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はてなキーワード: アーミーとは

2019-09-28

自衛隊員だけど殺し合いをさせられるとは思わなかった

???


いやいやいや

おかしいでしょ

ヤクザに入組(?)したけど犯罪片棒を担がされるとは思わなかった。自分の街を外国マフィアから守りたかっただけなのに。』

みたいな事言ってますよね

まあねー最近の「自衛隊に入って災害派遣に行こう!」みたいなノリがそもそもおかしいんだけどねー

掃海でもやらない限りは、被災地人助けしたい人が入るべきはレスキュー隊だよね

YouはどうしてJSDFに?の答えなんてさ

エレン・イェーガーのごとく「自衛官になって外人野郎をぶっ殺したいからです」で然るべきよね

優先順位10番ぐらいでいいか志望動機のどこかにそれがないなら軍人になるべきじゃないよ

暴力装置()と言い張り軍人じゃないと言えるのは政治家だけで、実際のアーミーは間違いなくソルジャーから

セルフディフェンスフォースフォース武力ですから、武とは矛にてとどむ、即ち殺傷能力ですから

残念!

警察ならギリギリセーフな気がするから公務員としてムキムキマッチョ災害派遣員したいならそっちがまだオススメというかぶっちゃけ消防隊員になればいいでしょの切腹ー!


追記 ギター侍の芸風をろくに覚えてないのにパロったことを謝罪しま

追記2

クレヨンしんちゃんに出演した人の中では鮮度の持ちがいいほうだからすごいなとおもいましたぼくにはとてもできない(媚び)

2019-09-27

ビビットアーミー

なんか微妙美少女アンドエロっぽい感じ押しの広告よくみるけど

この前流行った「乳揺れ」「錯視」を取り入れてて、あ、俺らみたいなのが広告担当してるんだなって感じた

2019-08-21

パイナップルアーミーを読み返したが手榴弾まり使ってない

迫撃砲ばっかりやであの人

タイトルパイナップル書いてるのにほとんど使ってないです

2019-08-15

浦沢直樹の偽物感

正直、マスターキートンは大好きだし、パイナップルアーミーも大好きだ。

アニメ猪熊柔に恋をしたこともある。

だけどさあ、MONSTERの「本当の恐怖」は……ないよね……。怖いか……?

猟奇殺人や死亡事件に興味を持つ程度の好奇心があれば、アレ、ダメだと思うだろー……。

多重人格探偵サイコもそうだったけど、演出過剰で覚める。映画セブンですら犯人の恐ろしさの描写に苦労の臭わせてるというのに。

あのね、琵琶法師っているでしょ。既に答えは出てんのよ。彼らは自分たちが出しゃばっちゃ、物語りの面白みは半減するってことを。自分黒子だってことを。

「本は月に10冊は読むね」と誇らしげに語るコンサル谷崎潤一郎も読んだことがないことがままある。そういうやつらは大体MONSTERを読んで「めっちゃ面白かった」などと言う。

浦沢にも聞いて欲しいんだが、もう少し他の作品も見ましょうね……。

2019-07-14

ミリも知らないBTSコンサートに行ってきたin 静岡


結論

とても楽しかったし、面白かった。

雑な感想

はじめに、この感想BTSほとんど知らない人間が、印象だけで書いた感想であるので、事実とは異なる部分も多くあると思うし、

アーミーのみなさまには不愉快な部分もあるかもしれないことをはじめに謝罪しておきます

しかし、私自身はとってもたのし時間を過ごせたので、せっかくだから書き残したいなと思う。

背景

ひょんなことからBTSコンサートチケットを手に入れた。私はほとんどテレビも見ないので、BTSの曲もメンバーも知らない。

もともと、ロックバンドライブフェスには足を運ぶ方であり、知らないバンド演奏を聴いたりするのが好き(それをきっかけに新しい出会いがあるため)なので、軽率に行くことを決めてしまったが、そんな、メンバーすらあやふやな私よりも、コンサートに行きたくて涙を飲んだ人の方が、チケットの行く先はふさわしかったに違いない。ファンの人には一抹の申し訳なさを感じたが、個人的にはそんな遠慮よりも好奇心が勝ってしまった。アーミーのみなさま、許してほしい。

