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はてなキーワード: 岡田有希子とは

2020-01-21

anond:20200118021008

2-30年前NHKBSで舞台をそのまま放送してて、野田秀樹とかもよくやってた。

その中の一つで忘れられないのがあるのですよ。知ってたら教えてくれ。

一軒家の台所舞台

パジャマを着た父親が出てくるが、なぜかゴキブリのように床を這いまわっている。セリフも無かったような。

岡田有希子ファンが出て来て彼女自殺について語る。

ウエスタンブーツを履いた男が出てくる。(こいつが岡田有希子について語っていたかも)

多分賞かなんか取ってた気がする。

2019-11-02

anond:20191102183553

岡田有希子についての過熱報道が世の中を変えたのかよ

高橋まつりさんみたいだな

2018-08-24

ウェルテル効果

誰かが死んだとき、後追いで死ぬ人がいます

岡田有希子飛び降りときに後を追ったひとは30人くらいいたらしいし、

HIDEが死んだときもたくさんの人が後を追った。

大切な人が死んだときに後を追う人は、もっとたくさんいる…

この世からその人がいなくなって、この世にいる意味がなくなったから後を追う。

ずっとそういうものだと思っていました。

でも、どうやらそれは間違ってたみたいです。

きっと自分存在した意味をこの世に残すために、その人の後を追うんですね。

2018-08-04

増田誕生日リスト

顔も知らない増田誕生日に「おめでとうございます」と返信するのがライフワークの君たちへ

たまたま目にした「誕生日です」投稿脊椎反射脊髄反射ブコメトラバをつけただけで、満足した気になってるんじゃないよ。

他人を祝福するならその場のノリじゃなく、ちゃん責任を持って前々から相手誕生日をチェックして、満を持して練りに練った「おめでとう」コメント書き込みなさいよ。

もちろん、1年限りじゃなく、毎年続けることも大切だね。

え?そんなこと言っても、事前に増田誕生日なんて分からないって?

そんな君達のために、既に誕生日が判明している増田リストを俺が作成してやったから、安心して年がら年中「おめでとう」コメント投稿に励んでくれたまえ。

礼は結構

感謝気持ち誕生日増田へのコメントにこめてくれればそれでいい。

さしあたり、明後日8月6日)に向けてのコメントの準備を始めることだ。

さあ各自増田のために心温まる祝福の言葉を用意してくれ。よろしくな!

1月4日 誕生日を迎えたので決意表明を。

1月14日 anond:20180114201420

1月18日 今日は誕生日

1月19日 anond:20180118233722

1月20日 時が経つのは早すぎる

1月22日 anond:20180607145733

1月25日 今年の誕生日も最悪だった、と書こうとして

1月27日 1分って打ってみて

1月28日 誰も誕生日を祝ってくれないので

2月1日 誕生日がプリキュアの日になってしまった

2月2日 anond:20180201020439

2月3日 誕生日だった

2月6日 あたし誕生日だけど

2月7日 今日、誕生日だった

2月10日 きょうでおれの20代が終わる

2月12日 今日誕生日なんだけど

2月17日 anond:20180218032044

2月18日 anond:20180218123920

2月19日 今日ね、誕生日なんですよ

2月20日 2月20日はいわゆる僕の誕生日だったわけで。

2月24日 2月24日誕生日

2月28日 ハッピバースデートゥーミー

3月3日 俺、誕生日が今日なんだけど

3月4日 anond:20160304071339

3月5日 今日誕生日なんすけど

3月8日 今日は誕生日だけど

3月11日 自分は3.11が誕生日なんだけど、

3月18日 anond:20180325220023

3月20日 オウム真理教があった時代を生きていた人が羨ましい

3月21日 anond:20180310082126

3月25日 今日25歳になった

3月29日 http://anond.hatelabo.jp/20130905131136

4月1日 anond:20180401101319

4月8日 岡田有希子

4月11日 今日誕生日なんだが誰にも祝われなかった

4月19日 anond:20170419001610

4月22日 32歳の誕生日なのに悪夢で目覚めた

4月27日 誕生日

5月12日 きょうたんじょうび

5月14日 今日誕生日なんだ

5月19日 28歳の誕生日も何事もなく過ぎていった

5月20日 俺の誕生日を誰か祝ってくれ

5月23日 初めてメンタルクリニックを予約した

5月25日 俺今日誕生日なんだ

5月29日 誕生日だ!!!!!!!!

6月8日 今日は誕生日なんです

6月10日 誕生日だからマック食べたい

6月11日 今日は新垣結衣の誕生日

6月12日 ハッピーバースデー俺

6月18日 誕生日なので死のうと思う

6月20日 無題

6月21日 昨日誕生日だったんだけど

6月24日 うわああああああああああ29歳になってしまったああああああああああ...

6月25日 anond:20180625225210

6月27日 一日一善したいヤツ

7月3日 28歳の世界としあわせ

7月4日 今日、俺の誕生日なんだけど!

7月5日 anond:20180705121012

7月6日 誕生日のケーキ

7月11日 ケーキ食べたい

7月13日 誕生日

7月16日 誕生日にセンチメンタルになってしまった

7月17日 たった一人の「おめでとう」を待っている

7月26日 昨晩、人生初2穴。

7月27日 30

7月29日 悔悛と懺悔:またひとつ年をとった

7月31日 誕生日

8月1日 https://anond.hatelabo.jp/20170731184527

8月2日 今日誕生日だった

8月3日 anond:20170803130907

8月6日 http://anond.hatelabo.jp/20160311160522

8月7日 自分のテーマ曲はありますか。

8月11日 誕生日が祝日になったよ

8月15日 https://anond.hatelabo.jp/20170815222816

8月20日 良い子とはなんだ

8月22日 毎月120時間サービス残業していたら懲戒解雇食らったったwwwwwww...

8月23日 今日は俺の誕生日だ

8月26日 http://anond.hatelabo.jp/20150826123510

8月27日 Googleの謝罪文はどこにあるか調べてみたら

8月30日 誕生日プレゼントくれなかったな~

9月13日 ハッピーバースデー、わたし

9月24日 我が家のうさぎが11年目を迎えたよ

9月28日 今日が誕生日

9月29日 anond:20170928111254

10月1日 誕生日なので

10月3日 今日は誕生日

10月6日 anond:20171013224250

10月7日 誰か祝ってくれ

10月16日 anond:20171013222819

10月18日 友達がいない税を払った

10月19日 今日誕生日だけど

10月24日 彼氏にが変顔写メ送ってきた

10月27日 今日は誕生日なので

11月2日 嫁にノーパンミニスカートを要求した

11月3日 anond:20171103002218

11月10日 うぁぁ頼む誰か誕生日祝ってくれ・・・

11月19日 明日は26歳の誕生日

11月24日 毒親からの誕生日おめでとうメール

12月20日 ダラダラする社員の気持ちがわかった

12月21日 anond:20171222104841

12月24日 vlxst1224さん

12月25日 クリスマスが誕生日の人は結構いる

12月26日 今日は俺の誕生日

12月27日 たんじょうびだけど

12月31日 大みそかが誕生日なんだ。

2018-07-07

松井珠理奈がこのままだと岡田有希子みたいになりそうで怖い

休養が発表された時のTwitterの反応見てて

オウム真理教以上の大罪人のような叩かれっぷりに

「あ、世間彼女芸能界のみならず、この世からいなくならなきゃ納得しないんだろうな」

と思って(実際そういうツイートもあった)

