「ジャッキー」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ジャッキーとは

2023-11-09

なぞなぞパスワード管理完璧俳優ってだーれだ?

こたえ:ジャッキーチェン(キーチェーンが入ってるので)

2023-10-25

anond:20231024180427anond:20231025182148

武蔵小杉のタワマン群がスラム化して、数十年後に高層九龍城みたいな姿に変貌したら、めちゃめちゃカッコいいよな。

今はゴジラもの映画の序盤で破壊される程度の扱いだけど、将来はジャッキーチェン映画サイバーパンクSFロケ地としても重宝されそう。

2023-07-11

anond:20230710122151

対戦相手を倒す系のゲームについて、擁護のツリーをつけておく。

 

暴力を好むようになる可能性については、気にする必要が無い。

専門の研究によって、コンテンツ嗜好と成年後の暴力性に関係がないことが分かっている。(関係あったのは家庭環境の悪さとか)。短期的には少し関係がある。

わかりやす説明をすると、ジャッキーチェンカンフー映画を見ると、しばらくカンフーの物まねをするようになる。クレしんをみると悪戯するようになる。だが大人になってから性格にそんなことは関係ない。そういうこと。 

 

しろプラス指向が期待できる。

部活動などで、生きている人間と本気で対戦した経験は、成人後の成功度合い(収入によって測定)に相関があるとされる。

まあリアル経済社会は生きてる人間との対戦だからな。

そこで負けたからってへこたれたり、対戦自体から逃げたりしてたら、成功は望めないのだ。

理不尽に味方に足を引っ張られて負ける、対戦相手にに勝てなくて怒る、そういう経験は貴重だ。

  

 

心配するとしたら、ゲームしすぎることによる筋肉の低下だろうな。

これはマジで近年の子供で心配されるやつだし。

2023-07-02

anond:20230702155255

冷やしておいたチョコがけポテチ

冷やしておいたジャッキーカルパス

冷やしておいたオマエのチンチン

2023-06-23

よくよく考えたら

今の若い子たちって1970~80年代香港カンフー映画って観たことないのか?!

自分も今の中国は嫌いだけどアレは今の日本の色んなドラマアニメ文化演出の参考になってるからとてもとっても観て欲しい!

ジャッキーとか今はあれだけどカンフー俳優としては最高なんだよ!

2023-05-17

マツコの知らない世界ジャッキーチェン世界」@Tverは酷かったな

番組内でほとんどの映像が「権利の都合上、映像差し替えています」になっていた

あんなん放送事故状態じゃん。いや、配信事故?

配信するの分かってるんだから、V中は出演者の顔を抜いてコメントを流す様にしないと駄目だろ(Vの音も出せないけど、演者の声だけ拾うとか出来るでしょ?技術的に)

テレビ側としては「そこまでしてもメリット無い」って思うのかな

配信はおまけだと思っているのだろうか

自分の様に配信やサブスク動画しか見ないって層がだいぶ居ると思うんだけど

2023-05-08

anond:20230508105729

特大ジャッキーカルパスって一生に一度は噛ってみたくはあるよね

2023-03-05

アカデミー賞最有力の「エブエブ」がぶっとんだ映画だった

ブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

〜あらすじ~

若い頃にアメリカに来てコインランドリー経営している広瀬香美は(若い頃の)ジャッキーチェン離婚危機にあり、認知症養父橋爪功大学を辞めてタトゥーを入れたレズビアン娘、渡辺直美暮らしていた。

納税に苦しめられ毎日鬼のように忙しく過ぎる日々。

しか税務署で夫のジャッキーチェンが突然カンフーを始める。

「僕は君の夫じゃ無い」と言い出すジャッキーチェン広瀬香美は混乱の中、襲ってくる敵と戦っていくことになった。

そして広瀬香美ジャッキーチェン結婚しなかった世界線広瀬香美Bの人生を知ることになる。

マルチバース上の彼女はあるときカンフースター、あるとき歌手、ある時は足が器用だった。マルチバース記憶を共有することで、広瀬香美格闘技マスターし、最強の広瀬香美となるのだ。

そして敵は……闇に落ちた世界最凶の渡辺直美だった。

世界線広瀬香美が今、立ち上がろうとしていた。

広瀬香美ミシェル・ヨージャッキーチェンインディージョーンズグーニーズのあの男の子という映画好きの日本人なら結構興奮するキャスティングだったりする。他にもアジア人映画オタは知ってる有名人たくさん。

とにかくカオスアクションが多いがギャグの頻度も多い。

インディーズ映画なので予算も低いらしいが、そうとは思えない映像の凝り方やCGの使い方は圧巻だった。スタッフロール日本人名もちらほらあったのが嬉しい。日系人オスカー部門賞受賞も期待している。

あいわゆる「ハリウッド映画」は世界中が見てきてると思うがエブエブはそれとは全く違う。

日本人も親しんできたカンフー映画前提で、日本邦画要素も強くあり「なんでもオッケーだよ。好きなことをしよう!黒澤明はもちろん、ナンセンスギャグジャンプレベル下ネタも、ごちゃごちゃごった煮でいこうぜ!中国政府規制貴様無視だ!」というアジアの良いところが詰まっているのだ。

からお上品な映画好きな人は避けてほしいし、ボーボボマサルさんと言われるのだろう。

(とは言ってもオスカー映画って結構下品なシーンあるよね?)

マルチバース解釈スタッフアベンジャーズシリーズでお馴染みのルッソ兄弟が入っているので、マーベル好きなら特に抵抗感なく見れるだろう。

ここまでの話では奇抜だという印象を持つと思う。

しかしこの映画、メインストリーが恐ろしく素晴らしく、そしてシンプルなのだ世界観のカオスさを超えて真っ直ぐテーマが突き刺さり、何もよくわかっていないのに感動が押し寄せてくる。

石と石が喋るシーンが本当に泣ける。画面には声もない。石に字幕がついてるだけだ。それなのに何故だか頬に涙が伝っていた…。

予測もつかない展開だ。説明も難しい。だからこそ一度見てほしい映画だ。映画好きならきっとこの映画を愛してしまうだろう。

それにしても最近大人が肩車をよくするのを見る気がする。あれはRRRだったかアジア人は肩車をするものだと西洋人勘違いしたらどうしよう。

期待に答えて練習すっか…。

広瀬香美さんはミシェル・ヨーに似てるからってだけでエブエブの日本公開応援ソングを歌っておりますが、めっちゃ世界観あってるので一度見てください。

https://youtu.be/WkMsZJ4G6Lc

2023-03-01

anond:20230301143315

そこらへんで拾えてるもの全部実質的ハートぞ。

最終的には赤い薬をそこらへんで拾っていくことになる。

 

あと武器は、お前が最強すぎるから、そこら辺の棒持って敵を殺せる、という気分でいけ。

今回のリンクは、ジャッキーチェンが敵の武器奪ってそれて無双する感じだ。

2023-02-09

スペクターサウンドを256倍楽しむ方法

 日本では'76年に、フィレス・レーベル作品がまとめて再発売されたことがありましたが、ボックス形式としては本邦初で、しかCDボックスとしては今回が世界初ということになります。また同時に、<ヒーズ・ア・レベル>という、関係者インタビューを中心にした本が白夜書房から発売されます。それを読みながらこのBOXを聞きますと512倍楽しく聞けることを保証します。

 では、時代を追って解説していきます

テディー・ベアーズ

 1958年17才にして彼は”スター”でした。この後ポップス歴史を彩ることになるクリスタルズロネッツキャロル・キングバリーマンビーチ・ボーイズビートルズの誰よりも先に<NO.1ヒット>を持っていた!、このことが良くも悪くもスペクターのその後の人生を決定づけたと思いますポップス史上、#1ヒットを星の数ほど作り続けたリーバー&ストラーや、ジョージマーチンも、自らの#1ヒットはなく、このことが彼を単に<プロデューサー>の範疇では捉えられない最大の理由です。<彼を知ることは、彼を愛することだ>というデビュー曲の<彼>は、もちろんスペクター本人の意味で、そこには強引さ、傲慢さも感じられますが、実はそれが力強くもあり、<スターの要素>そのものだともいえます。彼の仕事ぶりを評して、全てを自分一色に染めてしまう、という批判をよく聞きますが、これはことの本質理解してい居ない人の発言です。かれは<裏方>ではなく<スター>なのです!それを、アーティストの持ち味を引き出すのがプロデューサー仕事だ、という常識的意味で彼を捉えようとするから批判的になるのです。彼こそが<スター>で、誰が歌おうか演奏しようが、他の人は全て脇役なのです。単に映画監督と言う視点ヒッチコックを捉えるとおもしろ解釈は生まれない、というのにも似ています。(誰が主演でもヒッチの映画になります黒沢さんもそうですね。)

 デビューアルバムTEDDY BEARS SING」のB-1「I DON'T NEED YOU ANYMORE」の<ステレオバージョン>はナントリードボーカル女の子の声が左で、真ん中がフィルコーラスしかも、ところどころリードボーカルの3倍くらいの大きさでコーラスが<邪魔をする>といってもいいほどの前代未聞のバランス!です。

 デビューからしてこうなのですから自己主張とかワガママなどという、なまやさしいことではないのです。

SCHOOLもの

 のちにブラックミュージックにのめり込んでいった彼ですが、スタートは白人ポップスでした。まずは自らのヴォーカリストギターリスト、および作曲家としての才能を試すところからはじめた、というところでしょうか。'50年代後半は、まだ黒人音楽一般的ではありませんでしたが、若者の間では熱狂的な指示を得ていました。スペクターもいろいろな黒人アーティストを聞いていたようですが、こと自分デビューに関しては、世間的に穏便な方法をとったところなど<奇[...]

 また'50年代中期には「暴力教室」をはじめ「HIGHSCHOOL CONFIDENTIAL」など<怒れる若者>をテーマにした映画が続々と作られ、その代表としてJ・ディーンが登場し、代表作が「理由なき反抗」-REBEL WITHOUT A CAUSE -でした。このように、当時の若者キーワードの一つは<REBEL>であり、「乱暴者」のマーロン・ブランドのような皮ジャン、サングラスバイクというスタイル流行しました。

 彼のでデビューソングはたしかに<学園もの>でしたが、それまでの、例えばドリス・デイの「先生お気に入り」調のホンワカしたものではなく、女の子自分の想いを直接的、また積極的に<ナゼわかってくれないの?>と切々と歌い上げるというのは冬至若者フィーリングにピッタシきたようです。実はこの手法スペクター特有の<ソフィスティケーションの中の直接性>というもので、彼を理会する上で大事ことなのです。

ガレージサウンド

 ある程度、あるいはそれ以上の音楽素養がなければミュージシャン作曲家になれなかったジャズと違って、ギター1本あればだれでもロックンローラーになれる、というのがロック時代でした。子供技術を会得して成長し、大人の仲間入りをするのがジャズだとすると、ロックは、子供子供のままで音楽ができるというのが特徴でした。ヒョットしたらオレにもなれるかもしれないと、多くのシロウトがわれもわれもと参加したことが、音楽単純化拍車をかけました。ジャズ豊満でふくよか、とすると、R&Rは骨と皮だけといえましょう。ジャズ大人音楽で、背景はナイトクラブ女性お酒が似合いましたが、子供音楽として誕生したR&Rの背景に一番ピッタリだったのはナント、<ガレージ>でした。

 麻雀同様4人(あるいは3人)いればすぐにできたのがR&Rの特徴でしたが、ニュー・ヨークのようにせまいところで大声を上げれば、お母さんに怒鳴られるだけですからストリートへ出るわけです。50'sのDoo Wapブームの背景は街角ストリート・コーナーが似合ったわけです。

 それにくらべて土地の広大な中西部西海岸は車がなければ不便なので、当選、どこの家にもガレージがあり、ここが若者の格好の練習場所となりました(蛇足ですが、今の日本ロックサウンドの背景は<貸しスタジオ>--密室--ではないでしょうか?)。さて、楽器感覚でどうにか弾けますが、作曲というのは簡単そうでもやはり多少の音楽素養必要です。しかし、若者の、なんでもいいからR&Rをやりたい!という想いはこんなことではくじけません。骨と皮だけのロックを、さらに皮も捨てて骨だけにしたのです。それが<ギターインストゥルメンタル>でした。これは、楽器感覚的にかき鳴らすだけですから、とりあえずだれにでもできました。ジャズ単純化ロックとすれば、これはさらに、ロック単純化で、その極致であったわけです。

 これが<ガレージサウンド>の正体でしたが、この時代呼応するかのように、新しく生まれ現象がありました。それは、録音機が少しずつ普及し始め、ガレージ居間などでの<ホームレコーディング>が行われるようになったことです。そして、デモテープのような、ある意味では乱暴

チャートに登場するようになり、まさに音楽大衆化が、内容だけではなく、音質までにも及んだのです(エルビスバディ・ホリーデビュー曲地方の、オヤジさんが社長、オカミさん専務、というような町工場風のスタジオで録音したものです)。

 それまでの録音は、演奏者と録音技師ガラスを隔てて別々の仕事場でした。技師演奏者にマイクの使い方を指導することはあっても、演奏者の方が技師に注文をつけるというケースはめったにありませんでした。しかし、ホームレコーディング特有の、機械いじりの好きな少年の思い付きや、また機材不足からひねりだした斬新な工夫は、新しいサウンド母体となるのです。

 スペクターは、テディー・ベアーズの録音の時からスタジオ内と調整室を行ったり来たりして、録音技師を困らせていたようですから、コダワリの姿勢最初からのようです(口述しますが、後年よくいわれるワグナー好きやソウルミュージックの追求というのは、スターありがちな<後付け>である、と私は考えています)。

 このホームレコーディングが、実は<スペクターサウンド>の根幹なのです!<BACK TO MONO>の意味もこのことなので、一つのかたまり大人数、熱気、乱雑の中の整理、複雑の単純化、そして<ホーム>、これが彼の求めたものでした。かたまりは<MONO>、大人数はミュージシャンの数、熱は<ハルブレインドラム>、整理は<J・ニッチェアレンジ>、単純化は<L・レビンミックス>、そしてホームは<西海岸>、これがスペクターサウンドの中味の分析ですが、詳しくはこれも後述します。

インストマニア

 この当時のロックンロール少年と同じく、スペクターギター少年でした。本名フィル・ハーヴェイとしてインストレコードも発表しています。また'58、'59年はインストロックの当たり年で、チャンプ栖の「TEQUILA!」が#1になったり、B・ホリーのインスト版ともいえるファイヤーボールズ、リンクレイ、そしてジョニーハリケーンズサント&ジョニーサンディー・ネルソン(「TO KNOW HIM~」のドラムデビュー前の彼です)、そして極め付きはギターインスト王者、デュアン・エディーの登場でした。

 日本ではなぜか、ほとんど評価されませんでしたが、ギターリストとして一番の人気とヒットのあった人で、そのサウンドユニークさとポップ・シーンへの影響は大きいものがありました。またイギリスでの人気は特に異常で、'60年の人気投票では1位でした(すごい!)。近年リバイバル・ヒットした「PETER GUN」などは後の<007シリーズ>や<バットマン>のもとになったともいえますし、日本では未公開の映画「BECAUSE THEY'RE YOUNG」のテーマは、彼の"トワンギー・ギター"と流麗なストリングスとのコンビネーションは、すぐアル・カイオラが取り入れて「荒野の7人」となって登場、西部劇インストテーマの基本形となりました。また「ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!」のジョージマーチン楽団の「リンゴテーマ」も、まさにD・エディーのマネジャープロデューサーレスター・シルで、テディー・ベアーズの録音の際、隣のスタジオ仕事をしていて知り合ったといわれ、この人と出会ってなければ<スペクターサウンド>はこの世に存在しなかったといえるほど重大な出会いでした。

 シルはこの時すでにスペクタープロデューサー向きであることを見抜き、早速契約を結び、最初に買った曲のタイトルナント「BE MY GIRL!」。

 スペクターについては、まわりにいた人に才能があったので、本人にそう才能があったわけではない、という人もいますが、これは間違いです。確かにまわりにいた人々は有能でした。しかし、彼はプロデューサーとして一番重要な要素である<何をやりたいのか>ということが明確にありました。それは前にも述べましたがいろいろな意味での<直接性>というテーマを持っていたことです。これはもちろんR&Rのイディオム佐野元春調)ですが、荒々しいサウンドの中の直接性より、スペクターポップスに折り込んだ直接性の方がより<暴力的>ですらありました。

 例えば、R&Rの時代になって<BE>という動詞で始まるビッグ・ヒットは「BE MY BABY」が第1号です(BE CAREFUL~などの慣用句を除く)。簡単なようですが、作る側にまわってみると、これが簡単に言い切れるものではないのです。まさにこれをスパッと言い切れるのが<スター>なのです。「TO KNOW HIM~」の断定と「BE」の命令。このシェイクスピア調の、時代がかったともいえる口調が、逆に新味を呼んだのではないでしょうか。この大時代的で、且つ直接的な手法は「I WANT TO HOLD YOUR HAND」(ユーモアの点ではJ&Pの方が数段上ですネ!)に共通したものを感じます

 シルと契約直後、スペクターはD・エディのセッション見学しています。さっそく実地訓練をさせようというシルの計らいで、時は'59年の4月の後半でした。この年のエディーの最大のヒットは6月に発売された「FORTY MILES OF BAD ROAD」(9位)で、この曲はナントベースドラムだけをイントロでフィーチャーした、ポップス史上初のヒット曲>なのです。さて、ベースドラムイントロといえば「BE MY BABY」ですが、この2曲の因果関係についての疑問を、10年ほど前の<ニュー・ミュージック・マガジン>で発表したことがありましたが、時期的にはこの推論が成り立つようです。が、モチロン、その因果については全く憶測の域は出ておりません。

 エディーのスタジオは1トラックテープレコーダーが1台しかないという粗末な設備ながら、そのエコーを駆使してのサウンド作りは、特に録音にはうるさかった若き日のスペクターには刺激的な体験だったと思われます。トワンギー・サウンド秘密であった水道管やドラム缶をエコー使用するという一風変わった手法は(そのためシルは何10個もドラム缶を買い、しかも一番響きのいい缶を探したといいますスペクターが興味を持たなかったはずはありません。

 そのような多彩な録音技術を駆使していた人は、D・エディー・サウンド製作者<リー・ヘイズルウッド>でした(エンジニアはエディー・ブラケット)。ヘイズルウッドといえばナンシー・シナトラとのデュエットアストロノーツの「太陽の彼方に」の作者として日本ではおなじみですが、エディーのプロデューサーとして最初評価された人なのです。

中したスペクターは、一瞬たりともヘイズルウッドの背後から離れなかった>と発言しています

憧れのリーバー&ストラー

 その後シルは、スペクタープロデューサーにすべく、今度はニュー・ヨークリーバー&ストラーのもとへ送り込みました。’60年代代表的なコンビレノンマッカートニーとすれば、’50年代リーバー&ストラー時代で、ロックビジネスを目指す人々にとっての目標でした。スペクター学校の先輩でもあった彼らのデビューに一役買っていたのが、これまたレスター・シルでした。シルがマネージャーをしていたコースターズをきっかけに、ドリフターズ、そしてエルビスへの曲提供プロデュースを行い、初のR&Rにおける独立プロデューサーとしての地位確立したのがこの二人なのです。

 スペクターにとって、このニュー・ヨークでの修行時代の最大の収穫はベン・E・キングヒット曲「SPANISH HARLEM」をJ・リーバーと共作できたことでしょう。これはR&Rビジネスへの切符を手に入れた、つまり、お墨付をもらったということ......って、最大の自信となったことは疑う余地はあり.....

 ま.... ドリフターズの「THERE GOES MY BABY」...にストリングスをフィーチャーする手法を....ことも<スペクターサウンド>への引金になったと、私は思います。その手法プロデュースしたジーン・ピットニーの「EVERY BREATH I TAKE」は、全くドリフターズ調でしたが、すでに<スペクターサウンド>は出来上がっていた、ともいえる、本家を凌ぐ作品でした。<ゴフィン&キング>との最初作品でしたが、この日のセッションにはリーバー&ストラーをはじめ、B・バカラック、B・マン&C・ウェイル、アルド出版社代表のD・カーシュナーら、そうそうたる顔ぶれが集まったといいます。そしてこの作品が、ここに集まった全ての人にスペクターの印象を強く与えることとなり、一緒の仕事が始まるわけです。特にこの曲で印象深いのはドラムフレーズですが、G・ゴフィンの証言によれば、フィルドラマーゲイリーチェスターに指示をして、それが実に的確だった、ということです。

 この修行時代にすでに、J・ニッチェやH・ブレインがいなくても、これだけのものを作っていたことは見落とせません。スペクターサウンドを作ったのはやはり彼なのです。

 この曲は残念ながら大ヒットにはなりませんでしたが、来たるべき<スペクター時代>の幕開けを飾るにふさわしい素晴らしい曲でした。

 また、この頃、レスター・シルとリー・ヘイズルウッドは共同活動を解消、スペクターは新たなパートナー、いわば後釜としてシルと関係を結び、それが二人の頭文字を合わせた<PHIL+LES>の誕生となりました(シルとヘイズルウッドのレーベル名は二人の息子の頭文字から<GREG+MARK>というものでした)。

ガールグループ

 '60年代初めにシュレルズがキャロル・キングの名作<WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW

....きっかけに、ガール Permalink | 記事への反応(0) | 09:24

2023-02-08

今思えばバカだったなーって思うこと

大学の時に友人の乗用車天井に掴まってジャッキーチェンごっこをしながら実際に道路を走らせてたこ

当時Twitterがあったら炎上してたかもしれん

の子って大変だな

2022-12-16

anond:20221215214958

Cyberpunk 2077が許せない。

サイバーパンク エッジランナーズの評判が良かったこともあり、今になってまたCyberpunk 2077人気が出てきたようだ。

それは自体はとても歓迎できることで、世界観、街の質感、アクションギミックなどは一流といって間違いない。

プレイ中に涙を流すぐらい感動したし、またナイトティに入り浸りたいなあと良く思い返している。

からこそCyberpunk 2077が許せない。

CD Projekt RED過去作品であるThe Withcerシリーズファンは、同程度の作り込みをCyberpunk 2077に期待していた。

特にストーリー演出こそがバチクソに良い評判を保っていたし、本作もPVからも間違いないと思われていた。

しかし、だ。

蓋を開けてみれば、PVのシーンはほとんどがキーパーソン出会うまでの部分であり、そこから先はガバガバフラグ管理

イベント時と非イベント時のNPCの立ち振る舞いには顕著な差がある。

主人公出自も、メインイベント参加者も、とって付けたような演出で行動原理曖昧なまま。

しかジャンルサイバーパンク」の描こうとしている世界観を踏まえれば、個人フォーカスした演出淡泊でもいいと擁護できなくもない。

しかし、CD Projekt RED過去作の演出、本作のジャッキーの死までの展開(ここまでは完璧)を踏まえれば、より良い作品にできるのにしなかった。できなかった。

彼らはより良い作品を作れる資質を持ちながら、中途半端評価される作品を世に送り出し、サイバーパンクオープンワールドの貴重な1枠を埋めてしまった。

挙句バグフィックスもままならないまま、DLCを出すわけでもなくアンソロジーとしての商業展開を狙っている始末。

この一連の動きには、ファンの一人として本当にがっかりだ。がっかりだよ。悔しいなあ。

2022-09-29

さすがに痴呆ということは無いとは思うが、衰えはすごいね

2022-09-16

anond:20220916164052

ジャッキーチェンだって中国政府の言いなりだし、

有名になった中国人はみんな政府の指示に従うしかないんだよ。

そうでなきゃ生きてゆけない。

2022-06-05

映画ミスト』を見てがっかりした

そもそも「後味の悪い映画」ということで有名になってたせいでラストが予想できてしまった

この手のラスト映画でそういう評価があるともはやネタバレに等しいと思う。衝撃的なシーンのハズなのに肩透かしを食らった気分になった。

ラスト15分のシーンがヤバイ!ってのでもうね。駄目だった。

主人公がある行動をして「あーはいはい」って。でその直後のシーンで「そうなるよね」って。


SF作品じゃん

詳しいジャンル分けについては知らないけど、シャッターを開けたシーンでこれSF作品じゃんってなった。

超常現象とか超自然的な存在が出てきた時点でホラーとしてはうーんってなっちゃう。いやジェイソンとかフレディもそういう存在ではあるけどさ。

同じような感じで『ヘレディタリー/継承』とか『キャビン』とか。

キャビン』は寧ろそういうのを狙ってるんだろうけど。

キャラクターの動きに納得いかない

なんで何かあったら直ぐ逃げるぞって言っておきながら逃げないんだ。

なんで目の前に化け物が居て叫んで襲われるの待ってるんだ。

なんて光に集まってきてるのにライトを付けまくるんだ。

なんで最後撃ったんだ。

こうなったら徒歩でいけるとこまで行くぞ、にはならないのか。

俺が登場人物の心情を全く理解できてないからなのか。理解力不足だからなのか。そうか。


当時は斬新な展開だったか評価されたのであって、今から見ると使い古された手法みたいに感じるのは仕方のないことなんだろうか。

古典的ものと言われればそうなのかな。ゾンビ映画テンプレはだいたい最初期のロメ作品に詰まってるみたいな。『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』とか『ゾンビ』とか。

分かんね。上手く書けなかった。

胸糞悪いとか後味悪いという意味で言うならジャッキーチェンの『新ポリスストーリー』(重案組の方)が良いかなあ。実話が元だからまた別かなあ。

2022-05-09

anond:20220509112043

フィクション現実に影響を及ぼすのは事実と認めた上で

>そのフィクションが原因で犯罪を起こしたとしてもそれは個人資質問題であるとすべきだ、

 

横だが。  

まあたぶんレス相手の言い方も悪いのだが、検討違いの話をしているね。

フィクション現実への影響についての専門的な結論

 

フィクションの影響力は恐らくあるが、その影響力は比較的少なく、かつ短期間で消える。(ジャッキー映画を見ると誰もがカンフーの真似をしだすが次の日にはやめる)

フィクションの影響を1とすれば、親や友人や生まれつき影響の影響力が100ぐらいあるので、実質的フィクションの影響は無視できる。

 

こういう話になっている。

これを雑に言えば「フィクションの影響はない(実質的に)」となって、それがネットに広まってるわけ。

 

君の批判は、フィクションの影響の「ある」と「ない」しか考えてない、影響の大きさを考慮してないので、言ってることが検討違いになっている。

いじめられて死ぬストレス環境におかれると自殺率に影響が出る と言う話は、親や友人や生まれつきの個性の影響よりも、影響力が少ないとは言えないので、フィクションの影響の話とは全然話が異なるね。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん