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2019-03-03

anond:20190302004438

わかる。。。

私も久しぶりに東京引っ越してきて感じた。

なんか以前より住みにくい。

昔感じていた東京包容力とかはなくなって、ただただ正しいこととか、

手段を問わないような強さが幅を利かせている感じとか、、、、

増田の言う通り、生活に便利な店は近くにないのに駐車場もない。

出かけるのがおっくうというのもわかる。

新生活必要衣装ケースやらカーペットやらの持ち運びも一苦労。

田舎より暮らしは不便。

ちょっとした良いものなんかも、適正価格是正されてきて高価。

給料は上がらないのに、ものの値段だけは上がってる。

千と千尋に出てくる神様用の食べ物のようにすごく美味しそうな物も

山のように積みあがって売られているし、冗談だろうと思うような

サービス普通に成立していたりもする。

高価で良いものが過剰に溢れてるけど、買えない。

から遠くても家賃地価が高い割には、あちこち廃墟のような

空き家や空き店舗なんかがある。

これが格差の広がりなのかなと思う。

グローバル化が浸透してくるとこういう感じなのかもしれないなと

思ったりする。

私も東京生活が短いので、もう少し様子を見るつもりではあるが、もっと

暮らしやす関東圏への引っ越し視野に入れてる。

現段階では私にとって東京に住むことのメリットは少ないかな。。。

2019-02-17

整理整頓ができない

社会人として上京してきて2年目、そろそろ引っ越すか、ということで荷造りしてようやく終わった。

詰めども詰めども終わらない小物たち。

どんどん出てくる謎のゴミたち。

体力もそうだが、そういった細々したことは本当に精神的にキツい。

実は足元のブロックカーペットも捨てなきゃいけないんだけど、ダンボールの山だから来週やることにする、、、(今の部屋の契約自体はもうちょっとある)

ゴミを捨てるほうが大変だということがよくわかった

2019-02-08

anond:20190208065748

うちの猫は、成猫になってもはしゃがなかったけど、老猫になったら走り回るようになったよ

で、走り回った事で頭が空っぽになるのかお尻嘗めずに座るから定位置カーペットは糞で汚れてたわ

2019-02-04

anond:20190204172151

ベッドのマットレス、布団、カーペットカーテンには匂いがつくが10年以上変えない。匂いに慣れるとわからなくなるからな。早い段階で独特の匂いがあるよって指摘したほうがいいよ。はじめの驚きを伝えるべき!

2019-01-08

皆んな、住む家ってどうなの?

結論聞きたい事としては、コンクリートマンションて音の響きは仕方ない事なの?ということだけども、経験によって認知に誤りがあるかもしれないし、甘すぎるおかしい事を言っているのかもしれないので書いてみようと思い立った。

私は賃貸で色んな家を実家から経験してきた。

昔は学生時代は軽量鉄骨アパートから戸建まで経験したが、ガキだったからか隣近所から騒音の事を気にした事はなかった。

一人暮らしを始めて、最初は音の響きとかも分からず、親も結婚するまで、戸建や音響きのない会社寮に住んでいた事もあってかアドバイス特になく木造アパート最上階角部屋を選んで、よくあるうなぎの床寝と呼ばれる間取りだった。隣が1日中家にいて、時々笑ってるのか何なのか唸り声を上げる物件で反対隣は毎回半年持たず出て行く感じだったが、こういうものかなと思うのと、すぐ引っ越すのは良くないという謎の思い込みで何年か住んだ。

2軒目の物件コンクリート物件最上階角部屋、下が事務所だった。隣も水場、風呂とくっついているが音は少ししか聞こえず、多分料理しない人なんだと思ったけれども、下の事務所からの動きや音も何もなく、生きてきた中で一番快適に過ごせた。

3軒目は、コンクリートマンション最上階角部屋で下の住人がこちらが昼間に少し音を立てたり、宅配ダンボール開けたりすると布団を思い切り叩いたり、窓やドアを思い切り閉めたりしていた。自分嫌がらせぽく思えていたが、違う常識を持っている人だったのかもしれない。わからない。自分が悪いのか下が悪いのかもわからない。防音カーペットを床に敷き詰めて、無駄攻撃されるのを防ごうとした。夜10時くらいに何かわからないけれど爆笑する声が聞こえてきた。窓しめや戸閉めで床が揺れた時はあまり良くない手段(管理会社に言わず)床ドンをたまにしたりした。その時だけ静かになった。隣の音も聞こえたけども、まだ我慢できるレベルだけど、隣も床ドンしてたりしたんで同じ悩みを抱えてるのかなと思ったりした。床ドンしてるのに矛盾していると書いていて思ったけれど、管理会社に言ってさらなる戦いになるのが嫌だと思ってしまい言わなかった。下は頭おかしい人だと勝手に思ってしまっていて、刺されるかもしれないからと認識をされたくなかった。

4軒目は逃げるように引っ越しコンクリートマンションの中階角部屋だった。上の風呂を抜く音とかどうやったらこんな音出せるのかという何かを引きずる音とか前と同じく、引っ越しダンボール開封してると掃除機かけたりがあるのと、上の住人がたまに人を呼んでその足音が深夜1時まで異様にうるさい時があったり、住んでから少し床鳴りがする事に気付いたけれども、そこを踏みしめた瞬間下からドンが来る時がある。深夜の謎の上からドンで起きる事があるので耳栓して寝ている。

正直自分認識間違いも多々あるかもしれないし、自分が悪い部分もあるかもしれない。情報弱者かもしれない。神経質過ぎということかもしれない。

下や隣が事務所物件探せばと言われそうだけどなかなか見つからないので、見つかるまで探すしかないのか…。

戸建に住むべきか…。

分譲賃貸マンションに住むべきか…。ピンキリだとは思うけれども。

稼ぎを良くして、高い物件に住めるようになるべきか…。

やはり、ある程度は賭けなのか…。

普通に年収でも住めるコンクリート賃貸マンションはこんなものなんでしょうか。

皆さまの家はどんな感じでしょうか。あと探してる基準とかありますか。

2018-12-23

2週間のオナ禁解禁

僕は絶望した

オナ禁を止めるに理由必要なかった

着衣コスプレ動画をみた。

むくむと息子は立ち上がり、まかかになった

触れてみる。甘美な電撃

高まる高まる全身を埋め尽くす快感

コレはオナニーであって、遊びじゃないそんなきみちになた

全身が紅潮していく、何かを抱きしめたい衝動からカーペットを巻いて抱きついた

口が寂しい、冷蔵庫の中にドライマンゴーがあったのでしゃぶったら満足感を感じた

んぁあ、ああと嗚咽するような声を規則的に漏らしながら射精した

終わってみればおお仕事、楽しかった

2018-12-20

息をするように嘘をつくお前

母親が死んだ。ずっと体調が悪かったのに無理して働いて、病院に行ったときにはもう手遅れの、よくあるやつ。

父親はすでに他界しており、兄弟ふたりが残された。俺と弟。どっちもアラサー独身

弟は新卒で務めた会社を数年で辞め、今は長い長い充電期間。つまりひきこもりである退職理由は社内で受けたいじめだという。弟が語ったいじめ凄惨で、精神を病むのも無理はなかった。……その話が本当ならば。

