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はてなキーワード: ペーパーバックとは

2021-04-16

anond:20210416105725

海外というか欧米基本的単行本といえばペーパーバックわら半紙週刊誌紙質)だから装丁日本以上にしようとおもうとかなり綺麗になっちゃうんだろうけどな

1冊4500円ってなに、ニンスレ

その値段なら50万字くらいはないと買いたくないなぁ・・

2021-02-09

anond:20210209171133

本来的にはペーパーバック本とか新書も雑に扱っていい位置に来るはずだったと思うんだけど

新書を「教養本」として岩波とかが売り出したのが変な文脈なっちゃったのかなあ。

紙の本の背が焼けるぐらいよくねえ?

茅野市民館の本の背が退色するとかで騒いでるけどさ

どうも納得行かないんだよな。


紙の本なんて消耗品やん。


あえて「日本人は」って言うけど

日本人消耗品をめちゃくちゃ大事大事しまっておいて死蔵してほぼ誰も使わないみたいなムーブ好きすぎ。

いや、そういう扱いしたほうが良い本があるのはわかるよ?

でもそれより、有限の寿命の中で沢山の人間の目に届くのが役目っていうこともあるだろ?

出羽守扱いされるかもしれんけど

ヨーロッパだとペーパーバックの本とか、めちゃめちゃ扱い雑に、無造作公共圏においてあったりする。

でもそうすることでより多くの人間が本に触れられるっていう面はある。


例えば(本を読んだ人数)=(本の耐用年数)*(本を手に取る機会)を最大化したいと思えば

耐用年数犠牲にしても機会を増やすっていう戦略もありだろ。

こういう議論大好きなはてな民は本大好き人間で自宅にちゃん管理された本がいっぱいあるのかもしれんけど

そうじゃない人間へのアプローチ模索するという発想もなく

物を大事にしないから悪いとか

本に敬意を払ってないかダメだとか

なんかあまりに短絡的すぎないか

2020-11-07

タイツの件はエロゲ声優一般アニメ声優を頼むようなものだ」

タイツの件の問題を指摘するのに「エロゲ声優一般アニメ声優を頼むようなもんだ」という喩えを思いついたので是非使ってください!これならキモオタにも分かりやすいでしょ!一般的に考えたら、こんな非常識なこと有り得ませんよね!

巨匠映画監督がかつてブルーフィルム撮ってたり、超売れっ子作家がかつてポルノペーパーバック書いてたり、やっぱり経験を早く積める場で腕を磨いて大物へ、は王道ですよ

https://twitter.com/hershamboyz/status/1324322213688827905

このツイートに「そんな声優たくさんいるんですけど」というガチの怒りのお便りがメッチャ届いていて、生まれて初めてピンフスキー気持ち理解した

https://twitter.com/hershamboyz/status/1324307329890701314

フェミニストだと勘違いされてるのは「草」なんだけど、釣りとか工作とか言われてることについては真面目に反省している。ネタツイ師として腕を鍛え直します……

https://twitter.com/hershamboyz/status/1324536020407218176



どんまい、次は

『「エロゲ絵師刀剣乱舞キャラデザを頼むようなもんだ」という喩えを思いついたので是非使ってください!これならフェミニストにも分かりやすいでしょ!」

で行ってみよう!

2020-10-27

ホロコースト否定で有名なN医師について。

かつてマルコポーロ事件というものがあった。

マルコポーロ事件 - Wikipedia

この記事を読めばN医師とは誰のことかたちどころにわかるのだが、それはさておき、色々調べてみると、この事件文藝春秋社が一方的に悪いことがわかる。結局、スポンサーへのSWCから圧力という事実存在せず、勝手に慌てふためいただけの文藝春秋者が雑誌廃刊し、社長が辞任し、そして勝手花田編集長(当時)が辞めたのだけだったのであるしかしこれは最悪だった。ホロコースト否定的なことを言うのはタブーだ、という誤った認識世間に与えてしまたかであるSWCは単にホロコースト否定論を監視する団体であり、それまで世界中でずっと抗議してきたのである。なぜなら、欧米では日本など比べ物にならないくらホロコースト否定論は昔から大きな問題だったかである

 

事件の中心人物だった、N医師のその当該記事噴飯物記事だった。何せこのN医師普通ならあの有名なAuschwitz強制収容所は「アウシュビッツ」或いは「アウシュヴィッツ」と日本語表記される筈なのに、「アウシュウィッツ」と呼んでいたくらいのレベルだったのである。今でもAmazon古本で『アウシュウィッツ真実』という初版本は売っているので、その表紙をWeb上で見てみるといい。これが別の出版社からのちにペーパーバック版として出された時に、こっそり「アウシュヴィッツ」に直しているのが笑える。ちなみに、この指摘をしたのは、N医師ネットで散々苔にするほどに論駁していた山崎カヲル氏である

 

N医師は、デイブスペクターによれば、それまでは英字新聞への投稿マニアに過ぎなかったらしい。おそらくは、そうした趣味1995年当時、そこそこ盛り上がりを見せていた欧米ホロコースト否定論に接する機会を与えたのであろう。N医師にしてみれば単に当時の流行り物に飛びついただけだったに違いない。ともかく、N医師別にホロコーストに詳しいわけでもなんでもなく、その程度のレベルであったから、文芸春秋社はきっちり反論記事でも載せるべきだったし、或いはN医師記事など最初から突っぱねるべきだったのである。どれだけ噴飯物の内容だったかは、これでも読んでみるといい。

『アウシュウィッツ「ガス室」の真理』の虚偽

 

だが、たった一度のその記事は、N医師人生を大きく変えてしまった。未だにN医師日本ホロコースト否定論者の第一人者としてたくさんの信者存在する人物になってしまったのである知名度を生かして講演料まで稼いでいるらしい。前置きが長くなったが。

 

アウシュヴィッツのクレマトリウムⅠの捏造疑惑に関する経緯

この問題は、結構事情が複雑である簡単説明英語だがこちらで読むことはできる。一体この煙突問題を誰が言い出したのかはよくわからないが、クレマトリウムⅠの捏造疑惑自体は、1980年代ごろにフランスの有名なホロコースト否定論者だったロベルトフォーリソンが言い出したのである。大概の細かいホロコースト否認論はこのフォーリソンが発祥であるフォーリソンはホロコースト否定を公に行ったことで当局逮捕され、裁判になり、実はこの裁判でクレマトリウムⅠの捏造疑惑は形上は一旦決着しているのだ。だが、フォーリソンはそんなことで諦めるような人ではない。

