「ヴィンセント」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ヴィンセントとは

2021-03-22

[]ファイナルファンタジー7原作 PS4

FINAL FANTASY Ⅶ

17時間くらいでエンディング

公式チートのおかげ

やりこみ無視したら土日の2日で全クリできた

バトルはほぼボス戦のみで道中は基本エンカウントなし

たまに気まぐれでザコ倒す程度

からリミット技レベル1のままだったのがちょいさびしい

1日目がディスク1のラストエアリス死ぬとこまでで、残りディスク2まいぶん1日で終わるの無理かなと思ったらそうでもなかった

ほぼマテリア使わなかったから、公式チート使うならマテリアのつけかえ完全に無視しててもよかったなと今なら思う

そしたらたぶんもっと時間短くできた

あとなーマップがすげーみづらい

これインターナショナル基準からナビゲーションの矢印とか印が出るけど、無印だとなかったんやろ?

ありえんわ・・・ぜったいむり

矢印がでててもそこにいくためのルートがわからず迷うこと多数

マップ迷わない、ユフィヴィンセント無視する、を徹底したら10時間ちょいだろうな

ゴミみたいなミニゲーム多数

あとワールドマップが地味に不便

ミニマップ解像度低すぎて役に立たない

あとマップがあっても障害物までのってないゴミ仕様なのはここから

FF15もそうだったし

ラビルでつかまったときクラウドティファが同室なのおかしいやろ

女は女同士にしろよっていう

つかまったときベッドでティファがぺたんこずわりしてるモーションかわいい

ラスボスパーティにわけて戦うと思ってたのにそうじゃなくて普通の1パーティだったからぐぐったら、

自分の強さによって変わるらしい

はじめて知った

強さによって敵も強くなるシステム、8からと思ってたけど7からやってたのね

ケットシーの中身がリーブさんとか完全に忘れてたわ

原作だと印象うすいからしゃーないね

リメイクだと大衆派っぽい人情味あふれるって感じで描写ふえてたけど

あとルーファウスってけっこうがんばってるなって

会社のためじゃないけどほしのために科学のちからで対抗しようとしてる

でもイベントシーンなげーな

会話

ウェポンはゴジラ、会話シーンはエヴァって感じ

あと全然おぼえてなくて驚いたのは、序盤からクラウド頭痛描写があるの

最初の魔晄炉から

リメイクで追加されたとばかり思ってたわ

唯一詰みそうになったのは古代種の神殿ラスボスデモンズウォール

2,3回全滅して装備を入れ替えてぎりぎり倒せた

あと古代種の神殿リメイクがおそろしいわ

原作時点でもかなり面倒で複雑なのに、リメイクになったらどうなるんだろ・・・

かなりシンプルな魔晄炉をあんだけ複雑にしてきた今のスクエニなら、古代種の神殿をラスダンにしそう

当時は50-60時間くらいやってた気がするけど、単純にやろうとしたらこんなもんなんだなーって

2020-08-03

なろうの主人公とか

※不満です

  

今までとは書き方が違うが、思った通りの愚痴と不満を書く。

特に主人公に対しては並々ならぬ気持ちがある。

  

単刀直入に言うとなろうの主人公の9割が嫌いだ。

  

転生時にチートを貰っているだけで偉そうにしている主人公が嫌いだ。

最初謙虚なのに段々と傲慢になっていく主人公が嫌いだ。

面倒事を避けたいと言いながら貴族や国の重鎮と懇意になる主人公が嫌いだ。

最初恋人は一人だけと誓っておきながらハーレムを作る主人公が嫌いだ。

男の仲間を加えずに女ばかりを仲間にする主人公が嫌いだ。

好意を向けられているのに気づかない振りをする主人公が嫌いだ。

  

誰にでも不遜な態度をとる主人公が嫌いだ。

自分能力があるからと周りを見下している主人公が嫌いだ。

仕方ないとか言いながら手を貸す主人公が嫌いだ。

自分しかできないことを他人もできるように言い出す主人公が嫌いだ。

まり謙虚過ぎて卑屈になっている主人公が嫌いだ。

  

目立ちたくないと言いながら大会などに出場して優勝する主人公が嫌いだ。

幼女を仲間にすると幼女が寂しいからと言うと一緒に寝る主人公が嫌いだ。

ギルド階級がSランクになりちやほやされる主人公が嫌いだ。

みんなが苦労して倒したモンスター簡単に倒す主人公が嫌いだ。

規格外だと評価される主人公が嫌いだ。

  

生前の年齢を考えるといい年こいたおっさんなのに幼児と仲良くするのが嫌いだ。

ほぼ誰にでも好かれる主人公が嫌いだ。

実力があるのに自分の実力を知らずにこれは普通のことではと言い出す主人公が嫌いだ。

人外を嫁に迎える主人公が嫌いだ。

仲間のパワーレベリングをする主人公が嫌いだ。

  

復讐を誓ったくせに中途半端に終わらせる主人公が嫌いだ。

自分に懐く相手にだけ優しくする主人公が嫌いだ。

場の空気を読まずに発言をする主人公が嫌いだ。

作品タイトルと不一致の主人公が嫌いだ。

  

VR作品主人公主人公けが優遇される固有能力を持つのが嫌いだ。

VR作品主人公掲示板で人気者になるのが嫌いだ。

VR作品主人公運営側にも気に入られるのが嫌いだ。

VR作品主人公戦闘職以外で評価されまくるのが嫌いだ。

VR作品主人公が結局最強になるのが嫌いだ。

  

悪役令嬢の主人公が最終的に男とくっつくのが嫌いだ。

悪役令嬢の主人公が誰にも絆されないと言いながら結局くっつくのが嫌いだ。

悪役令嬢の主人公が最終的に農家などで働かないのが嫌いだ。

悪役令嬢の主人公が落ちぶれないのが嫌いだ。

悪役令嬢の主人公が周囲のみんなから好かれるのが嫌いだ。

悪役令嬢の主人公が変わった貴族評価されるのが嫌いだ。

悪役令嬢の主人公が頭がいいかのように扱われるのが嫌いだ。

  

恋愛作品主人公非モテとか言いながらモテてるのが嫌いだ。

恋愛作品主人公美少女とくっつくのが嫌いだ。

恋愛作品主人公が実はすごい能力を持っているのが嫌いだ。

恋愛作品主人公の家柄がすごいのが嫌いだ。

恋愛作品主人公が実はイケメンだったというのが嫌いだ。

  

簡単にこれだけの言葉がでてくるくらいにはなろうの主人公が嫌いである。

まだまだ書き足りないがとりあえずこんなもの

最初はいい。最初は期待している。概ね期待通りに動いてくれる。

だが、物語が進むと大体頭の悪い奴に成り下がっていくことが多い。

特に嫌いなのは、結局王族とかのいいなりになる主人公だ。

まりにむしゃくしゃしすぎて、しばらくしねしね団のテーマを聞き続けたくらいだ。

  

ちなみに筆者はこういう展開が読みたい。

受付嬢「町にワイバーンが迫っています!」

ギルドマスター「協力してくれ!」

主人公はい!」

しか主人公ワイバーン無視して町から抜け出して町は火の海被害甚大あるいは壊滅。

これでOK別に人間が生きなきゃいけない理由はない。

どうせ助けたところで「私が町長です」なんて言われるだけなので助けない。

しかし、こういう作品が無いので、なろう作品がこんな感じになってくれることを期待している。

  

では最後に、なろうではないが筆者が好きな主人公を挙げていく。

  

例1 不幸なこども シャーロットソフィア

ひたすら不幸で最後父親の乗った馬車に轢かれる主人公

しか父親主人公だと気づかずバッドエンド

  

例2 ピーナッツブック チャーリー・ブラウン

様々な事に失敗ばかりしているが明るく生きている。

  

例3 ガタカ ヴィンセント

不適正者として生まれたが、夢を捨てきれず宇宙飛行士を目指す。

30歳まで生きられないと言われている。

  

例4 セブン デビッドミルズ刑事

殺人犯を追い続けていたが、その殺人犯に妻を殺されて逆上して銃殺する。

  

例5 フォーリング・ダウン ウィリアム・"D=フェンス"・フォスター

些細な事がきっかけでキれてしまい大暴走を起こし、殺人犯になる。

しかし本当は自分の子を想い続けていた。

  

以上

  

貴族編    :anond:20200706225819

王族編    :anond:20200707102749

奴隷編    :anond:20200707174539

竜編     :anond:20200708062743

商人編    :anond:20200708131233

馬編     :anond:20200708203845

獣人編    :anond:20200709092800

エルフ編   :anond:20200709173538

勇者編    :anond:20200710134123

ドワーフ編  :anond:20200710201957

神編     :anond:20200711222724

悪役令嬢編  :anond:20200730063046

猪編     :anond:20200730172612

病人編    :anond:20200731072847

孤児編    :anond:20200731174859

犯罪者編   :anond:20200731230135

斥候編    :anond:20200801113918

魔王編    :anond:20200801192806

ヴァンパイア編:anond:20200802015359

狼編     :anond:20200802102148

騎士編    :anond:20200802184652

受付嬢編   :anond:20200802235250

2019-11-02

ラグビーW杯 決勝戦 南アフリカ vs イングランド レビュー

9月20日に幕を開けたラグビーW杯2019日本大会は、43日を経て今夜、最終日を迎える。

予選4プールから20チームで争われたトーナメント最後に勝ち残り、ウェブエリスカップへの挑戦権を得た2チームは、白衣イングランドと緑のジャージ南アフリカ

4年間を最高の形で締めくくるのはどちらのチームとなるだろう。

そして、決勝はどのような戦いになるのだろうか。

------

小細工なしの真っ向勝負で勝ち上がってきた南アは、この決勝も自分たちの強みを最大限に活かしてぶつかっていくいだろう。

ただ小細工はしないと言ったが、プランがないとは言っていない。

南アで注目すべきはスタメンリザーブの顔ぶれ、とりわけリサーブの3人、HOマルコム・マークス、PRヴィンセント・コッホ、スティーブン・キッツォフだ。

この第一列は、本来だったら1本目のフロントローなのだが、ノックアウトラウンドに入ってからとういうもの、彼らをリザーブに回して後半から登場させている。

ディフェンシブで硬いラグビーを得意とする彼らにとって、ディフェンスとともにセットプレー生命線だ。

最強のフロントローを後半に登場させて、インテンシティ(強度)をおとさずゲーム支配するのがその目論見だ。

------

また、通常80分を超えると最後のワンプレーを残してゲームが終了するのがラグビーだが、勝敗をつけなければならないトーナメントに限っては、80分で決着がつかなかった場合延長戦突入する。

そうなった時、どちらがスクラムで勝ってペナルティーゴールを獲得するかは勝敗に直結する。

まさにトーナメントシフト南アは決勝を戦う。

------

ただ、それでも南アが好みの試合展開になるかどうかはわからない。

準々決勝や準決勝でとったようにハイパントを多用して着地点でのフィジカルバトルを挑んでも、ボールを保持した敵が蹴り合いに応じずキープしつづければ、南アは非常に低いポゼッションの中から得点のチャンスを探さないといけない。

相手フィジカルに大きな強みを持たない日本ニュージーランドならともかく、今日相手自分たちと劣らぬ屈強さを誇るイングランドなのだ

キープされ続けながら真っ向勝負の激しいフィジカルバトルで互角以上に持ち込まれビジョンにも現実性がある。

------

その上イングランドバックスの展開力・破壊力も強烈だ。

地上戦フィジカルバトルでディフェンスが巻き込まれれば、突きつけられるランの脅威も増すだろう。

フィジカル優位が自明であったり、強みの優劣がそのまま結果に反映された今までとは難易度レベルが違う。

南アスクラムはもちろん、ラックモールでも80分間、絶対優位で試合を運んだ上に、一瞬のわずかな隙に手を突っ込んでこじ開けてくるイングランドの一撃を封じないといけない。

------

さらに言うと今回のイングランドは何を仕掛けてくるかわからない。

「ここまで来れば、コーチし過ぎないことが大事選手精神的にも肉体的にもフレッシュ状態にし、ゲームプラン提示して、チャンスがつかめるように持っていく」と語ったイングランドエディー・ジョーンズHC。

自然体で当たるとも取れる発言だが、あくまコーチングの話であって、稀代の戦略家がノープランで決戦に臨むとは思えず特別プランがあるのかもしれないが、それだって言葉の裏を考えすぎて迷いが生じれば勝負師の思う壺。

賽は投げられた、もうやるしかない。

------

黙祷に続いて両国国家斉唱

観客が声を合わせる光景はもうお馴染みとなったが、今日歌声はより大きく、スタジアムは大合唱となった。

その光景はまさに決勝戦にふさわしい。

大歓声のなかキックオフの瞬間を迎えた。

------

南アフリカキックオフで始まった試合は、イングランド応援歌スイングロウ・スィートチャリオットが響き渡る中、開始早々イングランドPRカイルシンクラーが味方LOマロ・イトジェと交錯脳震盪で交代。

早くも激闘を予想させる幕開けとなる。

------

続くマイボールファーストスクラムに組み勝った南アが大きく展開して攻め込み、押し込まれイングランドは自陣からボールを回し押し返すが、南アもすぐさま切り返して展開する。

今までとは打って変わってランで展開して攻める南ア

イングランドキック地域を返挽回してもキックとランを織り交ぜて攻めていく。

さらスクラムでも圧倒し、地上戦で優位を示しながらスタートを切った。

------

8分、敵陣深くでボールに噛んだ南アペナルティゴールを獲得。

決勝初の得点はSOハンドレ・ポラードのキックから生み出され、3-0。

------

予測の逆の展開にペースをつかめずにいたイングランドは21分、初めて敵陣深く侵入してラインアウトからセットプレーフェイズを重ねた攻撃からペナルティゴールを獲得、これをオーウェンファレルが決め3-3。

この攻防の中で、今度は南アHOボンギ・ンボナンビが脳震盪で、LOルード・デヤハーも肩を痛めて交代する。

激しい試合だ。

------

25分、この試合の大きなファクターとなっていくスクラムで組み勝った南アペナルティゴールを獲得し6-3。

イングランドも待っていたために後手を踏んでいたディフェンスを激しく前にでるものに変え、身体を当てながら前進し、6分に渡る攻めでペナルティーゴールを獲得し6-6とする。

流れを持っていかれたくない南アは36分に獲得したペナルティと前半最後スクラムプレッシャーをかけ、ともに獲得したペナルティゴールを決めて12-6で前半を折り返した。

------

前半、獲得したスクラムの全てに勝って4本のペナルティーゴールを決めた南アの首尾は上々だ。

終了間際にもフェルミューレンが真正からぶち当たり、気持ちでもペースを渡さない。

対して予想外のランでの展開に待ってしまったイングランドは、攻めてもボールが手につかず噛み合わない。

もっと問題なのはスクラムだ。

想像以上の強さの前に明らかな劣勢に立たされてしまっているのに、南アはまだ最強のフロントローを残しているのだ。

25分過ぎから少しだけ流れを取り戻したが、未だビハインドは6点。

スコア以上に悪い状況を挽回するため、エディーはどのような策を授けるだろうか。

------

後半、キックオフからランで攻めるイングランドだが、素晴らしい集中力を発揮する南アディフェンスの上がりが早く突破できない。

スクラムでも南アが予定通りフロントローにコッホとキッツォフの2枚をいれ、本来の最強のフロントロー制圧にかかってくる。

この圧倒的な力押しでペナルティゴールを奪われ15-6。

------

その後のキックオフからの攻めでも、早くて強いディフェンスで立ち往生を食ってからスクラムで跳ね返される。

スクラムで決定的な優位を証明した南アは3点をちらつかせつつイングランド攻撃を跳ね返しつづける。

------

圧力に苦しむイングランドはなんとかスクラムを一本返してしてペナルティゴールで15-9とするが、陣地に進入してきた南アにペースを強奪され、ペナルティゴールで突き離される。

追いすがるイングランドもすぐさまペナルティゴールかえしてし18-12とした64分、劣勢のスクラムからついにディフェンス破綻、ここからの展開でマカゾレ・マピンピにインゴールに飛び込まれ、初のトライを奪われる。

コンバージョンも決まって25-12と非常に大きな7点!

増田も含めてきっと多くの人間勘違いしていた、イングランドが仕掛けて、南アが受けてたつと。

でも地上戦は体を当てて前に出て相手キックを蹴らせ、ボールを持ってはFWの強度で集めてランで止めを刺す、イングランドがとれる戦術は、南アだってできたのだ、だってそうじゃないかFWバックスも駒は揃っている!

この戦いは自分の置かれた状況を素早く理解したものが制する勝負だった!

------

70分をすぎ、もうトライを取るしかないイングランドセットプレーで攻めるも集中力が切れない南アラインを押しかえし、そして73分、170cmのポケットロケットチェスリン・コルビが大男をかわしながら走り抜け、勝負を決定づけるトライ

------

そのまま80分、南アイングランドを陣地に磔にしたままボールは蹴り出された。

最終スコア32-12

スタジアムが歓声に包まれ、栄冠を手にした戦士たちが抱擁を交わす。

南アフリカ戦略家の予想を上回る戦術と、それでも決して忘れなかった自らの強みで、80分間ラグビー母国を封じ込めつづけた。

------

試合後、安堵したような表情でインタビューに答えるラッシーエラスムスHCに対し、序盤の違和感からペースを一度も渡してもらえずの敗戦に珍しく失意を隠さなエディー・ジョーンズHC。

自国開催での屈辱の予選プール敗退から4年間、白いジャージをここまで連れてきて、黒衣の王者にさえ何もさせなかったが、緑の巨人が立ちはだかり、栄冠には手が届かなかった。

