はてなキーワード: 寅さんとは
弱男度:★★★★★
悲惨度:★★★★★
弱男文学界のラスボス。貧乏でブサイクで字も読めない性格も悪い主人公阿Q(仮)が、何の救いもなく転落していく話。
「精神的勝利法」という思考法も阿Q(仮)を弱男たらしめている重要要素。底辺なのにプライドは人一倍高い。
金持ちの女中に言い寄ろうとして逃げられ村八分になり、盗みを働くようになる。
革命に便乗して騒いでいたら、最後は頭が悪いせいで冤罪で処刑される。
何が悲惨かというと、死んで悲しまれないどころか死自体が冤罪で無意味なところ。
弱男度:★★★★☆
悲惨度:★★★★★
阿Q正伝が東洋の弱男文学代表だとしたら、ノートルダムのせむし男は欧州代表。
主人公カジモドは見た目がキモいという理由で親から捨てられて幽閉されて育てられる。
自分に優しくしてくれた美少女に恋するけど、美少女はカジモドに怯え、チャラ男騎士(既婚者・クズ)に恋をする。
美少女は自分に振り向くことなく処刑されて、カジモドも追いかけるように死ぬ。
カジモドは阿Qほど性格が悪いわけではないので、弱男度は少し下がる。
弱男度:★★★★☆
悲惨度:★★☆☆☆
「豚」というあだ名の自称「もぐら」は、名前通り豚のように太っていてモグラのように穴蔵にこもって生活している。
穴蔵は地下の採石場跡でシェルター。そのうち起こる核戦争に備えて「方舟要員」にふさわしい人間を探している。
そしてインチキ昆虫を売る元自衛官、サラ金取り立て屋、結婚詐欺女を選出する。
そんなこんなしているうちにジジババ清掃隊やらDQNグループがシェルターに入り込んでくる。
この主人公もぐらは見た目がキモいだけでなく、結婚詐欺女の放尿音を聞き耳を立ててたり色々キモい。
ただ阿Qやカジモドと比べて、まだ人間扱いされているのと、他の登場人物ももぐらと変わらず全員クズで悲惨度は低め。
詐欺女には鴨にされているフシが有るけど。
弱男度:★★★☆☆
悲惨度:★★☆☆☆
よだかは兄弟は美形なのに自身はブサイクなせいで嫌われていて、終いには「鷹」と名乗るなとまで言われてしまい、故郷を出奔する。
その内自分以外の生命を食べて生きている事自体に嫌悪感を抱くようになる。
いっそ焼け死んでもいいと太陽に近づくけど「星のところにいけ」とあしらわれ、
星のところに行っても相手にされない。どこにも居場所がなく飛び続けて最後は青く燃える星となる。
一見するとかなり悲惨だが、阿Qや豚と違いむしろ人柄は高潔で最後は星になっているので弱男度・悲惨度はやや下がる。
弱男も高潔な魂を持てば星になれるよ…。いや、現世で何とかしてくれよ。
「弱者男性であることと性格の悪さは関係ない」というコメントが有るけれど、
性格は人間が社会生活をする上で重要なパラメータなので無関係ではない。容姿や年収や健康と同じぐらい重要。
ブコメに上がっている「寅さん」は、ダメ人間だけど憎めないところがあって、
おそらく困窮してもさくらやタコ社長が助けるだろう。そういう意味で弱男度はかなり低くなる。
のび太もだめな子だけど、しずかパパが「人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことができる人」と称賛するぐらいの人柄で弱断度は低め。
はんちょう、とかまんまやん。寅さんとか。
父親、70代前半。
元々障害(軽いと言えば軽い)あったり、脳梗塞かなんかでちょい体動かしにくくなったから元増田のとことどっこいどっこいかな。
定年後もめちゃくちゃ元気だったけど、入院した後、飲酒とDVD鑑賞の毎日。加えて去年一昨年と立て続けに父親母親亡くして一気に老け込んだ。
すごくキレっぱやかったけど、なんか感謝とか労い聞いたこともない言葉を口にするようになったり人の心っぽいものを手に入れた(フリはできるようになった)
元々人の気持ちがわからない人間で相談と🦀は乗ってくれないし相談しようとも思わないけど(他の兄弟も同じ気持ちだったり心配かけたくないとかで相談とかしない)
多少の友達が残ってて、月に2~3回は父と遊んでくれている。
加えて町内会みたいなの(田舎なので)があってそれだけはなんとか出席してる。
王様、独裁者タイプだけど、お金は持ってて人に振る舞うのが好きなので仲良くしてくれる人が残っている。実は寂しがりなんだろうし。
お酒を買っておくとほんとに出かけなくなるので、酒は自分で買いに行ってもらってる。
近所のコンビニだと4~5本ぐらいが限界。カート使えるディスカウント店とかで箱買いしてちまちま運び込んでたりしてる。
衝突回避システムを信じてるよ。ちょいちょいぶつけるので、本人も自覚あるのと、朝から酒飲んでるので、乗るのは月に2~3回に激減した
晩飯は週に5日か6日、都合悪い時以外は作ってて、都合悪い日の前日はカレーとか作りおいてたけど、色々面倒になってたまにしか作らなくなった。自分の分のお米炊いたりはしてるけど
食が細いので、2~3回に分けて食べてる。あとはカップラメーンminiとかふりかけごはんとか
冷食とかあったら勝手に食べてる
昔切れ散らかしてたのがウソのように丸くなった。
相撲と笑点はわざわざテレビのある部屋に来てリアタイで見てる。あと前シーズンの朝ドラと。今のは見てないっぽい。
あと、新しい番組とかついていけてないようで、昔から何度も見てる映画とかのDVDを繰り返し見てる。
幸いにして家が広いので、父の部屋の近くまで行かないとその音は聞こえないけど、いつも同じBGMが流れててちょっと引く。
かまちょだったのが、孫の遊んでる姿を優しく見守って、独り言行って、眠くなったら自室に引っ込んでとか、なんか優しくなっとる。落ち着いた
私が結構ドライな性格で、面倒だったら見捨てるオーラをぷんぷん出しながら色々してたから、人が変わったようで、近所のおばさんとかに私に見捨てられたら生きていけないとか漏らしてるみたい。冗談だろうけど
ごめんね、見捨てるよ
まだ体動いて判断力あるうちに、入れるところ探してね
徒歩5分とかでしんどいとかいうので、ほんとにお酒とか買いに行くのがリハビリというか最終防衛線になってる。
そういえば、うちに出入りしてた酒屋さんとか近所の雑貨店の人が、似たような年代で独り身の男性がことあるごとに色々頼んできて、ほっておくわけにもいかないって愚痴ってたなぁ。
感謝も薄いというか、ありがとうが言えない、表現できない、そろそろ限界だなーって。
民生委員さんとかかな~て思った。それかお寺か。
あと、自分で飼い始めたお犬様なのに全然世話しない。(おばあちゃんの役目から私に自然と引き継がれた)
ひなたぼっこしながら縁側で庭のわんこに餌あげたりするのは増えた。
わたしひとりで全部背負おうとして去年は私が折れかけてた
私がこんな性格なのと、母とはとっくに離別してるのと、ご近所さんとかの付き合いが残る古い地域なのがまだ最悪の方向に行ってない要因だと思いました
ワイはもう40過ぎたけど「気持ち」なんて変わらないよ。ていうか「その時その時の気持ち」しか人間にはないんだから別に30だろうが35だろうが40だろうが変わんないよ。
変わるのは「感性」だと思う。
感性は経験に影響を受けて変わる。例えばガキの頃に親が見てる隣で見てクッソつまんなかった「男はつらいよ」を最近たまたま見直してみたら、寅さんに感情移入して「つ、つれぇ~」と普通に感じるようになったりする。
それなりに内容覚えている思春期前に見た映画(ドラマでも漫画でも本でもいいんだけど映画が一番違いを感じやすいと思う)で、面白かったやつと、世間的にはウケが良かったはずだがつまんなかったやつとを一本ずつ見直してみると良いぜ。意外と評価が逆転したり、逆転まではいかなくてもガキの当時とは心にグッとくるポイントが全然変わっていたりする。それが感性の変化だよ。
だいたいの人は子供が産まれたらやっぱ他人の子供にも何となく目が行くようになるし、それ以前に他人の子供が騒いでた場合に「うるせえな!」と感じていたのが「お互い大変っすよねー」とか思うようになったりするわけだ。親としての経験を経て感性が変わってるってこと。元増田は事前に思っていたほど劇的な変化が自分に起きていないので戸惑っているのだと思うが、まあゆっくりやっていこうや。
次に、変わるんじゃなくて、変えるべきなのが「態度」だよ。
元増田がもうすぐ30とのことで、例えば今度の春の新卒新入社員とは6歳差とかだったりするわけだ。6歳差つったら新卒が小1の時に自分は中1だぜ。小学生から見た中学生なんて超大先輩だし、自分が新卒のときの30手前の先輩とかすげー「主力」感だったりしたでしょう。
まあこれはアラサーアラフォーのオッサンオバハンがやらかしがちなことではあるんだけど、年長側からするとけっこう年下の相手でもなんか全然気楽に接しがちというか、役職とかの違いはあれども別に気にしないみたいな感じになってしまうのだが、下から見たら全然そうじゃないんだよね。
元増田は今度の新卒の子から既に相当「後輩として、先輩に配慮した態度」を取られる立場なわけで、じゃあこっちも「先輩であること」を前提にした態度に変えなけばならない。
この立場の差をテストするのには、後輩の子に明らかにつまんないダジャレ・ギャグを言ってみるとよい。相手が明らかに愛想笑いしてくれてたり、ツッコむにしても優しいツッコみだったら、自分は相当に配慮されているということである。
自分が若い時に目上の人からどういう風に接してほしかったか、どう接してくれたら嬉しかったか、逆にどうされたらウザかったかを思い出してみよう。あなたの取るべき態度の答えがそこにある。
『のび太と空の理想郷』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ。
85点ヤッター! 点数の基準は「上映時間+映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。有り体に言えば凡作+程度であって満足ではないんだけど、個人的な加点要素として「映画館のサービスディを利用して1,200円でみた」「やっぱVガンはいいよね」があるので実は加点で100点。余は満足じゃ。
さらわれた幼子の魂が心を操る光を落とさせるのでしょうか。映画ドラえもん、『のび太と空の理想郷』
見てください!!
全体的の凡作と評したとおり、いつものドラ映画の構成で退屈感はあり、ひねりもテーマ性もドラ映画の傑作と比べて足りてないのだけど、「未来世界の犯罪者が空に浮かぶ巨大要塞都市にさらってきた人々を満載して、『人の心を操る光』で心の優しい優れた人間に改造して世界を平和にする計画を立てている」という、おい、おま、Vガンダムだろ。という立て付けなので歪んだおたくであるワイは楽しめました。
パーフェクト小学生のび太の「わるいね、またホームラン撃っちゃって」っていうセリフには一聴の価値があるとおもいます。一方でしずかちゃんのシャワーシーンには「裸のお姉さん!?」という台詞はありませんでした。
最近の新作ドラ映画の悪いところである「なんかクライマックスっぽいシーンで友情とか友達とか大切とか、そういう盛り上げワードを散りばめただけの、実は説得の理屈的にはあんま意味合いのないセリフをぶっこんで、とりあえずいい話風にしときゃいいだろ」っていうのは、この映画でも健在で、そういう意味ではすごくダメな映画なんだけど、ドラ映画に対する期待値が宝島でマイナス方向二次元突破してたから無傷ですんだ。
ボクサーを撲殺したのは僕さ
これから満で数つけるわ
ナンを何枚も食べるのなんて、なんでもないよ
新患の新幹線に関する新刊に新館を立てて震撼し信管が作動する。
ケニアに行ったら生贄や
柑橘類の香りに歓喜し、換気を喚起したが乾季が訪れたので、寒気がした。
塗装を落とそうか。
観光客がフイルムに感光させた写真を刊行することが慣行になった。
サボってサボタージュ
景気が良くなりケーキを食べる契機を伺う徳川慶喜(とくがわけいき)
夫を成敗するオットセイ
つまらない妻の話
竹の丈は高ぇなー
餅を用いて持ち上げる
ロストしたローストビーフ
サボテンの植え替えサボってんな
過度な稼働は可動範囲を狭める
伯爵が博士の拍手に拍車をかけて迫真の爆死をし白寿の白人を白紙にもどす。
紅葉を見て高揚する
甲子園で講師をする公私混同した孔子の実力行使には格子窓も耐えられない。
死んでんのか?「心電図を取ってみよう!」
夜祭で野菜を食べる。
信玄餅を食べながら震源を特定するように進言する新元素を発見した人。
蜂の巣(honeycomb)を見てはにかむ
五反田で地団駄を踏む
ようやく要約が終わった
海溝で邂逅
豪華な業
甲板で甲板をかじる
甲板で乾パンをかじる
店頭で転倒
大枚をはたいてタイ米を買う
醤油をかける人「えっっ?」
神田でした噛んだ
少食な小職
牛の胆嚢の味を堪能する
あの娘にはどう告っても(どうこくっても)慟哭する結果に終わるだろう。
キーンという高音の起因が掴めない。
こんな誤謬は秒でわかるだろ
壊疽した箇所が治るというのは絵空事だ
経口補酔液
痴的好奇心
セントーサ島に行くのは正恩が先頭さ
軽微な警備
冬眠する島民
ベットは別途用意してください
The deserted desert in desert desert.
九尾のキュービズム
罹災者へのリサイタル
画家の画架
不納が富農になるのは不能だ
理工がRICOHに利口な履行
I sensed tha it is in a sense sense.
私はそれをある面では扇子だと感じた。
鯖を食べている人と、それを見ている人の会話
鯖 ça va?
ça va 鯖
ça va
ゆめゆめゆめをみるわけにはいけない
早漏で候
凪に難儀
東上線に搭乗した東條が登場
高校を後攻で煌々と口腔で孝行
蝉が転んでセミコロン
道徳をどう説く
写真はフォトんど撮りません
ダリ「絵ぇかくのだりぃなあ」
華美な花瓶のカビに過敏に反応
檻に入っておりいった話をする
夏のおサマー
夜は寝ナイト
渦中のカチューム
渦中のカチューシャ
リスボンでリスがborn
どうないはどないなってんねん
苫小牧でてんてこ舞い
市内を復旧しないと
石狩の石を借りる
おが置いてあるのを見た人「おはおっかねぇーから置かねぇ方がいいぞ」
砂がどしゃーw
東上線に登場した東條が登場
飽きない商い
おなか吹田市
観劇で感激する
側転に挑戦し即、転倒
別件を瞥見
凹地のお家
魚を初めてみた人「うぉー」
カラヤンの頭の空やーんw
豚をぶった仏陀
只見線をタダ見w
菊名でそんなこと聞くなよ
五秒で死んで御廟に埋葬
がらんとした伽藍
有給を使いすぎて悠久の時が流れた
長谷に想いを馳せる
Thinkerの真価
不具の河豚
暗記のanxious
半世紀にわたる半生での藩政を反省
タンチョウが単調増加
ショック死内親王w
カルカッタの石軽かった
天皇のこと知ってんのー
蒋介石を紹介した商会を照会した商會の船で哨戒する
其方のソナタ
先王に洗脳される
防潮堤で膨張した傍聴人
砂漠で鯖食う鯖を裁く
筒に入った膵島
サイコロを使った心理テスト(psychological test)
カラシニコフが辛子個踏んだ
皇帝の高弟が公邸の校庭の高低差を肯定する工程に拘泥した記録を校訂
にようかで酔うか?
うるさい人が売るサイ
どんなもんだい、を、どんなムンバイ、と言い間違える人
透徹した饕餮の眼球
チャカで茶菓を破壊
slimyなすり身
ゆうほど広くない遊歩道
いにしえのイニシエーション
コーランをご高覧ください
K殻の傾角を測定する計画
協賛した共産党員に強酸をかける
負けたのは聖者の静寂のせいじゃ
裏地見るウラジミール
カミオカンデの上に紙置かんでw
県大会がおわり倦怠感を感じる
夕暮れのユーグレナ
ストライキをする公務員に呼びかける人「 Stay calm(公務)」
エド・はるみの穢
祭壇を裁断
腐卵ダースの犬
全然人が集まらないクラブの人「参加数人は我々の十八番ですから。だけに。」
四苦fuck
都バスが人を跳ね飛ばす
怒るカロテン「なにカロテンねん」
嫌がる慰安婦「いやんっ」
かえるがえる帰る蛙
沈厳な青梗菜
トリコロールの虜
布陣を組む夫人
栗けっとばすクリケット🦗
婉容と遠洋漁業
アマルガムで余るガム
ハラスメントの疑いを晴らす
滋賀を書けない人を歯牙にも掛けない
他意はないタイ人の鯛の態度
鯛が蛇足
ダジャレではない↑
割と面白い
ハラッパーの原っぱ
紫に関して思案を巡らす
Huluが夏の風物詩だと思っている人「Huluですなぁ」(風流)
下調べのムニエル
わからないので
意味ない諱
よく分からんリポーター「うわぁ〜美味しそうですね!少なくとも不味そうには全く見えません!」
どうしても下がりたくない人「黄色い線の内側は、境界を含みますか??」
計算ができない人
着ていく服を決めた高橋是清「これ着よ」
enough、enoughは工夫がenough
負け負け山(カチカチ山)
薬師丸せま子
トーマス・マンの書いたふるさと「うさぎ〜おーいし、魔の山〜♫」
その心は
焼結が猖獗を極める
これはstaleだから捨てるか
衒学的な弦楽を減額
完全な勧善懲悪
イボ人の疣痔
イブに慰撫
(訳 ぬるぬるしてるありふれた魚)
盲いるのに飯いるの?
アーヘンで阿片を吸った人「あー変」
毒吐く独白
明借りるアスカリ(車)
丁寧な砂浜「Could you九里浜」
ゴーンと奉公
その心は
サンクチュアリに山窟あり
熟れたウレタンは売れたんか?
清澄な声調を静聴し成長
プエルトリコで増える虜
象さんを増産
兄弟が今die
Dose heで始まる疑問文に答える京都人、Yea, he どす
ソフィカルのソロカル
美人局に筒持たせる
十把一絡あげ
篤信な特進が涜神を得心
これは何という植物かな?ムユウジュでは?あそっか、なるほど。
クートゥを食うとぅいいよ
マイソールで昧爽に埋葬
ドクサは毒さ
暗殺で朝死んだ
クラシックについて語る人をそしる人「弦楽なんてペダンチックだなあ」
凛々しいリリシズム
衛生的な俳人
御髪も亂とはオクシモロンだ
コロナ後の世界を分析する学問→postcoronialism
影響が色濃いイロコイ諸族
あてのあてないアテナイ
よく言われる「昔は、いまでいう発達障害者にも居場所や仕事があった」っていう変な擁護論をみて、現状に即してないと思うけどさ
もしそうなんだとしたらじゃあいつから差別されるようになったの?
単純にいって、40~50年前までは「発達障害者」も中卒とかで職人やったりオフィスのお茶汲みやったり映画の寅さんみたいな生活してたり、それで生計立てられて結婚も平気で出来てたとしましょう。
その時は「言われたことしか出来ない」「空気をあまり読めない」「粗暴なところがある」「ぼんやりしている」けど、それがそいつの素朴な性格であって、キモいとかヤバいとかウザいとかそういう感情に直結しなかったと。
もっと生活に密着していうと、「もしも娘が発達障害者と付き合ってたらどうしよう」「もしも職場に入ってきた新人がアスペだったら嫌だなあ」「私は夫のせいでカサンドラ!ギャーギャー」みたいな概念がそもそも無い訳だ。
今でも、自分の娘や息子や親戚や親友が「知的障害者と付き合ってます。ほら、手帳もあるんだよ」といったら?例え交際の自由がちゃんと憲法に書いてあっても、自分が健常者だと思ってる連中はどこまで差別心と余計なおせっかい心を持たないでいられるか?
発達障害やアスペはその知的障害者と似た様な枠に、それも21世紀になってから急に放り込まれたわけだ。
そしてほとんどの当事者は、社会生活上の尺度から見て、例えばCPの人達みたいに「決定的な困難さ」を持っているわけでも無いから、単純な哀れみも受けられない。当事者運動も社会への同化がなぜか前提となってるから「青い芝の会」みたいな運動も全然起きない。
気が付いたら、用語だけ勝手に広まって、「発達障害者を職場に入れないようにするには!」「私の夫がアスペだった!ギャー」「社会の脅威、ケーキを三等分できない境界知能!」みたいな使い方しかされてない訳だ。
「医者に発達障害と診断されたから普通の人生を送るのが困難になったのではなく、社会において普通の人生を送るのが困難だから障害と診断されるようになった」と逆転させたことを言う人もいるけど、
じゃあ社会は、癌や糖尿病や、あるいは身近なインフルエンザに対する理解と同じ様に、医療に沿った「正しい発達障害理解」ってのをしてるのか?してないだろ?
日本における発達障害受容の歴史は、エイズの認知と大体時期が同じ(この30~40年)だが、AIDS/HIV患者を排除したり差別する人間はほとんどいなくなったけど、発達障害の排除はどんどん酷くなってるだろ。
会社は発達障害排除の性格テストをつかうようになったし、勝手に周囲が変なリスト見て答え合わせして友達はいなくなるし、ネット上ではアスペルガーをキモく扱う話がウケる。
言葉やイメージが先行するだけして当事者は置いてけぼり。本人の困りを社会やネットがむしろ加速させるようになった。
何が起きたんだよ。進歩じゃなくて逆行だよな。じゃあ一体何なんだ、お前等の考える発達障害って?アスペって?境界知能って?
俺はいっそ、発達障害者やアスペはどんどん職場に入って迷惑を掛けまくって、どんどん「キモい」恋愛もしまくって、新しい社会を、新しい文化を、発達障害者版「青い芝の会」みたいなものを作っていくべきだと思ってるけどな。
宗教二世と言う単語が俄に話題になっており、そう言えば私もそうだったなと思い、なんとなく当時の思い出を振り返りがてら
父親がはまっていた崇教真光について記そうと思う。今までROM専だったので、至らない所があったら申し訳ない。
細かい時期は覚えていないが、確か小学校にあがったあたりで父親が入信。
ある日いきなり家族を車に乗せて連れて行かれたのが西千葉にあった真光の道場(真光は支部を道場と呼ぶ)であった。
崇教真光と言うのは、神道系の流れを汲み、基本は教祖のもと真光大御神と言う神様を祀る新興宗教で、
一番の売りは、御神霊(おみたま)を言うものを装備して手を3回たたくと、手から目に見えない光が出て、
その光を当てると病気は治り食事は美味しくなり機械は治り悪霊は退治できると言う物であった。
この御神霊は初級中級上級などのランクがあり、初級はたしか5万円だか7万円だかを払い、
3日間泊まり込みの研修を受けたら誰でももらえるヒノキの棒のような物であった。
私も小学校2年か3年の時に受講させられてゲットした覚えがある。普段はネックレスのようにして首からさげ、
胸元に御神霊を入れるポケットがある専用のシャツを作ってそこにしまっていた。
体から外す時は、水に濡らすなとか心臓より低い位置においては行けないとかなんか細かいルールがあったけど忘れちゃった。
とにかくこれで御神霊をゲットした者同士でお互い手かざしをして、病気や煩悩などの悪いところを祓う修行をする場
と言うことで道場と呼ばれているようだった。
手かざしをする時の流れは、暇そうな人が集まる待機所に行き「すみません、○○をお願いしてもいいですか(なんて言ってたか忘れった)?」
と聞いて了承を得ると、二人で道場に行き、まずはお互い正座をして向き合って座り、
祝詞をパクったような呪文を唱えてから額に10分間照射するのが始まりだった。
その後は後ろをむいて肩首、うつ伏せに寝て背中、腎臓のあたり、足裏の順で指圧をして硬い所を見つけたらしばらく手かざしをすると言う流れで、
体が軽くなったと喜ぶ人も居たが、たぶん指圧の効果だったと思う。
たまに父親がなんだかんだ理由をつけて若い主婦の鼠径部あたりを執拗に施術?してたのは今思うと普通に痴漢やセクハラの類だったんだなとは思う。
■真光との付き合いや家族の事
宗教との出会いは上記の通り。典型的なモラハラDV親父だったため、母親を始めとして兄2人と妹を含めた4人兄弟は誰も逆らえずに入信。
定期的に道場に行っていたが、おそらく父親含めて誰1人信仰心から行っている者は居なかった。
逆らったり不満を漏らしたりすると、分厚いガラスの灰皿やゴルフクラブが飛んできたり、良いと言うまで正座もしくは町内をランニングなどさせられた。
母親は朝から晩まで会社で無給の事務員をやらされ、空いた時間で道場にいかされ、家事をやるものは居なく家の中は荒れ放題であった。
おそらくは父親自身のさびしさの穴埋めと承認欲求のために家族全員入信と信仰を強いられたのだと思う。
「○○さんのお家はご家族ですごいのね」
今思うと全てがこの一言をもらうためにやっていたように思える。
例えば真光では、体調を崩して熱が出るのは体の自然な状態なので、なるべく解熱剤などを使わないようにし、
手かざしと自然治癒で治そう。ただし本当にやばい時はちゃんと使わなきゃダメだよみたいな教えがあった。
これを先の一言をもらうために、熱が41度出ようが右足に古釘がささって切断寸前までいこうが家族に病院と薬の使用を禁止し、
無理やり病院に連れて行ってくれた先生を呼びつけ罵詈雑言を浴びせ殴るけるをし、自身が経営する会社の金を横領し
道場に高級車や多額の献金をし、子供は学校を休ませて道場にかよわせ、真光一家の子供が集まるキャンプに参加させ、
岐阜の総本山での大集会に参加させてってここまで書いて思ったのですが、宗教と言うか父親の話ですねこれ。
大体土日ともに朝6時ぐらいに起こされて父親の車に乗せられて道場に連れて行かれる。
この時献金用(なんかお金を紙につつんで2礼2拍手かなんかしながらうやうやしく神前に置いていた記憶が)の100円と
昼飯代などを渡され、妹と二人でおいて行かれる。
母親は会社につれていかれて無給で仕事の残務処理を、父親はゴルフなどをしにいっていた。
父親の目的は「○○さんのお子さんは熱心ですごいわね」と言われる事で、
信仰心を満たすためでは無かったためこれはすごく理にかなった行動だと思う。
そして私と妹は、道場内にある託児所のような場所で、布教用の新聞を折る内職をしたり、信者同士で手かざしをしたり、
マイッチングまちこ先生の絵の人が書いた布教用?の漫画を読んだり、道場長(支部長)が幹部候補生(無給で道場の雑務を処理する青年奴隷)に
パワハラしてるのに怯えたりしながら、ゴルフ帰りの父親が迎えに来るまで時間を潰していました。
当時の数少ない娯楽で楽しみにしていた事が2つあり、1つ目は手かざし中にたまに憑依した霊が手かざしの光を嫌がると言う設定で、
普通のおばさんが「ワシは武士だ!」とかいい始めたりする突発イベントだった。私は2回しか見たことが無かったが、
最初は「まぶしい!やめろ!」とか言って目をつぶったまま光を避けようと抵抗してたが、
最後は「あたたかい…」とか言いはじめて最終的にはなんかお礼とか言ってた。
もう1回はなんか頭揺れてうーうー言ってただけ。今思うと後者は寝不足な人が眠気に抗ってただけなのかもしれない。
もう1つは布教(?)に連れて行かれる事であった。これ自体は面白くもなんとも無かったが、外に出られるってだけで嬉しかった。
主婦が5人1組ぐらいのPTをいくつか組んで、ワゴン車で移動して死亡事故があったところを皆で手かざしをしたりしたのだが、
たまーに「手がピリピリする!」とか言う人が出てくると、そこにどうやら成仏できない霊がいるみたいな設定で皆で集中砲火をするのが面白かった。
その浄化作業の後は阿佐ヶ谷姉妹の玄関開けると居る人たちってネタそのままの行動をしてた。
これのために子供会の野球もやめさせられたし、友達と全然遊べなかったのが辛かった。
当時一番嫌だったのが、金曜日から日曜日にかけて行っていた総本山での大集会(なんか名前がついてた気がするが忘れた)。
金曜日の夜に背もたれを倒せない古いバス10台ほどに分乗して千葉の道場を出発し、皆で寅さんの映画などを見ながら金曜日の夜を過ごし
土曜日の早朝に岐阜の総本山へ到着。全国、というか外人さんのために通訳とかもあったからおそらく世界中から数ヶ月に一度ここへ集まり、
手かざしのおかげで病気が治った、事故にあわずにすんだ、なんかしらの災いから逃れられたなどの今で言う嘘松体験のような物を
泣きながらやる発表会や、ありがたいお話を聞いたり、青年会かなんかの歌や踊りを見たり、みんなでお祈りをささげたりしながら、
集会1番の売りである、教祖様手ずから信者に向けての一斉手かざし(※通常は1on1でやるものだが、教祖様は凄いので大ホールに集まっている
全員に一斉に、しかも両手で光を浴びせることができた)を受けて良かったねと言ってまたバスで1晩かけて帰る。
2夜連続で狭く揺れるバスでの宿泊は車に乗ると確実に酔う私には拷問に等しかった。マジで2晩中吐いてた。
またこの集会にはアントニオ猪木をはじめとした国会議員が数名来ていた。その他芸能人も何人か来ていたが、覚えているのは丹波哲郎のみ。
小学校低学年だったため、子供でも知ってる猪木と、映画を見させられた丹波哲郎以外は名前を知らなかったし覚えていない。
全国から岐阜に集まっちゃうぐらい言う事聞いちゃう信者に顔を売ると言うのは、政治家や人気商売の有名人にとって計り知れないメリットがあるんだろうね。
教団側も内外への広告塔として利用価値あるし、統一教会と政治家がずぶずぶなのも何を今更としか思えなかったし、
参加している芸能人はともかくとして、政治家がどこまで本気で信仰しているのかは怪しい所だと思う。
■その後というか話の締めくくり的な物
父親はその後、思春期を迎えた兄2人を暴力で支配できなくなり、母親には小学生だった私と妹を連れられて離婚され、
会社は銀行に没収され、すっかり存在を忘れられていたが、数年前に膵臓がんにかかり長男に会いに来た所、玄関の扉も開けずに追い返されたとの事。
とっぴんぱらりのぷう
■追記
読んでくれてありがとう。自分の中ではとっくに整理がついてたつもりだったけど、改めて文章にしてみると無視してただけで
100%飲み込んだわけじゃなかった感情とかが見つかって良かったと思う。
上には書いてなかったけど、私が小学2年生の時に母親に連れられて秋田に逃げた事があった。
その時は確か3ヶ月ほどで見つかり連れ戻されたんだけど、そこの児童館かなんかで聞いたフレーズでやけに記憶に残っていた。
当時は個人情報にそれほどうるさくなかったから、学校への問い合わせで見つかったっぽい。
その失敗を踏まえて数年後にまずは母親が単身で家出して、生活基盤を整えてから私達を迎えると言う計画に出たが
居場所や計画などがバレないように私達には内緒にして行った物だから、妹と2人でお母さんに捨てられたと絶望したのはまた別の話。
(※兄2人は知らされていた)
>崇教真光の勧誘には会ったことないけど、勧誘に連れてく子供が他人の子供だった(そういうケースもあった)というのは新鮮な驚きだったわ
勧誘は基本的に主婦を積極的に狙ってた。主婦を釣ればほぼ確実に子供がついてくるし、財布を握っているケースも今より多かったからだと思う。
結果として託児所みたいなところがあって、そこに子供を預けて行くシステムが千葉の道場にはあった。他の道場や宗教はわからないけど
どんな宗教でも主婦を狙うのは基本っぽいから、似たようなケースはあると思う。
>経営者の親父は親父で経営者同士の会合とか政治家もいる会合とかで出会った人間に言いくるめられて入ったんだろうな
これはわからないけど、私個人の見立てとしては、めちゃくちゃお金を稼いで社会的には成功したのに人に好かれない寂しさからはまったんだと思っている。
でもさ、反対意見を言った社員を角材でぶん殴ったり、泣き止まないからって理由で子供を3階のマドから吊り下げたり、雪の降る夜に裸で追い出したり
高速道路に捨てていったり、今だったら即懲役になるような事をやるような人が自分を変えないまま新たな居場所を見つけようとしても、嫌われたり避けられる体験が増えるだけなんだよね。
離婚以降は真光をやめて新興宗教を転々としてたって噂に聞いた。
>結局、信仰宗教って最強の弱者ビジネスに思える。経済的、身体的、精神的な弱みに漬け込み、お金と人を集め、それを目当てに寄ってくる人間を利用する。
これはめちゃめちゃ居た。ガンなどの医師からさじを投げられた人たち、今思うと自閉症だったんだなって人のご両親が熱心にお祈りしてた。あと家庭内不和あたりは本当に
石を投げたらあたるぐらい居た。上得意だったと思う。日常で解決できない問題の救いを求める場所って言う意味では良いと思うんだけど、
割りと強引な勧誘がね…。
お腹空いた感じがして美味しいものを食べる妄想夜ご飯あれ食べたいこれ食べたいって想像するんだけど、
食べていると寝る時間が減って無くなるので、
ってお腹が減りまくりまくりすてぃーって言えないぐらいお腹が空いているのよ。
なんか豆乳だと優しい感じがして
なんだか美味しいわねって。
またリピしよーって
遅く帰ると、
ご飯にするかお風呂にするか卓越した選択肢の中から一択しか選べない、
いや選ばないと言っても言いすぎの過言ではない感じなんだけど、
寝る時間優先でとなると、
そういう感じになっちゃうのよね。
お腹がぐーっと鳴るわ。
ここ最近続けているお昼なんか食べる気力が無い、
別に食欲がないというわけでもないし、
おうどん屋さんの素麺定食でも食べに行こうかなーって思うけど、
なかなかしょっこいしょーいちとは腰が上がらないのよね。
億劫だわー。
そんな時期なのかも知れないわね。
早く帰れるときは本当にゆっくり銭湯でも浸かってとかしないとヘトヘトだわ。
ふー、
もうひと頑張り一旦ここでシーエムを挟みたいところだけど
なんだか
お腹空いている方が頭脳明晰って感じのゾーンに入れるかと思ったけど、
なんか実際これバテ気味なのかしら?って思うほど
何もかもが超億劫よ。
まあとりあえず、
なんだかメロンの取り合いにはなってなかったけど、
あー、
でも沖縄時代に賢秀にーにと豚足の取り合いで争った形跡があるので
やっぱりこれは
って私はそう分析するわ。
すっかりもうイタリアンレストランオーナーが丸くなっちゃってるじゃない。
暢子がリーダーを任されて上手くお店が回らなくても怒られなかったことにも
嵐の前の静けさを感じ得ずにはいられないわ。
あのオーナーが優しいと逆に恐怖よね。
まあそんなわけで、
バテたらだめよね。
バッテラは美味しいけど。
うふふ。
あいにく中のあいにくで品切れだったのが心残りの笹舟にのせて流したいところね。
もうすぐ七夕だしさ。
あのチマキみたいに笹の香りが良いにおいのする
笹の葉ウォーラーが出来るのかしら?
味は想像つかないけど、
何つってそんなことを思いながら水出し緑茶ウォーラーをキメたわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!