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2023-01-04

神社でお祈りするとき合掌している?

一昨日に神社作法増田https://anond.hatelabo.jp/20230102150139)が盛り上がっていたから、なんとなく神社作法を調べてて驚いたことがあるんだけど、神社でお祈りするときって合掌しないのが正しいんだな。

「二礼二拍手一礼」の作法最近広まってからやったんじゃなくて、それより前からその作法でお参りしていたというコメントを人を結構見かけたけど、昔から正しい作法を知っているなら、やっぱり二拍手の後で手を下ろして一礼していたんだろうか……?


かに「二礼二拍手一礼」と神社の参拝の作法になっているけど、この文言では合掌しろとは一言も言っていない。

で、そもそも論だけど、合掌は仏教作法だ。神道でそんな作法があるわけない。でもみんな合掌してるよな。

ちなみにお寺の参拝方法は「合掌して一礼」だから、合掌することが明言されている。


「合掌」のウィキペディアのページではこう書いてある。

日本では仏教に関する儀式の際に行われるだけでなく、お詫びをするときやお願いをするときに、相手を持ち上げるための仕草として使う例もある。また、食前食後の挨拶の際に合掌する例もあるが、これは仏教由来の習慣である神道では柏手として手を打ち合わせるが、その後は両手を下ろし、お辞儀して礼拝する(神道拝礼では、合掌はしない)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E6%8E%8C

神道拝礼では、合掌はしない」と明言されてしまっている……。なんてこった、これまでも俺の参拝方法は誤っていたのか。

ソースウィキペディア(笑)みたいな人が絶対いると思うから、ここはわかりやす権威を借りよう。神社トップ神社本庁のページでは以下のように記載されている。

まず、神前に進み姿勢をただします。

背中を平らにし、腰を90度に折り、拝をします。この時の拝は2回行います

胸の高さで両手を合わせ、右指先を少し下にずらします。

肩幅程度に両手を開き、2回打ちます

指先を揃えます最後にもう1回拝をします。

https://www.jinjahoncho.or.jp/omairi/osahou/sanpai

合掌をするともしないとは文字では明言していない。「指先を揃えます。」は合掌を表しているんじゃないのか?と思うかもしれないが、これは文字通りの意味であって手を合わせることを説明していない。

なんでわかるかって、神社本庁のページの「拝礼作法」の欄には、丁寧に動画まで掲載してくれるという至れり尽くせりっぷりだから、それを見るとバッチリ正しい参拝方法がわかるぞ。

件の動画は34秒しかいかちゃんと見てくれ。動画の25秒辺りで二拍手を終えた後、手を下ろして一礼している。

から、二拍手した後、そのまま手を重ねて合掌して一礼するのが正しいわけではなく、手を下ろすのが正しいってこと。

「二礼二拍手一礼」「鳥居の前で軽く一礼」に続く第三の正しい神社の参拝方法として、そのうち広まると思う。

今のうちに正しい参拝方法を行って、君も参拝のマウント取りができるぞ!

2023-01-02

本日増田神社詣で、大にぎわい(笑)

みんなお屠蘇がまわり過ぎてて、神前暴言吐き過ぎやで(苦笑)

2022-12-16

anond:20221216102229

俺の時は式は神前披露宴ドレスに着替えたりしてたな

あと結構驚いたのは結婚式結婚披露宴は別モノって事。結婚するまで同じものだと思ってた

2022-10-13

なぜ日本では偽物の教会結婚式をするの?と聞かれたら答えられるようにしておこう

外国から言われてみれば奇妙な日本結婚式

アメリカ人友達「偽物の教会で、お葬式の曲が流れる不思議結婚式に出たのよ」「それ、日本標準的結婚式です…」

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1956479

これはつまりブライダル業界結婚式」だが、なんでこうなったのか?。

 

イエから逃避行

今主流のこういう結婚式の始まり1970年代なんだが、その元は60年代にある。

日本のイエ制度明治に出来たようなもんだが(武家を除く)、昭和初期には堅固なものとなり、更に国家天皇がイエに擬製されて人間はそこから逃れる術はほぼ無かった。ゲマインシャフト国家有機体論の合体だ。

戦争に負けるとおせっかい焼きのアメリカ自由の形だけを作って置いていった。国家権力だけは縛ったからあとは勝手に使うがよいと。

それで戦後時代下り生活レベルが向上すると段々と生活人生上の自由が増大化していった。

 

イエというのは家督であり、継げるのは長男一人だけだ。しかしその他の女子次男以下も生き方制限された。

長男は適齢期になると親が勝手に縁談をまとめて「あの家の娘と一緒になれ」。断った場合勘当されて死ねと言われる。

次男以下は中学尋常小学校)を出ると「小僧」の勤め先を親が決めてくるので、そこに入る。小僧っていうのは商家に住込みの店員見習いだ。然程の長時間労働ではないが「仕事」ではなくて24時間主人に仕える事が求められる。全人格労働だ。

こういう風習があったので会社勤めが一般化しても昭和中期まで独身者会社の寮に住込みが基本だった。勿論集団生活で雑居だ。プライバシーかいう事を気にする者はアメリカかぶれの不良である

女子妙齢になるとやはり親が勝手に嫁ぐ先を決める。断るのはアメリカかぶれの不良であるそもそも断ると生きていく術が無い。本人が何とかなっても家族村八分になる。

商家に女版小僧として働くというケースもあった。勿論住込みの全人格労働だ。これも妙齢になると主人が見合い相手を見つけてくるので恋愛期間なく結婚せねばならない。

 

都会と田舎の落差と中島みゆきの『ファイト

戦後まれ団塊世代が成人する60年代末になると都会ではそういう古いイエに縛られない核家族が増え、子供用個室が出来たりもした。

でもそれは都会の話で、田舎の方ではまだ古いイエに縛られたままの人間が多かったのだ。

例えば中島みゆきの『ファイト』は1982年の歌だが、「薄情もんが田舎の町に砂かけんのか、出てくならお前の身内住めんようにしちゃる」と言われて長距離切符燃やそうとしたが出来なかった。東京行の文字が滲んだ切符をまだ持ってる、っていう節がある。

なんでこんなキツイ歌詞を考えつくの…と思うがこれは中島みゆき深夜ラジオに送られて来たリスナーハガキの内容を切り貼りした歌詞なんである

まり1970年代末~1980年代頭にもこういう思いをした人は居たという事だ。

「ファイト」の語感だけで元気を振るう歌だと思っていると衝撃を受ける事と思う。苦難や挫折が生々しいのだ。

 

それで団塊世代は色々な方法田舎因習から逃れようとした。

勉強を頑張って東京大学に進む事が出来るように先生に親を説得してもらう(余計な勉強なんかして更に大学に進もうなんて親不孝のアメリカかぶれの不良である)。

集団就職に参加する。

一度商家に入り、数年奉仕し18or20歳年齢制限クリアして暇を貰い、水商売に入る(増田の親のパターン。単に不良である)。

 

ロマンチックラブイデオロギー

そういう状況だったから古い世間では自由恋愛=不良であった。それは流行恋愛歌に乗せられて人の道を踏み外すアメリカかぶれの不良である

一方、若者からすれば自由恋愛とは誰と恋愛してもいいよという状態の事だけじゃなくて因習から逃れる解放テーゼだ。

人は好きな人と結ばれる権利がある。それを称揚すべきであるロマンチックラブイデオロギーだ。

そういう訳で沢山のフォークソング自由恋愛称揚されるようになった。1960年代には社会への異議申し立てという歌詞が多かったのが、70年代になると安保闘争挫折相俟って現状肯定恋愛称揚などのポジティブ系にシフトしていく。

 

有名なのが吉田拓郎の『結婚しようよ』1972年で、僕の髪が伸びたらチャペル結婚式を挙げよう、というもの

チャペルキリスト教会礼拝場の事なのだが、実際に多く使われるのはミッション大学礼拝場だ。要するに学生結婚したいねという欲求惹起する歌だ。

もう一つ有名で披露宴でも使われるのがチェリッシュの『てんとうむしのサンバ』(1973年)で、夢の国の森の小さな教会結婚式を挙げました、という歌詞

 

こういう曲のヒットにより「小さなキリスト教会での挙式」というのが憧れとなり、実際にミッション大学併設の教会での挙式が多く行われた。因みに式の前に洗礼を行って形だけでも「キリスト教者」になっておく。

ただ、ミッション校の教会は限られていてパイが少ないし両方の親族が沢山来たら礼拝堂に入らない。

でもそれがまた「イエvs.イエ」の結婚式へのアンチテーゼとして働いた訳だ。

 

なんでキリスト教会なの?と言えば、それは第一西欧への憧れであり、第二に「日本古来の神式仏式でないから」だ。神式仏式にはイエの因習表象をまとっていた。

今は厳かな神式も人気で特に鎌倉鶴岡八幡宮の舞殿で行われる神前式は人気だ。これには団塊/全共闘の残した軽いノリへのアンチテーゼ権威的なものを好むというテイストもあるだろう。

でも今の神前式を選ぶのと60年代の仏/神前式意味が違うのだ。現代のは一度因習との結びつきが嫌われて廃れ死んだ後に、「博物館入り」して個人にとって安全になったものだ。安全になったので「自由意思で選択」しているのである

 

花嫁夜汽車に乗ってとついでいくの」という『花嫁』(はしだのりひことクライマックス 1971年)なんか歌詞をよく確認してみたら駆け落ちなのな。こいつを披露宴で掛けるのはヤバそうだ。

 

それ以前の結婚式はどうだったのか

それ以前の結婚式仏式/神前とあったが、特に都市部だと著名な特徴があった。

それは「祝言(しゅうげん)として能の演目高砂』の一節の謡いを仲人がやる」という事。俗にいう「高砂や~」である

https://www.youtube.com/watch?v=Zm1Se2fRnvU

これをこの調子仲人が謡う。これは都市部では必ずやる。絶対にやる。だから仲人はこの祝言を暗記して慣れない能の謡い方を練習した。それを笑った落語もある。「高砂や~」って練習してる時に「とうふ~」と豆腐売りが来ちゃって混じって覚えちゃうのな。

これは恐らく江戸時代後期には一般化していたと考えられるが、廃れた時期ははっきりしてて団塊世代の適齢期だ。

 

老松という地名

ちょっと脱線だが老松町という地名があったり地名変更で無くなったが祭り町内会名や祭り神輿山車の提灯なんかで出てきたりする。

それらは長寿を願った年寄臭い地名に見えるかも知れない。

でも昔は結婚式では「必ず」高砂祝言を謡ったのだ。『高砂』の内容とは、神主兵庫県高砂で老女老男に出会い、我らは片や高砂の、片や大阪市住之江区住吉大社老松だと言われる。小舟に乗って去った老夫婦の後を追って船で住吉に向かうと、住吉明神が神々しい舞を見せた、というものだ。

まぁ今は埋め立てで遥か内陸になってしまって阪堺電軌じゃないと行けませんがね…。

この「老松」なのですよ。昔は結婚式で必ず仲人高砂を謡った。故に門出の歌なのですな。

関東大震災下町が壊滅すると多くの人が板橋区とか池袋世田谷杉並などの郊外に移り住んだ。すると農村人口が増えて村から町になり区画も分割される。そこでめでたい瑞祥地名として新婚の門出と長寿と願って老松町というのが増えた。

でもその後字面年寄臭いって事で消えてしまった。『高砂』が廃れた現在から見るとやっぱ年寄臭く見えるけど、それは習俗が途絶えて常識が消えたせいなんでありますな。

団塊結婚式に戦中戦前派は大憤慨

会場が教会だったり披露宴フォークソングとか歌うし高砂やはやらないしで、この新しい結婚式保守的な人らは憤慨していた。

どのくらいかというと、わざわざ入試問題に新型披露宴批判したり、親戚のオヤジマイクを渡されてフォークソング披露宴への憤懣ぶちまける説教演説したのを現代文の問題で出したりするくらい。そんなのを入試に出すなよ。過去問としてアーカイブされて10年以上参照されるんだぞ。

 

定着と業界

しか芸能人などが次々とキリスト教式で挙式するようになる。するとこれは大きな需要であるからブライダル業界」が立ち上がり、洗礼とかがない宗教的に気軽なキリスト教結婚式提供するようになったのだ。それまでは互助会のような組織が主だった。

ホテルなどでの挙式よりは断然安い。しか教会での式よりは断然高い。

 

から団塊のイエへの抵抗から始まったブームが大きくなって70年代中頃に業界化し、80年代には完全に一般化してこっちが主流になったのである。だが80年代には色々行き過ぎて珍妙な式が行われており、それでまた年配者の顰蹙を買ったようだ。ハイジみたいなブランコ新郎新婦が登場とかラブソングカラオケ熱唱とか色々おかしい。

 

から「なんで偽物の教会でやるの?」と聞かれたら「それが昔は近代的な解放だったんだよ」「その意味社会から消えても形式業界がそのままになってるんだよ」「貴方の国の若い人らもハングルひらがなを混ぜて書く事があるけど、それも同じ抑圧からサブカルチャー解放意味があるんじゃないの」と言えばよい。

 

それとは別にやっぱあの形式結婚式にはダサさを感じるし、偽物の教会中途半端教会建築への理解の少なさが出ちゃってる。標準的形式の練り直しはすべき時期かもしんない。

2022-09-02

お客様は神様です」について

三波春夫オフィシャルサイト

お客様は神様です」について

https://www.minamiharuo.jp/profile/index2.html

三波春夫」といえば、『お客様は神様です』というフレーズがすぐに思い浮かぶ方が少なくないようです。印象強くご記憶いただいていることを有難く存じます

 ですが、このフレーズ真意とは違う意味に捉えられたり使われたりしていることが多くございますので、ここにちょっとお伝えさせて頂きます

 

 三波本人が生前インタビューなどでこのフレーズ意味を尋ねられたとき、こう答えておりました。

 『歌う時に私は、あたか神前で祈るときのように、雑念を払ってまっさらな、澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。ですからお客様神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客様を歓ばせるということは絶対条件です。ですからお客様絶対者、神様なのです』

 歌手として歌を歌う、「セリフ入り歌謡曲」や「長編歌謡浪曲」で歴史上の人物物語を歌い語る、その折の三波春夫の心構えを表現した言葉であり、お客様に歓んでいただくことを歌手人生第一義として追及して生きた、三波春夫らしい心情を表したものでした。

 また、三波春夫舞台お客様が楽しみにお越しになり、三波も一所懸命舞台をつとめるといった、楽しさや高揚感がいっぱいの、歓び合う場での思いを表したものでした。

 そしてその始めは、「お客様は神様です」という型にはまった言い方ではありませんでした。いきさつについての本人の著述最後にご紹介いたしますが、“お客様神様とみる”という心構えであることを舞台の上で話したことが始まりで、それは芸能生活としては22年目、歌手デビューから数えると4年目の1961(昭和36)年のことでした。

 その後、漫才トリオレツゴー三匹さんが「三波春夫でございますお客様は神様です」という表現流行させて、「お客様は神様です」という言い方が世の中に定着したというのが経緯です。

 三波にとっての「お客様」とは、聴衆・オーディエンスのことです。また、「お客様は神だから徹底的に大事にして媚びなさい。何をされようが我慢して尽くしなさい」などと発想、発言したことはまったくありません。

 しかし、このフレーズ真意と離れて使われる時には、「お客様」は商店飲食店乗り物のお客さん、営業先のクライアントなどになり、「お客様イコール神」となります

 例えば買い物客が「お金を払う客なんだからもっと丁寧にしなさいよ。お客様神様でしょ?」という風になり、クレームをつけるときなどには恰好の言い分となってしまっているようです。店員さん側は「お客様は神様です、って言うからって、お客は何をしたって良いっていうんですか?」と嘆かれています

 また、クレーマーカスタマーハラスメント問題を取り上げている番組などでは「“お客様は神様です”というのがありますからね」と、真意を紹介することなく引き合いに出されることもあります

 このようなフレーズへの誤解は三波春夫生前から有りましたが、言葉文章などでの短い説明ではこと足りないと思うのは、生前三波春夫も、現在の私もです。説明となるものを挙げるとしましたら、三波春夫ライブをご覧いただいて心意気を感じ取っていただくことだったのかもしれません。

 “雑念を払って澄み切った心で歌う”というような心構えに至ったのには、三波春夫のそれまでの人生経験が土台としてありました。

 16歳で初舞台を踏んだ浪曲世界は、芸がまずければ「下手くそ! 聴いてられないぞ!」と、お客様舞台に上がって来てサッサと幕を引いてしまわれるような、目や耳の肥えたお客様ばかりでした。幸いに途中で「やめろ!」と言われたことはなかったそうですが、舞台に立つ時は常にお客様との真剣勝負でした。

 20歳では応召して陸軍に入隊することとなり、戦場を駆け巡り、終戦後はシベリア捕虜となり、4年間の抑留生活を送りました。

 抑留中、絶望の中にある仲間を励ますために、また自分自身希望を持って生きるためにも時間を見つけては一所懸命浪曲を語って聞かせ、皆で演劇も創りました。藝で、いかに人に喜んでいただけるかを徹底的に追及し始めたのは、このときからでした。

 戦後浪曲世界に戻り、33歳で歌謡界に転向して歌手となったのですが、プロとして藝を向上させるには自分自身の心を磨き、鍛えてゆかなければならないと思い、“求道者”と言われるほど真面目に生きました。男性歌手初の和服歌手であり、歌手座長の芝居と歌謡ショーの大劇場の1ヶ月公演の一番手であったことを始め、前例が無いなどということは恐れずに、「常に新しい藝を、新しい作品を」をモットーにしておりました。

 永六輔さんは三波春夫のことを「歌う学者」と呼んでくださいましたが、酒タバコは嗜まず、空き時間は本を読み、作詞エッセイ歴史本を書くために原稿用紙に向かっている人でした。

 笑顔トレードマークのようでしたが、いつも人に笑顔を向けられる自分であるようにと、心がけていました。日常、腹の立つこともありますし、不愉快な思いもしますが、そのまま仕事に入ってしまっては良い舞台はつとめられません。ですから、心の持ち方のスイッチをいつでも切り替えて笑顔が出来るように、と努力していました。

 これらは、若い時に先輩から普段暮らし方が舞台に出るんだよ」と教えられたことを心におき、より良い舞台をつとめられるように、お客様に歓んでいただける歌手であるために、の切磋琢磨でした。

 

 三波春夫が藝一筋に生きた姿勢は、DVDなどでお目にかける舞台などに表れているかと存じます。ご興味がおありになりましたら、どうぞご高覧くださいませ。

 最後に、三波春夫自身が「お客様は神様です」について著述している文章をご紹介させていただきます

                       

