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2022-11-18

サケットモンスター・ポン”

約 1 件 (0.21 秒)

2022-10-28

anond:20221028172134

あの人の言動はどれも見事に「覚醒剤意図的摂取して捕まった人の苦し紛れ言い逃れ」の範疇を出てないので、警察が疑問をさし挟んだりナサケをかける理由が全くない(どこからどう見ても典型的に怪しい)という不幸山盛り事象に見える

これどうすべきなんだろうね

2022-10-08

推し概念グッズを作りに行って悟った話



昨今【推し活】【推しのいる生活】などという言葉をよく聞くようになった。

推しがいることで日々の生活をより楽しめるようになる、といった気持ちオタクとしては非常によく分かる。

しかしその言葉を聞くたび、反面苦い気持ちにもなる。

数年前の話になるが、いまだに思い出しては複雑な気持ちになるのでこの場を借りて綴っていく。

正直あまり楽しい話ではない。

なお特定を防ぐために商品ジャンル会社などの具体的な情報は伏せておく。


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数年前SNSで『オーダーメイド推し概念グッズが作れる!』というツイートが爆発的にバズっていた。

無論私のTLにも流れてきて、元ツイやリプ欄には手ごろな価格オーダーメイド実用的、複数購入なら推しカプも作れるということで、称賛の嵐であった。

特段欲しいと思わなくても、数々の称賛ツイートを見ていると次第にその気にもなってきてしまう。

すると数日後、そのツイートを見たであろう友人から早速お誘いの声がかかった。ミーハーな私は二つ返事でOKした。


HP確認してみると、SNSの影響のためか全時間完全指定整理券制となっていた。当日向かってみると整理券をもらうために早朝からたくさんの人だかりができていた。

その多くが女性客であり、無論オタクであった。並んでいると彼女たちの推しの話やジャンルの話などが聞こえて、どんな風にグッズを作ってもらおうか、などの声が聞こえてきてとても面白かった。

中には短時間でより深く理解してもらうためにプレゼン資料まで作りこんできた猛者もいた。こういうオタクたちの推しへの情熱は聞いていてとても楽しいさながらコミケ待機列のようだった。

私もどんな風につくってもらおうかとワクワクしながら何とか整理券をもらうことができた。


時間くるまで友人と街をぶらぶらしながら、推しの話やジャンルの話をしつつ自分の中で解析度を高めていった。

そしてとうとう私たちの番がきた。整理券を渡して受付に通されると、個別カウンターが並んでいた。店舗はあまり広くはなかったので、自らの推しの魅力を初対面の店舗スタッフさんに熱心にプレゼンする女性たちの姿も丸見えであった。あれが数分後の自分の姿かと思うと正直かなり恥ずかしかったが、せっかくここまで来たのだ!!私は覚悟を決めた。

すると私たち対応してくれるスタッフ女性がやってきた。

私は友人と二人での来店だったので、順番にまず私から対応してもらうことになった。

事前の情報で、推し画像やら写真があると分かりやすいと聞いていたので、さっそく用意していた画像スタッフ女性に見せた。

「あっ!この子知ってますよ~!」と朗らかに笑う女性スタッフ。(先方が作品名を知らなかったらどうしよう…)と思っていたので自分推し認知されていて正直ホッとした。

……のもつかの間。次の言葉で私は戦慄することになる。


「この子、本当に情けないですよね~!」


………………………………は???????????????