弟は昔から、息をするように嘘を吐いた。所々に綻びはあるものの、妙にリアリティを持った物語創作するのが上手かった。すぐに咎めて問い詰めれば、目を泳がせて言い訳をした後ではあるが、嘘を認めて謝る『ことも』あった。不気味なのは時間が経つにつれ、弟の中で嘘が真実になってゆくことだった。

例えば、弟が文房具をなくしたとする。どこにやったと父に聞かれて、弟は「クラスメイトに貸したまま、その子が転校してしまった」と答える。

文具自体は高いものではない。素直に失くしたと話しても、父はそれほど怒らなかっただろう。だがそういう場面でも嘘をつくのが弟なのだ

弟の嘘を後から聞いて、俺は迷わず父親にチクった。弟のクラスに先週転校した子がいるのは本当。でも彼が引っ越した後、俺は弟がその文具を使っているのを見た。

その時の父の表情を、何と表したらいいのだろう。「そうか」とだけ呟いた。多分気づいていたんだと思う。

その年の年末大掃除をしている際に、本棚の裏から転校生が持っていったはずの文具が転がり出てきた。問い詰めるとしらっとした顔で「僕のじゃない。そんなの知らない」とのたまう。どう見てもお前のだろうと貼ってあるシールを指さしても、僕のじゃないと泣く。嘘泣きじゃないのがわかってゾッとした。当然父にも雷を落とされ、弟は言い訳方向性を変えた。転校生手紙を書いて、ペンを返してもらったと。けれども彼の住所は答えられない。彼から手紙封筒ももちろんない。弟は号泣し、ようやく嘘を認めたが、それは返してもらったくだりだけで、転校生が持っていった件については頑として意見を曲げなかった。「確かに彼が持っていった。どうしてここにあるかは本当にわからない」と、誰にも信じてもらえない主張を貫いた。

その後しばらくして、弟がふとした拍子に「昔、友達が俺の物を持ったまま転校してしまった。手紙を送って返してもらったんだけど」話すのを聞いて、耳を疑った。お前嘘だと認めたじゃないか自分の頭がおかしくなったのかと思った。父に話すと、昔と同じ表情で、やはり「そうか」とだけ言った。

弟と話していると、自分記憶に自信がなくなる。明らかな矛盾があるのに、そこをつくと「じゃあ勘違いかな。AじゃなくBだったかも」と、本当に勘違いしている人の顔で言う。あるいは「そんな昔のこと、はっきりとは覚えてないよ!細かい所まで覚えている方が不自然だろ」と必要以上に動揺する。怖くて早く家を出たかった。

職場いじめは、ある日突然の村八分いやがらせ恫喝だったと言う。泣きながら母に打ち明けたらしい。

ちなみに本人は知らないが、弟が辞めた会社には、俺の知り合いも働いている。いやがらせ恫喝も、少なくとも彼の知る限りなかったと言う。ただ遠巻きにされていたのは事実で、それは優しい人には露骨に横暴な態度を取る、いじられキャラの人には面白くないいじりをしつこく繰り返していたかららしい。小さな嘘を無意味に重ねていたのもあって、前から警戒されてたっぽい。弟らしいと思った。

話してくれた知り合いに、思わず「ごめん」と言いかけたが飲み込んだ。俺は弟じゃない。弟も俺じゃない。

しばらくは遺産生活できるだろうが、その後は……。母が死んでから、俺への態度に親しみが増した。昔から仲が良かった兄弟みたいに。今も弟の中では記憶の改変が始まっている。徐々に記憶の中の父親が、アル中DV親父に作り変えられているのがわかる。1年も経てば、弟は虐待被害者だろう。

もうダメだ、と思う。

今は遺産があって引きこもりで、他人との接触は最低限だからいい。ただこの先、俺はまだしも他人迷惑をかけるようなことがあるならば、と考えずにはいられない。

ここまで書いておいて悪いが、この話はすべてフィクションだ。青いカーテンを締め切った、高校の頃買った白黒のチェックのカーペットを敷いた6畳の部屋で、iPhoneと古いアンドロイドと3つのディスプレイ接続されたPCに囲まれた部屋にいる、ベッドにカービィぬいぐるみを置いたお前もフィクション。全部嘘。

2018-10-11

猫って

柔らかくてふわふわしたものがすきなんだと勝手に思ってたけど、かたくてツルツルしたもののほうが好きなのか?

布団やクッションは避けて、テーブルとかフローリングとか珪藻土マットとかプラスチックの箱とかタイルの上でばっかり寝てる。毛足長めのカーペットの上にかたくて平らなもの(ミニテーブルとかダンボールとか)置いとくと絶対そっち乗るし。部屋は涼しい

せっかく買ったベッドもフワッとした素材のキャットタワー全然使ってくれない。かためのやつに買い替える予定。

まあかわいいからいか

2018-08-29

足の親指って

地面に接する面(爪の反対側)にささくれ?できない?

カーペットを素足で歩くと、たまに「痛っ」ってなってささくれ?に気づく

2018-08-22

スリッパをはけ

同居人いくら言っても室内でスリッパを履かない。

仕事から帰ってくると裸足でぺったぺったぺったぺったと

足を床に張り付かせる音をさせながら歩く。

うちはフローリングCFで、絨毯やカーペットの部屋はない。

その音が耐え難いほど不快で、聞きたくないか耳栓をしている。

集合住宅なので、夜に大きな音を出すのは嫌だし

 イヤフォンでずっと音楽を聞いてたらこっちの耳がおかしくなりそうだから

何故履かないのかというと単純に「履きたくない」かららしい。

ずっと靴を履いているから家では開放されたいのだろうが。

何も自分の部屋内で履いてくれとは言わない、共有部分では履いて欲しいだけだ。

足の裏にも汗をかく、床に汗と一日繁殖させた菌をばらまきながら歩くのは不潔だ、

もしかして水虫菌をばらまいているかもしれない(気づかずなっている人もいる)、

誰しも無菌と言うわけではないしいっさい汚すなと言うのではない、

毛が落ちるなどどうしても防げない現象には文句を言わないが、

ただスリッパを履いて欲しいだけで、それで防げるものを、何故履かないのか。

言うとへらへら笑って逃げ出すかごまかすかで、絶対にわかった、履くとは言わない。

理屈として自分のほうが分が悪いことは理解しているからか、

「え~~でも~~」などと言いながら逃げるだけ。

こちらを論破するくらいの理屈反論を並べたててくるならば、

まだ「そこまでの思い入れがあるならば」とこちらも思えるものを、それもない。

(まあ、言い返せないのだろうが)

帰ってきてすぐに風呂に入るとか、足を清潔にする配慮をしてくれればまだしもそれもない。

いつまでもだらしなくリビングテレビを見て、そのまま風呂にも入らず寝落ちしてたりする。

今夜もぺったぺったぺったぺった、汗と汚れを床にスタンプする音が聞こえる。

正直、育ちが悪いと思う。他人の家にも裸足で上がる人間なのだろうか。

うその音が妖怪が歩いている音にしか思えなくて、

ぶっちゃけ奴はチビデブブサイクおっさんなので、もう妖怪しか見えなくて、

心の底から気持ち悪いし怖気がする。

奴にスリッパを履かせられるならそれで解決する問題だ。

だが無理だろう。40過ぎた人間はそうそう変わるまい。

そもそも自分から変わる気のない他人を変えることなどできないし

他人を変えようとするなんて傲慢なのかもしれない。

変わってくれればという期待もとうに捨て去った。

そんなわけで、一番合理的かつ早い方法として

離婚して出ていくことにした。

今夜はお祝いだ。

2018-08-14

床に座れない

床座りの習慣がない。

自宅ではソファダイニングテーブル周りの椅子に座っている。

義実家に行くとカーペットに座るんだが、腰が痛くなって仕方ない。

かと言って、自分だけゴロゴロするわけにもいかいからつらい。

2018-07-05

恋愛は少なくともメンヘラとは両立できなかった話

 本文をうっかり読んでしまうのは時間無駄なのでいくらか前置きで警告をしておく。

 これは一人のクソ女の自分語りだ。

 多分恋愛をしている人にもメンヘラをやっている人にも響かないと思うので、ノンフィクション小説好きな人とかが読んで哀れむなり蔑むなりネタにするなりしてくれたらいいと思う。

 文章にすると落ち着くたちなので、一回字に起こして整理したかっただけだ。

 特に意見アドバイスを期待してはいないけれど、私が想像も出来なかったような現実を打開する魔法があるなら教えて欲しい。

 そうじゃないなら今はほうれん草を沢山使うレシピくらいしか知りたいことはない。

 石を投げたりして気持ち良くなるなら好きにこの文章の私を罵ってくれて良い。もし肯定したいとか共感したとか優しい言葉を掛けたいとか思ったら、それは上手く受け取れないので胸に仕舞うか何かしておいて欲しい。言って満足するなら言って満足して欲しい。

 それから、ぼかしたりフェイクを入れてはいるけれど一応念のため。私の彼氏さん。あなたがこれをもし読んでいたら、私にいい加減愛想を尽かして下さい。メールもしなくていいし、顔も合わせなくていいです。ここにはあまり書いてないけどあなたはすてきな人なので、きっと可愛くて気立てが良くて知的趣味の合う恋人や奥さんがそのうち出来ると思います。私抜きで幸せになって下さい。でも今までありがとう

 さて、数えてないけど多分これ五千字くらいある本文。

 私には彼氏がいる。中学生の頃男女混ざった仲良しグループに居た同士だったが、彼は当時テンプレ中二病クソ女であった私に親切だった。私はいわゆる愛情に飢えたメンヘラであり、被虐待児でもあったので親切な彼を好きになった。

 親に無理矢理突っ込まれ進学塾、殴られたくないから沢山勉強して、私が目指した志望高校は彼と同じ学校だった。志望理由は、当時不良やヤンキーが苦手だったのでそれでもやって行けそうな校風であることと、私のやりたい部活の成績が良かったこと。通える範囲で目指せる偏差値勝手に割り出されたその高校を志望していると自分に言い聞かせるために、彼と一緒に高校に通えるかもしれないことを考えていた。彼は頭が良かった。彼の頭が良いところにも好感を持っていた。

 結果として高校受験は失敗だった。兄弟が多い我が家は長子の私の滑り止めを用意出来なかった。模試きれいな紙に印刷された合格する確率が70%まで落ち込んだ。挑戦は許されず漫画のように家庭の都合で通いやすくそれなりの偏差値の親が決めた高校受験して合格した。

 妥協のご褒美に私は携帯電話を買い与えられた。猿のように熱中した。友達とひっきりなしにメールをするのが楽しかった。そんな携帯中毒に付き合ってくれたのが彼だった。

 彼は愚痴をうんうん聴いてくれた。肌寒い日にはコートをかけてくれて、雨の日は傘を差して家まで送ってくれた。

 彼は誰にでもそうする人間だ。

 そういう人間を私は好きだと思った。

 高校一年の夏、好意を伝えた。彼はいわゆる恋愛恋愛した面倒は嫌だけど、と前置きした上で私と付き合う返事をくれた。友達にも家族にも内緒だった。私はおおっぴらに恋愛満喫して盛大に恋心に振り回される友人たちのようになりたかったが、その夢は絶たれたと言ってもいい。

 彼は時折、家族が留守にしている放課後休日、私を自宅に呼んだ。彼の家は急な坂の向こうにあり、私は暑い日も寒い日も自転車こいで彼の呼び出しに応じた。二人でカーペットの床に並んで座って、他愛もない話をするのはとても楽しかった。彼はキスがしたいと言ったので応じた。こんなもんか、と思った。彼は私の胸や下半身に触れたがった。胸は触らせたが、下半身他人に触られるのは嫌だったので精一杯かわいこぶって断っていた。

 彼が満足そうで良かった。私にかわいいとか偉いとか頭が良いとか言ってくれるのは彼だけだったからだ。

 たまにデートなるものもした。彼は共通の友人にばれたら面倒だから地元ではないところで待ち合わせて、博物館などに行った。博物館が好きなので楽しかったが、多分一人でいても楽しかったとは思う。彼は理系なので解説をしてくれて、知らないことを知れたのは楽しかった。

 いわゆる中学生ぐらいのいじましいお付き合いは高校三年生になるまで続いた。

部活大会模試で顔を合わせたら、こっそり示し合わせて抜け出して会って話したりしていた。

 関係が、と言うよりも私が変わったのは高校三年生の秋頃だっただろうか。

 私は学校へ行けなくなったというより、身体が動かなくなった。

 鬱を発症していたと知るのは年明けに通院をはじめてからだ。高校卒業も危うくなった。彼のメール無視し続けた。友人たちのラインブロックした。手首を切った。酔い止めを何箱も一気に飲んだりした。苦しかった。とにかく早く死にたかったが、癇癪を起こすと椅子を投げてくる母親から兄弟を守らなければならなかったので死ねなかった。

 音信不通を続け、両親の説得も不登校支援センター保健室も諦め、私は精神科に通院することになった。

 高校三年生の一月、私はセンター試験どころか学校へも行かず精神科に通った。薬が効き始めるまでが地獄のように長かった。向精神薬睡眠薬がなんとか効力を発揮する雰囲気を醸しはじめた頃には、卒業はほぼ絶望的だった。

 私は主治医から診断書をぶん取り、校長などのお偉方と交渉を重ね、補講を組んでもらうことでなんとか、卒業から数日はずれが生じるものの年度内に卒業出来ることになった。周りの大人は私の想像はるかに超えて優しかった。同情し、時には私の身の上話に涙ぐんでくれた。そんなことで悩んでいたなんて知らなかった、と口々に言った。進学校だったので不登校前例が無かったのが幸いした。先生方は私一人のために会議室卒業式をやってくれた。

 さて、話を恋愛に戻そう。私はなんとか卒業証書をぶん取り、彼は第一志望の難関大学合格していた。サイゼリアで久し振りに会って彼は「元気そうで良かった」と言った。

 私は全くもって元気では無かった。

 恋愛どころじゃない、何度も死にかけた。

 人に説明する元気もあまり無かったので、かなり端折って私はことの顛末説明した。ずたずたの腕を見せて「メンヘラと付き合うとろくなことがないって言うから、別れるなら今だと思うよ」と彼に提案した。彼は「それは別れる理由にはならない」と言った。

 そういうことでお付き合いは継続されることになった。

 彼は大学入学した。私はそれを祝福した。彼が受験勉強を頑張っていたのを知っていた。とても尊敬している。

 私はといえば、自分を殺そうとする自分に耐え、病状を必死家族説明し、ひたすら精神科に通った。

 彼は以前と変わらず家族が留守の合間に私を家に呼んだ。私は行かなかった。外に出る元気も無かったし、当日朝「今日家誰もいないよ」と言われても動き出す頃には翌日の昼間だ。

 彼はサークルが忙しかった。理系から男ばかりで可愛い子いないよ、と言っていた。

 私達はあまり会わなくなった。

 彼は学業を、私は治療を、お互い頑張っていた。

 彼は私が死んだら悲しむだろう。優しくて弱い人だから自殺だけはしてはいけないと自分に言い聞かせた。

 色々なことがあった。

 死なないために意識を失うことが必要だった。私は酒浸りになり、睡眠薬はどんどん強いものに変わった。早朝起きて、Amazonで買ったウォッカを水で割り、それで頓服を服用して眠り、昼過ぎに起き出して母に罵倒されながら(これは10年来の日課だ)食事をとり、薬を飲んでまた眠った。眠れない夜は頓服を酒で服用した。そうすれば眠れる。眠っている間は死にたくならないので楽だった。

 私某居酒屋で酒を飲みすぎて意識を失い救急車に乗った。倒れたはずみに骨折もしていたのでそれを治療するため更に入院した。入院中は母に罵倒されず三食昼寝付きだったので手術の痛みを差し引いてもお釣りが来るくらい快適だった。

 退院してからはまた酒を飲んで眠るだけの生活をした。

 そんな状況を医者は許さず、私は精神科閉鎖病棟入院することになった。彼は見舞いに来たがったが、私は断った。誰にも会いたく無かった。自分自身と二人きりになりたかった。何もかもに疲れ果てていた。

 入院生活幸福だった。

 看護師さんは優しい。変な人が沢山いるけどそれぞれが自分のことで精一杯だから誰も干渉してこない。

 母の罵倒が無いなら、現実逃避するためのスマートフォンは要らなかったので無くても困らなかった。

 少しの本、ポータブルCDプレイヤーと何枚かのCD。それだけで完結した生活は確実に私の心を癒した。

 これが人生の正解だと思った。誰も、何も要らない、天国だと思った。

 あらかじめ定めていた期間が過ぎ、私は退院した。

 閉鎖病棟入院したことがあるレッテル付きの私は母から罵倒が少しは薄まったと感じた。もう死にたくならないために一人で十分だった。

 そして同い年の彼が大学二年生になると同時に、私は大学一年生になった。

 母が勝手に推薦入学に出願して受験料も払い込んでいた。仕方がないので面接に行ったら大学に受かった。入学した。

 彼はおめでとうと言ってくれた。

 新調したスーツきれいなキャンパス、好きな学問、新しい友達

 私はまともな人間に戻れるかもしれないと期待した。

 アルバイトもはじめた。友達徹夜で飲み明かしたりした。

 しかし、ゴールデンウィークが明けた頃には既に私はくたびれていた。夏休みが明けて、大学へも行かなくなった。アルバイトはクビになった。

 主治医からストップがかかり、休学する事になった。

 私はただ家で時間を潰し、母の(以前よりはマシな)罵倒に耐え、薬を飲み生活していた。もう死のうと思っていた。

 大学で新たな人間関係を築いた彼は、私の死を受け入れるキャパがあると思った。

 そういえば私は彼とセックスしていなかった。

 呼ばれても家に行かない、共通の友人たちと遊ぶ以外では会わない、そんな恋人であったから、私はなんだか彼に申し訳が無かった。

 セックスすることでそれを清算できると思った。

 セックスする前に私は酒を飲んだ。

 薬の副作用で性欲は無く、彼とキスしても気持ち悪いと思ったからだ。

 彼が取ったホテルで私は彼と昼間からセックスした。

 こんなもんか、と思った。

 彼は別にセックスたからといってこれまでより優しくなる訳でも冷たくなる訳でも無かった。

 その日私からやや強引に誘い、夕食を食べながら話をした。私は彼と話がしたかたからだ。彼と話すのは楽しかった。

 それが数ヶ月前のこと。

 それ以降、私は彼と一度も顔を合わせていない。

 なんだかひどく億劫で、気の許せる女友達しか話したくない。

 精神科に通い続けて、自傷行為をやめられた。アルコール中毒も治った。睡眠規則的になった。

 兄弟が進学と同時に一人暮らしを始めた。もう自分の身を自分で守ってくれる。

私の生きる価値は無くなった。

 ある夜母が癇癪を起こして私に出て行けと怒鳴り、私を家から蹴り出そうとした。

 終電が無かったので私はははに頭を下げて「一泊止めてください、明日出て行きます」と言ってその場をおさめた。

 翌朝、私は最小限の荷物だけを持って逃げるように家を出て、何度か遊びに行っては掃除をしてやったりしていた兄弟一人暮らしをしている家に転がり込んだ。

 それから紆余曲折あり、結局兄弟仕送りで私は生活している。兄弟大学に行き、私は自分兄弟の二人分の家事をしている。おそらく幸せなのだろう。私が欲しかった暮らしは手に入ったのだろう。

 もう死んじゃおっかな。くたびれた。もう何も要らない。

 今死んだら同居している兄弟がショックを受けるだろうから、死んでないだけ。

 彼と連絡を取っていない。

 これが自然消滅と言うのならそうなのかもしれない。

 私は多分もう駄目だ。大学は妹宅から距離的に通えないので中退する。アルバイトでせめて食い扶持を稼ぐのが目標だが、達成出来るのはいつになるやら。

 こういう駄目な人間恋愛などしても彼に何の得も無いだろう。

 だから自然消滅であってもさよならを言っておきたい。

 もう恋愛感情がどういうものなのか思い出せないのだ。

 自分異性愛者ではないのかもしれないとも思ったが、同性も好きにならないのでたんに今恋愛をしたくないだけだと思う・

 彼は人間としてすてきだから好きだけれど、セックスはしたいと思わない。それじゃあ社会的地位の高い彼にぶら下がりたいだけの厄介メンヘラだ。しかセックスさせてくれないときた。そんなクズになってまで恋愛かいフィールドに立っていたくない。情けないし申し訳ない。

 友達に戻って彼と飲みに行きたい。手を繋がないで一緒に博物館に行きたい。一緒に食事がしたい。でも今は会いたくない。

 さよならを言うために約束を取り付けようと思って、彼が通う大学夏休みの期間を調べている。

 でも何だか会うのも連絡するのも嫌になってきた。

 こうやってぐずぐずしたまま、付き合い始めてこの夏で四年。嫌だ。

 生活が忙しくて、朝起きて夜寝るのが精一杯で、恋愛なんかやってる場合じゃない。

 そろそろ死んじゃおうと思っている。

 メンヘラはよく人生を虚無虚無言うけど例に漏れず私もやはり虚無を感じている。

 恋愛には向いてなかった。

 多分健康でいることが出来なくなった段階で恋愛なんかやめにしておけばよかったのに、彼の優しさでそれは人工的に延命措置を受け続けている。

 罪悪感はそれだけで健康を害するから排除しなければ、と、病気治療する上で判断出来る。だからさっさと別れようってメールを打てば良いのだ。

 参ったなあ。

 

2018-06-28

anond:20180628142059

ホテルはお風呂にお湯ためたままにして浴室の扉を開けて寝るか、

床のカーペットにジョボジョボとお湯をこぼしてから、寝るといいぞ

2018-06-26

君たちはどう排泄するか(私はこう排泄する)

こないだ同居人ウイルス性胃腸炎になった。旅行から帰宅した朝に気持ち悪いと言いだして横になったかと思うと、トイレへ爆走し、前夜に食べたタイ風から揚げやモンゴルパンの残骸を吐いた。その一連の動作すばやさは初期ミスターポポを思わせるほどで、これは大変だと駆け寄り背中をさすったところ、「さわらんでぇ!」と渾身の北陸式ノーサンキューを受けた。気持ちはわかる。吐いてるとき背中をさする人のおせっかい感はピンクフロイドアルバムおせっかい20枚分くらいに相当する。しかたなく水を持って後方待機していると、彼女の全身は嘔吐の瞬間、筋肉が隆起してビキビキになっていく。全力だ。もうめちゃくちゃに全力淑女だった。さっきの韋駄天のごときスピードも考えると、異常な力を発揮している。思えば人間は「なにか」を催してしまったとき、このような通常の範疇をこえた力を出すことがある。そうやってこの緊急事態に立ち向かうのだ。「なにか」は三種に分類され、それぞれ「うんこ」「おしっこ」「ゲロである。催し界の三強。というか催し界はそれ以外にいない。この界隈は衛生陶器業界以上の完全なる寡占市場である。かくいう私もこのビッグ3には幾度となく辛酸をなめさせられてきた。特にうんこである。私にとってのうんこ錦織選手にとってのジョコビッチに相当する(だいたい負ける)気まぐれな小悪魔うんこにより私の自尊心は何度もズタズタにされ、何枚ものオキニパンツたちが葬られてきた。つまり私はうんこ辛酸をなめさせられてきた。そう、私はうんこ辛酸をなめてきた(!)あるとき花園神社境内でむせび泣き、あるときは仲間たちの嘲笑を受けながら学校トイレにこもり、あるときは家でも寸前で間に合わずカーペット張替えの大惨事をひきおこしてきた。そのときそのときは全力で最悪を回避すべく尽力したが、私は非力だった。彼女のように人の心を捨てミスターポポと化してもどうしようもならないことはある。ビッグ3は強大だった。催し界のチャンピオンズリーグを制すには身体能力以外の力が必要だったのだ。私は年2・3回の戦いをコンスタントにこなしながら、ついに王座を奪取するたったひとつの力を知る。それは、「決断力」だ。「決断力」とはなにを「決断」するのか。それは開き直ってクソをすることである。もうただその場でクソをするのであるおしっこならサーモス水筒へ、ゲロなら弁当箱突っ込みうんこリュックの中にしてしまうのだ。この力をもってして、私はかつてないピンチを乗り越え、それどころかチャンスに変えてきた。ベイブリッジ夜景を眺めていた際の急襲にもなんなく嘔吐決断し、直後スムーズなキッスをかました。富山のまんだら遊苑では天国ゾーン横の森にてナップザックグソを選択しすれ違う子供たちを欺くどころか、軽薄な交流すらしてみせた! もう何も怖くなかった。2010年くらいのサッカースペイン代表みたいだった。ティキ・タカ状態だった。最近ではもう敗北することはまったくない。私は催し界のCLを制したのだ。喜びのあまり、この話を会社飲み会でした。今日、私に話しかける同僚はいない。王者はいだって孤独である

2018-05-29

1020万の革靴電車で踏まれたらどうすんの?発狂しないの?

20万のバッグ、20万の時計20万の万年筆20万のベッド、を踏まれたり足蹴にされたら普通は怒るよね?

四人家族全員のiPhoneを地面に並べて踏まれたり蹴っ飛ばされたら、やっぱり怒るよね?


でも20万の革靴なんて満員電車乗ったり、駅のホーム歩いてるだけでも踏まれたするわけじゃない?

そういうときはどうするの?まあまた靴磨きなり、鏡面磨きするんだろうけど、気持ちとしてはどうなの?どう折り合いをつけるの?


いやまあ20万超える革靴なんて腐るほどあるだろうから毎日タクシーで移動してますとか、私貴族なんでカーペットの上しか歩かないのとか、

そういう人いるかもしれないけど、そういう人は20万の革靴は履かないわけじゃない。


やっぱり20万の革靴履く人も電車は乗るわけじゃない?やっぱ踏まれるじゃない?

2018-05-15

妹のゴミ部屋を掃除した

妹が一人暮らししていたゴミ屋敷のような部屋を、この3日間をかけて片付けた。
とにかく吐き出して残したいという思い9割、誰かの役に立つかもしれないという雑な期待1割で書きます

経緯

2009年春に妹が地方大学へ進学し、それからアパート一人暮らししていた。
その後いろいろあって、3年前の4月に突如実家に帰ってきて、実家ニートに転身した。もともと内にこもりがちの性格であったが、在学中にうつ病も患っていたらしい。3年近い休学を経て、結局退学した。今もそれほど状況は好転していない。
それ以降、アパートに戻っておらず、契約けが残る状態が続いていた。

丸3年放置されていたため、さすがにだめだろうと父へ打診し、今年の5月に父と僕で片付けと解約を行った。この件については妹は一言も口を聞かなかったので、二人で強行した。
大人二人いればなんとかなるだろうと2泊3日で予定を組み、自分が先行して部屋に入って片付けを先行する手はずになった。
この件については全く頑なな妹の態度から、「人が死んでるのかな?」とか、「異臭騒ぎになっているはずだからバラバラにして冷凍されているかも」とか、「郵便受けに大量の督促状とか入ってたらどうしよう」とか、出発までの数日間はそんなことを勘ぐり、心中穏やかではなかった。
父が出発当日に妹に声をかけたが、部屋に引きこもって出てこなかったらしいので、結局父と二人で作業も行うこととなった。

大家さんに借りた鍵(妹は持っているとも無くしたとも、何も言わなかったらしい)を使い、ドアを開ける。
アパートはよくあるタイプの1Kで、玄関から入るとキッチンがあり、扉を挟んで左にユニットバス、奥の戸を開けると6畳の居間があるという構造自分は妹のアパートにこの時初めて入ったが、大学時代は全く同じ間取りアパートを借りていたので、。

開けた瞬間、なんとも言えない臭いが真っ先に鼻についた。多分、配管の中の水が蒸発しきって、下水臭いが逆流していたのだろうと思う。3年間開けていたのでこんなものかもしれない。
玄関は、空き缶が詰められた大きなゴミ袋(45Lくらい)と、紐でくくられた雑誌が何束か、それと買ってきたであろう掃除用具が転がっていた。
次に、左側のユニットバスの扉を開ける(内心、かなりビビっていた)。ゴキブリカマドウマ死体が転がっていたり、シャワーカーテンが真っ黒にカビていたり、臭いも更にきつかったけど、思っていたほどではなかった(シャワーカーテンなんかは消耗品だし)。とはいえ、ここで用を足す気には全くなれなかった。

最後居間の戸を開ける。が、30cm位しか開かない。何かがつっかえているらしい。30cmの隙間からは、ゴミ部屋が広がっていた。テレビで見た、あのゴミ屋敷のような部屋だった。
床が見えなかった。ベッドと同じ高さまでゴミが層に積み重なっており、畳なのかフローリングなのか、カーペットを敷いているのかどうかとかは全くわからなかった(ちなみにフローリングの上にカーペットが敷かれていた)。

その後合流した父と3日間(作業時間は丸2日)をかけて、なんとか片付けを終え、解約までこぎつくことができた。
可燃ごみは45Lのゴミ袋で40袋弱、ビン・缶が10袋程度、ペットボトルも同じくらいで10袋、粗大ごみが約100kg、これに加えて冷蔵庫洗濯機リサイクル家電処分した。

教訓と考察

ゴミ屋敷の片付け作業において

片付け作業でのポイントを忘れないように記録します。もう二度とやることは無いかもしれませんし、そう願っていますが。

事前に”どの程度の”状況なのかは把握したい。
妹がこの件については全く口を割らず、また僕も父も部屋に入ったことが無かったので、状況がわからず、準備も中途半端になってしまった。
もし屋敷と言えるくらいの広さだったり、糞尿があるようなら、心身の衛生のためにも、専門業者に頼んだほうが良いと思う。今回はそういうのが無かったので、なんとかなった。運が良かった(?)。

二人以上で作業するのは必須だと思った。一人では絶対心が折れる
僕は心が折れた。居間をひと目見ただけで、頭の中が真っ白になり、10分くらい部屋の前で狼狽していた。動転していた中、「とにかく十分な装備が要る」と思い、部屋からいったん離れて近くのスーパーマスクゴム手袋軍手ウェットティッシュ調達した。部屋に戻り、まずは何かに着手しようと玄関に散らばっていたカタログ雑誌を、紙紐(転がっていた掃除用品の中にあった)で縛り始めた。雨が降りしきり、薄暗い玄関で黙々と作業しながら、「妹はこんなところで6年間も住んでいたのだろうか」「こんなところにいたら頭がおかしくなるに決まってるやろ」「こんなしょうもないものに囲まれて、6年間で何が得られたんだろう」「玄関にあった掃除用品は自分でなんとかしたかったけど、どうにもならなかったのだろう、自分を恨んだり呪ったりしたかもしれない」「なぜ助けを求められなかったんだろう」「今もそう、どんな思いで、どんな気分で生きているんだろう」「なんでこうなったんやろ、なんでやろ」と頭がぐるぐるし、だんだん悲しくなり、終いには泣きそうになっていた。作業したくない言い訳かもしれない。その後、父が到着するまでの間、恥ずかしいことに作業を投げ出して近くのカフェに逃げ込んで、清掃業者を調べていた、というか茫然としてしまっていた。
父が加勢してからは、とにかく話しながら作業した。話すことがなければ、「オラオラオラ」とか「うげーなんじゃこりゃ」とかなんでも良いか独り言を出して、”黙々”という状況をなるだけ避けた。そうして余計なことを考えないようにした。独り言は案外一人では言えないものなんだな、というのも初めて得た気付きだった。

できれば一緒に作業する人は年長者が良いかもしれない。
僕の父は、僕ら兄妹の引っ越し祖母遺品整理などを手伝っていたので、片付けは手慣れたもので、そういった作業用キット(父曰く「いつものやつ」)を自前で作って実家から駆けつけてくれた。僕が狼狽して入れなかった居間を見ても、「おうおう、アイツ(妹)、なんちゅう散らかしようや。ちょっと中入ってつっかえてるもん取って」と怯まなかった。「あ、このおっさん、やる気やな」と、自分もここで覚悟を決めた。

車も必須可能なら、軽トラなどを借りておきたい(量が多いのと、ゴミなので車内を汚したり臭いをつけたりするため)。
借りるときは、片付けている部屋から持ち込み可能自治体清掃センターがどの程度離れているのか、といったところから積載量も考えた方が良いかもしれない(遠いとこまめに運んだときタイムロスになるため)。

土足で作業すること。そうでないと身動きが取れない。靴もできれば底が頑丈な登山靴や安全靴が望ましい。ゴミの下に鏡などがある(今回はゴミの下から合計5枚、そのうち2枚が割れていた)。自分も気づかずにそれを踏み抜いたが、軽登山可能な厚手のスニーカーだったので助かった。
土足に加えて、ゴム手袋マスクメガネ(花粉症用の装備が良いかもしれない)は必須。3年人が住んでいなかったので臭いはそこまでだったが、代わりに埃っぽさが酷く、メガネが無いと危険だった。実際、作業が終わるころにはレンズホコリで白くぼやけていた。衛生面でダメージを受けるとモチベーションがすっごい下がるし、何より感染病とかが心配になってくる。

作業スペースが限定されるので、二人で作業するときはきっちり役割分担をすること。
居間ゴミ処分作業の中心になるが、動けるスペース・何かを置いておけるスペースが全く無かったので、二人が作業するためには何らかの作戦必要になった。
そこで、僕がとにかく可燃ごみ・ビン・缶をゴミ袋に詰め込みまくって部屋を原状復帰させること、父がダンボール分別必要もの解体や、分別必要ゴミの分解、雑誌などの資源ごみの紐括りなどを担当することにした。そうすることで、足の踏み場がない居間には僕、玄関には父という配置で、前衛の僕が分別できないゴミ玄関に投げ、後衛の父が投げられたゴミを処理するというフローができるので、二人の動線干渉せず、効率的作業できた。

進捗は正義
床に敷かれたカーペットが少し見えたときは「このゴミ無限ではなく作業意味があるんだ」と勇気づけられたし、いっぱいにしたゴミ袋の数を数えるのが少なくともそのときは僕にとっての勲章だった。2日目の午前、居間の奥の窓まで到達し、締め切られていたカーテンと窓を開け、光と風が差し込んだときは「ライン川を渡った連合国軍兵士はこんな気分だったのか」と思いながら、ガッツポーズをしていた。完全に頭が湧いているけども、何にせよ進捗をあげている気分になれないと、無限に続くような作業に耐えきれなかった。

一番ゴミが多いのはベッドの周り。
ゴミ屋敷になってくるとベッドの上は最後生活圏になるので、燃えるゴミの大半はここから出るのだろう。実際、ゴミ袋に詰め込む作業時間の7割程度は、ベッドの周りに関わっていたと思う。逆にベッドからというところのゴミは、実はベッド際ほど層が高くなかった(放り出された空のダンボールが折り重なって、最初は見えなかったが)。
ちなみにベッドの周りのゴミの中に、(合算すると)現金十数万円が埋もれていた。大事な物もきっとベッドの付近で見つかるのだろう。「こうして廃棄品から千万が見つかることになるんやなー」と父がのん気にぼやいてた。そのとおりだと思う。

ゴミ屋敷にしないためにできることはなんだろうか

延々と続く作業の中で、「なぜこうなってしまったのだろう?」と考えていた。
妹が精神的に患っていたこともあって決して一般論ではないですが、自分一人暮らし経験とも照らし合わせながら、整理したい。

ベッドの周りのゴミの中で特に多かったのは、ティッシュビニール袋、綿棒、割り箸から揚げ棒や焼鳥の串、500mlの牛乳パック、レシートアイスの棒とカップ、コンドーム(もちろん全て使用済み)。要するに、普通は捨てることに一切躊躇しない物がほとんどだった。
でも人によっては、ビニール袋は「何かに使うかも」とか、レシートは「いくら使ったのかわからなくなるのが不安」とか、そういう(場合によっては無意識的な)抵抗が働くかもしれない。捨てるときには、その都度、軽重異なるが判断が求められるし、捨てて得られるものも無いので"保留"という形で、なんとなくそのへんにうにゃむにゃしてしまうのかもしれない。
上でも述べたとおり、ベッドの周り(特に上層)はもはやゴミ屋敷化してしまった状態での行動を反映していると考えられる。この時点では、もう何かを判断する力を失っていたのだろう。ベッドの周りには大量のバファリンもあった。ゴミ屋敷とかそれ以前に、妹がそうなってしまう前に手立てを打ちたかった。悔やみきれない。
「余計なものを買うから、ああなるんだ」と思い込んでいたが、そうではなく「本当にしょうもないものも捨てられないから、こうなるんだ」という当たり前の気づきもあった。

あれだけ汚い居間の中で、中身の入ったゴミ箱・ゴミ袋の類が不思議と見当たらなかった(未開封の市指定ゴミ袋は片付けの途中で見つかった)。
捨てることがシステムの中に組み込まれておらず、捨てるハードルを高くしてしまっているというのもわかった(これは自分一人暮らしの中で覚えがあって、生ゴミ用に蓋付きのゴミ箱を買ったが、ゴミを放り込むのも、袋を出して捨てて入れ替えるのも面倒になって使わなくなったことがあった)。
ゴミ箱なんて使わずに、不格好でもそのままくくって捨てられるように市指定ゴミ袋を部屋に転がしておき、そのゴミ袋の下とか横にでも換えのゴミ袋を置いておくなど、とにかく「捨てやすい、ゴミ出ししやすい」を状況を作ることが大事なのだと思った。

捨てられない人にとって、通販は敵。
ダンボール処分に困る。解体担当の父もうんざりしていた(任せきりですまんかった)。硬くて解体しくいし、資源ごみだし。中身の方を早く取り出したくてダンボール処分どころではないかもしれない。
特にひどいなと思ったのはニッセンで、ゼクシィみたいな分厚いカタログが何冊も何冊もゴミの山から出てきた(発狂するかと思った)。体積的には、ニッセンで買ったものより多かったのではないだろうか。資源ごみは回収日が限られていて、しかも包装ビニールから取り出して紙紐で縛るなど手間がかかるので、捨てられない人間はあっという間に溜まる(自分定期購読した雑誌を、未開封状態積読した覚えがある)。
ゴミの下層の方に多く見られたのも、もともと捨てる手間が大きく、また捨てるメリットも少ない(生物のように腐ったりしないし)ので、まだ正常な判断ができる初期の時期でもなかなか捨てられず、結果、ゴミ屋敷へのトリガーとなるのだろう。

仕送りも敵。
ごみの下層でほったらかしにされたダンボールの中には、自分も見覚えのあるものメーカーのもの散見された。送り主は母で、仕送りされたものだった(僕も同じ時期に別の地方大学へ進学し、一人暮らしをしていたときに送られてきていた)。
中身はマヨネーズとか、ごま油とか、缶詰とか、そういうどこでも買えるような食品だったが、台所を片付けていたときほとんど未開封なのに気づいた。確かに、そのへんで買えるもので、しか調理しないと使えないようなものなど邪魔しかない(僕は強く「仕送りをやめろ、やるなら現金にしてくれ」と伝えていた)。
送られた品というのはなんであっても捨てにくいものだし、ましてやそれが一人暮らし栄養状態心配する母なのだからなおさらだありがた迷惑とはまさにこのことなのだろう。残念ながらこれもゴミ屋敷トリガーとなっていたと思える。

これは僕の直感なのだけど、一面床が見えなくなったらおしまいで、誰かに助けを求めたり介入したほうが良い。
床にゴミがある状態というのは、心理的ストレスが高い。捨てたくなるはず。だけど、一回ゴミで覆い尽くされたら、あとは高さしか変わらないのでゴミが増えたことを認知できない。そしてその期間が長くなるほど、もはや変えられない事実になる。ちょうど僕が初めて居間を見て「これは専門業者に頼むしかない」と感じたときと同じ絶望に、毎日毎日曝される。
この状況を打破するためには、他の誰かの助けがいるのだと思う。

どうでもいいこと(なんか汚い話)

初日に父がアパートに到着したときのこと。ユニットバスを見ると「うわーきたなー」と言いながら、そのまま入って、じょぼじょぼじょぼとおしっこをしていた。ちなみに2日目には自分大事荷物ユニットバスに置き、3日目には大の方もしていた。団塊世代の衛生感覚、恐るべし。僕は最後まで我慢してしまった。

意外とゴキブリは居らず、生きているのは1匹も見なかった(これは地域特性かもしれない)。
その代わり、5ミリくらいのうねうねした、尺取り虫のような、ちっちゃなムカデのような虫がそこかしこで這っていた。なんだったんだろう。

賞味期限が5年前に切れた卵の処理は簡単乾燥しきっているので液体ではなくなっていた(冷蔵庫の中だからかも)。

2018-04-24

ちぢれげ

友達の家に泊まりに行くと、座ったカーペットチリチリの毛が落ちていた。恥ずかしくなってこっそり拾って捨てる。自分のだと思って、内心すごく焦った。

でも今日一学校行って帰ってよく考えたら私のじゃない気がしてきた。だって何も脱いでないし。お風呂上がりとかなら何となくわかるけど。家上がってすぐだったし。

そうだったらめっちゃ恥ずかしくなって焦って拾って捨てたの、損!

どっちのかわからない!て状況なら誰しも毛は落とすよねぐらいの気持ちで捨てたのに。何であのとき自分のだ!てなったんだろ。

は〜やだね

2018-04-01

”スチーム・ジョブス”

約 150 件 (0.34 秒)


カーペットクリーニング会社らしい。

2018-03-14

家の中では靴を脱ぐ、履く分かれ目って何?

別に、よその文化文句つけたいわけじゃないことだけ、前置きしておく。

単純な疑問だ。

日本じゃ靴を脱ぐのが普通だけど、そうじゃない国もある。

国によっては、家庭の采配で、靴を脱ぐか脱がないかに分かれたりする。

うちは日本によくある、玄関で靴を脱ぐ家庭だ。

ちなみに留学経験はない。

逆に家の中でも靴を履く家庭って言うのも、少数だが日本にもあるかもしれない。

だが外国でも室内でカーペットを敷いて、泥で汚れたら定期的にクリーニングしていると聞いてから「なんでだ?」と思った。

なぜ汚れるようなことをしているのか、意味がわからない。

土足なんだから汚れるに決まってる。

逆になんで汚れるのがいやならカーペットを敷いているのか。

クリーニングするということは、きれいに保ちたいということじゃないのか?

ますます訳がわからない。

外では何を踏んでいるかからない。

酔っ払いゲロとか犬の糞とか吸い殻とか、目を背けたくなるものも大量に踏んでいるはずだ。

バスルームではどのタイミングで靴を抜いでいるんだろう。

靴下はいつ履き替えているのか。

寝るときバスローブやパジャマに着替えるとき、どうやって着替えるのか。

水虫や足の臭いが、ものすごいことになっていそうだ。

考えれば考えるほどわからなくなった。

靴を脱ぐことそのものに抵抗を感じて、よその家で靴を脱ぐように言われたら、帰ろうとしたという話も聞いた。

結局、ビニール袋で靴ごと足を覆ってから家に上がった、なんていう話を聞いたら、さらに分からなくなった。

もやは靴をはき続けることにこだわっているというか、靴は体の一部だと思っているらしい。

靴を脱ぐことは裸になるのと同義、というぐらい恥ずかしいことだと、考えているみたいだ。

プール海水浴の時、どうしているんだろう。

靴を履いたままでいる外国人なんて見たことないぞ。恥ずかしくないの?

それとも、水泳の時は「それとこれとは別」なのか?

じゃあ逆に、なぜ土足で家に上がることにこだわりを感じるんだ?

その羞恥心水泳の時だけ消える都合のいいもの

謎だ。

2018-02-24

anond:20180224130213

床に、配線用の底上げをしてその上にタイルカーペットなんかを敷くので、床下にコードが全部隠れるの。

私も引っ越すなら先にこれにしたいって思っちゃう

https://item.rakuten.co.jp/harry/c/0000001001/

こんなん

2018-02-22

おやすみなぞなぞ

「ホカペ」は「ホットカーペット」の略ですが「ハナピ」は何の略でしょうか?





正解は花キューピッドでした。

2018-02-05

anond:20180205112451

20年のマンション

ドライヤー

ティファール

電子レンジ

ホットカーペット

あたりを併用してると笑っちゃうくらい落ちてたので、えいやとMAXの60アンペアに変更したらまったく落ちなくなったよ。基本料1000円も変わんないし俺は満足している。

2018-01-31

部屋をオシャレにするコツ

次の4点で部屋はかなりオシャレにできる。

・まず自分の好きな色で明るい色と暗い色を1色ずつ決める

・次のとおり色を揃える、カーペットはどちらでもOK

  暗い色→カーテンテーブル、棚、ベッド、(カーペット

  明るい色→ソファ、クッション、(カーペット

カーテンと照明にはお金をかける、他はかけなくてOK

観葉植物を置く

2018-01-28

さむがりや

05:32 布団からでる。リビングでご飯が用意されるのを待つ。また同じご飯だ。

05:40 ホットカーペットが暖かくなってきたから座る。何も考えない。

07:05 うるさい家人がやってきたから、自分の部屋に逃げる。寒いから、また布団に潜り、目を閉じる。

13:54 お腹が空いたので、ご飯を食べる。ついでにトイレも行く。

14:08 うろうろしたが、特にやることがないので、布団に潜り、目を閉じる。

20:20 お腹が空いたので、ご飯を食べる。ついでにトイレも行く。

20:28 うろうろしたが、特にやることがないので、布団に潜り、目を閉じる。

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