「謙遜」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 謙遜とは

2022-06-24

30歳IT経験ゲーム開発歴5年で甘く見積もっても年収600ぐらいもらえるって楽観視してたけど

無理なの?

一応クライアントサーバーは一通りやってて、得意分野はUI/UXデザイン設計

でも仕事としてゲーム開発やったことはない

仕事キツくなって転職するってなったら謙遜して未経験だし600万ぐらいでいいですよwって、言って転職するつもりだったけど、この心の防波堤って崩壊してる?

2022-06-23

anond:20220622021807

最後の「私達を」は謙遜でもちょっと余計かな…

さておき、この人でもデザイナー派遣に受かってしまうほど今は人手不足なので

生活面はそんなに心配しなくてもいいと思う

それよりいく先々で寂しい寂しいと垂れ流され続ける周りが心配だ…相応しい綴じ蓋でも見つかれば良いけどね

2022-06-14

anond:20220613212654

こういうのって「うちのパートナーはほんとダメダメで」「うちの会社or学校バカしかいないから辞めたい」みたいなズレた謙遜と同じメンタルなのかなあ

2022-06-07

Valorant スマーフチート多すぎ問題

世界中で人気のValorant

ランク帯のレベルが高すぎて、スマーフチートで溢れかえっているのがよくわかる

当方SAなど無料FPSがあった時代からPCゲーを嗜んでいる

昔の無料FPSゲーの低ランク帯は、立ち回りどころかAIMすらまともにできていないのが当たり前だった

ところが、Valorantの場合は低ランクから頭を撃ち抜かれたり、立ち回りが秀逸であったりする

実際に観戦で見てみると、大手ストリーマーのプレイ(高ランク帯)と謙遜ないプレイが見られる

週末のんびりゲーマーランク帯で遊べる環境ではない

なぜ低ランク帯でこんなに高等なプレイが見られるのか?

PCゲーマーの腕前がここ数年で上がったから」とは考えられない

最近流行っているAPEXはFPSとは言えど、全くゲーム性の異なる作品である

そっくりゲームだったCSやR6Sはプレーヤー人口が少なく、そこから移民してきたプレーヤー荒らしているとは考えづらい

当方が対面で撃ち合うプレーヤーの一部は、常に照準がこちらを向いており、人間の反射神経の速さを超えている

お察しの通り、チートを使っているプレーヤーがいる

アンチチートによってそんなプレーヤーはいないとの触れ込みだが、毎試合必ず1名以上はい

味方にいれば御の字だが、敵にいると最悪である

もちろんスマーフもいる

外部サイトで戦績を閲覧できるのだが、そこで誰がプリメイドで参加しているか見ることができる

プリメイドで参加しているプレーヤーはだいたいがスマーフである

スマーフは敵味方のどちらに居ても厄介である

味方にいるとき自分ランクを下げたいがためにわざと適当プレイをする

から、味方にいるときはすぐに判別することができない

もちろん、敵にいるときも同様である

こいつはスマーフだ!とわかる瞬間は、そのランク帯では見られない高等プレイが出た瞬間である

スマーフチーターが低ランク帯を荒らす意味は全くないのだが、なぜか自分の力を誇示したいのか、そういったプレーヤーで溢れかえっている

当方としては、のんびりとゲームで遊びたいのであるが、最近の対戦ゲームはそういったことを考えていないプレーヤーが増えてきているようだ

2022-06-04

「親に金を掛けてもらいました」と言う

世間的に見てそこそこいい大学を出ている。

スポーツ国体に出たり全国上位に入ったりしている。

なので良く「すごいね」と言われる。

タイトルのように返している。事実からだ。

能力主義の人には謙遜だと受け取ってもらえるし、もっと社会主義ぽい人には若いのに世の中がわかってるねと反応してもらえる。

強者であればあるほどリベラルっぽい振る舞いをしといたほうが損がない。ぜんぜん損しない。

損しないんだから個人最適としてはこれでいいと思う。

弱者リベラルぽい振る舞いするとなんか損するんだろうか?弱者じゃないからわからない。

想像力が足りてない。だけど周りから評価謙虚良識派というわけだ。

変なの。

2022-05-30

二次創作への感想文の書き方

感想文のすすめ

感想を書くのが好きな人によるBL二次創作への感想文の書き方です

「私はこうしてる」という雑談です。親切なハウツーじゃないので役には立たない。


★基本

「〇〇(作中の内容)が△△でした(良かったです)」

ちょっと発展バージョン

「〇〇(作中の内容)が△△で(どうだった)□□でした(良かったです)」

まずはこれ!!!


とりあえず、内容を一読して、一番印象に残った箇所、読みながら最もニヤニヤしてしまった場面についてコメントをする。


桃太郎が勢いよく生まれるシーンが良かったです」

桃太郎が生まれるシーンがパワフルでめちゃくちゃ笑いました!」


まあこんな感じかな

ここに軽い挨拶、その他全体への感想を添えれば体裁が整う。そうでなくても、「良かったです」だけでも伝えたら、救われる命は多い



感想を述べる対象について

キャラに対して。キャラ解釈、カプ解釈キャラの行動など

シチュエーション

③全体のムードストーリー描写

④作者に対するファンレター


はっきり分けることは難しいし、一つだけってこともないかと思いますが、その作品のどの部分に良さを感じて筆を執ったのかということです

①「桃太郎が鬼退治に行くの、めちゃくちゃわかる」「仲間を連れてく発想はなかった」的なやつです。「犬がきびだんごを食べるシーンが愛らしく、悶えました」なんかも。

②「嵐の夜に、仲間と小舟で漕ぎ出していくシーン、手に汗握りました…!」「イケメン動物とのふれあいシーン、眼福なりぃ!」とか?

③「人物描写リアルで読み応えがありました」「ふたりまったりとした空気感が好き」など。

ただ、3万字の小説に対して「雰囲気が好きです」と一言だけ言われたりすると、(も、もうちょっとなんか…あるやろ!?面白くなかった?ごめん…)となるので、全体への褒めってサブかも…。

④むしろこれを望んでる作家も居ると聞く。いつもtwitter見てます!頑張ってください!そういうやつ。



以上のポイントで、細部や全体を見て感じたこと、これは!!!と思った部分を書き起こします。

感想文を書くときは、頭の中の言葉を研ぎ澄ませて、読んで感じた感情にぴったりの単語を探しましょう。

私はこの作業特に好きです。ぴったりの言葉が見つかったら気持ちよくない?



稀に、一言一句が、コマの全てがツボ、大好きという作品出会うと思うのですが、その時はその旨も書きましょう。感想が長くなりすぎて気持ち悪くなるので。



とりあえず心のままに書きなぐったら、まあそれだけで十分すごいんですが、書き足したり直したりします。

ポイントは禁句を書いてないか、作者が喜ぶか、です。

ま、百歩譲って作者が喜ぶかは適度なところで置いてもいいです。感想を読んだ作者がどう思うかまでは予想しきれないからです。でも書いた人の品性が疑われそうな禁句は除いたほうがいいです。


禁句の例


「続きが読みたいです!」の一言のみ。

わかる〜!!!続きもっと読みたい、永遠に読んでたいくらい最高だったってこと〜!!!!!私もよくなる〜!!!

でもとりあえず、「すっげ〜よかった!」を先に書いてあげてください。プロならまだしも、シロート生活仕事の合間を縫って書いてるので、すぐにケツを叩かれると泣きたい気分にもなろうものです。

続きがある旨書いてあったら、最後に添えてもいいかも。でも続きの催促はあくまでサブ。


桃太郎×キジの中で一番好きです」

必殺技のような気がしますが、マロなんかのメッセージ、つまり書き手の反応が見える場で言われると困る人が多いと思う。嬉しいけど、受け入れちゃう調子に乗ってると思われちゃうかもしんないし…。

あと、これを言うなら、定期的にあなたが一番です!というアピールをしていく必要も出てくると思いませんか?大変ですよ…。


「最高のキジ×桃太郎でした!」

いや、ちゃうねん。桃太郎×キジやねん……。

これは極端な例ですけど、例えば鬼退治を通してボス鬼に奴隷のようにこき使われていた部下鬼を開放した、というサブプロットをまるまる読み落とす(鬼は全員悪という思い込み等)みたいなミスはしないようにしたい……と思います………せめてキャプション等を読んで、書いた人の意図からずれないようにしたい…

これはマジで自戒…アホなのでやりかねないし、多分作家は指摘してくれない…


「他の桃太郎×キジと違って、あなた作品は〜」

他を下げて自作を上げられると、どんな顔していいのかわからなくなると思う………

同人作品より公式とか、カプの比較のほうが多いかも。本気の愛があるゆえにやっちまいがち。けどこれもほんとあるあるで、界隈に不満が多いときにやっちまいそうになりますわね。今の界隈は大丈夫ですが、自戒です。


「上手いですね」

これは……………微妙〜…………

嬉しい人、いると思う。実力志向の人とか、絶対嬉しいと思う。上手く伝えられればとんでもねえ誉になる。

でも、上手いって言ってくるお前は誰やねん、何勝手に順列つけてくれとんねん、という反発心をもたれる可能性もある。私なら、口ではありがとうと言いつつ、(でも商業作家とか大手に比べればゴミじゃん?)と思うと思う。言われたことないけど。

作家が欲しがってるかどうかわからない時は「うまい」より「好き」としておくほうが平和リスクヘッジです。


以上、書いた人の人間性を疑われそうなタイプの禁句でした。



作者が喜ぶか

喜ばせるというよりは、不快にさせないと言った方が正しいかも。


このメッセージを受け取って作家は嫌な気持ちにならないかな?


を全力で想像しながら書いた感想文を見下ろしてみる。

キャプションと本人のプロフを読み、可能であれば作品投下後のツイートも見る。

ただこればっかりは相性もあるので、完璧不可能だと思う。でも、相手気持ち想像して嫌な気持ちにさせないよう推敲する作業には意味があると思います


・嘘は絶対に書かない

話を盛るはいい。でも、好きじゃないものを好きとは書かない。おあいそはバレます。印象悪いし、悲しませることになる。


アピールポイントを探す

作品をじっくり読んでいると、作者がこだわって書いたであろう部分が見つかることがあります。そこは言及する。

特に刺さっていないシーンでも、「臨場感がすごかった」「圧倒された」など、「好き」ではなくとも関心した旨書く。言葉か見つからないときは書かない。


・受けは「かわいい」?「かっこいい」?問題

界隈の風潮や私と、作家解釈は一致?不一致?

把握するのが難しければ仕方ないけど、わかるなら、作家解釈と違うことを感じたら書かないほうが無難。怒らせたり、最悪筆を折られたりすると申し訳が立たない。


ま、あとは自分常識と照らして…。

知人ならともかく、知らない人にはあまり極端なことや過剰なことは書かない。



最後



読者も色々だが、作家も色々。

こちらがどれだけ心を尽くして感想を書いても、相性が悪かったり、こちらの気付かぬ手落ちがあって相手不快にさせることはある。

感想のものがいらない人、特定褒め言葉で怒り出す人、何を言っても過剰に謙遜する人、そもそも何も聞いていない人、私に褒められても塩対応するくせに、絵馬にほめられると急にはわわし始める人……。

ま、…………そっか〜〜〜〜!!!!!!!!!とお相手ミュートなりブロックなりしてブラウザは閉じ、お気に入りお茶でも飲んで、今日は寝て全部忘れましょう。二度と送らなければOK〜!!インターネット他人に期待するのが間違い。



自分アカウントに載せようかと思ったけど滑稽で痛々しすぎるのでやめました。ゴミ箱にしてすまん。

2022-05-24

褒めと卑下で場を回すのやめてくれ

もうやめてくれ本当にやめてくれ

あなた物事をよく知ってるね、それに比べて私は…って全部の話で己を卑下し私を持ち上げるのを是とする雰囲気やめてくれ

私は物知りではないしあなただって私の知らないことを知ってるはずだって何回言えばわかるんだ

なんでそんなコミュニケーションの取り方しかできないんだ、セクハラ発言禁止されたら黙っちゃうおじさんと一緒じゃんか、対話の引き出しがそれしかないのか…?

あなた美人で若くてお洒落だね、それに比べて私は

あなたは賢くて自由健康だね、それに比べて私は

あなたキャリアもあって有能で非の打ち所がないね、それに比べて私は

知らないよ、あなたことなんて知らない、比べないでよ、自分コンプレックスを私との対比で勝手に感じて吐露するのやめてよ、私の何を知ってるの、悪気なく言ってるつもりでこっちに負担のでかいコミュニケーションまじでしんどいだって

笑って流したら褒めが足りないと追撃してくるところ、否定したら謙遜しないでと窘められるところ、真面目に返したらそんなに真剣になってどうしたの?と聞いてくるところ、辟易

でもまあ人の振り見て我が振り直せだよな、私はこうはならないぞという決意表明です。

2022-05-14

anond:20220514043635

そういう神話しか頭のいい奴というもの理解してないような妄想癖エアプに言われても

賢い相手と接してる時は自分は何も知らないと思いながら話すし実際そう言ってるし賢い人がいってんじゃんっていうかそうですよ実際

バカが混ざってくると話が違うんだって話をしてんだよね

謙遜を本気にするしまともな会話ができないしロクでもなくて苦痛不快です

2022-05-07

Love is all you need

タイトル最後まで書いた後に決めろ、と小学校の作文で教わったような気がする。私は文章を書くと最終的に何が書きたいのかわからなくなってしまうことが多く、予防としてタイトルを先に決めて書くことにしているのだが、こういう増田では徒然なるままに書いてみてもいいかもしれない。

そこそこ勉強して医学部に入った。高校の時は何がしたいのか、何になりたいのかわからなかったが今ではわかる。私は物書きになりたかった。他人文章で認められたかった。しかし私にはその才能がないことはずっと前からわかっていた。

中高では作文コンクールがあった。テーマ提示され、その場で1200字程度の作文を書いて提出する。あんなの遊ぶ時間でしょ〜と斜に構えていて、実のところそれなりに構成を練って作文をしていた。結局6年間で一度も佳作に名前を連ねることすらなかった。

2020年4月、私は大学入学した。多くの大学がそうであるように、医学部でも1年は一般的教養を身につけることが多い。何一つ興味を持った授業はなかった。試験コロナ禍によりレポートになり、人のものを写して単位を得た。

2年になると、興味のない医学の授業しか無くなった。進級にはたびたび訪れる試験をやり過ごさなければいけなくなり、図書館に篭ることが増えた。新入生に向けて他己紹介を書くことになった。友人2人のものを書いたが、同期のうちでは好評だった。嬉しかった。私の文章が初めて人に認められたのだ。しかそれから文章を書く機会も、書こうとすることもなかった。自分文章直視するのが怖かった。評価されるのが怖かった。文才がないのは分かりきっていたのに。

この4月、3年に進級することができた。今度は部活での新歓のために他己紹介を書いた。今回も2人分書いたが前回ほど好評ではなかった。私の文才なんてそんなものかと思い、また興味のない医学の授業を受けている。

人間関係にも苦労した。入学当初はいわゆる大学デビューというものを頑張り、交際相手を作ろうとしたがうまく行かなかった。何度か自殺を考え、首吊りのためのロープを買い、いやいや将来病院いくらでも苦しまずに死ぬための薬が手に入ると自分を騙し騙し生きてきた。

ワンミスで嫌われるという強迫観念に取り憑かれ、徹底して好かれるように立ち回った。その甲斐あって今では学部内での顔は広くなった。この間、人を怒らせてしま電話で謝った。これで挽回できると思ったし、嫌われた時のためのアリバイ作りという打算もあった。その時、怒っているけれど私がそんなことであなたを嫌いになるはずがないと言われた。周囲の人はこういう風に人と関わっているのかと衝撃を受けた。私は常に1人だったのだ。

そういうことがあって心に余裕ができてからは、腹がたつことが増えた。今までは自分がどれだけ気を遣っていようが、相手の振る舞いになんとも思わなかった。しかし急に自分けがつらい思いをしているように感じられ、これまで私を受け入れてくれた相手にも感情的に厳しくものを言ってしまうことが増えた。その度に家に帰って反省し、嫌われたかもしれないと怯えていた。

私の精神はまるで中学生のようだと自嘲しながら、聖書に助けを求めた。こう書いてあった。

あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。

互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。

これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。」

なるほどアガペーの対価として善き人間となるのかと思い、2000年前のベストセラーに感心した。残念なことにアガペーを実感できない私は解釈を変えて、周りの人が私を赦してくれたように私は周りを赦そうということにした。こう考えてからは人を傷つけることは減ったと思っている。

そういえば最近になって、気になる人ができた。とても気の利く優しい人で、初恋の人はこういう人だったと思い出した。

ここまでの長い文章を書くのも久しぶりである。私が自分文章を認めるために記した。

このGWに出かけたとき、友人の車内でビートルズの"All you need is love"が流れていた。

「愛こそすべて」いい響きだ。これならこの文章タイトルとして相応しいだろう。

私は自分を、他者を、愛することができるだろうか。まだわからないけれどこれまでよりは前を向いて生きていこう。そう思った連休明けだった。

anond:20220304213201

謙遜してもいじわるされる美人、かわいそう。その子民度の低いバイト辞めれてよかったと思う。でもいちばん可哀想なのは、見た目、心の綺麗さ、全て負けていて、民度の低いコミュニティで慰められてる主人公

2022-05-02

女性の瞳を見ることができない

この日記の書き始めは、2022年3月23日。私の増田歴は2年ほどになる。基本はROM専だ。

週末にはてなブログランキングを見る派なのだが、その一番下に増田部門があるだろう。

ある日そこで、弱者男性話題で盛り上がっているのを見た。

弱者男性』というのは要するに、男としての権利義務や果たすとか、オスとしての欲求を満たせずに苦しんでいる男性のことらしい。特にお金モテ問題が多いようだ。

私に言わせれば、どんな人間だって自由はないと思う。

どれだけお金がある人でも、どれだけモテる人でも悩みはある。自分の思いを果たせずに苦しむことには変わりない。自由は、苦しいのだ。

私は、30代後半になる男だ。これまでずっと、道路や、公園や、箸などの大型建築物を創る仕事に打ち込んできた。あなた都内暮らしであれば、私が設計した橋梁を使ったことがあるかもしれない。

年に数えるほどしか増田には投稿しないが、退屈にならないように綴ってみる。

以下、当時の日記を加筆修正したものになる。逆時系列にしている。



2022/3/18

職場の窓口にお客さんが来た。女の人だ。見た目は25,6才ほどか。

建築関係で、測量業務相談をしたいという。アポなし。

カウンターに座るように案内をして、その子説明を聞いていた。

五分も経つと、向こうの説明が粗方終わった。話の最後で、こちらの資料サービスで何点か手渡した。

別れ際、その子が割と遠方から来ているのを知った。職務経験が浅い印象があったので、「質問はありますか?また来ることがあっても困るでしょう」と話を振った。

の子が顔を上げた。すると、次の瞬間だった。コロナウイルス対策プラ製の衝立越しに、その子と目が合った。瞼の上の、ふわりとした茶色パーマが特徴的だった。

しまった」と感じた。

話の最中、その子の姿を見ないようにしていた。私はずっと、カウンターにある資料目線をやっていたのだ。

・・・私と目が合った途端に、その子の瞳が大きくなった。茶色い瞳孔をふわっと見開いて、両手の掌をテーブルの端にちょこんと乗せて、こちらに身を乗り出してくる。目を逸らすのも失礼なので、ちょっとの間だけその子の瞳を見ていた。

その後、私は少しばかり視線を落としたはずだ。

確認ですが、このフェンスのところには町内会倉庫が置かれるんでしたっけ」

はい、そうです!」

マスク越しでもわかる、その子の綻んだ顔に目を背けるようにして私は、カウンターの端にあるスタンプ台に視線を移した。

帰り際、その子名刺を置いていった。会社名と、その子の氏名と、会社電話番号と、メールアドレスと、上から鉛筆書きで携帯電話の番号が書いてあった。「会社にいない時はこちらに」とのことだ。

接客が終わって私は、名刺ホルダーの一番目立たないところにそれを突っ込んだ。

2021/12/21

休みチャイムが鳴った。

給湯室までコーヒーのお湯を汲みに行こうと席を立ち、廊下に出たところで、細身で背が高い子が正面から歩いてきた。いつも髪をお団子みたいにまとめている。

今年入ってきた新人の子で、私と同じ高専の出だった。片手に厚生地ハンカチのようなもの(あれはなんて言うんだろう。ハンカチタオル中間みたいなやつだ)を持っていた。

の子は、私とすれ違おうとする時に、「ばぁっ!」と言いながら両手を広げ、私の方に躍り出てきた。私がのけ反るのと同じタイミングで、小走りで後ろ壁まで下がって、にやにやしながらその子職場の方へと早歩きしていった。

しまった、対応を間違えた」と思ったのは、その年の6月頃だ。

の子は私の部署で余った事務用品をもらいに来ていた。あの時私は、縦横5000×5000ほどの段ボール(中に大量の事務用品あり)を抱えて、その子に渡そうとしていた。

ダンボール箱を渡し終えた時、私には見えてしまった。

「○○さん。開いてるよ」

小さい声で、その子スカートのファスナーが開いて、横から灰色下着が見えているのを指摘した。

の子は、「あ……」とだけ呟いて、カチンコチンコチンに固まった。私がそそくさと自席の方に戻って座りかけたところで、その子段ボールを床にガタンと落としたのを聞いた。

どうやら、片方の手だけでファスナーを元に戻すことには成功していた。その子のところまで行って、段ボールを持ち上げて、「ゆっくり運ぼうね」と声をかけた。

今思えば失敗だった。その子は、あれから廊下で私とすれ違う時、たまに凄く嫌そうな表情になる。廊下の端の方に寄って、小走りで駆け抜けるのだ。その度に、申し訳ない、ごめんなさいという気持ちになる。

2021/9/30

三日月だったかもしれない。

よく行く近所のコンビニに、高校生大学生ほどの女子店員がいる。ハキハキした明るい接客をするし、どんなお客にも物怖じしないし、チャッチャとした勢いで在庫ケースを開けてアイス冷凍食品を突っ込んでいく。将来有望な子だと感じていた。

ある夜だった。コンビニによっては、お客さんがレジの画面で決済手段を選んだり、現金をキャッシャーに入れたりするだろう。

私の目の前に並んでいたお爺さんだったが、どうやら初めてのようで画面操作に苦戦していた。その子カウンター越しに指で指示をするのだが、なかなか難しい様子だった。その子身長は低い。レジから身を乗り出すも、うまくお爺さんに指示ができていない。

でもなんとか、最後の画面までは行っている。私は近づいて、「ここを押すんですよ」とお爺さんにジェスチャーで示した。無事に決済処理が終わった。

私の番がくると、「ありがとうございました」とその子が言った。「○△さんは優しいんだね」と声をかけた。「そんなことないです!」と全力で謙遜をする。

その際、彼女の変化に気が付いたのと、心の中で「やめておけ!」という声がしたのは同時だった。喉の方が早かった。

今日は、なにか顔が違う?」

実際、そうだった。あの子雰囲気は違っていた。

家に帰って、ようやくコトバが浮かんできた。あれはチークだ。女性の瞳の下がうっすらと赤くなっているやつだ。

いつだったか、直属の上司女性社員に対して、「その赤いのは何だ?」と声をかけると、その人が、「これチークです」と返して、さら上司が「チンコ?」と問い返し、微妙雰囲気になったのを思い出した。

の子は、私の問いかけにレジの前で飛び上がって、「えー、どこが違いますかっ?」と元気いっぱいに質問を返してきた。物凄い勢いで身を乗り出している。「わからないけど、なにか違う気がする」と答えたはずだ。

以後、その子レジを受けてもらう時、話しかけてくるようになった。二週間に一度くらいか

「昨日の朝、自転車で走ってましたね」

「すっかり寒くなりましたね」

「私、来月から薬学部研修に行くんです。しばらく会えません」

去年のクリスマスを過ぎた頃だったか。その子と話をしなくなったのは。

急に暗い表情になって、私と世間話をすることはなくなった。

できるだけそのレジを避けるようにしたのだが、たまにどうしようもない時があって、その度にまた暗い面持ちを見ることになる。



2021/6/初旬(特定危険があるので初旬としている)

こういうことがある度に、「間違えた」と感じる。

上に述べた内容は、人によっては嫌味に聞こえると思う。もし、あなたが異性にモテたい人間で、かつモテないのだとしたら、イライラとする内容であるに違いない。

私と目が合った異性愛者の女性は、私に異性としてのアプローチを求めるようになる。目が合わない場合ですらそうだ。

昨年の6月。他組織から依頼があって、コロナワクチンの接種協力の仕事をした時だった。文化ホールの2階席が待機場所だったのだが、覇権会社から来ている女の人は、周りが空いている状態でも私の隣付近に座ろうとした。

○ 私

派遣会社女性

△ それ以外の主に男性

△ ●●● △

 ● ○●△ 

△ ● ● △

オセロだったらと思うと恐ろしくなる。黒が集まっているし、左右には正体不明の駒がある。△がみんなルークで、かつ私の味方であることを祈りたい。

派遣会社の女の人は、昼食を食べている時、チラチラと私の胸板を見ていた。上着を着替える時は特にそうだ。

「お前、さっき俺が着替えてる時チラチラ見てただろ」と言いたくなった。

それで、相手の方に視線を向けると、メジロのようにサッと首を回して向こうを見る。これに限らず、何もしておらずとも人から視線を感じることが頻繁にある。



2017/9/上旬(〃)

この時までは、「できれば女性の目を見ない方がいい」が方針だった。この体験の後は、「絶対に見ない」と自らに誓った。

あれはまだ、前の会社にいた時だ。地元密着型の企業で、年に一度、会社敷地お祭りをやるところだった。一般の人を100人ほど招いてワイワイと楽しんでもらうのだが、私は輪投げゲーム担当になった。

昼下がり、1階の広い室内のひと区画で長机に座って店番をしていると、6才くらいの女の子が前を通った。同じ部署の女上司の子どもだった。

の子は輪投げスペースを通り抜けて、私のいる机の前まで来た。それで、微笑みながらその子の顔を見たところ、きょとんとした顔になって、トコトコと母親のところに歩いて行った……数分後、その子母親の手を引いて、またこっちに来た。輪投げゲームをやりたいという。

その時は普通にプレイしてもらった。帰り際に何かの景品、水鉄砲だったかを渡してあげた記憶がある。

その一ヵ月後だった。私と同僚が、女上司母親)の会社忘れ物を家に届けた時のことだ。

呼び鈴を鳴らして玄関口に入ると、女上司が出てきた。忘れ物を渡して、「ありがとうね」と言われたところで、例のあの子が奥の方から玄関に出てきて、私の方を見た。

すると、口をちょっと開けて、後ずさったかと思うと、一目散に後ろに駆けて行った。柱の後ろに隠れると、「いやだ、わたし、あの人に会いたくない!」と叫んだ。

一言一句、誤ってはいない。確かにの子は、慌てた声で、亀のような姿勢になって、そう叫んだのだ。「あんた!この子になにしたの!」と言われた私は、何もできなかった。

次の日から職場に居ることが苦痛になった。とにかく仕事がやりづらい。女上司との仲が悪循環的に悪くなっていった。

この日から半年後、私は転職を決意した。それから約三ヶ月間、耐えに耐え、今の会社に入ってからは、ずっと今の職場技術関係仕事をしている。



上のような諸々の現象出会うことは正直よくある。年に十回以上は固いだろう。

その度に、過去にあった嫌なことを思い出して、「馬鹿なことをしてはいけない」「自分他人も傷つけてはいけない」と自らを律する。

過去にあった非常に嫌だったこと。思い出したくはないが、この機会だから思い出してみよう。

集団によるシカト地元高専にいた時、アルバイト先のマクドナルドで、ある女の子彼氏彼女的な雰囲気になったことがあった。が、今の私も、当時の私も奥手で、仲が進展することはなかった。雪が降る中、飲み会の帰りにその子を家まで送って行って、アパートのドアが開いたところで「今日ありがとう。じゃあね」と言うと、その子は私の顔を見上げて、多分十秒くらい経ったろうか。視線を部屋の中へと送ってその子は、またしばらく黙っていた。すると、突然早歩きで部屋に入って、ガチャンと扉と鍵を閉めた。しばらく立ち竦んでいると、その子の部屋の中で、また何か音がした気がした。私は振り返って、自宅に帰った。その後、皆の目が冷たくなった。特に女性の。労働時間中も、それ以外でも、私が声をかけてもロクに反応はなかった。店に居づらくなった私は、店長一言だけ「辞める」と告げて、逃げるように事務所を出た。マクドナルドでも、ローソンでも、サイゼリヤでも同じだった。実家の近くにある中華料理店は、店主とそのお母さんが2人で切り盛りしていた。私以外に若い人間はいなかったので、編入先の大学を出るまでそこで働いていた。

・近所の小売店を出入り禁止になったこと。これまでの人生で3回ある。いずれも身に覚えがない。気が付いたら、その店の人間関係が悪くなっていて、店舗責任者と思しき人が私のところに説明に来て、いわれのない罪状を告げる。あれは、今年の2月だった。ローソン立ち読みをしていると、警察官に声をかけられた。店舗責任者が私を通報したようだ。私は、パトカーの中で10分以上にわたって職務質問を受け、最後に「コンビニ若い女の子に声をかけない方がいいよ」と諭された。私がコンビニで誰かに声をかけたことはない。大学生と思しき女子店員に声をかけられたことは何度かある。

電車で移動する時。愛車(自転車)の修理が必要な時や、会社に遅れるリスクがある時は山手線通勤する。席を確保してゆっくりしていると、いわゆるトナラーというのか、見知らぬ女の人が隣席に腰をかけることがある。40もつれの女性であることが多い。やがて、その女性ウトウトたかと思うと、私の肩に顔を傾けてくる。逃げるのも申し訳ないので、大抵は我慢している。

・後ひとつだけ加える。電車通勤時に会社近くの駅で降りるとき、「すいません……」と斜め後ろからオドオドとした、だが妙に勇気を振り絞った声がすることが稀にある。そこには大抵、中学生高校生がいて、顔を伏せがちにして私の方に歩いてくる。それで、カバンから可愛らしい封筒を取り出して、「読んでください」と手紙差し出す。『ごめんね。申し訳ない』。そう思いながら、「勇気がいったよね。ありがとう。読ませてもらう」と返す。手紙を受け取ると、手提げかばんに仕舞って、会社が終わって家に帰ると衣装ケースの奥に入れる。時間がある時に恐る恐る読んでいる。



時間現在に戻す。

私は幸せではない。普通の人が望む恋愛幸せを感じられないからだ。

先日の、ある洋風居酒屋を貸し切っての飲み会の席だった。何十人もの社員が参加する、それなりの規模の酒席だ。幹事集団が、開催前の挨拶で「ソーシャルディスタンス」を連呼していたのを覚えている。

若い子が多かった。30代は私と男の後輩の2人だけだった。飲み会の開始直後を除いては、ずっと1人でメシを食べていた。二十分が経ったところで、後輩の男が、「増田さん。今いいですか」と満面の笑みで声をかけてきた。かつては同じ部署で、手取り足取り何年も仕事を教えてきた後輩だ。

要約すると、「あっちに先輩の席用意してますよ」とのこと。

彼の身長は170あるかないかで、体格は太い。着古した作業着居酒屋に来ていたが、ちょっと汚れのある様がパリピ向けの店の雰囲気にそぐうと感じた。

笑顔はきれいだった。店内の薄暗いLEDに照らされて。少年的な感じのするスマイル。顔は色黒いのだけど、爽やかな感じが伝わってくる。

はいいやつだ。数年後には、いいお嫁さんをもらっているのだろう。

女の子が2人待ってますよ。増田さんのために揃えたんです、褒めてください! △△さん(4階の職場で一番綺麗とされる女性社員)が来てますよ」

後輩はそんなことを言った。私は特別席へと案内を受けるようだ。

後輩は、うす暗い居酒屋とある区画の前まで来ると、「俺は男同士で飲みますわ。先輩は楽しんでください」と向こうのスペースに行った。目の前には後輩が説明したとおり、女性が2人、灰色調のソファに並んで座っていた。それともう1人(「ばぁっ!」の子)が2つ隣のソファまごまごしている。私は対面に座せばいいようだ。

それで、女の子達(同じ階の後輩3人だった)を見た。一人はショートカットで、一人はセミロング?をポニーテールみたいにしていた。もう1人は、肩甲骨の下までの長い髪だった気がする。

雑談小一時間した。私目線だとそれなりに盛り上がった。みんな大体同じだけ会話ができていたはずだ。退屈そうな素振りしたこともあったが、気付かれていないと信じる。

この時も、やはり後悔がある。トイレで席を立った時、あの男の後輩を見つけた。少し酔っていたのもあり、声をかけみてた。

女の子はいいや。後輩君と2人で話したいんだけど。どうかな」

と彼に告げたのだが、鎧袖一触とばかり、「ふざけないでくださいよ~!」と、私の背中を押して、あの子たちのいる席へと連れて行かれた……。

それからずっと、あの子達とお喋りをしていた。やがて、飲み会の締めの挨拶が始まったのに合わせて、私は特別席を立って遠くのスペースに移動した。挨拶が終わる頃、幹事達に1万円を渡して、誰にも声をかけずに帰った。

色々と勉強になる飲み会だった。またいつか、機会があれば行ってみたい、かもしれない。



自分という存在が嫌になる。私にも心があり、胸にときめきを感じる瞬間があり、その存在がほしい、手にしたい、一緒になりたいと願うことがある。

でも、手に入ることはない。手に入れようとする行為自体が罪になる。挑むこと、それ自体が罪なのだ。私にできるはずがない。できない。できないよ。私には。

増田につらつらと想いを書き綴ってはみたけれど、どうやら少しだけ気分が楽になった。つまらない日記になっていたら申し訳ないけど、できればそうでないことを祈っている。

この記事を読まれあなたが、今年も幸せでありますように。

2022-05-01

弱者定義にはアイデンティティの獲得の失敗を含めるべきだ

なぜそう思うかというと、自称弱者が極めてうざいからだ。

そして自称することによるウロボロスを退治したいとも思っている。

私たち否定的弱者属性自身の特徴であるとするとき、大抵は自身行為によることが多い。

私は〇〇しかできないか弱者だ。私は○○だから弱者だというときに、○○は本人に依るだろう。

から○○をしない、○○ではない状況であれば彼は弱者ではない。

しかし話はそう単純ではないだろう。

他称である場合、そういった定義相対的である

限界まで普遍的であるとはいえるが、いかなる想定を超えてまで普遍的であるとは言えないのだ。

まりあ文化社会グループにおいて弱者であるとされていても、別のグループでは弱者にはならない可能性は常にあるのだ。

これは自称であってもそうである自称は他称によって得られるものだろう。

さら現在グループであっても、グループが何らかの変化によって、または破壊によって定義は変化する可能性もある。

そう考えると、他称されることとは一時的承認であると言える。

一時的承認であるが、自称となった(他称から自認へ)場合承認者は自己である

こうして彼はアイデンティティを獲得するわけだが。

弱者である場合(と私は仮定するのだが)、そういった自己承認はほぼ不可能なように思える。

それがどれだけマイナスものでも、可能な限り事実であったとしてもだ。

どれだけのマゾヒストなら自身にとってネガティブなことを自分承認できるのだろうか、ほぼ無意味だと思うだろうというのが一点と

弱者自己否定性を考えれば、その自己承認がどれだけの意味を持っているのだろうかというのが二点目だ

私が思うに、弱者による自称は、自称っぽいがほぼ他称であるだろうということ。

そして自己承認をされなかった自称もどきは、ひどくもろいだろうということだ。

こうなってくると、アイデンティティを一時は獲得したもののすぐ壊れてしまい、彼のアイデンティティはすぐに無くなるだろう。

私はここまで考えると、"弱者であること"に類するの定義にはアイデンティティの獲得の失敗を含めておくべきだろうと思う。(獲得したとしても本当に短い時間だろう)

こうしておくと、かなり良いことがある。

まず、自称弱者はほぼ消滅する。

なぜなら、自分弱者である(弱者であるというアイデンティティ)と言うことが不可能からだ。

次に、弱者自分のことを弱者だと思う必要は無くなる。

弱者自称することが無意味なのだから自分が本当に弱者かどうかということを考えることは無意味だ。

もちろん他称としての弱者は残るので、結果は変わらないし、彼はアイデンティティを獲得できない。

偽物のアイデンティティを獲得してぬか喜びする必要はないし、取っては壊れ取っては壊れるというような賽の河原の石積みのようなことはしなくていい。

では弱者は何も言えなくなってしまうと思うだろうが、アイデンティティを獲得を失敗したと自称することはできる、私が言いたいのはまさにその点にある

アイデンティティを持つもの強者で、持たないもの弱者だ。

私が思うに、もし弱者がいて、弱者と他称されていて、弱者弱者と自認でき、そして自称が広く他者承認されている場合

そのケースはあり得ない、あったとしたら、もしそれを可能とすることができるのならそれは弱者ではない。

想定される弱者のケースとは、弱者と他称されていて、弱者自分弱者だと言えず、言えたとしてもほぼ他称の自称を言い、そしてその自称自己または他者によって簡単否定されるものだ。

まぁこういうと、否定されることによって弱者は完成するのだが、もし否定する人と弱者になりたい人が共犯的な関係を作り出してしまうこと、そしてそれを意図して行われてしまうともうよく分からないことになるだろう。

である強者のケースを考えてみよう

強者と他称されていて、強者強者と自認でき、そして自称が広く他者承認されている場合

うん、これは強者だろう

強者と他称されていて、強者自分強者と言えず、言えたとしてもほぼ他称の自称を言い、そしてその自称自己または他者によって簡単否定される

うーん、微妙なところだが、強者アイデンティティ獲得を失敗しているので弱者に近くなる

話を元に戻すと、強者定義にはアイデンティティの獲得の失敗を含める必要はないだろう。

おそらく強者自己否定性はそこまで高くないだろうと思からだ。他称されている点に注目すれば、彼を認める者は少なくともいるということだろうし。

それに他称は変わらないし、弱者であることと、強者であることに何も変わりはないのだ。

これは自称による内面問題回避のために組み込むものだ。

私が問題とする2点は回避できる。つまり自称弱者という不可思議存在と、弱者によるいびつアイデンティティの獲得の防止。

もう一つ解決しなければならないのは、謙遜による弱者性を自称することだ。これは文化社会に密接に組み込まれていて、つまり彼らは弱者属性を体よく"使っている"わけだが

これを否定することはできない。恐らく強者であろうと弱者であろうと使うだろうというものからだ。

しか問題根本はここにある。

2022-04-18

実は最近気がついたことがある。

私は生きてきて努力をした記憶がない。これは嫌みでも謙遜でもない。

勉強なんて全くした記憶がないし、常に怠惰に生きてきた記憶しかない。

仕事も不真面目で出来損ない、間違いなく屑だ。

ただ、理屈で考えるとおかしいのだ。

少なくとも塵カス程度には何かしなければ、偶然といえど、大学に受かることもなければ、仕事の結果を残すこともないのだ。

しかし、その記憶がない。本当に何かした記憶がないのだ。

例えば、何か設計をした際の、「設計動機」とか「設計に至った理由」などは答えられるが、設計をしていた時間記憶がないのだ。

気がついたらキッチンに居たとか、ふと気がついたら出社していたことがないだろうか?

私は良くある。通学・通勤中の記憶がないけど学校会社に来てた事が何度もある。少なくとも10からだ。そのたび、「えっ夢遊病事故起こさなくて良かった」とか思うのだ。

多くの事において私はこれが起こってる気がする。結果だけは覚えてるけど、途中がキングクリムゾンしてるのだ。

逆に何もしてないとき。サボってるときとか休憩してるとき記憶に残る。失敗したときなんかも覚えてる。

から何か思い出そうとしても、自分怠惰で屑だった記憶しか思い出せない。

から自己評価カスという評価しか下せない。常に最低評価を付けているのに、それなりの評価修正されるのかがずっと理解できなかった。周りの人間は私なんかよりずっと努力してるのに、ちゃん評価しろよと内心怒っていた。

しかしたら、記憶が無い部分で私は何かしてたのかもしれない。

こんな無駄に長い駄文に付き合ってくれてありがとう

2022-04-08

anond:20220408004431

おっぱいの対になるのは身長です。

 

筋肉努力で鍛えられるじゃん。

おっぱい身長はほぼ遺伝。どうしても変えたければ手術しかない。

 

筋肉って女はそんなに見てない。

身長の方がよっぽど第一印象に影響する。

よく見たら筋肉あるね、すごいね、くらい。

 

おっぱい身長も、でかい人は「そんなに良いもんじゃないよ〜不便だよ」って謙遜しがち。

2022-04-04

anond:20220404092814

ありがとね。

自信がないので、

はじめに「センター分けとか」と要望を出して、

『似合わないけど希望からな』と進むのが心配で、

結局、コミュ力はいるんだろうと思う。

紙に、

コミュ力がないので察しながら勧めてください。

謙遜したり、

弱気になったり、

遠慮して途中で伝えるのを諦めたり、

誘い受けが多めになったりしますが、

私の心を解きほぐしてくださいと書くんだな。

地獄だ。(美容師の)

2022-04-01

素直、謙虚鵜呑み

素直に人の言うことを聞くのと、人の言うことを鵜吞みにするのと、何がどう違うのかわからない。

また、謙虚謙遜)とイヤミの境目もわからない。

2022-03-29

愚妻とは「“愚かなる自分”の妻」のことだった??

https://getnavi.jp/book/227171/

このサイトに、

ちなみに、尊敬する人生の先輩は、いつも「愚妻」と称している。愚妻って、謙遜とはいえなんだか妻のことを悪く言っているようで、正直あまりいい気持ちがしなかった。だが、「愚」は自分のことを表しており、「愚かなる自分」の妻、という本来意味最近知り、これまた勝手に気恥ずかしい思いをした。なお、本書ではこのように紹介されている。

■妻の場合

相手側:奥様、ご令室

自分側:妻、家内女房、愚妻

ニッポンのおつきあいとしきたりの心得帖』

やはり、「愚妻」はマナー的にも◎だったようだ。さすがは先輩!

とあるのだが、まるで『ニッポンのおつきあいとしきたりの心得帖』に、「愚妻とは「“愚かなる自分”の妻」のこと」と書いてあるかのような「やはり」だ。

しかし、調べてみてもそんなことどこにも書いていない。

「愚妻とは「“愚かなる自分”の妻」のこと」の出典はどこにあるんだ?

まあ、そんなもの無いのだろうけど。

2022-03-14

「優しいね」ってなんだろうな

まず前提として、自分は優しくなけりゃ性格はひねくれてる部類の人間だということを分かった上で読んで欲しい。

「優しいね」と言われた時にいっつも決まって「別に優しくないよ」と思うんだけど、これは決して謙遜ではなくて本当の事。

基本、人に期待したり自分を出して争いになるのがイヤだから相手を受け入れるようにしているだけで、本来の優しいとは少しばかり離れている気がする。

し、そういった外に向ける自分意図して演じているだけだから「優しい」という評価を貰ったときに素直に喜べず、本当の自分相手に見られる自分とのギャップを更に感じて自己嫌悪になりそうになる

トランプ自伝

邦訳文庫本に加え、英語学習のために英語版まで買ったのだが、

子ども時代学生時代に関する記述ほとんど無くて、ほぼ不動産取引や開発に関することばかり。

おかげであまり楽しめず、半分近くまで読んだところで止めることにした。

 

冒頭の第1章で、トランプの月~金の仕事スケジュールが描かれているが、彼は毎日多くの人に電話したり、

取引をしたり、土地開発の進捗を管理したりと忙しい仕事人生を歩んでいる。

その章の終わりの金曜日夕方、あるタレントトランプタワーに挨拶に来るのだが、

そのタレントトランプに対して、「金曜の午後に突然電話して会うことができるなんて、あなたは意外と暇なんでしょう」とからかう。

それに対してトランプ曰く、「そうなんですよ、正直、何もすることが無いんです」。

一週間の忙しい仕事ぶりを説明した上で、謙遜した冗談で締めくくる。彼は意外とユーモラスな人物なのだ

2022-03-12

自分が当たり前にできることを「誰でもできる」と表現しがち

「これくらい簡単だよ、誰でもできるよ」

謙遜も混じりつつも、自分以外を知らないからこその発言だったなと今は思う

これくらいができる自分は、それなりの業務経験があり、それなりの学習の基礎があり、興味を持って覚えるだけの資質があった

周囲を見渡しても同じことができる人間はほぼいない

そこで改めて、自分簡単で誰にでもできると思っていたことは、そうでもないと理解する

誰でもできる、は世界自分だけのコミュ障によくある大きな間違いだ

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん