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はてなキーワード: 助教授とは

2020-09-11

「来る」の妻夫木感情移入してる。

原作者妻夫木に良いやつだと思う人間がいる、ことの驚いていたが、相当まともな人間だとは思う。

少なくともクズだが人間としての格はまともだよなあ。

そもそも専業主婦子供を養って、都内であの生活水準を維持して、マンション買って妻の借金を完済させるあたり、相当能力のあるリーマンなんだよね。あのレベル収入のあるリーマンの勤労時間と強度を考えると、ぶっちゃけた話、家に帰ったら寝るぐらいしかおそらく出来ない。イクメンを気取ってることが悪だと映画では描かれるが、正直なところあのレベルリーマンイクメンまでやったら過労死するよなと思う。

しかも妻が不倫してることまでどうやら察してるんだよね。助教授不倫してるのもおそらく察してる。

最初は最低の旦那だなと思ったが、自分があの環境にいたら仮面イクメンモラハラ旦那として生きる気力もない。

女房子供大事しろ」と霊能者に言われてキレた気持ちがよくわかる。

そんなの無理だよなぁ。原作ではもっと妻よりの世界観らしい。

少なくとも自分結婚したら妻夫木よりもクズであると思う。専業の伴侶を養う余裕もないし、子供食事に行く余裕もない。

あの生活水準キープしている男の努力というのは並大抵ではない。もしも俺があの水準を家族に与えろと言ったら逃げ出すと思う。無理ゲーだよ。

逃げ出したい。

2020-04-18

俺は俺のことを好きな人が好きだ。

俺は俺のことを虐めていた人が嫌いだ。

俺は俺のことを虐めていた人が好きな物が嫌いだ。


俺は俺のことを酔っ払ってぶん殴る親父が好きなプロ野球というものが嫌いだ。

俺は俺のことを暴力振るってカツアゲしてきたヤンキーどもが嫌いだ。

俺は俺のことをアカハラで鬱にさせた助教授が嫌いだ。

俺は俺のことをパワハラで虐めてカツアゲもしてきたドクターの先輩が嫌いだ。


俺は俺が嫌いな奴らが酷い目に遭うのがとても好きだ。

あいつらウェイ勢が新型コロナで外に出かけられなくて鬱になっていると思うととてもスッキリするし清々しいんだ。


人間が小さいと言われようがこれが俺の素直な気持ちだ。

俺は俺のことを虐めていた人が嫌いだ。

2020-03-28

成熟時代になれば「実存的虚無感」を感じることは必然です。成長時代のように、消費や所有に幸せを感じられなくなっていますし、生きることに困っている人がいません。生きることに精一杯で、明日死ぬかもしれないのであれば、私達は悠長に生きている意味など考えていられないでしょう。成熟時代を生きる私達は、生死を脅かされる不安がないから悠長に実存的虚無感に悩むことができるのです。実存的虚無感とは、「ここに実体はあるが、中身を伴わない」ことを言います。例えば、平和を望んで戦っていた兵士が、いざ平和世界を手に入れると、戦いしか知らなかったがために、実存的虚無感に襲われるなどが当てはまります

「実存的虚無感――成熟時代とは」より

 ある極限の状態、生死の切迫した事態、そういうもの自分たちが囲まれたとしたら、虚飾や体面をすべてとりはらうことができ、そのときはじめて、ぼくたちのなかから純粋なぼくたち」が現れ、なんの衒いも、けれんもない「純粋意思の疎通」ができるはずだ――ぼくらがそんな妄想にとらわれることはなかっただろうか?

