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2021-10-17

友達に「自伝書けるよその恋愛遍歴」と言われたので書いてみることにした③

小学生最後、6年生の時

ちょっとかっこいいなと思う男の子がまたできた。

の子面白いタイプで、身長が高かった。バスケとかで活躍していた。

ただ私は中学受験をしていたので、特に何もなく卒業した。

中学に入って、その男の子からメールが来た。

嬉しく思いながらメールを開くと、男性器の写真とともに「俺のってデカイ?」と書いてあった

めちゃくちゃショックだった。なんでやねんと今では思うが

「そういうことしてると、女の子に嫌われるよ」って返した

なんで私が好きになった人がこんなことに。。と悲しかった

友達に「自伝書けるよその恋愛遍歴」と言われたので書いてみることにした②

5年生で好きになった男の子は、両思い相手がいる子だった。

いわゆるモテる子で、足が速くて顔もカッコ良かった。

両思い相手がいるので、何かアプローチはしなかったし

その相手女の子が苦手だったので、ちょっとずつ気持ちは薄れていった。

この話は当時というよりも、最近ショックなことがあって

実家掃除をしていた時、小学生の時の手紙やら交換日記が出てきて

その時のものに「〇〇ちゃんは××くん絶対好きにならないと思う!」とか「〇〇ちゃんには無理だと思う!」って書いてあるのがあり

交換日記してるくらいの友人にこんなことを言われて、当時の私は相当辛かったのではと思った

友達に「自伝書けるよその恋愛遍歴」と言われたので書いてみることにした①

いつまで経っても「普通にいい人」に好かれない、恋愛バカ自伝が笑い話になり誰かを楽しませてくれるならと思い

文章に起こしてみることにした。

私は超絶恋愛体質である

恋愛」という言葉が浮かんでくる小学生くらいから、常に「好きな人」がいた。

その人に会うために学校職場に通う、その人に好かれるために容姿を磨こうとする、その人に振り向いてもらうために勉強仕事を頑張る。

恋愛感情プラスに働く時はそうやって、いろんなものモチベーションになってくれるから便利だ。

ただ、マイナス感情をかなり伴ってきた。

そのせいで私の自己肯定感はみるみる下がり、どんどんダメ恋愛をしていくようになった。

少しずつ書いてみる。

私が初めて告白ということをしたのは、小学校4年生の時だった。

当時ワンピースの話ができる男の子はその子だけで、それが特別に思えた。

バレンタイン手紙を添えてチョコをあげた。

まり前後は覚えていないが、気付いたら教室でその手紙同級生女子が読み上げていた。

かなりショックだった。相手男の子も俯いていて、そのうち他の男子と一緒に教室から出て行った。

廊下から「どうすんのこれ」「お前は好きなの?」と男子たちの声がする。

教室では私が立ち尽くすのをよそに、女子たちが次の話題で盛り上がっている。

この時の記憶は、この強烈なシーン以外がすっ飛んでいる。

後日、男の子ホワイトデーのお返しをくれたけど、もうワンピースの話はできなくなってしまった。

友達に「自伝書けるよその恋愛遍歴」と言われたので書いてみることにした

いつまで経っても「普通にいい人」に好かれない、恋愛バカ自伝が笑い話になり誰かを楽しませてくれるならと思い

文章に起こしてみることにした。

私は超絶恋愛体質である

恋愛」という言葉が浮かんでくる小学生くらいから、常に「好きな人」がいた。

その人に会うために学校職場に通う、その人に好かれるために容姿を磨こうとする、その人に振り向いてもらうために勉強仕事を頑張る。

恋愛感情プラスに働く時はそうやって、いろんなものモチベーションになってくれるから便利だ。

ただ、マイナス感情をかなり伴ってきた。

そのせいで私の自己肯定感はみるみる下がり、どんどんダメ恋愛をしていくようになった。

少しずつ書いてみる。

私が初めて告白ということをしたのは、小学校4年生の時だった。

当時ワンピースの話ができる男の子はその子だけで、それが特別に思えた。

バレンタイン手紙を添えてチョコをあげた。

まり前後は覚えていないが、気付いたら教室でその手紙同級生女子が読み上げていた。

かなりショックだった。相手男の子も俯いていて、そのうち他の男子と一緒に教室から出て行った。

廊下から「どうすんのこれ」「お前は好きなの?」と男子たちの声がする。

教室では私が立ち尽くすのをよそに、女子たちが次の話題で盛り上がっている。

この時の記憶は、この強烈なシーン以外がすっ飛んでいる。

後日、男の子ホワイトデーのお返しをくれたけど、もうワンピースの話はできなくなってしまった。

2021-10-14

自伝出版の話を見てて思ったんだけど、自伝自費出版して国立国会図書館に納めれば一般人の中ではかなり「存在が残ったほう」に入れるのではないか

生命の究極の目的遺伝子にせよミームにせよ存在を残すことだと思っているので、これは結構大事なことではないだろうか

全然特筆すべきことないけど、俺も自伝書こうかな

anond:20211014152922

(鍵付きの)赤い日記帳

過去のもの銀行の貸金庫に入れてる。

死んだら遺産自伝として自費出版するよう

顧問弁護士に依頼している。

出版社とも話し済み。

2021-10-05

他人自伝を読んでいると辛くなる

自分年代の時は……みたいに比べていても、自分の時と比べると空っぽすぎる

波乱万丈な生き方に対して俺の人生は空白平凡、それ以下だ

会社に入って荒波に揉まれて頑張る事もしなかった

親族友達が死んだ、それくらいだ

2021-09-17

anond:20210831100920

桜庭一樹さんの「少女を埋める」を今頃読み終えて、いろいろ心を揺さぶられる思いがして、この作者の著作を初めて読んだので、どんな人なんだろうとネット検索をしていて、鴻巣友季子さんの評をめぐって議論が発生していたことを知り、ここにたどり着きました。

お二人の「論争」(?)、ざっとたどってみました。一応決着見たようですが……モヤモヤが残りました。

このモヤモヤ感についてこの場を借りてちょっと書いてみますね。

あなたも指摘されているとおり、桜庭さんは、「テキストにそう書かれていたかのようにあらすじ説明として断言して書いた」ということを強く主張されていますね。

でも、そもそもこの言い方が間違いだと思うのです。

鴻巣評の問題のくだりは、「テキストにそう書かれていたかのよう」に「断言」しているかと言うと、そうは断言できないかな、と。

だって鴻巣評のうち、「テキストにそう書かれていた」部分は「 」で括られていて、問題の部分は括られていませんからね。

そもそも評者の解釈だと読めなくもない。もちろん桜庭さんが言い、あなたが代弁するように、客観的にこんなお話だ言っているようにも取れる。

これは絶対どっちかだとは言えない書き方ではないでしょうか。

だとすると、桜庭さんの「テキストにそう書かれていたかのようにあらすじ説明として断言して書いた」という、この言い方が悪手だったかなーと思うんですよね。

鴻巣さんは、この主張にうまく乗っかって、「あらすじとは解釈だ」みたいな誰にも否定できない話に持っていった、

桜庭さんにとっては、持っていかれちゃった、ということになったかと。

それを踏まえてこの二人のやりとりを見ると、「論争」の決着点としては、鴻巣さんが大人対応をしたってところに収まっちゃいましたね。

二人して朝日ちょっと悪者にして、桜庭さんも手打ちにしたのかな?と。

でもモヤモヤが残りますよねー。

鴻巣さんは、桜庭さんが本当に言いたいことは何か、わかっていたと思うんですよね。

わかっていて、そこには対応しなかった。

しろ相手の言い分の、言わば言葉尻をとらえて反応してみせた。だから大人の」対応です。

そう、「不誠実な」対応でした。

なぜなら、そもそもあの作品をあの評文のなかにあいう形ではめ込むことが、あの作品にとって圧倒的に不当だからでしょう。

あの作品あんものではない力を持っているのに、弱々介護の話ってことにしちゃった、ご自分の読みの甘さ、いや読みじゃないかなー、表現力の至らなさかな

鴻巣さんは、自覚していたと思いますだって鴻巣さんですよ)。

……こんなことを想像します。

鴻巣さんは、あの作品を読んで、深く心を動かされた、でもそれを直ちにはうまく言語化できない……でもすごいことはわかる。

評言のなかの「不思議な」という言い方にもそれが感じられます。「不思議」を言葉にするのが評者の役割なのにね。

で、心のどこかに引っかかってて、弱々介護の話を書いているときに、「そうだそうだ」って桜庭作品を取り上げちゃったんじゃないかなー。

「みんなー、頼む、百回読んで」ってことを時評全部使って素直に書けば良かったんですけど、締め切り迫って言葉にできなかったのかな。

どこを切り取ろうと、とにかく取り上げて世に知らしめるだけでも、この作品の助けになる、助けてあげる、応援してあげる、みたいな驕りもチラチラ透けて見えます

この作品にいち早く注目した私、読み巧者よねーみたいなのもあるかも。

(いや、鴻巣さんぜんぜん嫌いじゃないんですよ、私は)。

私は、あの桜庭さんの抗議は要するに、「そんなふうに読み取らないで!ぜんぜん違う!」ってことだと思うんです。

鴻巣さんもそれは感じ取ったかな、と。

問題本質解釈のなかみなんでしょ。桜庭さんご自身も、ツイッターで、そういう怒りを垣間見せていますよね。

でもそのご本人が、ツイッターでこんな書き方をしちゃう

わたし懸念は、私小説として発表されたこ作品の評で、……」

でもこの作品私小説としては発表されていないんですよね(鴻巣さんは「自伝的随想のような」って勝手なこと書いてますけど)。

文学界』の当該号のどの頁にも「私小説」って書いてないもんね。

で、まあ、百歩譲って「私小説」だとしたらどうだと言うんでしょう?

西村賢太さんがどこかで、私小説からって、書いてあることが全部事実だと思う読者はバカ、って言ってた。

ホント? これ、私の解釈ですからね)

でも、あんなふうに、とてもナイーブな書き方をしてしま桜庭さんの思いもジンジンと伝わるんです。

何かこう、わが身の血と肉を自分で食って吐き出すような、そういう格闘の末の作品なんだろうなー、

そういう格闘を、あんなふうに一つの作品言葉で築き上げるってすごいなー、

それを「私小説」って言ってるんですよね、きっと。

そしてその格闘の焦点である母親との闘争和解(?)のギリギリ物語の、

その当の母親についてあんな切り取られ方をしちゃうとなー、そりゃ怒るよなー、って思う。

でも、怒りの焦点は、自分母親虐待人間って大マスコミ公言されたことじゃないよね

私小説と自任して書いているなら、こういう反応に対する覚悟は少なくともできていないとね)。

そうじゃなくて、鴻巣さんの作品矮小化に怒ってるんでしょ。

なにその読み方、バッカじゃないの? ぜんぜん違うし、って、桜庭さんはそれだけ言えば良かったのでは?

でもそれを〈正論〉という形で提起しちゃったから、鴻巣さんは、わかっていながらそっちに乗っかって反応した。

そういうことなんじゃないかなー。

桜庭さんって、冬子に似過ぎていますよね。

この論争まで、冬子の物語なかに書き込まれている小説のようだ。

2021-09-11

鴻巣友季子の時評は何が問題だったのか

 『文學界2021年9月号に掲載された桜庭一樹少女を埋める」を取り上げた、鴻巣友季子による朝日新聞文芸時評に対して、桜庭が抗議の声をあげ、記事の訂正などを求めた(文中敬称略)。

 この問題に関して筆者は「鴻巣友季子の時評は何が問題なのか」に始まる3本の文章投稿した。その後、桜庭の求めに沿う形で、9月1日に朝日新聞デジタル版の時評で文面が修正され、9月7日付朝日新聞本紙および朝日新聞デジタルに、両者と時評担当者見解掲載された。

 この記事では総括として、両者の見解検討するとともに、時評担当者が「期待」しているという「文学についての前向きな議論」のために、この一件にまつわる諸論点を、桜庭鴻巣が直接言及していない点も含めて挙げる。なお、はてな匿名ダイアリー仕様URL掲載可能数に制限があるようなので、最小限に留めている。

見解検討

 両者の主張は、以下のように整理できるだろう。

桜庭文芸時評の評者の主観的な読みは、その読みが合理的であるか否かによらず、実際に作品にそう書かれていたかのようにあらすじとして書いてはならない。

鴻巣文芸時評の評者の主観的な読みは、その読みが合理的であるならば、あらすじとして書いてもよい。

 桜庭は主張の根拠として、そのようなあらすじの書き方が「これから小説を読む方の多様な読みを阻害」し、「〝読者の解釈自由〟を奪」うことを挙げている。

 一方で鴻巣自身の主張を、「あらすじも批評の一部なので、作者が直接描写したものしか書かない等の不文律を作ってしまう事の影響は甚大」であり、「読み方の自由ひいては小説可能性を制限しないか」という懸念により根拠づけている。

 では鴻巣は「あらすじも批評の一部」であるという主張をどのように根拠づけているか。これが不明瞭なのである

 鴻巣は「あらすじと評者の解釈は分けて書いてほしいと要請があったが、これらを分けるのは簡単そうで難しい」と書くが、その後に続くのは、作品創造的な余白を読者が埋めるという、読解についての文章である文学解釈にそのような性質があったとして、それがあらすじと解釈の分離の困難とどう関わるのか、説明されていない(まさかテクストに書いてあることと、書いていない部分から自分想像したこととが融合してしまって分離できないというのだろうか。テクストは目の前にあるのに)。つまり鴻巣は、「書く」ことについて言及していないである解釈批評の一部でしかない。当然ながら、読んだ=解釈しただけでは批評は成立せず、「書く」ことが必要不可欠である。だからこそ桜庭の主張は鴻巣の読みの否定ではなく、「分けて書いてほしい」というものだったのだ。分けて「書く」ことが「読み方の自由」を否定することにはなるまい。そして実際にデジタル版の時評の文面を「修正」できたのだから、分けて書くことはさほど難しくはないはずである

 鴻巣は「合理性」や「妥当性」にこだわりを見せるが、この見解文章がそれらを備えているとは言い難い。また、鴻巣見解を発表する段になっても、そもそも桜庭に何を問われているのか理解していないふりをしている、あるいは単に理解できていない。

 繰り返しになるが、問題は「書く」ことなのだ私小説フィクションからどのように読んでもいいとか、誤読される覚悟もなしに私小説など書くなとか、私は鴻巣評のように読んだとか、信用できない過去語りだとか、あるいは鴻巣誤読しなければこんな事態にはならなかったとか、そんなことは関係ない。どう読んだっていい。批評家が誤読することもあるだろう。批評家が作者の意図しない優れた読解をすることもあるだろう。ただし、自分の読解が生み出しただけの出来事を、実際に作品にそう書かれていたかのようにあらすじとして断定で書くべきではない。

 ただそれだけのことを、桜庭は何度も何度も直接本人に訴えかけた。にもかかわらず、鴻巣がその声が受け止め、真摯に答えたとは思えない。

 この文章を書いている最中に、『現代ビジネス』上に、飯田一史による記事「「少女を埋める」論争が文学史上「奇妙」と言える“3つのワケ”」が掲載された。そこで名古屋大学大学院教授日比嘉高モデル小説研究フロントランナーと言ってよいだろう)は、「作家である桜庭さんの方がTwitter上で『私小説』『実在人物モデルに』と事実立脚している点を強調している」と述べているが、桜庭は慎重に「テクストという事実」と「現実事実」の問題を切り分けている。

(強調は引用者。これは桜庭が声をあげた最初ツイートだ)

(強調は引用者)

 桜庭実存にとって「現実事実」がいかに重大なものであったとしても、桜庭あくまでそれを「テクスト(に書いてあるか否か)という事実」と「あらすじの書き方」との問題の下位に位置付けている。主張の動機と主張の根拠を分けるべきである飯田は、「作家が「トラブルを予防する」ために「事実の側に立つ」点でまず「少女を埋める」はきわめて珍しい事例なのだ」と書いているが、「トラブルを予防する」のは主張の根拠ではなく動機である。この一件を「論争」と表現するのであれば、作家動機ではなく、作家根拠フォーカスするべきであるこの記事のまとめ方に〝私は〟断固抗議する。

 とはいえ桜庭見解にも問題点が指摘できる。それも踏まえて、以下、「文学についての前向きな議論」のための論点を、差し当たり三つ挙げる。 

文芸時評というジャンル

 今回の一件に際して、文芸時評不要説や批評の死が取り沙汰されもした。桜庭ツイートで「批評ではない未熟な文章」などの表現を使い、鴻巣見解において「批評」という言葉を用いている。

 だが、文芸時評批評しかないのだろうか? 文芸時評英語ならliterary review(あるいはbook review)やliterary commentary、フランス語でならchronique littéraireなどと言うだろう。批評critiqueと時評は同一視してよいのか? 批評の要素を備えているとしても、時評には時評に固有のジャンル特性があるのではないか

新聞というメディア

 文芸時評新聞という巨大メディア掲載されている点をどう捉えるか? 桜庭見解において朝日新聞の「影響力は甚大」としている。また桜庭は「これから小説を読む方の多様な読み」について言及するが、「これから小説を読まない方」が時評だけを読む可能性も大いにありうるだろう。あるいは前項と関連づければ、文芸誌などの批評は全く読まないが時評は読むという新聞読者はいるだろう。つまり文学の読者と時評の読者は必ずしも重ならない。

 文学の読者であれば私小説で描かれたことが現実でもその通りに起きたと断定できないと承知しているが(あるいは、そのような認識の者を文学の読者と呼ぼう)、時評の読者がそのような前提を共有しているとは限らない。桜庭新聞の影響力への言及の直後に「私は故郷鳥取で一人暮らす実在老いた母にいわれなき誤解、中/傷が及ぶことをも心配し」たと述べている(繰り返すが「をも」という表記に注意。その一点だけで抗議しているのではない)。今回の問題(ここでは主張の論理ではない、現実現象レベルである)はそもそも、「文学についての」「議論」だけに収まらないものをも含んでいるのではなかったか

 以上の論点を踏まえて、時評担当者見解検討することもできるだろう。

書いてあればよいのか

 桜庭見解は冒頭、「私の自伝的な小説少女を埋める』には、主人公の母が病に伏せる父を献身的に看病し、夫婦が深く愛し合っていたことが描かれています」と書く。鴻巣評の印象を覆すためにあえて母の献身夫婦の愛を強調したのだろうが、このまとめ方については異議もあった。文芸評論家藤田直哉が端的に指摘しているのでツイート引用しよう。

 つまりあらすじに書いてよいのは、「作中の事実であるべきではないか 今回であれば、あくまで一人の人物視点に立って、「私の自伝的な小説少女を埋める』では、病に伏せる父と、献身的に看病した母とが深く愛し合っていたことを、主人公が見て取ります」くらいが妥当なのではないか言うなれば、「夫婦が深く愛し合っていた」というのも、「愛しあっていたのだな」という文字列テクストに書いてあるとはいえ中人物の「主観的解釈なのだから、〈そのような解釈が書いてある〉という形であらすじを書くべきではないか

 あるいは、そもそも事実」と相容れない表現というものもある。極端な例を挙げれば、自分幸せだと信じ込みながらオンラインサロン主宰者に投資し続ける人物のことを「幸せ生活を送り」などと書くのは、たとえ作中に「幸せである」と書かれていたとしても、おかしいだろう。幸せ事実ではなく評価からだ。書かれていないことを想像するとともに、読者は書かれていることについても想像し、評価する以上、書いてあれば何でもあらすじに含めてよいとは限らないのではないか

参考になりそうな文献

 最後に、「文学についての前向きな議論」に役立ちそうな文献を、備忘録も兼ねてリストアップしておく。

2021-09-01

anond:20210831101826

 記事の著者です。

 一つ目については、そもそも私は「現実での被害を想定して」一連の記事を書いていないので、読解できなくて当然です。桜庭自身が「実在人物への加害」と「評に文芸として瑕疵がある」=「あらすじに読みを断定で書いたこと」の問題は別だと言っている(https://twitter.com/sakurabakazuki/status/1430846588268670976?s=20)ので、オミットしました。「何が問題なんだ?」と問われたので、現実的な問題にも言及したまでです。「全く次元の違う話」なので「二つの水準で」と書いています。正確に読み解いてもらえて安心しました。ただ、私が両者を区別できていないと主張しているかのように読める文章なので困りますね。

 「小説現実混同するバカな読者」という点についてですが、「自伝的随想のような(……)中編」にそういうシーンがあるという紹介を受けて、桜庭人生史にそういうことがあったのかもしれない、と考える読者をバカと呼ぶのは難しいと思います。この小説を読んで「母は」「弱弱介護密室で」「夫を虐/待」したと読むよりよっぽど合理的な読みだと思います

 また、乱暴な言い方をすれば、「間違いなく現実でこういうことが起きたんだ!」と考えてしまバカな読者がいたとして、その混同責任は読者にあると仮定しても、バカも読みうる全国紙の時評欄に「非合理的な読み」を「あらすじとして断定で書いた」批評家には、そのバカ混同によって生じうる現実的な被害について責任があると考えます

 二つ目については、最初記事で「②解釈が「混同」されたあらすじは悪いのか」として項目を立て「その問題性を示」したつもりなので、「示せていない」と読むのは非合理的です。あるいは論証できていないという意味でしたら、私の文章にどのような論理的瑕疵があるか、具体的に引用などをして教えてください

 「どんな場合問題がある」と論じたつもりはありませんが、鴻巣の主張を成立させる上で問題が生じる」ことは示せたと思っています(それで十分なので)。

 ちょうどいいのでまとめます

 鴻巣友季子の時評は二つの水準で問題です。

①読みが合理的でない

作品描写されていない、(その合理的でない)読みによって構成した出来事をあらすじとして断定で書いた

 まず②にフォーカスして一つ目の記事を書いたのは、桜庭が「誤読か否か」を(①を)別の水準にあるとして、そちらについての判断を避けたからです。②の点だけでも鴻巣友季子の行為は正当でないことを最初記事鴻巣友季子の時評は何が問題なのか」で示しました。その後、二本目の記事「続・鴻巣友季子の時評は何が問題なのか」の「論点整理・集約版」でも別の形で示しました。

 一つ目の記事に「誤読か否か」を問題視するコメントが多くあり、また、鴻巣友季子は②を正当化するにあたって「読みが合理的である」ことを必要条件としているので、①についても二つ目記事で「鴻巣解釈検討」と項目を設けて示しました。その後、三本目の記事「補・鴻巣友季子の時評は何が問題なのか:フェアな考察」でも示しました。

2021-08-28

anond:20210828072959

それが絵を描くでも音楽を奏でるでも起業家自伝読破するでも食っていける人間は一握りなのだから無学無才でも生きていけるようハローワークの使い方と派遣労働のやり方を勉強させておこう

2021-08-23

「ガス殺死体は一体も見つかっていない」ホロコーストの話

阪神淡路大震災オウム真理教をめぐる事件で騒がしかった1995年に起きた、文藝春秋雑誌マルコポーロ』を廃刊にしてしまった事件の、そのホロコースト否定記事の著者である西岡昌紀氏がその記事でも使った文章がこれである

 

「なんと驚くべきことに、ガス殺の遺体は一体も見つかっていないのです」

西岡はそれ以来、繰り返しこのセリフを語った。今回はこれについて考えてみよう。

 

ガス殺遺体は見つかってないこともないのだが…… 

上の西岡が使う常套句は、実は微妙に嘘なのであるが、ほんとでもあるというややこしい話でもある。嘘であるというのは、見つかっていたという報告自体存在するからだ。知られているのは二つあり、一つはマイダネク収容所ソ連犯罪調査委員会による報告書であり、1944年10月頃という早い時期にまとめられた報告書の中に、ガス殺遺体発見事実さらっと書かれている。マイダネクはソ連赤軍の急襲にあって終戦前年の1944年7月にさっさとソ連解放されてしまったので、ガス室やその遺体の処理が間に合わなかった、とされている。もう一つはロシア南西部黒海に面するクラスノダールでもガス殺遺体発見されたと報告されている。こちらの方は1943年初頭にさっさとソ連占領されてしまっているので報告(裁判)の時期も1943年7月と最も早い。ガス殺遺体写真である

 

このように実際には見つかっていたという話を知らないネット否定派は多いようだが(西岡1995年当時には知らなかっただろう)、見つけたのがソ連であるという理由で信じないのが否定である。実は個人的にもマイダネクの報告書ちょっと怪しいと思っているが細かい話になるのでそれはここでは言わない。クラスノダールの方は写真まであり、その写真自体に「一酸化炭素中毒死体」とまではっきりコメントが書いてあって、信頼性はあるように思うのだが、ソ連裁判という理由否定派は認めようとしない。当時ソ連見せしめ的な裁判をやっていたらしく、それが信じない理由とされているようだが私は詳しくは知らない。

 

しかしこれが、否定派が主たる攻撃対象としている絶滅収容所、中でもアウシュヴィッツ収容所の話になってくると、確かに解放後に連合国によって一体も発見されていないのは事実である定説では、それらのガス殺による遺体は全部焼却処分してしまたかである。が、ここでは少し否定派側の視点に立って考えてみよう。

 

ガス殺死体が一体も見つかっていないのに、なぜガスによる虐殺があったと認定されるのか?

かに、そう言われると奇妙な気もしてくる。一般的に言って、死体なき殺人は肝心の殺された死体存在しないため、その立証は困難である。かつて日本で起きた北九州一家連続殺人事件では家族七人が殺されたが、その死体は一体も見つからなかったどころか、犯行現場とされたアパートからも血痕の一つも見つからず物的証拠は何一つ存在しなかった。その為、主犯格共犯者である愛人と逃げて助かった生存者の証言事件を立証する以外になかったのである

 

しかし、アウシュヴィッツは七人どころではなく、約百万人がガス室で殺されたとされている。ニュルンベルク裁判時点では250万人〜400万人という膨大な犠牲者数が述べられた。なのに、ガス殺死体は一体も見つかっていないというのは極めて異常な話ではないのか? ガス室による殺人は全く立証されていないじゃないか、と言いたくもなるのだろう。特に、青酸ガスという毒ガスで殺されたという類例のない事実を立証するには、遺体の検死解剖の一つくらいあっていいはずなのにそれすらないのだから疑惑を持つ人がいても不思議ではない、とは思う。

 

では一体どうやって毒ガスによる大量虐殺を立証したのであろうか?

 

実はその立証の主役となった証言は極めて多数でありまた詳細でもあった

流石にニュルンベルク裁判やその他の裁判で具体的にどのように立証していったのかという全貌は知らない。よほどの研究者でもない限り、膨大な裁判資料精通している人は限られると思う。ニュルンベルク裁判資料ですら素人には手に負えない。

 

しかし、物証の一つである文書資料もそこそこ裁判採用されているようであるナチス親衛隊は徹底的に大量虐殺事実隠蔽しており、例えば直接「毒ガスで殺した」などと文書記述したりしなかった。ガス室についても、残されている図面には「死体安置所」としか書かれていないし、アウシュヴィッツ火葬場に関する使用データも一切残さなかった。収容所解放前にガス室のあったビルケナウのクレマトリウムは全て解体撤去・爆破処分しており、火葬炉の一つも残っていない。それでも、ある文書の中には「ガス室」とついうっかり書いてしまったのであろう記述があったりもしたし、クレマトリウムの残存パーツからシアン成分も検出している。

 

さらに、裁判採用された証言者は何百人にも上り、その多くは非常に具体的にガス室のことを証言しており、詳細な証言もいくつもあった。ガス室での殺害目撃証言も多数存在したし、ともかく大勢の元囚人ガス室に関する証言を行なった。中でも、遺体処理を担当したゾンダーコマンド生存者の証言は極めて詳細であった。最も衝撃的だったのはアウシュヴィッツ収容所司令官を最も長く務めたルドルフ・ヘスニュルンベルク裁判での証言であった。彼は、他の多くの加害者側の人間とは異なり、無罪を主張しなかった。それどころか、自分から進んで積極的にそのおぞましい犯罪の全貌を裁判で語ったのであるさらに彼は、拘置所において自らの意思回想録執筆し、裁判時の証言よりもさらに詳細な内容であった(この自伝日本でも普通に売ってる)。

 

かい話をすれば、例えばナチス親衛隊による大量虐殺隠蔽に関する証言でさえも、囚人証言している。「ガス室での殺害については、「特別処理」という表現記載していました」などの証言も何人もしている。これは事務的部署でも囚人が働いていたかであるさらにそうした証言をしている法廷で裁かれていた加害者側の被告であった親衛隊員たちは、ガス室を全く否定しなかった。それら親衛隊員が裁判反論したのは、自らの意思に基づく非道な行い等についてのみであり、指示・命令で行っていた任務であるガス室に関しては否定しなかったのである

 

結局、後々のナチ犯罪裁判を含めそれら戦犯裁判では誰一人、ガスによる大量虐殺否定しなかった。少数の「知らなかった」と語った証人被告存在しただけである果たして、こうした証言状況で、「ガス殺死体が一体も見つかっていない以上、それらの証言は全て疑わしい」と言えるのであろうか?

 

ガス室大量虐殺を認める証言否定派にとっては全て嘘になる法則

ネットに多い素人否定派程度では、まさかガス室大量虐殺を認めることになる証言が何百件もある(裁判以外も含めれば何千件になるのか見当もつかない)だなんて知らないと思うし、それらの証言の一つもまともに読んだことすらないだろう。例えばその一つを任意に選び出してみよう。

証人アウシュヴィッツ絶滅された子供たち移送に関しては、ゾンダーコマンド特別部隊)で働いていた同僚からいたことを繰り返すことができますの子供たちはガスで殺されました。ビルケナウの最初火葬場で行われたテストガスの犠牲者でした

私は3週間の検疫を経て、クレマトリウム建設班に配属されましたが、そこで初めてグラブナーと出会いました。ある時、私の仲間が50キロセメント袋を運んでいたのですが、その重さに耐えられず、グラブナーは私のカポーに向かってこう言いました。「あの犬にとどめを刺せ」と。カポーシャベルの柄を折って、それと自分の足を使って囚人を激しく殴り、彼は本当に死んでしまいました。これはグラブナーの指示で行われました。

その後、私は火葬からカナダ」という兵舎に移されました。そこでグラブナーと再会しました。グラブナーは政治部部長で、ガス処刑される人たちの書類をモルに渡していました。グラブナーはほとんどすべての輸送列車の到着に立ち会っていました。

ポーランドの戦争犯罪証言記録サイトに見る殺人ガスの証言証拠(2)|蜻蛉|noteより

 

人間証言には、しばしば誤りが存在する。記憶間違いであったり認識間違いであったり誤解であったり、場合によっては意図的な嘘であったりもする。個人的に、こうした証言をたくさん海外サイトから翻訳したので、そこそこ誤った内容を含む証言があるのも知っている。しかしだからと言って「ガス室」に関する証言のその全てが嘘になることなどあり得るのだろうか? 知っている裁判証言だけで数百件に上るのだが。

 

しかもそれらの証言に含まれる「ガス室」に関する内容は、ただ単に「ガス室があった」と言っているだけでなく、上にあげたたった一つの例ですらも具体的な内容を持つ証言の中で示されているのであるしかもそれらは裁判の中での証言であり、被告法廷存在しており、被告には証言者への質問の機会も与えられていたのに、誰一人被告ガス室否定しなかった。

 

でも否定派は、それら証言をどんな難癖をつけてでも否定する。上の例では、「連合国陰謀者によって、ガス室証言をするように脅迫されている可能性がある」等。また、否定派が最も証言に対して使うセリフは「矛盾があるものばかりであるであるルドルフ・ヘスに至っては、ほんの些細な記憶間違いとしか考えられない証言上の矛盾を元に、証言の全て(もちろんガス室大量虐殺に関することだけ、であるが)が連合国によって強制的に嘘を言わされていることにされた。私はそれをいうネット否定派に対して、「ではあなたは数年前の出来事について一つの誤りもなく証言できるのですか?」と質問したがまともに答えが返ってきたことは一度もない。ひどい場合には、単なる翻訳上の間違いを元にして「この証言には矛盾がある」と難癖をつけられていたことさえある。

 

でも、真面目な否定派もいるにはい

少なくとも、マルコポーロ事件西岡昌紀は真面目とは言い難い。その理由は、絶対にただの一つとしてもホロコースト否定説には欠陥があることを認めようとはしないかである。実は、稀にこの「否定説の欠陥」に気付く否定派がいる。中でも否定説の最大の欠陥は、では「一体、数百万人に上るユダヤ人はどこへ消えたのか?」に答えられないことであるユダヤ人ナチドイツの手によって大量移送されたこ自体否定する人はいないので(それすら知らない人は別だが)、殺されていないのなら数百万人の消えたユダヤ人はどこかに生存していなければならない。古くは、ソ連だった。ソ連スターリン収容所収容しただとか、移住させたのだとか、色々言っていたらしい。だが、冷戦が終わってなお、そんなユダヤ人は全く確認することは出来ない。旧ソ連に関するそうした情報も公開されているのだが、どこにも出てこない。

 

ほんの僅かだけど、ネット議論しているとそこに気づいた否定派もいた。確かにその質問には否定派は答えられない、と。欧米では、著名な否定派が、さらに高名な否定派の誰にそのことを聞いても「知らない」と返答されるだけだったので、否定派を辞めてしまった人さえいる。この重大な欠陥を認めるか否かが、ある種の分水嶺になっているとは思われる。

 

2021-08-10

anond:20210810003338

これまで何度も自分人生についていろいろな手段で語ろうとしてきたが、

語り口がまずいせいかだいたいこういう反応だ

これ以上望めないほど幸福で順調な人生だと自分では思っているので

すこしは語る価値があるのではと挑戦してみるのだがまったく面白く伝えられず

共感も反応も反発すらも得られない

つくづく語るに値しない人生なんだと思うが

老人が死ぬ前に自費出版する自伝のようなもの

他人からすると興味がないことはよくわかっているが

また新しい切り口を思いついたら語ってみようと思う

2021-07-31

地下アイドルがやりがちなこ

女の性欲を満たすために製造されたもの

推しとして恥ずかしげもなくSNS公表する

破廉恥行為

 

作詞しましたと自伝的な歌詞をつくるのはいいが

内容よくよく考察すると自分家族をかなりディスってる。

毎回ライブ応援に来て下さる、いいご家族なのに……。

 

風俗で働く。

2021-07-24

ルックバックが自伝だとしたら藤本先生小学生の頃から絵の練習をしてきたわけだろ

美大に入るのもあれだけの漫画を描けるのも不思議じゃなさそうだが。

他の漫画家も絵の練習はしたはずだが藤本先生ほどやらなかったので「敵わない。天才だ」って言ってるの?

普通プロ野球選手にとってのイチローのようなものか?

2021-07-23

アウシュヴィッツガス室への誤解

anond:20210718162617

人口数について簡単解説したけど、そのついでというかこんな話も。

 

大したプランもなしに始まったガス室

ホロコーストは誤解が多いというか、そんなに簡単でも無い話なのは間違いない。日本人ありがちな多くの誤解の一つが「アウシュヴィッツドイツにある」というものだろう。日本人に取って縁遠い話だし、義務教育世界史でも大して詳しく教科書に書いてあるわけでも無いから仕方ないが、ドイツ本国ではそんなに沢山のユダヤ人は殺されていないだとか、強制収容所絶滅収容所は違うだとか、ソ連でも現地虐殺部隊映画では例えば『炎628』は有名だが、あんな風なことが実際にあったかもしれないけど、その多くはピットを使った銃殺である現実の現地虐殺映画にしたら正視に耐えないだろう)でたくさん殺されたとか、細かい話をし出すと訳がわからなくなるかもしれない。

 

そんな多くの無理解や誤解の中でも、「ヒットラーナチスドイツ計画的ユダヤ人大量虐殺した」なる言葉に対する誤解があると思う。「計画的とあるから、何やらナチスドイツユダヤ人絶滅のために綿密なプラン策定してから絶滅計画推し進めたかのように捉えられがちだが、実は全然違う。むしろ最初から計画されたものではなかったと、今ではほとんどの歴史家同意している。昔は意図派と機能派と呼ばれる歴史家グループが盛んに論争したそうだが、最初から計画的意図的にユダヤ人絶滅を進めたという説はこの論争に敗れ去ったようである。私個人は、ナチス内部の権力争い・主導権争いがユダヤ人絶滅引き起こした原因だと考えているが、ユダヤ人絶滅ヒトラーの夢でもある事は間違いなかったと考える。そうでなければ、親衛隊だけでなく、ナチス全体、国防軍までユダヤ人絶滅に協力するなんてあり得なかったろうからだ。

 

しかし、ユダヤ人絶滅は、当初は確かに単なる支配地域からユダヤ人排除だった。そして当初のユダヤ人排除マスタープランであったマダガスカル作戦バトル・オブ・ブリテンでのドイツ実質的敗北によって実行できなくなった為、ドイツ地域東方へ拡大するというヒトラーの目論みと共に始まったバルバロッサ作戦、すなわち独ソ不可侵条約勝手に破ってソ連領へ進撃すると、今度はヨーロッパユダヤ人ソ連地域追放するという東方移送計画生まれる。ところが、この独ソ戦の見通しの甘さから最初こそ快進撃だったものの、1941年末には戦線が拡大しすぎて膠着状態に陥ってしまう。

 

しかし、ユダヤ人ポーランド地域などにあるゲットーへの移送(要するに狭い地域に押し込めることによる排除政策)がずっと続いため、とうとうゲットー悲鳴を上げ始めた。で、ゲットーに集めておいて、さら移送させるなどという面倒な事はやめて、ユダヤ人を殺すべきだ!との声が実際に上がり始めたのである現実には、共産主義と結託していたとみられたソ連地域ユダヤ人危険と見做され、ドイツ軍の進撃とともに、現地で絶滅させられる動きが既に始まっていたからであろう。

 

このような流れの中、1939年から既に始まっていた障害者絶滅作戦であるT4作戦を、ユダヤ人絶滅に流用する形で、ガス殺による大量殺戮実施されていくのである。だから毒ガス代表であるとされる青酸ガス=チクロンB最初は用いられず(実験的に使用されたという説もある)、T4作戦を引き継いだ形での一酸化炭素ボンから始まったのだ。もっとも、最初ポーランドポズナンでの精神障害者虐殺からスタートしたものをその辺の地域ユダヤ人殺害転用しただけのことである。そのうちに、ガスボン積載車地域を移動してガス殺を行うようになり、それがガソリンエンジン排ガスを使えば手っ取り早いということで、本格的なガス車へと移行していく。

 

このガス車によるユダヤ人殺害が、その近くにあったリッツマンシュタット・ゲットーでの「ユダヤ人なんか殺すべきだ!」との声に呼応する形でヘウムノ収容所で利用されるようになっていく。こうしてまず最初絶滅収容所であるヘウムノ絶滅収容所がガス車を持ちた形で稼働し始めたのであるリッツマンシュタット・ゲットーユダヤ人絶滅させるために。ヘウムノは一旦1943年中に活動を終えたのちに、1944年短期間だけ再稼働され、トータルで15万人以上のユダヤ人虐殺されたと言われる。

 

アウシュヴィッツビルケナウのガス室はどうだったのか?

これがいまいちよくわからない。ベウジェツ・ソビボル・トレブリンカはラインハルト作戦収容所として、ユダヤ人絶滅目的だけのために建設された収容所であり、かなり計画的ものであった事は間違いない。しかし、アウシュヴィッツラインハルト作戦収容所ではなく、そもそも一般強制収容所捕虜収容所であり、絶滅機能はあとで追加されたものであった。ではどのような経緯で絶滅収容所に設定されたのか? これが司令官だったルドルフ・ヘス証言の中にしか出てこない話で、ヘスは記憶を誤って証言したりしており、はっきりしない。最初ガス室アウシュヴィッツの基幹収容所で始まったのであるが、最初にガスで殺されたのは、1941年当時大勢いたロシア人捕虜だった。だが、この時確かに毒ガスを、アウシュヴィッツでは他の絶滅収容所とは違ってチクロンBで行くと決めたのであるチクロンB自体はマイダネク収容所も使っていたが、マイダネクでは一酸化炭素ガスやガス車もあるようで、これについては実態不明瞭ではっきりしない)。

 

そして、アウシュヴィッツビルケナウで本格的なガス室によるユダヤ人大量虐殺が始まったのは、実はアウシュヴィッツ基幹収容所ガス室観光用に公開されているガス室)でもなければ、有名なビルケナウのクレマトリウムでもなかった。ビルケナウの敷地外にある農家を改造した、日本語ではブンカーと呼称されるガス室からだったのである。このガス室は二箇所あったが、一箇所は既に影も形もなく、もう一箇所はほんの少しだけ土台を残す程度であり、おそらく一般にはあまり知られていないだろう。ここで、おそらく1942年3月から1943年3月頃の一年の間に15〜20万人程度のユダヤ人虐殺されたと考えられる。なお、同時に基幹収容所第一火葬場のガス室も使われていたようであるが、ここでは併設の火葬炉を死体処分に使っていたのだが、この火葬炉の数が少ししかなかったため、一度のガス室での殺害人数の少なさや焼却処理能力問題があり、毎日使うなどは全く無理であり、トータルで一万人もガス殺はされていないと言われている。このガス室1942年末で使われなくなった。

 

では有名な、ビルケナウのクレマトリウムはどうだったのか? 実は当初はこのビルケナウのクレマトリウムにはガス室は設定されていなかったのである。元々は純粋ビルケナウの囚人用のために設定された火葬場であり、のちにガス室となる場所はただの死体安置所であった。これが、どうしてガス室に変わったのかは、事情は複雑である。この謎については、実際にはとっくの昔にルドルフ・ヘス自伝にその理由を書いていたのだけど、細かく解き明かしたのは、1989年に発表されたJ-C-プレサックという薬剤師(プレサックは当初はホロコーストを題材にしたSF小説を書こうとしていたのである)による『アウシュヴィッツ ガス室操作技術である

 

ヘスは自伝で、ブンカーのガス室殺害遺体は、最初は単に近くにピットを掘って、埋めていただけだと書く。ところが、この大量遺体の埋葬が衛生的な問題引き起こしたので親衛隊トップヒムラー命令で、アウシュヴィッツを含めた各地の大量埋葬地の遺体をもう一度掘り起こして、焼却処分することになった。だがアウシュビッツでは焼却の始まる夏の終わりまでに10万体もの遺体を埋めていたため、これを焼却し切るには昼夜を問わず延々と焼却をし続ける必要があった。これが問題化する。夜でも煌々と光る焼却の炎は何キロも離れたところから見えるほど目立ち、ものすごい煙で悪臭が周辺数キロにまで漂い、地域住民は全員がアウシュヴィッツで大量殺戮を知ってしま事態へと発展してしまう。すでにある程度はガスによる大量虐殺情報は外部へ漏れワルシャワ地下組織などに伝わっていたが、この焼却はなんとニューヨークタイムズで報じられるまでになってしまう。

 

実は、ビルケナウのクレマトリウムガス室を併設する案は、これが原因だったのである。野外焼却をこのまま続けるのは秘匿性の観点問題ありすぎるので、ビルケナウの焼却場で遺体焼却を行い、それなら基幹収容所ガス室同様、焼却等に併設してしまえということになったのだと考えられる。そして、ソ連アウシュビッツ博物館資料から大量の図面を入手していたプレサックは、クレマトリウムに重大な設計変更がなされていることを見抜く。1942年の夏頃の図面にはあったはずの地下死体安置所に死体を下ろすための死体シュート1942年12月19日図面から消え去っていたのだった。これはどう考えても、死体が地下へ自分の足で降りていくことを意味するとしか考えられない、とプレサックは自著に記述したのである。他にも、死体安置所の扉は内開きだったのが外開きに変更されていたり、その後の図面では外開きの一枚扉に変更されていたりと、結論としてプレサックは、やはり多くの証言どおり、図面には死体安置所としか記述されていないそこは、ガス室である事は間違いないと決定付けたのだった。なお、証拠はそれだけではないのだがややこしくなるのでここでは省く。

 

このややこしい経緯のあるガス室全否定する修正主義者

修正主義者達はどんなことがあっても、ガス室だけは絶対に認めない。知恵の限りを絞り尽くしてでも、ガス室否定する論拠を導き出し、それがどんな出鱈目でも採用しようとする。有名なアルフレッドロイヒターなる死刑技術コンサルタント(当時彼1人しか全米にいなかった)がカナダ修正主義者エルンスト・ツンデル扇動罪に関する裁判で、有名なロイヒター報告を裁判に提出した(しか裁判から証拠採用されなかった)。曰く、アウシュヴィッツガス室とされる場所採取サンプルを分析すると、極めて微量のシアン化成分しか検出されず、ガス室などなかったと結論付けられると。「極めて微量」というのは、チクロンB合法的使用方法である害虫(疫病を媒介するシラミ駆除をしていた害虫駆除室のサンプルと比較して、という意味であるしかし、これは分析ルール違反であった。なぜなら、害虫駆除室と殺人ガス室におけるチクロンBの使い方は同じガスを使うというだけで全く異なる使用方法であり、さらに、害虫駆除室はガス処理は二十四時間が基本(ガス殺は1日あたり一回で30分程度)、その使用状況の違いか害虫駆除室ではプルシアンブルーという極めて安定したシアン化合物を生成しており(殺人ガス室にはなく、通常の壁表面などに浸透したシアン成分は安定度が低く、水などで大半は洗い流されてしまう)、これをロイヒターはサンプルにしているのだからほとんどインチキなのである。なお、余談的ではあるが、このロイヒターのアウシュヴィッツにおけるサンプル採取は完全に違法であり、無許可である。その上、ロイヒターらは入ってはいけない施錠された部屋の施錠を勝手にぶち壊したりして入ったりもしており、無茶苦茶であった(それをあろうことかロイヒターのチームはビデオに収めて堂々と公表しているのだから呆れてしまう)。

 

その数年後に、ポーランドクラクフ法医学研究所アウシュヴィッツ博物館側の正式依頼でロイヒター報告に対する対抗調査を行なって、プルシアンブルーを除外した上で分析した結果、殺人ガス室であると断定できる濃度のシアン成分を殺人ガス室から検出している。しかし、修正主義者は、クラクフ調査方法の方がインチキであるとして全く譲る気配はなかった。ともかく、修正主義者は、ほんとに知恵の限りを絞り尽くしてでも、そこはガス室絵ではなかったという結論を無理からにでも捻り出して、断じて認める気配はない。プレサックの死体シュートの話だって、実際には設計変更が工事の進捗状況に間に合わず死体シュートが作られてしまっていたことを理由に「死体シュートはあったのだから死体シュートは実際に使われたのである」などと、設計変更のことを無視したりしている。だが、その死体シュートが使われた証拠は何もない。

 

ガス室を正しく理解するのは難しいけれど

そう簡単な話でもないという事は少しは理解してほしい。もしホロコースト勉強したいのなら、修正主義なんかから入らず、まずは普通ホロコースト関連書籍を読むべきである。どうしてユダヤ人迫害ホロコーストに発展してしまったのか、あの時代はどんなことがあったのかなど、先に歴史を学ばないと、修正主義にコロッと騙されると思う。ガス室ひとつとっても、述べたようなさまざまな経緯の中で成立したものなのであって、予断を可能な限り廃して、普通の真面目な歴史学者・研究者達の記述内容に従うべきだろう。

 

でも、一部のネット民全然学ばないで修正主義に走るんだ、これが。なんでなんだろうね?

恐ろしく誤解されてるホロコースト犠牲者数について

anond:20210720153943

その割には、アウシュヴィッツで死んだユダヤ人の数は、600万人から300万人に減らされ、今はドイツ国公式見解100万人ということになっているが、その実態10万人である

なぜ600万という途方もない数字が出たのか回答していただけないだろうか?

 

強烈に誤解されることの多いホロコーストにおけるユダヤ人虐殺数。

 

600万人と言う数字にどうしても目が行ってしまうため、その途方もない数字に信じ難いと言う気持ちが起きるのでしょう。ちなみに、「アウシュヴィッツで死んだユダヤ人の数は、600万人から300万人に減らされ」や、「ドイツ国公式見解(何それ?)100万人」だとか実態が「10万」なんてどこから出てきたのか知りたいところですが、まぁそれはいいでしょう。一応全部間違いです、そんなの聞いたことありません。

 

先に、私は研究家でもなんでもなく、本やら様々なネット情報海外サイトが主)を色々と調べ回っただけの知識しかないと断っておきます

 

どうやって600万人と言う数字が出てきたのか。

これはまず、ナチスドイツ内でアイヒマンが語っていたとされる数字として、ニュルンベルク裁判である親衛隊将校が語りました。それによると「収容所で400万人、それ以外で200万人」という数です。これが最初に出た600万人ですが、実は別にニュルンベルク裁判では判決で触れられているだけで、別に認定などされていません。また、ニュルンベルク裁判起訴状に「570万人のユダヤ人ヨーロッパから消えそのほとんどがナチスに殺された」なる文言がありますが、これもまた別に認定などされていません。

 

そして、裁判以外で、1950年から人口統計学者によって600万人や550万人以上のユダヤ人人口が失われていると計算されるようになります。で、今度は歴史家ジェラルドライトリンガーの方から反ユダヤ主義意識して」極力最低限の数字計算し419〜458万人という数字を弾き出します。以降、有名な『ヨーロッパユダヤ人絶滅』の著者であるラウルヒルバーグが1961年に510万人という数字を弾き出しました。

以降様々な研究者が発表してきましたが、概ねの間違いない数字としてはユダヤ人600万人説が変わったことは実際一度もありません。以上のように、例えば「ニュルンベルク裁判勝手に決められた数字であるとか、「イスラエル公式数字である」とかは全然違うわけです。おそらく適当数字は一つも無く、近年は非常に膨大な資料を用いて推計しているようです。

 

ではあのアウシュビッツは? というところですが、アウシュヴィッツについては最初は基本、二つの数字からまります。何故二つあるかというと、その出所が違うのです。一つは、よく言われる400万人説です。これはソ連の0018-USSRと呼ばれる戦争犯罪調査委員会報告書1945年5月)です。ここに、400万人という数字が登場しますが、この数字報告書上は火葬能力からの推計値と書かれていますが、それはあり得ないと言われています火葬能力があり得ないのではなく、火葬能力で推計値を出すということ自体があり得ないわけです。問題は実際に殺した人数だからです。では一体どこから400万人説が実際に出てきたかというと、それはおそらく火葬場で働いていたユダヤ人ゾンダーコマンド生存者の証言です。その中に400万人説が出てくるのです。おそらくソ連はそれを聞いて、火葬能力など何も調べずそれっぽく推定たかのように書いたのではないかと思われますしかし、奴隷労働をしていたゾンダーコマンドが正確な数字を知るはずもなく、単に囚人同士で噂話のように推計していただけの数だと思われます

 

ところが、1946年3月に、逃亡していたアウシュヴィッツ司令官だったルドルフ・ヘス逮捕されます。ヘスはニュルンベルク裁判証人になったとき証言で「250万人を殺害し、50万人は病死餓死でなくなった」と証言したのです。ところがこの250万人という数字は実際にはヘスが現場で知った数字ではなく、アイヒマンに教えてもらった数字だと答えています。何故なら、犠牲者数の数を記録することを許可されていなかったのです。ただしヘスは司令官なので、それなりに犠牲者数の実感は持っていたようで、250万人は多すぎると自伝に書いています

 

なので、アウシュヴィッツ犠牲者数は、最初はこの250〜400万人説からスタートしたのです。が、実際にはすぐにこれは多すぎるとわかっていました。何故ならば、研究者によると、アウシュヴィッツへの囚人移送記録が出発駅や経由駅などにたくさん残っているので、それをもとに計算すると、いくらなんでもそんなに大勢ユダヤ人移送されたはずがないことが明らかだったそうです。それで、前述したライトリンガーなどは80〜90万人だろうとし、ヒルバーグは100万人とします。で、現在数字は、アウシュヴィッツビルケナウ博物館主席研究員であったフランシスゼク・ピーパー博士による研究成果として、110万人(ユダヤ人以外も含めて150万人)の犠牲者が出たとされているのです。

 

以上の通りなので、例えば「以前はアウシュヴィッツ公式プレートは400万人だったのに今では110万、なのに何故トータル600万人が変わらないのか?」が誤解であることはお分かりいただけるかと思いますそもそも600万人の数字計算の中に400万人説は含まれていないからです。

 

それ以外の収容所犠牲者数の細かい計算方法は存じておりませんが、最もわかりにくいのがソ連ウクライナバルト三国など)でのいわゆるアインザッツグルペン、移動虐殺部隊を主体とした現地殺害による虐殺数で、広い範囲でたくさんの場所で細かな殺害が行われたため、いまだによくわかっていないそうです。概ねの数字で言えば100万人から200万人の間だろうとされてはいます

 

さて、もちろんこんな数字修正主義者達は全く否定しております。はっきりした数を言わないのが修正主義者で、ないとも言っていません。修正主義者達は、人口調査すら自分達でした気配もありません。たまに適当なことを言って「600万人などあり得ない!」と主張するに留まります。でも、大勢ユダヤ人移送されたことは認めているのです。で、どっかに殺されずに消えたんだと。私には修正主義者が何を言っているのか意味がわかりません。修正主義者は、例えばアウシュビッツであるとか、トレブリンカ・ソビボル・ベウジェツなどのいわゆる絶滅収容所絶滅収容所とは認めず、「通過収容所」と読んでおり、そこまで移送されたことは認めるのに、その通過収容所から先を言いません。言ったとしても「ミンスク1000人移送されたことはわかっているから通過収容所であることは間違いない」であるとか、その程度です。実はこのことが、修正主義者の最大の問題であり、修正主義者達はこの件の答えを常に誤魔化していますが、絶対にはっきりしたことはいいません。もちろん一般歴史家は全員が「虐殺された」です。

 

ともかく、それら犠牲者数の数字は、色々な人たちが様々な資料検討した上で推計した数字であって、別に適当数字を言っているわけではありません。中にはよくわからない計算方法で算出している人もいるかもしれませんが、一般に言われている数字は全て研究者達が推計した数字です。ですから別に誰も数字を盛ったりしていることもありません。

なお、最新のユダヤ人人口統計でさえも、ユダヤ人人口数は第二次世界大戦中の最大値を回復しておりません。ともあれ、戦後様々な推計結果はあったとはいえ、概ね600万人という数字は一度も変わったことはなく、最近でもそれはありません(リビジョニスト達はしょっちゅう「600万人説は既に信じられていない」だとかのデマをばら撒いていますがね)。実は、ユダヤ人人口を把握している元は、ユダヤ人教会みたいなシナゴーグなのです。シナゴーグなしにはユダヤ教はあり得ないので、シナゴーグ管理しているユダヤ人数を集計すれば自ずとユダヤ人の数はわかるのです。もちろん近代的には国勢調査で把握される宗教人口もありますが、昔は主にシナゴーグ集計を使っていたようです。ですから戦前などの場合は、ユダヤ人協会に聞けばわかったので、ナチスもそれを元に殺すべき人数を知っていたわけです。

  

以上簡単ですが、おわかりいただけたでしょうか。それでは失礼いたします。

2021-07-20

小山田のぶみの流れでさくらももこのあれやこれやについて知った奴が「さくらさんがそんなことする人だったなんて……幻滅しました!」みたいなこと言ってんの見たけど、普通に考えてさくらももこ聖人君子なわけなくない?

だって「まる子」のモデルだよ?

と思ったけど、もしかしてちびまる子ちゃん』がさくらももこ自伝漫画であることを知らない人ってそれなりに存在する……?

anond:20210719172607

あの事件をどうすれば作品昇華できるのか2年考え抜いた末にたどり着いた見せ方だと思う

まんが道的な要素であの事件理不尽な死を強いられた被害者にも

これだけの人生の積み重ねがあったはずだということを浮かび上がらせ、

自伝的要素を入れることで表現者としてそれを語る必然性をもたせているんだよな

通り魔事件唐突に見えるのも明らかに意図的で、事件犠牲者にとって

そこで死ぬ予兆なんてなかったんだよ

決してとってつけたものではなくテーマの根幹だから

2021-07-19

ルックバック』は藤本タツキ先生の極めて私的決意表明しかない

藤本タツキルックバック』のネタバレ

先に断っておくと,今から私は極めて(藤本タツキ氏に対して)無神経なことを書くつもりであり,その点については先に謝罪しておく.ごめんなさい.じゃあなぜわざわざ書くのかといえば,既に以下のようなコメントネット散見される状況ならまあ書いてしまってもいいかと思ったから.

https://twitter.com/imaitetsuya/status/1416946323043979267?s=21

ルックバック』、すごく面白くてすごい作品だったんだけど、あの事件をこうやってすばらしいエンタメ昇華することやその世界共振して祈りや救いのような気持ちに包まれること、になんというかすごい恐ろしさのようなものも感じる気持ちもあってうまく考えがまとまらない。すごく面白くはあった

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/shonenjumpplus.com/episode/3269754496401369355

masa_bob どんなに才能があったとしても2年前の実在事件Don't Look Back In Angerと言って公表する権利があるのかが気になったことはブコメしておく

world24 ”Don't look back in anger”は遺族しか言えない言葉だと思うけど。なんか事件が読者には「エモさを強調するもの」として消費されちゃってるな。


端的に言ってしまえば,藤本タツキ先生はその事件の「遺族」だったんではないの,という話である.それがどこまで文字通りの意味でそうだったのか私は知らないし特に知りたいとも思わないが,マンガの描かれ方からして私はそう読み取った.

この作品倫理的な危うさを感じてしまう人が一定数出てきてしまうのは理解できる.作者情報ゼロで読んでいたら私もそう感じていたと思う.そのような目線で読むと,この作品はまるで読者に対して「事件からもう二年も経ったんだし,うじうじしてねーで前向こうぜ」と語りかけているようではないか.何様のつもりだ.

でも,このマンガタイトルは『ドンルックバック』ではないのだ.作者はルックバックしているのである.作者自身過去を.

このマンガは,作者自身リアルな経歴に対する自己言及の量が度を越している.ちょっとした遊び心のあるセルフパロディといった次元で片付けられるものではない.

登場人物名称藤野」+「京本」=「藤本」.京本大学は明らかに作者の出身大学だし,『シャークキック』は明らかにチェンソーマンである

https://twitter.com/12_Popo_36/status/1416781566928244742

ルックバックに出てきたシャークキック名前の由来

チェンソーマン)↔シャーク

(ファイア)パンチキック

って考察があったけど

チェンソー対義語シャークなの完全にシャークネードで笑った


から,私はこのマンガ藤本タツキ先生自伝だと思って読んだ.おそらく先生は,あの事件自分の中のおよそ半分くらいを奪われたのだと思う(藤本の「本」=京本).それがどこまで文字通りの意味なのか,藤本先生に「では君は当事者なのか」と踏み絵を迫るが如く問い詰めることは,それこそとんでもなく無神経な行為となるので私は望まない.先生がこのような形で自分の思いを弔うことを選択したのだから,ドヤドヤと首を突っ込む権利こちらにはないと思う.

では仮に当事者だったら許されるのかとか,事件に対する関係性を濁したままで許されるのかとか,ああいったトラウマ的な事象表現として扱う際の手つきとしていかがなのか,とかいった問題は,私は詳しくないのでここでは触れられない.こーいう問題系ってホロコースト表象不可能性に関して『シンドラーのリスト』や『ショア』と絡めてめちゃくちゃ論じられてきた話でしょ.誰か詳しい人論じてくれ.

ともかく,このマンガ藤本タツキ先生の極めて私的回顧録かつ決意表明であって,それ以上の何かは特に込められていないのではなかろうか.

https://tomoko.fanbox.cc/posts/2500517

まりルックバック』という作品はそのまま藤本タツキ先生メメント・モっている状況、葛藤を描いたもので……ラストシーンは「充分にメメント・モったのでここからはやっていきをやります」というお話なんだと思った。

↑この記事には概ね同意するが,特に読者が「べき」を感じる必要性はないと思う.何か規範的なものを論じているわけではなくて,藤本タツキ先生の「やっていきますうおお」という日記が半ばフィクショナルな漫画作品として結実したものに過ぎない.そのマンガ的技巧の卓越さに驚嘆しようが,あまりの圧倒的な才能の発露に心を折られようが自由では.

メタ的なことばっかり書いてきたが,以上を踏まえての私なりの『ルックバック』に対する感想シンプルである

チェンソーマン』で一番好きなのはアキくんです.高校編楽しみに待ってます

P.S.

加害者の描かれ方について苦言を呈するコメントに対して,「そもそもこのマンガはそういうテーマを扱う話ではないのだからその指摘は的外れ」という指摘もちょっと的外れだと思っている.まだ二年しか経ってないんだぜ.今の段階で,そもそも遺族に加害者側へ多少の同情をするよう強要できるのか?

anond:20210719170937

この作者の藤本タツキファイアパンチ終了時(2018.1.1)にはアニメーターになりたかったんだって

結局チェンソーマンの連載が始まって漫画家を続けたらしいんだけど、そういう分岐可能性があった事を半自伝的に描いてるのかなと思った。(近い畑が被害に遭って、それこそ半身が殺された様なショックを受けたのでは、とも。)

2021-07-18

anond:20210718042044

211 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/06(土) 23:07:55 ID:5A/f30KCO

882:助けて!名無しさん2008/09/06(土) 20:29:42 ID:t2psa5AE[sage]

俺はバーツと富む巣だな

883:助けて!名無しさん2008/09/06(土) 20:37:37 ID:8yvRyvaX[sage]

マーテルはもったいない希ガス

なんだかんだでピラム連投は強い

882

ホモネタ馴れ合いたい腐女子ですね

わかります

885:助けて!名無しさん2008/09/06(土) 20:44:10 ID:amblXFn7[sage]

バーツと富む巣

このセレクトはないわ……

TSならヴェガシゲだろ常考

887:助けて!名無しさん2008/09/06(土) 21:58:32 ID:tnOjU6J0[sage]

バーツと富む巣

腐女子にしては濃すぎだろ。ビラク臭がする。

TSならリュナン×オイゲンあたりが王道じゃね?

888:助けて!名無しさん2008/09/06(土) 22:46:18 ID:N3h8sd5e[sage]

腐がオイゲンなんて好むのかよw

そこはホームズだろ

シゲン×ヴェガラフィン×ライネルとかの方が人気だろうな

ゼノとかもありか

889:助けて!名無しさん2008/09/06(土) 22:56:33 ID:Y0gAPOcS[sage]

マーロン×オイゲンこそが王道に違いあるめえ

212 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/06(土) 23:09:41 ID:5A/f30KCO

890:助けて!名無しさん2008/09/06(土) 23:03:25 ID:tnOjU6J0[sage]

あとはシゲン×ホームズやリュナン×レンツェンとかも人気ありそう。

888

知り合いの腐女子がこんなことを言ってた。

「クソ作戦責任取らされてリュナンに掘られるオイゲンハァハァ

マーロン輝くエステール!~ティアリングサーガ第93章~

http://game14.2ch.net/test/read.cgi/gamesrpg/1217674747/

( ゚∀゚)アハハ八八八ノヽノヽノヽ/ \/ \/ \

213 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/07(日) 21:30:58 ID:AdTtGYup0

キャラスレかと思ったら違うのか

これは酷い

214 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/08(月) 12:06:25 ID:QKM+6yJ60

211-212

ネナベキモヲタ女同士なれ合って

何が楽しいのだろう・・・

だったら801板で、姐さん(笑)たちとキャッキャウフフ(笑)やってるのと同じじゃんねぇ

216 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/08(月) 21:20:40 ID:hbSFKF740

211-212に引いた。

221 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/13(土) 16:24:29 ID:lgUNv4uE0

世間から見れば特殊性癖扱いなんだろな

222 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/14(日) 21:00:16 ID:NENGJ8EB0

当たり前。ホモ妄想なんて変態扱いだよ

「仲良しテク処世術」って、まずなんで自分達が受け入れてもらえると思えるのか

223 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/14(日) 23:35:00 ID:sbD0Ld760

どうやっても無理だよ。特殊な趣向なんだから

224 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/17(水) 18:59:39 ID:9sv8ZrCO0

仲良しテクニックを具体的にあげてみましょう・・・

これなんかどうですか?

53 :禁断の名無しさん [] :2008/09/15(月) 11:47:08 ID:Ql8ZC9t9

ちょいまて、おかしくないか

どんだけけなすよ。そんなこと言ってるテメェー等も同じよなんもんだろーよ。

まともな奴はまともだよ?

最近では外見気にしてる奴が多いしね。

しかもそんなに下品じゃねぇし、男と一緒にすんなっ!

それに、最近若い人が風俗店に行かない奴多いらしいじゃないですか。

ネット画像でオナるし、現実見てないのは男も女も一緒なんじゃね?

まぁ、この意見を叩いてもいいが、叩いた方が惨めですよ?

俺の意見図星ってことになるよん☆

じゃーね☆

225 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/17(水) 21:34:07 ID:/kQdkpBP0

俺女は勘弁してください

228 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/18(木) 14:36:17 ID:1e4Pvugv0

自分同性愛板に行ったことがないが、向こうで腐女子のようなものがだいぶ迷惑かけてるのは知ってる。

しか同性愛からこっちにやってきてオネエ口調で腐マンコとか書き込んでく奴は何?

そうやって煽ったせいで変なの呼び込んでもいいのか?

まともな801板住人は同性愛板に行ったりしないよ。

それともこれも腐女子が書いてるマッチポンプなの?意味からない。

229 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/18(木) 19:29:03 ID:BppPo2un0

リアルの人に迷惑かけてはいけないな。

230 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/18(木) 20:48:10 ID:sFjGAGCq0

そんなこといいだしたら、もうみんなで死ぬしかないじゃん?w

よく考えてみなよ。同性愛板へ行くとか行かないとかの問題じゃないんだから

当事者でもないのに憶測でつくった偽ストーリー生産して勝手に流してるってことは、

向こうにすりゃ事実無根デタラメを吹聴されてるのと変んないよ。

存在してること自体迷惑になるの。

そういう自覚があるから昔はひっそりと楽しむものだった。

こんなスレで言うのもなんだけど、それを忘れてから801も腐女子おかしなっちゃったと思う・・・

234 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/19(金) 16:25:28 ID:Xc1BpRTI0

腐女子のことが話題にのぼっても

一切レスしないでください

もうね、絶対わかるから

ネナベ丸出しで・・・

235 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/19(金) 16:28:20 ID:RADuCEiV0

2ちゃんという公共の場で男同士の同性愛の話をするのはいいんだ。

リアル同性愛も801もキモさで言ったら変わらないんだけどね。

ていうかこのスレは何なの?

なんで板違い連中が幅利かせてるの?

ここ801に関する事を話す板だから、話すなと言われても板違いなんだけど。

230

一人で死ねよ。

腐女子のふりしてまで同意求めてんの?

237 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/19(金) 18:19:52 ID:DXV027520

そういう自覚があるから昔はひっそりと楽しむものだった。

それを忘れてから801も腐女子おかしなっちゃったと思う・・・

これで腐女子じゃないのバレバレ

からそうだし

238 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/19(金) 19:16:35 ID:xPCiPWmq0

230

頭のおかしい人ですか?

男女もの恋愛小説もたくさん出版されてるけど

異性愛者の恋愛憶測でつくった偽ストーリー事実無根デタラメを吹聴されている

とは誰も思いません

ノンフィクションルポじゃないんだからそれが現実であるかどうかなど

問題にする人間はいませんよ

しろ日常フィクションの中で架空体験して楽しんでいるのでしょ

当事者しか書いてはいけないというのも自意識過剰被害者意識もはなはだしい

何を思い上がってるの?自分の言っている事がおかしいと気がつかないなら

救いようの無い人ですね

239 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/19(金) 21:48:30 ID:NrE8ma3f0

238

男女の恋愛は誰でも追体験可能から、女ができもしないゲイ体験書いて女が読む場合とは

根本的に意味違うじゃん。

おまえら自己弁護って前提がぜんぶおかしいんだよ。

書く前に気づかないのか?それともわざとなのか?

801板村で通るらない話で誰でも納得させられると思ってるから嫌われるんだよ。

240 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/19(金) 21:59:30 ID:2oRPHeuJO

239

あなたの主張がどんなに筋が通っていようが、ここでは板違い

だという事は何も変わりませんが?

それこそ他板でわきまえも無く萌語りしている腐女子の事を

どうこう言える立場なんですか?

244 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/20(土) 13:09:23 ID:O//FRs/l0

239

もし当事者しか書いてはいけないというのなら三島由紀夫はどうなる

あの人は同性愛者だが偽装結婚していて家の中では一応完璧に夫業をやっていた

ただし性愛が同性に向くそ性癖は当然の事ながら変わらなかったようだが

同性愛文学と思しきものを書く一方で異性愛作品も多く世に出した

同性愛である三島が真の意味異性愛感情移入出来ていたかどうかは別として

芸術的文学的には高い評価を得ている

同性愛と切り離しても当事者しか書いてはいけないというのなら

自伝エッセイのみしか書けなくなるだろう

ファンタジィやSFの分野は当事者なるもの存在しない分野であり

歴史小説当事者が死に絶えているという意味存在不可能になる

当事者しか書いてはならないという理屈がどれだけ馬鹿げているかからなのなら

本物の馬鹿しかいいようがない

245 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/20(土) 13:18:51 ID:lxzwinrn0

腐女子勝手同性愛スポークスマンを買って出たがる割に、

偏見助長するような妄想しかせず、ひたすら内面にずけずけ踏み込んで食い物にするだけで、

全く作品に出している当事者立場を考えないかゲイに嫌がられるわけで。

例えるなら、

もしキモオタが勝手に「腐女子ちゃんはオタ話のできる彼氏が欲しいはず…」と内心を推測し、

何の取り柄もないキモオタ男がモテモテになる妄想を書き連ねたら、

腐女子にとって不快以外のなにものでもないのと同じ。

246 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/20(土) 13:37:38 ID:O//FRs/l0

239

根本的に間違っているところはゲイの真の姿を世に知らしめたいと思うのならば

そうする義務があるのは当事者であるゲイ仕事だという理屈がわかっていないところ

男性優位社会で「男の考える女像」「女はかくあるべき」が広く流布する中で

生きずらいと感じるのならば女の側から「女はこう考えている」「本当はこうなんです」と

声を上げるべきは当の女であるし実際先人のそういう過程を経て今の社会がある

801BLゲイの真の姿ではないというのなら真の姿を流布するべきはゲイ人達でしょう

責めるべきは腐女子ではなく努力の足らない自分を含めた同胞の方でしょう

腐女子フィクションである801をやめさせる権利は誰にも無い

ノンフィクションルポにおいてロクに取材もせず誤ったゲイ像を流布したというのなら

それは責められてしかるべきだと思うけど

801フィクションでありそれはドラマの後に出るテロップ書き同様架空出来事であって

実在ゲイとは何の関わりもない

247 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/20(土) 13:44:46 ID:lxzwinrn0

腐女子フィクションである801をやめさせる権利は誰にも無い

誰も801やめろなんて言ってないわけで。

腐女子801を楽しみ続ける限り、同性愛者に煙たがられるのは当然というだけ。

理解し合える、仲良くしてくれて当然、なんていう甘いことを考えず、

お互いの領分絶対に侵さないように住み分けられればそれで済む話だろう。

248 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/20(土) 15:13:56 ID:Uo/VIOrY0

侵入するなという話だろう

249 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/20(土) 17:18:15 ID:ip3OD9eKO

侵入するな

絶対無理

250 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/20(土) 23:59:41 ID:vSc1fyWM0

どうでもいいけど、まず普通の男女の愛とセックスを手にいれてから

同性愛に関心持てば?

251 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 00:03:38 ID:vSc1fyWM0

244

きみ、基地外かw

三島同性愛者だから当事者のものじゃん。

文学的、芸術的な達成度も女子大生の作文レベルBLなんかと比較対象にもならんわw

252 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 00:10:51 ID:owubAOZZO

よく解らんが体験当事者以外書いちゃ駄目ならほとんどの作家廃業だな、ファンタジーとミステリ系はほぼ全滅w

253 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 00:14:05 ID:8xy5p0KH0

論点ずれてる

254 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 00:17:23 ID:owubAOZZO

論点がどこなのかよく判らなかった、後悔と反省は来世でしようと思う

255 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 07:49:15 ID:iWQxLiKa0

フィクションとか創作とか作品とか作家とか呼べるような立派なしろものだったらそういう話も

アリだろうけど、単にゲイ設定なだけのおびただしい駄作を生み出しちゃうのが問題なんでは・・・

ほとんどの作品は設定をゲイじゃなくしたら、誰も読む人いないと思う

256 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 08:26:13 ID:UqWcHe0EO

247248

> お互いの領分絶対に侵さないように住み分けられればそれで済む話だろう

明らかに釣り煽りで立てられたこスレでそれを言われてもなw

やっぱこのスレは沈めるべきじゃね?どこまで行っても板違い

には変わりないし議論の場としてはふさわしくない。

257 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 09:00:31 ID:IYP1CxOrO

228

既に腐女子が同板とかで迷惑かけてるから腐女嫌いをここに呼び込んでるんでしょう

他板で迷惑かけてる腐女子とこの板の腐女子が重なるかは別だけど

258 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 11:17:35 ID:nuOWQdow0

他板で腐女子迷惑受けてる腐女子嫌いとここの腐女子嫌いが重なるかも別だけどねw

ネット上でなんの証拠もないのに勝手思い込み認定するって恥ずかしくないの?』

259 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 13:35:25 ID:MuzgQVSA0

801BLが出回ると誰が実在ゲイを誤解するのかはっきりさせて欲しいんだけど

当たり前だけど801BL腐女子が書いて腐女子が読む

嫌腐によれば腐女子マイノリティ腐女子以外はBL801気持ち悪いと思ってるそうだから

嫌腐の言い分が正しいのなら腐女子以外は誰も読まないわけだ

読まないものを誰がどのように誤解するのか教えてくれない?

それとも腐女子は僕達ゲイを正しく理解しろって事?何度も言うようだけど

801BLフィクションであって実在ゲイとは何の関係も無いんだけどな

エロまんがで化け物みたいな乳した女にエゲツないプレイさせてるのもあるようだけど

誰も実在の女が誤解されて存在自体迷惑から作者死ねとか馬鹿なことは言い出さないよ

あれはフィクションだと作者も読者も一般人もわかってる

260 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 13:40:18 ID:MuzgQVSA0

245

腐女子勝手同性愛スポークスマンを買って出たがる割に

どこの馬鹿が「腐女子同性愛スポークスマン」だなんてくだらない事言ってるわけ?

ここのログ持って抗議しに行くから具体的にソースを出してくれない

具体的にソースが出せないのなら自意識過剰ゲイ脳内妄想だと断定する

261 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 13:49:33 ID:MuzgQVSA0

247

230は腐女子存在するだけで迷惑から死ねといってるよ

生きてちゃいけないって死ねって事だよね

なんですぐ上のレスも流れも読まないでレスするの

同板は女立ち入り禁止から荒らされてるケツ持ち込まれても

書き込めないからどうにもしてあげようがない

まともな801板住人は外で自分達の評価下げるような自殺行為はしないか

同板の腐女子らしきものこちらでも手に負えない

スルーするとか対荒らし耐性つけて対応してください

265 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 16:58:47 ID:FPsSnihB0

この板は年齢制限あるけど平気で学校がどうこういう馬鹿がいる

そんな奴が他の板で自重できると思うか?

現役厨房腐女子ルール守ったり相手気持ち考えると思うか

そしてそのまま年取ってたちの悪い腐女子になるんだよ

266 :新板設置について相談中@新板スレ2008/09/21(日) 20:07:57 ID:qjbIgcLI0

260

百聞よりも一見よりも自分体験してみれば?

何の漫画でもスポーツスレでもいいから、腐女子が下らないホモ妄想してるところに、

キモい」と一言書いてみるといい。

同性愛者を差別するの?」からホモ歴史戦国時代(ry」まで、

自分たち腐女子批判が及ばなくするために)火消しに必死になってくれるぞ。

運が良ければ、TDNだかの言い回しを使ってヘテロ男へのホモ布教必死になる様も見れる。

2021-07-08

シンエヴァを見たが、これは庵野秀明自伝だろう

エヴァは「庵野秀明の才能」の言い換え

 エヴァ元ネタウルトラマンだとよく言われている。ウルトラマンは巨大で強く、強い自己化身でもあり、男の憧れる父親のものでもあり、自分を包み込んでくれる母親でもある。

  庵野秀明にとって、エヴァンゲリオンという「作品」は外界と自分を繋げる唯一のものであり、庵野秀明監督としてそれを操作していた。同時に、エヴァという機体は自分自身の才能でもあった。

同時にその「巨大で強い自己化身」は、自分コンプレックスの表れでもある。シンジの持つエヴァの搭乗への葛藤は、創作の才能一つで生きてきた庵野にとっての葛藤そのモノであったのだろう。

 エヴァを作るころには周囲には才能を認められていた。宮崎駿やその他の監督自分の親からの期待、「逃げちゃダメだ」という言葉は、まさに当時の庵野秀明感情でもあったのではないか

同時に、当時エヴァ最終話での制作の難航と、それに伴うネットからバッシング。そして思った以上の膨大な反響オタクたちはエヴァ作品にのめり込み、数々の作品エヴァに影響を受け始め世界の潮流を変えた事。

 自分人格を込めたエヴァへの批判は、シンクロすればシンクロする程思い通りに動く作品の代償として、そのまま彼の精神自体に傷をつけただろう。心を無にして、ダミープラグを使いたいと思ったのではないか

これはエヴァ暴走のもので、彼自身にとっての作品勝手暴走庵野にとっての一番大きな原体験となっただろう。同時に作品にそれらを「重ねる」という事もまごころを君にでやり始める。

 エヴァに頼るな、現実生きろ。そういうオタクへの批判は同時に、自分自身への批判でもあったんじゃないだろうか。


マリは「安野モヨコ」の事

 新劇場版はそういった「エヴァンゲリヲンという作品制作」を通じて感じたことを再度「エヴァと言う作品」に落とし込む作業だったんだろう。新エヴァでは特に、「エヴァへの搭乗に対するシンジの心の変化」について重点的に視点がある。これは庵野エヴァ作品への向かい合い方を落とし込んだに違いない。

 やれと言われてやった(作った)→批判された(バッシング)→自分選択肢はない(拗ねる)→他人に任せる。批判されて辞める(エヴァから手を引く)→やっぱり調子に乗って自分の為に乗る(つくる)→失敗……そこから先は庵野の「エヴァと言う作品の向き合い方」そのものなんじゃないだろうか。「エヴァと言う作品」を作った事により、他人虚構へ誘った罪の意識から同時に、「ニアサーも悪い事ばかりじゃなかった」という言葉自己への客観視と許しにも思える。ニアサーが起きた後の世界は、エヴァテレビシリーズが出てからの彼から見えた世界自分引き起こした破片があちらこちらに浮かぶシンゴジラと言う作品は彼にとって第三村のようなものだったのではないか

 おそらく新劇の時から欝の兆候があったんだろう。周囲に「エヴァを作るな」と言われたことは、そのまま脚本へ落とし込まれていると思う。それでも乗り、精神を壊し、作品を狂わせてしまった。

 その作品の中で、異色の存在が出てくる。エヴァを難なく乗りこなし、明るく自分に接してくれた存在。これって妻である安野モヨコ」そのものなんじゃないかと。いろいろな「エヴァ」つまり作品」を吸収し、精神も病まず自由に乗りこなす彼女友達に紹介されたそうなので、パラシュートで降りてきたような物だろう。今まで他人拒否される事に恐れていた庵野にとっての救済だったのではないか

 庵野にとっての「人類補完」へのあこがれはこの結婚によって無くなったんじゃないかと思う。この時点で多分、「妻にもう一度会いたいゲンドウ」にしか感情移入できなくなってる。


インパクトは即ち、庵野秀明自殺願望

 世界を変えてしまった庵野にとって、ニアサーの後の世界は、新劇を作り始めた時の世界そのモノだったんだろう。やっぱり彼は止められても新劇を作り、自分を傷つけた。そしてギリギリ自殺しそうになったのをニアサー表現したんじゃないか自分を、他人を変えたいと思い始めた創作エヴァ化しそこなった首の無い人はファンたちの事だろう。

 ミサト率いるヴィレ自殺を止める自分の理性であり、シンエヴァ幻想的な戦いは彼の心象風景のものだったんじゃないか


エヴァの居ない世界は、そのまま庵野にとって「エヴァを作る必要のない世界」の事

 作中の突如現れる空白の14年は、庵野にとってエヴァを作らなかった数年の事だろう。当時の声優も、アニメーターファン大人になってしまった。

 第三村で、嘗て殴ってきた友達も、カメラ片手にちょこまかしてたアホガキも、かたや医者になり子供を作り、かたや一人で生き抜く一人前の男になっていた。

 色に乱れてた赤城リツコも「煩悩」を髪の毛と一緒に切り、ミサトは母になった。その中で、エヴァを作り続けて悩んで苦しんでる庵野自分自身を「何も変わってない少年」だと思っただろう。

 庵野にとってそんな自分に優しく手を差し伸べる周囲の人間は、なお一層コンプレックスを掻きたてたに違いない。しかし一方で、「エヴァで皆を助けただけでも偉い」という自己肯定の言葉もちらほらみられる。

 シンゴジラ成功したし、安野モヨコ夫婦漫画ありのまま自分を受け入れてもらえるし、庵野社会的地位を手に入れて金もある。尊敬もある。

 彼は自分自身を知ってもらうために「エヴァ」を作る必要などないのだ。エヴァに乗る必要なんかない。エヴァを作らなくても、エヴァに乗らなくても自分を認めてくれる人が沢山いるから。

 もう他人の血も、友達を殴った手の感触も、やけどする程の熱さも、自慰で流した精子も、彼の右手には必要ない。だってもう彼の右手には握ってくれるもう一つの手があるのだから



・雑感

考察何て意味ない。結局は庵野秀明人生元ネタなんだから

 無責任。これに尽きる。最近監督無責任だ。新宿を綺麗に描くのが得意な監督は、今まで自分が作ってきた、願った世界子供押し付けて「大丈夫だ」なんて言わせるし

 庵野秀明勝手に悩んで、勝手大人になって、ずっと自分しか見えていない癖に、子供のままの俺たちを置いて去ってしまった。

 世の中にはな、世界を作れなかった人間、人を気にして何も動けず下敷きになってしまった人、大人になれない髭の生えた子供たちが沢山いるんだ

 そういう人に寄り添ってくれる作品を作ってくれる人はおらんのかね。若者に厳しい世の中になってしまった。

 

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