思っていたのに、エイプリルフールまでに書き終わらなかったからです。

次の年にはすっかり忘れていて、最近蝉の声を聞いて存在を思い出しました。

読み直していたら涙が出てきたので、もうこのまま当時の文章のまま、えいやっと投稿します。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

---

追記

結局この人はどうしたいんだろう?どうなりたいんだろう?

この文章のゴールは、私が現実を受け入れることでした。

どんな人にも、あの時こうしていたら、あの時ああしていなければ、などの過去のたらればがある(あった)と思います

私の場合、最も頭の中で繰り返したたらればが、小6の時に痴漢に遭わなければ、だったのです。

でも時間は不可逆で、その願いが叶うことはないのだから、どこかで現実を受け入れる必要があります

そのための行為文章一切合切吐き出すというもので、内容は自分が思っていた以上にどろどろしたものでした。

こんなの毒状態で生きてきたようなものじゃないか?と半ば呆れました。

増田投稿したのは、客観的意見を聞いてみたかたからです。

この文章は私にとっては私の半生ですが、結局主観しかありません。

結果としていろんなコメントをいただけて、自分を見つめ直す良い機会になりました。

私は穏やかに暮らしていきたいです。そう言葉にした時に、今の暮らしはまさに穏やかじゃないか?と思いました。

今日観葉植物の植え替えをして、ちょっと掃除機をかけて、ごはんを食べながら姫様拷問時間です(ギャグ漫画です)の最新話を読んで、昼寝をして、仕事関係勉強をして、この追記を書いています

最後以外穏やかすぎて何だか笑えてきました。

今は自粛中なので、時機を見てカウンセリングに行ってみようかなと思います

学生の頃はお金がなくて、その選択肢が浮かんでは消えていました。

まずは良さそうな病院を探してみます

無邪気な父親子供気持ち共感できない母親のせいだ。

そうかもしれません。いえ、もしかしたら元凶かもしれません。

私には姉がいて、父が男の子を欲しがってできた子供が私です。

2人目も女の子だったから、増田ちゃんが生まれた時お父さんはパチンコに行っていた、と母から何回か恨み言を聞かされていました。

二次性徴が始まった頃、自分が父の望んだ男の子ではなく女の子であるという現実を突きつけられ、自分性別をうまく受け入れられませんでした。

そんな折に痴漢に遭ったので、余計にショックが大きかったのでしょう。

余談ですが、私が高校生の頃、姉からブスというあだ名で呼ばれていました。おい、ブス!みたいな感じです。

からお見合いの打診を受けたことをきっかけに家を出ましたが、まず家に問題があったなと今改めて思います

仏教はそういうものじゃないと思う・・・

因果応報でググってみましたが、確かに自分の都合のいいように独自解釈して歪めていますね。

少なくとも自己責任と同じように、他人に対して向ける言葉ではないと思いました。

誤認されるのは本意ではないので注釈を追加しました。

ご指摘ありがとうございました!

クズにやられたダメージを他の善良な男に返したのね

私に痴漢した男性も、誰かにやられたダメージを私に返したのでしょうね。

友達が私を許してくれた時に、私も私に痴漢した男性のことを許そうと思えました。

でも本当に許せているのか、今も自信はありません。

ちなみに、男友達は善良で可愛くて聡明女性(私も知り合い)と5年前ぐらいに結婚しました。

あの2人なら仲良く幸せ暮らしていけるだろうな、と思えるようなお似合いのカップルです。本当によかったです。

2020-07-31

前は女叩きをするネット民に対して「うわあ」って思う程度だったし

たまに巻き込まれそうになっても

一貫しておかしなこと言ってるってわかるから

立ち去ることができたけど

最近になって女性側も男性に対して偏見から発言する一派があると知って

そういう人たちをまた男性とかが一段上の立場を取って

本気で一日中バカにしてるみたいな界隈があると知った

でもみんな本当は原因は恋愛が思い通りにできないからってことは

心の奥底では分かってる人が多いと思う

それって庶民が貧しくなったからだし、

スマホさえあればいつでも2次元や2.5、配信者等々

寂しさや人恋しさを手軽に解消できるから

煩わしい事を所与としつつ異性と一緒にいる良さがなくなったからだよね

そして戦後じわじわ破壊されて来た地域社会の繋がり

これで誰かの息子に娘をあてがう的なものがなくなった

根本原因(社会とか)が直らないことをわかってるから

から画面越しの異性を悪く言ったり見下したり、

人を愛したり慈しんだりするためにあった心と膨大な時間

人を蔑むために使って紛らわしてるんだよね

悲しい

でも自分にはどうすることもできない

そういう政策を掲げてる人に政治献金すればいいのか?

でも生まれから今まで公約って守られないものだと身についてしまってる

これも敗戦よく訓練された結果だよな

生活保護叩きとか、地域叩きとか

老人叩きに若者叩き

から分断工作は本当に酷いと思ってきたし

あと人間は目に見えないものや内的なもの

実際に悪く言える相手転嫁して叩くのが性質だっていうのもわかるんだけど

男性女性で争わせるって

もうこれ以上分割できないことなのに

(LGBTQ+の人は一旦ごめん)

絶対だめだと思うんだ

でも、たぶん誰にも止めることはできない

私も結婚しました報告とか子どもの話とかは辛くて見られない

そういう生理的な、根源的なことで異性叩きをしてるんだろうから

って、日本全体でみたら男女で争ってる人なんかごく一部なんだろうけど

心が痛む

2020-07-30

死者が少なければ問題ないという論調じわじわ増えてる

医療器具や病床を埋めている重症者、関連する失業者など行きている人間の方が死者の数倍コストが掛かる荷物

そういう認識をされたら困る人が居るんだろうか

anond:20200730091815

じわじわ自分が何も出来なくなっていくのを

本当に良いと思えるか?

好きなことも出来ず、ただ食うか寝るかしかできず

最終的には寝る以外何もできないかもしれない。

ここのところは全く人間を見ない。妻に聞くと、どうやら夜も

今まで以上に少ないらしい。いったいどうしたのだろう。

息子も特に何も知らないようだ。何もしていないといっている。

あれ、でも珍しく、オスとメスの人間とやらが道を歩いている。

何やら大きな荷物を持って、眼下の海に向かっているようだ。

時々大笑いしたり、相手をたたいたりしている。悪い雰囲気ではないらしい。

今年も張り切って燃えているというのに、あまり意に介していないようだ。

どれ、もっともっと燃えようか?と思っていたら、風の精が止めろと言ってきた。

まぁ面倒だからいか。もう少し見ていよう。


ここのところ人間があまり来ないからどうしたのだろうと思っていたが、

今日は久しぶりに人間が来た。オスとメスのようで、笑いあいながら

こちらへ向かってくる。結構な大荷物だ。いったい何を持っているのだろう。

と思っていたら、カバンから何やら棒を取り出してこちらに刺してきた。

まぁ痛くもかゆくもないのだが、驚いただけだ。棒を刺して何やら広げ、

その広げた下によくわからない四角いものを置いている。そこからはまた

4本の足が出ていて、上に人間が乗るたびにじわじわと沈んでくる。

本当は永遠に沈めてもいいのだけど、そこそこのところでとどめておいてやろう。

どれ、兄弟にも教えてやろうか。久しぶりだから喜ぶぞ、きっと。


まだこちからは見えないが、どうやら人間が久しぶりに来たようだ。

兄弟がそう教えてくれた、というか状況を逐一実況している。

今はどうやら身につけている布をはいで、体を最低限の小さな布だけで

覆い直しているようだ。肌を見せているらしい。

今よりも気の遠くなるほどの昔は、人間などという動物

何も身にまとわず、素肌のままの状態こちらに来ていたものだ。

人間も変わったのだな。しかし、一時期は肌をできる限り

隠していたにもかかわらず、なぜ今はまた肌を出すのだろうか。

先祖返りか?それとも本能を取り戻したか?滅亡に近づいたか

まぁよい、私には関係のないことだ。


お母さんが言うには、どうやらまたあの2足歩行の連中が来たようです。

ここのところ見ないので、すっかり平和になってよかったと思うのですが、

やはりあいつらはこちらに来るのですね。

あぁ、でもこちらまでは来ないようで、もっと叔父さんの近くで

遊んでいるとか。こちらに害がないなら何でもいいんですが。

ダメだよ僕、あいつらは危ないよ。近づいちゃダメだ。え?

どうせ向こうにいるか関係ないって?ダメだよ、やつらはすぐあの

2本の腕でこっちを捕まえてくるんだから。逃げ場のない、叔父さんの

いる方向に自分から近づくなんて、正気の沙汰じゃない。

第一祖父さん曰く、やつら捕まえた僕らが逃げる映像まで

作っているらしいじゃないか。実際にはそんなこと出来た試しないのに。

危ないかダメだよ。見るなら僕と一緒にここから見よう。


僕はこのオスに買われたんですが、ようやく出番の様ですね。

買ってからはや2年、このオスが呼んだメスが姿を見せてから1年ですか。

長かったですね。ようやく僕を水場にもっていってくれるようです。

さっき友達に着替えていましたね、彼らも嬉しそうです。友達

僕と一緒に買われましたから、1年間寝て過ごしたわけですよ。

やっと活躍の場ができてよかったです。

あぁでも、僕はメスが使うんですね。わかりました、いいでしょう。

何なら持ち主より軽そうだから安心してくださいね。

どうもこんにちは、お元気ですか。あなたはついこの間このメスに

買われたんですか?よかったですね、すぐ活躍する機会があって。

そうなんですか、あなたの持ち主は何か調子よく音を出しながら

あなたを選んだんですか。じゃあどうやら、心からあなた

気に入ってるんじゃないですか?よかったですね。

あぁ僕ですか、僕は1年ほど眠っていて、やっと今日

日の目を見たんです。あなた出会えたのも何かの縁、

よろしくお願いしますね。




あら、夫が言っていた人間たち、まだここにいたんですね。

もう夜も遅いというのに、早く帰らないのかしら。

あんなに肌も出して、と思ったけど、さすがに寒いのか

何か布を巻いているのね。もっといつもみたいに、

全身を隠す布で覆っちゃえばいいと思うんだけど。

まぁ何かしら事情があるんでしょうね。

2人とも疲れているみたいですけど、そんなに楽しかったのかしら。

後で夫や息子に聞いてみましょう。

あら、どうしたのかしら、押し黙っちゃって。気になるわ。

ちょっとあなたどいてくださる?見えないじゃないの。

何、今は私が邪魔ですって?風さんは何をしているのかしら。

逆でしょ、こういうときこそ私が必要なんですよ。

さぁどいてちょうだい。ありがとう

あらあら、男の人の方は私を褒めてくださるわけ?嬉しいわ。

あれ、でも女の子は顔を真っ赤にしちゃって、どうしたのかしら。

まぁいいわ、気分もいいし、頑張っちゃおうかしらね

どうかこの人間たちに幸せが多からんことを。

2020-07-27

お嫁さんにしたい No. 1?ユーチューバー動画を見て思うこと

今気になっているYouTuberがいる。

Vlogを公開しているアラサー女性で、顔もわからないけど

生活ぶりを伺うに、良い所のお嬢さん風。

丁寧な暮らしぶりや上品仕草ホテルのようなインテリア

公開され始めてからそんなに経ってないのに、かなり大人気。


私が最初彼女を知ったのは、経営破綻で勤めていた会社

倒産したことを報告する動画だった。

同時期にお母様も亡くされて、ご両親が残してくれた

マンション?一人暮らしを始めることになったそうで

無職の期間は、節約生活を頑張ってた。

ただまあ、いちいちおしゃれなんだこれが。

料理も上手だし、盛り付けとかお皿のチョイスも

品の良さがすごい伝わってくる。

人気が出たのもすごい納得。

コメント欄も、ファンですとか、うちの息子の嫁に、とか

大絶賛。

モデルのようにスリムスタイルも良いので、

見えないお顔も美人に思える「完璧女性」。

ただ何となく、同性のひがみかなと思って

黙ってたんだけど、薄っすらにじみ出てきた違和感

かに露出はしてないけど、なんで毎日そんなぴったりした

トップス着てるの?

夏で暑いとは言え、袖もかなり短いよね。

胸元が見えないように、首が詰まった服を選ぶらしく

ファンからは慎み深く、上品!と絶賛されてたけど、

胸のラインは、はっきりくっきり見えます

しかもその胸元おかしくない?

すごく華奢でいらっしゃるのにグラマーなのは

下着でしっかり寄せ上げしてるんだろうけど、

しりほとんどなくてぺったりしてる。

でるとこ出る場合、お尻と胸をセットと思うんだけどな。

何か入ってる?

自分1人で生活しているはずなのに、カメラワーク

プロっぽい。

冷蔵庫の中から扉を開けるご自身のぴったりした

バストアップの画が毎回動画に挿入されているのは、

やっぱり意識されてます?

決定打になったのが最新の動画でのモーニングルーティーン

ミニの可愛らしい部屋着でベッドに横になる姿とか

明らかにカメラ意識してモデル立ちしながらの

歯磨き

手を腰に当てて飲む朝の水も、計算ずくのような感じがする。

そして極めつけが、姿見の前でのお着替え。

もちろんこちら側からは姿見に彼女の姿が写っていて、

ベッドに1枚ずつ部屋着が投げ込まれる。

もちろんその姿見には服がかけられているので

着替えている姿を見られないけど、膝から下は見えるので

あの短パンを脱ぐ姿はしっかり映ってました。

なんだろう、マリリン・モンロー映画にそんなシーン

ありそうじゃない?

コメント欄にも、朝の2時間でこんなに色々できないし、とか、

「ひがみかもしれないけど違和感を感じる」と言う声が

パラパラあって、同士に会った気になってしまった。

平たく言うと、男の理想をそのまま動画に仕上げた感じ。

清楚で上品な感じだけどエロい、と言う、何か

AVの設定になりそうな女性像。

顔が見えないのも、アダルトグラビアの顔に線が引いてある

写真ぽくて。

ある人がコメントしていたけど、まさに「お色気ムンムン」

と言う言葉の方がぴったりくる。

100歩譲って意図してないとしても、じとっとした

湿度高めの「女」の匂いが、上品仕草生活ぶりに

包んであるけど、じわじわにじみ出てくるような。

そこに違和感を人が感じるんだろうなぁ。

まあ、意図してないはずないけども。

そもそもねぇ、スタート地点が肉親との死別失業と言う

ダブルパンチの不幸で、まるで小公女セーラを見るような

気分で動画を見始めたけど、仕事が決まってから

動画の変貌ぶりがすごくて戸惑う。

とは言え、本当に上品な人、清楚な人って、

自分生活ぶりを不特定多数動画で発信したりしない。

ご両親もなくなってきっと寂しくて動画を始めて、ファン

支えられて前向きに頑張る姿を応援してたけど、そもそも

全部脚本だったんじゃないと思う位。

露出と言う意味では、ギャルゆきぽよさんの方が

ずっと激しいけども、むしろ彼女の方が逆に健康的だし。

特別ファンではないけど。

じゃあ、なんでまだフォローしてんだよ、と言われそうだけど

もはや全てがツッコミどころ満載で、フォロー

はずせないでいる(笑)

料理とかインテリアとか全てにおいて世界観を作り上げているけど

漏れ出してくる俗っぽさが面白い

フォロワー違和感の正体に気づいたとき

どんな反応が来るんだろうと思うとワクワクしてる。

きっと彼女の崇拝者とアンチのバトルが繰り広げられて

炎上するかもしれない。

それも意図としての事だったら本当に凄いYouTuberだと思う。

今後が楽しみだ。

あーすっきりした!

言いたいこと言えるって楽しい

2020-07-26

26歳になってから生理が辛い

こんなに辛いものだったの?

今まで生理痛に悩まされたこともなかった。

痛みはあったけど、うわーきたか、と思うくらい。

から血が出る数日が不快なだけだった。

26歳になってから半年くらいだけど、ホント急に辛い。

ホルモンバランスとやらのせい?


■予定日の1週間〜10日前に体温が37度を超える

(平熱からするとやや高めの微熱

ぼわーっと暑い

これは熱がありますねぇ、という感覚

体がダルいし頭ぼんやりするし、夏場なんか最悪。

最近は毎月、コロナじゃないかと怯えてる。

検温される店には入らないようにしてる。


■予定日の1週間前くらいから極端なネガティブ思考に陥る

元々根暗だけど、輪をかけて酷くなる。

何年も前の言動を突然思い出して頭を抱えたり、

あの時ああだったこうだった、あんな失敗した、

周りにはこう思われてたんじゃないか

嫌われてる、好かれるはずがない、みたいな思考が止まらない。

人と会ったり、話したりするのが怖い。


■期間中、腰の鈍痛と下腹の捻じ切られそうな痛み

これがみんな苦しんでた生理痛か…と思った。

めちゃくちゃ重たい荷物を、

腰だけに体重かけて持たされてるみたい。

下腹はずっとギリギリ、ああここに子宮がありますねぇ…となる。

あと穴がとにかく痛い(生々しくてごめん)

筋肉が無理やり収縮してる痛み、みたいな感じ。

日常生活は送れるからまだマシな方なのかも。

ただ、前まではせいぜい2日目だけが痛みのピークだったから、

こんなに何日も続くと泣き言も言いたくなる。


■期間中、引くほどイライラする

世で言うPMSって月経"前"だったと思うんだけど、

私は期間中に来るタイプらしい。

普段なら電車で順番抜かされても何も感じないけど、

この時ばかりは突き落としてやろうかと思う。

絶対しないけど。思考けがギラついてる。

できるだけ外に出さないようにしてるつもりだけど

"その時"の精一杯の努力なので

平常時からしたら不機嫌かもしれない。


10日くらい続く(これは前から

3日くらいで量が減って、あとはダラダラ終わらない感じ。

痛みもイライラじわじわ続くようになった。


・・・こんなのを中高生の頃から耐えてきた

"重い"タイプの人たちを本気で尊敬してる。

単純計算で毎月の半分近くが不調なの、

どう考えても人体のバグでは?

生理ビギナーすぎて、この歳で驚いてる。

みんなどうやって乗り越えてるか教えてほしい。

anond:20200726122602

ねちっこい界隈だと「部分焼」レベルでも週単位じわじわじわじわ燃え続けるかな

特に継続的に燃料が投下され続けると。

2020-07-24

こうも日常侵食されると

境目がわからなくなって、毎日誰かが死ぬのが当たり前になって、生きたいとか将来こうなりたいとか思わなくなってくる。

シリアの人々はいつもどう感じているんだろうと思っていたけど、こうして日常じわじわ侵食されるとどこが境目かわからなくなってこの非日常日常になるのかな。

もう有事と呼んでいい事態じゃないだろうか。じわじわとこれを日常にしてはいけないんじゃないのかな。

梅雨発狂しそう

当方適応障害半年ほど休職

コロナ禍やら色々ありながらも毎日筋トレして運動して本を読んで少しずつ自分を整えてきていたんだけど、梅雨に入ったあたりから一気に鬱に向かっている感じがする。

梅雨ってこんなに長かったっけ?病気のせいなのかな。

お日様を拝めないことがこんなに精神を揺らすとは思わなかった。

じわじわと蝕まれている感じがする。

急に思い出した昔のしょうもない失敗について弁明しようと当事者ラインを送ろうとしたあたりではっと、これやべえって思って今これを書いている。

でも同時に今気づいたけど、日曜日は晴れるのか、、!

日曜日晴れたら、原っぱに行って、ショーシャンクの空に主人公ポーズで思いっき太陽を浴びるんだ。全力で光合成するんだ。

そうしよう。そこまで生きよう。

底辺同人女勘違いしちゃった話

自分気持ちを整理するために腐女子お気持ち増田する。

数年前まで同人活動やってた。当時いたジャンル覇権ジャンルでもないしメジャーかと言われたら首を捻るが、とにかく息が長く何十年単位で続いてて今なお新作が発表されてるようなジャンル

そこで描いてたCPは当時サークル数が自分のところ含めて3〜4件しかなかったのにジャンル内では人口が多いCPで、イベントだとその数件しかサークルがないからみんな手に取ってくれる…みたいな変な状況になってた。

あの頃はそんなバランスおかしCPだと気付いてなくて(息が長い分キャラ数が半端なく多く、CP多種多様だったのでサークル数が数件とかザラだった)刷った分全部イベント当日に捌けるし、pixivは閲覧数もブクマ数も今までなかったぐらい貰えたから、「やっと描いたものを見てもらえるようになった」と勘違いしてしまった。

それからはもう地方住まいのくせに東京大阪の大型イベントに毎度参加、毎回新刊持ち込み…とやっていたけど、ある本を描いてる途中でふと気づいた。

私の描いた本、同カプ者に受け入れられてんの?と。

自分の今までの同人活動歴としては1番本を出したし、印刷部数も出したしなんなら再販して再販分も完売した時もあったが、さてはて匿名一言すら「この本こうだったからよかった」も「解釈違いすぎ二度と描くな下手くそ」もなかった。

自分自身は仲のいいフォロワーの本を買わせてもらった時はそのイベント中に我慢ならず読んでしまった時はもうその場で(思えば迷惑行為だった、反省してる)、帰宅後読んだ後はTwitterで伝えたり次のイベント感想を伝えていたが、

思えば自分の本にちゃん感想を貰った(読んだよと言われた時含め)回数は片手ほどだった。

自分の描く漫画は誰にも受けいらられてないのだろうか、読まれてすらないのだろうか。

自分が好きで描きたくて描いてるCP本なのに突然力が抜けてしまい、締め切りも近いのに筆が進まなくなり

本は出せたが真っ白なベタすらしてない漫画になってしまった。表紙も超ダサイ。

それでも出ない本より出る白い本か…と頒布した。pixivサンプルにも白いですと書いてアップした。当日ちゃん頒布して、完売した。

その時は完売した〜と普通に帰宅したが、後からじわじわとこんな考えが浮かんできた。「CP需要で手に取ってもらえてるだけなんだろうな…」と。

自分以外の同カプサークルはとにかく絵も漫画も上手く、なんなら商業作家も混ざっていた。そんな中自分サークルの本を手に取ってもらえるということは…。

そんなモチベーションのまま、申し込みをしてしまっていた次のイベントの締め切りも近づいていた。

ちょうどその頃別ジャンルを少しかじっており、そのジャンルコピー本を作った。そこそこ人気の大手CP

それがまぁ、はけなかった。支部にも宣伝を出したしブクマ数もちらちらいったが、フォロワーさんが1部手に取ってくれただけだった。

その瞬間疑惑が核心に変わった。CP需要だ。こんな下手くそな絵の下手くそ漫画供給の少ない同CPじゃなきゃ見向きもされない。

もう申し込みを終えてしまっていた次のイベントで、下りに下がったため印刷所に出すレベルの物も作れず

真っ白な無配本を20部ほど作って私はサークル活動を辞めた。無配本はすぐにはけた。だってそのイベントでは同人CPサークルの皆さんがいなかったから。

それからしばらく本当に絵が描けなくなってしまって、人生あんなに絵を描かなかったのは初めてというほど絵から離れてゲーム三昧をしていた。課金が捗った。遠征費も印刷費も無くなったし。

今ようやく少しずつ絵を描くことに戻ってきたけど、多分もう二度と同人活動はしない。向いてない。わかった、向いてないんだ私には。

気づいてるのでお前に同人活動は向いてなかったんだよってコメントはいりません!すまんな!