株式会社三波クリエイツ 代表取締役 三波美夕紀

 

三波春夫著『歌藝の天地』

1984年初刊 2001年文庫化 いずれもPHP研究所)より

   

お客様は神様です」の発端

 お客様は神様です」という言葉流行ったのには、びっくりした。よく、この言葉真意はどこにあるのかと聞かれるが、私も、その答えに困ることがある。テレビなどで、短い時間で喋るには、うまく説明が付かない。

 皆さんのほうでは、面白がって、「お客様は仏様」だの「うちのカミサンは神様です」とか、「選挙民は神様じゃ」などといった言葉になって広まっていった。いやはやどうにも賑やかなこと。

そのあげくに、「こんなふうに言われるのは、どう思います?」とくる。

 しかし、振り返って思うのは、人間尊重の心が薄れたこと、そうした背景があったからこそ、この言葉流行ったのではないだろうか?

 私が舞台に立つとき敬虔な心で神に手を合わせたときと同様に、心を昇華しなければ真実の藝は出来ない―――と私は思っている。つまり、私がただ単に歌を唄うだけの歌手だったらならば、きっとこんな言葉は生まれなかったと思うのです。浪花節という語り物世界を経てきたからではないだろうか。

 つまり浪花節台詞の部分は「瞬時のうちに一人で何人もの登場人物を的確に表現」しなくてはならない。そうしなければ、決してドラマは語れないのである

 われわれはいかに大衆の心を掴む努力をしなければいけないか、そしてお客様いかに喜ばせなければいけないかを考えていなくてはなりません。お金を払い、楽しみを求めて、ご入場なさるお客様に、その代償を持ち帰っていただかなければならない。

 お客様は、その意味で、絶対者の集まりなのです。天と地との間に、絶対者と呼べるもの、それは「神」であると私は教えられている。

 あれはたしか昭和三十六年の春ころ、ある地方都市学校体育館だった。

司会の宮尾たかし君と対談の際にこんなやりとりがあった。

 「どうですか、三波座長お客様のこの熱気、嬉しいですね」

 「まったくです。僕はさっきから悔やんでいます

 「!?

 「こんないいところへ、何故もっと早く来なかったんたろう、と」

ここで、お客様はどっと笑ってくれる。ここまでは、昨日通りの対談内容。

すると、宮尾君はたたみかけて、

 

 「三波さんは、お客様をどう思いますか?」

 「うーむ、お客様神様だと思いますね」

ウワーッと客席が歓声の津波!私ははっとしたが、宮尾君もびっくり。客席と私の顔を見比べて、

 

 「カミサマですか」

 「そうです」

 「なるほど、そう言われれば、お米を作る神様もいらっしゃるナスキュウリを作る神様も、織物を作る織姫様も、あそこには子供を抱いてる慈母観音様、なかにゃうるさい山の神・・・・・・

 客席はいっそうの笑いの渦。その翌日から毎日このパターンが続いて、どこもかしこも受けまくった。宮尾君は、お父さんが落語家であり、本人も研究熱心だから司会者としても一流。漫談うまい

 こうして、このやりとりを続けて全国を廻るうちに、レッツゴー三匹舞台を見て、おおいに流行らせたのである

追記

“翌日から毎日このパターンが続いて…”とありますが、三波と宮尾さんが自発的にしたのではなかったのです。山陰地方を廻るツアー中のこの出来事でしたが、”三波春夫が、お客様神様だと言う面白い場面があるよ”という評判がすぐに広まり、各地の主催者さんから「あの場面、必ずやって下さいねお客様も待っていらっしゃいますから」と言われ、連日この2人のトークの場面をやらなければならなくなった、というのが真相です。