いちおう予習はした。曲はけっこう好みだったので、ハマったし、いちおうコールも少し覚えた。

ただ、バタバタしてて、メンバーの顔と名前を一致させるのは間に合わなかった……。

感想

音楽番組と違って、長丁場となるコンサート。ずいぶんといろいろな発見があった。

メンバーの体力や集中力の差は如実に現れる。しかし、それがマイナスなのかというと、そうではないことを知った。

少し集中力が切れてきたメンバーに、余裕のあるメンバーが絡みに行って見せ場を作ってあげたような場面もあった。

なにより、そういう現場の苦悩を知ったことによって、ぐっと彼らの人間的魅力が増したように私は感じた。

・ずば抜けてパフォーマンスが目を引いたのは、ナムジュンとジミン。

この二人は、自分のやりたい表現方向性と、周囲の求めるものがほぼ一致に近いのではないだろうか。両者ともに、パフォーマンスに隙がない。

コンサートの後半までパフォーマンスが決まり続けていたのはこの二人だったな。

ナムジュンは、ラップダンスも、どこを切り取ってもキメてくる感じだ。精神的にも、体力的にも余裕がある。

かといって、前に前に出てくるというよりかは、きちんと周囲を見ているように見えた。ファンサービスも旺盛。

予習の段階ではそこまで注目していなかったが、今回一番好印象だった。能力が高いことで他のメンバーを気後れさせてしま可能性さえも、考慮しているかのような賢さを感じた。

MCでも、日本語英語韓国語を堪能に混ぜていたのがすごい。"雨 EDITION"という表現に、彼の語学センスの高さを感じた。英語表現に引っ張られていたら、形容詞的に「雨の」 EDITIONといってもおかしくないところを、日本語センスでうまく名詞形容詞化してとっさに喋れるのがすごいと思った。後から調べたら、この人はIQが高いそうですね。

とにかくシンプルにかっこよかったし、ずっと目で追ってしまう力強さがあった。

・ジミンは、ソロの曲の時に「えぐいダンスうまいやつがおるぞ」と思って注目していた。

彼は表現力がすごい。表情も半端ないし声も綺麗。

バラードの曲の時、ずっとその曲の世界観の顔になってたもん。美意識プロ意識の高さを感じた。とにかくダンスが上手い、いいものを見せてもらったという感じ。

歌もうまいし、オーラがある。

・その他のメンバーで印象に残ったのはJ HOPEことホソク。

彼はずっとにこにことしていて柔らかい雰囲気門外漢から見てもわかる、絶対必要メンバー

あの余裕のあって安心感のある顔を、しっかり自分役割として自覚し、振舞うことができるのは強い。

見ている側も、安心するし、きっとメンバーにとってもそういう人なのかな、と想像した。

世界一かっこいい顔に選ばれたらしいVことテテ。この子に関して私はどう評価したらいいのか、とても慎重に言葉を選ばねばならない。語弊を生みかねないのを承知で、素直な感想を書けば、

体力や集中力のあるメンバーと対比的に、ムラがあった。バラードの曲の表情の作り込みも、ジミンと比べたらあまりに素直すぎる。しかし先にも書いた通り、それが彼の魅力にもなりうるポイントである。彼の天然っぽいMCで私は、彼はこういう不思議バランスで、自然でいることを隠さないことで、スターになっているのだとわかった。

隙のなさすぎる人に、果たして魅力を感じるだろうか。うっかりすれば高嶺の花のような偶像になりかねないほどの美しすぎる顔を持つ彼が、一人の人間として受け入れられることは相当にすごいことだ。テテはもっと刹那的バランス感を持っており、ほんとうに、「今しか見れない魅力」に溢れたメンバーだと思った。

もっとも苦悩して見えたのはユンちゃん。。。この人は、自分のやりたい表現と、自分のできる表現の間にギャップを感じているように見えた(妄想です)。しかしそう思ったのは、彼のパフォーマンスから努力の跡がにじんでにじんでしょうがなかったからだ。表情の真意は、ファンですらない私には読み取れなかったが、ジミンが自身の美意識をある程度形にできる段階にいるのに対し、ユンギはその過渡期にあり、苦悩しているような印象をもった。そして彼のパフォーマンスは、もちろん申し分のない素晴らしいものだったので、すごく応援したい。

