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はてなキーワード: アドラー心理学とは

2024-07-09

anond:20240709080000

相手問題がどうなっても私は知りませんよ」はアドラー心理学でいうところの課題の分離やろ

こんな初歩的な哲学的概念で揚げ足取ろうとかこの武田砂鉄はアホなんか?たかだか2分しかない枠で

anond:20240709090224

アドラー心理学の「怒りは出し入れ可能感情」というテーゼをご存知だろうか、わりと有名なやつだけど。

いくらぶち切れても突進してくる雄牛に殴りかかるやつはいない。制御不能な怒りの衝動など本当は存在しないのだ。

で、共感とか同情とかも実は怒りと同じなんだよ。脳に直結でナチュラルに喜びや悲しみを感じているのではなく、自分スイッチを入れてそういうリアクションをとっている。

フィクション号泣することもできるし目の前で家族が殺されても無感動にやり過ごすこともできる。

社会的自己というモビルスーツサイコパスが搭乗しているようなもの

そして乗ってる奴が「本当の自分」なのではなく、モビルスーツ含めた総体が「自分なのだ

人間とはそもそも人工的な存在だということ。

2024-07-08

TBSラジオでの石丸さん

https://www.youtube.com/watch?v=PNsgUjnbzHk&t=2675s

石丸さんが悪いというコメントがすごく多かったんですが、私はそうは思いませんでした。

しろマスコミ気持ち悪さを強く感じました。

そもそも選挙前は小池vs蓮舫露出させ他の候補を隠したくせに、負けるとワラワラと寄ってくるマスコミ全体に苛立ってしまう状況です。

その前のインタビューでは「2位になれてうれしかったですか?」のような失礼な煽りも受け、半ばうんざりしていたのではないかと思われます

加えて、下方向の至近距離からブレブレの映像をとられ、印象悪く映る工夫が施されていました。

インタビューは、石丸さんの発言質問が噛み合っていません。

発言自分たちがやれることはやりきりました」 → 質問「手応えがあったとのことですが、どのあたりですか?」

は?という感じです。例えるなら、

発言ごはんを食べました」  → 質問 「美味しかったとのことですが、どのあたりですか?」

は?みたいな。

このあたりのずらし方が大変気持ち悪く、言葉を大切にする人なら引っかかると思います

しろ、このずれに引っかかることを想定して罠をはり、苛立つ人・噛み合わない人という印象を引き出そうとしているかのようです。

そして石丸さんの著書「覚悟論理」を熟読したという人から質問

著書中の、相手問題はどうなっても知りませんよと割り切れるのが自分メンタルの強さ、とはいかがなもの???

ということで、著書をちょっと読んでみました。

読んでみると、自分立場役割相手立場役割と切り離して考え、自分責任をしっかり果たせていれば、自分責任でない結果はクリアに割り切る。

といったものでした。

私はこれを読んで、アドラー心理学の「課題の分離」を想起しました。

個人的には、人間同士が尊厳のある関係を構築するためによい方法だと考えます

私には、マスコミが協力して石丸さんの印象を下げようとしているように見えただけでした。

2024-06-09

anond:20240609102650

あなた見解には一部の真実も含まれいるかもしれませんが、孫子言葉「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず」という教えも踏まえて、異なる視点から物事を見つめることが重要です。つまり自分意見を持つことは大切ですが、他者見解理論にも耳を傾け、その根底や背景を理解する努力必要です。

アドラー心理学に対する批判理解できますが、その中に価値や真理があるかもしれないと考えることで、新たな洞察を得ることができるかもしれません。アドラー理論が万人に完璧適用されるわけではないにしても、その原則の一部には重みがあることもあるでしょう。

言い換えると、「孫子は疑いを持ち、自己と敵を深く理解することの重要性を説いています」という一方で、アドラー心理学一部の人々には助けになることがあるという点を考慮するのが、公正な視点かもしれません。理論を完全に否定するのではなく、どのような状況で効果的に活用できるかを見極めることも大切です。

嫌われる勇気」を評価している奴はマジで三流だと思う。だってアドラー心理学」なんだぜ?

アドラー心理学ダメダメすぎる。

何が駄目って彼らは常に「俺達は正しい。やっぱり正しかった」しか言う気がないから。

たとえば彼らは「ある人がなにかに怒っている時、それは怒りたいから怒っているのだ」と語るが、

それについての検証結果考察がひどすぎる。

勘違いをして吹き上がっていただけだった→日頃のストレスを発散するために理由を探していたか勘違いしたのだ。それを暴いた俺達は凄い。アドラー万歳

・怒っても損するのは分かってたけど我慢できなかった→詭弁に過ぎない。なぜなら人は怒りたくて怒っているのだからアドラー万歳

別にそんなことは考えてなかった→無意識がそうさせたのだ。自分でも気付けない心理を暴き出した俺達は凄い。アドラー万歳

みたいな感じでどんな形からでも「やはり俺達は正しかった!」に変換してしまう。

自分たちの積み上げた理論が間違っていたら修正しようという概念がなく、常に自分たちは正しいので修正必要はないという前提で話を進めていくのだ。

祈祷師が「雨を降らします」と言って雨乞いするのと大差がない。

雨が振る→祈祷が通じたな。金を払え。

雨が振らない→簡単祈祷では対処できない状況。もっと凄い祈祷します。金を払え

絶対自分は間違っていないという前提からスタートし、やはり間違っていなかったをゴールとする人間研究なんて出来るとは思わない。

研究とは仮説→検証考察→仮説のループを繰り返すトライアンドエラー世界であり、天啓のような閃きはあってもその9割は実際には上手くいかないものなのだ

あろうことかアドラー心理学は100%中100%の確立で仮説が正解となるという奇跡未来予知のもとに理論を構築している。

こんな論調で話を進めるのは科学者ではなく詐欺師だけだ。

アドラー心理学を信用しているという時点で、その人間は信用に値しないと言っていい。

2024-06-08

旦那さんと同じタイプかも。力になれれば。

anond:20240606113439

注意

(2024/06/09 追記

本文

旦那さんは躁鬱かも。自分も5~6年前までは旦那さんと同じく短気だった。電車から降りる人より先に乗ろうとする人、傘の先端を後ろに振って歩く人、横断歩道無視する車、政治家汚職不倫ニュースなどを見るたびにイライラして、文句を口にしていた。今思うと、これは躁鬱の症状だったと思う。自分が躁鬱だと自覚改善するきっかけになったものを書いていく。今はイライラと上手く付き合えるようになり、人生が楽しくなった。それから、付き添ってくれた妻には本当に感謝している。あなた旦那さんが自分と重なってしまい、自分もあの時気づけてなかったらと思うと、いてもたってもいられずに書いた。少しでも力になれれば。

※以下で紹介する情報は数年前に触れたので、うろ覚えでテキトーな部分があるかも。あくまで今の自分解釈なので、鵜呑みにせず、旦那さんの心の準備ができたら精神科受診オススメする。

ツレが鬱になりまして

この映画きっかけで鬱だと気づけた。鬱のイメージが変わった。「鬱はぐったりと元気のない精神病。気弱な人がなるもの」と思っていたが、実際は「些細なことにイライラしがちな人がなりやす病気で、イライラと元気のない状態を繰り返すもの(=躁鬱)」だと知った。まさに主人公自分もそういう人間で、共感しすぎて見終わったら泣いてた。特に、妻に辛く当たった後に自己嫌悪に陥るシーンは、自分にとってはあるあるだった。見終わった後、妻に改めて感謝し、改善していきいたいと思えた。ちなみに鬱は 「完治させる」のではなく「改善していく。上手く付き合っていく」 と考えた方がいいみたい。焦って治そうとすると、治らないことにイライラして再び自己嫌悪

嫌われる勇気

この本が改善きっかけ。特に学びになったのが 評価は人の居場所を奪い、感謝は人の居場所を作る」 こと。

評価とは、人間に良し悪しをつける行為愚痴ネットでの誹謗中傷がそうだし、あなた旦那さんや私が、待ちゆく人やテレビに対して言う文句もそう。他人評価することは、相対的自分評価することになる。例えば、電車マナーの悪い人にイライラするのは、その人を悪く評価してる反面、マナーを守ってる自分を良く評価してることになる。評価を繰り返すうちに、理想のみが高かまっていき、自分が追いつけなくなると居場所を失う。居場所を守るために自分に厳しくしてると、許容量を超え、次第に矛先が他人に向き始める。余計に他人イライラする。負のスパイラル。また、意外だが「褒める」ことも評価であり、人の居場所を奪う。「あの人は優秀」とか。優秀な人を見ると自分ダメに思えて悲しくなるのは、勝手自分評価して居場所を無くしてるから。また「お前に褒められても嬉しくねーよ」って感じるのは、自分より下だと思ってる人間に居場所を奪われる不快感だと思う。

