はてなキーワード: ビジネスマンとは
まあ、これを見て欲しい。
https://www.youtube.com/watch?v=iRhTwolRMJY
要するに、「白人の若い女の子が日本の素晴らしい風景を味わう」というCM。典型的な白人コンプレックスを惜しげもなく表現した傑作で、よく懲りもせずにこんな映像作る気になれると感心する。
普通の広告マンとかが外国人に持つ(外国人を表現する際に利用する)イメージは、こんなところか。
じゃあ、その反対の映像。
たぶんこれで観れる。昔、ビートたけしが司会をやっていた「ここが変だよ日本人」という番組で、日本にいる外国人が「日本のここの習慣が変!」という話をマジトークする番組で、今見てもなかなか興味深い。上のようなCM見ると、日本ってここ二十年で後退したんじゃないかと思う。曽野綾子先生万歳!!!
転職とは違う。大晦日の前の日とかにプロ野球で戦力外通知を受けた人のテレビを見るのはつらい。
自分も社会人スポーツから所属会社の営業に回って数年たつが、当たり前だがスポーツの体育会系と
営業の体育会系は違う。
現役の時はいかに自分が楽な仕事を回してもらってたかわかる。本当これは20代からしっかりやらないといけない仕事だ。
工場なんかもそうだ。メーカーの生産は海外が多くなったとはいえ、国内は当然重要拠点だし、手技というのだろうか。
前職を生かせてる人は異業種の営業とかに入るが、うちらみたいな社会人スポーツあがりの周りにはあまりいない。
ヒョロガリでもねちっこい体力もってるやつはすげーと思う。
なんとか教えてもらってるが、やっぱりスタートが違うからもう俺の無駄ばかりが目立つ。
スポーツの経験はビジネスマンになって数年たたないと生きないとわが社ではいうが、
数年たったが生かせる気はまだしない。
なんとかオリンピックまでに頑張ってましになって、ビックチャンスを生かしたいぜ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
横だけど、俺のツイッターは東大京大の学位持ち、大学教員、各界で活躍してるビジネスマンやらエンジニア、アーティストから事業主まで、優秀な奴がゴロゴロゴロゴロしてる。
知らんけどフォロワー1000人弱フォロー400人弱合計の学歴の分布みたら8〜9割くらいは旧帝大以上(海外大含む)だと思う。試験なんか課さなくても勝手にそうなる。
ああでも「にゃーん」とかなんとか言って踊ってるのは事実。
http://anond.hatelabo.jp/20141213081336
自分は高校のころ、将来を選択する際に、どうすれば自分が将来満足のいく生活ができるかと考えた。その思考の過程で、外資系や商社・銀行などの一流企業で、自分のまわりのエリートたちと戦って勝つことは無理だ、と判断した。もともと好戦的な性格ではないし、他人を蹴落としてのし上がる、嘘をついてのし上がる……など、そうせざるを得なくなる可能性があるなど、考えたくもなかった。
また、研究者になって不安定な生活に怯えながら研究することも不可能だと思った。研究者をやっていくことは大変で、まずは大学院まで9年間学び、その後はポスドクという不安定な職業につき、そして運が良ければ安定した職を得られる。このように神経をすり減らしてまで研究者になろうという意志が、私にはなかった。もちろん優秀な人物はポスドクを経ずに安定した職に就けることもあると知ってはいたが、私は自らをそこまで優秀な人物であると信じることができなかった。
ある程度受験の偏差値が高い理系にとって、一流企業に入りたくない、しかし研究もしたくない、となると残された道は医師になるしかない。そういうわけで私は、いわば消去法によって医師の道を選択した。
高校生の自分のまわりには本当に優秀な人間たちがいた。彼らは当然東大に入り、今は研究者の道に行ったり一般企業に行ったりしている。しかし彼らの話、たとえば一般企業に行ったが合わずに2年で退職、現在は中小企業で働いているとか、ポスドクにはなれそうだがその先が……とかの話を聞くにつけ、やはり自分には無理な世界だったと、自分の、自らの愚鈍さに対する判断は正しかったと思わされる。私は彼らと比べて愚鈍であったが、その愚鈍さに自覚的であったという意味では賢かったと感じる。
これはその通りだ、というかそうあってほしいと思う。数学の能力が高い人が医学部でくすぶっているのを見ると本当に心が痛む。しかし、彼らに対して「数学や物理学の世界に進め」と言うことができるかと言われると、今の制度では難しい。研究者の世界は過酷だ。彼らにはその過酷さから逃げ、自らの(数学の)能力に蓋をして、自らの(大学受験の)能力を活かし、安らかな生活を送る権利がある。だから逆に、私は数学や物理学の世界で戦っている友人たちを本当に尊敬しているし、彼らが幸せになればよいと思っているし、もっといえば、彼らに対して行政は現状以上になんらかの施策を施すべきだと考えている。
長くなったが、まとめよう。私にとって医師とは、一般企業や研究者という、過酷な道を避けて辿りついた先である。そのような私は愚鈍であるが、しかし愚鈍に気づいたからこそ医師をしているとも言える。私は実際愚鈍であるのだから、元増田が言うように、私が民間の優秀な人物たちより愚鈍に見えるのは当然である。ただこれも私が私なりに自らの生活を考えて選択した結果であり、私は私なりに最大限努力して元増田を診るから、どうか勘弁してほしい。
大筋間違ってないと思うけど、考え方が直線的でMECEじゃないよね。煽りじゃないと言うからちょっと真剣にコメントしますね。
もう少し冷静にビジネスマンと医療従事者の業務の特徴、求められるスキル、業界・環境の性質などを分析・比較してみた方がいいと思う。
感情をたきつける演説としてはよいけど、冷静に読まれると検討の漏れが多くて納得はしてもらえないと思う。
定義は自分の言ってる「優秀」の評価項目。「優秀」の定義が、ビジネスマン的な優秀さ(営業やってて説得させる力に長ける人を優秀と評価している等)に偏っているか、定義のあいまいな印象になっていたりするかも。
評価タイミングは、その人のどこを見て、どの時点の振る舞いを評価してるか。ビジネスマンは自分のことが顧客だから優秀さを見せてくるし、医師は患者には偉そうにせず親しみやすく分かりやすくすることが多いかもしれない。医師は白衣きて「先生」って呼ばれる環境だから、最初から患者に威圧感を与えていることに気を配っていて、言ってしまえば「馬鹿を演じる」ことの方が多い。けど裏で論文読んだり、論文書いたり、カンファレンス(同じ科の医師と、患者の治療方針について議論・検討するもの)では非常にロジカルで的確で優秀だったりする。でもあなたにはその姿はあえて見せていないので、そこも評価しないとその人の評価を誤ることになる。そういう可能性について検討してましたか?
ちょっと内側を話すと、カンファレンスでは患者の主訴、血液データ、画像所見、特殊検査、それらから考えられる疾患の候補だし、診断基準に基づく最終的な診断、それに対する治療(主訴やデータに基づく重症度や病勢によって変わる)などを共有して正当性や今後の方針を議論するし、検査の値の解釈や考えられる疾患の候補出し、診断基準、状況に応じた治療方針というのは頭の中に入っている知識でやるもの。ググりながらやるわけじゃないし、学問として頭にそういった知識が使える状態で入ってなければいけない。
なので、そういう場で議論などを見れると、やっぱよく勉強してる優秀な人たちで医師って凄いなーと思ったりするよ。
まぁこういうことをあなたにしっかり伝えてあげる義理もないのだけど、この記事見たら症状や病気を治してあげたいと思って頑張ってる医師たちは傷つくと思うので。
よっぽど慣れているビジネスマンや大学生だとしても,PCやペンタブレットを使ったとしても,図の入力は苦労すると思います.ペン精度やディスプレイ解像度の問題,誤操作なども考えられ,紙とペンほどの情報入力の自由さがあるデバイスは無いでしょう.
(そもそもタブレットで精度や操作感が解決できれば,それは手書きですね.)
例えば英語を覚える時に「読むだけではなく発音しながら,書きながらだと覚えやすかった」という経験や話を聞いた事はあると思います.紙とペンなら
という3つのアクションを一度で経験できます.しかしパソコンでは少ないアクションしか経験できません.
なんて経験してませんか?人間,覚えてないようでだいたい覚えてます.多くのアクションを経験した授業であれば,ノートを見ればすぐに「授業当時の状態」に戻ることができる,と私は思っています.
昔のノートや写真アルバムを開くと色々思い出すようなものだと思ってます.
「自分でノートをまとめる」のが勉強のコツなんて言われるのはアクションの回数が増えて覚えやすく,思い出しやすくなってるからだと思いませんか?
「手書きはムダが多い」と思いがちですが,そのムダこそが思い出すのに重要だとは思いませんか?
それと大人からは単純に思える紙とペンでメモを取る作業,これも子供のうちから練習を重ねないと手書きのできない大人になると思いませんか?
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11412485.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S11412485/
身内に「かなり重篤なギャンブル依存」がいるという「嘘」(と判断する理由は後述)から話を始めて、カジノに理解があるかのように装っています。
――ほう!
「優れたビジネスマンですし、他の面ではいたってノーマルな人物なのですが、ことギャンブルとなると熱くなる。若いころは競馬場へ行って1日でボーナスをすってしまうというようなこともありました。海外出張の時はカジノに通っていました。なぜそんなふうにお金を無駄に使うのか聞いたことがあります。これで負けたら全財産を失うという時のヒリヒリする感じが『たまらない』のだということでした」
この人は「優れたビジネスマン」なんでしょ。エリートで「ボーナス」を擦っても大丈夫なくらい資産に余裕があるだけじゃないの? それとも本当に「全財産」かけてるの? 「ヒリヒリする」たまらない快感にお金を払っているだけなんでしょ? それなりに合理的に生きているんじゃないの? 「かなり重篤なギャンブル依存」のエリート???
――依存症は青少年や地域社会、治安への悪影響と並んで反対派、慎重派が最も懸念する点です。やはりカジノはやめたほうがいい、と。
「僕は別に賭博をやめろというような青臭いことは言いません。ただ、なぜ人は賭博に時に破滅的にまで淫するのか、その人間の本性に対する省察が伴っていなければならないと思います。賭博欲は人間の抑止しがたい本性のひとつです。法的に抑圧すれば地下に潜るだけです。[中略]だったら限定的に容認した方が『まし』だ。公許で賭博をするというのは、計量的な知性がはじき出したクールな結論です」
このあたりは、まだ事実認定としても、主張としても妥当ではないかと思います。
――カジノ法案は、政府内に管理委員会を置いて、不正や犯罪に厳しく対処するよう求めています。推進派の議員らは、十分な依存症対策も取る方針を明確にしています。それなら賛成できますか。
「賛成できません。法案は賭博を『日の当たる場所』に持ち出そうとしている。パチンコが路地裏で景品を換金するのを『欺瞞(ぎまん)だ』という人がいるかもしれませんけれど、あれはあれで必要な儀礼なんです。そうすることで、パチンコで金を稼ぐのは『日の当たる場所』でできることではなく、やむをえず限定的に許容されているのだということを利用者たちにそのつど確認しているのです。
面白い見解だけど、パチプロもいるし、妥当性があるかどうかははっきりしないのではないでしょうか? 実証研究など知っている人がいたら教えてください。
いや、サイコロと違って競馬には不確定な要素が多すぎるからでしょう。確率論の教科書には「パスカルの賭け」の話が載っているのを知らないとは!
なぜ「白昼堂々」「市民が」「生業として」なんて極端な想定を持ち出すのかな。それに「生業」にできるんならいいんじゃないですか。
「賭博が分泌する毒性」だって。こういう馬鹿な比喩を使うことについて「あまりに無自覚だと思います」。依存症のメカニズムくらい勉強してよ。 『快感回路』とか。
[中略]
――しかし観光振興の起爆剤になり、自治体財政にも寄与する可能性はある。デメリットを上回るメリットがあるとは考えられませんか。
「安倍政権の経済政策は武器輸出三原則の見直し、原発再稼働などいかに効率的に金を稼ぐかにしか興味がない。でも、当然ながらリスクが高いほど金は儲かる。
「リスク」という言葉をご存知ない? 『リスクにあなたは騙される』なんてことにはなりませんように。あ、それに質問をはぐらかしてますね。・・・・・・というか、仮に内田先生の言うとおり、博打はリスクが高いから儲かるのなら、「デメリットを上回るメリットがあるとは考えられませんか」の答えは、たぶんイエスですね。
安倍政権でも麻薬の合法化はやらんでしょう。論点のすり替えっぽくなってますね。
それに戦争って儲からないよ。アメリカが儲かっているように見える? これについては『戦争の経済学』もある。知らないんだろうなぁ。きっともう頭の中に「金儲けは悪い → 戦争は悪い → ゆえに戦争は儲かる」というバカな公式が成り立っちゃっているんだぜ。
ほら! 思ったとおり。
そのとおり。為政者の大事なお仕事の一つは、内田先生の嫌いなお金儲けの算段、つまり「経(世)済(民)政策」です! まさか「経済」の語源を知らないの・・・・・・。
首相は営利企業の経営者じゃないし、国家は金儲けのためにあるんじゃない。福島の原発事故対策、震災復興、沖縄の基地問題の解決の方がはるかに優先順位の高い国民的課題でしょう。厳しい現実から目を背け、なぜ金儲けの話ばかりするのか」[中略]
なぜ? 原発事故の処理にも震災復興にも基地問題にもお金がいるんだよ!
――理想を高らかにうたうのは大切だと思いますが、現実的な議論をすることが、成熟した大人の態度と言えるんじゃないですか。
「それのどこが『大人の態度』なんです? 人間は理想を掲げ、現実と理想を折り合わせることで集団を統合してきた。到達すべき理想がなければ現実をどう設計したらいいかわかるはずがない。それとも何ですか? あなたはいまここにある現実がすべてであり、いま金を持っている人間、いま権力を持っている人間が『現実的な人間』であり、いま金のない人間、権力のない人間は現実の理解に失敗しているせいでそうなっているのだから、黙って彼らに従うべきだと、そう言うのですか」
現実を見てもいないくせに「現実と理想を折り合わせる」とか偉そうに! 後半、内田先生はインタビュアーがトンデモ発言をしたかのように言いがかりをつけて、自分が正しいかのように見せかけていますね。藁人形論法という詭弁の一種です。気をつけましょう。
――理想を語らず、目先の金。嫌な世の中になりました。
「[中略]有権者は独裁的に物事を決めていく安倍さんを『決断力がある』と見なして好感を持った。合意形成に時間がかかる民主制より、独裁的な方が政策決定の効率はいい。そう思うようになった。
この効率のよさを知らないとは言わせません。チャーチルが独裁的に動かなければ、おそらくイギリスはナチスに占領されたはずです。独裁の問題はその先にある。
それならもう国会なんか要らない。安倍さんがどれほど失政をしようと『劇的に失敗する政治』の方が『決められない政治』よりましだ、そういうニヒリズムが蔓延しています」
そう思っているのは、ニヒリストなのは、世間じゃない、あなたでしょう。誤魔化そうとするんじゃないよ。
――ニヒリズム……。
「米ソ冷戦の1960年代、米ソの外交政策に対して日本人は何の発言権もなかった。国内でどんな政策を行っても、ある日、核ミサイルが発射されれば、すべて終わりだった。そういう時代に取り憑(つ)いていた虚無感を僕はまだ覚えています。いまの日本には、当時の虚無感に近いものを感じます。
ほらね! あなたは、自分の勝手なニヒリズムを、世間に責任転嫁して、新聞紙上で垂れ流してるのよ。だらしないこと。
グローバル化によって海外で起きる事件が日本の運命を変えてしまう。どこかで株価が暴落したり、国債が投げ売りされたり、テロが起きたり、天変地異があれば、それだけで日々の生活が激変してしまう。自分たちの運命を自分たちで決めることができない。その無力感が深まっています」
「『決められない政治』というのは政治家の個人的資質の問題ではなく、グローバル化によって、ある政策の適否を決定するファクターが増え過ぎて、誰も予測できなくなったので『決められなくなった』というシステムそのものの複雑化の帰結なのです。何が適切であるかは、もうわからない。せいぜい『これだけはやめておいた方がいい』という政策を選(よ)りのけるくらいしかできない」
自分が「決められない」意気地のなさを「システム」のせいにしてさ、恥ずかしくないの? 「もうわからない」「できない」と言う前に、勉強しましょうよ。
[中略]
「民主制のもとでは、失政は誰のせいにもできません。
安倍政権批判を貫徹する勇気もないらしい。というか、民主制を維持しようとする気概もない。つまり、ただただ虚無感に打ちひしがれて、僕、内田樹と一緒に諦めましょう、と。最後まで何のまともな提案もないんですね。新聞に載せることですか?
民主制より金が大事という判断を下して安倍政権を支持した人たちは、その責任をとるほかない。もちろん、どれほど安倍政権が失政を重ねても、支持者は『反政府的な勢力』が安倍さんのめざしていた『正しい政策』の実現を妨害したから、こんなことになった。責任は妨害した連中にあるというような言い訳を用意することでしょう。そんな人たちに理屈を言って聞かせるのはほとんど徒労ですけれど、それでも『金より大切なものがある。それは民の安寧である』ということは、飽きるほど言い続ける必要があります」(聞き手・秋山惣一郎)
たしかに『金より大切なものがある。それは民の安寧である』なんてお題目が、たいそう立派な「理屈」だと思って、それで何かを提案した気でいるんだから、「そんな人たちに理屈を言って聞かせるのはほとんど徒労です」よね。よく分かりました。
(もう正直ね、あまりに腹がたったので、言葉が荒くなってしまったようです。とはいえ、内田樹先生への批判として理屈は書いてあると思いますし、その理屈が本旨です。「あまりの酷さに腹が立った!」ということを伝えるためにも、文章は(概ね)そのままにしておきます。各自で不適切な表現を割り引いてくださいませ。)
わかってねーなー。無能側に立たないとこういうのは意味ないんだよ。
有能な人間は努力すれば(しなくても)できるんだから、勝手にしてればいい。
そういう人間が上に立って、「俺もできるんだから出来て当たり前」ってのさばった結果が今のこの国、この企業、この社会だろう。
というか、話変わるけど、こういうのって、ブラック企業批判する上では当たり前の文脈だよね?
普通に仕事してれば有能になるんだから、「無能な経営者」がいたとしても「ビジネスマンとしては有能」なんだよね、そいつらって。
だからブラック企業のトップは無能だブラックだと言われても正直ピンと来ないと思うんだよね。「競争に勝ち上がった自負」があるから。
たとえば、大手メーカを定年退職したような人を呼んで仕事を手伝ってもらうことがある。(親会社というわけでもなく、本業の手伝いをしてもらうわけでもありません。)
で、そういう人に何をしてもらうかって言うと、
知見を活かして、ビジネスのアドバイスを頂くことになっています。
しかしながら、実体はロジスティックスとネットワーク位しか期待していません。
早々に上長に報告。
おそらく、彼との契約も今年度いっぱいになるだろうなぁと上長。
事務もそこそこできるんだけど、パートナーとしては最悪でした。
特にやりづらかったのは
③意に反することがあると露骨に機嫌を悪くする
昔はああいうおじさんがまかり通っていたんだと思うと
正直なところ諸先輩方には頭があがりません。
なんて不毛なことをしてきたんだとも思うけどね。
でも、おじさんに唯一誤算があったとすれば、
こんなにも早くパートナーの若造からNGがでるとは思わなかった
という点だと思う。
おじさん、3つ伝えます。
劇的に変わるとは思っていません
ただ、まぁ私も良い勉強になったのでそのお返しです。
そして、これを読んでくださった団塊世代の方にお伝えしたいこともあります。
これは、もしこれから若い世代と働くことがあったら参考にしていただきたいことです。
①見限るの早いです
ですから、仕事にせよ人間関係にせよ本当にちょっとしたことで文句を言います。
それは、根性がなくなったというより見限るのが早くなっただけです。
暴言好きなだけはいておいて、あとでフォローするなんて茶番は通用しません、
人対人になったときに道連れにすることなんていくらでもできます。
つまり、何が言いたいかと言うと
そして、十二分に尊敬しているつもりです。
若い頃のあなた方がきいたら眉を潜めるようなナンセンスな言動を控え
若者と働くことは増えるでしょう、
ぼくは小さいころお金が好きだった。母子家庭で家が貧乏だったからだと思う。電気やガスを止めたり、おやつをうちだけ少なくしたり、母に徹夜で内職をさせる。不憫だ、子どもが不憫だと時おり、母を涙させる。そんなお金の力に引き寄せられたのかもしれない。
小学校二年生までのぼくの趣味は、おこづかいや、数少ない親戚から年に一度もらえるお年玉、たとえば数千円。それを両替機で崩すことだった。全部10円に。お金が増えるのがすきだった。受け皿に硬化が落ちてくる、あのジャラジャラッ、という音もすきだった。全部10円玉になると、店のおばちゃんに数十枚の銅色の硬化を渡した。きびすを返し両替機に銀色の硬化をまた突っ込んだ。繰り返し。迷惑なはなしである。
小学校三年生に上がると、その行為がまったく無意味だと悟った。今度は本当の意味でお金を増える方法をかんがえはじめた。勉強にも友達にもそれほど興味はなかった。
最初のぼくのビジネスは、自販機の小銭と落ちている空き瓶をあつめることだった。今はどうかしらないがその頃、一本あたり10円で特定のビンを買い取ってくれる駄菓子屋があった。たとえば、コカコーラ。スプライト。
二週間後には町内の自販機地図をつくり、近所の子どもたち数名を組織化してビジネスを拡大した。上がりは折半だ。軌道に乗った矢先、浮浪者のボスに一喝されてそのビジネスはご破産となった。
次は自販機ビジネスの資本をもって、今でいう「せどり」に挑戦した。カメレオンクラブ、キャンプ、わんぱくこぞう、遊コン。情報化前夜の昭和末期。ゲームカセットの買取価格と販売価格が逆転している商品をしらみつぶしに探しては、他の店に売りとばした。これも仲のよい同級生を組織化した。仕入れの費用がない場合はぼくが肩代わりした。が、ただ、店舗が密集しているわけではなかったので、仕入れの問題であまりうまく行かなかった。そのうち同種のカセットの買取に制限つきはじめた。息の短い商売だった。
中学生になってやったのがパソコン通信のログ取得代行する、というサービスだった。今思うととこれは犯罪だったかもしれない。Nifty-serveやPC-BANの規約はもう見れないので許してほしい。日夜マニアックな議論が繰り広げられる大手パソコン通信サイトのログをダウンロードしては草の根BBSで知り合ったおにーさん達に高値で売りつけた。ただのテキストが垂涎の情報となる時代があったのだ。
小さな商売としては、ビックリマンシールの仲買。発売日前に週刊少年ジャンプが並ぶ店を見つけて手に入れ時間貸し。CDのダビングを手伝ったりした。もちろん牛乳配達や新聞配達もやった。
最後にやったのはパチンコだった。本当はアルバイトをしたかった。が、中学生を雇ってくれる福祉的なビジネスマンを当時のぼくにみつけることはできなかった。ぼくの世代には一時期これで食べていた人が多いと思う。といってもぼくが中学生の頃なので、羽根物・権利物・フィーバー機など釘の甘い台をみつけては打ち止めにする。という同世代のパチスロプロより1つ前の世代だった。あからさまな中坊がパチンコ屋に来ても見て見ぬふりをしてくれる、牧歌的な時代だった。LUNA SEAが有線放送でよく流れていた。軍艦マーチももちろん流れていた。
そうしてぼくは晴れて16歳になり、まっとうに労働を金銭と交換し、またそれの再生産を繰りかえす立場となった。
ぼくはなるべくして中卒になった。1つも願書を出していない。
義務教育、学校に行く理由がまったくわからなかった。お金を稼ぐ事以外世界に意味がないと思っていた。だれも勉強をする理由を教えてくれなかった。貧乏な家の親、多くの市井の公立小学校の先生にはそれを子どもに説明する能力が、ない。ぼくも30をすぎてようやく勉強をする理由を先人の言葉を使って説明できるようになったくらいだから、無理もない。
高校へ通うには学費が多くかかると知った。これも進学しなかった理由の一つだ。さすがに15歳の僕にもわかる。母親の稼ぎだけで四人の年子が高校に行くのは不可能なことを。ぼくが行けても下の弟二人はきっと中卒だろう。
中学三年の担任は、進路相談でぼくが進学しないというと、とりあえずその場をなあなあで済ませた。その後、考えをあらためさせるべくぼく親友、山根を狩り出した。ぼくの説得を試みたのだ。まったく進学しない中卒は珍しかったらしい。無論、とりつくシマもなく断った。二人の目には、ぼくの事が、世界中を敵だと考え怯える、野生児のように見えたと思う。そんな目をぼくはしていた。
その後、労働でお金を稼ぐことより、お金を作る仕組みのほうに興味を捨てられなくて、自分で商売を始めるんだけど、それはまた別の話。
http://anond.hatelabo.jp/20140804151612
これめっちゃ同感
可愛い赤ちゃんのうんちじゃなくて、他の人からしたら他人の糞尿問題なんだよな。誰かを不快にして煙たい目で見られるのは自分の可愛い子どもなのだから気を付けて欲しい。
自分もバイト先のレストランで走り回ってる幼稚園くらいの子どもがいて注意したことがある。
やそりゃあもうさしく言ったよ「ステーキのお皿にあたると危ないからお店の中で走らないでね」ってね。
そうしたらそのママ達に「個人のお店なのにひどいね」「バイトでしょ。独身か子無だよーきっと」って言われたんすわ。まじで意味がわからないね。
子供がいない人は子供に優しくなれない悪魔なのかい?てか何かあったらどうすんねんってね。
まあでもよくわからないけど子供がいるとそれが普通なのか??と思って他の同じような子連れ客にもしばらく我慢して業務に勤しんでいたんだけど、酷いもんだったね。
●テーブル付けの粉チーズをテーブルに出して団子状にし始める子供●席でおむつ替え始めたびっくり父子●離乳食温めてもらえますか??哺乳瓶にお湯ください!系ママ友(笑)グループ
●配膳した直後のジュースを子供が倒したのに「あのー全然飲めてないので代わりのジュースもらっていいですか?系母親●走り回るガキ、友達と笑ってる母親●食事でダイナミックに遊ぶ子供、にこにこ見つめる一家。
●「ほらー店員さん怒っちゃうよー」とか言い出す母親。●店の物壊して目さえ合わせてくれず口先だけで謝る夫婦。●ペーパーナプキン全部ダメにした子供。●便所で誤爆した子供。母親も一緒に行ったのに・・・
●四時間も居座って話し込むママ友(笑)グループ。(ランチタイムは回転率のいいビジネスマンを入れたいのに)子供は競うかのように奇声●8人~用の個室に入りたがるママ友(笑)2人。●観葉植物毟る子供。●おい、おまえんちじゃないんだぞってレベルに汚す一家。
●隣の席のお客様にちょっかいを出す子供。ちゃんと謝らない親。そして他の客から怒られる我々店員
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああてめえらせめて追加料金払えやああああああああああああああああああああああああああああああ
もうね、ママ友(笑)グループにだけ聞こえるモスキート音があればいいのにってレベル。
でも数年後ケベックに旅行に行ったときそんな子連れ見なかったんだよね。しつけができてない子はそこそこの店に親が連れて行かないんじゃないか?
労働者がすべて有能になれば生産性が向上するのは自明なのでこれは略。
能力が異なる労働者が混在している状態で、低能力な労働者から抹殺して生産性が上がるかを考える。
集計的生産関数の通常の仮定においてそうであるように、労働に関して収穫逓減であれば、生産性は上がる。
でもまあ、これもつまらないので、そうじゃないかもしれない場合を考えてみる。
1.労働者を抹殺する→労働人口減→分業・特化が難しくなる→生産性が下がる
2.労働人口減→(分業以外の)集積の利益が減少→生産性が下がる
3.人口減→総需要減少→生産の規模の経済が困難に→生産性が下がる
4.「能力」の多次元性と曖昧さ、また必要な「能力」の予測不可能性、最適配分の困難さに由来する非効率性
生産フロンティア上での生産が実現できない場合、一見余剰人員に見える労働力を抱えておく方が、予測困難な長期においては破綻確率が下がって、経済の持続可能性が高まるかもしれない。鶏鳴狗盗的な論理。
5.上記4に似ているが、魯鈍な者がいなくなる→勤勉な者の働きが限界に→社会維持の破綻
魯鈍な者が実は勤勉な者の休息を助けたり機能を補完したりしているかもしれない。アリのコロニーのアナロジー。
表面的に識別しやすい「優秀さ」にこだわっていてはなかなか見えてこない、思いがけない役割や機能が実はあるんです、というミクロ的なストーリーが出てくると面白いのだが。
人間は多義的な存在で、どんな個人でも24時間の活動を完全にモニターされている人はいない。クラークケントみたいな、ダメサラリーマンが実は別の場面ではスーパーマンだということが、結構頻繁にあるかもしれない。例えば、会社では全く役立たずなOLなのだが、家庭に帰ると、有能なビジネスマンである夫の活動基盤を支える不可欠の存在だとか、30年後の天才的起業家になる子どもを育てる素晴らしい育児センスの持ち主だったりとか。
そういう社会の複雑さを個別のエピソードに還元してしまうと単なる偶然のケースみたいになるが、こうした思いがけなさが、実は社会維持において極めて重要だったのだ、というような話ができると面白いのだがなあ。
おまけの追記
6.遺伝的に「優秀」な人は「優秀」な人のペアからは生まれず、「優秀」と「非優秀」との適当な交雑が必要なのだ、というのはどうだろうか。
日本人にイマイチ「統合リゾート」が理解されないのは、例えばビジネスマンや研究者などが海外出張する際に、
欧米では、例えば研究者が他国の国際会議に参加する時などは、パートナー(妻、同棲相手。場合によっては同性)を連れて行く。
で、連れて来たパートナーは、会議後のレセプションパーティーに参加したりする。その為に連れて行く。
しかし、会議そのものは、研究者しか参加出来ないし、パートナーは会議の間は「ヒマ」。
だから、パートナーのヒマ潰しアイテムとして、アミューズメント施設、つまりカジノが必要になってくる
一方日本の競馬場は、オッサン一人。夫婦とかカップルはほとんどいない。
日本人はカジノと聞くと「日本のすさんだ競馬場」をイメージするが、世界的には「社交場」。
日本人的感覚だと「出張とかで、そんなに広いホテルは不要でしょ?」と感じる。
一方、欧米エグゼクティブは、出張にもパートナーを同行させる。
パートナーはアメリカの自宅並みのスペースがある客室で、自宅同様のゆったりした「生活」を東京でも要求。
「奥様向けのスパ・エステ」とか、「託児施設」なんかも必須な訳だが、そういう解説記事は見かけないなあ。
要は「ダボス会議みたいのを、ジャンジャン東京に誘致しましょう」な話で、カジノはその為の手法に過ぎない。
でも多くの日本人は、「ダボス会議って、何?」「ダボス会議を誘致する意味あるの?」レベル。
だから、カジノ賛成派は「ダボス会議とは何ぞや」とか「欧米エグゼクティブの出張は、妻子同伴が当たり前」と言うレベルから、
まずは説明をスタートさせなければならない
でも「ダボス会議とは何ぞや」とか「欧米エグゼクティブの出張は、妻子同伴が当たり前」と言うレベルから説明始めたら、
説明時間がいくらあっても足らない。説明を聞く側が我慢出来ない。
あと、変な話だが、日本では「エグゼクティブ・高額所得者ほどギャンブル嫌い、ギャンブルをしなくなって」る。
そんなことじゃ、ギャンブル慣れした世界のエグゼクティブと会話が合わせられるのか、心配。
「英語は喋ることは出来ても、ポーカーとかブリッジが出来るんですか?」と言う話。
「向こうのグローバルエリートと一緒にポーカーやブリッジが出来なきゃ、グローバルエリートコミュニティに入れないでしょ?」という話
だから、東大の教養過程の授業に「ポーカー」とか「ブリッジ」を設けるべき。
バブル期の社畜、もといエリートサラリーマンが、接待ゴルフに社会人人生をかけ、自腹でゴルフ練習場に通ったのと一緒。
グローバルエリートは自腹で「ブリッジ練習場」に通うようになるかも。
ヨーロッパでは、貴族が自分の馬を自慢する場が競馬場。だから上流階級の社交場になった。
一方、日本の競馬場は、戦前は軍馬育成目的、戦後は国・自治体の財政目的。そもそもが上流階級と無縁でスタートした。
コミュニティは、一旦「金持ちのコミュニティ」になってしまうと、貧乏人は気後れして寄り付かなくなる。
一方、一旦「貧乏人のコミュニティ、もとい、溜まり場」になってしまうと、
金持ちが気持ち悪がって寄り付かなくなる。日本の競馬場がこれに該当
「出だし」で金持ちが沢山来るようになれば、自然と金持ち最適化された雰囲気になり、ますます金持ちが寄りつく。
「出だし」で貧乏人が沢山来てしまったら、貧乏人最適化されてしまい、軌道修正は極めて困難になる
だから統合リゾート、カジノを「成功」させるには、「カジノは金持ちの社交場」と言うブランディングが肝心。
上品な宣伝が必要であり、間違ってもスポーツ新聞なんかに宣伝を載せてはいけない
「金持ち志向」「専業主婦志向」「見栄っ張り志向」「お受験志向」が明白な「雑誌プレジデント」に企画記事載せればいい。
「お子さんにポーカーやブリッジを教えないと、将来グローバルエリートコミュニティに参加出来ません」な記事。
まあ、「金融資産1億円以上じゃないと来場不可」「年収1000万円以上じゃないと来場不可」みたいな仕切りにすれば、
但し、メンバーをセレクションしちゃって、売上高を達成できるか?
だから、「小さく作って、大きく育てる」ことがカジノには必要。
首都圏では別に珍しくもないかもしれないが、関西圏では見かけることは多くない。
ビジネスマンか?もしくはバックパッカーか?と黒人について一人思索にふけっていると
おそらく日本の独自ルールである「電車の中でのケータイ禁止」を知らないのだ。
英語で輸入がどうとか数量がどうとか話し始めたので恐らくこの黒人はビジネスで
わざわざ日本まで来たのであろう。私の謎はここでとけたわけだが一つ気になったことがあった。
いつも携帯で話していると「携帯止めろ」といううるさい車掌は黒人に注意するのだろうか。
車掌はまだかまだかと待っていると、ついに車掌が列車のドアを開けて登場した。
狭い車内でアジア人ばかりの列車にごっつい黒人が一人、しかも大声で話している。
気づかないはずがない。
車掌は歩き始めてしばらくたつと立ち止まって思いっきり黒人に目を合わせた。
しかし、車掌は3秒ほど立ち止まった後、何も無かったかのように立ち去った。
いつもは「携帯を切れ」とうるさいのに黒人に対しては特権を与えたわけである。
私は非常に納得がいかなかった。車掌に一泡吹かせてやりたい気になった。
私は座席を移ることにした。車掌が出ていったドアから一番遠い位置に移った。
ここならば車掌が入って来てからアクションをとるまでに時間的な余裕がある。
待つ事10分、車掌が折り返して戻ってきた。窓に車掌のシルエットがうつった。
ラッキなー事に黒人はまだ大声で話している。
私はすばやく携帯電話を取り出すと、大声で話し始めた。
車掌は今度は黒人を見ることもなく、ツカツカと歩き始め黒人の座席を通り抜けた。
そして私のところまで来て小さな声でこう言った。「電車の中では携帯通話はご遠慮ください。」
私は言い返した。「あそこのごっつい人さっきから大声で話してますよ。」
私「日本語分るかもしれないじゃないですか。どうして注意しないんですか。」
車掌「恐らくわからないでしょう、後ほど英語の分るものに注意させます。
とにかく携帯通話はご遠慮ください。ペースメーカーにも影響がある可能性がありますので。」
私「私ペースメーカー使ってますよ。6年前から入ってますがまったく影響ありません。」
車掌「。。。」
最近、秋葉原界隈の企業や店舗に、以下のような文書が出回っている。
さて、当社は、昭和37年からJR秋葉原駅前に地上8階建てのビル「秋葉原ラジオ会館」(通称:「ラジオ会館」)を所有し、ビル賃貸業を営んでまいりました。
平成23年6月、当社は第三者のご要請を受け、当該第三者が中心となって新設した別会社「株式会社ラジオ会館」(東京都千代田区外神田一丁目2番13号、代表取締役篠原弘美)に一部出資をし、以後、同社に対して当社の登録商標である「世界の秋葉原ラジオ会館」「秋葉原ラジオ会館」「ラジオ会館」「ラジ館」などの名称を使用して商品を製造・販売し、電子商取引をすることなどを許諾する商標権使用許諾契約を締結いたしておりました。
しかしながら、当社は、このたび事情により、平成26年1月21日をもって「株式会社ラジオ会館」との間の上記商標権使用許諾契約を解除いたすとともに、直ちに上記当社登録商標の使用の禁止を同社に通知いたしました。
つきましては、もとより当社(「株式会社秋葉原ラジオ会館」)と「株式会社ラジオ会館」とは全く別個の法人ではありましたが、上記商標権使用許諾契約が終了いたしましたことをご通知申し上げ、当社と「株式会社ラジオ会館」とを混同されることが今後もございませんようご留意いただきたくお願い申し上げる次第です。
当社は、現在、上記ビルの建替工事を実施しており、お取引様及び関係者の皆様にはご迷惑をおかけしておりますが、7月20日グランドオープンの予定ですので、今後ともよろしくご交誼の程お願い申し上げます。
まずは取り急ぎ用件のみにて失礼いたします。
一部の人間は「秋葉原に流布された怪文書」として楽しもうとしているが、これは誰かの陰謀でもなんでもなく、秋葉原に四半世紀以上に渡って居を構え、秋葉原好きなら誰もが知っている「秋葉原ラジオ会館」の所有会社「株式会社秋葉原ラジオ会館」から出された正式な通達だ。
この文書から分かるのは、ここには、長い歴史を持つ「株式会社秋葉原ラジオ会館」(以降、本家とも呼ぶ)と、3年前に設立された「株式会社ラジオ会館」(以降、分家とも呼ぶ)の二つの異なる会社が存在し、今年の頭までは本家が分家に対して商標権使用許諾を与えていたが、これが解除された、という状況と、どうやら本家は、分家の行っている活動を「迷惑」だと感じているようだ、ということ。
今月、「ラジオ会館」は建替工事を終了し、7月20日にはグランドオープンを控えている。何故この状況で、上記のような通達がなされたのかを考えてみる。
文書にもある通り、今から52年前の1962年、「秋葉原ラジオ会館」は秋葉原最初の高層ビルとして秋葉原駅前に誕生した。
詳細な経緯は要望があれば書くが、秋葉原の古いイメージである電子部品屋のメッカ「秋葉原」は、戦後の混乱に乗じて乱立した多様な露店の集合体、いわゆる闇市の延長線であった。この集合体には、他の類似する地域コミュニティと同様に、日々発生する様々な面倒事を解決するために不可欠な「元締め」という存在が必要だった。この物理的な力を持つ「元締め」と、金銭的な力を持った、ある「資産家」が出会い、GHQが露店の排除命令を出して限界を迎えていた秋葉原を、今度は「縦」に展開する秋葉原初の高層ビル「ラジオ会館電化ビル」構想が立ちあげられた。これが「秋葉原ラジオ会館」の歴史の始まりである。
ちなみに、ラジオ会館と言えば、周囲の景観を損ねるとまで言われつつ秋葉原の顔として定着した巨大なネオン看板が有名だが、あれは2001年8月に初めて設置されたもので、同8月に、有名な「パーソナルコンピュータ発祥の地」のプレート設置も行われた。ラジオ会館の歴史を語る上で重要なアイテムだが、その長い歴史の中では二つとも比較的新しい部類に入る。
そして、設立から50年以上、「秋葉原ラジオ会館」は秋葉原に在り続け、ラジオ・無線、パーソナルコンピューター、アニメ・フィギュアの興隆と、日本の文化成長に合わせて目まぐるしく変わっていく秋葉原に、時には保守的に、時には攻撃的に対応し続けて来た。多くの秋葉原ファンからは、「今の秋葉原を凝縮している」「秋葉原に来た際はまずここに来る」という評価を得て、今現在でも秋葉原を象徴する必須の存在となっている。
しかし、秋葉原ブランドの最たるもの、という評価も受けながら、本家「株式会社秋葉原ラジオ会館」は、賃貸業者以外の何者でもなかった。日本のポップカルチャーが世界から注目され始め、アニメ、ホビー商品が溢れる秋葉原が「ポップカルチャーの聖地」と呼称されるようになっても、秋葉原を象徴する存在である「ラジオ会館」は、ただそこに在り続けるだけだった。
そこに目を付けたのが、上記文書に「第三者」と書かれている人間だった。
当初、「第三者」は別の目的で本家にアプローチしていた。その目的は、老朽化したラジオ会館ビルの建替工事の受注だった。ラジオ会館ビルの建替の必要性は、実は、ある理由で相当昔から発生していたのだが、ここも詳細は省く。しばらくして「第三者」は、本家からの依頼を受け、ラジオ会館のテナントに対し、ビルの老朽化を理由に退去要請を始めた。2010年9月には、一部マスコミによって、老朽化を理由にした「ラジオ会館」の建替工事計画が報じられている。
さて、不動産関係者なら分かるが、不動産の業務の中で最も難しい部類に入るのが、こうした雑居ビルのテナントに対する退去要請である。ビルの建替工事には付き物の業務だが、様々な状況にあるテナントの説得には、非常に高いスキルが必要だ。昔、バブル期に暗躍した地上げ屋が起こした様々な事件が、その難度と複雑さを物語っている。一時引っ越し先にいくら良い物件をあてがっても、急な変化に対応するにはテナント側に手間と時間はどうしてもかかってしまう。それが何年もの間、そこに店を開いてきたテナントなら尚更だ。退去要請に全く応じないテナントに「第三者」は頭を抱えていた。
しかし、2011年3月11日、14時46分18秒、マグニチュード9.0の東日本大震災が発生。
東北で発生した地震にも関わらず、都内の古いビルにも結構な被害が発生する。秋葉原ラジオ会館の柱や壁にも大きな亀裂が入った。それでも、実は、ラジオ会館が受けた被害は、緊急建替が必要なほど大きなものでは無かった可能性が残されている。いずれによ震災被害という大義名分は、「第三者」のテナント退去要請に弾みを与えた。壁に入った大きな亀裂と、それを補強するように貼られたべニア板でさらに誇張された「被害」を見せられ、残っていたテナントは退去要請に続々と応じていった。震災の翌月、2011年4月16日には、ホワイトボードにお別れメッセージを残していく「ラジオ会館さよなら!!ウォール」イベントも開催された。
そして、様々なテナントとの話し合いを通じ、「第三者」はある構想を固めていた。
実は「第三者」は過去、アニメやマンガ、フィギュアなどの文化に一切触れたことが無く、秋葉原という街、そして、秋葉原を訪れる人々を深くは理解してはいなかった。ここも詳細は省くが、「第三者」は、テナントの退去要請を続けている際、大量に売れるフィギュアや書籍、異様な熱気を帯びた各種イベント、街中を闊歩する奇妙なオタク集団などに触れ、ただただそこに「何か物凄い力」を感じていたようだ。これは、秋葉原初心者が最初に必ず感じてしまう「アキバ熱」のようなものだ。過去、「アキバ熱」に触れたビジネスマンたちの中には、これをコントロールして金を生み出そうとチャレンジする者が何人もいた。そして、殆どの人間が失敗してきた。その姿は、熱によって生まれる蜃気楼に戦いを挑む滑稽な道化師と同じだった。秋葉原の住人達は、そうした道化師が発生する度に、冷やかな視線を送っている。
話を元に戻そう。ある時から「第三者」は「ラジオ会館は金になる」と考え始めるようになっていた。
ひとつのきっかけは、ある有名企業の代表が冗談で発した言葉にもあった。
「建替工事が終わって新生ラジオ会館が出来たら、しばらく入場費を取っても良いぐらい注目されるはずだ」
そして、イベントで集まったラジオ会館ファンの感動的なメッセージ群。
そして、閉店セールに集まって来た大量のオタクたちと、飛ぶように売れて行く在庫。
「第三者」は、退去要請の傍ら、ラジオ会館のブランドを使ってビジネスを始めるべく、本家の説得を始めていた。
東日本大震災から3ヵ月後の2011年6月、分家である株式会社ラジオ会館が設立された。
初期の株式会社ラジオ会館を構成したンバーについては省略する。ただひとつ言えるのは、「第三者」はビジネスを成功させるべく、様々な分野から実績のあるプロフェッショナルを引き抜いて来たらしいのだが、役員を筆頭に、殆どのメンバーが、アキバってどういうところ?オタクって気持ち悪い!みんな結局は金儲けがしたいだけでしょ?という、いわゆる秋葉原的な人間とは相反する人々だったようだ。「第三者」には、ラジオ会館、そして、秋葉原の一体何が人を惹きつけるのか、重要な部分への理解が欠けていたように思われる。
株式会社ラジオ会館は、設立後、様々なサービスの展開を始めている。ラジオ会館のテナントを中心にしたECモール「ラジオ会館オンライン」、フリーマガジン「ラジ館」、ニュースサイト「ラジ館プレス」などなど。大抵のプロジェクトが「第三者」の思いつきで始まっていたらしい。中には評価すべきものもあるが、ここでは詳細を紹介しない。
さて、設立から数年、株式会社ラジオ会館内部では様々な試行錯誤が繰り返されていたようだ。イベント企画や大型LEDビジョンの設置と声優番組企画など、華やかな企画も定期的に実施されていたが、売上は低迷していたらしい。そして、その予算の殆どは、本家である株式会社秋葉原ラジオ会館から出されていたらしい。
「第三者」は、「ラジオ会館」という印籠を使い、ビジネスを拡大し続けようと画策していた。短絡的な企画の中には、株式会社ラジオ会館が中心となって秋葉原店舗をまとめ、一大ネットワークを作ろうとしていたものもあったらしい。その中身は、会員になって分家の言うことを聞け、というお粗末なものだったらしいが、我々はラジオ会館だから秋葉原のみんなは言うことを聞くだろうと「第三者」が考えていたことに少し寒気を覚える。さらに、本気で新生ラジオ会館で入場料を取ろうとしていたらしく、その企画が本家の逆鱗に触れた、という話も聞いた。一向に上がらない売上、増え続ける予算、ブランドを利用した強引な営業、荒唐無稽な企画、本家が怒るのも無理は無い。
秋葉原界隈の人々には、香ばしい噂も流れている。ある企画で生じた損失を無関係の人間に補填させようとしたり、何度も支払遅延を繰り返したり、社内では秋葉原の店舗やオタクへの悪口のみならず、ラジオ会館のテナントの悪口まで言い合っている等など。最近では、本家との契約解消に伴い「本家が営業を邪魔している」などの暴言まで出ているとの話も聞いた。一応書いておくが、これらはあくまで噂だ。しかし、そうした社風に嫌気がさし、今年に入って大量に人材が辞めたという話も聞いた。
そして、今年に入って、ラジオ会館の仮囲いを使っていた広告枠営業は本家管轄に移行、3月にはラジオ会館1号館に設置されていた大型LEDビジョン「ラジカメVISION」が撤去され、事業の核とされてきたECモール「ラジオ会館オンライン」は今月7月末で終了予定となっている。残るはフリーマガジン「ラジ館」とニュースサイト「ラジ館プレス」。そんな折、本家から出された契約解除の通達は相当な痛手に違いない。
何故、今年の1月に契約が解除されても、依然として株式会社ラジオ会館は「株式会社ラジオ会館」であり、フリーマガジン「ラジ館」やニュースサイト「ラジ館プレス」は、その名前を使い続けているのかというと、「ラジオ会館」や「ラジ館」は確かに商標登録されているものの、社名は同意の下で命名された経緯があり、フリーマガジンとニュースサイトは商標区分が異なっているので問題無いそうだ。また、裁判沙汰になっても係争中は名前を変える義務は無い、とのこと。
そうした状況を踏まえ、本家は7月20日の新生ラジオ会館のグランドオープン前に、どうしても公私ともに関係性をクリアにしたかったのだろう。
通達も出たことだし、未だに株式会社ラジオ会館を、秋葉原の老舗のラジオ会館だと思ってお付き合いしている店舗さん、企業さんは居ないですよね?
以上、伝聞と類推だらけだが、株式会社ラジオ会館について、でした。
私が小学2年生の時だ。
担任のNが提案した。
「これから毎日、帰りの会で『今日の反省』をすることにしましょう」
活発な生徒は率先して手を挙げる。
ある日担任Nは
「良い行いをみつけるのも、『反省』ですよ」
『反省』すなわち、悪さを暴き『シュンとする』ことこそが反省なのである。
それがキッカケかどうかはわからないが、
私は常に反省をしてきた。
反省すべき事柄は忘れてはならない。
怯えながら生きて大人になった。
誤ちとは、物を盗んだり人を傷つけたりする犯罪のことではない。
切手をまっすぐに貼るとか、
そういうことである。
ミスをすると取り返しのつかないことになる!!
ビジネスマンたるものタイピングは一分で何文字以上の速さで打たなくては。
ホチキスの位置と角度を等しく…
生きるとは、なんと辛いものだろうと思った。
提出した書類に誤りがあったって
上司は先輩を叱っても、必ず解決方法と再発防止策を提出させる。
先方に詫び、それでおしまい。
私の見たことのない生き方だった。
「反省をしなさい」とアラを探しては萎縮させるだけの2年生の帰りの会。
より良い未来を築くための提案会という趣旨だったのかもしれないが
ほのかなモラハラ臭かなとも思う。