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はてなキーワード: ノストラダムスの大予言とは

2018-07-26

anond:20180726204908

連合赤軍

当時(冷戦時)のソ連中国共産党共産主義思想共鳴した運動家の中の過激派やはねっ返りが、日本共産主義革命を起こそうとして、色々なテロを起こして最終的にはあさま山荘事件を起こした。

連合赤軍思想共感を持っていたのは団塊の世代

当時の日本はまだ社会全体が貧しかったので、ソ連共産主義のやり方で豊かな社会を目指そうとした。

オウム真理教

1970~80年代オカルトブームに乗って、テレビ雑誌メディア経由で時代の寵児のような存在となった麻原彰晃を中心とした教団の暴走。1999年7月のノストラダムスの大予言に基づいて、東京アルマゲドン最終戦争)を起こすという思想の下にサリン事件を起こした。

オウム真理教思想オカルトブーム共感を持っていたのは氷河期世代

豊かな日本に育った氷河期世代若者たちが、物質的な豊かさより精神的な豊かさとは何かの答えを提示していたオウム共感していた。

連合赤軍にしてもオウム真理教にしても、共産主義思想や終末思想が先鋭化すると、組織の内外に対して攻撃的になる性質を持っているのではないか

2018-07-08

anond:20180707212225

オカルトブームの一つの区切りは、やっぱり1999年7月のノストラダムスの大予言が外れたことだったと思う。

みんな声に出さなかったけど、当時何かが起きるかもしれない、という言いようのない期待感があった。

核戦争が起こるとか、巨大隕石宇宙から飛来してくるとか・・・

ちょうどバブル崩壊後の平成不況がひどくなってきた時期だったこともあるし。

1999年7月以降は、白けたようにオカルトブームは一気に収束してしまって、みんな忘れてしまったよね。

70年代80年代90年代00年代 オカルトブーム年表

年代事象備考
60年代妖怪ブーム1968年からアニメゲゲゲの鬼太郎』開始)
ムー大陸1968年に『失われたムー大陸』が翻訳出版
ヒッピームーブメント
1970年ヒバゴン広島県比婆郡で目撃された猿人
1975年に終息宣言
1972年クッシー屈斜路湖で目撃された巨大生物
ネッシーに倣って命名
1973年書籍ノストラダムスの大予言五島勉
1973年小説日本沈没小松左京
終末ブーム
1973年UFOブーム矢追純一
70年代末まで
1973年漫画恐怖新聞つのだじろう
1975年まで連載
1973年漫画『うしろ百太郎つのだじろう
1976年まで連載
1973年テレビドラマ『すべって転んで』田辺聖子
ツチノコブーム
1973年漫画『幻の怪蛇バチヘビ』矢口高雄
ツチノコブーム
1974年映画エクソシスト
1974年ユリ・ゲラー来日矢追純一
超能力ブーム
超能力少年
1974年書籍『狐狗狸さんの秘密中岡俊哉
コックリさんブーム
1974年書籍『恐怖の心霊写真集』中岡俊哉
心霊写真・地縛霊
1976年オリバー君来日人間チンパンジー中間存在
1977年ニューネッシー漁船に引き上げられた謎の生物の死骸
ウバザメとされる
1978年映画未知との遭遇
1978年書籍ピラミッド・パワー中岡俊哉
もともと世界的なブーム
1978年テレビ番組川口浩探検隊シリーズUMAなどを探索する
1985年まで放送
1979年口裂け女
1979年雑誌ムー』創刊
1982年映画E.T.
1982年ミステリーサークル80年代話題
1990年には日本でも出現
91年にはいたずらと判明
1983年前世ブーム1983年 映画幻魔大戦
1986年 漫画ぼくの地球を守って
1984年統一教会霊感商法批判文藝春秋朝日ジャーナルなど
1985年書籍運命を読む六星占術入門』細木数子
1985年宜保愛子霊能者
80年代後半から90年代初頭
1993年大槻義彦などから批判
1985年小説帝都物語荒俣宏
1986年新興宗教幸福の科学設立
1987年新興宗教オウム真理教設立前身ヨガ教室1984年から
1987年ゲーム女神転生ナムコアトラス
1987年書籍大霊界 死んだらどうなる』丹波哲郎
1989年ツチノコ共和国建国奈良県吉野郡下北山村
1989年人面犬
1989年Mr.マリック超能力者風の演出バッシングを受ける
1990年漫画MMR マガジンミステリー調査班』石垣ゆうき
1999年まで連載
1990年テレビドラマ世にも奇妙な物語
1990年小説学校の怪談常光徹
学校の怪談ブーム
1995年映画化など
1991年チャネリング」が流行語大賞特別賞を受賞受賞者は『幸福の科学』の大川隆法
1992年と学会設立トンデモ本世界』発売は1995年
1993年書籍『理性のゆらぎ』青山圭秀
霊能者サイババ
1993年漫画地獄先生ぬ~べ~原作真倉翔
作画岡野剛
1999年まで連載
1994年海外ドラマX-ファイル
1995年地下鉄サリン事件
1995年アニメ新世紀エヴァンゲリオン
1996年書籍神々の指紋グラハム・ハンコック
超古代文明
1997年テレビ番組奇跡体験!アンビリーバボー一時期、心霊特集を組んでいた
1998年ビートたけしのTVタックル超常現象スペシャル大槻義彦
1998年映画『リング』
1999年ノストラダムス予言した年
1999年ライフスペースミイラ遺体事件
1999年法の華詐欺事件
2000年2ちゃんねる洒落怖スレ2003年 くねくね
2008年 八尺様
2001年テレビ番組『USO!?ジャパン2003年まで放送
2003年映画呪怨
2003年小説ダ・ヴィンチ・コードダン・ブラウン
2003年パナウェーブ研究所
2004年テレビ番組ズバリ言うわよ!細木数子
2008年まで放送
2005年テレビ番組オーラの泉スピリチュアルブーム
美輪明宏江原啓之
2009年まで放送
2006年書籍ハローバイバイ関暁夫都市伝説信じるか信じないかはあなた次第
2010年パワースポットブーム
2012年マヤ暦にもとづく人類滅亡予言
2013年ゲーム妖怪ウォッチ』


最近オカルトブームを振り返る人が多いけど、あまりに言っていることがあやふやなので、とりあえず調べられるだけ調べてみた。

しかし、こういうのはオウム記憶も朧げな俺よりも、当時のことを知ってる奴がきちんとまとめるべきだと思うんだよな。

2018-07-06

1990年代オカルトブームは異常だった

オウム真理教麻原彰晃死刑囚死刑執行ニュースを見て感じたことを書いてみようと思う。

一言で言えば、当時の日本社会オウム真理教のようなものを求めていたのではないか

1990年代テレビ雑誌では、表題のようなオカルトブームの全盛期だった。

スプーン曲げとか超能力であるとか、当時の若者たち神秘的な現象にあこがれていた。

ユリ・ゲラー宜保愛子とか、今考えるとインチキしか思えない霊能力者が当たり前のようにテレビに出ていた。

ノストラダムスの大予言によって、1999年7月に人類は滅亡するということが繰り返しのようにテレビ放送されていれば、それを鵜呑みにする人間が多く出てきてもおかしくなかったのだ。

掴みどころのない社会不安支配している中において、オウム真理教は出現したのだ。

松本サリン事件地下鉄サリン事件を起こした後は、世の中は手のひらを返したようにオカルトブームを忘れていったけどね。

2018-06-11

イスラム国日本にとっての悪夢が始まる」

結局ノストラダムスの大予言だったな

見事に何も起きない

2018-04-07

anond:20180407012453

※詳細版

神話時代天照大神岩戸に隠れて真っ暗!!この世の終わりだ!

7世紀白村江の戦いに負けてしまった!唐の大軍が攻めてくるぞ!!

10世紀平将門藤原純友の反乱で日本オワタ!!

11世紀末法の到来だ!!平安京では疫病が流行してる!

13世紀蒙古が攻めてくるぞ!日本は滅亡だ!

15世紀応仁の乱で京の都オワタ!!乱世で世も末だ!

19世紀黒船キター!!日本欧米列強植民地にされるぞ!!

1904年日露戦争に負けたら日本滅亡だー!!

1920年代不況で娘は身売りせんとあかん昭和維新せな日本は滅亡や!

--

1945年大東亜戦争が敗北に終わるなんて!日本はもう滅亡だぁああああ

1950年日本でも共産革命が起きるぞ!ヤバイヤバイヤバイ

1960年:米ソ核戦争が起きて日本も巻き込まれるぞ!ヤバイヤバイヤバイ

第2次ベビーブーム:このままじゃ人口増加で資源と食料がヤバイヤバイヤバイ

1973年石油ショック高度経済成長が終わった!日本はもうおしまいだ!

1980年代ソ連アカが攻めてくるぞ!!攻めてくるぞ!!

1989年:今のバブル景気まやかしだ!道徳的堕落した日本は滅亡する!

1991年:そら見ろバブル崩壊した!!驕った日本人に罰が当たったんだ!!

1995年阪神大震災地下鉄サリン事件日本滅亡が始まったぞ!!

1998年北朝鮮弾道ミサイルを開発した!今すぐ戦争になるぞ!!

1999年ノストラダムスの大予言ガー

2001年911テロガー

2003年イラク戦争が第3次世界大戦のはじまりだー!!

2011年福島原発事故ガー

2017年4月4月中に北朝鮮戦争が始まる!!

2017年5月5月中に北朝鮮戦争が始まる!!

2017年6月以降:年内に北朝鮮戦争が始まる!!

2017年12月以降:来年北朝鮮戦争が始まる!!

2020年:○○で日本は滅亡する!!

2033年:××で日本は滅亡する!!

2050年:△△で日本はもうおしまいだー!!

2100年:■■が起きた!今度こそ日本は滅亡だ!!

3000年:◇◇で今度こそ日本オワタ!!

無限に続く予定

anond:20140314090759

1945年大東亜戦争が敗北に終わるなんて!日本はもう滅亡だぁああああ

1950年日本でも共産革命が起きるぞ!ヤバイヤバイヤバイ

1960年:米ソ核戦争が起きて日本も巻き込まれるぞ!ヤバイヤバイヤバイ

1973年石油ショック高度経済成長が終わった!日本はもうおしまいだ!

1989年:今のバブル景気まやかしだ!道徳的堕落した日本は滅亡する!

1995年阪神大震災地下鉄サリン事件日本滅亡が始まったぞ!!

1998年北朝鮮弾道ミサイルを開発した!今すぐ戦争になるぞ!!

1999年ノストラダムスの大予言ガー

2001年911テロガー

2011年福島原発事故ガー

2020年:○○で日本は滅亡する!!

2033年:××で日本は滅亡する!!

2050年:△△で日本はもうおしまいだー!!

2100年:■■が起きた!今度こそ日本は滅亡だ!!

3000年:◇◇で今度こそ日本オワタ!!

無限に続く予定

2018-01-18

大槻教授に暴れて欲しい事案

ミステリー好きの同僚がうるさくて困る。

個人的には預言ってあたらないと思う。

有名なところでノストラダムスの大予言とかだけど。

私は1999年人類が滅亡するなんて信じちゃなかったけど、それでも子供の頃から聞いていた話だけに、Xデーを迎えた時には心のどこかで「もしかしたら・・・」と思う気持ちがあった。

なんかどっかで「今日最後の1日かもしれないから悔いのないようにしよう」とかの気持ちはあったと思うのだ。

でも現実には何も起こらず、後から日付の解釈が違ったとかで色々言われてたけど、現在2018年になっている。

その間、マヤ文明カレンダーが途中で途切れてるからこの年で人類は滅亡するとか、未来から来た人が預言をしていったとか、色々な預言があったけど何れも外れている。

大体マヤ文明自体が滅びた民族文明であって、そしたらマヤ人はカレンダー制作だって途中になってた可能性はある。

未来人が預言した通りなら二度目の安倍政権にはならなかったはずなのだ

なのにまだ信じるか。

それは何の宗教か。

お前は韮澤か。

韮澤と言えば最近大槻教授が以前ほどの勢いで超常現象否定しないのがつまらんなあと思う。

下手なお笑いよりも面白かったのに、残念。

2018-01-03

ノストラダムスの大予言」の著者・五島勉氏が激白「謝りたい」

http://news.livedoor.com/article/detail/14104805/

UFO流行らせた男” 矢追純一81歳「空を見上げてほしかった」

http://bunshun.jp/articles/-/1784

子供の頃めっちゃ楽しみにしてたコンテンツを、後から本人にあれこれ言われるのは哀しいんだよね。

2017-11-23

ありふれたロジック過剰反応してない?

誤解されて批判された上にスター結構ついていたので補足説明します。

 

はてなブックマーク - 記者を名指しし「娘さんは慰み者になります」 百田尚樹氏に沖縄マスコミ労が抗議声明 - 沖縄タイムス+プラス

中国侵略されたらという前提での発言なら、「憲法改悪ネトウヨ徴兵されて死ぬ」等と同程度の発言で、

ゲスだが脅迫といえるか微妙。なのでどういう文脈発言か分かるように報道しろよ。

と書いたら上3つ目に

ネトウヨは、文脈によっては「娘さんは慰み者になります」と発言して良いと思ってんのかw

と書かれてしまいましたが、一応自分意見ネトウヨの総意ではないので参考までに。

 

自分百田氏の発言TPOわきまえてないし、あまり好きな言葉選びではないです。

ただ、ブコメでは百田氏の発言ロジックは、護憲派が持ち出すロジックと同じですよという指摘をしているだけです。

例えば22日配信の記事坂本龍一氏が次のように言っています

このままいくと、憲法改正です。

その後は、徴兵制になって、戦争に突っこんでいってーー。

あなたたちのお子さんが、兵隊に取られて死ぬんですよ、と。

百田氏と坂本氏どちらのロジックも単純にいつか未来あいまいで最悪の予想を披露して相手誘導するというありふれたものです。

 

そして素人経験則なんですいませんがこのロジックだと脅迫罪で捕まえるのは結構難しいと思いました。

例えば、フクシマ放射能で5年で人がバタバタ死ぬとか

ノストラダムスの大予言とかで売り出してた言論人が逮捕されたって聞いたことないですし。

よほど多くの人に高額商品買わせて霊感商法としてマークされてとか、

マインドコントロールして監禁して云々とか別の理由逮捕される方が早いかもしれないと思います

 

そもそも「将来何らかの原因でお前やお前の家族が不幸になる」という間接的な脅しじゃなくて

「お前の赤ん坊を、豚のエサにしてやる!」とか「こいつを自殺させるのが、当面の希望」とか

直接的な脅迫ツイートしていた新潟日報報道部長が逮捕されたとかウィキペディアにも書いてないのですから

世の中理不尽だと思いますが、自分はそんな認識です。

 

 

 

話は変わりますが直接的な脅迫で思い出しました。

ちょっと前に沖縄では【動画】基地反対派に警官が脅されて

その結果、警官が県外から派遣されたり沖縄防衛局とか工事関係者が顔を隠すようになって

【動画】基地反対派が囲んで無理やりサングラスやマスクを取ろうとしてたのだが

まれていた人は身の危険、すごい恐怖を感じていたと思うんだけど、

その当時の沖縄タイムスは彼らに寄り添うような報道してましたっけ?

土人発言の件を見ると若い下っ端警察官工事関係者権力と一体視してるし…。

 

それならマスコミ権力記者権力と一体視されても仕方ないわけで、

プライドがあれば基地関係者基地反対派にされたこと程度までは文句言えんだろうに、

ずっとショボい百田氏の発言沖縄県マスコミ労働組合協議会声明とは、

ああ、なんだか、もう…。

2017-09-16

anond:20170916232119

まずはさ、物事を疑ってかかり。

疑って、いや、問題ないとなってから信じな。

量子力学権威」とか言うが、量子力学勉強したんか?かじりでもやったか漫画でわかる量子力学クラスでもいいぞ。

軽くリンク踏んで「遺伝子がどうこう」と言ってる時に「量子力学権威」なんていう時点でおかしいと俺思ったぞ。

まるで、「仏教古典経典のみが価値がある」とかほざいてる奴が「ノストラダムスの大予言がどうこう」抜かしてる俺のおかんが入ってる新興宗教のようなな。

2017-05-21

1995年の凄まじさ

オウムに限らず、1995年は何とも怪しい年だった。

当時小学生で、妙な好奇心が強い年頃だったからか異様によく覚えていて、影響もかなり受けている。

しろ年明け早々には阪神淡路大震災3月には地下鉄サリン、夏には映画学校の怪談」、秋には新世紀エヴァンゲリオン放映開始だ。

その中でもやっぱり地下鉄サリン事件オウム真理教は印象的だ。

今では考えられないけど、朝から晩まで妙な新興宗教の変わった修行(水中で息止めるとか、生き埋めになるとか)やら洗脳ソングやら幹部高学歴っぷり(上位大学はほぼ揃ってたはず)が報道されてた。

テレビというのは当時メディア王様で、「テレビで堂々とやってるのなら」って感じで皆普通にオウムの話をしていた。

子供も影響を受けて、音楽の授業を真面目に受けて、放課後洗脳ソングリコーダー練習したりしてた。

しか学校の怪談ブームの真っ只中で、学校でコックリさんやったりオカルト話したり、テレビスプーン曲げやってたり。

オカルトマニアにとっては「あれ、俺たちマニアだけどマジョリティじゃない?」って思えるくらいの時代だったと思う。

から始まったエヴァにはキリスト教モチーフが沢山出てくるし(子供の頃は難しくて分からなかったけど)。

その後の97年の少年A事件、99年のノストラダムスの大予言など、90年代後半はとにかく世紀末というのがぴったりの世相で、今の若い人が惹かれるのも分かる。

僕もあの時代のことは妙に懐かしく、不謹慎ながら魅力的に思い出してしまう(思い出補正がかかってるだろうけど)。

何というか、アニメ世界観が現出しちゃった感じの世の中だった。

この「あっ二次元世界観現実に!」に近い感覚は多分ネット祭りなんだけど、最近は大規模な祭りあんまりないしねぇ。さてどうしたものか。

http://anond.hatelabo.jp/20170520102940

2017-03-16

地球温暖化とかで何百年後がどうこうとか言ってる連中の考えが分からんのよな

6.70年後とかならまあ医学が発達すればワンチャン自分も生きてるかもねえとは思うんだけどさ、100年より先のことまで考えてる人を見るとどうにもね。

今の科学医療の発達を考えれば流石に100年後は生きてないでしょう自分ら。

自分らが死んだ後に地球が滅び始めるからなんだってんですか。

わざわざ自分から滅ぼすような真似をしたり今すぐ地球が駄目になるような事をするのはそりゃアホのすることだとあっしも思いますがね、200年後の子どもたちに綺麗な地球を残しましょうみたいなのになっちゃうと付いていけませんわ。

死んでるんですよ自分ら。

人間は死んだら無になるもんです。

あの世には何も持ってけねえ。

地球を綺麗にしておきましたって思い出も消えちまうんだ。

それなら今自分が生きてる時間を楽しむのが正しいってもんでしょ。

世の中の爺さん婆さんを見なさいよ。

孫の世代ことなんて知ったこっちゃないと言わんばかりに好き放題やってる。

まああそこまで行くとどうにも生き汚くて見てられねえって気持ちもムクムク湧いてきますがね、それでもやれ云百年先になっても今と同じように暮らせるようにしましょうなんて頓珍漢な事言ってる連中と比べりゃまだ心根が澄んでるってもんだ。

云百年先の世界じゃその世界なりの生き方ってのがあるでしょうに、それが自分らの生きてきた時代と同じでないと困るだろうなんて押し付けですよ。

あいう連中が人工知能仕事を奪われたら人間は生きていけなくなって野垂れ死ぬみたいなピントをどこに合わせてんのかも分からん与太を口にするんでしょうかねえ。

地球温暖化なんてずっと昔から起きてるものですよ。

地球が温まる事が全く無かったら氷河期が来たまま今でも世界中シベリアになってらあ。

資源環境大事にするのが間違ってるとは言いませんよ。

でもね、とりあえず自分らの世代が生き残ることが出来る程度で十分って具合に考えりゃあいいじゃないですか。

どうせ次の世代に切り替わればその次の世代が尻に火を付けて頑張ってくれるでしょう。

まだまだ余裕のある世代が格好つけて頭捻っても見てくれだけのトンチキなエンバイロメンタリズムが飛び出してくるだけだ。

そんなのはどうせ政治家愛人貢ぐ金を取ってくるだけの隠れ蓑しかなりませんよ。

結果的にはお偉いさん以外は誰も得しない。

必要になる人間が本気に考えてこそ意味のある環境保護が生まれるもんでしょう。

オオカミ少年だかノストラダムスの大予言だか分からんような大言壮語を触れ回って募金を募ったりあれこれ規制するような真似はやめましょうや。

2017-02-22

少子化デフレってそんなに悪いことなん?

いや、理屈説明されれば、大問題だってのが頭では理解できるんだけど、一方で感覚的に「そんなに悪いことなのか?」と思っている自分がいる。

昭和の末期の頃まで、日本は狭くて資源もなくて、でも人口だけは多い国で、だからみんなが海外からウサギ小屋」と呼ばれるような狭い家に住んでいて、地獄通勤ラッシュにもまれ必死に長時間はたらかないといけなくて、「世界第2位の経済大国」とか言われてるけど、欧米にくらべればずいぶん生活の質がよろしくない、というようなことが言われてたような気がする。

中でも「国土が狭いのに人口が多い」のが結構問題だという共通認識があった。

から、少しくらい人口が減ったほうが、とくに都市部なんか暮らしやすくなるんでないの?という感覚が抜けないのだ。

仕事がない」「給料が上がらない」という人がいる一方で、「少子化労働力不足が問題になる」ってのも、なんか狐につままれたような気分になる。

あと、インドかいくと、そりゃもう人間があまりすぎて困っているのは明白なので、地球全体から言うと、これ以上人増えて大丈夫なんかな?とか。


あと、モノ値段がさがるのがよくないって言われても、やっぱり「同じものが安く買える様になるのなら、それに越したことはない」という素朴な感情が勝ってしま自分がいる。

デフレから給料が上がらない、インフレになれば給料も上がるっていわれても、そんなもん絶対給料が上がる」よりも先に「ものの値段があがる」に決まってんじゃん、って思ってしまうし。

少し話はずれるのだが、自分子供の頃はまだまだ「公害問題」ってのがいろいろ言われていて、実家の近くのドブ川なんてひどいものだったし、隅田川東京湾も、今よりずっと汚かった。

このまま良くと、ますます公害がひどくなって、いずれ地球ますます大変なことになる、といっている大人がいっぱいいた。

たびたび「光化学スモッグ注意報がでているので、外で遊ばないでください」なんてことがあるもんだから子供達もなんとなくそ感情を共有していて、当時の子供たちが「ノストラダムスの大予言」で盛り上がって、1999年地球破滅するんじゃないかと恐れたのも、その辺の感情の発露だったんじゃないかな? と思ったりもする。

幸い、地球破滅することもなく、ミレニアム騒ぎからもうだいぶたつのだが、東京の海や川や空気は、昔に比べると驚くほどきれいになった。

公害のせいで「ますます大変なこと」になんて、ちっともならなかった。

なぜか、「少子化問題」と「デフレ」について騒いでいる人をみると、あのころ公害ガー」と青筋たてていた大人たちを思い出してしまったりしている。

2016-07-26

http://anond.hatelabo.jp/20160726133817

小学生の時に「ノストラダムスの大予言」が流行ったなあ。

あのときは本当に信じていたので、数か月前から死刑宣告を受けているような気分だった。

そこから死は怖くなくなったね、今考えると。

2016-06-05

今の10代って世界崩壊アニメ共感できるの?

今の10代にとって世界崩壊フィクション世界でしょ?

それより上の世代にはノストラダムスの大予言があったわけじゃん

世界滅亡の危機だったわけじゃん。

この世の賞味期限みたいな概念を、割と多くの人が共有してたんだよ。

20世紀の末で、世界崩壊すると思ってたんだよ。

10の子にとって、

東西冷戦阪神淡路大震災地下鉄サリン事件さえも生前の話、

ノストラダムス2001年問題911テロの頃でも3〜4歳でしょ

いまの10の子が知ってる世界には滅亡する予定無い。

しかも彼らは、東日本大震災のせいで「崩壊してもなんとかやっていける」ことを覚えてしまった。

そんな子たちが世界滅亡「寸前」のストーリー共感できるのかな。

滅亡したあとのストーリーの方が、彼らにとってはリアリティがあるんじゃないかな。

2016-03-13

人工知能は近々宗教になる。既になってるのかも。

人類歴史は道具の歴史だった。

鈍器を作れば、人間が素手で殴るより力が出るし、破壊できないもの破壊することができた。

「素手」の時代が終わった。

火薬人間を超える力で、鉄の玉を投擲した。

蒸気機関は、人間や馬を超える効率で動き続けたし、人類やすやす超える「力」を提供した。

「力」の時代が終わった。

コンピューターが生まれて間もなく、人間の「演繹力」を超えた。

演繹力」の時代が終わった。

古代において知性の頂点であった系統学による「分岐分類」は、

いまやコンピュータによるクラスタリングで行われている。

「分類」の時代が終わった。

多くの「未来予測」はコンピュータ制御シミュレーションされているし、

アルゴリズムトレーディングも盛んに行われている。

大統領選挙ですら、専門知による予測よりもコンピュータ分析の方が正しい結果が出る。

未来予測」の時代が終わりつつある。

コンピュータによる音楽模倣は、20世紀の終わりには専門家区別つかないレベルになった。

記憶力」はGoogleなどの検索エンジンによって拡張された。

記憶力」の時代が終わった。

2000年代ディープラーニング発明され、徐々に結果を残し始めると人間を超える「認知」の力を手にいれた。

Alpha碁はメルクマールとして偉大だった。

碁は「演繹力」と「認知」の力によるゲームであり、それが人類を超えた。

とても素晴らしいことだ。

認知」の時代が終わるということなのだろう。

こうして加速度的に人類しかできないことが機械に置き換えられていくことの先に、

シンギュラリティ」を予測する人々がいる。

地球人類全員を合わせたよりも高い知性にコンピュータが到達する日だというのだ。

この日よりあと、コンピュータはより高い計算資源をみずから設計獲得し、さらに賢くなる。

その日よりもあとは人類理解できないスピード世界が発展していき、様々な問題が解決されるのだという。

これを渇望する人々の話しぶりは、一部プロテスタントの人々の渇望する「携挙」を思わせる。

ある日突然のキリスト復活とともに、信心深いものけが神の国にいき、残りの人々は終わることのない争いに巻き込まれるのだというものだ。

また、これはゴータマの入滅後の遥か未来弥勒菩薩が現れ、

人々を救うという弥勒信仰の類にも近い。

もっと俗っぽいものであれば、ノストラダムスの大予言人類が滅びるみたいのもそうだろう。

人類がまた何か人類よりも上手に行うことができる道具を手にするだけのことだ。

今までと何かががらっと変わるがある意味では何も変わらないかもしれない。それだけのことだろう。

だが、絶望が深いとその日が宗教的イニシエーションになる。

いつか来るその日のために人工知能に残すべき人類だと思われるように

Facebookに『ありがとう』と書くと善良な人間と思われて救われる」とか

Googleに1日5回の神への感謝検索しよう」とか

Wikipedia財団寄付すると徳が積まれる」とか。

「私はDeepMindにアクセスしてあなた未来を見ることができる。財産喜捨すれば、未来を書き換えれる」とか。

きっと今日のように、とても知的好奇心を掻き立てられて未来への希望が開くけど、

ちょっとばかり人類尊厳が減ったような気がするそんな日がさらっとやってくるだけだ。

2015-08-14

http://anond.hatelabo.jp/20150814192631

そのあたりはまだ何とも言えないと思う。ソース2ちゃんだしね。

気になっているのは2点

1.

十分な数の賞があれば、都合の良い賞だけ選び出す事で偽のダサイクルを捏造できる。

ノストラダムスの大予言みたいのでも良くある手法だよね。

せめて、デザイナー関連の賞の総数とそれに関わる審査員延べ人数がわからないと何とも言えないと思う

2.

普通権威ある賞は審査員もそれ相応の権威が求められる。

なので権威ある賞の受賞者と審査員は似通う傾向にある。

例えばノーベル賞フランクリンメダルディラック賞あたりの受賞者、審査員適当に組み合わせれば

偽のダサイクルを捏造できると思う。

2015-03-29

終末論信じてた人達ノストラダムスの大予言1999年説が外れて以降も普通に予言信じてるってさ

なんか占いが外れても奴は四天王の中では最弱くらいにしか思ってないのかもな。

そういう意味じゃ普段予言を信じずに普段通りの生活をしてる人達の方が高尚に思えるのに

何故か終末論が叫ばれるたび、予言者とその信奉者たちの違和感を見てると馬鹿馬鹿しいのに

何となく終末論を支持したくなってくるんだよな。

ノストラダムスの大予言が外れてもなお大予言に縋り続ける哀れな子羊たち。

うーん、この負の連鎖を断ち切る事は不可能なんだろうか。

から恐れ多いと思うのかもしれん。

2014-06-06

知られざるファミコンクソゲー打線組む

最近増田でも打線組む投稿散見されるので、マイナーどころのファミコンクソゲーで組んでみよう。

家庭用ゲーム機の出現から30数年、携帯ゲーム嚆矢となる携帯アプリの出現から10数年。クソゲーを語る文化もまた成熟しつつある。

そうした文化にこの文章が影響を与えられるとは到底思えないが、まぁ見て楽しんでもらえたら嬉しい。


1遊 光の戦士フォトン

擬似的な3D空間を探索するゲーム主人公が腰の悪そうな歩き方をし、移動も遅い。上にしかビームを出せないくせに敵が横からもくる。ヒントも意味不明音楽も気持ち悪いし壁が目に悪い光り方をする。タカラが生んだ先駆的クソゲー

https://www.youtube.com/watch?v=tL71-Hsh9lo


2右 明治維新

坂本竜馬操作して明治維新をおこそう。前半がアドベンチャーモード薩長同盟を締結し、後半が戊辰戦争シミュレーションアドベンチャーモード中岡慎太郎が強すぎて竜馬を使うことはない。シミュレーションモード新政府軍が弱過ぎて板垣伊藤が隣の藩の雑兵に殺されるレベル。そして何故か生きて戊辰戦争に身を投ずる坂本史実とは?

http://nicoviewer.net/sm4286007


3三 ゴーストバスターズ

糞。ゴーストバスターズロゴがあるだろ。禁止マークゴーストが収まっとるあれだ。あれを動かすゲームなんだぜ。これ。

https://www.youtube.com/watch?v=YxJNXahpPHc


4一 tao 

ノストラダムスの大予言後の世界を旅するRPG。最終的に天道という実在する新宗教帰依せよ、という結論に至る怪奇ストーリー宗教的神秘主義的な世界観は独創的ですらあるが戦闘は連打ゲーであり移動は何故か恐竜で行なう1989年という時代性、今よりももっと精神信仰や信奉というものが身近だった、すなわち「オウム」以後に忌避されるようになった若者スピリチュアルものへの傾倒の時代象徴するクソゲー。こうした意味で、もう現れない時代性を反映した記念すべきクソゲーなのだ

https://www.youtube.com/watch?v=H_rYG_ZM4Oo


5中 覇邪の封印

ファミコンパスワードは長い。特に長いものにこの『覇邪の封印』と『ドラゴンクエスト2』とがあるが、その評価には著しい格差がある。主人公に付いてる妖精性格が悪く、ヒロイン憎悪しておっさんを贔屓する。悪徳商人を殺す王道ファンタジーRPG

https://www.youtube.com/watch?v=aKe7yIqj4TY


6二 大怪獣デブラス

まんこれは名作だ。ゲーム歴史上、「攻撃して倒すゲーム」が主流のなか「最後まで守りきる」ゲーム。そしてかなり難しい。それゆえクソゲー揶揄されるが、本当はとってもソリッドなゲーム女の子かわいいし、実際難易度も凝りに凝っている。

https://www.youtube.com/watch?v=cBmHNRZBZsY


7捕 夢幻戦士ヴァリス

マップと実際の道路が合っていない。マップ見ないで画面で覚えようにも、道路が変なところどうしで繋がっている。プレイヤーマップと実際の画面とを総合して、自分の心の中でゲーム空間イメージせねばならない。

https://www.youtube.com/watch?v=L2ABLQKHHCU


8左 ゴルビーパイプライン大作戦

プーチン領土欲を露骨に発露する2014年現在、再評価も求められるゲーム。なぜか水道管を東京モスクワ間で結ぶ。石油じゃねえのかよ。このゲームゴルビーまり関係ないのにゴルビー肖像権ロシア大使館に申請し、許可されている。なぜロシアも許可したのか。失敗すると可愛い女の子投身自殺する。

https://www.youtube.com/watch?v=AC0IKZet0Ds


9投 パリダカールラリースペシャル

パリダカに出るために車を調達するところから始める。途中野生物を倒したり、内戦中と思しきアフリカ国家を通る。荒唐無稽な出来なのだが、どこか「これがパリダカ雰囲気か」と思わせる説得力があるクソゲー。もちろん現実のものとは全然違うんだけど。音楽がかっこいい。

https://www.youtube.com/watch?v=_-tYJwqMWI0

2012-10-25

草案教養人が知っておくべき本26冊!

作ってみた

誰か追加してくれ。

 

勝間和代『結局、女はキレイが勝ち』

勝間和代『断る力』

茂木健一郎クオリア立国論』

竹内一郎人は見た目が9割

Jamais『A型自分説明書』(B型でも、AB型でも、O型でも可)

渡辺淳一鈍感力

美嘉『恋空

新谷 弘実『病気にならない生き方 -ミラクル・エンザイムが寿命を決める』

斎藤澪奈子『超一流主義』

高塚猛『抱擁力―なぜあの人には「初対面のキス」を許すのか』

岩崎夏海もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』

森昭雄ゲーム脳の恐怖

齋藤 智裕『KAGEROU』

韮澤 潤一郎『宇宙人はなぜ地球に来たのか』

宜保愛子宜保愛子幸せを呼ぶ守護霊

五島 勉『ノストラダムスの大予言

矢迫純一『人類地球人だけではなかった』

西丸震哉『41歳寿命説』

ジョン・コールマン300人委員会

細木数子大殺界の乗りきり方』

澤口 俊之, 南 伸坊『平然と車内で化粧する脳』

品川嘉也『頭が突然鋭くなる右脳刺激法―見たもの20秒で完全記憶できる』

杉村 太郎『絶対内定

江本勝水からの伝言

できるシリーズ編集部『できる Xbox 360 (できるシリーズ)』

2010-09-12

7年前に書いた文章が発掘された

やっと80年代回帰が始まった。この分だと、90年代回帰が始まるのは、2010年頃になるだろうか。

ラジオから流れてくる80年代ポップスカバー曲を聴きながら私はそう思った。

2010年。私が25歳になる年。同じ世代の大半の人がおそらくそうであるように、私は25歳の私を想像することができない。21世紀に入ってからというものの、時間感覚が酷く曖昧で、今18歳であることすら、実感が湧いてこないのである。

1995年と聞くと、つい最近のことに思えてしまう自分がいる。2001年地下鉄の延伸。2002年サッカーワールドカップ日韓共催2004年アテネオリンピック開催・・・。小学生の頃教科書に載っていた未来の予定が、どんどん既成事実になっていく。あの頃の私には教科書の中の未来はどれも実現不可能なことのように思えたのに・・・。

ノストラダムスの大予言について、あれほど熱心に議論を交わしていた人々は一体何処に消えたのだろう?

ノストラダムス予言の年、私は14歳だ。結構生きられる、と思っていた。そして1999年7月1日ニュースでは、アナウンサー笑顔で「さて、この世界もあと一ヶ月になりました」と言うはずだと思っていた。まるで年の瀬ニュースのように・・・。

人々は世紀末という言葉を忘れた。21世紀という言葉も、昔ほど使われなくなった。70年代80年代のことはよく話題にのぼるのに、今が何年代と呼ばれるかについては、誰も口にしない。

物心がついてから10年余りが経った。総理大臣は何人代わっただろう。冷夏は何回あっただろう。巨人は何回優勝しただろう。

私たちの世代は昭和最後の一人になりうる。何歳まで生きたら、昭和の最期を見届けられるのだろう。明治はもうすぐだ。大正もすぐ後を追う。多くの人が愛した昭和が完全に歴史の中に入るのはいつのことだろう。

歴史は巨視的に見れば円軌道を回っているだけにすぎないのかもしれない。人はその一切片を直線であると思って生きていくしかないのかもしれない。

2010-08-15

CASSHERN~なぜキャシャーンは人を激怒させるのか?

 なぜキャシャーンは人を激怒させるのか?

 単に、紀里谷和明監督への嫉妬か、妬み・嫉み・恨みなのか。

 しかし、例えば僕などは日記をみてもらえれば判るようにキリキリ監督尋常ではないレベルの妬み・嫉み・恨みを抱いているが、それとこれとは別で、「CASSHERN」という映画じたいは素晴らしく面白い!と手放しで絶賛してるし、一発目でいきなりこんな凄い映画を作れてしまう紀里谷監督リアルに天才なのでこれからも凄い映画を作り続けてほしいです!と応援してしまうのである。

 つまり嫉妬の要素というのは、この際、さほど重要ではない。

  CASSHERNは、人間感情の、何かこうクリティカルな部分を直撃する映画なのだ。それゆえに、そのクリティカル・ヒットを受容できる人はハマるし、受容できない人は切れるのだろう。(受容はできるけど、もうこの手の話は飽きた、という人もいるだろう。しかしそのような人は、呆れ果てることはあっても、切れたりはしない)

 CASSHERNクリティカルさというのは、そう、ブライセリフに集約されている。

「つまり、憎しみとは、人間也!」

 さらに、キャシャーンキャシャーンで、「人間が生きていることじたいが、人を傷つけることになる」という意味モノローグを語っている。

人間の性は、悪だ(人間性悪説

人間は、生きていることそれじたいが罪悪だ(原罪論)

 これはキリスト教的な「罪」の論理であり、無神論が主流の日本では受け入れられる余地の少ないテーマといえる。性善説ベースとなっている日本でいきなり「お前の存在じたいが罪だ」といわれれば、切れる人が多いのも当然だろう。しかもこれ、漫画映画である。「敦煌」とか「砂の器」じゃないのである。アニメだよ、キャシャーンだよ。なんで漫画映画で、そんな説教されんといかんねん!という人もたくさんいるはずだ。

 しかも、紀里谷は、これらの作品のテーマを、役者にセリフとして語らせてしまうのである。これがまた、この類のテーマを受容したくない人にとっては、許しがたい行為なのである。セリフで語りさえしなければ、スルーできたはずだからだ。人間は、自分の見たいものしか認識しない。従って、通常、映画を観ていても自我を脅かすようなテーマが提出されても、その部分を認識せずにフィルターをかけて消してしまうことができる。しかし、「言葉」で投げつけられてしまうと、そうはいかない。紀里谷は確信犯的にこの映画を観た全ての人間

「憎しみとは、人間也!」

 というテーマを強制的に植えつけることによって、この映画テーマを曲解される可能性をふさいでいるわけだ。

 このテーマを容認できない人にとっては、監督独善、ということになるのだろう。

 

 さて、この映画は、キリスト教的な救世主の受難を描いている。

 伊勢谷友介が演じる東鉄也は、一度死ぬが、LCLのようでもあり命のワインのようでもある赤いプールに肉体を沈められることにより、再び復活する。この赤いプールの中で行われる復活劇は、あたかもパプテスマのヨハネによる洗礼儀式のようでもある。この復活により、鉄也は自らを救世主キャシャーンと名乗ることになる。もちろん、上月博士三橋達也演じる老医師、鉄也の母みどりの幻影などが、復活した鉄也に「君の復活には、何か意味があるはずだ」「この街を守れるのか」「人々の争いを止めるのです」と、鉄也を救世主の道へと導こうとアシストするわけである。

 しかし、鉄也は救世主キャシャーンとなっても、奇跡を起こすことはできず、人々はみな挫折して死ぬ。そして鉄也自身も傷つき、血まみれとなっていく。鋼鉄の扉の隙間からバラシンに刀で心臓あたりを抉られるシーンは、あたかも十字架にかけられたイエスのごとくだ。

 しかもキャシャーン抽象的に人類の業を贖罪するという存在ではない。鉄也自身が生前、殺人という罪悪を犯しているのだ。「反戦映画」ともうけとられがちなこ映画は、実は、戦争だけに反対している映画ではない。「人間存在そのものが罪だ」というテーマをもっとも端的に表現できる場こそが戦争という極限状態なので、戦場における戦闘の結果としての殺人という光景が何度も繰り返されるのだ。

 最後に鉄也は戦場で犯した自らの罪業を認識して、懺悔する。

 が、この映画の恐ろしいというか念入りなところは、懺悔したはずの鉄也がさらにダメ押しともいうべき父殺しという罪を背負うことである。母親を寝取り、父を殺すというのは、いうまでもなくエディプス・コンプレックスなのだが、鉄也は最終的に父殺しを達成することによって、人類の原罪をことごとく背負って自殺することになる。

 では、鉄也の懺悔無駄だったのか? そう、無駄だったのだ。この映画テーマは「憎しみとは、人間也!」なのだから。従って、鉄也は、キリストの如く原罪を背負って血に塗れ、死んでいくしかないのだ。キリストと違う点は、人類の原罪を肩代わりしたのではなく、自ら原罪を犯して死んでいくという点だけだろう。もちろん鉄也は単なる殺人犯というわけではなく、「戦争」や「愛する人を殺した殺人犯への復讐」といったどうしようもない事情がある。決して、悪意で殺人を犯したわけではない。人間存在そのものが悪なのだから、生きる限り、どうにもならない、どうしようもないのだ…したがって、救世主になるべくして復活させられた鉄也の地獄巡りは、ドアーズ「The End」の如く、母を寝取り、父を殺して完結する。「地獄の黙示録」を参照するまでもなく、フロイトの絶対的な影響下にある現代のキリストは、エディプス・コンプレックスの持ち主でなければならない。フロイトによれば、エディプス・コンプレックスこそが、人類の原罪意識の大本にあるのだから。

 さらに、鉄也の父親・東博士が下層階級の出身であったことも最後に明らかになる。東博士は下層階級出身でありながら、政府側について少数民族を抑圧する側にまわり、最終的には鉄也の最大の敵となる。このあたりも、なにやらイエスキリスト物語を髣髴とさせる。

 だから、キリスト教圏では、この映画日本からやってきた現代の救世主譚として評価されるかもしれない。

 過去に、日本アニメ映画では似たようなテーマが何度も描かれている。いうまでもなく「イデオン」と「エヴァ」がそれだが、エヴァでは、主人公のシンジ救世主となるべく人類の原罪を背負う……という流れの物語だったはずが、最後にシンジ人類の原罪を背負わずに話が途切れてしまった。「エヴァ」は、「人間の性は、悪だ」という自らのテーマに向き合うことができなかったのである。キャシャーンは、エヴァと非常に似た構造映画であるが、主人公の手を父親の血に染めさせることによって、エヴァが途中で放棄したテーマを完結させた作品であるといえる。

 もう一つ、近作で似たような映画がある。それは「マトリックス」だ。この作品は3部作だが、それぞれ救世主ネオ誕生・生・そして死を描いている。ネオもまたキリストの如く、一度死んで復活する。だが、最後には人類の原罪を背負って死ぬ道を選ぶのだ。終盤、ネオは目を焼かれて失明し、エディプス王の如く盲目となる。機械触手に支えられて死んでゆくシーンは、やはり十字架にかけられたイエスを髣髴とさせる。

 ただ、マトリックスは「何も語らない」「観客に考えさせる」というスタイルを貫いたのに対して、キャシャーンは「全てをセリフで語りつくす」「観客に議論の余地を与えない」というまったく逆のスタイルで作られている。このスタイルこそが、一種の押し付けがましさ・説教臭さ・青臭さ・傲慢さと受け取られ、反発される一因になっているのだろうと思う。だが、この説教臭さ、愚直なまでの必死さこそが、かつての邦画ひとつの魅力だったのではないだろうか。邦画黄金時代には、説教映画が多数製作されていた。「新幹線大爆破」の宇津井健のウェットな説教や、「ノストラダムスの大予言」や「人間革命」で丹波哲郎が繰り出す強引極まりないオレ流説教。かつて、日本人はこれらの説教映画で感動して泣いていたはずである。みんな、かつては馬鹿だったのだ。

 80年代以後、邦画から泥臭さが消えていくとともに、邦画の魅力は失われていった。特に、角川春樹逮捕ホイチョイ・プロダクション的なテレビ局誘導の企画映画のブーム化以後は、有能な監督には集客力が無く、大作はどれも質を伴わない、という状況が長らく続いていた。例えば、世界レベルで評価されている黒澤清三池崇史が、「デビルマン」を監督させてもらえないのである。宇多田ヒカルの夫であるということ以外、ほとんど映画界では実績が無く、世間にもあまり知られていなかったPV監督が従来の邦画システムとはまったく無関係なところで突然作り出した「CASSHERN」は、そういう硬直した邦画とりまく閉塞構造をいきなり破壊した作品といえるのだ。

 無論、システムの面だけではなく、愚直なまでに真剣かつ本気というそ姿勢もまた、古くて新しいスタイルではないかと思われる。むしろこちら(熱さ)のほうが重要で、80年代から長らく続いていたシラケ世代は2001年あたりを境に終息しつつあり、70年代を最後に滅んでいたはずの愚直な熱さが求められる時代が復活しているのだ。アントニオ猪木が「馬鹿になれ」というフレーズカリスマ化したのも単にジャイアント馬場がいなくなったからというだけではない(主にプロレスと関係ない人たちに猪木が評価されているのだから。むしろ保守的プロレスファンは旧来のプロレスシステム破壊する存在である猪木を嫌っている。このあたり、CASSHERNの評価とも重なってみえる)。「馬鹿になれ」という熱くて愚かで泥臭い姿勢こそが、閉塞しつつあった日本の気分にマッチしていたのではないか。

 従来なら「大人げのない幼稚な愚直さ」と嘲笑のネタにされるような熱いキャラクターカリスマ化していく作品としては、「最強伝説黒沢」というコミックもある。この漫画の主人公の黒沢は、中学生と本気で決闘するようなどうしようもない中年なのだが、その必死さ、熱さが、周囲の人間(主に、シラケきった若者世代)の心をわしづかみにしていく、というストーリーのようだ。

 すでに我々には、冷笑や嘲笑で生きていけるほどの余裕が無いのだろう。すべてから距離を置き、自我を脅かすものすべてを嘲笑して生きていくライフスタイルは、「勝ち組」「負け組」が明確化されてしまった現代日本ではもう限界なのだ。そうなれば、道は二つ。「感動など、無い」「自分には何の値打ちもない」という悲惨な現状に気づいて、馬鹿になり、泥にまみれて足掻く道。もう一つは、「自分がこうなったのは、すべて、外部に責任がある」と犯人探しの旅に出る道だ。

 僕がCASSHERNを支持するのは、紀里谷監督製作姿勢そのものが、前者の道を示しているからだ。紀里谷の才能を持ってすれば、もっとソツなく、映像美とアクションに徹した娯楽映画を作ることだって可能だったはずだ。だが、あえてこんな熱くて泥臭くて人に嫌がられる映画を作ってしまった。というより、作らざるを得なかったのだろう。その過剰ともいえる熱さが、CASSHERN賛否両論喧々諤々と騒がれる原動力となっていることは疑いない。こんな熱い邦画は、しばらく見なかった。いったい、いつ以来なのだろうか。

 そしてこの映画テーマもまた、後者の道…「犯人探しの旅に出る道」を遮断するべくして設定されている。そして紀里谷は、それでも「犯人探しの旅に出る道」への抜け道を探そうとする人間に、抜け道すら与えない。テーマをそのままセリフとして喋らせることによって。つまり紀里谷にとっては、作品の映画としての完成度よりも、テーマを訴えることのほうが重要だったわけで、紀里谷はここでも熱い。

 このCASSHERNがどうしようもなく発散させている愚直さ、熱さこそが、実は人々に求めらていたのではないか、と思われるのだ。この映画は、冷笑させることを観た人間に許さない出鱈目な熱さを持っている。いやまあ突っ込みどころはあまりにも満載なんですが…あちこち破綻しまくってるし。だが、それだけでは絶対に済まされない映画なのだ。だからこそ、嘲笑で片付けられる人間よりもマジ切れする人間のほうが圧倒的に多いわけなのだ。僕は紀里谷監督に、もっともっと熱い映画を作り倒してもらいたい。僕自身は、熱さは持っていても、作品を作る社会的能力が皆無なので……。

(04/5/1 本田

2009-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20091230063637

末法思想というのがあってだな、平安時代の終わり頃、仏教でいう末法解釈は色々あるけどノストラダムスの大予言みたいなもんだ)が来たという考えが広まって庶民はムチャクチャをやったのさ。

2009-06-12

東浩紀こそノストラダムスの大予言にあらわれし「恐怖の大王

キバヤシ「先日、『あずまんが大王』の新装版が発売された」

隊員A「そうだな」

隊員B「絵変わりすぎだろ」

隊員C「ちよちゃんかわいいよちよちゃん

隊員D「しかしなぜこの時期に?」

隊員A「確かに。『あずまんが大王』は現在にいたるまでの萌え4コマブームの端緒となった偉大な作品ではあるけど、「今復刊しなければならない理由」なんてないよな……」

隊員D「作者がメディアワークスケンカしたとか、なんらかのメディアミックスがあるとか……」

隊員A「そういう話も聞かないな……」

キバヤシ「ヒントは『東浩紀』だ」

隊員D「?」

隊員A「そ……そうか…」

隊員A「そういうことだったのか……」

キバヤシ「どうやらわかったみたいだな……」

キバヤシ東浩紀は恐怖の大王だったんだよ!!!」

隊員D「東浩紀が……恐怖の大王……?」

キバヤシ「彼が『存在論的、郵便的』でサントリー学芸賞を受賞し一世を風靡したのは1999年のことだった!」

キバヤシ1999年といえば、ノストラダムスの大予言に記された恐怖の大王降臨する年!」

キバヤシ「そして遡ること数ヶ月前、1999年2月には『あずまんが大王』が連載を開始している!」

キバヤシ「このマンガの題名には重要暗号が隠されているんだよ」

隊員C「どういうことだ!キバヤシ!」

キバヤシ「あまりにもあからさまなメッセージで、いままで気がつかなかったんだ……」

あずまんが大王

「あずまん が 大王

東浩紀 が 恐怖の大王

キバヤシ「つまり!!」

キバヤシ「『あずまんが大王』は思想界における恐怖の大王東浩紀の出現を予告したものだったんだよ!!!」

      _人人人人人人人人人人人人人人_

        >    な なんだってー!!    <

        ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

キバヤシ「その『あずまんが大王』が10年の歳月を経た今年、新装版として発売される!」

キバヤシ「これは東浩紀2009年になにか大変なことをしでかすという新たな予言としか思えない……」

隊員B「まさに恐怖の大王の再臨だな……」

つづかない

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