ちょっとというかかなりゾっとした

取り返しのつかない事になっても、秋元康も誰も責任は取らないんだろうな

アイドルって、なぜやる方もやらせる方も応援する方も重いものを背負わせようとするのだろう

報道ダメになった?いやあ…報道の在り方とか大それたことは知らんけど、あの事件の時点でずっと前からイカれてたよ。

報道被害って言葉、随分前からあったでしょ。岡田有希子死体ひっくり返して写真撮ってるバカもいたでしょ。

松本サリン事件で(無実の)ひと家族犯人認定してぶっ壊してく様は見事でしたよ。

ええ観てました、情けないことに。でもだから忘れちゃいけないってさ。

いか、信頼感は一瞬で失われるものでもあるが、カンナを削るみたいに少しずつすり減ってくこともある。

今、報道が信じられないご時世なのは、その結果なんだ。

2018-01-02

anond:20180102083538

結婚はないのかもしれないね

岡田有希子の後追いはかわいそうだと思った

2017-02-09

18才のエビ中というグループアイドルが亡くなったそうだが

若い人たちに取っては、俺たちが経験した岡田有希子自殺レベルの衝撃なのだろうか。

2017-02-01

岡田有希子が健在だったら

もう、なくなって三十年以上経ってしまったのだけど。

もし生きていればもうすぐ50歳だったろう。

精神的な脆さから、結局は潰れたのかもしれないし、あるいは今頃テレビショッピングとかの賑やかしに収まって居たかも知れない。

いずれにせよ、デビューを反対したという家族の無念が思われてならない。

2016-01-31

サンミュージック

なんかさ、ベッキー岡田有希子の二の舞になりそうな気がする。

岡田有希子もオトコ絡みだったよね。

2014-08-17

岡田有希子って可愛いよな?

80年代が劇的にダセぇ!(例えばアイドルとか)っていう、確かそんな感じの記事最近見たんだが、

(間違ってたらゴメンちゃい)岡田有希子ちゃんだけはガチかわいいと思った。(特に髪が長い時ね)

俺、岡田有希子ちゃんが自殺した時は小学一年生だったと思うんだけど、彼女記憶は全くない。

でも最近、ふとしたきっかけで彼女画像を見てから、スンゲー可愛い!と思うようになっちゃったんだよ。

いやいやドルオタじゃねーし。

まともな社会人だし。

それにあんな可愛らしい顔立ちなのに、何だか身体はムチムチしてるのも良かったし。

おっと、いけねぇいけねぇ。

あと、何てったってアーイドール♪じゃなかった、歌がうまかったよ。

抑揚とか、わざとテンポを遅らせて唄う技術とか、スゲーなー!って思ったよ。

あとドッキリで鶴太郎が寝起きを襲うみたいな動画があったんだけど、あれ、スゲー可愛かったわ。

の子があの歳で現代に生きてたら、世間はどんな感じになってたかなぁ。

あ、ユッコちゃん!ゴールデンアイドルオリコン79位だっけ?

おめでとう!!!!!!!!

2014-07-26

岡田有希子

鶴光オールナイトニッポンに出てた岡田有希子の回を聴いた。

リスナーからのお便りを鶴光が読むところで鶴光が、岡田有希子の「二人だけのセレモニー」という曲を、「二人だけのオナニー」と読んだ。

俺は一瞬、「え?」と思ってポカーンとしたけど、その後に岡田有希子が、「セレモニーですぅ」と突っ込んだ。

驚いたのは17歳の高校生の前でこんな事を言っちゃっても許されたこと、そして岡田有希子の返し。

優等生イメージだったかものすごいフイタ 笑

の子自殺した時、俺は7歳だったから、正直記憶に無いんだけど、でもひょんなことから最近YouTube彼女を見て一気に好きになった。賢くて優等生で生真面目で可愛らしい花のような女の子、なんてイメージだったけど、ラジオを聴いて面白くて面白くて、あんなにも俗っぽくて、ほんと普通女の子だったんだって思ったら心から笑えた。

あんな残念な亡くなり方をした子だから、ここ数日ナーバスになってたけど、ラジオを聴いて何か救われた。

もう二度と岡田有希子には会えないけど、ラジオを聴いてたらすぐそこにいるような気がした。

何だかまり悲しくなくなった。

俺、岡田有希子自殺した日が誕生日なんだよね。

これも何かの縁かな。

7/30にはアルバムも発売されるみたいだし。

もう28年も前の人なのに、何で急にこんなにも気になるんだろう。

何だか思いを馳せちゃうんだ。

あー、今、会ったら何て声を掛けるかな。

掛けられるかな。

会ってみたかったな。

2014-07-22

岡田有希子

YouTube自殺した芸能人のまとめを見ていたら、岡田有希子出会った。

使われていた写真が余りに可愛かったからそこから漁るように岡田有希子動画を見た。

可愛らしい子だった。子供らしい笑顔の反面、しっかりとした口調でハキハキと話す有希子には意志の強さを感じた。

本名佐藤佳代という。

ごくありふれた地味な名前

でもそれが田舎の純朴な女の子想像させて、なお一層好きになった。

とても可愛らしい子。本当に愛らしい子でした。

ここ三日ほど、ずっと有希子ちゃんの動画を見ている。

彼女も生きてたら46、7歳くらいか。

彼女は18歳で自ら命を絶ちました。

飛び降り自殺です。

何故こんなにも惹かれるのだろう。

もちろん可愛らしい愛らしい子だったからということもあるが、もう二度と会えない存在からこそ、恋い焦がれるのだと思う。

歳をとれば誰しも老いるし、有希子ちゃんがそうなっていたら、果たして好きであり続けられるかわからない。

ただ、有希子ちゃんがあの時あの歳で命を絶ったことが、彼女の愛らしさを永遠のものにして、僕の心に留まらせたのだと思う。

明日、目覚めても、また有希子ちゃんのことを考えると思う。

有希子ちゃん、近々、四谷に行ってみるよ。

君の最期場所をしっかりと目に焼き付けてきます

あなた時代を重ねたのはほんのちょっとだったけど、同じ時代あなたがいたということが何故かとても気になっています

何かご縁があるのかもしれないね

今日、夢に出てきてくれたら嬉しいです。

また逢いましょう。佳代ちゃん。

2014-07-15

岡田有希子ちゃん、可愛かったなぁ.....

何で死んじゃったのかなぁ.....

2013-09-12

マスダ80年代女性アイドル論~南野陽子

80年代女性アイドル格付

マスダ80年代女性アイドル論~松田聖子論

マスダ80年代女性アイドル論~中森明菜論

マスダ80年代女性アイドル論~小泉今日子論

マスダ80年代女性アイドル論~インターバル

マスダ80年代女性アイドル論~薬師丸ひろ子論


南野陽子と言えば、『はいからさんが通る』です。『はいからさんが通る』は少女漫画代表的作品を挙げる時には必ず名前が挙がる作品ですが、70年代中頃の作品です。

薬師丸ひろ子論の中で、70年代にはマルキシズムの影響で、「女性男性のようにリーダーシップを執らなければならない」という思想が、少なくとも先進的な意識を持つ若い女性学校にはあった時代だったと言いました。その「あるがままの私」が80年代おい現実との軋轢の中で鍛え上げられていきました。70年代の「あるがままの私」が実は女性に無理を強いているのではないか、それは本当に「あるがままの私」ではないのではないかという問題意識体現し、生き方としてロールモデルを提示したのが松田聖子です。

しか70年代以前は、松田聖子はまだ存在せず、女性は無理を承知で男の真似事をしなければならなかったのですが、その時代ロールモデルフィクションの中にありました。

はいからさんが通る』もそのひとつです。この流れから80年代少女小説家たち、氷室冴子らが出てくるのですが、氷室冴子理想としてのフィクションいかに守ろうとしたかいか現実との狭間で苦闘を強いられたか彼女の作品と同時に、諸々の葛藤を描いたエッセイをお読みになればあの時代少女意識彼女たちが直面した現実が分かるのではないかと思います

アイドル論を無理やりフェミニズムで語るつもりはないのですが、結果的にそれに近い感じになっていますね。それはアイドルたちが、時代ロールモデル少女たちの在り方を反映しているからです。

薬師丸ひろ子には王道的な、「党中央本部の作成したスローガン」のような無菌的な匂いを感じますが、南野陽子もっと現実寄りの人です。しか評論家的ではありません。南野陽子には確かにフェミニズム寄りの感性があるように見えますが、フェミニズムがその成り立ちから逃れがたい、アンチとしての批判性を濃厚に持っているとしたら、南野陽子にはそれはありません。

フェミニズムの到達地点が南野陽子にとっては当たり前の状況、出発点であるような、そういう印象があります

70年代にはフィクションで切り取られるしかなかった『はいからさんが通る』的な在り方が、現実に当たり前のように南野陽子の中には存在しています南野陽子は『はいからさんが通る』の作者の他の作品である菩提樹』にも映画主演していますが(『菩提樹』はおそらく大和和紀最高傑作です)、自分の足で立つヒロイン南野自身のキャラクター投影して演じています

 

南野陽子女子校出身ですが、プロフィールを見る前から私はおそらくそうなんだろうと思っていました。女子校出身者はしばしば、男性がいない状況で、ジェンダーとしての女性を内在化させないことがあって、すべての女子校出身者がそうではありませんが、自然独立心を持っている女性のかなりが女子校出身者です。

そうした女性社会への眼差しアンチでもなければ評論家的でもありません。あくまで自分もその一員であると言う、責任感を持っている、部外者性をあらかじめ排除しています

たびたび引用している松任谷由実の評ですが、彼女南野陽子について、

彼女自分を持っているから好き」

と言っています自分を持っていない人なんているんでしょうか。誰しも逃れがたく自分を持っています。けれどもその自分は幾層にも思惑や配慮や自分がこうなりたいというロールモデルによって塗り固められていて、剥き身の自分自分でさえ分からなくなっている、特に女性はそういう人がほとんどです。

この場合南野自分を持っているというのは、剥き身の自分を隠すことさえ考慮にない、そのある種の無鉄砲さ、清々しさを指しています。それは絶対的に、かつ盲目的に自分を肯定する、傲慢さとは似て非なるものです。その種の傲慢さは実は絶対ではないからです。

例えば自分が美しいということについて、南野はもちろんそれを自覚しているでしょう。多くの場合、それは自意識リンクして、自分をも値ぶんだうえで、他人を侮蔑することに直結します。それは多くの女性が、自分の武装と自意識を切り離して捉えることが出来ないからです。そうすることが出来ない、ということがジェンダーなのかも知れません。

南野場合は、要素として自分が美しいことは承知している、だからそれを活用しようとする、しか自意識はその要素とは別のところにあるのです。自意識は要素とはまったく無関係に絶対的に肯定されるものです。なぜならば自分自分であるのですから

比喩的に言うならば、南野自己に対する捉え方は企業家的です。アイドル南野陽子は商品であるので、南野陽子当人とは別のものです。これはアイドルを演じている、別人格というのではなく、南野陽子の商品性客観視しているということです。

表層に現れるアイドル南野陽子が、アイドルとして非常に典型的であるだけに分かりにくいかも知れませんが、南野陽子当人は理性的な、理が勝った女性です。そしてテレビアイドル南野陽子を見つめる南野陽子をも映し出すのです。

商品としての自分自分当人を分けて考える、このことを自分についても他人についても理解できない人がたくさんいます

今年の初めに亡くなった十二代目市川団十郎の父の、十一代目市川団十郎は腰が低い人でしたが、団十郎襲名してからは打って変わって尊大になりました。多くの人は彼当人が尊大になったと見たのですが、そうではなく、彼は団十郎と言う暖簾に対して敬意を要求したのです。歌舞伎役者ならば団十郎に最大の敬意を示すのが筋、悪評がたつことで彼個人には不利益になっても、団十郎の暖簾を守ろうとしたのです。

南野陽子も、尊大だと悪評が立つことが多い人でしたが、南野陽子と言う暖簾を大事にしろスタッフに言ったのだとしたら理解しやすい話です。非常に友人が多い人で、素が出やすい場面では気さくな人ですが、素のキャラクターアイドル南野陽子アイドル南野陽子経営者としての南野乖離があるのだとしたら、それは自分を見つめる目が極端に理性的からです。

 

素材として南野アイドルとして最高のものを持っています美人ではあるけれども、親しみやすキュートな顔立ちで、声も鈴が鳴るように可愛らしい。アイドルとして最高なので、それ以外では大成しにくいという弱点もあります

松田聖子中森明菜歌唱力で、小泉今日子は斬新なパフォーマンスで、薬師丸ひろ子は演技で大成したように、実は彼女ら、スーパーアイドルであっても純粋アイドルとしての性格を維持した期間はそう長くはありません。例えば中森明菜は、デビュー直後は肉感的な身体を水着を着て晒すなど、いかにもアイドル的なことをしていましたが、シングル3作目くらいからもう、歌唱をメインにした、アーティストとしての性格を強めています。『TANGO NOIR』の頃は皇后エリザベートもびっくりするくらいウェストが細くて折れそうなほどですが、デビュー直後はむしろやや太めなくらい、それくらいの方が男子には人気なのですが、性的アイコンとしての価値を斬り捨てて、表現を高めていった、そういう路線に入ったから「単なるアイドル」を越えた時代アイコンになったのです。南野にはそういう「先」はありませんでした。それはアイドルとして完成されていたからです。

何万人にひとりの逸材で、顔と名が知られるや否やあっという間にトップアイドル上り詰めたのは不思議ではありません。不思議なのはこれほどの逸材が長らく飼い殺しにされていたことです。意外とプロフェッショナルスタッフも分かっているようで分かっていない、そう思うことが時々あります南野が「下積み」を強いられたというのにもそういう感想を持ちます

角川三人娘のひとり渡辺典子美人系の女性アイドルとして人気が出るタイプではないのですが、オーディションでは彼女グランプリ原田知世が特別賞でした。むろん、人気も実績も原田知世の方がはるかに上の結果を残しました。

南野陽子大手所属すれば事情は違ったのかも知れませんが、彼女所属したのは、エスワンカンパニーという弱小事務所でした。この会社ピンクレディー楽曲で知られる作曲家都倉俊一氏が立ち上げた芸能プロダクションで、売り込みのノウハウがありませんでした。

堀越学園での彼女同級生本田美奈子岡田有希子高部知子石野陽子らがいましたが、彼女たちが仕事に忙しく早退してゆく中で、南野は焦らざるを得ませんでした。事務所があてにならない中、南野は一人で売り込みを開始し、自分プロフィール名刺作成して、テレビ局出版社を回りました。彼女にとって最初のチャンスになった週刊少年マガジングラビア仕事は、そうやって彼女自分で営業を行って獲得したものです。

このグラビア仕事から、『スケバン刑事Ⅱ』の仕事が決まり、一躍彼女トップアイドルになってゆくのですから、売れるうえで事務所には何の世話にもなっていないと彼女が思ったとしても当然でしょう。

エスワンカンパニー作曲家の個人事務所のようなもので、音楽業界はともかく演技に関しては指導育成のノウハウがありませんでした。器楽的な意味おいて、南野アーティストとして魅力に欠けるため、売出しに熱意が無かったのかも知れません。

横道の話になりますが、エスワンカンパニーには他に太田貴子所属しています彼女アニメ魔法の天使クリィミーマミ』に声優として主演したため(救いようがないくらい下手でした)、オタク層に支持されるアイドルになりました。しかし、自らの支持層であるオタク層を「気持ち悪い」と評したため、急速に勢いを失くします。アイドル親衛隊と言えば、ヤンキーが多かったのですが、80年代後半からオタク層が目立つようになり、以後、アイドルオタクのものになってゆくのです。

太田貴子南野はその端境にいたアイドルです。

女優業についてはエスワンカンパニーではマネージメントが出来なかったので、青年座マネージメント外注する形になりました。この結果、南野エスワンカンパニー青年座に両属するような形になってしまい、急速に売れっ子になると、彼女スケジュールを巡って両事務所が争い、頻繁にダブルブッキングが発生しています

南野スタッフに対して当たりが厳しい、厳しく叱責しているという噂はずっと以前からあったのですが、それを公に最初に示したのは浅香唯です。浅香唯芸能界裏話のような話で、

自分スタッフに大声で怒っていて、テレビ全然印象が違った。芸能界は怖いところだと思った」

みたいなことを言っています。一応名前は伏せてありましたが、誰がどう見ても南野とすぐに分かるように作ってありました。

後に南野週刊文春インタビューにてそれが事実であることを認めています。その理由として、クライアント迷惑をかけるダブルブッキングが頻発していたことを述べています

また、そのインタビューの中で、当初はまともにマネージメントを受けられなかったこと、転機になった仕事自分で営業活動を行ったこと、事務所独立時の確執についても述べています南野陽子独立を契機としてエスワンカンパニー負債を背負って倒産しているのですが、その負債南野が知らないうちに南野名義になっていて、数億円と言うそ負債南野が背負ったそうです。それが事実ならば刑事事件にもなるような話で、裁判に訴えれば南野負債を免れたはずですが、アイドル南野陽子がそんなお金にまつわる醜い振舞をしては、ファンを傷つける、だから裁判には訴えなかったと述べていました。

これは南野陽子側の言い分ですが都倉氏から反論がなされていないため、大枠では事実と考えていいでしょう。

その後数年、テレビから干された、と南野は言っていますが、プロフィール年表を見る限り映画の活動は活発でしたから、余り干されていたという印象はありませんが、90年代特にテレビドラマの影響力が強い時代でしたから、彼女ほどのコンテンツテレビドラマでは活用されていなかったのは事実です。

この時期、南野は状況を打開するために、単身、ハリウッド渡りユニバーサルスタジオの門の脇に立って、プロフィール写真関係者に配っています。誰にも知らせずに自分一人で行ったことですが、もちろんカリフォルニアにも日本人大勢いるわけですから、すぐにあの南野陽子がと噂になりました。とにかくものすごい行動力です。実際、オファーもいくつかあったらしいのですが、ちょうど日本での映画仕事がたてつづけに入ったため、その仕事は友人知人に回したそうです。彼女プロデューサーになっても大成したでしょう。

 

自分を持っている南野ですが、それが如実に表れたのは主演映画『私を抱いてそしてキスして』の完成記者会見での発言です。この映画は当時、日本でも広がりつつあったエイズ、その患者患者に対する偏見を描いた作品で、啓蒙映画的な意味合いがありました。日本でのエイズ患者の大半は実は薬害エイズによって感染していたのですが、当時、厚生省によって患者第一号に認定されマスコミにも登場したのは同性愛者の患者でした。これは、エイズ同性愛者の病気であり、薬害エイズを覆い隠そうとした当時の厚生省の思惑があったと見られています

橋本内閣厚生大臣を務めた菅直人によって薬害エイズ被害が厚生省ぐるみでの怠慢によって引き起こされたと明らかになったのが1995年、この映画はその3年前の制作ですから厚生省がまだ性病としてのエイズに焦点を合わせていた頃の映画です。

この映画ではヒロインが前の恋人によってエイズうつされ、エイズであることにショックを受けるけれども、新しい恋人にはそのことを言えずに性交渉を持ってしまう。その結果、妊娠して出産するけれども、その恋人の愛に包まれながら死んでゆくという内容です。

あり得ないと言うかほとんど犯罪なのはエイズと知りながら他人と性交渉を持つ」ことを「あなたを失いたくなかったの、許して」みたいに処理している点です。この「愛がすべてを癒す」みたいなご都合主義的な展開についてはこの映画社会問題を取り扱っているだけに記者から厳しい批判がなされました。

それに対して南野は、

「私もそう思います映画の内容はご都合主義です」

と言うような内容の発言を行い、映画のコンセプト自体を批判する形になり、同席していた映画プロモーターは狼狽し激怒していました。ことここに至るまでに、内部で南野は批判を口にしていたのでしょう。

 


続き

http://anond.hatelabo.jp/20130912100847

2013-08-21

80年代女性アイドル格付

ブログ開設しました。

http://hanabusatokiichi.hatenablog.com/

あまちゃん」見ていた甥っ子が、キョンキョン薬師丸ひろ子を見て、「この人たち、松田聖子より人気があったの?」と聞いてきた。

そんなゆとりな彼のために、80年代女性アイドルの当時的な感覚での格付けをやってみる。

第1位 松田聖子

代表作品:「青い珊瑚礁」「チェリーブラッサム」「赤いスイートピー」/『野菊の墓』など。

言わずと知れたアイドルの中のアイドル。絶対正義。高度経済成長から、安定成長へ、そしてバブルへと向かう世相の中で、松田聖子が時代を代表出来たのには彼女の生い立ちによるところも大きいと思う。一点の曇りもない地方の中産階級、そんな彼女には貧困も、学園闘争も、無縁だった。60年代加山雄三的なるものから70年代の四畳半フォーク時代を飛ばして直結していると言えるが、加山雄三が曇りが無いように見えても階級社会的な側面や敗戦国国民のてらいのようなものがあるのに対して、松田聖子徹頭徹尾能天気であった。彼女は日本が初めて獲得した、先進国アイドルであった。

第2位 中森明菜

代表作品:「少女A」「DESIRE」「難破船」/『素顔のままで』など。

80年代の曇りのない時代性に松田聖子シンクロしたのに対して、中森明菜は裏シンクロしていたと言えるだろう。彼女の性向が松田聖子的なるものにアンチであったわけではない。彼女自身、松田聖子シングルアルバムはすべて聞き込んでいることを公言しているように、彼女は松田聖子的なるものの渇望者であった。しかし彼女の生育環境が、松田聖子的なるものから遠い場所に彼女を置いてしまった。松田聖子は唯一の兄が普通に私立の進学校を経て早稲田大学を出ているが、中森明菜の家族の中には四年制大学を出た者はいない。松田聖子が家庭の教育方針も含めて「きちんとした家」の出であったのに対して中森明菜はそういう家の出ではなかった。山口百恵母子家庭で育ったゆえに貧しい環境の生い立ちであったが、後に彼女を利用しようとした父親を早い段階で義絶するなど、厳しい倫理観を持っていたのに対し、中森明菜の家庭は「四年制大学に行くのが当たり前の時代にあって、方法を求めれば大学に行けなくもないのに、大学に行くという選択を考慮しない家」であった。60年代、70年代における低学歴80年代における低学歴は意味が違う。中森明菜は貧困ではない、戦争でもない、家庭環境のキャラクターのせいで、80年代メインストリームから取り残された層を代表するアイドルであった。ヤンキー映画「ハインティーンブギ」に主演した近藤真彦に対して見せた彼女の執着も、中森明菜のそうしたキャラクターに由来している。

第3位 小泉今日子

代表作品:「真っ赤な女の子」「ヤマトナデシコ七変化」「なんてたってアイドル」/『生徒諸君!』『あんみつ姫』など。

彼女は「そこそこ」の人だった。演技力もそこそこ、歌唱力もそこそこ、下手ではない。デビュー曲カバー曲であったことからも分かるように、バーニングプロダクションは彼女が聖子に匹敵するようなアイドルになるとは期待していなかった。小泉今日子は結果的にセルフプロデュースで大きくなった人であるルックスは82年組の中でも特に可愛らしかったのだから、トップアイドルになったのは不思議ではなかったが、アイドルたちのひとり、から抜け出してきたのは、松田聖子が日本社会の経済面を担い、中森明菜が社会面を担ったとすれば、文化面を担うと言う決断をある時期に、彼女がなしたからであった。そういう意味では、オタクの愛玩的な性格を強めてゆくその後のアイドルの先駆けをなした人であるが、彼女が直接のターゲットにしたのはニューアカデミニズムであった。それが下世話にならない選択であり、それは社会にまだハイブロウ雰囲気があればこそ可能なのであった。それがバブル崩壊で日本経済が自信不信になり、社会世相が暗くなってから、むしろそれ以後に、ハイブロウライフスタイルを体現する生活アイドルとして彼女が支持された理由だった。

第4位 薬師丸ひろ子

代表作品:「セーラー服と機関銃」「メンテーマ」「woman~Wの悲劇より」/『野生の証明』『翔んだカップル』『ねらわれた学園』『セーラー服と機関銃』など。

薬師丸ひろ子アイドル歌手と言うよりは角川映画の女優であって、立ち位置的には他のアイドルとやや異なるが、彼女にとっては余技であったアイドル歌手としての実績も十分である。系譜的にはアイドル的な先駆者はおらず、むしろNHKの少年ドラマシリーズのようなジュブナイル的なものの延長に彼女はいた。小学生などからの支持は無かっただろうが、中高生の理系的な男性が支持層の中心にいた。2010年テレビドラマ『Q10』では彼女は化学教師を演じているが、教師を演じるなら彼女は理系だろうなと思わせる雰囲気があった。

第5位 中山美穂

代表作品:「生意気」「派手!!!」「You're My Only Shinin' Star」/『毎度お騒がせします』『BE BOP HIGHSCHOOL』『ママはアイドル』など。

中山美穂は路線的にはきつい顔立ちであることもあって当初は「不良少女路線」であり、『毎度お騒がせします』『BE BOP HIGHSCHOOL』もその路線に沿った出演作品だった。11作目のシングル「501/50」あたりからフェミニンな路線に入り、以後、5作連続してオリコン1位を獲得している。デビュー時と路線を変えて大きくブレイクしたというのは小泉今日子もそうだが、中山美穂の場合は、キャラクターまで変えてきたのが大きかった。

第6位 工藤静香

代表作品:「抱いてくれたらいいのに」「黄砂に吹かれて」「慟哭」など。

工藤静香おニャン子出身であり、うしろ髪ひかれ隊でも堅調なセールスを示していたが、ソロになってからは一躍トップアイドルになり、聖子、明菜、小泉今日子がそれぞれアイドルというステージを脱してゆく中で、アイドル四天王のひとりとして遇された。彼女の特徴はCDセールスが非常に高いことで、これは90年代にかかって、いわゆるカラオケブームに伴うCDがやたら売れると言う時代に差し掛かったことにもよる。シンガーの作品として楽曲が評価されていた、ということでもあるが、彼女には映像作品にはこれという代表作は無い。(南野陽子の最高売上シングルは「吐息でネット」で30万枚。工藤静香の最高売上シングルは「慟哭」で94万枚)。

第7位 南野陽子

代表作品:「楽園のDoor」「話しかけたかった」「はいからさんが通る」/『スケバン刑事(第2期)』『はいからさんが通る』『熱っぽいの』など。

勢い的には、第5位につけてもよかったし、個人的にはファンであったので、そうしても良かったのだが諸々を考慮すればこうなるのかなと思う。第6作のシングルから8作連続でオリコン1位を獲得という快挙を成し遂げているが、その記録の割には、記憶に残る楽曲が少ない。実際、彼女の歌は、中山美穂工藤静香と比較して、順位は高くまで行くが落ちるのが早い印象があり、セールス額もそれを裏付けている。中山美穂工藤静香には女性ファンも多かったが南野陽子には稀だった。そのファン層の狭さが素質的には抜群であるのに、ついに頂点を極められなかった理由だろうか。そういう意味ではアイドルらしいアイドルであり、彼女がアイドルの世界を心から愛し、自らを律していたことについては数多くの証言がある。事務所の不手際でふたつの事務所に属することになったため、ダブルブッキング等が頻繁に発生し、マネージャーを厳しく叱責していた姿も知られているが、アイドル的なものに対するプロ根性のあらわれだろう。

第8位 斉藤由貴

代表作品:「卒業」「初戀」「悲しみよこんにちは」/『スケバン刑事(第1期)』『はね駒』『はいすくーる落書』など。

東宝芸能の所属であり、アイドルと言うよりは女優のイメージが強い彼女だが、デビューから継続してシングルチャート上位に入れている。斉藤由貴が世間を騒がせた恋愛事件は二件とも不倫であったので、「魔性の女」とも言われたが、その言葉からほど遠いキャラクターである。やった行為で言えば、確かに二件の不倫の当事者なのだが、「魔性の女」という言葉を用いた人でも、その言葉から連想されるような女性とは彼女は異なることは分かっていただろう。宗教上の理由もあるのかもしれないが、彼女は世間ずれしていなくて、不必要なまでに一生懸命な印象であった。「悲しみよこんにちは」では紅白初出場で紅組キャプテンを務めたが、いつになく「由貴ちゃんのために」と紅組がまとまっていたように、芸能界特有の嫉妬や自己顕示欲とは無縁の人であった。

ブコメがたくさんついていて驚いた。とりあえず甥っ子には好評でした。

9位以下を書いていないのは疲れたからです。

個人的には、9位 菊池桃子、10位 原田知世、11位 柏原芳恵、12位 河合奈保子、あたりじゃないかと思います。浅香唯は実働が短かったので、柏原芳恵あたりと比較するとその下くらいなのかなと。

ちなみに、松田聖子中森明菜南野陽子斉藤由貴についてはファンクラブの会員でした。おニャン子からは14位くらいに河合その子が入るのかなあと思います。

9位以下を書いてみます。

そう言えばグループは書いていませんが、おニャン子クラブは全体としては、小泉今日子の下くらい、もしかしたら中森明菜の下くらい、でも明菜より上には絶対に行かないくらい(それくらい聖子と明菜は別格です。ケタが違います。聖子と明菜以外を全部足してもまだ聖子と明菜には及ばない感じです。聖子と明菜は日本芸能史全体を通しても突出しています)、WINKは実働が80年代末期に偏っているんでどっちかというと90年代の人という印象なんですが、斉藤由貴の下くらいなんじゃないかなと思います。ribbon とかは年代的に対象外です。おニャン子ユニットでは、後ろ髪ひかれ隊が斉藤由貴あたりと同格、そのすぐ下にうしろ指さされ組(高井麻巳子ゆうゆ)あたりが入る感じです。ニャンギラスは…ま、いいですよね。おニャン子ではなかじが好きでした。「じゃあね」は名曲っす。ただ今回はグループは除外と言う方向で。グループで言ったら、あと「わらべ」とかね。

第9位 菊池桃子

代表作品:「卒業」「もう逢えないかもしれない」「SAY YES!」/『パンツの穴』『アイドルを探せ』『君の瞳に恋してる』など。

彼女は東京出身なのだが、個人的にずっと北海道出身と誤解していた時期が長くて、なんでそう誤解してたんだろうと思うと、非常に素朴な、ピュアな感じがしたからだと思う。本当のところは知らないが、おっとりとした上品な感じがする女性で、『パンツの穴』なんていう映画に出ていても、下品な感じにはならない、でもちょっと男の子の側に寄り添ってくれるような、そういう雰囲気を持っていた。普通はそういう女性は女性からは嫌われるんだけれど、良くも悪くもあんまり印象に残らないというか嫌われないのはいいことだけれど、女性から見ても、妹キャラというか、強く女を感じさせる存在ではなかったのかも知れない。独特の、女性というよりは幼女のようなフェミニンな印象からか、彼女のアイドルとしての活動時期には「桃子」と言う名前が新生児の命名の上位を占めることがあった。何というかそういう親から見て良い娘的なそういうポジションに素直に入り込んだ人であった。彼女の代表曲としては、実は「アッイッはこころのーしごとよー」のアイマイミーマインなRA MU時代の楽曲が世間では一番強く印象に残っているのだろうが、それを代表曲に選ぶのはあんまりだと思った。RA MU で迷走した彼女だったが、90年代にはトレンディ女優の一画を占め、アイドル時代よりも大成功した。

第10位 原田知世

代表作品:「時をかける少女」「天国にいちばん近い島」「早春物語」/『時をかける少女』『天国にいちばん近い島』『早春物語』など。

松任谷由実薬師丸ひろ子にも原田知世にも楽曲を提供しているが、彼女が言うには、原田知世は鉛筆で例えるならば2Hで薬師丸ひろ子は2Bらしい。言い得て妙だと思う。原田知世には肉感の無い、サイバーパンクな感じがあるんですね。顔立ちもいわゆるアイドル顔ではなく、と言って和風と言い切れる顔でもなく、どこかメカニックな感じがする。たぶんここまでの人たちの中で一番、初音ミク的なフォルムがある。世俗的ではないんだけれども、宗教的な超越に向かうんじゃなくて、SFっぽい方向に行くような、そういう感じがあって、オタク的な性向のある人たちには熱狂的に支持されていた。サブカルクラスタ的には彼女がたぶん80年代を代表するアイドル。逆に言えばそこを越えては広がっていかない感じ。「時をかける少女」の頃はアイドルが歌が下手と言っても限度があるだろ的な下手さであったが、不思議なもので、シンガーとしてのキャリアは、二大歌姫(聖子と明菜)を除けば彼女が一番長いし、独自の境地を切り開いていると思う。彼女の歌には情感はかけらもないが、それがむしろユニークな歌唱になっている。

第11位 柏原芳恵

代表作品:「ハローグッバイ」「最愛」「あの場所から」「春なのに」/『ピンキーパンチ大逆転』『山河燃ゆ』など。

たぶん美人で言ったら、彼女はアイドルの中でもナンバーワンに美人なのだが、「かわいい」が受けるアイドルとはそもそも路線が違う顔立ちで、彼女のファンだと公言するのはやたら生々しい、女、に直結する印象があった。美人であるがゆえに、80年代の土壌ではトップにはなり難い顔立ちだったのだが、女性をめでる基準がアメリカ的というか、日本よりはむしろアメリカに近いアジア発展途上国アメコミが大人気、的な)では非常に強く支持されているアイドルだった。ただしアイドルとしてデビューして、数年たってから彼女はヒット曲を連発していて、みんな知っている代表曲がわりあい多いアイドルでもある。ただそれも、わりあい歌唱力が高いのと、楽曲の良さが相乗した結果であって、歌手としてのヒットであってアイドルとしてのヒットとは言い難い(歌手としてはそれは名誉なことだが)。ドラマでは早くに本格的なドラマに出演するようになったのは、彼女の素養がむしろそちらにあると考えたからだろう。大河ドラマ山河燃ゆ」では長男・自殺、三男・日本兵として戦って敗戦の傷を負う、三男・米兵としてヨーロッパで戦い失明、という天羽家にあって希望の光のような末の妹を好演していた。90年代以降は2時間ドラマの常連になる。

第12位 河合奈保子

代表作品:「大きな森の小さなお家」「ヤングボーイ」「けんかをやめて」など。

デビュー曲「大きな森の小さなお家」は女体を連想させる歌詞になっているが、ポスト百恵の時代、試行錯誤が行われていたことを示している。彼女は「秀樹の妹」コンテストから出てきたのだが、ロリコンチックな、吾妻ひでお的なオタクアイドル的な扱われ方であった。「ヤングボーイ」の振り付けは彼女の巨乳を強調するもので、あきらかにセックスアイコン的な意味が含められていたのだが、当人がそれに気づいていない風な育ちの良さのようなものがあった。「おかあさんといっしょ」のお姉さん的な素朴さというか。突っ込んでいけば、気づいてないわけねえだろ的な悪態は可能であったが、そこまで抑えて抑えて、加工して加工しなければ、女性に接することが出来ない、いわばそう言う層を彼女はメインターゲットにしていた。彼女の代表曲「けんかをやめて」はそういう路線を変更する、オタク層には逆鱗に触れるようなビッチ女性の態度を優しくオブラートに包んで提出したものだったが、なにぶん、当の河合奈保子キャラクター的に素でお嬢さんであったため、路線変更はうまくいかずいったんそこでフェイドアウトしている。後に、シンガーソングライターとして一時的に復活した。

第13位 浅香唯

代表作品:「C」「虹のDreamer」「セシル」/『スケバン刑事(第3期)』

うちのカミさんカラオケに行ったら、必ず「セシル」で締めるんだが…。浅香唯は『スケバン刑事』でブレイクしたのだが、オリコン1位をとったのは4作品と、アイドル四天王の中では実績が一番小さい。ブレイクが1988年、「ザ・ベストテン」が終わるのが翌年の9月だから、いわゆるアイドル黄金時代の末期に出た人である。その活動期間の短さが、結果的にスーパーアイドルとまではいかなかった理由か。

第14位 荻野目洋子

代表作品:「ダンシングヒーロー」「Dance Beat は夜明けまで」「六本木純情派」/『早春物語』

そうだろうよ。実績から言ったら、彼女は岡田有希子よりものりPよりもアイドルとしては上だろうよ。でも誰も「荻野目洋子の名前がない!」とは言わないんだよね。そういう感じなんですよ。そういう感じのアイドルなんですよ。そもそも彼女は低迷時代が長くて、ユーロビートを歌うようになってから、ダンスミュージック的なジャンルにかかって出てきた人なんで、ルート的には長山洋子とかと同じタイプなのだが、そのわりには顔立ちがアイドルアイドルをしていて、ブレイクしてからどんどんアイドル色を強めていったという、普通は逆にアイドルアーティスト色を強めていくのだが、彼女は逆だったという珍しいパターン

第15位 本田美奈子

代表作品:「Sosotte」「1986年のマリリン」「the Cross ~愛の十字架」/『ミス・サイゴン

シンガーとしては本物の天才であり、そのことはアイドル時代を脱してから、ミュージカルスターとなってから証明されたが、アイドル時代は「アイドルにしては歌が上手い子」程度の扱われ方だった。それは売り出し方が適切ではなかったからではないか。歌が上手いと言っても、情感があるとか、テクニックがあるとかいろんな意味合いがあるが、彼女の場合はフィジカルポテンシャルに負う部分があって、言い方は悪いが「歌う機械」としてはロングトーンの能力はたぶん人類史上最高の能力を持っていた。それを活かす楽曲ではなかった。本田美奈子は元は演歌歌手志望であったように、彼女の適性を活かせる楽曲を探し求め続けた半生であったと言えるかも知れない。なまじ顔立ちが愛らしかったため、小悪魔的なアイドルとして売られたのは彼女にとっては不幸なことだったかも知れない。『ミス・サイゴン』のオーディションではしょせんアイドルくずれと鼻で嗤っていた者たちも彼女の歌を聞いて圧倒されて身動きも出来なかったと言うが、あれほどの才能にして、アイドルと言うパッケージに入れられれば、そのパッケージしか見ない者がどれだけ多いのかということを示している。聖子や明菜についてさえ、「歌が下手」と言ってはばからない不見識の者が多かったが、あれから30年が過ぎて、何もわかっていないのはどちらだったのか、歴史が証明している。時が過ぎるのは悪いことばかりではない。

第16位 岡田有希子

代表作品:「ファーストデイト」「Love Fair」「くちびる Network」/『禁じられたマリコ』

彼女はこれからというところだった。徐々に売り上げを伸ばしていて、8作目のシングルくちびる Network」(事務所の先輩の松田聖子の作詞)でついにオリコン1位を獲得して、ようやくトップアイドルになったばかりだった。ポスト聖子を担う、サンミュージック大黒柱になるはずだった。おそらくアイドルの中では傑出して頭がいい子だっただろう。ノーベル賞受賞者を輩出している、愛知県でも有数の進学名門高校を彼女はアイドルになるために中退している(そして堀越学園に転校)。進学校にいる女子生徒は、もちろん頭もいいのだが、男子の場合は野心のようなものがあるのに対し、むしろ野心の欠如というか、従順性の結果として勉強をしている子も多い。岡田有希子も基本的にはそういうタイプの子で、彼女は望みさえすればキャリアウーマンにもなれるような道を選ぶことが出来たのだが、そちらの路線には価値を見出さずに、小さな女の子の時の夢のままに、アイドルになるという選択をした。ああいうことになって親御さんはどれほど悔んだだろうか。彼女は天然ボケというか、悪意があって周囲が彼女にセクシャルなことを言わせようとすると笑顔でなんにも気づかずに、それを言ってしまうようなところがあった。お笑い系のいじりでは「またー、変なことを言わせようとしてー」みたいなうっふきゃはは的なのりを期待していたのだろうが(そういうのが一番うまいのは松本伊代だった。天性のチーママである)、岡田有希子はうかつにいじれない、危険物っぽいところがあった。その純粋さが、衝撃に直面した時に、他人の何倍もの痛みになって彼女を殴打したのかも知れない。合掌。

というわけで、8の倍数ということでここまで。

15位が抜けていたので、入れました。本田美奈子です。河合その子や、82年組のその他の人たちが入っていないのは、「おニャン子を排する」「ママドルっぽい人たちを排する」とかそういう基準があるわけじゃなくて、評価としてこの下だということです。標題をつけました。

数字は敢えて重視していない

客観的な数字としてはレコード売上があるけれど、参照はしてもそれだけを基準にしていないのは、80年代、活動時期を90年代に延ばしても、それなりの時間幅があるからです。ちなみに筆者は1971年の生まれで、正確に言うならば、松田聖子ファンクラブの会員だったのは筆者の姉です。南野陽子の最初のアルバムレコードで買って、それ以後をCDで買ったという世代です。松田聖子はあれほど売れながらもミリオンは90年代の「あなたに逢いたくて」しか出していません。中森明菜はゼロです。一方、小泉今日子は90年代にミリオン2枚(合計すれば300万枚を越えます)、中山美穂ミリオンを2枚出していますから、シングルセールス的にはひょっとしたらキョンキョン中山美穂は二大歌姫を上回るのですが、時代が違うから同じ基準では較べられません。より客観的な基準でレコードセールスを示している人もいますが、それだとかえって評価が歪められるのです。レコードセールスなどの記録は後からも参照できますが、歴史的な要因を補正して提出できるのは同時代人の見方だけです。これは個人の主観ではありますが、そうであるがためにかえってセールス記録を見るよりも客観的だと思います。

自分としてはアイドル黄金時代の終わり=ザ・ベストテンの終焉だと思っています。ザ・ベストテンは、音楽の趣味が多角化して、バンドブームの時代に対応できなくなったから終わったわけですが、逆に言うと、それ以前は日本人全体がひとつの文化環境を共有していた、そういう最後の時代だったということです。ですから80年代を生きた人なら、特別その人のファンではなくても、ここに上げられている楽曲のほとんどを歌えるはずです。

2013-05-02

芸能事務所人間はなぜ所属タレントに手を出すのか

いずれバレるかもしれないという、一歩間違えれば身の破滅と言うスリリングを味わいたいのか

それとも若い果実を噛み締めたいというシンプルな欲求からか?

それは分からないが、いずれにせよタレントを傷物にすることに何の罪も責任も感じない大人がいるか

子供は腐り続け、芸能界も衰退の一途を辿るんだろうな。

アイドルでいえば、正統派なんて言葉岡田有希子以来久しいといわれてるが、今後も出てくることはないだろう。

タレントを大切にしない芸能事務所が増えすぎたばっかりに、そういう事務所程巨大な権力があってテレビ雑誌でその力を振り回してるんじゃ

出る杭も打たれて然るべきだろうから

2013-02-01

違う、みんな勘違いしている(峯岸の例の件について)

秋元康の狙いはアイドル破壊アイドル冬の時代の再来なんだよ。推測だが。

秋元康AKBビジネス成功しようが失敗しようがどうでもいいはず。おニャン子はじめ数々の成功で、お金は十分に稼いでいるだろうし(ギャンブル借金まみれという噂もありますが)出資は別のところにやらせているんで、失敗しても秋元の懐は痛まない。

こういう人間が再びアイドルビジネスをやる理由、これは名誉欲に他ならない。

こう思った理由があって、一昨年のレコ大高橋みなみあたりが言っていたんだが、秋元自分が取ったことの無いレコ大をどうしても欲しかったそうだ。

まあ成功した人間が、次に名誉を欲しがる、というのはよくあるパターンからね。

じゃあ秋元は何を狙っているのか。秋元は一度「女性芸能界を目指す際にAKB以外の選択肢が無くなるようにしたい」 って発言している。

まりAKBの前にアイドル無し、AKBの後にアイドル無し、って状況を狙っているんじゃないか

売上や規模で言えばAKBの前にアイドル無しの状況に持ってこれた。じゃああとは後から抜かれることの無いよう、アイドルというもの破壊しつくしたいんじゃないか

実際、今回のこの件でAKB系ならずアイドル全体に嫌悪感を持っている人が多く表れている。

あと、今のAKB系のファンはそのあと他のアイドルを好きになる可能性はかなり低い。

なぜなら、AKB系のファンは疑似恋愛の対象として見ているタイプのファンが多いから。

アイドルファンって疑似恋愛の対象として見る人とパフォーマンス純粋に見る人の二つに分かれて、前者は中高生後者はもうちょっと上の世代小学生が多いんだけど、前者のタイプってこれを最後アイドルにする勢いでファンをやるんだよね。

から今好きなグループのファンを辞めるときアイドルファンを辞めるとき後者の様に別のグループに手を出すことはあり得ない。

から、幾人かの人が指摘している通り、AKB系の終わり=アイドルの終わり、となると思う。こうなる確信もある。

なぜなら、かつてのアイドル冬の時代を開いたのは誰なのか、ってことなんだ。

アイドル冬の時代というといろいろ定義があるみたいだけど、1988年1993年のここをアイドル冬の時代定義することにする。

この時代を迎えた要因は大きく3つが指摘されていて

小泉今日子の「なんてったってアイドル」によるアイドルメタアイドル

おニャン子クラブによりほかのアイドルが駆逐された後の解散

岡田有希子自殺

これなんだけど、このうち2つに秋元康はかかわっているわけだ。秋元康アイドルファンという鉱脈の上で焼畑農業をしている。

から再びアイドルを壊される前に秋元康を追い出せ。これしかない。

秋元康はこの前のアイドル冬の時代を迎える3つの要因のうち2つはコントロールできる。おそらく3つ目も狙っている。

まり秋元康の狙いは、追い詰められたメンバー自殺、これなんだよ。

2007-10-03

http://anond.hatelabo.jp/20071003124232

アイドル偶像性をじわじわと奪っていったのは週刊誌の暴露記事だが、一方で「等身大」とよばれる小娘達が大量に出回ったために、アイドル自身が偶像性を捨てることになった。

週刊誌の暴露記事はあまり関係ないと思うよ。

CX秋元康アイドル偶像性を奪ったのだと思うよ。

中森明菜に関しては、10年位前に同じ職場に居た女の子が「自殺未遂ってだけで、偶像性が0になった」と厳しいことを言っていた。が、う○こもお○らもしないはずの彼女が、恋に命を絶とうとした、その一点だけでも、今となっては神話的ですらある。

マッチとの泥沼を見せちゃった時点で偶像性は0だと思うよ。

岡田有希子と言うんだったらわかるけど。

 
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