しかし、その手腕を証明した名将はいつかまた帰ってくるだろう。

------

審判団や準優勝のイングランドへの表彰を経たセレモニー最終章、44日間、いやもっと大きく見れば4年の間争われたウェブエリスカップは、秋篠宮皇嗣から南アキャプテンのシア・コリシに手渡され、緑の戦士たちがその所有者となった。

南アフリカにとって、ラグビーは初の優勝から民族融和の象徴として特別意味を持つ。

黄金カップの下、戦士たちが喜びのステップを踏む中、大会は幕を閉じた。

------

今日でこのレビューも終わるが、最後に少しだけ話をさせてほしい。

増田9月からの1ヶ月半は素晴らしいものだった。

ラグビー面白さを知ってもらいたい、そして一緒に盛り上がりたい、そんな思いから始めたレビューがこんなにも多くのブクマブコメいただき、まるでみんなと一緒にW杯をみているようだった。

それは小さい事だけれども夢だと言っていいし、それがかなった最高の44日間だった。

夢を叶えてくれたのは、増田場所をくれたのは、ここに集うみんなだ。

------

そしてこのレビューを多くのブクマカの勧めに従い、noteでまとめて公開することにした

noteは少しだけ修正加筆している。

増田よりその分内容が増えていると言えるが、ここでしか書けない一言がある。

夢を叶えてくれただけでなく、増田に新しい学びの機会をくれたブクマカやはてなユーザーにありったけの感謝をしたい。

みんなが最初だ。

ありがとう

------

そして、また4年間が始まる。

次はフランスだ。

また一緒に、ラグビーで盛り上がろう!

anond:20191102003237

2019-09-04

anond:20190904171528

んでもリアル葛飾北斎もその辺のエロ絵書いてるKKOと同じくらいの扱いだったんちゃうん? 絵師つながりでヴィンセントヴァンゴッホメンヘラホモだったらしいじゃん。

KKOサーバントとして出てきてもおかしくないんだけどなあ。

2019-08-30

昔々、ハリウッド

 

 『ワンスアポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が目前に迫っているというのにまだまったく心の準備ができていない。大波が押し寄せてくるのを確かに認めながら、砂浜で引き波に足を取られたまま呆然と立ち尽くしてしまっているような、そんな状態だ。

 

 『Once upon a Time in...Hollywood』というタイトルをはじめて聞いたときマジで引退しようとしてるの…!?と思った。現時点では「10作品撮ったら引退する」と言っていたり(今回が9作目)、「今度のが大ヒットしたらこれでおしまい」と言っていたりまだ判然としないのだが、そういうゴシップ的な憶測はさておき、このタイトルが持つインパクトはあまりにも大きい。セルジオレオーネ意味合いもさることながら、それ以前にこの響きだ。

 『昔々、ハリウッドで』。響きとしてあまりにも最終回すぎるのだ。仮に『クエンティン・タランティーノ』というドラマがあって、その主人公クエンティン・タランティーノ監督した作品が、ドラマ1話ごとのタイトルになっていたらと考えてみてほしい。第1話「掃き溜めの犬ども (Reservoir Dogs) 」、第2話「三文小説 (Pulp Fiction) 」、第3話「ジャッキー・ブラウン (Jackie Brown) 」、第4話「ビルを殺れ (Kill Bill) 」、……と進んでいって、第9話「昔々、ハリウッドで」である。どう見ても第9話で最終回じゃないか。こんなに引退作にふさわしいタイトルってなかなかないと思う。

 

 なんてことをメモしていたら、タランティーノ子供が生まれるとのニュースが飛び込んできた。引退について語るのを話半分に聞きながら、だがこれで子供でも出来たりしたら本当に映画撮らなくなるかもな……とか考えていたのだが、うーん、思ったより早かったなあ。つまりこのところとみに饒舌になっていた引退話は、子供が生まれるという予測のもとに展開されていたわけだ。それにしてもさ。田中裕二子供が生まれたり、タランティーノ子供が生まれたり、そんな日が来るなんておれは考えたことなかったよ。

 といっておいて何だが、タランティーノの言う「引退」について想像するとき、たしかに寂しくはあるけれども、意外と悲観的な気持ちにはならないというのが今の正直な気持ちだ。

 というのは、ひとつには、映画監督以外のフィールドでの仕事が見られる可能性に期待しているからだ。これは本人も言っていることだが、本を書いたりしたいらしい。タランティーノが書いた批評本なんて出たらぜひ読んでみたい。もしかしたら小説を書くかもしれない。それこそパルプフィクションを。あるいは脚本を書くかもしれない。脚本タランティーノ × 監督デヴィッド・ロバート・ミッチェルなんて映画がつくられたら……など夢想するのも楽しい

 書く仕事ばかりとも限らない。いまのところ引退を語るうえでタランティーノが前提としているのは「劇場公開用映画」の監督業であって、フィルムに対する彼の偏愛と執着も、その前提があればこそ要請されてきたものだったと思う。その最前線から(いったん)身を引いたときある意味でそれは「引退」だが、またある意味でそれは「解放」ともいえるのではないか。何が言いたいかというと、Netflixなどでタランティーノドラマシリーズ制作する可能性はかなり高いのではないかということだ。この期に及んでタランティーノ劇場長編映画デジタルで撮る可能性はほとんど考えられないが、これがドラマシリーズだったら話は別だ。

 タランティーノがつくるNetflixドラマがあったら、それはどんなものになるだろうか。そのヒントになるような発言最近あった。自身監督作に登場したキャラクターのなかで、タランティーノが今でも折に触れて思いを馳せる人物がいるという。彼が挙げたのはザ・ブライド、ビル、ハンス・ランダアルド・レインの4人。タランティーノはそれぞれの人物にまつわる、いわばスピンオフ的なサイドストリーについての妄想を語っていた。

 ①ザ・ブライドが10年後、15年後、どうしているか。娘はどんな人物に成長したか。これは長いあいだ噂されてきた『キル・ビル Vol.3』がもし実現した場合ストーリーになるだろう。

