「セラピー」を含む日記 RSS

はてなキーワード: セラピーとは

2022-07-26

https://anond.hatelabo.jp/20220719145503

占いセラピーとして弱すぎるため、当たっているとか外れているとかの本質から外れた瑣末な事に目が向きすぎるからためにインチキと誤認されているためではないでしょうか?


個人占いとはセラピーである認識しており、いわゆる「頭皮マッサージ」とか「足つぼマッサージ」と言ったような、

効果があるんだかないんだか良くわからんが、なんとなく気持ち良いし、まぁこれはこれでアリか」

といったような楽しみ方をするものだと思っています


しかしながら占い身体へのマッサージとは異なり、触覚で認識できるようなものではなく、また、当たっているとか外れているとかの、

明確な定義付が行える結果が出てしま構造が故に、本来目的であるセラピーとは外れた結果だけが着目されてしまう側面をもっています


男性女性の脳の構造に由来するものなのか、はたまた性別関係無く、成長過程における認知形成差異によるものなのかは未だ解明されてませんが、

いわゆる男性は直接的な皮膚刺激や視覚聴覚に過敏に反応する一方で、弱い、もしくは直接的ではない精神的な刺激に対する認知女性比較して弱いです。


よって、男性の目に映る占いとは、占い本質から外れた当たっている・外れているの直接視覚確認可能な結果がほとんどであり、

論拠なき妄想・もしくはアジテーションとみなされるし、それを信ずるものも等しく愚かしいと判断されているのだと思います

2022-07-19

anond:20220719145503

1994年の松本サリン事件や翌年の地下鉄サリン事件が起きてから、その手の話は取りあえず警戒するようにしている。

オウム信者勧誘していたのはヨガ教室だったことは公然事実からね。

2000年代初頭に入ってから、今度はヨガ癒しセラピー流行っているのを見ていると、もう過去惨劇のことは忘れちゃったのかな。

2022-07-10

ベガーアベガー死んでもアベガ

左派凋落の原因を鋭く指摘するエントリはいくらでもあったよね

それでも参院選開票当日のホッテントリはアベガーの話題しかない

結局お前らはマウント欲と投石欲の奴隷しかなかった

日本を取り戻す」以上に魅力や訴求力のあるヴィジョンを示すというド本命ミッションから目を背けてグループセラピーやってる場合じゃないのよ

2022-07-04

anond:20220704172638

同性愛者を治療しようなんてのは何世紀も前からある考えだし実施もされた

セラピーや投薬治療電気ショックや脳手術とか同性愛者は色々やられてきたよ日本でもやってた

でもうまくいかねんだわ


ロリコン障害者から差別するなって主張してる人権団体もいるよ

独自調査によればロリコンは脳に健常者と違う部分があるんだと

ロリコンは目が見えない人や手足のない人と同じように差別してはいけない存在

足のない人に義足を与えるようにロリコンにも治療を施すべきだって

自分は正常であり異常者を矯正しなきゃって考えてる人間って怖いね

2022-06-07

anond:20220607212231

マンションどうこうじゃなくて嫁さんの器質の問題では。

些細なことに囚われて気持ち良く生きられないのは幼児性なので、何か嫁さんの成長につながるセラピーとかがあると良いね

2022-06-05

anond:20220605151625

金のためだけに出来る仕事じゃないぞ。だからこそお金問題が付きまとうんだ

教育SNSで大暴れしてる大学バカ教授どもを除いてそうだぞ

利他精神奉仕精神がある人はお金の受け取りを拒否しがちだそうだ

 

これは海外でも同じ傾向で Financial Psychology と書くが、投資心理ではなく、

自身の不合理なお金の信念に気付き/手放し、お金との付き合い方を健全しましょうという主旨のセラピー

対象になってたりする

「金ですべて解決できる」なら億万長者に悩みはないはず?|大富豪ばかり相手にする心理学者の洞察クーリエ・ジャポン
https://courrier.jp/news/archives/87220/?ate_cookie=1569731540


健全ではないお金に対する信念として、


お金回避
(教育レベルが高い人/福祉系に人にありがち。十分な報酬を受け取らない。むしろ無意識的に拒否する)

お金の崇拝
(そのまま。稼げば稼ぐほど幸せになると信じており、それと同時に自分は充分な額を稼げないと信じている。高額商品を購入したり買い物依存症だったりする傾向が強い)

マネーステータス
(自己資本年収自己価値イコールで結び付ける)

・ドケチまたは病的な貯蓄屋
(お金に対し異常な警戒心を持っている。いくら貯蓄しても永久安心出来ない)


 

2022-05-24

anond:20220524095343

死にたい人に必要なのはセラピーであって、わざわざ発言内容を出版したりネットで紹介したりすることではないと思いますけどね

2022-05-12

anond:20220512135148

実際「誰が言っているか」の意義は薄くなっていってると思う。

以前なら過激なツイフェミミサンドリストに対し、

そいつらが「フェミ」の看板を揚げていれば一定擁護が入ってたけど、

今後は

「どうせ青識のなりすましだろ」

みたいな感じで切り捨てられるのだから

“抱えてる”女性による発言なのか、フェミ貶めるためのなりすましなのか、

その区別本質的無意味

それこそセラピーSNSでやるもんじゃない。

2022-05-06

中絶禁止の流れへの反論への反論の何がおかしいのか

おい増田、要所要所に嘘を混ぜるのはやめろ。地金が出るぞ。

プロライフ派は強姦中絶禁止を本意としていない」という嘘



とはいえ強姦の結果としての妊娠出産まで強制するのはプロライフ派の大多数にとっても本意ではない

ローvsウェイドの司法判断が覆された場合保守的な22州で、速やかに中絶禁止州法法律化される見込みだ。そして、そのうち半数の11州ではレイプ近親相姦例外的許可する緊急避難条項が含まれていない。レイプだろうと近親相姦だろうと、6週目以後の中絶犯罪になるだろう。「強姦の結果としての妊娠出産まで強制すること」がプロライフ派の大多数にとって「本意でない」なら、そんなことになるわけがない。

そもそも増田の主張からすれば、「レイプによって生まれる子だったら中絶してもよいのだ」という結論は到底導けないはずだ。

①男女双方が妊娠出産に到る可能性についても含め合意のもとでなされた性交による妊娠

妊娠を望んではいなかったが合意のもとでなされた性交による妊娠

レイプ(forcible rape)による妊娠

この3つのパターンで、妊娠した胎児人権にどう差が付くというのか? 親が誰だろうと、妊娠に到る経緯がどうであろうと、子の人権多寡軽重には何ら関係がない。とにかく生んでもらって社会的ケアすべきだ、ということに当然なるはずだ。だが、この件についてだけは「性的被害記憶と結果が多大な負担と共に長期化し、心身ともに女性生存レベル危険に追い込むことに他ならない」という、母親の心身の危機への配慮みたいな話が持ち出され、しかも母の「心身の生存レベルでの危険」なる抽象概念保護が、子の生存権を上回るかのように設定される。場当たり的で卑怯な取り繕いだ。

米国キリスト教右派福音派右派南部バプテスト派など)はそんな姑息な誤魔化しは使わず、堂々と「強姦でも中絶禁止だ」と主張している。だから22州のうち半数が、強姦に関する緊急避難条項を盛り込んでいない。

ちなみに米国プロライフ推進派の内輪で、中絶禁止倫理的指針をめぐって議論になることが多いのは、レイプよりもむしろ近親相姦のほうだ。(彼らの聖書理解においては)レイプ聖書に反しないが、近親相姦は(中絶と同じく)聖書に反するからだ。つまり堕胎近親相姦聖書教義同士の衝突だから議論が紛糾するのだ。このことひとつ取っても、プロライフが「人権原理」を重視する人々ではなく宗教右派によって駆動されている運動だということがわかる。

「より人権原理的な立法措置が、アメリカヨーロッパでも徐々に取られつつある」という嘘



>私は、強姦案件での中絶合法、それ以外は違法、とするのが妥当だと思うが、その妥当な落としどころが「女性身体権の絶対性」主張派とは築くことが出来なかったがために、より人権原理的な立法措置が、アメリカヨーロッパでも徐々に取られつつあるのが現状である、と言う認識である

ここまで一回も出てきていない「ヨーロッパ」という言葉が(あたか中絶禁止先進国の潮流であることを印象づけるかのように)唐突に顔を出すが、EU27ヵ国のうち中絶を法的に禁止しているのはマルタポーランドだけだ。

https://ifura.net/abortion-in-europe/

マルタでは国民の98%近くがカトリックと言われ、2011年まで離婚する事は違法でした。ヨーロッパ人口妊娠中絶に最も厳格であるマルタでは、例え母親生命健康状態危険が及ぶ可能性があったり、胎児異常の可能性が高い場合近親相姦、望まない妊娠強姦など)他であっても一切の例外は無く、中絶をした本人や補助をした人(医師など)は、最長3年の懲役が科される(マルタ共和国刑法第241条他)があります

ポーランドでは2020年10月22日憲法裁判所が下した、「胎児異常でも、中絶する事は違憲」との判決により、実質的にほぼ全ての人工妊娠中絶禁止されていますポーランドでは強姦近親相姦母親生命及び健康リスクがある場合のみ、人口妊娠中絶が認められます



まり宗教保守が圧倒的に強い国での旧弊法制と、近年になって右傾化保守回帰が進んだ国での反動的法制化だ。米国もまた〈点〉としてのリベラルな都会を、広大な〈面〉としてのコンサバティブ田舎が取り巻く二重国家だ。そして、後者田舎保守回帰と反リベラルが進んだ結果としての、プロライフの再炎上なのだ

こういう事実をわかっていて(増田はわかっているはずだ)、どうして「より人権原理的な立法措置が、アメリカヨーロッパでも徐々に取られつつあるのが現状である、と言う認識」に到るのか。本気で書いてるなら増田は相当頭がおかしいが、本心ではないのだろう。とりあえず読み手を騙せればいいと思って、適当書き飛ばしている。

アメリカでも欧州一部国家でも、プロライフを推進しているのは主に宗教保守派(福音派南部バプテスト派保守的カトリックなど)と、必ずしも宗教的背景を持たないが宗教保守連携する保守的政治勢力(トランピスト・銃規制反対派・反連邦主義者白人優越主義者・ネオナチなど)だ。彼らの大多数は「リベラルによる社会破壊陰謀」を食い止めるための象徴問題として中絶マターを扱っている。

米国プロライフ派の中にはConsistent life ethic派という比較中道的な宗教運動もあり、ここはとにかく人命尊重という倫理を徹底し、死刑反対・暴力反対・安楽死反対・薬物濫用反対・戦争反対難民救済・人種差別反対・マスク着用推奨など、「人が死なない」ことを基本原理とした運動を展開する中で中絶反対という立場を取っているが、上記に列挙した方針を見ての通り、「人命尊重」を追求した結果リベラル的な色合いも強くなってくるため、プロライフの主軸である宗教右派とは折り合いが悪く、プロライフ運動の中ではほとんど力を持っていない。

もし本当に「人権原理」を重視する層がプロライフを推進しているなら、彼らは同時にLGBT人権なども容認擁護していてもおかしくないはずだが、実際にはプロライフ推進派の大多数は、苛烈LGBT批判し、セラピーで「回心」(reparative therapy)させ、時には法的に禁止しようとすらしている。BLM運動についても、当然批判側に立っている。だからこういう皮肉めいたコラム(「あれれ〜? プロライフ人達黒人人権について無関心だったりBLMを陰謀論扱いするのって何かおかしいよね?」)↓が成り立つ。

https://loyolamaroon.com/10029377/oped/pro-life-means-supporting-the-black-lives-matter-movement/

ちなみに米国には、中絶実施する医療機関医師に対して暴力テロ行為を行うArmy of God(神の軍隊)というクリスチャン団体があり、中絶実施するクリニックを爆破したり、炭疽菌だと言って粉末を送り付けたり、医師誘拐殺害したりしている。

https://en.wikipedia.org/wiki/Army_of_God_(United_States)

こんなことは、望まない妊娠中絶に対して賛否どの立場を取るかに関わらず、プロライフプロチョイス議論の初歩であって、米国での中絶禁止について解説しようとする増田が知らないはずがないのだ。知ってることをあえて書かず、嘘も交えて、事実とは違う印象を与えようとするのは本当に良くない。中絶禁止擁護するのはいいが、真正からやれ。

https://anond.hatelabo.jp/20220503215621

2022-05-01

anond:20220430233905

男性への憎悪の発露が強ければ強いほど、

「この方はさぞかし男性に加害された方なのだろう」

みたいな感じに思われて意見されにくくなるみたいな仕組み、フェミニストの間にない?

もちろんセラピーとしてのフェミニズム、って観点否定すべきでないってのはわかるんだけど、

社会に対して要求を通すために、その仕組みに乗っかったり、維持しようとするってのが合理的な振る舞いになっちゃってるよね。

2022-04-24

さくらの詩」についてる毒親経験者のコメント気持ち悪すぎる

トラウマを刺激されたらどんなひどいことを言ってもいいって聞いたので毒親の元で育ったアダルトチルドレンについてひどいこと言ってもいいよね。

私は毒親経験者の被害大学生活の大半をめちゃくちゃにされた人間だけれど、この人たちはほんっとに救いようがない。

毒親の話を美化するのやめてほしい 母親は終始自分勝手で娘(咲良)の気持ちなんか全く考えてないし父親はなに思ってだか知らないけど子どもから部活の話聞いて第一声がお金かかるの?はないでしょ

・中盤まで毒親への怒りが沸騰してて、最終ページでいい話で一瞬飲み込みかけて、読後やっぱこの毒親どもをいい話で済ませたらだめだろとじわじわ怒りが蘇ってきた。

・俺はダメだこれ。別に作品ストレス発散のためにあるわけじゃないのは分かるけど、母親に抱いた怒りのやり場が無くストレスけが残った。ドーナツ卑怯だと思う。思い出を人質に取ってるよ、打算が透けて見えるね

あーいけません。こういうコメント見るだけでトラウマが刺激されちゃう。あー傷つく、あーつらい。あーこういうコメント見て心が傷ついてしまうわ(棒)

あのさあ。

毒親経験者はもうちょっと自他の区別をつけて。 何様のつもりだ。不愉快なやつすぎるから規制しよ。

この人たち被害者意識が強すぎる上自分感情が何よりも考慮されてしかるべしっていう傲慢さがにじみ出てて最低すぎる。

毒親との関係で傷ついたこ自体はお気の毒だと思うけど、そのつらさを理由にして他人迷惑ばっかりかけ続けてお前ら自分が毒だって自覚がない。

自分被害者だったらほかの作品まで検閲できる資格があるという思い込み何とかならんのか。死んでくれとまではいわないけど消えてほしい。

昔hashigotanがこういうことを言ってたときは「あの人おかしいだろ」ってみんなわかってたのに今ははしごたんのクローンみたいな人間が増えすぎて、だんだん自分が異常であることがわからなくなってきてる人が多くて怖い。 さすがにやばいよ。

毒親経験者たちには日本語理解できないだろうから馬鹿でもわかるように3行にまとめる。

被害者の被害感情自体別に否定してない。お気の毒だと同情する気持ちはある。

・だが、被害経験者と作品で描かれてるのは別の話。別の話なら別の結末があるのは当たり前。作品はお前の願望をかなえるために描かれてるわけじゃない。

・そういうのがやりたいなら金払ってグループセラピー受けて。お前らがそういう発言して一般人迷惑をかければかけるほど毒親被害者はもう手遅れだから毒親と一緒に焼却処分したほうがいいって気分になる。

私は毒親経験者のメンヘラストーキングされまくった経験がある。

結局警察沙汰になったが、結局最後まで毒親というだけでなんでも許されると思ってて最悪だった。

毒親経験であることを克服すべき過去と考えずに、悪魔のパスポートみたいに使うメンヘラマジですべてこの世から駆逐されてほしい。

お前らのことが死ぬほど嫌いな人間がいるってのもちゃんとわきまえてほしい。お前らは絶対正義じゃないんだよ。

絶対さない。

どうせたわわの件もこれと同じ現象が起きているんでしょ。

たぶん怒ってる人たちは確かに男たちによって嫌な思いをさせられたんだろうしそれでトラウマが刺激されてつらい気持ちになるのはそりゃそうかもしれない

だったら、たわわと切り離して自分のつらかった思いを語ればいいのにそれができないか発狂してるだけ。

まともに取り合う価値なんかないよ。

まして若い女の子が同じように傷つくはずって喚いてたけど調査結果で否定されてんじゃん。

女の子たちはみんな自分と同じ感覚にならなければいけない」だとかさあ

「私がキモイと思った男はフィクションでも断罪されなければならない。そこまで描かない作品は私の傷つきに配慮がたりない」だとか。

くそんなことが言えるよね。 自分の子供でもない人たちに毒親しぐさしてるわけだけどわかってる?

そんなに毒親が嫌いならまず最初に鏡を見て、自分毒親になって他人迷惑をかけてることを悔いて自分の始末つけろ。

もっとも、同じ毒親経験者と思われる人でも大半はちゃん区別がついてるのが救い。

その区別がつけられないくらい心が弱ってるなら、自分のためじゃなくて周りの人のために治療を受けてね。

でも、こうやって説得しても警察がいるときは素直にうなづいたふりして実は全然反省してなくて監視がなくなったら迷惑かけるんでしょ。わかってんだよ。毒親経験者で認知がゆがんだ人は一生治らないんだよ。お前らはそのまま一生怒りに振り回されて消耗しつくしてさっさと病気で苦しんでみじめにむごたらしく野垂れ死にそばせられるのですわ。

とにかく一生許さないのでそのまま苦しみ続けててね。

2022-04-23

anond:20220422210956

「たわわを一番問題視してるのは40代女性!w」みたいなのを見かけたけど、何が面白いんだろうな。

当人経験のこともあるし、中高生の親世代でもあるだろうし。当たり前といえば当たり前だろうに。

https://twitter.com/rudolph_zenda/status/1517297208127025152?t=Ce4zI4jtJjjMmqQTp4LTLg&s=19

正にこれ…

批判自己セラピーだの、車を怖がってミニカー規制するようなものだっていうのもあったな…

(見つけた。https://anond.hatelabo.jp/20220416160752)

ブコメもな…

セクハラパワハラ問題視してくれた先人に感謝している。まだ声を上げづらい現場はある。特に若者対象になりやすい。

そういう漫画はあってもいいけど、お墨付き与えるようなことはしないでほしいだけなんだが。この辺が伝わり難いんだろうか。

2022-04-16

anond:20220415212544

正直、作品を叩くことでその本人が安心して暮らせるようになるならそういう活動作品広告叩き)やってもいいと思うんだよね、それも表現の自由範疇だと思うから

受け入れられるかは別としてね

でもそれは自己セラピーとしての意味しかないよね

たぶんフィクション作品駆逐しても現実性犯罪は減らないし

男性別に女子高生性的に扱った漫画を見て「女子高生性的に見てもいいんだ!」と気づいてロリコン進化するわけでもないし

そもそも女子高生なんてロリではなくて普通に性の対象だし

性の対象=襲ってOK、でもないし

交通事故をなくすためにおもちゃミニカー販売させないようにしよう!って言ってるやつがいたら「なんで?」って思うじゃん

事故起こすのはおもちゃで遊ぶような子供ではないし、

事故起こすのはおもちゃじゃなくて本物の車だし、

ミニカーがなくなっても車に乗る機会は減らないじゃん

でもそこに

子供の頃からミニカーに親しんでいる人は車好きになって大人になってから本物の車に乗る可能性が高い。つまりミニカーを減らせば自動車ドライバーが減って、結果的交通事故をへらすことができる!」

って言う人が出てくると、普段車に乗らない人は

「もしかしたらそうかも?」

って思ってミニカーを減らしたいと思う人が増えて騒ぎ出すかもしれない

でもこんなの詭弁だろ、仮にいくら効果があるとしても実証実験するにも数十年かかる

一連の騒ぎって男からするとこれと同じ現象しか見えないんだよな、根拠が貧弱すぎて

別に男オタもエロ漫画市民権を!なんて思ってないしたわわにも興味ない人、消えても困らない人も多い

けどあきらかにおかし理屈で叩かれてるの見たら「それはおかしいだろ」って反論ちゃう人が多いんだと思う

ちなみに俺も女児の父だけど、やっぱり自衛させるしかないと思ってる

あとは頑張って稼いで治安の良い地域に住み、治安のいい学校に通わせるくらいか

ただそうしても防げない性犯罪はあり得ると思う、それこそ交通事故通り魔殺人と同じでね

なんとか防ぎたいけど、まあ無理だ 最後確率と運の問題

それでも少しでも確率を減らすためにできることはないか?って考えて、

お守りを買ったり祈祷師に依頼する親もいるだろうし

出版物広告規制する運動に参加する親もいるだろうし

そういう時間子供コミュニケーションとるのにあてる親もいると思う

何が正解かは俺にはわからん

おそらくだけど、子供を守りたいという思いのほかに

女性けが性犯罪に対して自衛しなければならないことに対する不公平感とか、性的表現に触れてしまった気持ちさなどが根底にあって

それが攻撃性に反転して作品広告に向かっているように見える

その意味では叩いてる側も「侵略されてるから反撃しただけ」なのかもしれない

特にオチはないです

anond:20220415232730

ブコメのこれ。

これわかるなあ。過激なツイフェミさんは、男性に深く傷つけられた経験を持っている(または現在進行形)の人が多い。理由があってミサンドリストになっている。男性からは見えにくい(認めたくない)のだろうけど…

全くわかってなくて笑っちゃっいました。本文の論旨をまるで理解していないんですから

こういう人ってまさに「わかったようなふりして自分の言いたいことに置き換えてる」だけなんです。

ちゃんと本文を読んだ上で、言いたいことがこれだけならわかります。けどまさにこれも、やっぱりフェミニズムが議論対象足り得ない証明になってしまっています。会話にならない、意見交換できないんですから

--

女性が辛い(これは事実として存在する)からセラピーとして癒やされるということと、辛いという声が全て受け入れられる・学問たり得ているかということは「べつ」だということが、まるでわかっていません。

女性からは見えにくい(認めたくない)のだろうけど…

anond:20220416091748

公共性があるならいいんだよ。田島はあの時代一定公共性のある役割は果たしたと思うよ

ガン治療のために懸命に努力している医者がいて、それは妻をガンで亡くした自身へのセラピーだったとしても、別にいいじゃん?

精神的に安定してセラピーとしてのフェミニズムを止めた人は、フェミニストとしての過去黒歴史にするの?

anond:20220415232730

田嶋陽子にしたって、蓋を開けてみれば田嶋自身個人的毒親母親問題セラピーだったわけで、それを知ってがっかりしたな。

anond:20220415232730

セラピー看板に新しい言葉を与えたいがなんてネーミングにしようかな、しっくりくる棲み分けワード発明できたらすごいんだけどむずすぎる

anond:20220415232730

学問言論としてのフェミニズム」側はそこはすでに分かっていて敢えてやってるんじゃないかな。

セラピーとしてのフェミニズム」側を鉄砲玉として仕立て上げて利用してるように見えるんだよ。

2022-04-15

フェミニズムが傷を抱えた人間セラピーになることについて

前書き

現代日本フェミニズムは、傷ついた人間が慰め合うセラピー看板のような機能を持っていると言える。

弱者が慰め合える駆け込み寺、いわばフェミニス堂があること自体は良いことだ。

エンパワメントシスターフッドという自己肯定を重視した精神的な言葉最近人気なのもその一環かもしれないし、そこまで前向きな気持ちになれないからとにかく苦しみや怒りを吐き出させてくれという層だって駆け込み寺には居場所がある。

だが、「セラピーとしてのフェミニズム」と「学問言論としてのフェミニズム」が分離されていないために、言論としてのフェミニズム信頼度が著しく弱まっている。

セラピー面も学問言論面もひと固まりからフェミニストはメンヘラだとか、他人幸せを許せないだとか、ミサンドリストセックスヘイタージェンダークレーマーだとかの批判に繋がってしまっているのだろう。

私自身も精神疾患持ちなので、精神が弱っていることを批判する気はないのだが、セラピー的な語り合いと、学問的討論がごっちゃになっている状況は大いに問題視している。

追記:↑ここで私の精神疾患に言及したのは、私も議論の場で当事者性を武器として使おうという態度でよくなかった。反省する。)


本稿で主張するのは、「冷静な研究者としての立場」と「傷つき怒れる当事者としての立場」は、兼任すると問題が生まれるのでどちらか片方だけの立場に立つべきだ、ということだ。

たとえ学位免許を持っていても、冷静になれない話題については傷が治っていない当事者から理論議論を使いこなせる研究者ではなくあくまで苦しむ当事者個人として発言した方が良い。

本論前に、何がOKで何がNGかおおざっぱに切り分けておこう。

冷静なフェミニズム研究者が、「困った女性のための駆け込み寺やセラピーの場や、肯定しあえる関係必要だよね」という学問理論を組み立てる。
冷静なフェミニズム研究者もしくは心理医療専門家が、セラピーの場の最低限の安全が保たれるように監督をする。
セラピーに集まる傷ついた人たちが、フェミニズム用語理論武装したり、怨恨を吐き出したり、過激むちゃくちゃな主張をする。(なぜなら、セラピー的な場では、ひどい発言原則許されるべきだから。ただし、それをそのまま社会への要求として広めるべきではない)

×
まだ傷が深く残っていて冷静な振る舞いができない人間研究者としての発言力を得て、本来患者としてすべき主張を研究者立場でする。
×
傷の残っている研究者セラピー監督役をやり、セラピー患者同調してしま患者内面吐露検討・洗練せずそのまま社会にぶつける。
×
研究者同士でも肯定しあえないと傷が痛んで耐えられないので、アカデミックであるべき関係を仲良しグループにする。




本論

フェミニズムという看板のもとに、傷ついた人々が集い、辛さや怒りを語り合い共感あい心を癒そうとする様子は、当事者会に近い。

当事者自体は、様々な依存症障害事故被害者などについて行われており、有用セラピーと言っていい。

だが「セラピーとしてのフェミニズム」の問題は、当事者会で癒される患者と、当事者会を監督したり理論を語る研究者がかなり重なってしまってるということだ。

要するに、当事者として治療を受けるべき傷を抱えたままの人間が、セラピスト役と教師役もやってしまっているという問題が、「セラピーとしてのフェミニズム」にはある。

全てのフェミニストが病んでいると言っているわけではない。

だが、SNSのそこら中で行われている「セラピーとしてのフェミニズム当事者会の多さに比べて、監督できる冷静な研究者は全く足りていない。


普通当事者会やセラピーは、福祉医療心理専門家によって研究理論化がされ、社会に対して有用性が主張され、会の時にはその場にいて見守ったりもするはずだ。

傷ついた当事者たちの語りは、しばしば自己中心的だったり理屈が通ってなかったり乱暴だったりするが、それは回復必要な心の解放だ。

それがそのまま社会への要求として世の中に出されたりはしないので、当事者会で語ったことが間違ってるなんて責任を問われることもない。

客観的専門家当事者たちの感情吐露分析して理論化した上で、必要な部分は社会に訴えるようになっている。

から普通健全当事者セラピーは、傷ついている当事者が冷静さを求められたりはしないし、当事者ヤバいことを主張していても研究者評価が下がることもない。研究者監督しているか当事者同士の会話が先鋭化するエコーチェンバーも防げる。当事者要求研究者が整理したうえで一般社会に伝えるので、外部の一般人当事者過激すぎる主張を直に聞かされて悪感情を持つこともない。

全てが完全に徹底されているわけではないが、それでも、当事者セラピーで語り合う患者とそれを監督する研究者の間に線が引かれていることで、ある程度は弊害抑制ができている。

しかし、「セラピーとしてのフェミニズム」では、患者監督者、研究者区切り曖昧になりやすいので、普通当事者セラピーでは減らせる弊害がモロに発生しているのだろう。

たとえばフェミニストが「トーンポリシングはやめろ」と主張したことに対し、「議論や説得において言い方ってのは大事だろ」と反論されているのをよく見るが、あれも、内輪の癒しセラピー的な感覚と対外交議論感覚がごちゃまぜになっているせいだ。

「私はいま苦しすぎて言葉を選んでいられないのでセラピー患者として気持ちをぶちまけてるんだからトーンポリシング(言い方警察)するな」、という話なら真っ当である

「私は冷静を保ち、言い方や内容にしっかり気を使うから議論として発言を真面目に聞いてくれ」、というのも真っ当である

だがそれを同時にやろうとする、「自分セラピー的に感情をぶちまけるが聴衆は真面目に聞いてくれ」というのは無法な要求だ。

せめて、セラピー監督する冷静な研究者に向かってぶちまけて、その研究者理屈の通らないところを補助し冷静な言い方に直して議論の場に持っていくという形にしなければいけない。

なのにフェミニズム議論では、何もかも一緒くたになりがちである


当事者研究者の分離は、簡単なことではないとは思う。

特に精神思想分野ではそうだ。

臨床心理士カウンセラー看護師助産師になりたがる人間はしばしば自分が精神不安定を抱えているというのは、統計はともかく実体験としてはよく聞く話である

博物学系でも、たとえば動物学者はだいたい動物好きで、心情的には動物保護したがるだろう。

だが、そこは資格団体ががんばってたり教育だったりで、臨床心理士精神保健福祉士はある程度の信用をしてもいいだろうとなっているし、動物学者も後先考えない動物愛護活動をする人は目立ってないわけだ。

しろ愛護派の過激な主張の角を取って一般社会的に可能動物保護のやり方を訴えたりしていて、それはまさに、感情的になりがちな当事者の語りを、研究者自分のところで一度止めて丸め社会に伝える、当事者会に対する医療福祉関係者の立場と近い。

から臨床心理士動物学者などの学問的信用はまあ保たれている。


ところがフェミニズムや一部社会学は、理論家や研究者が、傷ついた当事者と同一人物だったり肩入れしすぎたりするせいで、冷静な監督者のいないまま野良セラピー的な語りあいを続け、当事者の悲痛な心情吐露ではあるがそのまま社会要求するには妥当性に欠ける内容が研究者学問立場から主張されてしまっている。

フェミニストはメンヘラだとか他人幸せを許せないだとかミサンドリストセックスヘイターだとか言われてしまうのはこのせいだ。

それにもかかわらずフェミニズム大義名分世界中で力を持ち、フェミニストの要求の内容を精査して妥当性が十分な時だけ応じますという態度は悪だと指弾されるのが、本当に良くない。

ここで断言しておくが、メンヘラも、他人幸せを許せない人も、ミサンドリストミソジニストも、セックスヘイターも、楽しく生きてよいし好きに発言してよい。当事者会で同病相憐れむのだって、傷ついた人間には大切だと思う。

過激思想トラウマは緩んだ方がいいとは思うが、それもあまりに大きな加害に繋がらないのであれば自由だ。

ただし、その好き勝手発言暴言あくまで傷つき冷静さを欠いた人の胡乱な言動として生暖かく聞き流されている方が、周囲にとっても当人にとってもよいはずだ。

弱者の声は社会から無視されるべきではないが、そのままで妥当性が低いので、客観的研究者が集積して適度に理論化と穏健化した上で世の中に訴えるべきだろう。

フェミニズムが、弱者に肩入れしようとするあまり病んだ当事者発言をそのまま重用したり、著名な研究者が「冷静さを保つために私の当事者としての感情一時的に抑えよう」という努力をおろそかにしているのは、誰にとっても不幸である

辛すぎて悲鳴を上げざるをえない当事者と、冷静で他者対話可能研究者弁別は、完璧でなくとも努力する価値がある。できたぶんだけ弊害が減るはずだ。




おまけの具体例 朝日新聞運営の『かがみよかがみ』について

一つ、わかりやすい事例を挙げる。

フェミニズムジェンダー学周辺で、セラピー機能学問言論機能が混在することの弊害を私がはっきり感じたのは、朝日新聞運営の『かがみよかがみ』である

『かがみよかがみ』は読者投稿エッセイメインコンテンツとするWebサイトだ。

「私のコンプレックスを私のアドバンテージにする」とか「私は変わらない、社会を変える」とかをコンセプトにして、女性自己肯定感の爆上げを目指すメディアであることを謳い続けている。