 一再ならずそう妄想したことのあるぼくは、柴門のこの描写をみて、それが普遍的観念だと知った。

 ぼくらは、現実現実とは思われないような希薄リアリティのなかで、コミュニケーション不全の重圧に耐えて生きている。「有事」にかこつけて、純粋自分を出して、純粋コミュニケーションをするという「解放」を心の奥底から待ち望んでいるのだ。

 だが、だがな。

 やっぱりいっとくけど、現実で求められるのは散文的な努力なんだ。

 恐怖の正体を理性の目でみきわめること、〈私〉と〈世界〉を論理歴史によってつなげること、そうやってはじめて、おれたちは離人症的な朦朧から解放されるんだ。リアリティももてるんだ。

 虚構にこういうことをいうのは野暮のきわみだが、これは「解決」ではありえない。

「高橋しん『最終兵器彼女』」より

これを宗教的分類へ当てはめれば、「内在系」タイプは“幸せになりたい!”的な「利益祈祷型」の宗教(宮台氏の言葉では「行為宗教」)に惹かれ、「超越系」タイプは“ここはどこ?私は誰?”的な「意味追求型」(「体験宗教」)に惹かれます

戦後日本社会は高度成長で都市化が進行し、そのなかで「利益祈祷的」な(全体性の)「埋め合わせ」が求められましたが、ある程度豊かさが実現して郊外化が進むと「意味追求的」な(全体性の)「埋め合わせ」が求められるようになります。(全体性についての詳しい説明は省略します。)

家族地域の豊かになると信じられるから都市化郊外化が肯定されるのですが、日本場合良し悪しを判断する基準西洋キリスト教的な「個人」ではなく、「生活世界」に所属している「我われ意識」です。したがって「ここではないどこか」(世界)を希求せず「ここ」(社会)を安定して志向できるには「生活世界」への共属意識必要だと宮台氏は考えました。

「都立大助教授・宮台真司氏が言っている「サンス(意味)よりアンタンシテ(強度)を!」という言葉の意味、原典を紹介しているサイトか、宮台氏の著書を教えてください。」より

2020-02-18

anond:20200217193820

俺が子供の頃、1969年だったと思うが、友達の家に遊びに行ったら、やはり近所の人たちと電話の貸し借りだか回線の共有だかをしていたよ。判事の家だったし、近所も裁判所法務局官舎だったと思うのだが、それでもまだそんな状況だった。

当時、我が家でも近所でも各家に電話があったのは、ニュータウンだったからかも知れない。それでも、そのニュータウン引っ越して来る前の家に電話が引けたのは1960年代の後半になってからだった。大学助教授の家でもそんなものだった。

2019-12-29

anond:20191229225501

Michael Wesch 助教授制作した

"The Machine is Us/ing Us" の世界観とは全くかけ離れた、ゴミ空間になってしまったね

2019-11-25

東大最年少の准教授って言うけどさ

法学部の故藤木英雄教授24歳で助教授になってるんだよな。やべーな

今生きている人でも、樋口亮介というとんでもなく頭のいい人が26歳で助教授になってるんだよな

准教授助教授は違う、という言葉遊びをするにしても、樋口教授(去年教授になった)は28歳で制度変更に伴い准教授になってるんだよな

そうすると最年少ってなんなん、ということになるけど、もしかして「現時点で最年少」って意味なのか?

それにしても探せばいそうなもんだが

2019-09-29

anond:20190929102710

しか予算の確保も仕事なのだという意識が持てないのは子どもだなーとは思う

研究室教授とか予算の確保に奔走して実際の学生指導助教授とか講師とか助教とかだったりすることもある。

学部学生が「教授は何もしていないんだから共著者として論文名前を載せないでよい」と言い出して、指導していた先生から窘められるというのはよく見る光景だね。

2019-09-14

 一方、「消毒は必要ない」と明言する研究者もいる。鹿児島大の吉留厚子教授助産学)は、熱に強いとされる細菌を哺乳瓶につけ、熱湯や電子レンジで加熱したり、食器用洗剤で洗ったりする実験をした。その結果、洗剤で洗い流すだけでも細菌を取り除くことができたという。

 助産師として母親たちと接した経験もある吉留教授電話での取材にこう話した。「03年の論文ですが今も見解は変わりません。消毒に振り回されて疲れてしまうお母さんたちがたくさんいます無意味な消毒はやめていいと伝えてください」

米国では「消毒不要」の考えが広がっている。米国小児科学会広報担当ノースウェスタン大学臨床助教授のアンドリュー・バーンスタイン医師インターネット電話取材に応じた。

 「温かい水と洗剤で洗って、自然乾燥させれば十分。昔と違って安全水道水が手に入る先進国特別な消毒は必要ありません」


いい加減ミルトンかい無意味商品売ってる企業ステマに引っかかるのはやめなさいw

2019-08-17

anond:20190817071950

昔は優秀な大学院生大学事務女性結婚したものだ。

その後、助手大学事務結婚するようになり、

助教授となり、今では教授にならないと結婚できない。

 

まあ、有名私立大学とかは結婚するかしないかに関わらず、女子学生相手にするようだが。

2019-07-20

anond:20190720234316

レミじゃねーよw

http://www.rikkyo.ne.jp/univ/araki/naraki/shirase/essay/sengo/sengo21.htm

1968年4月に東京大学大学院入学して先ず困ったことは、履修科目届に指導教官許可印をもらって来るようにと、大学院教務掛から迫られたこである東京大学法学部刑事法のスタッフは当時、団藤重光教授平野龍一教授・藤木英雄教授の三人と、上智大学教授から駒場教養学部移籍していた松尾浩也助教授であった。

公務員試験刑法分野で頻出する有名な理論提唱者に、団藤さんと平野さんという人がいるんだけど、二人とも昭和東大法学部所属していて、法学界のスターだったんだ。

字下げ増田さんもたまに団藤がどうとか言っている。

2019-06-15

anond:20190614214214

こうやって人を中傷して自分がどれだけ優秀な人物自己宣伝する人がいらっしゃる

研究が苦手で教育に喜びを見出してる助教授も多くいたのに認識がずれてるんだよね

そういう方向に行ってるのは研究から逃げたいやつが多いからそうなってんだよ

2019-06-11

大綱化を巡る歴史修正主義

河野太郎氏の私が一橋大学の教員を辞めた理由〜国立大に翻弄された苦しい日々

を読んだ。最後の方に次の一節がある。

これが分断統治であるということの意味は、「教養対専門」の対立は、「大学改革」を押し進めるための人為的対立だ、ということである

これは事実に反すると思う。「教養対専門」の対立は「大学改革」を押し進めるための人為的ものではなく、新制大学発足当初からある構造的なものである。そして、大学設置基準の大綱化を奇貨として大学側が旧教養部を解体したことで、むしろその対立が緩和されたと考えられる。

例えば、平成10年の大学審議会議事録に以下の認識が残されている。

大学審議会大学院部会(第102回)議事要旨

△ 教養部再編の時に各大学積極的になったのは、教官グループ内の差別がなくなるということがインセンティブになったから。これから大学専任学部専任という仕分けができてくるとすると、教養部の時に一度解決しているのに新たな差別を持ち込むこととなり、非常に強い抵抗があると思う。

また、旧教養部の成立から解体までを詳しく分析した第3章 教養部の形成と解体 一教員の配属の視点から 吉田文は、大綱化の背景を以下のように要約している。

P.61

一般教育に関わる規定大学設置基準から消えた背後には、一般教育のものに対する大学内外から批判不要論よりもむしろ一般教育のみを担当する教員やその所属組織存在に対する大学教員自身卑下格差解消の願望の歴史があったといってよいだろう。

もちろん河野氏も「とはいえ、大綱化によって、それまで存在しなかった教養対専門の分断・対立が生まれたという話ではない。その対立はずっとあった」と述べてはいるが、ではその対立とは一体どんなものだったのか。

吉田氏の論文から引用しよう。

P.65

民主化旗手のようにいわれて新制大学に導入された一般教育であるが、専門教育しか行ってこなかったうえに、新制度下の組織編成も専門教育を行う学部が中心であった旧制度下の大学には、一般教育根付く場がなかったのだといってよい。新制のもとでの教育スタートしてわずか数年のうちに一般教育の座りごこちの悪さは、どのようなタイプ大学にとっても問題となって、それぞれの方式解決策を見出そうとした。

