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2023-07-28

anond:20230728094109

IAEAは各国の施策について直接GOサイン出すようなポジションにないからな。

ところで岡田充という名前を覚えてなかったのでググったらゲップがでるようなアレだった。こういう奴はいったいどんだけいるんだろう。以下ウィキペディアから抜粋

岡田 充 おかだ たかし

ジャーナリスト 拓殖大学客員教授 共同通信客員論説委員

日本社会党 岡田春夫の次男

韓国ホワイトから除外することを決定したことに反対する声明韓国は『敵』なのか」の呼びかけ人

環球時報取材で以下の主張をした。

アメリカ国務省中共ウイグル弾圧ジェノサイドと見なしていることについて非難論陣を張っている。

2022-10-25

anond:20221025101514

胡耀邦さんが民主的で偉大な人だったからな

その愛弟子である胡錦涛さんもそのマインドを受け継いだのだろう

オープンマインドだった 胡耀邦趙紫陽時代藤村 幸義)2011年4月

最近中国経済発展こそ著しいが、自由闊達雰囲気はあまり伝わってこない。それどころか政治民主化は遅れ、メディアへの規制は強まるばかり。経済面では国有企業勢力が再び増している。なにか時代に逆行している印象もある。

これまでの経済発展方式を転換すると言いながら、実際には大胆な改革に踏み切れずにいるのも歯がゆい改革・開放政策に着手してから30年余り。中国はいまいちど、この政策に着手したころ、胡耀邦趙紫陽リーダーシップをとっていたころのオープンで溌剌とした雰囲気を思い起こす必要があるのではないか

胡耀邦に初めて会ったのは、北京空港だった。筆者が特派員として北京に赴任してまもない1979年の半ばころだったと記憶している。すでに前年末の党中央委員会議で、中央政治局委員・党中央宣伝部長への就任が決まっていたが、我々外国人記者の前には姿を見せていなかった。

背が低くて頭は三分刈りくらい、なんとも貧相な男が、突然筆者の前に姿を現した。にこやかに笑っている。すぐに、これがあの胡耀邦だと分かった。つまり、筆者が復活後の胡耀邦の姿を見た最初外国人記者だったのだ。気がついた他の記者たちが寄ってきて、たちまちのうちに人垣を作ってしまった。

胡耀邦経済シンポ開催を

その後はとんとん拍子で出世していく。1981年6月に華国鋒のあとを継いで党主席就任した(1982年9月には党主席制の廃止に伴い、新しく導入された総書記就任)。

筆者がその自由闊達な人柄に直接触れたのは、1984年6月、日本経済新聞社人民日報との交流スタートさせ、北京取材代表団を送り込んだ時だった。人民大会堂で、胡耀邦と会見するチャンスを与えられた。初めて会った時の貧相な感じは消え、頭髪も長く伸ばし、威風堂々としていた。

中国首脳との会見では、相手側に一方的に喋りまくられ、こちから質問するきっかけを作りにくいのが通例だった。しかし我々は違った。儀礼的なあいさつは最小限にとどめ、日本経済新聞社の初代北京支局長だった鮫島敬治氏と筆者がタッグを組んで、次々と質問を繰り出した。

これに胡耀邦も応えてくれた。会見は予定時間を大幅に超え、1時間半にも及んだ。「今後10年間に外国から500億ドル外資を導入してもいい」と、手に持った鉛筆を振りかざしながら、対外開放に積極的姿勢アピールした。

このやりとりがよほど気に入ったらしい。最後胡耀邦は、同席した人民日報の秦川社長の方を向いて、「ことし秋に人民日報日本経済新聞が共催してシンポジウムを開くように」と指示したのだった。秦川社長も驚いた様子だったが、すぐに同意し、その場で日中経済シンポジウムの開催が決まってしまった。

かくて1984年11月に「中国の対外開放政策日中経済技術協力」をテーマにした日中経済シンポジウム北京で開催された。筆者は当時、国際部デスクだったが、数カ月ほどその仕事を離れ、シンポジウムの準備にかかりっきりになったのを覚えている。シンポジウムパネリストには、いま日本航空再建に采配を振るっておられる稲盛和夫京セラ社長(当時)にも加わってもらった。

シンポジウム終了後には、胡耀邦と再び会見できた。年に2回も会ったことになる。メディア単独で年に2回も中国首脳と会えたというのは、異例中の異例だった。

胡耀邦はこの時、韓国との直接貿易について「南北交流の進展を見ながら」との条件付きながら開始を示唆した。いまや中韓貿易は大きく発展しているが、当時としてはかなり大胆な発言だった。我々との2回目の会談胡耀邦も気を許したのかもしれない。

胡耀邦は1987年1月に総書記を解任されるが、日中経済シンポジウム継続され、1988年11月北京で第3回目が開催される。この時に会見したのが、胡耀邦の後任として総書記就任した趙紫陽だった。

●会見でビールを飲んだ趙紫陽

趙紫陽胡耀邦に負けず劣らず、あっけらかんとしていて、オープンマインドだった。ブルジョワ的との批判を恐れずに、いち早く背広を着こなし、ゴルフ場にも通った。

ある時、明の十三陵近くのゴルフ場趙紫陽とばったり顔を合わせたことがある。アウトの3番か4番だったろうか、ゴルフ場スタッフが駆け込んできて、「中国の偉い人がプレーするので、ちょっと待っていてほしい」と要請された。しばらくすると、趙紫陽がパターを手にしてやってきた。せっかちな仕草で、最後までボールを沈めずに、次のホールへと移動していってしまった。

会見では終始、ハイテンションだった。すでにこの頃になると、批判勢力攻撃さらされ、趙紫陽政治立場はかなり苦しくなっていた。会見が始まって間もなく、趙紫陽付き人ビールを持ってくるように要求した。外国人との会見で、中国首脳がビールを飲むというのは、おそらく前例のないことだろう。約1時間の会見中にコップ2杯を飲みほした。ビールに力を借りなければ、思い切ったことも言えなかったのであろうか。この会見の半年後に、趙紫陽天安門事件からんで失脚してしまう。

改革に前向きだった両首脳

胡耀邦失脚の際に、日中経済シンポジウム開催を独断で決めてしまたことが失脚の一つの理由になった、との報道もあった。しかしその後もシンポジウムは隔年開催で続けられ、日中交流の促進に役割を果たした。

胡耀邦趙紫陽ともに、中国の古くから悪弊を取り除き、新しい枠組みを作り上げようと一生懸命だった。やや性急なところがあったにせよ、常に前向きの姿勢を失わなかった。

中国はいま、経済成長の維持、インフレ抑制投資から消費中心への構造転換、という3つの難題に直面している。ところがこの3つの中で、どうしても優先しがちなのは経済成長の維持である。国際金融危機に際しても4兆元という巨額の財政投入によって、成長率を維持しようとがむしゃらになった。

その結果、GDP日本を抜いて世界第2位となるなど、世界から大いに注目を浴びたのだが、半面でその後遺症ともいえるインフレに手を焼いている。ましてや、投資から消費中心への構造転換になると、対策が後手に回りがちで、ほとんど効果をあげていない。胡耀邦趙紫陽のあの改革へのチャレンジ精神いまいちど、思い返すべきだろう。

特に胡耀邦清廉潔白なことでも知られていた。昨年4月、人民日報温家宝首相執筆した、胡耀邦評価する論文掲載している。その中で温首相は、「70歳を過ぎた胡耀邦が、食事睡眠時間も惜しんで人々の暮らしぶりを知ろうと、対話などに努めた」と胡耀邦地方視察に同行した時の思い出を披露している。暖房が効かない宿舎に泊まって風邪をひき、高熱を出したが、それでも仕事を続けたという。胡耀邦がいま存命ならば、腐敗・汚職蔓延している最近中国政治に何と言うだろうか。

ふじむら・たかよし 1944年生まれ 67年日本経済新聞入社 北京特派員 論説委員などを経て2000年退社 現在 拓殖大学国際学部教授 著書に『老いはじめた中国』(アスキー新書)『中国の世紀 鍵にぎる三峡ダム西部大開発』(中央経済社)など

2020-09-06

総合格闘技は本当に最強か?

喧嘩に近いか総合格闘技は最強でしょ

ネットの言説の主たるはこの言説に集約される。打って組んで投げて寝て、というマーシャルアーツが高いレベル競技化されているからだ。確かに対応力は一番高く見えるし、実際に殆どの打撃と寝技対応できることだろう。

ルールが関わる?

格闘技ルールによって強さが変わると言われる。わかり易い例では柔道ルールで戦えば柔道家が強く、ボクシングルールで戦えばボクサーが強いという基準だろう。比較的わかりにくいものでは柔道家と柔術家が戦ってもお互いのルールで一長一短が決まってしまうし、肘なしK-1選手ムエタイKNOCK OUT選手が戦ってもかなり間合いが変わってくる。縦肘と言われるガードから割り込みが使えるため、積極的に狙おうとする者、距離をとって戦おうとする者等スタイル割れてくるからだ。クリンチが得意な選手も戦法を変えざるを得ない。また、勘違いされやすいが、競技柔術柔道総合格闘技ではまるで使える技術が変わってくる。総合における柔術場合、例えばマウントポジションでは鉄槌やパウンドを狙いにゆくが、柔術試合ではあくまマウントからサイドを取って腕十字や肩固めなどを狙ってゆく傾向が強い。決定的なのは双方が足を出した状態から掛けるベリンボロなどの技法だろう。簡単に言えば足を引っ掛けてローリングしつつ相手の背後からバックチョークを狙う技だが、総合ではまずやる人がいない。理由簡単で、総合柔術の流れは基本的に上から下へと力を発揮するように振る舞うからだ。マウントではパウンド、足関節状態では掛けずに立ち上がって踏み潰したほうが良いなどだ。そもそも思想が違う。柔術組合わなければポイントが取れないため、ベリンボロを仕掛けても相手がそれを返す攻防が発生する。総合ではそんなやり方に付き合う必要性がない。また、柔術ルール柔道家が戦っても不利だ。柔道家は抑え込みを防ぐために畳の上で団子になる癖が身についており、積極的関節技に移行しない。逆に柔術家は崩し、払い、投げの練習希薄なため容易に投げられて一本を取られる。それぞれのルール内ではそれぞれの格闘技が強い。これは格闘技常識であり、この発想なくして最強の格闘技とは何かと言われても絵空事である

路上の想定

それでもルールなしなら総合が強いでしょう? と思う人もいるだろう。経験豊富という意味同意するところもあるが、多少疑問が残る。幾度となく議論されたストリートファイトでの各格闘技様相だ。この辺りはUFCDEEP)、RIZIN巌流島あたりの総合系の舞台を見るとわかりやすい。UFCDEEPケージ(金網)による円形に近い舞台を使う。このせいで必ず壁際が発生し、レフリーストップもかかりにくい環境にある。このため各選手ケージ際での攻防を明確に練る必要性が出てくる。抑え込まれた側はフロントチョーク状態を維持しつつ相手の手を抜いたり三角締めを狙いにゆく攻防となり、押し込んだ側はどうにか足を抜いてマウントやサイドを取ろうとする。リングのようにレフリーが割って入ってもとに戻されることもないので、壁際独特の力の使い方が必要になる。リングはただ中央に戻されたり、スタンディングに移行するだけなので特筆するところはないだろう。問題は一風変わった巌流島だ。巌流島舞台設定は面白い相撲のような円形舞台から外を崖として設定し、三回落ちたら負けというルールを設定した。なおかつ寝技は30秒以内しか行えない。これは路上での寝技が一対多を想定したものであるからという。結果的試合は打撃とタックルが得意な選手が多く勝ち上がってくる。普段日の目を見ない武術系・プロレスの人も勝っているあたりが新鮮でもある。

筆者はこの巌流島を見ているうちにある思いに囚われた。総合いくら強くても、ケージに押し込まれことなく落下するというシチュエーションでは、アマレス選手が最も強くなってしまうのではないか、ということだ。事実巌流島のある大会においては、低空タックルと押し込みのみで優勝してしまった元拓殖大学レスリング部のプロレスラーがいた。想定が事実なら相手即死である

ルールと言うより、状況

居酒屋を考えてみよう。お座敷とカウンターがある。この2つのうちお座敷の闘いが圧倒的に強いのは言うまでもなく柔術家だ。座った状態競技が始まることもある柔術フィールドのものがお座敷といっても過言ではない。調子に乗った酔っ払いがお座敷で騒いでいたら速攻で制圧できること請け合いだ。一方カウンターでの攻防が発生した場合、強いのは軍隊格闘系になる。彼らから言わせればカウンター武器の宝庫だからだ。割り箸は折って差し込む武器になり、グラスは相手の鼻を折る武器になる。中身がある場合かけてしまえばいい。

裏口の路地ならどうだろうか。柔術家は途端に不利になる。足場が悪く思うように転がることもできない。逆に強いのは打撃系になるだろう。ではどの打撃系が一番強いのか。ずばり空手家だと思う。路地裏の動きが制限された状態では総合選手がよく見せるタックルのための大振りなフックはそうそう出せないし、ストレート系をメインに戦うことになるだろう。素手怪我しないために動き回る顔はそうそう叩けなくなってしまう。この条件に最も合致するののが空手だ。空手には顔面攻撃がないが、この場合は有利に働く。空手試合においては他の立ち技系に比べて出入りが単調な傾向にある。内側に入って鈎突きや突き、下段回しをゴリゴリに押し込んでゆくが、横のフットワークに乏しい選手が多く、回り込みやロープワークなどの発想がない。しかしこの単純で素早い出入りこそが路地裏では生きる。突進力もあるので前に出ながらかわせない連打を浴びるのは恐怖すらある。

他方、ガッツ石松が数人を相手にして路地裏に誘い込んで全滅させたというエピソード存在する。これはガッツ氏のウェイトとリーチがあって為せる技だ。ボクシングが一競技として路地裏格闘に向いているわけではないと思う。むしろボクサーは横軸が自由に移動できる公園などで強さを発揮するとのではないか。その場合総合でも十分強いと言えるかもしれないが。

いずれにせよ、格闘技ルールと言うより状況の想定で動ける範囲ややれることが変わってきてしまうため、こうした自然ルール=場所の想定がかななり重要だ。場所によっては総合が何が何でも強い、という前提は崩れ去るのではないかと感じている。

2018-08-21

anond:20180821235152

はえーそうなんか

そういえば拓殖大学なんかも戦前中国語教育が強かったとか聞いたことある

今はみんな日本こもりだしねえ

2016-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20160622100232

総務省 情報通信政策研究所本体はどういった人がいるかからないけど、委嘱している研究員の顔ぶれはこんな感じ。

http://www.soumu.go.jp/iicp/chousakenkyu/advisors.html

平成27年度 情報通信政策研究所 特別研究員五十音順平成281月29日現在)
●特別上級研究員法学系】

青木 淳一(慶應義塾大学法学部准教授)
専門:行政法政府規制産業法
石井 夏生利(筑波大学大学院図書館情報メディア研究科准教授)
専門:プライバシー権個人情報保護法情報佐々木 秀智(明治大学法学部教授)
専門:英米法情報メディア法
新保 史生慶應義塾大学総合政策学部教授)
専門:憲法情報法
杉原 周治(愛知県立大学外国語学部准教授)
専門:憲法ドイツ法、メディア曽我部 真裕(京都大学大学院法学研究科教授)
専門:憲法メディア寺田 麻佑(国際基督教大学教養学部准教授)
専門:行政法情報通信法
東條 吉純(立教大学法学部教授)
専門:経済法
西土 彰一郎(成城大学法学部教授)
専門:憲法マスメディア西村 暢史(中央大学法学部准教授)
専門:競争法、競争政策
林 秀弥(名古屋大学大学院法学研究科教授)
専門:経済法、独占禁止法競争政策
平野 晋(中央大学総合政策学部教授)
専門:不法行為法、契約法、アメリカ法
若林 亜理砂(駒澤大学大学院法曹養成研究科教授)
専門:経済法
【経済系】

依田 高典(京都大学大学院経済学研究科教授)
専門: 応用経済学
春日 教測(甲南大学経済学部教授)
専門:産業組織論経済政策
高口 鉄平静岡大学大学院情報学研究科准教授)
専門:情報通信経済学産業分析
佐々木 勉(ポリシーリサーチユニット株式会社主任研究員)
専門:情報通信経済学
宍倉 学(長崎大学経済学部准教授)
専門:公共経済学産業組織論
実積 寿也(九州大学大学院経済学研究教授)
専門:通信経済学公共経済学産業政策竹村 敏彦(佐賀大学経済学部准教授)
専門:応用経済学
田中 辰雄(慶應義塾大学経済学部准教授)
専門:情報通信産業実証分析
手塚 広一郎(日本大学経済学部教授)
専門:産業組織論、公益事業論、交通経済学
徳原 悟(拓殖大学国際学部教授)
専門:開発経済学
中村 彰宏(横浜市立大学学術院人文社会科学系列教授)
専門:産業組織論計量経済学
森脇 祥太大阪市立大学大学院経済学研究科教授)
専門:ミクロ計量経済学
【人文・学際系】

秋吉 美都(専修大学人間科学部教授)
専門:情報行動のミクロデータ分析社会統計
内山 隆(青山学院大学総合文化政策学部教授)
専門:メディアエンターテイメント経営戦略経済政策
岡田 仁志(国立情報学研究所准教授)
専門:電子商取引論、電子通貨論、地域情報政策北村 智(東京経済大学コミュニケーション学部准教授)
専門:メディアコミュニケーション論、情報行動論
小泉 力一(尚美学園大学芸術情報学教授)
専門:教育工学情報教育
小舘 亮之(津田塾大学学芸学部教授)
専門:メディア情報サービスマルチメディア情報通信工学
土屋 大洋慶應義塾大学大学院政策メディア研究科教授)
専門:国際関係論、情報社会論、公共政策論
橋元 良明(東京大学大学院情報学環教授)
専門:コミュニケーション論、社会心理学特別主任研究員法学系】

生貝 直人(東京大学大学院情報学環特任講師)
専門:情報政策知財プライバシー表現規制等)
早川 雄一郎(京都大学大学院法学研究科特定助教)
専門:経済法、競争政策経済系】

橋本 悟(帝京大学経済学部専任講師)
専門:公益事業、公共経済学ミクロ経済学産業組織論
山本 渉(電気通信大学情報理工学部講師)
専門:応用統計学
【人文・学際系】

河井 大介(東京大学大学院情報学環助教)
専門:情報行動論
齋藤 長行(お茶の水女子大学非常勤講師)
専門:メディア政策行動経済学教育工学
吉見 憲二(佛教大学社会学部現代社会学科講師)
専門:情報コミュニケーション情報通信経済学特別フェロー

工藤 郁子(慶應義塾大学SFC研究所上席所員)
専門:情報田中 康裕(専修大学社会知性開発研究センター客員研究員)
専門:国際情報通信学、社会情報学
堀川 裕介(東京大学大学院学際情報学府博士課程)
専門:社会情報学メディア利用と心理

2016-03-07

日本左翼に欠けているもの

左翼の敵と言えば機動隊とかなのだが、機動隊員は日常的に重い装備とか背負って走ったり、柔道とか剣道とかの訓練を欠かさないわけである

一方で左翼はというと、シールズ若者とかを見てもわかるように、Tシャツなどの軽装に、持っているのもせいぜいがハンドマイクかぐらいなわけで、個々の戦闘能力比較にならないほどの差がついており、このあたりがいまひとつ日本政治運動根付かない大きな理由ひとつとなっていることは火を見るよりも明らかである

左翼左翼なりに、白兵戦の格闘術の研究および実践などを独自に重ねてみるのはいかがだろうか。

シールズ応援している各界の有名人大勢いるが、石田純一などはあまり向いていないのでさて置き、元総合格闘家現在ダンスパフォーマンス集団WORLD ORDER活躍でも知られる、須藤元気さんが適任ではなかろうか。

須藤元気さんは現在さまざまな分野での活動とともに、OBである拓殖大学レスリング部の監督を務めている。

ここに奥田愛基くんや北守、クーコ、常野雄次郎さんなど、選りすぐりの左翼を集め、2000時間程度の合宿を行わせるのだ。

健全なる魂が健全なる肉体に宿ると言われるが、これら善き倫理を持った闘士たちが屈強な肉体を得ることによって、これまでにないような最強の民主主義が生まれるに違いない。

あと、イタリア喧嘩サッカーという格闘技があるらしいので、サッカーに詳しいinumashを半年ほど留学させてこれを習得させる。

石田純一ゴルフが得意なので、ゴルフクラブを使った武器術とかも良いかもしれない。

アマレスフットボール、そしてゴルフ、これらを総合した全く新しい格闘術が、左翼拳なのである

2015-11-15

BSフジ南京事件討論番組

たぶん1ヶ月くらい?で視聴できなくなるので、今のうちに見て思った内容を書き留めておく。

BSフジLIVE プライムニュース

2015/11/12 『「南京事件」とは何か 3論客見方相互検証』 【前編】

http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/day/d151112_0.html

2015/11/12 『「南京事件」とは何か 3論客見方相互検証』 【後編】

http://www.bsfuji.tv/primenews/movie/day/d151112_1.html

ゲスト

秦郁彦 現代史

藤岡信勝 拓殖大学客員教授

山田朗 明治大学教授

と、珍しく各派の研究者が揃った討論番組だった。

山田氏は、紅卍会の4万、崇善堂の10万、日本軍による揚子江に流した数千以上を根拠にしていたが、

崇善堂の記録は鵜呑みにできない事は歴史学者でも多数だと思うので、それを本気で根拠だと思うなら

もっと説明する時間必要だと思った。

当時の南京人口は135万、ここから80万が脱出し、それに中国軍人も加えて60万はいたと推定していた。

ここだけ若干歯切れが悪かったような印象、陥落時の人口問題は確かな史料が無いからそうだろうねえ・・・

それ以外は終始無難なやりとり。

これまで南京事件論争ではあまり名前の出てこなかった人だけれど、この中では一番若いせいもあるかもしれない。

秦氏山田氏と違って、まぼろし派に対して攻撃的な発言が目立った。

やはり笠原氏らと共に長年論争の中心にいたため、特に学術的態度の悪いまぼろし派に対しては

色々と思うところがあるようにみえた。

推定数は4万と明言していた。

著書の「南京事件」は、後の増補版にて「4万をずっと下回る」と追記しているが、

積極的に「4万よりずっと少ないはず」と主張する気はないようだ。

幕府事件捕虜処刑について、「長勇がやっちまえって言ったから、軍民まとめた殺しちゃったんだ」

と話していたけど、それ下関での話と混同してない?

長勇みたいな勢いで幕府山でも処刑しちゃったんだ、って意味で語ったのかもしれないけど、あの流れでは誤解されちゃう

(ひょっとしたら、秦氏最近南京事件研究から遠ざかっていて、記憶あやふやになってるのかもと個人的印象)

藤岡氏は相変わらず。

南京の陥落時人口20万でほかは無人だったから30万は無理説の古臭い論法

秦氏が「無人なわけない、日本軍が入った時はみな隠れて様子を伺うんだから、みてないのは当たり前」というツッコミにも、

藤岡氏は「入った時に人はいなかったって日本兵が言ってんだから」で押し通していた。

秦氏ツッコミも城内の安全区外が無人かどうかに終始していたのは残念だった、虐殺の多くは城外なので。

ベイツら安全委員会が残した具体的被害記録も、死者はゼロなんだと主張するお決まり詐術を使っていたが、

それは中国人から聞いた死者は伝聞だからノーカウントという、まぼろし派の恣意的フィルタをかけているからだ。

安全区内、金陵女子大学の程瑞芳が記録した日記についても「日記に記した死者はゼロ」と強調していた。

だが程瑞芳日記女子大学という性質もあって、日本兵による強姦が多く記されているが、藤岡氏はそれには意図的に触れない。

こういうやり方はやはり学術的に不誠実な態度であると言わざるをえない。

現在では一番確定的史料の残っている幕府事件については、さすがにもはや自衛発砲説について触れる事はなかった。

しかしこの幕府事件山田氏・秦氏共に歯切れが良いのに対し、藤岡氏は最初言い訳を考えるのにしどろもどろの印象だった。

最終的には拘束後の処刑も「戦闘中ですから問題なし」と強引に解釈する論法突破を試みていたが、

それに対してはさすがに司会者も「え?戦闘終了後ですよね?」とごく当たり前な反応をみせていた。

「あれは戦闘中なんだ」と藤岡氏が強弁する横で、秦氏山田氏は「そんなわけないだろう」

という表情で顔を見合わせていたのも印象的であった。

各氏、番組に出てもらってるので、あんまり番組上で論破して面目を潰してしまうようなマネは

ホストフジ側も望んでいないだろうけど、程瑞芳日記安全委員会被害記録のような記録史料

もっと具体的にふんだんに出してくれたら、藤岡氏の詐術は一発でバレるんだけどなあ、と歯がゆさを感じた。

2013-05-18

北海道はくるっている

>>

2008年11月28日機関紙「北教」で、「竹島問題韓国の主張が正しく、島根県などが竹島領有権を求める行為は、日本の侵略・植民地支配を正当化する不当極まりないものである」と厳しく非難、2009年12月28日朝鮮日報の取材に対し、昨年「韓国側の主張が正当だ」という学習資料を配付した北海道教職員組合の信岡聡書記次長が「(独島が)明確に日本のものだと主張できるだけの根拠は発見できなかった。生徒の正しい判断を助けるため、われわれが判断したことを学習資料に盛り込んだ」「日本竹島領有権主張は、(日露)戦争中に用途が生まれ、主張し始めたものだ。明確に日本領土だと主張できるだけの(歴史的)根拠を探し出すことはできなかった」「日本教育には、“近隣諸国条項”というものがある。教科書を叙述する際、教室で生徒たちに教える際、近隣の国に配慮しなければならない、という原則だ。まだ解決していない問題を教科書に載せることは、この原則から外れている」と語った。(韓国領有権があるとは主張していない)

これら主張に対し、拓殖大学教授の下條正男は「竹島韓国領土日本領土でないという歴史見解を示せ」という趣旨公開質問状を示した[6]。また、維新政党・新風とも連携し[7]、北海道教職員組合竹島問題に関する見解など4項目からなる公開質問状を送付した。

<<

2013-02-15

須藤元気流 体育学指導

2008年拓殖大学レスリング部の監督就任以降、4度の最優秀監督賞に輝いた須藤元気インタビューから

説教をしたところで、相手は変わりません。人と人との関係は、鏡の関係です。例えば、僕が練習場で楽しそうに取り組んでいれば、その姿を見た選手たちもレスリングを楽しむようになります。人を変えようとするのではなく、まずは自分が変わること。そして一人ひとりと愛情を持って心で接すること。僕にできるのは、それだけです」

夏合宿中、オフ時間に海に行って『よし、トレーニングだ。ナンパするぞ』と言ったんです。とても盛り上がりましたね。成功しなくてもいいんです。女の子に話しかけるのは楽しいですから

楽しいことを共有することで、みんなが仲良くなり、チームが一つになります。それに、僕も楽しいですしね」

「もし僕が『学生たちのためだ』と思って何かをすると、どうしても『こんなにやってあげているのに』と恩着せがましくなる。決していい結果にはつながりません。だから、今この瞬間に僕自身が楽しいと思えることをする。そうすれば押し付けにならないで済むんです」

人間の頭の中では1日に6、7万回もの考えが、浮かんでは消えているといいます。『自分なんて……』という否定的な考えも、繰り返し浮かぶ。だからルールを決めました。『否定的なことを言わない』というものです。言葉には力があります。『自分は強い』『自分ならできる』と言葉にすれば、強い意思へと変えることもできるのです。“いまどきの若者”だけが精神的にもろいわけじゃない。人はみんな強気自分弱気自分を抱えている。目の前に成し遂げたいことがあるのなら、気持ちをコントロールすればいい。」

そういえば何年か前の東京マラソン部員全員と肩組んでゴールしてた映像を見た覚えがある。(タイムは8時間くらいだったけど)

今の体育会系指導者はこの人から得なかきゃいけないものはきっとあるんじゃないかな。

学生時代、こんな先生出会いたかったわ。


元記事

http://www.rosei.jp/jinjour/article.php?entry_no=56274

2012-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20120327122913

母親東京に住んでる

母親の方は20代のころに資格を取って拓殖大学とか刑務所設計にかかわったこともある

でも、その当時は女性差別が激しく、重要仕事はそれほどやらせてもらえなかった

(一応、職務経歴書に書けるぐらいのプロジェクトには携わっていたが)

確かに実務経験はないからそうなっても仕方ないけど

2011-10-20

ハックルさんのこの後の展開

2ちゃんスレが立ってまとめサイトが取り上げた。

次はJ-CASTあたりのネットメディアかな。

最終的には週刊誌の記事なるかどうかあたり?

もしドラ以降の仕事でおつきあいがあった人のインタビュー読めるかな。

あと、虚構新聞はきっともうアップを始めてますね。

それにしても、

http://www.yoshidamasaki.com/iwasaki/lecture/

を見ると年内びっしり講演会が予定されていてびっくりするんだけど、このメンタルでこなせられるのかな。

10/16の拓殖大学の講演聴いた人いないのかな。

 
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