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はてなキーワード: 武士道とは

2022-08-06

anond:20220806105840

美國很好地利用了中國的 "面子"概念

說實話,我仍然不明白為什麼中共如此反對佩洛西訪問台灣

我仍然不清楚為什麼中國共產黨如此反對佩洛西訪問台灣,但美國可能已經決定,無論如何,這將是有效的。

訪問期間,美國和日本取得了以下進展。

・火箭的發射加深了日本對中國的看法,認為中國是一個與朝鮮一樣危險的恐怖主義國家。

∙ 預測中國海軍能力和火箭彈的移動。

創造了 "中國首先採取軍事行動 "的歷史事實。

史料記載中可以略知一二,如司馬遷的《史記》中。

春秋時期的五霸不會接受地位較低的對手的使節,如果使節地位較低。

我想這是一種意識,即對方的地位=忠誠度的高低。 反過來也是如此。

這是一個為自己作為最高統治者地位感到驕傲問題嗎?

秀吉與中國明朝談判時,他的回答是'我承認你是日本的國王'這樣的話。

換句話說,等級制度中的第三級對中國來說比我們想象的更重要

然而,它在今天的國際社會中是否有任何意義,令人懷疑。

結果,中國獨自跳舞,使日本和美國的關係惡化。

然而,這是一個困難的問題,因為如果它放棄了霸權意識,中國/中國的想法也會消失

中國的等級制度地位可能一種身份,就像日本神道教和武士道

我想更多地了解這個'面子',因為我對它的理解還不夠透徹。

通過www.DeepL.com/Translator(免費版)翻譯

中国の"メンツ"の概念をうまく利用したアメリカ

正直、ペロシ議員の訪台をなぜそこまで中国共産党が反対したのか、

今もよくわからないのだが、とにかくアメリカは「これは効くようだ」と判断したのではないだろうか。

今回の訪台で日米は以下の進展があった。

ロケットを打ち込んだことで、日本人北朝鮮と同じく危険テロ国家という認識を深めてしまった

中国海軍能力ロケットの動きの予測

・「先に中国軍事行動を起こした」という歴史事実を作った

メンツ」は、司馬遷史記などを見ると少しだけわかる。

春秋の五覇は、格下の相手から使者身分が低かったりすると取り合わなかったりする。

相手身分=忠誠度、というような意識だと思う。その逆もしかり。

覇者としての身分矜持、というところだろうか?

秀吉が明と交渉したときに「日本国王として認める」みたいな返答をしたのもそれである

まり序列3位、というのは、我々が思っている以上に中国には重要事なのであった。

しかし今の国際社会でそれが意味を持つかは疑問である

結果として中国日米関係悪化させ、一人で踊る形になってしまった。

とはいえ覇者意識を捨てたら中国中華思想もなくなるので、悩ましいところであろう。

中国における序列身分というのは、日本における神道武士道のようなアイデンティティなのだろう。

この「メンツ」については理解が不足しているので、もう少し学習したいと思う。

宗教についてムダな議論を避けたいなら100時間は本を読むべき

日本人であれば、

・最低でも仏教について50時間キリスト教について30時間は本を読むべきである

・残りの20時間自分が気に入った哲学なり倫理の本を読めばいい。共産主義の本でもOKアンチテーゼになる)

・ビジュルアル付きの入門書から始め、歴史的名著を最低20冊は読むこと

・ただし、戦後新興宗教の本は絶対に読まないこと

たったこれだけで驚くほど宗教観が変わる。

まり100時間人間歴史を学ぶということである

50時間かけて仏教の基本を知ったら、あとは自然に他の学問への目が行く。

武士道だとか神道だとか、日本人のあらゆる精神への理解が深まる。

キリスト教勉強重要で、世界に目を向けるために必要である

トータル100時間でムダな議論を避けられ、人生の観方が好転するであれば、とてもコスパがいい。

100時間を惜しむと、政治ツールとしての新興宗教ばかりに目がいき、現象論で終わる。

なぜならそれしか知らないかである

若い人には「盲信の対象」ではなく、「教養としての宗教」としての付き合い方を強くお勧めする。

2022-05-21

悲報俺氏葉隠」が忍者関係だと思っていた模様

ついさっき調べて知ったんだけど武士道の本だった。

有名な「武士道とは死ぬことと見つけたりじゃあ死ねよ(山岡)」の出典なのね。

 

で、じゃあなんで忍者勘違いしてたんだってのが気になって調べてみたんだけど、

これバーチャファイターNARUTOの影響っぽいわ。

 

バーチャファイター影丸っていうザ・ニンジャみたいなキャラがいるんだけど

そいつ出身地が「葉隠れの里」で葉隠流の忍者葉隠柔術の使い手って設定なんよね。

NARUTO主人公ナルト所属する里が「木の葉隠れの里」。

海外版では「葉隠れの里」とされることもある。

 

明らかにこのあたりの影響で「葉隠」=「忍者」と思い込んでたけど、実際には武士バイブルでした。

うーん、誰かに話す前で助かった。

パンティー隠れ

武士道といふは、パンティーと見付けたり。二つ二つの場にて、早く死方に片付くばかりなり。別に仔細なし。パンティかぶって進むなり。図に当らぬは犬死などといふ事は、上方風のスキャンティかぶりたる武道なるべし。

2022-05-16

anond:20220515193450

自分たちにそれができてないから言ってるだけなんやで。昔の人間卑怯な真似で戦ってた癖に、他人に「騎士道」だの「武士道」だのを押し付け安心たかったんやで。

2022-03-20

ゼレンスキー日本向け演説で何を言うか予測 追加

https://twitter.com/gomi___134/status/1504398758964264961

”ゼレンスキー演説「今から皆さんに、北方領土に関するクイズを出すピィ~♪

まずは初級編だピ!

【第1問】北方領土不法占拠しているのはどの国でしょう?」”

https://quiz-maker.site/quiz/play/LiGczx20220225180911

タコピー北方領土エリカちゃん

どっちの可愛い生物発言か当ててみるッピ!

ttps://twitter.com/dongame6/status/1505029778377740288

”堪え難きを堪え”


ttps://twitter.com/oubonnn/status/1504108971573063686

”ゼレンスキー in日本国会おまえら、聞けぇ!静かにせい、静かにせい!話を聞け!男一匹が命をかけて諸君に訴えているんだぞ。いいか。いいか。」”

ttps://twitter.com/hms_ulysses/status/1504296947167154178

”まあ実際は新渡戸稲造の『武士道』あたりではという予想。”

ttps://twitter.com/norocdeal/status/1505404664543469568

日本では引用出来るものが少なさそう。引用できそうなので思い付くのは「よもの海 みなはらからと思ふ世に など波風のたちさわぐらむ」”

ttps://twitter.com/ZdGHopLSmjh6cKg/status/1505398421674668032

ネオナチなので白人至上主義発言をするだろう

anond:20220319233213

2022-03-14

集団ストーカー犯罪黒幕は誰か?

皆そこは知りたいところだろう。

何者が黒幕であれ被害者は、その犯罪を身に受けどのような者達が行っているか知っている。

それは大掛かりにお金をかけ、大勢の人を動員し一人の人間虐待する、理不尽卑怯な単なるマイノリティ攻撃である

いつ頃からこのような風潮が広まったのか、昔からあった犯罪と主張する人もいる。

だがここまで徹底した犯罪は、ここ20年位前からと思うが自然発生的に時代の空気に乗り発生した犯罪のようにも思える。

独裁国家ならいざ知らず、自由主義民主主義国家日本のような大昔から独自民主主義を持っていた国で、

武士道を重んじて来た世界でも稀有民族性を持つ国とは思えないほどの犯罪である

マイノリティを「頭のオカシイ人」扱いして徹底的に吊るしあげるやり方はマスコミ於いて顕著にみられる。

私の若い頃には無かった時代が生んだ犯罪と思える。

資本主義の行きつくところの犯罪か?

そして黒幕が何者か、それ例え国家権力、天皇ユダ金、宇宙人でも許せるものではない!

しか日本は、我々のように人数は少ないがこういう活動も許されネット真実を発信出来る事はありがたいことだ。

我々が屈せず戦い続ける限り、いずれこの時代は過ぎ去るはずだ。

anond:20220314151045

仰る通り、負けている側は終局の同意をすることに意味がないので、普通は「負けていてかつ覆せない状況である」ことが分かった時点で投了(降参)をする。

終局して得点計算までする方が稀。

初心者同士の対決なら、拮抗していたらどっちが勝っているかからないので、最後までやってちゃん計算する。

あるいはプロ同士でも、最後の競り合いで1点2点差を詰めたらひっくり返るようなものすごく拮抗した状況で、それの確定のためにもほとんど最後までやってしまったような状況なら、せっかくだから得点計算までする。

なぜ負けている方が投了するのではなく、得点計算同意するかというと、地が読めていないか武士道的なものか、見ているお客さんにわかやすくするため。プロ興行から

囲碁はどうなったら終わりなのか教えようじゃないか

また「囲碁ルールからない」が湧いている。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/gigazine.net/news/20220314-puyogo/

どうやら毎回、ルールわからんと言っている人が引っ掛かってるところは同じみたいだから、それをQ&A形式で解消してみようと思い、書いてみる。

TL;DR(追記

リーで会話していてこれが先にあった方がわかりやすいかもと反省したので載せる。

囲碁ゲームが進むと、盤面が石だらけになる前に、どちらがどこに石を置いても互いの得点を一切増減させられない、いわば定常状態というべき状態に陥る。

・この状態に陥ったことを、両プレイヤーが納得し、そのことに合意をしたらゲーム終了。

どうなったら終わりなのか?

両者が終わることに合意をしたら。

あるいは、両者が連続パスをしたら。

これを曖昧ルールだと考えてしまう人も多いが、決して曖昧ではない。お互いが同意したら終局できる。これは客観的判断できる立派なルールだ。

たとえば民法にも「同意を得て~」みたいな定めがある。これを「同意とはなんて曖昧な!これは法の不備!」と思うだろうか?思うはずがない。

囲碁民法と似たようなものでお互いが合意をしたらOK。シンプルかつ明示的で客観的に判定可能な終了条件だ。

これをもっと明示的にしたものが「お互いが連続パスしたら終わり」というものだ。

それなら片方が絶対パスをせず、終了に同意もしなければどうすると言う人がいる。

当然、それならば続けることになる。何の問題もない。

片方が延々と同意しなければ?

当然、延々とゲームが続く。しかし終わりというものがある。

盤面は有限なので、千日手になるような例外を除けば、一時的に石がとられることはあっても大局的には盤上の石の数は増えていく。

やがてどちらかのプレイヤーにとって全ての点が【着手禁止点】になる瞬間が来て、ルール選択できる行動が「パス」しかなくなる。

そうすると相手パスをして試合終了になる。この戦術で延々と試合を引き延ばし終わらせなくすることは不可能に近い。

じゃあ、いつ終了に合意すればいいのか?

ルール上ではなく戦略的意味で、いつ相手に対して終わりを提案すればいいのかという疑問を持つ人もいる。

あるいは提案された場合合意してよいかどうか決める判断基準は何なのかという人もいる。

これらは至極もっともな疑問だ。

回答としては、基本的には、もう打つ手がないなと思ったら終わりを提案すればいいんじゃないか、というものになる。

打つ手がないというのは、「これ以上どこに打っても、一点すら相手から奪うことはできない」ということだ。

次の節でも説明する予定なのだが、相手が十分に上手な人の場合、既に相手の石に囲まれている場所に対してちょっかいをかけたとしても、一点たりとも自分得点プラスにすることはできないことが予想される。

そのため「全ての場所が、どちらかの石に囲まれた陣地となっており、しかもどの陣地にも一切隙が無いように見える」のであれば、それ以上やることはないので終わりを提案すればいいし、相手もそれを受ければいい。

これに対して、「いや相手ミスすることを期待して打ち込む手もあるじゃないか」「本当に隙が無いかどうかはわからないじゃないか」と反論するのであれば、それならばどうぞ気の済むまで続ければよい、としか言えない。

上記あくまアドバイスの類であって、ルールではないのだ。

ただ、将棋で詰み筋が明らかに見えている場合に真の詰みまで指さずに降参するように、囲碁でも延々と粘るのは行儀がいいとは言えない。

実際、プロとかある程度囲碁をやる人同士でやった場合そもそも終わりの合意とかまでいかずに降参によって勝敗が決することも多い。

そういう武士道ないしマナーみたいなものは確かにある。でも、それはマナーであってルールじゃないから、どうしても粘りたい人はルール可能な限りいくらでも粘ればいいと思う。

相手の陣地に延々と手を入れていけばどちらも死しか待っていないのでは?

そんなことはない。

囲碁ルールには着手禁止点というものがある。これは、「置いたその石がただちに相手の石によって取られる状態になる石は置けない」というものだ。

(ただし、自分の石が相手の石を取れるかどうかの判定の方が先。カードゲームとかで効果の発動順みたいな概念に慣れてるとわかりやすい)

相手の陣地に延々と手をかけたとしても、相手が適切に対応している限り最終的には「相手の石が囲んでいる1マスの空間」だらけとなり、その位置は着手禁止であるため、それ以上手を出せなくなる。

でもそれで相手の陣地を極端に減らせたわけだからちょっかいを出す価値はあるんだと思うかもしれない。

しか囲碁得点というのは、自分の陣地の数に、相手の石を取った数が足されるので、実は意味がない。

相手の陣地に割って入った石は、相手が適切な対応をしている限りいずれは取られる石であるため、相手得点源になる。

囲碁パスがなければ両者が交互に打つ。自分相手の陣地に割って入れた一石が相手得点源に。相手がそれに対応するために打った一石が相手の陣地を削り。

1引く1で、これを繰り返しても最後まで得点は変わらない。

したがって、相手の腕前を十分信頼しているのであれば、相手の陣地に隙が見えない時点で、もう打っても意味はないと判断することができる。

もちろん経済学的に最優の方法はそれでも相手ミスを期待することだろうが、そこはマナーということで良いのではないか

それすら受け付けられないのであれば本当に残念だが囲碁に向いていないと言わざるを得ない。

どこが陣地かわからない

陣地と呼ばれうる概念は少なくとも2種類、多くて4種類くらいある気がする。

少なくとも、終局時に得点計算に使われる「陣地」と、対局中の「陣地」は分けて考えたほうがいいかもしれない。

終局時の得点計算は、以下の3つの数を合計することで計算される。

・1個以上の自分の石と、0個以上の碁盤の辺のみに囲まれた、石の無い場所の数

自分が取った相手の石の数

・後手のみ、ハンデとして6.5点(囲碁は先手が有利であるため)

これが得点ルールだ。どこにも曖昧なところはない。この1つ目の点が「陣地」と呼ばれうる。(正式には「地」という)

一方で対局中に「陣地」と呼ばれうるのは、「だいたいこの辺はもう手が入れづらい」と考えられる場所だ。

前の節で説明したように、自分が手を入れても、おおよそ無駄になるだろうなと思えるような場所が、相手の陣地。

逆に相手にどれだけ手を入れられても、まあだいたい上手く返して見せるぜと思える場所が、自分の陣地。

(あるいは、「終わりまで進めばおそらく得点源となっていることが期待できる場所」ともいえる。この2つの意味での「陣地」の場所は概ね一致する)

気づきの通りこちらはだいぶ曖昧概念だ。

しかしここは曖昧でも全く構わない。なぜならこの意味の「陣地」はルール関係してくる部分ではなく、あくま戦略上参考にする概念しかいからだ。

得点計算の際の「陣地」はルール定義された客観的概念であり、対局時の「陣地」は戦略上の概念。別物だ。

別物なのだが、対局中の意味での「陣地」が、終わってみれば得点計算意味での「陣地」とほぼ一致するので、混同の原因になっている。

なぜなら対局中に石で囲まれている、あるいは囲まれかけている、あるいは石がたくさんある場所というのは、手を出しづらい場所であり、手を出しても意味がないことが多く、そして最終的に得点計算の際には石で囲まれていて得点源になることが期待されるからだ。

囲碁は最終的には得点相手より多くすることが勝利条件のゲーム

そのために、得点計算における得点源にするための「陣地」の数を稼ぐ必要がある。

そのために、対局中はうまく石を配置して、相手にとって手が出しづらく最終的に得点源を構成することが期待される「陣地」の領域を増やす

こう考えるとわかりやすいのではないだろうか。

あるブコメを例に考える

一番上に挙げたのとは違う記事で、「開始直後に真ん中に石を置いたら全部自分の陣地になるから囲碁ルール不備」みたいなコメントがあった。(言い回しは覚えていない)

これに色々な勘違いが集結していると思ったので、例にとって考えてみよう。

まず、「開始直後に真ん中に石を置いた状態」で、ゲーム終了の合意を行う相手プレイヤー普通はいない。

したがってここでいう「陣地」は得点計算の際に参照される得点源としての空間、のことではなく、対局中に参照される戦略的意味での領域のことを指すとしか考えられない。

そうであるならば、「真ん中に石を置いた状態」で、盤上任意位置相手が手を出しづらくなったとは考えづらく、「全部自分の陣地になる」は間違いであるとほぼ断定できる。

また、仮に、相手プレイヤーたまたま何らかの理由で、「開始直後に真ん中に石を置いた状態」で終了に合意したとする。

この場合では「陣地」は得点計算におけるそれを指すことになるが、定義上、この状況での盤面任意位置は「自分の石と辺に囲まれ場所」ではない。

中にある石が盤面全域を内側から外側へ向けて広がるように「囲んでいる」イメージをしているということはわかるのだが、「囲む」とは多角形の石と辺によって閉じられていることを指し、中にある石は無視される。

もし、最初に置いた石が真ん中ではなく辺上や角であれば議論余地があるように思われるが、まあそんな状況で終局する日は来ないので無駄議論になるだろう。

とにかく、どのような意味でもこの例に挙げたブコメは明確に間違いを含んでいるというわけである

これによって、悩める全ての人の「囲碁ルールからない」が払拭できたら幸いである。

補足:石が取られるとはどういうことか(追記

石が取れる状態というのは、

「縦横に連なった一連の同色の石の周りに、石の置かれていない点が全くない状態

であり、この状態に陥った時、石は相手に取られる。

そして、石が取られるかどうかの判定は、常に、ターンプレイヤーから見て相手の石を先に判定し、その後、ターンプレイヤーの石の判定をする。

この時ターンプレイヤーの石が取られる判定となる場合は、そもそも石が置けない。

この定義に、「囲む」という概念は一切出てこない。

初心者相手の石を「囲んで取る」と教わる。陣地も囲んで取る。石も囲んで取る。だから囲碁と呼ぶ。わかりやすいが、これが誤解の元。

石がとれる条件と終了時に陣地にカウントできる条件は微妙に違う。違うのにどちらも「囲む」というから間違える。

リーの他の方から引用だが、

ぷよ碁のブコメにあった「碁石から出てる盤上の線を全て塞ぐ」というのが分かりやすかった。

ぷよ碁で考えると、置いてあるぷよは周りにあるスペースと繋がった線から呼吸をしていて、それが全部塞がれると窒息して死ぬって考えれば直感的なのかな?

まさにこれの通りで、石がとれるのは窒息のイメージがあっている。

2022-03-10

anond:20220310203204

昔の武士あん自害してない

降伏したあと、一番上の殿様が首切りにあったら新しい殿様に鞍替えしたり

途中で勧誘うけて敵勢力に寝返ったりもしてた

いわゆる武士道ってのは江戸時代作られたファンタジー

2022-03-03

[]anond:20220303113754

「打て」と強制

戦時中に実際にあった話である 太平洋戦争中、敵性語排除するという考えから

野球用語の全面日本語化が決定した。

ストライクは「正球」、ボールは「悪球」、

審判コールも、1ストライクは「よし一本」、

アウトは「ひけ」などに改められた。

また、武士道に反するとして隠し球禁止された。

2022-03-01

愛国女子―紅武士道

https://hs-movies.jp/aikoku/

製作総指揮・原作 大川隆法総裁

遥か悠久の歴史の中で

奇跡的ともいえる伝統文化を育んできた日本

その源流には天御祖神よあめのみおやがみり伝わる

日本武士道精神大和魂)やまとだましいがあった。

この国の未来を守っていくために必要ものは何か。

そして、私たち日本人が進むべき正しき道とは?

どこまでも正義を貫きながら

愛する祖国を守り抜くために立ち上がった勇者たちが、

日本に新たな希望勇気をもたらす──。

2022-01-24

anond:20220124145034

買ったばかりの鉄のフライパンは銑鉄で出来てるんだ。

日本刀は同じ鉄なんだけど「鋼」と呼ばれる

その違いとは炭素含有量さ。

日本刀ハンマーで叩いて、冷やしてまた熱してハンマーで叩いて、という鍛え作業することで炭素を追い出し「鋼」を作り出してるんだ。

フライパンも同じさ。

使っているうちに鍛えられだんだんと「鋼」となっていくのさ。

日本刀砥石で磨き上げるように、フライパン食材で磨き上げられていく。

そう、フライパンとは、現代日本に蘇った武士の魂なんだよ。

フライパンを育てるとはそういうこと。

つのフライパンじゃない、君の武士道さ。

2022-01-06

anond:20220106133847

からそれぞれの組織立場)が信じる倫理規範ってのはあったと思うんよね。

武士道とかさ。

潔く死ぬのが武士らしい=善いこと、みたいなさ。

その延長線上にあるのが「ダサい=悪」「カッコいい=善」なんじゃないの。

2021-12-03

善悪には、生まれ国家や家庭環境教育により人それぞれ違いがあって当然である

そして国には法があり、その縦分けの善悪とは別に個人の持つ善悪境界線がある。

今の中国韓国等は教育により、日本に対しての善悪は我々日本人には理解できないくら善悪境界線の差がある。

かつて軍艦島世界遺産認定ニュース韓国民の軍艦島アウシュビッツと例えたのには全日本国民は驚いた事であろう。

日本人も嘘はつくだろうが、ここまでの嘘を真顔で言ってくる外国人が居るわけだ。

最近は多くの外国人日本に入って来ているが、感じている方も多いと思いだろう。


個人個人においても同じ国に生まれ教育を受け住んでいて同一の法律を守って生きていても、更に細やかに部分での善悪差別がある。

一方はこれをしたら自身の心の神仏に申し訳ないと思う者と、そのくらい何でもないと思う者の差がある。

普段生活の中で、様々な小さい事から大きな事まである

モラルハザードとも呼ばれるものだが、人によっては関係無いと感じる事でも、すごく罪悪感や悪と決め付ける事柄があるだろうし、その時々のケースによっても差がある。


この集団ストーカー自殺強要組織的監視誘導殺人システムは、

まず最初に己達が犯罪を始めておき個人情報不正に入手しているにも関わらず、そのターゲット特性イチャモンを付けてくるやり方だ。


ターゲット特性人格に合わせて勝手に想定し犯罪予備軍と決め付けるのだ。

それは万引きの常習者、頭が可笑しい、酒に溺れやすい、ギャンブル依存症女性と見れば誰彼無く等、その程度の事は監視にも価しないし、監視している当人も同じ穴の狢と言えよう。

探偵浮気調査程度なら分かる辺もあるし、お金のある人はそう言う事をしたがるそうだ。


そして大きな仮想犯罪予備軍としてのレッテルに加え、日常のクセ等を善悪で捉え仮想犯罪者として、こじつけを行う。

ここがこの者達の汚いやり口で、被害者を悪と決めつける処から始める犯罪だ。

しかし己が、いの一番犯罪を犯している現実は隠している。


その犯罪とは、不法侵入住居侵入器物損壊泥棒窃盗のぞき通信傍受盗聴盗撮つきまとい尾行待ち伏せ悪戯電話悪戯FA

個人情報漏洩個人公文書不正入手薬物混入薬物投与プライバシー侵害肖像権侵害ハッキング遠隔操作通信妨害通行妨害車の幅寄せ

電磁波による暴力暴行輸送開封クラクションスピーカーによる音声の迷惑超音波音声送信これらの個人情報を利用し圧迫感を与えるあらゆる行為

同じく個人情報を利用し脅迫感を与えるあらゆる行為

これらの情報悪用仕事社会生活を出来なくする行為

これら全ての犯罪による人権侵害

これら全ての犯罪を以て自殺強要していく行為、これは殺人である

これら全てを時間を掛ける事により病気を誘発させる拷問行為


まだまだあるが大体この位の事はしている。


これを初めから周到に練られた計画によって組織的に行なって来た理由である


己の方がここまでの極悪犯罪をしつつ、被害者の行動を一々悪と決めつけて

間断なく上記犯罪を繰り返し24時間365日何年にもわたり犯罪者の如く扱って行く。


盗人猛々しいという言葉があるが、ストーカー犯罪者猛々しいも程がある!


絵に書いたような言葉では言い表せない程の卑怯者連中である

これは武士道の国日本の昔から犯罪価値観とも大きく異なる気がする。


この法律以外の善悪差別は、人の受け取り方一つであり、育った環境教育により差があり、

自分善悪正邪を人に押し付けられるものでもないが、どんな品行方正な方でも、無理やり犯罪者もしくは病気統合失調症に仕立てていくであろう。

ましてや100%の人間等いるはずも無いので、あらゆる隙間を突いてこの犯罪予備軍としての決めつけ行為をして来る。

それをも拒否無視を続けると、家族親族、友人等、ターゲット重要で大切な人達に類を及ぼすぞ、と言った脅しをかけてくる。

人質を取って、ターゲットを屈服させようと試みてくる。

「云う事を聞かぬと、お前の大切な人の命がないぞ」みたいな事だ。

こんなものもういったい何ですかと言いたい。


自分犯罪を犯し、人を勝手犯罪者に決めつけ、それを受け入れなければ、人質の命は無いぞ!

悪代官も程々にして欲しいものだ。


殺人罪が発覚し、逃げ果せなくなった犯人人質を取り立こもり、という籠城事件があるが、その部類の犯罪心理ではないか


さて、法律以外の善悪、秩序、モラルに関していちいち干渉し指摘し悪と決め付けて来るのだが、

ここに前提というもの必要であると考える、日本国のように自由主義の国に生まれ育った場合一定価値観ではなく多くの価値観がある。

ヨーロッパ等の自由主義の国々には日本とはまた違う多くの価値観存在する。

民主主義多数決の国とは言え多数の価値観が善ではなく、少数の価値観が悪では無い。正邪もおのずと同じである

それ故から我々自由主義の国においては、前提として色々の人様々な人がいて当たり前、と言う考えも必要であるし、居て当然なのだ

人生いろいろと言った総理大臣がいたが、だから面白いのではないだろうか?

被害者の方は一方的仮想犯罪者にされ、こじつけられる筋合いは無いのである


日本人のように小さい島国で育った人々は、まず対面を気にするし、大陸の国々とは違い、外へ外へと言うよりは内へ内へと考えがちで自虐的な方も多いはずだ。

この追い込み形の自殺強要殺人組織監視システムで本当に自殺させられた方が何人いるのか知らないが、そうなる理由は良く分かる。


また鬱病統合失調症引きこもり等も、こういう犯罪が無くても多いだが、何でも無い人まで、そこに至らしめる犯行と言わなければならない。


この犯行に耐え、自己バランスを保っている者が、それぞれ自分なりの活動を行っている事が分かりる。


逆ギレ被害者場合も、バランスを崩した結果である


絶対改めざる集スト犯の首謀者は資金力、法の不備、公権力を使い完全犯罪の如くやっているが、裏を返せば絶対バレてはマズイ犯罪なのだ

どんな事をしても隠さねばならないと言う事があるだろうし、既に何人もの方が被害者として知っている人も知らないまま殺された方もいるわけであるし、それを知っている者だ。

後戻りは出来ない、一人殺すも二人殺すも百人殺すも自殺させるも同じであるし決して悔い改める事の無い、出来ない者になっているのであろう。


この記事と前の記事を書いている時の加害の肌で感じるモノは、ズハリその通り、もうそれ以上ではないと言いたげな感覚を身に受ける。


毎々増田応援で駆けつけてくれる被害者がいる事を知っての、他エントリぬくぬく犯行を繰り返していた安心感が揺らいできたか


とうとうそこまで気づいたか!バレたかという意味合いが伝わる加害である


しかし後戻りの出来ぬ辛い立場のようで、今後も加害行為を続けるしかない(トホホ加害者)…

哀れな犯罪者、猛々しければ猛々しい程、本音を出している、言い訳をしている、自身に言い聞かせているのでは無いだろうか?

2021-11-14

羽生善治藤井聡太と、紡ぐ盤上の物語

藤井聡太氏が竜王位を獲得し、最年少四冠を達成した。

羽生善治氏が最年少四冠を達成した際「この記録は今後破られないだろう」と考えていた、私を含む多くの将棋ファンには時代の変遷を感じざるを得ない圧倒的な出来事である

このあまり出来事に、感動のような、動揺のような思いが溢れているため、ここに思いを記します。

私は30〜40年来の将棋ファンで、将棋好きが高じて一時期は詰将棋の本を出したり将棋に関する雑誌編集を行ったりしていました。

私が将棋に魅力を感じ始めた古い時代将棋は、武士道に似た雰囲気をまとっていました。将棋で生きていくことを決めた少年たちは先生弟子入りし、そこで修行します。修行先生による直接の将棋指南や、高弟による指南将棋研究会などです。しかし当時の「修行」にはこれ以上の意味があり、掃除炊事や規則正しい生活をして礼節を学び、人間としてより良い生活を送ることで次第に将棋も強くなっていく、という考えがありました。ある先生の元では将棋戦略ではなく駒の持ち方や打ち方を教えていました。ここで言う打ち方とは「どこに銀を打つか」といった意味ではなく、「駒を自分の指でどのように持つか、どのような姿勢で盤面に置くのか、どのように盤に置くと美しい音が出るか」などです。

今となっては「そんな馬鹿な」と思われるかもしれません。確かにその通りだと思いますしか事実として、当時は「それが将棋である」と受け入れられていましたし、我々将棋ファン将棋道には武士道のような美しさや儚さ重ねて見ていました。そういう時勢もありトッププロの対局には真剣勝負のような凄みを感じていました。対局でのタイトルを獲った獲られたというのは一つの側面でしかなく、「人生将棋に賭けた人同士の決戦」という神聖さを重ねていました。

やがて将棋界にコンピュータの手が伸びてきました。生き方としての将棋ではなく、ゲームとしての将棋世間にあふれるようになりました。この頃、私は「これで将棋ファンが増えるぞ」と思ったものです。そうして確かに将棋はより一般的になりました。しかコンピュータの成長は早く、あっという間に「人間を超える」と危惧されるようになったのです。そうなるとコンピュータ将棋歓迎ムードは薄れ、「人間より将棋が強いコンピュータなんてありえない、人間尊厳を脅かすな」という反コンピュータ将棋ムードにわかに盛り上がりました。コンピュータ将棋は、将棋道ではない。人間がその人生を賭して将棋一本で生きてこそ、強く儚く美しい盤上の物語が生まれるのではないか。そう思っていました。

臭い将棋ファン将棋道に夢見ていた頃、そして羽生善治氏が竜王位を獲得した頃。当時は日本国民全員が「最強は羽生善治」と意見が一致していました。そんな氏が「将棋は完全なボードゲームである」と発言したのです。これは衝撃でした!薄々感づいていたことをついに言ってのけたのです。図星を突かれたとはまさにこのことです。「何を当たり前のことを」と思う人がほとんどでしょう。しかしそれは、古い将棋から脱却し純粋将棋の強さのみを求める、新時代を作る言葉だったのです。当たり前だろうというファンが多数でしたが、中には「古き良き将棋時代は終わった」と落胆する将棋ファンもいました。

そして時代が経って2012年米長邦雄氏がコンピュータ将棋で破れました。とてもエポックメイキング出来事でした。いつかこの日が来ることはわかりきっていたにも関わらず、やはり衝撃でした。2017年AlphaGo が柯潔氏を破った時と同じような衝撃、と言えば最近の方にも伝わりやすいでしょうか。今となっては馬鹿げた考えですが、「人間が紡ぐ盤上の物語は、もう終わるのではないか」。そんな考えも頭を過りました

そこから更に時代が経ち、2021年将棋盤の底まで読んだ加藤一二三先生もいなくなりました。今の時代人間AIに勝てると思っている将棋ファンなど一切いないでしょう。将棋中継ではAIによる優勢判定が表示されることも、プロ計算力の高いコンピュータを導入することも、それからプロ将棋研究のために Python コードを書くことも、当たり前の時代です。コンピュータに負けて激変するかと思われた将棋界は、以前の美しさをほぼ保ったまま、コンピュータを駆使してより進化していました。「ほぼ」と書いたのは、本当にごくわずかながら、古い時代将棋を懐古するからです。将棋の強さの観点ではもちろん現代の方が良いに決まってますが、あの時代の、人生生き方名誉を賭けたような勝負をたまに懐かしく思ってしまうのです。

藤井聡太氏が十代でありながら竜王位を獲得しました。前人未到で誰にも破れないと思われた羽生善治氏の記録は、30年弱で破られました。藤井聡太氏の圧倒的な強さ、それはまさに新しい風のようで、将棋界が非常に盛り上がっていることをとても喜ばしく思います

藤井聡太氏はとあるインタビューで、「AIが発達する今、人間棋士存在意義は?」と質問を受けました。正直に言えば、私はこの質問は「意地悪な質問だな」と思いました。10年前じゃあるまいし、今さらAIと対局したところで、どうにもならないじゃないか将棋界はAI共存してより良い形になっているではないか、と。前述の通り、コンピュータの猛烈な強さにはほんの一抹の寂しさを覚えていた私ですが、きっとそんな古臭い価値観を持っているはた迷惑ファンなどもう少ないでしょう。

しばし沈黙の後、藤井聡太氏はこう答えました。

今の時代においても、将棋界の盤上の物語は不変だと思います。その価値自分自身、伝えられればと思っています


これを聞いて、私はずっと追い求めていた答えをついに知ったような、そんな気持ちになりました。一瞬思考が停止しました。そして体の芯から熱のようなものがふつふつと湧き上がり、涙が溢れてきました。ああ、将棋ファンで良かった。何十年も将棋ファンで良かった。私の人生将棋があって本当に良かった。腹の底からそう思いました。

勝敗をつけるだけならジャンケンでいい」と言った羽生善治氏の言葉があります。これは勝敗だけでなく、人間が打った棋譜にも価値があると言っているのだと解釈しています棋譜、それはつまり盤上の物語のものです。私が夢中になった「将棋道」の頃の将棋ゲームになった将棋AI共存した将棋。それらすべて、棋士の背景や時代も含めて、打たれた将棋価値は変わらない。あの5二銀打が今後も語り継がれていくように、私が愛した対局はこれからもずっと愛していく。少々大げさな表現かも知れませんが、自分人生肯定されたような、納得がいったような、自分の心の暗い部分に温かな光が照らされたような、そんな言葉でした。

話が長くなってしまいました。古臭い将棋ファン戯言として聞いて頂けたら幸いです。

改めて、藤井聡太さん、竜王位獲得おめでとうございます

追記

https://anond.hatelabo.jp/20211116114350

2021-09-05

増田大臣です。武士道になぞらえた増田道と書かれた

パンティーを作りました

コロナ対策のため、このパンティーを一家に二枚ずつ配布致しま

2021-07-30

薩摩に住んでいた時、チンコのついてない身体だと不浄だとみなされた

薩摩に住んでいた時、チンコ男性器)のないわたしの裸体は、非文化的、すなわち不浄なからだと見做された。

男性性は、高貴さや、名誉、そしてなによりも文化的存在であることを表す。

これは薩長武士社会における「武士道」に相当するもので、ゆえにチンコの無い身体は、猥褻でもあった。

2021-05-17

anond:20210517193458

騎士道に対する武士道のように

我々も欧米のような物語を持つ欧米の仲間になれる国ですよ

そうアピールするために明治時代になってから作られた童話桃太郎浦島太郎

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