はてなキーワード: 米やんとは
1970~80年代(そのころをキャリアに含む)の映画監督とか漫画家とか小説家とかの、どのタイプの創作論みても、みんな「創作は良い意味でも悪い意味でも影響を与えるにきまってるじゃん」「影響与えない方が負けだよヤバいよ」ってちゃんと書いてるし
オタクが勝手にトラウマ化してる宮崎事件の後もコミケ創立関係者の米やんとかははっきりと「創作は影響を与える側」のこと書いてたはずだけど。
もちろんそれは「キャプテン翼を見てサッカー選手になるのは良い影響!ワンピース見て海賊になるのはあり得ない悪い影響!」みたいなお為ごかしではないよ。
なんか創作論でも、消費者意識がある以上仕方ないんだろうけど、オタクは断絶してる。はっきりいって戦闘経験がない。
オタクがいう「相手に譲歩するのは即負け」みたいな自称リアリズムって、漫画家の活動(ちばてつや他)とか見てないし実際一度も自身では規制の現場に立ったことのない「空想リアル」だろ。それこそプラネテスのロックスミスとかに影響受けてる辺りの。
突如として仁藤夢乃が温泉むすめ叩きをしたのは、室井佑月とのビーフがやや劣勢な膠着状態になってたから、その目眩ましだろ
なんで仁藤が室井佑月と対立することになったかっていうと、彼女の夫の米山隆一が政界復帰し、本多平直のパージをはじめとした昨今の立憲民主党のアイデンティティ・ポリティクスへの傾倒を批判してたからだろ
なんで室井佑月と米山隆一が出会ったかっていうと、朝も晩も右や左の旦那様とレスバしてワチャワチャしてた界隈の仲間だったからだろ
なんで新潟県知事であったはずの米山隆一がツイッターで政治レスバ魔人にならざるをえなくなったのかっていうと、女子大生とパパ活して涙ながらに辞職したからだろ。そしてこれは若い女性への性的搾取に反対する仁藤が米山を嫌うきっかけでもあった
Twitterなどで今回を最後にスタッフをやめるという報告が相次いでる。原因は様々だがどれも上層部と現場の意識乖離が根本にあるように見える。一方で我々サークル参加者や一般参加者とも離れていっていると感じざるを得ないところも確かにある。
米やん(米澤前代表)が亡くなってから3代表制に移行したころから、崩壊の序曲は始まっていたと思う。
米やんは確かに独裁的ではあったけど、「コミケの理念」に沿って多くの参加者が納得できるような行動をしていた。たまに納得できないこともあったけど、それでも説明責任は果たしていたと思う。それが三拡(現在の拡大準備集会)であり反省会であった。私が参加し始めた30年前位は、三拡の質問コーナーは質問したい人がマイクで直接米やんに質していくスタイルで、質問だけじゃなく意見表明もあったり、米やんなどの返答に対してさらに疑問をぶつけることも多々あった。だから質問した人も納得できたり、納得できなくても彼の意見には一定の評価をしていた。対話はとても大切である。だけどこんなのを何人もやっていたら時間が足りないので質問用紙形式になってしまったのだが、それでも彼は回答に対して更に再質問されることも見越して答えていたのはさすがだと思う。何よりもすごいのは、おそらく用紙形式になってからすべての質問に答えていたこと。つまらない質問、コミケと関係のない質問、既に前半で説明した内容、そういうのも省略することなく時間を多少オーバーしてでも回答していた。
しかし3代表制になってから徐々に「同様の質問」という枠でまとめられたり、コミケと関係ないからと省略されることも出てきた。集会終了後に質問に触れられなかった人がスタッフに詰め寄ってるのを目撃したことも1度や2度ではない。それでも最初は12時終了という時限があったから仕方がないと自分を納得させていたと思う。しかし運営に関わる自分の質問が他の質問とかぶっていないのにも関わらず紹介されないことが出てきて代表に対して疑念を持ち始めた。
サークル参加していると一般参加のときとは違ってじっくりスタッフを観察できることもある。(弱小なので暇(滝汗
例えば突発的な待機列の発生。昔は階級役職関係なく、むしろ古参で役職についているような人が積極的に整理にあたったりしていたこともよく見かけた。全員が汗をかいて動くのが当たり前だった。そうした中でOJTによって後輩に技術が継承されていく。コミケに限らず組織が継続するための基本だ。
ところが先日の夏コミで見かけた光景はまるで違っていた。無役、おそらくほとんど初心者のようなスタッフが外周大手サークルの大行列を試行錯誤しながら切ったりつなげたり弄り回していた。その様子を何人もの上級スタッフがすぐそばのテントで涼みながら指差し笑ってくつろいでいる。休憩かと思ったら何時間もテント内で待機している。連絡係なんて1,2名もいればいいのにおかしい。たまに下部スタッフを呼んで列整理かなにかの指示をしたりしているが、彼らは何のためにコミケにスタッフ参加しているのだろうと疑問に思った。人身御供以外でスタッフの経験はないので組織の内容は知らないが、半日テントでのんびりできるほど人が足りているのか。
列の整理方法も、以前なら横移動は厳禁だったのに今回は何度も経験した。おかげで崩壊しかかったこともあった。中堅らしきスタッフがハラスメントばりのきつい口調で指示しているのも見た。その他いちいち挙げないが、とにかく空気が悪い。この原因の一端は、Twitterで書かれていたスタッフ待遇の改悪にあるだろう。
サークル参加していても、参加費の値上げは仕方がない部分があるにせよ、参加証の発送方法の変更で不達や遅延が増えたり、前述のような三拡の対応など、徐々に不満を積まらせる要素が増えてきたが、なんといっても黒バス事件での準備会の対応は、コミケの理念を自ら曲げてしまった悪手だったと思う。三拡では「場を維持するため」と言い訳を繰り返していた。長くなるので書かないが、あのような措置をとらなくても場は維持することが可能だった。もしくは場の維持はコミケの理念には元々入っていなかった。「年2回開催の維持」こそが黒バス事件や今回の夏コミにおける諸問題の元凶である。もうちょっと言えば年2回のコミケで生計を立てている人(企業)が増えてしまったことが問題。
「オリンピックがあるから1回(2回)パスします」と準備会が宣言すればそれでよかった。
(もしくは「黒バスで脅されて特定のジャンルだけサークル参加させないように警察などから言われたけど理念に反するので拒否したら会場借りられなくなった」とでも)
メインの東館が使えず西と南に無理やり詰め込み、中途半端にリストバンドを売ったり(これも理念に反する行為)東駐車場待機列の事故も「年2回」のための無理が祟ったと言わざるをえない。こんな状況で冬はともかく来年の春に他のイベントと共催してまで無理やり行うのはどうかと思う。オリンピックじゃなく災害で会場使えなくなったらどうするんでしょうね。それでもどこかで無理やり開催して「年2回」を意地でも通そうとするか。ちなみに詳しくは言わないけど津波でビッグサイトが浸水する可能性は十分ある。来年夏か冬まで休んで万全の態勢で再開することを検討するのはまだ遅くない。特に東駐車場では危うく死者を出しかねない状況だった。それを報道されたら
コミックマーケット準備会 @comiketofficial 8月12日
コミケットには「お客様」はいませんが、一方で「運営」もいません。我々が、そしてみなさんが参加者の一人として、それぞれの声に真摯に耳を傾けて対話していきたいですし、互いに新たに協力をお願いすることもあると思います。
などと自らの責任を放棄する始末。真摯に耳を傾けるのなら、まず三拡の質問に全部答えるところから始めたら?運営じゃないのならリストバンド売るのもおかしい。こんなちぐはぐなことしていたらスタッフが離れていくのも当然の成り行き。昔のような分裂騒動が起きてもおかしくない。もしかしたら3代表はもう割れているかもしれない。そう思わせる場面を何度か見たことがある。
冬までに問題が収束するとは思えないし、春は更に大きくなっていよいよ存続問題に発展するかもしれない。そうなったらクールジャパンとか言ってる連中もオリンピック前に冷や水浴びせられることになるかも。そうでなくてもスタッフだけでなくサークルや一般も準備会の態勢が嫌になってコミケから離れていくことは十分予想の範囲。未確認だが今回徹夜組が大幅に減ったという情報もある。これは企業ブースが青海に飛ばされた影響だけじゃないだろう。
高齢化、若い世代の人口減少、ネットの普及、頒布手段の多様化など、何もなくても近い将来参加者数が減少傾向に転じることは予測できる。
(一方で外国からの参加者が増えているのでまだ伸びしろがあるという見方もあるが)
同人誌自体も、アニパロなど二次創作の規制が進む流れがいつ厳しくなってもおかしくない。残念ながらそういう時代になりつつある。準備会は「場」を守ったけど参加者や同人界を守らなかったというオチが見える。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2709640
上の動画を見てもらえれば分かるけども、今から23年も前の85年でも「コミケで会っていきなり友達ノリ」は結構存在するっぽい
まあそれはともかくとして、在りし日の米やんや手塚治虫のインタビューが見られる貴重な映像なので必見。(それぞれ、8:56、16:10ごろ)
http://ralf-halfmoon.jugem.jp/?eid=191
そう、
アコギな限定版商売をする企業ですらもコミケの一部であり「参加者」だ。
その点は正しい。
ただし「牛歩」は駄目だ
故、米やんは新しい表現を生み出すためには
自由(カオス)の苗床を用意するのが一番と信じ、それを実現するために
コミケと言う名の「場」を作り育ててきたのだ。
コミックマーケット「理念と目的」>http://d.hatena.ne.jp/ir9/20061002/1159742289
「儲け主義」「粗製濫造」「手抜き」「無節操」、、創作とはおよそ反対と思われる
要素も含まれているってことだ。
悪貨を排除し上質な作品だけを歩留まり良く作ろうとしたジャンルは必ず衰退する。
「30分のコマーシャル」と揶揄され「悪書追放運動」等と弾圧されつつ
時に粗製濫造された有象無象の中から沢山の名作が生まれてきたことを
私達は知っている。
だからこそ、儲け主義もオリジナル創作も上手も下手もエロも評論もすべて飲み込んだ
しかし「牛歩」はだめだ。何も生み出さないじゃないか。
「その本がアリか無しか、決めるのは買い手なんです」なんて言ってるが
並んでる奴は好きで並んでるわけじゃねーぞ。
混雑という直接の迷惑。だけでなく
広いスペースを用意しなければならないための抽選倍率の悪化、(三日目の東館は両端が1列少ない。)
「牛歩」はこれら全てのコストをただいたずらに自分の儲けのために
吸い取っているだけじゃないか。
儲けたければ売れ線の絵を研究しろ。ジャンルをリサーチしろ。宣伝しろ。
正々堂々と買い手に媚びを売れ。一人でも多くの奴を満足させてみろ。
お前のいうとおり決めるのは書い手だ。
うん、文章がクソ長い上に乱雑なのは分かってる。それを承知で。
米やんが突然代表の椅子を返上したと聞いて、その時から悪い予感はしてた。
その予感は翌日に当たった。
米やんを間近で「見る」機会は通称24耐と呼ばれたコミケットSPに続いて2度目。それが葬式だとは
最初に24耐で壇上の米やんを見てる時には思いもしなかった。
クローゼットからスーツを取り出し、東京に向かった葬儀の日。空はとても晴れていた。
葬儀の式場に使われた寺に続く坂には既に大勢の人がいた。
ただ、そこには所謂「葬式の雰囲気」というものはあまり感じはしなかった。良くも悪くも「ゆるいイベントの雰囲気」であったと思う。
それが悪いとは言わない。米やんだからこそ出来た空気であると思ってる。ただ壇上だけはやはり粛々とした空気が漂ってたが。
献花の台の隅にあった島本和彦からの花が印象的だった。
出棺の時。
坂をゆっくり進む霊柩車。
「代表お疲れ様でした!」「ありがとうございました!」の無数の声。
とてもではないが、葬式の雰囲気ではなかった。まるで野球選手の引退パレードだ。
これから悠々自適に暮らす人へのねぎらいのメッセージを送るかの様な風景だった。
それが米やんの人柄だったんだろうと、そう思う。でなきゃ2000人もの参列者が揃ってあんなことできるか。
米やんのいない12月がまた来た。
コミケにかかわる様になって十数年。それでもまだまだ若輩者だろう。
だが開場前に数時間、待機列に並んで待ってるような事もほとんどやらなくなった。
サークル参加もしなくなった。売り子もしなくなった。
12時前くらいになってゆっくり入場するようになった。
数えられるお目当てのサークルに行き、いろんなサークルを流し見て、
コスプレ広場に行って人の多さに諦めてUターンして。
オタクとしてはヘタれた部類になったなあ、と思う。