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2020-09-20

暴力に囚われていない」という幻想

 僕らの人生はどこから始まったのかと言えば、当然二十年前であり三十年前であり四十年前なんだけど、僕らの祖先はどこからやって来たのか、という話をした時に、辿ることのできる歴史には果てがない。僕らは遺伝子ボートに乗って何千万年も旅をしてきた、あるいは、何億年と旅をしてきた。

 僕らの中にある遺伝子の声を聴く時に、そこには声にならない声がある。僕らはその声に耳を澄ませ、そしてある程度言語化された呻きを聴くことができる。僕らは、その微かな声を頼りに、歴史を辿ることができる。


 人のルーツを辿る時、その歴史上最も古い霊長は(今のところ)七百万年前のサヘラトロプス・チャデンシスである。我々ホモ・サピエンス分化したのは今から二~三十万年前とされており、我々はアフリカから世界の各地へと足を伸ばし、文明を伝えてきた。

 当然ながらその歴史暴力と共にあった。恐らく、そこには絶えざる暴力連鎖があった。

 ここで言うところの「暴力」とは戦争軍事力媒介にした暴力行使を指しているわけではない。

 暴力は我々の身近に存在している。

 ごく身近に、あるいは、我々の中に存在している。


 それは自明のことと言って差し支えなかろう。暴力が無ければ人間は生きて来れなかったかである

 例えば、鋭い牙と爪、そして圧倒的な膂力を持つ獣に襲われた時に、我々に最も必要ものとは暴力である

 例えば、そんな事態においては武器必要になり、そして、獣を殺す為の殺意もまた必要になる。そこには、暴力を振るうための道具と、暴力を振るうための膂力と、暴力を振るうための意志必要になる。

 これは余りにも自明である

 無論、我々に暴力を振るう可能性があったのは獣だけに限らない。例えば、同族である人間暴力を振るってくることも大いにあったであろう。そのような人間に対して、暴力を振るわなければならない場面もあったであろう。

 更には、そのような暴力防衛自衛のみを目的としていたと仮定することは恐らく不可能であろう。そこに積極的暴力行使可能性があったことを、認めなければならない。

 繰り返すように我々がホモサピエンスとして遺伝子を繋いできたのは今から三十万年程前からのこととなるのだけれど、例えば、我々の遺伝子レースが百万年前に始まったと仮定して、そして、我々の世代継承が十五年毎に行われていたと仮定する時、我々にはこれまで六万から七万の世代存在したということになる。仮に、たった百万年から我々にとっての遺伝子レースが始まったと仮定してさえ、そこには膨大な数の関係者存在することとなる。とにかく、我々は遺伝子キャリアとして長い時間を旅してきた。

 その膨大な関係者は、恐らく長い間暴力と共に遺伝子の旅を送ってきた。

 そんな時、我々の振るってきたであろう暴力は――あるいは、我々が振るわれてきたであろう暴力は――どんな種類の暴力であろうか。

 まず挙げられるのは、殺人

 強盗

 強姦

 傷害

 恐喝

 その他に何があるだろう? すぐには思いつけない。

 何らかの種類の搾取があったかもしれない。詐取が存在していたかもしれない。

 我々の祖先はそれを不断に行ってきただろう。恐らくそれを止めることはできなかったであろう。

 それを止めることによって、周囲の遺伝子キャリアに対する対抗手段を失ってはいけなかったかである。我々はそれを止めるわけにはいかなかったのである。それを止めた途端に、我々の遺伝子キャリア頓挫し、今日という日に辿り着くこともできなくなってしまうからである

 恐らく、ありとあらゆる種類の暴力行使は、我々の遺伝子レースにおいて切り離すことのできない要素だったであろう。

 つまり、この文を通じて僕は何を言わんとするのか。


 それはつまり、恐らくだけれど、貴方のかつての父親は、あるいは貴方のかつての母親は、誰かを殺したことがあるということである

 何かを盗んだことがあるということである

 誰かを傷つけたことがあるということである

 誰かを犯したことがあるということである

 誰かを騙したことがあるということである


 誰かにまれたことがあるということである

 誰かに傷つけられたことがあるということである

 誰かに犯されたことがあるということである

 誰かに騙されたことがあるということである


 その他の、無数の暴力を与え、そして、与えられてきたということである

 我々のかつての父は殺し、盗み、傷つけ、犯し、騙してきただろう。

 我々のかつての母は殺し、盗み、傷つけ、犯し、騙してきただろう。

 我々のかつての父は盗まれ、傷つけられ、犯され、騙されてきただろう。

 我々のかつての母は盗まれ、傷つけられ、犯され、騙されてきただろう。


 例えば、百万年前までの歴史を辿れば、我々一人につき六万から七万の世代存在することになる。そして、当然そのような世代は必ず一人の人間継承し続けてきたわけではなく、無数の兄弟姉妹存在していたことであろう。そのことも勘案すれば、我々にはおよそ無数の関係者が――無数の肉親が存在していたということになる。

 我々には関係者があまりにも多すぎる。そう考えた時に、我々の関係者の内に、一人たりとも、百万年歴史において暴力を振ったものなどいないと言い切ることのできる可能性は、どれほどあるだろうか。恐らくはその可能性は限りなくゼロに近い。我々は無数の暴力をはたらいてきたし、恐らくは無数の暴力に晒されてきただろう。

 我々は暴力と共にある。我々は(そして私は)、これから暴力を振るい、そして暴力を振るわれるだろう。

 これまでもそうだったし、これからもそうだろう。我々は生きなければならないからだ。

2020-09-19

暴力に囚われていない」という幻想

 僕らの人生はどこから始まったのかと言えば、当然二十年前であり三十年前であり四十年前なんだけど、僕らの祖先はどこからやって来たのか、という話をした時に、辿ることのできる歴史には果てがない。僕らは遺伝子ボートに乗って何千万年も旅をしてきた、あるいは、何億年と旅をしてきた。

 僕らの中にある遺伝子の声を聴く時に、そこには声にならない声がある。僕らはその声に耳を澄ませ、そしてある程度言語化された呻きを聴くことができる。僕らは、その微かな声を頼りに、歴史を辿ることができる。


 人のルーツを辿る時、その歴史上最も古い霊長は(今のところ)七百万年前のサヘラトロプス・チャデンシスである。我々ホモ・サピエンス分化したのは今から二~三十万年前とされており、我々はアフリカから世界の各地へと足を伸ばし、文明を伝えてきた。

 当然ながらその歴史暴力と共にあった。恐らく、そこには絶えざる暴力連鎖があった。

 ここで言うところの「暴力」とは戦争軍事力媒介にした暴力行使を指しているわけではない。

 暴力は我々の身近に存在している。

 ごく身近に、あるいは、我々の中に存在している。


 それは自明のことと言って差し支えなかろう。暴力が無ければ人間は生きて来れなかったかである

 例えば、鋭い牙と爪、そして圧倒的な膂力を持つ獣に襲われた時に、我々に最も必要ものとは暴力である

 例えば、そんな事態においては武器必要になり、そして、獣を殺す為の殺意もまた必要になる。そこには、暴力を振るうための道具と、暴力を振るうための膂力と、暴力を振るうための意志必要になる。

 これは余りにも自明である

 無論、我々に暴力を振るう可能性があったのは獣だけに限らない。例えば、同族である人間暴力を振るうことも大いにあったであろう。そのような人間に対して、暴力を振るわなければならない場面もあったであろう。

 更には、そのような暴力防衛自衛のみを目的としていたと仮定することは恐らく不可能であろう。そこに積極的暴力行使可能性があったことを、認めなければならない。

 繰り返すように我々がホモサピエンスとして遺伝子を繋いできたのは今から三十万年程前からのこととなるのだけれど、例えば、我々の遺伝子レースが百万年前に始まったと仮定して、そして、我々の世代継承が十五年毎に行われていたと仮定する時、我々にはこれまで六万から七万の世代存在したということになる。仮に、たった百万年から我々にとっての遺伝子レースが始まったと仮定してさえ、そこには膨大な数の関係者存在することとなる。とにかく、我々は遺伝子キャリアとして長い時間を旅してきた。

 その膨大な関係者は、恐らく長い間暴力と共に遺伝子の旅を送ってきた。

 そんな時、我々の振るってきたであろう暴力は――あるいは、我々が振るわれてきたであろう暴力は――どんな種類の暴力であろうか。

 まず挙げられるのは、殺人

 強盗

 強姦

 傷害

 恐喝

 その他に何があるだろう? すぐには思いつけない。

 何らかの種類の搾取があったかもしれない。詐取が存在していたかもしれない。

 我々の祖先はそれを不断に行ってきただろう。恐らくそれを止めることはできなかったであろう。

 それを止めることによって、周囲の遺伝子キャリアに対する対抗手段を失ってはいけなかったかである。我々はそれを止めるわけにはいかなかったのである。それを止めた途端に、我々の遺伝子キャリア頓挫し、今日という日に辿り着くこともできなくなってしまうからである

 恐らく、ありとあらゆる種類の暴力行使は、我々の遺伝子レースにおいて切り離すことのできない要素だったであろう。

 つまり、この文を通じて僕は何を言わんとするのか。


 それはつまり、恐らくだけれど、貴方のかつての父親は、あるいは貴方のかつての母親は、誰かを殺したことがあるということである

 何かを盗んだことがあるということである

 誰かを傷つけたことがあるということである

 誰かを犯したことがあるということである

 誰かを騙したことがあるということである


 誰かにまれたことがあるということである

 誰かに傷つけられたことがあるということである

 誰かに犯されたことがあるということである

 誰かに騙されたことがあるということである


 その他の、無数の暴力を与え、そして、与えられてきたということである

 我々のかつての父は殺し、盗み、傷つけ、犯し、騙してきただろう。

 我々のかつての母は殺し、盗み、傷つけ、犯し、騙してきただろう。

 我々のかつての父は盗まれ、傷つけられ、犯され、騙されてきただろう。

 我々のかつての母は盗まれ、傷つけられ、犯され、騙されてきただろう。


 例えば、百万年前までの歴史を辿れば、我々一人につき六万から七万の世代存在することになる。そして、当然そのような世代は必ず一人の人間継承し続けてきたわけではなく、無数の兄弟姉妹存在していたことであろう。そのことも勘案すれば、我々にはおよそ無数の関係者が――無数の肉親が存在していたということになる。

 我々には関係者があまりにも多すぎる。そう考えた時に、我々の関係者の内に、一人たりとも、百万年歴史において暴力を振ったものなどいないと言い切ることのできる可能性は、どれほどあるだろうか。恐らくはその可能性は限りなくゼロに近い。我々は無数の暴力をはたらいてきたし、恐らくは無数の暴力に晒されてきただろう。

 我々は暴力と共にある。我々は(そして私は)、これから暴力を振るい、そして暴力を振るわれるだろう。

 これまでもそうだったし、これからもそうだろう。我々は生きなければならないからだ。

2020-09-04

anond:20200904232038

例えば、心理学という言葉はあまりにも乱用され過ぎているけれども、科学としての心理学は非常に客観的だよ。(まあ、あまりにも客観的なので「ただの統計」と揶揄されたりもするけど。)

「目の前の現象を観察して、法則見出し言語化する」という営みの対象ホモ・サピエンスであろうが、「こころ」であろうが、科学科学だし、非科学非科学。ただまあ、自然科学よりも遥かに難しい対象から自然科学よりも遥かに「わかること」は限定されるけれども。

自然科学だって、例えば地震予知は非常に難しくて、未だにほとんど何も分かっていないという状況だけれども、「だから研究するだけ無駄」とは誰も言わないでしょ?

「非常に難しい」ことと、「不可能であることは全く違う。「不可能」だと主張するなら、それこそ科学的に証明される必要がある。

2020-09-03

モテない、結婚できない、子供が持てなくてツライと

思えるような人間になれなかった。

何回思考をやり直しても、『現状のホモ・サピエンス個体数を充分に確保しており、むしろ過剰な人工により資源の浪費が発生している。今は人工の抑制に務めるべきである

という結論しか達しない。

かに孤独感や虚しさといった感情が私の脳内観測されることはあるのだけれど、結局それは生物の脳がCPUのように電圧だけでなく、神経伝達物質演算使用しているだけであって、脳が見せている幻想しかない。

2020-08-23

暴力に囚われていない」という幻想

 僕らの人生はどこから始まったのかと言えば、当然二十年前であり三十年前であり四十年前なんだけど、僕らの祖先はどこからやって来たのか、という話をした時に、辿ることのできる歴史には果てがない。僕らは遺伝子ボートに乗って何千万年も旅をしてきた、あるいは、何億年と旅をしてきた。

 僕らの中にある遺伝子の声を聴く時に、そこには声にならない声がある。僕らはその声に耳を澄ませ、そしてある程度言語化された呻きを聴くことができる。僕らは、その微かな声を頼りに、歴史を辿ることができる。


 人のルーツを辿る時、その歴史上最も古い霊長は(今のところ)七百万年前のサヘラトロプス・チャデンシスである。我々ホモ・サピエンス分化したのは今から二~三十万年前とされており、我々はアフリカから世界の各地へと足を伸ばし、集落を作り、文明を伝えてきた。

 当然ながらその歴史暴力と共にあった。共通利益としての安全を求める性質が、かつての我々にあったことは否定しないが、恐らくそこには絶えざる暴力連鎖があった。

 ここで言うところの「暴力」とは戦争軍事力媒介にした暴力行使を指しているわけではない。

 暴力は我々の身近に存在している。

 ごく身近に、あるいは、我々の中に存在している。

 繰り返すように我々がホモサピエンスとして遺伝子を繋いできたのは今から三十万年程前からのこととなるのだけれど、当然そこに至るまでにシームレス旧人類種のグラデーション存在している。我々の遺伝子レースきっかり三十万前に始まったわけではない。あるいはそれは五百万年前かもしれないし、一千万年前かもしれないし、一億年前かもしれない。あるいはもっと前かもしれない。

 例えば、我々の遺伝子レースが百万年前に始まったと仮定して、そして、我々の世代継承が十五年毎に行われていたと仮定する時、我々にはこれまで六万から七万の世代存在したということになる。仮に、たった百万年から我々にとっての遺伝子レースが始まったと仮定してさえ、そこには膨大な数の関係者存在することとなる。

 とにかく我々は遺伝子キャリアとして長い時間を旅してきた。


 そしてそこには必然的に、暴力行使がまとわり付くこととなった。

 それは自明のことと言って差し支えなかろう。暴力が無ければ人間は生きて来れなかったかである

 例えば、鋭い牙と爪、そして圧倒的な膂力を持つ獣に襲われた時に、我々に最も必要ものとは暴力である

 例えば、そんな事態においては武器必要になり、そして、獣を殺す為の殺意もまた必要になる。そこには、暴力を振るうための道具と、暴力を振るうための膂力と、暴力を振るうための意志必要になる。

 これは余りにも自明である

 無論、我々に暴力を振るう可能性があったのは獣だけに限らない。例えば、同族である人類暴力を振るうことも大いにあったであろう。そのような人類に対して、暴力を振るわなければならない場面もあったであろう。

 更には、そのような暴力防衛自衛のみを目的としていたと仮定することは恐らく不可能であろう。そこに積極的暴力行使可能性があったことを、認めなければならないであろう。

 そんな時、我々の振るってきたであろう暴力は――あるいは、我々が振るわれてきたであろう暴力は――どんな種類の暴力であろうか。

 まず挙げられるのは、殺人

 強盗

 強姦

 傷害

 恐喝

 その他に何があるだろう? すぐには思いつけない。

 何らかの種類の搾取があったかもしれない。詐取が存在していたかもしれない。

 我々の祖先はそれを不断に行ってきただろう。恐らくそれを止めることはできなかったであろう。

 それを止めることによって、周囲の遺伝子キャリアに対する対抗手段を失ってはいけなかったかである。我々はそれを止めるわけにはいかなかったのである。それを止めた途端に、我々の遺伝子キャリア頓挫し、今日という日に辿り着くこともできなくなるからである

 恐らく、ありとあらゆる種類の暴力行使は、我々の遺伝子レースにおいて切り離すことのできない要素だったであろう。

 つまり、この文を通じて僕は何を言わんとするのか。


 それはつまり、恐らくだけれど、貴方のかつての父親は、あるいは貴方のかつての母親は、誰かを殺したことがあるということである

 何かを盗んだことがあるということである

 誰かを傷つけたことがあるということである

 誰かを犯したことがあるということである

 誰かを騙したことがあるということである


 誰かにまれたことがあるということである

 誰かに傷つけられたことがあるということである

 誰かに犯されたことがあるということである

 誰かに騙されたことがあるということである


 その他の、無数の暴力を与え、そして、与えられてきたということである

 我々のかつての父は殺し、盗み、傷つけ、犯し、騙してきただろう。

 我々のかつての母は殺し、盗み、傷つけ、犯し、騙してきただろう。

 我々のかつての父は盗まれ、傷つけられ、犯され、騙されてきただろう。

 我々のかつての母は盗まれ、傷つけられ、犯され、騙されてきただろう。


 例えば、百万年前までの歴史を辿れば、我々一人につき六万から七万の世代存在することになる。そして、当然そのような世代は必ず一人の人間継承し続けてきたわけではなく、無数の兄弟姉妹存在していたことであろう。そのことも勘案すれば、我々にはおよそ無数の関係者が――無数の肉親が存在していたということになる。

 我々には関係者があまりにも多すぎる。そう考えた時に、我々の関係者の内に、一人たりとも、百万年歴史において暴力を振ったものなどいない、と言い切ることのできる可能性は、どれほどあるだろうか。恐らくはその可能性は限りなくゼロに近い。我々は無数の暴力をはたらいてきたし、恐らくは無数の暴力に晒されてきただろう。

 我々は暴力と共にある。我々は(そして私は)、これから暴力を振るい、そして暴力を振るわれるだろう。

 これまでもそうだったし、これからもそうだろう。我々は生きなければならないからだ。

2020-08-21

anond:20200820101508

火星で生まれた人」がホモ・サピエンスでなく、火星独自進化した火星であるという前提

かつ、その火星人が地球に来て地球言葉を話そうとしているという設定で考えてみると

 

1)コンタクトしようとする相手言語に合わせる(日本人相手なら日本語を、中国人相手なら中国語を話す)

2)その時点で最も「地球公用語」と呼ぶにふさわしい言葉を話す(現代なら英語だろう)

3)火星人にとって発声やす言葉を選んで話す

 

この中のどれかではないだろうか

2020-08-13

anond:20200813151416

ちなみにホモソーシャル場合ホモというのは同一、同質の、という意味接頭辞で、ギリシア語のὁμός(英語で言えばsameなんかと語根が同じらしい)が元。

ホモ・サピエンスのホモラテン語人間意味するhomōなので全く意味が違います。語根も違います

許して欲しいのはこっち

まさかギリシア語ラテン語で全く違う言葉だったとは知らなかった…

増田のお陰で勉強になったよ、ありがとう

anond:20200813141641

anond:20200813141253

後半部分についてはここにある通り元々が男性と深く結びついた語彙だからという話に過ぎないよ

女性関係については分析言及が少ない、と思うならご自分でなさればいいと思うよ

本当に全くないのかは謎ですが。



かに、同質性から来る女性への偏見配慮のなさ(≒ミソジニー)はホモソーシャルの側面として槍玉に上がるだろうけど、同性愛差別がどうこうというのはマジで謎だし

そのホモと言えば男性同性愛、ってのが至極浅い理解で、お前がそれに引っ張られてるだけだよねという気しかしないのだけど

ちなみにホモソーシャル場合ホモというのは同一、同質の、という意味接頭辞で、ギリシア語のὁμός(英語で言えばsameなんかと語根が同じらしい)が元。

ホモ・サピエンスのホモラテン語人間意味するhomōなので全く意味が違います。語根も違います

anond:20200813135838

この増田の読解力が低いのか、こちらの読解力が低いのか、あるいはその両方か

かにホモソーシャル」という言葉本来性的関係を含まない社会的同性関係の話」を指す言葉だけど

実際にホモソーシャルという言葉男性同士の付き合いに内包されると言われるミソジニー女性蔑視)・ホモフォビア同性愛嫌悪)を批判する時に使う場合殆どだよ

例えば「ホモ」という言葉本来ホモ・サピエンス(人間)の略称の筈だけど実際ただ「ホモ」と言うとホモセクシャル同性愛者)を指すような物

女性同士の「性的関係を含まない社会的同性関係の話」を指してホモソーシャルという言葉を使ってる人はあまり見た事が無いし、大体男性批判がセットだよね

2020-07-14

anond:20200714121833

ホモは愛されている

からは愚弄の対象として

からは好奇の対象として

ホモというだけでホモは愛される

人間ホモ・サピエンスであるので人類ホモ

人類は皆お互いを愛し合っている

2020-06-15

anond:20200615173909

正直さ、黒人て野生的な人の比率が高いんだと思う

最初ホモ・サピエンス黒人でしょ?

から白人アジア人に比べて冷静で理性的な人の比率が低いんだよ

から自分から勉強しようとするよりも人から奪おうって発想になる人が多いんじゃねーかな

2020-02-10

政治が悪い

こころ穏やかに暮らせないのは政治が悪い。

野生に戻ろう。所詮ホモ・サピエンスだ。

2020-02-06

資本主義体制のもとでの都市における生産活動と、動物として次世代再生産する活動と、両者が根本的に食べ合わせ絶望的に悪いなんてことはヴィクトリア朝時代ロンドン貧民窟を例に出すまでもなく分かりきったことで、人類は150年以上経ってもこの辺の矛盾をいっこうに解決できていないんである

都市人口ブラックホールだなんてのも、日本ですら江戸時代からずっとそうだったし、人間自分ホモ・サピエンスという霊長類であるということを忘れてしまっては大抵はロクなことにはならん。我々人類動物界最強かも知れないが、動物を超越した存在というわけでは決してない。

2020-02-01

anond:20200201004053

事業的に採算取れないから?

自治体助成がしょぼいから?

保育士が集まらいから?

場所が取れないから?

はい、残念ながら全部そうです。

田舎農林水産業キャリアを積みながら子育てするほうがよっぽど人間的な(20万年に渡るホモ・サピエンスDNAに刻み込まれ性質に沿った)暮らしができると思います

2019-12-20

立憲主義とか無視して「多数決こそが民主主義だ!」としか言わん奴ら、法治そもそも向いてなさそう。

ホモ・サピエンスサピエンス啓蒙思想10万年はやかったんやなあ…

2019-11-18

anond:20191118231911

ありがとう

でも高等生物であるホモ・サピエンスときたら、さすがに年金とは一緒になりたくないんだなよね。

年金が性を700持つなら、人間は一千は持ちたいよ。

デンドローとかネクローとか色んな性を認めていって毎年!

その年の西暦年号と同じ数以上の性を認めているようにしたい。

サルなんかと我々は違う。

隔てるのは性への寛容性。

2019-11-10

問題提起にとらわれ過ぎてガバガバ世界

https://grapee.jp/702045

言いたいことはわかるけど、そうはならんやろという気持ちが先に来すぎて入り込めない

異性間でしか子を成せないシステム同性愛者9割異性愛者1割だったら人類がこんな現代ぽいところまで存続しないだろうし、もし行ったとして異性愛者への扱いがこんなに悪くはなるまい 貴重な再生産戦力なんだから

同性間で子をなせるとしたらそもそも性別が分かれてる意味がわからなすぎる 男女で種が違うってこと?ホモ・サピエンス一種覇権を握った現実とは違って2種に別れたってことなのか?

ネットフリックスにあった「軽い男じゃないのよ」もモヤモヤした 女が力も強くて出産もできるってどういうことだよ どういう役割分担?男がやることないやんけ!という気持ち邪魔だった

マジョリティマイノリティを入れ替える系、面白いとは思うんだけどもうちょっとうまくやれないのか?

2019-11-02

火山噴火威力

トバ・カタストロフ理論 - Wikipedia

人類進化にも影響を与えたという仮説すらあるこの7万年前の大噴火威力としてはTNT 1ギガトン程度と予想されているらしい。

これはかの史上最大の核兵器 ツァーリボンバで例えると20個ぶんにも匹敵する。あれ?20個ぶん?ホモ・サピエンスネアンデルタール以外のヒト属を絶滅させたわりにこれだけ?

2019-10-17

サピエンス全史だったか人間霊長類のなかでも極端にお産が困難になった代償として「出産に周囲の人間の手助けが必要社会性を担う脳が急速に発達した→ホモ・サピエンスが他の類人猿凌駕するほど言語を発達させた」という説が紹介されてた。

ひるがえって見るに、今の日本によくいる、バリキャリパワーカップル実家から遠く離れた都会でワンオペ育児、という姿はホモ・サピエンス進化という観点からするとむしろ退化しているのでは?

東京砂漠だとかいうつもりは無いけど、それでも大きすぎる都会って人間の体にはあまり向いていないような気がしてならない。

2019-10-11

いっそ『奴隷』という種族を作ったらよくね?

選択交配とかDNA手術で遺伝子的に奴隷向きのホモ・サピエンスあんまりやったらもう違う生き物?)を作ってソイツラを奴隷にしたら、この社会から不幸な奴隷はいなくなると思うんだよね。

今どうして奴隷問題になっているかと言えば、奴隷として生きるのが幸福だって思えない生き物が奴隷をさせられているのが駄目なわけでしょ。

から頑張って禁止しようとしているけど、今度は普通労働者奴隷っぽい感じで働かされてて結局解決してないのが現状じゃん。

そこでもう法学だけじゃどうしようもねえからロボットで補おうっていうのが工学的なアプローチなわけだけど、じゃあここは農学生物学的なアプローチとして奴隷に向いてる人間を作ろうっていう方向もありなんじゃね?

脳科学心理学の方向から人間を調べていって、突然変異なり自然的遺伝なりで生まれてくる超奴隷向き人間を交配させていって、奴隷になるためだけに生まれ奴隷として生きるのが一番幸せになれる種族奴隷」って感じのを量産して、ソイツらを奴隷にすればさ、名前だけ奴隷じゃないけど実質奴隷にされてる労働者はいなくなるじゃん。

もしも種族奴隷」の中で突然変異的に奴隷じゃない方幸せな「奴隷」が出てきたら、そいつ人間として扱ってやればいい。

人間奴隷から想像できないけど、それをみて「奴隷」は羨ましいとは思わずしろ可愛そうにって思うんだろうね。

デブ専みたいな扱いかな。

どうだろう。

奴隷

作ってみないか

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