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2019-08-15

バイト面接受けたら採用するする詐欺された

多分、氷河期世代というのに当たると思います

10年くらいニートをしています

家族で受けられるカウンセリングみたいなものがあって、それに何回か行ってるうちに、家族の態度がびっくりするぐらい変わってきました。それまでは「働け、家に金を入れろ、でなければ出ていけ」と。常にではなく時々、何かの拍子に言い争いになった時だけなんだけど、そういうことは言われてて。

その間はこっちも「そんな風に言われて、そうですかと働いてなんてやるものか」という気持ちでいたんだけど。カウンセリングを受けてるうちに「お前なりに辛いことがあったのはわかった」みたいに家族の態度が軟化してきたので、じゃあいい加減働くかと思ったわけです。

そんなわけでバイト面接を受けました。面接が終わって、採否はいずれの場合も来週メールでご連絡しますと言われて。そして連絡が来ました。

「◯◯の条件でよければ採用させていただきます」と。

その◯◯については実は面接時点でも話題に出て、第一希望とは違うけどそれでも対応いたしますというのは既に伝えてあったことでもあり、「問題ありません、是非やらせて下さい」とメールの返信をしたのです。

それきり、会社からの返信はありませんでした。お盆をはさむので担当者休みなのかもと最初は待ちました。問い合わせのメールしました。反応はありませんでした。家族には「そういう会社もある、もう忘れなさい」と言われました。

忘れようにも忘れられません。履歴書で落とされたり、面接で落とされたりするのはわかる。辛いけどわかります。でもなぜ一旦採用しますとまで言っておいてこんなひどい仕打ちを受けなきゃならないんだろう。

ニートになる前は一応フルタイムで働いていたのですが、その頃友人と思っていた人からひどい目にあわされて、精神的に痛手を追って、その影響から職場でもささいなことで攻撃されたと感じるようになってストレスを溜め、かといってそういう話を当時の家族には聞いてもらえるでもなく、心療内科に行っても睡眠薬と軽い抗不安薬以上の処方は特になく、カウンセリングに行ってもその場ではすっきりできても後にはつながらず。

フルタイムで働いていた頃はシステムエンジニアをしていました。かといって技術力があるわけではない、いわゆる客先常駐請負派遣の身の上でした。開発ですらなくシステム保守を数年やっていました。しかし前述の友人とのトラブルがあり、ちょうどそれに前後して保守業務が終了するので別の新規開発をやってほしいと打診され、話を受けました。

しかし私は正直なところコーディングが異常に苦手でした。保守だけやっていた頃は温厚で頼りになったリーダーが「なぜあの詳細設計書でこのコードになるんだ」とレビュー中に怒り出すくらいでした。そして当の私には何が間違っているのか、何がわからなくて間違うのかすらわからなくて。

学生の頃は勉強は大してやらずともできた方だったのに、新入社員の頃に研修フローチャートを書かされていても新人で一番のスピードで正答を提出していたのに、いつどこでつまづいて、できなくなったのかすらわからない。コード設計書を持ち出して(当時はまだぎりぎりそういうことが出来そうでしたが今は無理でしょうね)相談できる相手でもいたら違ったかもしれませんが、そんな相手もおらず。そして客先だったわけなのでろくにコードの書けない私は常駐を切られ、前述の通りプライベート人間関係でもトラブルがあって人と会うのも嫌になり、そのまま仕事自体を辞めて、10年です。

そんな状態でようやく受けた面接で、どうして採用しますと一度期待させられてから地面に叩きつけられなきゃいけないんだろうか。叩きつけられても何度も何度も起き上がらなくては労働すらできないなんて。

労働義務だと言われますが、なぜ権利ではないのでしょう。何かの精神障害に当てはまりもせず、どうして面接に行って、無理矢理言いたくもない建前を並べて我慢して面接担当者と騙し合って、採用ですと言われてもなおそれ自体が嘘だなんて。いいか仕事をさせろ。

2019-08-09

anond:20190809122749

今の精神の薬は、例えば、ピンポイント吉野家の牛丼アタマの大盛り、生卵トッピングご飯少な目が食べたくなる 薬みたいなのは無くて、頭の働きを少しブーストさせて賢くしてやるか、逆に減速させて少しバカにさせてやるくらいしかできんのよね。

意識を保つことすら困難なまでに減速させるのは睡眠薬だし、

幻覚幻聴が起きないレベルまで減速させるのは統合失調症のお薬だし、

不安とか恐怖を感じにくくする程度にマイルドに減速させるのが抗不安薬

それで、加速も減速もメカニズムがいろいろあるから、どの薬をどれくらい投与するといい感じになるのか探るのがお医者さんの仕事

いくら医者が頑張っても、それ以上のことが技術的にできないのが現実なんだよね・・

2019-08-08

嬉しさと悔しさと

寝る前にこの記事を読んで興奮してしまい、眠れずに書いている。

コンサータによって自己連続性を失いつつある」

https://b.hatena.ne.jp/entry/kokoro.squares.net/?p=7763

http://kokoro.squares.net/?p=7763

服薬で意識が変化したら、それはまだ自分といえるのだろうか?

そんなことを、ぼくも考えていたことがある。

例えば、抗不安薬を飲んで悩むことも喜びも感じないとき、あれほど悩んだ不眠に薬が効いてコンピュータスイッチを切るように自由に眠れるようになったとき。そういう体験を通して、自己同一性に疑問を持ったことがある。そんな悩みを友人に打ち明けたとき、お前の言っていることは意味が分からない、悩みすぎだと一蹴されずっと心の中に抱えていた。

からこそ、この投稿者質問文の明晰さに惚れ惚れする。彼の文章は淀みなく流れる川のようであり、彼が何を悩んでいるのか手に取るように伝わってくる。だからこそ、ぼくは読んで興奮している。

そして、このようなクリア質問を紡ぐことができなかった自分を責め、彼を嫉妬している。

しかし、ふと冷静になっているとこのような素晴らしく明晰な文章出会たことは喜ばしいことだと気づく。

お薬飲んで寝ます

2019-06-29

薬物依存サラリーマンだけど一生薬を絶つ気は無い

デパスっていう抗不安薬があって、主にうつ病神経症の人に処方される不安を和らげる薬なんだけど、ドラッグ目的で乱用してる人がいたりすることから近年向精神薬として指定され、流通が厳しく取り締まられるようになった。

で、ぶっちゃけこの類の精神薬と、非合法大麻とか覚醒剤境界線ってかなり微妙で、脳みそに働きかけて不安を減らしたり良い気分にさせるという点ではさして違いは無いと思ってる。

自身デパス毎日3錠服用していて、デパスが切れてくると不安感情がこみ上げて沈鬱な気分になり、極度に対人能力が低下して業務に支障が出るので、毎日必ず常備して服用している。

完全に薬物依存状態だと自覚しているが、薬が無ければ今の自分社会性や業務能力は維持できないことが分かっている以上、薬を絶つという選択肢は無い。

元々中小企業で月収15万で働いていて、感情不安定さやコミュニケーション能力の低さによって対人関係業務に支障が出て、精神的に追い詰められて無職になりかけてたところ、最後の頼み綱として精神薬に頼ったら劇的に生活が変わった。

本当に無職ニート一歩手前だったのが、6年後には年収1000万もらえる程度まで社会性を回復できた。薬だけが原因では無いにしろ、少なくとも薬が無ければ絶対にこうはなれなかったと断言できる。社会性は年収生活レベルに直結することを身をもって体験した。

たぶん覚せい剤とかやるサラリーマンも同じような人種だと思っていて、違いは合法非合法かという点。

覚せい剤はもしバレたら社会的な地位を全て失うという点で大きく異なるが、それは薬の性質問題というより、国の法律合法とされているかどうかという外部要員に起因するものから本質的な違いはそんなに無いんじゃないかと思ってる。

何が言いたいかよくわからなくなってきたけど、俺は今後も薬物に依存しながら、なんとか社会的な営みを維持していくことを心に決めている。

2019-05-17

男嫌いになりたくなかった

返信追記しました(05/18 17:18)

男が嫌いすぎて生活に困っている。男の大きい体が、低い声が同じ空間に在るだけで怖い。満員電車サラリーマンに密着すれば朝から疲弊してしまい、通学もままならない。恐らくこれはミサンドリーで、性差別は悪だから、私はどうしたらいいのか分からない。行き場のない諸々をここに吐き出すので、よかったら聞いてほしい。

男嫌いになるまで】

増田大学生女だ。こうも壊滅的な男嫌いになってしまった原因は、父親レイプ未遂痴漢セクハラパパ活パワハラの6つが主だと思う。以下、時系列順に書いていく。

父親

典型的男尊女卑思考で、逆らえば殴られる。小さい頃、私の股間に頭を埋めて勃起しているのを見てしまった。今も不自然に体を触られる。

レイプ未遂

小6。仲の良い男子トイレ掃除をしていたところ床に押し倒され、必死抵抗したが力で全く敵わなかった。直に体を触りながら口内を舐め回された。この程度でレイプ未遂?と思われるかもしれないが、運が悪ければ挿入までされていただろうからレイプ未遂だと思っている。(脱線するが、山口達也のしたことをキス程度と軽んじた人は彼がキスだけで済ませるつもりだったのか考えてほしい)

痴漢

中1〜高3。電車女子校に通っていて、週に2、3回は痴漢に遭っていた。恐怖で体が動かない・犯人特定できない等で泣き寝入りすることがほとんどだったが、犯人を捕まえて電車から下ろしたことも数度だけある。特に印象的なのは以下2件。

1.ホームで1人の男性が協力してくれ、無事逮捕に至った。犯人痴漢の常習者で執行猶予中だったため実刑になった。懲役1年弱。

2.ホームで「もうしないから!」と叫ぶ犯人にしがみ付くも、力負けして逃げられた。改札を飛び越える犯人の姿が防犯カメラに映っており、後日逮捕してもらえるだろうと被害届を出した。警察は何の捜査もしてくれなかった。私の尻の価値は横転したトラック以下。(2018年渋谷ハロウィン犯人山梨まで防犯カメラを辿って逮捕された)

セクハラ

大1。クラス担任の男に性的嫌がらせを受けまともに登校できなくなる。何とか単位は取ったが鬱で通院するように。両親の理解が得られず、今も欠席の多さを罵られながら自費で通院中。

パパ活

大1〜2。バイト代のみで生活を賄っていたところ、トラブル給料が絶たれる。おじさんと食事をしてお小遣いをもらう、いわゆるパパ活を始めた。次第に金に目がくらんでセックスもするようになった。レズビアンなので将来好きな人処女を捧げたい、といった貞操観念はなかった。どのおじさんも相手を顧みないセックスをする人だった。(女を金で買う男が最低なのは道理だし、売る私も同じ穴のむじな)

パワハラ

新しいバイト先でパワハラを受けた。上司の指示の矛盾を指摘すれば揚げ足をとるなと怒鳴られたし、人格否定されたし、無賃での残業を強いられた。耐えかねて上層部相談したところ異動してもらえ、今も勤めている。おかげさまで収入が安定し、売春からは足を洗えた。

現在

ギリギリ留年せずに大学に通いつつ資格勉強をしている。抗うつ剤抗不安薬睡眠導入剤でおおむね安定しているものの、常に体が重く思うように動けない。理由もなく強い不安に襲われてどうしようもなくなることがある。

増田を書いたわけ】

だらだらと半生を綴ったが、どんな事情があろうと差別は悪だ。被害者として同情してほしくはない。

私はこの世の男すべてを憎んでしまい、恐れてしまい、勝手に窮屈に生きている。本当は楽しく生きたいけれど、それが叶わないか死にたい毎日思う。だから男嫌いに折り合いをつけて(直すのは現実的でない)生きる知恵を貸してほしくてこれを書いた。痴漢パパ活については話したいことがたくさんあるので、気が向いたらまた書く。

長い駄文を読んでくださりありがとうございます。助言いただけたらとても嬉しいです。

【返信 05/17 22:36】

売春関連

成人男性AVを観たことがない人はいないと思います需要があるから供給する、それはどんな商売にも言えることで、私は自分の体を商品したことを恥じていません。何より趣旨売春ではないのでお門違いです

瞑想

真剣に勧められて嬉しいのでやってみます

レズビアン貞操観念

性的指向とその人の考えは別物なので、好きな人しかセックスしたくないレズビアン普通にいると思います。私も好きでない人とセックスをするのは不快ですが、お金と天秤にかければ諦められる程度でした。

【返信 05/18 17:18】

・峰波りょうさん『ヒメゴト』

途中まで読んだことがありますが、未果子はすごくリアルキャラだと私も思いました。セックスワーカー=①セックス好き ②生活困窮者のどちらかで語られがちですが、③男性嫌悪の裏返し、も多いです。私は②に③が軽く混ざっているのかと。

津島隆太さん『セックス依存症になりました。』第41話でも③が描かれていますね→https://wpb.shueisha.co.jp/comic/2019/02/15/108159/

・今のままでいいじゃん

冒頭に書いている通り生活に支障が出ているので何とかしたいと思っていますミソジニーの男が嫌い→同類ミサンドリーの女)になりたくない→男嫌い自分が嫌い、という葛藤もあります

2019-04-30

anond:20190427043504

適応障害で、常に頭痛がある。また、調子によって発声ができなくなる。ストレスである職場に行く前には動悸が激しくなり、汗が止まらなくなる。

加えて絶望した。家族から協力を拒まれ、信頼できなくなった。

尊厳は命よりも重い。自尊感情が失われれば、最後の一手はすんなりと出た。

日付が変わる頃、抗不安薬をたくさん飲み、居場所を求めて家を出た。あてもなく歩き、コンビニ若い頃に吸っていた銘柄タバコアイスコーヒーを買った。少し後に梱包用のビニール紐を買った。

兄弟と話をした。普段連絡はとらないが、呂律の回らないながらも色々と喋って吐き出した。

鳥が鳴いて、明るくなってきた頃に、柵を見つけて紐を括り付けた。もう一端を首に括り付け、角度を確認し、2、3度ためらって重心を投げた。

結果的にまだ生きていて、令和を迎えようとしている。

人生の終わりから3日後に書いた増田から3日後にまた書いている。同じことを思い出している。

感情的には揺れ動いたし、救われる言葉を受け取ったが、あの日から死生観に変化がない。むしろぼうっとした絶望から霞がとれて、グロテスクさの解像度が上がった。また、もう一度、同じように句点を打とうとしている。ただ、それはもう少し、ぬめりとした絶望を眺めてからにしようと思っている。

頭痛がする。動悸と手汗がすごい。

また書く。

OLが朝起きて20分で家を出る

可能です

可能です!

令和からギリギリまで寝ましょう!

GW中の準備

起床時の不安

精神科に行っておきましょう。眠くなりたいか眠くなりたくないかも伝えましょう。

生理前に起きられない

婦人科ピルをもらいましょう。自分生理周期を完璧に把握することで仕事の調整をしましょう。睡眠必要な時期は早めに帰り、寝るようにしましょう。

着替え

1. アイテム

きちんとみえて、洗濯機で洗えてアイロンがいらない服、つまりイッセイミヤケのプリーツプリーズを買いましょう。(追記: ググってビビった人、シンプルなやつもあるから安心して!普通ジャケットワンピーストップスパンツ、襟付きシャツもあるから!)下着靴下は、無印ユニクロで全く同じものを3-5セット買って、タイツタイツの箱、ヒートテックヒートテックの箱、靴下靴下の箱…と種類別にぶちこめる箱を買いましょう。

2. スタイリング

完璧な、一番いいスタイリングを3-5種類作りましょう。(※いつも同じ服を着ていることは恥ではありません。いつも完璧スタイリングだということは、いつもおしゃれだということです。今日スタイリング微妙だな、という日がないんです。)

3. 気温

朝出発する時間の30分前に、その日の気温をアラートしてくれるよう、スマホを設定してください。

メイク

1. アイテム

するのも落とすのも簡単もの、つまりキャンメイクの、マシュマロフィニッシュパウダーシークレットビューティーパウダーを買いましょう。髪が長ければ、ポニーテールに刺すだけでおしゃれしてる風に見えるアクセサリー最近あるので、それを買っておきましょう。

2. 眉毛

眉毛の形を確認しておきましょう。多少剃りすぎてもまだあと一週間あるので怖くありません。眉毛黄金比ぐぐると出てくるので参考にしてください。仕事が始まると全てを忘れるので、完璧眉毛状態を左右反対に写真に撮って、鏡台に貼っておきましょう。ペンシル、パウダーリキッド、どれが自分にとって一番楽かを見定めておきましょう。

朝ごはん

お好きなゼリー定期購入してください。

出発時間2時間半前

二度寝のために目覚ましを鳴らします。不安感が強ければ抗不安薬を、起きられそうになければカフェイン摂取して二度寝します。

出発時間30分前

もう一度目覚ましを鳴らします。気温のアラートを見て、タイツの有無やヒートテックの有無などを考えます。考えられなければここを見よ。

天気・気温から洋服を選ぶ | ぷりんときっず

ウトウトしながら10分後に起床する覚悟を決めてください。

出発時間20分前

起床!トイレ歯磨きピルを飲みますスマホで15分のアラームをかけます音楽をかけたかったらかけましょう。

着替え

決められたスタイリングのうち乾いているやつと靴下適当にとりタイツヒートテック必要ならそれもとり、何も考えずに着替えましょう。

メイク

洗顔化粧水乳液日焼け止めまで頑張りましょう。顔に染み込ませているうちに髪をまとめましょう。疲れて見えないように上の方でまとめられるといいです。ただのポニーテールでいいので、買っておいたおしゃれアイテムを刺して、ヘアゴムを隠しましょう。急いでいるのでファンデーションとかはもういいです。マシュマロフィニッシュパウダーを全体にパフパフします。シークレットビューティーパウダーハイライトを入れるところにパフパフすると綺麗になりますチークまでできたらえらいです。眉毛はお手本通りに描きましょう。眉毛が最難関なのでこれさえクリアすればもうすぐです!あとは適当口紅を塗りましょう。アイライナーやマスカラタイマーが鳴るまで、時間が余った時だけで大丈夫です。

出発時間5分前

タイマーが鳴ったら捨てるゴミをまとめて、GO!

ゼリー電車で飲みましょう。

帰ったら

クレンジングなしで大丈夫です!とにかく機械的シャワーを浴びましょう。

洗濯物がたまると辛いので、その日の洗濯物だけ済ませて、寝ましょう!

明日も頑張りましょうね!

2019-04-15

anond:20190415084753

うーん。まず、休学するのは悪い選択ではないかもしれない。そういう事情があるのなら、1年学年をずらすのも悪くないだろう。ただし、2年も3年もずらすのは良いとは思えないがね。そこから逃げるため、と思わずに、周辺の主に人間の関わる関係を再構築するため、と前向きに考えておくべきだと思う。

あと、自分でも認識していると思うけど、うつ病かどうかは別として、抑うつ状態にあることは間違いないかもしれない。(うつ病を含む)抑うつ状態になった場合、それまで当たり前にできていたことができなくなることが多い。入浴、掃除ゴミ出しなどは典型的な例だ。ちなみに私の知っている例では、ギターマニアうつになったらギターの弦を張り替えるのが異常にしんどくなって、ギターを弾かなく(本人の意識としては「弾けなく」)なってしまい……ってのがあったな。電車風呂の話はまさにそういうサインだと思う。

先日も書いたんだが、精神科もしくは心療内科受診する気なら、どこに行くかは結構重要。怖いのは、受診して状況聞かれて「はいじゃあこれ」と、複数種の薬をてんこ盛りにされるケースな。うつ病場合に処方される薬としては「抗不安薬」「抗うつ薬」「睡眠導入剤」の3点セットであることがほとんどなんだが、初診であるにも関わらず、各々のカテゴリーに入るもの複数種、あるいはそれに更に加えて本態性振戦(いわゆる身体の震え)に処方される薬(βブロッカーなどが多いんだが)を一気に処方してくるケースがあったりする。こういうところに通ってしまうと、複数種の薬でメロメロになった状態で、生活改善どころじゃない状況に沈んでいくことになりかねない。5ちゃんとか口コミサイト的なもの情報を拾うのが手っ取り早いと思うかもしれないが、治療を受ける側の主観にかなり寄った情報だったりすることが多い。お薦めは、地元保健所を探して相談に行くこと。保健所自立支援医療の窓口になっているので、病院に関する(治療実績を含む)情報が集まるから、怪しい病院は紹介候補から外して教えてくれるはずだ。そしてその上で通院して、コミュニケーションなどでしっくり来ないなら、そこで病院を替えたって構わない。無秩序ドクターショッピングお薦めしないが、患者複数意見を聞く権利があるので。

あと自殺について。まだ本当にうつの底に沈んでいないときが、実は一番危険なんだよな。うつの底に沈んでいたら、厭な言い方だが死ぬ気力も出ない。しかしそこそこ元気なとき精神状況の揺れがあると、そこでふーっと行動してしまうことがあるので。本当にやってしま人達共通しているんだが、「死にたい」って言わないんだよな、大概。皆さん「消えたい」「消したい」と仰る。でもな、この21世紀に、ゲイからって何故自分を消さなきゃならないんだ? 消す必要ないだろ。胸張って生きていいんだぞ。世間のアホな輩の中には「えーゲイだったら俺にも暴走的に来るんちゃうのー」とか言う奴もいるんだろうけど、これは、男性女性に対してやったとしても許されることではない。単なる性暴力だよね。つまりホモヘテロかなんて、実は何も関係ないんだ。アンタは必死エロビ買ってるんだろ。なら性暴力にはしっていないんだろ。それでいいじゃん。何を世間に恥ずべきことがある。何故自分を消さなきゃならないんだ。そんな必要はない。胸張って、少し休んで、必要なら医者カウンセラーの助けを借りて、堂々と生きていっていいんだよ。

2019-04-12

anond:20190412041951

きついことを書くが、アンタのために書いているつもりなので、どうかこらえて読んでもらいたい。

まず、アンタは治りたい(本当は治癒というよりは寛解、もしくは自分のありようにおりあいをつけるということなんだが)のか。今だけ楽になりたいのか。どっちなんだろう。いずれにしても、アンタのやり方はよくないと思う。まずアンタが書いている時刻が問題だよな。俺は今日早く家を出る用事があって早起きして、アンタを見かけてこれを書いているわけだけど、アンタ、未だに夜寝られていないんじゃないのか。それは状況が改善していない証拠だと思う。

自分で病名を探して納得しようとする、っていうのは、メンタルの悩みを抱える人が陥りがちな穴なんだけど、こう考えてみてくれないか。直線が曲がって見え、色が違った色に見える、そういう状態視覚で懸命に絵を描こうとして、絵が描けるのか? 少なくとも一人では描けないよな。もし無理矢理描くならば、定規なり補助者なり、といった「外部(自分以外)の基準」なしには絵は描けないわけだ。これと同じで、メンタル問題を抱えた人間が、その精神的状況を自分で精査することは不可能だ。だから医師なりカウンセラーなりの助けが必要だし、最終的な判断は彼らに委ねなければならない。

患者側が、たとえば amazon で大枚はたいて DSM-5 やそのマニュアルを購入し、自分にあてはまる箇所を探す……なんてことがありそうなわけだが、あれは臨床経験ちゃんと持った精神科医が診断の基準にするためのものなので、素人自分主観的に感じる状況をその中に探しても、あーここも、ここも、ここにもあてはまりそう……で終わってしまう。だから自分自分を「診断」するのはやめた方がよろしい。意味がないんだ。そういう例を山程扱っている専門家に委ねる必要がある。

ただし、患者側にもある程度選択する自由はあるし、選択することは考えないといけない。ニュースとかで見たことあるかもしれないが、安易な多剤併用の処方を漫然と行う精神科医は確実に存在するし、まともな指導を受けず、怪しい資格を取得してカウンセラー自称するような輩も結構あちこちに転がっている。

から、これから書くことをやってみてもらいたいんだ。うまくいけば、もっと自分の状況をよくすることができると思う。

まず病院を探すこと。近所にあるところにポンと入るのは駄目。さっき書いたような多剤併用を行うような医師に当たってしま可能性もある。俺がこの手の話を相談されたとき提案するのは、その地域保健所相談することだ。保健所は、精神医療における自立支援医療の窓口になっているので、精神科・心療内科に関する評判が集まる。多少敷居の高さを感じるかもしれないが、邪険にされることはまずないから、一度行って話を聞いてもらいたい。

あと、ちゃんとした精神科医は、いきなり病名を決めたりはしない。何度かの通院の中で、状況を観察し、処方に対する反応をチェックし、最終的な病名を決定する。なので、先の多剤併用みたいなことがない限りは、多少辛抱強く通院する必要がある。おそらく最初は、抗不安薬眠剤しか処方されないかもしれない。それは、いきなり複数種の薬を処方しても、効果があるのかないのか分からいから。向精神薬ってのは微妙な薬で、同じように見える二人の人に投与しても、片方に劇的に効くがもう片方は副作用で苦しむだけ……みたいなことが結構普通に起きる。抗うつ薬等の場合血中濃度が安定するのに長くて二週間位かかるものもあるので、飲み始めてそれ位経ってから効き目を判断しなければならない。最初は、まずひとつ処方して、二週間様子をみて、量を調節して、駄目そうなら他に変える、しかしいきなりやめると揺り戻しがくるから何週間かかけて減らし、他に変えて……ということを続けることになる。まあ、ちゃんとした医師は俺の書いていること位は説明してくれるけどな。いずれにしても、バファリン飲んで頭痛が治まる、みたいに安易はいかない。そこは辛抱しなければならないところだ。むしろ安易にいくと軽々に言う医師はあまり信用できないということだな。

あと、いわゆるパーソナリティ障害に関しては、薬剤治療よりも精神治療カウンセリングなど)が有効とされるわけだが、カウンセラーに関しては臨床心理士であるかどうかを確認した方が良い。他にもちょっと前に公認心理士という資格ができているわけだが、あの業界オーソライズされている資格って結局は臨床心理士なんだな。専門の大学院教育を受けないと取得できないし、資格が5年で更新され、更新にあたっては臨床実績がなければ無理、という制度なので、判断基準としては有効だと思う。カウンセリングに関しても、一度や二度受けてどうこう、というものではないので、継続的に受ける必要がある。

いずれにしても、医者は厭だ、自分自分はこうだと思う、納得した!……では、状況はあまり変わらないよ。変わってりゃあ、もう少し朝寝坊もできると思うんだけど。医者は厭、を越えて、少しはマシな医者を探す、に行ってもらいたいと思うのだが。

2019-03-07

https://anond.hatelabo.jp/20190307061336

ま、マジか…

毎日欠かさず、1.5Lぐらいビール飲んで最近はそれに9%酎ハイ(350ml缶or500ml缶)を追加するようになって「酒量増えたなぁ」って思ってたけど、俺アウトじゃん。

かに、酒で失敗したことはあるし、最近記憶が飛びがちだ。

俺も行ってみるかなぁ。

でも抗不安薬渡されて終わりって、そんなんで役に立つのか?

アルコール外来に行って気が楽になった話(3/8 0時追記

酒の量が1日ビール1リットル突破してきてて「こいつはやべえな」と思った。

手が震えたり、仕事中に酒のんだりはしてない。でも退勤時になると頭に頭痛のような違和感が出てくる。なので酒を買う。そう、酒を買って飲むのだ。体調悪いのに酒を飲むのは依存症状だ。離脱症状幻覚みるとかはないけど、それが我慢できないっぽい。まだ33で、致命的な事態には至ってない。酒で失敗をしたことはないし、記憶もなくさない。だけど、これが10年後、20年後になるとどうなってるか?YouTube依存症末期のひとの動画をみた。手の震えでコップがもてなくなってた。心底ゾッとした。

なのでこれまで何度も躊躇っては行かなかったアルコール外来受診することにした。

まずは電話で予約をいれる。三週間後にきてくれという話になった。電話越しに簡単な問診を受ける。なぜ予約をいれたか、酒で記憶をなくすか、1日どのくらい飲むか、酒が原因の犯罪歴は、ドラッグの服用経験は…。最後の二つは何もないのでなしと答える。三週間後の平日午後に予約がとれた。

当日、仕事を一時離脱して病院へ行く。表通りからはわかりづらい診療所で、精神科と併設だった。そりゃそうだ、そういう分野である。受付を済ませると、初診の問診票を書くことになった。ここでも似たような感じのことを書く。精神科受診経験(数年前に鬱)、アルコール依存症の点数チェック(3点か4点)、身体症状のある病気の有無(なし)、犯罪ドラッグ歴…。

おもしろかった?のは「家系図」を書けという項目。なんで家系図?素直に書くが、書いてるときに気づいた。俺、どちらの祖父も酒飲みだ。片方は暴力振るってそのまま絶縁。もう片方ものんべえだった。うーんこれは。

提出して10分後に診察室へ。先生の問診…ではない! その前に心理療法士?さんとのカウンセリングが待ってた。そこではもう少し深掘りした話をすることに。これまで聞かれたり質問されたことに「なぜ?」が要所要所で挟まり、根掘り葉掘りとはいかない範囲ちょっとした深掘りをされる。仕事がつまらないことや、飲むタイミングが一番高まるのは仕事終わりであること、過去女性関係の話、ギャンブルタバコの嗜好有無(ない)、帰ったら酒以外になにやるか(読書ゲームとネトフリ)。経済状況も聞かれたかな。

それが終わったあとに一時間診察待ち。一時間は長えだろ。精神科医大変だな。居眠りしたりFGOやったりしながら待つ。仕事一時離脱してきてたんだがここまでかかるとは思ってなかったんで午後休の連絡を会社にいれる。

診察の時間が回ってきたので診察室に入る。ふっくらした優しそうな男性だ。これまでと似たようなことを聞かれつつ、肝硬変までのステップ説明、会話でわかる範囲の想定される体質の話(顔が赤くなりにくいので多分アルコール分解要素の片方が少ないかも?みたいな)をされる。

印象的なのはお酒をどうしたいですか?絶ちたい?コントロールしたい?」というもの。正直、辞めたくはない。会社の付き合いもあるし、あと酒飲む以外の場で会う頻度の少ない大事友達がいて、酒断つとそいつと会いづらくなる。あまり素面で舌のまわるほうではないので、気まずくなるのがこわい。あと、おいしいお酒が飲めなくなるとそれはそれで人生の楽しみがなくなる。芳醇な香りと濃厚な味のデリリウムビールピートが強く香りの華やかなスコッチ最近開拓したバーで出てきた薬香の強さと甘みの組み合わせが癖になるアブサン…。絶つとまではいかない。なので断酒はノーと答えた。「そっすか、じゃあその方向で」えっいいの?やめろよと言われるもんだと思ってた。拍子抜け。

その代わり、「コントロールを目指そう。ビール1日500ml、飲まない日を週に何日か」という感じでまず1ヶ月やってみようと言われた。記録紙を渡されて、「断酒ができた日、飲んだ日は飲酒量」を記録するように言われる。あわせて薬も処方された。抗不安薬。あっ断酒薬じゃない!飲むとアルコール吐き気がするとか、飲酒欲求劇的におさえるとか、そういう薬期待してたんだけど。ちょいがっかりした。

「この薬飲んだらお酒飲んだらダメだよ、効果強くなるから」あっわかりました。でもそれアルコール外来に来た人に渡す薬としてオーケーなのか…?絶対飲むでしょ。それ見越して処方せん少な目に書いてるのかね。20分くらい話して、1か月後にまた来ることに。

今日は5日目くらい。初日は薬のむ前に帰りの一杯をやらかして3杯くらい飲んだが、翌日からは薬を飲んだら酒は飲まなくなった。抗不安薬効果なのか。あと、これ「酒NGの薬渡されて我慢できるか」もみてるんだろうな。

昨日の朝はここ数ヵ月で一番スッキリした目覚め。頭のもやがすっかり晴れた感じだ。そう、酒飲まないと頭がスッキリするんだよ。忘れてたこ感覚。まあ酒飲んだらまた忘れるんだろうけど。

とりまアルコール外来レポはこんな感じ。自分ではまだヤバイ段階にいるとは思ってないけど(問診過程質問事項に闇を見た)、コントロールは完全にできてないので、行くのけっこう躊躇ったけど受診してみてよかったと思った。それに、やめなくていいかコントロールを目指せと言われたことで変な負い目が心の中から消えた。あと、会社人間アルコール外来行った話すると酒の無理強い減ったのでそれもよかった。

これ書いた理由は、「海外芸能人ガンガン病気の話してるのいいよな、ああい世界きてほしい」と思ったからです。山口達也はああなる前にアルコール外来に行くべきだったんだよ…。

みんなももっと気軽にアルコール外来に行くべき。気になるひとは行っとけ。

追記:「アルコール外来高そう」というコメント見かけたので値段も書いておく。自分場合は診察費2000円、薬3週間分で2000円。これが高いかいかわからん

追記2:この駄文見て行こうか考え始めてる人をちらほら見るのでもう少し補足。

ビール1リットルが「やばい」の根拠は、医学的に「健康に支障をきたさない1日の飲酒量」が20gだからビールだと500ml。それ以上毎日飲むと健康に影響が出る、と医学的にはされているらしい。そそれをオーバーしてるのは当然よくないし、何より「アルコール依存症かどうか」を酒飲みが冷静に判断できるわけがないのだから。まずは医者にみてもらった方が確実、と思った次第。

2019-02-28

anond:20190228104623

SSRIだな。抗うつ薬全般に言われることだが、効果が安定するまでには最大で2週間程度かかる。

その薬が合うとは限らないので、その安定してきた時点で、本来作用副作用の状況を見て、その薬で続けていくか、他のものに切り替えるのかを判断することになる。

まあ慌てるな。

あと頓服というのは抗不安薬だと思うが、中には漫然と飲んでいると依存におちいる場合もあるので、医師の指示には従うようにな。

2019-02-25

anond:20190225131509

薬の名前は書けないですが、

寝付けない、眠り続けられないので睡眠導入剤睡眠薬

突然不安に陥るので、頓服抗不安薬抗うつ薬。(という表現であっていると思うのですが…)

自律神経を整える漢方を飲んでいます

2019-02-17

抗不安薬をもらったんだが

睡眠導入剤としての効能もあり、すごく眠くなる。

こんなんで会社行って大丈夫なのか。

デスクワークしながら寝ない自信がない。

普段からコーヒーなど飲んでいるならカフェイン摂取してもいいですよと言われたけどガブ飲みしてしまいそう。

2019-02-01

病みダイエットしようとしたら勢い余ってODした話

病みダイエット【やみ-だいえっと】(名)

利尿剤や下剤などの薬物服用、過食嘔吐などを含めた不健康ダイエット方法のこと。通称病みダイ

※この記録は無理なダイエットお勧めするものではありません。むしろ、心身ともに破壊されます絶対にやめましょう※

私は幼い頃から食べることが好きだった。朝も夕飯も机に一汁五菜は軽くないと拗ねる父親と、料理大好きでそんな父のリクエストにも軽く応えてしまえる調理師免許持ちな専業主婦母親の元で育った。ちなみに、お昼は幼稚園高校と全て私学に通ったせいで給食というものに縁がなく、15年毎日母親手作り弁当をぶら下げていた。

想像に難くないと思うが、育ったのは年齢だけではなく横幅も順調に大きくなった。なんと小学校6年の頃は160cm 75kg、高校卒業する頃には165cm 120kgと、小さい頃から大きくなるまで痩せていた期間がまるでないエリートデブの道を歩み続けた。

高校卒業後は医療系の大学へ進学し、日々講義試験、実習に追われる中で次第に「このまま社会人になってもあまりにもデブすぎて患者さんに説得力ないよなぁ……」などと思い始めた頃に、1年を通した病院実習が始まった。その実習では、比較的学年の中でも声の大きい男子を含めた3人と一緒になった。

声が大きいだけで真面目というわけではなく、講義サボるし実習も出来る限り出ない。課題は出来る学生のものを借りて写す。テニサーの女好きで、まあ、いわゆるクソみたいなパリピ存在のやつだった。

あー、多分実習の課題は全部私が見せるんだろうし、代返もさせられそうだし面倒だなと思っていたところ、実際その通りの展開となった。「どうせ君真面目だから全部見ていくでしょ?俺早く帰りたいから早めに抜けるわ。悪いけど、学生1人いれば先生の班への印象もいいもんで最後まで残っておいて」などというお願いは日常茶飯事で辟易していたが、文句を言って関係が悪くなるのも嫌で黙って従っていた。

そんな折に彼が別グループ男子学生たちに向かって、休憩室で「いやまじアイツと一緒とかないわwwwこう、もっと可愛い女の子と一緒に実習できるの期待してたのにあのデブスと一緒なのはマジ最悪www」とこれ見よがしに言っているのを聞いてしまった。

実際彼としては本心なのだろうし、普段なら受け流せた発言だったはずだ。エリートデブとして培われたデブやブスといった単語に対する免疫力を舐めないでほしい。ただ、その時は課題のことや出席のことなど散々肩代わりしてやっていた頃だったため、「(お前散々人に迷惑かけといてその言い草はなんなんだよ)」とそっち方面イラついてしまった。

そして、このままではあまりにも自分デブ過ぎて医療関係者としての説得力にかけるという自覚もあったために、ダイエットを決意した。

実習は忙しく、生活自体が気をつけないといとも簡単破綻する。食事制限するにはもってこいだった。まずは食事イベント(上の先生が奢ってくれる、友達ご飯に行くなど)以外では極力摂らなくなった。

しばらくすると、何かを食べようとしても食べることへの罪悪感から物が胃に収まらなくなった。友人たちと食事をして帰宅するとそのまま猛烈な吐き気に襲われて、トイレで全部吐いてしまう。食べることは好きだけど、そのままでは太ってしまう。味を感じられればあとは吐けば良い。そういった思考に陥り、ここから過食嘔吐生活が始まった。

ご飯はそこそこ食べるのだが、しばらくすると吐いてしまう。そして吐いたことによってスッキリする。体重計に可能な日は朝夜寝る前と乗り、前回より10gでも増えていると耐えられなくなった。市販の下剤を飲んだり、長風呂で汗をかい数字だけは減らす日々。最終的にはあんなに好きだった食べることさえも苦痛となり、ほぼ絶食状態へ。

ただ、流石に缶コーヒーを週で2本しか飲まなかった時は、病院へ行く電車に乗ろうとして意識ブラックアウトしてしまった。電車ホームの間に落ちた私を助けてくれたOLさん、サラリーマンのお兄さんには感謝しかない。

そして体重の推移を事細かに記載し続け、2年で50kgほどの減量に成功した。max125kgはあった体重が、75kgまで減った。

途中、1ヶ月で20kgほど体重を落とした際は体重減少性無月経や低体温に悩まされたりもしたが、体重を落とす速度を緩やかにした結果改善した。一時食事が食べられなくなってしまった身体は、母親献身的な支えによって今まで通りに食事が取れるまでに回復した。

今考えると人外かというレベルの三桁デブ卒業した私は、その後は一応デブ人間として生きることができた。なにより、デブ御用達の大きいサイズ専門店ではなく、その辺の普通のお店で服が買えるようになったことが一番嬉しかった。

大学卒業し、リバウンドもなく2年間は社会人として仕事を続けた。3年目になり、異動した先の職場はかなり激務だった。食生活も乱れまくり、気がついたら体重は10kgほど増え、85kgほどになっていた。流石にこのままではやばいと思い、再度生活見直しを始めた。なるべく体を壊さずに、ジム通いや食事内容の変更をするように心がけた。その後、通っていたジムの周辺で連れ去り殺人事件が起きたこからジムだけはやめてしまったのだが。

そんな折に職場の同僚が、長らく付き合っていた彼女遠距離の末に別れたという話を聞いた。何やらとても美しく優秀な女性だったようで、彼としては結婚も考えていた相手との破局に未練タラタラだった様子であった。

「君も早く彼氏作ったら?」

「いやー、私デブだしブスだし無理かな。今は仕事も忙しいから、そのうちね」

私も親からここ数年結婚に関しては強く言われ始めていたが、自分容姿一般男性ウケしないことは誰よりも重々承知していた。だからこそ、まずは自分の見た目をなんとかしてからでないと、恋愛結婚を考えるなど分不相応だという気持ちが強かった。男性からしたら、こんな見た目の女に好かれても迷惑しか思えない。

別に同僚はただの同僚であり、入職から今までなぜか常に私に対しては上から目線が強かった男だった。そんな彼からの面倒な詮索に関しても、適当にあしらって話を終わらせて帰ろうと思った。しか自分元カノ容姿性格その他ひたすら褒め続けるのを聞くのにも疲れた適当自分卑下して話の腰を折り、さっさと撤収に限る。しかし、それがなぜか彼の変なスイッチを入れてしまったようだった。

「どうせ自分の見た目がダメから、とかいうんでしょ?正直言ってそれはそう。太ってる女が好きな男はまずいないから。俺も細い子が好きだしね。男はね、女が男の顔しか見てないのとおんなじで身体が良ければ顔とか性格は割とどうでもいいんだよ。」

「はぁ……?」

突然何を言いだすんだこいつ、と思ったが彼の勢いは止まらない。

「君はまず痩せること。痩せればモテるよ。胸もデカいし、綺麗になると思う。だから明日から君はご飯食べちゃダメファスティング!!筋トレ!!!わかる?ファスティング筋トレからね!!」

「」

「あと男を見つける努力が足りない!!ちゃん婚活とかしてる?あ、みんなで出かけた帰りとかよく飲み屋街でナンパされてるの見けど、あーいうのに着いていけば良いじゃん!簡単に男できるし、新しい世界が広がるよ」

「いや、そういう明らかに一杯飲んだらこのあとホテルへ的なのは……」

実はこの1年前くらいに、知らない男に夜道で車に無理やり乗せられかけたことがある。そのとき抵抗して逃げ切ったが、今でもあの時のこのまま車に入れられたらどこかで知らない男に犯されていたかも、下手したら殺されていたかもと言った恐怖が色濃く、それを伝えた上であまりそう言った話題は、とお願いした。通っていたジム付近での殺人女性が連れ去りの果てに殺されたというものだったため、余計に怖かったのである

「んー、俺の彼女もよく声かけられてて大変だったけど、そんな雰囲気なかったよ」

「それはすごく美人さんだから、手軽に犯せそう!みたいな軽いタイプが選ぶ相手じゃなかったんだよ。意外とそういうところは相手選ばれてるよ」

「ふーん。まあ、君の場合身体から始まる関係もありじゃない?まずは行動あるのみ!今度はそういうのにも着いて行ってみなきゃ!世界を広げよう!!」

愕然とした。こんなに気軽に性犯罪に巻き込まれるかもしれないような提案をされたこと、そうでもしなければ男なんかできないと言われたことがショックだった。

かに私はデブだし、ブスだけど私にも人を選ぶ権利出会いを選ぶ権利はあるはずなのに。ほぼ同じ内容のことを、その日の夜に別の同期と3人で出かけた時にも言われた。別の同期がトイレに立つと、私に言いたいことをぶつけてくるという状態であった。

それ以来精神的に参ってしまい、同期がいる前では満足に食事をとることが出来なくなった。それでも腹は減るため、職場我慢した分家ではありえないほど食べてしまう。そうすると罪悪感で吐く。過食嘔吐が再発した。マロリーワイス症候群のようになり、血を吐いたりもした。

この時、別の同期は3人で卓を囲んでいた時もその時の飲み会での私への態度が酷かったことに、ひっそりと気付いていたらしい。

あいつには後から言い過ぎだぞって言っておいた」

「気を遣わせてごめんね、ありがとう

「でもあいつなんて言ったと思う?『あのくらい言っても良いくらいの関係は築いてるから大丈夫』とか言ってんだぞ?クズか?」

親しき仲にも礼儀あり、とはよく言ったものである過食嘔吐に苛まれながら、さら職場で彼と会うことが苦痛になった。なんと、それ以来私にあれだけ断食しろと言っておきながら

パン余ったんだけど、食う?」

飲み会やるんだけど、来てよ」

と、職場で声を掛けてくるのだ。パンなどは断ったが、もしかしたら飲み会などは誘いに乗るしかなくて物を食べている私を内心馬鹿にしているのかもしれない。お腹が空いてごめんなさい、ご飯を食べてしまってごめんなさい。後で全部ちゃんと吐いて綺麗にします。

エスカレートした被害妄想は止まらなくなり、仕事に行きたくなくて、消えない食欲の罪悪感から彼の顔も見たくなくてしょうがなくなった。でもデスクは隣だし、仕事も被っている。どうしても無理だ。昼休みを隣のデスクで過ごすことも苦痛で、女子ロッカー椅子腰掛けて過ごすようになった。

何らかの方法で胃を悪くしてご飯が食べられなくなれば彼は許してくれるのではないか。ふと、そんな考えが頭をよぎった。

これは名案かもしれない。

簡単に胃をやるとすれば、数年前にダイエットしていた時に一番効いたのは、アイスコーヒーの1Lパックを1日で2本弱飲み干した時だった。なるほどカフェインは胃酸の分泌を亢進させる働きがあるから、胃は傷めつけられそうだ。ついでに利尿効果もある。ちょうどいい。

カフェインについて調べると、そういえばエナジードリンクと錠剤の併用が原因らしいという死亡事件が一時期話題になっていたことを思い出した。カフェイン人間個体差はあるものの、ある程度摂取可能だが、その他の哺乳類にとっては猛毒である。また、人間にとっても中毒域と致死量の幅が狭い。嗜好品としてのコーヒー程度ならば問題ないが、錠剤の多量摂取は気軽にやると急性カフェイン中毒を引き起こすし、下手をすれば死んでしまう。

ならば、中毒域に入らない程度でカフェインを飲んでいい感じに胃を悪くしてやろうと思い立ち、ドラッグストアカフェイン剤を購入した。

家に帰って1回2錠1日2回までと書いてあった箱を開けると、茶色い錠剤が20錠出てきた。とりあえず2錠飲んでみたが、何の変化もない。

時計を見ると17時半。明日から仕事であることをまた思い出し、次第に同僚に会いたくない気持ちと恐怖と嫌悪感がむくむくと頭をもたげだ。いっそ身体が壊れればしばらく休職できるかもしれない。頭の中でカフェイン中毒量と致死量計算した。体重換算で一箱飲んだら中毒量は超えるが、致死量全然超えない。まだ両親も健在で、死ぬわけにはいかない。全部飲んでも死なないなら、いっそ全部飲んで身体さえ壊れてしまえばいいのでは。仕事休みたい。

気付いた時には20錠分の空のPTPシートを手にしている自分が、床に座り込んでいた。

タイミングよく実家母親から電話が来た。何を言ったのかは朦朧としていたためにあまり覚えていないが、同期が嫌で仕事に行きたくなさすぎて薬を飲みすぎてしまたことは伝えた気がする。

4時間半ほど経ち、動悸と頭痛、冷や汗と吐き気に苛まれているところに焦った母親が高速を飛ばしてやってきた。ベッドに横たわる私と、ゴミ箱の中の薬の空き箱やシートを確認すると、

「そんなくだらない男のためにこんなことしないで。死のうとするならママも一緒に連れて行って」

と泣き崩れてしまった。

大丈夫致死量は飲んでないか気持ち悪くて胃が悪くなるだけで、そのうち薬が抜けたらよくなるから……この量じゃ絶対死なないから。計算たから……」

その後のこともおぼろげなのだが、職場への救急搬送は意地でもされたくなかったため、一晩母親の付き添いで明かした。朝、立って歩くこともやや覚束ない状態となった私は上司電話をしたが、ODのことは踏ん切りがつかずに伝えられなかった。

気持ち悪くてずっと吐いてます今日仕事は出られそうにありません……」

腸炎か?ノロ流行ってるからなぁ。君、一人暮らしだろう?飯も食えない、水も飲めないだともう入院したほうがいいんじゃないか?受診手続きを整えるから

そう言って電話は切れた。上司はどうやら感染腸炎を疑っているようだった。母親病院で補液をして早く血中濃度を薄めるように、という。まず、上司や先輩たちは私が精神的に不安定だったことを知らない。ODを疑われる要素は職場には絶対にない。もし、血液検査異常などで疑ってかかられたとしても、抗不安薬抗うつ薬などと違って、カフェイン中毒はそれを念頭に置かないとバレる可能性は低いだろう。

そしてそのまま感染腸炎疑いとして入院となった。血液検査異常も少なく、ODはまるで疑われなかった。母親自分自身の通院があるため、入院手続きだけして実家とんぼ返りした。部屋を出る際、再度泣きながら

「もうこんなことしないでね。もし死にたくなったら一緒だからね」

と言われたことを覚えている。

気持ち悪さに苛まれている間、何よりも強く思ったのは少しくらい太っていてもいいから、本来なら美味しくご飯が食べられる身体大事にしたほうがいいということだ。

あれだけ好きだったお粥も、お魚の煮付けも、サラダも、まるで喉を通らない。無理に食べても全て数分後には吐き出している。制吐剤を打ってもらわないと夜は眠れないほど胃が辛い。切り取って水洗いしたいほどに苦しく、ベッドの上でひたすらのたうち回っていた。睡眠不足でうとうとすると悪夢が見える。同期が笑いながら私を蔑んでくる。はっとして起きると、気持ち悪さで苦しい。夜通しその繰り返しだった。

しかし、致死量までは飲んでいないのも本当で、制吐剤と補液で徐々に改善傾向にある。食事お粥半量程度なら口にできるようになった。それでも頭痛と心窩部不快感は残っているのだが。

こんな苦しい思いをするのなら、そして親に多大な心労をかけるならこんなことしないほうがマシだったと思う。

でも、食事が取れるようになってくると、再度食事をすることへの罪悪感が生まれてくるようになって来ているのも事実である。あまりにも辛かったこからODは2度としないが、もしかしたら退院できてもまたしばらくは過食嘔吐や拒食からは抜けられなくなるかもしれない気はしている。

ダイエットを考えている方々には、こんな自分身体を痛めつけるようなことはやめるべきと伝えたい。適度な食事制限と、運動が遠回りに見えても何よりの近道だ。むしろ少し太ってたって、美味しいものを美味しく食べられることは、こんな風に身体ボロボロにするよりは幸せかもしれない。

ダイエットしている人や、太っている人が周りにいる人は、その何気ない一言相手の心を大きく傷つける可能性があることを今一度考えて過ごしてほしい。私は思いとどまれたが、私も両親という枷がなければ勢い余って致死量まで飲んで死んでいたかもしれない。

自戒を込めて、記録に残そうと思った。

まだベッドから降りて動き回るのはつらいが、そろそろ退院と自宅療養が見えてきた。今は身体が辛くて精神も持たないため、今後の仕事での身の振り方や、今回の件に関しての相談をどうするかについては身体が良くなったら考えることにする。

2019-01-02

共感能力が無い者は哺乳類ではない anond:20190102214121 anond:20190129095639 anond:20190129112240

他の個体ストレス感じているとストレスを感じるのが標準的哺乳類やで
非・哺乳類か、超ストレス状態か、宗教の人か、サイコパス やで

▼「誰かを助ける」のに理由はいらない(哺乳類なら):シカゴ大学 研究結果


ラットは閉じ込められた仲間を見ると、その仲間に共感し、助け出そうとする。しかし、抗不安薬が投与されストレスを感じにくくなるとこの行動が見られなくなる、という研究結果が発表された。

「閉じ込められた仲間を助けるには、仲間と同じ気持ちになる必要があります。これはわたしたち人間の行動を思い起こさせる結果でした。わたしたちも、ラットと同じ哺乳類なのです」とメイソン教授は語っている。

「誰かを助けると、通常はいい気分になります他者を助けることは、いわば一種麻薬のようなものなのです」とメイソン教授は言う。「これは、おそらく進化過程で獲得した哺乳類特質なのでしょう。互いを助けることは、種の繁栄もつながるのです」

マウスに『共感能力 (川崎福祉大学)


https://w.kawasaki-m.ac.jp/data/5070/topicsDtl/

2018-12-10

anond:20181210130715

SSRIは初期は不安感が亢進するからよっぽど困ってるとき以外は止めといたほうがいい。

抗不安薬結構いいと思う。

2018-10-19

適応障害休職になった男のリハビリ日記1

前段の話

大手SIerの半研究開発職/半SEみたいなポジション仕事していた者です。

一応昨年度の新卒で入ってますが、業界は初めてではなく大学時代も細々ベンチャーで開発職したり、フリーSEしてました。

今の会社入社すると同時に結婚して、今は妻と2人暮らしです。

ただ妻はいわゆるボーダーで、パニック障害持ちでうつ病と少々厄介でした。

そんな感じの背景のある人間です。

本題

ある日、酷い頭痛発熱、全身の極端な倦怠感、強い動悸に襲われました。数日経っても改善せず病院に行きましたが病理的な原因は不明です(やや数字には出ていたのですがそもそも数日間食欲もなく水分もろくに取っていなかったので…)。

その後もあれよあれよと言う間に色々な検査を受けて最後精神科で掲題の診断に。

実は精神的な問題には心当たりがありません。会社も決してブラックではなく、もちろん妻のことは大変でしたがそれでもなんとか。強いて言えば妻は働ける状態ではなかったので、お金の面がじわじわ不安になってきた程度です。

それでも、事実として身体に症状が現れ、夜は眠れず、朝起きれば意味もなく(良い歳して)泣いて…。

あと自殺念慮というやつが私には今ひとつ分かっていなかったのですが分かったかもしれません。死にたいと思っているつもりはないのですが、自分電車に飛び込む映像、首を吊る映像ベランダから飛び降り映像…こういったものが繰り返し頭をよぎる(あるいは脳内再生していた)状態でした。

うつ病の妻を持っていたので、この手のことには詳しいつもりでいたのです。しかし、自分のこととなると意外と分からないものなのでしょうか。

自分も今でこそ、そんな風に客観的に書ける余裕がありますがその当日は「休職だけは勘弁だ」とか「死んでもいつも通りの生活する」などと騒いでいたそうで…(笑)

夕方比較調子が良いのと、セパゾンを飲んでるのが効いているのかなぁ…今は落ち着いて書けますね。

ごめんなさい、結論がまだでした。

休職1ヶ月を申し渡されました。

これが本題です。

休職1ヶ月のリアルは、主治医曰く

3割が復帰、3割がさらに延長、3割が今の仕事生活からドロップアウトといった感じらしいです。

私は復帰の3割に入れることを願い、行動しようと思います

適応障害と診断され、1ヶ月の休職になった会社員が本当に1ヶ月で復活するアーカイブとなれば良いかもしれない。あるいは、その難しさに挫折して違う道や、時間をかけた戦いに戦術変更するアーカイブとなっても良いかもしれない。

いずれにせよ、予想外の病に抗う匿名ブロガー不定期な日記をここに残していくことにします。

そして、最後自身方針を是非はともかく残すことにします。

薬物的な方針
行動とかの方針

薬物的方針主治医とも色々相談した上で…眠れないときアルコールで寝てしまうよりは…ということに。

SSRISNRIは相性問題も難しいですし、急性期の抑うつには難しいので一旦は無しで合意しました。

行動の方針はもう実行してますが…これは次の日記で。

具体的には会いたい人で、その上で会ってくれるという人には積極的に会って行くことにしました。あと大学時代研究室に少し、お世話になって勉強も。

今回の日記はそういった前置きの話で置いておきましょうか。

から本当の本当に日記になると思います

ちなみに次の日記には、大学時代お世話になった全然畑違いの先生に会いに行く話だと思います

今回のはここまで。

2018-10-18

セフレへの片想いをやめた

10月18日。1年以上好きだった人を諦めた。諦めると言えば大そうに聞こえるが、1ミリ希望もない恋だった。

好きでいることをやめる。この1年と4か月、どれだけ冷たい態度をとられても、数少ない友人たちに口をそろえて諭されても、検討すらしなかった選択肢今日自分で選んだ。

好きな人がいた。顔を見た瞬間一目ぼれだった。誰が見てもわかるくらいに整っていた。バンドが好きないまどきの若者だった。

特別可愛いわけでもスタイルいいわけでもない私は、ものの数日で目も当てられないくらい夢中になってあっという間にフラれた。好意プライドもズタボロになって、しばらくは抜け殻みたいだった。一人でいたくなくて、マッチングアプリで知り合った男の子と頻繁に会っていた。彼は、その中の一人だった。

好きだった人と同じ髪型だったかLIKEして、マッチして、しょうもないやりとりをして、初めて会ったとき「ああハズレだな」と思った。タイプじゃなかった。背丈は私と同じくらいで、髪は写真よりもずっと短かった。

「どこか行きますか?」と聞いてもめんどくさそうな声で「どうしましょうね」と返ってきた。待ち合わせ場所でしばらくグズグズしていたけれど、ようやく入ったファミレスで彼はずっと携帯を触っていた。気を遣って話しかけるとようやく液晶から顔を上げる。眠そうな目がこちらを向くのも少し怖かった。

私が「ハズレ」だと思ったように、彼も私を「ハズレ」だと判断したのだろう、と自分を納得させた。ドリンクバーデザートのみの会計は彼が払ってくれたけれど、それくらい自分で払いたかった。

いざ帰るとなったとき、彼は駅のホームまで送ってくれた。自分が乗る反対方面の電車が行ってしまっても、私が乗る電車が来るまで隣で待っていた。乗り込んだ電車が発車するまで見送り、すぐに「気を付けておかえり、また会おうね」とLINEをくれた。

これは「ハズレ」だとは思われていない?しばらく様子を伺いながら連絡を続けたけれど、彼のLINEは会う前と変わらず好意的で、なんなら会う前よりも少しくだけたように思えた。

「変わった人だなあ」が第一印象だった。

その後は以前よりも親しげに、日常的なこともLINEで話すようになった。なんとなくレスしていただけだったけれど、次に会うのが少し楽しみになった。

2回目に会ったときにはもう夏も間近で、2人でかき氷を食べた。くすりとも笑わずに、淡々と話をする彼は、言葉選びから仕草視線の移し方に至るまで私のこれまで知る男の子とは違っていて面白かった。彼は、一通り二股にはげむ友人のクズエピソードを話し終えたあと、最後に残った餡子に向かって「もう1つくらい白玉入ってると思ったのに…」と小さく悪態をついていた。

それからは急速に仲良くなっていったように思う。そう思いたい私の記憶いかもしれないが、7月に入るころには、無愛想な受け答えやつまらなそうな振る舞いに悪気はなく、それが彼の癖のようなものだとわかるようになっていた。「今日はどうしようか」と聞けば相変わらず「どうしようね、決めて」とめんどくさそうな返事が戻って来たけれど、「いつも私が決めるんだけど?」と軽口を返すことができた。彼に興味があった。見ていて飽きなかった。別れ際はいももう少し一緒にいたかった。でもその感情好奇心とよく似ていて、私はまだ自分の恋心が動きつつあることに気づかなかった。

ホテル映画見ようよ」と誘ったのは私だった。彼は一度断ったけれど、不機嫌な私の態度を見てか、「いいよ、行こう」と言い直した。何度も「たぶん俺すぐ寝るよ」と言っていたのに無視をした。私が選んだ映画再生して、眠そうな彼を何度か起こして、エンドロール流れるころには深夜2時を回っていた。彼は髪を撫でたり、頬を触ることはあってもそれ以上のことはしなかった。「ここまできてキスしないんだね」とけしかけたのも私だった。彼は「そういうこと言わなくていいから」と言った。私たちは付き合う前にセックスをした。

それ以降、泊まりが増えた。元々向こうのバイト終わりに会うことが多かったから、時間を気にしなくていいのは嬉しかった。お金に多少ルーズな彼と会うために、ホテル代は私が多めに出すことが多かった。

このころには、「彼のことを好きになれそうだ」と思い始めていた。まだ失恋を引きずっていたし、次に依存できる恋愛を見つけたかっただけかもしれない。

それでも男女の関係にありながら、普通に「この間会った男の子がね、」なんて彼に話していたし、彼はそれを興味なさそうに聞いていた。

彼はたまに、らしくない、思わせぶりなことを言った。「他の男の人の話されるの好きじゃない」と言ってみたり、「俺のあとに他の人に会いに行くって俺は気分良くないよ」と言ってみたり。失恋自尊心を損なった私にはそれがとても気持ち良かった。ある土曜日、私は他の男の子との約束をやめて彼とホテルに泊まった。彼と会う前に少し嫌なことがあって、本当に本当に馬鹿だと思うけれど、抗不安薬オーバードーズした。視界がぐらぐら揺れて、手足がしびれるような感覚がしていた。彼は私の腰を抱いて「馬鹿じゃないの」と叱ってくれた。嬉しかった。どうしようもない女だと思う。そこから記憶は途切れて、次のシーンはホテルのベッド。「他の男のところに行かせなくてよかった」そう言われて抱きしめられて、私はいとも簡単に恋に落ちた。あるいは、いとも簡単に落ちていた恋に気づいてしまった。

そこからはまた、一瞬だった。失恋を忘れたい、新たな恋愛依存したいという気持ちが、このしょうもない恋愛アクセルをかけた。踏み込んだら思った以上に加速した。告白をしたらもう止まれなかった。

「フるわけじゃないけど、今は付き合えない」

保留にされて、少し冷静になって、「あれ、ブレーキのかけ方知らないや」って気が付いたときにはもう遅かった。7月中旬には、彼を好きでいることが私のアイデンティティになっていた。どうして付き合ってくれないの?「もう好きに寄ってるよ」って言ってくれたのは嘘だったの?告白を保留にされていた期間は不安心臓が千切れそうだった。幼稚な私はそれをそのまま彼に伝えて、彼は「わかるよ」とだけ言って肝心なことはいつもはぐらかした。それでも、どれだけ不安でも寂しくても辛くても悲しくても、このころが人生で一番幸せだった。

はいつまで経っても告白の返事をくれなかった。

告白からひと月がすぎ、彼の返信は少しずつ遅くなっていった。「会いたい」といえば「忙しい」と言われた。

「好きでいることは迷惑ですか?」と聞いたことがある。彼は「これまたクズって言われると思うんだけど」と前置きをして、「好きでいてほしい」と言った。

8月14日お盆休みの4日目。ようやく彼と約束を取り付けた。朝10から連絡を取って、会えたのは18時。喫茶店他愛もない話をしながらお茶をして20時には彼は駅のホームまで私を送って行った。「まだ一緒にいたい」というと「もう充分でしょ」と笑い、「充分に見える?」というと「俺はもう充分だから帰るよ」と返された。

ホテル行こうよ」と誘ったのは私だった。彼は初めて誘ったあのときよりもずっとめんどくさそうな顔をして嫌だと言った。「これが最後から」と腕を引っ張ると、「だったらお茶してまた会えた方がいいんだけど」と小さく言っていたけれど、すぐ「ホテル代タダならいいよ」と言い直した。ホテルを出た帰り道、彼は駅の階段の前で「じゃあ元気で」と言い、私の顔を見ると「また泣くじゃん、泣く前に帰ってね」と冷たく言い放って手を振った。ひとりホームまで歩いて電車に乗り、方面を間違えたことに気づいたら我慢できずに泣けてきた。

それでもこの頃の私は、この恋がこれまでしてきた恋と何一つ変わらないと思っていたし、こんな気持ちもまたひと月すれば忘れられると思っていた。

すぐに彼氏ができた。すごく優しい人だった。私に好きな人がいることも知ったうえで、「僕のことを好きにさせます」と言ってくれた。一緒にいれば楽しかったし、だんだん惹かれ

ていったのは確かだった。

でもデートをして、車で送ってもらい、別れ際にキスをして部屋に戻ると見るのは好きな人SNSで、ただでさえ不安定気味な私の情緒さらに揺れて、そう長くは続かなかった。

「好きだけどもう疲れた」と言われたとき、「やっぱり私には好きな人しかいないんだ」なんて馬鹿たことを思った。

そこからまたひと月、ふた月と過ぎて、気持ちは一向に変わらず。最後だと言っておきながら彼に連絡をしては、無視をされたり冷たい言葉で返されるような日々が続いた。毎日毎日彼のことだけを考えた。いつしか私の生活は会うこともできない一人の男の子のためにあると思うようになった。SNSを盗み見るのが習慣になり、彼の友人に彼の写真をもらったり、彼の好きなものを調べては行きそうな場所待ち伏せをした。

彼が手に入るなら何もいらなかったし、彼が手に入らないのなら生きている意味がなかった。それでも私が明日を生きるのは、明日返信が来るかもしれないから。数年先の未来には、彼の隣で私が笑っているかもしれないから。

彼は最後の日から今日にいたるまで、2回だけ、気まぐれに私に会ってくれた。

2月17日、たった1時間ちょっと時間だったけれど、本当にこれまで頑張って生きていてよかったと思った。渡したバレンタインチョコにお返しはなかったけれど、おいしいと言ってくれただけで嬉しかった。

2回目は、そこからまた4ヶ月。1年前、まだ仲が良かったころにも遊んだ6月17日。二人でウィンドウショッピングをした。人がごった返す渋谷駅で、私には彼だけが輝いて見えていた。彼は優しかった。面倒なセフレに対する態度ではなく、親しくない友人にするように。どんどん距離は離れて、それでも私は何も変わらず彼が好きだった。

10月16日。彼のSNSひとつに鍵がついた。もうひとつSNSでは落ち込んでいるような旨の投稿をしていた。彼の友人から、私との出会いきっかけでもあるマッチングアプリを消したときいた。「真面目に生きる」のだそうだ。彼女ができたのだと思った。ついに恐れていた日が来てしまったと思った。

息がすえなくて抗不安薬をたくさん飲んだ。「もう薬たくさん飲んだりしちゃだめだよ」ってあの日優しく言ってくれた彼がちらついてあるだけ飲んだ。気絶するみたいに眠りについて、気がついたら15時間が経っていた。彼女かあ。彼女いいなあ。可愛い子なんだろうな。こんな惨めな女がいることなんて知りもせず、当たり前のように彼と手を繋ぎキスをして、セックスをするんだろうな。

悲しくて悲しくて、だけど好きな気持ちは変わらなかった。好きで好きで好きで好きで、笑った顔を思い出しては、彼がその彼女と楽しそうに過ごしているといいと思ったり、すぐに別れてほしいと思ったり、どうか幸せになってほしいと思ったり、殺してやると思ったりしていた。

これから私は彼女持ちの男に不毛な恋をしていくんだなあ、とぼんやり思っていた。

ただそんなことを考えながら泣いているだけで、丸1日が経った。

彼のSNSには相変わらず鍵がついていたけれど、祝福のコメントひとつでも読んでやろうと彼あてのメッセージ検索した。涙も枯れて、何を見ようとこれ以上悲しいことなんてないと思った。でもこれが、彼を諦めるきっかけになった。

好きな人には、彼女はできていなかった。

「両想いだと思っていた女性から連絡が来ず、傷心している」といった内容のことを彼の友人が茶化して書いていた。投稿に添付された写真には、大好きな彼が写っていた。やっぱり世界中の誰よりもかっこいいと思った。でも私の知らない横顔だった。私の好きな彼じゃなかった。

喉の奥がきゅっと詰まるような感覚がした。虚しくて、寂しくて、吐き気がして何度もえずいて、信じられないような気持ちで見返しても写真は変わらず切なげな表情の私の知らない好きな人だった。

好きな人が、私を好きにならないことにはとっくに諦めがついていた。でも私以外の誰かを好きになる好きな人は見たくなかった。私がどうやっても手に入らない彼の好意が、無下にされていることも虚しかった。私は誰かを好きだと思う彼を知らない。彼の事を知らない。これまで散々私と恋愛をする彼の妄想も私に愛をささやく彼の夢も見てきたけれど、現実の「恋をする彼」は、あまりに遠くて、遠くて、遠くて。もう潮時だと思った。大好きだけどもう好きでいてはいけないのだとようやく気が付いた。

彼の写真を消した。何度も見返したLINEも消した。

SNSももう見ないと決めて、一番そばにいてくれた友人と姉に「諦める」と連絡をした。

私の人生で一番大きな恋が終わった。はたから見れば遊ばれたメンヘラ女の、惨めで愚かなよくある話だと思う。

今はどうしたらいいのかわからない。たった1年と数か月でも、もう彼は私の生活だった。彼に出会う前に何を思い何を考えて生きていたのかわからない。死にたくはない。

やめた方がいいのだとたくさんの人に言われたし、諦めたと言えば「頑張ったね」「よかったね」と大切な人が喜んでくれた。これは進歩なのだと思う。本当にできるのかもわからないけれど、彼を忘れることは喜ばしいことなのだ。私が彼を好きでいることは誰にとっても悪いことのようだったから。でも今はまだそれが悲しい。こうして、何度も思い返すうちにすりきれてしまったような曖昧な昔の記憶を引っ張り出しては誰にも言えない心情とともに匿名日記にするくらいには悲しい。

本当に本当のことを言えば、これは備忘録だ。忘れることを強いられた私の最後の逃げ道だ。たとえ叶わなくても、私は君にずっと好きでいさせてほしかった。毎日がすごく苦しくて悲しくて幸せだった。君は迷惑だったかな。好きになってごめんなさい。ずっと好きでいてごめんなさい。気まぐれに言っただけの「好きでいてほしい」を一年以上も信じてごめんね。君は優しくてかっこよくて面白くて愛おしい、最高の男の子から絶対絶対絶対幸せになってね。

2018-10-11

anond:20181011230659

なんか重たい話を見た

世の中は悪意では出来ていないよとだけ言える

そもそも哺乳類であれば助け合うのは普通理由は要らないのだ

▼「誰かを助ける」のに理由はいらない(哺乳類なら):研究結果

ラットは閉じ込められた仲間を見ると、その仲間に共感し、助け出そうとする。しかし、抗不安薬が投与されストレスを感じにくくなるとこの行動が見られなくなる、という研究結果が発表された。

「閉じ込められた仲間を助けるには、仲間と同じ気持ちになる必要があります。これはわたしたち人間の行動を思い起こさせる結果でした。わたしたちも、ラットと同じ哺乳類なのです」とメイソン教授は語っている。

「誰かを助けると、通常はいい気分になります他者を助けることは、いわば一種麻薬のようなものなのです」とメイソン教授は言う。「これは、おそらく進化過程で獲得した哺乳類特質なのでしょう。互いを助けることは、種の繁栄もつながるのです」

2018-09-09

anond:20180909230454

GABA受容体のはたらきに作用する抗不安薬は、覚醒剤というよりダウナー系のドラッグかと。アルコールも同じ類。

脳の報酬系ピンポイントに賦活する覚せい剤とは違い、脳全体のつながりをゆるくデカプリングすることで過剰な脳の活動を弱める効果がある。

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