感謝は逆に人の居場所を作る。だから、居場所を得たければ、他人感謝をされること(他者貢献)をするといいらしい。本にはここまでしか書いてなかった。それを知ってからは、いろんな場面で親切を心がけるようにした。ただ、だんだん感謝されないとイライラするようになった。そこで気づいたが、自分は「感謝されたい」という気持ちでいっぱいになっていた。逆に、世の中には自分と同じように「感謝されたい」人がたくさんいるんじゃないかとも思った。そして、感謝を伝えることは誰かの居場所を作れるということであり、それ自体他者貢献 になるのでは?と考えた。それ以来、一切の評価を辞め、些細なことにも感謝するよう心がけた。例えば、今日も飯が食えることとか。生きてることとか。他人を褒めそうになったときは、感謝に置き換えた。例えば、活躍するスポーツ選手ニュースを見たら「すごい」じゃなく「頑張ってる姿を見ると、自分も頑張ろうと思えるな。ありがたい」とか。次第に、悪いことより、ありがたいことに目が向くようになり、「自分人生、恵まれてんじゃん」と幸福度が増した。イライラも減った。

また、人間は良いことよりも悪いことに敏感らしいので、気づくと感謝を忘れてイライラが再発した。なので、感謝を習慣付けるため、以下の2つに取り組んだ。

寝る前に夫婦感謝し合う

自分は3つ言うようにしてる。少なくとも1つは言う。些細なことでいい、「洗い物ありがとう」とか。ただ、厳格にルール化するとしんどいので、もちろん忘れちゃう日があってもいい。次第に、寝る前以外も自然感謝が言えるようになる。小っ恥ずかしいけど、互いに居場所を作ることができ、それが夫婦円満に繋がる。

感謝日記をつける

日記といっても毎日しんどいので、誰かに何かしてもらったときだけスマホメモるくらいでいい。メンタルがしんどくなったときに見返すと「そーいや、こんな嬉しいことあったっけ」とマシになる。家族や同僚のミスも「こんだけありがたいことしてもらえてたんだよな」と許せるようになる。あと、この日記は意外な場面でも役立つ。記念日や友人の結婚式、同僚の退職時など、メッセージを考えるのに困らない。

「次また同じことやったらどうするつもりなの?」への返し

自分だったら「二度としません」だけじゃなく、

を言ってほしいかも。そうしないと、何度も「二度としません」を繰り返すことになる。自分と妻がそうだった。旦那さんは、きっと 安心や信頼が欲しい んだと思う。旦那さんに一緒に考えてもらうのもいいと思う。自分も妻と一緒に具体的な再発防止策を考えるようになってから感情的口論が減った。

アンガーマネジメント

アンガーマネジメント超入門 「怒り」が消える心のトレーニング [図解 (特装版)] 

自分も読み途中だが、怒りを抑えるだけではなく、そもそも怒りづらくなる方法や、怒りを上手く伝える方法なども書いてある。ちなみに、自分は今まで以下の考え方で怒りを鎮めてきた。

HSP

「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる  「繊細さん」の本

旦那さんは、ひょっとしたらHSPかも(病気じゃなく性質)。HSPだと細かいことに気づきやすい。いい意味でも悪い意味でも。もし、飲み会など大人数の集まり後にグッタリしたり、光や音に敏感だったり、お腹すくとすごいイライラしたりする場合は、その可能性あるかも。ちなみに自分HSPで、この本を読んだら楽になった。自分の妻は非・繊細さんなのだが、繊細さんと非・繊細さんの上手い付き合い方が載っていて、互いに勉強になった。

不眠対策

もし、体調不良が不眠から来るものだったら、以下が効くかも。


最後

わかってらっしゃるとは思うが、上記を本人に無理矢理、読ませるのは逆効果自分会社アンガマネージメント講座を強制されたときはキレた。本人が知りたいと思ったときに、そっと差し伸べる程度で。ただ、本人に任せてたら状況は変わらないので「評価は居場所を奪い、感謝は居場所を作って、イライラを抑えられるんだって〜」くらいのノリで、 奥さんから日頃の感謝を伝えてみる のがいいのかも。相手は変えられないので。結婚はしたのだから、きっと旦那さんにも素敵なところがたくさんあるはず。楽しかった思い出を振り返ってみて。人生をつまらない文句イライラではなく、楽しいことで満たしたいよね。

しばらくはしんどいと思うけど、峠を超えて、旦那さんがあなたが付き添ってくれたことに感謝してくれる日が来ることを願う。ただ、他人を変えるのは相当大変なことなので、ヤバくなったらあなた自身人生を最優先してくださいね。長文失礼。

2024-01-27

anond:20240127180328

自分自分で亀の歩みでも進めてるんだから(ちゃん卒業して積み上げたものもある)周りと同じ速度で同じことしようと思わなきゃ生きやすくなりそう。

自己確立有用だったアドラー心理学読んでみたら?

2023-12-31

クラスで一番の嫌われ者だった彼が地方公務員になって無双するお話 part.1/7


今はしがないフリマアプリ事務スタッフ(カスタマーサポート)だが、昔は関東にある地方自治体役人をしていた。年末ということで、その頃の思い出を振り返ってみたい。

ちょっと気になる同僚がいたのだ。その人をメインにしてエピソードを書いていく。できるだけ穏便に書かせてもらうが、かなり前のことだしぶっちゃけるかもしれない。

関東地方の比較田舎にある自治体だった。当時の自分は、26才になる年だった。福祉部署……『福祉課』としようか(もう少し洒落名前)。俺はそこにいた。

4月の年度初めだった。同い年の新入職員が配属になった。民間企業に3年勤めて、地元に帰ってきたらしい。

その職員を観たことがあった。何を隠そう、彼と俺は同郷であり、大きい山の上にある公立中学校に通っていた。どちらも地元育ちだ。ただ、当時の彼のことはあまり思い出せなかった。見た目がもっさりしているのは変わらずで、ちょっと日に焼けたかなって感じだった。肥満ではないが、ガリガリというわけでもない。中ほどの体型だ。

自分はというと、専門学校を出て新卒採用後、福祉課に配属されて6年目だった。そろそろ中堅として難しい仕事を~というところにきてた。課のメンバー、という意味ではベテランだ(地方公務員は3,4年で異動が一般的国家公務員場合による)。社会福祉法人指導する仕事の(先輩や上司の)お手伝いをしてたんだが、いよいよ自分が主担当になった。

前年度は、40代主査級の職員がその仕事を担っていた。20代自分に務まるか不安だったが、何とかしてやろうって気概に満ちていた。

ところが……上で話した同郷の職員というやつが、いわゆる問題職員だった。福祉課だから、F君としておく。彼は年度当初から、とにかく先輩や上司に怒られていた。同じ課でも違う業務グループだったから(※課の中に係ではなく業務グループがある制度。係制との違いはよくわからん)、そこまで状況は把握してないが、こんな行動傾向だった。

なお、これを書いている時は、はてな匿名ダイアリーで「Bさん」なる概念流行っていた。Bさんというのは、葬送のフリーレンでいうところの『魔族』である。F君は、その仲間かもしれない。ただ、後で述べるがBさんとは違うような気がする。

ほうれんそうしない

判断がつかないことでも押し進める

・わからないことは質問するが、なんか不自然な感じ

・注意してきた先輩や上司を睨む

感情を顔に出さない。サイコパス

ミスをしても謝らない

会議や打ち合わせでしゃべらない。二言三言はしゃべる

尊大というほどではないが、堂々としている

飲み会に出たがらない

・かと思えば、窓口に来る市民業者には丁寧

具体的なエピは、すまないが出せない――まあ、部分的ならいいか。F君が電話を受けて、必要な事項を先輩の人に共有しておらず、叱責を受けていたのを覚えてる。

「おいF。なんで共有しなかった?」

「今回は、まあいいかと思って」

「お前、どういう感覚仕事してんだ?」

別にフツーです」

普通って何なん?」

「わかりません」

「あ!? もっぺん言ってみろや」

ここで先輩が立ち上がった。F君の椅子の前に行って、「きちんとしゃべれや、おい。もしかして、お前障害とかある? 俺のガイジーカウンターが反応してんだよ。正直に言われても、身障みたいには扱えんけどな」みたいなことを言った。そしたらF君は、「怒っても何も解決しないのではないですか?」と確かに言ってた。で、また先輩が「お前、このままやったら駆除すんぞ!! ゴキブリが……」と怒りの声を発した。

惜しむらくも、この当時は職場でのこういう記録をメモしてなかった。上のやり取りはうろ覚えだ。これ以降は、自分の身を守るためにも一応メモするようになった。

で、厳しいやり取りが続いていたが、誰も止めに入らなかった。単純に面倒くさかったのかもしれないし、関わり合いになりたくなかったのだと思う。ある1人の女性職員が、気持ち悪そうな顔をして席を立って、どこかに行った。おそらくストレスなのだろう。

よくキレることで知られた先輩だった。実をいうと……F君がいる施設グループというのは、問題職員が6人中4人(F君含む)を占めていた。人事課からマークされた職員が配属されやすい。

それらの先輩方は、仕事能力問題なかったが、勤務中にキレたり怒鳴ったり、仕事道具を机の上に叩きつけたり、所得が少ない市民とか、病気障害がある市民侮辱する発言を繰り返していた。

いかげん、上の2人がうるさくてしょうがなかった。先輩はやいのやいの騒いでいるし、F君は不気味なほど冷静にボールを撃ち返している。その内容は覚えてないけど、アドラー心理学の本(岸見一郎が書いた『嫌われる勇気』)みたいだった。「それはあなた課題でしょ。私の課題じゃないでしょ」みたいな。

嫌われる勇気』って、すでに嫌われてる人が自分肯定するために読んでる印象がある。本の表題は『嫌われ続ける勇気』が妥当だろう。

あと、『エッセンシャル思考とか』とか『限りある時間の使い方』みたいな本ってさ、基本は自己中な人が書いて、同じく自己中な人が愛読してる印象がある。合理的なのがそんなに大事なんだろうか。人生には無駄必要なんじゃないか自分らしく生きるのが一番いいって、おかしくね? 自分らしくなくても、社会のために生きることって大事なんじゃないかな。こういう本が流行っていると、古来から伝統的な価値観解体されてるみたいで気分が悪い。

さて――この『先輩』というのはマジでキレやすい。役所内でも札付きだった。思ったことを何でも口に出す。例えば、福祉課の小さい事業で「特定高齢者向け福祉用品を買うと2/3を市が負担~」みたいな制度があった。

そんな制度があるのはいいのだが、たまに悪質な業者がいて……社会経験豊富増田読者なら想像がつくと思うが、例えば小売価格10万円の品を「自治体補助金があるからお得!!」ということで、市民の人(高齢者が多い)に10万円……ではなく、なんと15万円で売るのだ。業者補助金なしの場合と比べて5万円儲かっている。ひどい業者だと20万を超える。要するに、市のお金業者にもっていかれている。

その『先輩』は、ある時そんな事案を見つけて、業者電話してケンカになった。渡り廊下の向こう側まで聞こえるほどの声で、電話口で業者と争っていた。

「お前が(市民から)金を出さそうとしとるんだろうがっ!!」

これを三回くらい叫んでいた。凄まじい勢いだった。相手方の声は聞こえないが、ベイブレード同士がぶつける以上に激しい戦いなのはわかった。

戦いの最後になると、「お前。武蔵野市会社だったな。都庁武蔵野市情報共有しとくからな。覚悟しとけよ、ボー―――――ケッ!!」と叫んだ。そして、ひと呼吸おいた後で、「……お前はもう申請しちゃだめ。申請があっても、受付せずに却下するから市民の○○さんにはこっちから連絡しとくね」と告げて電話は終わった。

その後、先輩は本当に、同じ県内都内地方自治体で、うちと同じ制度をやってるところに注意喚起電話をしていた。

※数年後にわかったのだが、その先輩は後天的精神病だった。若手職員の頃に、反社対応仕事で無理をしすぎて、頭がおかしくなったという話を年配職員から聞いた。現在退職している。

それはさておき、F君と先輩職員のバトルに戻ろう。俺は、あまりにうるさかったので止めに行こうと思った。先輩職員ヒートアップしていて、口汚い言葉すら発していた。増田では書けないほどの。「お前みたいなゴミゴミ処理場で引き取ってもらえや」くらいのことは言ってた。

「うるさいぞ、黙れ!」

ようやく止めに入ったのは、F君がいる部署グループリーダー、係制でいうところの係長だった。民間企業でいうと課長くらいか普段はマジメで寡黙な人だが、怒るとコワい。例えば、福祉課にいる若い女の子目当てで、弱者男性職員とか、チャラい見た目の職員とか、おじさん職員とかが話しかけにくることがあるんだが、そのグループリーダーが「お前、職場になにしに来とるんだ。キモイんじゃ帰れ!」と一喝すると、みな一目散に逃げていく。

ハラスメントですよ」とそんな人達の一部が言い返すと、「じゃあ、人事に行けや人事に。なあ、お前がキモイことしてたの、お前の上司に共有するからな。それでいいな?」と睨み返すのだ。

でも、基本は頼りになる上司だった。普段事務仕事でも、打合せや会議でも、公式行事イベントでもマジで頼りになるグループリーダーだった。

先輩職員は、そのグループリーダーから一喝されると押し黙った。F君に向かって「ボケ!!」と叫んでトイレに向かった。F君の顔を見ると、いつものぶっちょう面だった。よく言えばクールで、悪く言うと人間味がない。この時になって、F君の中学校時代を思い出したんだっけ。

当時もこんな感じだった。スポーツは◎で、勉強も○で、家柄も○なのだが、いかんせん、こいつ本当に人間か? というくらい協調性がない。言いたいことをストレートに言い過ぎるのだ……。それでいてわがまま

先生もよく怒らせていた。もちろん生徒だってそうだ。彼はクラス中に嫌われていた。キャライメージで言うと、ひろゆきがもうちょっと謙虚になった感じのキャラクターだった。プチひろゆきだった。

しかし、本人自体は何かに本気で取り組んでいる。実際、F君は剣道が強かった。関東大会まで勝ち抜いていた。市役所内で後に聞いたところだと、大学剣道部ではインカレに出場したらしい。

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(Tips) 問題職員一般的な扱い

官公庁税金追い出し部屋を作るのは実務上難しい。よって、いろんな部署にある程度の人数の問題職員を押し込めてバランスを取っている。現場に行くタイプ部署や、窓口対応をする部署に多い。優秀な職員は、企画政策室とか財政課とか人事課とか監査室とか議会事務局に行く。一般向けの窓口部署に配属されるのは稀だ。え……心当たりがある?

当時の福祉課は、『陸の孤島』に準ずる部署だった。陸の孤島というのは公務員業界俗称で、いわゆる水道局とか教育委員会とか支所機関とか、こぢんまりとした事務所がポツンとあるタイプ職場だ。福祉課は、内部に福祉事務所を抱えてるから本庁舎の中にあるが長い廊下で隔てられている。怒号もあまり市民には聞こえない。いや、福祉課に来客中の人には当然聞こえてしまうが、そこは愛嬌だ。

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F君は……今思えば、そこまで悪くなかった。あの当時は悪い奴だと思っていたが。実際、勤務態度は悪かったよ。ほうれんそうしないし、自分判断とか解釈を押し通すスタイルだし、上司上司とも思ってないし、仲間を仲間とも思ってない節すらあった。でも、彼なりに仕事にマジメに取り組んでるのはわかったし、広告代理店で働いてただけあって、公務員側の人間感性が違うのはしょうがなかった。

ただ、やっぱり協調性はなかったな。人間味もなかった。あれは、なんというんだろう。発達障害とは違う気がする。というのも、職場ヤバい(※業務グループピンチの意)となった時だと、ほかの職員以上にリーダーシップを発揮したり、イベント参加者を取りまとめたり、困難な事態を打破するような企画を考えたりしていた。その意味では、ちょっと前に増田流行ったBさんとは違う存在だと思う。仕事ができるBさんだ。人格や人柄は悪いけど。

シロクマ先生ブログを読んでる限りだと、人格パーソナリティ障害みたいな扱いになるのだろうか。

(当時のF君の印象)

オフィスソフトの腕に覚えアリ。VBAAccessちょっとはイケる。

・筆が立つ。公文書が読みやすい。

・窓口のお客さんと難しい局面になっても諦めない。

・彼をよく思わない職員はいたが、市民取引業者とはトラブルを起こさない。

この時点のF君は、1年目でまだ実力がなかった。別の問題職員からロジハラみたいなのを受けることもあった。とある女性職員(30代半ば。未婚。以下♀とする)がいたのだが、これがまた辛辣だった。

公務員というのは、『様式の中に生きる動物』といっていい。F君の発した伺文書(民間でいう稟議書)を事細かに見て、ミスがあった時はF君を詰っていた。あとは、やっぱり意思決定か。F君の担当業務は、新人らしい、基本的かつ奥深い仕事だった。ジャンルでいうと設備管理とか財産管理だった。その関係で、F君の行動や意見に甘いものがあると、その♀職員が詰ったり、怒ったりするわけだ。

これらはメモに取っている。全部♀の発言にしてるけど、F君は相手にしてなかった。ポツリとは発言してたが、聞き取れなかった。方言は一応そのままにしている。

♀「どうして○○ができひんの?」

♀「それはなぜ?」※何度も繰り返し「なぜ」と訊く

♀「お前、今なにしてた?」

♀「あんた、保育園児みたいやな」

 ※F君が相手にしないとこう言うことが多い

♀「お前に指導して、金がもらえるんか! おい、私に金払え」

♀「日本語しゃべれや、日本語。○○○症でも話せるで!!」

♀「お前の私に対するハラスメント女性部で問題にしよか? いい?」

 ※労働組合女性部。よからぬことをする職員がいると、組合新聞さらし者にする。ひどい時だと本人の写真付きで紙面を配布する。

♀「おい、今お前の仲間が来はったで。一緒に帰らんでええの?」

 ※精神障害者が窓口から帰った後。

話を聞いてる途中、俺はずっとイライラしてた。繰り返すが、この人は女性だ。増田読者の溜飲を下げるために言わせてもらうと、この人には約二年後に罰が下った。後述。

繰り返すが、この福祉課は陸の孤島に準ずる存在だった。やりたい放題する職員が昔から一定数いたらしい。例えば、市内の製造メーカー市役所に対して、専門機器や専門器具卸売価格で売ってくれる制度があった。それを悪用して、自分が購入した後にヤフオクメルカリ転売する人がいたり……あとは、行事イベントで大量に余った弁当お茶コーラアクエリアスを、箱単位で家に持って帰る人もいた。

自分が知ってる年配の男性職員にも、そういうことをしてる人がいた。でも、やっぱり天は見てるんだろうな。その人は、飲み会の帰りに酔っぱらって、どっかの店で万引きして捕まってた。で、その年度末に当市から消えることになった。

ところで、変な職員のことばかり書いてきたけど、もちろん大多数は普通職員だ。人柄がキチンとしてる。あなた過去に、市役所とかで接客を受けたことがあるような。そんな普通の人たちだ。これだけははっきり言わせてほしい。

序章の締めになるが、増田読者の皆様も、どうか悪いことはしないでほしい。世の中はうまくできている。天は見ている。ぜんぶ自分に跳ね返ってくるのだ。

ここから先は、F君と俺を中心に、記憶に残っているエピソードを述べていく。すまないが、全部で二万字以上はある。まさかこんな文章量になるとは思ってもみなかった。

次 https://anond.hatelabo.jp/20231231221401

2023-02-25

心を病んだのでアドラー心理学実践した

他人評価他人課題から気にするな」と書いてあったので、ここ5年くらい他人評価を全く気にせず生活してきた。人事評価出世他人評価から気にしない。さすがに減給は困るが、他人責任を負いたくないので「自分管理も覚束ないのに他人管理なんかできません。役職に就きたいとも思いません」とはっきり言った。

そうして心の平穏を得て暮らしていたのだが、よほど目に余ったのか社長から評価他人が決めるものから他人の目も気にしろ。他の社員モチベーションを下げる」というようなことを言われてしまった。

そりゃそうだなぁ、他人から見たら目障りで仕方ないよなぁ、と思いつつ、でもそんなの気にしたらまた病んでしまうからまり気にしないことにする。他人モチベーションより自分精神状態の方が大事

2023-02-17

anond:20230217222852

今回はアドラー心理学からはじまってるんだよね

それ以外にもインナーチャイルドとかアダルトチルドレンとかその類は「科学的であろうとする心理学」とはやや性格が違う

まあインナーチャイルドちゃんとした治療法に吸収されていってる感じはするんだけどね

認知行動療法の子供のモードとか

アドラー心理学勉強してると言ったら縁を切られた

理系の友だちに、「最近アドラー心理学勉強してる。すごく良い」と何かのついでに話したら、距離を置かれるようになり最終的に縁を切られた。

え、なんで?と思ってたけど、アドラー心理学って「自己啓発の源流」とか言われてて、一部の人から新興宗教カルト宗教なみに嫌われているらしいとわかった。

勉強してる身としてはそんなに悪いものとは思えないんだけど、理系的な視座から見るとやっぱりアレな感じなものですか?

anond:20230216204503

とりあえず絶対無理学校行かせるな、後々の自殺率が上がる

カウンセラーピンキリから子供が辛いなら無理に通わせるな

外面気にするような親はどうせ人に相談しても機能するのが難しいし

こんな増田であれこれ言っても受け取るかわからいか専門家の本を読め

松本俊彦とか斎藤環とか杉山登志朗とか白川美也子が作者としておすすめ

間違っても陰謀論宗教道徳アドラー心理学みたいな自己啓発で学んだ気になるな

あと発達障害フラッシュバックタイムスリップ現象があまり周知されてないから知っていて欲しい

ここから蛇足だし子供のせいにばかりするのスケープゴートっぽくて可哀相だから聞くけど

親族精神障害っぽい奴いる?私は母方が精神障害家系

親族精神障害宗教に入ってるかどうかは気にした方がいい

宗教2世でも宗教思想宗教の物だと思わず押し付けから言論支離滅裂になる

そういう情報はないけど自分の親が変とかなるべく関わりたくないとか

自分は気にしてないけど兄弟行方不明とか親を避けてるなら警戒した方がいい

それと病院行くって本当にちゃんと言った?

私の親は「お前は頭がおかしいか病院連れてく」みたいな脅しだったから断ったけど

お前が悪いみたいな感じで詰められると行こうってなかなかならない

絶対否定しないし守るって約束をして安全場所に行って病院に閉じ込めたりしないとか

安全保障して断る余裕も入れてあげないと絶対に動かない

2023-02-13

anond:20230210201659

小難しいことでイライラしてないでアドラー心理学でも学んだらいいよ。よく知らんけど。

2022-12-19

ヴィーガンがやるべきは「動物肉よりずっと美味しい人工肉の開発」なんじゃないの?

そしたら散々言っても聞かない人達だって「え?今更になって牛をわざわざ殺して食うとか意味不明なんだけど?」となるでしょ。

なんでそれをしないのか考えると答えは明白なんですよね。

僕はこう見えてアドラー心理学の先行なんですが、アドラーならこう言いますよ。

「彼らは動物を守りたくて人に説法をしているのではない。人に説法をしたいから、その引き合いに動物を利用しているだけだ」

ってね。

もし本当に本物より美味しい肉が誕生したら今ヴィーガンやってる人は手のひらを返して「こんなもの自然に反する。こんなものを食べる人間おかしい人だ。人間自然にあるがままの肉を食べるべきだ」と180度主張を変えるんじゃないかな?

2022-10-28

書き込んだ増田コメントブクマいいねの数気にしちゃうの敗北なんだろうな

アドラー心理学的に考えると評価他者に委ねている状態

「最強の増田を書き込んだので愚民どもがどう評価しようが俺には関係ない」って考えられないと自己実現には永遠にたどり着かない

2022-08-02

統一教会信者だけど、好き勝手に言わせてもらう。その2。「自分(達)さえよければそれでいい」を避けれれば何でもいい

https://anond.hatelabo.jp/20220730101026

これを書いた元増田だけど、想像以上に反発、偏見は大きく、

正直ここまで悪い意味で有名になってしまった統一教会で皆さんを救うのはなかなか厳しいと思った。

疑われてもしょうがない、李下で冠を正しまくった統一教会も悪いと思ってる。

俺も山上母のように献金しまくって、家族を省みないのは違うと思ってる。

(統一教会内部にも献金を食い物にする、サタン的な人間がいるのかもね。)


現在統一教会コンプライアンスができて、そこまで激しくやってないんだけど、

こうやって過去から糾弾されているのは意味があると真摯にとらえ、

自浄作用というか、行き過ぎた政治との癒着はやめるべきだと思う。

でも宗教信仰自由弾圧したり、韓国と仲悪くなったりするのは、暴走だと思うから

そうはならないように願ってる。



僕としては文鮮明氏を疑ってしまうのはわかるけど、それでも

原理講論は一度、虚心坦懐な心で読んでみて欲しいと思う。

個人的にはあそこに書いてあることは本当だと思ってる。

アマゾンにも売ってるからネタでもなんでもいいから買ってみてほしい。

今の皆さんは観てない映画やばいらしいっていう理由で叩いているようなもの

批判するなら見てからにしてほしい。




で、僕は統一教会信者であるけれど、正直教祖がどうのこうのとか政治うんぬんとかも興味はあるけど、

本当に興味あるのは真理と、愛の世界の探求、自分自身が神のもとに戻ること、神との関係

いかにこの世界のために善行をなしていくかということなんだよね。



神がいて、神が僕らを復帰させようとしてて、

そのツールとして宗教を使っているのであれば、正直ツールは何でもいい。

Webサイトを作るのに、どの言語フレームワークを使うかっていう

話であり、正直今一番作りやす言語フレームワークとか自分にあった言語フレームワークならそれでいいと思ってる。



自分は真理・人間の道というのは球体をしてて、あらゆる哲学宗教がそれぞれ一面を切ってると思うので、

それらを勉強することにより、球体すなわち真理・人間の道がようやく見えてくるものだと考えている。


なので色々勉強してる。

例えば日本近代思想儒教仏教神道アドラー心理学キリスト教イスラム教新興宗教など

(ちなみに実家はお寺)



で、思ったのは

この世界で避けるべき考えは一つで

自分(達)さえよければそれでいい」という考え。


この考えがこの世界に毒を流し、地獄にしてる悪の源泉。

こういう風に考えないで、むしろ自分だけではなく、

他の人のためにも生きていこうというのが大事

これを避けるために宗教哲学存在してると言っても過言ではない。

全員がそう思えたら、この世界マジで天国になる。(まあすぐには絶対ムリだけど)


これを何も言われずにできる人もいるけど、

多くの人はこのような自己中な考えに陥りがちで、それを避けるために

宗教哲学道徳必要になってくる。

今まで勉強した中では統一教会が真理の球体を鮮明にしてくれたし、

僕に啓蒙の光をくれたかオススメしたいけど、このようなご時世なので厳しい。

なので何かしら他の宗教哲学勉強することをオススメしたい。

例えばアドラー心理学嫌われる勇気

真理をいい感じに切ってるけど、宗教臭くなく非常に良い。

ただあそこに書いてあることの真意理解して、実践に移せる人間果たしてどのくらいいるかということではあるが

知らないよりかマシということでオススメしたい。

まさかの本の推薦というオチwwww

アフィ乙とか言われそうなので先に断っておきますアフリエイトタグは貼ってません!!!

https://www.amazon.co.jp/%E5%AB%8C%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%82%8B%E5%8B%87%E6%B0%97-%E5%B2%B8%E8%A6%8B-%E4%B8%80%E9%83%8E-ebook/dp/B00H7RACY8/

2022-06-19

結婚した感想

37歳男。

18から上京して、結婚するまでずっと一人暮らし

35の時マッチングアプリで妻と出会って36で結婚した。子どもももうすぐ産まれる。

感想としては「自我」の意識がどんどん薄まっていく感覚

結婚して家族ができると気持ちに余裕ができるのか意識がどんどん変わっていく。

独身の頃は彼女がいない時期が長くて友達も少なかった為孤独感が強く「自分世界」という意識が強かった気がする。

仕事に生きていた為、自分がどうやってのし上がるか、どうやって成功するかしか考えていなかった。

しかし今は「自分は全体の中の一部」という感覚が強い。妻の親族を含めて付き合う人間が増え、会社人間関係俯瞰から見える余裕ができ、今まで気づかなかった関係性の中のコミュニケーションの厚みを感じる。

組織の中の1人としてどうやったら自分は貢献できるか、という事を考えるようになった。

正直、独身の頃のオレがオレが!という自意識過剰で一匹狼な感覚が恥ずかしい。ハタから見たら空気の読めない痛々しい奴だったに違いない。

仕事で認められていなかったらジョーカーみたいになっててもおかしくない。

アドラー心理学における共同体感覚ってこれだよな。

結婚して家族ができるとカドが取れて丸くなる人が多い理由が分かった。

2022-06-06

カッとなって怪文書投稿

いきなりですが、自分

今の平和主義憲法9条は一刻も早く撤廃して、

軍を保有し、場合によっては核も自衛のために保有するべきだと

考えています

多くの人が平和大事だ、先人が文字通り血を流して勝ち取った平和なんだから

この世界に誇れる平和主義は守り通さなければ、今の生きている人の命を守らなければと言っています

でも自分はそれについては、アドラー心理学で言うところの人生の嘘が多分にふくまれており、

結局皆死にたくないかポジショントークで言ってるだけだと思います

まり死にたくない、未来の人とか知らんとか、そういう情けない考えが本音なのに、

それにもっともらしく上に書いてあるような平和主義いか大事なのかをくくりつけて、嘘をみえなくしてる、

そういうふうに自分は思うのです。

それは自分は正しくなくて、今の生きている人間以上に大事ものがあるんじゃないかと思ってます

それが日本未来であり、威信であり、尊厳です。上の情けない考えには、そういうものを守るという

大義が全く含まれていません、感じられません。

アリとかハチとかって全体で一個の生物なので、こんな感じで老いたアリとかは捨てられるし

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14130977279

ハチだって仕事シフトで変えてるらしいんですが、徐々に仕事危険ものシフトしてるらしいです

(ダーウィンが来る、かなにかでやってました)

進撃の巨人アルミンが死ななくちゃいけないのが仕事なら、しょうがない、死ぬのは嫌だけど、、って言ってたり

ハンターハンター幻影旅団リーダーが、ノブナガ、お前やウボォーは特攻だ、死ぬのも仕事の1つに含まれているって

言ってました。

そういうのを考慮して今の日本を見ると、あー死ぬ覚悟がないか大義がなくて、腑抜けてるんだなって思います

正直プーチンとかは非難されてると思うんですけど、国としては正しいと思います

戦争で死んだり、世界から非難されるかもしれないけど、それよりも国家利益が大儀だからそれを優先したって

ことですよね?それ自体普通だと思います。むしろ国家大義消失してる今の日本のほうがよっぽど異常じゃないっすか?

今の日本人が犠牲になったり、戦争で悲しい思いをするくるかもしれないですけど、

国の威信とか未来とか、そういうものがなくなっては国が消滅してしまうので、

犠牲にするのは致し方ないと思います

9条はおそらく日本敗戦から

立ち上がるのに必要だったけど

成長した今は、寧ろ今後の成長のための足かせになってるのでは?

つの間にか呪い、みたいになってる

なので、撤廃する必要ある

平和大事9条大事戦争は悪ってのは正論だけど

果たしてそんな平和を呼びかけてるだけで

守れるのか?

そんなん今回のロシアウクライナの件でよくわかったでしょ?

って思うんですよね。

Apexで安置の強ポジ取って

何も牽制しなかったら、どうなるか?

そりゃ複数部隊がつぶしに来ますよ?

当然でしょ?ってこと

なぜそれがわからない?

これでもわからないというのであれば

北海道ロシアに攻め込まれたり

本土北朝鮮の核が降り注いで

ようやく気づくんじゃないの?

本当は今の人間の命よりも、大事な守らないといけないもんがあるんじゃないの?ってこと

そこに大義はありますか?ないですよね?じゃあダメですよね?ってこと

いつ始まるのかはわからないけど、おそらく

いつかは日本戦争に巻き込まれ

これはもう間違いない

未来永劫、日本戦争にご縁がないってことはありえない

必要なのは何が本当に大事なのか考えること、魂に問うこと

そして時には自分たちの命を犠牲にしてでも

大義を優先すること

まあガチエゴを追求すると第二次大戦みたいになる

でも平和平和行って、エゴ無視するのも同じくらい悪では?ってこと

全てはバランス

ちゃん自衛して、場合によっては戦争を辞さな

実際に戦争をするっていうのをやりつつも

世界平和を維持する

これが正解ではないでしょうか?

日本帝国主義から、牙の抜けた平和主義に振り切った

極端から極端に振り切っておかしくなった

極端から極端に移動するのって大体悪手。大体間違ってる

すっごいめっちゃ食っててデブの人が

なんか病気だって診断されたから、

痩せよって思って

極端に食べ物抜いてガリガリになってる、、、みたいなのが今の日本

そのダイエット方法って間違ってますよーーーーってやつ

何が本質なのか理解してないから、

そういう悪手を取ってしまうんだと思う

まあそこまで原爆が強烈だったってことかな

なんでちょっと今の日本

戦争成分を入れる

具体的にはまずはサイバー戦争を始めましょう

冷やし中華始めました、のノリでサイバー戦争ガチでやっていきましょう

明治維新ではないけど

ちょっとしたレベル革命が今の日本には必要だと思います

2022-05-22

独我論世界に生きていない人がよくわからない

『私は私だけの世界を生きており、そこに他者存在しない』(世界と生はひとつである、私は私の世界である主体存在しなければまた世界存在しない)が

受け入れられないってなぜなの・・・

 

時間存在しない(複数出来事同士の相互作用世界は物ではなく、実際には出来事の集まりであり、複数出来事関係性を、時間のように感じている)事から

例えばウィトゲンシュタインの下記↓とか『?!』ってならない・・・よね・・?

  1. Die Welt ist alles, was der Fall ist.
    世界とは、起きている事全てのことである。(物ではなく、事実総体であるとする)
  2. Was der Fall ist, die Tatsache, ist das Bestehen von Sachverhalten.
    起きている事、つまり事実とは、幾つかの事態が成り立っていることである。(事態+成立=>事実

 

追記:

  1. 今のところ、ただ単に常識アップデートがなされていない(科学素養問題)で終わりそう

  2. あとは精神的な不安が原因の何かかな。孤独を恐れているようだが無人島ならともかく都市部孤独になるっていうほど容易か?

  3. 例であげたウィトゲンシュタイン『私の心の限界が私の世界限界である。』と言うのは理解ができても、なぜウィトゲンシュタインが、
    『愛されると嬉しい。愛されないと淋しい。愛されなくても、愛することができれば満たされる。愛が欲しくて見つめる。
    少しでも愛が感じられれば、胸が暖かくなる。愛するものがあれば夢中になれる。そういう愛の代わりになるものはこの世に何もない。
    幸福と呼ばれるものの中には必ず愛が含まれている。いや、愛こそが幸福のものなのだ。』
    と口にするのか理解が出来なそう


  4. https://live-the-way.com/great-man/philosopher/ludwig-wittgenstein/
    『きみ自身がきみの世界だ。きみの生き方で、きみの世界はいくらでもよくなっていく。』
    『きみがいいと思ったら、それでいい。誰かから何と言われようと、事実が変わるわけじゃない。』
    『 内心や胸の奥の気持ちといったものがそれほど重要なのだろうか。その人の表情や態度に表れているものよりも、本当に重要だと考えていいのだろうか。』
    『少なからぬ人々は、他人からほめられようと思っている。人から感心されたいと思っている。さらに卑しいことには、偉大な人物だとか、尊敬すべき人間だと見られたがっている。それはちがうのではないか。人々から愛されるように生きるべきではないのだろうか。』
    『人は欲しがっているものを本当に欲しいのではなく、別のものを手に入れたいと渇望している。たとえば、大型犬を欲しがっている人が本当に望んでいるもの自分支配する力だというふうに。』
    信仰が人を幸せにすると言われれてきたことの意味がわかった。神にかしずいて謙虚に生きることによって、もはや人への恐怖感がなくなるからだ。ふだんのわたしたちはそれほど他人を恐れて生きている。』
    『 人として弱いということは、生きていくうえで受けるべき苦しみを自分で受けとろうとしないことだ。 』

    上記ならウケが良さそうな気がする。なのでサルトル(実在主義)やアドラー(実在主義)ならウケそうって思いました。実際売れたしね

    アドラー心理学とサルトル実存主義からみる人生論 | 理学療法士SGMの備忘録
    https://sgmbibouroku.net/archives/752

2022-05-21

anond:20220521004036

レジリエンスとかアドラー心理学とかを学ぶとよさそう。

失敗が極端に許されないような環境に長く身を置いていると、失敗を必要以上に深刻にとらえるのが習い性になるんだろうなと思った。

いや、今日ボヤっと見ていた映画で、40年も刑務所暮らしすると許可を取らないと小便ができなくなるみたいな話をしていて、そういうのなのかなと思った。

2022-04-17

anond:20220416150714

私の問題領域の一部なのでマジレスしておこう。

まず、フェミニズムの言うことはすべて無視していい。昔からフェミニズム女性の権利拡張しか考えておらず、男性のことを一つも考えない。

フェミニズムとは以下のように性差別をなくす運動ということになってるが、近年ではそうなっておらず、実質上無視していい。

フェミニズムとは、性差別をなくし、性差別による不当な扱いや不利益を解消しようとする思想運動のことであるフェミニズムはその歴史から女性権利向上・女性尊重運動だと捉えられがちだが、男性嫌悪や女性だけを支持するものではなく、男女両方の平等権利を訴える運動である

フェミニストいわく、「女性への配慮が足りない」とか、「性犯罪セクハラ助長している」とのこと。

というのはよく分かるが、何度も言うが、フェミニストの言うことはすべて無視していい。何の意味もない。そもそもフェミニズム側に根拠がない。なんせ弱者男性女性差別しているわけではない。萌え絵を燃やすのはアホのしていることだ。

本題に戻ると、周りを見ると、カップルばっかりに見えて、自分がみじめに思えてくると思う。その感覚は、弱者男性な私としてはよく分かる。

街中で男女が手をつないでいいのだろうか?

くそう思う。でも、問題はそこからだ。「なぜ」それを自分は圧迫だと思うのだろう?本人たちは単に恋人同士だから手を繋いでいるに過ぎない。「意図」として、男性貶める要素がないことは明らかだ。それは認めないといけない。

もちろん「圧迫」そのもの弱者男性としては現実的な脅威だ。それはよく、とてもよく分かる。でも、私はピンチはチャンスだと思ってる。つまり圧迫だと思うのならば解消すればいい。でもどう解消するかはとても難しい。

何故難しいか、といえば、その対象女性は、私らのような「弱者男性」が眼中にないことを一つも理解しない。

これがセクハラだとすると恋愛したいのにできない非モテ女性に対してもセクハラとなるはずなのになんで「弱者男性」に限った話にするのかわからん

とか言い出される。「無視」されている弱者男性からすれば意味が分からないことを全く理解されてない。

そして、提示しておいてなんだが、本当の問題はそこじゃない。

そういうことは気にせず「大人」になった方がいい、というのが本題だ。

その意味の「大人」とは何か。私はアドラー心理学の徒だと思ってるので、そこら辺の説明は省くかもしれないのでそのつもりで。

大人」とは年齢の問題ではない。自分価値自分で決めることが出来ることだと思ってる。

正確に言えば、自分で決められるような人生を送るべきだと思ってる。

これだけでも結構難しい。そもそも他人の評判を気にしなくていいなら、本質的には法律さえも意味がない。どんな法律も犯していいことになる。もちろんそんなことはない。ほとんどの人間は周りの評価に振り回されてる。

そのバランスがとても難しい。

しかも、なんで「男性」の俺だけ?と思うだろう。なぜ自分けが抑圧を肯定しなければいけないのか。

上記で書いた通り、ピンチはチャンスだと思ってる。それは自分大人として成長するチャンスだ。それを拒否すれば、成長できず、小さい人として人生を過ごさざる得ない。

そんなのよりは、「大人」になったほうがましだ。

私は全部ではないにせよ、ある程度は貫いたつもりでいる。まあ結構な歳になれば大人にならざる得ないが。

その結果として、たまたま今の奥さん結婚して、幸せ暮らしてる。10年分惚気てもいいが、男性はあまり好まないだろう。

私は「大人」になろうとした結果について満足している。

から、「大人」になった方がいいと言ってる。少なくとも自分ごまかしている気分はない。さほどいいことがあったわけではない。人生はいろいろあったし悪いことが少なかったとは言えない。が、自分さえもごまかすような人生と取り換えなくてよかったと思ってる。

カップルでつるむな」「恋愛はよそでやれ」という規範適用されるべきではないか

他人をどうかするのではなく、自分大人になって、女性幸せにできる人になるべきだと思ってる。

え?相手がいないのに?と思うのかもしれない。では、いきなり相手(女性)が目の前に立った時「俺のことを差別しやがって」とかいいだすのか?

もちろん違うだろう。

その相手結婚相手でなくても、相手がある程度楽しく普通に過ごせるように、考えるのが普通だろう。

見た目だけならなそんなに難しいことじゃない。でも、その「普通」は何より難しい。生涯全てを掛けても難しい。簡単だなどという奴は無視していい。

でもその、ある意味苦しい延長上以外は、大人になるのは難しい。他人責任を擦り付けるは簡単だ。そうしてしまえば、自分は楽かもしれないが、将来の奥さん幸せには出来ない。

まあ今はいないのでそう思わないのかもしれない。でも、女性と全く付き合ったことがない私が結果的結婚するような人が居ることは分かっておいていいと思う。

2022-03-27

美人人生イージー」という命題

まず最初に「美人人生イージー」についての是非を問う日記じゃないです。

オチもない駄文日記だよ。


美人人生イージー」という言葉ってあるよね。

そう感じる人は多々いると思う。

こんな反論もあると思う。

「いやいや、美人だって相応の苦労をしています!」

「僻んでるんじゃないの!?自分物差しで測らないで!」

美女だって見た目だけじゃなくて中身が大事でしょ!」

かにそうだと思う。

しか最近ふと「まなちゃん(仮)」という女性がいたな〜〜なんて思い出した。

なぜ思い出したかというと、最近こんなブログを読んだのが始まり

弱者男性による約5年間の自分磨きの成果をさらす。

https://anond.hatelabo.jp/20220321231143

弱者男性モテるために努力して、結局モテないというブログなんだけど、

性格所得どうこうはさておき、外見でモテない人は恋愛結婚一筋縄じゃいかないよな〜〜、

じゃあ逆にこの人の反対側はどんなんだろう?そういえば「まなちゃん(仮)」って反対に近いかもな?て感じで。



数年前にネットで知り合った「まなちゃん(仮)」は、

日々の情事ブログに載せる裏垢女子インフルエンサー的な女性で、やり取りの中でそのブログを教えてもらったんだけど、

結局その後話題がなくなって自然消滅したけど、暇なときそのブログをちょくちょく読んでた。

今日は城○○似のセフレに会ったとか、今日は初めて5pしたとか、今日は○○とハプニングバーに行ったとか、それはもう酒池肉林の日々。

ブログに載せている彼女写真を見ると確かにモテそうだと思った。(芸能人だとauCMの高杉くんのやつの女優姉妹か?ってくらい似てた。)

ギャルとかより清楚っぽい子の方が実はすごいんだな〜とか思った。

そんな内容8割で、残り2割は「寂しさを埋めるために抱かれてる」とか、「私は幸せになれないしなる気もさらさらない」など内面的な内容で、

まぁ確かにこんだけセックスしまくってると心に闇を抱えてるんだろうなぁなんて思いはしたけど、

なんだかんだいって顔がいいから、理解のある彼氏くんが現れて、今までのことなんて嘘だったかのように人並みの幸せを手に入れるでしょと思った。

寧ろそうなってしまったら、外見は何にも勝るということを理解しないといけないから、そうならないでくれ〜〜とさえ性格の悪い私は思った。



そして数ヶ月が過ぎ、まなちゃんブログ彼氏一色になっていった。もう結末はわかり切っていた。

彼女ブログ結婚報告を最後に、消滅した。


5年間多額を投資して自分を磨いて、ソープ素人童貞の男。

散々イケメンセックスしまくって最後に全てを受け止めてくれる男性出会い結婚する女。

そんな立場の違う二人の人生否が応でも他者との比較について考えさせられるよね。

幸せに生きるには「他者自分比較しない」なんてよく聞くけど、無理じゃね??

だって自己って他者があるから存在するわけで。

突き詰めるとアドラー心理学がどうこう脱線するのでまあいいや。

人の不幸を願う私の性格は終わってるからいいけど、底抜けに性格が良い不細工たちに幸あれ。おしまい

2021-10-31

適応障害と診断されてからの記録④

適応障害と診断されてからの記録①

適応障害と診断されてからの記録②

適応障害と診断されてからの記録③

休職開始〜1ヶ月

気持ちの浮き沈みのある日々が続いている。

今日はすごく元気だなぁ、もう薬もいらないかもなぁと思って活動的にしていると次の日疲れて起き上がれなくなる。朝起きた時に「あぁ、今日はだめな日だな」というのがわかるようになってきてそんな日は無理して起き上がることはせずそのままベッドで横になっている。もう二度と起き上がれないんじゃないか不安が襲ってきてシクシクと泣くこともあった。

かと思いきや朝シャッキリ目が覚め、部屋の掃除ストレッチを済ませて散歩へ出かけ、家に帰ってもまだお昼前だということに気づき無職最高ーーーー!」とバンザイするような日もあった。

ただ、そんな時でも外を歩いていると5秒に1回は「しにたい、生きるの辛い」と頭の中で呟きながら歩いていた。橋の上など高いところに立っているとスーッと吸い寄せられるような感覚があった。電車も怖くてしばらく乗っていなかった。

よせばいいのに会社メールを見て、自分が残した仕事を後輩がつつがなく完了させているのを見て落ち込み、自分なんてやっぱりいないほうがよかったんだとまたシクシク泣いた。この頃には声をあげて泣き叫ぶことは無くなっていたが、暴力的衝動は突発的に現れて、壁を殴ったり、カフェで窓際の席に座っていた時に、目の前のガラスを叩き割りたい衝動に駆られた(流石に行動に移してはない)。

小説ドラマなどは見れるようになったが、ニュースバラエティなど喋っている声がキンキン響くものは相変わらず見れなかった。YouTubeでは焚き火映像などを見ていた。勉強を頑張っている社会人vlogが好きで、いつもそれを見てモチベーションを上げていたのだが、病気になってからは見ると動悸、頭痛がして視聴することができなかった。この人たちはこんなに頑張っているのに自分は…という罪悪感で心がやられてしまったのだと思う。

本屋に行ってうつ関連の本を立ち読みしたりした。以前は本屋時間を潰すのが好きで、自分仕事関連の専門書のコーナーに行きワクワクしながら本を物色していたのだが、この頃はそのコーナーに近づくと頭痛と動悸がし、涙が出そうになっていた。

適応障害についての本を買って読んだが、頭がぼんやりして内容が入ってこなかった。

全然眠れないと思ったらものすごい眠気に襲われる日もあり、風呂も入らずに眠る日も度々あった。

活動できるときはとにかく歩いていた。2駅隣のTSUTAYAまで歩いて漫画を30冊借りて、また歩いて帰るというようなことをしていた。

病院では「元気な時とダメな時がある」と伝えると、「そうやって波を繰り返して徐々に良くなっていきますからね。元気な時に無理しすぎないようにね」と言われた。なんかそのくらいなら自分でも言えそうだな、などと思った。特にカウンセリングなどをされるでもなく、5分くらいの診察の後処方箋をもらって帰るという繰り返しだった。

〜2ヶ月

この頃、友人の結婚式があり久しぶりに大人数のいる場に出かけていった。電車に乗ることもできてほっとした。

長い間会っていなかった友人たちばかりだが、お互いの近況を話したりするのは楽しかった。自分病気のことも話したが、全く平気そうに振る舞った。友人の目にどのように映ったかはわからないがみんな気遣ってくれた。

久しぶりに会えて楽しかったが、やはりひどく疲れてしまい家に帰ってすぐに寝た。翌日も疲れは残っていた。コロナのおかげで二次会とかもなくサクッと終わったのでまだ良かった。

薬の服用量も減った。2種類の薬を服薬していたが、1つは不安になった時だけ飲めばいいとなった。

この頃から少しずつ自炊もするようになり、なかやまきんに君YouTubeで紹介されていた野菜スープなんかを元気な時に作り置きしていた。ただ野菜を切って煮るだけだが、キッチンはぐちゃぐちゃになり、効率的な動きもできなかった。料理ものすごく難しい作業なのだと知った。

転職活動を始めた。休職した瞬間から、もう前の職場には戻らないと決めていたので、とりあえず職務経歴書履歴書を準備し始めた。ただ、そのテンプレートを埋めるのも一苦労で、リモートワークに使っていた机に座るだけで具合が悪くなった。仕事関連の本を見えないところにしまい、机の位置を変えた。できるだけカフェなどの外で作業するようにした。1日に30分~1時間ほどしか作業することができず職務経歴書を完成させるのに二週間ほどかかった。

転職サイトに登録するとありがたいことに色々な会社エージェントから声がかかり、面接の予定がどんどん埋まっていった。

転職活動オンラインでできるので助かった。ただ、1日にいくつもやると流石に疲れるので、午前中に1件やるのみとしていた。転職選考スピード感についていけず、働いている体で「現職の都合が…」とスケジュールをできるだけ引き延ばした。

今思うと、こんなに早く転職活動する必要はなかったが、当時はとにかく不安で、焦りがどうしてもあり、早めに始めてしまっていた。傷病手当金がもらえるギリギリまでのんびり休んでいれば良かったと思う。

仕事を始めた時に備え、資格勉強などを始めた。面接のない日はカフェ参考書を開いて勉強していたが、この頃勉強したことは全く頭に残っていないのでやる必要はないと思う。それよりもゆっくり休んだほうがいい。

この頃は寝られない日が2日続き、翌日はぐっすり眠れるというようなサイクルになっていた。昼寝は相変わらずしていた。

人の多い店などにも行けるようになり、ジムに行くこともできて、回復しているのを感じた。

寝られない日は日中筋トレやHIITトレーニングをして体を疲れさせるようにした。

だんだん見られるものも増えてきて、アドラー心理学の本なども読んでみた。あとはスマホゲームなんかも始めてみた。久しぶりにやるとめちゃくちゃ面白くて、没頭できた。ゲームをしている間は他のことを考えずに済むのが良かった。

〜3ヶ月

ついに内定をもらい、入社条件の交渉になった。正直こんなに早く決まると思っていなかったので、もっと休みたい気持ちがあり、現職の都合で~とか、まだ他社の選考が~とか色々言って提示された入社から1ヶ月延ばそうとしたが受け入れてもらえず、やむなく病気のことを話した。内定取り消しになってもしょうがないと思ったが、意外にもそうはならず(法律上のしばりとかもあるのだろうが)、提示した条件で入社するかを決めて欲しいと言ってもらえた。

とにかく前職を直ちに辞めたかったので、体力的に不安ではあったが(あと、もう少し無職フラフラしていたかった)内定を受けることにした。

病気がひどかったときは早く働かなくてはと焦っていたので、働きたくない、無職でいたいという欲求が出てくるのはむしろ健康になったのかもなぁなどと考えていた。

次の職が決まったので上司退職の連絡をした。先日休職延長の連絡をしたばかりなので少し気まずかったが特に何を言われるでもなく、たった9分の電話退職連絡が完了してしまった。

その後、各種手続き書類が自宅に郵送され、粛々と退職手続きが進められていった。

頭痛睡眠障害もまだ治っていなかったが、医者内定をもらったことを告げると「良かったですね、まあ新しい職場でも無理しすぎないようにね。最初は頑張っちゃいますからね」と言われただけで、復帰なんてまず無理、とは言ってくれなかった。

働きたくない働きたくないとひたすらごねていたが、自分でもわかるくらいに体調は回復していた。朝起きてジョギングをしたりもできるようになっていた。昼寝もしなくても大丈夫な日も増えてきていた。

つづく→適応障害と診断されてからの記録⑤

2021-09-26

小室圭さんを応援している

自分関係のないことでやたらと怒る人がいる。おそらく、実害があるから怒っているのではなくて、常に何かに対してイラついているのが好きなのだろう。私はそう解釈している。

昨今、取り沙汰されている眞子さま小室圭さんのご結婚話題などは、まさにその典型ではないかと思う。

はじめに断っておくと、私はお二人のご結婚にはとくに反対ではないし、お互い好きなら結婚して問題ないと考えている。

からそもそもお二人の結婚断じて反対という人がこの先を読んでも、不快になるだけだろう。

断固反対という方はどうかこのページを閉じて、世の中に溢れているバッシング記事を参照していただきたい。

***

さて、ここからが本題である

私は小室圭さんの生き方が好きだ。間違いなく優秀な方だし、これから活躍してほしいと思っている。

小室さんは少年期にお父様を亡くされている。

まり少年からずっと母子家庭で育ってきた。

人知れず苦労したことも多かったのだろうと思う。

だが、ICU合格してアメリカへの留学も果たし、卒業後はメガバンクに入行した。

相当な努力家でなければ成し遂げられないことだ。

優秀なのは間違いないのだが、よほど努力もされたに違いない。

銀行退職後はパラリーガルとして法律事務所に勤務しながら大学の夜間課程で経営法務を学び、さらアメリカ大学法務博士課程へと進学する。

知っている人にとっては言うまでもないことと思うが、弁護士になるには非常にお金がかかる。

日本弁護士になるには大学法学部卒業後、さら法科大学院へ進学するのが一般的だ。

奨学金を借りて進学する学生も多い。

もし小室さんの借金批判に値するのなら、少なくとも日本では金持ちの家庭に生まれないと弁護士を目指せないことになってしまう。

「親ガチャ」という言葉話題になったが、親ガチャの不運を嘆く層と、小室さんを批判している層はどの程度一致しているのだろうか。

ガチャ賛同しつつ小室さんをバッシングする、などという矛盾した行動を取っていないことを願うばかりだ。

そもそも結婚するにあたって借金があるのはけしからん、という論理が私にはさっぱり分からない。

ギャンブルアルコールへの依存で膨らんだ不毛借金ならともかく、夢を叶えるための学費として借りたお金ではないか

公費借金を返済するのが目的だろう」などと言う人がいるが、正気だろうかと心配になる。

借金を返済するために、皇室女性に接近して結婚する。

そんなことが打算的な策略によって実現できると思うのなら、もはや世の中に思い通りにならないことなど1つもないだろう。

お二人は、お互いに惹かれ合って結婚を決めた。

それだけである

まり牧歌的だろうか。

皇族からといって一般人と完全に切り分けて考える人のほうが、余程きわどい思想の持ち主のように私には思える。

***

私が小室さんについて書きたかったのはこのぐらいだ。

身も蓋もないことを言うと、お二人がご結婚されたとしても、私自身の暮らしに何か影響があるわけではない。

よって、正直なところ私には「なぜそんなに批判する人がいるのかが分からない」のである

どちらかと言えば、これを書いたきっかけは「批判する人たち」の動向を目の当たりにしたことにある。

冒頭にも書いたように、自分とは明らかに関係のない、自分暮らしに何ら影響を及ぼさないことで怒る人がわりといる。

まず、この事実に驚いた。

これは私の個人的な推測でしかないのだが、批判している人の多くは皇室思い入れがあるわけでも、日本古来の伝統を重んじているわけでもない。

おそらく、ごくシンプルに「嫉妬」しているのだろう。

たいていの人は、小室さんほどの能力がない。

ICU合格する学力はなく、メガバンクの熾烈な選考に勝ち残って内定を獲得することもできない。

国際弁護士になる夢を実現するために、メガバンク退職する決断力もない。

法律事務所パラリーガルとして働く能力も、アメリカ大学院に留学する語学力もない。

もちろん皇室女性相思相愛になることも生涯ないだろうし、世間から猛烈にバッシングされても結婚を貫く胆力も持ち合わせていない。

まり批判している人たちの大半は小室さんにかなう要素が何ひとつない。

から罵り、批判するしかない。

いや、見方によっては批判している人たちが優位な部分もある。

たとえば、「自分借金をしていないが、あの男には多額の借金がある」といった発想なら、自分自身が「正しい」側に立てる論拠を獲得できる。

借金はよくないよね」

「相当な借金があるのに皇室女性結婚するなんてあり得ないよね」

「だから批判されても仕方がないよね」

清々しいまでにシンプル思考だ。

もしくは、

小室圭という人は世間から批判されているらしい」

「何か悪いことをしているに違いない」

「それならバッシングしても構わないだろう」

この程度の認識の人もかなり多いと思われる。

批判している人々だって、ほじくり返せば過去に汚点の1つや2つありそうだが、さぞかしご自身は一点の曇りもない清廉潔白聖人君子から小室さんのことを批判し、許せないなどと断じるのだろう。

***

皇室に関わった民間人へのバッシングと聞いて、真っ先に思い浮かんだのは美智子さまのことだ。

皇室に初めて民間人が嫁ぐのと、皇室女性民間男性結婚するのでは状況が異なるが、一部メディアから執拗バッシングされているところは共通している。

美智子さまがご結婚されたのは、私が生まれるずっと前のことだ。

だが、当時一部メディアから激しいバッシングを受けた美智子さま失語症になられたことは知っている。

想像を絶するストレスがかかっていたのは間違いない。

昭和30年代のことである

眞子さま小室さんとの結婚を貫くようだ。

令和時代なのだから皇室女性意思尊重されてもいいのではないか、と私などは思う。

ここでやめておけばよかったのだが、反吐が出るほど嫌いな某ニュースコメントを私はうっかり見てしまった。

この件に関する報道ものすごい数のコメントがついていた。

中には「このバカ女は……」などと、何とも無礼まりない罵詈雑言を書き残している者までいる。

人間とは、自分関係のない出来事にこれほど憤り、自分とは違った世界暮らしている(と思い込んでいる)相手に対して、これほど無礼になれるのかと驚愕したものだ。

公費税金が使われているのだから国民文句を言う権利がある、などともっともらしい持論を展開する者もいた。

一体、この発言者が納めた税金のうち、いくら宮内庁で使われているのだろう。

微々たるものであろうことは、あえて説明するまでもなく明白である

仮に結婚なさったとして、この発言者が納める税金が増えるわけがない。

ちなみに、お二人の結婚がこれほど炎上するに至ったのは、どうやら某週刊誌が発端のようだ。

小室さん自身借金母親金銭問題に関して、週刊誌がほじくり返さなければ明るみに出ることはなかった。

一部メディアバッシングしているのは、美智子さまときと全く同じ構図ではないか

昭和30年から少しも進歩していない。

お二人のご結婚に対して憤慨したり罵ったりしている人は、週刊誌が作り上げた特異な市場で愚弄されていることに気づいたほうがいい。

週刊誌はそのうち別のネタのほうが部数が伸びると見て、新たな「市場」を開拓するのだろう。

そして、間もなく世間はお二人のご結婚にまつわる騒動を忘れ去っていくのだろう。

***

話を戻すと、お二人の結婚について憤っている人の多くは、自身安全地帯にいて、自分とは関わりのない世界のことだから安心して批判している。

注目すべきは、そもそも自分暮らしには何ら関係のないこと」を批判しているので、批判したところで何も変わらないし、自分生活圏には1ミクロンも影響を及ぼさないことだ。

したがって、自分自身が飽きるまで批判し続けることができる。

まるでストレス醸成と解消のエコシステム、あるいは永久機関のようだ。

自分関係のないことで憤り、批判する人は、おそらくこの「永久機関」を求めてやまないのだろう。

から批判しているわけではなく、本気で何かを変えようという気概もない。

「怒り続けたい」という衝動目的化している。

アドラー心理学風に言えば、怒りたいから怒っているのだ。

勝手に憤って批判し、オリジナリティ溢れる罵詈雑言を撒き散らしている有象無象など放っておいて、お二人にはどうか幸せになっていただきたい。

時を経たら、多くの人を魅了するラブストーリーとして回想されるのかもしれない。

私は、小室圭さんを応援している。

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