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はてなキーワード: 放し飼いとは

2021-01-18

anond:20210118120537

放し飼いの野生のライオンは命を奪いに来るけど、檻の中のゴリラうんこ投げつけるだけだからまだまし」とはならんやろ?

どっちも近寄りたくないのは変わらないんやな

2021-01-01

anond:20210101224742

元々、猫は放し飼いするって文化があったよね。

それが猫の散歩に相当するものだったり。

2020-12-18

ノーリードの犬が蹴り殺された事件

ノーリードなら当たり前だろって思ったけどtwitterの犬飼いの異常者どもは「ノーリードでも蹴り殺すなんて!」と噴き上がってて怖い

狂犬病日本で再発する前に犬の飼育禁止しろよ、マジで犬飼いはキチガイすぎる

猫の放し飼いもそうだけど

ペット飼いガイジ多すぎわろた

放し飼い畜生なんて危険物なんだから近づいてきたら殺すのが当然だろ

2020-12-11

公立動物園だって良いところもある

かに私立に比べれば施設が荒れていたりするのだが……そんなに悪いものでもない

■悪い所
設備が古い

公立のため予算がおりないのだろう、基本的にどこも古い設備を長年使っている

あたりはずれの差が大きい

これは私立にも言えることだが公立場合特にそうだと言える

公立場合職員の創意工夫によって差が出てしまう傾向がある……

空きが多い

これも予算が無いせいだが、一度スペースが空いてしまうと動物が補充されることがないことがある

■良い所
入園料が安い

公立場合1000円を切るところも多い

私立場合だと3000円近くかかることもあり、年間パスポートを購入しようとするとさらに差は大きくなる

公営動物園によっては無料開園日なんてものがあるところもある



そこでここに行けば間違いないという公立動物園を二か所述べよう

旭山動物園

説明不要!とすら言いたくなる動物園だ

北海道旭川にある動物

ペンギン散歩ペンギン好きなら一度は生で見るべきだろう

いろんな動物園・水族館ペンギン散歩・ショーをやっているが旭山動物園のそれが個人的には一番好ましく思える

何故好ましく思うか、それは「芸をさせようとしていない」点だ

例えば長崎ペンギン水族館(ちなみにこれは私立だ)のペンギンショーはキングペンギン一定範囲内で散歩をさせるというものだが、ペンギン基本的に芸を覚えない為気分任せに歩き回るのを見守るというスタイルになってしまっている

一方、旭山動物園では人垣で道を作り、飼育員が先導することでただ散歩をするというスタイルだ(ペンギンは先導者がいればその後をついていく)

無駄がなく合理的スタイルと言える、あるがままの歩く姿を見るだけでかわいいのだからそれでいいのだ

コロナ禍で行けないのが悔やまれ

(ちなみに長崎ペンギン水族館フンボルトペンギンの展示は素晴らしいものがある。なんと実際に海に放し飼い展示を行っているのだ!一見価値あり)

東山動植物園

愛知県名古屋にある動物

サーバルがいることで一部で有名か?けものフレンズ関連でこの動物園を知った人もいるのではないだろうか

オーソドックス昔ながらの動物園ではあるがなんといってもその敷地面積の広さ

動物も種類が多く(展示種類数日本一!)見どころたっぷり

コアラが見やす位置いるかどうかは運しだいだ、見やす場所にいることをお祈りしよう

少し距離はあるが同じ日に名古屋水族館に行くのもおすすめ

日本で二か所しか飼育していないエンペラーペンギンがいるぞ

(完全に余談だが名古屋水族館エンペラーペンギンは展示エリアの照明が南極仕様極夜再現によりとても暗いことがある。写真撮影目的で行く際は注意)



公営私営にかかわらず地元動物園や水族館植物園に行ってみてほしい

ペンギンはどこにでもいるフンボルトペンギンしかおらず、柵が太く動物が遠くて見にくく、鳥インフルエンザ対策で鳥コーナーにネットが貼られて見にくかったりしても……行ってみると案外楽しいもの

自分基本的ペンギン専門で見に行くので情報が偏っている点は失礼

2020-12-02

anond:20201201184650

嘘松ではないだろうけど、話を盛りすぎ。というか車買え。

大きな工場があり、新幹線が止まる地方で、「何もない」なんていうことはあり得ないだろ。

どうせ車で30分飛ばせばイオンモールとかあるに違いない。

というか、本当に「何もない」田舎を知らなすぎると思う。

コンビニファミレスは当然のようにない。スタバテレビで見るだけのほぼ外国

CocaColaの赤い看板を掲げている個人商店けがなぜか生き残っている。

・最寄りのスーパーも車で1時間かかるので、最低一週間分食材を大量に買いだめする。

・近所は全員が知り合いで、匿名性やプライバシーゼロ地域の集まり活動はほぼ強制参加。

マンションアパートなんかあるわけがない。

平成合併で、市役所にいくのも車で1時間以上。旧役場も支所として存在している場合があるが、老朽化がひどい。

・大きな建物神社とお寺だけ。娯楽も祭りだけ。

小学校だけはかろうじて存在していたが、それも最近は次々と廃校に。

・鶏の鳴き声がめざまし時計がわり。

・猫は普通に放し飼い避妊もしない。家に帰って来なくても探しに行ったりしない。

・家でテレビばかり見ているので、政治芸能ニュースには人並み以上に詳しい。

2020-11-08

山を買って

ドローンに食料を運んでもらって

猫を放し飼いにして暮らしたい

2020-11-07

山にある廃小学校を山ごと買って

そこで猫を放し飼いにして暮らしたい

2020-10-26

anond:20201024161115

陰キャ首輪つけて放し飼いにすることでふれあい広場で金儲けする人間動物園が繁盛するのを見るのは楽しいよね

2020-10-15

外飼いの猫。

猫を二匹外飼いしている(夜は家の中、日中放し飼い)。うちの近所も猫の外飼いが多い。地域猫もいる。うちの猫も近所の猫も地域猫去勢してあるので増えることはない。

まあまあの田舎なので家の敷地が50m四方くらいあり(近所の家全部そんな感じ)、行き止まりの道沿いの家なので車は住んでる人しか通らない。

寒い時期は家の中にいるけど、それ以外は家の扉をちょっと開けて出入り自由にしてる(夏にエアコンいらない地域)。虫とか蜥蜴とかも入ってくるし猫が獲物くわえて家の中入ってくるけど慣れた。見つけ次第外に逃してる。在来種連れて帰ってきた時はすぐ逃がしてるけど外来種連れて帰ってきた時は放置(死んで猫が見向きしなくなったら庭に捨てる)。

Twitter見てると家の中で飼ってる猫しかいないような錯覚が起きるけど、田舎はまだ外飼い多いんじゃないかなあ。そうでもないんだろうか。

2020-09-26

anond:20200926181104

知らんがな

塩分大量の飯食わせようが放し飼いにしようが勝手だろ

2020-09-21

anond:20200920103820

山形県天童市菅原さんが愛情たっぷり放し飼いニワトリのフンを使った有機栽培で育てた完熟さくらんぼをふんだんに使った星空の下での初キスの味チェリーパイ580円そして幸せが訪れる

2020-09-12

今日のRimWorld

・ 作りすぎてとうもろこしが溢れた。バイオ燃料になった

ホップからビールを作った。夏でもストーブつけっぱなしだったので部屋温度調整に失敗して全滅した

・ どうでもいいけどホップだけでビールができるゲームは勘弁

ガチョウを買った。意外と温度調整がシビアだったらしく有精卵1ダースが夏の暑さで即死した

原住民の襲撃で住民の足が吹っ飛んだ。移動速度めっちゃ遅くなったので義肢手術をした

・ 地中から機械虫の襲撃で住民の耳が吹っ飛んだ。義体化したくて不機嫌な人だったので人工内耳つけた

タバコ的なもの中毒になった者をドラッグ使用不可にしたら禁断症状で住人を罵ってメンタルマイナスにさせるようになったので毎日ビール投与して黙らせたらアル中になった

ラブラドールレトリーバーを買ってコロニー内で放し飼いにした。定期的に住人が和むので雰囲気が良くなるらしい

殺人鬼ヨークシャーテリアの大集団が来た。タレットとライフルで全滅させた。20匹くらいいた。捌いた肉は全部ペットフードになった

2020-09-07

台風の日は猫を中に入れよう」じゃなくてさぁ…

そもそも常に放し飼いすんなよ。

猫好きだけだぞ、平気な顔して自分管理すべきペットを外に出してるやつ。

2020-09-04

犬が苦手

犬が苦手である。噛まれそうな気がするから

散歩している犬とすれ違うとき、いつも内心ビクビクしている。

特に子どもが生まれから、その気持ちは強くなった。自分は噛まれても大丈夫かもしれないが、子どもが噛まれたら大怪我必至である

公園を歩かせるのも怖い。遠くにいる犬が、いつ飼い主のリードを振り切って噛みつきに来るのか不安になる。

大人しい犬だったらまだいいが時々やたらと好戦的な犬がいる。リードものすごく引っ張って飼い主が必死で抑えてるあれである

あいつとすれ違うときは、本当に怖い。その場合は道を変えたり、車道を渡って反対側を歩いたりしてる。それができない時は歩道から降りてなるべく距離をとるように車道を歩いたり。もし、飛びかかってきたら、驚いて車の前に飛び出してしまうんじゃないかと思いながら。なぜわざわざ私がそんな事までしないといけないのか、憤りを感じる。

しかするとあれは、向かってきてるだけで本当は噛まないかもしれない。でもそんなのわからない。広場自分を見つけた瞬間に自分に向かって全力ダッシュしてくる人がいたら怖いだろう。何もされないかもしれないが、そのまま突っ込んでくるかもしれないし、もしかしたら刺されるかもしれない。それと同じである。この前だって家で放し飼いをしていた犬が赤ちゃんをかんで殺した事件があった。ただ私はそれらの犬から何かされたわけではない。 どうしたらいいのかもわからない。最近の加害性の議論を見てフッと思ったのでここに書いておく。

2020-09-01

動物は好きなんだけど、猫カフェとかって汚くない?と思って行く気にならない。可哀想とかどうとかは別問題として。

なんで放し飼い状態動物+食いもんって形態が許されてるのかマジで謎。

どっかの国では衛生的に問題があるってことで動物スペースと飲食スペースが別にされてるらしいし、日本の方がそういうの厳しそうな印象なんだけどな。

2020-08-28

動物虐待凶悪犯罪前兆」という割に……

少なくとも猫に関しては狂信的な猫飼いが凶悪事件を起こす方が多い。

猫の飼育規制した方がいいんじゃないのか?

割と冗談抜きで。

とび職(23)2009.3 岐阜市

保健所に押入り、収容されていた犬を逃がした23歳とび逮捕される。岐阜高山市で発生した事件容疑者23歳とび職は、飛騨保健所の窓ガラスを割り侵入し犬舎の鍵を破壊収容されていた捨て犬迷い犬などを逃がした。犯行1月1日28日の計2回。 2009年03月建造物侵入および器物損壊の疑いで逮捕される。 動機は「犬が可哀想なので逃がした」と供述、容疑を認めている。

林喜市(70)2009.8.27 船橋市

女性から野良猫の餌やりを注意され、その帰宅待ち伏せして包丁で刺殺。殺人容疑等で現行犯逮捕

近隣から苦情があるたびに逆上し、恫喝を繰り返していた。

平野幸男(73)2008.10.22  長崎市

犬の散歩に通りかかった男性を、餌やり中の野良猫が逃げたからと木刀で脅し、暴力行為容疑で逮捕

永吉教幸(72)2008.7.5  栃木県小山市ホームレス

寝泊まりしている公園野良猫を抱いた人を、猫を虐めていると勘違いし鉄パイプで殴り、現行犯逮捕

20歳夫婦 2008.7.3 福岡市

生後1ヶ月の乳児食事を与えず、育児放棄虐待死させる。保護責任者遺棄致死容疑で逮捕

乳児は猫のトイレにしていた段ボールに寝かせていた。「子供より猫の方が可愛かった」と供述

河田教晴(28)2008.6.19  大阪市

無職生活保護受給者で猫5匹飼う。餌代に困り何度もコンビニに押し入り、強盗容疑で逮捕

高田正雄(69)2008.6.5 神奈川県川崎市

アパート大家に餌やりを注意されて逆上し、サバイバルナイフ大家を刺殺、大家義理の娘にも重傷を負わせ、殺人及び傷害罪懲役22年の判決

中田光一(70)2007.7.27 大阪市

被害の苦情を言いに来たアパートの隣人を包丁で刺し、殺人未遂容疑で逮捕

静岡県伊東市の老人(81)2006.8.24

ペット禁止市営住宅で猫を放し飼いしていることを市に告げ口されたと妄想、上の階に住む姉妹に言い掛かりを付けた挙げ句にノコギリで殴り、傷害容疑で逮捕

中島数男(73)2005.4.24 兵庫県尼崎市

猫の餌付けに苦情を言った人の部屋へ包丁を持って押し込み乱闘に。暴力行為(脅迫)容疑で逮捕

荒木正道(60)2005.8.29 埼玉県吹上町

猫糞迷惑していた隣人を金属バットで小突くなどして、傷害容疑で逮捕

藤田英久(52)2003.12.8 大阪府貝塚市

電車に轢かれた猫の仕返しに、線路自転車タイヤ段ボール、石などを置き、往来危険容疑で逮捕。<<

2020-08-26

猫の気持ちがわからない

YouTubeで猫動画を見るのが好きだ。

特に猫が撫でられていたり、マッサージをされていたり、ブラッシングされている動画が好きで、下手なASMRのマッサージ動画よりずっと癒やされる。

 

でも、そういった動画を見ていると、猫は果たして本当に気持ちよく感じているのか?実は不愉快に思っているのではないだろうか?と不安になることが度々ある。人間基準で見ると猫は蕩けきった表情を浮かべているように見えるけど、その判断確信を持って良いものなんだろうか。

 

私は動物を飼ったことがない。魚や虫、ハムスター等の小動物も含めて一切飼ったことがない。祖父母の家でも、飼われていたのは庭に放し飼い金魚くらいだった。

から、私が動物と長時間触れ合ったことがあるのは、30年前後生きた人生の中でもほとんどなくて、故に動物が何を考えているのか余計に読み取れないんだと思う。

 

猫は可愛いと思うけど、もう今更猫を飼うビジョンは見えない。猫がどう思っているのか確信できないまま無理やり自宅に連れ込むのがおこがましいとさえ思えてくる。猫が目の前で死にかけているような状況にでも遭ったら考えは変わるのかもしれないが、今までそういう経験もない。

そもそも猫は、人間基準の「感情」や「思考」があるという前提で良いのだろうか。猫に感情があるという説は何度も見聞きしたことがあるし、同じ哺乳類なのだからきっとあるんだろうなとは思うけど、ここも正直確信が持てていない。

 

こんなことをずっと考えながら猫動画を見てしまうので、癒やされつつも少し疲れる。

2020-07-28

父が死んで良かった

実家燃えてなくなった。

母の話によると父はタバコの吸い殻をダンボールにためていたらしい。なぜ父はそんなことをしていたのかは分からないし、なぜ母もそれを危険視しなかったのかはわからないが、とにかくそのせいで燃えた。

僕の昔住んでいた田舎実家はそうやってなくなった。次に見た時には簡単に整地されており、何を入れているかはわからないが小さな物置だけが建てられていてぽつんと建っていた。整地するためにお金が足りないということで僕も30万円を母に渡していた。

その後、父と母と、一緒に住んでいた次男一時的市営住宅のようなところに住んだ。向かいの家ではうさぎ放し飼いにされていた。しかしボロすぎて辛かったらしく、最終的に家を買った。今もそこに住んでいる。その家は2階建てで部屋もたくさんある広々とした家だが、前の住人が物置で首を吊って亡くなったため1千万円弱で購入できたらしい。

父はぶっ壊れていた。

僕が小さい頃の記憶を思い出してみると、父と一緒にファミコンの難しいステージ試行錯誤しながら一緒に攻略したり、将棋で対戦したりしていた。父の仕事場が家から歩いていける距離にあったため、小さな僕はたまに仕事場まで歩いていき、父が仕事が終わった時に一緒に原付きに乗せてもらって家まで帰ったりしたこともあった。

しかし父は脳に異常があった。その関係で度々入院したり、手術を行ったりしていた。何度も仕事を辞め、何度も新しい仕事をしていた。

そのためうちは母がメインで働いている。働きに出ている母のかわりに家事はおじいちゃんがメインで行っていた。食事洗濯や、子ども病気になった時に病院に連れて行ったり、雪で学校へ行けそうにない時は車で送って行ったり。

父は特に前頭葉に異常があり、理性を保てずふとした拍子に豹変することがあった。僕らがゲームをしていたら急に部屋に入ってきて怒り出したり、部屋で普通に過ごしていただけなのにちょっとした発言で急に説教をはじめたりしだした。

一時期はおじいちゃんが目の敵にされていて、おじいちゃんのやることなすこと全てに文句をつけて自分のやり方を強要したり嫌がらせをしたりしていた。ある日次男は父に「殺いたる!」と言われながら追いかけ回されてトイレに閉じこもって避難したりしていたこともある。僕もある日「ボケてるんじゃないの?」と父にいったらそれは禁句だったらしく、急に後ろから思い切り殴られ、しばらくの間耳が内出血した状態で過ごしていたことがあった。

あとは理性が効かないためパチンコにもハマっていた。生活費ほとんど持ち出してしまたこともあるらしい。そのため家族は色々と対策をしていたようだ。とにかく数え上げればきりがない。家族みんなが何度もひどい目にあっていた。いつ何で発狂するかわからない父と過ごす毎日地獄だった。僕は本当に父のことが大嫌いだった。

中学高校の頃は僕も思春期を迎え、なぜ僕だけそんな境遇なのかと自分人生を呪った。特に僕は人と接するのが不得意だったこともあり、なぜみんな日々学校あんなに楽しそうにすごしているのに僕は何もうまくいかないのだろうかと感じていた。そして僕はきっと父親のせいでこんな風になってしまったのだろうから全てが父のせいだと思っていた。

高校で1日が終わったあと、僕は毎日夕方遅くまで部室でだらだらとすごしていた。やることがあったわけではないが家で父と顔を合わせたくなかったからなんとかむりやり時間を潰していた。そうして父がご飯を食べ終えて2階の自分の部屋に閉じこもるあたりの時刻に帰宅するようになっていた。たしかそのあたりでは父に話しかけられても全て無視するようになっていたと思う。正直、早く父がこの世から消えてほしいと思っていた。

進学は田舎から遠い関東大学を目指した。高校での人間関係は何一つうまくいかないし、家に帰っても狂った父親が家にいることが耐えられなかった。とにかく全てを捨てて新たな地で心機一転新しい生活をはじめたかった。

結局僕は関東大学合格し、そっちで一人暮らしをはじめた。自分以外誰もいない家。好きなことを好きなだけでき、誰からも急に理不尽文句を言われることが決してない、人生ではじめての心から落ち着け空間だった。

外での人間関係が決して完璧にうまくいくわけではなく苦悩も多くしていたが、それでも大学サークルに入ってみんなと普段から活動し、その中でいつも遊べる友達も出来てそれなりに充実はしていた。

そんな4年間を過ごし色々なことを経験する中で、僕の心も徐々に溶けていった。

色んな失敗をした。失敗をする中でなぜ僕はこうもうまく行かないんだろう? と考えた。一生このままで生きていかなければならないのだろうかと思った。そんな人生に何の意味があるのだろうかと思った。何もないのであれば死んだほうが良いのではないかとも思った。何かある度にすぐ父のせいだ、と思った。しかし、父のせいにすることは何の意味もないことにある日気づいた。たとえ本当に父のせいだったとしても、この先幸せになりたいのであれば、僕自信が変わっていくしかないのではないかということに、運良くたまたま気づくことが出来た。

それに気づいてからは父のことが頭によぎることがなくなった。自分にとって重要なことは、今後自分がどうしていくか、ということだけとなった。過去は何も関係ない。ただひたすら未来を描いて進むことだけが重要なこと。ひたすら考えて、考えて、考えるようになった。

そうやって過ごしているうちに、いつの間にか父のことを許していた。正確には、父に対しての興味を一切失った自分がいた。

僕は性格的に、一つのことに極端に集中してしまう傾向がある。大切な物は愛おしい。しか自分に全く関わらないものには興味が無い。ちゃんと考えて話している人の言葉は気になる。しか思考停止で人を傷つけるだけの言葉には全く興味が無い。嫌悪ではない。そんな人は世の中にたくさんいることが当たり前だからどうでもよすぎて興味が持てない。だから父のことも興味が持てない。しかし形はどうあれ、許すことも興味を失うことも同列だったため、僕の中で父のことは全てが解決した。

その後の父

僕は自分普段生活のことばかりを優先して考えていて、あまり実家にも帰らなかった。たまに帰った時やたまたまから電話が来た時に話をするのだが、父は窃盗もするようになっていた。窃盗と言っても数千円を盗むくらいだったらしいが。

とはいえ特に意外性はなかったし、その後どうなったのかなども興味はなかった。しかし一緒に住んでいる母としては大問題だった。家族が盗みを繰り返すのを放置してはおけない。

結局そのあたりから、母は自分が不在の時は時々父を介護施設に入れるようになった。もちろんはたから見れば早くそうしとけばよかったじゃん、みたいな話だろうと思う。事実母も父と離れる時間が増えることで精神的にはかなり楽になっていたのではないかと思う。

しかし、施設費用はそんな安いものではない。時々だけとはいえそれなりの費用がかかる。家のローンに加え、介護費用。そのころ母はもう60近かったがとにかく定年まで働かねばと嘆いていた。

そしてなんだかんだで月日が過ぎ、父はどこかの溝に落ちて負傷してしまったらしく、自分で体を動かせなくなってしまった。完全な要介護者となった。

僕はといえば、そんな話を聞いても全く興味が持てず、帰省したときにも特に会いに行こうとは思えなかった。というかそういった発想すら出てこなかった。もう僕の中では全てが終わったことだったため、このままもう二度と会わなくても別にいいと思っていた。会ったほうがいいんじゃないかと兄弟に言われたりすることもあったが断っていた。

終わりが近づく

それから数年が経った2019年年末ちょっと前に母から連絡が来た。父がもうそろそろ長くないとの話だった。丁度正月前後に亡くなるかもしれないということだったため、喪服などを購入して準備をした。

しかし、年末近くになり、再度連絡が来た。どうも結局峠を超えて今のところ問題ないということだった。

年末になり、実家帰省した。正月はだいたいいつも帰省し、子どもたちを妹の子どもたちと遊ばせたりしている。

さすがに状況が状況だったため、自然と父のところへ行く流れとなった。僕は別に行かなくてもいいと思っていたが、妻が子どもたちと父を合わせてあげたいという事を言っていたため、それもまあ子どもたちにとって何かの意味があるだろうと思い、特に拒否もせず行くことにした。

母と僕の兄弟とその家族でそれぞれ数台の車に乗り、大人数でぞろぞろと介護施設へ行った。

部屋に入るとベッドに横たわっている父がいた。父はもう当然自分では動けない状態で、しゃべることもできないため、うー、うー、とずっと唸ったりしていた。目が合うような気もするが特に変わった反応もなく、何を考えているのかは分からないし、そもそも何かを考えることが出来ているのかもわからない。結構多い人数で来たためぐるっとみんなでベッドを囲み、ぎゅうぎゅう詰めとなる。みんなで父の様子を見て、きっと大勢来ているから父もびっくりしているだろう、とか、喜んでいるときの声だわ、みたいな話をしていた。

父はたしかの子たちを見たことがなかっただろうと思うので、子どもをそれぞれ抱きかかえて父の目線の先に連れて行った。特に反応もなく、自分の孫だと分かっているのだろうか、分かっていないのだろうかもよく分からなかった。

そんなこんなでそこで少し過ごし、写真を撮ったりして帰ることになった。

最後大人たちがうちの子に「早く元気になってね」と言ってあげて、と促した。7歳の長男と5歳の次男がそれぞれ父に、まだ幼い可愛らしい声で「早くおもちゃ買ってね」「早く元気になってね」と一生懸命伝えた。すると突然、父が今までと違うかなり大きな声であー、あー、と言った。みんなびっくりしていた。一応子どもたちの言葉は伝わったのだろうか。詳しくはわからないがそれっぽかった。

父が死んだ

それから半年ほど経った。コロナ流行し、緊急事態宣言が発令されて終了した頃。2020年6月29日、朝起きたら妹からLINEで父が3時頃に亡くなったという連絡が来ていた。月曜日

妹に電話してみたところ、コロナのこともあるし別に来なくてもいいよ、ということを母が言っているとのことだったため、僕は葬儀には行かないことにした。僕も正直葬儀には興味が無いし、それよりも子どもたちに学校に行かせたり普段生活をおくらせてあげたかった。

しかし妻が不安になって再度母に連絡をとってみたところ、そんなことは言っていないらしく、来いと言われた。一体なんなんだ。

とはいえコロナのこともあるし、妻もちょっと体調的にウロウロできる状況ではないため、僕一人だけ行くことにした。

葬儀は7/1。朝からだったため前日に仕事を終えたあと実家に帰った。弟や甥っ子たちも実家に来ていた。大切な父……というわけでもなかったため、みんな普通に過ごしており明日告別式ということも忘れそうだった。

次の日、起きて甥っ子たちはフォーナイトをしたり、みんなでだらだらと朝ごはんを食べたりしていた。そうこうしているうちに時間になり、葬儀場へ向かう。

葬儀

葬儀場は宿泊できる部屋があり、実家にいなかったメンバーはそこにいた。しばらくすると大阪のおじちゃんとおばちゃんがきた。それぞれ父の兄弟で、夏休み冬休みには僕の兄弟と同じくらいの子どもたちをつれて実家に遊びに来ていた。大勢マリオカートをして遊んだりしていた。おじちゃんはいつも海につれていってもらっていたし、おばちゃんは逆に夏休み大阪に泊まらせてもらっていたため二人とも馴染み深い。

おじちゃんによると、父は子どもの頃に事故で頭をうったという。当時は額あたりの怪我治療前頭葉があるため、簡単はいじれず、医師にも難しかったという。誰もしっかりとした治療はできなかったらしい。その後父は元気にスポーツをしたりしていたらしいが、大人になって障害が出始めたのはもしかしたらそのあたりが原因だったのかも、という話をしてくれた。とはいえ母も僕の夜泣きが原因だったのでは、と言っていたりするので何が原因かはよくわからず、おじちゃんの話も懐疑的だった。

しばらくして葬儀が始まった。みんなが部屋に集まる。何もよくわからない状態だったが言われるがままに並んで椅子に座った。部屋が暗くなる。導師さんが念仏を唱え、みんなで繰り返す。

その後も式が進行し、導師さんが話を始めたりした。誰なのかもよくわからないし、何を話していたかももう忘れてしまった。

導師さんの話が終わると、今度は親族代表ということでおじちゃんが話をすることになった。おじちゃんは前に出てきたのだが、マイク全然違うところで話をし始めた。式場のスタッフを見るとあわてておじちゃんのところに駆け寄ってマイクのところに連れて行こうとするところだった。おじちゃんはいわれるがままにマイクのところまで行ったのだが、なぜかマイクを背にしてマイクがない状態で話し始めたので再度スタッフ誘導したのがおかしかった。

おじちゃんはおじぎをしたあと、先程のように事故の話をし始めた。頭をうち、前頭葉があるため治療もできず、でもスポーツをしたりしていた、ということ。

そのあと、父が大勢の人に迷惑をかけるようになってしまたこと、そして、その父のことを母が最後まで面倒を見てくれたことを話した。すると突然、何か急にこみ上げてきたものがあったらしくウッと声を止めて泣き始めた。それを見て母も泣いた。なんとなく空気が変わった。

元々そんな雰囲気はなかったためびっくりした。僕はもらい泣きもしなかったし悲しくもなかった。ただ、みんな何かしらそれぞれ思うところがあるのだなと思った。おじちゃんからすれば身内がとんでもない状態になってしまって、父が元々赤の他人である母にひどい仕打ちをたくさんしてしまたことに申し訳ないという気持ちが非常に大きいのだろう。

母は実際にひどいめにたくさんあい、この年までずっと働き詰めで大変な思いを今もしている。しかし、お見合い結婚だったとはいえ、楽しく幸せな時期も経験し、僕らがまだ生きて経験したことのない年数を父と一緒に過ごしてきた。詳しいことはわからないが、そこには本人にしかからない無数の思いがあるのだろう。自分と妻も一緒に生きてきているが、子どもたちはそこであった多くのことを何も知らない。当たり前のことなのだが、不思議なことだ。

そして、ここにそれぞれの思いを抱えた色々な人が集まったことも不思議に感じた。みんな何を思ってここにいるのか。僕には分からないが、何かを思っている。

その後告別式は終わり、父の棺にみんなで草花を詰めた。父の顔は処理を施されてつやつやしており、蝋人形のようだった。

その後棺を閉じ、それを男たちで車へ運んだ。そしてみんながそれぞれの車で焼却場の方へ向かう。

焼却場は僕が今まで行ったことがあるような汚い場所ではなく、きれいな施設だった。コロナの影響で焼却場には15人だけが入れるということらしい。父に近い15人が部屋に入る。部屋の中にある等間隔に並んだ足のマークの上にそれぞれが立った。

次に、父が入った棺が焼却する空間に納められた。スタッフボタン類をアルコール消毒したあと、閉じるボタンを押した。機械により扉が閉じられる。

そしてどのボタンを押すと焼却が始まるかの説明を受け、準備が出来たら押すように説明があった。しかし誰も反応しないため僕が母に押しなよと促した。しかし、どうも嫌だったらしく、いやいやという手振りをしたので僕が押した。

その後は1,2時間ほど時間がかかるということで休憩の時間となった。密をさけるため、どの部屋も人数制限があり適当バラけることとなった。弁当が用意されていたためそれを食べて過ごした。

しばらくするとスタッフから声がかかったためみんなで部屋に集まった。中央には棺の台を収めるスペースがあり、今は空いている。そのそばに長い箸がたくさんあり、それぞれがその箸を手にした。

しばらくして台が運ばれてきた。まだ熱く、気をつけるよう注意があった。その上には骨が置かれている。葬儀は何度か経験したことがあるため特に新たになにか思うということはなかった。そういえば昔妻が飼っていたうさぎを看取ったのだが、その時に焼却されて出てきた骨を見た時はとても悲しくて泣きそうになった。

スタッフ説明されながら、足から順に骨を入れ物に詰めていく。みんなで行ったり来たりしながらそれぞれ骨を詰めていった。思ったよりもポロポロともろい。頭の方になると、大きすぎるため箸で割って詰めていく。頭には手術の跡の金具がついていたりした。それも母が詰めていた。

そして一通り詰め終わり、葬儀の全ての工程が終わりとなった。皆それぞれ準備をし、帰宅した。僕も一度実家に帰って着替えをして荷物を整理し、車で帰路についた。

思うこと

僕は仕事もあったし、あまり車で長距離移動をするのは事故死ぬ可能性もあるし好きではない。そのためとにかく早く全てを終わらせたいと思っていた。なんとか生きて帰ってくることができたが、かなり疲れ果てていた。とにかくいつ始まるのか分からなかった大変な出来事が一つ終わり安堵した。

父が亡くなったが、母は元々次男と一緒に住んでいる。近くには妹の家族もおり、しょっちゅう甥っ子や姪っ子たちと遊んだりしている。三男もわりと話が好きで母によく電話をかけているらしい。僕は離れていて長期休み以外は音沙汰も無いが、それでも母はみんなのおかげで楽しく暮らしているように見えるため特に心配はしていない。

父がいなくなったことで母は父の介護費用を払う必要がなくなった。だいぶ生活も楽になるのではないかと思う。僕は本当に良かったなと思っている。

昔「家、ついて行ってイイですか?」という番組を見ている時に、一人の若い女性の家に行く回があった。

その女性の家には父親がいるのだが、要介護のため自分では動けない。女性はその父親介護をしていた。自分では動けないため、あらゆる事を補助してあげなければならない。朝起きてから、昼食、夕食、風呂トイレ、あらゆることだ。もちろん生活のため仕事もしている。ヘルパーさんがいたのかもしれないが、それでも何もなく普通生活をしている僕らには想像できないレベルの大変な毎日であることは間違いない。

女性はまだ若く、色々なことがしたい年頃だろう。彼氏を作ってデートをしたり、友達ショッピングに行ったり。インドア派であればゲームをしたり、ゲームキャラにハマって腐女子をしたり、好きなアイドルライブにも行ったりしていたのかもしれない。しかし、全て介護のためできない。ただひたすら介護をしなければならない。夢もあったのかもしれない。でももう諦めてしまったのかもしれない。

父のため仕方がない、と思いながらも、女性毎日どれだけ苦しいか想像をするだけでも苦しくなる。

その父はどう思うだろうか。自分の娘が自分介護のために全てを犠牲にし、尽くしてくれている。ありがたいと思うだろうか? 僕だったら死にたいと思う。一生懸命育てた自分娘。さなから育てながら思うことは、この子楽しいことも辛いことも含め色んな事を経験し、苦悩しながらもそれでもたくさんの素晴らしいことを経験しながら歩んでいき、やりたいことをやって自分未来を掴んで幸せになってくれればいいなということ。どんな未来でも自分が進みたい方向に進んでいってほしい。

しかしその全ての未来自分の手で摘み取ってしまう事になったとしたら。耐えられる自信はない。すぐに死に、失いかけていた大切な未来を与えてあげたいと思う。若い娘がそのような境遇さらされて多くの時間を失ってしまうことは世界にとっても大きな損失だ。

でも、死ぬということは難しい。自分死ぬ覚悟ができるものかどうかは全くわからない。さら介護されている状態自分死ぬこと自体そもそもできない場合もあるだろう。

この世には安楽死必要だと思う。死にたくても死ねない人を助ける制度必要綺麗事だけでは救われない人達がいる。その人達が救われる世界になってくれればいいと思う。しかしどうすればそういう世界にできるのかは壮大すぎて僕にはわからない。とにかく僕にはこうやって苦しむ人達がいるということを文字にして発することしか出来ない。

とにかく、その一つとして父が死んで本当に良かったと思う。

2020-07-20

anond:20200719175126

ペンギンヒルズさらっと流しているのが悲しい。

カンガルーの展示場と同じようにペンギンの展示場に人間が入る形で、足元をペンギンが歩くこともある。


あと、コアラはたしか13時ぐらいにユーカリ交換をする。普段コアラは寝てばかりだが、その時間に行くと動きまわるコアラがみれる。

また、コアラ舎ではナマケモノも展示されている。

本当に運が良ければ展示場にはられたロープを伝って移動するナマケモノが見れる。朝一か、閉園前の16時ぐらいが見れる確率が高い。


他にも園内に放し飼いマーラ(本当に放し飼い、どこに居るか分からない)などが居る。

動物との距離が近くて楽しい園なので大人でも(というより大人の方が)楽しめると思う。

2020-06-28

サイクリングした

昨日は自転車に乗ってその辺を走った。いわゆるサイクリングだ。コースは買い物に行く用事もこなたかったのですぐに決まった。乗用車の類とニアミスするなどの不快な瞬間もなかった。犬を放し飼いしてる人がいた。自転車で先導し、ひもなしの犬が後ろからチョコチョコ追っかけるという構図。これは反則行為なのでは?犬のたどたどしいことと言ったら?犬ってどんくさいのか?

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