続いてホロコースト否認問題では欠かせない話題であるツンデル裁判というのがカナダで起きる。欧米では当時かなり大騒ぎになった事件である。そして、このカナダ事件フォーリソンは深く関与した。有名なロイターレポートの発案者も実はフォーリソンなのである。それはともかく、クレマⅠの捏造疑惑ネタがまたこ裁判内で取り沙汰される。この時はフェルデラーという超悪質なホロコースト否認論者が証人となって裁判で取り上げたようである。間違いなく暗躍したのはフォーリソンであろう。この裁判の決着はさておき、最も目立ってこのクレマⅠの捏造疑惑を取り上げたのは1990年代に入ってデヴィッド・コールというユダヤ系アメリカ人だった。ユダヤ人だってホロコースト否認はする人はするのであるが、彼はアウシュヴィッツ博物館に出向いて、アウシュビッツ 担当者まで登場させるビデオを撮ったのである。このビデオは今でもネットで視聴可能であるコール自身はこのビデオ販売に抗議したらしいが、出回ってしまったものしょうがない。しかし、このデビッドコールネタ元は間違いなくフォーリソンであるコールの裏で暗躍していたかどうかまでは知らないが、フォーリソンが1980年ごろに指摘しなければ誰も気づかなかったのは間違いない。2000年代以降はオーストラリア否定論者フレデリックトーベンという人物がこのクレマ1捏造疑惑喧伝していたようであるが、この人物も何度か逮捕されてるということくらいしか私は知らない(正直どーでもいい)。

 

ガス室捏造疑惑って簡単にいうとどういうこと?

簡単には説明がなかなか難しい。全体を把握しようとすると、ホロコーストの全体的な細かな問題まで把握しないといけなくなる。ただ、こう説明することはできる、ホロコースト否定派はどんなことがあっても絶対断じてガス室」だけは認めることはない、のである。他の虐殺方法程度なら認めるホロコースト否定論者はいるけれど、ガス室だきゃあ絶対に認めてはならぬものなのである。そのガス室現在アウシュヴィッツという最も有名なホロコーストにおける強制収容所内にあったものとして公開されているのだから否定論者にとってはまず最初に疑いの目を向けるものになってしまったのだのだろう、それ故に、否定論者にとってはクレマトリウムⅠと呼ばれるその場所は「戦後捏造された」ものでなければならない。

ところがこのクレマトリウムⅠ、実に否定論者にとって都合がいいことに、実際に戦後に「再現工事がなされているのだ。前述したリンク先を読めば書いてあるように、戦時中にいったん防空壕になっていたものを、ガス室として公開するために、もっかい戻したのが、昔は共産圏だったポーランドだったのだ。そして、この再現工事に実際に携わった当時の職人が、前述したフォーリソン裁判に出廷し、「再現工事をこんな感じでやりました」ときっちり証言していたのである。当然、捏造だなんて話にはなっていない。しかし、フォーリソンら否定派は「そんなに都合よく裁判証人が出てくること自体怪しい」と引き下がらない。何せ、1980年代当時は、相手東側であり、西側にとっては怪しすぎる共産圏国だ。背後にはソ連がいて、疑うにはもってこいの状況だった。

 

だが、ほんとはどうでもいい煙突問題に未だにこだわるN医師

前述した海外サイトへのリンク記事にもあるが、煙突問題とは、戦時中にクレマトリウムⅠにあった煙突が、そこが防空壕に改築されるとき解体されたのである。そして、その煙突アウシュヴィッツ博物館1948年オープンするのに合わせて、当時の再現という意味でもう一度作り直されたのだ(煙突だけではなく他も色々工事しているが、結構杜撰再現工事であることは頭に入れておく必要がある。図面をよく見ればわかる)。だから、一時期煙突はなかったのであるが、戦後にそのなかったときのクレマトリウムⅠの写真が残っていて、それを現在写真比較して「戦後すぐにはなかったじゃないか!どうして今あるんだ? 捏造しだろ?」と仰るのである。……アホかと。

実際、煙突ガス室にはほとんど全く関係がない。火葬場があれば、煙突必要だった筈で、クレマトリウムⅠのガス室否定しても、そこが「死体置き場」だったことを否定する否定論者はゼロだって死体置き場」自体バッチリ図面にそう書いてあるのだからである。むしろ煙突がもし戦後に再建されていなかったら、図面を見た人間は気づく筈である、どうして煙突がないのだ? と。結局、防空壕だった時もその前の時も、図面が残っているので、問題根本があるとするならば、ガス室としてほんとに「死体置き場」を使用したのかどうかだけが問題の筈なのである。これが、N医師にはどうしても理解できないらしい。そもそも悪いのはフォーリソンなのであるが(図面をきっちり1980年ごろに既に取得しているのであるが、フォーリソンには図面を正しくみる能力はなかったようである)、そもそも論としてそこがガス室とされるのは、図面にも文書にも残ってないのだからアウシュヴィッツ司令官だったルドルフ・ヘスやその他の証言者の証言しかないのである。こんなの否定論者が一番よく知っている事実の筈である。つまり、最も怪しむべきはその「証言証言者」であるわけだ。だから、私はそのことを直接本人に言ってやったのだが……。

 

実際話してみると、実にくだらない低レベル陰謀論であるに過ぎなかった。

N医師最初アウシュヴィッツ司令官のルドルフヘスの話がガス室根本である」のようなことを言ったので、私はそれはおかしいと指摘した。何故ならば、ルドルフ・ヘス逮捕されたのは1946年3月であり、実はその約1年も前に、問題にしているクレマトリウムⅠのガス室に関する証言をした人物いるかであるポーランドは、ドイツ撤退すると、さっさと戦後処理に取り掛かり、ドイツ終戦を待たずに戦犯裁判に動き出していたのだ。だから1945年4月16日アウシュビッツ囚人だった人物がクレマトリウム1のガス室についてポーランドクラコウというアウシュヴィッツ収容所のある地元法廷で宣誓証言をしているのである。これは時系列として全くN医師の言っていることに矛盾する。

すると、N医師はこう言ってのけたのである

「肝心だったのは、連合国としてはアウシュヴィッツ司令官だったルドルフ・ヘスに中心人物として証言させることだったのであり、誰が証言をし始めようと構わなかったのである」と。

まぁ、そんなことだろうなとは予想はしていたが、N医師自身脳内ストーリーさえ辻褄あわせができればそれでいい低レベル陰謀論者に過ぎなかったのである。彼はこうも言っている(昔からである)、「ヘスはイギリス人拷問を受けて嘘を言わされている」と。拷問を受けたというのは拷問した人物が手記にそう書いているので、事実であるだろうが、拷問受けてなくても当然信用してなかったわけだし、それよりももっと矛盾しているのは、これ拷問したのは「イギリスである。N医師は別のところでは、「ポーランド」が怪しいと言ったり、「ソ連」が怪しいと言ったり、単にめちゃくちゃな脳内理論披露しているだけなのである陰謀論者の一般的な主張通り、陰謀それ自体証明は一切ない。陰謀は巧妙にできているかである

だったら何故、「煙突問題」のように疑われるような事実を残すんだよ? と突っ込んでやりたいところだが、奴らは脳内論理の辻褄さえ合えばそれでいいので、どんなにツッコミを入れても無駄である

 

そんな下らない低レベル陰謀論者を指示する信者たち。

当然私など、N医師に比べりゃ微塵子のような存在しかいから、支持はN医師に集まる。N医師自体ネットに腐るほどいる低レベル陰謀論者に過ぎないことは実際どうでもいい話なのだけど、N医師を支持する人が実際に結構いるという事態を目にしてしまうと、こっちが頭が変になりそうだった。SNSはそうした言わば人気者をあたかも「教祖」のようにしてクラスター形成する仕組みだから、それ自体現象としてしょうがないのだけど、頭では分かっていても実際に見てしまうとねぇ……。

 

というわけでさ、ホロコースト否定論なんざ、そんな下らない低レベル世界なんだ。あなたは、「ガス室」はそれでも疑わしいと思いますか? つーか、なんでそんな低レベル陰謀論が支持者を集めるのか、私にはちっとも理解できません。 

 

追記すると、N医師にはクレマトリウムⅠは一回防空壕に改築させていることだけはなんとか認めさせた。それすら認めていなかったのだから、呆れるけど。

2020-01-02

英語のべんきょう

あけましておめでとうございます新年抱負に、以前に勤務先のアドベントカレンダーで共有した内容を編集してインターネットに放流します。少し古い部分が残っているかもしれませんがご容赦を。


自分経験から英語のべんきょうに役立ったと思われるものピックアップしてお伝えします。本年こそは継続的時間を作ろうとい う決意表明をかねて、記事します。気張った感じがするのを嫌って、「勉強」と書くのを避けました。

英語力の変遷

TOEIC 550くらい

大学生の頃でした。当時、研究室配属になり英語論文を読み始めたのですが、さっぱり読み解くことができません。そこで英語学校に通うことにしました。駅前留学系は料金前払いで絶対失敗すると思ったので、当時2ちゃんねる英語板で最も厳しいと評判だった渋谷通訳翻訳養成学校に通いました。

結果的にこの厳しい学校半年通ったのが大きな成果でした。毎週カセットテープ(!)をもらい、全く意味の分からないCNNニュー スを聞き、書き取るところからでした。英語であることだけは分かるものの、まったく訳が分からず苦行そのものでした。しか意味が分からないまま2週間聞き続けたところ、ある夜、突然文字で聞こえるようになった感触を今でも覚えています

TOEIC 770

英語学校の期末となり、進級試験に落第したタイミングTOEIC受験したところ、770点でした。聞こえるようになりましたが、依然として話せる感じは全くありません。

TOEIC 820

その後就職し、そのまま数年が経過しました。社会人生活が徐々に進むにつれ、英語説明を求められる機会が増えてきたところで、再び同じ通訳養成学校に通いました。このとき新聞記事中心の宿題で、半年経過後のTOEICは820点だった記録が残っています

この頃から毎週、夜の22時から電話会議に出席するようになっていました。日本から参加者自分一人だったため、なんらかの責任を感じていたような気がします。幸い、言っていることは大体分かるのですが、話題に飛び込めない。ときおり日本からの主張を挙げる必要があったのですが、即座に文を作ることができず、ほんとうに辛かった。主張しなければいけないトピックがあるときは全部スクリプトを下書きし、発音練習してから臨んでいました。

ここで一念発起して、快読100万語!ペーパーバックへの道 (ちくま学芸文庫) ( http://www.amazon.co.jp/dp/4480087044 ) という本を参考に、絵本から復習を始めることにしました。すると、Oxford Reading Tree ( https://global.oup.com/education/content/primary/series/oxford-reading-tree/ ) や "I Can Read!"シリーズ ( https://www.icanread.com ) といった絵本から小学生低学年向けのマジックツリーハウスシリーズ ( http://www.amazon.com/dp/0375813659 ) と読み進めるうちに、読書スピードが格段に速くなっていきました。計測サイトで試したところ、ネイティブ小学校1年生くらいまでになったと記憶しています

TOEIC 900

リーディング強化と同時に、podcast配信されるNHK英語ニュース毎日聞いていました。その修行の成果があり、900点となりまし た。同じ年に初めての海外出張があり、会議でためらわず発言できる程度になっていた記憶があります。具体的な方法は後述。

IELTS 6.5

数年後に留学機運が高まったタイミングがあり、IELTS対策しました。このとき留学支援会社英語学校に通い、文法定型的に書く方法をやりました。結局留学しませんでしたが、正しく英語を使う意識がついたようで、今でも役立っていますTOEFLは興味のない分野の語彙を覚えるのが苦痛でまったく合わなかった。IELTS英語国語試験をやっているような感じで、自分に合っていた気がします。

具体的な勉強方法

絵本(Oxford Reading Tree)から始める

だまされたと思って、近所の図書館Oxford Reading Treeの実物を見てみてください。品川区図書館目黒区図書館には所蔵されてたはず。3才児レベルの1ページ1単語から始めるのですが、これが馬鹿になりません。日本語の絵本を考えると瞬殺ですが、英語になったとたん、各 ページの理解に一瞬引っかかりを覚えます。どうやら、この引っかかりがなくなるまで、同レベル絵本をたくさん読むのがいいようで す。少し値段は張りますが、セットでまとめ買いする価値はあると思う。ただ、今ではアプリで似たようなことができる教材があるかもしれません。

マンガを読む

自分場合、途中で絵本卒業し(飽きたとも言う)、マンガに移行しました。ドラゴンボールの全巻セットと、よつばと!(Yotsuba&!)をamazon.comから輸入して読んだのが、本当に力になったと思います辞書は引かずに読みました。ドラゴンボールほとんどストーリーを忘れており、新鮮に楽しめました。数語で端的に状況を表す表現がたくさん出てきたように思います。1ページあたり、30秒から1分程度掛かっていました。よつばと日本語版を読んだことがなかったのですが、評判を聞いていたので挑戦しました。生活に関する言い回しを、英語でそのまま覚えたりできました。おつかいは errand.

マンガでやっていく場合ポイントがいくつかあったと思います

NHK World Radio Japan

PodcastNHK World Radio Japan ( https://www.nhk.or.jp/podcasts/program/nhkworld.html ) を毎朝聞きます。聞くだけでなく文字を目で追うのが重要

出勤前など事前にダウンロードできるやり方として以前の方法を残しておきます。今では通信環境が太いことも多いと思うので、通勤中のストリーミング抵抗がないのであれば、直接NHK World - Japan ( https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/news/ ) で各記事を読みながら音声を聞くのでも良さそうです。

  1. 本体ニュース配信サイトTop Stories - News - NHK WORLD - English ( https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/news/ )を開いておく
  2. Podcast再生する。トピックが切り替わったら、速やかに上記リンクにあるニュース一覧から対象ニュースを探す
  3. 7割方、スクリプトとして文字と音が一致しているので、文字を目で追いながら聞く
  4. トピックが切り替わったら上に戻る

これを数件繰り返していました。対象ニュースを探すところで真剣に聞くので、ヒアリング力が上がったのと、音と文字が結びついた のが実感できた記憶があります

Netflix

Netflixが頭一つ抜き出ているのは、Chaos Engineeringによるオペレーションです、いやこの記事はそういうトピックじゃなかった。Netflix英語字幕提供してくれているところが本当に素晴らしい。Chrome拡張に、英語日本語の両方の字幕を同時に出せるものがあるので、これを有効にしてダラダラ見ているだけでめちゃくちゃ力がつきます。すべての作品英語日本語の両方を提供してくれるわけではないですが、動画を見るのが嫌いじゃなければ、今ならマンガよりもNetflixだけでいいかもしれない。

オンライン英会話

ここ1年ほどDMM英会話を続けていますが、他の学習をすべてサボっており、単に1日25分会話しているだけだと本当に伸びません。上で挙げたようなインプットがあって、25分の会話のアウトプット意味が出てくるのかなと感じます

終わりに

今年こそ再開していくぞ!

2019-09-13

追記あり】野外で合法的全裸になりたかったので、オーストリア混浴してきた

【初めに】

 コピーミスで一節が抜けていた。申し訳ない。【】で囲まれた部分が追記である

【本文】

 服を着るのが苦手だ。できることなら裸で生活したい。

 ビジネスホテルに泊まるときは大抵全裸だし、男女関係なく素っ裸で過ごしたら、さぞ気持ちがいいだろう。

 そんなことを呟こうものなら、不審者扱いされるのは目に見えている。挙句の果てに、公共の場で脱ぎだして陰部を露出する不審者予備軍と誤解され、警察のお世話になるかもしれない。

 だが、よく考えてほしい。ああした人たちは、自分全裸特に陰部を見てほしいのであって、裸になりたいのとは少し違う。それに、皆様も思うことはないだろうか。たとえば大浴場に浸かったときの安らぎ。もしもそれが露天風呂だったらなおのこと心が緩み、湯の中に嫌なことが溶けていく思いがしないだろうか。

 目の前にどこまでも緑が、あるいは紅葉が広がっていたら。あるいは、絶えることのないとどろきを繰り返す海洋が広がっていたのなら。これほどまでに自由を感じつつ、大いなる存在に受け止められている安心感を覚える場所はないはずだ。何も身にまとうことなく立っていると、海風が全身をそっと撫でていき、普段どれほど重いものを身にまとってきたかを、嫌でも意識させられる。

 とはいえ、男女混浴可能場所国内でも限られている。ましてや、近年は混浴マナーの低下が甚だしく、混浴を取りやめてしま地域も多いと聞く。ある意味では仕方がないのかもしれない。混浴誕生した時代とは、私たち羞恥心感覚も変わってしまった。

 そういうわけで、私は混浴文化がまだ息づいている、ウィーンにまで足を運んだのである。概して、ドイツオーストリアを含む中東欧の人々は裸体に対するタブーが弱く、混浴についても寛容なである。緯度が高いので、全身で太陽を浴びたいのだろうか。冬になると日照量不足で気分が落ち込む私としては、その気持ちはよくわかる気がした。

 もっとも、私は全裸になるためだけにオーストリアに飛ぶような酔狂人間ではない。

 私は建築美術にも関心があり、この旅行の主目的は、クリムトシーレ、ココシュカといった人々の作品を鑑賞することであった。なので、脱衣はどちらかといえば、時間が空いたときのおまけである

 日本と同じで、月曜日には休業の美術館が多い。なので、月曜日にそうした巨大温泉施設に向かった。ウィーン中心街からおおよそ三十分ほどのオーバラー駅前の、テルメ・ウィーンと呼ばれるところである

 駅を出ると目の前に巨大な建物があり、そこからは既に硫黄香りがしている。そうしたところは我が国温泉とよく似ており、妙な安心感がある。片言のドイツ語で入場料を払い、タオルレンタルを済ませ、ロッカーに向かった。

 ロッカーのカギは電子式で、かざすと自動的に開閉されるというものだ。慣れるまでに時間がかかったが、すぐに便利だとわかった。荷物を持ったままガチャガチャと回すのは大変だからだ。ちなみに、このロッカールームの時点ですでに混浴で、男性女性関係なく着替えている。もちろん、慎み深い人のために個室の更衣室もあるのだが、別料金だ。

 ちなみに、温泉施設ではあるがすべて全裸で過ごすわけではなく、全裸なのは奥のサウナコーナーのみである。そのために私は一応水着を持参しており、ついでに防水のバッグも持ってきた。

 まずは、せっかくなので水着エリア温泉を楽しむ。とはいえ水着エリア温水プール同然であり、浸かっているとあたたかいが出て風に当たるとすぐに水着が冷えてしまうといった代物である。せいぜい人肌程度であり、温まるには不足である

 これはときどき指摘されることだけれど、日本人の湯加減の好みは、ヨーロッパの人々のそれよりもかなり高いらしい。ハンガリー温泉大国で知られているが、やはりそこも湯加減はぬるい。ただ、その程度の温度でなければ、ガイドブックで見かけるように、湯につかりながらのんびりとチェスの対局をやるわけにもいかないだろう。

 他にも、子供立ち入り禁止エリアというのがあり、ムーディーな照明と共に、カップル夫婦がぷかぷかと浮かびながら語らっているコーナーがあった。ここも温水プールほとんど温まらない。日本温水プールみたいに、塩素臭くないのはありがたいのだが、やはり汗をかかないと物足りなく感じてしまう。

 そうしたわけで、水着エリアを堪能した後に移動しようとしたのだが、サウナエリアがどこかわからない。あちこちうろつきまわり、子供に泳ぎを教えているらしい人やスタッフと思しき人物に、「ヴォー・イストサウナ?」(サウナはどこですか?)などとつたないドイツ語で尋ね歩くうちに、やっとのことでたどり着いた。

 なお、このゲートの先は別料金であり、鍵をタッチして入る。清算は帰りだ。そして、注意書きにはドイツ語と英語で「この先水着の着用を禁じる」と書かれている。なんとも徹底していることだ。私は軽快な電子音と共にその奥へと進んだ。

 サウナコーナーは、それほど変わった印象はなかった。ただ、見かける男性が皆素っ裸なので、私も水着を脱いだ。それほどの羞恥を感じなかったのは、一つには周囲には男性しかいなかったからだろう。それに、ここでは全裸が正装なのだ。だったら、むしろ何か着ている方が恥ずかしいのではないか。そんなことを思ったのである

 サウナ入り口には温度が書かれており、四十五度、五十度、六十度、それから九十度に分かれている。ひとまず五十度のところに入ると、既に老夫婦がくつろいでいた。ここで初めて裸の女性と遭遇した。

 二人は、私の存在を気にかける様子もなく、くつろいだ様子だった。私も、確かに目の前に女性がいるのだなあ、ということは考えたのだが、気にしてもしょうがなかったので、ぼんやり天井を眺めることにした。男性で前を隠している人はほとんどいなかったので、自分もそれに倣ったのだけれど、個人的には気持ちが良かった。世間体を気にせずにリラックスした姿でいるのは、何とも言えず心地よい。

 ちなみにその老夫婦のいたサウナでは、腰かけるところがチェアベッドのようになっており、仰向けにくつろげるような形になっていた。うとうとしているといつの間にか隣に座った男性が、ペーパーバックで何やら読んでいる。お風呂ではなくてサウナ読書、贅沢この上ない時間だ(もっとも、後で注意書きを見たら、サウナの中の読書禁止、と書かれていたのだが)。

 しばらくして、サウナを出てシャワーを浴び、他の温度のところを回ったり、冷水プールに体を浸したりした。日本温泉露天風呂がメインで、サウナ複数あるところは珍しい気がするが、ここでは様々なタイプサウナがあり、存分に楽しめた。

 たとえば、スチームサウナというのがあり、ここでは猛烈な蒸気で包まれる。汗が蒸発しないのでなかなかにつらいし、持っていたタオルもすぐにびしょ濡れになってしまうのだが、熱風がきつくないので、肌には優しい気がした。眼鏡をかけていると、何が何だかからなくなってしまうのだが。

 ちなみにこの眼鏡裸眼で転ばないように、日本サウナ用の眼鏡をわざわざ購入したものである

【ところで、このサウナコーナーには、外がある。サウナなので当然素っ裸で歩くのだが、これが気持ちがいいことこの上ない。芝生の上を歩けば、まるで熱帯民族になったようで愉快だ。そして、歩いた先には小屋があるのだが、そこもまたサウナである

 そこでは、おおよそ温度は九十度で、定期的にスイッチオンオフになる。オンになると、そこにはタオル一枚のおじさんがやってきて、香りのする水を炉に撒く。そして、巨大なタオルサウナの人々に熱風を浴びせるのである

 それがまた非常に心地よい。異様な高温のはずで、現に乳首が痛いほどなのだが、それでも不思議と生きている実感が与えられるというか、幸福感と高揚感が感じられる。それは他の人々も同じなのだろう。おじさんのパフォーマンスが終わると、一斉に歓声と拍手がする。ロウリュウ、と呼ばれるものに近いのだろう。

 そのあとも、おじさんは一人一人に熱風を送る。そのたびにあおがれた人々は嬉しそうだ。私も、「ゼア・グート。アバー・ゼア・ハイス」(とても気持ちがいいですが、とても暑いです)と、定冠詞活用無茶苦茶ドイツ語で応じた。すると隣のおじさんがあおがれたときに「カルトカルト」(寒い寒い)などというものから、思わずその場は笑いに包まれた。

 私に向かって風を送るときに、両手を合わせてお辞儀をしてくれた。たぶんタイかどこかと間違えているのだろうが、悪意よりも親しみを感じたので、こちらも会釈した。腰かけるところが熱すぎて胡坐をかいていたので、仏像か何かと勘違いしたのかもしれない。

 その後、全身をほてらせながら野外にある二十五メートルほどのプールで体を冷やした。何往復か泳いでから、仰向けになって曇り空を眺めているうちに、これほどの幸せなはないだろうな、と感じられた。何のしがらみもなく、何の規制もなく、ただ存在するだけ。過度な欲望もなく、競うこともなく、誰から干渉されない時間だけそこにあった。

 それに、水着を身につけずに泳ぐと体を締め付けるものが何もなくて、全身を区別せずに流れていく水が本当に心を自由にしてくれる。それに、誰もお互いの裸をじろじろ見たり気にしたりしないのも、気持ちが良かった。あたたかな無関心というか、あるがままの姿を受け入れてもらっている感覚になるのだ。

 人間身体のどこに猥褻なところがあるのだろう、表現規制は何のためにあるのか、などと大げさな議論が頭の中に形を取ろうとしたが、そうしたもの普段日の当たらない陰部に太陽が差す気持ちよさに溶けてしまった。

 そうしたわけで、私は結局三時間以上もそこで過ごすことになった。】

 さて、三時間過ごしたので、そこではいろんな人を見ることができた。もちろん、凝視したわけではないけれど、それでも混浴に来るオーストリア人にはいくつかのパターンが認められた。

 その一、スポーツマンタイプものすごい筋肉量で、アスリートか何かのようだ。これだけ鍛えていれば、自分身体に恥ずかしいところなど、どこにもないと言わんばかりだ。ギリシアローマ彫刻そっくりであるスポーツマン同士で何やら楽しげに話していることが多い。

 その二、力士タイプ。非常にでっぷりとした肥満体系のおじさん。人からどう見られているかそんなに気にしていない印象。こちらも堂々と歩いており、楽しそうにしている。

 その三、老夫婦。なんというか日本混浴にもいそうな、のんびりした雰囲気ときどき湯船の中で抱き合ったり、ほっぺたにキスしたりしている。ちなみに、注意書きには「キス以上のことはしちゃダメ!」「十六歳未満の入場禁止!」と書かれている。

 その四、比較若いカップル、あるいは若い男女。よくわからないのだけれど、「みんなで渡れば怖くない」的な感じで一緒に来たのかもしれない。

 ちなみに日本人は私だけだった。それから一人だけアフリカ系の人がいた。それ以外はみんなヨーロッパ系。

 で、こうして振り返ってみると、比較若い人が多い。それでも、私はあまり気にならなかった。というのも、前も言った通りここは全裸が正装なのであり、それについてとやかく言うほうが変だ。確かに、きれいで魅力的な人もいたし、中には私の好みの人もいたのだが、雑踏ですれ違う以上の感慨はなかったし、わざわざ振り返ることもなかった。

 混浴について、猥褻だとか下品だとかい意見があるが、私はまったくそう思ない。そもそも、ここは風呂サウナであり、いい湯だな、以外の感想はない。たぶん、混浴について批判的な人は、マナーの悪い人と一緒になってしまったのか、そもそも風呂がそこまで好きではないか、なのではないか。人様のことだから勝手判断差し控えるが。

 というか、見えそうで見えない極小ビキニなんかよりも、素っ裸の方がよっぽど上品な気はする。潔いし。隠すから下品だとか猥褻だとか言われるんじゃなかろうか。みんな最初からすっぽんぽんだったら、誰も気にしないだろうし。隠せば隠すほど、そこに注意が向くし、逆説的にそこに注目してくれと言っているようなものな気がする。

 それと、全然関係ないけど、女性でも腋毛もじゃもじゃの人は多いのは面白い。話には聞いていたが、実際に目にするとやはり興味深い。陰部がどうなっているかはじろじろ見なかったからわからないけれど、向こうの人は剃っているとはよく聞く。ただ、そんなことも温泉気持ちいいのでどうでもよい。

 そういうわけで、私はオーストリア混浴を十分に楽しんできた。予想していた通り、とても気持ちが良かった。日本にも類似したサービスがあればいいのに、と思ったが、マナー一定の水準に保つことは難しいだろう。きっと、ナンパしたりじろじろ見たりする行為が横行するに違いない。一度絶えてしまった、混浴文化を再びメジャーにするのは、難しいだろう。

 プールサイドで裸のまま横になり、夢うつつのまま時間が過ぎていく経験は非常に贅沢だった。しかし、これは今の温泉文化とは、少し違うかもしれない。

 個人的には、自分がやりたいことをやったので、満足している部分はある。今後どうするかはわからない。恋人がいないときだったので、とりあえず全裸になってはみたのだが、もしも今後も恋人が見つからず、行きたい場所が思いつかなかったら、どこか別の国でヌーディストビーチに行くかもしれない。それか、趣向を変えて、全裸ハイキングか全裸マラソンかに挑戦するかもしれない。

 もっとも、この混浴体験ですっかり気が済んでしまい、数年後には興味すら持たなくなっている可能性もある。それはわからない。

 ただ、やりたいことをやってみて、それなりに面白かった。それで十分なのかもしれない。

 皆様の快適な全裸ライフの参考になれば幸いである。

 最後に、脱いではいけないところで脱ぐのは絶対にやめましょう。これだけは強調しておく。

最後に】

 本記事カクヨムにも掲載されている。私が投稿者本人であることは、カクヨムでは連載中であり、現時点でも未公開になっている部分が含まれていることが証拠になる。

【付記】

 ヌードバイクみたいな、ヌーディスト活動経験者の増田は、ほかにもいらっしゃるのだろうか。あるいは、ヌーディズムに関心がある、だけでも潜在的にはどれほどいるのだろう?

2019-02-24

イライラ

ぐぐる危険っていうペーパーバック、よくコンビニにあるやつ

あれにゆゆりエンディングがついてた

あれでちなっちゃんの絵柄のエンディングになったときのことがのってて、

「なぜかこの回だけホラータッチになってたことに原作ファンは怒り心頭だったとか」

とか書かれててイライラ

いやこんなクソネタ本にマジになってもしょうがないとはわかっちゃいるけど

ちなっちゃんの絵柄をわざわざ再現したってことなんて原作ファンが一番よくわかってるはずなのにまじで適当コクなボケ

2019-02-23

同じくらいの分量の物語が2つあって、一方は一冊、もう一方は三冊のペーパーバックに分かれてる

やっぱり後者の方がモチベーションが続く

自分目標設定する力が弱いんだろうか……

2019-01-11

anond:20190111102555

痴漢防衛のために髪染めたり強そうなメイクしたり服着たりってコスト高いでしょ

その点制服着なきゃならない学生でも出来るしペーパーバックコスパがいい

効果があるなら、の話だが

大半の中高年男性英語コンプレックスを抱えている

そのため英語ペーパーバックペラつかせているだけで痴漢撃退の魔除け代わりになるのではないかという仮説を立てる

2019-01-06

原作の1冊を三分冊にして3倍以上の値段で売りつける商法

1冊にまとめると

原作ペーパーバックで1280p、台湾翻訳で1408p

川上稔並みの分厚さになるじゃん

2018-07-29

anond:20180727201252

人類科学は、観測により実証されないものは、認めないという立場をとっています

もし仮に、物質的な観測手段によって、観測できないもの物質世界存在したとしたら、それは永遠に認められないことになります

そうした意味では、死後の世界も、永遠に科学では証明されないものなのかもしれませんが、あるのかないのかは、どちらかが真実でどちらかは虚構です。

もし存在する方にかけるという方は、ぜひ次の本がおすすめです。

猫は、死後の世界では、人間言葉理解する知性を持っているようです。

ネコの死後はどうなるの? - ニャンコの救世主 (MyISBN - デザインエッグ社)

ペーパーバック版】 https://www.amazon.co.jp/dp/4865433341

Kindle版https://www.amazon.co.jp/dp/B07FGWNHMK

死後の世界に旅立った猫たちが、地上に戻ってきて、さまざまな冒険をする物語です。

猫たちが、知恵を振り絞って活躍する姿は、可愛らしくて応援したくなります

2018-06-17

anond:20180617213407

日本学術書ってむしろ安くないかと思って海外アマゾンを見てみた。

フランスアマゾンこそ1巻8.8ユーロ 2巻9.5ユーロみたいだが、アメリカアマゾンだと93.63ドルの値札が下がってる。

色々版があってどれで比べたら正確なのか分からないけど。

追記

アメリカでも19.40ドルペーパーバック版があった。

2018-06-11

anond:20180609115822

人類消滅すべきか - 人間を救うために平凡な霊魂が立ち上がる (MyISBN - デザインエッグ社) オンデマンド (ペーパーバック)

https://www.amazon.co.jp/dp/4865437444

読み物としても読めますが、人類がなぜ滅亡すべきかを真面目に論じており、

知的好奇心をくすぐられます面白いですよ。

2018-04-05

anond:20180405203817

http://www.jrs.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=41

過換気症候群

このへん?

