はてなキーワード: ポリシーとは
これが民進党なら、とりあえず今は最大野党だから、自民が嫌いならそれだけで入れる理由にはなる。
個人的にはあまり好きじゃないが、やけくそで共産党に入れるのもわかる。
しかし、野党のくせに改憲勢力に入ってる彼らに票を入れて、果たして何をしてもらいたいのか一番謎だ。
それを抜いたらこいつらの独自性なんて、せいぜい公務員叩きぐらいしかない。
今の政治に不満がなければ与党に入れればいい。彼ら以外に任せるのが不安なら、それもやむを得ない。
野党の存在意義は、それでも与党を支持できない人間の受け皿になることだと思うし、
また、政治的立場の違う彼らが時に手を組み、与党をブッ倒すことだと思う。
しかし、維新の場合はどうかというと、ポリシーに乏しい離合集散を繰り返した挙句、
そのうちしれっと合流してそうな連中が何を言っても説得力がない。
同じことが次世代の残党にも言えるが、彼らみたいにおとなしくしていてほしいのだ。
総務省 情報通信政策研究所の本体はどういった人がいるか分からないけど、委嘱している研究員の顔ぶれはこんな感じ。
http://www.soumu.go.jp/iicp/chousakenkyu/advisors.html
平成27年度 情報通信政策研究所 特別研究員(五十音順、平成28年1月29日現在) ●特別上級研究員 【法学系】 青木 淳一(慶應義塾大学法学部准教授) 専門:行政法、政府規制産業法 石井 夏生利(筑波大学大学院図書館情報メディア研究科准教授) 専門:プライバシー権・個人情報保護法、情報法 佐々木 秀智(明治大学法学部教授) 専門:英米法、情報メディア法 新保 史生(慶應義塾大学総合政策学部教授) 専門:憲法、情報法 杉原 周治(愛知県立大学外国語学部准教授) 専門:憲法、ドイツ法、メディア法 曽我部 真裕(京都大学大学院法学研究科教授) 専門:憲法、メディア法 寺田 麻佑(国際基督教大学教養学部准教授) 専門:行政法、情報通信法 東條 吉純(立教大学法学部教授) 専門:経済法 西土 彰一郎(成城大学法学部教授) 専門:憲法、マスメディア法 西村 暢史(中央大学法学部准教授) 専門:競争法、競争政策 林 秀弥(名古屋大学大学院法学研究科教授) 専門:経済法、独占禁止法と競争政策 平野 晋(中央大学総合政策学部教授) 専門:不法行為法、契約法、アメリカ法 若林 亜理砂(駒澤大学大学院法曹養成研究科教授) 専門:経済法 【経済系】 依田 高典(京都大学大学院経済学研究科教授) 専門: 応用経済学 春日 教測(甲南大学経済学部教授) 専門:産業組織論、経済政策 高口 鉄平(静岡大学大学院情報学研究科准教授) 専門:情報通信経済学、産業分析 佐々木 勉(ポリシー・リサーチ・ユニット株式会社主任研究員) 専門:情報通信経済学 宍倉 学(長崎大学経済学部准教授) 専門:公共経済学、産業組織論 実積 寿也(九州大学大学院経済学研究院教授) 専門:通信経済学、公共経済学、産業政策学 竹村 敏彦(佐賀大学経済学部准教授) 専門:応用経済学 田中 辰雄(慶應義塾大学経済学部准教授) 専門:情報通信産業の実証分析 手塚 広一郎(日本大学経済学部教授) 専門:産業組織論、公益事業論、交通経済学 徳原 悟(拓殖大学国際学部教授) 専門:開発経済学 中村 彰宏(横浜市立大学学術院人文社会科学系列教授) 専門:産業組織論、計量経済学 森脇 祥太(大阪市立大学大学院経済学研究科教授) 専門:ミクロ計量経済学 【人文・学際系】 秋吉 美都(専修大学人間科学部教授) 専門:情報行動のミクロデータ分析、社会統計 内山 隆(青山学院大学総合文化政策学部教授) 専門:メディアとエンターテイメントの経営戦略と経済政策 岡田 仁志(国立情報学研究所准教授) 専門:電子商取引論、電子通貨論、地域情報政策論 北村 智(東京経済大学コミュニケーション学部准教授) 専門:メディア・コミュニケーション論、情報行動論 小泉 力一(尚美学園大学芸術情報学部教授) 専門:教育工学、情報教育 小舘 亮之(津田塾大学学芸学部教授) 専門:メディア情報サービス、マルチメディア情報通信工学 土屋 大洋(慶應義塾大学大学院政策メディア研究科教授) 専門:国際関係論、情報社会論、公共政策論 橋元 良明(東京大学大学院情報学環教授) 専門:コミュニケーション論、社会心理学 ●特別主任研究員 【法学系】 生貝 直人(東京大学大学院情報学環特任講師) 専門:情報政策(知財、プライバシー、表現規制等) 早川 雄一郎(京都大学大学院法学研究科特定助教) 専門:経済法、競争政策 【経済系】 橋本 悟(帝京大学経済学部専任講師) 専門:公益事業、公共経済学、ミクロ経済学、産業組織論 山本 渉(電気通信大学情報理工学部講師) 専門:応用統計学 【人文・学際系】 河井 大介(東京大学大学院情報学環助教) 専門:情報行動論 齋藤 長行(お茶の水女子大学非常勤講師) 専門:メディア政策、行動経済学、教育工学 吉見 憲二(佛教大学社会学部現代社会学科講師) 専門:情報コミュニケーション、情報通信経済学 ●特別フェロー 工藤 郁子(慶應義塾大学SFC研究所上席所員) 専門:情報法 田中 康裕(専修大学社会知性開発研究センター客員研究員) 専門:国際情報通信学、社会情報学 堀川 裕介(東京大学大学院学際情報学府博士課程) 専門:社会情報学(メディア利用と心理)
オッス!オラ君は闇プログラマーの「その後」を知っているかの元増田だ!いっちょやってみっか!
元増田が消えてるのはてなサポートによる削除です。すまんなしばらく時間取れなかったんで放置してた。元増田はまだこことかで読めるので初見の人はそっち参照。
だそうだ。
アレが周知されて困るのって元闇プログラマー本人だけだしWeb魚拓とかもセコセコ削除申請してるので、多分本人の削除申請なんだろうけど「本人確認どうやったん?自己申告ベースだと『この増田は私の名誉を毀損しています!』ってメールで色んな増田が削除できちゃうよね?」ってはてなサポートに返信したら、
本人確認の手段は「はてな情報削除の流れ」に準じ、実名、住所などの
疑わしい場合には、本人しか知りえない事実の記載など、合理的に
懸念されているように、どなたでも削除依頼ができるということには
なりません。
ただ、本来、本ルールは、記事が権利侵害にあたることを理由とする
プロバイダ責任制限法による削除手続とは異なり、あくまで、サービスの
ポリシーとして、特定のユーザーや個人を批判・攻撃する文章を公開する
目的での利用自体を不適切と考えていることに由来するものですので、
削除依頼者が本人であることに疑義があるとする反論は受け付けません。
公共の利害に関し、公益に適う内容で、事実に基づいて個人に対する
だそうだ。
「削除依頼者が疑わしい場合」の処理なんか実際やってねーんじゃねーの?っていうか「削除依頼者が本人であることに疑義があるとする反論は受け付けません。」ってすげえ言い草だぜ…と思うが、要は「誰か批判するなら増田使うなボケが」「これがうちのサービスポリシーだから嫌なら他所でやんな!」って事だからこちらとしてもそうっすかサーセン、としか言いようが無いなーと思った。ただその代替案が「自身のブログでやれ」は訳がわからん。はてブロでやればいいすか?やらないけど。
ちなみに元増田の時も踊り子に触らないマナーある人々ばかりで、すげーな流石はてな民の民度は違うぜと思ったのでさらにその後をお伝えしておくと、今彼はこっちのアカウントで「アニメ、ゲーム等企画」「ガルパンとか防衛省とのコラボ話をしたりします」とかまるで反省する素振りもなく嘯いてるので今後も生暖かく見守ってあげてね!
お互いそれに対してどういうつもりだったかは定かではありませんが、
少なくとも双方口に出して相手を「セフレ」という言葉で表現していましたので、
当初はそんなものもあったのかもしれませんが、
いくつかの事件や彼女の振る舞いを見るうちに、そういった感情はなくなりました。
「女の勘」という言葉はありますが、それに似たようなものを俺も持っていて、
そのことには触れないでウチに来たので問い詰めたら認めました。
「そっちに行くなら構わないけど、平行するつもりなら俺は降りる」というような事を言ったと思います。
その時は、「もう終わったから」というような事で結局続いたという感じだったと思います。
もう1つは、先の件から1年ほど経った後、やはりその男と関係を持ったからです。
共通の友人で飲み会をやっていた時、俺と彼女とその男が参加していました。
後に、彼女は部屋には行ったが何もしていないと言いました。聞きたいことがあっただけ、と。
事実そうなのかもしれません。
目の前で、そっちに行くなら俺は降りるといった相手の男と、その男の部屋に行ったという時点で
俺の中で確実に何かが終わりました。
彼女は俺に「裏切られた」という言葉を使ったようですが、どちらかというと裏切られたのは俺だと思います。
それとは別に、俺の女性の好みとして、仕事に対する姿勢や、世間に対する認識といった、
そのへんが俺は合わなかった。
友達としてやっていくにはいいのだけど、人生のパートナーとして考えた場合に、
ぶつかるであろうことは目に見えていました。
それでなお関係をずるずる続けたのが悪いと言われればそうかもしれません。
いずれにせよ騙してそうしていたというつもりはありませんし、
それは俺のポリシーに反するので過去も未来も行うつもりはありません。
Windows 7 から 10 にアップグレードしたけど、思ってた以上に何も問題出なかった。
使ってるソフトとかも特にアップデートしてないけど全部普通に使えてる。
ただ、Windows Update 適用しましたっつって勝手に再起動されたのは参った。
出勤前に音楽かけながら顔洗ってたら急に音楽ブチッと切れる → 見に行ったら再起動中・・・。
あれだけは何とかして欲しい。
身の回りにも「後で再起動」を延々と選ぶ奴いるからそれ対策ってのも分かるけど、ちゃんとタイミング計って再起動する真面目なユーザが悲しい思いをしてるんですよ MS さん・・・。
Windows Update 適用は勝手にやっていいから再起動だけは完全に制御させてくれー。
ちなみに詳細設定で再起動の前に通知するようにしてたはずなんだけど・・・まさか通知時間って5分とか10分??