 ②ビルはいかにして巨悪となったかエステバン・ビハイオ、服部半蔵、そしてパイ・メイという3人の「ゴッドファーザー」との関係を通して、ビルという悪魔人物オリジンを描く物語

 ③ハンス・ランダナンタケット島でどんな生活を送っているのか。ナチスきっての「名探偵」だったランダが、戦後20年くらい経ったナンタケットで起こる殺人事件解決してゆく物語

 ④アルド・レインは戦後どうなったか教科書に載るレベルの「英雄」としてアメリカに帰ったはずのアルドが、ナチスにおけるフレデリック・ツォラーのように映画に主演する…という話。

 なにこれ超おもしろそうじゃん!!!!! 全部見たい。見たすぎる。小説でもいい。読みたすぎる。ここで思い出したのだが、そういえばタランティーノこそ、地味に自分作品世界相互につなげてきた人だった。別の映画に登場するキャラクターたちが生きる一つの世界について語るとき、若き日の彼はたしかサリンジャーを引き合いに出していたように記憶するが、これって今風の言い方をすれば「タランティーノバース」だ。もちろんタランティーノ世界MCUのようになってほしいなんて気持ちは毛頭ないけれど、ジャンゴのサイドストリーはすでにコミック化されていることだし、劇場映画としてはおそらくもう実現しないであろうヴィック&ヴィンセントヴェガ兄弟の話だって、何かしらのかたちで語られる可能性は全然あるわけだ……ということを、妄想できることがうれしい。それにしても「私立探偵ランダ in ナンタケット」は見たすぎるだろ。

 で、仮に、タランティーノがこの次に撮る映画が本当に彼の「引退作」になるとするならば、その一本はやっぱり『キル・ビル Vol.3』であってほしいと、私はそう願わずにいられないのだ。 

 

 話を元に戻そう。『ワンスアポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の公開が迫っているのに心の準備がなにもできていないという話だ。この映画タイトルからしてこの有り様なものから映画監督クエンティン・タランティーノいかにも「集大成」という感じがしてしまうのだけれども、しかし実際はそうでもなくて、むしろ今までになく「タランティーノっぽくない」映画になっていたりするんではなかろうかと期待している。それはひとえにこの作品が、タランティーノ本人にとってきわめてパーソナルなものとなっているような印象を受けるからだ。

 『ワンスアポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』について、現時点で、私は予告編以外の情報をすべて遮断している。サントラにも触れてすらいない。だから実際どんな映画になっているのかはまったくわからないのだけれど、タイトルをはじめポスター予告編を通して強く喚起されたのは、「郷愁」の念だ。それは1969年、大きな変革を遂げようとしていたハリウッドとその時代精神タランティーノは "zeitgeist" という単語を本当によく使う)に対する郷愁であり、タランティーノ自身の幼少期へと向けられた郷愁でもある。しかしながらこの郷愁こそ、これまでのタランティーノ映画からほとんど感じてこなかったものであり、ゆえに今作はどうにも「タランティーノっぽくない」ような気がしてしまうのだ。

 タランティーノは、過去映画音楽からさまざまな要素をためらいなく取り入れることで自分映画をつくってきた人だ。その特徴はたしかタランティーノについて語るうえで欠かせないものだろう。でも彼の作品に宿る魅力を考えるうえでもっと重要なのは、そうした引用(あるいは盗用)のひとつひとつが、観客に郷愁を呼び起こすための装置には決してならないという点だ。観客を過去へといざなうことで「懐かしさ」に浸らせるのではなく、かつてとてもエキサイティングものとして消費された文化の「エキサイティング感覚自体をそのまま現在再現してしまえる才能。それがタランティーノのすごいところだと思うし、その意味で、郷愁、というのはむしろタランティーノ映画から最も遠いところにあった感情ではないかと思う。ところが今回の『ワンスアポン・ア・タイム・イン・ハリウッドから郷愁が強く香ってくる。そのダイレクトさがとても気になるのだ。それはとりもなおさず今作の特異な舞台設定によるものだと思うけれど、開映が迫っているためちょっともう書く時間がない。超中途半端

2019-02-27

anond:20190227113732

私はこのゲームをやっていないのですが、レビューを読んだだけでもいくつかの違和感がありました。少し長いですが、せっかくなので私もここに書かせてもらおうと思います

今調べたところ、リンというキャラクタートランス女性で、ヴィンセントというキャラクターシス男性なのですよね?でしたら、リン同性愛者ではなく異性愛者なのでは?

しかトランスジェンダーの中には、「セクシャルマイノリティーとしての自分」にアイデンティティ見出し自己実現を図る方も少なくありません。一方で、「自分は本当は(すなわち、心は)男性/女性なのに、なぜ身体女性/男性なんだ。男/女らしい身体に産まれたかった」と悔しい思いを抱えながら生きる当事者もまた少なくありません。「LGBT」と一括りにされてしまうことで混乱が多いですが、「LGB」の抱える悩み・直面する差別問題と、「T」の抱える悩み・直面する差別問題は全く異なりますあなたはどうやら、その辺りを混同しているように見受けられました。

次に、

同性愛者は自分セクシャリティを隠して異性愛者に近づくものだという偏見ですよね。そんな同性愛者は今時いないと思うんだけど

とのことですが、つい最近セクシャリティアウティングによって一人の学生自死選択した痛ましい事件がありましたよね。この国(に限らないですが)はまだまだ偏見は強く、排除を恐れてセクシャリティを隠して生きる当事者も少なくないのが現実だと思います

もちろん、あなた方のような当事者が増えてきたこともまた現実だと思いますし、それはとても幸福なことで、歓迎すべきで、そして目を向けるべき現実でもあるとは思いますしかし、その裏でやはり「残念ながら変わり切れない」部分も残っていると思います。そのような両面性を抱えた過渡期である現代において、そのリアルを余すことなく描ききることは不可能に近いと思いますしかし、複数作品群の傾向を語る中で「そろそろこういう作品が増えてもよくないかな?」と提案することには大いに意味があると思いますし、私も応援します。

以上です。長文失礼しました。

キャサリンフルボディはマジでLGBTへの偏見に満ちたゲームだと思う

キャサリンフルボディ。

同性愛者として、凄いイラついたゲーム

購入してプレイしたこと証明したくてamazonレビュー投稿したらamazonレギュレーションに反するとかで掲出されなかった。

日曜日に6時間もかけてせっせと書いたのにのらなくて超ショック。

まあ、性器だの肛門だのセックスだの書いたからか。それともジェンダー書き込みamazonさんNGなの?

