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2018-02-10

子育てでうれしかたこと2

https://anond.hatelabo.jp/20180129125711

これの続き。(間違えて消したため再投稿

時間ができたので、また書き残しておく。


子供の成長

うちの子は、立つのと歩くのが遅かった。

体は大きくなっていたのに、1才過ぎてもズリバイと伝い歩きばかりで、ハイハイもしない。

特に心配はしていなかったけど、児童館公園で会うママに、「まだ歩かないの?」とか「区の育児相談いってみたら?」とか言われるようになって、ちょっと面倒に感じていた。


夏の暑さをいいわけに、児童館から遠ざかっていた1才4ヶ月のある日。

前触れもなく子供が立った。

「うわ、立った!」という衝撃が抜けきらないうちに、今度はトコトコ歩きはじめた。


両手でバランスを取りながら、自分の足で歩いている子供の姿は、思っていたよりずっと大きかった。

毎日見ているから気づかなかったけど、本当に育っているんだなと実感できた瞬間だった。



ベビーカーと抱っこ紐

子供体重10Kgに近づいてきた頃。突然、ベビーカー拒否がはじまった。

ベビーカーに乗せればギャーギャー泣き、どうにもならずに抱っこ紐に切り替える。


抱っこしてしまえば泣き止み、今度はじっと人の顔を見てくる。

泣きもしなければ笑いもしない。

わが子の熱烈な視線を受けつつ。ふうふう言いながら、空っぽベビーカーを押して歩く。そんな毎日だった。

3ヶ月くらいでおさまったけれど、拒否がひどかった時期は、なんでこんなにベビーカーが嫌いなんだろうと悩んでいた。

その理由が判明したのは、2歳も半分を過ぎた頃のこと。


牛乳を買い忘れたのに気づき。近くのスーパーまで行こうと支度している途中で、ぱらぱらと雨がふってきた。

ベビーカーレインカバーがめんどうだ。

しかたない、抱っこして出かけよう。

そう決めて、ひさびさに抱っこ紐を取り出してきたら、子供が「だっこ? ねえ、だっこ?」と聞いてきた。

「そうだよ」と返事をすれば、今度はひざにかじりつき「はやく、はやく、はやく!」とせがみはじめる。

急かされるまま抱っこをすると、こちらの顔を見つめながら「ママ、だっこだね、だっこだね!」とニコニコ笑う。


それで、やっとわかった。

の子ベビーカーが嫌いなわけじゃなく、ただ抱っこが大好きだったんだ。

表情がとぼしく、しゃべりらない時期だったから、ちっとも気づかなかったけど、本当はあのときも「ママ、だっこだね」と伝えたがっていたのかもしれない。


結局、抱っこ紐でおでかけしたのは、それが最後になった。

でも、最後最後にとろけるような笑顔を見れて、いままでの苦労がむくわれた気がした。



消えたじいじを探しに行く

うちの父は、けっこうなヘビースモーカーだ。

それから、昔気質の頑固親父だ。

母が妊娠してもタバコをふかしていたし、出産タイミングで飲みにも行ったらしい。

この数十年間、母になんども蒸し返されているのに、笑うばかりであやまったりしない。いまだ昭和を引きずったまま、この21世紀を生きている。

そんな父だったが、初孫には気をつかう。

正直、タバコを吸うために換気扇の下に移動する父の姿なんて、想像したことすらなかった。

しかし、まだ幼い初孫には、その気づかいがわからない。

みんなが揃っている状態が大好きな初孫は、じいじがキッチンに移動するのを見れば、どうしたどうしたと迎えに行ってしまう。

なかなかタバコが吸えず、苦戦する父。

母は「禁煙したら、おじいちゃん?」と追い打ちをかける。ほかの兄弟たちも、母に同調して助けようとしない。

それでもタバコを諦めきれない父は、スキを狙って玄関から外に出た。

間もなく、じいじがいないと気づいた初孫が、大慌てで家中を探し回る。

「じいじー、じいじー」と呼ぶ孫の声にガマンができなかったんだと思う。

外に出てまでタバコを吸いに行ったはずの父は、1分もたたないうちに戻ってきて、みんなを笑わせた。


あの偏屈で頑固な父ですら、この子はかわいく思えるのかとビックリしたし、わが子をかわいいと思ってもらえてることが、照れ臭くもうれしかった。


※余談

部屋にもどってきたとき、父が「玄関まで来てくれるのはお前だけだよ……」とつぶやいたようだったけど、家族は誰も反応せず。いまも初孫けがお迎えに行っている。



トイレトレーニング真実

4月から幼稚園だ。

のばしのばしになっていたトイレトレーニングに取り組みはじめたのは、入園が決まってすぐのこと。

しかし、そのタイミング子供中耳炎になった。

抗生剤の影響でおなかを壊してしまって、トイレトレーニングどころじゃなくなった。

何度も復活する中耳炎が、快方に向かいはじめたのは1月頭。

旦那出張で不在のなか、2人でトイレトレーニングをはじめた。


怖がっていたのは最初だけ。

一度成功すれば、そのあとは順調だった。

これなら入園に間に合う。

よかった、よかった……と胸をなでおろしたのも束の間。急におもらしがはじまった。

本人はちゃんとタイミング自覚できていた。

トイレシールも喜んで貼っていた。

それなのになんで? なんで急にできなくなってしまったんだろう?

どうしよう。園からオムツを外すよう言われているのに。

外での練習なんて、夢のまた夢。でも、それじゃ入園に間に合わない。

本当にどうしよう。


一人でもんもんと悩むこと数日。

ひょんなことから、意外な理由が発覚した。

おもらしに気づいて、「残念だったね」と言いながらパンツを脱がせていたとき。ソワソワした様子で「あたらしいパンツ? あたらしいパンツはく?」と聞いてきた。

その表情と、パンツ連呼している様子を見て。「もしや……」と思いながら、ありったけのパンツを持ってきて子供に見せると、すかさずその中から一枚を選び出した。


選び出したのは、おしりに大きく新幹線プリントされているもの

買ってきたパンツを見せたとき、真っ先に手に持った一枚だった。

新幹線パンツを履かせてみたら、それ以降、一切おもらしをしなかった。

どうやら、お気に入りパンツが出てくるのを早めたくて、わざとおもらしをしていたらしい。

つの間に、そんな知恵が回るようになっていたのかとあきれ。ここまで強い愛着が育っているという事実におどろいた。


愛着が生まれたということは、自力で選ぶ力がついたということだ。

選ぶ力がついたなら、この子にとって好きなものが、身の回りもっと増えていくはずだ。

それってすごく幸せなことだな。たくさん幸せになって欲しいなと、そんな風に思った。



パパの帰宅

ひと月ほど出張に行っていたパパが、ついに帰ってくる日。

在中「パパは?」と聞きまくっていた子供に、「パパは夜寝るくらいに帰ってくるよ」と伝えた。

大喜びする子供に満足し、かわいいなあと眺めていたけれど、すぐに後悔した。

「夜まだ?」の連呼がはじまったからだ。

ギリギリに伝えればよかったと思いながら、「まだよ」と言い続け。

日が暮れてからは「夜だよ! まっくらだよ!」と繰り返す子供に、「寝るにはまだ早いよ」と返し続け。

グッタリも通り越した10時過ぎに、やっとパパが帰ってきた。


「パパだー!」と叫んだ子供は、うれしそうに笑う旦那の腕に、いきおいよく飛び込んでいった。

照れくさくて、パパとなかなか目を合わせられない様子も。

抱っこから下ろされても、めげることなバタバタ追尾していく姿も。

全部がかわいくて、思い出すだけで頬がゆるむ。



トイレトレーニングも上手くいって。長かったワンオペも終わって。ようやくひと息つけたので、長々と文章を書いている。

毎日があっという間で、かわいいこと、うれしいことをちゃんと残しておかないと、すぐ記憶の彼方にいってしまう。

もったいないから、できるかぎり残していけたらなと思っている。



※追伸

前回はやさしいブコメありがとうございました。

ちょっと煮詰まっていたので、救われた気分になりました。

書くことが自分にとって最高のストレス解消法なので、また書きにきます

2018-02-06

anond:20180205141126

俺も親友が死んだ。

何の前触れもなく、交通事故で突然亡くなった。

葬式に行ったとき、彼は一人っ子だったので、彼の母親は出棺時に号泣していた。(今でもそのときのことは鮮明に覚えている)

 

親友の死は、大きな喪失感をもたらし、悲しいだろう。

だがしかし、忘れてはいけないことがある。

それは、自分自身もいつかは死ぬということ。

 

メメントモリ(汝の死を想え)

今というこの時も、やがて過去の思い出に変わる。

死ぬ瞬間から過去を遡って思い出すとき、過ぎ去ってしまえば人生は一瞬だったと感じるだろう。

死ぬとき後悔を減らすためには、あの時こうしておけば良かった、ああしておけば良かった、という改善案を後で思いつくのではなく、今思いつくしかない。

まり、今できるベストを尽くして生きる必要がある。

 

そのことを気付かせてくれた親友に今でも感謝している。

増田他人事ではなく自分のこととして死をとらえ、後悔のないように残り時間を生きて欲しい。

2018-01-22

同性愛者が好きな人への気持ちを綴った

概要

僕:男子大学生同性愛者、冬なので少し病んでいる

〈〉:僕の好きな人男子大学生

から〈〉には一度告白している。そのときに今まで通り友達として仲良くしましょうと言われた。

それからも僕の好きな気持ちは変わらないままだったが、ちょっとした出来事から〈〉と距離を置いている状態になっている。

これは距離を置いてる間に自分気持ちを整理したもので、いずれ〈〉に伝えるつもりでいる。

一気に書いたので読みづらいと思いますが、みなさんの感想が聞きたいです。

以下、本文。

僕は気分が落ち込んでいるときには負の感情が優位になってしまう。さらにそこに恋愛要素が絡むとめんどくさいメンヘラみたいになる。好きな人に対して距離を置きたい、心配させたいなどと考えてしまう傾向がある。そのため、僕は過去に、何度か〈〉と距離を置きたいと思ったことがある。しかし、距離を置きたいと思っていても、〈〉に会ってしまうと好きな気持ち、一緒にいたい気持ちの方が勝ってしまい、結局いつも失敗に終わっていた。

だけど、今回こうやって数日の間、距離を置くことができてしまった。おそらく今回は今までの距離を置きたいと思った気持ちの蓄積にダメ押しエピソードが来たことが原因だと思う。

それは、1/9 にサークルミーティング17:30くらいに終わった日のことだ。僕は〈〉と一緒に帰るつもりで待っていたけど、〈〉には用事があって一緒に帰れなかった。冷静に考えれば仕方のないことだけれど、当時の僕はミーティングの日は〈〉と一緒に帰れる日だと思っていたから、ちょっと卑屈になってしまった。それで、次の3連休のうちに遊びに誘われなかったら、〈〉とは距離を置こうと思った。

実際、3連休のうちに〈〉に誘われることは無かった。そして連休明けの日、資料ができあがったので、サークルに寄ったら〈〉がいた。会わないと決意していたから、すぐに図書館に移動して時間を潰し、もういないだろと思って18時ごろに戻ってみた。だけど、その日は珍しく、まだ〈〉が残っていた。そこで決意した気持ちが揺らいでしまった。もしかしたら、一緒に帰れるかもしれないと思った。だから「何時に帰るの?」と聞いた。その答えは、「友達を飯に誘ったけど、19:30ごろまでかかりそうだから待ってる」というものだった。そこで僕は思ってしまった。

「〈〉はたとえ遅くまで待ってでも、僕じゃなくて別の友達を誘ったんだ。そもそも食事に誘う選択肢の中に僕はいたのだろうか。思えば、この前も19時ごろまでいたな。もしかして今日みたいに友達を待ってたのかな。僕じゃない友達はこんなに短期間で遊べるのに、僕は多くて1週間に1度しか遊べないのにな。やっぱり〈〉の友達の中で、僕は優先順位が一番低いんだろうな。口では大切な友達だって言ってたけど、もしかしたら、僕のことを鬱陶しくて面倒なやつだと思っているのかもな。僕はこんなに〈〉の中で特別になりたいと思っているのにバカみたいだ。もういいや、もうこんな辛い思いはしたくないから、〈〉とは距離を置こう。」

今まで、薄々と感じていたものが浮き彫りになった気がして、今までよりも強く距離を置こうと思った。だから、僕が〈〉のことをなんとも思わなくなるまで、〈〉とは会わないことにした。また、〈〉からの一切を遮断するためLINEブロックもした。

それから数日距離を置いてみたが、結果として、僕は〈〉を好きなままだった。最初の方は〈〉のことをどうでもいいと思えた。だけど、〈〉を好きな気持ち、大切に思う気持ちは数日で元に戻ってしまった。距離を置いたことで冷静になり気持ちの整理もできた。LINEも〈〉を不安にさせる可能性があるため、すぐにブロックを解除した。

なぜ、僕はこんなに〈〉に魅了されているんだろうと考えた。一番大きい理由は、好きになった人と仲良くなれて、かつ自分の中の大切な部分を受け止められたことが、今まで生きてきて初めてだったからだと思う。

僕はそもそも恋愛においてのモチベーションが低い。出会いを求めることはしないし、好きな人ができても何事もなく終わっていた。ただ、好きな人と親しくなると、一気に火がついて相手のことで頭がいっぱいになってしまう。

前にも話したけど、過去に一度、好きな人と仲良くなれたケースがあった。そのとき相手のことで頭がいっぱいになった。そして、自分を知ってもらおうとした。自分気持ちを抑えられなくなり、一人で先走って告白し、迷惑をかけて嫌われてしまった。

僕はそうした苦い経験から、身勝手告白はやめようと思った。せめて、次に告白するときは慎重にしようと思った。そんななか、〈〉と出会って、〈〉を好きになってしまった。そして、運良く〈〉と仲良くなれた。それでまた火がついてしまった。また自分を知ってもらいたいと思ってしまった。好きな人に嘘をつき続けることに耐えられなかった。そうしてまた、なんの前触れもなく告白してしまった。それなのに〈〉は動揺と嫌悪感があるのにも関わらず、弱っている僕のことを思いやってくれた。今までと変わらず僕と仲良くしてくれた。

〈〉はその対応普通のことだと思っているみたいだけど、告白を受けても今までと変わらず接してくれる人なんて少数派だと僕は思っている。ほとんどの人は今まで仲良くしてきた人が実は自分恋愛感情を持っていたことに困惑する。そして、今までの関係は下心からくるものかもしれないと感じて、生理的嫌悪感を得ると思う。なによりも、過去関係グシャグシャにされて、未来関係に重荷を背負わされることに耐えられないと思う。そんな面倒で気持ちの悪い対象距離を置こうと思うのは当前だと思う。

そういったことを頭で理解していても、きっと僕はなんども同じ過ちを繰り返すと思う。ある程度は自分感情コントロールをできるようになってきたとは思うけど、誰かを好きになると、自分コントロールできる範囲を超え、気持ち不安定になってしまう。そんな状況で、なにかきっかけとなる出来事が起こってしまえば、また突然告白してしまうだろう。そうしてまた大切な関係を壊してしまう。僕にはそれが耐えられない。

まとめると、僕は好きな人と仲良くなることが少ないし、自分から好きな人距離を詰めようとは思わない。しかし、運良く親しくなれると感情バランスが崩れ、ふとした拍子に告白してしまう。その告白成功する確率は相当低い。だから多くの人は告白を受けると距離を置く。僕は相手迷惑をかけたことへの罪悪感と失恋のショックで病んでしまう。そんななか、〈〉は僕から離れていかなかったし、優しくしてくれた。〈〉は僕の中でなによりも大切な人になった。だけど、〈〉にとっての僕は数ある友達の中の一人だ。しかも付き合いも浅い。僕は〈〉に大切にされていないと感じてしまい、距離を置いた。それで冷静になったが、結局〈〉のことは好きなままだった。他の誰かを好きになってお互いに傷ついてしまうなら、たとえ〈〉の特別になれなくても、〈〉をずっと好きでいたいというのが今の僕の気持ち


以下は今までの自分気持ちメモを整理したものです。

自分の想いを言葉にして伝えることは安易子供っぽいけど、自分を知ってもらうには一番の近道だと思っている。

〈〉にとって代わりのいない特別存在になりたい

〈〉の恋愛対象になれないことは分かっているけど、大切な何かにはなれるんじゃないかという期待がある。僕は自分価値がよくわからないけど、〈〉に必要とされたとき自分価値を感じる。〈〉に必要とされるには、〈〉の友達とは異なる立ち位置友達になることが必要なんだと思う。僕は〈〉がストレスを感じず、自然体でいられるような存在になりたい。そのために、二人いないとできないことや友達に頼むには躊躇するようなことを僕相手に試してもらってもいい。良い例が浮かばないけど、たとえば愚痴を言う相手かにしてもらってもいい。愚痴を聞くのが好きな人ってほとんどいないと思うから、きっと〈〉の友達愚痴は聞きたくないはず?。僕は頼りないけど、自分一人でなにかを抱え込む辛さはよく知っているので、そういったモヤモヤした感情のはけ口になれたらいいなと思っている。きっと、ぬいぐるみ植物に話しかけるよりはスッキリすると思う。これはあくまで一例で、一人よりは二人のほうが楽だったり、楽しかったり、勇気がなくて一人ではできないことだったり、協力してほしいことだったり、そんな感じのを思いついたら僕に言ってほしい。

〈〉のことをもっと知りたい

〈〉に迷惑をかけたくない・嫌がることをしたくない気持ちと、〈〉の喜ぶことをしたい・楽しませたいという気持ちがある。だけど、〈〉が僕にしてほしい(ほしくない)ことが分からない。そのため、なにをすればいいか(しなければいいか)が分からない。だから、細かいところでも気になったことがあったら言ってほしい。前にも言ったように、僕相手に気を使わないでほしい。本音で話されないほうが傷つく。

〈〉の僕に対しての印象の個人的解釈

あってるかどうかを4段階評価で書いてほしい。気をつかったら僕のためにならない。

( 1, あてはまらない, 2, あまりあてはまらない、3, 少しあてはまる、4, あてはまる )

・僕になにかをされなくても現状に不満がない

・たとえ精神面でも僕を頼るつもりはない

・僕の内面の話に興味がない

・僕に気を使っている、遠慮している

・僕のことを面倒くさいと思っている

・他の友達といるほうが楽だ

・他の友達と同じように僕と接することはできない

卒業したら僕とは縁を切るつもりだ

今抱えている問題

1, 〈〉がサークルに来たときは遊べるんじゃないかと思って期待してしまう。特にミーティングの後は見極めづらい。一緒に遊べないことが分かると暗い気持ちになってしまう。少しでもダメージを減らすために、サークルに来るときで一緒に遊べない日は前もって何らかの合図がほしい。早めに合図してほしいけど、遅い時間友達から誘われたときは仕方がないのでそのときでいい。

2, もっと遊びたい。現状だと、1週間に1度遊べたらいい方なのが辛い。いつも平日の遅い時間しか遊べないのが辛い。休日も遊びたい。分かっている。〈〉にも1人の時間必要なことが分かっている。〈〉には大切な友達がいることも分かっている。でも、このままだと卒業するまでにあと数回しか遊べない。辛い。本当は毎日遊べるかどうかを聞きたいけど、迷惑になることが分かっているから、僕からは連絡することができない。どうすればいい?

卒業後について

今回、距離を置いてみたことで分かったけど、おそらく僕は卒業してもずっと〈〉を好きだと思う。だから、近くに行く機会があるときはついでに会いに行きたい。〈〉が帰省するときも会いたい。

今、自分で見返してみて、自分の女々しさ、面倒臭さ、好きな人にすがりつく姿勢がにじみ出ちゃってるなと思った。

やっぱり、相手のことを考えるなら、こういう気持ちは伝えないほうがいいのかな。

からない。

2018-01-18

生きているのがしんどい

生きているのがしんどいと思い始めて、多分だけど15年とか経っている、ちょっとした消えたがりの散文が、つらつらと下に書いてある。

時間がある人はちょっとだけ読んでほしい。そして何か、少しでも意見が欲しい。いろんな考えが知りたい。でも、かなり怖い。

いや、読むのは時間を持て余した人だけでいい。かなり端折って書くけれど、15年くらいの時間を書いていく。きっと恐ろしく長くなる。なんか流行りだからここに書いたけど、きっと読む人は片手ほどで、その中でコメントを残す人を期待するのも間違っているんだろうけれど。なんてったって散文だし読みにくい。

でも、誰でもいいから話を聞いてほしい。私かうすればよかったか、これからどうすればいいのか。無責任で構わないから教えて欲しい。

初めて消えたいなと思ったのは5歳くらいだったと思う。6歳だったかもしれない。

親の都合で転園してきた先で同じ園の女の子に仲間はずれにされた。

ぼんやりしか覚えてないけど転園する前も、仲良くしていたのは女の子ひとりと男の子ひとりだけだったから、昔からまり好かれるような子じゃなかったんだろう。多分、すごく生意気子供だったから。

みんなが可愛いお姫様ごっこセットをつかって、私はなんか地味な、柄のないスカートだけ渡されて、「それもお姫様から使えばいいじゃん」って。キラキラの、可愛い模様がついたフワフワのスカートを我が物顔でつかいながら、私に言うのだ。

先生が「順番ね」と注意をして、真ん中くらいの順番を手に入れたけど、気づいたら割り込みされて最後になっていた。

私の順番は回ってこなかった。

その時に、私はここにいてはいけないんだなと思った。いる価値がないというか、いる事の方がおかしいと言うか、そんな感じ。転園してきた訳だから、仕方ないけれど。それで、早くここから消えてしまいたいと思った。

その時、唯一できた友達は、多分友達じゃなかった。

あれ持ってきて、これ持ってきて。何かを持ってこないと仲間に入れてあげない。そういうことを言って来る子だった。パシリにされていた。

でも、パシリでもすれば一緒に遊べたから、喜んで従った。あまりいいこととは言えない。けれど、一人で積み木で遊ぶよりずっとマシだった、消えなくてもいいと思った。頼られているのだと錯覚した。

小学校に上がって、ランドセルを買い与えられた。普通赤色じゃなくて、少しくらい、ワインレッドランドセル

母親はなんでピンクとか真っ赤じゃないのって言われたけれど、ワインレッドが可愛かった。ランドセルの蓋の裏が、赤系のチェックでとっても可愛かった。気に入りだった。

パシリはまだ続けていた。というか、パシられることが普通だった。

小学生になって、一緒に登下校をするようになった。

なんで変な赤色なの?って笑われた。

それを「可愛かったから」と言ったけど、それは可愛くない!こっちが可愛い!と言われた。多分、その子達に「センスがない」という判定を受けたんだと思う。

パシリにされてて、さらセンスもない。なんとなく流れで、みんなよりも立場が下だった。

ジャンケンランドセルの持ち合いをした時、他の子が負けたらみんなで持ち合いっこするのに、私が負けた時だけ全部持たされて、持つ距離も長かった。挙句、置いてかれた。前に進んでも誰もいなくて、置いていかれたんだと泣いた。おうちも少しだけ離れた同級生の重いランドセル5つを持って、道の真ん中で泣いた。泣いて数分たったら、なんだか自分のことが惨めになって、どこか誰もいない、遠いところに行きたくなった。結局はその子たちが戻ってきて、どうにかなったけれど。

小学2年生になって、夏休みで転校した。どことも知らないところだった。でも、一番長く住んでいたし、今の友達大学友達を除いて全部小中高で一緒に過ごした子だ。それまでに比べてとても恵まれていて、いい友達だと思う。一人一人が唯一無二の友達だとおもう。

でも、友達がいても、残りの4年半はいじめられて過ごした。

最初は多分「遠いところから変なやつが来た」っていう理由それから訛りが違う。あとは真面目ぶってる。オタク父親の見ていた深夜アニメを一緒に見ていた。デ・ジ・キャラットとか、ギャラクシーエンジェルとか。今でも大好きだ)であること。あと態度が生意気。たぶんこの生意気って言うのは、生意気だという子の都合が悪いことを「誰にも言うな」と言われても担任にチクッたからだと思う。自分あんまりにも理不尽だと思ったことは黙っていられなかった。多分、そういう意味では「いい子」ではなかった。

でも、石を投げられて先生に報告したら睨まれるって、おかしいじゃん。石投げる人の方が酷い。チクった私が悪いのか。

多分悪くは無いんだけど、こどもの世界ではご法度だっただけ。けれど、それがどうしても辛かった。おかしいと言ったら「お前の方がおかしい」と言われてすごく辛かった。ここにいたくないと思った。

親に「ここの学力は低いんだから、90点以上取らないとダメだよ」と言われた。頑張って100点とっても褒められなかった。周りからは「勉強もできるっていう自慢か」と妬まれた。

言っておくけど1番を取れたことは無い。せいぜい10とか20とか。自分ではすごいと思った。100人近くの1020って凄いじゃん。って。でも親にはそれじゃダメときつく言われた。ちょっと点数が下がったらお小遣いを減らされた。

生きているのがしんどかった。でも頑張らないと、価値がないと思った。

中学に入って、小学校の時みたいな勉強をしていたら、順位が真ん中よりも下の、後ろから数えた方が若干早い場所になった。その時に「さすがにやばい」と思って、塾に入りたいと言った。一人でする勉強限界を感じていた。

下がった順位を元に戻したら「当たり前だ」と言われた。

中学では部活に入っていた。周りはみんなキラキラしているのに自分だけ見ずぼらしく感じた。部活に入ってすぐ、どうしてかレギュラーに選ばれた。自分初心者で、周りには小学校の時から続けていた人がいたのに、自分担当に人がいないからという理由レギュラー入りした。初心者なりに練習した。練習中、何度も泣きそうになった。でも自分が頑張ることがこれからに繋がるとおもった。最後までやりきったあとに残ったのは「初心者なのにレギュラーに選ばれた変な人」だとおもう。若干避けられてたし、自分も周りにどう接していいかからなかった。ここで必要とされていないとさえ感じて、練習サボりがちになった。先輩からは、嫌われていたと思う(練習をサボったから当たり前だ)。同級生からもよくは思われていなかったと思う。

部活同級生から「〇〇先輩はあなたと同じように生徒会もやって部活もやって成績もいいのに、なんであなたは同じことが出来ないの」と言われた。生徒会が忙しくて休みがちになっていた。そんなの言い訳だと怒られた。それでも暇を見つけて部活に行っていた。それでも怒られた。今消えてしまえば楽だろうけど、消えたら迷惑をかけるなと思って、最後まで頑張った。意地汚く残り続けた。高校進学は「〇〇高校の□□学科じゃないと、ご飯作らないから」と言われた。当時、高校授業料無償化されていたから、ご飯を作らないになったのだろう。端的にいうと「親の希望に添えなかったらお金は渡さないし育てないから」といわれたのだ。必死になって、どうにか合格した。合格したけれど、自分学力じゃ、高校勉強は厳しいなと感じた。もう一つの学科自分レベルに合っているとおもった。でもそこでは絶対ダメなのだという。辛くなるんだろうなと感じたけれど、それでも合格したのだから通うと決めた。

高校に入って、それなりの地位をもてたと思う。部活は変わって、生徒会には入り続けた。その部活がいわゆるパソコンをいじる様なもので、関連分野で色々頼られた。今度はパシリみたいなのではなく、よく巷で話題になる「絵をかけるならちょちょいっと描いてよ」の類でもない、本当の意味での「頼り」だった。

得意分野を持つということは自分自力で立つことのできる力であると、その時感じた。普段だったら近寄れない、スカートを曲げて薄く化粧をした、クラスの人気者と話せる。そういう立場をその時手に入れた。

多分、高校生の時が一番、生きていて楽しかったと思う。みんなが私のことを知っていた。それに対する恐怖もあったけれど、決してマイナスではない視線は「自分はここにいていいんだ」と思える自信に繋がった。

大学は推薦で入った。センター前に決まって、受かるとは思わなくて、とても喜んだ気がする。

クラスメイト合格を伝え、「あの〇〇か!?」「嘘ついてるわけじゃないよね!?」と言われながらも喜んでくれた。学校先生もとても喜んでくれた。自分の妹も、私よりも喜んで泣いてくれた。

母親合格たことを報告したら、おめでとうよりも先に「お金がかかるなぁ」と言われた。

正直なところ、大学に進むことについては消極的だった。高校に入った直後は専門学校に入りたいと思っていた。でも父親は「進学するより働け。進学するなら国立じゃないとだめだ」と言われた。だから専門学校を諦めた。中学生の予想通り高校勉強はつまづいてしまって、学科では後ろから数えた方が本当に早いくらい、勉強はできなくなっていた。どれだけやっても勉強が伸びなかったから、早い段階で部活シフトチェンジした。そんな経緯があったから、大学は行かないで高卒で働くかなとなんとなく思っていたら、母親が「高卒で働くより大学に行ってほしい。私立じゃ学費は出せないけれど」と言ってきた。これに逆らうとまた何か言われるんだろうなと思って、とりあえずやるだけやってみることにした。でも、勉強はできなくなっていたから、模試はどこも最低判定。ただ、推薦でチャンスがあるところがあったから、一かバチかで受けてみた。これでダメなら学力じゃ到底叶わないから、就職をしようとおもった。部活の成績がよかったから、それで受けた。

そうしたら受かった。奇跡だと思う。なにかの間違いじゃないかと思ったが、それでも受かったら嬉しかったのに、おめでとうもなく「お金がかかるなぁ」しか言われなかった。

誰が国立に行ってほしいと言ったのだと、その時は悲しくて悲しくて仕方がなかった。

こんなの傍から見たら「親の言う事しか聞いていないからそうなる」と思うのだろう。私もそう思う。

けれど、高校受験の時に「お金さないよ」といわれ、大学受験に「国立しか認めない」と言われ、受かったら「お金がかかるなぁ」。反抗するなら自立しろ、親に頼るな。

それでは何をすれば良かったのだろう?

奨学金は申し込まなかった。心のどこかで受からないなと思ったし、親の収入などの関係で、ほんの少しだけ規定より上回っていたから受かるわけもなかった。し、なんとなく大学に入れても、やめてしまうかもしれないなと思ったのもある。とにかく奨学金は取らなかった。だから親に学費を払ってもらうことになる。お金がかかるのは、百も承知だった。

でも、まさか合格おめでとう」よりも先に「お金がかかるなぁ」だなんて。なんだか悲しくなった。受けるのをやめた方が良かったのではないかと後悔した。

何より、ひたすら「お金がかかる」とい割れるのが嫌で、消えてしまいたくなった、なんのために頑張ったのだろうと、ひたすらに悩んだ。

大学に入るまで、そして入ってからお金がかかると言われた。言われ続けた。

大学に入ってしばらく経った頃、仕送り勝手に減らされた。1万円も減った。バイトをやりながらも結構ギリギリで頑張っていたのに、なんの前触れもなく減らされた。

なんで仕送り勝手に減らしたの?せめて減らすなら前もって言ってよと親に言った。そしたら、「元々この金額だったでしょう?」といわれた。頑張って節約しながらも生きていたのに、あたかも「余分にお金をねだっている」風にされたのがひどく苦痛だった。

その年の夏、節約しなきゃとおもい、電気代をとにかく節約した。外に出るようにしたり、電気をつけなかったり冷房をつけなかったりした。

その月の電気代は1,500円もしなかった。

純粋に、自分すごいとおもった。

こんなに節約頑張ったよ!と母親にいったら、「もっと節約できるでしょ」と言われた。

電気をつけず、テレビもつけず、パソコンもつけず、ご飯はまとめて炊いて冷蔵庫に保管して、一瞬だけ電子レンジでチンする。冷蔵庫も止めてしまうと食べ物が保管できないから。そんな最低限だったのに、もっとと言われた。

馬鹿らしくなった以上に、親から私は「ただただお金のかかるダメな長女」だったのだろう。お金がかからなければかからない方がいい。そんな認識だったのだろう。

こんなに頑張っても文句を言われることに、自分が生きている意味とはなんだと問いたくなった。

答えは出なかったから、ただただ消えたくなった。

どう生きていてもお金がかかると言われて、生きているのがしんどくなった。我慢するのがバカバカしくなった。

バイトはしていた。学校に慣れるまで、夏休み前後から始めたいといったら、それでは困ると言われて5月くらいから始めた。バイト先の先輩に厳しくされて、辛いと嘆いたら「みんなそんなもの」と取り合ってくれなかった。辛かった。

そういうことも含めて、たまにTwitter愚痴を呟いていた。愚痴をいうと今まで仲良くしてくれた人が、なんでも話せた人達が「自分の方が辛い」と言い始めた。自分の方が不幸合戦が始まって、私の「つらい」が軽くあしらわれた。次第に愚痴を言えなくなった。私だけ「辛い」が軽くあしらわれるのが辛かった。

頑張って大学に通った。頑張ってレポートを書いても単位が取れなくて、好んでとったパソコン系の授業を始め、授業に出ると頭痛が激しくなったり、気分が悪くなったりした。1年間くらいだったと思う。でも、お金をかけてもらっているから行かないといけないと、頑張った。

しばらく立って新学期になった。自分の妹が私立大学に入った。

母親は、私立入学するのを許したらしい。

どうして?という気持ちがすごかった。父親が許したのかという疑問もあったのだが、早々にほかの選択肢を諦めた私とは違って、妹は頑張って説得したんだなと思ったら、それは認めてあげるべきだと思った。合格たことは喜ばしいことだし入学も喜ばしいから、合格おめでとうと、素直に伝えた。

しばらくして、父親入学を許していないということが分かった。それで父親に「お前も加担したんだろう」と責められた。私は何も知らなかった。

なんで私が責められているんだろうと、つらくてつらくて。消えてしまいたいと思った。私から奪われた仕送り1万が、妹の入学金や学費になるんだなと思うと、なんとも言えない感情が湧き出てきた。

しばらくして両親が離婚すると言うことを伝えられた。どう思うと聞かれて、私が何か言ったところで何か変わるの?と答えた。冷たいなとも思ったが、私は私でそれどころじゃなかった。

学校に行けば嘔吐頭痛を繰り返して、正直もう限界だと思っていた。

しばらくして父親から伝えられた。

離婚とともに破産すると思う。妹の学費や母方の生活費は払えなくなるが、お前の学費生活費だけは出してやるからな」

素直に喜べという方が無理だ。体調不良等でまともに単位も取れなくなっていったのに、どうして喜べるのか。それが決め手になって、学校に行かなくなった。休学届けを出して、今はアルバイトだけやってる。

両親から連絡が来るだけで胃が痛む。学校に行けない自分社会に出てもやっていけるとは思えない。大学友達とは疎遠になっているとおもう。ただたまに道ですれ違って、名前を呼んでくれて、元気?と声をかけられると、いい人と友達になったなと思う。同時に、こんなダメ人間友達でごめんねとも。

高校までの友達は「そのまま社会に出てもやっていけるよ」という。でも、日本会社というのはおおよそブラックだと思っているし、そんな所に行ってしまったら自分は生きながら死んでしまうのだろうと思う。きっといまのオタク趣味もままならない。二次創作をする時間もなくなるだろう。そうやって仕事に謀殺されて、私は私でいられるのだろうか。

そこまで考えて、今までの人生の中で、私が私でいた瞬間とは何なんだろうと思った。

私とはいったい何なんだろうか。

私が生きている意味とは。

なんでこんなに必死になって生きているのか。

辛いという言葉は、私の方が辛いで潰されて、楽しいことなんか二次創作を始めとしたオタク趣味ばかりで、そのオタク趣味すらも、今じゃ疎外感を感じている。自由に慣れていたはずのSNSは、現実と同じように苦しいものになっている。

辛いと思うことも軽んじられ、ひたすら金がかかるといわれ、遊びに行くと贅沢だお母さん達は頑張ってあなた仕送りをしているのにという。

私はなんのために生きているのだろうか。

こんな生活、生きているというのだろうか。

ただ呼吸をして、心臓を動かして。ただそれだけ。

生きているのがただただしんどい。早く死んでしまいたいとすら思う。でも死ぬお金がかかる。親が困る。周りも困る。

ある日母親に言われた、「お父さんはあなたを生んだ時に『なんで生んだ』といったのよ」と。

母親はそれを私に伝えて、何がしたかったんだろう。

必死に育ててくれてありがとうと言って欲しかったのか。

ひたすらお金がかかると言われて育って、なぜ生んだと言われたと言われる。

「なんで私のことを産んだの?」とは言えなかった。「産まなくてよかったのに」とはもっと言えなかった。言ってやりたかったけど、それを言ったら家から追い出されると思ったから。

私は「そう」とだけ返したのを覚えている。いつ、こんなことを言われたのかなんて、細かい年は覚えていないけれど、そういうことを言われたということだけは鮮明に覚えている。

私は

どうすれば良かったんだろう。

何をすればもっと前向きになれたんだろう。

何をすれば「頑張ったね」と言ってもらえるようになるんだろう。

毎日生きているだけでも精一杯なのに、もっともっとと周りはいう。頑張ることが当たり前。

でも、私はまだ頑張ってないんだと思う。恵まれているのだ。奨学金を借りずとも大学に行けたのだから。好きなことをやれているのだから

世界一不幸だと思うな。世の中にはもっと不幸な人が、辛い人が沢山いる。

みんなそう言う。私のつらいという気持ちを無いものとして。みんなそういうのだ。

生きていることの何が楽しいのだろう。

生きるなんて、辛いだけじゃないか

早く誰か、私を殺してほしい。

金だけかかって、だれの期待にも応えられない私を早く殺してくれ。

生きているのがただただしんどいということすら認められない世界なんか、壊れてしまえばいいのに、世界はそれを許さない。それなら。私を早くこの世界から追い出してほしい。

早く私を殺して欲しい。早く殺して。早く。こんなに辛いのに、世界は生きれという。お前はまだマシだと。

何がマシなのかちっとも分からない。生きているのがしんどい

2018-01-17

好きな人が死んだ

好きな人が死んだ。たぶん、若かったんだと思う。

たぶんっていうのは、実は好きな人ってリアルの知り合いじゃないっていうか、知り合いですらないんですよね。

インターネットでその人を知って、ああ好きだな〜と思った人、こんなんで好きなんて言ったら好き過激派みたいな人に怒られんのかな。いいや。

で、とにかく、好きな人が死んだ。事故だったらしい。

好きな人が死んだのは一週間以上前のことで、それが公になったのは今日自分はそのことを知らないまま日々おもしろおかしく過ごしてた。ばっかみて〜。いやなんなら年末年始に友人に会ってその人関連のいろいろをしてた。その人もう死んでたのに。

ていうかそのことを知った今日、家に帰ってあ〜疲れたな〜って言いながら寝転がってツイッター開いたときからね。緊張感があまりにも欠如してない?

なんか、好きな人死ぬとかそういうの、もっと特別タイミングで知ると思ってた。

「なんだか嫌な予感がする…」みたいなモノローグが入ったり、靴紐が切れたり、そんな前触れフラグも当たり前のようになかった。

いや今日はただ知ったってだけだから前触れも何もなくて当然なんだけどさ。たぶん、その人が死んだ日にも何もなかったと思う。おぼえてないけど。

いや〜それで、そのことを知って自分が何を思ったかって、「マジか」ってだけなんだよね。うわっこの書き方すごい中二病を感じません?感情がなくて悲しい…的な

結局自分はその人に会ったこともないし、顔も本名も何も知らないわけでさあ。向こうに至っては自分存在すら知らないからね。いや何が言いたいかって、悲しむには情報必要じゃないかっていやこんなことを言いたいわけじゃないんだよ。

好きな人が死んだ。「マジか」って思った。

そんでさ、次に自分が何したかって、ツイッターでその人の名前検索してんの。

まあ出てくる出てくる、哀悼ツイート(笑)

死を悼むこと自体否定してるわけじゃあない。でもさ、ツイッターって自由じゃん。ツイッターのそういうところも好きなんだけど…Love……

んで、検索したんだよ。そしたらさ、「御冥福をお祈りします( ˘ω˘ )」とか「ほんとに悲しい(語彙力)」とか、そういうのがわんさか出てくるわけ。

かたっぱしかスパブロした。ツイッターユーザーへの悪意をあらわす公的方法スパブロしかないっていうところが平和的で好きだよ。

( ˘ω˘ )って何だ。眠たがってんじゃねえ。今どき流行らねえスラングを使ってる時点でナンセンスまりないし、眠たがってんじゃねえ。語彙がなくたって、誠意を見せろ。人の死、を、使って、「あらわす力はないけど精いっぱい人一倍悲しんでるアタシ」を演出するな。人の死を使うな。人の死を使うな!

もちろん眠たがってたり語彙がなかったりしてても、リアルでは泣きわめいたり絶望したり手首を切ったりしてる可能性はある。でも、そんなこと、知ったこっちゃない。

「はぁ……推し……尊い…………」と「ご冥福をお祈り致します( ˘ω˘ )」を並べるな。んでさ、その直後にまた推し尊いツイートに戻ってんの。CMか?人の命はCMか。

悔しくてさあ。いや自分だってこんな匿名ブログなんて書いてる時点で同族ではあるんだろうけど…。本当に悲しんでる人はツイートブログも書かないかもしれないけど。

何が言いたいのかわかんねえな〜。とりあえず哀悼ツイートでもしてくっか!嘘だよ。

実はブログなんて書くのは初めてで、うまい締め方がわかんない。内容が内容だし、哀悼の意を示して最後オリジナリティあふれる愛の言葉なんて書いたりしたらうまいんだろうな〜。

今日はその人のことを考えながら寝て、明日もその人のことを思い出します。

2017-12-26

ヅカオタから見たジャニオタの大変そうな所

細ーく、長ーく、ゆるーく、ヅカオタをやってる者だけど、昨今のニュースを見てジャニオタって大変そうだなと思ったことをつらつら書いていく。ジャニーズは全くの専門外なので、的外れなこともあるかもだけど大目に見てくれ。

結婚という試練

宝塚は未婚の女性構成される集団なので、贔屓(ジャニーズ界隈だと"推し"って言うのかな?)が結婚するという地獄を見ることがない。結婚する人は宝塚を退団しなければならない。これは絶対の掟だ。

しかし、AKBのように恋愛禁止といった規則はないので、お付き合いする自由はある。美しきタカラジェンヌたちに、彼氏がいたって何の不思議もないがバレることはほぼない。何せ、宝塚ニッチ世界から、人気のジャニーズタレントのようにパパラッチに追いかけ回されて「交際発覚!!!」なんていうスクープとは無縁だ。

目標が明確

宝塚世界観はすごくシンプルだ。タカラジェンヌトップスターという頂点を目指し、ファンはそれを応援する。目標が単純明確であるが故に、スターファン方向性が一致しやすい。AKBだと、総選挙の1位になるというのがこれに当たるのかな。

贔屓が三番手スターになり、二番手スターになり、だんだんと段階を経て、最後トップスターとしてでっかいでっかい羽根を背負った姿を見た日にはファンは感涙にむせぶ。分かりやすカタルシスである

ジャニーズにもそういった目標ってあるのだろうか?でっかいドームコンサートをするとか、ドラマ映画の主演とかになるのかなぁ。個人仕事が上手くいっても、グループ活動休止解散になってしまったら辛いだろうし、その辺のバランスが難しそう。

・終わりが明確

色々書いたけど、これが一番かな。宝塚にはご存じの通り(?)、「卒業」というシステムがある。ごく一部の例外を除き、全てのタカラジェンヌたちはいつか宝塚を旅立つ。贔屓の卒業という全てのヅカオタに訪れるXデー。全てはこの日のためにあったのだと言っていい、オタ活動の最高潮。夢に終わりが来るのは辛いが、終わりがあるからこそ熱狂できるというか。

そうした終わりがないジャニーズって大変だ。ずっと好きで居続けるってとても難しいことだ。

さて、ここまでジャニオタの大変そう(に見える)なことを書いてきたが、最後に、他の界隈のオタでは体験しないであろうヅカオタならではの地獄を挙げてみよう。

それは、ずばり「好きだった男役さんが娘役転向する」こと。

宝塚卒業された男役さんの女性姿に戻るのを受け入れられないっていうのはヅカオタの間では珍しくない話ではあるが、スターさんは卒業が決まると、たーーーっぷりと最後花道が用意され、ファンは精根(と金が)尽き果て成仏やす環境にはなっている。

しかし在団中に男役から娘役転向した場合、そうしたフォローが一切ないのが恐ろしい。何の前触れもなくある日、突然「○○○○は娘役転向いたしますので、お知らせいたします」などというニュース公式サイトにぶっこまれるのである。え、ちょっと待ってあれが○○さんの最後男役姿だったの!?なんて嘆いても時は既に遅し。次の公演から、あのカッコよかった男役さんは髪をのばしスカートを履き、男役さんをうっとりと見つめる娘役さんになるのである

まぁ、娘役への転向ってファンもそれ程ついていない下級生時代場合ほとんどで、男役として長年確立している人が娘役にっていうのはあんまりないんだが。でもそうなった時の衝撃ってすごい。応援してるアイドル性別が変わるってやばい(いや、宝塚は全員女性だけれども)。

2017-12-12

しろ恋愛ゲーム現実を混合させてほしい

ときメモやったんだけど、あれすごい。

相手がどんな男が好みなのか把握して、それに自分を合わせてく。

出かける時も相手がどんな音楽が好きなのかとかリサーチして誘って好感度上げてくと相手の態度が変わってくる。

うほほ、こりゃ落ちてるぞって感じになって、見事にくっつく。

完璧完璧じゃん。最高じゃん。

いきなり何の前触れも無く自分感情の赴くままに好きだー!って突っ込んできてお断りしたら逆ギレするアホより万倍マトモじゃん。

みんなときメモやればいいと思う。藤崎詩織ちゃんを落とそう!

2017-11-15

一月半ぶりのお返事。届いてくれれば嬉しい。

https://anond.hatelabo.jp/20170930153952

沢山の意見の中で直感的に

喫緊課題だなと感じたのがこのレスでした

  

  

見せ方の問題

経験に基づく技量限界もあるので、言ってもらったこと全てに応えるのは不可能だけど

見せゴマを描く時の指針にさせてもらってます

  

・第四話冒頭タイトル下の2コマ、強いコントラストの絵の中でまだ陰の場所に居るチカが光に向かって進みながら自分の古傷を振り返る→内面描写が始まる雰囲気を出す

・中盤チカの索敵シーン、パルス状の魔法ブーストする前触れに水面に映る波紋を描く→流れを整える

・足元の索敵を始めた直後に黒ベタの大ゴマを入れる→読者のスクロールの手を止めさせる

  

上記は特に意識的演出です

上手く行ってるかどうかはまた誰かの意見を聞かなきゃわからないけど

  

他のシーンでも見せ方考えなら演出しようと頑張ったけど、まだまだ自分自身でしっくりきていないところが多いです

これから勉強しながら経験積んでいきます

  

  

現行クエストが一段落付いたら加筆した高解像度版を有料配信する予定ですが

その際は1話2話を大きく変更するつもりです

それまでに売り物として通用するレベルまでスキルを高めるのが今の目標です

  

  

とても役立つ指摘ありがとうございました

応援よろしくおねがいいたしますm(_ _)m

2017-10-31

anond:20171030190105

私の祖父さんはバイクコケ側溝に落ちて、手の甲を擦りむいただけで生還したと思ったら数日後に体調不良を訴え検査入院、翌日に病院のベッドで何の前触れもなく安らかに息を引き取った。付き添いの祖母が花瓶の水を替えに行っている間の事だった。

そんな事を思い出した。

2017-10-30

誰も悪くないんだけど困る

昨日、洗濯機排水口が詰まって水が溢れ出してきたんです。やべーなんだこれっつって、バスタオル3枚洗濯している横で、バスタオル4枚投入してダムみたいなのを作って、ダムにたまった排水を5枚目のバスタオルで吸収して絞って吸収して絞ってというのを繰り返して、こんなこと流石に今回限りにせねばならんと思い、出かける予定を取りやめて業者を呼ぼうとした。

そしたら、改めて体感したんだけど、もうGoogle検索ってホント終わってる。リスティング広告からSEO対策から、もう上位の会社なんて集客費用めっちゃかけてるのわかるから使いたくなくなる。数年前に中小企業Web集客支援(黒歴史)とかやってたから、余計にそういうものに対する嫌悪感がすごい。オウンドメディアとかもあって、「業者に頼まないほうがいい」とか最初は書いてあるんだけど、最終的には業者に頼んだほうがいいということになっていくあのスタイル。うん、俺もそういうの量産させてた側だからよくわかる。あれも立派な企業努力だと思ってて、現状に適応して集客しようとしたら、広告出したりオウンドメディア作ったりを中小企業選択するのは合理性あると思ってる。

から、そういう人たちが悪いとは思わない。ただね、俺はね、納得できる金額で詰まりを直してくる業者を探してただけなんだよ。くっさいLP見せられたらさ、あぁこのくっさいLP作ろうとしてどっかの代理店にぼったくられてて、そのぼったくられた分を俺が払わないといけないんだ。実際に家に来るのは下請けで、安い単価で日曜日に駆り出されるんだ。そう思うよね。そう思うとね、もう頼みたくない気持ちしか出てこないんだよね。

からすげー困った。探せども、探せども、排水口よりくっさいLPだらけですげー困った。

もういいや、もう諦めた、このくっさいところに頼むわ。そう思って電話するじゃん?そしたら電話でるじゃん?第一声なんだと思う?いきなりね、何の前触れもなく、「トラブルですか?」って聞かれるの。お前さ、110番じゃねーんだから電話に出たらまず名乗れよ。さすがにうんざり洗濯機がある台所(1DK)は水浸しだし。泣いてしまおうかと思った。俺30歳すぎてんだよ?

10分位うなだれて、ちょっと落ち着いてからまた適当に探した会社電話したら対応よくて、2時間後くらいに来た人も対応よくて、まぁ洗濯機どかして排水掃除するだけで2万とられたけど、もう早くこの状況を抜け出したかたから、なんか2万でも安く感じたわ。

で、まぁ何が言いたいかというと、このGoogleの状況、誰も悪くないんだけどすごく困ってるよ、ということ。ググったら糞なこの状況、なんとかならんかマジで

追記

なんかすげー反応あってびっくり。ブコメ勉強になりすぎてもっとびっくり。俺が悪いというのはごもっとも。2万が高いというのは、相場はともかく、今目の前にいるお兄ちゃんは下請けなんだから、直接このお兄ちゃんを捕まえられてたら、元請け集客バリバリ会社中抜き分安くなるかもだし、このお兄ちゃんにもうちょっと払えたかもねと思っての話。今度困ったら管理会社電話しますまる

2017-10-19

自分状態がよくわからんから精神科心療内科にいってみようかと思ったけど

とりあえず一時期無駄に買い物しまくって押入れいっぱいになった部屋の片づけからやろうかなと思って、

予約の空きを調べてもらってる間に電話切った


自分状態は下記

世の中のがんばってるリーマンとしては割とふつう?なようにも思えるから

単なるわがままおこちゃまのようにも思えて、もやもやしてずっと低空飛行のメンタルを続けている感じ


ひたすら寝たい

貯金は数年引きこもれるくらいあるから仕事やめてひたすら寝たい

仕事やめたい

目の下のクマがひどい

朝方になって何度か起きてしま

仕事中に集中できない、頭がぼんやりしている、考えがまとまらない

土日もほとんど寝てる

やりたいことはあるけどやる気がでなくて寝転がってるうちに寝ちゃう

でもよるもねる

平日帰るのが22時とかすぎたりとか

こないだは定時退社日ちゃんとやれってお達しあったからひさしぶりに定時にかえってシャワーあびてごはん食べたけど、

結局早い時間に寝てしまって好きなことできなかった

好きなこともできないのに仕事でだけいろいろ言われて、集中量 かんがえまとまらないぼんやりしてるから仕事にも時間かかって退社がおそくなって

睡眠時間もへって・・・悪循環

とりあえず死にたい

カジュアル死にたい

安楽死調べたけど無理そうでめんどい

心療内科オランダだかの安楽死紹介してくれないかなとも思ったけどまあまず無理だよな

死にたいっつってもずっとズーンと気分が落ち込んでるわけじゃなくて、割とフラット気持ち死にたいと思ってる

会社の窓から飛び降りたら死ねるけどそしたら会社会社が入ってるビル迷惑かけるしなあと思う

でも割と今ほんとに未練ないから、安楽死できるとこあったら行きたい

苦しいのは嫌だから安楽死じゃなかったら死にたくはない程度の自制心がある

生きるために働きたくない

生きるために嫌な思いしないといけないならもう死にたい

通勤中にこっちの責任ゼロで車がつっこんできてくれたりしないかなと思ってる

夜は疲れてるから割とすぐ寝れる

1週間夏休みとって好きなように寝てたらクマは薄くなったからやっぱり睡眠とるのと仕事しないのが大事なんじゃないかちょっと思ってる


anond:20171019003910

これ書いたあとに気づいたけどここまでひどくないけど似てる部分もあるなあ

・‪夜10時ぐらいに寝ても休みの日に昼間まで寝てしま

→ある

・疲れているのに寝つきが変に悪い、安眠グッズ、リラクゼーション効果が出ない

→グッズとか試してない。ねつきはいいけど睡眠の質が悪い

・夜中何度も目覚める

→朝方に起きるから違う

・好きなことなのにだるくて時間が割けない

→あてはまる

・好きな事なのにやる気が出ない

→あてはまる

・日々の行動の中で生産行動を全くしなくなった(クリエイト系の趣味があると分かりやすい)

→あてはまる

栄養はとっているのに日中ふらふらする

→あてはまる

・ふとした時に意味もなく、または前触れもなく何か辛い記憶が蘇ってきて突然涙が出る

→ない

・食欲が過剰に増えたり減ったりする

→ない 常にフラット

・他意のない言葉自分を傷つける意図を感じとり過剰に反応する

→感じ取るけど反応まではしない‬

仕事が始まる前から失敗や小言、嫌味を想像してひどく憂鬱になる

→ある

俺の経験から伝えたい

・‪夜10時ぐらいに寝ても休みの日に昼間まで寝てしま

・疲れているのに寝つきが変に悪い、安眠グッズ、リラクゼーション効果が出ない

・夜中何度も目覚める

・好きなことなのにだるくて時間が割けない

・好きな事なのにやる気が出ない

・日々の行動の中で生産行動を全くしなくなった(クリエイト系の趣味があると分かりやすい)

栄養はとっているのに日中ふらふらする

・ふとした時に意味もなく、または前触れもなく何か辛い記憶が蘇ってきて突然涙が出る

・食欲が過剰に増えたり減ったりする

・他意のない言葉自分を傷つける意図を感じとり過剰に反応する‬

仕事が始まる前から失敗や小言、嫌味を想像してひどく憂鬱になる

‪こんな感じになったら一度医者相談を‬してほしい。

一つでも思い当たれば、それは防御行動かもしれない。

やばいと思ったら、その原因から、気力がまだあるうちに、意思が残っているうちに、逃げてほしい。縁を切ってほしい。全力で。

悪いのはあなたではない。元気だったあなたをそんなにした会社だ。人だ。

パワハラが横行する会社に勤めてしまい、半年頑張ったが自律神経失調症発症し、療養中の俺との約束だ。

現在徐々に、事情を話しても受け入れてくれた別の所でパートタイムから働き始めているが、パワハラが全くなく、風通しが良く、スタッフ間に適度な距離感があるそこでは、以前の職場で俺がおこしまくっていた過剰なケアレスミスは全く起こらない。むしろ仕事が丁寧でよく周りも見てサポートできていると評価されている。

前の職場とは、真逆のことを言われている。結局、俺の行動が何か気に入らなかったから難癖つけていただけなんだと思えた。

学生諸君には、インターン見学に行った、アルバイトをそこでしてみたぐらいでは結局その職場環境はわからないとアドバイスしておく。

勤めはじめてから標的にされることもある。そんなの勤めなければわからない。

就職したところがやばいと感じたら、どんな手を使ってでもいい、逃げてくれ。

そして、やばいと見抜いた、その瞬間まで頑張ったあなた評価してくれるとこに勤めればいい。

日本で合う職場が見つからなければ、海外でも行けばいい。

大丈夫世界は広い。

死ぬ必要も病む必要もない。責任感のある真面目で心根のいい奴ほど病むからな。

2017-10-14

アメリカユネスコを脱退した意味

日本人アメリカユネスコを脱退した意味がわかんないのかぁ…

アメリカユネスコ脱退は今回が初めてではありません!

前回は湾岸戦争イラク戦争アフガニスタンと立て続けに戦争し、落ち着いたら再加盟。

ユネスコ加盟国戦争すると角が立つから加盟していないとき戦争する。

https://twitter.com/mame_musashi/status/918498936939208704

そうなんだ、戦争を始める前触れなんだ。

12月初めに戦争を始めると、クリスマス休戦頃には決着がつくのか?

平昌オリンピックは難しいな。

2017-10-13

とても大切に想っていた、異性の友人との友達関係が突然終わってしまった。

ある日突然、前触れもなく終わってしまった。

自分がなにかしてしまったのか、それとも積み重ねてしまったのか、

理由すら教えてくれなかった。

後悔することも、謝ることもできない。

とても大切に想っていたのに、その程度の関係だったのだろうか。

虚しさだけが、今も残っている。

2017-10-03

anond:20171003223710

ジュニアはなー

けっこうあっさり辞めていくんだよなー

人気がそこそこあったりしても、あっさり退所してるんだよね、何の前触れもなかったりしてさ

自分推し彼女SNSラブラブ写真のせまくりやがって、退所したよ

つらいよなー元気だせー

2017-09-15

好きな人に会えなくなるよりつらいこと

10年間、片思いをいたしました。

同じ職場の、違う部署女性でした。

もともとは同じ部署で、そもそも彼女採用したのだってわたしでした。

ある日採用面接のために会議室の扉を開けると、目の前の机に自分の頭の中にしかいないはずの女性が座っていました。

黒くまっすぐに長い髪を後ろで一つに結き、片目を隠すかのように伸びる前髪の隙間から、光のすべてを吸い込んでしまいそうな黒い瞳こちらを見つめていました。

肌は血管が浮き出てしまいそうな程に白く、口紅を付けているかからない程に薄い朱色の口元が淡く浮かび上がるように小さく微笑んでいました。

そのすべてが自分理想通りでした。

彼女をひと目見た瞬間に、「どくん」と大きく心臓が一度だけ鼓動したのがわかりました。

彼女に聞かれてもおかしくないくらい、今まで経験したことのないような大きな鼓動でした。

今にも羽ばたいて飛び立ってしまいそうな彼女の唇が相変わらず微笑んでいるのを見る限り、それは杞憂だとわかりました。

仕事に私情を持ち込む訳にはいきません。むしろ厳しく審査をしなくては、公私の区別曖昧ものになってしまます

そう言い聞かせるように一つ一つ慎重に質問を投げかけるも、彼女の返答は完璧でした。

それどころか、少しでもこちらに伝わるようにと身振り手振りを加えながら一生懸命に答えようとしていました。

その度に、骨にしっかりと吸い付くような艶めいた細く長い指先が優雅に舞い、すらりと伸びた首筋が彼女言葉に応じてまるで一つの生き物のように脈打つ様子に見とれてしまわないようにすることで精一杯でした。

ついに断る理由を見つけることは出来ませんでした。

採用後も、彼女は期待以上の働きをしてくれました。

わたしが言わんとする事を何歩も先を見通していながら、歩調を合わせるように耳を傾けては相槌を返してくれました。

立場も年齢もわたしのほうがずっと上なのに、彼女と話をしているとどこか優しく包まれるような心地よさがありました。

わたしはそれ以上を望みたいとは思いませんでした。

こうして突然理想の人が表れて、毎日をその人と一緒に過ごせるだけで身に余るほどの幸せだったのです。

業績も順調に伸び、気がつけば彼女はこの課では欠かせない存在になっていきました。

わたしはこの気持を他の誰にも気づかれないように慎重に生活をしていました。

誰かのつまらない茶化しなんかでこの幸せを失いたくはなかったからです。

しかし、いつしか自分の中にも欲が芽生え始めてきたことがわかりました。

彼女を独り占めしたい。彼女もっと深い仲になりたいと思う気持ちが芽生え始めたのです。

彼女わたしのことをどう思っているのかが気になったことがないといえば嘘になります

でも、それを聞いてしまうと今のこの奇跡のような時間を一瞬にして失ってしまいそうな気がしてできませんでした。

このままでは仕事もろくに手につかなくなってしまう。次第にそれは焦りへと変わっていきました。

その頃、会社新規部署立ち上げの話が舞い込んできました。

わたしは迷わずそれに挙手をしました。

距離が何かを解決してくれるかもしれない。それが逃げだとわかっていながら、わたしは別の部署へと移ることになりました。

そうは言ってもやり取りが全くなくなってしまうわけではありません。

週に何回か、部署を跨いでは仕事の依頼を持っていきました。彼女ほど、わたし要望理解してくれる人が他にはいませんでした。

でも、距離は何も解決してくれませんでした。

かえって距離が離れてしまったことで、見えない時間の分だけ焦りと不安は増えていきました。

その頃、わたしは心の底から彼女に飢えていることがわかりました。

でも、その気持が強くなればなるほど、この関係が壊れてしまうことを恐れました。

そうしてわたしは、再び逃避という選択肢を選びました。

ついに部署をまたいで仕事をもっていくことをやめました。

通路ですれ違っても、わたしは敢えて目をそらし、会釈も程々に立ち去るようにしました。

それを彼女がどう思っているかはわかりません。

そうしているうちに、彼女が退社するという知らせが届いたからです。

その日が訪れることは、彼女入社した日から覚悟していました。だから悲しいとは感じませんでした。

しろ、この苦しみから解放される安堵感のほうが強かったかもしれません。

会えなくなれば、いつかは忘れることができるだろう。

それは、彼女に思いを伝えて拒絶されてしまうかもしれない恐怖よりもずっとましなことのように思えました。

ひとしきり泣いたあとは、あとは忘れるのを待つだけの日々を過ごせばよいのです。

会えなくなることの辛さを思い出しては泣いて、忘れるまで我慢するだけで良いはずだったのです。

しかし、そんな生活を3ヶ月ほど過ごしていた頃です。何の前触れもなく思いもよらない知らせが届きました。

照れたようなバツが悪いような様子で話があると近づいてきのたのは、同じ会社役員でもある年下の従兄弟でした。

結婚が決まった。ところが相手わたしのよく知る人間なのだといいます

それだけで、全てを察するには十分な情報でした。

彼女退職した後、密かに思いを寄せていた彼は思い切って思いの丈を打ち明けたらしいのです。

大げさな驚きとともにまるで我が事のように喜びながらお祝いの言葉自然と口にする自分を、頭蓋骨の中にいる小さな別の自分が眺めているような、現実自分の間にある分厚い空白を感じていました。

もう一度彼女に会えるかもしれないことに喜びはなく、他人に取られてしまったことにも、彼女幸せになっていくことに自分関係していないことも、特別に何かを感じることはありませんでした。

しかし、心の底にいいようのない不安が確かに蠢いていることがわかりました。

だってわたしは、もう二度と彼女を忘れることができなくなってしまったのですから

彼女妊娠をして、子供が生まれて、子供たちとどのように過ごしていくのかを、聞きたくなくても耳に入ってくることでしょう。

いい話ばかりではなく、うまくいかない話だって聞こえてくるかもしれません。

それに、もしかしたら彼女が体を壊し、さらには命を落としただなんて知らせすら聞こえてくるかもしれないのです。

そう思うだけで、胸は強く締め付けられたかのように苦しくなりました。

あのまま彼女と二度と会うことがなければこんな苦しい思いをしなくて済んだはずだったのに。

これからわたしが辿る人生は、重い砂の中を進むことも戻ることも出来ずにただひたすら歩き続け無くてはならない蟻地獄のような人生に違いありません。

逃げることも触れることも許されずに、流れ落ちていく砂の中心で、彼女の薄い朱色をした唇だけが淡く微笑んでいるのです。

2017-09-03

うんこのようなものをもらした

うんことは何か。Wikipediaで「うんこ」を調べると「糞」にリダイレクトされる。Wikipediaでは「糞」の説明

糞(くそ、ふん、くそは「屎」とも表記)とは、動物の消化管から排泄される固体状の排泄物屎尿)。糞便(ふんべん)、大便(だいべん)、俗にうんこ、うんち、ばばや、大便から転じ大などとも呼ばれる。しかし、硬さや大きさ、成分などの違いで呼び名を使い分けている訳ではない

とされている。

Wikipediaの項目「糞」に記載説明に従えば、以下の要件を全て満たすものうんこであると考えられる。

  1. 動物から排泄された
  2. 消化管から排泄された
  3. 固体である

一応、他の資料にも当たってみた。三省堂大辞林には「大便」について以下のように説明されていた。なお、三省堂大辞林検索結果は、Weblio経由で得られたものである

人間肛門から排泄する食物のかす。くそ。糞(ふん)。便。うんこ

ここで、「食物」は、三省堂大辞林には「食べ物」と説明されていた。「食べ物」は、同辞典には「①食べるもの食用品。しょくもつ。食いもの。②(飲み物に対して)かんで食べる物」と説明されていた。すなわち同辞典では、食べ物(=食物)は飲み物と対比されるものとされていた。してみれば、同辞典における大便の説明で「飲食物」ではなく「食物」とわざわざ記載されているのは、大便という概念を、固体である食べ物に由来するもの限定する意図があると推定された。

従って、三省堂大辞林の項目「大便」に記載説明に従えば、以下の要件を全て満たすものうんこであると考えられる。

  1. 人間から排泄された
  2. 肛門から排泄された
  3. 固体である食物のかすである

両者の間には、若干の表現差異がある。三省堂大辞林は、主体的要件を、「動物」より狭い概念である人間」に限定している。また、三省堂大辞林は、経路要件を「消化管」ではなく、消化管の末端である肛門」に限定している(消化管から排泄されながら肛門を経由しないという状況が想定できないので、実質的に経路要件は同一であるとも言えるが)。さら三省堂大辞林は、客体的要件を「固体」より狭い概念である「食物のかす」に限定している。もし、「食物」が「飲み物」も含む概念であると解されるならば、「食物のかす」は「液体」を含む広い概念であることになるが、上述のように三省堂大辞林は「食物」に「飲み物」を含めていない。

しかしいずれの説明採用するにしろ、「うんこ」が固体であるということには疑いがないと考えられる。

ここで、人間という動物である私は昨晩、消化管の終端である肛門から液体を漏らした。

私は、昨日の夕方から下痢気味だった。夕方から21時頃にかけて、私は3回くらいトイレで排泄行為をしたのだが、その結果、液体の中に食物のかすが混じったもの便器にあった。これら3回の排泄行為の結果、私の便意は収まった。そして23時頃、私は自宅最寄り駅にたどり着き、自転車に乗り換え、自宅に向けて自転車を漕いでいた。踏切に引っかかったので、私は両足を地に着け、腰を上げた。その瞬間、おならではない何かが肛門を通り抜ける感触を私は感じた。

おそらく、腰を上げる際に下腹部に僅かに力を入れたことが、この通り抜け現象の引き金になったのだと思われた。しかし、前触れは何もなかった。その時、私は何ら便意を催していなかった。なので、私は肛門に突然生じた感触驚愕した。「うんこだ!」 私の頭は、突然ひらめいたうんこという単語で満たされた。

反射的に、私は括約筋を閉ざした。肛門付近の状況は全くわからなかった。肛門で感じられた漏出量は僅かだったので、大惨事には至っていないだろう。しかしある程度の被害パンツに生じていることは疑いないように思われた。幸い、周囲は暗いので、万が一うんこ衣服の外部に染みていても、通行人うんこ漏れたことが露見することは無いだろう。私は自転車サドルに腰を下ろすことなく家に急いだ。

帰宅後、私はすぐにトイレに駆け込んだ。肛門からは、液体の中に食物のかすが混じったものが出た。それから私はパンツを確かめた。すると、奇妙なことに、紫色の私のパンツには一見異常が認められなかった。どういうことだ? あの感触は、おならにはない独特の存在感があったのだ。無いわけがない。私は目を凝らした。すると、パンツの、丁度肛門と接触するあたりに、濡れた箇所があるのを私は発見した。食物のかすは付着していなかった。布地の色のせいで、パンツを濡らした液体の色はわからなかったが、かなり透明度が高いように見受けられた。

ここで、私が濡らしたものが上述のうんこの3要件を満たすか否か検討すると、以下の通りとなる。

  1. 主体的要件について
  2. 経路要件について
  3. 客体的要件について
    • 私が漏らしたもの実質的に透明の液体であり、食物のかす等の固体はここに一切含まれなかった。従って、客体的要件は満たされない。

してみれば、私が漏らしたものうんこ3要件を全て満たすものではないのでうんこではない。私はうんこを漏らしていなかった!

ただし、ここで別の問題があるように思われた。私は何を漏らしたのだろうか。

肛門から漏れる気体はおならと称される。肛門から漏れる固体はうんこと称される。しかし、上述の検討から導かれたように、「うんこ」は液体を含まない概念である肛門から漏れる液体はうんこではないとわかったが、これの名前が私にはわからなかった。慣例的には、私が漏らしたものは水様便、又は下痢便と呼ばれるものなのであろう。しかし、「水様便」及び「下痢便」のいずれの表現からも、私は、液体の中に食物のかすが混じったものを想起する。液体のみからなるものを「水様便」又は「下痢便」と称することは、厳密には誤りではないか

ここで、私はWikipediaで「下痢」を検索した。ここには、以下に引用する記載があった。

下痢(げり、英: diarrhea)は、健康時の便と比較して、非常に緩いゲル(粥)状・若しくは液体状の便が出る状態である。主に消化機能の異常により、人間を含む動物が患う症状であり、その際の便は軟便(なんべん)、泥状便(でいじょうべん)、水様便(すいようべん)ともいう。

Wikipediaは「液体状の便」について言及しているが、「液体*状*」という表現は、完全な液体ではないことを示唆している。上述のように、三省堂大辞林及びWikipediaのいずれにおいても「便」は「固体」である。「液体状の固体」は、液体に近いが液体になりきっていない固体であると考えられる。Wikipediaは「液体状の便」が「軟便」「泥状便」「水様便」である説明しているが、してみれば、液体のみからなる私の排泄物は、「軟便」「泥状便」「水様便」のいずれにも当たらないように思われる。

しかし、Wikipedia下痢」には、さらに以下の説明があった。

東洋医学では泄瀉(泄は大便が希薄で、出たり止まったりすること。瀉は水が注ぐように一直線に下る)とも呼ばれる。

「瀉」は、水が注ぐように一直線に下るものであるとされる。私の排泄物は、これに近いように思われる。私は瀉を漏らしたのか。

ここで私は「泄瀉」についてWebで調べてみたが、あまり情報がなかった。一番詳しいように見える、群馬漢方薬局の方がやっておられるBlog(https://ameblo.jp/hideo3355/entry-12163635334.html)には、以下のように説明されていた。

泄瀉(せっしゃ):「泄」とは排便時に希薄な大便が緩やかに排出される症状を指し、「瀉」とは排便時に清稀な大便が水のようにまっすぐ流れ注ぐもの。両者をあわせて泄瀉と呼ぶ。

「瀉」は、「清稀な大便が水のようにまっすぐ流れ注ぐものであるとされる。「清稀」は日本語ではないようだが、Google翻訳中国語日本語翻訳にかけると「クリア」と翻訳された。「瀉」はクリアな大便。私は「クリアな大便」という表現からはどんな物体も想起することができなかった。ここから先は、漢方医学の専門書などにあたらなければ正確なことはわからないように思われたが、疲れた私は「私はうんこをもらさなかった」という確信と「私は何を漏らしたのかわからない」という不安を抱えたままシャワーを浴びて寝た。

2017-08-18

腹痛ってさ、緩急つけてやってくるよね

それも、プロ野球ピッチャーみたいに。

鳥肌が出るときは、大概ヤバい

これは、私の経験則なので、中には当てはまらない人もいると思う。

鳥肌が出るときは、おおよその場合、アレである

加えて、吐き気もないようであれば、もうほぼアレである

下痢だ。

何が原因なのかは知らないが、厄介なことに、前触れもなく突然やってくる。

突如として始まる腹痛

あの痛みって、なんなのだろう。

ひょっとしたら、そんなものを通り越して、いきなり肛門ダイレクトアタックの人もいるかもしれないが。

あの痛みは、例えるなら、腹を開かれて、腸をぎゅっとつかまれたような、そんなような痛みだ。

私の場合は、痛い→落ち着く→痛い→落ち着く→……のサイクルが、おおよそ5分程の周期で延々と続く。

最初我慢できる程度だが、徐々に痛みが強くなる。

そうして、最終的に、あいつが来る。

便意だ。

あああああああああ(ry

ダッシュでトイレに駆け込み、無事に出したら、「はぁ~サッパリサッパリー」。

と、素直に出せれば良いけど、私のお腹はそんなに素直じゃない。

だいたい、格闘することになる。

私の場合、「コイツが出るまで腹痛やめないぜー!」みたいなヤツが出るまでおさまらない。

私はこれを、便宜上「核便」とよんでいる。

この核便、出るまでになかなか時間がかかる。

今日も30分くらい格闘した。

こいつが出るまで、私の腹痛は続く。

加えて私は慢性的に痔なので、便が肛門を通過するたびに痛みが伴う。

腹痛と痔の痛みでダブルパンチを食らう。

さすがに大声を出すわけにもいかないので、頭のなかで大声を上げる。ああああああああああ(ry

苦痛から解放

こうして無事に核便を出し終えたら、ようやく私は苦痛から解放される。

そんな、すっかり解放された気持ちで、これを書いている。

2017-07-23

なんだか無性に死にたくなった

なんだか無性に死にたくなった。

理由はもろもろだが、なにか一つ大打撃になるようなものはなかった。

私にはいつも何事にも「生きるか・死ぬか」の選択肢が付いてくる。

立ち行かなくなったらいつでも死ねばいいと思っている。

まり、常に死が付きまとっている状態だ。

でも死にたいと思っている訳ではない。

そこに選択肢として存在しているだけ。

いつもはおとなしくしてくれている自殺願望がふわっとなんの前触れもなく暴発することがある。

それは、「辛いことがあって死にたい」ということではなく、「これ以上生きているメリットを感じない」と感じたときだ。

誰かに怒りを感じるでもなく、自分を責めるでもなく、今までのパッとしない道のりを振り返り、それでももしかしたら、まだ見ぬ成功体験があったかもしれない人生を思って、流れの速い雲を眺めながら泣いた。

ベランダから地上を見て、終わりをイメージした。

ボーッと、休日出勤でも深夜まで働いているであろう人たちが放つ光の夜景を眺めた。

いけないことなんか無かった。全てに理由があって、こうならざるを得なかった。

あるいはその当時の自分判断能力が鈍かったり、逃げ出してしまったり。

物事は悪い方向に転んでから初めて議論に上がる。

悪く転がらないよう尽力してことなきを得た物事日常としてすり抜けていく。

そうやって、私の死もすり抜けていくのだろう。

そんなことを思いながら、なんとなく歯を磨いた。

コーヒーを飲んだ。

明日から先の未来への意味は全く感じない。

でも死ぬ気は失せた。

2017-07-08

けものフレンズ面白さの本質

けものフレンズ』の面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観から抜け出しているところにある。

少し補足すると「抜け出している」という意味は、ある価値観に反発したり、故意に避けたり、過剰に抑圧したりすることではない。一例を挙げると「あんなクズな父親のような人間には絶対にならない!」と考えることはすでに父親の重力に捉えられている、ということだ。

もうひとつの「ガイナックス的なアニメ価値観」は少し複雑だ。細部へのフェティッシュなこだわり、現場いぶし銀技術者ひとつの生物のように有機的に躍動する集団、学校文化と官僚システム/軍組織への熱い礼賛、マスメディアやと民主主義への蔑視……古い世代のアニメオタクの王道ど真ん中の価値観。この価値観の根底には「責任のとらなさ」がある。これについては後述したい。



私自身、『けものフレンズ』は話題になっているのをtwitterで見て、5話くらいから興味を持った後追い組のひとりだ。徐々にハマり、最後にはとても感動した。けれども、しばらくたってもその面白さをまったく言葉にできないことに気づいた。まるで「解」だけが前触れなく控えめに差し出されたようだった。この困惑について、福原慶匡プロデューサーインタビューで語っている。


「皆さんも、なぜ魅力を感じるのか、はっきりとは言語化できてないと思うんです。食べ物でも、なぜかクセになっちゃうみたいなものってあるじゃないですか(中略)というのも、僕が5年前にその感覚を経験しているんですよね(笑)http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20170327/E1490547358865.html

放送終了後、ネット上でいくつか探してみたが「大ヒットの理由」や「エヴァとの共通点」などIQの下がる批評しか見当たらなかった。その清新さや核心について書かれているものは無かった。自分で分析してみてもやはりわからない。一見すると『けものフレンズ』は、パワプロで喩えるなら「オールBでよくわからない特殊能力がたくさん付いている外野手」だ。ツッコミどころがあるようで、よくよく見ていくと隙がない。(あくまでも「一見すると」であり、構成についてはほんとに素晴らしい。監督自身は「怪我の功名」と謙遜するアライさんパートは発明と言っていいぐらいだ)

たつき監督の過去作を見ていくと、クオリティをまんべんなく上げた作品を作るというスタイルは昔から共通しているようだ。『けものフレンズ』では登場キャラクターの紹介とストーリー展開を均等に進め、両者が高いレベルで一体になることを目指したという。インタビュー記事最終話放送直前! アニメを作るのが得意なフレンズたつき監督に『けものフレンズ』の“すごーい!”ところを聞いてみた!!」(以下、「最終話直前インタビュー」)ではこう話している。

「「キャラ先論」「話先論」があると思うんです。そこをまったく同じパーセンテージか、行き来をすごく増やして、キャラ優先なのか、お話優先なのか、わからないレベルでその2つが有機接合できるといいなと考えていました」http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12855680/

ところで、仕事でも3Dアニメを作り、休みの日も3Dアニメを作っているというたつき監督だが自主制作アニメ『眼鏡』発表後の2010年に行われたインタビューでは興味深いことを語っている。ここに一部抜粋したい。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りましたhttp://ascii.jp/elem/000/000/532/532388/index-3.html

本人の発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、そう質問せざるを得ないなにかを質問者も感じたのだろう。確かに『けものフレンズ』は熱心なアニオタが作ったアニメという感じはしない。1話の出会いシーンと休憩のシーンが例外に思えるほど性を表現すること行わない。その他ではペンギンの脚やカワウソのケツぐらいだ。もちろん全年齢向けというコンセプトもあるだろうし、動物と人間という認識の違いに厳密に取り組んでいることもある。だが、繰り返し見てもそこに「ほんとはエロくしたいけど抑えよう」や、「萌えを感じさせよう」などという作為が感じられない。肩の力が抜けているというか、監督の視線が別のところを見ているような奇妙な感覚があるのだ。

話題にもなったペンギンの脚については「最終話直前インタビュー」で、こだわったポイントは肉づきであり、それは未だ言語化できていないパラメーターと語っている。やはり焦点が別のところに当てられているようだ。このたつき監督独特の感覚について、チームの中では「ガラパゴス的」「ほどよく鎖国している」「天然」(「最終話直前インタビュー」)と表現されている。

たつき監督の制作に対するスタイルがかすかに見えてきたが、根本的なところ、なぜ面白いのか、なにが新しいのか、どこが違うのかが一向にわからない。繰り返し観ても「サーバルちゃんかわいい」「言われるも!」以外にこの作品を語る言葉は見つからなかった。

そんな時『シン・ゴジラ』についてのツイートたまたま視界に入ってきた。ああ、あの作品は私にとって全然ダメだったな、なぜってあれはオタクのウェーイだったから。だから受け入れられなかった……だからけものフレンズ』は良かったのか。本来なら過去や同時期に放送された作品に触れ、その違いを論じることで導き出すのが正統な論証だろう。だがここでは『シン・ゴジラ』を補助線に引くことでショトカしたい。

シン・ゴジラ』はあの庵野秀明監督による作品だ。詳細は割愛しよう。宮台真司の批判とか概ね同意だ。私がアレルギー反応のような拒否反応をおこしてしまったのは別の部分になる。同作でも、指揮命令系統のフェティッシュともいえる再現、圧縮された膨大な情報量、巨大な生物のようにフル回転する官僚機構がたっぷりと描かれる。ああ庵野秀明だ、ああガイナックスだと感じた人も多いだろう。ただ、結構な面積が焼き払われ、放射能に汚染され、東京の中心で彫像のように固まったゴジラが実写として映し出されるとシニカルな感想も浮かぶ。「想定外の天災」とはいえ主要な登場人物はなんの責任も取らないだろうな、“庵野秀明から”。

ガイナックス庵野秀明に代表される彼らが、凝縮し、エッセンスを取り出し、世に提示してきた価値観。古い世代のオタクの王道ど真ん中の価値観。そこには、新兵器があるなら使おう、ボタンがあるなら押そう、ロケットがあるなら飛ばそう、人類補完計画があるなら発動させよう……後は野となれ山となれだ、という姿勢がその根本にある。責任の取らなさ。それが露出してしまうと、フェティッシュに埋め尽くされた119分はオタクが「ウェーイ!」とはしゃいでいるようにしか見えなくなる。

新しい爆弾が作れるなら作りたい、作ったなら使ってみたい。そういう欲望はギーク価値観として近代には普遍的にあるものだろう。それは責任とセットになっていなければ極めて危うい。『ジュラシックパーク』(1作目)に出てくるでぶが度し難いように。『シン・ゴジラ』の官僚たちは誰一人弾劾されず、断罪されずスムーズに復興へ移っていくだろう。彼らの合理性なら、半減期が2週間なら翌月から暮らすことができるだろう。三権が一体化した効率の良い行政システムを築くだろう。責任を切り捨てたからこそ、フェティッシュの興奮に耽溺できたのだ。棄てられた責任野ざらしにされ担う者はいない。

2000年代2010年代アニメにおいてもガイナックス的な価値観は揺るいでいない。おそらくこんな声が聞こえるだろう。「『ハルヒ』は?『らき☆すた』は?『けいおん』は?『まどマギ』は?『化物語』は?日常系を無視するなとんでもない!“大きな物語”をまだ求めるのか?!」このあたりはもっとその分野に詳しい人の評論を待ちたいと思う。私の見立てでは、それらは(主に女性の)キャラクターについてのフェティッシュを深めたにすぎず、逸脱はしていない。フェティッシュに注力すればするほど与えられた価値観の中での反復行為となり、自らをその価値観の内部に限定させるという結果を生む。そして、目を背けた価値観のもの形骸化しながらもしっかりと保存され、視聴者を貴族的な愉しみという隘路に導く。

もし汲々とした再生産のサイクルの中にどっぷり浸かった人なら、そこから抜け出すには並々ならぬ苦闘と意志が必要だ。たつき監督にはそうした努力は必要なかっただろう。『けものフレンズ』は最初から“できている”。

これは自由の味だ。

ジャパリパークではフレンズたちは当たり前のように責任を持ち、細部へのこだわりは新しい領域に向けられているがそれ自体に耽溺していない。古い価値観を超えるものを作ろうとして頑張った結果やっとできた、ということではなく、初めからそうした問題意識のものが存在していないかのように新しい価値観を持っている。それほどあまりに自然に表現された作品として我々の前に現れた。

可能にしたのは主に3つの要素からなる。「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」。この3つは密接に関係している。「手書きには温もりがある」という言説は否定できないが、大勢が1枚1枚セルに色を塗るという時代ではなく、1人である程度は全部作れる3DCGという環境がたつき監督にとって不可欠なものだったことは想像難くない(実際はirodori時代から分業していたことはブログからも伺えるが、作業量や機材を比較して)。Wikipedia情報によると、彼はサンライズ作品のCGを担当することで商業的なキャリアスタートさせ、以降手がけた仕事は一貫してCG関係だ。これがもし手書きスタッフとしての参加なら、今の形の『けものフレンズ』は存在しなかったし、たつき監督もおそらく従来の価値観に染まっていただろう。

3DCG上で現在主流の2Dの表現をそのまま再現することは難しい。「不気味の谷現象」ではないが、3DCGから2Dアニメに寄せようとすれば違和感が増え、それを克服するためには新しいアプローチ必要になる。たつき監督はレイアウト(構図というよりも画角)の段階からキャラクターの正面を巧みに演出し、同時に正面ばかりで飽きさせないように一話一話を構成することでこの問題に挑んでいる。技術的な分野における刷新、さらに強く言えば断絶。これにより従来のアニメ表現から自然と距離をとることができたことは『けものフレンズ』にとって幸運なことだった。

次にバランス感覚が挙げられる。たつき監督のスタイルにも作品の全てをコントロールしたいという欲望が見える。映像作家としてこうした欲望は一般的ものだ。ただ、「監督、コンテ、演出、シリーズ構成脚本たつき」と商業アニメで網羅しているのは尋常ではない脚本についてはWikipediaの項目を参考にした)。福原Pは、その秘訣はレイアウトからビデオコンテ、セリフ、声の仮当て、声優への細かな演技指導、修正、差し替え、調整という全ての作業をやりつつも「作業のカロリー計算ができる」ことだと語っている。

「そこらへんはプレスコで作ってきた『てさぐれ!部活もの』の経験が活きていると思いますたつき君はその場のグルーヴ感で「これはやったほうがいい」と思ったら作業しちゃうんです。その後のカロリー計算も、しっかりできる人」

http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1488452395

「北風がバイキングを作った」ではないが、繁忙期は1ヵ月ほぼ泊まり込みだったという『てさぐれ!』における過酷な進行がたつき監督を鍛え上げたことは間違いない。余談だが、ファンによるスタッフロールの解析やたつき監督のTwitterでの発言から、『てさぐれ!』2期からirodoriメンバー関西から呼び寄せたようだ。一部で話題になった出来事もこのあたりに遠因があるのかもしれない。閑話休題

福原Pの言うカロリー計算とは、「作業量」と「かかる時間」と「納期まで時間」を正しく見積もることができるという意味だ。結果、各話を見ても全体を通して見てもまったく破綻していないばかりか、各話のバランス、全体のバランスがとても良い。ほとんどの工程にアクセスし、手を入れ、なおかつどこか一場面に片寄っていないということは特筆すべき能力だ。このバランス感覚ミクロの視点とマクロの視点、ミクロの作業とマクロの作業の両セットを備えていないと成り立たないものだろう。シナリオ含め、一貫してたつき監督の思想が反映された『けものフレンズ』。そこでは、「美少女の細部にひたすら耽溺したい」というような偏ったフレームは分解され、ごく抑制の効いたボリューム/表現としてバランスが整った形で配置されることになる。

最後は、アニメばかりを見ていないアニメ監督。これは富野由悠季が公言し宮﨑駿も暗に語る「アニオタが作るアニメはつまらない」という言葉の裏返しであるたつき監督がケニア育ちだったから、というわけではないが本人の発言ではアニメを「ちょいちょい」見るようになったのは大学で「アニメを作りたい」と思った頃からだという。この時点で「東浩紀は『セーラムーン』をリアルタイムで観ていなかったニワカ」とディスられたレベルでのガチのアニオタではないとも言えるが、ここではirodori制作の短編を元に検証してみたい。

1作目『眼鏡』にあるのはメガネ萌え主人公エヴァギミックNARUTOアクションジョジョネタ(格闘ゲーム版)、東方という、既視感のあるオタネタだ。テンポの良さやオチの付け方など評価できるポイントはあるが、お約束というメタ設定(いくら殴られても負傷しない、カエルが空を飛ぶ、怒りで異形化、いくらでも撃てる弾薬など)のあしらい方はごく普通オタク価値観を共有している人向けに作った短編という印象だ。

続く『たれまゆ』では全体的にパステルカラーキャラクターの柔らかい描写に取り組んだことが見て取れる。手描きによる2Dアニメで制作され、架空の田舎の超常的儀式を通して小さな世界が描かれる。しかし、作業コストが高かったのか、合わなかったのかこの後は2D手書き手法は行われていない。

第三弾『ケムリクサ』では再びソリッドな3DCGに戻る。NARUTO風のアクションレベルアップし、設定も作り込まれている。リナちゃんズと呼ばれる5人の可愛らしさと非ー人間ぽさには独特の魅力がある。『眼鏡』のようにネタをそのままネタとして扱うことはなくなり、説明は最低限。たつき監督の作家性の輪郭がはっきり見えだした時期だろう。30分弱の作品にかかわらず、構成やカット割りに無駄がなくかなり洗練されている。しかし、完成度の高さと裏腹に、注目を集めた『眼鏡』よりも再生数や評価は低調だった。ニコニコ動画の過去のコメントを見ると『眼鏡』の軽いパロディのノリを期待する声が多く、制作側としては不本意な結果だったのではないだろうか。ここでは、1作目でふんだんに盛り込んだパロディで注目を集め、2作目では手描きアニメに挑戦。結果、手描きからは撤退し3作目では3DCGでストイックな作品に挑戦したという流れを指摘するに留めたい。

4作目となる『らすとおんみょう』は福原Pと出会うきっかけとなった作品と言われているが、1話を作ったのみで未完となっている。女性のキャラクターの表情はまた一段レベルアップしており、3DCGの中で2Dアニメ表現に歩み寄りたいという制作者の努力が見て取れる。何がこの作品を放棄させたのかは推測でしか語れない。多忙となったためや、異国の魔女と「適当だけど超強い男子中学生っぽい陰陽師(の下請け?)」が子作りするという設定に着地が見出だせなかったのではないかと思われる。現在残された多くの断片からは具体的な落としどころは示されていない。同作はいわゆるハーレムものの構造を取っており、一方でたつき監督の描く萌えはごく控えめだからだ。

5作目となる『のための』はirodoriとして最後の自主制作作品となった駅長さんシリーズ。できあがった時期は前出の『てさぐれ!』の激動を超え、プロフェッショナルとして確立した後になる。正確には『らすとおんみょう』より前に断片的な映像が出ていたが途中に長い中断があり、実質的に『てさぐれ』後に作られたものとみなすことができる。時系列で書くと2012年に2年がかりで『ケムリクサ』が完成。2013年前半に『らすとおんみょう』(1話)。2013年後半から2015年まで『てさぐれ!』シリーズ2016年8月末に『のための』が『駅長さん フル版』(以下、『駅長さん』と便宜的に表記する)として完成した。この作品は5分という短い時間ながらプロの仕事というべきものだ。目が描かれていない駅長さんの動く姿には、これまでに向上した技術が昇華されシンプルな姿で完成している。

ここで「アニオタの作るアニメ」(以下、オタアニメ)の定義について考えてみよう。もちろん厳密な定義などできようもないが、本文章が求める要件は「特定の層だけをまなざしている作品」であり、具体的には「アニオタ視聴者を満足させることを目的とした作品」であるたつき監督は『眼鏡』では明白にオタアニメを目指し、続く『たれまゆ』では本格的に手描き2Dを試み、より迫ろうとした。ここで最初の転機が訪れる。手描きという手法があまりにハイカロリーだったからか、ここでこの方向は放棄された。なろうと思っていたがなれなかったのだ。以降、アニオタ視聴者をメインの観客に据えることはなくなり、アニメばかりを見ていないアニメ監督として本来の姿、幅広い層へアプローチする道を歩むことになる。

ケムリクサ』の段階で3DCGによる手法に迷いはなくなり、削られたカットからも抑制の効いた演出を志向していることが見て取れる。この作品から作風が変わったようにみえるのはテーマシリアスからだ、という批判も予測されるが「ストーリーシリアスになる=オタクに媚びていない」という短絡は採用しない。実際、表向きはオタク向けの作品ではないと装いながら水面下で「今回はこういう感じで行くのでひとつよろしく、へへへ」と、メタ構造(オタアニメにおけるお約束の構造)やメタ構造を逆手に取った仕掛けを差し出すという交渉を行う作品は実に多い。同時に「まったくオタクに媚びてませんよ」という宣言は、冒頭に挙げた父親の比喩と等しく、オタアニメの枠組みから実は一歩も踏み出していない。『ケムリクサ』では前2作であえて“なろう”とした努力が消えている。木の枝が河に落ちるように自然に、観客と交わす密約もなく、反発もなく、媚びていない。ピンポイントに評価される層よりも広い範囲をまなざしている。『眼鏡』よりクオリティは高いにも関わらず受け入れられなかったことは間接的な傍証になるだろう。

『らすとおんみょう』ではその揺り戻しといえる現象が起こっている。ギャグテーマTwitterで発言しているが、いかにもオタアニメという構造(そのままアフタヌーンあたりで掲載されても不思議はない)にチャレンジするも1話を完成させた後に頓挫。理由は色々考えられるが、これまで見てきた通りハーレムものの企画自体がたつき監督に合わなかったと考えるのが妥当だろう。この時期が2度目の転機になる。ある程度スタイルが固まったのだ。それは『ケムリクサ』で表現されたスタイルの延長にありジャパリパークへ続く道だ。キャラクターに瞳を描くことさえ取り止めた『駅長さん』は『らすとおんみょう』の続きは作らないという静かな意思表明とも受け取ることができる。


再び繰り返しておきたいのは「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」この3つはどれかひとつが先立つものではなく、お互いに深く関連しており不可分なものだ。『けものフレンズ』ではこの全ての要素が花開いている。この作品に超絶的な技巧が込められた作画や、ぴちぴちとした美少女あるいは美男子を求めることはできない。あるのはサバンナに向けて開かれたような、開け放たれた窓だ。振り返ると、室内にはエヴァ以降20年にわたる作品がある。時代を代表する色褪せない傑作もあるだろう。でも、もう昔の作品だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい朝日に貫かれた後では、戸惑いつつも思い知らされるのだ。どれだけ偏狭な価値観に縛られていたか。こんなにもこだわっていたものは汲々としていたか。自由とはこういうことだったのかと。

自由の味。開放されるということは、決定的に変わってしまうということでもある。一度開放されたことを理解してしまうと、重さの無いなにかが失われてしまい、二度と戻ってはこない。それを無視して、例えば「エヴァけもフレ」というように馴染みのある文脈に引きずりこみ安心することもできる。「ローエンドなCGでもいいものは作れるんですよ」と心の平穏を装うこともできる。でも、そういうことはもうやめにしよう。『けものフレンズ』はこの20年間潜在的に待ち望まれていたアニメばかりを見ていない監督によって作られたアニメなのだ。その面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観とは別の場所に立っていることによるのだ。私はたつき監督の成果に最大限の賛辞を贈りたい。素晴らしい作品をありがとう

ただ、アニメを見る目がこれまでとは違ったものになったことは少し寂しく感じてしまう。世に次々と出てくる新しい作品がどれだけ面白くても、それらが“過去の遺跡の新作”ならばそれだけで手放しで楽しめなくなったからだ。つまり、ちょっとした困難をかかえこんでしまったことになる。でもそんな心配はあまり気にする必要はないのかもしれない。なぜなら、すでに誰かが言っていたようなのだ。困難は群れで分け合えと。

2017-07-05

拗らせている人をただ眺めている話

ところどころフェイクを入れる。だいぶ長い。

その女性とはもう10年ほど前に会った。

すごく綺麗で"大人の女性"という雰囲気があり、いつも颯爽としていてかっこよく、紫の光沢を帯びたヒールが似合っている人だった。3年ほどお世話になった。もう6~7年ほど会っていない。

私は慕っていたけど、その空白期間彼女に連絡する気はなかった。というのも、最後に私がちゃんと挨拶しないまま彼女がどこかへ行ってしまったので、やや気まずい雰囲気で終わった経緯があるからだ。

ある日なんとはなしに彼女名前検索したところ、彼女本名ブログを見つけて驚いた。独立して仕事をしていることが容易にわかった。私が慕っていた頃とあまり変わらない様子でやっていることがわかった。

「本当は、"〜〜したい"という欲求大事にしよう」

「びっくりしたなんて嘘でしょう。本当は傷ついて、怒っているんでしょう?自分感情と向き合おうよ。」

感激していた。自分が慕うきっかけになった人生訓時を、書いてくれている。コメントブクマも一切しなかったが、わりに彼女ブログを覗いていた方だったと思う。

率直に言って、ネトスト気質だと我ながら思う。

しかし私もただ彼女人生訓時を読んでいたわけではない。そこに2つの感情を抱いていた。

まず、彼女独立をして仕事をしていることに嫉妬を覚えていた。年齢差があるとはいえ、(私から見た限り)本人の特性に合ったことで働く彼女に、憧れや羨望以上に焦りがあったのだと思う。

そして同時に疑問の感情も湧いていた。「これでどうやって稼いで、生計を立てているのだ?」、と。

ブログを読む限り集客モデルはおろか、ビジネスモデルとして成り立っていないと正直思った。仕事の詳細は触れないが、言ってしまえば『綺麗な言葉を並べて、詐欺まがいに近い』と思っていた。コンサルタントというと言葉の響きはいいかもしれないが、一歩間違えば紛れもなくフリーターだった。彼女学歴も職歴も不確かな人間なのだ

そして彼女精神面に寄り添って更に言うと、「これは彼女ではないのでは」とも感じた。言葉が綺麗でポジティブになりすぎていたのである

彼女はどちらかといえば、ネガティブ人間臭さのある人で、けして綺麗な言葉ばかりを言う人ではなかった。

彼女が今までとは違う生き方を真に選んで生きていきたいなら、第三者の私は口出しをすべきではないだろう。

しかしそれも踏まえた上であえて書くと、「でも彼女は、そうしたポジティブな考え方を続けることができない人だ」と、直感が言っていた。

これは経験的な勘なのでこれ以上は説明できないが、私の感性はそのように告げていた。

そんな気持ちますますふくらむころ、前触れもなく彼女ブログ更新は止まった。

彼女の近況が知れなくなったのは寂しくもあったが、「もしかしていい人でも見つけて、結婚でもしたのかな」とぼんやり考えていた。

たまに彼女名前検索して、やや胡散臭い文章で止まったままのブログを読みに行っていた。

しかしあるときいつもの検索ページ上位に、違う結果が表示された。

そのページを眺めたら、よくわからないイベント主催者として表示されていたのだ。

「ああ、胡散臭いな」と思った。そう思わせるイベントだったのである

苗字も変わっていないので結婚はしていないのだろう。そんなことを知った。

そしてまたあるとき検索ページ結果上位が変わる。

彼女の新しいブログができていた。しかし、仕事内容とは関係がないように思えた。

"何か"をエントリーしたようだったが、すでに公開を取り下げたようだった。

それからまた、転機が訪れる。彼女が更に新しく作ったブログの、最新エントリが表示された。

その記事は1日前に更新されたようだったが、やはりすでに公開取り下げをしていた。

けれどタイミングよく私はそのエントリキャッシュを得ることができ"てしまっ"た。

そのブログはとても長い内容だった。

"ブログを始めるにあたり、自己紹介を始める。"

その書き下しで始まったのだが、本当にそれは"自己紹介"だった。

彼女本名・生年月日・血液型からまり、何に興味を持っているのか、何に興味を持たないのか、彼女はどんな人なのか。それはとても詳細に書かれていた。

「これは紛れもなく彼女だ。」、そんな気持ちを得たのに、文字を追うにつれて不安感が募ってきた。

・外見の印象は普通だが、中身はプライドが高い。

我慢も、所属も嫌い。

・社交性が低いのではなく、社交に興味がないのかもしれない。

・うわべだけの会話が苦手。社交辞令も苦手。

・本当でないものが、嫌い。

・究極、真実でないものが嫌い。

こんな感じの、箇条書きが続いた。

そしてこう続く。

・こういう自分が、本当に面倒臭い

・生きる理由がわからないけど、死ぬ理由もないから、とりあえず生きている。

読んでいて、どんどん辛くなってきた。

"面倒臭い自分と生きていく。"

そんな小見出しで、さら文章が続く。

ある友人から、「あなた自分自身の面倒臭い部分を見つめて、それと向き合って生きていける人」と言われたエピソードが本当に嬉しかったこと。

彼女が、いかに面倒な彼女自身人間性とどのように付き合っていくか、その哲学人生の半分を費やしたこと。彼女が今までにどのように行動を起こしたのかということ。

いっときは変わったとも思っていたが、周りの人から「素敵な人だ」「やさしい」といった言葉を受けるたびに、内面彼女と外面の彼女とが乖離している気持ちを受けたこと。

"自分はいかに愛されキャラポジションとは真逆で、いか他人と付き合いにくいキャラか。客観的自分を見て、自分友達になりたいかと言われたら、沈黙を選ぶ。けど、そんな自分も悪くないと思っている。"

そんなことを、ひたすら綴って終わっていた。

「これが、こじらせの末路か。」

そんなことを思った。

ほとんどの人は、うわべだけの付き合いなんて望んでいないだろう。

社交辞令は嫌い。本物の言葉が欲しい。」と彼女は言うが、彼女他者仮面を剥ぎ取るような努力を真に続けたのだろうか。

ほとんどの人が、いろいろな人間関係に揉まれて、切磋琢磨して、心が安らぐ人との真に揺るがない信頼や親愛を勝ち得るのである

彼女は、自分を開示するような努力を、したのだろうか?


「こんなに面倒臭い私だが、こんな私であるという唯一事実降伏して、生きていく。」

「こんな面倒な私だが、まんざらでもない。」


結びの言葉に、「ああ、この人は一人で生きていくしかないな」と素直に感じた。

自分の不完全を認めた上で、それを他者に補完してもらうことで、人と人は共生できる。

もちろん社会多様化した結果、自分一人で生きていける人もいるだろう。しかし、多くの人間がそうであれば、社会は成り立たない。

自分の不完全さを自分一人で完全に受け入れて、自分を愛しては生きていけないのだ。特に彼女のような人は。

(あるいは、彼女のような人こそ、一人で生きるべきなのかもしれない。)

彼女の不気味な自撮りで終わったそのブログをそっと閉じて、もう二度と会うこともないだろうと思った。

2017-07-01

うんこ漏らし奴

あれは、社会人になって2年目の6月、ちょうど今ぐらいの時期だったように思う。

私は営業マンとして、社会の一つの歯車を回している。そこそこの給料とそこそこの休日があるので、セレブではないがまぁまぁの生活が出来ているが、

当時は給料も低く、一日一日生きるのに必死だった。

その日も頑張って営業で外を回っていた。基本的に車で営業先に移動するのだが、人間頑張って生きていると、どうしても運転中に眠くなるタイミングがあるのだ。

そこで私は、昼ご飯を車の中で食べた後、必ずコーヒーを買って飲むようにしていた。すると結構眠くなる確率が低くなるのだ。もともとコーヒーは苦手だったから、コーヒー牛乳にして苦味を抑えていた。

しかし、災厄は思いもかけないときに襲ってくるものだ。

さぁあと一つ最後に行こうと思ってカーナビをセットする。次の到着地まで15分。今の営業先で話した内容を纏めて、頭を整理させるのには悪くない時間だ。

その日はコーヒーを買う時間普段より少しだけ遅く、手に取ったときはまだ冷えていた。喉も渇いていたので、ゴクゴクゴクと多めに飲んで出発。

……したのはいいのだが、もう少しで営業先というところでお腹ゴロゴロしてきた。マズい。これは一気に来るやつだ。

普段の腹痛が震度3ぐらいの微弱な揺れから徐々にパワーアップしていくとすると、こいつは前触れ震度2の直後に震度7という感じか。

焦っているとちょうど出先に着く。駐車場にかなり雑に車を停め、建物に入った。

だいたいどこでも中に入るときは来客名簿のようなもの所属時間を書くのだが、

今までにないくらいめちゃくちゃな字を書いてトイレへ。既にこのあたりで恐らく穴から顔ぐらい出ているのではないか

ズボンパンツを下ろそうとしてベルトに手間取る。ああっ!あっ!!!あああああっっっっっっっ!!!!!!!!!

っっっっっ!!!!!

パンツに手をかけた瞬間、私のお尻には生暖かい感触異臭が漂った。思考停止……する前になんとか肛門括約筋に力を入れ、これ以上悪くなりようのない悲劇をなんとか最小限に喰い止める。

しか人間、異常な状態になると、それは意外にも冷静になるものだった。半笑いしながら落ち着いて下半身衣服を全て脱ぎ、半裸状態で鞄の中を探す。

私は当時からモノの用意がイイので、鞄の中から何かに使えるだろうと思って入れておいたスーパーレジ袋を見つけたのだ。

色とナニかが付着しているパンツレジ袋にしまい、しっかり封をした。これで一安心

不幸中の幸いというべきか、ズボンには何もつかなかった。パンツしまうと意外と異臭もしなくなった。

いくら用意がいい私とはいえ、さすがに替えのパンツは持っていなかったので、そうなると結論は一つ。ノーパンズボンである

かくして私はノーパンで何事もなかったように、いやむしろ意気揚々トイレを退出し、そのまま商談相手と話をし、なんなら契約も勝ち取ってしまった。

異臭がないか最後まで心配だったが、相手の反応を窺うに、異臭もissueもなかったのだろう。

冒頭にも書いたが、ふとこの時期になって、忘れられない私の、人間意外と冷静に対処できるもんだね、という思い出が蘇えったので、記してみた。

暑い時期になるけど、お腹の弱いヒトは、冷たい飲み物を一気に飲むのは気をつけてね。

2017-06-25

久しぶりに、うんこを漏らした話でもしようと思う。

その日は朝からお腹調子が悪かった。

家を出る直前まで、トイレに篭っていた。

なんとか腹痛の波が収まったスキを見てトイレットペーパーを巻き取ると、その行為あざ笑うかのように、また便意が襲ってくる。

「ッチ……フェイントかよ」

そのような攻防を繰り返し続け――何度目だっただろうか、ついに便意が諦めてくれた。

私は今がチャンスとばかりに素早く便を拭き取り、流水によってことの始末をした。

トイレから出て時間確認すると、普段ならもう家を出て会社に向かっている時間だった。

まあ、フレックスなので遅刻になったりはしないのだが、たかが便意ごとき自分の予定を狂わされるのは少し納得がいかない。

からといって便意に一泡吹かせてやったりなんてできないので、私はさっさと準備を済ませて会社に向かうことにした。

会社に着くまでの間、便意が蘇ってくることはなかった。

今日の便意との戦いはもう終わったのだと、私はこのとき安心してしまったのだ。

戦いはまだ、終わっていなかったのにも関わらず。

会社についた私は、いつものように自分デスクに着き、PCを立ち上げる。

黙々とコードを書き、タスクを消化していく。

時間が立った頃、お腹が空き始めたので、昼食をすまそうと席を立った。

――その時だった。

あいつが、出たのだ。

私の体内から肛門からあいつが。

なんの前触れも、予備動作もなく、すんなりと――さもそれが当然であるかのように、あいつは出てきて、パンツを汚した。

焦った。

とりあえず不自然な歩き方でトイレに向かった。

最も近いトイレの個室は空いてなかった。

自然な歩き方で別の階のトイレに向かう。

個室に入る。

ズボンを下ろす。

ゆっくりと、ゴムを広げながらパンツを下ろす。

――何か、いた。

見たことのない、何かが。

想像していたものとだいぶ違う何かが、そこにはいた。

さすがに緻密な描写は避けるが、全然不潔そうじゃないモノだった。

首をかしげながらも、とりあえずパンツを完全に脱ぐ。

匂いを嗅ぐ。

なんと臭くない。

よくわからない。

逆に怖い。

あいい。

とりあえず便器に座ってウォシュレット肛門の洗浄を始める。

そしてパンツを広げてまじまじと見つめる。

――これはなんなのだろう。

なにかは分からないが、このパンツをもう履くことは無いだろうと私は悟った。

トイレットペーパーを大量に巻取り、そのパンツを包む。

そのパンツトイレットペーパー巻きをそっと端の方に置き、ウォシュレットを止める。

この間、腰を八の字に動かしながら、広範囲の洗浄を行っていた。

またもトイレットペーパーを大量に巻取り、広範囲に渡って濡れた自らのけつを拭く。

立ち上がってトイレットペーパーを流してからノーパンのままズボンを上げた。

――あぁ、何年ぶりだろう。この感覚。なんか、どきどきする。

耳を済まし個室の外にヒトがいないことを確認して、ゆっくりと外に出た。

そして素早くパンツトイレットペーパー巻きを洗面所の横にあるゴミ箱に捨てた。

もうこれで安心だ。

証拠はすべて隠滅した。

ノーパンであることがバレない限り、この数分間の出来事はすべてなかったことになるだろう。

私は勝ったのだ。

パンツ一着の犠牲だけで。

そしてその日、一日中ノーパンでやり過ごし、何事もなかったかのようにまた、日常生活に戻っていった。

2017-06-24

ゴミみたいなスタートアップ企業から転職を決意した

私はとあるスタートアップ企業に勤めているのだが、社長があまりにひどいので転職を決意した。正確に言えば転職活動はその前からやっていたが、あまり不快事件があったので、改めて決意した。まだ決意した段階で転職先が決まってないので、退職届を出すのはまだ先の話。

登場人物

社長

私(エンジニア

会社における私の立場

エンジニア

社にとって重要技術(と言っても大したものじゃない)の全てを保持しており、重要リレーションも私を経由している。現在サービスは私が提案したもの

この時点で疑問に思うかもしれない、社長何してんの?と。私も社長が何をしているのか疑問だ。聞いたら怒って面倒臭いので聞く気は無い。

誰に話しても驚かれるが株は全くもっていない。しかし、株がゴミなのは私が一番よく知っているので、株より現金の方が欲しい。

年収300万以下。相場を知っていればわかると思うがエンジニアに払う額としてまともじゃない。

経緯

ニートだった私は、履歴書の空白が長すぎたためにどこにも雇ってもらえなかったので、唯一雇ってくれたスタートアップ企業入社した。当時の私を雇ったくらいなのでまあ、程度の低い会社であるプログラミングは大したほどではないが一応入社時点でもできた。

なんだかよくわからないうちに、私はエンジニア業務責任者になり、営業もするようになった。マーケティングとかマネジメントとか他にも色々やった。

最近事件

転職できる程度の実績を積んで、転職活動を始めた矢先に事件が起きた。

社長株主の目を気にして世間体を保つためだけに全く金にならないゴミみたいなサイトリリースしようとしていたので、私が拒否した。

そうしたら、勤務態度が悪いことを理由減給された。2割くらいなんの前触れもなく減らされたので多分法に触れてる。もちろん会社就労規則なんてものはない。

その際に、株、取締役ポジションストックオプションなども勤務態度がよくなれば考えるなどととってつけたように言われたが、渡す気がないこともその価値ゴミ同然であることも私はよく知っている。

それまでは、転職先はのんびり探そうと思っていたが、必死転職先を探す羽目になってしまった。

社長の愚かさについて

技術リレーションサービス展望を全部もっていて相場以下で働いている人間減給を突きつけるとかバカなのかな?と思うわけだが、まあ、バカなのだろう。

最大の愚は、私が転職活動をしているとはつゆほどにも思っていないことだ。なぜそんなに楽観視できるのかはわからない。

スタートアップに入ったのだからお前がもっと頑張れよという声があったら

スタートアップ社員会社を大きくするために頑張るモチベーションは株やストックオプションであって、それがない以上、自分利益にならない仕事をするはずがない。私のモチベーション転職のための職歴と実績を作ることなので、会社が大きくなろうが小さくなろうが知ったことではない。

まとめ

重要ポジションにいるエンジニア減給なんてやったら転職するに決まってるだろと。

ニートでもゴミみたいな企業半年くらい頑張れば実績作れるよ。

退職前に有休もらえるのか気になる。

2017-06-15

お父さんへ

父の日おめでとう。

今年はお父さんが私の父になって30年目の記念の父の日です。

お祝いにはウイスキーを手配しています。去年は竹鶴だったけど、今年はまた少し値上がりしてたかマッカランにしたよ。喜んでくれると嬉しいな。

今年は定年の年ですね。これからも元気に過ごしてください。

私はこれを書いている今も、この手紙をお父さんに渡しても良いものか、決めかねていて、今も迷いながら筆を動かしています

お父さん、高校生まで一緒に暮らした中でお父さんは私をずっと虐待してきました。お父さんはしつけと呼んでいたけれど、大人になった今、私は強く強く確信しています。あれは確かに虐待でした。

殴られたことは数え切れないけど、

私が最も印象深く覚えてるエピソードを3つだけ、ここで振り返らせてください。

私が小学生とき、隣のみんなが庭でBBQをしていて私はそれを物干し竿にぶら下がりながら眺めていました。隣の幼馴染と一言二言言葉を交わし、〇〇ちゃんもおいでよー!と誘われ、行く行くー!と答えた瞬間でした。私は頭に強い衝撃を感じて目がチカチカして気づけば地面に頭を抱えてへたり込んでいました。後ろを振り向くと真っ赤に顔を上気させたお父さんがゲンコツを握り締めたまま何かを怒鳴っていました。

あ、私殴られたのかー。前触れもなく突然殴られると、殴られたことに気づかないんだー。ショックのあまりでしょうか、的外れなことについて考えていたのを覚えています

隣のみんなも暴力行為に怯えてシーンと水を打ったように静まり返ってしまっていました。私はその時は体と心の痛みよりも、殴られたことを他人に見られたことがとにかく恥ずかしかった。今解析すると、恥ずかしい、というのは「こんなに雑に扱われている価値のない私」であることがみんなにバレてしまって恥ずかしい、「こんな酷いことを出来るお父さんが私のお父さんであること」が恥ずかしいということです。当時は後者しか思いいたりませんでしたが。

私が小学生とき、6、7人くらいの大勢が私の家に集まってワーワーキャーキャー騒いでいました。平日の疲れを取ろうと遅くまで寝ていたお父さんをうるさくして起こしてしまったのでしょう。見るからに不機嫌な顔で二階から起きて降りてきて、廊下私たちとすれ違いました。

不機嫌なお父さんの顔を見て友達が私に聞いてくれたのです。お家の人、大丈夫?と。友達の前でカッコつけたい私はこのようなことを言いました。全然平気だし!お父さんがちょっとぐらい、うるさがろうが気にしないで大丈夫だし!

まさか階段を降りてすぐの洗面所でお父さんがその返事を聞いてるとも思わずに。お父さんはすぐに怒鳴りました。「おい、〇〇!!今すぐ降りてけ!!」そして洗面所で私を殴りながら叱ります。「わいのあん親をナメくさった態度はなんよ!ふざくんのも大概にせぇ!!」友達にもすぐ帰って貰えと言われ、私は泣きじゃぐりながら二階に上がり友達に「もう今日はやっぱり帰ってだって」と伝えに行きました。恥ずかしかったです。友達の私を哀れむ目が私をより一層惨めにさせました。

私が高校卒業式の日。卒業式を終えて父兄と一緒に生徒が最後ホームルームクラスで受けていた時。私はガムを噛んでいました。バレないように奥歯で。悲しくて泣いてしまいそうで、わざとハスに構えた態度でそれを誤魔化したくてガムを噛んでいました。

お父さんは後ろから見てそれに気づいていたんですね。ホームルームが終わり、外廊下にいたお父さんとお母さんのところに駆け寄った私を躊躇なく殴りました。平手打ちゲンコツかは忘れましたが頭部を殴りました。少し小声で、でもしっかりと怒鳴ります。「わいは先生をなめちょんのか。ガムなんか食いやがって。」教室の中から美人サッカー部マネージャーの〇〇ちゃんが目撃して目を丸くしています。私は恥ずかしくなって一言言葉を発しないまま逃げました。追いかけてこないだけの分別がお父さんにあの時あって本当に良かったです。

....書いていて疲れてきました。とにかく私は、お父さんに何度となく虐待を受けたきましたし、かつそれを今日でもありありと覚えています

そう、覚えているのです。はっきりと、まじまじと。暗黙の了解として、虐待なんてまるでなかったかのように過去虐待のことも一度も我が家では会話に出ません。

でも、私は覚えています。お父さんも覚えているでしょ?

....虐待を受けながら育ったことで、私の中でとても大きく何かが損なわれてしまった。きっとお父さんが想像してる以上に私はとっても傷ついたし、歪んでしまった。でもね、私はそれをいびつな形だけどなんとか修復できたの。周りのサポートも借りた。自分自身努力した。私は今や人並み以上の生活を手に入れた。

それでいいと思ってた。もう過去のことは忘れて老い先短いお父さんに表面上優しくしてあげればいいって。お父さんのことを許す必要はないけど、どこかで区切りを付けて前を向いて進んで行かなきゃ仕方ないじゃん、って。暴力を受けたことじゃなくお父さんが私にしてくれたことに目を向けようって。今私がこうしているのもお父さんが大学まで出してくれたお陰だよね。ありがとうって。

あぁ本当に心の底からそう思えたなら。そしたらこんな手紙私はお父さんに渡す必要はなくて....とりあえず最後まで書いてから決めるね。

心理学者河合隼雄先生の本に書いてあったんだけど、「人を殴るのはいけないよ」と言われながら、でも殴られて育った子はやっぱり人を殴るんだって子供は親の言葉じゃなくて行動を見てるから。私も〇〇ちゃんをいずれ殴る日が来るのかな。そんな日絶対来ないって誓ってるけどでも、私は怖い。自分自身が信用出来ないから。

お父さんに今聞いて意味があることはなんで殴ったのか?じゃなくて、「今、私のことを『大切で尊重されるべき人間』だと感じてくれていますか?」かな。

あとはやっぱり謝ってほしい。無かったようなふりをしないで、出来ればタイムワープして過去の小さな私に謝ってほしい。貴方をないがしろにしてごめんって。粗末に扱って「「こんな理不尽な扱いを受けるのは自分自身価値がないからなんだ」って思い込ませてゴメン。大切で尊重されるべき〇〇ちゃんをそんな風に扱ってしまったこと、本当にゴメン」って。

あぁもうまとまりもないし何が伝えたいのか、これじゃわからいね。書けば整理できるかと思ったんだけどますます混乱してしまった。

急にこんなこと伝えられてびっくりした?悲しくなった?それともまた昔みたいに怒ってる?怒ってももう私のことは殴れないよ。残念?

お母さんを大事にしてね。

それでは。

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