意識的に呼吸を遅くするあるいは呼吸を止めることで症状は改善します。患者さんは不安が強くなかなか呼吸を遅くすることができませんので、

まずは患者さんをできるだけ安心させゆっくり呼吸するように指示します。

紙袋を口にあてていったん吐いた息を再度吸わせることで、血液中の炭酸ガス濃度を上昇させる方法ペーパーバック法)がありますが、

この方法では血液中の酸素濃度が低くなりすぎたり、炭酸ガス濃度が過度に上昇したりする可能性がありますので充分な注意が必要です。

不安が強い患者さんでは、抗不安薬などの投与を行うことがあります


アルコールjは知らないです。

2018-02-09

トイレでアフタービッグベンに手を洗うのって意味あるの?

トイレの個室に入るじゃん。

とりあえずコートとかカバンとか掛けるじゃん。

フタ開けたりベンザブロック下げたりするじゃん。

下半身丸出しノ介になるじゃん。

 

悩んだ末にビッグベンをひねり出すじゃん。

ペーパーでバックから拭くじゃん。

ビッグベンペーパーバックライターを水に流すじゃん。

フタとかベンザブロックとか戻すじゃん。

 

ズボンはいコートとか着るじゃん。

個室を出て手を洗うじゃん。    ← ココおかしいじゃん

 

 

ビッグベンを拭いた直後とか、便器のフタとか便座とかを触った直後に毎回洗うとかならわかる。

お前、ビッグベンwithペーパーとかベンザブロックかに触れた手のまま、自分ズボンとかコートとか思いっきり触ってるだろ!!!

その後に個室出てから手を洗うのとか、何の意味があるんだよ!!!!!!

2017-07-06

https://anond.hatelabo.jp/20170706215324

ペーパーバックが分厚いのはページ数が多いんじゃなくて、紙の質が悪いからなんだぜ。

https://anond.hatelabo.jp/20170706010411

日本文庫本が安くて質が良い(例えばアメリカペーパーバック$10-$20もする癖に固いガッサガサの紙ですぐ背が割れる)ので、電子書籍が割安になる余地は元々小さい。

2017-05-29

留学しないと英語ができないのは、日本英語教育が嘘まみれだから

直訳と"literal translation"

日本人にとって、直訳という言葉は「機械的文法に沿って訳語を並べて、意味不明の訳文を作ること」といった印象が強い。意味が通じる翻訳をするには、意訳、つまり元の文を理解した上でその内容を自分言葉で書き直す必要があると考えられている。

しか英語で直訳を表わす"literal translation"は、そういった言葉ではない。もちろん、機械的に置き換えて意味の通じない文を作ってしまうことも言うのだが、"literal translation"は「原文に忠実である」というポジティブな側面を持っていて、formalで立派な翻訳という感覚を伴う。

それはつまり、「意訳」に良い印象がないということでもある。それは「意訳」に当たる適切な英語表現がないことでも分かる。

https://www.onehourtranslation.com/translation/blog/literal-translation-vs-conveying-sense-text

ここでは"literal translation vs. conveying the sense of the text"(直訳 vs. テキスト意味を伝えること)というタイトルになっている。日本人から見ると「"直訳 vs."と来たら『意訳』が来るに決まっているだろう」と言いたくなる。しかし、英語で意訳という言葉は、直訳とvs.出来るほどの市民権を得ていない。

英語翻訳フランス語ラテン語といったヨーロッパ圏の言語から知識を取り入れるために行われることが多く、ヨーロッパ圏の近縁語同士では直訳は有効方法論だ。結果として、"literal translation"は立派でフォーマル翻訳という意味合いが生じた。

対して、訳者勝手自分なりの表現を加えてしまうと、fidelity(原文に対する忠実さ)が欠けているという批判対象になる。

たとえば、私は素人ながらアニメ英語翻訳に関わったことがあるのだが、海外アニメオタクは意訳を嫌う。佐藤さんはSatou-san,斎藤先輩はSaitou-senpaiだし、学校先生敬称英語だとMr.なのだが、犬塚先生はInuzuka-senseiだ。

たとえば、アニメセリフに「ありえなくね?」と出てきたら、文字通り"That's impossible, right?"と訳すのが好まれ意味を汲み取って"Are you kidding?"と訳したりすると、"over-translation"とか"liberal translation"などと言われて叩かれてしまう。日本人の私から見ると、とても理不尽に感じるが、彼らの感性はそうなっている。

http://www.proz.com/forum/translation_theory_and_practice/160439-%22overtranslation%22_vs_%22undertranslation%22.html#1349407

この問題についてググっていたら「literal translationが良いというのは神話だ」という海外の人の意見を見つけた。これを言っているのが日本語英訳をしている人だというのも示唆的だ。

日本では英語文献を翻訳するのが主なので、literal translation、直訳はほとんど役に立たず、ひどい翻訳代名詞のようになっている。英語話者にとっての日本語英訳でも同じだろう。

Translationと翻訳

基本的に、英語圏でTranslationと呼ばれているものと、日本翻訳と呼ばれているものは、行為としては似ているが、内実は全く異なっている。

英語圏で行われているのは直訳であり、我々がやっているのは意訳だ。英語圏でやっているのは文法ルール訳語を覚えて他言語に当てはめ、原文を出来るだけ変えずに英語に直すことであるが、我々がやっているのは「他言語を(何らかの方法で)理解し、その内容を自分なりに日本語で作文する」という行為である

直訳が役に立たないとはどういうことか

直訳が役に立たないということは、つまり文法ルールを覚え、日本語訳語を覚えて適用しても、英語理解することは出来ないということだ。

これは残酷現実であるが、「いくつの文法ルールを覚え、何万の訳語を覚えても、英語理解することは出来ない」

これは文法訳語が不必要だと言っているのではない。文法訳語はヒントにはなる。だが、答えにはならない。

はっきりいえば、ヒントを一生懸命集めて暗記しても、意味がない。文法ルールをいくつ暗記しようと、英単語訳語をいくつ暗記しようと、それは英語力ではない。

身も蓋もない言い方になってしまうが、法則化出来ないなんらかのプロセスによって、英語を直接理解する能力。それが英語力だ。

そして直訳が出来ない、つまり英語日本語に変換して理解するための法則が導けないという事実から分かるのは、日本語理解している我々の脳をどういじくっても、それを英語適用することは出来ないということだ。

それはつまり、「英語理解するための脳の回路を、日本語とは別にゼロから構築する必要がある」ということに他ならない。赤ん坊が新しい言語習得するときのように、何年もかけて、少しずつ脳を開発していき、英語理解できる脳を構築していくしかないのである

どこかの英語学習体験記で読んだことがあるのだが、「留学に行った所、フィンランド学習者と同部屋になった。フィンランド学習者はひたすら単語帳を眺め、英単語だけをひたすら覚えていたが、それによってあっという間に英語が出来るようになっていた。だから、私も一生懸命単語帳を眺めることにした」といったものだ。

これがつまり、直訳が可能言語使用している脳と、直訳できない言語使用している脳の違いだ。欧州の人々は基本的に、母国語理解するために使っている脳を英語向けにアレンジするだけで、英語ができるようになる。我々はそうではない。

しかその体験記の終わりは、「一生懸命英単語を覚えた結果、留学を終える頃にはかなり英語ができるようになっていた」となっていたように思う。しかし私が声を大にして言いたいのは「それは英単語を覚えたおかげではない」

留学神話は本当か

日本英語学習界には、留学神話がある。「留学さえすれば英語は出来るようになる。留学しないといつまでたっても英語ができるようにはならない」というものだ。

もちろん留学さえすれば英語ができるようになるというのは嘘だ。それはもちろん神話しかない。「留学して、英語を使わざるを得ない環境自分を追い込み、一生懸命英語に取り組めば英語は出来るようになる」というのは正しいが、「留学はしたものの、日本人同士で固まって遊んでいただけで、勉強はしていない」といった生活英語ができるようになるはずもない。実はそういう日本人留学生は数多い。

しかし「留学しなければ英語ができるようにはならない」というのは真実を突いている。

日本英語教育に従って、文法ルールを覚え、訳語を覚え、どんなに努力を続けても、英語ができるようにはならない。留学して、日本英語教育から離れ、ただがむしゃらに英語と格闘すれば、それだけで英語は出来るようになる。

そして「がむしゃらに英語と格闘する」ためには、留学別に必須ではない。がむしゃらに英語の本を読む事もできるし、映画を見てもいい。海外英語フォーラムに書き込んでもいいし、Lang-8英語日記をつけてネイティブ添削してもらうのも、アジア圏のネイティブスカイプ英会話をやるのも良いだろう。

がむしゃらに英語と格闘することが必要なだけだ。そしてそれ以外に英語ができるようになる方法はない。

なぜ日本英語教育では英語を出来るようにならないのか

基本的に、日本英語教師英語ができないという事実がある。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG25H1M_V20C15A5CR0000/

全国の公立中学高校英語教員のうち、英検準1級以上かそれに相当する資格を取得しているのは中学28.8%、高校で55.4%だったことが25日、文部科学省2014年英語教育調査で分かった。政府教育振興基本計画17年度までに中学で50%、高校で75%との目標を掲げている。英語教員のいっそうのレベルアップが必要な状況が浮かんだ。

高校英語教師英検準一級が55%、半分近くが英検準一級を持っていないということだ。準一級を持ってないということは、日本文法単語の暗記中心の教育をする能力すら疑問符がつく。

準一級の問題は、日本英語教育で教えられたとおりに暗記した単語を当てはめ、文法ルールにそって直訳すれば理解出来る、日本人向け英語もどきしかない。それが分からないということは、英語もどきを教える資格もないということだ。

もちろん教師聖職として尊敬されるべき存在であり、それを指揮するのは霞が関文部科学省エリート官僚であるから自分たちが教えているのが「実際には役に立たない英語もどきです」とは言えない。「私たち英語がよく分かりませんし、『生徒をちゃんと英語が出来るようにしろ』と言われても出来るわけありませんよ。むしろ、そんなやり方を知っているなら教えて下さいよ」などと口が裂けても言えるはずがない。

それに対して一方では「聞き流すだけで英語ペラペラに!」とか「たった100語で英語は出来る!」とか「頻出フレーズを暗記すれば日常会話はバッチリ!」とか、英語教育界はオカルトだらけである

もちろん商売でやってるのであるから、「がむしゃらに英語と格闘しろ、それ以外ない」などと言えるはずもないのだが、そんなことを言っていても誰も英語が出来るようにならない。なんとかならないものだろうか。

私が実践してきた、オススメの、実際はがむしゃらにやるだけの英語学習法を紹介しておく。

http://anond.hatelabo.jp/20170526220542

http://anond.hatelabo.jp/20170524213622

http://anond.hatelabo.jp/20170522214348

TOEIC3000語が覚えられない

コメントを頂いた。本を読んでもTOEIC3000語が覚えられない、ということだった。

TOEICリーディング結構速読必要なので、その実力が身につくまで、100万語ぐらい、500ページのペーパーバック12冊分程度読まないと、普通最後までたどり着かないんじゃないかと思う。12冊分を辞書を引きながら、単語表現感覚を感じ取りながら舐めるように読めば、どうやっても8000語程度の単語感覚的に理解できる、生きた語彙力が身についてるはずだ。必要なのは暗記力ではなく、文を深く読み、英語表現意味を感じとる力だ。記憶は忘れるけれど、感覚は忘れない。忘れたと思っていても残っていて、何度か同じ表現を見かければ、その都度感覚は強化され磨かれていく。

単語を覚えるというのは読書の途中で自動的についてくるもので、ピクニックの途中で摘める野イチゴのようなものだ。しか英語学習者は読書というピクニックには出かけず、ピクニックの準備だけを念入りに行っているように感じている。「自分にはピクニックも難しい。ピクニックに出かけたらヤマで遭難するかもしれない。その時のために食料を買い込んでおこう」と言いながら、辛い奴隷労働をして腐りかけのイチゴを買い込んでいるように見える。ヤマに出ればいくらでもおいしい野イチゴが摘めるのに、ヤマに行っても腐ってて使い物にならない表面だけの単語知識必死で暗記しているように感じている。これは本当によくないことだと思う。

LONGMANをやるべきか

もう一つコメントを頂いた。学習者は英英辞典オックスフォードでなく、ロングマンをやるべき、というご意見だ。

辞書から得られるもの単語理解ではなく、ヒントでしかない。ヒントを英語で貰っても基本的英語学習者にはわかりにくい。英英辞典自体を読み物として楽しめないなら、英英辞典を見ても英和より効率が悪いと考えている。もちろんロングマンが読み物として楽しい、読んで頭に入りやすいという方がいるならその方が良いと思う。私はオックスフォードが読み物として楽しいので使っているが、面倒な時はウェブリオに走っている。

忘れていた

この記事は長文すぎて最後が切れていたので、二つに分割したものの後半部分だ。前半部分はこの記事と繋がりがあるようでないのだが、いろいろと書いた。 http://anond.hatelabo.jp/20170529095534

終わり

ネタがなくなったので、多分この増田で吠える英語考察は今回でしばらく休止するかと思います。今まで長文をご覧いただいた方、コメントを頂いた方、ありがとうございました。

英語教育は嘘まみれではないのではないか、という意見について

http://anond.hatelabo.jp/20170529221645 こちらでコメント返しをしました。

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