で、一般教育の座りごこちの悪さはどのようなものだったかというと、

P.66

こうした(引用者注:教養部を法制化して学部格差を埋める)要望が出されるに至った背景には、教養部が劣悪な教育環境条件におかれていたことがある。名古屋大学場合では「学部だと・・・文科系教授三十二万五千円、助教授が十七万円。・・・理科系になると教授二十三万円、」助教授でさえ七十五万円になる。それが、教養部となると、教授でも文科系十三万五千円、理科系四十四万七千円。とても学部助教授諸君の足元にもよれない。」(名古屋大学、1989、p. 250)といった状況が記されている。こうした物質的な条件格差に加えて、「ごく最近のことだ。全学教授が顔をそろえた席上で『大学ではねぇー、こんな風にやっとるんだが、教養のはどうだね』と、・・・教養部の教授たちは、さぞくちびるをかみしめたことだろう」(名古屋大学、1989, p. 251)というような、条件格差身分格差とみなすような日常教員間には醸成されていたようだ。

このように、大綱化のはるかから深刻な「教養対専門」の格差対立存在したのである上記名古屋大のエピソードは1950年代後半から60年代初頭の間のものと思われるが、そのエピソードをわざわざ1989年発行の大学史に載せるぐらいだから、大綱化直前の大学内の空気推して知るべきだろう。そして、大綱化によってカリキュラム編成の裁量拡大が大学側に与えられ、このような格差是正するために旧教養部を解体することを大学教員側が決断したのである

ツイッター上には大学設置基準の大綱化によって旧文部省大学教養教育破壊した、という言説が蔓延っている。しかし、教養教育破壊したのは1990年代の当の大学教員である。「教養対専門」対立に関する河野氏の主張も含めて、これらは大綱化を巡る歴史修正主義ではないか

2019-05-28

anond:20190528174639

アメリカではそう読むと『ざべ』か何かの記事で読んだけど、その後アメリカ人の若い助教授に(日本で)聞いたらスカジーと言ってたよ。

1991年1993年頃の話。

2019-03-18

友達アメリカで着実にキャリア積んでる話

女性研究職やってる子なんだけど、

日本にいて頑張っても全然実績にならないからって

2年くらい前にアメリカに行ってしまったんだよね。

去年、家も買ったって言ってたし

その前にアメリカ大学助教授になったよって

連絡もらってうまくいってるんだなーって喜んだ。

日本金もさない、時間も与えない、なんにも出さないのに

実績だけあげろってバカみたいにいうって。

できるわけないじゃんって愛想つかして海外に逃げてった。

そこそこ名前のあるところ(田舎に住んでる私でも知ってるような)に

就職して働いていたけど、仕事の内容上都心に住んでないといけないし

ルームシェアしてるのに家賃含めた生活費給料

ほぼプラマイゼロっておかしいってずっと言ってた。

給与が足りないなら副業すればって簡単に言われるって。

通勤時間も捻出が難しいか都心に住んでるのにって。

研究以外に時間作れるわけないじゃんって。

で、給与あげてほしいって契約更新時に伝えたら

お金になる実績がないか評価がなくて

給与は据え置きって言われた時点で我慢しきれなくて海外就活してた。

もともとそのために学位とかもとってたかトントン拍子で決まって

報酬だって日本にいる時より最初から何倍もいいって。

アメリカ保険がって言われがちだけど、

きちんとキャリア積んでたらその企業保険に入れるし

同調圧力とかで死にそうって思ってたけどこっちに来たらそんなの無いし

日本にいるよりずっと生きやすいって言ってた

でも、日本食べ物はすごい好きだからって

毎年一か月くらい休み取って日本に遊びに帰ってくる。

日本ごはんが恋しいってよく言ってる。

そこそこ規模の大きいアジアンマーケットがあるのと

Amazonでなんでも配達されるので

家庭料理でなんとかなる日本料理は大丈夫なんだそうだけど。

定食屋さんのご飯とか食べられないのがつらいとか。

でも親の教育方針スナック菓子とかコンビニご飯かになじみがないか

まだ助かってるっていってたなw

2019-01-31

anond:20190131162905

劇中の妻夫木はたいがい馬鹿だったが、それでも屑じゃなかった。善意の行動だった。

寧ろあの映画で屑なのは嫁さんの方。(助教授の次)察してちゃん責任感も薄弱、流されるまま。

あの映画で最高なのは柴田理恵

2018-12-17

anond:20181217122658

ここにおるとおもったのか

ポストが足りないか教授助教授になれないだけで学徒だから暇な時間論文書くよ

2018-11-15

京都大学について

http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/about/events_news/office/kyoiku-suishin-gakusei-shien/kosei/news/2018/181109_1.html

川添 信介(かわぞえ しんすけ、1955年 - )は、日本哲学者京都大学文学研究科教授

佐賀県まれ佐賀県立唐津東高等学校、京都大学文学部を経て、京都大学大学院文学研究科博士課程修了。大阪市立大学助教授を経て1996年より京大助教授教授西洋哲学史)。2003年西欧13世紀中葉における哲学の諸概念」で京都大学博士 (文学)。西洋中世哲学史が専門。

西洋哲学専攻で京大を出てるのに、この程度の声明文で自らの正当性世間に伝わると考えたのならもはや救いがたい。学生側の主張が何かを一切説明しないこの、外部の人間には意味不明な「説明」とやらから唯一分かることは、「話し合いを求めた学生に一切話し合いで応じていないこの人と京都大学姿勢」だけだ。

学生に殴られたなら遠慮無く通報すればよい。そんなもの自治とは関係ない。だが、これはどう見てもそういうレベル問題ではない。たかだか学生とき口先三寸で論破できない哲学教授に、最高学府看板を背負わせてはいけない。

2018-10-05

anond:20181005144851

理系もわけのわからんのが結構潜り込んでるで

東大講師だか助教マイナスイオンやってるのおったし、iPS森口も東大の客員助教授かなんかやったやろ

大学所詮ジャパニーズ組織からな。ハッタリの効く奴は強いんや

まあよう考えたらジャパニーズだけの問題やないな。メリケンジョブズコスプレ女にころっと騙されとったし

2018-09-14

anond:20180914195857

快楽気持ちいだけじゃなくて快楽主義者じゃないやつを馬鹿にする人が国民の9割いるから 

から見るからオタク面の助教授アウトドア派を気取ったりテニス始めたんだと自慢しないといけない 

リア充の生徒に媚を打って付き合わないといけなくなって本業時間が削られる 

それぞれの立場尊重してみるから頑固一徹研究者が出てきたらそれはそれで立てとかないと無理だろう 

研究以外のことを一切知らない先生尊重されていればそうなったはずなんだ

2018-08-09

2002年 リンク許可問題日弁連は「あまり深く考えていなかった」

日弁連が「リンク」の方針を転換 ネット掲示板での反発に

2002年06月17日 18時51分更新

https://ascii.jp/elem/000/000/331/331641/

日弁連1996年9月ウェブサイトを開設している。その中に掲げられているサイト使用条件で、同会はリンク許可条件として「下記事項を承認し遵守していただくことを条件とします」とし、(1)リンクサイトURL管理者の住所、氏名、電話番号メールアドレス日弁連に事前に報告すること(2)リンクサイトに対する第三者から損害賠償、苦情その他いかなる請求についても、日本弁護士連合会責任を負わない(3)公序良俗に反するもの法律などに違反違反するおそれがある内容を含むもの、その他日弁連不適切判断したものについてはリンクを断る――などを条件として掲げていた。

リンク許可問題日弁連は「あまり深く考えていなかった」

2002年07月02日 14時30分更新

https://ascii.jp/elem/000/000/331/331957/

この問題は、日弁連ウェブサイトリンク許可条件として、リンクサイト管理者実名電話番号を同会に事前報告することや、「日弁連不適切判断したもの」へのリンクを断るなど、きわめて厳しい内容を掲げていたものだ。これに対してネット掲示板などを中心に「リンク制限表現の自由侵害ではないか」といった批判が集中。日弁連6月13日ウェブサイト上の使用条件の文章を「当HPへのリンクは、原則として自由です」と改め、実名電話番号などの要求撤回していた。

リンク自由」は、古くて新しい問題だ。他のサイトからリンクを張ることはいわゆる「参照」の範囲内で、著作権侵害には当たらないと考える専門家は多い。リンクをたどる場合ユーザーが直接リンク先へのアクセスをたどっているのであり、コピーされたコンテンツを見ているわけではないからだ。またリンク先のウェブサイトはもともと公開されているもので、「リンクを張られることを快く思わないのであれば、そもそもWWW上にコンテンツを公開すべきではない」と指摘する専門家もいる。

昔、このような話題があったらしい。

インターネットで全世界に公開した情報原則自由利用だと思うが。

一体なんの権利があって、厳しいリンク条件をつけていたのか。

(2)のリンクサイトに対する第三者から損害賠償等に対して責任は負えないという部分はまっとうである

マルチ商法まがいのとある業者ウェブサイト上で、自社の合法性を証明するため、同会のウェブ上の文書引用する形でリンクを張っていた。これにどう対応するか。インターネットに詳しい弁護士にも相談するなどした結果、リンク許可条件を掲示した方がよいのでは、という結論になったという。各地の弁護士会のウェブサイトを参考にし、その中でももっとも厳しい内容となっていた第一東京弁護士会のものを流用。

きっかけはこれだったそうだ。

しかしどうにも違和感がある。

マルチ商法まがいの事をするような悪徳業者が、法的な根拠のないリンク条件を守るのだろうか。

それに相手悪徳業者であっても法律を正しく語る権利はあるはずである。もちろん法律を歪曲解釈してはいけない。そこはリンク問題とは別ではないか

仮に、法律が悪くそれを悪徳業者引用して欲しくないならそれは法律が悪いのであって、法律改正すべきではないだろうか。もちろんそのような政治活動日弁連業務とは見なし難いとは思うが。

東北大の後藤助教授によると次の通りらしい。

私見によれば、リンクからんで起きるトラブルの大部分は、リンクのものではなく、リンク周辺の文章表現などに起因する。

これを見るとやはり、厳しいリンク許可条件はずれているように感じる。

2018-04-05

学歴能力関係あるのか。

親戚のおじさんは大手銀行高卒地方公立校)に入ったりや短大卒で地方テレビ局テレ朝系列アナウンサーになった人も知っているが大卒の人と大差ないように思える。どちらも今は一流大卒では無いと入るのは難しい。

あとアート世界特殊だが地元アート大賞は中卒もいれば東京芸大博士卒やFラン美大の人まで受賞している。

アカデミック世界でも好きな有名な社会学者の人はいるが本人は早稲田第二文学部も落ちて3流大へ行き今は関関同立大学助教授をしているそうだ。

あと学歴ある人は文章など情報処理能力は凄いと思うが発想力などは大差ないように思える。

2018-04-01

高校卒業しちゃった人たちへ

昨日で正式高校生活を終えた人も多いと思う。

ひどいケースだと高校卒業したら人生下り坂、

みたいに思ってる女子高生もいるみたいなので声を大にして言いたい。

人生高校生の時に想像するよりずっといろんな事があってエクサティングだ。

僕が高校生の時に立てた雑なライフプラン

大学付属校→同大学→同大院→同大助手同大助教授同大教授

という何の変化もないものだったけど、

現実には大学卒業して他大学大学院に移り、

修士論文は更に別の大学先生にお世話になって、

結局は挫折して、金融機関就職

色々頑張って仕事したものの、

その後アメリカ留学して別分野でPhD取った後でアメリカ大学教員に。

そこまでやった今現在でまだ40歳過ぎ。

まだ20年以上の仕事人生があり、

これからどうなるのか自分でも想像つかない。

仕事辞めた後は日本に帰ってもう一回、

別の分野で大学院にでも入ろうかと思ってる。

高校卒業したらもう面白い事がないなんて考えるのは

単に自分想像力が足りないだけなんだよ。

ちなみに、四十のおっさんになった後も可愛いJKは好きです。

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