2022-07-22

統一教会じゃないけど親が新興宗教にはまっていた話

宗教二世と言う単語が俄に話題になっており、そう言えば私もそうだったなと思い、なんとなく当時の思い出を振り返りがてら

父親がはまっていた崇教真光について記そうと思う。今までROM専だったので、至らない所があったら申し訳ない。


崇教真光との出会い、並びにどういった宗教であったか

かい時期は覚えていないが、確か小学校にあがったあたりで父親が入信。

ある日いきなり家族を車に乗せて連れて行かれたのが西千葉にあった真光の道場(真光は支部道場と呼ぶ)であった。


崇教真光と言うのは、神道系の流れを汲み、基本は教祖のもと真光大御神と言う神様を祀る新興宗教で、

一番の売りは、御神霊(おみたま)を言うものを装備して手を3回たたくと、手から目に見えない光が出て、

その光を当てると病気は治り食事は美味しくなり機械は治り悪霊は退治できると言う物であった。


この御神霊は初級中級上級などのランクがあり、初級はたしか5万円だか7万円だかを払い、

3日間泊まり込みの研修を受けたら誰でももらえるヒノキの棒のような物であった。

私も小学校2年か3年の時に受講させられてゲットした覚えがある。普段ネックレスのようにして首からさげ、

胸元に御神霊を入れるポケットがある専用のシャツを作ってそこにしまっていた。

から外す時は、水に濡らすなとか心臓より低い位置においては行けないとかなんか細かいルールがあったけど忘れちゃった。


とにかくこれで御神霊をゲットした者同士でお互い手かざしをして、病気煩悩などの悪いところを祓う修行をする場

と言うことで道場と呼ばれているようだった。


手かざしをする時の流れは、暇そうな人が集まる待機所に行き「すみません、○○をお願いしてもいいですか(なんて言ってたか忘れった)?」

と聞いて了承を得ると、二人で道場に行き、まずはお互い正座をして向き合って座り、

祝詞をパクったような呪文を唱えてから額に10分間照射するのが始まりだった。


その後は後ろをむいて肩首、うつ伏せに寝て背中腎臓のあたり、足裏の順で指圧をして硬い所を見つけたらしばらく手かざしをすると言う流れで、

体が軽くなったと喜ぶ人も居たが、たぶん指圧効果だったと思う。

たまに父親がなんだかんだ理由をつけて若い主婦の鼠径部あたりを執拗施術?してたのは今思うと普通に痴漢セクハラの類だったんだなとは思う。




■真光との付き合いや家族の事

宗教との出会い上記の通り。典型的モラハラDV親父だったため、母親を始めとして兄2人と妹を含めた4人兄弟は誰も逆らえずに入信。

定期的に道場に行っていたが、おそらく父親含めて誰1人信仰心から行っている者は居なかった。

逆らったり不満を漏らしたりすると、分厚いガラスの灰皿やゴルフクラブが飛んできたり、良いと言うまで正座もしくは町内をランニングなどさせられた。

母親は朝から晩まで会社で無給の事務員をやらされ、空いた時間道場いかされ、家事をやるものは居なく家の中は荒れ放題であった。

やっていた時期は自分小学校1年から6年生ぐらいまで


おそらくは父親自身さびしさの穴埋めと承認欲求のために家族全員入信と信仰を強いられたのだと思う。

「○○さんのお家はご家族ですごいのね」

今思うと全てがこの一言をもらうためにやっていたように思える。


例えば真光では、体調を崩して熱が出るのは体の自然状態なので、なるべく解熱剤などを使わないようにし、

手かざし自然治癒で治そう。ただし本当にやばい時はちゃんと使わなきゃダメだよみたいな教えがあった。


これを先の一言をもらうために、熱が41度出ようが右足に古釘がささって切断寸前までいこうが家族病院と薬の使用禁止し、

無理やり病院に連れて行ってくれた先生を呼びつけ罵詈雑言を浴びせ殴るけるをし、自身経営する会社の金を横領

道場に高級車や多額の献金をし、子供学校を休ませて道場にかよわせ、真光一の子供が集まるキャンプに参加させ、

岐阜総本山での大集会に参加させてってここまで書いて思ったのですが、宗教と言うか父親の話ですねこれ。



これだけでは何なので、普段道場での過ごし方について少々


大体土日ともに朝6時ぐらいに起こされて父親の車に乗せられて道場に連れて行かれる。

この時献金用(なんかお金を紙につつんで2礼2拍手かなんかしながらうやうやしく神前に置いていた記憶が)の100円と

昼飯代などを渡され、妹と二人でおいて行かれる。

母親会社につれていかれて無給で仕事の残務処理を、父親ゴルフなどをしにいっていた。

父親目的は「○○さんのお子さんは熱心ですごいわね」と言われる事で、

信仰心を満たすためでは無かったためこれはすごく理にかなった行動だと思う。


そして私と妹は、道場内にある託児所のような場所で、布教用の新聞を折る内職をしたり、信者同士で手かざしをしたり、

マイッチングまちこ先生の絵の人が書いた布教用?の漫画を読んだり、道場長(支部長)が幹部候補生(無給で道場雑務を処理する青年奴隷)に

パワハラしてるのに怯えたりしながら、ゴルフ帰りの父親が迎えに来るまで時間を潰していました。


当時の数少ない娯楽で楽しみにしていた事が2つあり、1つ目は手かざし中にたまに憑依した霊が手かざしの光を嫌がると言う設定で、

普通のおばさんが「ワシは武士だ!」とかいい始めたりする突発イベントだった。私は2回しかたことが無かったが、

最初は「まぶしい!やめろ!」とか言って目をつぶったまま光を避けようと抵抗してたが、

最後は「あたたかい…」とか言いはじめて最終的にはなんかお礼とか言ってた。

もう1回はなんか頭揺れてうーうー言ってただけ。今思うと後者寝不足な人が眠気に抗ってただけなのかもしれない。


もう1つは布教(?)に連れて行かれる事であった。これ自体面白くもなんとも無かったが、外に出られるってだけで嬉しかった。

主婦が5人1組ぐらいのPTをいくつか組んで、ワゴン車で移動して死亡事故があったところを皆で手かざしをしたりしたのだが、

たまーに「手がピリピリする!」とか言う人が出てくると、そこにどうやら成仏できない霊がいるみたいな設定で皆で集中砲火をするのが面白かった。

その浄化作業の後は阿佐ヶ谷姉妹玄関開けると居る人たちってネタそのままの行動をしてた。


これのために子供会の野球もやめさせられたし、友達全然遊べなかったのが辛かった。


当時一番嫌だったのが、金曜日から日曜日にかけて行っていた総本山での大集会(なんか名前がついてた気がするが忘れた)。

金曜日の夜に背もたれを倒せない古いバス10台ほどに分乗して千葉道場を出発し、皆で寅さん映画などを見ながら金曜日の夜を過ごし

土曜日の早朝に岐阜総本山へ到着。全国、というか外人さんのために通訳とかもあったからおそらく世界中から数ヶ月に一度ここへ集まり

手かざしのおかげで病気が治った、事故にあわずにすんだ、なんかしらの災いから逃れられたなどの今で言う嘘松体験のような物を

泣きながらやる発表会や、ありがたいお話を聞いたり、青年会かなんかの歌や踊りを見たり、みんなでお祈りをささげたりしながら、

集会1番の売りである教祖様手ずから信者に向けての一斉手かざし(※通常は1on1でやるものだが、教祖様は凄いので大ホールに集まっている

全員に一斉に、しかも両手で光を浴びせることができた)を受けて良かったねと言ってまたバスで1晩かけて帰る。

2夜連続で狭く揺れるバスでの宿泊は車に乗ると確実に酔う私には拷問に等しかった。マジで2晩中吐いてた。


たこ集会にはアントニオ猪木をはじめとした国会議員が数名来ていた。その他芸能人も何人か来ていたが、覚えているのは丹波哲郎のみ。

大霊界とか言う映画撮影総本山を使ったらしい。

小学校低学年だったため、子供でも知ってる猪木と、映画を見させられた丹波哲郎以外は名前を知らなかったし覚えていない。

全国から岐阜に集まっちゃうぐらい言う事聞いちゃう信者に顔を売ると言うのは、政治家や人気商売有名人にとって計り知れないメリットがあるんだろうね。

教団側も内外への広告塔として利用価値あるし、統一教会政治家がずぶずぶなのも何を今更としか思えなかったし、

参加している芸能人はともかくとして、政治家がどこまで本気で信仰しているのかは怪しい所だと思う。



■その後というか話の締めくくり的な物

父親はその後、思春期を迎えた兄2人を暴力支配できなくなり、母親には小学生だった私と妹を連れられて離婚され、

会社銀行没収され、すっかり存在を忘れられていたが、数年前に膵臓がんにかかり長男に会いに来た所、玄関の扉も開けずに追い返されたとの事。


とっぴんぱらりのぷう



追記

読んでくれてありがとう自分の中ではとっくに整理がついてたつもりだったけど、改めて文章にしてみると無視してただけで

100%飲み込んだわけじゃなかった感情とかが見つかって良かったと思う。

全部じゃなくて申し訳ないけど、いくつか適当に返信を


最後ググったけど秋田の話?

上には書いてなかったけど、私が小学2年生の時に母親に連れられて秋田に逃げた事があった。

その時は確か3ヶ月ほどで見つかり連れ戻されたんだけど、そこの児童館かなんかで聞いたフレーズでやけに記憶に残っていた。

当時は個人情報にそれほどうるさくなかったから、学校への問い合わせで見つかったっぽい。

その失敗を踏まえて数年後にまずは母親が単身で家出して、生活基盤を整えてから私達を迎えると言う計画に出たが

場所計画などがバレないように私達には内緒にして行った物だから、妹と2人でお母さんに捨てられたと絶望したのはまた別の話。

(※兄2人は知らされていた)


崇教真光勧誘には会ったことないけど、勧誘に連れてく子供他人の子供だった(そういうケースもあった)というのは新鮮な驚きだったわ

勧誘基本的主婦積極的に狙ってた。主婦を釣ればほぼ確実に子供がついてくるし、財布を握っているケースも今より多かったからだと思う。

結果として託児所みたいなところがあって、そこに子供を預けて行くシステム千葉道場にはあった。他の道場宗教はわからないけど

どんな宗教でも主婦を狙うのは基本っぽいから、似たようなケースはあると思う。


経営者の親父は親父で経営者同士の会合とか政治家もいる会合とかで出会った人間に言いくるめられて入ったんだろうな

これはわからないけど、私個人見立てとしては、めちゃくちゃお金を稼いで社会的には成功したのに人に好かれない寂しさからはまったんだと思っている。

でもさ、反対意見を言った社員を角材でぶん殴ったり、泣き止まないからって理由子供を3階のマドから吊り下げたり、雪の降る夜に裸で追い出したり

高速道路に捨てていったり、今だったら即懲役になるような事をやるような人が自分を変えないまま新たな居場所を見つけようとしても、嫌われたり避けられる体験が増えるだけなんだよね。

離婚以降は真光をやめて新興宗教転々としてたって噂に聞いた。


>結局、信仰宗教って最強の弱者ビジネスに思える。経済的身体的、精神的な弱みに漬け込みお金と人を集め、それを目当てに寄ってくる人間を利用する。

これはめちゃめちゃ居た。ガンなどの医師からさじを投げられた人たち、今思うと自閉症だったんだなって人のご両親が熱心にお祈りしてた。あと家庭内不和あたりは本当に

石を投げたらあたるぐらい居た。上得意だったと思う。日常解決できない問題の救いを求める場所って言う意味では良いと思うんだけど、

割りと強引な勧誘がね…。


2020-11-05

中学生一年かの昼休みクラスの後ろの方で、男どもが盛り上がって誰かを胴上げしていた。

楽しそうだったので僕も無邪気に参加したあとに訳を聞くと、どうやらクラス加藤くんが女子告白して成功したらしい。

めでたい事だなあと感心していたら、どうやら相手女子は僕の右隣の席にいる神前さんらしく、加藤くんは僕の左隣の席だったようだ。

まり僕の席はできたてホヤホヤカップルの間に挟まれる形になっていた。

その奇妙な構図はクラス中の注目(胴上げするほど騒いだから誰でも知ってる)を集め、僕は周りの目線にとても恥ずかしい思いをしたことをよく覚えている。

からの熱い視線に緊張する僕は、とにかく加藤くんの怒りを買わないように、隣の神前さんは丁重にお取り扱いをすることに決めた。

神前さんは僕の班の班長で、一本気でハキハキした明るい女の子だった。

儚く守ってあげる存在ではないが、勉強は得意でないようだったので親切すぎるほどに優しく教えてあげた。

すると大変素直に感謝されるので、なるほど加藤くんも好きになるのは分かる、僕は好意を寄せるようになった。

とはいえ、当時僕は好きな女子別にいたし、人の彼女なので何かしようと言う気はなかったんだけど。

それでも最初は緊張で吐きそうだった座席で過ごす日常はとても楽しい毎日に変わっていった。

そんなこんなで数ヶ月経った頃、神前さんは親の都合で遠くに引っ越すことになった。

最後の当校日、彼女クラスの全員に手紙を書いて配ってくれた。

数十人いる全ての男子女子当てなので、班長をやるくらい真面目な神前さんらしいなと思った。

ただそれだけいると、中にはテンプレ文の手紙をもらう子は多かったらしい。

しか特に仲がいい子だけには新しい家の住所が書かれていたそうだ。

僕の手紙には感謝の文面と住所が書かれていた。

友達からも住所が書いてあっただろ?と指摘されて、周りから見てても僕らはそれなりに仲良しに見える関係だったんだとこのとき初めて自覚した。

なお彼氏立場である加藤くんの手紙に何が書いてあったかは知らないし、僕としても神前さんと特別な別れはなかった。

ただ手紙の内容にテンプレ要素は一つもなく、彼女に取って僕は有象無象の一人ではない存在だったことは充分に分かった。

神前さんとの思い出はこれで終わりだ。

もらった手紙最後には新しい住所に連絡をちょーだいねとあったが、シャイボーイの僕は結局何も送ることはなかった。

ケータイとか中学生が持てる時代じゃなかった)

そして、その事を後悔しながら、後から何度も手紙を読み返してはクネクネする人生を送ることになる。

途中で転校したこと神前さんの写真卒業アルバムにも載らず、姿形は僕の頭の中でぼんやりしか記憶しか残っていないが今でも大切な思い出である

2020-09-28

anond:20200928114128

自由だけど神前での誓いを破る人なのねって国民に思われちゃうよね。

2020-03-30

anond:20200330021252

これは、かなり格好よく編集してる安来節だと思う。本来安来節は、この1.5倍遅い。

この路線が好きなら、吉田兄弟三味線もいけると思う。

三味線は、もう一人有名になった人がいた記憶あるけれど、忘れた。

尺八でも有名な人いた気がするけれど、忘れた。

ちょっと変わり種で、元修験層で修行の一環として学んだというひちりき奏者の人が居る。

この人の神前に捧げる演奏は、目に見えない物を呼び寄せるから面白いよ。周りの人もうわっと反応してた。

神田明神お祭り奉納の一つで参加してたけれど、情報が出てこないや。

2020-02-15

anond:20200215141536

真っ赤に焼いた斧の刃を素手で持って落とさずに境内を歩いて神前三方に乗せたらOK

2019-06-18

3大意味間違って使う名言(ことわざ)

俺の言うことを信じるな。

情けは人の為ならず
  • ×親切にするのはその人のためにならない
  • 〇人に情けを掛けておくと、巡り巡って結局は自分のためになる
お客様は神様です三波春夫
児孫のために美田を買わず(子孫に美田を残さず) (西郷隆盛
武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり(山本常朝)
プログラマーは“できない”と言ってはいけない岩田聡
  • ×プログラマーはなんでもやれ
  • 〇軽々しく「できない」って言ったら可能性をすべて閉ざしていきますよね。たいがいのことはがんばればなんとかなったりするわけですけれど、全体は有限の制約のなかでやるわけでしょう。だから、ほんとうにできないことはできないと言わなけれいけないし「できるけど、なにが犠牲になるよ」だったり、「できるけど、これとは両立しないよ」ということがいっぱい出てくるはずなんですよ。https://www.1101.com/nintendo/nin13/nin13_5.htm
ハングリーであれ、愚かであれ(Stay hungry. Stay foolish.)(スティーブ・ジョブズ
天才1%のひらめきと99%の努力トーマス・エジソン
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず(福沢諭吉

あと一つは?

2017-08-01

https://anond.hatelabo.jp/20170731210754

2013年とかアニメ放送前はヤマカンを全面に押し出して、知名度不足を解消しようと宣伝活動していたWUG

その放送直前にヤマカンを「炎の7番勝負」とか炎上を題材にしてと全面を出したタイトルWUG宣伝してた時、

条件か知らんが製作委員会引っ張り出て抱負とか語ってあいさつしてたね。

製作委員会とか誰もコメントしないよね。新監督不明瞭だったし。

残ったのはプロデューサー音楽神前モナカのみだね。説明とかなんも説明してないけど後ろめたいのかな?

大ヒットではないこの作品まがりなりにも展開を続けたのはまあ、企画持ち込みで原案者だったヤマカン氏が離れることで嬉しがる人もいたようではあるし、期待する人もいるだろうね。

ただヤマカン氏が監督であったことからこそ好きになったという奴もいるわけで、はてさてどうなるか。

一般的オリジナル作品で変更はカタストロフィ的な出来事で混乱と比較が生まれしまマイナスになるところを、

原案であるヤマカン名前を隠すことでさらマイナスになるね。

ユニットを成り立たせようとすればWUGファンで怒る人もいるだろうがこれも説明などがなく公式沈黙してるのは今までのファンに悪印象や不安を与えるんじゃないかな、悪手。

責任取れよと思ってしまう。

加えてヤマカンから見ないと言ってる人が続編から見てくれるというのはほとんどないと思うしそういう博打掛けたのなら失敗なんじゃないかな。

一方辞めさせられたことて業界嫌いになってしまったヤマカン氏は業界外で生きると決心したかのように業界内での反発や暴露政治発言社会派のような事もつぶやいてるけど

WUGやってた時は喧嘩売ってきたクソツイッタラーに反発して相手するくらいが精々だったよ。

2016-12-12

やらおん掲載されている山本監督の削除ツイート記事について

最初に言っておくが、昨日(12/11)のイベントにはちゃんと参加している。

文字だけだから説得力が皆無なことも知っている)

まとめの記事の中に『ファンは大歓声だったらしいwwww』とあるが、あれは嘘だ。

確かにアニメ続報には歓声が沸いた、音楽神前さんだということもにも、歓声が沸いた。

が、監督名、キャラデザ名が出て時には、みな一瞬固まっていた。

その後の制作会社ミルパンセ劇場版に携わっていたからか、軽く歓声があった。(それでもOrdetない戸惑いは生まれていたはず)

とにかく二つだけ言いたいのは大人の事情感が現在出すぎていることだけはやめてほしい。

大人の事情が目の前にでてきてメリットがあるわけがない。

あと一つは、その大人の事情でWake Up,Girlsの彼女たちを潰すようなことだけはやめてほしいと思う。

何より中の人彼女たちとアニメ彼女たち両方を大事にしていって欲しいと切に願います

http://anond.hatelabo.jp/20161211223317を見て衝動に駆られてしまいました。

2016-01-25

日本における宗教大成功がすごい

世界では未だに宗教が原因で戦争やいがみ合いが絶えないのに、日本ってすごい。

何がすごいって誰もが信仰を全くといっていいほど意識していないこと。

それなのに初詣は行くし盆と彼岸にはお墓参りに行くし、お賽銭は投げるしお葬式にはお焼香するし。

かといってクリスマスを祝うこともウェディングドレス着て神前永遠の愛を誓うことも咎められない。

でも事実として神社もお寺も存在確立されてるわけだよね。

しかもその上で、新興宗教に対して一定の自浄作用機能してて、外国から宗教ほとんどはいってこないわけじゃない。

それなのにほとんどの人が信仰意識してないってことが本当にすごい。

それって信仰根付かせるために信仰を捨てさせたってことでしょ?

ある意味信仰の究極形だと思うんだけど。

他国もっとこの事実に目を向けるべきだと思うな。

2014-06-30

http://anond.hatelabo.jp/20140630010501

対応1:アメ

真心のこもった暖かい声で、「お賽銭箱へお供えして、どうぞご神前でご祈念下さい」と言われる。

国人が「ここはなにをするところなんてすか」とか日本語で頑張って聞いてきて、懇切丁寧な説明に納得して、じゃあ…とウォン硬貨を一枚取り出してきて祈願依頼してきた時とか、そうする。

対応2:ムチ

警察呼ぶ。

サイレン鳴らさずに5分かからずに来て即制圧

傍目には酔っ払いの介抱みたいな感じで連れてかれる。(腰のベルトと、それとみぞおちを深く握られているように見えた)

狭い取調室で「アンタごねる説教じゃすまなくなるよ」とかたぶん言われる。

過去見てきた実例からすると、必死に頭を下げれば多分、一度だけなら立件されずに済むかも。(名前住所は押さえられる)

2013-04-25

靖国参拝があたか日本人の義務であるかのような風潮だけど

自由意思であって束縛されるものじゃないよ。

ナショナリズムより愛国主義に傾倒してるんだ。

仏前でも神前でも自分の信じる道でお祈りすればいいだよ。

から俺は靖国より住吉大社稲荷大社に行くよ

2011-08-05

ゲーマーでなくても知っておきたいゲーム音楽も手がけた10人の作曲家

ゲーマーなら知っておきたいゲーム音楽における10人の名作曲家 - GIGAZINE

http://gigazine.net/news/20110803_game_music_composers/

というわけで、対抗意識を燃やして

ゲーマーでなくても知っておきたいゲーム音楽も手がけた10人の作曲家 - MASUDAZINE」なるものを書いてみようかな、と。

選ぶ基準は主観です。紹介文は手抜きです。基本的に、ゲーム映像と合わせた動画ですゲーム音楽動画と、その下にそれ以外で割と有名であろう音楽動画を紹介します。順番は思いついた順。海外ゲーム事情は疎いので割愛します。
タイトルの「ゲーマーでなくても~」というのは、あまり関係ないです

  1. 服部 隆之
    この人の音楽は、日本人なら誰でも一度は聴いたことがあるのではないか?というほど巷に溢れ、しか個性が強くわかりやすい作風。
    I.Q.Final 第二の潮流
    http://www.youtube.com/watch?v=nm8iOyfKaj8
    王様のレストランより「Bon Courage!」
    http://www.youtube.com/watch?v=hpxWvYPgs1E

  2. 神前 暁
    最近ニュー即民宣言した神前暁さん。体調が回復しますように。
    THE IDOLM@STER アイドルマスター GO MY WAY!
    http://www.youtube.com/watch?v=puTMcc9Nntk
    もってけ!セーラーふく
    http://www.youtube.com/watch?v=z0vuKfua2N4

  3. 蓜島 邦明
    名前は知らない人が多いかもしれませんが、この方もだいたいの人は聞いたことがある曲を手がけています
    Metroid: Other M Music Phantoon Battle
    http://www.youtube.com/watch?v=CM9FSZ9mm-I
    世にも奇妙な物語 オープニング
    http://www.youtube.com/watch?v=jsta3tEY43s

  4. 三枝 成彰
    これは知らなかった人が多いんじゃないでしょうか。ちょっとマニアックです
    エルファリア OP
    http://www.youtube.com/watch?v=mIJ52GEhmlM
    ハドソンから発売されたSFCソフトです。実は私もプレイしたことがなく、よくわかりません。
    Mobile Suit Zeta Gundam 「Z-GUNDAM」 (Opening Theme)
    http://www.youtube.com/watch?v=kkQRTtSGXmQ
    こちらはオタク界隈なら知ってる人も多いのでは。

  5. 久石 譲
    二ノ国 漆黒の魔導士 「心のかけら」
    http://www.youtube.com/watch?v=JPkUACnXtNY
    これは大手家電量販店でも久石譲看板宣伝されていたので、買ったかどうかはともかく、見たことある人は多いのでは?
    もののけ姫 -アシタカせっ記
    http://www.youtube.com/watch?v=xNbagvkyVeE

  6. 佐村河内 守
    被爆二世で全聾の作曲家。ここ最近メディアで取り上げられるようになり、注目されつつあります
    鬼武者 オープニング
    http://www.youtube.com/watch?v=wlE1o_t0idQ
    交響曲第1番《HIROSHIMA》抜粋
    http://www.youtube.com/watch?v=iLQUd0hDyZ0

  7. 大島 ミチル
    菅野よう子は知ってるけど大島ミチルは知らない!っていう人、いると思います
    ICO エンディングテーマ You were there
    http://www.youtube.com/watch?v=gSxYwGRe4OY
    一番知名度が高そうなのはこれでしょうか。
    天地人 オープニング
    http://www.youtube.com/watch?v=FcrD_lIWPFk

  8. 長生 淳
    吹奏楽の方で知名度が異常に高い作曲家。実力は申し分なく、主に吹奏楽を中心に現代音楽界で活躍しています
    決起~「三国志Ⅳ」(メイン1)
    http://www.youtube.com/watch?v=b8QegUfa51o
    サクソフォーンオーケストラ 「翼をひろげて」
    http://www.youtube.com/watch?v=Tyjj8ckF-to

  9. 川井憲次
    この方は有名ですね。いや、担当した作品が有名であって、ご本人が有名かといえば微妙でしょうか。
    サンサーラ・ナーガ2
    http://www.youtube.com/watch?v=AK_IUZzOH_U
    攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL ED 謡Ⅲ-Reincarnation
    http://www.youtube.com/watch?v=7iCgse7DvP0

  10. 菅野よう子
    最後は、ご存知菅野よう子。いや、やっぱりご存知というほどでもないのかも。
    信長の野望・全国版 比叡山燃ゆ
    http://www.youtube.com/watch?v=d4YseCbsJxQ
    お気に入りから
    月の繭
    http://www.youtube.com/watch?v=o898vRrM1RQ

いかがでしたか
他にも「こいついれろよks」とか感想があればブコメでもトラバでもください。
同じコンセプトにはなりませんが続編があるかもしれません。こうやってまとめると案外自分の為になるので……。

2011-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20110205210023

国技 - Wikipedia

国技(こくぎ)とは、その国固有の文化伝統に根ざしたスポーツ競技・武術を指すが、厳密な定義存在しない。また、国技であっても、国内で最も人気のあるスポーツとは必ずしも一致しない。

日本国内において一般的には、相撲国技と見なす風潮が存在するが、正しくは日本国内に正式な国技はない。 過去及び現在においても、その時代を担った政権相撲を正式な国技と認定した記録や省令存在しない。

相撲 - Wikipedia

相撲日本固有の宗教である神道に基づいた神事であり、日本国内各地で「祭り」として「奉納相撲」が地域住民により、現在も行われている。健康と力に恵まれた男性神前にてその力を尽くし、神々に敬意と感謝を示す行為である

相撲は神事であり、伝統行事スポーツというより、能や歌舞伎の方が近いと思う。

ガチ相撲を取った朝青竜は超KY、だから品格がないと言われてもしょうがない。

 
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