なんで今こんなこと思い出して増田しているのかというと絵に戻ってきたけど結局閲覧数が全く伸びないから。

当時のことを思い出せ、お前の絵は万人受けじゃない下手くそなんだと自分に言い聞かせるため。

CP需要じゃなく読んでもらえる作品を作れるつよい同人女になりたかったよ。

2020-07-21

上松範康さんって神だなぁ〜

突然ですが最近上松紀康氏の曲にハマっている。

ああ水樹奈々の…アニソンの…くらいの知識しかなかった私が2020年になって突然である神様仏様宮田である

きっかけは私が10年近く追っているKis-My-Ft2へ氏が楽曲提供した『COUNT 7EVEN』が良すぎたからで、そこからじわじわうたの☆プリンスさまっ♪バンドリ!、D4DJなどの曲を履修し、初めて作曲家名前プレイリストを作った。

番頭から離れない曲は電乱★カウントダウンとGIRA×2★SEVENという曲で、これが本当にすごい。例えるなら脳皮にこびりつく感触がする曲で、好きというよりもはや依存の恐怖を感じる。そしてどっちも★だ…何かの暗号

しかし今まで特定作曲家の曲にハマった経験がラブサイケデリコくらいだったのでシンガーソングライターじゃない作曲家の曲を探す上手いアプローチの仕方がいまだに分からず困っていますググるSpotifyで探す→聴く→好みならリスインを繰り返している。Spotify作曲者検索できるようにしてください。

なおうたの☆プリンスさまっ♪は9割以上の曲がSpotifyにない。どうして……?二次元界のジャニーズなの?そもそも自分がどういう曲が好きなのかうまく言語化できずに生きて来たから氏の曲の中でも好みではない曲はあり、上記方法だと選別に手間がかかる。一体何曲作曲してるんだ作曲マシーンかなにかなのか?才能の湧き出る泉溢れすぎだろ。

こういうの音楽に含蓄のある人や頭のいい人なら自分音楽傾向を言語化して上手く探しているんだろうな…。と思った。識者様上手く探す方法を教えてください。

あとストリーミングDL販売CD文化さら音楽資本の死を招くと言われいるし私もそうだなと思うのですが、やはりストリーミングは楽だよ…そして私のように新しい扉を開きファンになる人間が生まれ可能性もある。

ジャニーズ …聴いてるか…

2020-07-20

くそでか感情がこわい

昨日とあるコンテンツに対して自覚したくそでか感情について

私は多分ミーハーで、色んな物に手を出しては飽き、手を出しては飽きを繰り返してきた。

何かTwitterでよくみるなー、からはじまり検索し、するするとはまり、気がつけばそこまででも無くなっていた。

男性アイドル女性アイドルアイドルオーディション番組二次元コンテンツ、‥‥

毎回今度こそハマった、終った、と思っていた。

この終った、、って何なのかね。

くそでか感情を抱く度に引き返せ、無理だ、もたない、と焦りを抱いてしまう。

ちょっと飽きてくると安心する。よかった、いつも通りだ、と思う。

今これを書いているのは久々にくそでか感情が昨日きたからです。

ちょっと焦ってるけど私ならちゃんと飽きてくれると思ってるからくそでか感情を残しておこうと思いました。

今回のくそでか感情じわじわタイプだった。

流行ってるなあ、何かよく炎上してるなあみたいな外野だったころの記憶がある。

けどどこから転がり落ちたかは覚えてない。二次創作を漁り始めたこからか、、

前のジャンルの時も思ったが二次創作をする人達すごすぎ。

個性的だなあ位の公式キャラをよくあそこまで癖に刺さる様に仕立てあげるよね、、

深掘りした上で出てきた攻撃性の高い何かを自然に全面に纏わせられたら錯覚してくそでか感情抱いちゃうよね、、

昨日気付いたら一日中Twitter見ながらにやにやしてたしTwitter見てなくても皆のこと考えちゃうし心がざわざわしちゃうし久々のくそでか感情でしたわ。

外野だった頃、癖(へき)乱れ打ちみたいなコンテンツだなと思ったけど自分もやられるとは。

早く飽きたいけど今回時間かかるかなあ。癖キャラが多いし寮みたいな概念好きだからなあ。


きっと大丈夫でしょう。

私、飽きやすいので。


飽きたらまたここ見に来ようっ

面接の場で履歴書を返される

どうも自分存在のもの相手地雷だったらしく、

面接が始まって数分もしないうちにいかにして人が辞めていくのか、

この応募がどのぐらいこの仕事に向いてないか

などを一気に語られたのち、次やめたらもう誰も採らないよこんな経歴、履歴書お返ししますね。

片手で返された。

勉強になりました、ありがとうございます

貴重なお時間いただきました、

ヘラヘラしながらそそくさ退散した。

自殺する人の気持ちがわかる、

そう思うのは傲慢かも知れないが、後からじわじわ精神を蝕まれている。

心が弱いなあ。

2020-07-19

スラムダンクおもしろ

コロナの影響でリモートワークになり、通勤時間分の余暇ができたこから、なんとなく新装版の1巻を買った。

おもしろい。

そこからのめり込むように新装版を全部買った。

アマプラ配信されたアニメも観た。いいじゃんスラダン。なんで今まで読んでなかったのか、すごく悔しい。

もともと親がジャンプを含めた漫画好きで、家にドクタースランプ北斗の拳シティハンターモンモンモン奇面組ターちゃんドラゴンボールとかが全巻あった。

けど親はスラダン幽白のあたりからジャンプを読まなくなったらしくて(多分その頃の親はサンデーの方がおもしろくなったのかも。実家はらんま1/2やうしおととらが揃ってた)、スラダンだけ全部読んでなかった。

自分別にバスケに興味なかったし、バスケ漫画でしょ?って感じで。

一応高校とき図書館にあった完全版でミッチーの『安西先生……バスケがしたいです』のところまで読んで、「キリが良さそう」って思ってやめたきりだった。

そのときっていうか高校時代ときこそ、そこから先も読めばよかった。すごく後悔してる。

そしてめっちゃいい。

三井バスケ部に戻ってからスラダンおもしろいとか、山王戦を読んでない奴はダメ、とか言われていた理由がわかった。

以下、思ったこ

高校生の時は桜木花道の良さ(しかも序盤で読むのやめたし)が全然からなかったけど、大人になると何気ない練習風景にめちゃくちゃ泣いてしまった。

 ミッチーとの練習試合、「シュート練習は楽しかった」、IHを賭けた陵南戦前の木暮との会話で、チームの一員としてIHに行きたいと思えるようになったところとかじわじわきた。

 いい主人公じゃん。言われたことを素直に練習して、どんどんバスケの楽しさを理解していく姿に普通に泣いた。

流川はスカしてるだけの天才キザ野郎かと思ったら、こいつもこいつなりに不器用に成長していってたんだなと思った。

 オレオレ系かと思いきや、仙道三井をきちんとリスペクトしているところが感じられてすごくいい。特に1on1はよかった。

ゴリいいやつ。主将って感じ。メンタルたまに弱いけど、IH前の陵南戦の描写では「高3ってこんなもんだよな……」って懐かしくもなった。

・木暮くんめちゃ泣ける。ミッチーが戻ったあとは大人すぎない?

 IH前の陵南戦での3Pはページめくる前に泣いた。本を持つ手が震えてた。たぶん一番泣いたかも。

ミッチー安西先生……のインパクトのままだったんだけど、むしろ復帰後の方が名台詞多いじゃん……。

 あと髪切った方がイケメンだね。ロン毛の印象しかなかった。

 レギュラーになった後は3Pバンバン決めてくれたり、海南戦後試合での花道への先輩っぷりとか見て、読み手側として爽快感があった。

 勉強合宿では親御さんに電話かけてるの観て、超ホッとした。(そういや当時は携帯なかったんだっけ?

宮城:いいやつだよね

90年代アニソンっていい曲多いと思ってたけど、スラダンアニメも、いい曲多いね! 

 世界が終わるまでは……は良すぎた。もう当時のボーカルは変わったみたいだけど、昨日音楽の日で歌ってくれて感動したよ。

最近自分仕事資格試験勉強で、ついつい効率を考えちゃったり、一発逆転してやろうとか思っちゃってたりしたんだけど、

スラダンを読んだことで「筋道を間違えずに、愚直にコツコツやらないと」って雷食らったような衝撃を受けた。

気づくにはちょっと遅い年齢かもしれないけど、反省して最近業務関係ある勉強の、基礎からきちんと勉強してる。

年代全然違うけど、スラダンキャラたち高校生じゃん?

きっと日本のどこかにもこういう高校生がいるんだろうなーそしたら自分も頑張らないとなーーーって勇気付けられたよ。

コロナの影響が収束したら、一度神奈川にも遊びに行きたいな。

あーあともし中学高校時代に全巻読んでたとしたら、牧や魚住を見てもきっと今ほど魅力に気づけなかったかもなって思った。

特に牧は、牧さえいなけりゃすぐにIH確定したのに……とすら思っていたかもしれない。

すごいよね牧。バスケルールよくわかってないんだけど、4人で抑えられても抜いちゃったり、敵情視察したり同期や後輩をまとめたり、いい男すぎる。

主人公たちからすればライバルキャラだけど誰もが、すごく魅力的ってのもスラダンおもしろさなのかも。

スラダンいいねスラダン。久々に熱いものを取り返せたよ。ありがとう

anond:20200719195528 anond:20230405121723

いいえ


痴漢加害者パーソナリティは、最終学歴が「四大卒」の「会社員」ほぼ半数 〜痴漢の原因は「性欲でなく支配欲」〜


自分自身ストレスフルだったり自暴自棄になっているとき自分よりも弱い者を性暴力支配したりいじめたりすることで自らの優位性を確認するという『痴漢パーソナリティ』」


――そもそも痴漢加害者リアル実態はどのようなものなのでしょう。

私たちのクリニックで調査した痴漢加害者パーソナリティは、最終学歴が「四大卒」の「会社員」ほぼ半数を占めていますさらには結婚していて子どもがいる、娘の父親である加害者もいます


――つまり、どこにでもいる「普通男性である、と。


そうです。見た目が色黒で筋肉質で暴力的な性犯罪者ほとんど見かけません。どちらかというと色白で細身で、話し声も小さいような、なよっとしたタイプ男性が多い。


これは痴漢だけではなく、強姦加害者も同じです。私は強姦加害者との面会するため拘置所に行くことが多いのですが、事前に調書で読んだ加害者イメージと、目の前に座っている本人がとても同一人物には思えないことが多いですね。犯罪行為と見た目の印象が、どう考えても乖離している。


――見た目は普通だが、性欲が過剰だから行為に走ってしまう?


いいえ、痴漢を突き動かしているのは性欲だけではありません。以前、200名を超える加害者聞き取り調査を行ったところ、過半数が「痴漢行為中に勃起していない」と回答しています


また、対象行為直後に駅のトイレなどで射精するタイプは少数です。つまり性的欲求を満たす目的行為に及んでいるわけではないと分析できます


夫婦間でセックスがあるにも関わらず、常習的に痴漢行為をしていた妻帯者もいますセックスレスも痴漢行為相関関係はありません。


――性欲解消ではない。じゃあ一体、何のために......。


「そんなことをするのか?」という話になりますよね。


多数の痴漢加害者ヒアリングを重ねて導き出された答えは、痴漢行為は彼らにとって「ストレスへの対処法」であるということです。スポーツで汗を流したり、趣味に没頭したりするのと同じ感覚で、彼らは痴漢行為自身こころを安定させているんです。


――ストレス解消の一手段として痴漢行為を選んでいる?


そうです。加害者ヒアリングで浮かび上がってきたのが、「自分より弱い存在支配したい」「征服したい」「じわじわいじめることで優越感を味わいたい」という声でした。


釣り」に例える人もいましたね。「今日はいい獲物が釣れた」というギャンブル性やレジャー感がある、と。痴漢同士が情報交換したり成功体験を自慢し合ったりする掲示板サイトがあるのですが、そこに書き込んで評価されることで、間接的な報酬効果となり問題行動が強化されていたというケースもありました。


『男が痴漢になる理由』〜痴漢の原因は「性欲でなく支配欲」〜

https://www.huffingtonpost.jp/2017/10/18/sexual-molester_a_23248308/



これにプラスして嗜癖障害フィクション現実区別がつかないがあります

もう一度君の顔が見たい

7月18日、曇りときどき雨、突然入った訃報ニュース

同い年の人気俳優、いつも笑顔の絶えない彼が自殺した。死因は首吊りらしい。

とにかくショックだった。ショックだったからここに吐き出させてくれ。

笑顔の素敵な彼だった。はにかんだ笑顔はいつもキラキラ輝いていた。

出てた番組を全て見ていた訳でもない。それでも顔を見れば名前はわかる、同い年でもあって勝手に親近感を持っていた。

9月からドラマ、楽しみにしていたよ。

なんで死んでしまったんだい。もう死役所は通過したのかな。

ニュースに気づいた時は実感がなかったけれど、音楽の日を見ながら、流れてくる歌がだんだん彼のことに思えてきてモヤモヤした気持ちじわじわ浸食しはじめた。どんな気持ちで死を決めたんだろう、どんな気持ちで紐を握ったのだろう、どんな気持ち首にかけたんだろう、その手を止めることはできなかったのかい

娘を寝かしつけて静まり返った部屋でテレビをつけるとNEWSの生きろ!が流れるところだった。中居くんが3人になったNEWSに優しく声をかけるシーンが印象的だった。

生きろ

生きろ、生きていてくれ、生きていてほしい

毎週木曜日笑顔を見せていてくれただろう、もう見れないなんて、新しい表情がみれないなんて

番組が終わって1人部屋でTwitterをいじる。

横にスワイプすると彼のキリッとした表情と悲しい文面。もう君はこの世界はいないんだね

辛くなって布団に入るけれどなかなか寝付けない。遠くで車が大音量で走っていく音が聞こえた。

そのとき、初めて、引きずられる、と思った。何か大きな磁石みたいな力が車の走った方向へ心を引っ張ろうとしていた。

今外にでたらたぶん危ない。隣で眠る娘の手をギュッと握った

君は。こうやって誰かの手を握って安心して眠ることもできなかったのかな。

見つかったのは13時、行動したのが夜なのか朝なのかはわからない。見つかったときかに心音が動いていたとワイドショーで言っていた。ということは朝方なのかな、目覚めてから行動したのかな、もう一晩待ってくれたら、今日は、7月18日は久々の晴れだよ。綺麗な青空が見えるよ。

朝起きてテレビをつけると、昨日の出来事を放送していた。やっぱり現実みたい。映画番宣だったらいいのにというツイートをみた。詐欺だよ、騙されたね、って。そう言いながらテレビに出てきてほしい。

外に出て娘と散歩した。いつも通り人が行き交う道。笑い声、笑顔。久々の快晴からか楽しそうに見える。道もキラキラしてみえる。娘の顔もキラキラしている。

もうこの空の下を歩くことがないんだね。テレビにも出ないんだね。雑誌にも出ないんだね。さみしいよ。

天国はどうだい、向こうでも歌を歌っているのかい演劇をしているのかい、そちらの天気は晴れですか。

何人もの芸能人訃報を耳にしてきたけれど、ここまでショックだったのは君が初めてだ。こんなにも君のことを考えるのも初めてだ。こんなにも君の存在が大きかったなんて。

朝のワイドショーで元アナウンサーが、

死にたいではなく生きたくない、と言っていた。

生きたくない。生きるのが辛い。

死にたいわけじゃない。ただ、生きていたくない

そう思ってしまったのだろうか、生きていたくない。でも、私はあなたに生きていて欲しかった。

しばらく天国で新しい生活を楽しんでください。そしてもし、また、この世に戻ってきたいと思ったのなら、また来てください。また歌とダンスをみせてください

三浦春馬さんのご冥福をお祈りいたしま

2020-07-18

推している人が死んだ

タイトルタイミングでお察しください。

どこに出すのが適切なのかもわからず、オタクポエムを書いても許されるだろうと増田を選びました。

未だに何が起きているのかよくわからず、とりあえず自分が落ち着く為に書いてます

なので彼の事がとても好きだった方、好きな方、何の配慮もしていないので気分を害されたらすみません


以降自分語りと共にその俳優さんの名前とかバンバン出していくのでやべーなと思ったら相応の所に相談するとかしてくださいね。今はメールとかでも相談できるそうで、知らないところで行政も頑張ってるんだなぁって思いました。


こころ健康相談統一ダイヤル

0570-064-556


メールSNS等による相談厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188968.html



最初報道を見て出た言葉は「へぇ」でした。

それまで各の話題で溢れていた土曜昼過ぎのtwitterTLが、ある一瞬を境に「三浦くん?」などと言った彼の名だけのツイート一色になりました。

最初は「お、結婚した?」とも思ったのですが、どうもそのような感じのツイートではない。いくつかまじる「嘘でしょ」という呟きに何かが起きたというのはわかりました。

コロナになったとかかなぁ…重篤化しないといいなぁ」なんて暢気にニュース検索し、件の速報を知りました。


俳優三浦春馬氏死亡、自殺とみられる。

一番に目に入ったのはそんな感じのニュース速報を携帯撮影した画像でした。

いやいやいや、ドラマ上の演出か何かにしても趣味が悪いしご時世的にも冗談きついってか自殺って何。一瞬にして脳内をいろんな物がかけめぐり最初に口をついたのが「へぇ」という感嘆でした。そして、近くに居た友人に「三浦春馬が死んだって」と言うのが精一杯でした。


タイトルでは「推し」としていますが、他の方と比べると私はそんなに彼を推していない側の人間だと思います

常に一番熱量を持って応援してきた訳ではないし、彼が出るテレビ番組を全てみていた訳でも無い。現場も数度しか行った事はなく、ただ何かを選択する時に彼がいる事がファクターになる、という程度の推しでした。

出演している映画可能な限り劇場に足を運んで鑑賞し、ドラマも出演している物は見る。その程度のどこにでもいる彼のファンです。

順位をつけるのだとしたら、安定して私の中で五番目くらいの位置にいる。それが私の彼への熱量でした。


実際のところ、私が彼を意識し始めたのは10年ほど前で、正確に推し始めたのは8年ほど前からでしょうか。

彼が所属していた事務所の若手プロジェクトに降れ、そこで改めて彼のお芝居や個としてのポテンシャルに触れ自然と目で追うようになり、そして推していくようになりました。



地方のド田舎在住だったのと、職業上のタイミングが掴めなかったという事もあり彼の現場に行けたのは片手で充分な程です。2018年AAA、そして2月にあった2020年ハンサムライブ

正直後者については棚からぼた餅とでもいうような、本当に予期していない出会いだったのであの演出と共に三浦春馬の文字を見た時現場で「なんで!?」と絶叫したのは昨日の事のように覚えています

キンキーは行きたいなぁと思ったまま、気付けばチケットが買えずかつ仕事で行く事ができず見れないままでした。言い訳しかないんですが。海盗セブンも、五右衛門ロックも。


私は2012年ハンサムライブに魂を未だに囚われていて、当時地元映画館で見たライブビューイングでの彼が未だに忘れられないでいます。ラブファントム~truth~ホワセレが嫌いなオタクなんているのか???

2013のミュージカル銀髪神木君は国宝なのでなんで円盤にならなかったのかと管を巻いたり2014はまさかの壮ちゃんインフルになって壇上で唐突イチゴを食べる賀来先輩をアリーナで見たりとか2016はまっしまの壁でゲラゲラ笑ってたら神木君とお亮のキスシーンを見せられて混乱したりとか。

フィルフェス仕事の都合で行けなかったし宗教上の理由で未だにパッケージ開けられてない)

でもそこに春馬はいなくて、でも春馬がみんなと作り出した物はあって、毎回春馬達を思いながら楽しんでました。


2018年AAAゲスト参加したハンサム達と一緒に楽しそうに踊る春馬を見て感情がぐちゃぐちゃになって友達2013年が来た!って連呼したり2020ハンサムで手を伸ばせば触れられる距離で春馬を見て言語野崩壊してうめくしかできなかったりとか、ほんと昨日みたいに思い出せる。

しかも一昨日は2012年ハンサム劇場+配信公開があって、それ見に行ってて当時のみんなで模索して今は一つの文化になった根っこの公演を見て、あんなに魂を奪われ続けているラブファントムをまた見る事ができて、そんな中で今回の報道で。


なんだかなぁ…。2012のエンドロールが春の華で2020の記憶と2012のカットが入り交じって、それまで積み上げていたハンサムアミューズ)への情緒がぐちゃぐちゃにされてて、それでこれなので、本当に「なんなんだろうなぁ」という感じです。


ハンサムメンバーとか、彼との共演をした事がある人達ツイートや、ストーリーとかを見て、報道されている「三浦春馬」は私の知っている「三浦春馬」なのかなぁとじわじわ考えたりとかしてます

まぁ事務所から公式な告知が出たので、その「三浦春馬」なのだというのは紛れもない事実なんですが。


正直な話「なんで」とか「どうして」とかは一切なく、最初に口から出た「そっか」という言葉以上の感情が私にはありません。

それは現実を受け入れていないのかもしれないし、未だに認められていないのかもしれないんですけれど、でも彼の死を、そのタイミングを受け入れています。受け入れているつもりです。


元々彼は昔から、いつかふっと消えてしまうような危うさを感じていて、友人とは「桜に攫われるのは三浦春馬、桜を惑わすのは神木隆之介、桜ごと受け入れるのは佐藤健」みたいな話をしていた事もあります

どこかの番組で、ある日ふと1日だけ彼女の事を考えない日ができて、その日に彼女と別れた(=結局自分に自信がなかった)というようなエピソードを語っていた事もあり、切っ掛けがあれば、タイミングさえ合ってしまえば、どんな状況であれ今回のような選択をする可能性がある事のではないかなと思っていたのも理由にあるのかもしれません。


結局私はオタクで、推しが選んだ道については全てを肯定する事しかできず(よほどの犯罪だとかだとまた話は別ですが…)今回の件についても彼が選んだ結果がこれなんだとしたら「そっか」としか言う事ができませんしこれ以上の感想がありません。

そりゃ個人的にはこれから同じように年を重ねて、どんどんお芝居に深みが出てくるのを見たかったですし、いつか彼が結婚する事があれば所帯を持ったという事を喜び、彼が愛した人を共に愛したいと思っていたし、子供ができたら彼が望んだ子の未来を愛したかったです。

そんな、そんなあり得たかもしれない未来とも、今後見れる筈だった彼のあの繊細で、でも頑固なお芝居が新しい作品で見る事ができないのはとても悔しいですけども、だからといって「なんで死んだのだ」とか「どうして死んだのか」なんて事は考えてなくて。


彼が私にくれた「楽しい」とかはずっと忘れないでいたいし忘れることはないんだと思います

実際それに砂をかけられた訳ではないし、これからも私は彼を好きでこれまでの彼を見て「楽しそうだなぁ」と思い続けるんだと思います


とりあえず今日は酒を飲みながら、ひたすら彼について、彼が私にくれた作品を見ながら彼がくれた「楽しい」とか「好き」を追いたいと思ってます

まだご冥福を~とか、ゆっくり休んで…なんて事は言えないんですが、言えるようになったらまたアルコール片手に増田で管を巻かせてください。


30年とちょっと、私が彼を知ってから10年ほど、お疲れ様でした。

好きをくれて、応援させてくれて、ありがとうございます

2020-07-17

anond:20200717163300

相互少ないとミュートしてるのがバレるリスクはあるね。

私のことミュートしてるだろ!って言いに来るようなタイプだと無理だけどミュートされてる気がしても言い出せない人ならちょうどいいお仕置きにもなるんじゃないかな。

友人だと思ってるけど地味に腹立つ事言ってくる相手自分ストレスじわじわ溜まってある日突然キレて縁も切れる…ということが多いので仲良くするためにも距離を置いたほうがいいと思う。

2020-07-16

肛門の周りが筋肉痛みたいに引きつる症状

時々、じわじわ便意を感じてるな〜くらいの時に、ほんとうに筋肉痛みたいにいででででで!!!て感じで肛門の周囲が痛くなることがある

いつもじゃないし、あと肛門自体が痛いわけじゃないので痔ではないと思う 肛門自体健康のもの

ネットで調べると、肛門キューッと痛くなるとかのサジェストがあるからまあまあある症状なのかもしれん

肛門神経痛とか突発性肛門痛とか出てきたけど特に解決法もなさそうだしなんだろうね ケツを浮かしたくなるからなんかかっこ悪いんだよなあ

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