18~29歳の女性からエッセイ募集して、編集部がチェックして載せている。著名人契約コラムニストの連載もある。

そして投稿者を「かがみすと」と呼び運営ボランティアを「ミラリスト」と呼んで連帯感を出し、若い女性同士で肯定しあえるコミュニティを作ることも意図しているようである。(かがみすとは今もしっかり使われているが、ミラリストTwitter検索してもほぼ出てこないので今も使われてるかは外部からは謎)

二年くらい前に数回燃えたが、扱っている内容の割にはてはで話題になる回数は少ない気がする。はてなとは読者層が違うのだろう。

上野千鶴子さんに質問「ベッドの上では男が求める女を演じてしまう」 | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/12881008

フェミニストでも、守られたい。フェミニストだから、守りたい | かがみよかがみ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/mirror.asahi.com/article/13432941

これの上の記事に関わっていたコラムニスト(かがみすと)が、謝罪をしつつかがみよかがみを批判したnoteを全三回書いていたのだが、その第三回と、そこから辿れる記事類を読み、フェミニズムセラピー言論を区切らずやっている弊害はあるな、と強く感じた。

上野千鶴子座談会セックスワーカー差別炎上とかがみよかがみコミュニティ雰囲気について(下)|滝薫

https://note.com/hannnahkuku0819/n/n6514127ed85a

私はこれを読んだ時、伊藤編集長があらゆる批判に応じないのもわかる、といっそ清々しささえ覚える形で納得してしまった。「セーファープレイス」を構築しようとして、内部を守っているのではないかと思った。

(略)

『かがみよかがみ』を必要としている利用者はいる。それはわかっている。私も、エッセイ投稿した後の”共感”と”褒め合い”によって自信がついた一人であることは変えようがない事実である。その価値を認めていても、『かがみよかがみ』の未来に不穏さを感じてしまう。

『かがみよかがみ』が目指すのは、あくま女性自己肯定感の爆上げである。正しさではなく、自己肯定である

それも、明言はしていないが18~29歳の女性だけを狙っているだろう。

若い女性たちがエッセイで悩みを語り合い、書き手同士のSlackか何かでも褒め合い、お互いが何を言っても原則として批判しないし自虐もしない。まさに当事者会でありセラピーのやり方である

フェミニズムジェンダーなどの内容が多く扱われているが、それはあくま自己肯定感爆上げの道具なので、理論的な正しさを保とうとして心が苦しくなってしまうようなら、正しさを追求しなくてよい。

エッセイ投稿年齢制限も無い方が「正しい」のはわかってるだろうが、年上の説教エッセイ愚痴エッセイが載ってるサイトは鬱陶しくて気持ちよくなれないという若者本音を慮って、微妙理屈をつけて年齢制限をかけていると思われる。

投稿者をかがみすとと呼んで内輪感を作るのも、その繋がりで孤独が癒える人がいるかである。そういう内輪感にウエッとなる人もいるだろうが、そのタイプの人は他のどこかで癒されればよいというスタンスだろう。

伊藤あかり編集長モットーらしい「全ての人を満足させようと思ったら、一人も熱狂させられない」とも合致する態度だ。

傷ついた若い女性のために、正しさではなく自己肯定感爆上げを目的とした当事者セラピーの場があること自体は、良いと思う。

だがそれが、朝日新聞運営メディアとして広くネット広告され、上野千鶴子石川優実企画に呼び、ヒコロヒーなどの連載があり、エッセイ投稿者ジェンダー学やフェミニズムで多少の理論武装をして識者っぽい人もたまに言及するとなれば、そこはもう言論の場となってしまう。苦しい内面安心して吐き出せる、責任を負わなくていいし怒られもしないセラピーの場としては相応しくない。

なのに、そこが曖昧に混ざった立場で『かがみよかがみ』の文章は発表され続けている。

から『かがみよかがみ』の記事批判されたのである

そして、これは、インターネットにおける様々なフェミニズム活動についても近いことが言える。



まとめ

最後にもう一度まとめる。

傷ついた当事者同士が慰め合うセラピー看板としてのフェミニズムと、冷静さと客観性を保つ学問研究としてのフェミニズムは、分割しておく必要がある。

現在日本では、セラピーの場としてのフェミニズムと、学問としてのフェミニズムが、ごちゃごちゃ混ざっている。

心が乱れてフェミニズムセラピーを求める患者と、冷静であるべきフェミニズム研究者が、ある程度重なってしまっている。

この状況を解消しないと、世の中の幸せにはつながらないだろう。



追記。本稿は3か月ほど前に増田に投げたが無反応だったものの再投稿である。)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん