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はてなキーワード: 空想とは

2024-10-04

インターネット存在で、世界不思議払拭されて寂しい

インターネットができて、世界はすごく便利になった。

どこにいても、スマホパソコンさえあれば何だって調べられる。

行ったこともない場所、見たこともない景色、食べたこともない料理。何だって画像付きで詳細に知ることができる。

まるで世界のすべてにアクセスできるように。知らないことがなくなるって、すごく楽だ。

この街ってどんな感じ?」とか、「あの国に行くにはどんなルートがある?」とか、ネットで調べればすぐに分かる。

現地の口コミレビューまで見られるんだし、安心して旅行計画も立てられる。まあ、便利だよ。そりゃあ、便利だ。

でもさ、なんだろう。俺、時々思うんだよ。

インターネットがない時代、あの時代しかなかった「世界不思議」って、もう今じゃ味わえないのかって。

なんていうか、未知のものに触れたときのワクワク感というか、あれがどんどん薄れていくのがちょっと寂しいんだ。

昔はさ、世界のどこかに本当にドラゴンいるかもしれないとか、空を自由に飛べる方法があるかもしれないとか、そんな空想が当たり前のように頭に浮かんだんだ。

昔は学校帰りの道端でかめはめ波練習を本気でしてたし、「世界に一人くらいはかめはめ波を打てるやつがいるに違いない!」って心の底から信じてたんだよ。

でもさ、今じゃネット検索すればすぐにわかる。

かめはめ波を打つ方法」なんて検索しても、出てくるのは『かめはめ波ポーズ完璧再現する方法』みたいな動画で、誰も本物を打てない。

そりゃそうだって分かっちゃいるんだけど、でも、なんだろうな、ネットのせいで夢が壊された感じがするんだ。

そんなふうにちょっとしょんぼりしてたんだ。そう、先週までは。

先週の夜のことだ。

あの日仕事がやたら長引いて、会社を出たのは22時を軽く超えてた。

疲れてクタクタになりながら、俺は自宅に向かって歩いてたんだよ。

静かな住宅街、周りには誰もいない。しーんとした夜の空気が心地いいんだか、逆にちょっと不気味なんだか、よく分からない雰囲気

家まであともう少しってとこで、俺、ふと後ろから声をかけられたんだ。

すみません、少しお時間をいただけますか?」

ぎょっとして振り返ると、そこには驚くほど美しい女性が立ってた。

顔立ちは整っていて、長い黒髪が夜風にふわっと揺れてる。

正直、こんな時間にこんな人がいるなんて思わなくて、俺は一瞬固まった。

でも、彼女の目を見ると、何か引き込まれるような、不思議感覚に襲われたんだ。

「あの……?」

あなた、少し血を分けていただけませんか?」

「……は?」

いきなり何を言ってるんだ?と俺は思った。血?何言ってんの、この人?でも、彼女はいたって真剣な顔で俺を見つめている。

「私は吸血鬼です。今夜は少し血が必要なんです。ほんの少しだけ、痛くはしません。お願いできませんか?」

吸血鬼だって?俺の頭の中で、いくつかの疑問符が浮かんだが、同時にその言葉は妙にしっくりきた。

なんでだろう?ありえない話だろ?吸血鬼なんて。

でも、その瞬間、俺は「そういうこともあるのかもしれない」って思ってしまった。

ネットがなかった頃なら、俺は確実に「なんかヤバい奴だ」と思って逃げてたかもしれない。

でも今は違う。ネットのおかげで知りすぎてしまったせいで、逆に「未知」が目の前に現れると、どこかで期待してしま自分がいたんだ。

俺は彼女の顔を見て、「ああ、なんだ、ついに本物に会えたのか」と妙な納得をしてしまった。

そして吸血鬼という言葉の重みに押されるように、ポケットから財布を取り出し、身分証明書確認しようとした――

「え、ちょ、吸血鬼って証明書とかあんの?」

「……いいえ、そんなものはありません。私は信用していただけるだけで十分です。あなたが私に少しだけ信じてくれればそれでいいんです。」

なんだよその設定、って思ったんだけど、彼女の目は真剣のものだ。俺は、まさかと思いつつ腕を差し出した。

「ちょ、ま、まじで噛むなよ……?」

彼女は静かに俺の手首を持ち上げ、そっとその冷たい唇を近づけてきた。次の瞬間、鋭い痛みが走る――かと思ったら、

「え、ちょ、なにしてんの?」

俺の目の前で、彼女スマホを取り出して、俺の手首にかざし始めた。何してんだ、と思って画面を覗き込むと、「吸血アプリ」とかい名前が表示されてるじゃないか

「え、アプリ?」

「ええ、最近は便利になったものでして、直接噛む必要がなくなったんです。これであなたの血のエネルギーを頂戴します。ご安心を、痛くはしません」

いやいやいや、吸血鬼の最新技術なんて知らねぇよ!って思いながら、俺はその吸血アプリとやらが動作するのをただ見つめていた。

まさか、俺がこの時代に吸血されるとは思ってもみなかったけど、時代は変わったもんだなぁ、と妙に感心してしまったよ。

吸血が終わった後、彼女は深々とお辞儀をして、静かに去って行った。その背中見送りながら、俺はなんだか不思議気持ちになった。

「結局、世界にはまだまだ未知のことがあるんだなぁ」って、なんか安心したんだよ。

かめはめ波は打てないけど、吸血鬼スマホで吸血する時代。いや、こういう未来も、悪くないのかもしれない。

――そして翌日、ふと気になって「吸血アプリ」を検索したんだけど、そんなアプリどこにもなかった。

あの夜の出来事現実だったのか、それともただの夢だったのか……でも、まあ、世界はまだまだ不思議なことだらけだってことだけは確かだ。

2024-10-03

anond:20241003212140

空想する癖があるのだが、

メンタル病んだ時に浮かんだのが

転校前の友達と会う夢だったな

漫画メジャー中学生になって戻って旧友と会うシーンとか羨ましかったな

2024-10-01

医者「余命残り1年です」 患者「よっしゃ!勉強して夢だった仕事につくぞ!」←ならないよな

自分の余命を意識したら、頑張って勉強する」みたいなロジックって簡単論破っぱ出来てしまう。

しろ言いたいことは真逆じゃないのか?

人間はそんな簡単には死なないから、お前が妄想してる「俺はロックスターみたいに27までに死ぬからそれまでにやりたいことをやりきるんだ」なんて人生観はまるっきり間違っていて、お前はいざ27になってから「あと人生が50年以上残ってる・・・もっと勉強するんだった」と絶望するんだぞ」じゃないのか?

それを頭の悪い人は何故か「自分の死を意識するんだ」と口にしてしまう。

何故か。

答えはシンプルだ。

ソイツ自身自分が数十年後に死ぬイメージが出来てないからだ。

40歳自分が、それと同じだけの年数を生きて、それからようやく死ぬということに対してリアル感覚を持ててないからだ。

から都合よく「5年後にガンで突然死ぬかも」という確率の低い妄想を取り出して、5年という短時間における人生戦略について語ろうとする。

実際には40年という人生の中で2回ぐらい入院して、2回ぐらい転職して、2回ぐらい殺されそうなほど人に恨まれ、2回ぐらい殺しそうなぐらい人を恨むものだが、それらを圧縮して1回だけ入院してそこで人生が終わるというシンプル構造圧縮しようとする。

人生はそんな簡単じゃない。

クソほど長くて、同時にクソほど短い時間を、どうやって使うかという命題といつも戦っていくのが人生だ。

たとえば仕事を辞めてラーメン屋になって、なんか知らないけど大繁盛したとしても、その一過性ブームが続くのは3年ぐらいで、そこから先はかつてやってきたブームの残り火をどう扱うかと相談しながらの長い余生が待っている。

人生を極小化して騙る人間の中ではラーメン屋になってブームたまたま起きるか起きないか、そしてすぐに病気になってはい終わりだ。

人生はそんな簡単じゃないのに。

人生の残り時間を考えるときに大切なのは、それが一瞬で燃え尽きてしまものではないことをしることだ。

振り返れば一瞬のように過ぎ去り、待ち侘びれば永遠のように長い、その距離感に対してどう向き合うかこそが人生本質であり、そこから逃げているやつが騙る人生はいだって薄っぺら空想しかない。

2024-09-30

三  学年は九月十一日に始まった。三四郎は正直に午前十時半ごろ学校へ行ってみたが、玄関前の掲示場に講義時間割りがあるばかりで学生は一人もいない。自分の聞くべき分だけを手帳に書きとめて、それから事務室へ寄ったら、さすがに事務員だけは出ていた。講義はいからまりますかと聞くと、九月十一日から始まると言っている。すましたものである。でも、どの部屋を見ても講義がないようですがと尋ねると、それは先生がいないからだと答えた。三四郎はなるほどと思って事務室を出た。裏へ回って、大きな欅の下から高い空をのぞいたら、普通の空よりも明らかに見えた。熊笹の中を水ぎわへおりて、例の椎の木の所まで来て、またしゃがんだ。あの女がもう一ぺん通ればいいくらいに考えて、たびたび丘の上をながめたが、丘の上には人影もしなかった。三四郎はそれが当然だと考えた。けれどもやはりしゃがんでいた。すると、午砲が鳴ったんで驚いて下宿へ帰った。  翌日は正八時に学校へ行った。正門をはいると、とっつきの大通りの左右に植えてある銀杏並木が目についた。銀杏が向こうの方で尽きるあたりから、だらだら坂に下がって、正門のきわに立った三四郎から見ると、坂の向こうにある理科大学は二階の一部しか出ていない。その屋根のうしろ朝日を受けた上野の森が遠く輝いている。日は正面にある。三四郎はこの奥行のある景色を愉快に感じた。  銀杏並木こちら側で尽きる右手には法文科大学がある。左手には少しさがって博物の教室がある。建築は双方ともに同じで、細長い窓の上に、三角にとがった屋根突き出している。その三角の縁に当る赤煉瓦と黒い屋根のつぎめの所が細い石の直線でできている。そうしてその石の色が少し青味を帯びて、すぐ下にくるはでな赤煉瓦一種の趣を添えている。そうしてこの長い窓と、高い三角が横にいくつも続いている。三四郎はこのあいだ野々宮君の説を聞いてから以来、急にこの建物をありがたく思っていたが、けさは、この意見が野々宮君の意見でなくって、初手から自分の持説であるような気がしだした。ことに博物室が法文科と一直線に並んでいないで、少し奥へ引っ込んでいるところが不規則で妙だと思った。こんど野々宮君に会ったら自分発明としてこの説を持ち出そうと考えた。  法文科の右のはずれから半町ほど前へ突き出している図書館にも感服した。よくわからないがなんでも同じ建築だろうと考えられる。その赤い壁につけて、大きな棕櫚の木を五、六本植えたところが大いにいい。左手のずっと奥にある工科大学封建時代西洋のお城から割り出したように見えた。まっ四角にできあがっている。窓も四角である。ただ四すみと入口が丸い。これは櫓を形取ったんだろう。お城だけにしっかりしている。法文科みたように倒れそうでない。なんだか背の低い相撲取りに似ている。  三四郎は見渡すかぎり見渡して、このほかにもまだ目に入らない建物がたくさんあることを勘定に入れて、どことな雄大な感じを起こした。「学問の府はこうなくってはならない。こういう構えがあればこそ研究もできる。えらいものだ」――三四郎大学者になったような心持ちがした。  けれども教室はいってみたら、鐘は鳴っても先生は来なかった。その代り学生も出て来ない。次の時間もそのとおりであった。三四郎は癇癪を起こして教場を出た。そうして念のために池の周囲を二へんばかり回って下宿へ帰った。  それから約十日ばかりたってから、ようやく講義が始まった。三四郎がはじめて教室はいって、ほかの学生といっしょに先生の来るのを待っていた時の心持ちはじつに殊勝なものであった。神主が装束を着けて、これから祭典でも行なおうとするまぎわには、こういう気分がするだろうと、三四郎自分自分の了見を推定した。じっさい学問の威厳に打たれたに違いない。それのみならず、先生ベルが鳴って十五分立っても出て来ないのでますます予期から生ずる敬畏の念を増した。そのうち人品のいいおじいさんの西洋人が戸をあけてはいってきて、流暢な英語講義を始めた。三四郎はその時 answer という字はアングロ・サクソン語の and-swaru から出たんだということを覚えた。それからスコットの通った小学校の村の名を覚えた。いずれも大切に筆記帳にしるしておいた。その次には文学論の講義に出た。この先生教室はいって、ちょっと黒板をながめていたが、黒板の上に書いてある Geschehen という字と Nachbild という字を見て、はあドイツ語かと言って、笑いながらさっさと消してしまった。三四郎はこれがためにドイツ語に対する敬意を少し失ったように感じた。先生は、それから古来文学者が文学に対して下した定義をおよそ二十ばかり並べた。三四郎はこれも大事手帳に筆記しておいた。午後は大教室に出た。その教室には約七、八十人ほどの聴講者がいた。したがって先生演説口調であった。砲声一発浦賀の夢を破ってという冒頭であったから、三四郎おもしろがって聞いていると、しまいにはドイツ哲学者の名がたくさん出てきてはなはだ解しにくくなった。机の上を見ると、落第という字がみごとに彫ってある。よほど暇に任せて仕上げたものみえて、堅い樫の板をきれいに切り込んだてぎわは素人とは思われない。深刻のできである。隣の男は感心に根気よく筆記をつづけている。のぞいて見ると筆記ではない。遠くから先生の似顔をポンチにかいていたのである三四郎のぞくやいなや隣の男はノート三四郎の方に出して見せた。絵はうまくできているが、そばに久方の雲井の空の子規と書いてあるのは、なんのことだか判じかねた。  講義が終ってから三四郎はなんとなく疲労したような気味で、二階の窓から頬杖を突いて、正門内の庭を見おろしていた。ただ大きな松や桜を植えてそのあいだに砂利を敷いた広い道をつけたばかりであるが、手を入れすぎていないだけに、見ていて心持ちがいい。野々宮君の話によるとここは昔はこうきれいではなかった。野々宮君の先生のなんとかいう人が、学生の時分馬に乗って、ここを乗り回すうち、馬がいうことを聞かないで、意地を悪くわざと木の下を通るので、帽子が松の枝に引っかかる。下駄の歯が鐙にはさまる。先生はたいへん困っていると、正門前喜多床という髪結床の職人がおおぜい出てきて、おもしろがって笑っていたそうである。その時分には有志の者が醵金して構内に厩をこしらえて、三頭の馬と、馬の先生とを飼っておいた。ところが先生がたいへんな酒飲みで、とうとう三頭のうちのいちばんいい白い馬を売って飲んでしまった。それはナポレオン三世時代の老馬であったそうだ。まさかナポレオン三世時代でもなかろう。しかのん気な時代もあったものだと考えていると、さっきポンチ絵かいた男が来て、 「大学講義はつまらんなあ」と言った。三四郎はいいかげんな返事をした。じつはつまるかつまらいか三四郎にはちっとも判断ができないのであるしかしこの時からこの男と口をきくようになった。  その日はなんとなく気が鬱して、おもしろくなかったので、池の周囲を回ることは見合わせて家へ帰った。晩食後筆記を繰り返して読んでみたが、べつに愉快にも不愉快にもならなかった。母に言文一致手紙を書いた。――学校は始まった。これから毎日出る。学校はたいへん広いいい場所で、建物もたいへん美しい。まん中に池がある。池の周囲を散歩するのが楽しみだ。電車には近ごろようやく乗り馴れた。何か買ってあげたいが、何がいいかからいから、買ってあげない。ほしければそっちから言ってきてくれ。今年の米はいまに価が出るから、売らずにおくほうが得だろう。三輪田のお光さんにはあまり愛想よくしないほうがよかろう。東京へ来てみると人はいくらでもいる。男も多いが女も多い。というような事をごたごた並べたものであった。  手紙を書いて、英語の本を六、七ページ読んだらいやになった。こんな本を一冊ぐらい読んでもだめだと思いだした。床を取って寝ることにしたが、寝つかれない。不眠症になったらはやく病院に行って見てもらおうなどと考えているうちに寝てしまった。  あくる日も例刻に学校へ行って講義を聞いた。講義あいだに今年の卒業生がどこそこへいくらで売れたという話を耳にした。だれとだれがまだ残っていて、それがある官立学校地位競争している噂だなどと話している者があった。三四郎漠然と、未来が遠くから眼前に押し寄せるようなにぶい圧迫を感じたが、それはすぐ忘れてしまった。むしろ昇之助がなんとかしたというほうの話がおもしろかった。そこで廊下熊本出の同級生をつかまえて、昇之助とはなんだと聞いたら、寄席へ出る娘義太夫だと教えてくれた。それから寄席看板はこんなもので、本郷のどこにあるということまで言って聞かせたうえ、今度の土曜にいっしょに行こうと誘ってくれた。よく知ってると思ったら、この男はゆうべはじめて、寄席へ、はいったのだそうだ。三四郎はなんだか寄席へ行って昇之助が見たくなった。  昼飯を食いに下宿へ帰ろうと思ったら、きのうポンチ絵かいた男が来て、おいおいと言いながら、本郷の通りの淀見軒という所に引っ張って行って、ライスカレーを食わした。淀見軒という所は店で果物を売っている。新しい普請であった。ポンチ絵かいた男はこの建築の表を指さして、これがヌーボー式だと教えた。三四郎建築にもヌーボー式があるものとはじめて悟った。帰り道に青木堂も教わった。やはり大学生のよく行く所だそうである赤門はいって、二人で池の周囲を散歩した。その時ポンチ絵の男は、死んだ小泉八雲先生教員控室へはいるのがきらいで講義がすむといつでもこの周囲をぐるぐる回って歩いたんだと、あたか小泉先生に教わったようなことを言った。なぜ控室へはいらなかったのだろうかと三四郎が尋ねたら、 「そりゃあたりまえださ。第一彼らの講義を聞いてもわかるじゃないか。話せるものは一人もいやしない」と手ひどいことを平気で言ったには三四郎も驚いた。この男は佐々木与次郎といって、専門学校卒業して、今年また選科へはいったのだそうだ。東片町の五番地の広田という家にいるから、遊びに来いと言う。下宿かと聞くと、なに高等学校先生の家だと答えた。  それから当分のあい三四郎毎日学校へ通って、律義に講義を聞いた。必修課目以外のものへも時々出席してみた。それでも、まだもの足りない。そこでついには専攻課目にまるで縁故のないものまでへもおりおりは顔を出した。しかしたいていは二度か三度でやめてしまった。一か月と続いたのは少しもなかった。それでも平均一週に約四十時間ほどになる。いかな勤勉な三四郎にも四十時間はちと多すぎる。三四郎はたえず一種の圧迫を感じていた。しかるにもの足りない。三四郎は楽しまなくなった。  ある日佐々木与次郎に会ってその話をすると、与次郎は四十時間と聞いて、目を丸くして、「ばかばか」と言ったが、「下宿屋のまずい飯を一日に十ぺん食ったらもの足りるようになるか考えてみろ」といきなり警句でもって三四郎をどやしつけた。三四郎はすぐさま恐れ入って、「どうしたらよかろう」と相談をかけた。 「電車に乗るがいい」と与次郎が言った。三四郎は何か寓意でもあることと思って、しばらく考えてみたが、べつにこれという思案も浮かばないので、 「本当の電車か」と聞き直した。その時与次郎はげらげら笑って、 「電車に乗って、東京を十五、六ぺん乗り回しているうちにはおのずからもの足りるようになるさ」と言う。 「なぜ」 「なぜって、そう、生きてる頭を、死んだ講義で封じ込めちゃ、助からない。外へ出て風を入れるさ。その上にもの足りる工夫はいくらでもあるが、まあ電車が一番の初歩でかつもっとも軽便だ」  その日の夕方与次郎三四郎を拉して、四丁目から電車に乗って、新橋へ行って、新橋からまた引き返して、日本橋へ来て、そこで降りて、 「どうだ」と聞いた。  次に大通りから細い横町へ曲がって、平の家という看板のある料理屋へ上がって、晩飯を食って酒を飲んだ。そこの下女はみんな京都弁を使う。はなはだ纏綿している。表へ出た与次郎は赤い顔をして、また 「どうだ」と聞いた。  次に本場の寄席へ連れて行ってやると言って、また細い横町はいって、木原店という寄席を上がった。ここで小さんという落語家を聞いた。十時過ぎ通りへ出た与次郎は、また 「どうだ」と聞いた。  三四郎は物足りたとは答えなかった。しかしまんざらもの足りない心持ちもしなかった。すると与次郎は大いに小さん論を始めた。  小さんは天才であるあん芸術家はめったに出るものじゃない。いつでも聞けると思うから安っぽい感じがして、はなはだ気の毒だ。じつは彼と時を同じゅうして生きている我々はたいへんなしあわせである。今からしまえに生まれても小さんは聞けない。少しおくれても同様だ。――円遊もうまいしかし小さんとは趣が違っている。円遊のふんした太鼓持は、太鼓持になった円遊だからおもしろいので、小さんのやる太鼓持は、小さんを離れた太鼓持だからおもしろい。円遊の演ずる人物から円遊を隠せば、人物がまるで消滅してしまう。小さんの演ずる人物からいくら小さんを隠したって、人物は活発溌地に躍動するばかりだ。そこがえらい。  与次郎はこんなことを言って、また 「どうだ」と聞いた。実をいうと三四郎には小さんの味わいがよくわからなかった。そのうえ円遊なるものはいまだかつて聞いたことがない。したがって与次郎の説の当否は判定しにくい。しかしその比較ほとんど文学的といいうるほどに要領を得たには感服した。  高等学校の前で別れる時、三四郎は、 「ありがとう、大いにもの足りた」と礼を述べた。すると与次郎は、 「これからさきは図書館でなくっちゃもの足りない」と言って片町の方へ曲がってしまった。この一言三四郎ははじめて図書館はいることを知った。  その翌日から三四郎は四十時間講義ほとんど半分に減らしてしまった。そうして図書館はいった。広く、長く、天井が高く、左右に窓のたくさんある建物であった。書庫入口しか見えない。こっちの正面からのぞくと奥には、書物いくらでも備えつけてあるように思われる。立って見ていると、書庫の中から、厚い本を二、三冊かかえて、出口へ来て左へ折れて行く者がある。職員閲覧室へ行く人であるなかに必要の本を書棚からとりおろして、胸いっぱいにひろげて、立ちながら調べている人もある。三四郎はうらやましくなった。奥まで行って二階へ上がって、それから三階へ上がって、本郷より高い所で、生きたものを近づけずに、紙のにおいをかぎながら、――読んでみたい。けれども何を読むかにいたっては、べつにはっきりした考えがない。読んでみなければわからないが、何かあの奥にたくさんありそうに思う。  三四郎一年生だから書庫はい権利がない。しかたなしに、大きな箱入りの札目録を、こごんで一枚一枚調べてゆくと、いくらめくってもあとから新しい本の名が出てくる。しまいに肩が痛くなった。顔を上げて、中休みに、館内を見回すと、さすがに図書館だけあって静かなものであるしかも人がたくさんいる。そうして向こうのはずれにいる人の頭が黒く見える。目口ははっきりしない。高い窓の外から所々に木が見える。空も少し見える。遠くから町の音がする。三四郎は立ちながら、学者生活は静かで深いものだと考えた。それでその日はそのまま帰った。  次の日は空想をやめて、はいるとさっそく本を借りた。しかし借りそくなったので、すぐ返した。あとから借りた本はむずかしすぎて読めなかったからまた返した。三四郎はこういうふうにして毎日本を八、九冊ずつは必ず借りた。もっともたまにはすこし読んだのもある。三四郎が驚いたのは、どんな本を借りても、きっとだれか一度は目を通しているという事実発見した時であった。それは書中ここかしこに見える鉛筆のあとでたしかである。ある時三四郎は念のため、アフラベーンという作家小説を借りてみた。あけるまでは、よもやと思ったが、見るとやはり鉛筆で丁寧にしるしがつけてあった。この時三四郎はこれはとうていやりきれないと思った。ところへ窓の外を楽隊が通ったんで、つい散歩に出る気になって、通りへ出て、とうとう青木堂へはいった。  はいってみると客が二組あって、いずれも学生であったが、向こうのすみにたった一人離れて茶を飲んでいた男がある。三四郎がふとその横顔を見ると、どうも上京の節汽車の中で水蜜桃をたくさん食った人のようである。向こうは気がつかない。茶を一口飲んでは煙草を一吸いすって、たいへんゆっくり構えている。きょうは白地の浴衣をやめて、背広を着ている。しかしけっしてりっぱなものじゃない。光線の圧力の野々宮君より白シャツけがましなくらいなものである三四郎は様子を見ているうちにたしか水蜜桃だと物色した。大学講義を聞いてから以来、汽車の中でこの男の話したことがなんだか急に意義のあるように思われだしたところなので、三四郎そばへ行って挨拶をしようかと思った。けれども先方は正面を見たなり、茶を飲んでは煙草をふかし、煙草をふかしては茶を飲んでいる。手の出しようがない。

anond:20240930173301

2024-09-25

なんというか

仕事にも家庭にもプライベートにも気が乗らない

空想別世界に逃げ込んでばかり

2024-09-23

バーチャルっていうのは事実現実なんだよ

Virtualの誤訳である仮想」はもうそろそろ言い換えるべきである

声を大にして言いたい。

俺はもう事実上と言っていく。仮想記憶のことも「事実上記憶」もしくは「バーチャルメモリー」と言っていく。仮想記憶とは死んでも言わん。

Virtualは仮想ではない

仮想は「事実でないことを仮にそう考えること。仮定しての想像」という意味である

反実仮想という語からきたものだと思われる。

反実仮想とは「事実に反することを想定し、仮に想像すること」という意味だ。

だが驚くことなかれ。Virtualは事実という意味である

仮想」という言葉はVirtualの意味真逆であるということ。

Virtualの意味本質は「実際そう考えること」「事実上そうだと考えること」であり「ほとんど事実(厳密には違うけどね)」である

たとえば「いつも私ばかり家事しててこれじゃ私家政婦みたいじゃん」というとき、これは「Virtual 家政婦」と表現できる。

鼻毛出てますよ」「え?! いやこれは鼻毛ではないんですよ。なんか黒い染みが鼻についてて…でも鼻毛出てるみたいに見えますね」というとき、これは「Virtual 鼻毛である仮想鼻毛ではない。

「Xって最近もうほとんど2chと変わらないですよね」というとき、Xは「Virtual 2chである

Virtualを仮想翻訳しはじめた当人ですら、誤訳であると間違いを認めている。

時代ゆえ仕方なかったと思うが、それでも擁護できないほど酷い。真逆からだ。

yellowgreenを「赤紫」と訳したぐらい酷い。それが今も続いているんだ。

俺たちは黄色緑色中間色のことを「赤紫」と呼ばされているようなものだ。

これについて「それで慣れてるからしょうがない」と言う人間もいるようだが、耐えられている人間感性おかしい。

バーチャル世界現実世界なんだ

こどものころ「バーチャル世界で遊んでけしからん」と親に言われたことがある。

自分はそのとき「親は、バーチャル世界のことを空想だと思っている?」と強く感じた。

親は、ICTに詳しいわけではなかった。だが、バーチャルという言葉は知っていたし、仮想という言葉も知っていた。

バーチャルがよくわからん者にとっては、バーチャルけしからんものなのだ

「なんでもかんでもバーチャルって。遊びじゃねえんだぞ!現実見ろよ!」という話である

だがバーチャルこそが現実なのだ

悪影響が大きすぎ

Virtualは仮想じゃない。だが「架空」の意味で使われていることがあまりにも多い。

そして今後もどんどんVirtualが増えていくはずだ。英語圏で新しいVirtualのものが出るたびに、日本では架空になっていく。

VRだって空想じゃないのに「架空現実」の意味で考えられている。

違う。「事実上現実」「実質現実」「本質現実」「ほぼ現実」のことである

でもVRに来るやつは幻想を求めていそうだ。Vtuberもそうだな。幻想を求めている。

どう考えたって「事実上YouTuber」「本質YouTuber」じゃない。あれは麻薬方面に近い思考を感じる。

幻想YouTuber」「架空YouTuber」だ。架空キャラのようなものだ。あん人間現実には存在しない。

デジタル化がいまいち流行らないのは空想から

Virtualが「虚」のものだと思われている。

すべてが虚の上に乗っていると。

虚ではない。事実上である。「物理世界はそっちなんだが、事実上こっちが本質だよ」である

真に仮想なのは自分の目で見えるものけがすべてだと思っている人間の頭だよ。

名前ときで変わると思っているか?変わるんだよな

名前変えたぐらいで変わるわけないと思っている人間も多いと思う。

だが変わる。

今の仮想という言葉は、

架空バーチャル」「空想バーチャル」「想像バーチャル

幻想バーチャル」「荒唐無稽バーチャル」「非現実バーチャル

「あてずっぽうバーチャル」「推測バーチャル」「憶測バーチャル」「幽霊バーチャル

夢幻バーチャル」「錯覚バーチャル」「事実と違うバーチャル」「空虚バーチャルなのだ

だが言い換えたあとは違う。

「実際バーチャル」「事実上バーチャル」「実質バーチャル」「真バーチャル

理論バーチャル」「実態バーチャル」「現実バーチャル」になる。

今後はVirtualなものが増えていくんだ。

俺のとる手段

今後はNon-Virtualなものについて仮想って言いまくってミーム汚染してやる。

仮想社会バーチャルバカ仮想一般人)たちを混乱させていくぜ。

考え方としては、今まで無標だったものにはすべて仮想とつけていい。仮想ってついていたものはVirtual(=事実上)な。

今後Virtualを仮想って言ったやつのことも、バーチャル仮想人って呼ぶ。

お前らも仮想人やめろよ。バーチャル人になれよ。

追記: 「仮想」という言葉をVirtual側に合わせるという案について

そもそも仮想じゃないんだよ。仮想という語をどれだけVirtualに合わせても「仮」という漢字と「想」という漢字が強すぎる。

「yellowgreenはもう赤紫って呼んでるんだから現実見ろよ。yellowgreenは赤紫ね」って言われて「えーーー???いや黄緑やん???!」って思わない?

あなたはyellowgreenを黄緑だと理解しているからいいかもしれないですけどね、赤紫だと思ってしまっている人たちが大勢いるんですよ!!意図的色弱の人を作り出してる状態ですね。事実上ね。

Virtualは仮じゃないし想像でもない。

それならば「事考」の方が正確。「事考記憶」「事考通貨」「事考水」「事考機械」「事考サーバー」のなんと正確なことか。

言葉は、最初にパッと見たときの印象が重要だと思う。とくに辞書を引かない人や言葉意味を深堀りしない人にとってはますますそうだ。

たとえば「類似」「レプリカ」「再現」にはネガティブイメージは少ない。だが「似非」「擬い物」「贋作」「模造品」は「偽物」の意味が強くなる。

仮想をVirtualの意味で使っていこうというのは、「贋作」を「レプリカ」のように使っていこうという主張だ。

だが漢字は強すぎる。どれだけ自分の中でわかっていたとしても、その漢字の主張から逃れることは難しい。

「じゃあ新しい博物館には贋作を作りましょう」と言われたときにすごく嫌な感じを受けないだろうか。そのぐらい漢字は強い。

ブコメ見たけど、仮想意味を正しく使っている人でも「事実はそうじゃないけど、実際そう考えることができること」という理解の人が多いと思う。

これは日本語・英語問題もあると思うけど、厳密にはこれは違う。バーチャルには正しいが。

仮想」をそう捉えている人は、バーチャルバーチャル理解していると言ってもいいだろう。だが厳密には理解していないはずだ。

「実際そう考えることができること(まあ細かくいうと現実事実ちょっと違うんだけど)」というのがより正しい。

単なる語順問題のように見えるが、いうならば存在の順番が違うということ。存在感が全然違う。

任意整数xが存在してそのxは範囲が2から10」であって、「範囲が2から10であるような任意整数xが存在する」わけではないのと似ている。「範囲」や「2から10」や「整数」はxより先に存在できない。

事実はそうじゃないけど」が先に来るともうあとは何言っても夢になる。「ふーん。事実はそうじゃないんだ。この話終わりね」のような感触だ。

「違うけど、そういうふうに考えることもできる」じゃないんだよ。「違わない」んだよ!!!違うけど。

関西弁の「知らんけど」に近い考えでいてほしい。

とにかく仮想は何をやってもダメ。そのぐらいの誤訳

これは仮想誤訳でもないし、バーチャル誤訳でもないし、事考誤訳でもないし、事実上誤訳でもない。

完全誤訳です。これぐらい素晴らしい誤訳は他になかなか無いです。

2024-09-21

推し活は馬鹿の発想

現代社会において蔓延する「推し活」という愚行は、人間の知性を著しく貶める行為であり、その愚かさは計り知れない。自らの人生主人公たるべき者が、他者盲目的に崇拝し、その存在に心酔するさまは、まさに愚者の極みと言わざるを得ない。

自己喪失の極み

推し活に没頭する者たちは、自らの存在意義を完全に見失っている。彼らは自身人生という舞台で、主役を演じるべき立場にありながら、その座を他人に明け渡し、脇役どころか、単なる観客として自らを位置づけている。これほど悲惨自己放棄はない。自分人生主人公は他ならぬ自分自身であるという、この至極当然の事実を忘れ去った彼らの姿は、まさに現代阿呆絵図と言えよう。

盲目的崇拝の愚かさ

推し活に熱中する者たちは、特定人物キャラクター神格化し、盲目的に崇拝する。この行為は、理性的思考を完全に放棄した証左であり、知性の欠如を如実に示している。彼らは自らの判断力批評能力を捨て去り、ただひたすらに「推し」と呼ばれる対象を賛美し続ける。この姿勢は、まるで中世狂信的な宗教崇拝者のようであり、現代教育を受けた人間のすることとは思えない。

時間と金銭の無駄遣い

推し活に費やされる膨大な時間と金銭は、まさに愚行の極みである人生の貴重な時間を、他人の姿を眺めることに費やし、稼いだ金の大半を「推し」のグッズや関連商品に注ぎ込む。この行為は、自己投資や自己啓発の機会を完全に無視し、自らの成長や発展を放棄するものだ。時間と金銭という限りある資源を、このような無意味活動に浪費することは、まさに愚者所業と言わざるを得ない。

現実逃避病理

推し活は、現実逃避の一形態に過ぎない。自らの人生に向き合うことを恐れ、現実世界での挫折や困難から目を背け、架空世界他人人生に没頭する。これは精神的な弱さの表れであり、社会人としての責任放棄する行為だ。現実世界での自己実現や人間関係の構築を避け、空想世界に逃げ込むことは、人格成熟を著しく阻害する。

社会的影響力の低下

推し活に没頭する者は、社会的な影響力を持つ機会を自ら放棄している。自らの意見や考えを持つことなく、「推し」の言動をただ模倣し、その価値観を無批判に受け入れる。これでは、社会を変革する力を持つことは不可能だ。真に社会に貢献し、影響を与えるためには、自らの思考と行動が不可欠である推し活は、この可能性を完全に潰してしまう。

結論

推し活は、人間尊厳を著しく損なう愚かな行為である。自らの人生主人公であることを放棄し、他者盲目的に崇拝することは、知性と理性を持つ人間として、あってはならない行為だ。真に賢明な者は、自らの人生真摯に向き合い、自己実現と社会貢献を目指すべきである推し活に溺れることなく、自らの人生の舵を自らの手で取り、主体的に生きることこそが、人間としての真の価値を示すのだ。

2024-09-20

anond:20240920131827

判例を当てはめられるかの基礎情報すらない状態なので、そこでいろいろ考えてもただの空想なんだよね

追記ありSHOGUN勘違いしているブクマカ説明してみる

はてなの多くがディズニー嫌いなので宗教上の理由SHOGUNをみれなくて空想で語っていると思うんだ。

なのでブクマカ人達ちょっと変な感想を指摘してみる。

歴史に忠実な物語ではない

まずこの話はフィクションなのでキャラクター架空人物である

「このドラマ歴史的に正しいのであって政治的に正しいわけじゃない」というコメントがみられたが歴史的に全然正しくない。

秀吉の死後家康が大阪城幽閉され、三浦按針を切り札キリシタン五大老の仲を切り崩す。

全員架空名前ではあるが日本人なら細部描写からモデルとなった歴史上の人物想像できるようになっている。

歴史がわかる人なら「ん?」となる話だがアメリカ人原作なんだからしょうがない。

家康(ここでは虎永)は由緒正しき美濃原の血筋とか訳の分からん言説も出てくる。源氏のことだろうか?

ハンセン病キリスト教帰依した大老が登場するなど日本舞台ファンタジー小説を読んでいるような気分だ。

正直フィクション具合はラストサムライと大差はないと思う。

話の筋としてはプロテスタントの按針がカトリックを蹴散らし関ヶ原趨勢に影響を与えるというアングロサクソンが喜びそうなお話となっている。

本当にコレクトネス作品か?

劇中ポルトガル語を話している体のシーンは全て英語で話している。

これは展開重視だったり、配信の視聴成績を考慮してだろうがちょっと変ではある。

細部にこだわった日本人スタッフがどう感じたか気になるところだ。

当たり前のように英語で話し白人文化にそれほど興味がない本作はとても「ポリコレ的」であると言えなくもない。

そもそも原作白人万歳70年代歴史ファンタジー日本描写適当だったら大炎上した可能性さえある。

いわゆる白人酋長モノ(アバターなどがわかりやすい。未開人の破滅運命賢明白人様が救うお話)で昨今ではわかりやす差別的表現と言われているが今作では白人日本人も互いに野蛮と罵り合っていてバランスを取ろうとする試みが窺える。

ハリウッドで何か賞を受賞する場合マイノリティ要素が大きく影響するのは最近トレンドであるが本作の場合日本描写が丁寧だった点が評価されたのは想像に難くない。

追記

少々イジワルな言い方だがあなたの習った歴史では五大老五奉行に「大谷吉継」がいたのかな?

インパクト重視の人物配置をして異国情緒意識した、日本を「異世界」として扱うファンタジー作品と評しているんだよ。

実在大老前田利家織田家からここまできて悲喜交々物語があるが架空人物を置いたらもったいないじゃないか

プロットははっきり言って微妙だと思う。

囚われの身→安針の活躍脱出地震で大ピンチ→また囚われの身…

都合の良すぎる展開も去ることながら日本版ゲースロと称されるだけあって無駄三角関係作ったりノイズになる。

史実から引っ張ってきたエピソード適当に作った話の混ぜこぜで歴史がわかる日本人には特殊体験になったと思う。

それでもこの作品の魅力が足り得ているのは俳優陣の引き締まった所作小道具やセットの作り込み、ロケーションの良さ、落ち着いたCGIの使い方などがあるためだと思う。

偏見にまみれた原作からこれだけの視聴体験をつむぎ出したのはハリウッドでのマイノリティにあたる日本人の描かれ方や起用に疑問を呈し、日本人役は日本人日本語劇、日本スタッフによる文化監修の賜物。

将軍ポリコレがわからない人は自身名誉白人だと思っているという評があったけれど国外に出ないでいたら差別的な扱いを受けた事がないので自分のことをマイノリティ認識できていないのかもしれない。

2024-09-18

ノンフィクション」と「事実」の区別ついてる?

なんか「ノンフィクション」=「現実」みたいな人たまにおってビビるんよな。

フィクション空想だと分かってない小学生レベルの奴よりはマシだけど、「ノンフィクション」と「現実」の区別がつかないなら中学生レベルだろうがよ。

ノンフィクション」ってのはせいぜい「意図的に嘘は言ってない(ただし個人的解釈認知により結果として真実と異なった内容になることはあるものとする)」程度でしかないわけで、その中には無自覚嘘八百が書かれたものや、いざとなったら勘違いしてたことにする前提で大嘘意図的に並べているものさえあるわけよ。

たとえば、宗教信者にとってはそれぞれの神が存在して奇跡が起きたことは「ノンフィクション」だけど、別の教団が書いた教典は「フィクション」でしかないわけだな。

ノンフィクション」ってのはなまじ「事実」を名乗る分、フィクションよりも質が悪い面があるよ。

それを手放しに「本当のことが書かれているかフィクションよりもためになるぞ!」とやたら持て囃す人種というのはどうなんだろうかと俺は常々思っているわけだよ。

2024-09-17

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/omocoro.jp/kiji/472718/

という2つの意見がある。2つ目は個人的に怪しい主張であり、1つ目の不快さ故にひねくり出されたものではないか、つまりこれを同一人物が言ってるように誤解して、「これだからはてなー・・・」、みたいなことを考えたが、やめた。多人数の主張を思い通りにつなぎ合わせて悪しきはてなー像を空想する、これは良くない傾向である

件の文章、ChatGPTを始めとする対話AIに聞いてみたら解釈は揺れそう。

2024-09-15

子育て支援より、「他人を愛すること」を伝える支援をした方がいいと思う

道徳の授業では、倫理だけでなく、他人を大切に思う気持ち他人を愛する気持ちについて学ばせた方がいいと思う。

慈愛、とでも呼ぶべきものを。

成人になっても、そういうコンテンツを充実させて自然とそういう気持ちになるようにすべき。

いや、結婚メリットという実益的な話でも、恋愛物語という空想的な話でもなく、純粋に「他人を愛すること」の良さを伝えるようなコンテンツだ。

それに、子育て支援より、未婚の人が他人を好きになるモチベーションを高める支援の方が、少子化にも有効だと思う。

まあ、子供ができようかできまいが、大切な人がそばにいることの価値理解してもらえば、人としてはそれで十分にも思える。

2024-09-12

anond:20240912085747

歩くことに集中しててすごい

ADHDの過集中?

逆に歩き始めると空想が始まるって人もいるそうだしやっぱ発達の敵は発達やね

2024-09-09

anond:20240909134104

横だけど仮執行意味もわかんないの?

キツいこと言うけどごめんな、お前に恨みはないけど暇アノンほんまにきつい


仮執行意味わからんくせに暇面白い!堀口の債務確定した!堀口負け!暇いけいけ!とか言ってんの?キツいて

暇のデタラメリーガルトーク空想とか嘘で根拠もなく現実人間攻撃してる底辺ぶりが無理

信者こういう無教養アホが多くて無理

このレベルの知性しかないくせに賢ぶれるとこが麻薬なんやろな。

2024-09-07

ホロライブで今起こっている地獄について

から独り言をいう

今のカバーブラック企業もびっくりAKBもびっくりの魑魅魍魎企業となった。

ごく一部の人間が会社私物化し私欲を貪るあまりに歯止めが効かなくなった。

具体的に言うと、タレントであるさくらみこと夫の経営企画部の某幹部社員による会社私物化

この幹部社員は妻であるさくらみこの望みを聞いてこの自分の女を人気下位から上に

上げるためにあらゆる手段を使った。

文字通りあらゆる手段

企画を通したり却下したり案件を融通できる立場なので、全体イベントのメインに

起用したり、こいつの配信だけ毎回のように運営主導の企画だらけ。

当時絶対的な人気を誇っていた3期生を潰すためにすぐに火消しすれば丸く収まった

潤羽るしあ騒動意図的放置して解雇に追い込んだ。

今思えば、3期生人気が存在する限りホロライブTOP未来永劫変わらないというのが理由であったのだろう。

それから星街すいせい、戌神ころねなどの人気メンバーカップリングを繰り返し、

同接BOTによる視聴数水増しや歌動画などの再生数購入を繰り返し、全体イベント運動会年末年始企画

通常のメンバーにはありえない新衣装LIVEや告知LIVEなどありとあらゆるところで起用したこと

箱の中の存在感を上げることに成功した。

今では完全にさくらみこをTOPタレントにまで地位を上げることに成功した。

本人は完全に得意満面で、ホロライブ自分の思うがままにすることを決意している。

幹部社員は妻であるさくらみこに大量の案件などを投入することで実質自分の財布を潤している。

また会社のカネで一緒に国内海外旅行するなど完全に半会社行為であり会社私物化である

また、さくらみこの欲は際限がなく、自分にとって邪魔である存在自分よりも登録者再生数、人気が

上の存在は全て気に入らない。全て排除したい。

対抗派閥として宝鐘マリンを中心とする、今まで通り仲良くやっていきたいという一派も全て自分

ひれ伏させなければ気がすまない。信じられないほどの邪悪さだが事実である

さくらみこに加担するのはそれまで案件を仕切ってきた白上フブキ、会社に弱みを握られ従うしかない

星街すいせい、さくらみこに性癖が近く自分さえ良ければ良い夏色まつり、自身会社チーフマネージャー

とほぼ事実状態大神ミオ、その周辺の取り巻きであり消極的参加の大空スバルなど。

今後は全てさくらみこに媚びへつらう人間以外は事実上の追放をされる。

しろこの会社一方的契約解除の前例が何度も有り、もはや権限を持つ人間の胸先三寸である

さくらみこはグループに入る前はニコ生FC2dlsite等で性的活動をしており、それを売り物にしていた。

力のある人間と何人も性的関係があるという噂もある。

文字通り空想のような悪夢現実で起きている。

湊あくあは谷郷社長と親しい関係に有り、自分が初期のホロライブに貢献してきたとの自負があるので、

さくらみこがグループ私物化するのが気に入らず戦った。

さくらみこの企画よりも数字の出る企画はすべて潰される。やりたいことはできない。

夜空メルのように一方的言いがかりにより契約解除を突きつけられ、”それまでの貢献に免じて”解雇ではなく卒業とすることにされた。

今後はさくらみこにとって最後に残ったグループ追放に追い込まれるだろう。

幹部社員軽蔑嫌悪している人間も多いが、自分タレント性的関係になり、おこぼれを頂こうという

人間も多い。吐き気がするほどの邪悪公然と行われている。

時価総額1000億弱の上場企業とは思えない。そもそもマトモな一流企業から出てきた経営幹部もいない。

一時期の某日本一エンタティメント企業のような伏魔殿である

さくらみこと経営企画幹部社員排除しない限り、この企業ますます邪悪堕落し、最終的には崩壊するだろう。

また、この経営幹部はとさくらみこ裏では谷郷社長をバカにし、そのうち会長にさせて社長になると公然発言している。

表ではいい顔をし、裏で他人邪魔をし、蹴落とし、自分けが全てを牛耳ろうとする。

まさに留まるところを知らない邪悪である

勿論、一定階層以上の社員タレントはこの事を知っている。知ったうえで何もしようとしない。

企画案件を握るというのはこの会社ではそれほど大きな権力なのだ

問題は、それほど大きな権力想像を絶する邪悪人間に握られたことだ。

この会社はもう救いようがない所まで来ている。

ホロライブで今起こっている地獄について

から独り言をいう

今のカバーブラック企業もびっくりAKBもびっくりの魑魅魍魎企業となった。

ごく一部の人間が会社私物化し私欲を貪るあまりに歯止めが効かなくなった。

具体的に言うと、タレントであるさくらみこと夫の経営企画部の某幹部社員による会社私物化

この幹部社員は妻であるさくらみこの望みを聞いてこの自分の女を人気下位から上に

上げるためにあらゆる手段を使った。

文字通りあらゆる手段

企画を通したり却下したり案件を融通できる立場なので、全体イベントのメインに

起用したり、こいつの配信だけ毎回のように運営主導の企画だらけ。

当時絶対的な人気を誇っていた3期生を潰すためにすぐに火消しすれば丸く収まった

潤羽るしあ騒動意図的放置して解雇に追い込んだ。

今思えば、3期生人気が存在する限りホロライブTOP未来永劫変わらないというのが理由であったのだろう。

それから星街すいせい、戌神ころねなどの人気メンバーカップリングを繰り返し、

同接BOTによる視聴数水増しや歌動画などの再生数購入を繰り返し、全体イベント運動会年末年始企画

通常のメンバーにはありえない新衣装LIVEや告知LIVEなどありとあらゆるところで起用したこと

箱の中の存在感を上げることに成功した。

今では完全にさくらみこをTOPタレントにまで地位を上げることに成功した。

本人は完全に得意満面で、ホロライブ自分の思うがままにすることを決意している。

幹部社員は妻であるさくらみこに大量の案件などを投入することで実質自分の財布を潤している。

また会社のカネで一緒に国内海外旅行するなど完全に半会社行為であり会社私物化である

また、さくらみこの欲は際限がなく、自分にとって邪魔である存在自分よりも登録者再生数、人気が

上の存在は全て気に入らない。全て排除したい。

対抗派閥として宝鐘マリンを中心とする、今まで通り仲良くやっていきたいという一派も全て自分

ひれ伏させなければ気がすまない。信じられないほどの邪悪さだが事実である

さくらみこに加担するのはそれまで案件を仕切ってきた白上フブキ、会社に弱みを握られ従うしかない

星街すいせい、さくらみこに性癖が近く自分さえ良ければ良い夏色まつり、自身会社チーフマネージャー

とほぼ事実状態大神ミオ、その周辺の取り巻きであり消極的参加の大空スバルなど。

今後は全てさくらみこに媚びへつらう人間以外は事実上の追放をされる。

しろこの会社一方的契約解除の前例が何度も有り、もはや権限を持つ人間の胸先三寸である

さくらみこはグループに入る前はニコ生FC2dlsite等で性的活動をしており、それを売り物にしていた。

力のある人間と何人も性的関係があるという噂もある。

文字通り空想のような悪夢現実で起きている。

湊あくあは谷郷社長と親しい関係に有り、自分が初期のホロライブに貢献してきたとの自負があるので、

さくらみこがグループ私物化するのが気に入らず戦った。

さくらみこの企画よりも数字の出る企画はすべて潰される。やりたいことはできない。

夜空メルのように一方的言いがかりにより契約解除を突きつけられ、”それまでの貢献に免じて”解雇ではなく卒業とすることにされた。

今後はさくらみこにとって最後に残ったグループ追放に追い込まれるだろう。

幹部社員軽蔑嫌悪している人間も多いが、自分タレント性的関係になり、おこぼれを頂こうという

人間も多い。吐き気がするほどの邪悪公然と行われている。

時価総額1000億弱の上場企業とは思えない。そもそもマトモな一流企業から出てきた経営幹部もいない。

一時期の某日本一エンタティメント企業のような伏魔殿である

さくらみこと経営企画幹部社員排除しない限り、この企業ますます邪悪堕落し、最終的には崩壊するだろう。

また、この経営幹部はとさくらみこ裏では谷郷社長をバカにし、そのうち会長にさせて社長になると公然発言している。

表ではいい顔をし、裏で他人邪魔をし、蹴落とし、自分けが全てを牛耳ろうとする。

まさに留まるところを知らない邪悪である

勿論、一定階層以上の社員タレントはこの事を知っている。知ったうえで何もしようとしない。

企画案件を握るというのはこの会社ではそれほど大きな権力なのだ

問題は、それほど大きな権力想像を絶する邪悪人間に握られたことだ。

この会社はもう救いようがない所まで来ている。

2024-09-03

anond:20240903103249

キモと言うことは擁護できないが

理想人間出会うのは難しいから、それなら空想で満たされたほうが幸せだとは思う

2024-09-02

管理職になりたくない若者が増えているのは確かに感じるが

SNSやり過ぎなだけ。

地頭が悪い上に努力もしてきていないのに、余計な知識だけを切り取った"意見"を持って、自分が正しいと勘違いしたバカが増えているだけ。

自意識過剰なだけ。

プライドを捨てろ。

SNSを辞めろ。

目の前に集中せよ。

たとえば、クソみたいな上司10選!だとか、○○というブラック企業が~とか、パワハラ上司辞めさせたった!w

みたいな、藁人形論法って中毒性がある。

別にそれを読んだ人間が直接的に被害を受けていないにも関わらず

架空の、悪い上司空想上でやっつける。超気持ちいい。追放物もそう。99.9%は当人課題があるのに。

ハマりにハマると、現実においても上司も実は悪いことをしているのでは?という妄想に憑りつかれる。

架空の悪い夫をやっつけるのも同様。勝手妄想で自滅していくSNS中毒専業主婦

勧善懲悪物って昔から人気があるけれど、

最近では分かりやすい"悪"が現実世界では目につかなくなった。

(※減ったかどうかは知らないが、同数だとしても巧妙に隠れてやっている可能性はあるだろう)

それこそ水戸黄門時代と比べて。

でも人間の、そういう上の人間金持ち人間をぶっ叩きたい生来の素質みたいなものが、ここ数百年で無くなったわけじゃない。

からこそ、そうした醜い欲求を、有料の陰口文章で満たさざるを得なくなる。

で、そういう勧善懲悪ポルノ依存してしまうとどうなるか。

当人社会認知が歪む。

上司は悪いものだ、社長は悪いものだ、社会は悪いものだ、政治家は悪いものだ、金持ちは悪いものだ。

世間がそう見ているのだな、と認知すると、そのポジションにはなりたくないと思ってしまう。

実際はそうでもない。ただ自分の素質と選び取った環境が悪いだけ。

特に新卒一括採用で定年まで、みたいなメンタルで挑んで失敗すると、人生終わった感が強くなるし

自分社会不適合者なのか、と自分を責めることになるか、燃え尽き症候群に陥るか。

もう少し、3回くらいまではガチャしとくか!くらいのメンタルで挑むのが吉。

で、SNSは見ない。誰がいくらもらってるだとか、何時に上がってるだとか、お前に関係ねえだろが。

それを原動力仕事を頑張る、資格を取る、そういう方向に変えられるのならいいが、ほとんどの人間にとってはストレスしかならない。

で、そうなってしまった、認知の歪んでしまった人間組織において何に対しても協力的になれない。

上の人間にも協力的ではないし、周囲にも足を引っ張るよう扇動する。

ブリリアントジャークならぬ、ただのジャーク

で、何でおれは評価されないんだと、喚き散らすか、追放物で溜飲を下げる。

自分は悪くない、評価してくれない業界が、会社が、上司が悪い。

自分活躍できない社会が悪い、制度が悪い、政治が悪い、国が悪い。

自分が産まれてきてしまった国が悪い、親が悪い、時代が悪い、地域が悪い。

日本に生まれてきただけでもまず1/10くらいの賭けには勝っているというのに。

まともな職場というものはもう、一部上場の中の本当に上澄みしか残らないだろう。

あるいは、まともな既得権益を確保できていて人格の良い後継者がいる非上場企業か。

これから求職者は大変だね。自分たちで自分たちの居場所を狭めていっているんだから

そうなったらどうなるか分かるでしょ。まともなポジションは身内で固めてアウトソーシング

今すぐにSNSを辞めろ。

はてなはてなはいいよ、ぜんぶ架空の話だって前提をみんなきちんとわきまえているだろうからね。

SNSが悪くなったのは、"日常"を切り取って身内で共有するだけのものだったのが、広告企業が入り込み過ぎて"架空"になってしまたこと。

それは元々、オールドメディアが担っていたはずのことで、みんな同じようなおとぎ話を信じられていたのに、

たくさんの"架空"を隣にある"日常"として捉えられてしまうことに問題がある。

SNSに浸るということは、24/7をハレに変えてしまうこと。

ケがあるから、ハレを楽しむことが出来るのに。

日常がすべて非日常になってしまったら、日常が色褪せて輝きを失うことは道理

日常は、あなた現実世界だけ。

信じるおとぎ話は一つでいい。

あなただけの信じる宗教だろうが何でもいいが、金を掛けずに信仰できる何かを持て。

2024-08-23

自分の母校をモデルにしてメディア化したいなって

マケインとか小市民シリーズとか見てて思う

いいよなー

ああやって綺麗に映像になってさー

すごく魅力的にみえ

でもぼくそんなに立派な学校行ってたわけじゃないしなーって

特徴的なのはグラウンドがやたら広すぎて持て余してたくらい

駅近くにショッピングモールがあって、その中の書店ラノベとか参考書とか買ったりして

そういう思い出を映しだしたいってわけじゃないけど自分の中にある原風景のなかで空想キャラクターたちが和気あいあいと生きてくれたらいいなって

思うだけでそれを実現しよう!がんばろう!って気にはなかなかならないんだけどさ

やっぱり思い入れはあるんよ

2024-08-22

anond:20240821085525

そんな世界線杞憂、すなわちあなた脳内空想しかいか安心していいですよ

臭いを指摘する時に「男は全員臭い」と受け取られるような言い方をすると大勢から嫌われて"1000回怒られシステム"が発動する世界線には、実際なりつつあるようですけどね

2024-08-14

anond:20240814114526

男が優遇されてる状況が揺るがないなら、女が優遇されてる状況は起こりえないから、そこに対して未知論証がヤリ放題になるわけか。不謹慎だがおもろいと言わざるを得ん。批判されたら絶対的に不利な、確定した現実からこそ否定できない空想による無敵の有利さに直結させられる。

ソロおっさん若い女が話しかけてきても、女をゴキエナって言うのか? 言わないだろ。あーーあ男って生きづれえーーーー

女が全員メイクなしのスッピン通勤してきたら、男どもは清潔感がないからって忌避するか? 清潔感がなくなった女は理解のある彼くんにポイ捨てされるか? あーあ女って羨ましいなーーーー

痴女に襲われるリスク考慮して男性専用車両を作ってくれたりはしないのにな。恐怖をガマンするのが、男らしさなんだよな。あーあーあーー

2024-08-13

anond:20240812083439

空想の話だとしても政治家暗殺肯定するような奴こそ一番の問題だよ。

日本ではこんなゴミみたいな考えの奴らがリベラル自称してるんだろうな。

見てる限り日本リベラル自称してる奴らはおまえみたいのばかりだよ。

オレはリベラルだと思ってるが間違ってもおまえらの仲間にはなりたくない。

民主主義社会において暗殺肯定するような奴は純粋な悪だ。

2024-08-12

1億総アメリカ人政策

これは日本アメリカ合衆国併合してもらい、日本州として自治権を獲得する政策だ。

併合方法は売却である自分自分の売却を行う。売却というと売国奴のようだが、セルフプロデュースセルフプロモーションセルフブランディングとでも言えばよいだろう。

公用語英語となる。日本語は各自で学べるが、基本は選択制だ。ルーツを学ぶなどで補助教材として使う。文化をすべて捨てるわけではない。

現実的には、今のアメリカ合衆国日本併合したがらない。日本人口が多いからだ。老人も多い。経済的なうまみがなく、人口比で危険なことになるためアメリカは避けたい。

だが日本からすると旨味がある。大いに。中国から攻め入られるのが今後アメリカにとっては直接的な国防問題になる。

空想的かと思われるかもしれない。だが現実的な流れを見てほしい。日本語に入り込んでいる英語たちを見ればいい。漢学などほとんど忘れられている。誰が漢学を学ぶのか。

比較的富裕と呼ばれる層は子に英語学習させ、必死欧米諸国などに脱出させようとしている。

だがもし日本アメリカならどうか。何も脱出することはない。そのままいればいいのだ。海外流出した頭脳も返ってくることだろう。英語が巷に溢れているのだから

日本が守らなければならないことは文化である。わびさびやらもののあはれである。われわれは逆にアメリカにこれを輸出・浸透させることで生きやすくする。

実際こういった神仏・マインドフルネス海外では大ウケしている。世俗化した風習など一度ぶち壊して脱構築してはどうか。

アメリカ併合したがらないことは明らかだが、大真面目に併合を目指して経済政策外交政策もガラッと変えていけばよい。すべてをアメリカさらけ出し、すべてをアメリカに握らせる。

建前上でも従属しようとしてきている子分戦争することはできないものだ。戦後からバブル前まではこの面従腹背があからさまで敵意が剥き出しだったが、今後は堂々と従属していけばよろしい。

「だったら併合だ」「併合させてくれませんか」という攻めの従属

なんでも受け入れてやろう。大義名分さえあればなんでも受け入れる。だがアメリカはその「大義名分」「正義」こそを重要視する国だ。屈辱にまみれながらも服従し「だがそれでも併合だ」と血眼になるのだ。

どうせ宇宙進出すれば地球連合にならなければやっていけなくなるのだ。その一歩を切り開き臣従を申し出る。

この政策他国をも魅了する。独立すらいらんと、全員臣従してきてはたまらない。戦争もできない。今の時代の流れだ。これに抗おうとしているのがアメリカ共和党だろう。

無血開城こちから同化していく。

日本語が大事だと人は言う。だが次世代で生み出される英語翻訳するのは誰か。われわれが持っている日本語には限りがある。

まだ命が大きく残っているうちにあえて手放すのだ。追い詰められてから手放してはもうどうにもならない。本当に文化も失われるだろう。

まだ選択肢がある。だから攻める。完全に文化を保存し、戦略的に滅びようとするのだ。今までそんな国はなかった。

防御無視の団結による一点集中突破こそ和の侍の底力である

言っていることはめちゃくちゃかもしれないが、これにはロマンがある。アメリカ人でもあるが日本人でもある。問題はひたすら軽んじられることだろう。

だが周囲諸国からバカにされ虚仮にされ罵倒され屈辱を味わわなければ日本人は目を覚まさない。

それに実際、今やっていることは1億総アメリカ政策を薄めたものだ。どっちつかず。保留。保留の人生としての日本

またの名を拘留。とどめ置かれている。

アメリカ併合を目指すことをバカ真面目に議論してもいい時期なのではないか。三度目の敗戦が来る前に。

長いものには巻かれろ。

夢でも救われた

救われた夢というか、自分が一番見たかった夢というか、これが現実であればと空想していた夢

子供時代、転校を繰り返してていたのだが、どこいってもいじめられていた

といっても、小学生当時はいじめられた認識はなかった。

ただ、転校後にもらった手紙

いじめらていた君がいなくなったから、代わりにいじめられるようになった」とか書いてあって

あ、自分はいじめられていたんだと思うようになった。

振り返ると、普通の遊びと、いじめとかからかいとかの区別を感じれないくらい、

学生時代から自尊心はないまま過ごしてたんだなと思う。

小学校はまあそんな感じだったのだが、中学は完全にいじめられていた

教室の中で自分けがからかい対象になり、はたかれ殴られ、泣きながら家に帰ったシーンを今でも思い出す。

まあそれでも何故か不登校になるようなことはなく、中高大となんだかんだいじめからかいを繰り返しながら卒業したのだが、

自尊心がぼろぼろなのに気づかず社会にでてしまったので、会社入ってから全くコミュニケーションがとれず完全に病んでしまった

あ、なんか自分おかしいんだと思って、色んな本読んだり、いろんな精神科心療内科に通った

会社ではなんとか普通に見られるように必死擬態してたけど、

自信なさげに周りの目を気にしてキョドってるから会社の人にバカにされるし、

時に「生きてて楽しい?」とか言われても、侮辱されたとか怒りとか感じることができず、

当時は話のネタができたくらいにしか感じれないくらい心が病んでたと思う

それからいろいろあって、今は心は落ち着いている。

ただ、友達がいない

ドラマ漫画学生時代友達と会い、昔話に花を咲かせるみたいなことは、全然できない

はいっても中高大のときの級友は友達だったか?と言われるとたぶん友達じゃない気がする

対等な関係じゃなく、たた自分卑下して無理にくっついてた感じがあるし特に会いたいとも思わない

ただ転校前の小学生時代友達だったと自分でも思ってる。

中高大では感じなかった、楽しいとか一緒にいて安心するとかの感情は当時確かにあった

ただ転校後のいじめコミュ不足から自分から連絡を断ってしまった

会いたいなとか空想しても、もう一生会うことはないんだろうなと思っていたら

今日、夢に出てきた

結構な年月がたって同窓会?的なところに自分が参加してる感があった

夢の中でも、自分の事覚えてるかな?みたいな不安を覚えながら皆のところへ足を運んでいた

何人かが振り返って自分の事を覚えていそうで安心した気がする

その時、友達の誰かが自分を抱きしめてくれた

声を交わしたは覚えてないが、

「転校してから辛かったよな」

いじめられて辛かったんだよ」

みたいな心のやりとりがあったと思う

一応現実は安定しているから、自分では過去いじめとか病とかは振り切ってたつもりだったのに、

から覚めて

ああ、これが一番待ち望んでいたことだったんだと思ったことに、

驚いたとのもあるし安心したのもあるし、なんか救われた感じがした

現実であればなおいいんだろうけど、夢とはいえ自分の心の傷を癒やしてもらった友達感謝したい

ありがとう

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