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はてなキーワード: セクシャリティとは

2021-05-12

anond:20210506091815

弱者男性論を唱えてる奴にクズが多いことをまず認めた上で言うけどさあ、

これフェミニスト被差別者属性男性との連帯なんてまっぴらごめんだって話にしかみえないけど。

分断統治に加担してるフェミニストって何?クソすぎるでしょ。

だいたいアカデミシャンすらミサンドリーフェミニズム肯定してきたのを実際何度も見てきたけど、

その結果トランス女性フェミニストたちがどういう仕打ちをした?

男性児童去勢しろという言説に対しフェミニストは何をしてきた?

構造問題と言いながらヘラヘラ宗教という差別構造のものと戦うどころかプロテスタント連帯し、

女性美少女ジャンル作家作品どころかセクシャリティすら否定してきたのはどこの誰だよ?

ずっと批判されてるのはフェミニズムというよりもフェミニスト構造差別に加担してることなんだけど

いつまで自分たち無謬であることを前提とした物言いし続けるの?

死ぬまでやめないの?

2021-05-06

二次創作BLおよび百合等もセクシャリティの改変なのではないか

主に少年漫画系を想定する話として、漫画アニメキャラが当然のようにヘテロセクシャルであるということを前提とするのはヘテロセクシズムであり、そのキャラがもしかしたら同性愛者かもしれないじゃないか、というのはわかる。

ただ現実的には性的指向が明かされるキャラなんてそうそういるわけでもない。彼氏彼女がいる、性欲があるキャラの描き方がされることもあるけど、そうでないことの方が多いくらいなんじゃないかテクストだけを見るならば、むしろ多くのキャラが無性愛者だと考えたっていいくらいではある。

恋愛描写のないキャラに対して半ば強引に二次創作ヘテロものBL百合あるいは夢小説にするというのはセクシャリティの改変であり、厳に慎まなければならないことなのではないか

先日、アセクシャル矯正する薬を飲ませて恋愛をさせるという漫画Twitter炎上していた。これは別におかしなことではない。その人物、そのキャラクターのセクシャリティ尊重せず、無理矢理恋愛あるいは性行為をさせることなど以ての外だからだ。そのことは多くの人が批判点として共有していた。

しかし、そうであるならば二次創作として描かれる恋愛ものも同じなのではないか? そこに刃は向けられないのか。

別に例はなんでもいいが、カヲルくんとシンジくんでも、煉獄さんと炭治郎でも、五条悟と虎杖悠仁でも、その他無限カップリングについても、そのキャラゲイまたはレズビアンではないのではないか場合によってはヘテロセクシャルですらないのではないか、という疑問は残る。メインキャラはともかくサブキャラになればなるほど恋愛描写なんてなくなるわけで、ヘテロセクシャルなのかどうかすら描写が皆無なんてのは珍しくもない。

もちろん、仮に性的指向であるからといって、相互関係性を必要以上に縮ませる(はっきり言うと性行為をさせるエロ同人など)こともまたそれでいいのかどうかという問題もある。

ミスジェンダリングという言葉があって、トランスジェンダーやノンバイナリーに対して当人の自認するあり方とは違う性別で呼ぶことを批判する用語なのだけれど、それはゲイレズビアンヘテロセクシャルとして扱うことにも適用されるものではあると捉えている。このことは二次創作には適用されないのだろうか。

所謂ポリティカル・コレクトネスについて、私は重視しているのだが、そうであるが故に、それを推し進めていくと今まであった二次創作もまたどんどんキツくなっていく。インターネットにおいて二次創作ファンアートは聖域に近く、その存在を認めない発言は極めて少数だ。二次創作存在していいものとしてあることが明らかな既得権になっている。ポリティカル・コレクトネスを重視する人はしばしば批判対象の既得権特権)を指摘するのだけれど、そういう人が、個別的エロ同人などはともかく、二次創作のものにまで批判を向けることは、意外に少ないようにも思う。フェミニストでありオタクでもある、というのは非常によくあることでもある。そのこと自体別に問題ない、けれど、自分の持つ刃をどこまで適用するか、という問いはいつでも突き刺さったまま残るのではなかろうか。

今まで自明であったものがそれは抑圧だという批判に晒されるということはよくある。例えば所謂腐女子(この名称にも問題は多数あるわけだが割愛)の中での「ホモ」呼びもこの10年で漸減してきたとは感じるけれど、それと同じように、そもそもの前提としての性的指向の改変自体が好ましくないものなのではないか、という問いの声は、もう少し出てきてもいいとは思っている。

既得権からは「二次創作文化である」という反論が来るのだろうけれど、そんなのはセクハラ文化だと言っているに等しい、とさえ言うことができるのではなかろうか。既得権はいだってそれを自覚せず傲慢なままだ、というのはポリティカル・コレクトネスを重視する側ではよく聞く話でもある。

すぐに変わるとは思っていない。変化には長い年月がかかるだろう。ただ、自分の楽しんできたものは正しかったのかを問い直す作業は、どの分野でもあって欲しいとも思う。

2021-04-16

バイセクシャルの人と話した

バイになったきっかけ、どんなセックスをするか、

他の人をホモセックスに巻き込んだ経緯を聞いた

まりにも流れるように人のセクシャリティ拡張されていく話を聞いて、人生の楽しみが増えているようでうらやましかったし

別にセクシャルマイノリティって特別ものではないんだなって受け入れられた

みんな同性にも恋していこうぜ、可能性が2倍だ!

