はてなキーワード: バブル景気とは
1615-05-07 大阪城が落城し、大坂夏の陣終わる。豊臣氏滅亡
1853-05-23 アメリカ艦隊、浦賀沖に来航(黒船来航)
1861-04-12 アメリカ南北戦争(1865年5月9日まで)
1868-01-03 王政復古
1868-07-17 東京奠都(「江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書」煥発)
1871-08-29 廃藩置県
1875-06-28 讒謗律(太政官布告)及び新聞紙条例(太政官布告)公布
1877-05-26 木戸孝允死去
1888-03-09 ヴィルヘルム1世・プロイセン王兼ドイツ皇帝崩御
フリードリヒ皇太子(フリードリヒ3世)がプロイセン王兼ドイツ皇帝に即位。
1888-06-15 フリードリヒ3世崩御。ヴィルヘルム皇太子(ヴィルヘルム2世)がプロイセン王兼ドイツ皇帝に即位。
1894-07-25 日清戦争(1895年4月17日まで。宣戦布告は1894年8月1日。台湾平定終了は1895年11月30日)
1898-07-30 ビスマルク死去
1902-01-30 日英同盟成立(1923年8月17日失効)
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1905-09-05 日露両国講和条約(ポーツマス条約)締結(日露戦争終了、条約発効は同年11月25日)
1912-07-30 明治天皇崩御。皇太子嘉仁親王が践祚。元号が明治から大正に改められる。
1914-07-28 第一次世界大戦(1918年11月11日まで)
1922-02-01 山縣有朋死去
1922-02-06 ワシントン海軍軍縮条約調印
1923-08-17 ワシントン海軍軍縮条約発効
1926-12-25 大正天皇崩御。皇太子裕仁親王(摂政)が践祚。元号が大正から昭和に改められる。
1927-03 昭和金融恐慌
1930 昭和恐慌
1930-10-02 日本、ロンドン海軍軍縮条約を批准
1932-05-15 五・一五事件
1936-01-15 日本、ロンドン海軍軍縮条約を脱退
1936-02-26 二・二六事件
1936-12-31 ワシントン海軍軍縮条約失効
1937-07-07 日中戦争(1945年9月9日まで。盧溝橋事件に始まる。当初は宣戦布告をせず、「支那事変」と呼称)
1939-07-26 アメリカ政府が日米通商航海条約の廃棄を通告
1939-09-01 第二次世界大戦(ドイツがポーランドに侵攻して始まる。1945年9月2日まで)
1940-09 アメリカ、対日屑鉄全面禁輸
1940-09-27 日独伊三国同盟調印
1940-11 日本とアメリカの各種交渉(1941年12月まで)
1940-11-30 日本国中華民国間基本関係ニ関スル条約(日華基本条約)調印
1941-01-08 戦陣訓(陸訓一号)示達
1941-04-13 日ソ中立条約調印
1941-06-22 独ソ戦(ドイツがバルバロッサ作戦を発動したことにより始まる。1945年5月8日まで)
1941-08-28 近衛首相、ルーズベルト・アメリカ大統領に首脳会談を提案(結局、沙汰止みとなる)
1941-12-08 太平洋戦争(日本の英米に対する宣戦布告及び真珠湾攻撃に始まる。1945年9月2日まで)
1941年12月(開戦)~1942年7月頃(フィリピン全土占領)まで日本軍の占領区域は拡大を続ける。
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1942-04-18 米空母から発進したB-25爆撃機によるドーリットル空襲(東京初空襲)
1942-06-05 ミッドウェー海戦
1942-08-07 米軍、ソロモン諸島のガダルカナル島、ツラギ島、ガブツ島、タナンボゴ島に上陸
1943-04-18 山本五十六連合艦隊司令長官、ブーゲンビル島上空で戦死(海軍甲事件)。
1943-05-12 米軍、アッツ島上陸(5月29日まで。日本軍は全滅し、「玉砕」の語の使用始まる)。
1943-11-05 東京で大東亜会議を開催(6日まで)、大東亜共同宣言を発表。
1943-11-22 エジプト・カイロで英米中首脳会談(カイロ会談。26日まで)
1943-11-28 イラン・テヘランで英米ソ首脳会談(テヘラン会談。同年12月1日まで)
1944-06-19 マリアナ沖海戦。日本軍は旗艦大鳳以下空母3隻と搭載機400機を失い、西太平洋の制海権と制空権を喪失。
1944-07 ブレトン・ウッズ協定
1944-07-04 本軍、インパール作戦を中止。
1944-08-02 テニアン島の日本軍玉砕(テニアンの戦い)
1944-09-11 米軍、ペリリュー島上陸(ペリリューの戦い)
1944-10-20 米軍、フィリピン・レイテ島に上陸(レイテ島の戦い)
1944-11-24 米軍の新型爆撃機B-29、マリアナ諸島より東京を初空襲。
1945-02-04 クリミア半島ヤルタで英米ソ首脳会談(ヤルタ会談。11日まで)
1945-04-12 ルーズベルト・アメリカ大統領死去。トルーマン副大統領がアメリカ大統領に就任
1945-05-02 ベルリン陥落
1945-08-06 アメリカ、広島県広島市に原子爆弾を投下
1945-08-09 アメリカ、長崎県長崎市に原子爆弾を投下
1945-08-15 玉音放送
1945-09-02 日本政府、ミズーリ号にて降伏文書調印(太平洋戦争(大東亜戦争)終結)
1945-09-09 日本政府、中華民国南京にて降伏文書調印(日中戦争終結)
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1950-06-25 朝鮮戦争
1951-09-08 日本国との平和条約(サンフランシスコ平和条約)並びに日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約
(日米安保条約)調印
1952-04-28 日本国との平和条約並びに日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約発効
1952-10-15 警察予備隊が保安隊に改組される。浜松に航空学校が設置される(後の航空自衛隊に繋がる)
1953-03-05 スターリン死去
1954-02-01 保安庁に航空準備室が設置される(後の航空自衛隊に繋がる)
1954-05-29 ビルダーバーグ会議初開催
(於オランダ、ヘルダーラント州レンクム、オーステルベーク(Oosterbeek)、ビルダーバーグホテル)
陸上自衛隊(保安隊から改組)、海上自衛隊(海上警備隊から改組)、航空自衛隊(新設)設置
1956-07 昭和31年度年次経済報告(経済白書)発表(「もはや戦後ではない」)
1958-08 大躍進政策
1960-12-27 池田勇人内閣、「国民所得倍増計画」を閣議決定する。
1964-08-02 トンキン湾事件(8月2日及び4日。アメリカによるベトナム戦争への本格的な介入が始まる)
1964-10-10 1964年東京オリンピック(同年10月24日まで)
1966-05-16 無産階級文化大革命(文化大革命)(1976年10月6日まで)
1971-06-17 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)締結
1971-08-15 ドル・ショック
1972-05-15 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)発効(沖縄復帰)
1972-09-29 日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明
勃発後に産油国による原油公示価格値上げや産油制限が発表され、オイルショックとなる。
1975-11-15 G7サミット初開催(於フランス・ランブイエ)
1978-01-07 イラン革命(1979年2月11日まで)
1978-08-12 日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約調印
1978-10-23 日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約発効
1978-12-22 改革開放(中国共産党第十一期中央委員会第三回全体会議にて提唱)
1985-09-22 プラザ合意
1987-12-08 中距離核戦力全廃条約(INF条約)発効(2019年8月2日失効)
1989-01-07 昭和天皇崩御。元号が昭和から平成に改められる。
1989-04-01 消費税導入(当初は3%)
1989-06-04 六四天安門事件
1989-12-29 日経平均株価、取引時間中に38,957円44銭の最高値を付ける(史上最高値)。終値は38,915円87銭。
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1993-07 衆院選で自民党が敗北し、非自民連立政権が誕生する(55年体制の終焉)
1993-11-11 欧州連合条約(マーストリヒト条約)発効(調印は1992年2月7日)
1995-11-23 Windows95が日本国内で発売される。
1997-07 アジア通貨危機
1997-11-03 三洋証券、経営破綻(会社更生法の適用を申請する)
2003-03-20 イラク戦争(2011年12月15日まで)
2006-12-30 サッダーム・フセイン死刑執行
生まれて2万日目を迎えた。覚えていたわけではないが、Googleカレンダーのリマインダで気づいた。節目なので、いったん今までの人生を振り返ってみる。1965年生まれのおっさんである。
こんなところである。
それはあまりにも突然のことだった。
2月末にはほぼ全部屋キャンセルとなり、稼働率は一気に一桁にまで落ち込んだ。
ただでさえ今年は雪が少なく、「パウダーの聖地」の名が泣くような状況だった。
パウダー日和と言える日は全部で1週間もなかったかもしれない。
ただホテル自体はほぼ満室で、ピークシーズンを忙しく過ごしていた。
正社員を含めた通年雇用者も有給の使用が励行され、出勤が減らされた。
3月半ばには外国人観光客は完全に消え、メインストリートのひらふ坂はゴーストタウンになった。
判断の早い会社は、3月後半の時点で正社員のリストラも敢行した。
自分がいる会社も4月に入りいよいよリストラの声が出始め、希望退職制度が始まった。
現在、ほとんどの飲食店がクローズ。またホテルもかなりの数がGWを待たずにクローズとなった。
ニセコのバブルは未知のウイルスによって弾けたのかもしれない。
これが一時的なものなのか、根本的なものなのかはまだ分からない。
ただ一つ間違いなく言えるのは、
ニセコの現在の隆盛が外国人富裕層(よくいうインバウンド)に大きく依存しているものであり
バブルが弾ける前(つまり今年の1月まで)のニセコはそれはすごい勢いだった。
開発ラッシュはまだまだ続いていて、ホテルが雨後の筍のように建っていた。
一部では供給過多の声も聞かれたが、それでも勝算があると見込んだ大手外資が開発を続け
スキー場には外国人しかいないし、ひらふ坂周辺の看板には日本語よりも英語の方が先に書かれている。
ローカルエリアとなる倶知安町の中心街もスキー場周辺で働く外国人に溢れ
田舎のはずなのに日本人と外国人がミックスされた不思議な世界が形成されていると感じた。
スキー場周辺で大金を使う外国人富裕層をビジネス的に分析していく過程で
比較的早く疑問を感じるようになった。
「このバブルはいつまで続くのか、どうやって弾けるのか、弾けた後の準備はできているのか」
その時点ではバブルはまだまだ続いていた。
初期投資こそお金がかかるものの、簡単に、びっくりするくらい利益が出る。
その状況に甘え、ハードこそ立派だがソフトが素人レベルのホテルが林立した。
1泊100万円もするペントハウス(最上階のスイートルーム)があるのに、
対応するフロントスタッフはスノボしに遊びに来ているホテル初経験の季節雇用者なんていうのは普通だ。
簡単に利益が出てしまうので経営者も厳しい目をスタッフに向けないし、スキルアップという考えも薄い。
将来的にこれは火種になるのではと思った。
こんな噂が蔓延すればニセコを避ける外国人富裕層も増えるだろう。
「雪」だ。
今年は雪が少なく、また質も非常に悪かった。
雪を楽しみに来ていた外国人季節雇用者の落胆は半端なかったと思う。
ところがこれは今年に限った話ではないらしい。
昔からニセコにいる人に聞くと10年前と比較して質が落ちてきていると。
自分はあと数年で、雪の劣化によりニセコバブルが崩壊すると予想した。
もしかしたらこれがトリガーとなって、根本的なバブル崩壊になるかもしれない。
一時的だとしても、結局は雪の劣化によってニセコのバブルは近いうちに崩壊すると思うが。
バブルが弾けた後の事を誰も考えていない。
誰もは言い過ぎかもしれないが、少なくとも、自分は近しい人とこの件で議論をした事はない。
繰り返しにはなるがバブルに甘えてしまっている、楽をしすぎていて
自分は考察を経た上でバブル崩壊に備えてこういう事をしておくべきだという答えを持っているが
周りを見る限りそのような動きをしている会社やホテルはあまり見られない。
このままバブルが崩壊したら、ニセコはかつて崩壊した日本の有名温泉街のようになるだろう。
立派でオシャレな建築物が朽ちていく様は見たくない。
今ニセコでビジネスをしている人は、このコロナをきっかけに目を覚まし
根本的な部分からビジネスを再検討してほしい。バブル崩壊に備えてほしい。
それがニセコの永続的な発展に繋がると思っている。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO48547530U9A810C1MM8000/
このニュースを見たらなんだか急に記憶の扉が開いたので長文を書くことにした。
自分は就職氷河期が直撃した年齢だ。大学のとき、就職課のスタッフが全学生を講堂に集めて「お前らなんか取ってくれる会社があったらそれだけでありがたいと思え!」なんていう講習会を開くくらいに氷河期だった。
確かに自分の周りでは「いかに多くの会社に履歴書を書くか」とか「まぁ俺みたいなゴミクズ取ってくれる会社があるだけ御の字だわ」とかそんなやつが多かった。
自分が大学に入る少し前はリストラだなんだと言って会社はかなりえげつない作戦で人をやめさせて人件費を浮かせ、結果残った人たちが激務にならざるを得ないなんていう社会に移行していた。しまいには今流行ってるからとかそんな理由でリストラに踏み切る会社まであったような気がするが、このへんは現実とフィクションがごちゃまぜかもしれない。
そんな就職氷河期の凄まじさは、しまいには戦略的に留年するとか、大学院に進む人を増やした。なぜなら新卒カードがなくなったら何もかも終わるなんて言うことは当時の学生でもよくわかっていたからだ。いま卒業したら人生終わるなんていう凄まじい時代だ。
そんなわけで企業が学生に対してどこまでも強くなり、大した理由もないのに内定取り消しを会社がやるなんて言うことも結構やっていた気がする(違法だった気もするが平気でやっていた気がする)。
自分たちのちょっと前になるとバブル景気だ。この頃は会社が学生をごそっとハワイとかに連れて行ってアレヤコレヤと接待しまくった挙句にそのまま何もしないで採用していたらしい。バブル世代の社員から聞いたことがある。ハワイはないにしても飲み会に連れて行ったり旅行に連れて行ったりしていい気分にして採用の同意を取っていたそうだ。
本当かよって思うが実際にそうやって仕事を得たと言っていたのでそうなんだろう。
自分たちが何十枚も履歴書を書いて会社を選ぶ権利なんかないんだからとヒイヒイ言いながら会社を回ってどうにか面接にこぎつけて・・・とやっていたのにその目の前に座っている奴らはなんの苦労もなくハワイで採用されていたわけだ。
自分たちのちょっと後になるとむしろ学生が不足していて会社が一生懸命人を雇うようになっていた。彼らは戦略的に自分にあった会社を選んで着実にキャリアを積んでいる。
自分たちなんで「雇ってくれるだけでありがてえでございます!」なんていうメンタリティで仕事を探していた。目の前に座っている学生たちは「僕はやりたい仕事を入社したい会社でしますから」という体で話をしてくる。
なんで自分たちだけが必死に地面に頭をこすりつけて就職活動してきたのか、という疑問は今も拭えないし、なんで会社はそれでも新卒しか取らないのか、新卒で就職を逃したら人生詰むのか、という疑問はある。第二新卒なんていう言葉もできたが、それだって結局新卒以外いらんという会社のメッセージでしかない。
そんな氷河期世代の記憶はあるが、それでも楽しげにやっているやつはいた。だが、自分は幼少の頃から親に植え付けられたトラウマのせいで更に世界に対してネガティブな感情を抱いている。
トラウマというのが何かはわからない人がいるかもしれないが、両親による虐待を受け続けてしまい、感情や行動が歪み、社会で生きづらい人、という感じで考えればいいと思う。みんなそれぞれ生きづらさを抱えているという反応ができる人は幸せだ。そうじゃないんだ。ちなみにトラウマを持たないか軽い人からしたら「どのくらい凄まじいか」は認識できないと思うから余計に苦しい。
両親からやられたことは、かんたんに言うと徹底的に人格を攻撃される、何か意見を言っても徹底的に叩き潰される、親に騙される、親に対する安心感がまったくない、ということを100%の善意でやられる上にやり方がうまくて周りの大人には「いいご両親ね!」と言われてしまうことだ。
このトラウマのせいで自分が世界に持っているネガティブな感情は凄まじい。
褒められたら「なんで誰にでもできることをわざわざ褒めてるんだ?」
同僚に誘われたら「あー割り勘要員ほしいんだよね」
がまず頭をよぎる。ある程度の歳になれば「理屈で」この反応をねじ伏せることもできるようになったが、返事をする頃には完全に疲弊している。「おいxx」「はい、何でしょう」の会話をするために一体どれだけの葛藤や闘争があるかはなかなかわかってもらえない。
「自分から徹底的に絞りたいやつがまた一人増えた」という理解でまず人を見るし、自分がなにか言っても結局みんな潰しにかかるし、否定する、だけど親が言った「信じることが大事」というキーワードで信じてしまう。
あれだけ自分の人格を崩壊させた親の言った人を信じろという言葉をなんで後生大事に抱えてるんだ?と思うかもしれないが、トラウマ、両親によって徹底的に破壊された人格は矛盾を矛盾と感じない。
テストを受けて結果を見せる、普段60点だけど少し頑張って80点とっても取れなかった20点だけに注視して「勉強時間を毎日2時間増やしなさい」というが、テレビなんかで同じ境遇の子供を見ると「私だったら子供が取った80点を褒めてあげたい、勉強は何時間やったかじゃない」と平気で言う。
成績表を見せれば泣き叫び具合が悪くなって寝込んでしまう。自分はわけもわからず謝るしかない。誤ったら誤っただけ善意で滅多刺しにされる。あなたにはもっと頑張ってもらいたい、あなたはやればできるのに、なんで頑張ってくれないの、なんで私の気持ちわかってくれないの、何時間もだ。要は「自分の子供は100点しか取らない、成績表には5しかつかない」というわけのわからない前提で見ているから「100点を取れないことがムカつく、5以外の数字があることがムカつく」ということなんだろう。
でも勉強ができない子供をテレビなんかで見たら「子供の個性が大事、個性を伸ばすようにしないと」と平気で言う。
父親は完全にランダムで激怒する。もう何を言ったら怒鳴られるかわかったものではない。彼は平気で嘘をつく、論点をずらす、自分の記憶を改ざんする、そうして俺をとにかく黙らせて「ハイ論破wwwww」となる。当時の話だからまんま言わないが要はそういうことだ。それについて蒸し返すことはできない。もう徹底的に無視される。自分が言いたいことだけを無理やり相手に納得させる。そもそも「どう反応すればこいつを叩き潰せるか」でしか返事をしないから平気で矛盾したことを言う。30秒前に肯定したことを今否定するなんてことはザラだ。とにかく大事なのは俺を潰すことでしかない。下手に矛盾を指摘すれば更に激怒の時間が増えるだけだ。
一度火が付けば満員電車の中だろうが飲食店の中だろうが徹底的に怒鳴りつける。周囲の目線が痛い。やめてほしい、死にたい、消えたい、という気持ちだけで下を向くしかない。それとは対象的に恍惚とした父の顔、恐怖でしかない。
そうやって育った俺は結局「人を完全に疑ってかかるけど、言われたことを馬鹿正直に信じて実行して痛い目を見るやつ」になった。
どうしてこうなった?と思うかもしれない、だがそうなった。なんの一貫性もない人格。ただただ苦しみでしかない人生。世界で一番信じられないのは自分、世界一醜いのは自分、世界一ダメなやつは自分、自分の笑顔を写真で見ると鳥肌が立つ。なんでこんなに気持ち悪い生き物が写ってるんだ?周りはそんな自分をたまに褒めるが、パニックでしかない。「こんな誰がやってもできそうなことなのになんで褒めるんだ?意味がわからない。むしろやめてほしい、おだてて俺からまた何か絞る気か?むしろとっとと切り捨ててくれたほうが自分の感情と矛盾しないだけスッキリする」
ということを言っている方が安心できる自分がいる。そんな自分が氷河期世代の救済を政府が始めたときいたところで自分の中に構築された論理は「あーあいつらまた美味しい宝の山でも見つけたんだろうな」としか思えない。もし自分が生まれる前に行けるなら、徹底的に自分が生まれないようにしたい。
バブル世代は、バブル景気(内閣府景気基準日付第11循環拡張期、1986年(昭和61年)11月から1991年(平成3年)2月)による売り手市場時(概ね1988年(昭和63年)度から1992年(平成4年)度頃)に新入社した世代で、とりわけその時期が大学(4年制)卒業時と重なる1965年4月2日から1970年4月1日生まれを指す[1]。短大(2〜3年制)・高専(5年制)・専門学校(1〜3年制)卒であれば1966年4月2日から1973年4月1日生まれ、高校(3〜4年制)卒であれば1968年4月2日から1974年4月1日生まれまでが該当する。
「景気が良いときほど暗いアニメが流行り、景気が悪いときには明るいアニメが流行る」
といった話を耳にするが、
そのような疑問を抱いた私は、
1985年からの景気動向指数(CI・一致指数・各年の12月の数値を採用)と、
私が独断と偏見で選んだ「その年に人気だったテレビアニメ」を、
並べて比較してみることにしたのだった。
1990年代前半はコロコロホビーブームからのバトルホビー系アニメの制作が一挙に増えているよ
1990年代のサブカルを買い支えたのは、ここで議論している「オタク」ではなく実は小中学生なんだよね
これが2000年代へ入ると深夜アニメブームと平成ライダーシリーズが登場するわけだ
ここから判ることは、成人したときに不景気であるキャプ翼世代(1980年代)以前と、成人したときに景気が持ち直すコロコロホビー世代(1990年代)以降は世代交代が起きているということ
もちろんコロコロホビー世代の親はバブル景気時に就職した世代であって、減収したとは言え子供へ玩具を買える経済力はあったと見るべきなんだ
バブル崩壊で最も煽りを食らったのは当時の20代前半〜30代前半であり、当時の小中学生の親世代である30代後半以降には玩具を買える金があったんだよ
国鉄民営化はもともと経済成長の一環として行われたものである。こんなことは、バブル景気の歴史を調べればわかる話だ。
堂々と尤もらしい経済政策を打ち出せなかった日本は国鉄民営化によるGDP水増しを強行した(後の郵政・道路公団民営化もそう)。
もともと公的にしか管理できない危険なインフラであり、鉄道は公的管理できる必要な程度にとどめ、管理も公的に行うべきだ。
ましてや、経済政策のごまかしのためにビジネスを肯定し、それを正当化するために安全性や環境性の宣伝を行い、産業や地域が潤う仕組みを作らせ、管理も手薄な民間管理の鉄道が、放置しても日本各地で増加する仕組みをリスクを日常化させてきたとは本末転倒も甚だしいものである。
日本のリベラル勢力はこれまで公共インフラの民間管理反対を主張してきたが、公共交通推進と新自由主義反対の立場は、近年の日本の現状いや1987年以前から変わっていないものである。
専業主婦は田舎から都会に出てきて近くに家事育児に協力してくれる実家が無い人達の間で生まれた形態だよ。
田舎は自営業(農業や商店経営など)が多いというのもある。「農家や商家の嫁」が家業を手伝わないなんて選択肢はないから。
だから夫両親と同居で仕事も家事育児もさせられる田舎の嫁にとって、同居しなくて良くて家事育児だけやれば良い都会の核家族専業主婦は憧れだったし
田舎の親世代も「息子は後継ぎだから田舎に残して嫁を貰いたいが、娘は田舎の嫁になって苦労するより都会のサラリーマンの嫁になって欲しい」
と娘のみを都会に送り出す人が多く、田舎の嫁不足に繋がった。
均等法以前~均等法後もまだ浸透してなかった時代は
「大卒男子のみ」「女子は20歳まで」なんて求人が普通で大卒女に一般の就職先は少なく、
※詳細版
神話時代:天照大神が岩戸に隠れて真っ暗!!この世の終わりだ!
7世紀:白村江の戦いに負けてしまった!唐の大軍が攻めてくるぞ!!
19世紀:黒船キター!!日本も欧米列強の植民地にされるぞ!!
1920年代:不況で娘は身売りせんとあかん!昭和維新せな日本は滅亡や!
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1945年:大東亜戦争が敗北に終わるなんて!日本はもう滅亡だぁああああ
1960年:米ソ核戦争が起きて日本も巻き込まれるぞ!ヤバイヤバイヤバイ
第2次ベビーブーム:このままじゃ人口増加で資源と食料がヤバイヤバイヤバイ
1973年:石油ショックで高度経済成長が終わった!日本はもうおしまいだ!
1989年:今のバブル景気はまやかしだ!道徳的に堕落した日本は滅亡する!
1991年:そら見ろバブルが崩壊した!!驕った日本人に罰が当たったんだ!!
1995年:阪神大震災に地下鉄サリン事件、日本滅亡が始まったぞ!!
1998年:北朝鮮が弾道ミサイルを開発した!今すぐ戦争になるぞ!!
2100年:■■が起きた!今度こそ日本は滅亡だ!!
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無限に続く予定
小学生の頃、日本はバブル景気にわいてノストラダムスの予言が大はやりしていた
バブル景気はいつか終わると言われていた、終わったらどうなるのか不安だった
小学生達は世界は終わるから大人になる前に死ぬかもと漠然と思っていた
父親は「日本は技術力があるから盛り返せる」と言っていたが結局今まで盛り返せずじまいだ
今は世界に類を見ない超少子高齢化でいつか日本は破綻すると言われながら、政府は少子化対策をまともにしない、ネットでも迷惑だから子供を生むなの連呼だ、これはいつか自分が老人になる頃に破綻するしか無いのだろう、国が破綻したらどうなるのだろうという絶望感の中で生きている