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はてなキーワード: 時間貸しとは

2019-01-13

結局全ては経済格差に行き着くだけでは?

マジョリティ特権って大声で暴れてる人がいるので、そんな差別撤廃すべく、彼らの言うところのマジョリティ特権を全部廃止して、世の中から公衆浴場公衆トイレ公的交通機関もぜーんぶ削除。そんでもって、個々人が個別に、個室風呂だの時間貸しトイレ性別不問)だのハイヤーだののサービスを有料で利用する社会にすればいいんじゃない

そういう社会にするのが望みなのでしょう? 温泉旅館貸し切りにすれば好きな方の浴場使えますよ、気に食わないやつは入ってきませんよ、ってただそれだけのことなんだからさ。

2018-11-05

ドローン流行らないわけ

日本人口の数割が住んでて、高価なドローンを購入できる客層がうじゃうじゃ居る東京で飛ばせる所が片手で数えられる程度しかないんじゃ無理でしょ

その場所時間貸し価格はボッタクリじゃ誰もやらないよ。まだジョギングしてた方がマシ

車で郊外まで行ければ良いけど、都心からだと高速で行くレベルだし、結局自家用車を持ってて、高速代出せて、ガス代出せる上に数万以上のドローンバッテリーと各種パーツを買える人だけが楽しめる趣味なっちゃった

自宅内で飛ばすんじゃ飽きるし、200g以下とかゴミだし、せめて川沿いくらいで飛ばせればな~これから始める人はちゃんと調べろよ。あと松戸矢切は多すぎてドローン銀座になってる

2017-08-22

ぼったくられているのに気づかない発注者たちかわいそう

前提:SI業界

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日本プログラムを作ってもらおうとするとめちゃめちゃお金がかかる。

くそみたいな成果物に対してべらぼうな料金を請求している。

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[まず中抜きされている分高くなる]

まず中抜きが多すぎるんじゃないっていうのはよく言われているけど、それはそのとおりだと思う。

少し話はずれるけど、一次請け辺りにいる人達そもそも優秀な人が多いんじゃないかとは思う。

だけど下請け仕事発注することを何十年もやっていれば、それは無能集団にならざるを得ないよね。かわいそうだけど。

そういう人達お金を一番払っているのだから無駄ソフトウエアが高くなるのは当然。

客はこの役立たずたちの生活のために、多めに料金を払っている。

元請は調整役なんだから必要だよって思う人もいるかもしれないけど、実際にはそれすらも下請けやらせているところがたくさんあるし元請の役割って、仕事を受注するためのブランドだったり看板しかないこともある。

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[くそみたいなプログラマー時間をかけて作るからもっと高くなる]

それでもって、不当な扱いを受けている下請けプログラマーがかわいそうって話になるけど、本当にかわいそうなのはお客だ。

なんでかというと、そもそもプログラマーくそから

まず日本では適正のないものを大量に雇っている。ベテランとか言われている中にもまともにプログラミングできないやつらはたくさんいる。

そもそも勉強する気がないのが大半なので、経験則くそみたいなプログラムを書く人間が80%くらい。

そういう人間ばかりのプロジェクトは、1ヶ月くらいで終わりそうなものを何年もかけてつくることすらある。

そういうやつは居てもいなくても良いんだけど、っていうか居ないほうがいいんだけど、会社的は居たほうがメリットがある。

なぜかというと、プログラマーを売るときスキル関係なくある程度の値段で時間貸しできるから

できるやつ1人にできないやつ5人くらいをつけて、客先に送りつけても6人分の料金をふんだくることができる。これは普通に行われている。

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まりはお客は、

プライドだけ高い元エリートくそじじい(今は役立たず)にたくさん中抜きされるお金を支払わされて

さらにまったく必要とされていないたくさんのプログラマー分の給料までも支払わされているってことになる。

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わたしSI下請けプログラマーなので、自分が一番かわいそうな立場なんだといつも思っていたけど、よく考えてみればこんな業界発注せざるをえないお客さんたちも結構かわいそうだよなあと思う。

2014-08-17

お金が大好きだった

 ぼくは小さいこお金が好きだった。母子家庭で家が貧乏だったからだと思う。電気やガスを止めたり、おやつをうちだけ少なくしたり、母に徹夜で内職をさせる。不憫だ、子どもが不憫だと時おり、母を涙させる。そんなお金の力に引き寄せられたのかもしれない。

 小学校二年生までのぼくの趣味は、おこづかいや、数少ない親戚から年に一度もらえるお年玉、たとえば数千円。それを両替機で崩すことだった。全部10円に。お金が増えるのがすきだった。受け皿に硬化が落ちてくる、あのジャラジャラッ、という音もすきだった。全部10円玉になると、店のおばちゃんに数十枚の銅色の硬化を渡した。きびすを返し両替機に銀色の硬化をまた突っ込んだ。繰り返し。迷惑なはなしである

 小学校三年生に上がると、その行為がまったく無意味だと悟った。今度は本当の意味お金を増える方法をかんがえはじめた。勉強にも友達にもそれほど興味はなかった。


 最初のぼくのビジネスは、自販機の小銭と落ちている空き瓶をあつめることだった。今はどうかしらないがその頃、一本あたり10円で特定のビンを買い取ってくれる駄菓子屋があった。たとえば、コカコーラスプライト

 二週間後には町内の自販機地図をつくり、近所の子どもたち数名を組織化してビジネスを拡大した。上がりは折半だ。軌道に乗った矢先、浮浪者ボス一喝されてそのビジネスはご破産となった。

 次は自販機ビジネス資本をもって、今でいう「せどり」に挑戦した。カメレオンクラブキャンプわんぱくこぞう、遊コン。情報化前夜の昭和末期。ゲームカセット買取価格と販売価格が逆転している商品をしらみつぶしに探しては、他の店に売りとばした。これも仲のよい同級生組織化した。仕入れの費用がない場合はぼくが肩代わりした。が、ただ、店舗が密集しているわけではなかったので、仕入れの問題であまりうまく行かなかった。そのうち同種のカセット買取制限つきはじめた。息の短い商売だった。

 中学生になってやったのがパソコン通信ログ取得代行する、というサービスだった。今思うととこれは犯罪だったかもしれない。Nifty-servePC-BANの規約はもう見れないので許してほしい。日夜マニアック議論が繰り広げられる大手パソコン通信サイトログダウンロードしては草の根BBSで知り合ったおにーさん達に高値で売りつけた。ただのテキストが垂涎の情報となる時代があったのだ。

 小さな商売としては、ビックリマンシールの仲買。発売日前に週刊少年ジャンプが並ぶ店を見つけて手に入れ時間貸しCDダビングを手伝ったりした。もちろん牛乳配達新聞配達もやった。

 最後にやったのはパチンコだった。本当はアルバイトをしたかった。が、中学生を雇ってくれる福祉的なビジネスマンを当時のぼくにみつけることはできなかった。ぼくの世代には一時期これで食べていた人が多いと思う。といってもぼくが中学生の頃なので、羽根物権利物フィーバー機など釘の甘い台をみつけては打ち止めにする。という同世代パチスロプロより1つ前の世代だった。あからさまな中坊がパチンコ屋に来ても見て見ぬふりをしてくれる、牧歌的時代だった。LUNA SEA有線放送でよく流れていた。軍艦マーチももちろん流れていた。


 そうしてぼくは晴れて16歳になり、まっとうに労働を金銭と交換し、またそれの再生産を繰りかえす立場となった。

 ぼくはなるべくして中卒になった。1つも願書を出していない。

 義務教育学校に行く理由がまったくわからなかった。お金を稼ぐ事以外世界意味がないと思っていた。だれも勉強をする理由を教えてくれなかった。貧乏な家の親、多くの市井公立小学校先生にはそれを子どもに説明する能力が、ない。ぼくも30をすぎてようやく勉強をする理由を先人の言葉を使って説明できるようになったくらいだから、無理もない。

 高校へ通うには学費が多くかかると知った。これも進学しなかった理由の一つだ。さすがに15歳の僕にもわかる。母親の稼ぎだけで四人の年子高校に行くのは不可能なことを。ぼくが行けても下の弟二人はきっと中卒だろう。

 中学三年の担任は、進路相談でぼくが進学しないというと、とりあえずその場をなあなあで済ませた。その後、考えをあらためさせるべくぼく親友山根を狩り出した。ぼくの説得を試みたのだ。まったく進学しない中卒は珍しかったらしい。無論、とりつくシマもなく断った。二人の目には、ぼくの事が、世界中を敵だと考え怯える、野生児のように見えたと思う。そんな目をぼくはしていた。

 その後、労働お金を稼ぐことより、お金を作る仕組みのほうに興味を捨てられなくて、自分商売を始めるんだけど、それはまた別の話。

今はだいぶその呪縛から解き放たれたと思う。

戦後のはなしではありませんバブル世代です

2013-10-12

http://anond.hatelabo.jp/20131012133821

それやるなら、甲州街道環八そばとかに住まないと。

今は運ちゃんでも稼ぎ悪い人はどんどん辞めてってるので、

流しはどんどん減ってるそうだ。

今は駐車場タイムシェアだっけか、あの時間貸しレンタカー使うのが主流だね。

あるいは、全く車乗らないか

2012-12-07

ある男と風俗嬢の別れ(長文)

先週の水曜日、1年くらい会っていた男と別れた。身分違いだった。遊ばれていただけだが、私は確かに恋をしていた。既に2回くらい泣いて諦めてたつもりだったのに、今は「基本的な生活」ができなくて昼職をなんとか遣り過ごすのがやっと。会っていた期間・今までの生き方に対して後悔がたくさんある。

失恋からの立ち直り方」などを読むと、失恋直後は泣いて愚痴れ美味いもの食えあとは時間が解決すると書いてあるが、いくつかの事情が重なり誰にも(カウンセラー等の秘密厳守してくれる人にしか)ありのままを話せないので、増田に吐き出すことにした。半生、風俗、恋愛が絡んだゲロなので脈絡がなかったり長すぎたりあなたモラルポリシーに反したりは目を瞑って欲しい。胃の上と心臓がぐるぐるして気持ち悪いままあまり食べられず、呼吸が浅くて、吐き出さないとこれがずっと続きそうで。

世の紳士たち、遊びを仕掛けて本気になられて面倒になって棄てるなら、いいタイミングを選んでください。そもそもきちんと予防線を張ってください。それが上手にできないなら風俗の場合は最初から時間内だけの遊びにしてください。野暮でも関係の確認は明確に。気まぐれな優しさは凶器です。空っぽの人形に心を植えて、外界に連れ出して置いて去るようなのはやめてください。源氏名の鎧が外骨格なこともあるんです。剥がすなら覚悟をもってください。

要は失格風俗嬢が院生に遊ばれただけの話。

私の出自と生育歴

企業家家系で、家柄は武士とか軍人の流れとは聞いた気がするが、家を継ぐだの良家だのとは現在は無縁。

兄弟は上と下にひとりずつ。下が障がい者(突然変異系)で心臓の手術などのため私は早い頃からまり構って貰えなかった。父方祖父母宅に預けられた時に言われた「ジュースを欲しがるなんて図々しい」は幼心にも傷ついた。幼児だからからないなどと侮るなかれ。迷惑をかけてはいけないと過剰に思う癖がついてこれまでもたくさんの失敗をした。

小学生の頃に両親が離婚風俗嬢ありがちな母子家庭育ち。母が会社をやっているので経済的困窮はなかった。片親家庭の毒は、なにも経済的なことだけではないと思う。男女観は多少であろうが歪む。私の場合は自分の女性性を受け入れ「女性」になるのが遅れた。「ちゃんとした恋」の経験値が足りなかった。

上の兄弟国立最高峰大学卒業直後にかなりの年上と結婚。母は子が全員成人した頃にやっと死別独身(成人子あり)のパートナーをつくって入籍せずに一緒に住んでいる。

女子中高を経て、音楽大学へ。多少はみ出してはいたが結構な真面目ちゃんだった。同級生みたいにもう少しちゃらちゃらして男を見る目を養えばよかった。大学奨学金(自立を促すため)と親の資金で。大学の頃にはすこし恋もしたしすこし病みもした。処女喪失は20歳を越えてから当時の彼氏と。特に感動もなかった。卒業してもまず食えないので事務で零細企業就職稽古には現在も通っていて、欧州への留学を希望しており貯金中。

入店まで

昼職の正社員で留学のため真面目に順調に貯金をしていたが当時勤めていた会社が傾き、会社自体を整理することになって放り出される形で無職になった。初めは社員求人に応募してみたり派遣で働いてみたりしていた。しかし景気的時期的になかなか厳しく、月末月初のみの事務アルバイトをしながら、貯金の進まなさに焦りを感じ時給の高さでホステスに応募。お酒が弱くてあまり売れず。もう数年若ければキャバクラジュースでも稼げたのだろうが、もう20代中盤に差し掛かっていたので。派遣ホステスなども数回やったしお化粧おしゃべりは多少うまくなったのだが毎晩お酒を飲んで煙草に曝される生活に1ヶ月で無理を感じた。ほんの短期間だけ肉体接触なしの愛人ごっこみたいなこともして自分には向かないことを確認した。

ある日アフターののち始発待ち早朝のネットカフェで、最高に疲れた頭で風俗店求人を調べた。何の職種がどこまでやるのか等を調べメンズエステ(マッサージ)までが私の限界と認識。求人と営業HPとの齟齬が少ない感じのところに投げやりに応募、後日面接へ。この時の私は疲れていろんなことが麻痺していたのだと思う。貞操観念は大人になるまでは強すぎるほどだったのに。講習で服を脱いだとき、堕ちたなーと乾いた笑いが出た。私大出して貰ってさらに留学資金なんて言えない、とか思ってたけど、風俗にまで行けるならまず親に言えばいいのに。足りなければ奨学金とか片っ端から応募すればいいのに。留学はどうしてもしたかったが、親に頼ったり甘えたりするのは怖かった。失恋後に母の胸を借りて泣いた時にやっと頼っていいのかなという気になれた。

風俗嬢

斯くして私は去年の秋に渋谷の老舗店のホテルエステ嬢になった。たまたま新人ラッシュ期で店プッシュは分散、若い子巧い子(ヘルス上がりとか)に流れて新人期間でも本当に売れなかった。新人キラー(表立って言わないだけでみんなやってるよと過剰サービスを要求したり、押さえつけて入れてしまおうなどとする)だけは初めの1ヶ月間によく付き戸惑ったが対処法を身を持って会得。入店から一度も事故ったことはない。店側も私がこんなに続く(現在勤続1年と3ヶ月くらい)と思わなかっただろう。サービス内容はオイルマッサージトップレスでの手コキ。パンツを脱ぐことも、キスフェラもない。トップレスも初めは抵抗があったが、とりあえず粘膜ではなく皮膚だからと考えて慣れた。売れなかったので、何か武器があればいいかとマッサージ勉強した。リンパと筋肉ほぐしとツボ。開業の予定はないがマッサージスクールショートクラスのディプロマも取得。

風俗にもいろいろあるけど、時間貸し菩薩と思うに至った。精神的に受け入れて貰うのを飛び越えて膣に執着する男性が理解できない。

金銭感覚貞操観念の狂いにはとても神経質になっていて、ストッパーに今も月末月初の昼職は続けている。事務の期間以外は結構な鬼出勤かつオープンラストなどもしていた。待機時間で譜読みや勉強ができるのはメリットだった。風俗の給料はとりあえずまず奨学金を返して、留学貯金の続き。日払いなので千円札しか使わない。万札・五千円札はやむを得ない場合のみ。清算時になるべく大きいのに両替する。お給料がキリのいい数字の時は何も買えない。万札が財布に3枚以上溜まったらすぐ口座へ。数字が増えていくのが幸せ。

恋人なんて嗜好品だと思っていた。あったら幸せだけどなくても死なない。留学(希望期間が長いので)できるようになったら置いてくか待って貰うかだから現状すぐは結婚とか考えられなかった。興信所での調査が必要な良家に嫁ぐなどは片親、障がい者家族、年齢的にないと踏んでいた。むしろ風俗に入った時点で、まともな普通な結婚は9割諦めていた。自分が結構放っとかれて(習い事だけはいろいろやった)育ったからちゃんと子供を育てられる自信があまりないし、留学できて行って帰って結婚出産したら高齢出産に片足ひっかかりそうだし、子供も積極的には望んでいない。

嫁が妊娠してセックスできないからと来店した客の「ここは最後まで手でなでなでしてるだけだから後ろめたくない、やましくない」説をとって、風俗嬢だけど別にたいそうなことやってるわけじゃないと表層では思うようにしていたが世間的には賎業なのも知っていた。

自分は自分の人生を生きなきゃいけないから、何かによってブレーキがかかるならそれは天秤にかけて本当に要るか考えるべきと思っていた。ぐらつくほどの恋なんてしたことなかった。

出会い

奴が来店したのは12月の頭だった。フリー一見はインパクトがなければ正直2ヶ月くらいしか覚えていられないから、その前にも来ていたかは定かでない。うちの店はメール交換を推奨しており(トラブルの種にならないのか疑問)、新人期間が終わる頃でもっと指名を作りたかった私は客の一人としてあまり深く考えずにサブ携帯のアドレスを交換した。そう頻繁でもないペースで他愛ないメールをし(メアド蒔きすぎて客とのメール自体めんどくさくて私があまり返信しなかったから。でも奴はたくさんメールをくれたし、待ってくれたし、返信を喜んでくれた)、そう頻繁でもないペースで来店し、私が中抜け(で稽古へ)から戻るのが遅れた時に奴が40分待ってくれたこともあった。「外で会いたい」と言われた時には「出勤時間を削って会うならお小遣い貰わないと無理w」とか冗談で断ってたな。2歳サバ読んでたから奴をオッサン扱い。実際外で会う気なんてなかった。事務の期間は事務が忙しいからって断れるし。風俗関係の人は風俗の期間だけにしたいし、その風俗の期間は休みを入れてなかったし。

奴はアカポスを目指す年上の院生(D2)で、数駅のところに奴の所属する研究室はあった。別にイケメンではない。実家暮らしスポーツ好きで男子校育ちで男性の多い専攻。風俗に来れる程度の収入は得ていた模様。結婚とかせっつかれ始めてると言っていた。結婚したい、ではなく結婚しなきゃ、のような口振りで。

やることはやってたけど(プレイの範囲で)気持ちはちょっとずつ惹かれ始めていた。女とか風俗嬢とかそういう「枠」じゃなくて「私自身」を見てくれた気がしたから。褒められ慣れてなくて、客に「かわいい」とか言われても「ありがとうございますぅー」だの「そんなことないですよぉー」だの「えへっ知ってるw」だのとしか言えず、どうせその場限りの口先だけだって知ってるからスルーできたのだが、奴に言われて嬉しくてどうしていいかわからなくて「ポーカーフェイス頑張っても口角がちょっと上がるよね」などと指摘された時なんてエンドルフィンどばーであった。喪女か。

店外、それから

1月の末、ラストまで勤務後に出張帰りの奴と初めて外で会った。出勤を削らなければ私は機会損失ないからと思って。「好き」だとか「付き合おう」だとか「セフレでよろしく」だとかそういう言葉は出なかった。こちらからは出せなかった。その後食事だったりプラネタリウムデートだったり映画デートだったり普通デートもしたが、ホテルにも行った。奴が非常に疲れている時や隙間時間で会った時にはホテルだけの場合もあった。マッサージとお昼寝だけもあった。1日一緒にいても全然窮屈じゃなかった。デートの日は必ず店を休んだ。「忙しくても何日に会えるって思ったら頑張れる」と言ってくれて、私もどんな痛客相手でも中断は決してしないでプレイタイム内は頑張れた(その後はもちろんNGをかける)。会って2回目くらいで本当の年齢のことも言った。初めの頃はほんとにバカップルみたいだった。メールに書いた話題のフックは漏れなくキャッチしてくれた。遊びならちゃんとそういう感じにしてくれればいいのに、本当に大切にしてくれた。

処女じゃないし、経験人数は片手で余裕で足りるが、ちょっといい雰囲気になるくらいなら数人いた。今までのはこちらからはそんなに本気で好きじゃなかったのかもしれないと思った。好きな人とのセックスがこんなに気持ちいいものとは思わなかった。ぞくぞくして痺れて溶ける感じ。濡れにくくて苦労はしたが。本当にかたちとか大きさじゃない。店に入ってから持ち前の「興味を持ったら調べる、やってみる」気質で手技だけはあったしananの特集等でフェラチオのイメトレもできていたから、申告人数より実際はもっと経験豊富と思われたかもしれない。

4月にはD3になるし論文の準備だったり学会だったりで忙しいだろうし、あまり構って構ってとは言わなかった。2月に一度だけ「この間会ったばっかりなのにもう会いたくなってる」と言って予定を調整して貰ったくらい。あとは相手からの予定打診待ち。3月頃にメールが1ヶ月開いて、次に会った時に「自然消滅狙いだけはやめてね。すっぱり切ってくれないと待つつもりなくても待てちゃうタイプから」と頼んだ。誕生日には奴の利用店のプリペイドカードを負担に思われない程度にチャージして贈った。

会えば優しかったしいろんなことを話した。メールが途切れたら2週間くらいしてこちらからネタメールを送った。モテ期3回が三重解だったり虚解だったりするやつとか、バストカップ別褒め方一覧とか。追撃せず、返信や会うことは求めず、相手の都合でよかった。「飽きちゃったのかと思った」「飽きないけど、将来がないからねー」とかいう会話もあった。婚活市場で優良物件すぎて以前年上の女性ギラギラされたことがあって苦手、と聞いていたからこちらからは押せなかった。エイプリルフールに「あのねあのね!だいっきらい!あと処女です!」とか、満月にかこつけて「月がきれいだよー」くらいしか言えなかった。たぶん通じてないけど。漱石だよ。

半年もするとだんだん雑談メールが減って、近況つきだが予定打診メールの率が高くなった。会うペースも下がって月に1度くらいになった。忙しいならしょうがないし全然待てた。だが徐々にキスも減った。手もこちらから繋がなければ繋がなくてそのうちに遠慮した。うざいと思われたくなくて常に半身ほど引いていたが、もし言われれば即風俗あがって付いていきたい程度には好きだった。

明確な言葉なく付き合うカップルっているとは思うが、セフレっていう関係がこの世に存在する以上は関係の定義なり宣言なりが必要だと思う。それがないってことは明確に気持ちがあるわけではない、所詮は都合のいい女だということに2回ほど泣いて「何もなくて終わるより何かあって終わった方がいいと思って外で会ったんだから」と思った。より迷惑をかけちゃいけないと思って近づけなくなった。

別れ

9月に会ってから途中で奴の多忙による予定変更を経て2ヶ月ぶりに会った。予定変更への返信に「充電は既に切れてるけどまー死なないから私のことは忘れてていいよ」と書いてから2週間後。稽古の後に奴の乗り換えの都合上いつもの新宿へ。風邪気味の奴と西口で待ち合わせアルタから出て歌舞伎町ホテルまで歩いた。バリアンじゃなくてそこそこきれいで割券使えるところ。普通に入ってコートとか脱いで普通に座って。

  

「真剣な話があります」ひとつは奴の今後の進退に関することなど。もうひとつは「今日最後にしましょう」。

なんとなくそんな気はしてました。「えっしてた?」

しかしなんでまた。「結婚もしないのにこういうことしてるのが負担」

そう思うに至ったきっかけとかあるの?「論文の審査とかだよね」「あとー…○歳になっちゃったし、見合いとかするかもしれないし」「他に女の人がいるとかそういうのじゃないけど」「結婚できないじゃん?」「結婚しない相手と中途半端に付き合うのはやめる」

ていうか付き合ってないじゃん?セフレとか付き合うとか関係の定義なり宣言なりをしてないし最初から中途半端だったよ。「最初から中途半端、かぁ」

……………。(言いたいこと終わり?)

「泣かそうとしてる?」泣かしたって面白くないじゃない。

「なんか女々しいな、俺…」

………………………………………。

うん。でも。それなりに楽しかったよ。「それなり?俺は」だってちゃんと好きになっちゃいけないって思ってたから。「なんか…すごいなそうやって」

ていうかそれでも結構好きだった。でも迷惑だよね、と思って。2回くらいちゃんと泣いて割り切ってたよ。「そう言われちゃうと…」

最後に、します?「男が最後やらせてっていうのはあるけどそっちから言うんかいw」

  

云々、奴にとってはあっけなさ過ぎて拍子抜けだったかもしれない。セックスはしなかった。泣けず、縋れず、意思表示もできず最後まで強がってしまった。でも最後になってやっと好きって言えた。以前一緒に見た映画の前作DVDを私が持っており双方ともに途中までは見たとのことで最後の1/3くらいをベッドで(離れて)ごろごろしながらエンドロールメイキングまで観て、「じゃあ、出ようか」。「明日の朝喉痛くならないでね」(風邪だから)。

歌舞伎町から新宿駅まで歩く。奴の左耳、好きだったけど見納めかあ。最後にぎゅーってだけしてって言えばよかったな。駅で埼京線に乗る奴に改札の手前で「友人のバーでべろんべろんになってから帰るから!」と言って別れ、ウコンとカシミヤティッシュ持参で行った友人のバーで実際べろんべろんになって泣いて数年ぶりに記憶飛ばし、隣席のオッサンにも迷惑をかけ便器を抱えおそらくタクシーで帰宅、風呂場でもトイレでも吐きまくって喉の痛い翌朝を迎えた。翌日の昼職は体調不良で休んで、夜になって迷惑かなと思いながら奴に最後メールをした。

  

風邪大丈夫?お大事にね。留学資金を結婚資金にまわしてついて行っちゃいたい程度には好きだった。元風俗嬢とか嫁にいらないだろうけど。家は成金だし躾はなってないし。

昨日は女優だったでしょ?飲んで潰れて別の意味で喉の痛い朝を迎えると思えないくらい。

私をここまでしたんだからいい嫁見つけてちゃんと偉いセンセーになってよね。楽しかった。ありがと。

  

もちろん返信はなし。

何をやっていても涙が勝手にぼたぼた出てくる。過呼吸にも数度なった。職場トイレで声を出して泣いた。事務の速度が1/3くらいになった。気を張ってる何か作業中はいいが途切れた時に何度でもフラッシュバック。何をしてても奴を連想する。母の胸を借り、恋愛論・男女論を泣きながら交わした。元客だったと打ち明けた風俗の同僚にもLINEを占領して慰めて貰いながら画面がぼやけた。夢に見た。魘されて数時間ごとに目が覚めた。日付の感覚がわからない。食事がとれない。食べても吐く。食べなくても吐き気。涙で流れるから化粧は一週間できなかった。男性に優しくされても泣いた。毛の処理や洗濯や基本的な生活ができなくなった。稽古遅刻もしたし、演奏もできなかった。デパスを調達した。

奴に会えると思うから嫌なことでも頑張れた。これから何をご褒美に生きればいいのやら。そうまでして行く留学に意味はあるのか。

時間が解決する、いつかは忘れられると言われてもその時間を過ごす自信がない。

依存してたつもりはないけど、ガソリンが切れた。

現在とこれから

ひたすらに楽天のメルマガがうざい。iPhonegmailyahooメールも未読有で出るから。放っといて欲しい。

奴のコミュニケーションスキル不安はないので、若くて可愛いくて心の広い良家の令嬢と結婚して子供も作って幸せな家庭を築き出世していくんだろうとは思うものの、容姿体質(体質については私は許容できるが遺伝する内容)で弾かれまくったすえにやっとした見合い結婚で失敗して即効離婚してしまえとか、学歴に寄ってきた見合い女とくっついて有期雇用っぷりに幻滅されろとか、ポスドクで長ーく放浪して嫁に愛想尽かされろとか、助教で燻って65歳を迎えろとか、とっととインポになればいいとか、早くはげろとか、奴の幸せはまだ願えない。論文全然通らなくて心が折れてすごい凋落すればいいのにと思ってしまう。私のいないところで幸せになる奴を許せない。英語もできるから海外にも行けるし給料でてるし専攻的にも研究室的にも可能性は低いだろうけど。いま学位とれそうなところでその年齢で見合いとか早くない?とも思うがそれは体のいい理由なのでしょう。直接会って別れてくれただけまだ誠実なのかもしれない。パフォーマンスの低下した状態で考えているのでまだ頭の中はぐるぐるしているけど、風俗に入らなければ奴に会わなかったが、風俗女だから奴と本気で向き合う資格がなかったという循環参照みたいなところで行き詰る。

正直未練はまだあるしまともな生活リハビリ中だけど、今日泣きながらこれを書いていて少しだけ吹っ切れた。結局遊ばれてたんだよね、と客観的に見られた。きっと恋をして何でもできそうな浮かれた気持ちと、すごくすごく幸せだった約1年と、別れて得た絶望とは自分の演奏に活かさなくてはいけないんだと思う。燃えるよりも灼けるように好きになれる人を運命がほんの短いあいだ貸してくれたと思うよりない。間違いなく、スイッチを切り替え私を「融かして」くれたのは彼だった。ここで討ち死にしたら負け。

2月にオーディションが2部門ある。受かれば履歴書に書けて2年くらい拘束。去年は「本気で行って落ちたらベッドで慰めてあげるから楽しんでおいでー」などと言ってくれた人がもういないので、ふたつとも落ちたらすぐに欧州へ飛ぶ準備を始めようと思う。目標額到達まで単独だともうしばらくあったけど、今回母に泣きついでに留学のことを直訴したら(当然風俗のことは言えなかったがアルバイトを掛け持ちしているとは言ってある)私の貯金と同額までは用意してくれることになったので、タイミング的には来年の秋頃から奨学金にも応募してみる。

風俗来年春か夏までにあがる。私に刻まれた風俗嬢過去は変わらないが欧州に行って帰って来る頃には従業員名簿も破棄されている。

  

言っても言わなくても結局終わるなら、好きって思ったら言ったほうがいい。

欲しいものは欲しいって言う。だめかどうか決めるのは相手。

初動は早いほうがいい。

  

フィクション?そうだったらいいのに。それか1年前に時間巻き戻したい。

なお先ほどの地震は私のせいかも。この1年、奴のことを考えるたびに地震が起きたから(真顔で冗談/でもほんと)

2010-07-26

[事業メモ]ガラの悪い人対策

ありがとう。元増田★です。

http://anond.hatelabo.jp/20100726074435

なるほど。出来るだけオープン空間にしたいと思っていたので、客の選び方は考えてなかった。

http://anond.hatelabo.jp/20100726084136

出来ればコンビニに併設にしたいところなのだけれど(その部分は無人にしても目が届くから)、検索したところ大手フランチャイズコンビニは独自のノウハウ以外の工夫は喜んでくれなさそう。

http://anond.hatelabo.jp/20100726090438

無法地帯にさせないためでも、会員制はちょっと二の足を踏む。ブラッと出かけたら仲間が居るといった空間にしたいんで。ただし、貸し切りは信用のおける知人のみにしたほうが、メリット時間貸し収入安定)とデメリット犯罪の温床になる可能性)のバランスが取り易そう。

http://anond.hatelabo.jp/20100726085239

机を置く部分に、机一つずつ間仕切りできるようにしておけばいいかなと思った。炬燵が個室だと単なる仮眠場所になってしまいそうなんで。

客を選ぶ方法・案1、最初半年アルバイトを雇って「さくら」になってもらい、お店の雰囲気作りをする。それぞれ自分の好きなことをやりながら、時々、声を掛け合って話し合ったり、テーブルゲームを始めてみたり、TRPGグループがいたり、何をしてもいいんだけども、他の人の楽しみを邪魔しないでね、的な雰囲気。

       案2、警備会社契約して、ときどき巡回してもらう。

       案3、最初の1カ月は毎日イベントを開催して、店の方向性を定めてしまう。

       案4、商店街のど真ん中に店を作って、商店街組合に入り、他店と徒党を組んで、ガラの悪い人の居心地を悪くさせる。

[事業メモ]場所の提供

コンセプト・意図的にたまり場を作る。

場所の設計・8畳程度の畳掘ごたつ式座席(定員6名だが、詰めて座るれば12人でもOK)+6畳程度のフローリングの部屋に600ミリメートル×900ミリメートルの机8つと座り心地の良いイス8脚を用意。靴を脱いで上がる方式で靴箱にスリッパを用意。

営業時間・10時から22時(無人店舗掃除のために1日3回巡回)

料金の徴収・靴箱の使用料を1回300円。ちょっとした外出にはサンダルを用意。(300円を払えば、10時から22時まで滞在可能ということ)

1日の売り上げ・満席で16×300=4800円。5回転すれば24000円。12時間貸し切り料金12000円。24時間貸し切り料金24000円(ふとん6組、台所使用)

ウリ・無線LAN、有線LAN、電源使い放題。

守ってもらいたいこと・持ち込んだ物は持ち帰る。(飲食物の持ち込みは自由だが、ゴミは各自持ち帰ってくれってこと)

いくら用意すれば、こんな感じの店を始められるかなあと検討中

2010-05-18

クラウドは、語義の派生を追いながら理解するとわかりやすいと思う

http://anond.hatelabo.jp/20100518115813

ネット上の超強力コンピュータを使いたいときだけちょっと貸してもらうサービス

それは一般的にASP(≒SaaS)とかPaaSとかIaaSとか呼ばれるサービス形態で、クラウドの説明としてはちょっと違います。

だけど、クラウドコンピューティングの代表格としてそういう「ネット上の超強力コンピュータを使いたいときだけちょっと貸してもらうサービス」が流行しているので、たしかにそう思えなくもない。

多義的な感じになってしまった「クラウド」を理解するために、ルーツから追ってみましょう。

まず最初に、インターネットは2点間の通信をするための道具であることを思い起こしましょう。国際電話網と同じです。A地点から、B地点を指定して通信するもの。

Webサイトサービスを受けるときには、ドメイン名をかぶせたURLを使うので実際のIPアドレス意識しませんが、それでもA-B間の通信であるのは基本でした。

しかしGoogleAmazonだといった超大規模サービスになると、もうどれだけ強力なサーバにどれだけ太い回線でもリクエストを裁ききれるわけありません。世界中サーバを置き、同じ「google.com」でもたくさんある中の最寄りのサーバに導かれてそこでリクエスト受け付けてもらうのが当たり前になります。

すると、「google.comサーバと通信する」という意味は薄れます。どれでもいいからgoogle.comの用意しているサーバに要求を処理してもらう……どういう構成かは知らないけどgoogle.comというサービスに要求を処理してもらう、と言う状態になります。

こうなるともはやA-B地点の通信の意味はなくなり、A-(構成はよくわからない分散したサービス)という関係になりました。この「(構成はよくわからない分散したサービス)」が「雲(クラウド)」です。

その後、GoogleAmazonも、自社で構築した分散サーバ群を外部に提供し始めました。これを利用すれば誰でも、世界中に分散したサーバクラウドWebアプリケーション提供できるようになります。

GAEAWSも、「クラウドWebアプリケーションを実現するサーバ群を利用させてくれるサービス」で、これを極端に略して「クラウド」などと呼ぶことがあります(ニフティクラウドとか)。でもこれらサーバ時間貸し最初に書いたとおり、あくまでIaaSやPaaSであるわけです。

2010-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20100412211922

日本では売春違法ですよ?あくまで、あれは自由恋愛です。店は個室を時間貸ししていて、その中に入った男がたまたま自由恋愛をして、事に及ぶだけです。

嗚呼、我ながら薄っぺらい。

2010-01-26

非コミュ脱出大作戦


 大学生だった頃、ぼくはかなりとんがったやつだったと思う。

 とんがるといってもとても格好いいとはいえないとんがりかたで、世界を敵にまわしているような、一人で戦争をしているような、敵意を剥き出しにして斜に構えるような、そんな生意気ながきだった。

 群れるのが嫌いで、馴れ合い馬鹿にした。

 自分の好きなものだけに触れて、世の中間違っていると言い張った。

 作り出される自分アイデアが、とても素晴らしいもののように思えて、それだけに夢中になってあれこれと作った。

 ハードボイルドの主人公のように両肩で風を切って、ギャングのように何か面白いものはないかと物色しているような、そんなたぶん二十歳ぐらいの自分を思い出すとなにか冷や汗が出るような気がし、その一方で、なかなかに冴えていたなとも思う。一切を閉ざしてしまって、自分だけの世界に閉じこもって、世の中のものをせっせと自分世界に取り込んでいたような気がする。

 ほとんど誰とも話さずに過ごし、たぶん話していてもかなり機械的な反応しかできなかったと思う。その頃のメールの下書きのテキストが残っていて、それを読むと、官僚的というかガチガチな隙のない文章を書いていて、なんだこいつはサイボーグみたいな文章を書くやつだと、なつかしくなって笑ってしまう。

 その文章の中にいる二十歳のぼくはいつも完全武装なのだ。

 そんなことになってしまったのは大学一年の頃に起こった事故のせいで、ある事件をきっかけにぼくは人間というものが信じられなくなり、社会を敵にまわすようになった。数ヶ月は立ち直れず、それでも本を読んでいるうちにだいぶ立ち直っていき、読書欲に駆られながら読みふけるうちに、復帰していた。

 好んで読んだのはハードボイルド

 チャンドラーとか、ジャックヒンギスとか、ギャビン・ライアルとか。

 ハードボイルドを読む人なら、この手の小説が汚れきった社会渡り歩く勇気社会絶望していたのでそういう勇気を必要としていた)をもたらしたこともわかりやすいと思う。ぼくはあろう事か、ギャングや、探偵や、元軍人や、スパイ社会との渡り合いかたを教わってしまい、いつも鞄のなかには拳銃が入っているようなそんな心地で、復帰していったのだ。

 それは今からしてみれば、常時戦場にいるような緊張感で、そんな状態でまともな会話など出来るはずもないし、たぶんしても鋭すぎる態度で、相手を居心地悪くさせてしまっただろううと思う。それでもギャングだが、探偵だか、スパイだか、元軍人気取りのぼくは、そんな完全武装であちこちを歩き回り、あれこれと色々作って、仲間に見せたりしていた。

 それは今から見ても、あの頃に作ったものはすごかったと思うほどで、錯覚ではあるのだけど、本当にたったひとりで世界を相手に戦っていたのだと思うし、シャープで甘えがなく、手を切りそうなほどの切れ味あるものたちを作っていたのだと思う。

 だから、こう言いたい。

 完全武装の時代もそんなに悪い時代じゃなかったって。

 たしかにかなり重症非コミュだったとは思うけれど。

 その当時にどのように世の中と接していたかと言われて、ふと思い出した言葉がある。

 著名なSF小説ニューロマンサー」の続編「モナリザオーバードライブ」の解説にその言葉はあって、それらの作品を評して「鏡に覆われた(ミラーシャーデッド)表層」と言っている。

 この感覚

 ガラス越しという言葉があるのだけど、それよりもシャープな感じで、こちらの表情が見えないようにスモークガラスで覆っている感覚。そして、社会スモークガラスに覆われていて、お互いが冷たく冷淡で、それが日々すれ違っているのだけど、完全に別け隔てられている。

 あちこちのバイトを短期でまわって、世の中のいろいろな風景スパイしながら(そういうつもりだった)、いろいろに世の中の仕組みを知っていくようになった。会話をしなければならないところでは当たり障りのない、そしておそらくかなり素っ気ない会話を交わし、とても冷淡にその体験だけを盗んでいくスパイのように働いていた。

 もちろん、その短期バイトをあちこち回ったことが、のちのちまともに社会に出て、効率的な現場のまわしかたみたいなところでとても大きく効いてくることになったのだけれども、誰もが短期なだけにコミュニケーションらしいものは皆無で、煙草を吸いにいってせっかく話す機会があっても、他の誰かがはなしているのを聞いているだけという、なんという非コミュ

 あの当時のぼくはとてもプライドが高く、口を開くにしてもなにか高級な事を言わなければと思っていたように思う。例えばハードボイルドの主人公のようなセリフなど、いま思えば、現場にまったく必要のない言葉以外話したくなかったのであるが、結局の所それは自分の我が儘で、自分価値観以外のコミュニケーション仕事場でさえしたくない、もしくはそれをしなくて良いようアンドロイドのように、時間貸しロボットのように、ただ効率的に現場をまわすにはどう動けばいいか、だけを考えていたように思えてくる。

 ボトルネックを事前に発見して、誰も気づかないうちにそれを埋めていく、それで今日の作業は30%ぐらい効率化できたと悦にいる。そんな毎日。それはリアルシュミレーションゲームのように思えていたし、コミュニケーションなどなくとも、出来る遊びではあった(そしてこの経験はのちのち凄まじい威力を誇った)。

 しかし、その当時のぼくはやはりゲーム感覚で、いつでもスイッチを切ってさよならできる現場でしかなく、ミラーシャーデッドどころか、液晶パネルの中の駒でしかなかったのかもしれないと思ってしまう。

 そんな事をしているうちに、交通誘導の仕事をやってみることにした。

 これは簡単に言えば、工事現場に立っている警備員で、たぶんやってみないとわからないが世の中の潤滑油的な仕事である。仮設の信号機でいいのではないかと言われれば、まあ、そうかもなのだけど、ぼくはその辺の議論はどうでもいいし、もう交通誘導をするはずもないので、あんまり関係がない。

 で、いきなりやってくるのは、研修

 法定で4日だったかの研修が義務づけられているとかで、ひたすらに、交通誘導がどんな仕事かをたたき込まれる。そこで言われるのは、ひたすらに危機対応、そして、顧客である工事現場の人たちを守るか。酔っぱらい運転で工事現場につっこんでくる車から顧客を守るのが、交通誘導の第一の責務だとか何とか。まあ、ねえ、顧客だからねえ。

 そうやって始めてみるしょっぱなに言われた。

「あれさ、お互い遠くに立ってるじゃない。互いに孤独で。8時間とか、12時間とか。そうするとね、話せないから、上手くいかないと不満がたまってどんどん上手くいかなくなるんだ。そうするとたいへんだよ。向こうはぷりぷり怒ってさ」

 これはチームワークなのだと、コミュニケーションなのだと、ぼくはあなたのことを信頼していますと伝える事が重要なのだ。あなたが怒らないように、要らぬ誤解を抱かないように、あなたがぼくが心配ないというシグナリングをしなければならないんだって、あの赤く光る棒を振りながら、ずっと伝えなければならないんだと、それはプレッシャーだったのではあるのだけど、それまでの自分とは違うことが価値があるのだということを、思い知らされた事ではある。

 交通誘導に業務効率化する要素などなく、どうやってチームワークをよくしていくか以外に改善点はない。そういう意味では完全コミュ仕事であり、ぼくはあんまり自信がなかった。

 それが初めての集合で、煙草を吸っていて結構くせがありそうな人に言われた。

「あれ、ショートピースなんて吸ってるの? きつくない?」

 ぼくは、どれだけハードボイルド世界ショートピースが標準か語りたかった。

「香りがいいんです。それでくせになっちゃって」

「どれ、吸わせてよ。うわ、きつ、なにこれ」

 その人は笑う。

「缶で吸ってたときもあるんです。あのときは肺に穴が開いたのがわかりました」

 ぼくはきっと「ショートピース野郎」と記憶されたことだろう。それでもその瞬間に、ミラーシャーデッドが融けたのを感じた。ぼくの世界に入ってくる人がいた。確かにさりげないのだけれども、それで勇気づけられたのは確かだ。

 ミラーが砕けた瞬間で、ああ、ショートピース、わかるんだ。

 そういう感じ。

 その瞬間に、一緒に仕事をする人々の世界観もわからないとと思って、一瞬にしてぼくのミラーグラスは破壊された。

 同じ人と同じ現場になって、その頃はきつい両切り(ショートピース)はやめていて、もうすこし穏健なロングピースになっていたけれども、その人は、仕事が終わってヘルメットを長時間かぶっていたせいで髪型がめちゃくちゃになっていたけれども帽子をかぶって、自転車に乗る。

ラーメン屋をめぐるのが趣味なんだよ」

 そういって、現場から明るくたちさる。

 あの職場で、いろいろな人々と、その職場を暖かくする事にどれだけ尽くしただろうか。誰もがその底辺で生活しているわけだし、いつの間にか、それは自分の片足だけつっこんだ居場所になりかけていた。世界ガラス越しではなくなったのこの職場だったし、それはなにか守らなければならない暖かいチームワークの場所だった。

 底辺などというべからず。

 その後の十年近いキャリアを通しても、素晴らしいチームワークだったと断言できるし、この1/5000ぐらいの荒涼とした、無生産現場は大量に見てるし、基本的に言えるのは底辺ほど効率的で、上層ほど無能であるということだ。のぼるほど無能になっていく。

 機能不全とすべての罪は上層にあるのだけど、わかっているか。

 ちょっと言い過ぎた。

 ぼくが言いたいのは、底辺を経験してすばらしく暖かく機能的で、ここは問題がまったくない、ということなのだ。ここには何の問題もない。すばらしい経験だった。ぼくの非コミュも解けた。

 貴族趣味なぼくは結局ほぐされて、そして紹介で別の職場に入ることになる。

 本格的な就職に近い形で、人事のトップに笑われる。

「いや、こんな真っ白な履歴書を見るのは初めて」

 その履歴書は真っ白だろうか?

 数こと話すと人事の最高責任者は頷く。

 じゃあ、採用するけど、明日からちゃんときてね。

 配属されたのは実務の最精鋭部隊が集まっている部署で、そこで、笑い合いながら、冗談を言いながら、学びながら、いろいろ効率的なオペレーションを学んだ気がする。それで、特別なプロジェクトが立ち上がって、それにたったひとりで派遣されて、その現場監督(ただし、実権はまったくなし。不安にさせるな)で、まったく見知らぬコミュニティーにぶち込まれる。

山崎まさよしさんに似てますよね、雰囲気だけ」

「あー、そう言われたのは初めてで」

ブルースは好きなんだけどねえ…)

 そうやって、あ、これで大丈夫なんだ、これで上手くいくのだと、そう安心した。

 
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