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はてなキーワード: 児童館とは

2023-02-01

80万人はお国のために生まれてきてない

昨年、子供が産まれた。

子供なんか嫌いだったし、自分の子供なんか間違いなくガ*ジになるだろうからほしくなかったんだが、

コウノトリさんが運んできたので拒否することもできず、産まれた。

まれてきてよくわかったのだが、自分世界の半分――いやもしかしかたら三分の一――しか見てなくて、

しかもそれですべてを知った気になっていたということだ。

日常なかに、ここまで自分の知らない要素があったことに気づかされるのだ。

そのなかの大きなひとつに、街の子供の存在がある。

それまでは、道路の縁石とか、標識程度にしか考えていた子供が、今でもそこだけ焦点が合っているかのように目につく。

児童館をはじめとした、子供が多い施設ではなおさらだ

2022年に生まれ新生児の数は80万人を切り、戦後最悪の出生数だという。

俺は新生児を見るたびに80万という数をかみしめながら、なんという途方もない数なんだと思う。

おそらく、80万という数字統計上、日本という機構を維持するのが不可能な数値なのだと思うのだが、

自分と同じようなこどもが80万人程度いると思うと、その大きさにめまいさえする。

おそらくその子供たちは、まだ喋れないし、多くは歩けないし、多くは毎日ミルクおっぱいを飲んでいる。

少子化」という統計的な問題自分のものとして考えたとき別に80万人の何がわるいの、とさえ思う。

別に国が栄えようが衰退しようが、親はそんなことより個人としての子供が大事だし、今のところ国籍さえもらえればとりあえずいいだろと思っている。

80万人、多いか少ないかでいったらすごく多いと思う。

2022-12-22

クリスマス用の服

児童館教育支援センターサンタトナカイの服を子供に着せているのを見て、「かわいい~!でも12/25すぎると着せづらい~」と思って躊躇しちゃう

来年は真っ赤なトップスを買おうかな

今日オレンジハロウィンの服を子供に着せている親がいて「ハロウィンの服だけど着せてます」と苦笑しながら言ってた

そうだよね。期間限定の服ってその期間過ぎちゃうもったいないよね

の子供用浴衣は長く使えそうだけど

ハロウィンの服→10月

サンタトナカイの服→11月後半~12/25

じゃん

DAISOとかで安く済ませれるならいいけども

幼稚園はいったらハロウィン仮装するだろうからそのときは本格的な衣装を買うのかな

2022-12-14

anond:20221213224233

から何の説明もなく公園ができたとか、

家の生垣を壊されるとか、(多分、ボールが入ったとかの時に許可なく無断侵入ってことでしょ?)

周辺の児童施設の第二グランドとして使われ、大人騒音を立ててよいと模範を示すとか、

児童館へのお迎え、遊びに来る人たちの路上駐車とか、

ここに来てからの「子供の声はうるさいものだ」みたいな主張とかになると、

どう考えても揉める未来しか見えないんだけれど...

まず、事前説明をして、要望を聞く機会があり、普段から児童施設と住人がそれなりに交流があれば、

お互いに普段から顔が見えて、いろいろと話せる感じになるだろうし、ここまで心理的にこじれなかったんじゃないかな。

信頼関係崩壊してしまっている以上、いったん、公園をなくすというのは現実的解決策な気がする。

2022-12-07

長野市青木島遊園地」のバッシングあきらかに常軌を逸しているので情報強者はてブ民様は乗っからない方が良い

https://www.news-postseven.com/archives/20221206_1819893.html?DETAIL

https://news.yahoo.co.jp/articles/d923efc82684335fa581c6cf0cea03e7d8c31ba6

児童センター遊園地建設に関し、●●(編集部注:苦情を申し入れた住民)に対し説明がなかった》

《●●へのボール飛び込み、植栽の踏み荒らし等が重なり、利用者への不信感を募らせるようになった》

児童館の40人~50人の児童が一斉に、指導者拡声器の号令の下に遊ぶ(開設当初)》

この「廃止に至る経緯」には《1日100台の車がお迎えに来る》とも記されており、苦情を申し入れた住民はこうした状況に18年間悩まされてきたという。

いっぽう「利用者の声」の項目には、《子供を遊ばせることで、●●からの叱責や注意が子供に与える影響を考えると、今の状況では児童センター児童遊園地を利用できない》とも記されている。そして「廃止の考え方」の項目には、《ある意味、皆が被害者。この状況を終わらせる必要がある》との一文があった。

この資料を読んだユーザーからは、《公園廃止説明文読んだら印象違うんだが》《これ自分の家だったら耐えられるか自信ない...》《「クレーマーを追い出せ」みたいなこと言ってる人は、落ち着いて、思いとどまってほしい》との声も上がっている。

2022-11-22

anond:20161010180103

男性の家庭進出と言っている人を見て思ったけれど、平日の昼間問題解決したの?

の子供が赤ちゃんのころはウーマンプレイニングデフォで男が児童館かに行ったら完全にお客さんだった。

基本的に声掛けはお母さんしかいない設定でしか行われないので、「ああ、俺はお呼びでないんだな」というのはよくわかった。

子供も混乱してしまったのか、俺のことを当時「ママ」って呼んでた。

幼稚園選びに悩んだのでそういう会合に出ようと思ったら、「女性だけの気楽な場所で、授乳中の人が来るかもしれないので男性の方はご遠慮ください」と言われる。

幼稚園保護者会も「男性の方はあまり来られないですね」と暗に遠慮しろと言われる。

小学校PTAも男がそんなに育児をすることを想定していないようで、男が行くと「なんで来たの?」みたいな感じ。

俺みたいに気にしない奴はそれでもずかずかとぶち抜いていけるだろうが、チキンハート男性諸氏はここまでのどこかで心折れてやる気無くすんじゃねぇの?

まあ、これは女性が男社会を切り開いたのと、周回遅れで女が男にそういう自分たち領域にやってくる異性を二級市民扱いしているんだろうけどさ。

現場からは以上です。

2022-11-21

anond:20221120160603

くその通りだ。政治じゃなくて市民の方が男性育児を望んでいない。はっきり言わせてもらおう、育児は女の仕事だ。女がやれ。仕事を辞めて子育てを優先しろ

俺も育休を取って少しでも出産後の妻の負担軽減になるように頑張ったつもりだ。

子供児童館に連れて行って久々に思い出したよ。俺は同年代の女達から嫌われていたんだったな。普段男性ばかりの知的労働からすっかり忘れていたよ。親の集まりに行くってのは同年代の女の集まりに混ざりに行くってことが完全に頭から抜けていた。

教育アプリの話をしてたのが話に入れなくなるまで何度も話題を変えられ続けて、結局俺が担当してない離乳食と興味のないYouTuberの話が延々続けて見事に排除された。女達が楽しく話す隅で過ごすのは小学生休み時間図書館で本を読んでた日を思い出す。俺は別に構わないが娘に申し訳ない気持ちでいっぱいで惨めになる。

もう今では死語になった古いインターネットスラングを使おう。子供夫婦2人で育てるものただしイケメンに限る。夫も育児に参加するべき、ただしイケメンに限る

2022-11-18

anond:20221118124511

それは増田の住んでる所が予算ないってだけで

ここも同じとは限らないんじゃ?

どうせベストセラーばっか借りられるような所だろうし

狭そうだからすぐ棚無くなって入れ替えられるんじゃね

公民館児童館併設の図書コーナーに毛が生えたようなもんだろ

2022-11-10

anond:20221108104521

ないんだな、それが。

実質、夫のケアは夫自身か妻がやるしかなくなってる。

職場の同僚にグチったりはできるけど、根本的な解決にならない。

ママ友はできやすいかもだけど、パパ友ってできにくいしね。

ごめん、実は一つだけあります(今調べた)。

それは、地域子育て支援センター

児童館と併設してたりもする。

自分もそういや相談したことある。

自治体には必ずあるはずだから、力になってくれるはず!

土曜日もやってたりするから行けるよ。

2022-11-03

児童館でとても悲しい気持ちになった

自分が悪いんだけど。

今日は自宅から少し離れた場所にある児童館Aに初めて息子2人(ともに未就学児)を連れて行ってみた。

児童館Aには縄が編まれアスレチックがあり、それで2階に上がれるようになっている(それでしか2階に上がれない)。

の子スイスイ登れるのだが、下の子父親自分も一緒に登って、体を支えて上げないと2階に上がれない。

だけども、自分は縄に体重を乗せると体重の重みで足がかなり痛く、とてもではないが登れない。

そこで、児童館Aの職員の方(職員A・70代くらい)に「スリッパ借してもらえないですか?それを履いて登りたいんですが…」とお願いをした。

というのも、いつも行く、自宅から最寄りの児童館Bでは、足が痛くて登れない自分に、職員の方がスリッパを持ってきて「これ使っていいですよ〜」という感じで使わせてもらえたからだ。

以来、いつも児童館Bではスリッパを借りて縄を登って息子を支えて登っていた。

というわけで児童館Aでも普通に借りれるものと思っていたら、「スリッパはお貸しできないんです」とのこと。

きっと児童館によってルールが違うんだろう、それならしょうがないと納得し、今日は1階で遊ぼうね〜と下の子を促そうとしたところ、「なんで!登りたい!パパ支えて!!」と泣きじゃくる状態に。

さすがに困ってしまって、「なんとかスリッパ借りられないものですかね?」と再度訪ねたら、職員Aは奥でPCに向かっているもう一人の職員の方(職員B・40代くらい)を不安気にちらっとみやって、「一度だけでしたら…」という感じでスリッパを持ってきてくれた。

これで下の子と無事2階に登ることができことなきを得た。

で、やはりもう一度登りたいというので(また泣きじゃくる寸前)、「すみません、もう一回スリッパを借りることってできますか?」と職員Aに聞いたところ、かなり困った様子で「私では判断できかねますので……」と言って、奥の職員Bに聞きに行った。

異様な雰囲気になったのはここからだ。

奥の方で、職員Aをかなり叱責する声が聞こえた。あまりの剣幕に戦慄したほどだった。

ほどなくして、職員Aが戻ってきて、「やはりスリッパをお貸しすることはできなくて……」と涙目自分に伝えて来た。

ここで初めて自分は察した。

スリッパで縄を登るのは、万が一事故が起こるのを防ぐため、貸すことはできない(そう伝えられてはいないが、そんな雰囲気だった)。

児童館Aでは、ルールはかなり厳格であるらしい(注意を促す張り紙児童館Bに比べてかなり多いようにも見えた)。

職員Aは、頼まれたらなかなか断れない性格であるらしい。

自分の見た目や語気が怖い人のように映り、有無を言わさぬ雰囲気を出していたかもしれない(たまに言われる)。

職員Aは、職員Bに日常的に叱責されていそうである不安そうに見やった目線が怯えそのものだった)。

もう謝ることしかできなかった。

自分の中では、ルールを逸脱することを強制させるつもりはなかった(結果的にそうなってしまったが)。

児童館Bでは日常的に借りれていたので、スリッパで縄を登ることが危険であるという認識すらしていなかった。

そのため、子供が泣いてどうしようもない状態なら融通をきかせてもらっても良いだろうという気持ちはあった。

よくよく考えれば危険なので、児童館Aの判断は適切といえる。

本当に申し訳ない、という旨を伝えて、おとなしく1階のおもちゃで遊ぶことにした。

ところが、その後奥に戻った職員Aを叱責する声が再び聞こえ始めた。「伝え方が悪い、なぜだめなのか理由をきちんと伝えなさい、一度でも貸したら絶対にだめだ」といった内容だった。5分ぐらいだろうか。

さすがにこれは当事者自分責任があると思い、職員のいる奥に向かい自分スリッパを借りたこと、最初に断られたのに再度自分強要したことを詫びた。

叱責を繰り返していた職員Bは、叱責時とは打って変わって猫なで声(言い方は悪いがこのような印象を受けた)で、「こちらこそ申し訳ありません、聞こえてしまいましたか?当館ではこれこれこういう理由で〜〜」と、叱責の声が届いた謝罪とともに長々とどのように安全面に配慮しているかを述べ始めた。

自分も再度安全面の配慮を遵守する旨を伝え、謝罪した。

職員Aは、「本当にごめんなさい、悪いのは全部自分なんです…」と繰り返していた。

その後は全員が謝罪を繰り返して終わったが、気まずさは半端ないものがあった。

しかし、子どもたちは特に気にしていないようだった(もっと遊びたいと言っていた)ので帰らずに遊ぶことにした。

その後も職員Aが児童館おもちゃの遊び方を都度都度教えてくれたのだが、ずっと涙目で、手も震えていた。俺はいたたまれなくてずっと帰りたかった(1時間くらいで子どもたちが飽きてくれて帰れた)。

・・・

というのが今日あったことだ。

スリッパを借りれることをさも当然のように強要した自分が悪いんだけど、、

こんなにいろんな人を不幸な気持ちにさせるほどの出来事だったのだろうかと、自分を棚に上げてしまうがそう感じてしまう。

こう言っては悪いが、児童館Aには、ゼロリスク症候群に冒された、1mmの緩みも許さな狂気マネージャー支配する恐怖政治世界を感じた。

過去に重大な事故が起きたことがあるのかもしれない。

スリッパを貸してくれる児童館Bは、職員は皆わきあいあいとしていておおらかだ。だけども、その姿勢がいつか事故を起こすのかもしれない。

どちらが正しいのかわからないが、どちらを選ぶとしたら、自分児童館Bの世界に住みたいと思う。

正しいのは児童館Aなのだろうか?厳格に安全を守り抜く姿勢事故を防ぎ、結果的に全員が幸せになるのだろうか?

職員Aの涙目や手の震えを思い返すたびに、そうは思えない自分がいる。

本当に悲しい気持ちが、今でも渦巻いている。

自分の行動が一番悪いということは重々承知している。でも、こうやってもやもやしている時点で、自分が悪いと思っていないのかもしれない。

いくら正しくても、ネチネチ人を叱責するのが一番の悪なんじゃないかとも思う。自分を棚上げし過ぎだろうか。

僕は音楽には向かないと思って生きてきた

僕は音楽に向かないと思って今まで生きてきた。

小学生の頃、ちょっとだけピアノを習ったことがある。

いつからやっていたのかわからないが、かなり長い間という印象がある。

といっても低学年の頃には通っていた記憶がないので、3年生くらいからはじめたかもしれない。

そう考えると、通っていた期間は1年も満たないかもしれない。

子供の1年は長いのだ。

なんで習い始めたかはわからないが、きっとテレビで見たとか、友達もやっているからとか、そういう軽い興味を母親に話したからだと思う。

母は「興味があるならやったほうがいいと思うよ」と言う感じで了承してくれてすぐに音楽教室に通うようになった。

しかし、通ってすぐにモチベーションは下がっていってしまった。

まず、楽譜の読み方はわかった。鍵盤と楽譜ドレミ位置はわかった。

でも、しばらくするとへ音記号が書かれた楽譜が出てきた。

知っているドの場所とは違う読み方だった。

ト音記号ヘ音記号の違いは何なのかわからなかった。先生に聞けばよかったんだろうが、奥手の自分質問はなかなかできない。

先生に直された場所に音名を書いて、それの前後から音を類推して暗記しようとした。

そもそも、なんでいつもの読みと違うのか全くわからなかった。

和音というのはいくつか出てくるのを覚えた。

ハ長調という言葉と、ナントカ短調という言葉も出てきた。

しかしそれが今やっているレッスンの何を説明しているのか全くわからなかった

レッスンは聞いてても面白みのない単調なものをずっとひかされて、そして知らない言葉が日々増えてきた。

先生の使う言葉はわからない。当てずっぽうでやっていくしかない。という負の連鎖に陥ってしまった。

毎週水曜日がとても憂鬱な日になった。

教室に向かう途中で台風事故でも起きて行かなければ済めばいいのにというのをずっと思っていた。

レッスンが済めばとても爽やかな気持ちになった。

もう一週間教室に行かなくていいという安堵感だ。その夜のドラゴンボールZはとても嬉しい気持ちで鑑賞できる。水曜の夜の清々しさは土曜日の夜にもまさった。

だが、月曜が来るとまた水曜が近づくということで憂鬱になる。

その繰り返しだった。

発表会は絶対に失敗できないのでそれは模倣をすることでなんとか乗り切った。

しろ発表会周辺はいい。レッスンはその曲の練習に割り当てられるので、常に同じことを繰り返すだけだったからだ。

そんなに辛いならやめたいといえばいいのだが、僕はそういうことを言えない性格だった。

自分からやりたいと言ったからと言う負い目も感じていたのかもしれない。

よっぽどのことがない限り学校を休ませてくれない親に育てられたからだからか、途中で放り投げるというのは悪いこととも思っていたからかもしれない。

とにかく、つらい水曜日を送っていた。

そんな僕に転機が訪れた。

引っ越すことになったのだ。

引っ越すときに親に「引っ越した先でも続ける?」と言われたとき僕は何も言えなかったが、伏せ目がちにはぐらかそうとしたのを察知したのか、親は「まあやらなくていいか」といってくれた。

これで晴れて僕は音楽教室から解放されたのだ。

新しい学校への不安友達とも離れてしまう寂しさもあったが、教室から自由はそれらに勝っていた。

しかし、この教室に通っていたことはのちの人生に禍根を残すことになった。

楽器音楽へのコンプレックスだ。

まず音楽教室に通う前に親に「小さいときにやっていると、音感が身につくしピアノや他の楽器だってすぐにひけるようになる。プロや上手い人はみんな小さいときからやってた。だからやったほうがいい」と言ってくれた。

これは『小さいときにやると、音感ピアノが身につきやすい』という話だがこれを僕は解釈を誤ってしまい『小さいときにやらないと、音感は身につかないし、ピアノや他の楽器は弾けなくなる』とそう思っていた。

でも、あんな苦しい思いをしたんだから今後ピアノ楽器はひけなくてい良い。10歳ごろのころに完全に諦めた。

学校音楽祭という行事があるのだが、僕はなんの立候補もすることなリコーダーをした。

ピアノや木琴などは音楽教室に通っている人の特権だと思っていた。

児童館ピアノ猫踏んじゃったなどを弾く女子がいたが、その時おもっていたのは「僕には全然からなかったことを分かっているすごい人。あんなに弾けるまで音楽教室を続けられている。きっと勉強もできるんだろう」という尊敬の念とともに「僕はああいうふうにでできる人じゃなかった」とも感じていた。

このピアノが弾ける人は小さいときからやっている。小さい時にやりはじめないとピアノは一切弾けないという思いはクラスピアノうまい子を見るたびに強くしていった。

引っ越しまえに音楽教室に通っていたことも隠した。

通っていて何もできないなんてしられたくなかった。だから何も始めなかったことにした。

中学高校とも音楽を避けてきた。

避けたといっても積極的に行かなければ関わることもないので気にならないようにしていた。

中学くらいになれば色気が出てギターを始める人、バンドに熱中する人も出てくるが、

僕はそこに入る資格はないとおもっていた。なぜなら小さいときに始めることを諦めたからだ。

そして、ギターなどを始めている子たちは小さいときから何かしらやっていたんだろうと思っていた。

そんな誤った認識結構成長するまで続いたが、高校時代衝撃を受けたことがあった。

専門学校に進学したバイト先の知り合いだ。

保育士専門学校ではオルガンピアノの授業があるが、「今までピアノとか触ったことなかったので、弾けるなるようなるまで毎日頑張っている。結構うまくなってきた」とバイトの休憩時間で教えてくれた。

僕は驚いた。小さいときピアノをやったことないのにやれるのかと。

もう一つ驚いたことがあった。

同級生のあまり親しくない人が先生雑談しているのを勝手に聞いたのだが、「最近ピアノをはじめた。近所のうちにあるから弾きにいってる。独学だけど結構ひけるようになった。」と。

これもまた衝撃だった。

小さいときに初めてないのにピアノをやっている。そして教室に通わず自分でやっている。

僕の認識では、ピアノ楽器は小さい時から教室に通い苦しみを乗り越えたもののみが得られるすごいスキルなんだと思っていた。

もちろんトップレベルプロたちはそうだろう。

でも僕はすべての弾くスキルに対してそう思っていた。

ずーっとあの単調なつまらないフレーズ練習してそれをクリアしないときれいな曲を弾く資格を得られないと思っていた。

バイト先の人のおかげで、小さいときからやらなくてもできるということ、同級生のおかげでいつでも自由に楽しむために始められるということを知った。

でも、それを聞いてもすぐには楽器に手を出すことはなかった。

当時は学生だったし、高いし、またやめてしまいそうだ。

それに楽譜を読むのにまた勉強するのも大変そうだと思った。

でも、楽器の他に僕は熱中するものができた。

大学受験だ。

そんないい大学を出てはいないが、勉強問題集での実力の測定のPACDを回して模試での偏差値がグイグイ上がっていくのに熱中した。

おかげで自分卒業した地元のあまり評判の良くない高校には似つかわしくないくらいの大学には入ることはできた。

次に熱中したのはプログラミングだ。今の仕事でもある。

これも設計実装バグとりのPACDを回して品質を上げていくことに熱中した。

個人的にもアプリをいくつかリリースして、使ってもらえた。

こういった人生経験を積んだおかげだろうか。

新しいことをやるということに恐怖はわかなくなった。

最近ギターを始めた(ちょっと前に増田に書いた)

息子が吹奏楽部に入部したので楽しそうと思ったからかもしれない。

ギターを始めるにあたって、CとかFとかはなにか、コードとはなにか、メジャーとはマイナーとはなにかを調べた。

ドレミファソラシド一般的に言われる音名は英語ではCDEFGABC日本語ではハニホヘトイロハということ

教室で習ったハ長調とは、ハ音を主音にしている長調だ。

ドレミは階名といって主音にしている音が何かによって相対的に変わるらしいということ。

ハ長調主音がハで、長調からドがハになるということらしい。

Cをギターで弾くと、ドミソの音がなっていることに気づいた。

これは教室意味からず習った和音の一つだ。

レファラというのも覚えていたが、これはDmだ。

4分の3拍子や4分の4拍子と教室ではずっと言われていてなんのことかわからなかったが、1小節に四分音符が3つ入るか4つ入るかということだということ

泊のとり方もわかった。

長調短調のこと全然からなかったがギターではメジャーマイナーという言葉で帰ってきた。

ここらへんまだ調べきれていないが、長調は全全半全全全半で音が上がっていく音の並びを使い、短調では全半全全半全全で音が順番に上がっていくらしい。

ピアノでミとファ シとドの間に黒鍵がないが、これは半音しか上がっていないということに気づいた。

これピアノハ長調を弾くときに黒鍵を触らないでも済むようにデザインされているのかもしれない。

こうやって、幼い頃に躓いたあの教室意味不明だった理論の答え合わせをしている。

いつから始めても構わないし、やりたいときが始め時、やめたいときが止め時だなと思った。

そして、息子が僕と同じ罠にはまらないように、疑問にはなるべく二人で調べるようにして、ちゃん解決をする道筋自分で考えることを教えようと思う。

2022-10-27

子ども産んで知能が下がった

育休中。

その間にめちゃくちゃ知能下がった

難しい本が読めなくなった

考えることをしたくなくなった

なんとなく、まとめサイトメルカリを眺めて時間が過ぎる。

Twitter見すぎてることに危機感を感じて漫画を買い始めたが、セリフ多いところ雰囲気で把握して読み飛ばしてる。読むのめんどくさくて。

育休中に買った技術書積読で辛。

幼児が寝てる時間勉強しようと思ってた。無料

幼児を抱っこして誉めてパチパチして、毎日のように児童館に行って遊ばせて、面倒を見て、成長を見届けられることは本当に幸せだけど、とにかく知能が下がった。

産休前はちゃんとできてた知能作業ができなくなっている。

このまま第二子産むの怖い。もっと馬鹿になる。

毎晩2回は夜中で起きるので、合計睡眠時間は8時間なのに、なんとなくボンヤリしてる。

知能の低下は気力の問題かもと思って予定を入れようとするも、幼児と一緒にいるとできることは買い物くらい。

日中は、幼児に合わせてテンション高くアブアブパチパチ幼児語喋ってて、なんか頭がハイになってて、とにかく普通の会話に飢えてて、夫が帰ってくるのが待ち遠しい。

自分生活怠惰だなとは思ってるので、Twitter女性叩きのツイート、身に染みてるけど、身体が動かないんだ。

2022-10-21

子供を産んでからくるぶしソックスをやめた

スニーカーソックスやくるぶしソックスを履いて幼児と外出したとき

ふと、靴下が脱げている!という瞬間があるのはとってもストレス

どこに行くか、なにをするか予測不能幼児の世話もしながら、自分靴下も直さないといけないのはつらい

ベビーカーを押しながら「アッ今靴下が抜けた!」となる瞬間がきてしまうのもストレス

から私は靴下は夏でもクルーソックスをはいている。

涼しい薄い素材の靴下もあってうれしい。

子供を産んでから人前で自分靴下をフルオープンする機会がむちゃくちゃ増えた。

児童館、室内遊び場、教育支援センター、親戚の家に遊びに行く等々

大人同士のつきあいなら靴を脱がないまま会っている時間が完結することもあるもんね

子育てしていると靴下の消耗が激しいと思う。淡い色のソックスはすぐに裏に毛玉ができちゃう

靴下愛着が沸いてしまい、「毛玉クリーナーで綺麗にして使うかぁ」と思って捨てられずにいる。

靴下に穴が空いたときは針と糸で穴をふさいで使う。

子供を産んでから靴下にこだわりがでてきてしまい、しっかり悩んで選んで買っているので楽しい

他のママ靴下をついつい見ちゃう

2022-10-10

anond:20221010093240

ワンピースは裾の丈が長いか公園で遊んでいるときに裾を踏んでしまってあぶないときがある。

児童館などの室内施設で遊ぶときワンピースを許容してる

砂場の汚れはがんばれば落ちるけど、あるとき公園の水溜まり子供が入って泥水にまみれて遊んで服を泥まみれにされて

ワンピースクリーニングに出して染み抜き代上乗せして払っても完全にはシミが落ちなかったのがトラウマ

砂場の汚れは砂の粒子が大きいからかがんばれば落ちるけどカジュアル系の服で遊んでほしいわ

2022-08-14

anond:20220814130050

滋賀県栗東市民だが、よく調べててすごいと思った。

はっきり言って栗東保育園入りにくいし幼稚園閉鎖されたし児童館も減るし福祉はそんなに充実してないんだけど、子供は多いんだよな。

JR新快速は止まらないんだけど、地元で働けば問題ないし。

新幹線の駅の件などで破綻しかかったけど、工場誘致と福祉を削りまくってなんとか盛り返してる。

本当は隣の草津市に住みたいんだけど・・・という家庭は多い(実際引っ越した友人もいる)。

ただ草津土地が高い(新快速停まるしベッドダウンとして人気)。

からそこから溢れた人間栗東に来てるイメージ

まあでも、比較的安めの土地で家買って住めるから子供産もう、という人もいるから、出生率に貢献してないとは思わないけどね。

2022-07-22

統一教会じゃないけど親が新興宗教にはまっていた話

宗教二世と言う単語が俄に話題になっており、そう言えば私もそうだったなと思い、なんとなく当時の思い出を振り返りがてら

父親がはまっていた崇教真光について記そうと思う。今までROM専だったので、至らない所があったら申し訳ない。


崇教真光との出会い、並びにどういった宗教であったか

かい時期は覚えていないが、確か小学校にあがったあたりで父親が入信。

ある日いきなり家族を車に乗せて連れて行かれたのが西千葉にあった真光の道場(真光は支部道場と呼ぶ)であった。


崇教真光と言うのは、神道系の流れを汲み、基本は教祖のもと真光大御神と言う神様を祀る新興宗教で、

一番の売りは、御神霊(おみたま)を言うものを装備して手を3回たたくと、手から目に見えない光が出て、

その光を当てると病気は治り食事は美味しくなり機械は治り悪霊は退治できると言う物であった。


この御神霊は初級中級上級などのランクがあり、初級はたしか5万円だか7万円だかを払い、

3日間泊まり込みの研修を受けたら誰でももらえるヒノキの棒のような物であった。

私も小学校2年か3年の時に受講させられてゲットした覚えがある。普段ネックレスのようにして首からさげ、

胸元に御神霊を入れるポケットがある専用のシャツを作ってそこにしまっていた。

から外す時は、水に濡らすなとか心臓より低い位置においては行けないとかなんか細かいルールがあったけど忘れちゃった。


とにかくこれで御神霊をゲットした者同士でお互い手かざしをして、病気煩悩などの悪いところを祓う修行をする場

と言うことで道場と呼ばれているようだった。


手かざしをする時の流れは、暇そうな人が集まる待機所に行き「すみません、○○をお願いしてもいいですか(なんて言ってたか忘れった)?」

と聞いて了承を得ると、二人で道場に行き、まずはお互い正座をして向き合って座り、

祝詞をパクったような呪文を唱えてから額に10分間照射するのが始まりだった。


その後は後ろをむいて肩首、うつ伏せに寝て背中腎臓のあたり、足裏の順で指圧をして硬い所を見つけたらしばらく手かざしをすると言う流れで、

体が軽くなったと喜ぶ人も居たが、たぶん指圧効果だったと思う。

たまに父親がなんだかんだ理由をつけて若い主婦の鼠径部あたりを執拗施術?してたのは今思うと普通に痴漢セクハラの類だったんだなとは思う。




■真光との付き合いや家族の事

宗教との出会い上記の通り。典型的モラハラDV親父だったため、母親を始めとして兄2人と妹を含めた4人兄弟は誰も逆らえずに入信。

定期的に道場に行っていたが、おそらく父親含めて誰1人信仰心から行っている者は居なかった。

逆らったり不満を漏らしたりすると、分厚いガラスの灰皿やゴルフクラブが飛んできたり、良いと言うまで正座もしくは町内をランニングなどさせられた。

母親は朝から晩まで会社で無給の事務員をやらされ、空いた時間道場いかされ、家事をやるものは居なく家の中は荒れ放題であった。

やっていた時期は自分小学校1年から6年生ぐらいまで


おそらくは父親自身さびしさの穴埋めと承認欲求のために家族全員入信と信仰を強いられたのだと思う。

「○○さんのお家はご家族ですごいのね」

今思うと全てがこの一言をもらうためにやっていたように思える。


例えば真光では、体調を崩して熱が出るのは体の自然状態なので、なるべく解熱剤などを使わないようにし、

手かざし自然治癒で治そう。ただし本当にやばい時はちゃんと使わなきゃダメだよみたいな教えがあった。


これを先の一言をもらうために、熱が41度出ようが右足に古釘がささって切断寸前までいこうが家族病院と薬の使用禁止し、

無理やり病院に連れて行ってくれた先生を呼びつけ罵詈雑言を浴びせ殴るけるをし、自身経営する会社の金を横領

道場に高級車や多額の献金をし、子供学校を休ませて道場にかよわせ、真光一の子供が集まるキャンプに参加させ、

岐阜総本山での大集会に参加させてってここまで書いて思ったのですが、宗教と言うか父親の話ですねこれ。



これだけでは何なので、普段道場での過ごし方について少々


大体土日ともに朝6時ぐらいに起こされて父親の車に乗せられて道場に連れて行かれる。

この時献金用(なんかお金を紙につつんで2礼2拍手かなんかしながらうやうやしく神前に置いていた記憶が)の100円と

昼飯代などを渡され、妹と二人でおいて行かれる。

母親会社につれていかれて無給で仕事の残務処理を、父親ゴルフなどをしにいっていた。

父親目的は「○○さんのお子さんは熱心ですごいわね」と言われる事で、

信仰心を満たすためでは無かったためこれはすごく理にかなった行動だと思う。


そして私と妹は、道場内にある託児所のような場所で、布教用の新聞を折る内職をしたり、信者同士で手かざしをしたり、

マイッチングまちこ先生の絵の人が書いた布教用?の漫画を読んだり、道場長(支部長)が幹部候補生(無給で道場雑務を処理する青年奴隷)に

パワハラしてるのに怯えたりしながら、ゴルフ帰りの父親が迎えに来るまで時間を潰していました。


当時の数少ない娯楽で楽しみにしていた事が2つあり、1つ目は手かざし中にたまに憑依した霊が手かざしの光を嫌がると言う設定で、

普通のおばさんが「ワシは武士だ!」とかいい始めたりする突発イベントだった。私は2回しかたことが無かったが、

最初は「まぶしい!やめろ!」とか言って目をつぶったまま光を避けようと抵抗してたが、

最後は「あたたかい…」とか言いはじめて最終的にはなんかお礼とか言ってた。

もう1回はなんか頭揺れてうーうー言ってただけ。今思うと後者寝不足な人が眠気に抗ってただけなのかもしれない。


もう1つは布教(?)に連れて行かれる事であった。これ自体面白くもなんとも無かったが、外に出られるってだけで嬉しかった。

主婦が5人1組ぐらいのPTをいくつか組んで、ワゴン車で移動して死亡事故があったところを皆で手かざしをしたりしたのだが、

たまーに「手がピリピリする!」とか言う人が出てくると、そこにどうやら成仏できない霊がいるみたいな設定で皆で集中砲火をするのが面白かった。

その浄化作業の後は阿佐ヶ谷姉妹玄関開けると居る人たちってネタそのままの行動をしてた。


これのために子供会の野球もやめさせられたし、友達全然遊べなかったのが辛かった。


当時一番嫌だったのが、金曜日から日曜日にかけて行っていた総本山での大集会(なんか名前がついてた気がするが忘れた)。

金曜日の夜に背もたれを倒せない古いバス10台ほどに分乗して千葉道場を出発し、皆で寅さん映画などを見ながら金曜日の夜を過ごし

土曜日の早朝に岐阜総本山へ到着。全国、というか外人さんのために通訳とかもあったからおそらく世界中から数ヶ月に一度ここへ集まり

手かざしのおかげで病気が治った、事故にあわずにすんだ、なんかしらの災いから逃れられたなどの今で言う嘘松体験のような物を

泣きながらやる発表会や、ありがたいお話を聞いたり、青年会かなんかの歌や踊りを見たり、みんなでお祈りをささげたりしながら、

集会1番の売りである教祖様手ずから信者に向けての一斉手かざし(※通常は1on1でやるものだが、教祖様は凄いので大ホールに集まっている

全員に一斉に、しかも両手で光を浴びせることができた)を受けて良かったねと言ってまたバスで1晩かけて帰る。

2夜連続で狭く揺れるバスでの宿泊は車に乗ると確実に酔う私には拷問に等しかった。マジで2晩中吐いてた。


たこ集会にはアントニオ猪木をはじめとした国会議員が数名来ていた。その他芸能人も何人か来ていたが、覚えているのは丹波哲郎のみ。

大霊界とか言う映画撮影総本山を使ったらしい。

小学校低学年だったため、子供でも知ってる猪木と、映画を見させられた丹波哲郎以外は名前を知らなかったし覚えていない。

全国から岐阜に集まっちゃうぐらい言う事聞いちゃう信者に顔を売ると言うのは、政治家や人気商売有名人にとって計り知れないメリットがあるんだろうね。

教団側も内外への広告塔として利用価値あるし、統一教会政治家がずぶずぶなのも何を今更としか思えなかったし、

参加している芸能人はともかくとして、政治家がどこまで本気で信仰しているのかは怪しい所だと思う。



■その後というか話の締めくくり的な物

父親はその後、思春期を迎えた兄2人を暴力支配できなくなり、母親には小学生だった私と妹を連れられて離婚され、

会社銀行没収され、すっかり存在を忘れられていたが、数年前に膵臓がんにかかり長男に会いに来た所、玄関の扉も開けずに追い返されたとの事。


とっぴんぱらりのぷう



追記

読んでくれてありがとう自分の中ではとっくに整理がついてたつもりだったけど、改めて文章にしてみると無視してただけで

100%飲み込んだわけじゃなかった感情とかが見つかって良かったと思う。

全部じゃなくて申し訳ないけど、いくつか適当に返信を


最後ググったけど秋田の話?

上には書いてなかったけど、私が小学2年生の時に母親に連れられて秋田に逃げた事があった。

その時は確か3ヶ月ほどで見つかり連れ戻されたんだけど、そこの児童館かなんかで聞いたフレーズでやけに記憶に残っていた。

当時は個人情報にそれほどうるさくなかったから、学校への問い合わせで見つかったっぽい。

その失敗を踏まえて数年後にまずは母親が単身で家出して、生活基盤を整えてから私達を迎えると言う計画に出たが

場所計画などがバレないように私達には内緒にして行った物だから、妹と2人でお母さんに捨てられたと絶望したのはまた別の話。

(※兄2人は知らされていた)


崇教真光勧誘には会ったことないけど、勧誘に連れてく子供他人の子供だった(そういうケースもあった)というのは新鮮な驚きだったわ

勧誘基本的主婦積極的に狙ってた。主婦を釣ればほぼ確実に子供がついてくるし、財布を握っているケースも今より多かったからだと思う。

結果として託児所みたいなところがあって、そこに子供を預けて行くシステム千葉道場にはあった。他の道場宗教はわからないけど

どんな宗教でも主婦を狙うのは基本っぽいから、似たようなケースはあると思う。


経営者の親父は親父で経営者同士の会合とか政治家もいる会合とかで出会った人間に言いくるめられて入ったんだろうな

これはわからないけど、私個人見立てとしては、めちゃくちゃお金を稼いで社会的には成功したのに人に好かれない寂しさからはまったんだと思っている。

でもさ、反対意見を言った社員を角材でぶん殴ったり、泣き止まないからって理由子供を3階のマドから吊り下げたり、雪の降る夜に裸で追い出したり

高速道路に捨てていったり、今だったら即懲役になるような事をやるような人が自分を変えないまま新たな居場所を見つけようとしても、嫌われたり避けられる体験が増えるだけなんだよね。

離婚以降は真光をやめて新興宗教転々としてたって噂に聞いた。


>結局、信仰宗教って最強の弱者ビジネスに思える。経済的身体的、精神的な弱みに漬け込みお金と人を集め、それを目当てに寄ってくる人間を利用する。

これはめちゃめちゃ居た。ガンなどの医師からさじを投げられた人たち、今思うと自閉症だったんだなって人のご両親が熱心にお祈りしてた。あと家庭内不和あたりは本当に

石を投げたらあたるぐらい居た。上得意だったと思う。日常解決できない問題の救いを求める場所って言う意味では良いと思うんだけど、

割りと強引な勧誘がね…。


2022-06-20

杉並区長選で現職の田中良が落選となったわけだが

杉並在住の子育て世帯です。

ニュースになってるコロナ禍の都外ゴルフ場を筆頭にtwitterでもはてなでも良い話は聞かないし、今回の田中区長の再選は正直どうかな……と思っていた。

ネットのどこ見ても前区長についてはほぼ「落ちてざまあ」みたいな声しかないので、ひっそりとここに書いておく。


あれほど待機児童に苦しんでいた杉並区にたくさん保育園を増やしてくれてありがとう

あのコロナ禍の中、考えなしの大人のために我慢続きだった子供の一生に一度の思い出を優先して、成人式を開催してくれてありがとう結果的にあの時の杉並感染者は他所と大して変わらんかったぞ)。

色々思うことはあったけれど今回は、これまでの感謝の念を表して現職の田中区長に票を入れました。

対立候補岸本さんについては特に政策異論もなく、ただ新人かつあのゴリゴリリベラル政策で勝つのは難しいだろうなと思っていたので、正直当選を聞いてびっくりした。おめでとうございます。前区長のよくないところは改め、よいところは引き継いで、杉並区のためになる政治をしていただければありがたいなと思う。


(以降蛇足

子育て政策に関して区長は「老朽化した児童館を閉鎖し、新しく乳幼児特化の子育て施設子育てプラザ)を建てていく、その間行き場のない子供の居場所については小学校の空き教室などを充てる」と言ってたけど、皮肉にも区長必死に増やしてくれた保育園から大量に新一年生が持ち上がり続けて今はどこの小学校パンク状態、空き教室なんてないんだよね。

から「この発言は苦しいな、新しい施設が出来上がるまでのどこかで子供に皺寄せがくるんじゃないかな」という危惧はあった。そういうのも地味に選挙に影響したのかも。

でもうちの近所にできた子育てプラザは広くてきれいでとても使いやすい良い施設だと思う。できてから何度も利用させてもらった。近所の児童館は狭いし学童と競合するので、ちょくちょく遊びに行ける規模の場所ではなかった。岸本区長既存児童館保護派の方ではあるが、長期的には子育てプラザのような新しい施設へも目を向けていただければなと思います

 

2022-05-16

anond:20220516023346

ゆうてそんなん入れんやろ。抽選倍率775倍らしいが青山あたりの物件(団地)とか本当に抽選やってるのかな・・・

 

都営北青山三丁目アパート

名称:(仮称都営北青山三丁目団地

地番東京都港区北青山三丁目277番3

用途都営住宅、保育園児童館

階数:地上20階,地下なし

高さ:70m

間取り図:https://www.juutakuseisaku.metro.tokyo.lg.jp/toei_online/pdf/index-04.pdf

外観:https://view.tokyo/?p=55664 

 

URならちゃん抽選やってそうだけど都市部はずっと空いてないぞ

2022-02-15

anond:20220215120023

これは典型的属性最悪客

そら客離れ起こすわな

 

サイゼ楽しい子ども時代を過ごして恩返ししたい層はマジで来店じゃなくて株を買ってやろうな

anond:20220215114753

そもそもサイゼは下記しか食べに行かないので

サイゼへ行く人

節約中なら外食自体やめるし新メニューいから繰り返し利用は飽きやすいし雰囲気がよくないところに長居したくないやで

(anond:20220214225440)

ほんこれな

貯蓄&投資至上主義のドケチ ← ここまではわかる

貯金したいに加えて食に興味無しだけど場所わずカロリーは摂りたい謎の人 ← なにいってんだ?おまえ?ってなる

 

というか低所得非正規雇用者だけど2000万オーバー現金がある人がリアルで知り合いにいるけど

あらゆることに尋常じゃなくシビアで奢りでないと外食行かないぞ

IN自体はそれなりにあるのに面倒だとカップラーメン食べるタイプのドケチも知り合いにいるけど

ガチャガチャしているファミレスには行かない。家で食う。これに何故?ってなる要素は無い

 

とりあえずカロリー摂れればなんでも良いっぽい謎の人も知り合いにいる

そういう人は素早い提供・持ち帰り対応と『米+肉 or 揚げ物』を好む傾向があるので

吉野家松屋すき家てんややよい軒に行く

 

サイゼに来てるのは、

2022-02-11

他人との関わりイコールポジティブなことだと考えてないとママ友ほしいと思わない

ママ友ほしい!!ママ友ほしい!!児童館にいったらすでにグループできてがっかりだった!!みたいなお母さんや

児童館にいったら家の近くに住んでる親子と出会えて友達になれた!やったー!!みたいなお母さん

え??なんでそんな積極的ママ友作ろうとするの?めんどくさくないの?ママ友地獄とか怖くないの?

陰キャの私は思ってるんだが

人間関係他人との繋がりをポジティブに考えてるから積極的他人と関わろうとするのかなるほどと思った。

人付き合いがむちゃくちゃめんどくさくて他人プロフィールを覚えることがめんどくさい

自分自身小学一年生なら「友達100人できるかな」とかわくわくするけど

まま……とも………? こどもという他人を前提とした母親同士のおつきあい……?

普通友達ならほしいけど四人でのおつきあいを前提とした関係って……ううん……めんどくさってなる

2022-01-23

anond:20220122162624

フェミニスト女性職場に入るとお客さんか二級市民扱いで、ろくに仕事をもらえないし、男性と同じ働きをしても同じように評価されないというけれど、ここではその逆バージョン体験できるね。

知識不足配慮不足に対して軽蔑侮蔑まなざしで見てくる小児科医。この辺、女医のほうがカジュアルにいわゆるマンスプレイニングしてくる。

「よくお手伝いしてくれていいねぇ」とパパをお手伝い扱いする児童館職員

女性だけの気を使わない集まりから...と、パパの参加が拒否される会合

ママが来ることしか想定されていない児童館幼稚園での呼びかけ。

パパの人権がない保護者会。

こういう状況を子供が生まれからずっと経験していると、「もういいや二級市民で」と思うようになった。

逆に、ママさんたちのべたべたした付き合いが面倒くさいみたいなときにパパ言ってーと便利に使われてるよ。

もうさ、それでいいじゃん。男なんてそういうポジションでさ。

最近専業主婦希望女性が増えていて、フェミニストの方々が「女性二級市民扱いされているから意欲を失ってこうなっているんだ!」というけれど、まあ、逆の立場でいて思うんだよね。

しかに、パパであることでママだったら当然やるよねみたいな義務が外れていて、それは楽だなって。

最初から期待されていないから、周囲のプレッシャーみたいなのはママさんに比べると軽いと思う。

子供が生まれたころに持っていた「僕が一番、育児をうまくできるんだ」みたいな気をはった時に比べたら、ほんと楽です。今の期待されていない感じが。

から専業主婦希望女性もそういうやつなんじゃないかなーって思うんだよな。

2021-12-15

anond:20211211232446

能力のある人はどこにでもいる…児童館にいちゃダメなのか?

そんなことどこにも書いていない。

こういう人って、頭の中、どうなってるの?

何を言われても、常にネガティブ解釈しかできなくなってるの?

怖い……。

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