・ごめんなさい!後のメンバーはよくわかりませんでした!!でもみんなかっこよかったです。

まとめ

帰宅してさっそくBTSを復習している自分がいる。今回きちんと追えなかった残りのメンバージン、グク)のこともきちんと知りたいと思った。

基本的に完成度が高く、いいものを見れた素敵な時間を過ごせたので、行ってよかったと思った。

そして、彼らの関係性やひとりひとりの性格が、長丁場の中で見えてくるのがほんとうに面白かったし、

知れば知るほど、魅力が増していく、とてもいいグループだと思いました。またどこかで見たいです。

2019-06-26

一人一派」が招いたモノ

http://toianna.hatenablog.com/entry/2019/06/25/205348

フェミニスト一人一派」というのはフェミニストが用いる奇妙な理論で、その内容な「フェミニストを名乗って吐いてもその主張はひとりひとり違うのだから十把一からげのような扱いは拒絶する」「とは言え細部は違っても同じフェミニズムなんで連帯するよ」程度の意味合いだ。

これは一時期盛んに言われてたのだけど、なんでそういう事を言いだしたかといえば非常に便利だからだ。こん「一人一派理論で、たとえばフェミニストのAさんが言ったことに妥当反論が集まったとき「でもAさんのフェミニズムフェミニズムAなんで他のフェミニストには関係ない」というように切断処理ができる。これを繰り返せば無限尻尾きりができるために、実質的フェミニストは不敗の存在になれる。

他の社会運動では、穏健派vs過激派でもいいし、派閥Avs派閥Bでも、とにかく運動方向性において複数集団対立したとき言論でもパワーゲームでもなんでもいいか勝敗をつけることが可能で、それが社会運動としての推進力なり自浄作用なりになってきた。でもフェミニズムは「一人一派」を唱えたためにもうそれが出来ない。過激派過激派1,2,3,4……と内容がほぼ全く一緒のクローンであっても「一人一派理論」によりそのすべてを個別論破し打ち破らないと死なないゾンビになった。数が無限ゾンビだ。げっそりする。同じ言い合いをぐるぐるぐるぐる無限に繰り返すだけだ。そしてその無限の繰り返しをやめることは出来ない。なぜなら「一人一派」なので、途中でやめたら差別になってしまうからだ。

一人一派理論採用するのなら)すべてのフェミニストはその全員がひとりっきりのワンマンアーミーなのに、全女性の痛みとかいう最終兵器を振り回して暴れるターミネーターだ。全女性の痛みx全フェミニストの数。膨大すぎて絶望する。

どんだけ話し合って個別問題解決したところで、後からから新鮮ゾンビのように「新しい私だけのフェミニズム」が出てくる一人一派理論は、しかし、その特性故に社会を(男性だけでなく女性だけでなく、こうして同じフェミニストさえも)疲弊させてしまった。終わりのない最終戦争みたいな状況でうんざりさせてしまった。

フェミニストはなんでこんな奇妙な理屈を言い出してしまったんだろう? 他のあらゆる社会運動だって大事なのはその勢力=人数なわけだから自分たち集団としての価値を細切れにしちゃうような、団体としての価値を損なうような理論をもちだしたりはしない。「私達は互いにかばい合わない個人の群れ、烏合の衆です」なんていわない。そんな「社会性に背を向ける」ようなことを言ったら、「社会運動として成り立たない。

フェミニズムは、だからもう、運動としてはどん詰まりで終わりに見える。もちろん人間社会には男性女性がいてその扱いをめぐる社会運動ってのはなくならないし、この先もまた盛り上がったりするんだろうけれど、それってフェミニズムとは違う名前の別の看板じゃないと立ち行かないんじゃなかろうか。それくらいフェミニズムって理論的にも運動的にも行き詰まってる様に見える。それもこれも「一人一派」なんて自殺のようなことを言い出したためだ。

2019-06-03

anond:20190603205501

海外の友人とLINEしてたら、

ナチスナチス

言い出して切れてた増田さんのこと?

第二次世界大戦中はアメリカンアーミーだった祖父というルーツを持つ友人に

ナチスっていうのはちょっとどうかなって思うんだよね。

それが、私の恋人で、嫉妬からだというなら

まだいいけれど

友人未満みたいな、増田なのに

おかしいよねぇ。

2018-07-14

ミスチルコステロ

ミスチルコステロが似てるっていう人結構いるけど、オリバーアーミーが似てる以外に似てるって感じのある?

あったら教えてほしい

チェックしてニヨニヨするから

2018-06-09

anond:20180609100359

出てないもの

AKUJO/悪女

最近アクション映画も観始めたんだけど面白かった。予告や宣伝で出てるFPSっぽい撮影のとことかニキータオマージュ以外も見どころ多い

ランペイジ 巨獣大乱闘スイスアーミーマンセントラルインテリジェンスシェアハウスウィズヴァンパイア

B級だと思って観てたら普通に面白かった

レディバード

グレタカーヴィグ監督デビュー作。自伝映画コメディ

個人的には今年の上半期公開の映画あんまりさらなかった。去年の下半期公開の方が好きだったり勧めたりなもの多い

2018-04-12

anond:20180412112845

ブラックジャックによろしくの作者が、自分モデルにした漫画で、設定だけ持ってきてなんにも仕事をしない原作者を描いてたし、パイナップルアーミーでも原作者最初しかかかわってなかったか名前を小さく記載しようとしたら原作者友達刈谷哲が怒って絶版になったし、よくわからない原作者が絡んでくるってよくあることなんだろうな。

2017-12-08

2017/12/06 Haru.Robinson 2nd One-man Live 「Urban daysレポート

スペイン坂付近はずいぶん変わった。

入口はオクトパスアーミーではないし、アンナミラーズはもう高輪しか無いらしい。中腹あたりの人間関係はずっとあるけれど入ったことがない。なんといっても総本山PARCOがない。

そんなスペイン坂の頂上近く、裏の代表だったはずの猿の服屋の下、たしか映画館があったあたりに、その日の会場であるライブハウスWWWはあった。

Haru.Robinsonの音楽を初めて聴いたのは『愛が降る街』が公開される少し前、まだその名義になる前のYouTubeの生配信だった。

声の伸びがしなやかで、少年のような外見とあいまって美しい。高音の少しの危うさがそれをなおさら強調させ、これは女性は好きだろうなと思わせる。

その印象通りに会場内は7割位が若い女性男性は本当に少なくて、そのほとんどが関係者か付き添いかといった感じ。

ひとことでいうととてつもなくエモいライブだった。

アーティスト然としていない近所の服屋の店員のような格好で、かすかに照れながら「シンガーズ・ハイ(本人談)」の状態で歌う彼は、ポエジーなその歌詞を本当にすべてを信じているようにも見え、その彼の創り出す音楽女性たちは恋をしているように聴いている。

いや、けっして男性がいられないような空間ではないし、男性からこそ楽しめるところもある(と思う)のだが、このエモさはなんだろう。

楽曲YouTubeSoundCloudで聴けるものを中心に、新曲最初最後に。

セットリスト最初メモっていたのだけど、途中で面倒になってそのまま左にフリックしてしまったのが悔やまれる。

1曲目はライブタイトル曲にもなっている『Urban Days』。アルバムは当日発売なのにもう一緒に歌っている女性がいて、Haru.Robinsonとこの曲のファン層の強さを感じた。

『愛の降る街』は安定の名曲だが、続く『降雪歌』の潔さと合わさって、より孤独感が感じられる。遠い街で空を見上げる時には孤独を受けいれなければならない。その寂しさと力強さをギリギリラインで保ち続ける声と姿が素晴らしい。

今回のアルバムには入っていない『Howl』のアレンジが良かった。メロディアスで浮遊感のある、しか安心させてくれないキーボードがどこか『ヘッド博士世界塔(フリッパーズ・ギター)』を思わせる。渋谷からかな。懐かしい感じがして。ネオンテトラの色彩がサイケデリックさえ感じさせる。

欲を言えば今回(たぶん)歌わなかった『Lyrical Parade』で、道玄坂から公園通りまでを間奏のBaroque Hoedownに合わせてマジカルでファンタジックに突き進むようなHaru.Robinsonも見せて欲しかった。それは、また、どこかで。

ラスト曲『Brand new day』は今回のアルバムには入っていない。何もない日常がたったひとつの何気ない出来事で、ほんの少し進んだ世界に描き変わる瞬間に立ちあえる曲。これが入っていないのは本当にもったいないしょうがいかYouTube再生回数を増やそう。

アンコール1曲目は『Identity』。イントロ女の子たちの歓声が上がる。たしかにこれは生で聴きたかった。できればダンスも見たいのだけど。

アンコール2曲目の新曲『春風』も良かった。スロウでメロウバラード3月発売らしいが、実はFacebookファン女の子がアップした路上ライブ動画が見れる。配信時代ってすごい。

最初MCで彼は「なんとなく揺れて気持ちよくて楽しいって曲はHaru.Robinsonにはないんです。頑張って歌うから頑張って聴いてください」と語った。

しかに全曲が全力で、縦ノリでも横ノリでも休める曲がない。バンド構成も見事で、ずっとパンフォーカス状態から、これは正直疲れる。

しかし「頑張って歌うから頑張って聴いてください」というそれは「寿命を少しだけ削って 聞いてくれたことまず感謝します(『Identity』)」という彼からの、僕らへの挑戦でありまた僕らがたったひとつ果たすべきアンサーであると思う。

それに続く「でも 睡眠時間を削って 君に書いた歌はまたボツになる」という歌詞は、同じこの日に発売となった椎名林檎の『人生は夢だらけ』にある「こんな時代じゃ手間暇掛けようが掛けなかろうが終いには一緒くた きっと違いの分かる人はいます そう信じて丁寧に拵えて居ましょう」と同じく、すべての届けたい相手(つまりリスナーであるわたしたち)に対するアーティストからの最大のリスペクトだと思うのは僕だけだろうか。ここでいう「君」は特定恋人でもいいが、もっと不特定多数の彼の音楽を待つ誰か、もしくは彼が贈りたいすべての誰かでもいいんじゃないかと思う。

彼のそのへんの兄ちゃんのような風貌からは、真摯的という言葉はまったく出てこない。

そして彼のサウンドは純粋音楽として楽しめるものではあるが、僕はどうしてもその節々から音楽に、またそれを求めている誰かに対する誠実さを感じずにはいられない。

たぶん、だから女性がきっと、彼の音楽に夢中になるのだろう。か。

http://harurobinson.com/

2017-11-03

anond:20171103124231

いやいや流石に出産費用出してもらったら朝のお祈りの時間に全員の名前読み上げて感謝するでしょ普通

パイナップルアーミーで見た。

2017-10-25

メタルギアソリッド5PS+で無料配信したので、

初めてやってみた

なるほど、面白い

ストーリーは昔からファンからはけっこう叩かれているみたいなんだけど、

初めてなので気にならない

洋ゲーFPSとかってこれくらいのストーリー濃度だよなーって感じだもんなあ

まぁそれを考えると普通の銃撃つゲームと差がないじゃん!みたいな感じんなんだろうなあ

バイオハザード7も、せっかくの独自路線だったのが、

よくあるFPS視点ホラーゲーム寄りになってたからとてもがっかりしたので、多分往年のMGSファンもそういう感覚なんだろうな

そういやアーミーブツーは4作目出てないの?

あれは3作目はけっこう「えええ…」って展開だったな

2017-08-29

Call Me By Your Name@miffレビュー

8月29日、思ったより拡散したため追記。自分ではネタバレなしのつもりで書いて、ツイートにもそう明記してしまったが、ネタバレという言葉には個人差があることをすっかり忘れていた。ネタバレ見たら死ぬタイプの風上にも置けない。地雷を踏んでしまったら申し訳ない。配慮したつもりですが、どうぞご注意ください。太ももの話以外もします。

なにせ太ももがすごいらしいのである

俳優アーミー・ハマーの太ももである

サンダンス映画祭直後、賞賛と祝福の声とともに、あまりの刺激のために悩殺されてしまったという感想ツイート散見されて、映画祭参加の幸運に預かれなかったファンはもどかしさに身悶えしたのであった。

Call Me By Your Name1983年北イタリアとある町のひと夏を舞台にした、二人の青年あいだの恋を描いた映画である。くわしくはimdbを参考にされたい。

http://m.imdb.com/title/tt5726616/

この映画2016年5月世界中の一部界隈にて話題になった。言わずもがなアーミー・ハマーファン界隈である。そのあまりに蠱惑的なあらすじにつられて手に取ったのが原作小説である

そんなごく軽くかつ不純な動機で読み始めたAndré AcimanによるCall Me By Your Nameだが、回顧体で描かれた物語に一瞬で虜になった。

冒頭のシーンからして心憎いのである

まりにも印象的な出会い、一生を変えてしまうたった一言から語り始められるその物語は、意識の流れを実に巧みに取り込んだ、プルースト研究者でもある著者ならではの文体で読者を陶酔させる。やがて語り手であるエリオと一体化した読者はオリバーの冷淡さに苦しみ、意外な素顔を見せられはっと息を呑み、ただ呆然と結末を迎えることになる。

ツルゲーネフの「はつ恋」やらナボコフの「ロリータ」やらをこよなく愛するわたしにとっては好み直撃ど直球であり、そのうえアーミー・ハマーの太ももやばいとあってはなにがなんでも映画を見なくてはという気持ちになった。

しかネタバレ見ると死ぬタイプオタクにつき、どうしても世界公開より先に見たいという気持ちを抑えられない。はたしてMIFF(メルボルン国際映画祭8月3〜20日、CMBYNは4日と6日上映)に飛んだのである

笑ってほしい。

かなり早い段階でチケットも売り切れ(一度キャンセルが出たが、最終的に上映日までには両日完売!)ていたため、予想はしていたが、当日は冬のメルボルンにて1時間から長蛇の列である

席は早い者勝ちなのでみんな普通に必死だ。特に二度目の上映での、劇場をぐるり半周する列は写真に撮らなかったのが悔やまれる。みんなが手の端末にQRコードを表示させ、南半球ならではの冷たい南風に身を縮めながら待機している。

2度のCMBYN上映の他は同じくアーミー・ハマー出演のFinal Portraitに参加したばかりだが、それに比べるとやや平均年齢が下がるかなという感じ。

それでも、老若男女ということばがふさわしい、実に幅広い客層。

そんなことより映画だ。ここからネタバレはなるべく避けて進める。なにせネタバレ見ると死ぬタイプなので安心してほしい。後日一部シーンバレ感想もあげるつもりでいる。万全の態勢です。

さて、本編はピアノ音楽によって始まる。

劇中曲について、MIFFのQ&Aにてルカ・グァダニーノ監督が語っていたことだが、基本的には登場人物が耳にした音楽……エリオの弾くピアノ曲ギターオリバーが身を委ねて踊るダンスミュージック家族が耳を傾けるラジオレコード……に限った、とのことである。それを知らされるまでもなく、最初楽曲から没入感があり、一息に世界に引き込まれる。

そしてオリバーが現れる。イタリア太陽である。明るい陽光主人公エリオのいる部屋の暗がりを際立たせる。

エリオを演じる当時弱冠20歳ティモシー・シャラメは終始少年健全さと病的な魅力をひとしくたずさえて美しいが、とりわけ夜、ベッドでのシーンでの肌は内部から光を放つようだった。

アーミー・ハマーが、その見せ場においてはつねにイタリア太陽に照らされて灼けたなめらかな肌とあかるい金色に見える髪を輝かせているのと好対照で、一場一場面が絵画を見るようだった。あるいは、冒頭でわれわれを一息に映画世界に引き込む、連続的な彫刻群のショットのようだ。

この対照関係意識されたものだと思う。

エリオオリバーに魅了されるのはかならず真昼の屋外だし、エリオオリバーを室内に引き込むと、オリバーは初めて(ようやく、と言ってもいい)エリオに見とれるのだ。

野外と屋内、昼のシーンと夜のシーンが交互にさしはさまれて、われわれ観客はふたりうつくしい青年に2時間超の間目まぐるしくも目移りしてしまうのだった。

そしてくだんの、アーミー・ハマーの太ももである

ももに殺されたひとびとのツイートがいまならよくわかる。

しかしいざ太もも談議をするとなると血で血を洗う戦争になるにちがいない。

短いショーツか、あるいは水着でのシーンが大半で、太ももは終始晒されているので各人のフェイバリットももがあることだろう。

マイフェイバリットももとある場面にてエリオとともに床にぺったりと座るオリバーの太ももである。だが自分多数派である自信はない。これについてはまたあとで。

オリバー原作よりもなお複雑で謎めいたキャラクターになっていると感じる。

原作では物語がすすむにつれ、読者はエリオとともにオリバーの知らなかった一面に驚かされるのだが、映画ではむしろ序盤からオリバー大人の男としての魅力と奔放な子どものような無垢さが入れ替わり立ち替わり現れてエリオないし観客を翻弄するのである

(シーンバレありの記事にでも書くつもりだが)序盤からオリバーエリオよりも幼い子どものようないとけない振る舞いを見せ、グァダニーノ監督言葉を借りるなら、エリオより「なおイノセント」だった。

アーミーハマーファンの同志は心してかかってほしい。奇声を発するか原作エリオ言葉を借りるならswoonに至らないよう上映中握りしめるなり揉みしだくなりできる柔らかい布など持っていくことをおすすめする手ぬぐいとか)

そのような差異こそあれ、アーミー・ハマーオリバー原作を読みながら夢想していたオリバーほとんど完璧に一致していた。

この結論にはアーミーハマーのじつに感情たかな目の表現が大いに寄与しているのだと思う。たとえば「J・エドガー」でのクライドトルソン役において彼が見せたような目つきだ。沈黙の場面で熱っぽく目が話す。このものを言う目がとくに生きるのは、逆説的だが目の映らない場面で、たとえば映画の中でもひとつクライマックスにあたる戦争慰霊碑のシーンがその一例だ(トレーラーにも引用されていた)。

もうひとつ、結末に近い重要な場面でピントを外したカメラオリバーをとらえる。オリバーの顔が長く映されるのだけれど、けして鮮明な像を結ばない。観客は食い入るようにスクリーンを見つめてはじめて、自分エリオと同じようにオリバーの目に浮かぶ表情を読み取りたいと熱望していることに気づかされる。

目について語るならばティモシー・シャラメにも言及しなくてはならない。

ティモシー・シャラメは今後少なからず目にする機会が増える役者だとつくづく思いしった。身体の使い方が素晴らしく、手足の隅々まで神経を張り詰め、あるいは意図的脱力し、髪の先まで演技していると感じさせる。(この先エリオ面影を振り払うのが難しいのではとも感じるが、むしろその印象を己に利するものとして使ってほしいしこの期待は報われるにちがいない)

だがなによりも、その目つきである! トレーラーにも含まれていた、踊るオリバーをじっとりと見つめるあの目が全てではない。映画から小説通底する一人称の語りが省かれているものの(あれば安っぽくなり得たと個人的には思う)それを補って余りあるティモシー・シャラメの目つき。

まさに小説が羨む技法で、文字で書かれたフィクションを贔屓しがちな身としては、こういった映画化を見せられるとただひたすらに喜びを感じてしまう。

さてトレーラーといえば、あの実に夢見心地で幻惑的で、緊張感とせつない予感に満ちた映像を、わたしだってリリース直後には再生する手が止まらなかったほど熱愛しているが、 本編とは少しトーンが違っているとも思える。

トレーラーから、そして原作から想像していたものにくらべると、より明るく、ユーモアがあり、笑いだしてしまう瞬間がある。

かなりの頻度で笑いが起こっていたが、これは映画祭だったのと、おそらく英語圏中心とおもわれる観客層も関係してくるのかもしれない。

ただ、エリオ食卓でのとあるシーンについては国内映画館でも笑いが起きると予想できる。そしてその直後におとずれるエリオオリバー官能的な接触に息をのむことになることも。(さてくだんのマイフェイバリット太腿はこの場面で登場する。すくなくとも個人的にはこの場面はお祭りだった。細いのに肉感的な大腿部に釘付けになるあまり台詞をごっそり聞き逃したのだ……)

こういった感覚の急激な転換は映画全体を通して言えることで、一瞬たりとも気を抜けないと感じた。ほほえましく口元を緩めた直後に、心臓が指でひっつかまれるように締め付けられる。

ところどころに埋め込まれた、笑える箇所について、今ふと思ったが、これは原作にて重要役割果たしているが本来映画だと表現しにくい「時間性」をどうにか持ち込もうとした結果なのかもしれない。

10代のころの恋愛とか、恋愛でなくてもエモーショナルなやりとりは当時は必死真剣なんだけれど、そのときの行動を大人になって振り返ってみると、わがことながらおかしくて笑ってしまう、あの感じがよみがえるみたいだ。

そのようなノスタルジーを引き起こす展開に身を委ねるうち、二度の上映は割れんばかりの拍手でしめくくられた。自分も同じように手を叩きながらLater、と軽やかな別れの言葉脳内で繰り返していた。原作で読んで想像していたよりもなおあっさりと、冷淡で、なのに奇妙に耳に残るオリバーの声。

一夏の客人のその挨拶を、エリオが、母が、父が真似たように、自分もつい口にしたくなるはずだ。

じつは原作を読んだ時から自分は最適な読者じゃないと思っていた。

小説として心から好んではいものの、「この物語自分物語だ」「この物語によって救われた」「こういう物語が描かれるのをずっと待っていた」と感じる人がいることを、一行読むごとに、確信し続けたからだ。

この映画現代を生きるごく若いセクシュアルマイノリティに届くことを願っている。

キャロル』がそうであったように、相手性別特別なのではなく、ただその相手特別だっただけ、ということを描いた映画。だが一方で、両親という存在の描かれ方において、この作品はこれまでのクィア作品と一線を画している。

そして、『ムーンライト』があまりにも普通恋愛映画であるという事実特別だったのと同様に、Call Me By Your Nameエリオの一夏の恋愛は美しいと同時に「ごく普通青少年悶々とする」という部分が色濃くて、その事実をとにかく祝福したい。

自分はこの映画クィア映画だとは思っていないのだとグァダニーノ監督がQ&Aで語っていたが、この言葉がすべてだと思う。

10代の頃に出会ってたら人生が変わっていたなと確信を持つ映画はいくつかあるけれどCMBYNはそのトップに躍り出た。

現在のところレーティングはR18のようだけれど、そこまで直接的なショットはなかったように思う。

何かが起こったこと、そして何が起こったかから目をそらすという悪い意味での曖昧さは無いが、物語破綻させないように、そして必要以上にセンセーショナルに煽らないと努めての結果なのかもしれない。

からこそ、PG12かR15バージョンが作られるといいなと思っている。エリオと同年代の、この映画肯定感を本当に必要としているひとたちに見てもらいたい。

キャストきっかけに興味を持ったCMBYNだが、自分の中にそびえる金字塔を打ち立てた。日本に来た時にも従来の俳優物語ファンに愛されるのはもちろん、新しい映画として多くの観客に愛してほしい。そして本当に必要としているひとにぜひとも届いてほしいと思う。

ちょうどこのレビューを書いている最中8月23日)にMIFFの観客賞が発表され、Call Me By Your Nameが晴れて1位を獲得した。http://miff.com.au/about/film-awards/audience#

もちろん自分も最高点の星5つで投票したし、あの盛り上がりを考えると納得の結果だ。

アジア内では台湾映画祭での上映が決まっているCMBYN。東京国際映画祭に来ないはずがない、と信じている。

お願いします。

邦訳本もどうぞよしなに。

2017-08-26

https://anond.hatelabo.jp/20170826092200

DQNってDQN自覚がないところがきついな。

この増田は超DQN

子供は将来、おまえを恨むだろう、学校いじめられて辛い思いをするだろう。そして将来道を誤ってニートになるだろう。

いや、憎まれているおまえのもとで暮らしたくないから、早々に家をでるだろう。

でもたいした教育も受けてないから、ろくな仕事がない。悪事に手を染めることになるだろう。

かわいそうに、このアーミーネービーエアー君。

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