2021-04-11

わたしことなんて好きにならない人が好き

どんな人がタイプ?って聞かれて無難なことを答えながらいつもこう思ってる。

高校生でもないのにこんなこと言うのが恥ずかしいし病気だな〜って思うんですけど、人が自分を好きになる段階が好き、なんですよね。その後は告白された瞬間冷めるか、付き合ったけど、自分を好きな相手のことが無理になって冷めるか…そんな恥ずかしい恋愛をしてきました。性的自分とか性的な目で見られるのが無理、ってわけじゃないし、むしろ求められるのは自分価値があるみたいで嬉しいと思えるんだけど…

から結局おともだち、の状態が心地よくて相手に別の本命がいる、とか数人いるセフレの一人、みたいなここ数年そういうぬるま湯に浸かってきました。

でもちょっとさすがにこのままじゃまずいな〜、コロナ禍でいろんな人に会うの難しいし…そう思って真面目に恋愛しようとしてるんだけど超むずい。一回一回ふりだしに戻る、そんな感じ。

これは克服できるものなのか、それともそういうセクシャリティがある…?そんなふうに考える春の日の今日この頃

2021-04-07

それでも弱者男性(KKO)が救われなければならないたった一つの理由

https://anond.hatelabo.jp/20210405233005

 

前回ミソジニーに塗れた弱者男性(KKO)は救う価値が一切無いと書いた。

 

それでもミソジニーを抜いたところにある弱者男性(KKO)は救われなければならない。

というよりもミソジニー駆逐するためにも弱者男性(KKO)は救われなければならない

 

弱者男性(KKO)の本質社会におけるプレゼンス喪失および社会からの疎外感にある。

結婚経済的性交槍玉に挙がるのもそれらが社会において一定役割付与するものであり、それらが達成できないことはすなわち社会的なプレゼンスを獲得できなということに他ならないかである

 

ただの貧困であれば社会福祉でカバーできる部分もあれば労働問題としてカバーできる部分もある。

ただの婚姻問題であれば少子化対策などを絡めた制度と的な問題としてカバーできる部分もある。

しか弱者男性(KKO)が抱える問題あくまでも喪失感と疎外感なのでそういった制度問題として解決できる部分は少ない。

 

となるとそんなの放置すればいいじゃんという主張が出てくることは自然なのだけれども、それはそれで問題がある。

最近増田の流れの中で弱者男性(KKO)のような存在を救っていたのが宗教だったのではないかという指摘をする増田もいたが、真っ当な宗教観を持つ宗教に救われるならともかくカルト的な宗教に嵌まってしまえば社会から距離は縮まらないどころからさらに離れてしまう。

弱者男性(KKO)がミソジニーに絡め取られやすいのも宗教的救い・精神的支柱を白饅頭のようなミソジニーを含む弱者男性(KKO)論に求め縋ってしまうからであり弱者男性(KKO)を放置してきた結果でもある。

 

まり弱者男性(KKO)を救うということはミソジニーに縋る人間を減らすという事でもあるのだ。

 

からこそ私達は弱者男性(KKO)を救わなければならない。

 

あとちょっと付け加えると、実は弱者男性(KKO)は男性にだけある存在ではなく性別セクシャリティーなどの属性による垣根のない存在であるという事も念頭に置いておきたい。

男性以外の属性場合社会からの疎外感はそのまま社会による構造差別に繋がる部分も多く、そのための属性内で一体となった社会変革運動が行われている場合も多い故に社会から疎外感を感じても属性内の一体感があるのでそこまで目立っていないと言うだけの話で。

からこそ男性以外の弱者男性(KKO)の存在を救うためにもやはり弱者男性(KKO)を救われる必要はあるのだ。

2021-03-26

30年、誰にも言えなかったって、泣きながらあの子が打ち明けてくれたのは先月。

ぽつぽつと五月雨のように、行きつ戻りつしながらしてくれたのは、よく死なずに生きてたなって思うような話やった。

何日も、何時間も、できる限り寄り添うようにしたけど、何一つ気のきいたこと言ってあげられなくて、私はほんとに役立たずで、ちっちゃい子みたいにわんわん泣いてばっかりで、あの子はというと泣いたのは初めの1回きりで、「もう、ずっとずっと昔の話やねんで、増田さんが泣かなくてもいいねんで」って慰められたりしてた。

私は泣きながら怒って、怒りながら泣いた。

の子を未だに苦しめる、セクシャリティセックスへの認識を歪め続けるかつての加害者たちに。

「夜が怖い、暗いのが怖い」とあの子が言うたびに私は「怖がりやな」って笑った。

「夫に触られるのが嫌やねん、そういう行為が嫌やねん」と言われるたびに「男の人にとったら、それはかわいそうかもよ?」と話した。

何でこの子がずっとそんなふうに苦しめられ続けなくてはいけないのかと思うと、腹が立って怒って、かわいそうで泣いた。

私が憤怒で泣くたびに、あの子は「私も嫌やって言わへんかったから悪かった」「誰かに助けを求めるべきやった」、そんな自責言葉ばかり並べた。

そんなわけない、絶対に違う、あんたは何にも悪くない、やったやつらが悪いに決まってるやん!何で怒らないの?って聞いたら、「だって殺されなかったから」って、「怒るより、ああ、きょうも死なずに済んだって思うよ」って笑ってた。

2021-03-22

anond:20210322185149

人に金銭面で借りを作りたくない、そもそも奢られる理由もない

あと見返りを要求されてもセクシャリティ的に提供できないか

2021-03-13

異性愛規範やっぱ減らしてほしいわ

世の中そりゃヘテロ異性愛者)が多いのは分かる

自分バイセクシュアルだけど世の中異性愛が当たり前みたいにフィクション現実コミュニケーションでもやられまくって

自分セクシャリティに納得がいくのに四半世紀かかったよ。

異性愛同性愛以外にもセクシャリティがあるってことすら知るのに時間がかかってしまった。

商業BLに出てきたキャラクターで知ったし、そこから自分セクシャリティがそれだと気づくのにも時間がかかった。

自分バイセクシュアル初恋が異性だったし、異性にも惹かれることあるから余計に分からんかった。

同性への気持ちはただの友情の延長線上だろう、にしてもなんか変やな…みたいな…

異性を好きになるし同性愛者ではないやろうしみたいな…

全然しっくりこないしめちゃ遠回りしたわ。

今思えばあれ友愛じゃなくて恋愛だったなって思うことあるし、

自分セクシャリティが分かんなくて悩むのほんと割とストレスなんよね。

AB型とか左利きと同じくらいLGBT当事者っているんでしょ?

映画ドラマじゃ最低1人はいてもおかしくないやん。クラス左利きAB型の子って片手くらいはいたやん。

フィクションを通して色んなセクシャリティのこと知ってたらもっと早くに気づけたのかな~

それはそれで悩むことはあっただろうけど

30手前でやっと自分セクシャリティ理解してさ~どうすっかねこから

異性とも付き合ったけどなんか違和感しかなくて同性の子の方が楽しいんだよね。

バイセクシュアルだけど選択的に同性との関係模索したいけどもう30だよ。

何歳だって恋愛できるけどさ、

もっとはやく気づいて一番元気な10代20代で自分らしい恋愛謳歌してみたかったよ。

2021-03-08

anond:20210307104424

もし仮に「キャラ人権があったら」…

って仮定ふたりともに共通了解があるけどさ、元増田にはさらに「二次創作が公開されてなかったら」って仮定があるだろ。

さもなくばフィクション人権観を想定する意味がない。キャラ人権があったとしても二次創作が公開されてなかったらセーフなラインの内にある。さらにその範囲内で「明らかなセクシャリティを曲げる」のはNGって線引きを個人的ラインと言って自己批判してるんだろ。

勝手仮定を狭めて他人を貶めてんじゃねーよ。

anond:20210308012547

君が「男にちんちんしゃぶられたい」というセクシャリティを示すのは確かに難しくない。

だがそれが君のセクシャリティのすべてだということを示すのはほぼ不可能に近い気がするよ。

anond:20210307132026

そ、そんなに…

腐女子が大嫌いだという強い想いが伝わってくる。

反面BLだろうと何だろうと、原作に敬意のないポルノでも発表する自由は認めるという立場との感情的葛藤があるのだろうなと感じる。

ただ自分で言っといてなんだが、そのキャラクターセクシャリティ(のすべて)が明らかになることってごく稀なんじゃないか

異性の恋人や伴侶がいるからといって、それが即同性に性的興味がないってことにはならんだろうし。『男嫌い』を自認するキャラがいたとして、認めたくなくて強弁してるとか、自分でも気付いていないだけってことも考えられる。

まあこれは屁理屈じみてるかも知れないけど、セクシャリティを他に対して示すって、実は凄く難しいことなのでは?

2021-02-28

でも人間家畜になることって絶対なくねえ?

弱者保護はわかるんだよ

はいま健常者でマジョリティで、要素で言えば強者要素のほうが多い

でも、そんなん将来どうなるか全然わからん

脳に障害負うかもしれないし、失明するかもしれないし、四肢を失うかもしれない

セクシャリティはまあヘテロセクシャルだろうと思うけど、バイくらいには将来なるかも

いまは若いけど、40年も経てば老人になる

から、いま大丈夫からって障害者とか老人とかを見下して排斥するようなマネをしていると、そのうち自分に返ってくるかも

これはわかる

で、家畜とかアニマルライツの話ですよ

「もしあなた家畜だったら…」って何なんだ?

俺が家畜として何かを生み出し続けることを強いられること、まずないと思うんですよね

なので、「動物に酷いことをしていると自分に返ってくる」系の脅しがマジで理解できん

人間同士で争って、奴隷制度復活!みたいな状況になるとして、そんときはもう血で血を洗う地獄、現行の倫理なんてまったく意味をなさないだろうから、いま動物にどんな態度とってても絶対関係ねえ

宇宙人が来て地球人家畜に…とかならなおさら

星系外から知的生命体を家畜にしにくる奴ら、どう考えても生命倫理とかが通じる存在じゃない

 

「一生繋がれて、身動きすらできずに死んでいく家畜立場に立ってみろ」って何なんだよ

立ってどうするんだ?

障害者の立場には立つ気になる 俺も障害者になりうるし

俺が牛の立場になることは、なにがどうなっても絶対ないと言っていいだろ

仮にあったとして、今の振る舞いがそのとき待遇に影響するはずがない マジで

説得の仕方として意味不明なんだよな

2021-02-24

anond:20210224135336

性的嗜好って書いてる時点でお前の方が何も理解してない無能差別主義者やんけ

セクシャリティについて何も明示されていない人に対して他人がどうこう言う権利はなく、またセクシャリティを明示していたとしても他人がどうこう言う権利はないんですよ

2021-02-22

anond:20210222185630

そういう感じで結局証明ができないから人にセクシャリティを知らせようと思わなくなった。

人とも浅い付き合いしかしなくなった。

anond:20210222053016

アセクシャル、とひとまとめにされがちだけど、アロマンティックやらノンセクシャルやらが含まれているのが、日本語の「アセクシャル」。

そして、じゃあ、アセクシャルとアロマンティックとノンセクシャルの3種類があるんですね、という理解ももちろん間違ってて、

しばしば言われるように、(それ以外のセクシャリティも含め)グラデーションとして存在しているし、

一見排他的セクシャリティも、本人の中では矛盾なく(あるいは矛盾しながらも)両立していたりと、

一言で「ぼくアセクシャル」などと表現できない(が、場合によっては何らか表現するしかなかったりする)のである

なので、あなたの「アセクシャル」と、彼ら、彼女らの「アセクシャル」は違っていて当然だし、

パートナーが欲しいひとも、パートナーが欲しくない人もいる。

子供が欲しい人も、子供が欲しくない人もいる。

なんならパートナーが欲しいし子供も欲しい人も、パートナーはいらないけど子供は欲しい人もいる。

恋愛はしたいけど性的欲求はないひとも、逆の人もいる。

いま、例えとして「欲しい人」「欲しくない人」などと2種類に分けたが、実際には、これすらも2種類に分けられるものではない。

そう考えると、性的マジョリティだってグラデーションの中の1つでしかなく、

ただただ多数を占めているというだけで、どちらが特殊というものでもない。

なんなら、「性的マジョリティ」とひとまとめにされている人たちの中にだってグラデーションはあって、

結局、誰一人としてマジョリティなんかではなく、マイノリティの集合でしかないのである

マイノリティ権利叫びたいばっかりに、マジョリティとの間に線を引くなどもってのほかだ。

まあつまり、誰一人、自分と同じひとなんかいないし、そこにいるAさんとBさんだって、同じじゃない。

逆に言えば、AさんとBさんが「同じ」なのと同程度には、「自分」と「Aさん」、「自分」と「Bさん」も同じだ。

なので、元増田

アセクシャルと言っても人それぞれなんですねー

という認識でOKだとは思う。

まちがっても、行き過ぎて「こんなのアセクシャルじゃない!」とか言い出さないように。

anond:20210222073657

アセクシャルじゃなくてただの人嫌いじゃねぇか

アセクシャルじゃないとする論拠は何? ふたつは排他で両立するだろ。

そう思われてるもなにも世間一般的には長期的に人間関係構築する方にBETするやつが多いわけじゃん

それを作る気ありませーんつって放り投げられるのって他人コスト負担させてリターンやらないんだからそのくらい思われて当然やろ

いやいや、長期的な人間関係を持とうとしないことは他人コスト負担させているなんてことにはならない。確かに長期的人間関係で得られるリターンは無いが、ただそれだけだ。向こうが一方的こちらに期待してコストを支払ってくるならば応答責任が生じるけどそうなったら関係構築の拒否を伝えればいい。人間関係の話なのになぜ双方とも一方的に支払う前提なのか。

人嫌いでないなら長期的な人間関係に伴う責任一貫性人格を保てないクズってことになるだけだぞ

いやならん。

アンタの思想採用したとして、責任能力・一貫性人格の保持が無いならば必然的に長期的人間関係構築が無理なのは論理的に正しいが、逆は成立しない。長期的人間関係放棄してるからと言って元増田責任能力・一貫性人格の保持ができないってことにはならない。単にそういう選択をしないだけの線がありうるし実際そうだろう。

子どもを持ったり、家族を養ったり、クルマを維持したり、会社管理したり… 責任を持つと様々なリターンを得られるけど、それらを持たない選択をしても、シンプルにそれは生き方を選ぶ個人自由だし、他人にとやかく言う筋合いはない。

アンタは長期的人間関係一家言あるようだが、思想は誤っていると思う。

長期的に関係を持っている相手がもし、仮に人格がブレたり何か思想が一貫しなかったとしてそれで関係を断つ方がよほどクズだ。大人だろうと人間は成長するし変化していくもの相手に変化に対応する心遣いと寛容さの方がずっと大事だ。

…なあでもそれ以前にさ、他人セクシャリティ私見で断じる態度は、かなりやばいレベルクズだぞ。まさかネットだけじゃなくて実社会でも一貫してその人格を保っているのか…?

anond:20210222074224

こういうのは単純に他人と関わる気のない無気力人間なだけ

都合のいい女が言い寄ってきたらすぐに金出すレベルおこちゃま

まったく可能性がないわけじゃないが、決めつけで他人セクシャリティを腐すなよ。

こういうのこそ、LGBT理解する気もない学習意欲ゼロ無気力人間だ。

自分の知る性欲のあり方がすべてだと思いたいがために他人の足を引っ張ろうとする駄々っ子

2021-02-18

(旧)森会長茅野愛衣パラダイムシフト

御存じにように東京五輪組織委の森会長女性蔑視発言で二転三転どたばたどたばたした後に辞任した。

そして先日女性声優の中のトップパーセント位置する茅野愛衣女史が

ツイッターで録音スタジオの近くで靖国神社散歩しにいったとツイートした結果

靖国神社で一部のアニメアイコン中国人台湾人が反応し、炎上した。

そして先日事務所が練りに練りギリギリまで無駄を削ぎ落した謝罪文を告知する事になった。

今回は彼、彼女の行動について批評するのではなく別の考え方をしてみよう。

 

話は大きく変わるけどまず先日ツイッターネット地獄になったと言った絵描きの話をしよう。

ロロナのアトリエトトリのアトリエキャラクターデザイン

ツイッターフランベルジュ2本を構え、マスクを被った写真を上げてバズったメル氏だ。

だけど俺は違うと思う。ネット地獄になったのじゃない。変わったのは現実だ。

ネット現実連鎖しているだけ。

現実ではものすごい勢いでパラダイムシフトが起きている。

震災コロナチャイナリスクセクシャリティ問題意識

それらについて善悪を語ってもしょうがない。少なくとも最初の3つは

最初の3つに道理を語ってもそれらは何一つ変わってくれない。

現実が変わっていっているので我々も適応しないといけない、生き延びる為に。

  

あんな奴ら完全無視すればいいと言う人達がいる。

でも彼らは本当にメリットデメリットや勝算を吟味し、

成功例を参考にした上で発言しているのだろうか。

たぶん彼らはいままで暮らし、そのように考えてきたか過去経験則で言っているのだろう。

そして何より彼らのほぼ100%当事者じゃなく、遠い対岸の火事を見て、

見た事も無い想像上の鬼畜相手言葉を放っている。

それは守ろうとしているはずの日本茅野愛衣女史に対して誠意が足りてるとは言えず失礼とすら言える。

  

結論を再度繰り返すと

昔は許されていた事が今はできなくなっている。

ネットが変わったのじゃなく

現実ものすごい勢いで変わっている。

2021-02-07

セクシャリティ政治思想

私はこれまでほぼゲイとして生きてきた。男のけつに入れたり入れられたりフェラしたりして、それなりにゲイ世界で性経験もある。まあゲイの人たちはノンケに比べて経験人数が多いので、私はあの中ではかなり少ない方だったと思う。

で、それはよくて、最近社会の風潮を見てて思うのだけれど、なぜゲイの人たちは女性の味方みたいな括りで語られるのだろう。lgbtかいうのもよくわからない。少なくとも私はレズの人たちと連帯感は持っていないし、同性愛者と女性が一緒になって男社会を打倒しようみたいな物語に私は加わりたくない。どうも私はフェミニズムというものが好きになれないし、何か精神の深い部分から湧き出てくる嫌悪感フェミ思想に対して持っている。政治的に正しくないのはわかっている。でも自分性格からしかたがない。そして色々考えていると少し自分セクシャリティもなんだか信じられなくなってくる。まあ私のことはどうでもよくて最近はやっている同性愛者がみんなリベラル臭のきついキラキラした人たちばかりではないことは知って欲しい。ゲイ権利がどうとかいってる人たちに、ハッテン場を徘徊してるキモオヤジが視界にはいっているかはよくわからない。

やっぱり思うのだけれど、セクシャリティ政治思想って混同してはいけないのだろうな。重なる場合が多いのだろうが、安易な決めつけはよくないと思う。

自分が男を好きになったのはもしかして女が嫌いだからなのかなとか思ったりもする。そうだとすると自分は哀れな人間なのか。あまり語られることがないけど、ゲイで女嫌いは結構割合でいるんじゃないかな。私の思い込みかな。

2021-02-06

中学生の頃、女の子(同性)が好きだった。

中学生の頃、女の子(同性)が好きだった。

彼女とは友達で、といっても一目惚れだったので好きになってから友達になった。たまたま共通の友人がいて、たまたま趣味もあったので仲良くしていた。

中学卒業したあともSNS等でちょこちょこ繋がりがあって、大学進学を機に上京したこともあり、大学時代は何度か2人で遊びにもいった。誘うのはいつもわたしからだったが。

好きだと、告白はしなかった。しないと中学の頃に決めた。

理由は、彼女と付き合うことが正解だと、幸せだと、思えなかったからだ。

彼女セクシャリティはほぼ間違いなくヘテロ異性愛者)だけど、そこはあんまり関係なかった。正直な話、優しい人なのでゴリゴリに押せば付き合ってキスひとつくらいはできたと思う。

でもそうしなかったのは、彼女人生平穏として、異性と結婚して家庭を作ることを求めていたからだ。

セクシャリティとか性欲の話ではなく、精神的な安心として、異性と結婚している状態を求めていた。世間から浮かない、外れない、平穏に祝福されて世間に馴染む生き方を。

ハッキリとそう聞いたわけではない。

中学生ながら将来の話をしたときには、「結婚はどっちでもいいけど、子供は欲しいかな」と言うようなことを言っていた。

でもなんとなく分かる。彼女の心の平穏が、異性と一般的結婚をしている状態にあることを。

それに、他ならぬわたしが思ってしまったのだ。あ〜この人、お母さんしてるの似合うだろうなぁと。それがいちばん、この人にとって自然な姿なんだろうなぁと。

から、諦めたというより、一生告白しまい、と決めた。

それでも人として、友人として好きだったし……いやいや。そんな綺麗事ではなく、恋愛として好きだったので、役に立ちたかったし、感謝されたかった。せめて、「わたしの友人にこの人がいて良かった」ぐらい思って欲しいと、思っていた。だから友人を続けようとしていた。友人でいることが目的じゃなくて、せめて彼女人生の欠かせないピースになりたくて、友人でいた。

中学の頃のわたし想像したとおり、彼女わたしの友人の中でもかなり早めに結婚した。

結婚するという話はSNSで聞いて、その時におめでとうと、コメントしたと思う。それなりにダメージは受けたが、まあでも「おめでとう」くらいは言えた。予想はしていたので、予定通りの返しができた。

結婚式はあげなかったらしく、出席していない。というか結婚してから一度も会っていない。

いまだに彼女わたしのなかで一つの特別だが、じゃあ今のわたしが今の彼女恋愛感情として好きか、と聞かれると、それは違う。

大人になってから彼女に会うたびに思う。もうそういう「好き」ではないと。

中学生の頃と同じ気持ちにはならない。

残っているのは彼女を好きだった気持ちより、諦めたときの傷と痛み。

自分ではどうあがいても手に入らないものがあると、あげられないものがあると自覚した痛み。それが残っている。

いま、彼女のおなかのなかに子供がいるらしい。

自分もびっくりしたのだが、これがなかなかダメージをくらった。しばらく現実逃避するくらいには痛かった。ショック、だった。想像したくないとすら思った。SNS投稿コメントも、いいねも出来なかった。

おかしいことに、母親をやっている姿は想像していたのに、妊娠出産想像していなかったのだ。

結婚までは、わたしでもその気になればできたからかもしれない。だから想像ができた。

でも子供は。妊娠は、出産は。どうあがいても無理だ。だから、痛くて怖かった。

これを書いている今も、内臓がキリキリと痛む。

子供の頃、どうしても欲しかったのに、絶対に買ってもらえないと分かっていたから、買ってと言えなかったオモチャなのだわたしにとっての彼女は。

どこが好きで、なんでそんなに欲しかったのかなんてもう覚えていない。でも、子供ながらに冷静に「諦める」という選択したこと。そのときの妙に冷たいこころの痛みだけが強烈に残っている。

この先の彼女は、絶対に、なんど時間を巻き戻してやりなおしても、わたしとではできないことをしようとしている。それが恐ろしい。わたしの知らない彼女になってしまう。

いまが妊娠何ヶ月かはしらない。予定日もしらない。

近々彼女は引っ越すかもしれないらしく、もしかしたら出産するときにはもうこの辺りには住んでいないのかもしれないと。

それが分かった時に、少しだけほっとした。このご時世もあいまって、たぶん、「子供が生まれたからお見舞いに来て」と気軽には言われないだろうと。

羨ましくて、憎いのだ。彼女旦那がではない、彼女の子供が。

旦那は(会ったことないが)彼女が選んで結婚するだけのひとだ、しっかりした人なんだろう。彼女に好きになられるだけでスゲエな、と思うし、相手がだれであろうと数年付き合って結婚するという偉業をなしたのだ。素直に尊敬する。

でも子供は、なにもしていない。

ただたまたまそこに、命として生まれたのが彼女の腹の中だったというだけだ。

たったそれだけの偶然で、その命はこれから数十年の間、彼女愛情一心に受けて育つのだ。

憎らしいとしかいいようがない。

まれてきたその姿をみて、自然に笑える気がしない。かわいいと思える気がしない。

うっかり「抱っこしてみてよ」と言われて抱いた時に、そこが3階で窓が開いてたら、わたしはソレを外に放り投げてしまうかもしれない、と思う。

そのくらい、いまわたしの心は痛い。

わかっている、旦那ではなく子供嫉妬している時点で、恋愛感情としても歪んでいることを。ぜったいに手が届かない、もはや空想上のものを羨んでいる。手を伸ばそうともしなかったくせに。

こんなことを思っている時点で、友人としても破綻しているのだ。

考えてみれば、共通の友人は彼女旦那に会ったことがあるらしいのに、わたしは一度も会ったことがない。会う?と聞かれたことすらない。

そもそもわたし彼女の友人にすらなれていなかったんだろう。友人になることが目的でないことを、うっすら彼女も気づいてたのかもしれない。

それでも、いやだからこそ。こんなにわたしこころが痛いからこそ、中学生のころのわたしがした選択を、わたしだけは褒めたいと思っている。

あの頃のわたしわたし想像したとおり、彼女結婚して、お母さんになる。とても幸せそうだ。1人で暮らしていた時より人生は充実していて、とても満足しているように見える。

わたしがあのときダメ元で告白していたからといって、今の彼女と違う彼女になっていたとは正直思えない。振られていた、あるいは奇跡的に付き合えたとしても確実にどこかで別れているだろうし、彼女は異性と結婚しただろう。でも、もしもわたし告白していたら、彼女の心には「同性の友人に告白されたから振って、相手とは微妙関係になった」という小さなトゲが刺さっていたと思う。そのトゲを刺せば良かったとは、いまのわたしはまったく思っていない。

から、これで良かったのだ。

これで良かったんだよ、14歳わたしわたしが、学校彼女に会うのが痛くて、だから朝が来るのが怖くて夜寝たくなくて、でもご飯を食べると眠くなるからと夕食を抜いて泣きながら決めたことは、正解だった。

他の誰が知らなくても、今のわたしが知っている。

タイムマシンがあればよかったなぁ。

タイムマシンがあれば、14歳わたしのもとにいって、一緒に泣いてあげられるのに。一緒に泣いて、もらえるのに。

2021-02-04

BLを褒める時に「僕はノーマルですが」って前提を書かないと誉められない男嫌い

そもそも腐女子嫌いの男よりは100倍好きだけど

そう書いてる時点で「ゲイだと思われたくない」という偏見が見えてすごく嫌な気分になる

自分セクシャリティーを勘違いされるのは確かに嫌かもしれないけど

でもBLを褒めてる男の大半がこういう文章の書き方しててイラとき

anond:20210204080822

セクシャリティには「女性と付き合っていてもノンケとは限らない」とかいくらでも苦しい解釈ちゃうのに

受け攻めは決めつけたいとかずいぶん都合のいい脳みそしてるよなって

2021-01-26

LGBT界隈に馴染めないLGBT

女として産まれて、女を愛して生きてきた。

同性を友達以上恋人未満に持ち込むのが抜群に上手いというのが私の持つ唯一の才能で、人並みに振られたり傷ついたりしながらも女だからという理由で拒絶されたことがない。そんな環境を当たり前に享受して感謝すらしないくらいに、当たり前のように女同士で恋愛をしてきた。

男と付き合おうと思ったこともある。私がノンケの女と付き合うように、私と付き合う男もいつか現れるかもしれない。そんなふうに考えてデートしてみても、口説くならここじゃないだろとか今押せば流れでセックスに持ち込めたのにとか、余計なことを考えてしまう。イケメンだろうが金持ちだろうが気が合おうがダメだった。どれだけ打ち解けても、信頼しても、肌が触れ合っても、恋愛感情性的感情も持てなかった。そういうことを何度か繰り返して、どうやら私の恋愛感情イコールで、自分の子供を産んでほしいと思うかどうかだと悟った。

好きなタイプは色白で一重の骨格ウェーブ。余程相性が悪くなければ、性格はそう重視しない。いわゆるメンヘラも愛せるし、他人の陰口で盛り上がる女の子の意地悪な目付きも可愛い自分の子供を産んでほしいと本能的に思える女を愛し、自分のものにすることに達成感を覚える。欲しがるものはなんだって買い与えてやりたいし、こんなのはじめて、と言われることに喜びを感じる。元カノたちや近しい友達に男っぽい恋愛観だと言われるたびに、男に産まれた方が楽しかっただろうに、と思う。かと言って男になりたいわけでもないし、女をやめたいと思ったこともない。

セクシャリティ以外の場所でも女という理由での不利益を被ったことがない。痴漢にあったことは数回あるが、今まで生きてきた24年を振り返ってもそれくらいしか出てこない。ゴリゴリの男社会と呼ばれる業界就職したが、誰も私を女扱いしてこないし、結婚がどうとか彼氏がどうとか、そういうことも聞いてこない。企画会議でも女性ならではの意見は求められないし、お茶出しに使われたこともない。同僚の女たちはそういうふうに扱われることに不満を覚えているようだが、私はどこか羨ましいとすら感じている。GUやsnidelで購入した在り来りな服を着て、髪を鎖骨辺りで切りそろえて緩く巻き、カミングアウトすることもなく生きているのに。誰かにとっては理想郷なのかもしれないが、私はどこか、世界に置いていかれているような疎外感をずっと抱えている。

こういうモヤモヤした気持ちを明確に言語化したのは、LGBTコミュニティというものに触れたからだ。そこで私の疎外感ははっきりと輪郭を持ってしまった。

中学時代の後輩に誘われて新宿二丁目レズビアンバーに行ったときのことだ。

いわゆるリアル友達とそういった場所に来たことをバーママやお客さんは羨ましいと言い、元カノなのかと聞かれた。私も後輩も女が好きだがそういった関係になったことはないと伝えると、学生時代カミングアウトできる環境いたことは恵まれていると教えてくれた。学生時代、私は別に公にカミングアウトしていたわけではない。後輩も然りだ。お互いがストレートでないことをいつ知ったのかも覚えてない。思春期に悩みを打ち明ける相手いたことが羨ましいとも言われたが、私は後輩に好きな女をどこに連れていこうとかプレゼントはなにがいいだろうとか、そういう当たり前の恋愛相談しかしたことがない。

客のひとりがレズビアンマッチングアプリ出会った彼女と来週はじめて会うというような話をしはじめて、周りがレズビアン恋愛ネットが基本だということ前提で恋愛相談に乗り出したあたりから、私はもうついていけなくなってしまった。そういうアプリがあることすら知らなかったし、かつてTwitter出会った人と付き合ったときもごく普通にオフ会のあと家に泊めてセックスしたというだけの馴れ初めだった。会ったことない同性と付き合うという文化は、私には奇妙に思えた。思春期自分セクシャリティで悩むという経験を、私はしたことがない。女が好きだから女と付き合う。ただそれだけを繰り返して大人になった。振られたことも何度かあるが、私が女であることと相手にとって私が恋愛対象でないことは関係ない。私が男に産まれていたって、きっと私を振る女はいただろう。孫の顔を親に見せられないと嘆くパターンもあるようだが、親のために生きてるわけじゃねぇし、と思ってしまう。

抑圧されるマイノリティ葛藤共通言語のあの場所で、私は圧倒的マイノリティだった。悪い言い方をすれば少数派同士傷を舐め合うようなあのコミュニティが、私には合わなかったのだ。マイノリティマジョリティ世界で浮いてしまった。

それから私はしばしばTwitterLGBT系のタグを閲覧するようになったが、そこでもやはりリアルではなくTwitter出会って付き合う文化根付いているし、カミングアウトできないことやリアルの女と付き合えないことへの葛藤が渦巻いている。多くはセクシャルマイノリティであることを後ろめたく思い、恋人がいないことを嘆いているようだ。

彼女たちには、そういう生き方を選ばずにいられないような環境があるのだろう。私自差別を受けたことはないと言いながら公にカミングアウトしないのはわざわざ言うまでもないことであり、付き合ってほしいわけでもない人にそんなことを言って無用な誤解を受けたくないという気持ちもあるので、全く理解できない訳ではない。それでもやはり私は、このマイノリティ世界の中でも疎外感を感じている。SNSで声を上げセクシャルマイノリティへの差別と戦おうとする人々を見ると、私は一体なんだろうと思う。女体を性的に消費し、めちゃくちゃに種をつけて孕ませてやりたいと思いながら、それが叶わないことになんの不満も抱かない。孕ませたいと思うのは性癖の話であって、実際に子育てすることを考えるとゾッとする。いっそ真剣性同一性障害であれば、私は私を理解出来る。女の身体に産まれたけど心は男だから、好きな女を自分のものにしたいし、女同士で恋愛をするレズビアンにも馴染めない。しかし実際そうではないのだ。私は私の身体について、ピルとかゴムとか関係なく確実に避妊できてラッキーしか思っていない。

一方で、男にアプローチされると心のどこかで「うわっホモじゃん気持ち悪」とも思うのだ。当事者からと言ってLGBT理解があるとは限らないし、差別をしないということは、差別心を持たないということではない。気持ち悪いと思うのは仕方の無いことであり、感情個人自由であると思う。自分のなかの差別心と向き合って理解し、表に出さない。むやみに干渉しない。自分感情他人を傷つけない。それが真の寛容であると思う。それはともかく、どうやら私は恋愛史上において、自分を男として認識しているらしいのだ。そうでなければ自分好意を抱く男性に「うわっホモじゃん」とは思わない。

女として生き、女を愛し、自分にも他人にも女として扱われず、かと言って男になりたいわけでもない。私は一体なんなんだろう。中性という性もあるようだが、私は能動的に中性になりたいわけではない。そもそも中性ではないと思う。可愛い服を着て化粧をしたいし、美人だと思われたい。それと同時に、色白で一重で尻のデカい女をめちゃくちゃにしてたくさん孕ませたい。15人くらい嫁がほしい。一緒に二丁目に行った後輩には、男女の前に雄なんだよなぁと言われた。それは少しわかる。女であると同時に雄なのだ恋愛面を抜きにしても、テストステロンの塊みたいな性格をしている。それでも私の身体は女だし、女が好きだし、それで支障ない。

マイノリティであることはつらいことかもしらないが、マイノリティのなかでさらマイノリティであることもつらい。世界自分がひとりぼっちみたいな気持ちになる。自分が新種で、図鑑にも登録されていなくて、自分存在誰も知らない。そんなふうな気持ちになる。

誰か教えてくれ、私の性別はなんだ。私はどう生きればいい。この苦しみを、誰となら分かち合えるんだ。

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