一瞬、向こうが何を言ったのか本当に理解できなかった。

………ナサケナイ…ナサケナイって何……?知らない日本語だ………

聞き間違いかと思って、恐る恐る愛想笑いをしながらもう一度確認してみると元気よく盛大に大きな声で返された。

「本ッ当、情けないですよねッ~!!!!!」

正直、私の推し世間的にはやや知られているキャラクターではあるが、アンチも多い賛否両論キャラクターである。実際、今までも彼が推しであることを伝える人種は信頼できるオタクのみに限られていた。まあ確かに、多少、ほんの少し、万が一は『あるかもしれない』とは思っていたが、まさかお金を払ってまで推しのグッズを作りに来たこの場で言われるとは思ってもみなかった。

まり想定外ぶりに半分脳が死んでいたが、目の前で推し侮辱されるのは我慢ならず、愛想笑いをしつつも「いやいや!そんなことないですよ~!頑張り屋でカッコいい子ですよ~!」と返してみるものの、向こうは「情けない」「ダメなやつ」「ヘタレ」のなどの一点張り

今になって思い返してみると、その女性スタッフは私が【そのダメンズぶりが好きな人】だと思っていたのかもしれない。だから彼のダメンズぶりを何度も主張してきて最終的に私に「その駄目ぶりが好きなんです~」と言わせたかったのかもしれない。

超ド級解釈いであ!!!!!!!!!

しかし何とか彼の良さを分かってもらわねば…!そうしないとグッズを作ってもらえない…!私は彼の良さを分かってもらえるように必死プレゼンしてみたが、向こうは私の必死ぶりが面白かったのかただケラケラ笑うのみであった。自分言葉相手に一切伝わらない。頭の中が真っ白になって、私はとうとう何も言えなくなってしまった。

隣のカウンター女性たちの推しへのプレゼン話が聞こえてくる。あーでもない、こーでもないと言いながらも、みんな本当に楽しそうであった。

この楽し気な空間の中、私はひどく惨めな気持ちになった。


私はなにか間違ったのだろうか。どうして私は、今日何のためにここまで来たのだろう。

何のために朝早起きして、わざわざあれだけ並んでまで整理券までもらったのだろう。


余談だが、私がこの日を迎えるまでの精神状態は最悪であった。転職活動がうまくいかず、二日前には圧迫面接を受け、面接官には人格否定までされた。だからこそ今日推しのグッズを作ってテンションを上げて気分転換してまた頑張ろう!そう思っていた矢先の出来事であった。


そうまでしてやっとのことで迎えた今日が、なぜ今こんなことになっているのだろう……


様々な思いが走馬灯のように思い浮かび、目頭が熱くなってしまった。「……あれ?」っと思ってみると涙がポロポロとこぼれてしまっていた。まずい。これは非常にまずい。めんどくさいオタクだと思われる。いい年して恥ずかしい。みっともない。消えてしまいたい……。

そんな私の様子を見て、周囲も異変に気付いたようで他のスタッフや周りの女性たちも怪訝な顔をしてこちらを見ていた。そんな様子を見てさすがにまずいと思ったのか女性スタッフ必死に見え透いたお世辞を言ってくる。さっきまで散々情けないだのヘタレだの言っていた私の推しを、急にカッコいいだの可愛いだの持ち上げてきた。そんな様子を見て、また別の意味で泣きたくなった。


他のお客さんにも友人にも申し訳ないので、その時間は友人に譲って、私はそそくさと席を外した。正直、二度とこの場には帰りたくなかった。あん醜態さらしてどの面下げてまたあの場に戻れるというのだろう。もう今すぐにでも帰りたいが、友人を置いて帰るわけにもいかない。それこそ本当の自分勝手だ。どうしようかと思っていると私の様子が落ち着いたのを見計らって別の女性スタッフさんが対応してくれた。

正直、あんなことがあったというのにこの店で商品を購入するのは気が引けたが、今度の女性スタッフさんがとても良い人だったのでお詫びの意味で購入することにした。

帰り際、件の女性スタッフから謝罪があったが、私はすぐに帰りたかったので迷惑をかけたお詫びだけ言ってすぐにその場を去った。なお友人にも謝罪したが、「あんなことで取り乱すなんて情けない。一緒にいて恥ずかしかった。今日のことがあったせいでこのグッズ見るたびに思い出すじゃん」と吐き捨てるように言われた。ショックだった。

かにせっかくの推しグッズを台無しにしたのは申し訳ないし、その怒りをぶつけたくなるのも分かる。でもあれは私だけが悪かったのだろうか、自分にもグッズを作りたいほどの推しがいるのに、なぜ私に「あんなことぐらい」なんて言葉が言えるのだろう、という想いもどうしても拭い去ることができなかった。この日を機に友人とはしばらく距離をおいた。

結局このとき作ってもらったグッズも、その後一度も使うことはなかった。友人が言った通り、【思い出す】からだ。買ったとき状態でそのままクローゼット仕舞い込んだ。正直もう見たくもなかったし、手に取りたくもなかった。


この件を経てから、私は昨今のオタクビジネスについて思うことが多くなった。推しという夢から覚めて現実客観視できるようになった。

今回の店も表面上はオーダーメイドとうたっているが、実際は指定された枠組みのなかで組み合わせを楽しむだけの商品である。それを私たちオタクが【自分推し】に見立てて、勝手に盛り上がっているだけなのだ。同じ商品でも見るオタクが変われば、それはそのオタク推し概念グッズになるのだ。彼女たちが熱心にプレゼンしたところで、指定された枠が増えるわけでもない。スタッフオタクたちの夢を壊さないようにただ話を合わせてくれているだけなのだ

実際メルカリを見れば同じ商品概念グッズでもなんでもなく、ただの普通商品として売られていた。どんなにオタクが盛り上がっていても一般人からみれば、所詮そんなものなのだ

一年ほどしてようやく気持ちの整理ができ、手に取ることができたので、メルカリで売却した。


企業にしてみれば、オタクほど金になる木はない。良いと思ったサービスSNS拡散してくれて、それにつられて同じようなオタクが集まってくる。巷では、作品名キャラクターを変えただけの似たような企画コラボカフェ、グッズが溢れかえっている。もちろんそれて経済が潤い、ジャンルが盛り上がり、喜ぶファンがいるのだからそれ自体はとても良いことだとは思う。


しかし、それらはあくまで「ビジネスとして」ということも忘れてはいけないのだと思った。ビジネスなので、サービス提供側は作品理解が高いわけでも、オタク気持ちがわかるわけでもない。当たり前だが、相手こちらと同じ熱量、もしくは理解を期待してはいけないのだ。企業はただ売れる商品を作り、オタクの夢を壊さないようにするだけである。何故ならこの夢が壊れたときオタクは金を落とさなくなるからだ。そんなことを私は悟った。


苦い経験ではあったが、この件のおかげでSNSで盛り上がってるからといって深く考えもせずに突撃するようなことはしなくなった。周りではなく、純粋自分が欲しいものだけを買うようになった。

あれから友人との付き合い方も見直した。なお転職先は無事決まったので、そこんところも大丈夫である


そう思うとあの時の女性スタッフにはある意味では感謝するべきなのかもしれない。

2022-10-07

anond:20221007215341

カタカナで書かれると取れたてピチピチのサケをまる呑みするビックリ人間想像してしま

ケツがさんざんだ

メシ喰ってもサケ呑んでも紅い下痢

2022-03-11

なんでサケに意地悪するの?

ダム立てんな

2021-12-13

anond:20211213163005

一人暮らし自炊ってウンコだと思うんだよね

サケの切り身だって安いの選ぶと3切れとか4切れとか入ってるじゃん

そうしたら、一気に焼いてお弁当に詰めたいじゃん

だいたい偏るよね

2021-11-23

anond:20211122171308

新卒2年目のとき、1年目の後輩にメシとサケを店でおごったんだけど、ずっとスマホしてたの思い出した

その場ではいいよいいよーっていったし実際きにはならなかったけど、今思うとかなり失礼なやつだったなと思う

案の定というかそいつ遅刻ばっかで派遣先干されたらしが

2021-10-24

[]

久しぶりにスーパーの割引弁当たくさん買い込んだ※半額ではない

季節柄、健康に良さげな秋の弁当がたくさん

きのこくりいもまつたけ、たきこみごはん

揚げ物系の不健康茶色弁当じゃなくて、健康的な茶色弁当だわ

おもわず5個もかってしまった

そんで1つ1つがあっさり系だから3つも食べてしまった

おれのうしろのおじさんはソースカツ丼弁当ストロング500缶買ってた

まあたまにはいいよね

ただいっこしっぱいだったのは、サケいくら飯って弁当

イクラが入ってるからレンチンできねーんだよ!!!!!!

しょーがなくそのままくった

あといまいちだったのがちょいちょい入ってた塩サバ

しおっからいしサバ特有のくさみでまずい

あと天ぷらでかさ増ししてあるの最悪だった

弁当のべちょべちょ天ぷらほどまずいものはない

2021-10-13

増田♂51歳の日常

…昼呑み。よくある、やたらあっ軽い雰囲気刺身がウリのチェーン店ノウハウで店構えを固められたヤツ。店員がやたら若いネーチャンニーチャンなアレ。…カウンターに案内という名の座席指定されたら、隣に既に「60代・アメカジっぽいシャツ白髪サッパリ身嗜み・ヒマそー」親爺が先にサケ注文してた。なんとなく出逢い厨ぽい目線を(アレよ、地元のヤツが新参者にハナシ仕掛けて!くるアレよー)チラチラと感じたが、ガン無視する、大阪から南海フツーにわざわざ乗って散歩に来とるワイ。

…終始無視って己れの呑みを貫いたら、そそくさと先に帰りよった、ヤッタネワイちゃん!(ワイの二連休邪魔するな!)

2021-10-09

斜里町の知布泊漁港ごみ放置相次ぎ8日から釣り禁止

https://www3.nhk.or.jp/sapporo-news/20211008/7000039041.html

釧路住みで現在旭川在住。

目的サケではないが、ここはたまに釣りに行っていた。

北海道サケ釣り純粋釣り人もいるが、残念ながらしのぎ目的ヤクザ半グレが多いのも事実。道外からも怪しいのが来ている。

そしてめちゃくちゃマナーが悪い。特に50代以上(ヤクザ半グレ以外でも)に更生の余地は完全に無い。

タバコポイ捨てウンコ。餌の箱。食べた物のゴミを平気で投げる。

都会に住んでいると想像がつかない様な人達が、唖然とするような態度でゴミを投げる。そして時には場所代要求してくることも。

釣りは実はゴミマナーに向厳しいが、一部の人のせいで全てだいなしである

個人的にはサケ釣り禁止するか、完全にライセンス制にするしかないと思う。

2021-09-06

原始人がネックレスをつけた理由 パート3

飢餓保険

ブルース・ウィンターハルダー(Bruce Winterhalder)は、動物間で食料が移動する方法理由モデル調査している。盗みの許容、生産/嗅ぎ回る/機会主義リスク考慮した生存副産物相互主義、遅延した互恵主義取引現物でない交換、その他の選択モデル血縁利他主義を含む)。ここでは、リスクセンシティブ生存、遅延型互恵主義貿易現物ではない交換)に注目する。我々は、食料を収集品と交換することを遅延型互恵主義に置き換えることで、食料の共有を増やすことができると主張する。これは、変動する食料供給リスクを軽減する一方で、バンド間の遅延型互恵関係が抱える克服できない問題回避することで可能となる。以下では、親族間の利他主義窃盗(許容されるか否か)をより広い文脈で扱う。

食べ物は、飢えている人にとっては、十分に食べられている人よりもはるか価値がある。飢えている人が自分の最も貴重な価値物を交換することで命を救えるなら、その価値物を交換するために必要な数ヶ月、あるいは数年分の労働力に値するかもしれない。彼は通常、家宝感傷的な価値よりも自分の命の価値を考えるであろう。脂肪と同じように、収集品も食糧不足に対する保険になる。地域的な食糧不足による飢餓は、少なくとも2種類の取引で食い止めることができた。

しかし、取引コストが高すぎて、バンドはお互いを信頼するどころか喧嘩をしてしまうことが多かった。自分食べ物を見つけられない空腹のバンドは、たいてい飢えていた。しかし、取引コストを下げることができれば、バンド間の信頼の必要性を下げることができ、あるバンドにとっては1日の労働に値する食べ物でも、飢えているバンドにとっては数ヶ月の労働に値するかもしれない。

局所的ではあるが非常に価値のある取引は、上位旧石器時代収集品が登場したことで、多くの文化可能になったと、このエッセイは主張する。収集品は、必要ではあるが存在しない長期的な信頼関係の代わりとなった。もし、部族間、あるいは異なる部族個人間で持続的な交流信頼関係があり、互いに無担保の信用を得ていたならば、時間差のある物々交換が刺激されただろう。しかし、そのような高度な信頼関係があったとはとても思えない。上述した互恵利他主義に関する理由に加え、ほとんどの狩猟採集民の部族関係がかなり敵対的であったことが観察されているという経験的な証拠から確認できる。狩猟採集民の集団は、通常、1年のほとんどの期間は小さな集団に分かれて生活し、1年のうち数週間だけ中世ヨーロッパの市のような「集合体」に集まって生活する。バンド間の信頼関係がなかったにもかかわらず、添付の図に示されているような主食重要取引が、ほぼ確実にヨーロッパで、そしておそらくアメリカアフリカの大物ハンターなど他の地域でも行われていた。

添付の図で示されているシナリオ仮定のものであるが、それが起こらなかったとしたら非常に驚くべきことである旧石器時代ヨーロッパ人の多くは、貝のネックレスを楽しんでいたが、もっと内陸部に住んでいた人は、獲物の歯でネックレスを作っていた。また、火打ち石や斧、毛皮などの収集品も交換手段として使われていた可能性が高い。

トナカイバイソンなどの人間の獲物は、一年のうちで移動する時期が異なる。ヨーロッパ旧石器時代の多くの遺跡から出土する遺物の90%以上、時には99%以上が単一の種によるものであるほど、部族ごとに異なる獲物に特化していた。これは、少なくとも季節的な専門性を示しており、おそらく1つの部族が1つの種に完全に特化していたことを示している。一つの部族メンバーは、専門化した分だけ、特定の獲物種にまつわる行動や移動習慣などのパターン精通し、それらを狩猟するための特殊な道具や技術を身につけていたことになる。最近観察された部族の中にも、特殊化した部族があることが知られている。北米インディアンの一部の部族は、バイソンカモシカ狩猟サケの漁にそれぞれ特化していた。ロシア北部フィンランドの一部では、現在でもラップ族をはじめとする多くの部族が、単一種のトナカイ牧畜に特化していた。

旧石器時代もっと大きな獲物(ウマ、オーロックス、ジャイアントエルク、バイソンジャイアントナマケモノマストドンマンモスシマウマ、ゾウ、カバキリンジャコウウシなど)が大きな群れをなして北米ヨーロッパアフリカを歩き回っていた頃は、このような特殊化がはるかに進んでいたと思われる。人間を恐れない大型の野生動物はもはや存在しない。旧石器時代絶滅させられたか、あるいは人間人間の発射物を恐れるようになったのであるしかし、サピエンスサピエンスが生きていた時代には、これらの動物の群れは豊富で、専門のハンターにとっては簡単に獲物を得ることができた。取引に基づく捕食の理論によれば、旧石器時代に大型の獲物が大規模な群れをなして北米ヨーロッパアフリカを歩き回っていた頃は、専門性はるかに高かった可能性が高い。部族間の狩猟における取引ベースの分業は、ヨーロッパ旧石器時代考古学証拠と一致する(確実に確認されたわけではないが)。

このように、群れを追って移動する部族は、頻繁に交流し、多くの交易の機会を得た。アメリカン・インディアンは、乾燥させたり、ペミカンを作ったりして食べ物を保存していたが、それは数ヶ月はもつものの、通常は1年はもたなかった。このような食料は、皮、武器収集品などと一緒によく取引された。多くの場合、これらの取引は年に一度の交易遠征の際に行われた。

大規模な群れをなす動物は、1年に2回だけ領土を移動するが、その期間は1〜2ヶ月であることがほとんどである自分たちの獲物となる動物以外のタンパク源がなければ、これらの専門部族は飢えてしまうであろう。考古学的な記録で示されている非常に高度な専門化は、交易があったからこそ実現したのである

このように、時間的にずれた肉の交換が唯一の交易であったとしても、それだけで収集品の利用価値は十分にあると考えられる。ネックレスや火打ち石など、お金として使われるものは、取引される肉の価値がほぼ同じである限り、閉じたループの中で、ほぼ同じ量を行き来する。ここで注意してほしいのは、本稿で述べた収集品の理論が正しいとするには、単一有益取引可能であるだけでは不十分だということだ。相互有益取引の閉ループ特定しなければならない。閉鎖的なループでは、収集品は循環し続け、そのコスト償却する。

前述したように、考古学的な遺跡から、多くの部族が1つの大きな獲物種に特化していたことがわかっている。この専門化は少なくとも季節的なものであり、広範な取引が行われていた場合フルタイムで行われていた可能性がある。習性や移動パターン、最適な捕獲方法専門家になることで、部族は莫大な生産利益を得ることができた。しかし、このような利益は、単一の種に特化することは、1年の大半を食料なしで過ごすことになるため、通常は得られないものであった。部族間の分業が功を奏し、それを可能にしたのが交易だった。補完関係にある2つの部族間の交易だけで、食料の供給量はほぼ2倍になる。しかし、セレンゲティヨーロッパ草原のような地域では、ほとんどの狩猟地域を移動する獲物は2種類ではなく、10種類にも及ぶことがあった。そのため、種に特化した部族が入手できる肉の量は、近隣の一握りの部族との間で交易を行うことで2倍以上になると考えられる。その上、余分な肉は最も必要とされる時に得られる。つまり、その部族の同種の獲物から得られる肉はすでに食べ尽くされており、食料がなければハンターは飢えてしまうのである

このように、2つの獲物種と、同時ではないが相殺される2つの取引という単純な取引サイクルから、少なくとも4つの利益、つまり余剰の源が得られたのである。これらの利益は異なるものであるが、必ずしも独立したものではない:

1. 餓死しそうな時期に肉が手に入ること。

2. 肉の総供給量の増加:すぐに食べられる量や保存できる量を超えた余剰分を取引し、取引しなかった分は無駄になっていた。

3. さまざまな種類の肉を食べることで、肉から得られる栄養の種類が増えたこと。

4. 単一の獲物種に特化することによる生産性の向上。

食料と交換するために収集品を作ったり、保存したりすることは、悪い時期に備えての唯一の手段ではなかった。特に大きな獲物が得られない場合には、縄張り意識採集権の取引が行われていたようである。これは、現在残っている狩猟採集文化の一部にも見られる。

アフリカ南部クン・サン族は、他の現代狩猟採集文化の残存者と同様に、限界のある土地に住んでいる。彼らには専門家になる機会はなく、わずかに残っているものを利用するしかない。ホモ・サピエンスは、最初ネアンデルタール人から最も豊かな土地と最高の狩猟ルートを奪い取り、ずっと後になってからネアンデルタール人限界土地から追い出した。しかし、生態学的に厳しいハンディキャップを負っているにもかかわらず、クン族は収集品を交易品として使用している。

他の狩猟採集民と同様に、クン族は1年の大半を分散した小さな集団で過ごし、1年のうち数週間は他の集団との集合体で過ごす。集会は、取引が行われ、同盟が結ばれ、パートナーシップが強化され、結婚が行われるという特徴を持ったフェアのようなものである。アグリゲーションの準備は、一部は実用的だが、ほとんどはコレクション的な性質を持つ取引可能アイテム製造することで満たされる。クン族が「hxaro」と呼ぶ交換システムでは、4万年前にアフリカ発見されたものとよく似たダチョウの殻のペンダントなど、ビーズアクセサリーが多く取引されている。

クン族が収集品と一緒に売買する主なものは、他のバンド領地に入り、そこで狩猟採集を行う抽象的な権利である。これらの権利の売買は、隣人の領域採集することで緩和できるような地域的な不足の際に、特に活発に行われる。先に述べたバンド間の食料取引と同様に、収集品を使って採集権を購入することは、スタンリーアンブローズの言葉を借りれば、「飢餓に対する保険」となる。

解剖学上の現生人類は、意識的思考言語、そして計画を立てる能力を持っていたはずであるが、取引を行うためには、意識的思考言語、そして計画を立てることはほとんど必要なかったであろう。部族メンバー単一取引以外の利益を推論する必要はなかった。このような制度を作るためには、人々が本能に従って以下のような特徴を持った収集品を作るだけで十分だっただろう。(このような制度を作るためには、人々が本能に従って、以下のような特徴を持つ収集品を手に入れることができれば十分であった。) これは、我々が研究する他の制度についても、様々な点で同様であり、意識的設計されたというよりは、むしろ進化したものである制度儀式に参加している誰もが、その機能を究極の進化機能観点から説明することはなかっただろう。むしろ、究極の目的起源を示す理論というよりも、行動の近親的動機付けとして機能する多種多様神話観点から説明していた。

食物の交易に関する直接的な証拠は失われて久しい。将来的には、ある部族狩猟跡と別の部族の消費パターン比較することで、今回の記事よりも直接的な証拠が見つかるかもしれないが、この作業で最も難しいのは、異なる部族親族集団境界特定することである。我々の理論によれば、このような部族間の肉の移動は、大規模かつ特殊な大型狩猟が行われていた旧石器時代世界各地で一般的に行われていたと考えられる。

今のところ、収集自体の移動による間接的な取引証拠が多く残っている。幸いなことに、収集品に求められる耐久性と、今日考古学者が発見した遺物が生き残った条件との間には、良い相関関係がある。徒歩で移動していた旧石器時代の初期には、穴の開いた貝殻が500kmも離れた場所から発見された例がある。また、火打石も同様に長距離を移動していた。

残念なことに、ほとんどの時代場所で、取引コストが高いために貿易は大きく制限されていた。一番の障壁部族間の対立であった。部族間の主な関係は、良い日には不信感を抱き、悪い日には明らかな暴力を振るうというものであった。部族間の信頼関係を築くことができたのは、婚姻親族の絆だけであったが、それは時折であり、範囲も限られていた。財産保護する能力が低いため、たとえ身につけたり隠し場所に埋めたりした収集品であっても、収集品は数回の取引コスト償却しなければならなかった。

このように、取引コストが高いために、現在我々が当たり前のように使っている市場企業、その他の経済制度の発展が妨げられていた長い人類先史時代において、富の移転取引だけではなく、おそらく最も重要ものでもなかった。しかし、取引コストが高く、市場企業などの経済制度が発達しなかった先史時代には、おそらく最も重要ものではなかったであろう。我々の偉大な経済制度の下には、富の移転を伴うはるかに古い制度がある。これらの制度はすべて、ホモ・サピエンスサピエンスとそれ以前の動物とを区別するものである。ここでは、我々人間には当たり前で、他の動物にはない、最も基本的な富の移転の種類の一つである次世代への富の移転について説明する。

2021-07-18

これ見てからウナギ食えなくなった

こんな一生懸命生きてる生き物をかっさらって食うなどできない

生命尊重をしたい

みなさんは「ウナギ」と聞いてどんなことを思い浮かべるでしょうか。蒲焼などの料理、「うなぎのぼり」といった慣用句、「掴みどころがない」といったイメージなど様々あると思います最近では「おはよウナギ」なんて言葉流行りました。

 しかし、生き物としてのウナギ生態系は謎に満ちあふれています。川や近海で捕れたり、近年では養殖も盛んになったりしていますが、どこで生まれ、どのようにして日本にやってくるのかがわかっていませんでした。

 しかし、塚本さんを始めとする調査チームが始めてウナギの天然受精卵の採取成功しました。今回は長い間見つからなかったウナギの卵が発見されるまでの壮大な物語を話していただきました。

 ウナギ孵化までおそらく1日半、仔魚になるまで半年、合わせて約1年を海水中で過ごし、あとは淡水で生活するそうです。ウナギ図鑑で調べてみると、ほとんどが淡水魚図鑑に載っていて、海水図鑑には載っていないのはこのためだと塚本さんは話します。

 では、ウナギはどこで産卵しているのか。これが最大の謎でした。調べ初めは本州近海でしたが、それが沖縄の南、台湾沖、フィリピン近海だんだん推定場所が南下していきました。中でもフィリピンではウナギ変態であるレプトケファルスが見つかるなど期待が高まりましたが、しかし卵は見つかりません。

 そこでウナギを捕って調べてみると、あることがわかりました。冬だと思われていた産卵時期が、実は夏だったのです。ウナギは「耳石」を見ればいつその個体が生まれたかがわかるそうです。塚本さんはこれが調査成功の一因だと語ります

 調査対象は、西マリアナ海嶺南端部に移ります東西に伸びている塩分フロント海嶺との交差地点です。塩分フロントとは、異なる塩分濃度の境界のことです。この地点はスコールが多発するため、急に塩分が薄くなる場所があるそうです。調査チームは、ウナギサケのように海の"ニオイ"を幼い頃に刷り込まれることで産卵するためにこの場所戻ってくるのではないかという仮説を立てました。

 そして2009年、4回目の網でついに受精卵が見つかりました。最初深海の底にあると考えられていましたが、実際は深海の淵の浅いところ(海抜160m程度)にピンポイントに網をかけて見つかったそうです。卵は1日半で孵るのですが、幸運にも孵化直前の56mmの卵が採れました。

 ここからウナギの行動や産卵の流れなどが明らかになってきました。あるホルモンの分泌をきっかけに、川にいるウナギが昼夜を問わず泳ぎ続ける「ナイトレストレス状態になり、一目散に産卵場所に向かいます。昼は外敵から身を守るために深海を、夜は精巣や卵を成熟させるために温度の高い表層近くを泳ぎますウナギは意外と俊敏で、長距離を泳ぐのに適した泳ぎ方をするそうです。また、60gというわずかな脂肪の量でなんと6000kmもの距離を泳ぐそうです。そして産卵期になるとオスの体は精巣だらけ、メスの体は卵だらけになり、1年の産卵期に複数回産むそうです。新月の夜に乱婚をすると考えられ、新月くるまではその地点で滞留していると考えられています。そして産卵期を終えると、ウナギはその一生も終えます

 塚本さんがこれから調査したいこととして、「受精直後のタマゴが見たい」とおっしゃってました。今回の卵が採れた付近の水深6000m地帯調査チーム内で通称ウナギ谷」と呼ばれていて、そこにウナギの骨の化石耳石が溜まっているはずであり、「しんかい6500」に乗って調査したいという次の目標を話していただきました。

 「そもそもどうしてウナギ研究対象にしようと思ったのか」と参加者から問われ、塚本さんがこれまで研究してきた魚たちを紹介しました。最初アユ、次にサクラマス、そして今のウナギです。アユは産卵場が淡水にあるのであまり謎が深くなかったのに対し、ウナギ場合は産卵場がわからなかったため、研究が長期化したそうです。

 塚本さんの研究とそのエピソードの数々は、「なぜ動物は旅をするのか」というとても壮大な問いであるというお話しが印象的でした。たいへん興味深いお話を伺うことができました。

2021-06-13

anond:20210613045117

サケ的には気持ちいいんだろうけど、

体のふれあいもなく穴に産みたてのイクラ精子かけるだけとか

体内に性器を挿入する側からすると哀れに感じてしま

濃厚セックスナメクジやヘビのほうが生命として上だよな

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