Pro だったんで取り敢えずローカルグループポリシーでしないようにしてみたけど果たしてこれで本当に大丈夫なんだろうか・・・。
左翼の人は自然派が多い気がする。自然食だとか自然に優しいエネルギーだとか自然保護だとか。
だが自然ほど弱肉強食の世界は無え。リベラルってのは、為政者だとか経営者の圧迫から弱者を助けるのがポリシーだろう。
一方自然はそんな生ぬるい世界ではない。この辺り矛盾してるんじゃないか? 自分の都合のいい「自然」イメージで語ってないか。
圧迫から人々を守る際には、時に科学的な手法が功を奏することだってあるんじゃないか。自然食ではなく、時に化学肥料が人を救うことだってあるだろう。
一応言っておくが俺は左翼だ。左翼批判をしたいのではなく、何となく矛盾してね? 左派と自然って実はイメージでは近しいところにあるけど、実態では距離があるのでは? 反自然こそが左派なのでは? ということを言いたいわけだ。
かつてのぼくはちょっと自意識の肥大した学生で、ネットで悪い意味で話題になった奴らを皮肉ったり、揶揄するようなツイートをよく書いてた。ブログも持ってて小保方問題とかに一言もの申したりしてた。匿名でそういうことを書くのに背徳感がないわけではなかったが、「クソ」「クズ」的なIQの低い誹謗中傷じゃなくて、問題の本質を見抜いたうえでチクリと一刺し、的な、そういうことを書けてる自負があったから快感だった。
で、ぼくがいる職場はそれぞれがクリエイターみたいなものだから、全員記名でSNSをやってる。内容は制作物の紹介とか、ちょっとした近況とか。一緒に仕事しててもみんな能力があって良い人ばかり。
だからって、先輩たちがたんなる善人ってわけじゃない。やっぱそれぞれ溜めこんでるものはあって、飲み会になるといろんな人の口から頻繁に悪口が飛び出す。悪口のやり玉に挙がるのは大きいところだと政策とか、やらかした有名人、ポリシーのない同業者とか色々。ウェブ上では淡々と作品を載せたりちょっとしたユーモアで和ませたりしてる人たちが、同じくらい鋭い切り口で身近なものをバサバサ斬って、アルコールと一緒に消費していく。翌日には全部忘れたように仕事に戻ってる。
それで気付いた。学生の頃に俺がやってたことって、この人たちが思っても言わなかったことをネット上に大公開してただけなんだな、と。
何が「本質を見抜いたうえでチクリ」だよ。そんなん一定のレベルに達してたらみんな得られる知見でしかなかった。先輩たちは言ってもどうしようもないと分かってることを見えるところでは言わないだけだ。鋭いことを言えちゃう視点を悪意の発散の免罪符にしてたことがわかって恥ずかしくなった。もちろん先輩らも見えないとこで匿名で愚痴ってんのかもしれないけどさ、そうあって欲しいとちょっと思ってしまう自分が嫌ね。
技術的には全てのものはできるけど、運用ポリシーで規制されているだけでしょ。送信と受信は別物の動作だけどエンドユーザーからはメールとしておなじに見えるからそう見える。
退職から一年が経過し、新しい職場(WEBベンチャー企業)での仕事に慣れたこと、
また、富士通の同期入社の友人から頻繁に転職の相談を受けるようになったこともあり、本エントリを執筆する。
はじめに、筆者の退職理由を簡単に述べると、富士通という会社に未来を感じなかったことと、やりたい仕事はできないだろうと判断したためである。
参考までに、筆者は公共機関向けのシステム開発部門に所属していた。
担当していた業務は様々で、小規模なシステム開発や、子会社・下請企業の管理であった。
富士通には、人材キャリアフレームワークという社員評価制度があり、現場には、入社何年目はこのレベルの仕事、といった暗黙の了解がある。
本人の能力や意欲とは全く無関係に、入社後の経過年数で、仕事の裁量の幅が大きく制限される。
このことはいわば、学習指導要領ならぬ、業務指導要領があるようなものだ。
このような枠組みや暗黙の了解が存在すること自体が問題なのではなく、その枠組から逸脱した人材を想定しない・評価しないことが問題なのである。
筆者がお世話になった優秀な先輩方は、この業務指導要領の要件を満たして手に余った人、
いわば天井にぶつかった人から先に、より大きな仕事がしたいという理由で辞めていった。
筆者もその一人である。
既存産業の大きな成長が望めなく、社員個々の多様性が重要視される昨今の経済情勢において、
高度成長期における横並び思想をもとの作られたやり方が未だに社内を謳歌しているのは時代錯誤というほかない。
富士通への提言として、これからの時代は、年齢も在籍年数も関係ない人材評価制度を作っていくべきである。
そして重要なのは、会社の既存事業でいかに利益を上げたかについての評価ウェイトを下げ、
いかに新しい発想で新しい事業を提案したか・実現したかという評価項目を設立するべきである。
なお、富士通には社内ベンチャー制度があるが、これはうまくいかない可能性が高い。
なぜなら、社内ベンチャーを承認するのは旧式の人材の典型例である高齢な経営層であるからだ。
いままで数十の社内ベンチャーの審査結果を見てきたが、彼ら経営層に事業の将来性を判断する能力はないと痛感した。
また、他の理由としては、富士通の既存事業と衝突すると社内ベンチャーが潰されるということがある。
将来性のない既存事業を残して、将来を託すべき社内ベンチャーを潰すという企業風土なのだ。
富士通という会社には多数の既得権益集団がいる。そして、社内のルールは彼らが決して不利にならないように作られている。
なぜなら、ルールを作る権限は、先頭を走る集団、1980年代に大成功を収めた既得権益層がガッチリ握っているからだ。
いわば、前を走る人を抜かしてはいけないレースのようなものだ。
このような出来レースで若手社員のモチベーションが続くはずはないことは明らかだ。
筆者は、決して年功序列主義を批判したいのではない。
既得権益層が年功序列を悪用して、部下の手柄を自分の手柄にし、部下の失敗を部下に押し付けている実態に対する批判である。
ノブレスオブリージュ、権利を有するものには義務がある、という思想がある。
富士通の既得権益集団には会社の技術力や社員を率先することで、企業としての地位を向上させていく義務がある。
実態は、社内の後進に抜かされることを恐れるあまり、後進の他社に抜かされている。
ちなみに、この既得権益集団に有利なルールが生み出した現状については、
同じく富士通OBである城繁幸氏の著書「若者はなぜ3年で辞めるのか?」(光文社新書)が詳しい。
経営学において「ヴィジョナリーカンパニー」という名著がある。
この本によると、会社が永続的に成長・発展していくためには企業理念(ビジョン)を社員ひとりひとりが持つことが必要不可欠であると指摘している。
富士通の企業理念は、変革に挑戦し続ける姿勢や、よりよいICT社会づくりに貢献することを掲げている。
しかし、富士通という会社の現状として、このヴィジョンを失っている社員、とくに管理職がとても多い。
30代を過ぎて会社に定住することを決めた社員に変革に挑戦しようという熱意ある人物はひとりもいなかった、
そういう人々にとってICTで社会づくりなどどうでもいいのだ。
ただ顧客の要求を聞いて、それを子会社や下請けに作らせて予算や利益を達成することにしか興味がない管理職が大半であった。
元GEのCEOであるジャック・ウェルチ氏は、たとえ成果を出していようと企業ビジョンを共有しないものはクビにしろと自著で語っている。
このポリシーを導入したら、富士通の管理職の80%はクビになるであろう。そのくらいに富士通の管理職は夢や熱意のない人物ばかりであった。
そのような人材が将来的に会社を破壊する、というウェルチ氏の指摘の正当性を、富士通という会社の惨状が示しているのは皮肉という他ない。
富士通への提言として、ウェルチ氏のやり方を実行すればよいのだ。
成果によって管理職のクビを決めるのではなく、ヴィジョンを共有できているかでクビを決めるのだ。
このやり方を実行すると既得権益を握って離さない経営層や管理職が一掃される。
既得権益にしがみつくだけの人物こそ、ヴィジョンを持たない人物である割合がとても多かったことを付け加えておく。
経営コンサルタントの大前研一氏は、日本の生産性がアメリカの半分しかなく、もはや発展途上国にすら負けていると指摘している。
その原因について、日本では業務標準化が全く進んでいないためであると述べている。
自分の住む自治体と異なる自治体のマイナンバーのITシステムを比較してみてほしい。
ここで、自治体が異なればITシステムも異なることに気づくはずである。
はたして自治体ごとに個別のマイナンバーシステムを作る必要があるのだろうか?
答えはもちろんノーである。全国どこでも一律の業務であるべきであり、同じITシステムを導入するべきである。
自治体ごとに業務フローが異なるために、別のITシステムを使用した時に業務がこなせないという事態が発生する。
そのため各自治体が個別にITシステムをITベンダーに発注することになる。
そこでITベンダーは各自治体ごとに個別のITシステムを作ることになる。
ITベンダー側からすると一度作ったことがあるものをカスタマイズして、業務の順番を入れ替えたり、扱うデータを多少変更するだけで済む。
それなのに膨大な金額を請求するわけだ、ITベンダーとしてはボロ儲けである。
(なお、主要ITベンダー決算書を見ていただくとわかるが、ITベンダーの利益率が高いわけではない)
特に自治体のITシステムは国民の税金で作られているわけである。
各自治体は、このような現状を放置していて、国民に申し訳ないと思わないのであろうか?
このことは、決してITベンダーにのみ責任があるわけではない。
総務省が陣頭指揮をとって各自治体の業務標準化・統一化を進めなくてはいけないのに、それが全くなされていないのは監督官庁としての責任放棄である。
このように業務標準化が全く進んでいない現状は自治体に限らず、民間企業においても同様である。
会計パッケージにおいて、世界のデファクトスタンダードになりつつあるSAP導入に失敗する事例を数多く見てきた。
失敗する理由は、個々の企業の業務に合わせてSAPをカスタマイズしており、そのカスタマイズでは対応できない業務フローが存在するからである。
問題なのは、そのような業務フローは、決して必然的な業務ではなく、過去の慣習から存在しているだけであることがとても多い。
ここにおいて、ITシステムが業務に合わせるのではなく、ITシステムに合わせて業務の方を変えていかなくてはいけないのだ。
このことは、サービス・流通業の顧客からSAPのカスタマイズで無理難題があがってくることが特に多いことと無関係ではないであろう。
富士通は、既存顧客の業務標準化およびデファクト・スタンダードとなるITシステムの開発の陣頭指揮をとる役割を果たすべきだが、その望みは期待できない。
なぜなら関係が深い企業において、業務が効率化すると大量の社内失業者を出すことになるからだ。
そのような"顧客との良い関係"を崩すようなことはやらない会社である。
日本という国のあるべき姿を長期的に考えた際に必然的なことであるにもかかわらずである。
富士通の企業理念である、よりよい社会づくりに貢献するとは、まさにこの業務標準化を推し進めることなのではないのか。
富士通には外国籍の社員が相当数在籍している。しかし、彼らに求められる日本人への"帰化圧力"がとても強い。
同期入社の中国籍の友人は、対外発表会のために完璧な日本語の発音の練習をさせられていた。
完璧な日本語の発音は日本人に任せるべきで、中国に精通しているというメリットを活かせる部署に配置転換するべきである。
なお、残った外国籍社員をみると、小学生から日本にいるなど、生まれたのが海外というだけのほぼ日本人だったりする。
外国籍社員の離職率が高いことに対して、本部長が提示した対策が、
長く働きたい会社とはどのような会社か、というテーマで外国籍社員を集めランチタイムにディスカッションさせるというものだった。
この席で「無能な人が本部長にならない会社で長く働きたい」という大喜利でもすればいいのだろうか。
富士通はグローバル企業を表明しているが、このような組織で海外進出などできるはずもない。
なぜならば富士通の利益構造では、海外において利益を上げられないからだ。
このカラクリの解説は大前研一氏が詳解されているので、参考にしていただきたい。※1
6.富士通の良いところ
ここまで富士通に対する批判と改善の提言を述べてきたが、富士通の良いところについても触れておきたい。
まず、個々の社員の仕事力や組織力といった点では、他の大企業と比較して遜色ない。ただし、富士通の主要グループ企業に限るが。
数十を超える大企業および中小企業と仕事をしたが、やはり大企業は個々の社員のレベルが高く、組織力も高い傾向にある。
顧客として他社と仕事を進めていくうえで、大企業の方が優秀な担当者に遭遇することが多く、仕事がとても進みやすかった。
この理由について、大企業の社員育成能力が高いことはもちろん、社内チェック体制が整っているからではないかと思う。
社内で質の悪いものは弾いており、社外に出さないようにしているのだろう。
また、富士通は顧客主義がきちんと徹底されている会社であると感じた。
筆者と富士通の顧客主義が異なっていた点はあるものの、顧客起点に立つという考え方は大事なことである。
柔らかい人が多く、職場の雰囲気はとても良かった。お世話になった直属の上司や先輩方は、優しく丁寧なご指導をいただいたことに感謝している。
7.おわりに
最後に、立花隆氏の著書「東大生はバカになったか」(文春文庫)から名文を引用したい。※2
「いま、この辞めたい気持ちを逃したら、この会社に骨を埋めて、あそこにいる連中と同じになってしまうと思った。」
結局、筆者の退職理由は、偉そうな顔をしているがロクなビジョンも打ち出せない富士通の上層部のような人間になりたくなかったからである。
富士通という会社に必要なのは、優秀な若手の育成などではなく、無用な老害の排除である。
筆者には、富士通という会社は、沈みゆく泥船にしか思えなかった。
※1「産業突然死」の時代の人生論、第44回 談合をなくす二つの妙案-"便利なゼネコン"はいじめの温床
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/a/46/
(この記事のゼネコンをITゼネコン(ITベンダー)に置き換えていただきたい。)
※2 引用にあたり、語尾を改めた。
補足1.城繁幸氏の著書「内側から見た富士通」(光文社)についてのコメント
この本は富士通が先んじて導入した成果主義が、名ばかりで社員のやる気を奪う結果に終わったという実態を告発した本である。
この本について、いくつか述べたい。
まず、本題である、成果主義が経営層のご都合で導入されて、社員のモチベーションを奪うという最悪の結果に終わったという指摘はまさにその通りである。
また、この本が出版されてから10年以上経つが、実態は改善されていないし、する気もないのだろう。
(そもそも経営者のご都合成果主義の導入を失敗だと気づく能力が欠如しているのかも知れない)
管理職の仕事は、部下の成果を評価することではなく、予算内におさまるように部下の評価を調整することであった。
なお、成果主義の導入を評価している現場社員は誰もいなかった。
(成果主義を批判する幹部社員はいなかった。おそらく批判すると何らかのペナルティがあるのではないかと邪推している。)
補足2.転職について
筆者の転職について、考慮したことをいくつか述べる。
まず、次の会社・仕事の選び方および交渉の進め方については、山崎元氏の著書「会社は二年で辞めていい」(幻冬舎新書)を大いに参考にした。
転職は考えていなくとも、今の時代を働く考え方、人材価値のセルフマネジメントなどは一読の価値がある。
富士通という大手を辞めたはいいが、次の会社で苦労している人が多いという意見についてコメントしたい。
筆者に言わせれば、それは転職のツメが甘いのだ。
現職のどこに不満を持っていて、そのうち、どこが改善の余地があり、妥協するべきであり、次の職で改善を期待するのか、についての思慮が浅い。
社会のルールをわかっていないで転職したとしか思えないケースもある。
そもそも富士通という会社に勤めているにもかかわらずITゼネコンの生態系を理解していない社員がとても多い。
下請け企業にいけばもっとやりがいのある仕事ができる、などという浅い考えで転職する人はいる。
ITゼネコンの下請けを生業とする会社の社長は、中間管理職と何一つ違いはない。
上の指示(元請けの発注)を受けて下に伝達するだけであって、自身で新しい事業を生み出す能力のない企業である。
新しい会社は、自社で新しい事業を生み出す能力があり、きちんと利益を上げている。
転職において改善したかったこと、専門的な業務ができること、自分のアイディアを事業に活かすことができること、それらがすべて達成できた。
Googleの広告に表示されている矢印、本当に消して欲しい。多分この文のすぐ上に表示されてると思うんだけど。
ユーザーの誤認を誘ってる。
それがコンテンツの矢印かどうかを判断するのに、リソースを割かなければならないのが苦痛。
Googleの広告に横向き矢印が使われるようになる以前は、横向きの矢印はほぼページングにあてられていた。
なのになぜGoogleは矢印を使う?(効果があるからだとは思うけど)
あきらかにユーザーの誤認を誘うような、悪意あるインターフェースだと思うんだけど。
本当に悪意を感じるインターフェースだ。
Googleの「広告の配置に関するポリシー」に書いてあることにも違反しているとおもう。
https://support.google.com/adsense/answer/1346295?hl=ja#Encouraging_accidental_clicks
Google 広告のクリックを誘発するような行為は禁止されています。これには、メニュー、ナビゲーション、ダウンロード用リンクといったウェブサイトの他のコンテンツと誤認させるような方法で広告を配置することも含まれています。
ページングと誤認するからやめてほしい。実際ページングと誤認してクリックしたことあるし。
怒りが湧いてくる。
それとも、ページングだと誤解されるような位置に配置する設置者が悪いの?
ならば、誤解を与えているから、ページトップとボトムに広告を配置しているサイトは基本禁止してくれないか?
https://support.google.com/adwordspolicy/answer/6021546?hl=ja
にも書かれてる。
「ここをクリック」とは書いていなくても多くのサイトで「ここをクリック」の意味で使われている矢印を配置するのはOK?
「 > 」って表示されてるのは、「次へ」って記号を置いてるのと変わらなくないか?
「次へ」ってのは、「ここをクリック」ではなくて、「下の段にも文字列がありますよ、って意味ですよ」と言い訳すれば広告に載せてもいいの?
A/Bテストの結果、「 > 」を広告に配置すると、同じ文言でもなぜだかわかりませんがクリック率が上がりました。なので「 > 」を採用しようと思います。
「ここをクリック」と書くのはアウトですが「 > 」は言葉じゃないからOKでしょう。
みたいなやりとりが社内であったのかな?おかしいだろ。
なぜ「 < 」を配置しない?この記号には「次へ」という意味が染みついてないからだろ?それがあってもユーザーの偶発的クリックを誘発しない、クリック率はあがらないからだろ?
「 > 」を使っている理由がすべてを物語っている。Googleは自らの広告ポリシーに違反している。
ってポリシーに書いてあるとおり、矢印には意味があると認識してるじゃないか。
外側じゃなくて内部に置いてあれば良いのかよ。
誤解を招くカスみたいな要素を含めるのはやめてくれ。これが本当にGoogleのやることなのか。
怒りにまかせてだらだらと書いてしまった。
いつもは本ブログで映画批評はしているのだが、今回は匿名ダイアリーにした。本ブログをリア友に教えるのは絶対に嫌だし。
<以下ネタバレを含みます。本作視聴済み以外の方は戻ってください>
映画館にぎりぎりで到着。実は女の子を1人誘ったんだけど体よく断られたので泣く泣く1人で来た。
さて今回の映画だが、結論から言ってまったく駄作である。もう見終わってびっくらこいた。ここまでつまらなく作れるのは逆に才能だと感じる。
まずコナンファンとしていわせてもらうと、映画の冒頭カーチェイスは紺碧の棺で、記憶喪失ネタは瞳の中の暗殺者で既にやっているではないか!!もうこの時点で興ざめである。
また驚いたのがキャラクターの薄っぺらさだ。黒の組織、FBI、公安の三すくみが今回のテーマだったようだが、FBIは冒頭にコナンにタクシー代わりに使われたのち出てこないし、公安の観覧車に同乗していたモブはキュラソーの太ももプレスで簡単にイってしまうような腰抜けである。赤井は赤井でブンブン回るオスプレイを前に「難しい…」とつぶやくばかりでなかなかライフルを撃とうとしないし、安室に至ってはいきなりキレはじめてストリートファイトをおっぱじめたのである。この安っぽい韓国映画のような作風はどうにかならないのだろうか。
つまり1人として魅力的なキャラクターが描けていないのである。これで喜んでいるのは格好良ければ何でもいいような脳みそ高野豆腐の女子だけであろう。
キャラクターといえば新キャラ「キュラソー」にも触れなければならないだろうが、こいつは一体何だったのであろうか。せっかくの美貌とオッドアイという個性を持ち合わせているのに、さっさと記憶を消され、満足に活躍する間もないままダンプの中でプチッである。まあ生かしておくと赤井を超えるチートキャラになるので死亡フラグは登場時点でビンビンに張っていたわけだが、それにしても作中ずっと「わからない…」を繰り返すだけの痴呆女に成り果ててしまった…これには俺もベルモットもがっかりである。
ベルモットで思い出したが、黒の組織もあほすぎる。ヘリやオスプレイをぶんぶん飛ばしまくっているようだが、あれは暗殺と言えるのだろうか。ちなみにオスプレイは上空200mを飛行していても90デシベルの騒音が響く。彼らは水族館の照明を落としただけでご満足のようだが、地上の人間には丸わかりである(はずである)。あとちょっと笑ったのが、オスプレイに乗りながらズラかるとき、ジンが「空自が来る前にずらかるぞ」と言っていたが、あまりに航空自衛隊を舐めた発言である。国籍不明の未確認機をレーダーが捉えていないとでも思っているのだろうか、それとも首都高大爆破事件をもみ消した「大きな力」とやらがここでも働いているのだろうか。謎は深まるばかりである。
ジンの話をもう少しさせてもらうと、驚いたのは以前より精細さを欠いた哀れなジンの姿である。爆弾を仕掛けたはいいもののあえなく解除され、空しく起爆スイッチを連打する姿は面白すぎるし、いきなりオスプレイからガトリング砲をぶちまける姿はまるでクールとは正反対だ。実はこいつは非常にアホなのでは?そもそも組織内にFBIだのCIAだのがガバガバに潜入しているのもこいつの責任なのかもしれない。しかも倉庫でバーボンとキールを追い詰めたのにも関わらず、メール一本で「まあいい…」って、あなたあの残酷なまでのポリシーはどこに行ったのでしょうか。
と、ここまで残念続きのキャラクターたちであるが、キャラクターを作ったのは主に青山剛昌である、しかし今回の駄作映画の戦犯はやはりお涙ちょうだいの情けないB級ストーリーであろう。これは原作者ではなく映画制作班の責任も大きいと思う。
まず全体としてロジックの筋道が立っていないのは本当にやめて頂きたい。ゆっくり視聴しているのに、いちいち思考する必要が出てきて非常にしんどいのである。映画は時間に厳しく制限をつけることで視聴者に解釈の余地を与えないことが利点であるのに、僕が映画中に女の子のことを考えているようでは失格である。
特に頭をひねるのが、映画終盤、ベルモットが「あのメールを送ったのはあなた?」とキュラソーに電話で聞いたのに対し、キュラソーが一瞬の躊躇のあと「えぇ、そうよ…」と答える場面。
コナンによってメールが送信されたのはキュラソーが記憶喪失中で、その後もメールの送信に関してキュラソーが何らかの情報を得た、ような描写は存在していない、つまりこの電話の時点でキュラソーはメールのことなどまったく知らないのである。ではキュラソーはなぜこのような返答をしたのであろうか。考えられる説としては、
1.キュラソーが送ったと答えたのはカーチェイス中に送ったメールのことだった
1の場合ならば返答の説明はつくが、一瞬の躊躇の説明がつかない。あれは別に思い出すのに時間がかかったのではないだろう。
2の場合もどうであろうか。彼女が少年探偵団を頭が切れる集団だと捉えていたとは到底思えないし、クールキッドとは特に絡みもなかったのでこれもあり得ないだろう。
どちらにせよ心理描写が描けない監督なのは間違いがないようである。
さて、数々の爆破と死傷者を出し、屍を踏み越えてきた黒の組織。さらにNo.2であるRUMの存在も示唆され、物語は紛糾を極めている。作者は「原作100巻までに物語を完結させる」と息巻いているが、果たしてこのペースで間に合うのであろうか。物語は始まったばかりである。
「こどもうめ!」
もう、ほんと、誰に何をどうしろっていうんだろうね。
それ以前に、多くの女性は働きたいとは考えていないじゃないか(ポリシーがあってそうだというのではなく単なる怠惰も含まれているだろうが)。
(歴史的に見て)これまで散々女性の地位を貶めてきておいて、不都合が起こると急に「登用だ!活躍だ!」なんていうご都合主義が通用するわけがない。
女性からの反発はもちろん、男性からも「逆差別だ!」などという批判もそりゃ出るわ。
女性管理職が少ないというが、志願しなかったのは女性だが志願した女性を登用しなかったのは男性である。
よくある話題なんだけど二次創作の許可を公式に確認しに行って公認「二次創作お断り」をいただく問題がtwitterで盛り上がっているよう
問い合わせして返答内容をさらすだけでキモオタや同人作家どもを攻撃できて、(今回は特に)ましてや一次創作者サイドからのレスがもらえるなんて荒らし的に無茶苦茶最高のメソッドだということに今回気づいた
身バレとか訴訟とかを恐れずに荒らしに励むなら、わざわざ実際に作者に返答を求めず返答を捏造し燃えそうなところに投下すれば簡単に燃え上がるだろうし、もし作者がその捏造を指摘するとなればその際には自身の二次創作ポリシーについてコメントせざるおえない状況が生まれ最高にハッピーなことになりそうだ
おお!なんて素晴らしいことを思いついてしまったのだろうか!二次創作に自信ニキが多いtwitterやpixivで流行ったネタは今後全てそうしていきたい気分だ!
その位自分でやれよと言うような次元のことを人にやらせた上で文句ばかり言う上司がムカついて仕方がない。
物覚えは悪く同じことを何回も聞く、書いてあることは読まない、図にすれば見もせず説明を要求する、そして説明は遮って的外れな自分の思い込みをぶちまける。
違うと説明すれば逆切れする。自分のアタマで考えることすらしているように見えない。
自分自身「人を頼らず、人を信用せず、自分で解決できることは極限まで自分で解決する」というポリシーの持ち主だから、人を動かすだけの人間が好きになれないのはその分もあるかも知れない。
自分が意識していないだけで、その実人にものすごくいろいろなことをやってもらっているんだろうという懸念もある。
それを抜きにしても、こいつは異常だとしか思えない。
俺は変なんだろうか。
すごく良いこと書いてあったのですが参考にしようとしたらサイトが消えいたので、魚拓から転載。
働・学・遊・美をミックスしましょう
計画は役に立たないが、計画することは不可欠だ。
by ドワイト・D・アイゼンハワー(第34代アメリカ大統領)
人を最もダメにするのは「全体像」を見せずに「部分的なこと」をずっとさせること。
これ続けてると何も考える力のない指示待ち人間ができあがる。こわいこわい。
by 外尾悦郎(スペイン、バルセロナのサグラダ・ファミリア主任彫刻家)
腹が立ったら自分にあたれ、悔しかったら自分を磨け。
神は細部に宿る。
by ミース・ファン・デル・ローエ (建築家)
放っておくと会議の時間の九十五%は「コメントの交換」に使われている。
by 「ケッヘル」(中山可穂)
重要なことは、正しいか、間違いかではない。うまくいくか、いかないかです。
マネジメントとは、そのようなものです。
by ピーター・F・ドラッカー(マネジメントの神様)
やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ
話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず
あなたに幸運の女神が微笑んだのであれば、プロジェクトは無事に完了し、幸せになれます。とてもとても幸せになれます。多くの人々は、自分では何の失敗もしていないのに、ここまで到達することができないのです。豪勢な夜を計画してください。どんちゃん騒ぎをして散財してください。そして、その時のことをいつまでも語り継げるようにしてください。
by 「アート・オブ・プロジェクトマネジメント」
この50人時間の差が大規模で長期間のプロジェクトの場合に大差を生む。
20人のチームの場合。
この4人分の差が大規模で長期間のプロジェクトの場合に大差を生む。
ミーティングと同じようにコストを意識する。読む人の時間をムダに奪ってはいけない。
反省会は、社内グループウェアのメッセージ機能を使って、こんな感じでやってます。
ファイアープロジェクトに助っ人参戦した場合にどうするか。原因のほとんどはマネジメントもしくはコミュニケーション。
20人程度のチームならこれらを1~2日で終わらせて雰囲気を一新する。あとはふつーのマネジメントへ。
それはその名の通り女の子に自分の射精についていつどこでどうやって行うかを全てコントロールしてもらう(させられる)というものだ
二次エロらしいポップでノリやすいカテゴリのため私もそれなりに好きなのではあるが、現実の性癖としてアリかといえば悪ふざけ感が強く出て受け入れづらくなりそうだと踏んでいる
あの体だ、ネットやツイッターは出来てもさすがにオナニーは難しそうだ
Z武が不貞を働いたことについての謝罪表明行い、その中で妻も同様に責任があるとして謝罪していた
Z武夫妻のセックスポリシーがどうなっているのかは知ったことではないが射精管理責任が妻にあるのだとしてそれを疎かにしていたのかもしれないと邪推してしまった
この間2chで見かけたコピペでも思ったのだが障害者の射精事情ってほんと悲惨なことも多いのだろう
そのコピペ紹介しよう思い少し探してみたのだが他のコピペとか読んでると辛くなってきたから貼るのはやめておこう
世知辛いものだ
女は産むべきである。
男は孕ませるべきである。
女は生む機械だと発言した人がいるが、そういう言い方をするのであれば、男は種をつける機械である。
女には、種を選ぶ権利があるし、まあ、一応男にも誰に種をつけるか決める権利がある。
そこに双方の合意が必要であるという話は今回の本題ではないので割愛。
例えば地球全体として出生率2以下であれば遠い将来人類は滅びる。それは、否定しようがない。
一方で、じゃあ子供が3人以上生まれればいいかというと、それはそれで滅びるだろう。
だから、すべての女が際限なく生むべきであるかと言われると、そうとも言えない。
社会全体として、出生率がある一定の数を保ちつつ、その国家あるいは地球全体として、適正な人数の人間が存在する世界というのが望ましい。
適切な人数というのがまた難しい問題で、日本だけで言えば多少いまよりも人口が減っていいのだろうけれど、
世界全体からみた日本の人口減が、日本の国力・競争力を下げるようでは良くない。
その数がどのくらいなのかは、社会学者が研究する価値があると思うが私には出来ない。
そのように考えた場合、
生むことが肉体的・社会的に可能である女は、肉体的・社会的に種をつけることが出来る男を選択して一定数生むべきである。
生むことが肉体的・社会的に可能である男は、肉体的・社会的に生むことが出来る女を選択して一定数孕ませるべきである。
問題は、今の社会が、このような男女のペアをどれだけ作ることが可能なのかということと、
そのような立場であっても、その人のポリシーとして、生むことも孕ませることも嫌だという意見をどの程度尊重するかということである。
社会的な問題は大きい。社会的に不可能なものは、政治家になんとかしてもらいたいところだが、他人任せでなんとかなるのかはわからない。
社会的に産めない・種付けできない人たちが、可能な人たちをサポートするのは、本来はおかしい話で、
その人達が社会的に産める・種付けできる人になるように、社会が努力するのが本筋であろう。
肉体的に産めないにはいろいろな可能性があるし問題も多いが若干本筋では無さそうなのでそのような方々には申し訳ないが今回は割愛。
一方、ポリシーとして嫌だという人については、社会の糧になる義務があるかどうかは議論する余地がある。
ただし、これは、男女両方に当てはまる。
これをどれだけ議論するかは難しいところだが、
現実的には、子供に対する福祉制度があることは、子供がいない人にとっては、自分の税金が血縁ではない子供に使われているという意味で
これ以上義務を果たす必要があるかどうかは、難しいと言って逃げるが、
高齢者に果たす義務よりは子供に果たす義務の方が多いほうが社会としては健全だよなあくらいは思う。
以上長文失礼。
?僕は世間体で言ったんじゃなくて、家庭を支えていくのに、今の男の収入だと女の収入0の場合結婚を躊躇すると言ったんだよ。転職活動中はそういう意味で問題が薄い。休職中は、君と付き合う前で悩んでいるという条件から産休や育休ではないと考えて、精神を病んでいるなりなんらか理由があることを想定しているかとも思ったけど。
|| やっぱり結婚ってなると、親に紹介する事になるし「息子と同じ大学出ておいて無職の女性?」ってなるわな…。
東大出でも、文系研究者とかなら非常勤講師しかやっていない(≒無職)みたいなの居なくはない。
例えば、それで素敵な研究してたら普通に説明するわ。経済的にはつらいので躊躇するのは変わらない。
|| 正社員できちんとサラリーマン女子やってる人間じゃないとな…。