どちらにせよ、書いたのが無駄になるのが嫌なのではてなさん初投稿

誰か読んでくれることを祈る。

以下投稿した内容をコピペ

___

エンディングまでのネタバレまで書いているので、ネタバレが嫌な人は読まないでください。

セクシャリティに関して語りますので、性的用語も書き込むと思いますので、その点もお許しください。

私は同性愛者、性別女性です。

以下の感想は私の主観に基づくもので、全ての同性愛者やトランスジェンダーの方がこのゲームに対してそう思うというものではありません。

ですが、プレイした結果、私はこのゲームシナリオはとても差別的だと思ったし、私(とプレイを傍らで見ていたパートナー)はアトラスゲームが大好きな者として、とても悲しく思いました。

レビューでは主にどこが差別的だと感じたかに関して書きますので、シナリオへのレビューが主になりますパズルゲームとしてのレビューをご覧になりたい方は他の方のレビューをご参照ください。ちなみに本編パズルよりラプンツェルのほうが私は好きです。

リンとの恋愛成就するルートクリアしました。(初回は恋人ルートだったので、たぶん、リンルートかと思います)

最後まで一緒に見ていたパートナーはとても悲しい思いをしました。主にどこに感じたかというと、リン同性愛者として描かれていますが、その描かれ方にとても差別的もの同性愛者へのステレオタイプ偏見を感じたからです。

詳細を書いていきます。ここからネタバレが沢山書いてあります

リン記憶喪失ヴィンセント出会い、寄る辺がなくヴィンセントに世話になり、親しくなっていき、惹かれあっていきます

リン自分のことをワタシと呼称していて、どうやら記憶喪失ではあるものの、自分セクシャリティに関しては自覚があったようです。なので、自分同性愛者というか、ワタシというからには自分トランスジェンダー認識していたのでしょう。

その上で、ゲーム中盤でリン男性器がついていることをヴィンセントに目撃されます

コミカル描写の上で、リンを拒絶し、リンを押して転倒させてしまう、というシーンがあります。全編コミカル映画ならまだしも、真面目なトーンのキャサリンのようなドラマなら、欧米ではこんなシーンはもう流せないですよね。日本は遅れてるな、こんなシーンがあるなんて、と思いました(同性愛者は自分セクシャリティを隠して異性愛者に近づくものだという偏見ですよね。そんな同性愛者は今時いないと思うんだけど)。強い違和感がありました。

ゲームを徐々にすすめるにつれて、これは製作者の偏見で、つまり差別なんじゃないか、と少なくとも私たちカップルはこのシナリオがとても差別的だと思いました。感じたことを書いていきます。まとめる能力がないので、ちょっと支離滅裂かもしれません。その点はお許しください。

リンはその後、ヴィンセントの前から姿を消すのですが、その後電話で「私、受け入れられてると勘違いしちゃってました。ごめんなさい」とヴィンセントに言います。このセリフにすごく違和感を感じました。

エロ目の携帯写真を送ったりして気を引き、明らかな恋愛眼差しを向けていたにも関わらず、リンヴィンセント自分セクシャリティを語りませんでした。何故だろう。普通、言うよね?なんで言わないの?と疑問に思いました。恋愛なんですからヴィンセント同性愛かどうかなんてわからないんだから意思の疎通を図ると思うんです。意思疎通しないで恋愛しないでしょ?自分恋愛対処相手確認とるでしょ?リンのしたことはヴィンセントへの不義理であり確かに謝罪するべきかもしれません。けど、そもそもになんで謝罪するようなことになってしまったんでしょう?なんで、自分セクシャリティを言わなかったんでしょう?

違和感はまだあります。「(男性であることを)受け入れる」っていう言葉が私にはわかりませんでした。私はパートナー人間としては受け入れてもらってますが、恋愛としては受け入れる入れないではなくて、私とパートナーにとって同性を好きなことは当たり前のことで受け入れる入れないということではないのです。だって両方とも同性が好きなんですから

そういった、リンセクシャリティはなんなのか?意思のようなものはなんなのか?が物語ではこの時点では明かされなく、そして最後まで明かされないというか、存在しないように思います

なので、このあたりから先ほど書いた「同性愛者は自分セクシャリティを黙っていて、異性愛者を騙して寄ってくる」という作り手側の偏見からも、このゲームでは偏見によって物語がつくられているのではないか?と感じはじめました。

ヴィンセントはその後、リンを選ぶべきだと仲間から促される形でリンを選びますが、その選ぶ理由がとても希薄です。ヴィンセントダメ自分リンは受け入れてくれた、と言いますがその程度で異性愛者であった彼がリンとの恋愛を選ぶことはとても抵抗がありますヴィンセントバイセクシャルでだったということでしょうか?多くの同性愛者は異性愛者が恋愛をするように自然に同性を愛していると思います

あと、全編にわたってエロというか性愛が凄く大切かのようにゲーム表現されていますので、ヴィンセントリンと付き合うということは、リンセックスをするということかと思います。が、セックスのシーンはリンに限ってのみないように思えました(他のルートであったらごめんなさい)。ヴィンセントセクシャリティ確認し、リンセクシャリティ確認し、どうお互いがセックスするのかということがリンルートにはありません。男性同士のセックスにも多様性があると思うので一概には言えませんが、通常は肛門による性器接触かと思いますが、ヴィンセントリンとの行為ができるということなのでしょうか?リンに限っては出来る、ということでしょうか?リンが口内による行為を求めたらヴィンセントはできるということでしょうか?セクシャリティとかセックスってそういうお互いのしたいことの調整だと思うんですが、この流れの恋愛の上でそれがヴィンセントにできるとは思えませんでした。

セックスを題材にしているゲームなのに、リンだけセックスがぽっかりと抜け落ちていて、それが凄く凄く違和感があり、偏見というか、差別を感じました。恋人に関しては初夜のシーンすらあるのに。

描写したり言ったりしたら世の中の多くの人は引くんじゃないか、とか、そういう同性愛の性を描くことがグロテクスと感じているかのような、そんな空気をこのゲームからは強く感じますリンセクシャリティを軽んじている感じをとても受けます。そういったことを異性愛と同列に扱えないならばこのゲームテーマと反するので軽々しく同性愛を扱わないで欲しかったです。

ここから先は同性愛者としての感想というよりは、個人的なことがらなのですが、その後、リンは様々あって人間ではないということが判明します。それが判明したときの私のパートナーは絶叫して泣き出しました。パートナーは親兄弟同性愛理解されず、化け物、人間じゃない、宇宙人だ、などと散々と言われてきて、ようやく都会に出てきて自分と同じ同性愛コミュニティに入り、平穏を取り戻しました。そんな彼女が、このゲームの終盤にリン宇宙人であることを知ったときの悲しみはとても深かったと思います。大好きなゲーム会社ゲームからすら、同性愛者は人間扱いされないのか、と、泣きました。

そのほかにも、記憶がもどったら一人称がボクになったり、宇宙人のお兄さんたちと再会したさいに、女装をしている理由もお兄さんたちが好きな格好をさせていた、という理由で、それもリンセクシャリティのなさを感じ、強い違和感を覚えました。

あと、お兄さん宇宙人容姿がお尻のカタチなのも同性愛テーマにしているリンルートにおいて悪趣味だなと思いました。

映画の「モールス」のように恋愛対象が性別を超えた性器存在しない者で、それとの恋愛ということであれば納得できたのですが、そこにセクシャリティが絡むと、全てがチグハグになり、製作者の偏見が全面に感じられて極めて不快に感じられました。

アトラスゲームPSPペルソナ3vitaペルソナ4、真女神転生4とファイナルプレイしたことがありますペルソナ3と4は特に社会に馴染めない悩みを抱えた若者たちにより添い、共に歩んでいく弱い人間によりそうような優しさがあり、とても好きでした。こんな感情ゲームから得られるなんて思っていなかったので、本当にアトラスという会社はすごいゲームを作る会社だと、大好きになりました。プレイステーションの3も4も持っていないため、ペルソナ5プレイできていませんが、アニメは見ていて、同じような優しさを感じるので、やっぱり好きなだなぁと思い、vitaでこのゲームが出たので買いました。ですが、このゲームにはそういった優しさは一切感じません。同性愛者をただゲームネタセンセーションな一部として扱っているような感じと、製作者の偏見が全面に出ていて凄く残念です。

リンのみならず、ゲームの本筋ではないですが、エリカトビー関係でのエリカの扱いがトランスジェンダーへの偏見というか不理解助長する扱いをされていると同様に感じました。

とくにトビーエリカとのはじめてのベッドインをバーで報告するシーンのセリフで、「経験がないからわからないけど、なんか入れた時に違和感あったんだよね」というようなセリフがありましたが、ゲームを終えて考えてみるとエリカトランスジェンダーとして劇中では扱われているので、まるでトランプ大統領が話すような最低なトランスジェンダーへの差別ギャグのようだったんだと気づき極めて不快でした。

私の疑問はエリカトランスジェンダーで性転換を行なっていたとしたら、性転換後の女性であることを言うでしょうし(セックスに潤滑オイルのようなもの必要なはずなので)また、アナルセックスをするならば男性器はまだついているということでしょうから、ベッドインした段階で気づくでしょうし、性器がついていることが不快で除去したとしても、はじめてのセックスといえど女性器と肛門を間違えるとかありえないし、エリカ男性器がついているなら、豊乳手術をうけて胸を作っているのはどうしてなのかとか、よくわかりません。エリカという人のセクシャリティが極めて不明瞭でかつ、エリカもまた自分セクシャリティ恋愛相手に共有していないことに強い違和感を覚えますし、エリカへの扱いはこれ以外にも一つ一つが彼女存在を軽んじていて、オヤジギャグネタのために存在させているような偏見不快感を感じました。

私自身はLGBT権利を声高に主張するようなことはしたことはありません。(そもそもに私はLGBTというくくりも好きじゃないです。)が、同性愛者としてまた一個人として、お金を出して買ってプレイしてとても不快な思いをしたので、その不快を書き込む権利はあるはずだと思って書いていたら長文になってしまいました。読んでいただきありがとうございます

2018-10-23

ガタカ (KKO版)

近未来世界、ここではすべての人間が「フツメン以上」と「ブサメン」に分類される。

人間は生まれときに、ハゲの有無・未来容姿の推移についてまで遺伝子分析により解析される。

そこで、遺伝子検査をし、KKO遺伝子排除して「フツメン以上」の赤ちゃんを人工的に生み出す方法一般化していた。

主人公ヴィンセント遺伝子操作なしの自然体で生を受け、ブサメンと判定されたが故の葛藤を繊細に演じ切っている。

ラストの結末と展開に涙する。

2017-12-23

#MeToo でわかった「まともなインフルエンサー日本にいない」問題

今回の #MeToo 運動が今いちポジティブな感じで広がらない。

はあちゅうのも残念な方向に延焼していっていろんな人が株を落としているだけなんですよ。

そこで思ったのは日本にはまともなインフルエンサーがいないんですよ。

いまインフルエンサーになっているタイプって、まず単にテレビに出ていて知名度が高い人。

それか男性批判会社批判政党批判を繰り返して「負の感情」でフォロワーを集めている人なんですよ。

活動思想も支持しているかフォロワーが集まって、インフルエンサーになっている人がいないんですよ。

テイラー・スウィフトセイントヴィンセントみたいな人がいないんですよ。いてもSNSはやっていないんですよ。

まともにコツコツと活動している作家アーティストフォロワー6000人とかだったりして。

負の感情フォロワーを集めている人が #MeToo 運動に参加しても煽られ返すだけですし、ほかのインフルエンサー負の感情フォロワーを集めている人のコバンザメか思想のないタレントなので、だんまりするだけなんですよ。

結果、「安倍ゆるせない」みたいな一部のセクトで盛り上がっているだけの話題収束していくんですよ。

日本海外インフルエンサーを比べるとぜんぜん違うなって気がするし、その差が今回の #MeToo 騒動に出ちゃっている気がするんですよ。

2017-11-24

一本道ゲーって何が楽しい

最近ゲームは一本道ゲーが多い。

自由度は広まったというけど、最終目的は概ね同じ。

レベル上げとかも最終的に魔法より物理で殴れば勝てる事が多くなった。

これは昔からかもだけど、パーティーを組んで敵を倒すより一人で多勢に無勢な状況を作って楽しむ方が最近楽しい

その意味で頼もし過ぎたり仲間であるNPCが無敵状態だったりすると何か物足りなくてヌルゲーだと思うようになる。

かに仲間ゲーは面白いんだけど、キャラ付けがくどくて最終的に一人プレイの方が楽しいと感じる訳。

で、思うのだけど、かつてFF7の様にユフィとかヴィンセントとか隠れキャラがいてそいつらを仲間にするのとしないのとで

ちょっとだけストーリー分岐するようなのが面白かった訳で、

またはドラクエ5以降の仲間システム面白かったけど、最終的に一本道ゲーになってた。

PCとか洋物のゲームは基本一本道ゲーじゃなくて色々なラストを迎える事が出来るようになってる。

最近日本でも真ルートとかグッド・バッドエンドが楽しめるようになってるけどね。

要はラスボス倒すまでの流れは大体一本道ゲーと化しているのが何とも。

それこそラスボス倒してからの話は普通に気になるしプレイしたいと思う。

ラスボスを倒すとEDが流れて、あとはエクストラダンジョンをしたりおたのしダンジョンがあるのかもだけど

それをクリアしても最後ラスボス直行な訳。

何かまるで意味がないというか。

日本ゲームは概ねラスボス戦後の話がないからつまらなく感じる。

といって洋ゲーばかりってのも何だかね。

2017-05-19

FFスマホゲーのCMキャラ性格が破たんしてて嫌い

なんでや

なんでこんなCMやってしまうん

過去ドラえもんが成長した奴やら

根性ガエルやらは

ちゃんと一貫性があったんや

おい

ヴィンセントあん性格だったか

ライトニングあんなんだったのかよ

おいおいおい

消費者バカにしてんなよ

2015-01-01

FF7リメイクに望む事ってなんかある?

エアリスの死亡回避ルートの追加(死亡ルートもありで)

・ユフィのエピソード追加

ティファを含む女性陣の設定見直し(花屋などの説明をもっと細かく!)

ゴールドソーサーチョコボレースで通信可(定期的な世界大会を行う等)

坂口博信の復帰

・二周目以降の強くてニューゲームや追加要素導入(例えばタークスサイドBCFF7ソルジャーサイドCCFF7リメイクエピソードの追加等)

・ボイス化(切り替え有)

セフィロスの大幅強化

ヴィンセントとルクレツィア、宝条の絡みを更に追加

ジェノバの件をもっと具体的かつ分かりやすく解説する

シームレスバトルの導入

とりあえず俺はこのくらいを望む。ポリゴン解消云々はお任せで。上の内容なら1万円位は出してもいい。なお、プレステ4で出す方向で。

2011-08-09

http://anond.hatelabo.jp/20110809081647

なんか、前提が全然見えないのでお前が何を言いたいのかわからん

人間の何について何の根拠をもって4種類に分類しようとしているのか不明。

男脳・女脳」(2種)は非科学的で

お前が、解剖学を根拠にしているのか心理学を根拠にしているのか社会学を根拠にしているかによって科学的かどうかが決まる。

「丙午」(60種)は科学的な事になる

お前が、数学を根拠にしているのか、歴史学を根拠にしているのか、民俗学を根拠にしているのか、五行風水、陰陽を根拠にしているのか、オカルトを根拠にしているのかで科学的かどうかが決まる。

科学的にケチをつけるなら因果関係相関関係を言うべきであって、分類の数に文句をいうのは非科学的だっつーの。

因果関係相関関係の複雑さが分母に現われるのだから、分母に文句を言うのは非常に科学的だと思うが。

人は他のいかなる動物よりも慎重に研究されてきたが、彼らが一つの種あるいは人種と見なされるべきかどうか、有能な調査者の間にも多様な意見があり、どれもあり得そうである:2(ヴァレイ)、3(ジャッキノー)、4(カント)、5(ブルーメンバハ)、6(ビュフォン)、7(ハンター)、8(アガシー)、11(ピカリング)、15(ボリセントヴィンセント)、16(デ・ムーラン)、22(モートン)、60(クロフォード)そしてバークによれば63。この判断の多様性は人種が種として認められるべきではないと言うことを意味しない。しかし、人々は連続的に変わっていき、はっきりとした区別がほとんど不可能なことを表している。


で、ほかのレス見てるとABO式血液型分類のことを言いたいらしいが、ABO式単独では日本人の2/3ぐらいしか分類できないんだよね。

というか、ABO式だけで分類すると輸血ミスるわ。

すでに、Rh式も一般的に使われているだろ?

血液分類法が100種類以上存在する現在において、ABO式単独なんて微妙すぎるんだよ。

さらに、ABO式だけ見ても、亜型って種別が存在する。

ちなみに、俺は普段はO判定されてたんだけど、血液検査A型に振れたことがあって、調べた結果A3辺りじゃないかな?って感じ。

まぁ、亜型含めなくてもボンペイ型を独立型とするならば5種類になってしまうわな。

というわけで、人間血液型はABO式ですら4種類には分類できっこないのでした。残念。

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん