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2017-09-23

しあわせ荘の管理人さん。とは何だったのか

背景

https://www.d3p.co.jp/HappyManager/

D3パブリッシャーから発売予定の恋愛アドベンチャーゲーム

プライヤーはしあわせ荘というマンション管理人になり、マンション管理業務を通じて住人である女の子たちとコミュニケーションをはかったり、彼女たちの生活垣間見る事ができる・・・という内容である

最大のウリはVR。VRでリアル管理人体験ができるらしい。

一部で期待されていたものの、初報から音沙汰のないまま、数日前には発売時のVR対応を断念して発売後のアップデートで"VR一部対応"と言うかたちのリリースがあった。しかし、今回の東京ゲームショウ2017のビジネスデイの取材で、ゲームメディアIGNが残酷な形で現状を記した。

http://jp.ign.com/happy-manager/17618/preview/ps-vr

現状は一体どうなっているのか?試遊してきた。ビジネスデイの時点でTwitter等で若干(悪い意味で)話題になっていたが、実際にプレイしてみると多くの知見を得られた。

しかった点

部屋の様子

例えば女の子の部屋の本棚にある本はちゃんとタイトルがあり、部屋はぬいぐるみがおいてあるとか、そういった点から女の子キャラクター性を想像させる様にできている。

顔のモデリングは意外に良い

色々と言われてはいるが、インパクトのあるモデル人間認知で最も優先度の高い要素は顔、とくに目。そういう意味では目力が強いモデル視線を感じさせられたし、目が合うと恥ずかしいという感覚はもてた。

・・・以上。

気になった点

試遊させる気が感じられない

これに尽きる。

そもそもデモコンテンツとしての体をなしているとは言い難い。想像するに現在開発できている限りのプロトタイプの冒頭部分をただ遊ばせているだけではないか

15分程度のTGS最短の待ち時間で並び始め、順番になると係のお姉さんから『15分程度です』と言われおもむろにコントローラーを渡されるが何をすればいいのかわからない。

ちなみに15分のうち、起動時の読込から操作できるようになるまでに3分程度はかかる。その後オープニングムービー流れるが、貴重な試遊時間が削られるのでスキップしたので内容は不明

"はじめから" "つづきから" というスタート画面が表示されるがどちらで始めればいいのかわからない。

自分は続きからで始めた。が、それまでのプレイヤーセーブデータ(おそらくオートセーブ)が3つくらい残っており、とりあえず一番上をえらんだ。

試遊の各回が終わるごとにPS4の"アプリケーションを終了する"からルートメニューに戻るのだけれど、その際に画面左上にPS4ストレージ容量やメモリ使用量等のPS4デバッグ情報らしきものが出力されている。これはもしかして開発機で動作している?(ゲームショウは開発機で出展するのも普通なんだろうか)

VR対応を断念した感丸出し

UI、見た目のクオリティ操作感。全てVR対応させようとしていた名残がそのままでボロボロ

VRでいうところの頭を動かしての視点操作FPS的に右スティックで行う。

移動の操作が厄介。マップ内に点々とポイント存在する。そこに右スティック視点フォーカスすると、そのポイントまでワープして場所が切り替わる。左スティックでは移動できない。左スティックを倒すとその方向に視界がスライドする。自分立ち位置が同じまま、急に身長が高くなったり低くなったり、左右に動く。これを女の子との会話中に駆使すれば、女の子の前で一人Choo Choo TRAIN披露できる。意味はない。

ある作業を実行する際には画面内にコントローラーを握ったプレイヤーの手が表示される。HMDかぶっているときに手元が把握できるようにする配慮だろうか。

会話のテンポが悪い

女の子とのコミュニケーションがメインのゲームなのに会話にストレスを感じる。会話の最中も音声データの読み込みのためか?いちいち時間がかかる。会話に対する選択肢を決定してから相手女の子が喋るまでに5秒くらいかかる。

女の子の反応がないし、何かしないといけないのかもしれないな。と思ってあたりを探るため見回していると「人と話すときは目を見てください!」と怒られる(でもちょっとかわいい

ゲームエンジン技術不足?

全体的にUnrealエンジンチューニングができていない。

というか、エンジン自体の使い方を勉強しながら作っているのか?

UnrealエンジンはVRにネイティブ対応してるから労力かけずに行けるっしょ!から炎上プロジェクトな感じが否めない。

根本的なクオリティが低い

究極的にはこれ。

VRを断念したせいでいろいろな歪が発生しているとはいえ、では逆にここから想像され得る、VR対応もできた時の本ゲーム本来理想の形とは一体?VR対応も含めて完成されたところで、実はゲーム体験レベルとしては現状とあまり変わらないのでは?という恐怖。

まとめ

・・・というような惨状。さすが、前述のIGN記事で"ふしあわせ荘を名乗れ"と指摘されただけのことはある。

ちなみにブースで配布されているうちわ、オモテ地球防衛軍ウラバレットガールファンタジア。しあわせ荘は、ない。さらTGSが始まって以来、しあわせ荘の管理人公式アカウントはD3P公式リツイートをするばかりで発言なし。沈黙を守っている。このままでは、しあわせ荘は公式からも無かったことにされるのではないかという不安感。

ある意味Simple1500時代の古き良きD3Pを思い出させるこのゲームであり、たった15分の体験で良くも悪くも心を奪われた。しかしこのままお蔵入りするなら幻のゲームとなってしまうし、ここから発売にこぎつけるなら今のクオリティではなくもう少し立派なゲームになるだろう。恐らくこのゲームを今の状態プレイするならTGSに行くしかない、チャンスは明日しかないのです。

待ち時間TGS最短クラスの15分。そしてプレイも15分。一周たったの30分。何度でも遊べる。今日は同社の地球防衛軍に比べてあまりに過疎だった本ゲームTGS二日目では一人でも多くの管理人さんが集うことを願ってやまない。

2017-09-22

原発危機感煽ってた左翼って息してるの?

科学的な結論が出たのになんで、危機感煽ってた責任とらないの?

自分たち懸念が誤解だってわかってさぞかし安心してるだろうに

なんでそれを拡散しなのか謎

あんだけ危険危険だって言ってたじゃん

それが間違いだったんだから

ごめん散々危ないってい言ってたけど大丈夫だった

安心してくれ

くらいのことガンガン宣伝していいはずなのに全くもって沈黙

もう山本太郎原発きっかけで仲間にできたから満足なの?

バカバカしい

こういう風に誠意がないか左翼はアホだって言われんだよ

ひいては日本野党にまともな自民の対抗勢力が出て来ない理由でもある

本当に自分たちのこと省みた方がいいぞ

2017-09-20

オタク婚活

もうやめたけど、ちょっと前にオタ系の婚活したことがあって、とら婚で思い出したから書いてみる。

オタ婚行こうかなって思ったきっかけは、普通街コンとか婚活パーティーに行ってみて、あまり漫画読む人とかゲームする人がいなくてビックリたから。

映画見る人がいれば良い方。アニメ見る人なんてまずいない。多いのは食べ歩き、旅行(書いてみただけっぽいやつ)、フットサルとか野球観戦とかそういう。

私はオタクだし、漫画アニメの話がしたいから、彼氏と共有できたら楽しいだろうな〜 あといい加減家の同人誌とか隠すのめんどいな〜とかそのくらいの気持ちだった。

で結果、会場に入った瞬間に、充満する匂いが辛すぎて吐きそうになった。

コミケ3日目ってこんなに酷かったっけ?密室なのがよくないの?

はっきり言って10人に9人は口臭が酷くて面と向かって話すのがキツい。

口臭がないだけで「この人、良いかも…」とか思ってしまうくらい。(会場から出ると魔法は解けるんだけど)

あと口から泡出てる人が多い…。

いや、まあそれは置いといて、百歩譲って改善の見込みがあるとして、人柄を知ろうと頑張って会話を続ける。

オタク婚活の最大の特徴はプロフィールシートの「好きな作品」の欄だと思う。

…うん。

知ってる作品名が1つもない!!

オタク限定パーティーでも、男女で興味ある作品って、決定的に違うんだなと思った。

私が少年誌青年誌漫画を読んでるとすると、相手は大体深夜の萌えアニメラノベタイトルも聞いたことないやつ。

私は女性向けとかのニッチ作品は知らなくてしょうがないというスタンスから、なるべく無難作品…極端だけどドラゴンボールとかジョジョとか、ドラクエとか、の話をしたりするんだけど、驚くほど通じない人が多い。

通じないから、共通話題なんて無い。

もちろん進撃の巨人ベルセルク寄生獣も通じない。

共通話題いから、別の話題探そうとするけど、それこそ皆無。

犬猫の話でもできればまだ間は持つのかもしれない。

から、とら婚の言ってることは正しい。

両者がオタクであっても、偶然同じ作品を観て読んでいなかったら、その時点で会話は詰む。

かといって、好きな作品共通すれば上手くいくのかと思いきや、それはたった1つの共通話題しかなくて、それ以外の部分で合わなければしょうがないのよね。

結局、普通街コンと同じような無難話題を振って終わった。

当然会話は続かなかった。

わかったことは、私にとって相手オタク非オタかは大した問題じゃなくて、気があうかあわないか、好みかそうでないか という方が1億倍大事だということが知れた。

なんか書くのめんどくさくなってきたからここで終わる。

9/22

…なぜかホッテントリに拾われてたから追記する。

共通の好きな作品がなかったとき沈黙回避する方法として「推し作品の好きな所を聞く」というのは方法としてはあるんだけど、オタ婚でそれをすると、会話じゃなくてプレゼン、一人芝居、説明文、になっちゃうんだよね。で、結局どんな人なのか全くわからないまま持ち時間が終了するという。

作品説明をしつつ1人で喋り続けない「コミュニケーション」として成立させるのはかなりコミュ力必要から、それなら天気の話の方がまだ会話になると思ってる。

どうやらオタク系の婚活パーティーは非常に男性の集まりが良いので、それを見てとら婚も婚活業界に参入したのかもしれないけど、単にパーティー開いて出会いの場を作るのと、相手ありきで成婚まで結びつけるのは天と地ほど難易度に差があるよなぁ、と。

そもそも社会人として完全アウトな感じの人もたくさんいたから、とら婚はどこからどこまで会員を指導するのだろう。それこそママになる覚悟必要そう。想像すると胃が痛い

追記2

ブコメ読んだ。一応書いておくと、「オタ婚活で女と話すならこれらの作品を抑えておけ」といいたい訳じゃない。これさえ抑えておけばオッケーな作品なんてない。おそ松さん刀剣乱舞勉強したところで、好みの女性がそれを知らなかったら意味がない。もっと汎用的な、オタクジャンル以外でトークできる話題重要だよということを言いたかった。

から出る泡についてそんなに突っ込まれるとは思わなかった…

2017-09-18

ネットで頭良く見せる方法はわからないけれど、

馬鹿に見られない方法はわかる。

沈黙することだ。

2017-09-16

本当に痛い所を突いた増田は伸びない

真理の前に人はただ沈黙するしか無い。

から私の増田は伸びないのである

2017-09-08

パンティーの空に

パンティー・ウォーズ

パンティーの惑星

ダークパンティ

ダークパンティライジング

パンティ

パンティー・リローデッド

パンティー・レボリューションズ

パンティ

パンティ作戦

パンティー・アドベンチャー

ダーティパンティ

パンティー・コネクション

燃えパンティ

マッドパンティ

パンティー・ハード

パンティー・インポッシブル

エネミー・オブ・パンティ

ワイルドパンティ

パンティーとともに去りぬ

戦場にかけるパンティ

アラビアパンティ

ゴッドパンティ

史上最大のパンティ

愛と追憶パンティ

フォレストパンティ

ロード・トゥ・パンティ

キングパンティ

禁断のパンティ

2001年パンティーの旅

パンティーとの遭遇

パンティマン

E・パンティ

パンティーパーク

パンティフォーマ

パンティハンズ

ロード・オブ・ザ・パンティ

パンティー・ポッター

パイレーツ・オブ・パンティ

パンティー国物語

プリティパンティ

恋に落ちたパンティ

パンティーがいっぱい

パンティーは戦場に行った

バック・トゥ・ザ・パンティ

ベストパンティ

俺たちにパンティーはない

パンティーの魔法使い

パンティ物語

サウンド・オブ・パンティ

パンティー・カフェ

ニュー・パンティー・パラダイス

ラストパンティ

パンティーたちの沈黙

パンティー・センス

パンティハザード

ネバーエンディングパンティ

2017-09-07

anond:20170907183757

アメリカ沈黙するのが怖いから」ってのが普通に「はぁ?」って感じだよね。

2017-08-29

Call Me By Your Name@miffレビュー

8月29日、思ったより拡散したため追記。自分ではネタバレなしのつもりで書いて、ツイートにもそう明記してしまったが、ネタバレという言葉には個人差があることをすっかり忘れていた。ネタバレ見たら死ぬタイプの風上にも置けない。地雷を踏んでしまったら申し訳ない。配慮したつもりですが、どうぞご注意ください。太ももの話以外もします。

なにせ太ももがすごいらしいのである

俳優アーミー・ハマーの太ももである

サンダンス映画祭直後、賞賛と祝福の声とともに、あまりの刺激のために悩殺されてしまったという感想ツイート散見されて、映画祭参加の幸運に預かれなかったファンはもどかしさに身悶えしたのであった。

Call Me By Your Name1983年北イタリアとある町のひと夏を舞台にした、二人の青年あいだの恋を描いた映画である。くわしくはimdbを参考にされたい。

http://m.imdb.com/title/tt5726616/

この映画2016年5月世界中の一部界隈にて話題になった。言わずもがなアーミー・ハマーファン界隈である。そのあまりに蠱惑的なあらすじにつられて手に取ったのが原作小説である

そんなごく軽くかつ不純な動機で読み始めたAndré AcimanによるCall Me By Your Nameだが、回顧体で描かれた物語に一瞬で虜になった。

冒頭のシーンからして心憎いのである

まりにも印象的な出会い、一生を変えてしまうたった一言から語り始められるその物語は、意識の流れを実に巧みに取り込んだ、プルースト研究者でもある著者ならではの文体で読者を陶酔させる。やがて語り手であるエリオと一体化した読者はオリバーの冷淡さに苦しみ、意外な素顔を見せられはっと息を呑み、ただ呆然と結末を迎えることになる。

ツルゲーネフの「はつ恋」やらナボコフの「ロリータ」やらをこよなく愛するわたしにとっては好み直撃ど直球であり、そのうえアーミー・ハマーの太ももやばいとあってはなにがなんでも映画を見なくてはという気持ちになった。

しかネタバレ見ると死ぬタイプオタクにつき、どうしても世界公開より先に見たいという気持ちを抑えられない。はたしてMIFF(メルボルン国際映画祭8月3〜20日、CMBYNは4日と6日上映)に飛んだのである

笑ってほしい。

かなり早い段階でチケットも売り切れ(一度キャンセルが出たが、最終的に上映日までには両日完売!)ていたため、予想はしていたが、当日は冬のメルボルンにて1時間から長蛇の列である

席は早い者勝ちなのでみんな普通に必死だ。特に二度目の上映での、劇場をぐるり半周する列は写真に撮らなかったのが悔やまれる。みんなが手の端末にQRコードを表示させ、南半球ならではの冷たい南風に身を縮めながら待機している。

2度のCMBYN上映の他は同じくアーミー・ハマー出演のFinal Portraitに参加したばかりだが、それに比べるとやや平均年齢が下がるかなという感じ。

それでも、老若男女ということばがふさわしい、実に幅広い客層。

そんなことより映画だ。ここからネタバレはなるべく避けて進める。なにせネタバレ見ると死ぬタイプなので安心してほしい。後日一部シーンバレ感想もあげるつもりでいる。万全の態勢です。

さて、本編はピアノ音楽によって始まる。

劇中曲について、MIFFのQ&Aにてルカ・グァダニーノ監督が語っていたことだが、基本的には登場人物が耳にした音楽……エリオの弾くピアノ曲ギターオリバーが身を委ねて踊るダンスミュージック家族が耳を傾けるラジオレコード……に限った、とのことである。それを知らされるまでもなく、最初楽曲から没入感があり、一息に世界に引き込まれる。

そしてオリバーが現れる。イタリア太陽である。明るい陽光主人公エリオのいる部屋の暗がりを際立たせる。

エリオを演じる当時弱冠20歳ティモシー・シャラメは終始少年健全さと病的な魅力をひとしくたずさえて美しいが、とりわけ夜、ベッドでのシーンでの肌は内部から光を放つようだった。

アーミー・ハマーが、その見せ場においてはつねにイタリア太陽に照らされて灼けたなめらかな肌とあかるい金色に見える髪を輝かせているのと好対照で、一場一場面が絵画を見るようだった。あるいは、冒頭でわれわれを一息に映画世界に引き込む、連続的な彫刻群のショットのようだ。

この対照関係意識されたものだと思う。

エリオオリバーに魅了されるのはかならず真昼の屋外だし、エリオオリバーを室内に引き込むと、オリバーは初めて(ようやく、と言ってもいい)エリオに見とれるのだ。

野外と屋内、昼のシーンと夜のシーンが交互にさしはさまれて、われわれ観客はふたりうつくしい青年に2時間超の間目まぐるしくも目移りしてしまうのだった。

そしてくだんの、アーミー・ハマーの太ももである

ももに殺されたひとびとのツイートがいまならよくわかる。

しかしいざ太もも談議をするとなると血で血を洗う戦争になるにちがいない。

短いショーツか、あるいは水着でのシーンが大半で、太ももは終始晒されているので各人のフェイバリットももがあることだろう。

マイフェイバリットももとある場面にてエリオとともに床にぺったりと座るオリバーの太ももである。だが自分多数派である自信はない。これについてはまたあとで。

オリバー原作よりもなお複雑で謎めいたキャラクターになっていると感じる。

原作では物語がすすむにつれ、読者はエリオとともにオリバーの知らなかった一面に驚かされるのだが、映画ではむしろ序盤からオリバー大人の男としての魅力と奔放な子どものような無垢さが入れ替わり立ち替わり現れてエリオないし観客を翻弄するのである

(シーンバレありの記事にでも書くつもりだが)序盤からオリバーエリオよりも幼い子どものようないとけない振る舞いを見せ、グァダニーノ監督言葉を借りるなら、エリオより「なおイノセント」だった。

アーミーハマーファンの同志は心してかかってほしい。奇声を発するか原作エリオ言葉を借りるならswoonに至らないよう上映中握りしめるなり揉みしだくなりできる柔らかい布など持っていくことをおすすめする手ぬぐいとか)

そのような差異こそあれ、アーミー・ハマーオリバー原作を読みながら夢想していたオリバーほとんど完璧に一致していた。

この結論にはアーミーハマーのじつに感情たかな目の表現が大いに寄与しているのだと思う。たとえば「J・エドガー」でのクライドトルソン役において彼が見せたような目つきだ。沈黙の場面で熱っぽく目が話す。このものを言う目がとくに生きるのは、逆説的だが目の映らない場面で、たとえば映画の中でもひとつクライマックスにあたる戦争慰霊碑のシーンがその一例だ(トレーラーにも引用されていた)。

もうひとつ、結末に近い重要な場面でピントを外したカメラオリバーをとらえる。オリバーの顔が長く映されるのだけれど、けして鮮明な像を結ばない。観客は食い入るようにスクリーンを見つめてはじめて、自分エリオと同じようにオリバーの目に浮かぶ表情を読み取りたいと熱望していることに気づかされる。

目について語るならばティモシー・シャラメにも言及しなくてはならない。

ティモシー・シャラメは今後少なからず目にする機会が増える役者だとつくづく思いしった。身体の使い方が素晴らしく、手足の隅々まで神経を張り詰め、あるいは意図的脱力し、髪の先まで演技していると感じさせる。(この先エリオ面影を振り払うのが難しいのではとも感じるが、むしろその印象を己に利するものとして使ってほしいしこの期待は報われるにちがいない)

だがなによりも、その目つきである! トレーラーにも含まれていた、踊るオリバーをじっとりと見つめるあの目が全てではない。映画から小説通底する一人称の語りが省かれているものの(あれば安っぽくなり得たと個人的には思う)それを補って余りあるティモシー・シャラメの目つき。

まさに小説が羨む技法で、文字で書かれたフィクションを贔屓しがちな身としては、こういった映画化を見せられるとただひたすらに喜びを感じてしまう。

さてトレーラーといえば、あの実に夢見心地で幻惑的で、緊張感とせつない予感に満ちた映像を、わたしだってリリース直後には再生する手が止まらなかったほど熱愛しているが、 本編とは少しトーンが違っているとも思える。

トレーラーから、そして原作から想像していたものにくらべると、より明るく、ユーモアがあり、笑いだしてしまう瞬間がある。

かなりの頻度で笑いが起こっていたが、これは映画祭だったのと、おそらく英語圏中心とおもわれる観客層も関係してくるのかもしれない。

ただ、エリオ食卓でのとあるシーンについては国内映画館でも笑いが起きると予想できる。そしてその直後におとずれるエリオオリバー官能的な接触に息をのむことになることも。(さてくだんのマイフェイバリット太腿はこの場面で登場する。すくなくとも個人的にはこの場面はお祭りだった。細いのに肉感的な大腿部に釘付けになるあまり台詞をごっそり聞き逃したのだ……)

こういった感覚の急激な転換は映画全体を通して言えることで、一瞬たりとも気を抜けないと感じた。ほほえましく口元を緩めた直後に、心臓が指でひっつかまれるように締め付けられる。

ところどころに埋め込まれた、笑える箇所について、今ふと思ったが、これは原作にて重要役割果たしているが本来映画だと表現しにくい「時間性」をどうにか持ち込もうとした結果なのかもしれない。

10代のころの恋愛とか、恋愛でなくてもエモーショナルなやりとりは当時は必死真剣なんだけれど、そのときの行動を大人になって振り返ってみると、わがことながらおかしくて笑ってしまう、あの感じがよみがえるみたいだ。

そのようなノスタルジーを引き起こす展開に身を委ねるうち、二度の上映は割れんばかりの拍手でしめくくられた。自分も同じように手を叩きながらLater、と軽やかな別れの言葉脳内で繰り返していた。原作で読んで想像していたよりもなおあっさりと、冷淡で、なのに奇妙に耳に残るオリバーの声。

一夏の客人のその挨拶を、エリオが、母が、父が真似たように、自分もつい口にしたくなるはずだ。

じつは原作を読んだ時から自分は最適な読者じゃないと思っていた。

小説として心から好んではいものの、「この物語自分物語だ」「この物語によって救われた」「こういう物語が描かれるのをずっと待っていた」と感じる人がいることを、一行読むごとに、確信し続けたからだ。

この映画現代を生きるごく若いセクシュアルマイノリティに届くことを願っている。

キャロル』がそうであったように、相手性別特別なのではなく、ただその相手特別だっただけ、ということを描いた映画。だが一方で、両親という存在の描かれ方において、この作品はこれまでのクィア作品と一線を画している。

そして、『ムーンライト』があまりにも普通恋愛映画であるという事実特別だったのと同様に、Call Me By Your Nameエリオの一夏の恋愛は美しいと同時に「ごく普通青少年悶々とする」という部分が色濃くて、その事実をとにかく祝福したい。

自分はこの映画クィア映画だとは思っていないのだとグァダニーノ監督がQ&Aで語っていたが、この言葉がすべてだと思う。

10代の頃に出会ってたら人生が変わっていたなと確信を持つ映画はいくつかあるけれどCMBYNはそのトップに躍り出た。

現在のところレーティングはR18のようだけれど、そこまで直接的なショットはなかったように思う。

何かが起こったこと、そして何が起こったかから目をそらすという悪い意味での曖昧さは無いが、物語破綻させないように、そして必要以上にセンセーショナルに煽らないと努めての結果なのかもしれない。

からこそ、PG12かR15バージョンが作られるといいなと思っている。エリオと同年代の、この映画肯定感を本当に必要としているひとたちに見てもらいたい。

キャストきっかけに興味を持ったCMBYNだが、自分の中にそびえる金字塔を打ち立てた。日本に来た時にも従来の俳優物語ファンに愛されるのはもちろん、新しい映画として多くの観客に愛してほしい。そして本当に必要としているひとにぜひとも届いてほしいと思う。

ちょうどこのレビューを書いている最中8月23日)にMIFFの観客賞が発表され、Call Me By Your Nameが晴れて1位を獲得した。http://miff.com.au/about/film-awards/audience#

もちろん自分も最高点の星5つで投票したし、あの盛り上がりを考えると納得の結果だ。

アジア内では台湾映画祭での上映が決まっているCMBYN。東京国際映画祭に来ないはずがない、と信じている。

お願いします。

邦訳本もどうぞよしなに。

2017-08-27

https://anond.hatelabo.jp/20170826230500

しろブコメをしないと疲れるんだよ、そういった人たちは。

自分琴線に触れたテーマに遭遇したとき、「何か言ってやりたい」という気持ちになることは大なり小なりあるだろう。

その時、何も言わないで去るという行為は、彼らにとって耐え難いストレスなんだ。

沈黙は金、雄弁は銀」というけれども、彼らは銀5枚でおもちゃカンヅメを狙っているわけ。

2017-08-26

意識高い系バカにされる理由

よく見られる「SNS(主にFacebook)で事細かに自分活動を報告する」奴が意識高い(笑)と言われる理由

大企業に勤めていたり、大きな仕事をしていると、自分業務内容を外で言えないことがほとんどである

メーカーであれば、その商品自分が携わったことも口外するなと言われることがほとんどだし、国が絡む仕事も、仕事が終わったあとも、「(聞かれたら答えてもいいけど)自分からは言わないでください」と言われることが多い。

意識高い系(笑)SNSで報告している活動仕事は、言ってもいい程度の話なのだ

それをあたかも「俺はこんなことやってます!」みたいに言われても、もっと大きな仕事をしている人からしたらちっぽけに映る。だから鼻で笑われる。

意識高い系ってなんだかんだ真面目だし、実行力あるし、コミュニケーションも(相手はどう思っているかは知らないが)積極的だし、沈黙している人たちよりはよほど頑張っているように思う。

そういう人が笑われるのは、沈黙している人の中に、もっと真面目で、実行力があって、適切なコミュニケーションをとって、その結果経済を回している人がたくさんいるからだ。

この解が自分の中でとてもしっくりきた。

2017-08-24

自炊相対評価外食絶対評価

外食には割りと明確な合格ラインがあって、その60点をクリアしないと、不満を感じるし、再来店はない。

合格点は、人によって味覚の好みやバーの高い低いはあるけど、各自が持ってる。絶対評価だ。

ところが、自分で作るメシがうまいかどうかは、自分普段作ってるメシとの相対比較になる。

から、(他の人が食べると沈黙しても)自分では「まぁ、こんなもんか」で食えるし、「お、前回より美味くなってる」と思ったりする。

自分で作った飯が外食に出てくれば40点だったとしても、「ふだん35点だったから、それより美味いわ」で食べれちゃう

自炊中心だと、人生を満足して過ごせるチャンスが高い気がする。

食事だけじゃなくて、自分への評価相対評価他人への評価絶対評価なんだろうけど。

誰が何と言おうと

彼はあの場に残れなかったのだ。

いい経験になった?別の場所での活躍?嘘つけみんなそんなこと本心じゃ思ってないくせに。

ここがきっと踏ん張り時だったんだ。踏ん張ったけど、残れなかった。

実力とか人気とかどうでもいいんだよ、運営が人気出させたくてかつそれに応えらえる資質がある子を引っ張り上げて押すだけ。

金ならある、お金を出させてほしい。

ずっとこの世界で彼に生きながらえて欲しい。

悔しい、本当に悔しい。どうしたらいいんだろう。

どうすべきだった?いつが分かれ道だった?

これから道は開ける運営は彼の存在を分かってくれている?

夏が終わって秋がくる。この箱の担当たちが沈黙しせっせと冬に備えて働く秋が来る。

しかし今年の秋は少し違う。そう別の人間がその箱で公演をする。

今だ彼らが出演するということは発表されていない。

出て欲しい、なんで別の奴らがやるの。なんで…

秋、出れるかどうかはこの際どうでもいいとしよう。

本当の闘いは冬だ。

例年通りか、土日と平日で出演者を変えるのか。

それとも総シャッフルにして地獄のユニ別公演を行うのか。

そして彼は出るのだろうか。

だって手放しで冬を楽しみにして生きていきたいけど、どうしてもチラつく「今年の夏は出られなかった」という事実

早く冬になってほしい。何も考えられなくさせて欲しい。

[ジャニーズJr.]

2017-08-20

anond:20170820105631

ヨーロッパ経済的に危ういし

難民問題で自滅しようとしてるし

アジアは北がどうかしてるし

中国バブルが弾けたし、

軍部暴走してるのか南沙や尖閣で怪しい動きしてる

アメリカは下手すりゃ内戦勃発しそう

ロシアけが不気味に沈黙している

これだけ不安要素があると、

芋づる式に着火していって世界大戦にならなきゃいいなと思ってますけども。

日本国内テロ要因があるしね

もし北とアメリカドンパチし始めたら

北のミサイルだけじゃなく国内テロにも注意した方がいいかもね

掲示板粘着されている バトル編

先ほどの解析編では相手、つまり粘着者がどのような者かを探索する考え方を書いた。

基本的に防御としての方法をこれまで書いてきたが攻撃する方法も書こうと思う。

結果から先に書くと防御とほぼ同等である

無視することが大鉄則ということ。

が、これは人によって効果が違う。

独立心のある人には効かない、つまり独りで書いてるだけという立場の人には効かない。

簡単に書くと独り言の人には一切無視通用しない。

いわゆる気狂い、医療を受ける必要があるを人も同様。

それ以外はほぼ無視が効く。

これを考えると、ネット上での口論で何が鉄則かが見えてくる。

それは、

意見を一切受けず独り言をつづけていくこと。

が、これでは会話にならないので誰にも相手にされない。

バトル、つまり口論には発展しそうでしないわけだが、ネット、多くは掲示板twitterの人は

それほど論理的に、論ずるとは何ぞやまで考えて口論する人はすくないのと、

このようなやりとりを好むのはそこまで考えられない人が多いので通用する。

※このバトル、つまりこちから攻撃を仕掛けていく方法をここまで書いたが、

これまで防御として書いてきたことと反する行為にあたる。

まり

粘着するということ、その理由は、、

時間の使い方を知らない有意義生活がおくれていない、自分の心が満たされていない状態

これに反することになる。

意見を一切受けず独り言をつづける、つまり無視をしつつ一方的に発信する。

二律背反と言うべきか、会話として成立しない。

なのでこの方法を使うのは完全なる気狂いの方法

多くは意見を受けつつ言葉をぶつけていく。

これは本来あるべきすがたといか、誰もが行う行為

まり無視と発信のどちらに重みがあるかで変わる。

ここで改めて防御側がとる方法を考えると、

対処法としては、

無視が大鉄則、無視の仕方も工夫(相手の視界に自分を入れない)を要する」

これになる。

攻者が意見を受け付けず一方的攻撃してくるならば、

守者、防御側としてはこれに受け答えるのは相手意見を受けないので無意味

まり無視相手の視界に自分を入れないようにするのが最適。

攻者が意見を受けつつも一方的攻撃する場合や、

攻者が意見を受けつつも会話を試みつつ攻撃する場合

これらにおいてもやはり沈黙、つまり無視が最適。

よくある場合として攻者が無視したつもりだろうなどと話してきたり、

無視されたことで攻者がわの意見が正しいとする主張をしてくる(沈黙無視=認諾)場合もあるが、

この場合はついつい無視の手が緩んでしまいそうだがやはり無視が最適。

逆に攻者が動揺していると考えるのが妥当

つづく

2017-08-18

掲示板2ちゃんねる)で粘着する人について考える

概略

1発端はあるスレッド(以下スレ)で固定ハンドルネームコテハン)を使い発言していたこと。

発言内容は多岐に渡るが私以外の第三者との応酬(もちろん言葉での)があったこと。

現在コテハンはやめているのとほとんど書き込みはしていないこと。

(1年程度の無言期間や、半年以上に1回程度の名無しによる書き込み第三者からみてそれが私だと分かるよう意図的にしてある)

これらの状態であるが、依然としてスレでは私の話の引き合いに出す人がいる。

問題

まり粘着されている、ねばりついている人がいるという事実

そのような行為をする人の心理しりたい。

予想

純粋好意的である、もしくは純粋敵対的である、いずれにも属さないが興味がある。

2暇だから、つまり他に相手がいない。

3かまってもらいたいから。

予想に対する補足

これらが多数だろう。また予想3については多くの粘着する人、荒らす人の特徴である

概略に対する補足

概略3については徹底して数年無言ではなく、

期間を置き発言をしているのでそれについて第三者(以下粘着者)を刺激しているのかもしれない。

が、数年徹底して沈黙したとしても粘着者の心理は薄れるのかどうかは怪しい。

客観的にみて予想から思うところ

予想1については好意的であるなら当然相手話題を出すだろう。

男性女性へ、男性男性へ、女性女性へ、女性男性へ、の4通り。

同じく4通りであるが、敵対的であるのならばそれも当然だろう。

が、どちらにせよ相手がいないと始まらない。

スレ相手名前を叫んだところで反応が無ければ無駄になる。

それを分かっているのか分からないでやっているのかでどうのような人かわかる。

興味があるというのは好きだから興味があるというのと、

嫌いだからこそ興味があるという2つがあって、これらの根本純粋に好きか純粋敵対的かの結果的ものといえる。

予想2については暇だから、つまり他にスレ話題になることがないということになる。

他に相手がいないから暇ともいえるし、暇だからこそ他に相手がいないともいえる。

予想3

予想2と関連するがつまりかまってもらいたいから。

相手をして欲しい(他に相手がいない)、暇(だからかまってもらいたい)。

※当該スレは私以外の者もよく話題にされているので、

書いてる粘着者にとっては多数の人を話題に出したいものと思われる。

まり

こちらが一切反応せずに無視書き込みもしなければ)粘着者にとって退屈なものになってしまう。

よって無視が最強といえる。

が、昨今ではそれが必ず良い結果ではなく言い返す(きっぱり否定する)も効果的という見方もある。

やはり興味(好きからくるもの、嫌いからくるもの)というものは薄れることはないわけで、

それをどう忘れさせられるかが問題か。

粘着者が本当の気狂い(障害病気的)だった場合、彼等の根本治癒がされない限り解決は難しいとも思う。

ともかく、

好きか嫌いが発端で興味があり、粘着する。

暇であり構って欲しいか粘着する。

この2つに絞られた。

より深く考えてみようと思う。

2017-08-17

人殺しの子

終戦日に

「結局、俺たちって人殺しの直系子孫なわけじゃん?

 戦争行って人殺してきた奴らの孫だったりひ孫だったりなんだよね」

と方々で言っていたら、

「うちの父方の祖父地主戦地に行っていない」

「うちは医者家系だったので戦争に行かなかった」

といった反応があった。

「ふーん、殺人幇助者だったんだね。

 そもそも「殺させてた」時点でもっとたち悪いんじゃないの?

 自分の手を汚さな卑怯者?」

というと沈黙が帰ってきた。

追記

やはりどの反応も距離を置こうとするばかりで引き受けようとしない。

こういうやつらが殺人者を出した家に石を投げるんだろうな…

これもコミュニケーション障害なんだろうか

知ることでつながろう! 発達障害者特有のコミュニケーション文化とは

コミュニケーション障害って、こういう自閉症的な発達障害の方向だけじゃなくて、これとは逆というか、ぜんぜん別の方向へ行ってしまったことによる障害もあると思うんだ。

この記事に出てくる例でいうと、こんな感じ。

1. 冗談であることはわかるが、そのノリには混ざりたくない

Aさん「ずっと雨が降ってたのに、私が営業に出かける今日は天気がいいな」

Bさん「Aさんの日頃の行いがいいからじゃないですか?(笑)

Aさん「あははははー! まあね!」

凹凸さん(沈黙を埋めるための会話、うざいなあ)

2. 自分の落ち度にしたほうが楽

凹凸さん「遅れてすみません

Bさん「いえ、凹凸さん、今日電車ダイヤも乱れてますし、仕方ないですよ。お気になさらないでください」

凹凸さん「みなさんの貴重な時間申し訳ない」

Bさん「凹凸さん、そんなに自分を責めなくても…」

凹凸さん(おまえらに責められる前に防衛してるんだよ)

3. 常識を持ち出す人とは関わりたくない

アロハシャツが大好きな凹凸さんは、毎日アロハシャツを着て出勤していました。

しかしある日上司のAさんから、「職場にそういう派手なものを着てくるのはちょっと…」と苦言を呈されます

凹凸さん(こいつ、今日から業務関係しない範囲では無視しよう)

4. 作業手順どおりにやれといわれるといらっとする

Aさん「凹凸さん、この書類作成しておいて。書式どおりに埋めればいいから」

凹凸さん「この書類目的はなんですか?」

Aさん「ええ? この書類は毎回、この書式で提出することになってるんだよ。」

凹凸さん「この書式、無駄な項目が多いと思うので、どういう目的書類か教えてもらえれば、本当に必要であろうもの作成できるんですが。」

Aさん「ずっとその書式でやってきたんだから、その通りに作ればいんだよ。誰もが君みたいに優秀なわけじゃないんだよ。」

凹凸さん(意味がない作業をやりたくないだけなんだけどな)

っていうか、自分がまさにこんな感じのコミュニケーション(というかコミュニケーション不全)に陥ることが多くて、ほかの人たちのコミュニケーションを指をくわえて見ているのがつらいことがよくある。

先輩と上司意見が全く異なる

どちらかの言うことに従えばどちらかから必ず怒られる

これ、本当に困りません?

先輩に頼まれて出したメール

メールを出さねばという先輩の判断そもそも間違ってて上司に怒られた

先輩が私に頼んだことを知らないから私におこる

怒られてるところを真横で見ていた先輩はなぜか沈黙

派遣社員から立ち向かえば切られる

から黙って淡々とやる

やってらんねーよ死ねクズ

一度、正社員をやめたら

私みたいなボンクラはどこも正社員ではとってくれない。

派遣社員バイトしか道はなく、

一生やっすい給料でこういう不条理なことを我慢しないといけない。

仕事もどりたくねー

2017-08-15

友人との会話を振り返り、ヒヤリ

僕の友人には二つのタイプに分かれる



一つめは理詰めで事実淡々と喋ってくれて、自分意見をハッキリと言ってくれるタイプ

当然意見の食い違いもあって対立もするけど、深く話あえばなぜ違いが生まれるのかもわかり会話に充実感がある

会話に深みがあり、とき人生観生き方に少なからず影響を与えてくれる

その反面では「会話を弾ませる」能力には長けていないので、会話の途中で30秒ほど無言が続くこともある

だが、それでいいと思っている

無理に会話を続ける必要はないし、無言まで含めてその時間の流れを楽しんでいる

会話が終わると、「もっと深く考えたいなあ」としみじみと思うようになり、脳が好奇心と満足感で満たされる



もうひとつタイプは、ただただ空虚言葉を並べて楽しませてくれる

そのひとは、お笑い芸人ネタを見るように次々と面白いことを見つけて笑わせてくれる

会話に隙はなくて、沈黙する暇も与えず話題提供し楽しませてくれる

やり取りは音楽を聞くように、思考のかけらもなく表層的になる

笑って楽しいなと思っていると、ふとした瞬間に友人の話に齟齬矛盾があると気づいてしま

話を盛り上げるために、ウソをつく

まりシンプルに言えば話を「盛って」いる

その会話に密かに隠されたウソに気づくと、僕の顔は笑顔でも心は冷めている

僕の心中は「どれがウソで、どれが本当なのか?」という疑心暗鬼に陥ってしま

会話が終わり、笑顔で別れても心のなかはヒンヤリした気持ちになる






平気でウソがつけるヒトが怖い

そして、ウソが許されると思っているヒトも怖い

だけど、そんな友人と縁を切る勇気もない

ただ、ウソが怖い

婚活したけどもう疲れてしまった

30代

なんとなく結婚したくなって、結婚相談所登録

何名かの人とデートをしてみたのだけど、もう疲れ果ててしまった

こんなこと書いたら、BBAが偉そうにとか叩かれるのは分かってるんだけど、辛いもんはつらい

まず、会う人会う人、みんな草食系ってやつなのかとてもおとなしい

デートに誘ってはくれるが、どこに行くかと聞いたら

「行きたいところありますか」

何が食べたいかと聞いたら

好きな物あればおまかせします」

などなどで、完全ノープラン

結局当日が不安になり、前日までにいくつかのデートプランを組み立てておく私。

いざ当日会ってみて少し様子を見るが、車に乗ったまま、どこに行きましょうかねえ~とかいって動かない。

まり沈黙が続くので、じゃ、じゃあ、と言って私が出してきたデートプランに彼は従う。

車を運転している間も、彼はいい天気ですね、程度の話しかしてこない。

気を抜くとすぐ沈黙が落ちるので、こちらが面白おかしい話をして場を盛り上げる。

そんなこんなでデートが終わると、相手は「とても楽しかったです! また会いましょう!」と言う。

そして暫くしてお誘いがあるが、前回と同じ。

彼は何も決めず、何も考えず、私が一生懸命盛り上げる。

こんなに楽しいのは初めてだと彼は言う。

そりゃそうだろうよ。

たまにはそっちで考えてくれと言うけれど、僕そういうのは苦手で…と言われて結局何も考えてくれない。

私が疲れ果てて、結局お断りする。

これを3人繰り返した。

正直もう辛い。

婚活ってこんなにハードなのか。

多分みんないい人なんだろう。結婚相談所の人が言うには、こんなところに来るような男性は、基本草食系だそうだ。

自分でどうにかできないか相談所に来るのだ、だから女性の扱いに慣れてない、とのことだった。

いや、そうなんだろうけどさ。せめて会話を盛り上げようと思ったり、事前にデートできるところを調べてくれたりしてもいいじゃないの。

年収も顔も体型も全く気にしない、と相談所には伝えてある。普通に楽しい会話が出来たらそれでいいのだが、うまくいかない。

最近結婚さえできればいいと思っていたけど、という本を読んだ。

この話に出てくるさるころさんの元旦那のような人がうじゃうじゃしているのが結婚相談所な気がする

実際一緒にデートした3人は全員が「親が金を払ってこの相談所に来た」と言った。全てにおいて受け身なのだ

さるころさんの元旦那も悪い人じゃないのだろうが、受け身なんだろう。

さるころさんが、一生このまま自分が引っ張っていかないといけないのか、と悩むシーンで、すごく共感してしまった。

そういうのが好きな女性ならうまくいくんだろうね。自分はむりだー

2017-08-13

彼氏浮気しているか疑わなきゃよかった

彼氏浮気しているか疑わなきゃよかった

今、男子大学生として大学に通っている。

半年前くらいに彼氏ができた。出会いはいわゆるマッチングアプリ

同じ大学ではないけど、相手学生

相手自分が初めての恋人らしく、最初は何をするにしても

初々しくて、それも含めてかわいいなと思った。

はいえ、自分も2人目の恋人なので経験はお互いあまり変わらないかもしれない。

相手は目指している職業柄、実習や日々の勉強などで

忙しい毎日を送っているので、あまり気軽に会えることはなく、

お互いの家も片道40分位かかるのでふらっと会いに行くってことはほとんどない。

1ヶ月に多くて3回くらいデートできれば良いくらい。少ないと1ヶ月に1回くらいになる。

まり積極的相手に伝えてないけど、自分としてはもっと会いたいし、

時間を共有できたら嬉しいんだけど、それは単に自分わがままなので、

まり気にしないようにしている。自分バイトを多めに入れたりして

考える時間も作らないように気をつけている。

LINE毎日する。他愛のない会話をして、「おはよう」「おやすみ」を

するような日常的なコミュニケーション

最近相手が未だにマッチングアプリを使っていることを知った。

デートしているときにちらっと相手スマホに未だにマッチングアプリインストールされているのを見て、

それからというもの、なんとなく気になってしまって仕方がなかった。

直接聞くのも勇気がなくて、相手には分からないように仮のアカウントを使って、

相手プロフィール確認することにした。

今ではそんなことしなきゃよかったって思う。

プロフィールでは未だに「恋人募集」のステータスになっていて、直近のログインも数時間前、

プロフィール画像は俺がLINEで共有した俺が撮った写真が設定されている。

自己紹介文には「気軽に話しましょう。」なんてことがつらつら書いてあった。

すげー辛かった。俺は相手にとって何なのかわからなくなった。

今の気持ちを書き込む機能で度々「今すぐ会いたい」とも書いてあった。

このことは数週間に渡って悩まされた。マッチングアプリ

相手プロフィール確認するのも日課になった。

それからというもの相手には疑いしかなかった。

それと、付き合いはじめてから相手Twitterをやっているようだった。

お互いアカウントは知らない関係だったけど、それも気になってしまって

半日くらいかけて調べたら、相手アカウントが見つかった。

これも俺の撮った写真プロフィール画像に設定しているから見たらすぐ分かった。

正直、見なきゃよかった。

相手彼氏はいないことを公言していて、「自分と付き合いたい人はいいね」とかそういう自己顕示欲丸出しなツイートばかりしていた。

リプライで「彼氏いないんですか?」みたいなことを聞かれて「いませんよ!会おう?」というようなやり取りもほぼ毎日していることもわかった。

そういうTwitterゲイコミュニティ出会いの場としても機能していて、そういう会話は自然な流れでやり取りされるようだ。

嫌なのに、毎日そういう相手ツイートリプライまで、いいねまで、確認してしま自分にも自己嫌悪が募って仕方がない。

意を決して、問いただそうと思い、近いうちに会って話がしたいと切り出した。

突然会って話したいなんてことは一度もなかったから、何となく変な感じは相手に伝わっていたかもしれない。

「何の話?」と聞かれて「これからの話」とか濁して、なんとか週末の夜に会う約束をした。

約束の日に、待ち合わせ場所につく頃、相手から残業が終わらない」と連絡が来た。

疑いしかなかった自分相手マッチングアプリTwitterの動向を確認した。

そこにはとっくに仕事が終わったこと、今はある商業施設にいるという事実がわかった。

マッチングアプリには指定した位置情報から相手場所までの距離が分かる機能があって、

これを使えば目的場所位置情報を合わせればだいたいその辺にいることをが分かったりする。

そんなことをして、相手の動向を調べている自分に嫌気がさしながら、「分かった。待つよ。」と返信。

3時間ぐらい待った。最後には「今日はやっぱり会えない」と連絡が来て、その日は仕方なく帰った。

お互い変にギスギスしたまま次の日に電話で話すことになった。

電話をかけるといつもの相手の声がした。

こんなに疑いしかなく、不安定心理状況でも相手の声を聞くと、少し嬉しくて安心した。

近況を言い合った後、本題を切り出した。30秒位考えて沈黙してしまったあとで、

友達から聞いたんだけど、」と自分が直接見たということではないように取り繕って

マッチングアプリ、まだやってるらしいねしか恋人募集って書いてあったって聞いて。どういうことなんだろうって思って。」と聞いた。

・・・そんなこと聞いたんだ」と結構動揺している声としばらくして

マッチングアプリはやってる。けど暇つぶしだし、恋人募集はずっと消すの忘れてて。このアプリ

変な人とか面白いいるからそういうの見て時間潰すためにログインしてただけだよ」と。

言い訳が下手くそすぎる。嘘をつかず、潔く浮気したくてやってると言えばいいのにと思った。

このままだと、お互い変な関係のまま続いてしまうだけだと思い、

「一度、お互いに距離を置いて考える時間を作らないか」と提案した。

すると、なぜか泣きまじりの声で

「もういい。信じてくれないなら、もういいよ。また、何かあったら連絡してよ」と

一方的電話を切られてしまい、逆ギレも甚だしいなと思った。

それからも、相手アプリTwitterでの動向を調べる日々は続いた。

めちゃくちゃネガティブなこと、ポエム的なこと、死にたいみたいなことばかり

ツイートして、アプリでは「今すぐ会いたい」ばかりつぶやいている。


そんな自分はまだ相手が変わってくれることを期待していて、こんな状況でも

寄りを戻したいという気持ちや期待があった。

数日後にLINEで、自分の今の気持ちと「信じてやれなかったこと、本当に申し訳なかった」と伝えた。

しばらく、「もう別れよう」だとか他人行儀で「もういいです」だとか返信があって、

でも自分はなんとかやり直したかったのでひたすら謝った。

そのまた数日後、相手からも「ごめんなさい」と連絡があり、よりを戻すことになった。

仲直りして1ヶ月くらいはまたデートを数回して、関係はほぼもとに戻った。

けど、自分は彼に対してまだ疑いを持っている。

ついこの前からもっとエスカレートして、アプリ架空人物に取り繕って彼にメッセージを送るようになった。

案の定、そこでやり取りしたのは「会いたい」とか「会ってエッチなことしませんか」とかそういう内容。

「一緒に銭湯とか温泉いきませんか?」と積極的メッセージが飛んでくる。

彼氏いるんですか?と聞いてみると「ずっといないんですよね」と。

死にたくなった。自分でない人間を演じて、彼氏マッチングアプリメッセージをやり取りする

自分の愚かさ、彼氏への複雑な思い、目の前で起きている現実

会えば昔のような関係楽しいデートができるのに、会えない時間は疑いしかなく、

苦しい毎日を送っている。

「別れるしかないんじゃないか」と自分でも思う。

別れるとして、この事実を、伝えてみるべきかとか、色々考える。

周りに相談も気軽にできないので、増田に書いて、記録に残そうと思う。

グーグル思想残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 中編②

グーグルバイアス有害

私はジェンダー人種多様性を強く信奉している。またそのためにもっと努力すべきとも思う。しかしながら、ジェンダー人種平等な登用を達成しようと、グーグルはいくつかの差別的慣行を作り出した:

これらの慣行私たちバイアスが作り出した誤った仮定に基づくものであり、実際に人種とジェンダーの緊張関係を増加させる私たち上級管理職私たちのやっていることは道徳的にも経済的にも正しいことだと説明されてきたが、証拠なしにはグーグルにとって取り返しのつかないほど害となりうる左派イデオロギー[7]を覆い隠すものしかない。

私たちはなぜ盲目なのか

私たちは皆バイアスを持ち、私たちの内的価値に反する考えを却下するために動機付けられた推論を利用する。右派が”神>人間自然”という階層に反する科学否定するように(例えば、進化気候変動)、左派は人々の生物学差異に関する科学を否定する傾向がある(例えば、IQ[8]と性差)。感謝すべきことに、気候学者進化生物学者は普通右派ではない。不幸なことに、圧倒的多数人文学者と社会科学者は左派寄りである(およそ95%)。このことは莫大な確証バイアスを作り出し、研究されてきたことを捻じ曲げ、社会構築主義ジェンダー賃金格差のような神話を維持する[9]。グーグル左派的傾向は私たちをこのバイアスに対して盲目にし、その結果に対して無批判にさせ、また高度に政治的プログラム正当化する。

女性弱者とみなす左派との親和性に加えて、一般人間女性保護すべき対象とみるバイアスがある。前述したように、これはおそらく、男性生物学的には使い捨てであり、女性男性に比べ一般協調性があり、同調性があることから進化したものだ。私たちには広範な政府グーグルプログラム研究領域女性保護する法的、社会的規範があるが、男性男性に影響するジェンダー問題について文句を言うと、ミソジニストで泣き言を言う人間とのレッテルを貼られる[10]。ほとんど全ての男女の違いは、女性の抑圧の一形態として解釈される。人生における多くのことと同じように、ジェンダーの違いはしばしば”隣の芝生は青い”の一ケースだ。不幸なことに、納税者グーグルお金は芝生の片方だけに水をやることに費やされている。

この弱者とみなされる者に対する同じ同情が政治的正しさ[11]を作り出す。それは議論を制約し、それらの原因を増やすために暴力と恥を利用する極端に敏感なPC権威主義者自己満足であるグーグル大学でみられるような暴力的左派の抗議行動を抱えているわけではないにしても、TGIFミーティング私たち文化における頻繁な恥辱は同様の沈黙、つまり心理的安全でない環境を作り出した。

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さらに分割。

グーグルの思想的残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 後編

グーグル思想残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 前編

前置き

以下は最近グーグル社員が社内でダイバーシティに反する差別的文書を開示したという理由解雇された騒動において、問題となった文書Google’s Ideological Echo Chamber」の日本語訳です。底本は米ニュースサイトMOTHERBORDが入手したPDFを利用しています。この案件はてなでも注目されたようですが、その反応をみるにほとんどの人が原文を読まずにコメントしているようなので参考のため翻訳してみました。訳者別に英語仕事にする人でも特段英語能力の高い人でもないので、この日本語訳自体引用して何か言及するのは恥をかく可能性があるので薦めません。また誤訳の指摘は歓迎です。なお、参考リンクについてはグーグルの内部ネットワークに繋がるもの以外は全て記載しましたが、ウィキペディアリンクしている部分は参照している記載が削除されてしまっていたりするので、この文書作成された7月あたりの版を読む必要があります

グーグル思想残響

バイアス多様性社会的包摂についての私たちの考えをどのように曇らせるか

公的な反応と欺瞞への返信

私は多様性社会的包摂価値を置くし、性差別存在についても否定しない。ステレオタイプを利用することも認めない。私たち集団における登用ギャップを解消しようとする時、必要なのは集団レベルにおける分布の違いに注目することだ。もし、このことについて誠実な議論ができないのであれば、私たちは真に問題解決することなどできない。

心理的安全性相互尊重と受容によってつくられるが、不幸にも私たちの恥ずべき文化欺瞞残響室の外にいる人間尊重しないし、受け入れもしない。

そのような公的反応にもかかわらず、私はこれらのとても重要問題提起に対してグーグルの同僚たちから多くの個人的賛辞をもらった。彼らはこの問題提起には同意するが私たちの恥ずべき文化解雇可能性のために声をあげることも擁護することもできない。このような状況は変革されるべきだ。

要約
背景[1]

人は一般に善良な意図を持っている。しかし、私たちは皆自覚のないバイアスを持っている。感謝すべきことに、物事鵜呑みにしない人々による開かれた誠実な議論私たちに見えていない物事を照らし出し、私たちが成長するのを助けてくれる。それが私がこの文書を書いた理由だ[2]。グーグルはいくつかのバイアスがあり、このバイアスに関する誠実な議論支配イデオロギーによって沈黙させられている。ここから記述完璧ストーリーではないが、グーグルで是が非でも語られるべき視点だ。

グーグルバイアス

グーグルにおいて、私たち人種ジェンダーに由来する無意識バイアスについてとても多くのことを語る。しか道徳的バイアスについて議論することはまれだ。政治的指向は実際には深層の道徳的選好の結果であって、すなわちバイアスなのだ社会科学メディアそれからグーグル圧倒的多数左派寄りであることを考慮して、私たちはこれらの偏見批判的に吟味すべきだ。

左派バイアス右派バイアス
弱者への共感強さ/権威尊重
平等不正のせいであ平等自然であり正しい
人間生来協力的である人間生来競争である
変革は良い(不安定変革は危険だ(安定)
開放的閉鎖的
理想主義実利的

どちらの側も100%正しくはないし、どちらの視点機能する社会、この場合会社必要ものだ。極端に右派的な会社は反応が鈍いかもしれないし、あまり階層的かもしれないし、外部を信用しないかしれない。対照的に極端に左派的な会社継続的に変化するだろうし(愛されているサービス非難する)、あまりに関心を多様化させるし(コアビジネス無視するか、恥ずべきことと思う)、あまり従業員競争相手を信用しすぎる。

事実と理性だけがこれらのバイアスに光を当てられる。しかし、多様性社会的包摂の話になると、グーグル左派バイアスは恥によって反対者を沈黙に追い込むことによって固定化される政治的正しさ単一文化を作り出す。この沈黙侵食する過激派権威主義ポリシーに対するあらゆる歯止めを除去する。この文章の残りで、私は社会的成果の違いは差別的取り扱いと平等な登用を作り出すために実際上の逆差別義務付けられる権威主義的要素によるものだという極端な立場に焦点を合わせる。

技術職におけるジェンダーギャップバイアスによるものではない可能性[3]

グーグルにおいて、私たちはいつも黙示(無意識の)、明示のバイアス女性技術職と管理職から疎外していると語られる。もちろん、男性女性バイアス技術職場を異なった形で経験するし、それを私たち認識すべきだ。しかし、それだけで全ては説明できない。

平均して、男性女性は多くの点で生物学的に異なっている。これらの違いは社会的に構築されたものだけではない。

なぜなら:

注意:私は全ての男性が全ての女性と以下のように異なっているとは言っていないし、違いが”正しい”とも言っていない。私は単に男女の選好と能力分布がある程度生物学的な理由により異なっており、これらの違いは技術職と管理職において平等女性登用が見られない理由説明するかもしれないと言っている。これらの違いの多くは小さいし、重要なことに、そこには男性女性とで重なり合う部分がある。そうであるから、これら集団レベルでの分布から男女個人について言えることは何もない。

(チャート画像)(https://video-images.vice.com/_uncategorized/1502146696203-Screen-Shot-2017-08-07-at-65310-PM.png)

上段:集団には重要な重なり合いがある

下段:人々を集団的アイデンティティ単純化し、平均が代表だと仮定することはこの重なり合いを無視する(これは悪いことであり、私はそれを認めない)

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長すぎたのか投稿できなかったので分割。

グーグルの思想的残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 中編①

2017-08-12

Aセクシャルの人に10年間片思いした話。  

相手迷惑ををかけたくないので身バレ防止にいろいろフェイクは入れるけれど、出来事体験に関してはなるべく正直に気持ちを書こうと思う。


 私はいま25歳だ。地方田舎で育った。相手幼稚園からの幼馴染だった。漫画みたいな幼馴染じゃないけれど、地元友達で、幼稚園小学校中学校と一緒だったし、小学生ときにはよく一緒に公園とかで鬼ごっこかくれんぼをした。中学に入ってからは、もともとお互いに漫画アニメが好きで、本の貸し借りをしてライトノベル時雨沢恵一の「アリソン」とか「涼宮ハルヒ」とか)というものを私が教えてもらったりもして、まだそういうオタ趣味学校でおおっぴらにできない時代だったのもあって、よく話すようになった。それで、なんでか覚えてないけれど、気になりだして、気が付いたら好きになってた。中3の時にはがんばって同じく一緒に好きだったバンプライブに誘って一緒に初ライブに行ったりもした。相手は異性の友達はどちらかといえば苦手そうにしていたけれど、その中でいちばん仲のいい異性になることができた。

 中学卒業したら高校別になることはわかっていたから、とにかく気持ちを伝えたくて彼の受験が終わったタイミング告白した。どうなるかも深く考えないまま、共通友達うまいこと呼び出してもらって、小さいこからよく遊んだ公園気持ちを伝えた。ずいぶん長い沈黙があって、そのあとの断りのセリフは「ごめん、恋とか愛とかがよくわからない。人をうまく信頼できないんだ。増田がきらいとかじゃないんだけれど、そういうことがどうしてもできない」というものだった。彼は少し泣いていた。話そうか迷って、きちんと誠実に断るために探してくれた言葉だと、今ならわかる。その誠実さがすごく尊いもののように見えて、おおげさに言うならすごくきれいに思えて、区切りをつけるとかは吹き飛んで、余計に好きになってしまっていた。そのカミングアウトの内容そのものに惹かれてしまった部分もやはりあったと思う(今考えると業が深い……)。

「でも、そんな風に想ってくれる人がいると思うと、なんだかうれしい」という言葉本心からのものか、それとも彼のやさしさだったのかは、いまだにわからない。

 けれど、当時の私の思考回路はひどく短絡的で、「だったら、彼に信頼してもらえるようになればいいんだ」というものだった。そういうわけで、違う高校に進学したわけだけれど、中学時代グループの集まりを定期的に企画したり、高校部活人間関係の悩みとかの相談積極的に乗ったり、ガラケーメールぽちぽち打ったりした。今考えても涙ぐましいし、ムダに行動力ありすぎた。相手性格を考えるとちょっとやりすぎな面もあったけれど、そんな重いエゴまで含めて本気の恋だった。彼のことを考えない日は嘘偽りなく一日だってなかった。それが空回りしている自覚もあったし、全然そういう目で見てくれている様子がないこともわかっていたけれど、思い続ければいつかは、なんて甘い幻想も同時に持っていた。

 結局、高校3年の終わりに中学時代地元グループ卒業旅行に行って(もちろん企画からすべて私が幹事をした)、そこでまた告白したけれど、まったく同じ断り方をされて撃沈した。今度こそもうダメだなって思って、おしまいハグをしたらちょっとびっくりされたけれど、手を背中に回してポンポン、と叩きながら「ごめんね」と言ってくれた。 今にして思い出すと、これはすごく、彼にとってきつかったかもしれない。

 大学は私が都会の大学に行ったので、地元グループとも帰省したときくらいしか会わなくなった。大学では初めての恋人ができたり、他にも普通大学生らしいことをいろいろ経験したし、様々な恋愛関係する感情を味わった。彼のことはあきらめて気持ち封印してはいたけれど、それでも常にずっと心の中では彼のことをいちばんのところに置いていた。このころになると、ずっと片思いをしているということが完璧に美化されていた。

 そうして、アセクシャルAセクシャル)という言葉を初めて知ったのも大学時代だった。知った時、真っ先に彼のことを思い浮かべた。

 大学卒業して、Uターンで地元に帰ってきた。久しぶりに地元特に仲のいい何人かと再び会うようになった。ある時、彼の親友的な人と話していたら「増田さん、中高のとき彼のこと好きだったでしょ」と真正から指摘されて、封印していた気持ちが解けてしまった。4年間蓋をしていたものが、びっくりするくらいあふれてきた。その親友が「だんだん結婚とかも皆考え始めるような歳になっているのに、そういう話題が彼にあまりにもないか増田さんをあてがってやろうかと思って」と言うのでこれに甘えて利用して、彼と遊んだデートしたりした。お互いにいろいろ話すけれど、でもやっぱりこれまでと同じく恋愛的な意味での全然手ごたえは何もなかった。それと並行して。やはりAセクの件があったので、その親友に彼はAセクなのではないか相談した。親友氏にも思うところはあったようで、何度かそれについて議論もした。

 複数回デートらしきものをして、どちらにせよこの恋はだめだと思い知らされたので、結局過去と同じように自分気持ち区切りをつけるために告白をした。Aセクの件もあったから、一応相手負担にならないようにというつもりで、その当時でできる限りの気遣い自分の率直な気持ちとを文章化して手紙として渡した。後で読んでと言ったのに彼はその場できちんと読んでくれた。そして返事の代わりに、件の親友名前を出して「こないだ、Aセクシャルっていうのを教えてもらって、自分でもいろいろ調べて読んでるうちに、読めば読むほど『そうだ、これだったんだ』とわかって涙が出てきた。他人を愛することができない自分は、どこか明らかにおかしい、欠けた人間だって思っていたから、すごく安心したんだ」と教えてくれた。

私にはそれを受け入れるしかなかったし、何よりも泣きそうな顔だけど解放されたみたいなすっきりした様子の彼を見てうれしかったのも事実だった。

 私と親友氏とで「一応、Aセクであるとすぐに決めつけすぎないほうがいい」と伝えておいたものの、十中八九彼はそうなのだと思うし、少なくとも今現在彼の自覚Aセクということになっている。


 ここからあとは、私一人の話。

 私にとって、彼はまさに青春のものだった。そう思い込んで美化してきたところや、一途な自分片思いに酔っていたところ、そのエゴに時折死ぬほど自己嫌悪したところ、醜いとこや酸っぱいところも、些細なことでめちゃくちゃ幸せな瞬間も、ぜんぶぜんぶひっくるめて、いま大人になった私を作っている大切なものだ。詳しくは書かないけれど、彼を好きにならなければ私の人生はぜんぜんつまらない方に変わっていたはずだと思う。たとえ片思いでも、幸せだったし、幸せをくれたと思う。恋愛ってそういうところがあると、私は思う。

 ただ、そんな恋愛を、彼はしない。そういう感覚を彼はおそらく持たない。今後一切、恋愛から何かを得ることはない。

 このことを、私はどのように整理したらいいのだろうか。

 恋愛はすばらしい。いろんなドラマ物語においても恋愛至上主義圧倒的多数な世の中で、人々はそんなフィクションを見て、やはり恋愛はすばらしいものだと思う。誰しもが人に恋をして人を愛するのだと信じ込む。そう刷り込まれた?私の観念はとても硬い。

 では、他人を愛さない人は、すばらしいものが欠けているのだろうか。人生のなにかしらを失っているのだろうか。彼はおかしいのだろうか。

 断じて違うと、私は確信している。でも、それは私の中の固定観念矛盾している気がする。

 私にとって恋愛のない人生は、ずいぶんパサパサとした無味乾燥もののように思えてしまう。彼がAセクである自覚を得た日以来、失恋による大きな胸の空洞がつらいし、今まできれいに思えたものがきれいに思えなかったりする(感覚がにぶっている感じがする)。彼を好きだったとき世界の見え方はとても色鮮やかだったのに。

 気が付いたら私は25歳で、中学卒業してから10年が経とうとしていて、10年前のあのころキラキラした感覚がいろんな意味で信じられなくなってきている。恋愛しか得られない感覚があると信じているくせに、彼のことがあって今の世の中における恋愛絶対性について疑ってもいる。人間幸せの形ってもっともっと多様だと思いたいのに、自分経験がその価値観に異を唱えてくる。

 こんなことを考えていると、結局彼と私とではとんでもない隔たりがあったのかなとか考えてしまって、今でも少し凹む。



 自分の中でもいまだに結論がでていないせいで最後何を言いたかたかよくわからなくなってしまった。こんな深夜に書きなぐった読みづらい長文を読んでくださって、ありがとうございます。なんでもいいのでみなさんの意見を聞いてみたいです。ちなみに私がちょっとヤバいのは承知です。

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