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はてなキーワード: 雑貨店とは

2021-05-09

アルコール消毒は何のためにしているのか?

ネタではなく、わりと真剣に疑問に思った。

今や飲食店雑貨店でも入店の際に強制されるアルコール消毒。

でも、本当に手指だけ消毒すればいいのか?と思った。

2021-04-14

なぜ「女性の方が恵まれている」と感じるのか。

女性の方が恵まれている、男の方が割を食っている」と感じている男がかなりいることは、近年SNSなどで可視化されている。

断っておくと、政治経済などのマクロレベル女性差別されているのは間違いない。これは強調してもしすぎることはない。

では「女性の方が恵まれている」のは、なんの根拠もない言いがかりなのかというと、そういうわけでもない。ミクロレベルでは、女性の方が恵まれているように錯覚する要因が確かに存在するからだ。

1. 恋愛市場

 恋愛市場においては、女性が選ぶ側で、男性は選ばれる側なっていることが多い。恋愛漫画や恋愛ドラマねるとん系の恋愛バラエティ番組ほとんど全てが「女性男性を選ぶ」という設定になっている。選ばれる可能性の低い男性からすれば、女性恋愛の決定権があるように見える。

2. 消費文化

 グルメ旅行ファッション広告サービスは、圧倒的に「女性向け」につくられているものが多い。テレビでよく紹介され、とくに最近増加しているカフェ雑貨店は完全に女性向けで、中年男性が一人で訪れるようなものではなく(かつての「喫茶店」はむしろ中年男性向けの雰囲気だった)、むしろ「小汚い中年男性」が決して近づかないような雰囲気になっている。男性向けの消費はあったとしても、車のような高額なものばかりで、金のない男性からすると女性が中心の消費の場から排除されているように感じる。

3. 家計

 結婚している男性の大部分も、家計の財布は女性が握っており、少なくとも日常的な買い物や消費に関しては、男性の決定権は小さい。このことは、上述の消費文化女性中心主義にも大きく影響している。

4. 非正規労働

 確かに正規労働世界では、マッチョ長時間労働飲み会文化などで女性排除されている。他方で非正規労働世界女性が主流で、非正規公務員などの事務仕事については完全に女性が独占しており、男性非正規身体負担が大きい3k労働に限られている。そして残念なことに、パート主婦非正規中年男性に対する侮蔑感情を持っている人は多く、パート主婦の多い非正規仕事につくと、かなりの確率いじめに遭う。

2021-03-31

バンコクセックスしたあのミャンマー女性は元気だろうか

毎日のようにミャンマーニュースを見ている。

善人ぶる気はない。買春する私は最低最悪の人間できっと地獄に落ちるだろう。

しかし、これは下衆なりの心のモヤモヤ偽善なのだろうが)を吐き出すために書く。

推敲はしない。


コロナなど全くない数年前に

悪友たち数人とタイ旅行に行った。

目的は「バカンス」だが、

から酒を飲んで夜は繁華街に繰り出し、ゴーゴーバー出会い系バー女性を物色し、

みんなで思い思いの女の子ホテルに持って返ってバカ騒ぎ、最後はそれぞれの部屋でお楽しみを…

という救いようのない下賤な旅行である

タイ女の子はおおむね可愛く、優しく、そして安い。いくらなんでも未成年女性には近づかない。


2日目の夜に買った女の子ミャンマー人だった。

出会い待ちのたくさんの女性と、女性を物色して回遊するたくさんの男たちで本当にごった返す出会い系バーで、

自分好みのドンピシャの細くて目が大きくて髪の長い美しい女性がいた。

すぐに声をかけて提示された金額で即決し「ロング」で持ち帰った。

簡単にいうと、ショートは泊まりなしで行為のみ、ロングは泊まりありだ。

我々は悪友と女の子たちで大酒を飲んでバカ騒ぎするのでロングである必要があった。



一緒にホテルに戻る最中英語で色々な話をした。

英語同士のつたないコミュニケーションでも、

彼女が(失礼を承知で言うが)意外にもこの類の女性としては珍しく、実は頭が良く気が使えて常識を備えた女性であることがわかった。

昼は雑貨店で働き、海外旅行に行くお金を貯めるために出会い系バーに立っているのだという。



民泊の別荘だったので我々以外人はいない。大広間でさんざん飲んだあと、

そのミャンマー女の子と二人で部屋に帰ったが、

ホテルタオルの数が全く足りなかったので、

他の部屋の分も合わせて、彼女の案内で24時間スーパーまで二人で買いに行った。

普通に雑談しているなかで「実は私はタイ人ではなくミャンマーなのだ」と彼女はすまなそうに言った。

タイにはそれなりの人数のミャンマー人がいることをそこで初めて知った。

「君がミャンマー人だからってなんの問題があるの?」と答えた。

タイで暮らすミャンマー人の日々の気持ち生活の様子はうまく想像できなかった。

二人でスーパータオル他、必要そうなものを二人で仲良く話しながら買い出ししていると、

性欲だけではない気持ち彼女に対してほのかに芽生えた。




でも、話はそれでほぼ終わりで、

ホテルに帰って、タオル各部屋に配ったあと、

部屋で彼女普通に行為に及んでお金を渡して寝た。

「ロング」の女の子は、朝起きたらすでに帰っていたりするが、

彼女は疲れていたのか起きてもまだいた。

仕事大丈夫か聞くと「行かないとね」といって起き出し、

着替えながら「今度日本旅行に行くから連絡していいか」と言われLINEを交換して

彼女は部屋を出ていった。

それで終わりで、別にそれ以来彼女とは会ってない。

数ヶ月後に「日本に来てる。会えるか?」とLINEが来たが仕事多忙を極めて会えなかった。

それで連絡は途絶えた。

今、ミャンマー関連のニュースを聞くと彼女を思い出す。

最悪を承知で書くが、別の国の紛争が完全な他人事でない気持ちになるのは初めてだ。

彼女はたぶん今もバンコクに住んでいるのだと思うので、

巻き込まれてないとは思うのだが

泣き叫ぶ女性映像を見ると、心がそれなりに痛む。

でも話はそれだけだ。俺は下賤だし心を痛める資格があるのかもわからない。

2021-03-22

知らないお話

ジョバンニは、口笛を吹いているようなさびしい口付きで、檜ひのきのまっ黒にならんだ町の坂を下りて来たのでした。

 坂の下に大きな一つの街燈が、青白く立派に光って立っていました。ジョバンニが、どんどん電燈の方へ下りて行きますと、いままでばけもののように、長くぼんやり、うしろへ引いていたジョバンニの影かげぼうしは、だんだん濃こく黒くはっきりなって、足をあげたり手を振ふったり、ジョバンニの横の方へまわって来るのでした。

(ぼくは立派な機関車だ。ここは勾配こうばいだから速いぞ。ぼくはいまその電燈を通り越こす。そうら、こんどはぼくの影法師コムパスだ。あんなにくるっとまわって、前の方へ来た。)

とジョバンニが思いながら、大股おおまたにその街燈の下を通り過ぎたとき、いきなりひるまのザネリが、新らしいえりの尖とがったシャツを着て電燈の向う側の暗い小路こうじから出て来て、ひらっとジョバンニとすれちがいました。

「ザネリ、烏瓜ながしに行くの。」ジョバンニがまだそう云ってしまわないうちに、

「ジョバンニ、お父さんかららっこ上着が来るよ。」その子が投げつけるようにうしろから叫さけびました。

 ジョバンニは、ばっと胸がつめたくなり、そこら中きぃんと鳴るように思いました。

「何だい。ザネリ。」とジョバンニは高く叫びしましたがもうザネリは向うのひばの植った家の中へはいっていました。

「ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのだろう。走るときはまるで鼠ねずみのようなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのはザネリがばかなからだ。」

 ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまの灯あかりや木の枝えだで、すっかりきれいに飾かざられた街を通って行きました。時計屋の店には明るくネオン燈がついて、一秒ごとに石でこさえたふくろうの赤い眼めが、くるっくるっとうごいたり、いろいろな宝石が海のような色をした厚い硝子ガラスの盤ばんに載のって星のようにゆっくり循めぐったり、また向う側から、銅の人馬がゆっくりこっちへまわって来たりするのでした。そのまん中に円い黒い星座早見が青いアスパラガスの葉で飾ってありました。

 ジョバンニはわれを忘れて、その星座の図に見入りました。

 それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですがその日と時間に合せて盤をまわすと、そのとき出ているそらがそのまま楕円形だえんけいのなかにめぐってあらわれるようになって居おりやはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうとけむったような帯になってその下の方ではかすかに爆発ばくはつして湯気でもあげているように見えるのでした。またそのうしろには三本の脚あしのついた小さな望遠鏡が黄いろに光って立っていましたしいちばんしろの壁かべには空じゅうの星座をふしぎな獣けものや蛇へびや魚や瓶びんの形に書いた大きな図がかかっていました。ほんとうにこんなような蝎さそりだの勇士だのそらにぎっしり居るだろうか、ああぼくはその中をどこまでも歩いて見たいと思ってたりしてしばらくぼんやり立って居ました。

 それからにわかにお母さんの牛乳のことを思いだしてジョバンニはその店をはなれました。そしてきゅうくつな上着の肩かたを気にしながらそれでもわざと胸を張って大きく手を振って町を通って行きました。

 空気は澄すみきって、まるで水のように通りや店の中を流れましたし、街燈はみなまっ青なもみや楢ならの枝で包まれ電気会社の前の六本のプラタヌスの木などは、中に沢山たくさんの豆電燈がついて、ほんとうにそこらは人魚の都のように見えるのでした。子どもらは、みんな新らしい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛くちぶえを吹ふいたり、

ケンタウルス、露つゆをふらせ。」と叫んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃したりして、たのしそうに遊んでいるのでした。けれどもジョバンニは、いつかまた深く首を垂れて、そこらのにぎやかさとはまるでちがったことを考えながら、牛乳屋の方へ急ぐのでした。

 ジョバンニは、いつか町はずれのポプラの木が幾本いくほんも幾本も、高く星ぞらに浮うかんでいるところに来ていました。その牛乳屋の黒い門を入り、牛の匂においのするうすくらい台所の前に立って、ジョバンニは帽子ぼうしをぬいで「今晩は、」と云いましたら、家の中はしぃんとして誰たれも居たようではありませんでした。

「今晩は、ごめんなさい。」ジョバンニはまっすぐに立ってまた叫びました。するとしばらくたってから、年老とった女の人が、どこか工合ぐあいが悪いようにそろそろと出て来て何か用かと口の中で云いました。

「あの、今日牛乳が僕ぼく※[#小書き平仮名ん、168-12]とこへ来なかったので、貰もらいにあがったんです。」ジョバンニが一生けん命勢いきおいよく云いました。

「いま誰もいないでわかりません。あしたにして下さい。」

 その人は、赤い眼の下のとこを擦こすりながら、ジョバンニを見おろして云いました。

「おっかさんが病気なんですから今晩でないと困るんです。」

「ではもう少したってから来てください。」その人はもう行ってしまいそうでした。

「そうですか。ではありがとう。」ジョバンニは、お辞儀じぎをして台所から出ました。

 十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、向うの橋へ行く方の雑貨店の前で、黒い影やぼんやり白いシャツが入り乱れて、六七人の生徒らが、口笛を吹いたり笑ったりして、めいめい烏瓜の燈火あかりを持ってやって来るのを見ました。その笑い声も口笛も、みんな聞きおぼえのあるものでした。ジョバンニの同級の子供らだったのです。ジョバンニは思わずどきっとして戻もどろうとしましたが、思い直して、一そう勢よくそっちへ歩いて行きました。

「川へ行くの。」ジョバンニが云おうとして、少しのどがつまったように思ったとき

「ジョバンニ、らっこ上着が来るよ。」さっきのザネリがまた叫びました。

「ジョバンニ、らっこ上着が来るよ。」すぐみんなが、続いて叫びました。ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているかもわからず、急いで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラが居たのです。カムパネルラは気の毒そうに、だまって少しわらって、怒おこらないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。

 ジョバンニは、遁にげるようにその眼を避さけ、そしてカムパネルラのせいの高いかたちが過ぎて行って間もなく、みんなはてんでに口笛を吹きました。町かどを曲るとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。そしてカムパネルラもまた、高く口笛を吹いて向うにぼんやり見える橋の方へ歩いて行ってしまったのでした。ジョバンニは、なんとも云えずさびしくなって、いきなり走り出しました。すると耳に手をあてて、わああと云いながら片足でぴょんぴょん跳とんでいた小さな子供らは、ジョバンニが面白おもしろくてかけるのだと思ってわあい叫びました。まもなくジョバンニは黒い丘おかの方へ急ぎました。

2020-12-07

東京メトロの改札外乗換を利用すると東京中を観光できる件

東京メトロ運用がオタクにとって神すぎる

東京メトロでは、ほとんどの範囲において、実際に乗車した経路に関わらず最短経路での運賃収集している。例えば東京から大手町に行く時、最短経路は丸ノ内線で1駅だが、丸ノ内線を逆行して銀座銀座線に乗り換え、更に日本橋東西線に乗り換えるという遠回りな経路をたどっても、最短経路である1駅分の運賃しかからない。これについては東京メトロ公式サイトでも明記されており、

原則として、実際にご乗車いただいた経路に応じた運賃をいただいておりますが、下記の範囲内につきましては実際の乗車経路によらず、最短経路で計算した運賃でご利用いただけます

ただし、改札外乗換えをご利用の際、乗車駅から乗換駅までの運賃が、最短経路の運賃を上回る場合は、乗り換え時に乗換駅までの運賃必要になります

https://ssl.tokyometro.jp/support/faq_answer?lang=ja&faqno=OpenFAQ-000395

となっている。まあ、2文目の通り、改札外乗換を伴うルートをとると、必ずしも1駅分の運賃で乗れるとは限らないが。

そして楽しいのが改札外乗換という運用存在である。同じ駅で別の路線に乗り換える時、一旦改札を出て連絡通路等を歩き、乗り換え先の改札に入りなおさないといけない状態になっている駅のことをいう。改札外乗換は往々にして歩く距離が長く、一般的に面倒くさいということで嫌われていると思う。しかし僕にとってこういう駅は楽しい。なぜなら、一旦改札を出てから次の改札に入るまでに60分の猶予時間が設けられており、乗り換えついでに外を歩き回れるからである。例えば東京から新宿に行く時、丸ノ内線に乗って池袋で一旦改札を出てジュンク堂に寄るなどし、60分以内に副都心線の改札に入場して新宿三丁目に向かえば、1回分の運賃東京新宿だけではなく池袋訪問することができる。複数の駅をいちいち原義で出場していくとその度に170円、170円…と運賃を払っていくことになるが、改札外乗換のルールを使えば比較安価で済む。

2020年12月時点で、改札外乗換を行なっている駅は以下の14か所である

上野上野広小路・仲御徒町三越前渋谷淡路町新御茶ノ水新宿三丁目、日比谷有楽町虎ノ門虎ノ門ヒルズ、大手町飯田橋人形町水天宮前築地新富町銀座銀座一丁目

交通費を極限まで削って東京観光をしよう

さて、この2つのルールを利用して、交通費を300円以内に収めて東京中を歩き回り、改札外乗換を行なっている14駅すべてを巡ることを考える。プランとして、何らかのイベントのために東京ドーム付近宿泊した観光客が、1日使って東京を楽しむルート作ってみたナンバーは乗り換え駅の数ではなく、訪れる観光地の数である

御茶ノ水

最後東京ドーム最寄りのメトロである後楽園に戻ってくるべく、出発地は1駅隣の本郷三丁目とする。丸ノ内線本郷三丁目から淡路町に向かい、改札を出る。ここは御茶ノ水エリアで、最近新しくなったJR御茶ノ水駅の駅舎や湯島聖堂神田明神訪問することができる。

上野

千代田線新御茶ノ水に入場し、北千住日比谷線に乗り換え、上野に行く。外にいられる時間は60分なので、上野動物園や各美術館博物館に入るのは難しい。それでも上野公園散策し、アメ横商店街散策すると楽しい

水天宮

銀座線の上野に入場し、上野広小路で出場し、日比谷線の仲御徒町から入場して人形町へ向かう。水天宮訪問することができる。

日本橋

半蔵門線水天宮前に入場し、三越前で改札を出る。このあたりはおしゃれなショップが多い。個人的には、コレド室町にある誠品生活という書店雑貨店おすすめする。台湾発祥の大きな書店は飽きることがない。日本橋国道一号線の起点もある。

築地

銀座線の三越前に入場し、日本橋東西線に乗り換え、茅場町日比谷線に乗り換え、築地で降りる。市場豊洲移転して、5,6年前の活気は無いが、まだいくらかの商店はある。たこ焼き屋である銀だこ本店もここにある。

銀座

有楽町線の新富町から入り、銀座一丁目に向かう。銀座レンガ通りなど、言わずと知れた高級店舗が揃う。ショッピング向き。

渋谷

丸ノ内線銀座に入場し、霞が関日比谷線に乗り換え、虎ノ門ヒルズで出場する。虎ノ門ヒルズは2020年6月6日開業の新しい駅。出場したはいもののまだ開発途中で見どころは少ない。銀座線の虎ノ門に入場し、渋谷で出場する。渋谷ショッピングモールがたくさんある。ここ10年ほどリニューアル工事が行われていて、もうだいぶ綺麗になった。宮下公園ショッピングモールと化した。東京を感じるには十分な場所だろう。

新宿

副都心線渋谷に入場し、新宿三丁目で出る。渋谷を見てきたばかりだが今度は新宿である。ここにもルミネ高島屋などショッピングモールが林立している。時間があれば都庁展望から景色を眺めるのも良い。

有楽町

丸ノ内線新宿から入場し、赤坂見附永田町有楽町線に乗り換え、有楽町へ。新幹線ガード下商店街レトロ。また、東京ミッドタウン日比谷では6階のパークビューガーデンから景色を眺めることができる。無料

飯田橋

千代田線日比谷に入場し、大手町で降りる。ここはオフィス街だし街歩きしてもまあ…という感じなので僕ならスルーする東西線に入場し直し、飯田橋で降りる。飯田橋JR駅のリニューアル工事が絶賛進行中。綺麗になった駅舎を見ることができる。工事が終わったらまたいろいろな店舗が入っておもしろくなりそう。

池袋

有楽町線の飯田橋に入場し、池袋で出場する。駅の近くにジュンク堂ゲームセンターBOOKOFFユニクロ東急ハンズサンシャインなど揃っていて賑わっている。乗り換え時間が60分しかないので水族館には入れないと思うけれど。

⑫そして、帰還。

丸ノ内線池袋から入場し、後楽園に帰ってくることができた。

まとめ

この行程で東京メトロ改札外乗換駅を制覇できているはず。交通費をぐっとおさえて東京中を巡ることができる。結構歩き続けることになるのである程度の体力は必要だけど、おすすめ。もちろん一部分だけこのテクニックを使うことも可能観光客とオタクにとって楽しい1日になると思う。

コロナが態度の悪いクソ店員を懲らしめてくれて東京が過ごしやすい件

当方東京都内在住。

コロナネット阿鼻叫喚だが、コロナのおかげで都内のあらゆる店舗接客が良くなりとても過ごしやすくなってきたと最近とても強く感じる。

これに同意いただける都内在住の老若男女は非常に多いのではないか

コロナ以前

コロナ以前は飲食店を始めとしたさまざまな店舗で、態度の悪い店員が目も合わさなかったりやる気ない感じで接客したりと気分が悪くなることが非常に多かった。

飲食店行っても無言でテーブルドンっと皿を置いて立ち去るクソホール店員レジの後ろででかい声で駄弁りながら適当レジ打ってるクソコンビニ店員、会計終わったとたんありがとうございましたも言わずに黙って自分の持ち場に戻ろうとするクソ雑貨店員、などなどあらゆる態度の悪いクソ店員にへきえきさせられていた。

それが、コロナが出てきて飲食店等の店舗接客が格段に向上した。もうどの店に行っても良い思いしかしない。

態度の悪いクソ店員がいて普段は避けていた店も、コロナ後は店員の態度が明らかにめちゃくちゃ良くなった。

コンビニしかり、おしゃれな飲食店であったり、ありとあらゆる販売店でそうだ。

接客態度の悪い店員はクビになったかコロナビビッて田舎実家Uターンたかだと思われるが、はっきりした理由事務職である私には全くわからない。

クソ店員の態度が良くなってきた理由考察

頭を振り絞って考えてみると、

接客適当にやって客が一人減ることで得られる楽ちんさ <<<< 新しい客を一人得るための労力

になったためだと思われる。

感じ悪い接客して客が一人減ると、当然店の売り上げは減る。

だが、コロナ下でありとあらゆる店舗は売上が激減していて営業時短も効いてバイトシフトもフルで入れなくなり、

自分給与明細手取り欄を見れば嫌ほどコロナの影響を実感できる今、

自分の感じ悪い接客で店の売り上げが落ちるとリアルに店がつぶれて解雇されたりシフトが減ったりして自分自身収入ガチで響くのがアイツラク店員のちっぽけな脳みそにもめちゃくちゃ効いたんじゃないだろうか。

そして失った客1人を±ゼロにするためには新しい客を1人連れてこないとならないが、営業時短や外出自粛、コロナ感染リスクなどの要素のおかげで普通に仕事していても新しい客を獲得するどころか毎日のように客足は減り続けていく。

それなら客一人を店につなぎ留めておく方が100倍楽ちんだ。だからクソ店員が改心してベロ出してじゃれついてくる子犬のごとくワンワンと客になびくようになったんだろう。

いやー本当に笑いが止まらないwww

今までは「なんかうざいんで辞めま~す」みたいにテキトーこいてたクソ店員も、コロナで新しいバイト先が簡単に見つけられなくなり、バイト収入があるというそれだけでラッキーだと思えるような時代になった。

これが功を奏し、舐めた仕事をしているとダイレクト自分死ぬ、という竹中平蔵が涎を垂れ流しながら待ち望んでいた社会構造になった。

竹中平蔵さんがこういう素晴らしい社会を作ろうとしていたのだと思うと、竹中さんを見る目が変わった

俺はハワイグアム旅行に行ったことがあるのだが、むこうはチップ制だからか旨そうな飯屋に入るとホール店員チップ目当てですごいサービスしまくってくる。

客を楽しませるために気分よく鼻歌歌いながら配膳したり、超笑顔ゴマをするような手で客をリラックスさせたり感じの良い接客食事を楽しませてくれる。

そういう店に行って$10とか$20とかのチップを払うのが本当に気持ちが良かった。

良い接客には金銭評価をする、という文化だな。

クソ店員には1セントだけポイって置いておいてBAD評価をし、良い店員には食事を楽しませてくれてありがとうあなた接客評価は30分の接客$10です、というように具体的な金銭評価する。

これは本当に合理的文化だと思った。

大して日本社会では大部分の店員接客の質はクソ糞ANDクソ!1円でさえもチップをあげたくなるような評価できる接客をできないような底辺店員だらけ。

日本にはチップ文化がないため、感じの良い店員チップを渡そうとしても金を返されてしまうため接客金銭評価できる仕組みがない。せいぜいGoogleマップレビューで星を増やしたり減らしたりする程度だ。

店員だって接客頑張ろうが金にならないのだから底辺店員仕事を真面目にやったら損だとでも思ってるのか、本当に手を抜くやつが多い。

自分給料店長が払っていると思い込んでいて店長には忠実だが、客は頼んでもないのに向こうから勝手に来て自分達に面倒な仕事をさせる面倒くさい奴ら、と思っているかのようだ。

だがしかしコロナ禍によって全ては変わった!VIVA コロナ禍!!

東京都転出転入を上回ったとニュースになった。

俺は思うのだが、これはコロナ感染リスクを嫌って地方に逃げたのではなく、単純に店舗閉鎖で収入ゼロになり家賃が払えなくなった地方民が実家に帰った分が大多数なのではないか、と思っている。

自身観光業交通飲食業界ではない会社事務職であるが、なんとこのコロナ禍で年収が100万円近く増えた。冬のボーナスも前年より増えた。

周りを見ていると、ぶっちゃけコロナ利益を増やして前年並み以上の年収を得ている友人がとても多いことに気づく。

日本を動かしている東京キャリア官僚国会議員都議会議員市長区長都知事大臣報酬が変わらない。


まりこれってコロナの影響が無い仕事をしている人にとっては、竹中平蔵氏が実現しようとしていた社会を数十年早く体験できるチュートリアルのようなものだろう。

こう考えると、竹中平蔵氏が日ごろから言っている

世界最高の生活水準を維持しようと思ったら、それにふさわしいだけの能力を付ける必要がある。そうでなければ、生活水準が下がるのは当たり前です。もはや、そういう世界になっているんです。それが嫌ならば、努力するしかない。

あなたには「貧しくなる自由」があります。でも「貧しくならない自由」もある。何事も、自分で決めるということです。大事なことは、チャンスを自分でつかむこと。

という言葉がどれだけ日本社会を素晴らしくする名言だったかよく理解できるのではないか

クソ店員接客が突然良くなることで、俺は竹中氏の言葉の正しさが嫌というほど理解できた。

都内在住1000万人の皆さんも、俺の言っていること、理解できないだろうか?

2020-10-14

恋愛アドバイスください

恋愛下手くそすぎるのでアドバイスください。初投稿です。ところどころ偽情報混ぜてます

結論:

①好きな男のことが「好きだ!」と思って発作的に行動するのを辞められるのか。

顔面雰囲気が好きだけど、話はつまらん男に時間をかけるのはどれくらい非合理的なのか客観的意見がほしい。

自己分析→ことの経緯の順に説明する

自己分析

23歳 OL

どこに行っても「あなたはどこでも生きていける」と言われるタイプ

ネット性格診断すると、魔王とかジャイアンとか知能のある熊とかになってしまう。多分それで就活難航した。

色んな人とおしゃべりして意見を交換したり議論することが大好きなのに、無意識の断定口調や語尾のせいで引かれてしまうことが多々。人の心の機微を読み取るのがとても苦手で、愚痴を聞かされても「そんなことお金で今すぐ解決できる」「そんなに辛いなら今すぐ会社を辞めるか上司に異動の相談をした方がいい」とデリカシーのない言葉を口走ってしまう。

趣味:世界史解説本を読む、国際政治解説記事動画を見る、戦争映画アニメ鑑賞

【ことの経緯】

学生までのつまら恋愛

高校卒業まで、恋愛時間金銭の浪費で馬鹿がやることだと思っていた。高校のうちは勉強したり部活努力することが、将来の仕事に役立つと思っていた。バイト恋愛大学生になってからやることが順当だと思っていた。

大学入学後、ラブライブが好きな男がいたので私もラブライブが好きだと声をかけた。色々ラブライブの何が好きかと話をした。最初ラブライブの買い物についていくだけだったが、花火大会に行こうと言われた。暇だったので行ったら帰り道告白された。正直大して好きではなかったが、これも経験だと思い了承した。だが、男の私への好意と私から男への好意にあまりにもギャップがあった。人間関係を円滑にするために、好きだと言われても嘘でも好きと返した。嫌いではないから好きと言っても間違いではないと思った。しかし、だんだん男と過ごすのが億劫になった。どうして貴重な休日を潰して、恋愛的に好きでもない人間日常愚痴だとか高校の辛かったことなどを聞かなければならないのかと憤りさえ感じた。ので、デート約束反故し最終的に振った。

大学3年の晩秋ゼミの仲間の伝手で男を紹介された。「お前の顔がタイプで興味あるんだって」と言われ、自分顔面に興味を持ってくれる人がいることが嬉しかった。3回デートして付き合った。顔が好きならそうそう嫌われることはないし、前回の恋愛がクソだったので今度こそこのチャンスを生かして彼氏を好きになろうと思った。頑張った。だが、まただんだんと土日を潰してまで男の愚痴や身の上話を聞かされるのが辛くなった。一緒にすごす時間面白くない。時間と金が浪費されると思ったし、「私は頑張って呼び捨て名前呼んでるのになんであんはいつまでも私をさん付けで呼ぶんだよ」と意味不明なキレ方をしていた。またデート反故音信不通になってしまった。

これ以降、彼氏は未だ出来ていない。

※他の男とデートしたり告白されフッたりなどはした

入社後、2019年4月。初めてのときめき

入社後、新人を集めて研修が3ヶ月続いた。長期の座学の合間に、社会人精神だとかだるい講義があった。休憩の折、隣の同期にふざけて「友達に軽く言ってしまたことを帰ってから後悔したりする?」と話しかけた。すると同期の男はちょっと笑って「そんなのいっぱいあるよー」と返した。

その瞬間、好きだ!!!!と思った。大抵の人間はそう返答するだろうが、彼が言うとすごくか弱くてかわいいと思ってしまった。講義中はそれ以降動悸がおかしくなっていた。帰宅してからその男のことを考えていた。今まで感じてこなかった「付き合いたい」という感情を初めて知覚した。

これは早いうちに手を打っておかないと後悔すると思ってその同期と仲良いやつに彼女の有無を確認した。彼女はいないようなので、例の同期にLINEGW空いてるかどうか尋ねた。とても緊張した。「一緒にピカチュウ映画を観に行こうよ」と尋ねたら、OKしてくれた。すごく嬉しかった。約束してすぐに、名探偵ピカチュウチケット2枚を買った。

GWピカチュウ

今までの私は、デート場所の移動が面倒なので、家から行きやす場所を設定していた。が、その日はわざわざ同期の住む最寄駅まで行った。路線の端から端まで乗ったので2時間近くかかったが、全然苦じゃなかった(大学の友人曰く、普段の私からは考えられない行動らしい)。映画面白かったが、同期と二人で出かけているということが嬉しくてあまり内容を考察などはできなかった。映画が終わったあと、電気量販店を回ったり雑貨店を一緒に巡った。その後、二人でお茶をして談笑した。英字プリントされたシャツダサくてかわいいなーとか考えながら、色々話を聞いた。真面目で、誠実で、若干要領が悪そうな雰囲気だとか、初そうな見た目がとても私のツボだった。しかし、聞いているうちに話の中身があまりないなと思った。休日は金モザなどのアニメを観たりポケモン遊んだり、平日の暇なときソシャゲをしているそうだ。「他に興味のあることとか、趣味はないの?」と聞いても、特にないと返された。「俺、普通の人だよ」と言われたのが印象的だった。

普通だ、と言われたときに恐怖を感じた。いくら見た目や雰囲気が好きでもし付き合ったとしても、結局また「つまんない」と思ってフッてしまうかもしれないと思った。こんなに衝撃的に好きだ!!!と感じても、自分からフったり「お前とは話が合わない」と言われてフラれるのはきっと凄く辛い。

それからスケジュールの都合もつかずやりとりも減り、彼と会うことはなかった。

※その後他の男とデートしたりなどはしたが、好みではなかったので付き合ってない

〈翌3月会社イベントで再会〉

例の同期とやりとりすることもなく、他の男との不発のデートにも飽きた翌3月たまたまその同期と会社の発表会で同じ回に参加していた。自分そいつへの「好きだ」という気持ちはもう覚めて、これからはただの同僚への感情しかないと思った。実際、座って出番を待っている彼の姿を見ても、動悸がおかしくなったりはしなかった。

だが、同期が壇上で喋っている姿を見て、私の目論見は完全に誤算だったと強く自覚した。

やっぱり好きだ!!!!と思った。喋ってるアホな例えとか姿がいちいち全部ツボだし、「マジ付き合いてぇ!!!」と思った。非常にかわいい。守りたいのにちょっと追い詰めたいという気持ちも出てしまうという、少々アレな心情だった。

どうしてももう一回会いたいと思ってまたLINEをしてしまった。しかし、彼からはやたら「忙しい」やら「休日出勤がやばい」だとか断られ続けた。会えないなら電話しようと声をかけても断られ続けた。いちいち返信する律儀なところはとても良いが、流石に断られすぎてイライラしてきた(自業自得である)。そんなに私に会いたくないのかよ畜生!と憤り、もう彼のことは考えないようにした。

10月マッチングアプリの男〉

例の同期の存在すら忘れていたこの頃、友人からそろそろ喪女を脱却しようとマッチングアプリを勧められた。ちゃん恋愛したいし知らない人と会っておしゃべりしたいと思ったので、登録した。たくさん来る通知を捌きながら、ある男が目に止まった。写真を見た瞬間、「好きかも」と思った。早速LINEで会う約束をしてデートした。

※このマッチングアプリの男は便宜上Aとする。

Aと会った瞬間、ちょっとがっかりした。マッチングアプリではバストアップ写真しかないのが盲点だった。この男は背が小さく、声が小さく高かった。好みじゃないのだ。

しかし喋ってみるとなかなか趣味が合って楽しかった。第一、私のディープアニメの話にもついてきてくれるのが凄い。Twitterのオタ垢でもそうそうない。芸術への造詣も深く、彼の話は非常に興味深かった。筋肉質なのも好印象だし、国家公務員キャリア組エリートなのに全然驕ってない。出会いのない職場だそうで、女慣れしてなさそうな雰囲気だとか、ジョークセンスはいまいちだったりはあったがそんなの大したことはない。もう少し背が高ければ、もう少し声が低かったら私にとって満点だったけど、でも超いいなと思った。

〈今〉

Aと付き合うのはアリかもな〜とふわふわしながら仕事をしていた最中、あるメールが目に止まった。なんでもないメールだったが、そこには社員名前がズラッと並んでいた。

例の同期の名前が書いてあった。名前を見た瞬間、「好き!!!!会いたい!!!!」と思ってしまった。今マジでLINEしようか頭抱えてる。

恋愛向いてねぇーーーーー!!!!!!

2020-08-14

アルバイト】3年間バイトやらかしたこと全部言う

私は大学入学してから3年間現在までアルバイトをし、数々のミスを犯してきました。私は聞いても一度で理解できない、聞いてもすぐ忘れてしまます。また分からないことを聞きたくても人の顔色も必要以上に伺い聞くタイミングを逃してばかりでした。これまでしてきたアルバイトを始めるきっかけ、期間、やらかしたことなどをまとめてみました。

1.塾講師

大学入学と同時に開始。なるべく楽して稼ぎたい。その思いで学習塾講師になります。当時求人掲載されている給与は時給ではなくコマ給というトラップに気づけませんでした。週に1〜2日入っていました。一年半働いていました。

[犯した過ち]

・字が汚すぎて学習アドバイスが読めないと保護者からクレーム

・どうしても行く気分じゃなく当欠

計画性がなく夏期講習の予定を立てられない、上の人から催促されて出すも欠勤

・予習しても分からない、聞かれたら来週答えるといいそのまま放置

結果塾長からの信頼を失い一年半後退職する時にはほぼ会話しなくなりました。最後の出勤日も無言で帰りました。唯一友人が居ましたが退職以降は疎遠になりました。

2.雑貨店スタッフ

大学一年生の冬頃から勤務開始。塾講師は稼げないと勝手判断し掛け持ちしようと思い始めました。時給は派遣と同じくらい低かったです。週に2.3日(そのうち1日はほぼフルタイム)入っていました。半年程働いていました。

[犯した過ち]

ポーチの中に空気の入ったビニールの袋を入れなければならないところを包装の袋をぐちゃぐちゃにして詰める

レジ誤差4000円だす。防犯カメラによる追跡調査により私だと発覚

レジ締めもレジ開けも覚えられない

棚卸しのやり方を何度やっても覚えられない

まりにも仕事ができないので叱られてばかりでした。最後の出勤日まで叱られていましたがいつものように叱られると思った瞬間に「…もういいです」と言われかなりショックを受けたことを覚えています。固定シフトだったのでこんなヤバい奴でも求められる曜日はありました。大変な曜日でもヘルプにきてくれたりフォローしてくれた方もいたので辞める時は本当に申し訳無かったです。

3.居酒屋ホール

雑貨店を辞めた後塾講師と掛け持ちで始めました。時給は比較的良かったです。一ヶ月シフト制でした。干されていたのでほぼ週2でした。1年程働いていました。

[犯した過ち]

レジミス

・お釣り渡し忘れレジ誤差プラス6000円

・伝票を入れ間違え会計を隣の卓と逆にする

・冷めきった熱燗を出す

日本酒に氷を入れる

・まだ食べてるお客さんの皿を下げようとする(本社クレーム)・伝票の打ち方が変更されると覚えられない・日本人お客様外国の方用メニューを出す

・予約できないメニューで予約受付をする・料理をひっくり返す

・またひっくり返す

・あまりにもミスが多いため無視されるようになる、耐えられず号泣謝罪される

従業員に嫌われていました。誰とも気軽に話せませんでした。社員や歴が長いアルバイトの方は店長にこの子の尻拭いをする分給与を上げてくれと言っていました。暇なことが多かったのですが自分は誰とも話せなかったので無理やり時間を潰していました。飛ぼうとしていましたが結局制服を返すために来店して辞めました。この頃大学友達バイトが順調そうだったので私も仕事に慣れているフリをしていました。ギャップが辛かったです。

3.スーツ販売

いつ見ても暇そうという理由から飲食店と掛け持ちで始めました。時給は飲食店より低かったです。固定シフトでしたが干されていたので月3〜週2とまばらでした。半年働いていました。

[犯した過ち]

レジミス

・細かい割引サービス計算出来ない

スーツ知識が無く話しかけられても分からない

・綺麗に畳めずもたもたする、遅いし汚い

・専門知識用語が覚えられない

・お客さんに話しかけても聞かれると答えられない

・お客さんのポイントカードを失効させる

・当欠

もっと入れと言われて増やしたシフトがめちゃくちゃ削られると分かった瞬間に辞めますといってしま

社員さんと慣れたパートの方で回っていました。優しい方ばかりでしたが馴染めませんでした。スーツどころか衣服にも興味が無い上にお客さんに話しかけたくないという最悪のバイトでした。声を荒げて叱られることはありませんでしたが諦められていたと思います。本当の最悪なのですがバイトのクセにシフト通り入れないことには一丁前に憤っていました。他にも服をいただいたりしていたのに繁忙期前までに知識を付けずに辞めてしまい今では申し訳なく思っています

4.派遣アルバイト

1〜3年生頃までたまにしていました。どのアルバイトも干されるので始めました。チラシ配布、握手会の秒数カウントコンサートチケット発券、展示会の受付、 セール品即売スタッフなどしました。約半年間働いていました。

[犯した過ち]

チケット発行で受付が混み始めパニックになり身分確認をしっかりしろと注意を受けるも同じミスをする

スポーツウェアセール品即売で暇過ぎて服をたたみ直すも汚過ぎて休憩から戻ると全て他の人にたたみ直されていた

1日しか入らないことがほとんどだったのでやらかしても今後の業務にひびくことがなかったのが救いでした。握手会スタッフが楽しかったです。コンサートスタッフ威圧的社員が多く怖かったです。慣れないチケット発券で自分の字が汚過ぎてメモがよく読めないままデジチケの取り方が分からないお客で混み合うのが最も恐怖でした。

現在事務塾講師を再び始め、2つ掛け持ちしています。私はあと約半年社会人になります。これだけのことが出来なかった私が仕事などできるのか不安で仕方ないです。バイト先への文句も書いてしまいましたが自分のせいでうまくいかなかったことがほとんどです。人間関係から逃げ、嫌なことから逃げ続けてきました。現在アルバイトはあまり入れずほぼ引きこもっています(今年はそういう方も多いかもしれませんが) 何度も発達障害を疑い心理検査も受けましたが結果はできることとできないことの差が激しいということと困り感が大きいことが分かっただけでした。能力に偏りがあっても私はただの怠惰で注意力散漫な健常者です。私よりミスをする人も中々いないと思いますアルバイト仕事で悩んでる方がこいつよりはマシだなくらいの気持ちになっていただけたら幸いです。

アルバイト】3年間バイトやらかしたこと全部言う

私は大学入学してから3年間現在までアルバイトをし、数々のミスを犯してきました。私は聞いても一度で理解できない、聞いてもすぐ忘れてしまます。また分からないことを聞きたくても人の顔色も必要以上に伺い聞くタイミングを逃してばかりでした。これまでしてきたアルバイトを始めるきっかけ、期間、やらかしたことなどをまとめてみました。

1.塾講師

大学入学と同時に開始。なるべく楽して稼ぎたい。その思いで学習塾講師になります。当時求人掲載されている給与は時給ではなくコマ給というトラップに気づけませんでした。週に1〜2日入っていました。一年半働いていました。

[犯した過ち]

・字が汚すぎて学習アドバイスが読めないと保護者からクレーム

・どうしても行く気分じゃなく当欠

計画性がなく夏期講習の予定を立てられない、上の人から催促されて出すも欠勤

・予習しても分からない、聞かれたら来週答えるといいそのまま放置

結果塾長からの信頼を失い一年半後退職する時にはほぼ会話しなくなりました。最後の出勤日も無言で帰りました。唯一友人が居ましたが退職以降は疎遠になりました。

2.雑貨店スタッフ

大学一年生の冬頃から勤務開始。塾講師は稼げないと勝手判断し掛け持ちしようと思い始めました。時給は派遣と同じくらい低かったです。週に2.3日(そのうち1日はほぼフルタイム)入っていました。半年程働いていました。

[犯した過ち]

ポーチの中に空気の入ったビニールの袋を入れなければならないところを包装の袋をぐちゃぐちゃにして詰める

レジ誤差4000円だす。防犯カメラによる追跡調査により私だと発覚

レジ締めもレジ開けも覚えられない

棚卸しのやり方を何度やっても覚えられない

まりにも仕事ができないので叱られてばかりでした。最後の出勤日まで叱られていましたがいつものように叱られると思った瞬間に「…もういいです」と言われかなりショックを受けたことを覚えています。固定シフトだったのでこんなヤバい奴でも求められる曜日はありました。大変な曜日でもヘルプにきてくれたりフォローしてくれた方もいたので辞める時は本当に申し訳無かったです。

3.居酒屋ホール

雑貨店を辞めた後塾講師と掛け持ちで始めました。時給は比較的良かったです。一ヶ月シフト制でした。干されていたのでほぼ週2でした。1年程働いていました。

[犯した過ち]

レジミス

・お釣り渡し忘れレジ誤差プラス6000円

・伝票を入れ間違え会計を隣の卓と逆にする

・冷めきった熱燗を出す

日本酒に氷を入れる

・まだ食べてるお客さんの皿を下げようとする(本社クレーム)・伝票の打ち方が変更されると覚えられない・日本人お客様外国の方用メニューを出す

・予約できないメニューで予約受付をする・料理をひっくり返す

・またひっくり返す

・あまりにもミスが多いため無視されるようになる、耐えられず号泣謝罪される

従業員に嫌われていました。誰とも気軽に話せませんでした。社員や歴が長いアルバイトの方は店長にこの子の尻拭いをする分給与を上げてくれと言っていました。暇なことが多かったのですが自分は誰とも話せなかったので無理やり時間を潰していました。飛ぼうとしていましたが結局制服を返すために来店して辞めました。この頃大学友達バイトが順調そうだったので私も仕事に慣れているフリをしていました。ギャップが辛かったです。

3.スーツ販売

いつ見ても暇そうという理由から飲食店と掛け持ちで始めました。時給は飲食店より低かったです。固定シフトでしたが干されていたので月3〜週2とまばらでした。半年働いていました。

[犯した過ち]

レジミス

・細かい割引サービス計算出来ない

スーツ知識が無く話しかけられても分からない

・綺麗に畳めずもたもたする、遅いし汚い

・専門知識用語が覚えられない

・お客さんに話しかけても聞かれると答えられない

・お客さんのポイントカードを失効させる

・当欠

もっと入れと言われて増やしたシフトがめちゃくちゃ削られると分かった瞬間に辞めますといってしま

社員さんと慣れたパートの方で回っていました。優しい方ばかりでしたが馴染めませんでした。スーツどころか衣服にも興味が無い上にお客さんに話しかけたくないという最悪のバイトでした。声を荒げて叱られることはありませんでしたが諦められていたと思います。本当の最悪なのですがバイトのクセにシフト通り入れないことには一丁前に憤っていました。他にも服をいただいたりしていたのに繁忙期前までに知識を付けずに辞めてしまい今では申し訳なく思っています

4.派遣アルバイト

1〜3年生頃までたまにしていました。どのアルバイトも干されるので始めました。チラシ配布、握手会の秒数カウントコンサートチケット発券、展示会の受付、 セール品即売スタッフなどしました。約半年間働いていました。

[犯した過ち]

チケット発行で受付が混み始めパニックになり身分確認をしっかりしろと注意を受けるも同じミスをする

スポーツウェアセール品即売で暇過ぎて服をたたみ直すも汚過ぎて休憩から戻ると全て他の人にたたみ直されていた

1日しか入らないことがほとんどだったのでやらかしても今後の業務にひびくことがなかったのが救いでした。握手会スタッフが楽しかったです。コンサートスタッフ威圧的社員が多く怖かったです。慣れないチケット発券で自分の字が汚過ぎてメモがよく読めないままデジチケの取り方が分からないお客で混み合うのが最も恐怖でした。

現在事務塾講師を再び始め、2つ掛け持ちしています。私はあと約半年社会人になります。これだけのことが出来なかった私が仕事などできるのか不安で仕方ないです。バイト先への文句も書いてしまいましたが自分のせいでうまくいかなかったことがほとんどです。人間関係から逃げ、嫌なことから逃げ続けてきました。現在アルバイトはあまり入れずほぼ引きこもっています(今年はそういう方も多いかもしれませんが) 何度も発達障害を疑い心理検査も受けましたが結果はできることとできないことの差が激しいということと困り感が大きいことが分かっただけでした。能力に偏りがあっても私はただの怠惰で注意力散漫な健常者です。私よりミスをする人も中々いないと思いますアルバイト仕事で悩んでる方がこいつよりはマシだなくらいの気持ちになっていただけたら幸いです。

2020-07-24

♪『香水』がきらいだ

好きな人ごめんなさい。

最近よく聴く香水』、どうしても好きになれない。

別に君を求めてないけど」

まずこの歌詞が苦手。

忘れられない恋心を歌っときながら「いや俺は別にね?…」みたいな雰囲気で始まるのが嫌い。

これはダメな男だ。きっとモテるし優しいけど、好きになっちゃダメな男。そんな感じがする。

ドルチェアンドガパーナが凄い引っかかる。ステマか?

耳に残るからプチヒットするなら分かる。私個人としてはあまりきじゃないけど正直歌えるし。

でもここまで大ヒットするほどかなぁって思ってしまう。

雑貨店でも百均でも派手なライト爆音カーでも流れてるんだもん。

イヤホンの音量をあげて家を出るこの頃。

2020-07-05

引きこもり脱出した

大学卒業後7年間引きこもっていたのだが、心機一転働き始めて約1年になる。その経緯を記しておこうと思う。

子供の頃

プライドが高く、失敗や恥を極度に恐れる性格だった。

というのも、幼少の頃、一つ上の兄とは別に母方の実家で年下の従兄弟と一緒に祖父母に育てられたり、

父親無意味に脅かされたり(曲がり角や暗がりから「ワッ!」と言って脅かしてきた)、小さな失敗を蒸し返し執拗からかわれたことなどが影響したためだと思う。

自分から心を開くことはなく、相手が心を開いているかどうか疑いながら仮面を被って人と接してきた。

大学生の頃

初めての一人暮らし、滑り止めで受かった大学では周りに馴染めず(若者が怖い)、居場所2ちゃんねるだけだった。大学憂鬱不安と恐怖と怠惰にまみれた日々だったと言える。

高校の頃から長らく体調不良気味(慢性的下痢眼精疲労)だったのも関係しているかもしれない。

勉強のやる気を失い、優等生だった高校までと打って変わり落ちこぼれた。アルバイトサークルも続かず、夜ふかしによる寝坊で授業をサボった。

大学カウンセリングを受けたこともあったが効果はなかった。

人生が何かしっくりこない感じがあり、1年休学して第一志望を目指し予備校に通わせてもらったがすぐ行かなくなった。その後勇気を出して復学した。

実家から通うようになってしばらく続いたが、4年生の研究室で馴染めず、一時期登校拒否になった。

なんとか卒業の目処が立ったもの就活するのが怖かったため、作曲家を目指すと言って逃げ、就活せずそのまま無職引きこもりになった。

どうせ就職しても、責任が伴うのが怖いし、周りから浮いて仕事適応できずにうつになったり自殺したりしてしまうだろう、だったら働かない方がましだ、とも考えた。

これからビジョンがまるで浮かばなかった。ただ休みたかった。

世の中の人達と自分全然違うという意識があった(それは今も変わらない)。また、世の中嫌な奴ばっかりだとも思っていた。大学に入ってから、気が緩んで性格が悪くなったのが原因かもしれない。

引きこもりの頃

作曲について人一倍プライドがあったが(雑誌投稿して賞をもらったこともある)、独学だし楽器も得意ではないのでとんでもなく無謀だった。

人生に失敗した分を取り返そうという、ギャンブル依存症的な感情に囚われていたのだ。

高校時代友達がいたが、煩わしくて連絡を無視して縁を切ってしまった。

次第に作曲苦痛になり、ネットゲームをして過ごした。

昼夜逆転はそれほどしなかった。2時半に寝て10時に起きるという感じ。昼寝もしていた。

一歩も外に出なかったわけではない。たまに自転車で人気の少ない場所に出かけた。

また、母親と一緒に図書館に月1で自分が車を運転して通い、小説を借りて読んだ。

両親になぜ就職しないのかと問い詰められることがあったが、無視するか、人と関わりたくないからと答えた。

自分人生台無しにしたかった。

それでも、引きこもりの繰り返しの日々で、体調不良の原因がわかってきて改善していった。

また、お絵描き落書きレベル)、日記将棋ラジオ体操読書を始め、次第に心が癒やされていった。

色々なYoutuber動画を見たり、将棋藤井君や羽生さんの活躍を見て感動するときもあった。世の中に希望見出してきた。

心身ともに回復するにつれ、「そろそろ働けるかも」と思った。だが、あと一歩の勇気が出なかった。

引きこもりきっか

そうして引きこもり7年目、30歳目前になって焦りを感じた。もはやモラトリアムなどと言っていられる年齢ではない。

母親がもうすぐ退職することになり、すでに退職している父親だけでなく母親とも日中顔を付き合わせることになるのが嫌だった。

その頃、8年使っていたパソコンが壊れて起動しなくなってしまった(幸い後に復活したのだが)。

パソコンには、過去作ってきた絵や曲が合計一千点以上入っている。作曲についての考察ソフトの使い方のメモも書き残してある。

それらが失われるというのは、引きこもりの間、自分は死んでいたと言うのと同然だった。

死を意識してみると、絵も曲も自分人生においてどうでも良いものだったと悟った。ショックでベッドに横になった。如何に時間を空費していたか痛感した。

あれだけ取り組んできたのに、人生において意義のあることではなかったのだ。

人との関わり合いの中でしか大事な思い出は生まれないのだ。

そんな中、記憶の底に沈んでいた何人かのことが頭に浮かんだ。

大学生で塾講師をやっていたとき、わからないところを教えたら「ありがとうございます!」と笑顔で答えてくれた中学生女の子

高校文化祭で(歌うのが好きなので)バンドボーカルやらせてもらったとき、終わったあと「良かったよ。」と声をかけてくれた先生

高校部活で、居残り練習をしていたのをお世辞で褒めたら、本気で受け取ったのか嬉しそうに微笑んだ後輩の子

その3人だけ。他愛もないことだ。人生無駄にした後悔の念と、人に少しでも喜びを与えることができた嬉しさに涙が止まらなかった。

誰かのためにならずして死ねない、死ぬ前に感謝されたい」という答えに行き着き、それが根本的に自分の求める生きがいであることに気づいた。

それからなけなしの貯金を叩いて新しいパソコンを買った。しかし運の悪いことにそれも初期不良で壊れてしまった。

さら国民年金の支払いを全額免除するかどうかの通知(よく覚えていない)も届いた。当然年金は一銭も払ってなかったためだ。

パソコン関連のゴタゴタに加え、冬の時期で冬季うつ病っぽくなっていたため、神経が参っていた。

母親パソコン年金の件を相談していたら「働いたら?」と言われ、そこで素直に頷いたのだ。

まるで、立てこもり犯が説得に折れて投降たかのようだった。それが脱引きこもりきっかけだった。

就活は半ばやけくそだった。引きこもりで自信がなかったので正社員なんぞ端から目指さなかった。

ネット求人サイト事務職の応募に電話したのがきっかけで、紆余曲折あって地元工場検査業(肉体労働)の派遣社員をすることになった。

親に反対されたが言うことを聞かなかった。流れに乗ろう、直感を信じようと腹をくくった。

働き始めてから

どうせ自分は働くのに向いてないので、続くところまで続けようというスタンスで挑んだ。

明日はどうなるかわからない、と覚悟した。おんぶに抱っこで、ずるい人間であろう、とも考えた。

始めは何も仕事がわからず、赤ん坊同然の気分だった。初日は久々に初対面の人と会話したり見知らぬところを歩き回ったので、

夕方帰宅したとき、まるで3日ぶりに家に帰ってきたかのように感じた。

出社拒否にならずに一日一日出勤できたことを自分で褒めた。3ヶ月くらいかかって次第に仕事に慣れていき、やりがいを感じるようになった。

職場人達は親切な人が多くて意外だった。ここは本当に現実世界なのか?と思ったりした。女性の多い職場(お母さん達ばかりだが)なのもツイていたかもしれない。

職場の人に前職について聞かれたが、塾講師をしていたと嘘をついた。

から近い工場なので近所にも勤めている人がいる。元引きこもりなんて言ったら噂が広まってメンツが潰れる、と親に止められたからだ。

正直に答えたかったが、職場の人に心配されると逆に面倒だったかもしれないので結果的に良かった。

週5のフルタイム勤務だが、残業したり土曜日出勤もある。仕事がきつくてストレスが溜まって週末泣くこともあった。

働いて良かったこと、変わったこ

・好きなものを好きなだけ買って食べることができるようになった。その他欲しいものが買えるようになった。

・気後れすることな病院保険証を見せることができるようになった。

・人の視線が気にならなくなった。

高校の頃から死にたいと思っていたが、徐々にそう思わなくなってきた。

肉体労働で汗をかいて、体調が良くなった。大食いになって、筋トレもするようになり、7kg体重が増えた。元々ガリガリだったので丁度いい。仕事ぶりを褒められるようになり自信がついた。

ネットに毒されていたが、毒が抜けた。ネット距離を置けるようになった。

不安と恐怖で胸がいっぱいということがほぼなくなった。

・心に余裕が出来たためか恋愛したくなった。

変わってないこと

・せっかく大学卒業したのに非正規肉体労働の身なので自分自身を認めることができず、気持ちが楽になることがない。

人生がつまらない。引きこもっているときほとんど同じことしかしてない。

スーパー雑貨店本屋以外の店に怖くて入れない。外食も怖くてできない。

・涙ながらの決意もどこへやら、感謝されるようなことを何もしていない。

引きこもってて後悔したこと

・低収入で親と同居しているため、彼女を作る自信が出ない。まともな職についていれば良かった。

もっと早く働き始めれば良かった。

大学生の頃までは、同級生自分というのをよく比べて劣等感を感じていたが、今は、自分自分だと思うようになった。そんな心持ち大学生の頃に就活をすれば良かったかなと思う。

展望

デスクワーク転職して都会で一人暮らししてみたい。

7/7追記

たくさんのコメントありがとうございます!すべて読ませてもらいました。

真剣に読んで下さったんだなあ、としみじみ感じますアドバイス参考になりました。

皆さんに明日、嬉しいことがあるよう祈ります

騎士団長殺し1-4

サピエンス全史上下

八百万の死に様

償いの雪が降る

緒方貞子自伝

緒方貞子 私の仕事

茶室講義

コンビニたそがれ堂1、2

ふしき荘で夕食を

クローディア秘密

手術の前に死んでくれればよかったのに

オールテロリスト

国境の南 太陽の西

太陽パスタ、豆のスープ

書店主フィクリーのものがたり

ナミヤ雑貨店奇跡

エレベーター

供述によるとペレイラ

アルケミスト

こルシア書店の仲間たち

さな国で

2020-06-10

手紙市場けっこう大きい

文通やったり、ファンレター書いたり、お手紙を書く習慣がある人は世の中にたくさんいる

でもたくさんの人達の中に入るとその分手紙を書く人口が少なくなって手紙好きが視界に入らなくなる

から普段はそれほど手紙市場の大きさを気にすることはほとんどないんだけど

ロフトとか東急ハンズとか、雑貨店に並んでるたくさんのレターセットや便箋や封シールに圧倒されると

手紙書いてる人口多いんだって思う

100円ショップレターセットとか便箋に力をいれてくれて嬉しい

今、私は手紙が100通位書けそうなほどお手紙グッズを持っている

それらを使いきって、また買い足すときが待ち遠しい

手紙市場オタクが支えている」っていう人もいて、ああ、そこは文通してる人じゃなくてファンレター書くオタクなんかい!って思った

ファンレター書くオタク文通している手紙好きもたくさんいるけど手紙グッズにたくさんお金を使ってるのはどっちなんだろう?

2020-04-16

パパ活生活が豊かになって、胸が痛くなっている。

こんにちははじめまして

私は所謂パパ活」と呼ばれる援助交際によって生計を立てている者です。

私の育ちは豊かとは言えないがそこそこ幸せだったように思う。

お金はそんなにない家庭だった。

まあでも、無くても無いなりの幸せってのはあるもので親元を離れるまでは地元で楽しく暮らしていました。

勉強はそこそこだったが突出して良いという訳ではなく、スポーツや一芸に秀でていることもなかった。

おまけに学校での素行は悪く高校は2年生の冬に辞めた。

両親は共にヤンキー上がりで、私が問題を起こすたびに「若さ大事からそんなに気にしないの。子供の行いは親が責任取るものから」なんて言って励ましてくれていたが、流石に退学処分を食らったときは泣いていた。

そんなこんなで学もなく、真面目さの一つもない私が持っていたものは両親から譲り受けた"可愛さ"だけだった。

高校を辞めた私はバイトを始めた。

未成年だったので朝9時から夕方の6時まで、有名雑貨店バイト仲間と駄弁りながら時間を浪費していた。

家に帰れば大好きな両親と兄弟がいた。

休日地元の不良仲間とカラオケプリクラ、安い古着屋で服を漁る。

今思えば私の暮らしは何の不満もなかったはずだ。

ある日、ふとテレビで見た原宿に強い憧憬を抱いた。

私の地元はお世辞にも発達しているとは言えない、辺鄙な所でした。

そんな土地で十数年暮らしていた不良少女が華やかな東京の街を見てしまった。憧れないわけがない。

車の免許費用として貯めていた40万円の貯金を元に突発的に上京した。

ここから私の生活は一変、彩度が低い田舎からカラフルキラキラ輝いている街を闊歩するように。

当時の私にとって全ての体験が新鮮で刺激的でした。

とりあえず東京暮らしをするためにガールズバーで働き始めた。業務内容も、時給ひとつとっても全て田舎の比ではないくらい良いものだったし。

毎月20〜30万ほどの収入があって、こんなにお金が貰えるなんて...と感動した。

人とは愚かなもので一度甘い蜜を味わってしまうとさらに上を求めてしまうんですね。

家はもっと立地がいいところ、服や鞄はブランド物じゃないと嫌、一流のデパコスで顔を彩りたい。

とにかく貪欲になっていく。

当初は満足していたバイトですら物足りなくなって風俗嬢になった。

ここで私は可愛く生まれたことを激しく両親に感謝した。整形しなくとも指名は入り、バンバン固定客を掴んでいった。

月収はゆうに100万を超えていたと思う。ただ、それ以上に出費がとにかく多かった。

新宿家賃20万くらいのマンションに住み毎週のように百貨店ブランド品を買う。貯金なんてしなくても稼いでるからいいでしょ?と自分に言い聞かせ。

そんな生活をしていたらまあ、誰でも破綻するだろう。

働けど働けど一向に貯金は増えなくて、いよいよ生活費を賄うことすら厳しくなってきた。

つくづく私は運の良い人間だ。

いつもの様に出勤し、太客から指名が入り開口一番「君のことを本当に愛してる。僕に養わせて欲しい」

なんて言われた。

その瞬間私が思ったことは、やはり可愛く生まれて良かった と、傲慢過ぎる感覚だった。

金以外何も見えていなかった。

こうして私は水揚げされ、彼と暮らすことにした。

早速住んでいたマンションから退去し、都内有数の超高級住宅の部屋を与えられた。

凄い。これが本当の金持ちなんだ。私の暮らし虚構だった。

詳細は伏せるが有名人御用達の高級マンション家賃は3桁万円。これだけでなく毎月うん百万のお小遣い、それだけで軽自動車が買えてしまう服に鞄に家具

夢にまで見た暮らしがあっさり手に入ってしまった。

こうして私のパパ活が始まった。

初日から1ヶ月目くらいまでは興奮のあまり寝ることすらままならなかった。

自分の通帳を何度も開き、これは嘘でも夢でもないんだと都度幸福に浸る。

エルメスセリーヌバレンシアガディオールルブタンジバンシーフェンディヴィトンバーバリー。まあなんとも成金臭の強い物ばかりだが部屋の中で買い込んだブランド品で自分を着飾っては恍惚した。

田舎1000円以下の古着を漁っていた頃の自分はもういない。今の自分は、一枚10万もするシャツを惜しみなく買える。それも際限なく。

もう私の頭の中はとにかくお金でいっぱいだった。

専属運転手毎日ブランド品を取り扱う店に走らせた。使わなければ溢れてしまうほどのお金があるのだから

半年ほどこの様な生活をしてみたが遂に、またしても「飽き」に到達した。

欲しいものはもう買い尽くした。新商品が出たら別に欲しくなくても、惰性で買っていた。

上京して2年。私を取り巻く環境はあまりにも変わりすぎた。

しか生活水準は地元にいた頃とは比較にもならないぐらい上がった。

それでも、何かが足りない。

それから私は思考を巡らせました。

あぁ私に足りないのは無償の愛だ。という答えに辿り着いた頃にはもう遅くて彼から受ける一方的暴力的とも言える施し。私は1秒も彼を愛していなかった。

只々与えられ続けブクブクと肥えた心を得ただけでした。

そういえば上京してから家族と連絡をあんまりとっていなかった。

みんな何をしてるんだろう、と思い友人数名と母親のインスタを覗いた。

...。

結論から言いますと、あまりにも私の家族や友人と私自生活の差に号泣してしまいました。

仲が良かった友人らは相変わらず某ショッピングモールで屯し、安いフードコートスイーツを食べ、プリクラを撮って、カラオケに行っている。

母親100円ショップで可愛い小物を探すのが楽しみです♪なんて投稿をしていた。服なんてもう何年も新しいものを買っていないだろう。私の母は美人だ。美人だが、金はない。ルックスと身につけている物の落差で余計にみすぼらしく見えてしまう。

妹もとびきり美人だ。勉学に勤しみ、運動神経もずば抜けている。なのに、私のお下がりを着続けてボロボロになったランニングシューズ大事に使っている。

ショックだった。

私は、最悪だ。

金に塗れ、周りの事など見ていなかった。

思えば収入が増えた時点で実家仕送りをすれば良かったのにそれをせず自分お金を使い続けた。

なぜあんなに大好きだった家族に何もできなかったんだ。

本当なら、母にはいつまでも綺麗でいてほしいし妹にはもっと自分の可愛さに気づいてほしい。これは押し付けかもしれないけど、私はそう思う。

お金は一番の麻薬。与えられれば与えられただけ、求める量も増えていく。

現に私はまだパパ活を続けている。

今の生活を手放すのが怖い。

ただ変わった点はいつ見限られてもいいよう貯金は常に2千万を切らないようにし、家には毎月20万の仕送りをしている。

本当なら100万でも200万でも送ってあげたいけど、私がどのようにして稼いでいるかを知ったら、ひどく悲しませてしまう。

20代前半にしてこんな暮らしを覚えた私の行く先は、どうなってしまうのだろう。

この身体が私の商売道具だ。身体さえあれば稼げるが、逆に言えばそれ以外何もない。

もう一般的幸せは手にできないと諦観しています

私の幸せが飽和してしまった分、家族や友人らに幸せを与えることが、今後私の役目だろうか。

お金以外で感情表現することができなくなった私は、毎月お金実家に送り、使わなくなったブランド品も定期的に送っています

愛情ゆえの行為ですが、正しくはないんだろうな。

正しい愛を誰か私に、再教育して下さい。

パパ活生活が豊かになって、胸が痛くなっている。

こんにちははじめまして

私は所謂パパ活」と呼ばれる援助交際によって生計を立てている者です。

私の育ちは豊かとは言えないがそこそこ幸せだったように思う。

お金はそんなにない家庭だった。

まあでも、無くても無いなりの幸せってのはあるもので親元を離れるまでは地元で楽しく暮らしていました。

勉強はそこそこだったが突出して良いという訳ではなく、スポーツや一芸に秀でていることもなかった。

おまけに学校での素行は悪く高校は2年生の冬に辞めた。

両親は共にヤンキー上がりで、私が問題を起こすたびに「若さ大事からそんなに気にしないの。子供の行いは親が責任取るものから」なんて言って励ましてくれていたが、流石に退学処分を食らったときは泣いていた。

そんなこんなで学もなく、真面目さの一つもない私が持っていたものは両親から譲り受けた"可愛さ"だけだった。

高校を辞めた私はバイトを始めた。

未成年だったので朝9時から夕方の6時まで、有名雑貨店バイト仲間と駄弁りながら時間を浪費していた。

家に帰れば大好きな両親と兄弟がいた。

休日地元の不良仲間とカラオケプリクラ、安い古着屋で服を漁る。

今思えば私の暮らしは何の不満もなかったはずだ。

ある日、ふとテレビで見た原宿に強い憧憬を抱いた。

私の地元はお世辞にも発達しているとは言えない、辺鄙な所でした。

そんな土地で十数年暮らしていた不良少女が華やかな東京の街を見てしまった。憧れないわけがない。

車の免許費用として貯めていた40万円の貯金を元に突発的に上京した。

ここから私の生活は一変、彩度が低い田舎からカラフルキラキラ輝いている街を闊歩するように。

当時の私にとって全ての体験が新鮮で刺激的でした。

とりあえず東京暮らしをするためにガールズバーで働き始めた。業務内容も、時給ひとつとっても全て田舎の比ではないくらい良いものだったし。

毎月20〜30万ほどの収入があって、こんなにお金が貰えるなんて...と感動した。

人とは愚かなもので一度甘い蜜を味わってしまうとさらに上を求めてしまうんですね。

家はもっと立地がいいところ、服や鞄はブランド物じゃないと嫌、一流のデパコスで顔を彩りたい。

とにかく貪欲になっていく。

当初は満足していたバイトですら物足りなくなって風俗嬢になった。

ここで私は可愛く生まれたことを激しく両親に感謝した。整形しなくとも指名は入り、バンバン固定客を掴んでいった。

月収はゆうに100万を超えていたと思う。ただ、それ以上に出費がとにかく多かった。

新宿家賃20万くらいのマンションに住み毎週のように百貨店ブランド品を買う。貯金なんてしなくても稼いでるからいいでしょ?と自分に言い聞かせ。

そんな生活をしていたらまあ、誰でも破綻するだろう。

働けど働けど一向に貯金は増えなくて、いよいよ生活費を賄うことすら厳しくなってきた。

つくづく私は運の良い人間だ。

いつもの様に出勤し、太客から指名が入り開口一番「君のことを本当に愛してる。僕に養わせて欲しい」

なんて言われた。

その瞬間私が思ったことは、やはり可愛く生まれて良かった と、傲慢過ぎる感覚だった。

金以外何も見えていなかった。

こうして私は水揚げされ、彼と暮らすことにした。

早速住んでいたマンションから退去し、都内有数の超高級住宅の部屋を与えられた。

凄い。これが本当の金持ちなんだ。私の暮らし虚構だった。

詳細は伏せるが有名人御用達の高級マンション家賃は3桁万円。これだけでなく毎月うん百万のお小遣い、それだけで軽自動車が買えてしまう服に鞄に家具

夢にまで見た暮らしがあっさり手に入ってしまった。

こうして私のパパ活が始まった。

初日から1ヶ月目くらいまでは興奮のあまり寝ることすらままならなかった。

自分の通帳を何度も開き、これは嘘でも夢でもないんだと都度幸福に浸る。

エルメスセリーヌバレンシアガディオールルブタンジバンシーフェンディヴィトンバーバリー。まあなんとも成金臭の強い物ばかりだが部屋の中で買い込んだブランド品で自分を着飾っては恍惚した。

田舎1000円以下の古着を漁っていた頃の自分はもういない。今の自分は、一枚10万もするシャツを惜しみなく買える。それも際限なく。

もう私の頭の中はとにかくお金でいっぱいだった。

専属運転手毎日ブランド品を取り扱う店に走らせた。使わなければ溢れてしまうほどのお金があるのだから

半年ほどこの様な生活をしてみたが遂に、またしても「飽き」に到達した。

欲しいものはもう買い尽くした。新商品が出たら別に欲しくなくても、惰性で買っていた。

上京して2年。私を取り巻く環境はあまりにも変わりすぎた。

しか生活水準は地元にいた頃とは比較にもならないぐらい上がった。

それでも、何かが足りない。

それから私は思考を巡らせました。

あぁ私に足りないのは無償の愛だ。という答えに辿り着いた頃にはもう遅くて彼から受ける一方的暴力的とも言える施し。私は1秒も彼を愛していなかった。

只々与えられ続けブクブクと肥えた心を得ただけでした。

そういえば上京してから家族と連絡をあんまりとっていなかった。

みんな何をしてるんだろう、と思い友人数名と母親のインスタを覗いた。

...。

結論から言いますと、あまりにも私の家族や友人と私自生活の差に号泣してしまいました。

仲が良かった友人らは相変わらず某ショッピングモールで屯し、安いフードコートスイーツを食べ、プリクラを撮って、カラオケに行っている。

母親100円ショップで可愛い小物を探すのが楽しみです♪なんて投稿をしていた。服なんてもう何年も新しいものを買っていないだろう。私の母は美人だ。美人だが、金はない。ルックスと身につけている物の落差で余計にみすぼらしく見えてしまう。

妹もとびきり美人だ。勉学に勤しみ、運動神経もずば抜けている。なのに、私のお下がりを着続けてボロボロになったランニングシューズ大事に使っている。

ショックだった。

私は、最悪だ。

金に塗れ、周りの事など見ていなかった。

思えば収入が増えた時点で実家仕送りをすれば良かったのにそれをせず自分お金を使い続けた。

なぜあんなに大好きだった家族に何もできなかったんだ。

本当なら、母にはいつまでも綺麗でいてほしいし妹にはもっと自分の可愛さに気づいてほしい。これは押し付けかもしれないけど、私はそう思う。

お金は一番の麻薬。与えられれば与えられただけ、求める量も増えていく。

現に私はまだパパ活を続けている。

今の生活を手放すのが怖い。

ただ変わった点はいつ見限られてもいいよう貯金は常に2千万を切らないようにし、家には毎月20万の仕送りをしている。

本当なら100万でも200万でも送ってあげたいけど、私がどのようにして稼いでいるかを知ったら、ひどく悲しませてしまう。

20代前半にしてこんな暮らしを覚えた私の行く先は、どうなってしまうのだろう。

この身体が私の商売道具だ。身体さえあれば稼げるが、逆に言えばそれ以外何もない。

もう一般的幸せは手にできないと諦観しています

私の幸せが飽和してしまった分、家族や友人らに幸せを与えることが、今後私の役目だろうか。

お金以外で感情表現することができなくなった私は、毎月お金実家に送り、使わなくなったブランド品も定期的に送っています

愛情ゆえの行為ですが、正しくはないんだろうな。

正しい愛を誰か私に、再教育して下さい。

2020-01-12

アド街ック天国 蔵前 ランキング予想

1 蔵前小学校

2 コーヒー店(蕪木、en、Coffee Wrights、コフィノワ、SOL'S COFFEE、葉もれ日など)

3 ダンデライオンチョコレート

4 菓子屋しののめ

5 ペリカンカフェ

6 カキモリ、inkstand

7 花火

8 mt lab.

9 おもちゃ問屋

10 格安ホテル(Nui、OYOホテル、and hostel、フォーカス蔵前など)

11 シエロイリオ

12 KONCENT

13 カバン店(m+、THOROUGH BRACE、ファスナー店、ボタン専門店など)

14 east side tokyo

15 蔵前神社

16 ASAKUSA KURAWOOD

17 魚熊

18 浅草御蔵書房

19 結わえる本店

20 デイリーマフィン

21 トーキョーピクセル

22 アンビカショップ

23 蔵前国技館跡地

24 MOKUBA

25 皮革店

26 Weekender Shop

27 ブルーバナナスタンド、NEWOLD STOCK by オトギデザインズなど服飾・雑貨店

28 The Bridge Bar&Lounge

29 自由丁(JIYUCHO)

30 うそたばこ

2019-12-18

これはやりがい搾取なのか

愚痴らせて欲しい。

私はオタクだ。

日々推しCP小説を細々と書き、時折イベントに出て細々と本を頒布しているどこにでもいるオタクだ。

文字書きということでお察しの通り、オフ本の表紙やお品書きやポスターは全てPhotoshop自分デザインして作っている。単純に素材をあれやこれやと配置して、写真を加工したりフリーフォントを使ったり、これまたどこにでもいるオフ本の作品だ。

私には、リアルでAちゃんという友達がいる。

彼女オタクとは全く無関係世界にいて、なんならここ数年ハンドメイドアクセサリーを作ってminneやメルカリ販売したり、フリーマーケット?的な、なんたらマルシェなどのイベントに出て販売している。同じようなことをしているが、私とは天と地、陰と陽の趣味だ。

Aちゃんは私がオタクということは知っていても、まさか現実存在しない二次元少年たちの妄想号泣しながら小説を書き、それを本にして東京で売っていることなど知る由もない。それでも私たちは仲が良い。親友だ。

ある時、Aちゃん地元ハンドメイドマルシェなるもの主催することになった。彼女学生の頃からそういった企画が大得意だった。張り切ってAちゃんは準備をしていて、そして気付いた。

フライヤーがクソダサかった。

びっくりした。

インスタのストーリーズで見たアクセサリー写真ゴシック体を重ねた読みにくいものまさか配るために作られたものとは思わなかった。しかもAちゃんはそれを印刷所に入稿すると言っていた。え、待ってAちゃん、それ何枚刷るの?え、それインスタのストーリーズで作ったんだよね?そのまま入稿するの?解像度は?Aちゃん

私はそのまま、自分が作ると言ってしまった。

このマルシェは、Aちゃんの夢の始まりだった。

彼女は将来、雑貨屋を開くことを夢見ている。地元におしゃれなハンドメイド雑貨店を作り、沢山マルシェを開いて辺鄙田舎におしゃれなママさんを増やすことが夢だった。

そんな夢の始まりフライヤーゴシック体で描かれていい筈が無い。

私に出来ることと言っても手持ちの素材集から切り貼りして少し文章を整える程度だが、それでもある程度はマシなものが出来た。私が何故そんなスキルがあるのかとAちゃんは聞いてきたが、こういう仕事に興味があって、とだけ伝えた。

そして出来たものは、マルシェ会場になる施設写真(使用許可済)(ド曇りの天気を晴天に変えて緑色を明るくしてピクニック感を出した)に、マルシェ名のロゴを入れたシンプルものだった。

裏面には出店者情報も載せて、いざ入稿……と思ったが。

入稿すると言っていた日の夕方、Aちゃんから急に連絡がきた。

『出店者さんの一人が、内容修正して欲しいって連絡が来た』

私は入稿日の三日前にはデータを渡していた。その時点で一度確認して貰った筈なのに、何故入稿日に言うのか。

だが、修正くらいなら秒で出来るのでとりあえずすぐに直して再データを送った。入稿締め切りは23時だと言っていたが、その時点で18時。余裕だと思った。

しかし、待てど暮らせど入稿したという連絡が来ない。

Aちゃんにどうなったのか確認すると

『返事がない』

この時点で22時前だった。

小さいお子さんがいる人だから寝てしまたかも。

でもAちゃん、私がデータ送ったの18時じゃなかった?

最悪明日入稿でも良いし。

Aちゃん、私はね、締め切りを守るために予定をキャンセルした日があったよ。

予定では一ヶ月後だったのに、君が突然週明けには入稿したいって言い出したから、慌てて作ったよ。

それから二日後に、入稿したという連絡が来た。

Aちゃんからはお礼に、ハンドメイドアクセサリーを一つ貰った。

そして、そのイベント大成功したAちゃんはまた私にフライヤーを作って欲しいとお願いしてきた。

前回のフライヤーが大好評だったから是非またお願いと言われた。前回は初めてということもあり、私もなぁなぁにしていた部分があったから締め切りのことはかなりしっかり決めた。

今度のイベントクリスマスの夜をテーマにしたいけど、同じ施設でやるから同じようなデザインでやって欲しいと言われた。

前回は秋のピクニックイメージしたので、ならば今回は青っぽい色味でロゴも少し変えようと思って、簡単に作ったデータを送った。

返ってきたのは、前回と同じようにしてという言葉だった。

写真は同じものを使った。色味を変えてクリスマスの夜っぽくしたがダメなのか。

前回のフライヤーが好きだから前回のやつが良い。

でも前回のは明るすぎてクリスマスの夜感は0だよ。

それでも前回のやつが可愛かったからそっちが良

い。

そうだ、この子センスが無いんだった。

とりあえず、他の人に聞いてみてと返事をした翌日に、やっぱり青い方でお願いと返ってきた。そりゃそうだ。

私はこの辺りから少しAちゃんフライヤーを作ることに嫌気が差していた。

この後も三回ほど作ったが、ネットで見た『デザイナーあるある』が本当にあるあるだったと頷いてしまうようなことが山ほど起こってちょっと笑った。

はいよいよ決心してLINEを送った。

仕事が忙しくなるから、次のフライヤー最後にしたい』

これがついこの間のことだ。

私がAちゃんフライヤーを作って一年、作ったデザインは五つ。その全てが打ち合わせ通りに進んだことは無かった(割愛します)

次のフライヤーは、最初マルシェをした施設とまた同じものだ。だが、今回は別のイベントも同時開催でもっと大きなものになるというのは前から聞いていた。

そして一昨日、連絡が来た。

縁のある方にDMを送るから、今週末までにデータが欲しい。

まだ一度も打ち合わせをしていない。

イベント3月で、成人式あたりにフライヤーを配布したいという話だったからだ。

そして今日、また連絡がきた。

私が作ったフライヤーが、新聞の折り込み広告になる。

入れて欲しい文章が増えた。

サイズも変えて欲しい。

何もかも変わっても、締め切りは変わらない。

誤解なきように言うと、私はAちゃんのことは今でも大好きで親友だと思っている。今回の件で距離を置こうなどとは微塵も思っていない。

これが、一般人の認識なんだと勉強になった。

今の時代スマホがあればフライヤーデザインを作ることなんて簡単だ。スマホ写真を撮って、アプリ切り貼りして文字を入れれば完成する。

誰にでも出来るそれを、自らやりたいと申し出た私はきっと『それをやることが好きな人なんだ』。

見易さやターゲット層の視点なんて関係ない、パパパッと作れるものだ。

だって自分からやりたいと言ったのだから

最初に言った通り、私はオタクだ。

アンソロジー個人主催プチオンリーに参加した経験がある。

オタク殆どは、書き手に対して物凄い敬意を示す。それは自分もまた同じように苦戦した戦士からだ。絵描きが字書きを、字書きがグッズサークルを、グッズサークルデザイナー否定するなんてことは、私がいるジャンルではあり得ない。

だが、一般人の認識はそうではない。

自分は作れない。でも、あの人は作れる。じゃあお願いしよう。きっと作ることが上手なんだから、パパッと簡単にやってくれるわと、その程度だ。

今回、はてなダイアリーに書こうと思ったのは、職場でこの話をしたところ『でも貴方は好きでやったんでしょう?』と全会一致の意見を貰ったからだ。なんなら、これだけ愚痴って『ウチの年賀状もお願い(笑)』と言われて、この世界ダメだと絶望した。Twitter日常愚痴はあまり言いたくないため、ここに吐き出させてもらった。

もしもいつか、貴方仕事ではないプライベートの場面で似たような経験をすることになった場合、その時は辞めた方が良い。

私は『これ以上続けたらAちゃんとの友情ダメになる』と思ったから自ら辞めると言った。

やりたい、という気持ちを踏みにじられてしまう前に。

2019-04-30

抗がん剤治療中に出会って救われた作品を挙げていく -本・漫画編-

ドラマ編はこれ

https://anond.hatelabo.jp/20190429201600

思ったより需要なさそうだけどせっかく途中まで書いたしコメントもらったので続き書く。

お陰様で経過は順調です。自分の癌は10年で寛解と言われてるけど、5年を無事経過して再発の可能性は大分低くなったと医者にも言われました。

漫画や本など、闘病記はたくさんあるけど、「癌になったけど家族が支えてくれたから立ち直れました。やっぱり家族は大切だよね、妻Love」みたいのが多くて、結婚していない子供もいない自分はどうすりゃいいんだと逆に落ち込んだりした。闘病記なら何でもいいわけではない。

あと闘病記って健康な人がお見舞に持ってくものではないと思うよ。これ読んで元気出したまえって何様だ。

あくま患者本人が自分意思で読むものではないかと。


漫画

アル中ワンダーランド

最近誰もがお察しの理由でまんしゅうきつこからまんきつに名前を変えたまんしゅうきつこさんの改名前の作品

自身アル中と、そこからの復帰を描いている。このひとの絶望を笑いに変えて昇華する力は本当にすごいし才能だと思う。

再飲せずにこれからもいい作品を描きつづけていって欲しい。


『僕と大家さん』

2018年4月時点で累計発行部数75万部を突破した、今更いうまでもないお笑い芸人カラテカ矢部エッセイ漫画

アパート大家さんである婦人矢部との心温まる交流を描いている。

ほのぼのとしたやり取りの中にも、戦争老い介護孤独といったテーマさりげなく混ぜ込まれている。


『元気になるシカ』『元気になるシカ2』

アラフォーBL漫画家藤河 るりさんの闘病記(1)から仕事復帰(2)まで。

病名で検索するのがやめられなくなってしまうなどの癌患者あるあるネタも多く、頑張りすぎない自然体の作者に共感できる。


海街diary

これもまた有名な吉田 秋生の名作。

漫画家ってすごいなあと思った。自分が死んだことがないのになぜ死ぬ人の気持ちがわかるんだろう。

話の途中で癌になったおばさんの話が出てきて、そこはさすがに辛いので飛ばして読んだ。



【本編】

昨夜のカレー、明日のパン

「すいか」とかのドラマで有名な脚本家木皿泉の初の小説

夫の入院からの帰り道、パン屋で焼きたてのパンを買った妻が「悲しいのに幸せにもなれるのだ」と思うシーンが忘れられない。

実は木皿泉夫婦ユニット名でご主人は脳出血でまひがある。そんな背景にも勝手シンパシーを感じていた。

もし癌が再発することがあったら、この本を母親に渡そうと密かに思っていた。

『ナミヤ雑貨店奇跡

東野圭吾の本で泣くなんて自分もヤキが回ったなあと思ったけど。

ファンタジー要素あるのはいいね現実逃避ができて。


あとはYoutubeにあがったお笑い動画とかよく観ていた。主にアンタッチャブル

転移してるかどうかの検査の結果待ちとか、もうどうしようもない時に観ていた。

よく「悲しくて胸が痛い」みたいな表現があるけど、辛すぎると本当に体が痛くなるのよ。

そんなときしょうもないお笑いをみてるとふっと体が楽になった。

やっぱり笑いの力ってすごい。アンタッチャブルまた活動してくれ。

こんなところからなあ。

よく考えたら映画が無かったけど、何でだろう。メッセージ性が強すぎるかな。

2019-04-29

抗がん剤治療中に出会って救われた作品を挙げていく

10連休暇なので書いてく。

丁度5年前癌になって手術したんだが、その後地獄抗がん剤治療8ヶ月が待っていた。

抗がん剤中でも上手に調整して出歩いてる人もいるみたいだけど、自分はずっと白血球値が低いままだったし体調も良くないし、メンタル的にもやばかったので病院に行く以外はほとんど出歩かなかった。今思うとちょっと鬱っぽかったのかもしれない。

で、その間に読んだり観たりして救われたと思う作品を挙げていく。

治療後に、これ治療中に知りたかったと思ったのも含まれているので時系列的におかしいとこもあるけど勘弁な。

治療中に下手な本読んだり映画を観たりして登場人物自分と同じ病気で死んだりするとダメージくらうし、かといって主人公が元気にはねまわってるのを観て今の自分境遇と比べて落ち込んだりするし、なかなか難しいんだよ。

病気療養中の人、あるいは周りに病気の人がいてお見舞いに本でも持ってこうかという人はよかったら参考にしてほしい。

ちなみに自分は以前はサスペンスとかホラーとか好きだったんだけど、癌になってからは一切受け付けなくなった。一番最初死ぬ登場人物感情移入してしまうので。

あと『きのこを食べたら癌が治った』みたいな本をお見舞いに持って行こうかと考えてるやつは自分が死んだらいいと思うよ。マジで


ドラマ編】

名探偵モンク

ちょうどHuluで公開されていてこれはマジでよかった。エミー賞も受賞したアメリカの人気ドラマ

主人公探偵モンクが重度の強迫性障害を持っているんだけど、同時にそれが事件の謎をとくヒントともなっているところがうまいモンクを取り巻く元上司警部看護師モンク強迫性障害に振り回されてうんざりしつつも暖かく見守っていくという構図になっている。

探偵ものなので当然殺人シーンはあるけどソフト表現されていて何とか大丈夫レベルシリーズになっていて話数が多いのも助かる。基本コメディ


『dinner』

江口洋介が主演の日本ドラマ

登場人物の一人ごとスポットを当てていく形式だけど、誰もスネに傷持つ訳ありの人ばかり。

さな希望を胸にまた明日も頑張ろうとする姿に励まされた。視聴率が悪くて話数が削られてしまったのは何とも残念。

ラスト一人ラジオ聞く江口洋介の姿に泣いた。サカナクション主題歌もいいよね。


カルテット

社会的には落ちこぼればかりの現実離れした夢の共同生活。明快な答えも解決策もない日々になぜかほっとして救われる。

例の前夜、ゲームやとりとめのない会話を楽しむ4人のシーンは何度も観てしまった。マキさんの「ちょっとトイレ」にも泣いた。

軽井沢に行きたくなっちゃうけどね。


鹿男あをによし

玉木 宏が鹿になっちゃうやつ。幻想的な作品なので現実逃避にもってこいだった。でも良くできてるよね。


行列48時間

國村隼主演のNHK

仕事定年退職したサラリーマンが妻と娘のため正月福袋行列に並ぶというドラマ。これも面白い


ドラマHulu配信されて入ればHuluで、なければ無料動画配信サイトで観てた。

あんまり褒められたことじゃないけど抗がん剤治療はとにかく金がかかるので大目にみてほしい。

癌の種類にもよるけど自分場合は1回あたり15000円、それを月3回8か月続けるのよ。

みんな生命保険大事だよ。元気なうちに入っとこうね。


あと漫画とか本も書こうと思ったけど以外と大変だし読んでくれる人もいるかからないのでここまでにしときます

需要ありそうなら続き書くわ。


--


漫画・本編こっちにまとめました。コメントくれた人ありがとう

あとドラマ編で『植物男子ベランダー』忘れてたわ。NHKの30分深夜ドラマおっさんマジ癒し。途中の変な小劇場飛ばしちゃうけどね。


お陰様で経過は順調です。自分の癌は10年で寛解と言われてるけど、5年を無事経過して再発の可能性は大分低くなったと医者にも言われました。

漫画や本など、闘病記はたくさんあるけど、「癌になったけど家族が支えてくれたから立ち直れました。やっぱり家族は大切だよね、妻Love」みたいのが多くて、結婚していない子供もいない自分はどうすりゃいいんだと逆に落ち込んだりした。闘病記なら何でもいいわけではない。

あと闘病記って健康な人がお見舞に持ってくものではないと思うよ。これ読んで元気出したまえって何様だ。

あくま患者本人が自分意思で読むものではないかと。


漫画

アル中ワンダーランド

最近誰もがお察しの理由でまんしゅうきつこからまんきつに名前を変えたまんしゅうきつこさんの改名前の作品

自身アル中と、そこからの復帰を描いている。このひとの絶望を笑いに変えて昇華する力は本当にすごいし才能だと思う。

再飲せずにこれからもいい作品を描きつづけていって欲しい。


大家さんと僕』

2018年4月時点で累計発行部数75万部を突破した、今更いうまでもないお笑い芸人カラテカ矢部エッセイ漫画

アパート大家さんである婦人矢部との心温まる交流を描いている。

ほのぼのとしたやり取りの中にも、戦争老い介護孤独といったテーマさりげなく混ぜ込まれている。


『元気になるシカ』『元気になるシカ2』

アラフォーBL漫画家藤河 るりさんの闘病記(1)から仕事復帰(2)まで。

病名で検索するのがやめられなくなってしまうなどの癌患者あるあるネタも多く、頑張りすぎない自然体の作者に共感できる。


海街diary

これもまた有名な吉田 秋生の名作。

漫画家ってすごいなあと思った。自分が死んだことがないのになぜ死ぬ人の気持ちがわかるんだろう。

話の途中で癌になったおばさんの話が出てきて、そこはさすがに辛いので飛ばして読んだ。


【本編】

昨夜のカレー、明日のパン

「すいか」とかのドラマで有名な脚本家木皿泉の初の小説

夫の入院からの帰り道、パン屋で焼きたてのパンを買った妻が「悲しいのに幸せにもなれるのだ」と思うシーンが忘れられない。

実は木皿泉夫婦ユニット名でご主人は脳出血でまひがある。そんな背景にも勝手シンパシーを感じていた。

もし癌が再発することがあったら、この本を母親に渡そうと密かに思っていた。


『ナミヤ雑貨店奇跡

東野圭吾の本で泣くなんて自分もヤキが回ったなあと思ったけど。

ファンタジー要素あるのはいいね現実逃避ができて。


あとはYoutubeにあがったお笑い動画とかよく観ていた。主にアンタッチャブル

転移してるかどうかの検査の結果待ちとか、もうどうしようもない時に観ていた。

よく「悲しくて胸が痛い」みたいな表現があるけど、辛すぎると本当に体が痛くなるのよ。

そんなときしょうもないお笑いをみてるとふっと体が楽になった。

やっぱり笑いの力ってすごい。アンタッチャブルまた活動してくれ。

こんなところからなあ。

よく考えたら映画が無かったけど、何でだろう。メッセージ性が強すぎるかな。

2019-02-18

厳しすぎる職業倫理が「バイトテロ」を生む

バイトテロ雑感 - ←ズイショ→

http://zuisho.hatenadiary.jp/entry/2019/02/15/203839

しろバカッター」が少ないことに驚く - シロクマの屑籠

https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20190217/1550390275

 

この二人を読み比べると、自分は完全にズイショ氏の方に同感なのだけど、ブックマークだけだと書ききれないことも多いので、こっちで書いてみる。なお、id持ってるのになぜ自分ブログで書かないのかというと、ブログで書くと情と執着が移るから嫌、というだけの理由である

 

自分仕事海外出張が多く、実はこの文章日曜日の昼に外国で書いているのだが、海外接客業店員に接すると、日本と比べて驚くほど職業倫理が低いと感じる。コンビニ店員はガムを噛んでスマホを見ながら接客するのが普通であるし、ファストフードで注文をすっぽかされても"Sorry! We will do it now."の一言で終わりである。あるときなど、客の少ない時間帯の大手ドラッグストア雑貨店を兼ねている)では、店員同士が売り物のゴムボールバレーボールをして遊んでいた。微笑ましいものである

 

また、雇用者の側も、ある程度の「あそび」「緩さ」をアルバイト定員には許容している部分がある。アメリカマクドナルドCMでは、就業時間中に「俺、念願だった大学合格したんだ!!」と言ったアルバイト高校生を、クルー全員が拍手喝采してお祝い(英語で言う"Applause!"だ)するシーンがある。

  

これらは、日本であれば炎上したり、あるいは炎上を期待して「拡散」されたりしかねないことである

などと書かれてもおかしくない。

 

このような日本特殊さの元凶の一つは、「先生に言ってやろう」「世間に言いつけてやる」という日本人の多罰的傾向にあると思う。日本人は、クレーム相手に直接言えないチキン性格なので、自分が受けた不愉快や、自分が感じた不平等さ(例えば「自分職業倫理に縛られて生きているのに、なんでアルバイトあいつらは自由にしているんだ?!」という怒り)を、「先生」や「雇用者」や「世間」「マスコミ」に言いつけることで溜飲を下げる。そして、そのような「言いつけてやる」行為が、正義だと見なされている。

 

ところが、外国特に念頭に置いているのはアメリカであるが)では、そうはいかない。自分利害関係者でないのに他人の非倫理的行為告発して溜飲を下げるのは、どちらかと言えば「卑怯な」行為とみなされる。そんな「告発者」は"mind your own business!"と言われるだけである。また、自分が直接被害を受けていないことに対して、憤ったり「言いつけ」たりしてやろうという発想がそもそもないのである(逆に、直接の被害を受けたのであれば、その場で immediately に抗議すべきだ。「上」や「世間」に言いつけて叱ってもらうなんて悠長なことは言っていられない)

 

私は、実害のある「バイトテロ」と実害の無い「アルバイト店員のおふざけ」とは峻別すべきであると考えるし、今後の日本社会が今までのような窮屈な職業倫理アルバイト店員に求められるような社会はいられないと考えている。実害のある「バイトテロ」は許されるべきものではないが、それとは全く別個に自分に直接の利害が無いことにまで「世間に言いつけてやって」溜飲を下げようとするその他大勢の人々の行為意味がないと考えている。なぜなら、彼らのそのような行為は、「自分職業倫理に縛られて生きているのに、なんでアルバイトあいつらは自由にしているんだ?!」という僻みからまれる部分が大きく、自分強制されている職業倫理理不尽さについて、使用者教師に対して抗議して適正水準に是正するという正しい問題解決道筋から目をそらしてしまっているかである

 

たぶん、日本人口に占める外国人の割合が今よりずっと増えているであろう10年後には、日本流の接客過剰サービスや、サービス本質関係ない職業倫理や、感情労働の類は、今よりもだいぶ廃れているものと思われる。外国労働者は労働に対して合理的な考えを持っているので、お客に実害を与えるわけではないのに、儀式やしぐさを強制されるのは理解できない。おそらくそれらの、「お客様に気を使った」振る舞いは、ガラパゴス的な宗教儀式のようなものとして無意味ものとなっていくことだろう。そしてそうなった時代には、アルバイト店員の振る舞いにはアルバイト店員なりの「緩さ」「適当さ」が許容されるようになり、それがガス抜きとなることで、実害を生むような「バイトテロ」は減っていくのではないかと期待している。

 

追記

なお、諸外国でも「企業」や「有名人」が炎上することはままある。たとえば先日のユナイテッド航空オーバーブッキング乗客引きずり下ろし事件では、「ユナイテッド航空」が炎上し、多くのSNSユーザが「ユナイテッド航空」の非道さを告発した。だが、実際に乗客を引きずり下ろした客室乗務員警備員の氏名を特定したり、その客室乗務員警備員本人を告発したりするような流れは殆どなかったように思う。この展開は合理的であるユナイテッド航空告発したSNSユーザは、実際にユナイテッド航空顧客である場合が多く、自分たちも同じ目にあったかもしれない、ということが想像できるからである。一方、個々のSNSユーザにとって、客室乗務員警備員本人は、自身人生で直接関わる可能性が殆どない相手であるから、個々人を「特定」したり「告発」したり「言いつけ」たりしても、意味がないのである

(追記2)

自分が前に書いたエントリ

https://anond.hatelabo.jp/20190212141859

バイトテロ」と、「文明人」という幻想

2019-02-17

雑貨店で買い物してたら花のサンフランシスコが流れてきたんだけど、すかさず「さようならさようならこんな異国の果てでお別れするなんて」とシームレスに続けてしま自分が本当に辛い。

2019-02-09

幼稚園児を助けた思い出

ヤフトピに子供が2歳児を助けたってのが出てた

それ見て、自分が昔幼稚園児を助けたときのことを思い出した

  

俺の地元は村で

最寄りのちょっと開けた場所、今で言ったらイオンモール的なとこまで車で2時間とかで

村民はみんな知り合いだったり親戚だったりていう、そんな場所だった

  

用水路ザリガニかなんかとってたんだよ、その子

釣竿もどきをふりまわしてた

自転車でそれを横目に通り過ぎて、村唯一の雑貨店マンガ買ってきたら、その子がいない

飽きるの早いなー、と思いながら、なにげに行きより用水路の近くを通ったら、無言でおぼれてる子供と目があった

すげーびっくりした

心臓とまるかと思った

声出して助け呼べよ

さっきの子だって理解するより早く、妖怪かなんか見ちゃったみたいに感じた

顔真っ赤にしてばっしゃばっしゃしてんの

  

そのまま通り過ぎられないじゃん、さすがに

俺その時小学3年生で、そこそこ身長あったのもあって、なんとかできる気もしたし

どうやったかは覚えてないけど、なんとかその子を引き上げて放心してたら、急に超音量でそいつが泣き始めてさ

さすがにそれを聞きつけた大人がきて大騒ぎになって、それから母親にスゲー怒られたこしか覚えてない

大人を呼びなさい!ってさ

  

次の日、その子母親がうちに来て、俺と父親(こういうときだけ出てくる)に、あやまってあやまってありがとうの次にまた二回あやまって、ってのをエンドレスでやってた

  

その後もその子母親は俺を子供の命の恩人としてずーっと扱い続けて、いろいろお祝いもらったりなにかっていうと気にかけてもらった

でも、それはそれで居心地多少悪くて、大学で村から出られた時、ちょっとほっとしたのも事実

  

の子自身とは、それ以降ほとんど話すこともなかった気がする

  

今年、正月実家帰ったときに、その子が嫁さんと子供つれてうちの実家あいさつに来たんだ

こっちで暮らします、って

で、その嫁さんにまで、命の恩人扱いされて、実家に帰るのがなんかまた若干おっくうになった

感謝されるのがいやなんじゃないんだけどさ

2018-12-08

日本語散らかっててすみません雑貨店店員をしています

今日若いお母さんと娘2人(姉Aちゃん、妹Bちゃんとする)が来店。

Aちゃん小学生、Bちゃんはイヤイヤ期が抜けきっていない3,4歳くらい。

 

Bちゃんはお母さんの押すカート(よくある子供が座れるタイプの)に座っていたんだけど、そわそわしてたまに立ち上がって危ないなぁと思ってた。

流石にお会計中はお母さんが座り直させていたけど、お母さんが袋詰をしている間飽きちゃったのか立ち上がってしまった。

レジカゴがなくなり軽くなったカートはひとりでに動き出してしまい、ドア付近の窓ガラスにぶつかりそうになっていたところを私が発見して止めた。

びっくりしたね、危ないから座ろうね、座れるかな?と声をかけ、難しそうだったら抱っこして降ろそうかなと思っていた。

そしたらお母さんが飛んできてBちゃんをパシンと叩き「座れって言ったでしょ!」と一喝

子供を抱き上げたと思ったら無理やり椅子に乗せた。

こういうカートのイスって座面に2つ穴が空いていてそこから足を出して座れるようになっているんだけど、

お母さんはかなり乱暴にBちゃんを降ろしたので一度では足が入らず、何度か揺さぶるようにやり直してやっと座らせた。

突き指じゃないけど、足が捻挫?しないか心配するくらいだった。

Bちゃんはびっくりして泣き出す始末。

お母さんはまた戻って袋詰、娘2人を連れてそそくさ退店した。私には何も言わなかった。

お母さんといっしょに来たAちゃんはお母さんが他人である私の前で子供を怒鳴り散らしてヤバい空気を察したのか苦笑いでチラチラ私を見ていた。

 

①お母さんサイド

買い物中ずっとワガママを言う娘2人にイライラする気持ちわからんでもない。

Bちゃんカートにきちんと座らずそわそわしていたし。

子供サイド

怒られてもわりとヘラヘラ

でもお母さんが怒鳴り散らしてただならぬ雰囲気は察している。

Bちゃんコントロール出来ないお母さんがAちゃんに対してもキツくあたっていた。

Aちゃんは買い物中お母さんに話しかけてもまともに会話してくれずつまらなそうだった。

Aちゃんに対してBちゃん見ててって言ったでしょ!と保護者役を押し付けていた。

店員サイドだったら

どんな理由があれ子供カートに乗せたまま放置しないで欲しい。なんかあったら店の責任も問われる可能性がある。

怒り方、叩き方、カートの乗せ方が乱暴すぎて、虐待を疑うレベル

公共の場所で人目もはばからずあそこまで怒鳴るのはちょっと考えられない。

お母さんのイライラMAXになった結果であって常にあの扱い方というわけではない…と信じたい。

 

家族連れがよくくる店だから、いろんな親子を見る。

叱る光景日常茶飯事で、もちろんしつけの範疇だなと理解できるケースも有る(商品乱暴に扱う子供とか、叱ってもヘラヘラしたりね)。

でも一方であまりにも行き過ぎではないか?親の八つ当たりではないか?というようなケースも無くはない。

他人から子育てにまで口を出す権利はないんだけど、他人からこそ感じるものもあると思う。

他人の、生活一場面を見たに過ぎないからな…と自分に言い聞かせている。

Aちゃん達は普段から虐待を受けていて、私に助け舟を求めていたんじゃないか?なんて考えてしまった。考えすぎかもだけど、可能性はゼロではないし。

 

今まで虐待ニュースを見てなぜ防げなかったのか、なんて大それたことを思っていたけど、

虐待予備軍みたいな光景は意外と近くで起こっているし、それでいてどうにもできないんですよ。こういう一場面では判定が難しい。

虐待を見逃さないって結構難しいことなのかもと思いました。

2018-01-27

ミサンドリストは、なぜ自らの差別を指摘されると怒り狂うのか?

http://conia617.hatenablog.jp/entry/town-for-woman

 

この男性差別電波文に反論することが本当に可能なのか疑問だが・・

どちらかというと精神病カウンセリング必要だと思うので。

 

黒人差別メタファーがそんなにわかりづらかったですかねえ?

差別とは何か」ということを考えた事がないんだろけど・・

 

「"黒人"は私たちだ」とか意味不明の事を言ってるけど、

一部の人のしたことで、全体を判断する」という事象をもって偏見差別と言っているのだから

あんたがたの世界観がどうであろうと、この件とは無関係なんだけどね。そんな事もわからないのかな・・

 

じゃ、あんたがたに、もう少しわかりやすい例を上げようか?

 

あんたらが子どもの頃、文具店とか雑貨店とか本屋かに自分一人や、子どもだけで入った時、

店員がじろじろと不審そうな顔を向けてきたり、

自分たちが見えやす場所を移動したりして、

 「あ・・万引きを警戒されてるな」

と、ちょっと嫌な気分になった事があるだろ?

 

で、Twitterでその店主が、

 「ガキってよく万引きするからマジ不快。もうガキ入店禁止にしたいぜ。」 

と書いてるのを見たら、自分子どもだったらいやな気分になるだろ?

 

それが、あんたらのやった事。

 

そこまではまあ、偏見であり差別ではあるが、単なる気分の吐露としてまあ許せる。

問題はその後だ。

 

で、それを読んだ子どもあんたが、

 「私は万引きなんてしません。子どもみんなが泥棒みたいに言わないでください。偏見です。そういう人はごく一部です。」

とリプする。

 

で、それに対して店主が、

 「うるせえな。こっちが被害者なんだよ。実際、万引きするのはガキばっかなんだよ。偏見じゃねえだろが。

 だいたいが、自分たちが先にオレたちに迷惑をかけてるのを忘れてねえか?

 

 おまえら加害者なのを忘れて、たかが「ガキは不快」と言っただけで

 気分悪くするとか傷ついたとか言えた立場かよ。どんだけ繊細なんだよ(笑

 

 もしかして、「出入り禁止=おまえらはいらない」と言われたのが

 そんなにショックだったのか?うちの店頼り過ぎだろ(笑

 

 オレだっておまえら皆がいつも万引きするとは思ってねえよ。

 ただ、見分けがつかねえだろ? 見分けのつけかたを教えてくれってんだ。

 

 まあ、本音では、おまえら犯罪予備軍だとは思ってるよ。

 何しろ万引きはお前らガキしかしないんだからな・・

 てか、身に覚えがあるから逆上してんだろお前(笑

 

 だいたいが、万引きしたガキ、お前と同じ学校のだろ?

 なら、ガキならガキどうしで、万引きやるそいつを先に非難するのが筋ってもんだろが。

 

 まずはおまえらガキが犯罪率が高い事を反省しろ

 オレは何も悪い事は言ってねえ。ちょっとした願望を言っただけだ。」 

 

・・と、これが、あんたら女性の言ってる事。

言ってる事がわかるかな?😃

 

それに対して、子どもあんたは、

 「店主の言うことは正しい。私は犯罪率の高い"子ども"の一人だから反省しなくちゃ。

 万引き犯の仲間なんだから私も謝らなくちゃ。万引き犯に代わって謝ります。」 

と言うか?言わないだろ?😃

 「だから私は万引きしてないし、しないって言ってるでしょ。悪いのは万引きしたその子じゃないの。私が反省しなきゃいけない理由なんてない。

 それと、その子別に友達じゃないし、なんで私がその子反省させる役なのよ。」 

と言うだろ?

 

それが、僕らが言ってる事。

わかるかな?😃

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