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2023-03-19

今の40代オタクがボクの師匠プログラムCGDTM師匠のおかげ その1

ゲッサンでどうやら同世代が当時を振り返る漫画を連載開始したようなので、別視点で語らせて貰おうか。

1990年代

めぐり合わせが良かったのかパソコン通信終焉期に同世代としては比較的早期にパソコンを手に入れ、パソコン通信をやっているお兄さんたちからプログラミングを習うようになる。
このお兄さんたちは今の40代、公開されているプログラムの改造についてフォーラム質問したこときっかけに、会話の中で自分小学生であることがバレてしまい、お兄さんたちは面白がって僕にBASICとCを二次関数も知らない小学生へかなり丁寧に教えてくれた。

お兄さんたちは次第に「これからインターネット時代だぞ」「大学にはJUNETがあって」などと教えてくれるようになり、インターネットやUUCP、TCP/IPWWWなどの知識小学生に詰め込むようになり、指導される言語PerlHTMLが増えたもの我が家にはまだインターネット環境がなかった。

Windows 95我が家に導入されるタイミングインターネット環境も敷かれ、ここでCGIゲーム出会いプログラミングへのめり込んでいくこととなる。
師匠たちの教えは素晴らしく当時のCGIゲームの主要開発言語はPerlであったため何も不自由なく改造がはかどり、負荷を高めても叱られが発生しにくいCGI対応ホームページスペースを提供してくれているプロバイダを探すこともよくやった。

2000年代初頭

その初頭(02年くらいから)にAdobe Flash方面で大きな動きがあり、いわゆる「FLASH黄金時代」を迎える。
Adobe Flashの派手に動くアニメーション音楽に衝撃を受け、そして我が家PCビデオメモリの貧弱さに絶望をした(お年玉全額投資した上で親に拝み倒してビデオメモリいっぱい積んでるPCへ新替した)。

2000年代以前もMML(Z-MUSICなど)でDTMを軽く触る程度やっていたものAdobe Flash自由自在マルチメディア感へ完全に影響され、本格的にDTMCGへ手を出すようになる。

当時主に使っていたDAWSinger Song Writerで、これは当時の師匠たちの主な環境ミュージ郎であったため影響を受けた弟子である自分DAWにおいてSinger Song Writerしか知らなかったという意味合いが大きい。結局、手に馴染んでいたMMLを完全に排除するまではいっておらず併用する形でDTMをやっていた。
当時のインターネット音楽事情を振り返れば今だから言えることだが、BOSSエフェクター回路図などがネット上に出回っており、おそらく電気関係を学んでいたであろう師匠たちの手によってミニ四駆改造を主とした電子工作の手ほどきを受けていた自分師匠たちから渡されたエフェクター回路図によって自作し、最終出力をMTRなどでレコーディングするという手法を取っていた。
当時のソフトエフェクター音楽素人自分でもわかるくらいに品質が悪く、何なら最終段をPCM音源出力するわけでなくFM音源でのみ仕上げるときは疑似ディレイや疑似デチューンなどの手法によってエフェクター表現するしかなく、ソフトエフェクターハードエフェクターを超えられないことが常であった。

Adobe Flashでは主にMotionSWFとSodipodiを利用して作成しており、Sodipodiは後にInkscapeとして派生していくことになり今でも使用しているが、MotionSWFはSWiSH2が登場すると直ぐに乗り換えた。MotionSWFは連番画像を事前に生成する必要がありActionScriptの扱いにも難があったためだ。
Adobe公式でLiveMotionというFlashアニメーションというのをリリースしていたもの学割が効くとは言え高価で、師匠世代の方々は学割が使えないのでSWiSHを使っていたこともあり影響された。
このあたりにTVアニメなどで使われる背景動画モーショングラフィックスという技術の括りに入るものと知る。まぁつまりモーショングラフィックスとは静止画アニメーションさせる技術総称なのだ

この時点で自分中学生自分の肌感覚だがこの時点でがまだ「オタク」へ対する風当たりは強く、中学校でもイジメ殆ど変わらないであろう扱いは散見されており、自分の姉たちからオタクっぽい趣味は良くないよみたいなことをよく言われたものだった。
まぁ姉たちも思春期だし、部屋にこもってパソコンへ向かってフヒヒとか言ってたり、電子工作で謎の機械作ってたり、Marshallのジャンクアンプをどこからか拾って来て修理してる弟は気持ち悪かったんだろう。

ただ運良くも両親が身体デカく産んでくれたおかげで、自分自身イジメられた経験がほぼ無く、というか面白ものを生み出すオタク友達イジメる不良が大嫌いだったので思春期だったこともありやり合っていたというのが実情だった。
なにせ一次産業家庭の生まれだったので早朝は実家の手伝い、親父の男子たるものスポーツくらい出来なければという保守的思想によって野球部所属し、帰宅後も実家の手伝いをしていたため身体が鍛え上げられる環境だったのだ。ツルんで威張り散らかし調子に乗ってタバコや酒をやるようなナヨナヨした不良に喧嘩で負ける道理は無い。
親父や教師たちは自分正義感溢れる少年だと思って度々喧嘩をしても大目に見てもらっていたが、実際のところはオタク友達が「イジり」に遭ったことに腹を立てて「俺たちに構うんじゃねぇ!」と思春期自分が怒っていただけだ。
ただこの不良たちとも仲直りをした。時代ビジュアル系バンドインディーズバンド流行り、そして青春パンクが注目され始めるとき。そんなときエフェクターアンプ自作修理し軽音楽部の部室へ持ち込んでいたので軽音楽部にたむろする不良たちが「えっ増田ってアンプ作れんの!?」となるのは別におかしな話じゃない。
不良たちもそのような状況でオタクグループをイジるのがバカバカしくなったのか次第に何かやるとき絡むようになり自分の通う中学校からイジメが無くなった。

イジメという娯楽はモノ作りという娯楽に勝てない。
イジメを根絶する力をボクは師匠たちから学んだ。今の世を見れば不良の一部はオタク側へ吸収されてしまっているし、そのような流れを作ったのは自分世代へ憧れを抱かせた40代になった今のアナタたち師匠だ。

2000年代半ば

Flashの影響が落ち着いてきたあたりでインターネットには新しいコンテンツ配信システムが注目される。インターネットラジオだ。
これは爆発的に普及し、当初個人サイトだった「らじちゃんねる」は「ねとらじ」となりつつも個人運営では負荷処理が追いつかずlivedoor譲渡されlivedoorねとらじになる。
奇しくもほぼ同時期に2ちゃんねるでは若年層が新しく設置されたニュー速VIP板へ集うようになりVIPPERインターネットラジオ配信をほそぼそと始めるようになった。
この頃のニュー速VIP板は明らかに自分と同年代が集っており、Flash黄金期の影響を如実に受けておりクリエティティの発露が著しく様々なネタスレが生み出され安価スレはその代表格で、更には涼宮ハルヒの憂鬱を発端とする深夜アニメブームからクリエティティは極限まで達しSSスレゲーム製作スレなどが大いに賑わうようになった。

そして負の側面も表に出るようになり女神スレや女VIPPERによるインターネットラジオ配信定番化すると、ニュー速VIP板内でのパートスレによるスレdat落ち問題視されるようになり、女VIPPERヘイトを集めるようになった。
それ以前から2ちゃんねるでは主に801板住民による板違いスレ違いや同性愛サロン板での荒らし問題視されており、女VIPPERによるインターネットラジオ配信によってBLファンであることが多いことが明らかとなっていたため、ニュー速VIP板内でも女VIPPER特に腐女子に対して風当たりが著しく悪くなった。
そこでパートスレを嫌うVIPPER腐女子へのカウンターとしてふたば☆ちゃんねるから2ちゃんねるへ輸入されたくそみそテクニックから作られたAAを使って女VIPPERによるインターネットラジオ配信スレを埋めるという連投荒らしをするようになる。

この動きは当の801板住民へも影響を与えたのか、801板では同人サイト作成奨励されるようになり、それ以前から評価の高かったYahoo!ジオシティーズ携帯勝手サイト魔法のiらんど同人界隈で注目され同人サイトの開設が爆発的に増えた。
しかしながらこの動きにも負の側面があり、同人サイト運営を行っている主に学生内で無断転載ホームページ素材サイトから直リンク問題が発生。Web系の技術者やホームページ素材サイト運営からヘイトを加熱させるという現象が起きてしまった。
特に怒り狂っていたのはいわゆるツクール系のゲーム製作者・ゲーム素材サイト運営者であり、当時のゲーム素材はまだGIFなどのドット絵素材が多かったため当時の携帯電話と相性がよく、同人サイト運営する学生無断転載直リンクするという行為に走ったのだった。

当時のHTML/CSSにも問題があった。携帯電話各社でHTML/CSS仕様が違い、自身同人サイトを彩りたい学生からすると携帯電話によって表示にバラつきが起きることは悩ましいことであり、画像素材はそのバラつきを最小限に留めることが可能である
さらに言えば魔法のiらんどなどで利用者が使えるストレージサイズが小さいという問題もあり、装飾にストレージ容量を消費すると自分イラストSS投稿できる量が減るといった悩みがあって直リンクへ手を染めていた。
もっと言えば当時の学生はあまりにも送信量が多いとプロバイダレンタルサーバレンタルホームページ事業者からホームページ運営者が怒られたり、送信従量課金契約場合は実際にホームページ運営者が実費を負担していたという事実を知らなかったのも無断転載直リンクへの拍車をかけていたと思われる。
現在社会人となっっているであろう同人サイト運営していた学生だった者はおそらく今まさに素材サイト管理人金銭負担させていた事実を知って驚いていると思うが、何故あんなにも注意され、素材差し替えなどで当時は嫌がらせと思うようなことをされたのか?を理解していることだろう。管理人は怒って当然なのだ

そのような状況を傍目から見ていた自分2ちゃんねる内の様々な製作系板やスレなどへ常駐し、HTML/CSSスレなどで素材提供などをし、更にはCGIゲーム罪と罰++ 二律背反ホスティングをしていたが、当時のDTM雑誌であるDTM magazineで1つの告知記事を見る。それが「プロ歌手デビューオーディション(VOCALOID中の人採用特典付き)」だ。
うつまりこれKAITOMEIKOデビューしたオーディションであり、当時の2ちゃんねるDTM板でVOCALOID評価はそこまで高くなく、たいていは「ボコーダ/ボーカルシンセの代わりにはなるのではないか?」程度の評価だったのだ。
様々な音楽制作雑誌でもVOCALOIDの扱いは非常に小さく、例えば当時のPC雑誌定番特集だったフリーソフト100選みたいなノリでVSTプラグイン100選の中にVOCALOIDボコーダ枠で入ってるくらいの極々小さないであった。むしろ登場時に言及していた名無しが評価の仕方は別としてVOCALOIDに触れているだけでもスゴイまである


https://anond.hatelabo.jp/20230319135025 へ続く

2023-03-13

母さんがガンで死んだ(追記

から連絡があり、母さんの体調が悪いこと、癌の可能性もあることを知らされる。母さんは自分意志でがん検診は受けていなかったから、不安を感じつつも、「姉は大袈裟からなー」と、大ごとになるとは思っていなかった。

ただ、残念ながら婦人科系の癌だった。コロナ禍ではあったものの、運良く地域の基幹病院入院することができ、溜まっていた腹水を抜いてもらったり、検査をしたりと、色々と処置をしてもらったらしい。

医者から一般論として「5年後にはいないだろう」という話をされたが、「医者は短めに言うんだろうな」と、前向きに捉えようとした。仕事の帰り、一つ手前の駅で降りて、歩きながら母さんに電話した。

「そうじゃないかと思ってたから、分かってスッキリしてるよ。子供たちは立派に独立して、みんな家族もいるし、私は思い残すことはないから。」

とサラッと話していた。なんとか気丈に話そうとしたが、涙が出た。帰宅し、妻に報告したら、また涙が出た。祖父を癌で看取った妻は「そんな簡単に亡くなりはしないよ」と、怒っていた。彼女なりに励ましてくれてたんだろう。

「何で癌で人が死ぬのか」ということすら知らないことに気づいて、いくつかの本を読んで、「多臓器不全で死ぬ」ということを今さらながら知った。

翌月、帰省すると、「で、何しに帰ってきたの?」と、とぼけたことを聞かれたので「様子見にだわ」と。特段変わった様子はなく、いつもの調子

溜まっていた腹水を抜いてもらって、楽になったらしい。「しばらくは大丈夫かな」と思う。翌朝、母さんは「そのうち、『あれが最後に作ってもらった朝ごはんだったな』ってなるわよ」と軽口を叩きながら、目玉焼きを焼いてくれた。

その後の検査で、癌はそれなりに進行していて、「ステージⅢの後ろの方」と評価された。外科手術や放射線治療を行う段階にはなく、化学療法プラチナ製剤)を試してみて、癌細胞が小さくなるようであれば、外科手術や放射線治療検討しようということに。

母さんは「『髪の毛が抜けることがある』じゃなくて『絶対抜ける』って言われたわ」と笑っていた。

程なく、抗がん剤治療が開始され、母さんの髪の毛が抜けた。この頃は、抗がん剤副作用が抜ければ、食べたいものだとかも色々あったから、買いだめしといてあげたりした。

実家家族帰省して、夜遅くまで母さんも交えて酒を飲んだりもした。まだ、言葉もしゃべれなかった娘も、母さんにはよく懐いていた。

副作用に耐えながら抗がん剤治療を続けたものの、思うような効果は得られなかった。

「癌の専門医先生の方がいいんじゃないか」という思いもあり、主治医先生にも相談の上で、セカンドオピニオンを取ることにした。

その道の専門医先生2名にお話を伺いに行ったが、どちらも「うちなら治るかもよ」だとか「この治療法よりも、こっちの方がいい」なんて話は、当然なく、今診てもらってる病院で、「そのままお世話になる方が良い」とやんわりと伝えられた。

それでも、「やっぱり経験値が高い専門医先生の方がいいんじゃないか」と、先の2名の先生のうちお一人にお世話になることにした。

細かく検査もしてもらったが、「やれることは限られている。選択肢がないわけではないが、リスキーな上、効果期待値は低いので、おススメはしない。本人の希望に沿うならば、通いやすい、もともと診てもらっていた病院で改めて診てもらっては。」

とのお話があり、結局、出戻ることにした。その病院からの帰路、高速道路の大きなSAに寄った。

あなたたちが小さい頃には、旅行の度に、いつもこのSAに寄ってたのよ」と懐かしそうに話していた。

ちなみに、今でもそのSAを通過すると、その時の母さんを思い出して、なんだか泣きそうになる。

改めてもともと診てもらっていた病院に伺ったところ、事前に調整はしていたこともあってか、主治医先生は嫌な顔一つ見せず引き受けてくださり、次の段階の抗がん剤(単剤)にトライすることになった。

これ以降、段々と体力の低下、食欲不振が顕著になりだし、当初は「抗がん剤副作用かな」と考えていた。思うような効果が得られず、抗がん剤の投与を中止してから状態改善しなかった。

母さんが癌であることは、母さんの希望もあって、積極的に知らせることもせず、また隠すこともしなかったが、状況を知った遠方の親類達が揃って見舞いにきてくれたりもした。

この頃は、まだ座ってコーヒー飲むらいのことはできていて、楽しそうにお喋りもしていた。

妹が介護休業を取り、母さんの面倒を見てくれることになった。その時点では、自分のことは自分でできていたし、正直言って「早いんじゃないかな」と思っていたが、結果的には、ドンピシャタイミングだった。

死ぬまでに行きたいと言っていたスカイツリー東京結婚式に出席したので、その足でスカイツリーに行き、ビデオ通話で見てもらった。「すごいねー」と笑ってくれた。

12月下旬は、早めの冬休みを取って実家に。妹からは、体力の低下が著しいということは聞いていたが、想像よりずっと悪かった。

ベッドの脇に座って吐いてばかりいた。思っていた以上の状態言葉が出なかった。夜も眠れず、食事も摂れず、水分を摂れば吐き。かわいそうで見ていられなかった。

足のむくみもひどく、母さん曰く、頭の中は「しんどい」一色だった様子。肩をさすったり、足を揉んであげたりしかできない。足をマッサージしてあげていると、少しの間だけ、寝てくれたのが、せめてもの救いだった。

そんな中、母さんは「とても渡せそうにないから」と、お年玉と一緒に娘の七五三の祝いを渡してくれた。涙が溢れた。母さんも「湿っぽくなってごめんね。」と言いながら泣いていた。年明けも早々に再入院。あまりに辛そうな母さんの姿に、打ちのめされてしまった。

母さんの希望は、「できる限り家にいたい」だったので、妹が訪問看護段取りを取ってくれ、病院には無理を言って予定より早く退院した。この訪問看護のチームが素晴らしく、親身になって、それも超速で対応してくれた。母さんは「病院から逃げ出して正解だった」と、喜んでいた。

急遽、仕事休み実家へ。妹と交代で診る体制に。眠れず、体の置き所がない母さんは、15分おきくらいで、姿勢を変えてあげなければいけなかった。辛そうだった。

少し話ができそうなタイミングで、「今までありがとう。母さんの子どもで良かったよ。」と口に出すと、涙が溢れた。喋るのも辛く、手をあげるのもしんどいはずの母さんは「何を言ってるの。こっちのほうが、ありがとうよ。いい子だね。」と言って、頭や頬を撫でてくれた。涙が止まらなかった。

妹と交代で眠りながら看ていたが、日に日に意思疎通がとれなくなり、意識レベルも低下。せめて、苦しまず、穏やかに逝かせてあげたいと、鎮静剤の量も増やしていった。眠る時間が増え、顔をしかめる頻度も少なくなり。

「母さん、先に横になるね。また後でね。」と声をかけて寝ようとしたところ、ほとんど意識のないはずの母さんが、少し手を上げて応えてくれた。「バイバイしてんの?」と、妹と2人で笑った。

その晩、妹に「やばいかも」と起こされ、会ったときにはほとんど呼吸もなく。子供3人が揃ったところで、母さんは静かに息をひきとった。目を瞑り、とても穏やかな顔だった。皆、口々に「お疲れ様。よく頑張ったね。」と母さんの闘病生活の終わりを労った。

泣き崩れてしまうかもと思っていたが、不思議と涙は出ず、ホッとしたような気持ちになった。

訪問看護に連絡したところ、深夜にも関わらず、看護師さんが来てくれた。死亡診断は医師しかできないとのことだったが、脈拍を見たり、瞳孔を見たりして「確かに亡くなられていますね」と手を合わせてくれた。

そこからは、子供三人で、看護師さんの指示に従って、母さんの体を拭いたり服を着せたり。服は死装束じゃなく、妹が見繕ってくれていた、いつも母さんが来ていた服を着せることにした。

最後看護師さんが、母さんに化粧をしてくれると、すっかり血色が良くなって、まるで寝てるみたいだった。

看護師さんが帰られてからは、葬儀屋を探したり、段取り役割分担を話したり。葬儀屋は、空いてるところに頼むしかなかったというのが実態で、なんなら「火葬場に直送しろ」くらいのことを言っていた母さんの考えとは違ったんだろうけど、普通に葬儀屋に頼むことになった。

一旦、各自寝て、翌日以降に備えた。

翌日は午前6時の医師の死亡診断に始まり、寺や葬儀屋との調整や、親類への連絡、行政関係手続きなどで忙殺され、あっという間に通夜になった。どんな感じで動いたのか、正直、思い出せない。

覚えているのは、いつも気にかけてくれていた母さんの友達が、偶然訪ねて来られ、母さんに会って「信じられない」と泣いてくれたことと、一報を受けた母さんの義姉にあたるおばさんが寄ってくれて、母さんに会って「寝てるみたい」と泣いてくれたこと。

おばさんは「お母さんは若い頃はお父さん(自分祖父自分が小さい頃に他界。)と、喧嘩ばかりしててね。今頃、お父さんから「うるさいのが来た」って言われて、また喧嘩してるかも。」と、知らない話をしてくれた。

納棺ときには、たくさんの花と一緒に父さんの写真や、自分を含む子ども写真を納めた。

短い髪の毛の頭には、ウィッグをつけたかったんだけど、生前に「あんな高いものを燃やすなんてもったいないから棺桶には入れるな。」と言われていたので、やむなく頭はそのままに。誰が使うんだよ。マジで

葬祭会館で通夜を終え、そのままそこに泊まることにし、姉と妹は一旦、家族帰宅。酒を飲みながら待ち、時々、隣室の母さんの顔を覗きに行っては、線香をあげ、その度に泣いた。

夜中の2時になっても、誰も帰って来ず、体力的にも限界だったので、寝た。深夜に姉が、朝型に妹が戻ってきた。

翌日も葬儀火葬バタバタ。孫たちが大騒ぎしてくれたおかげ(?)で、終始、湿っぽくならずに済んだような気がする。母さんも、「あんたらねぇ」と笑ってくれただろう。

母さんが望んでいたような「火葬場に直送」じゃなくて、普通見送り方にはなってしまったけれど、許してくれると思う。

それから職場に復帰するまでは、皆で家の片付けや、クレジットカードの解約やら銀行関係やらのたくさんの事務手続き、親類縁者への連絡などを分担して対応している間に、あっという間に過ぎていった。

その間、近所の方だとか、母さんの旧来の友達だとかがたくさん弔問に訪ねてきてくれた。皆が口々に「いい写真だね」と言ってくれた祭壇の遺影は、母さんが自分で選んで、わざわざトリミングまでしていたものだったから、本人も満足してるだろう。

母さんの旧来の友達からは、母さんの若い頃の話や、その後の友人関係の話しを伺った。学生時代のことや、社会人時代のことだとか、自分が知らない母さんの一面をたくさん知ることになった。

当たり前だけど、母さんは「母」としてだけでなく、一人の人間として、たくさんの人と関係を作り、それを続けていたんだなと気付き、なんだか新鮮な気持ちになった。

そういえば、ウィッグ友達の一人で、自分もよく知っているおばさんが貰い受けてくれることになった。何度も「管理が大変だけど大丈夫?」と聞いたけど、それを踏まえて快く受け取ってくれた。

ウィッグ販売店には、その旨は連絡しておいた。弔問に来てくれた時にお渡ししたところ、母の遺影に向かって「返さないからね」と笑っていた。

思い返してみると、母さんが癌になってからというもの、母さんとは色んな話ができた。父さんのことだとか、嫁いできた経緯だとか、これからのことだとか。

癌との闘いは、とても辛かったと思うけど、近い将来確実に訪れる「死」に向かって、本人も家族も、心の整理も含めて、時間をかけて準備することができたように思う。僕は癌で死にたくないけれど、そんなふうに、ちゃんと準備をして死にたいなと思う。

母さん、ありがとう。母さんの子どもで良かったよ。

追記

たくさんの方に、暖かな言葉いただき、恐縮しておりますありがとうございました。

私自身が、母さんが癌になるまで癌のことを何も知らず、また、どのような経過を辿るのかを知らなかったので、「自分用に書いたけど、同じ境遇を迎えてたり、これから迎えるかもしれない誰かのためになるかも」と、乱文を投稿させていただきました。

野暮かなとも思いましたが、いくつかコメントいただいた内容を踏まえ、その趣旨に合うかなとも思うので、いくつか追記いたします。

母さんが癌の宣告を受けたのは、2月上旬で、翌年の1月中旬に60台後半で他界しました。10月頃まではまずまず元気でしたが、以降は段々と体力の低下が顕著になりました。12月中旬までは、体調が良ければ妹の運転ドライブに行く程度の元気さもあったのですが、食事を受け付けなくなってからは、あっという間でした。思っていたよりもずっと早い経過だったので、「もっと会いに帰ったら良かった」と思うこともありますが、「そうさせないところが母さんらしいな」とも感じています

経過は個人差が非常に大きいものだと思います。母さんよりも早い経過を辿る方もいれば、もっと緩やかな経過を辿る方もおられるでしょう。早い経過を辿ることを前提に、たくさん話し合って、準備をしておいた方が良いと思います特に、残された時間はできたら住み慣れた自宅で過ごしたいという方が多いと思うので、それができるよう、家族介護+訪問看護体制を整えられるかをしっかり考えておくべきだとも思います。うちの場合は、姉が実家比較的近くに住んでいたこと、妹が介護休業に理解のある職場環境だったこと、また、訪問看護のチームが素晴らしかたこと等、様々な要因が重なって、自宅で看取ることができました。

なお、母さんがやっていてくれた事で本当に助かったのは、エンディングノートをしっかり書いていてくれたことと、重要書類(通帳、カード年金手帳マイナンバーカード等)を整理してくれていたことです。特に、亡くなったことを誰に知らせるのかは、親類縁者ならまだしも、友人関係ほとんど分からなかったので、これがなかったら不可能でした。「私も書くから一緒に書かない?」と、提案されてみても良いと思います

長くなってしまいましたが、皆様の一助になりましたら、幸いです。皆様のコメントから、元気をもらいました。改めて、ありがとうございました。

2023-02-16

anond:20230216090111

初めて買ったのはMSX版のディグダグ

てか、そもそも、本当はクリスマスに両親と秋葉原に行ってファミコンを買いに行ったんだけど、ファミコンが当時品薄でどこにも売っておらず再入荷も未定だったので、店に並んでいた2倍くらいの値段がするPVー7と言うマシンを「クリスマス誕生日の分を合わせて」という裏技を使って買ってもらった。で、お年玉ゲームを購入

アーケード版が好きだっただけに、最初は見た目の落差にしょぼんとしたんだけど、動きはかなりまともで、アーケードゲームテクニックほとんど使えたので結構はまって楽しんだ

2本目もナムコゲームだったけど、友人宅でファミコンの出来のいいゲームを見るとそのMSX版はどうしても買う気にならず、「ファミコンにはない」という理由で「ボスコニアン」を購入。これも色数の少なさを除けば動きはかなりまともで、最終的にはワザとアラート状態にして点数を稼ぐとかそんなレベルで楽しんだ

3本目4本目も同じような理由で、ワープワープタンクバタリアンを買ったけど、その後ファミコン版のリメイクが出て以下略

でも、ワープワープ爆弾ファミコン版より派手めで気持ちよかったし、タンクバタリアンはMSXオリジナルギミックで速射砲にパワーアップしてボス装甲車の正面から突っ込んで倒すのが好きだった

anond:20230216090111

1本目 ゲームボーイ ガンダム国盗り物語

 

ゲームボーイサンタさんにもらった際、適当についていたソフト

親チョイスなので、安かったのか、抱き合わせだったのか不明

 

 

2本目 SAGA2 秘宝伝説

 

面白いゲームボーイソフトは何か、という情報模索した結果、友達の持っていたSAGA1が羨ましすぎた。

当時最新作のSAGA2をお年玉でゲットした。

2023-02-15

anond:20230215104007

年収0円のニート僕が親戚の1000万円新築戸建てご家庭の子供にお年玉をあげる風潮もどうにかしてほしい

2023-02-12

私の中の呪縛

人は自分で思った自分しかなれない、とか。

自分のことを卑下しているならばいつまでも自分は成長できず、思い描いた未来になんかなれない、みじめなそのままだって、よく言いますよね。

私、自分は楽観的だと思っていました。ちゃらんぽらん結構生きてきたと思っていました。でも違ったんですね。

今日ね、たまたま駅で女性浮浪者の方を見かけたんですよね。その時、ふと思ったんですよね。

「ああ、あれが私の未来の姿だ」

そう思った瞬間、頭の中であれ??なんで??って疑問符がいっぱいになりましたね。

私、一応ちゃんと働いて納税して、社会人しています。そんな中、起業するなんていう夢も出来たから、休みの日も起業に向けて頑張ってるんですよね。

プライベート時間結構費やして、がんばっているんですよ。

自分の中では、バラ色のウハウハな未来しかないと思っていたんですよ、そう思っていたから頑張っているんですよ。

なのになんで?????

今別無職じゃないし、滅茶苦茶お金持ちじゃないかもしれないけれど、お金持ちになろうと野心を持って頑張っているのに。

なんでそう思っちゃうわけ??????

ふと、頭に浮かんだのが「自分の中の呪縛」と言う言葉でした。

ストンと納得しました。

全然楽観的じゃないじゃん、めっちゃ悲観的だったんだ……。

自分人生を思い返すと、なんかそれらしいことはありました。ことお金に関しては。

まず両親が、贅沢をあまり良いことだと思っていなくて、別にお金に困っていないのに、学校とか洋服とか、結構いろいろなものに対して「できるだけお金がかからないように」というのをよく言われたこと。

お年玉を使い切ってしまう私と、貯金する妹とを比べて、母親からは「あんたは妹と違って貯金ができない、きっと苦労する」って言われてきたし。

社会人になって最初にうっかり入ってしまったブラック企業を辞める時には「そんな調子で逃げていたら君はいつまでたっても成長できない」なんて言われたし。

全部間違ってはいないのかもしれないけれど、私の中の何かを確実に削っている。

他にもいろいろあったな。思い返すときりがないけれど。

なんかね、多分一個一個は大したことないけれど、ちょっとしたことが積み重なって自分の中が削られて、呪縛になっている。

どうやったら自分の中の呪縛、というか自分無意識卑下しているのを解消できるか、ちょっと今考え中。

でもこれ、しっかり解消しといたほうが良いような気がする。

とりあえず自分の中に呪縛があることに気づいただけで上出来かな。

2023-02-07

anond:20230207100239

うちの嫁が子供お年玉にもお返しをしないと気が済まないタイプ

西日本の厳格な家庭なのかしら

2023-02-06

anond:20230206171625

その前はチョロQブームで、干支チョロQお年玉握りしめて買いに行ったな

ゼロヨンQ太に憧れてコインを曲げた子供は多かったはず

ミニ四駆になって、今のおもちゃ進化してるなぁと感心したもんだ

2023-01-28

anond:20230128162722

再婚連れ子なら絶対にそう思うだろうなとおもってあけたらやっぱりそうだった

それはそれとしてサンタさんには来てほしいとか

お年玉はほしいとかおもうんだろうし

相手にもよるけど悪いことばかりでもないとおもうけどな

おれの友人はマエザーに頼らずシンママ再婚して実の子と分け隔てなく暖かい家庭をつくってるよ

 

子供違和感をなるべく減らするため未亡人義弟・義兄に嫁ぐ習慣も昔はよくあったけど

子供にやさしくできる大人しか出産前提の結婚はしないほうがいい」のは事実だろうし

この場合主語を大きくしたほうがいい

2023-01-24

毎週金曜にお年玉が欲しいというなら

それはお金玉なのではなかろうか

2023-01-11

買い物日記

 1月某日、子供らを連れて買い物に行った。夫は「行かなーい」と言ってトドのように寝ていたので、そっとしておいた。普段だったらもう一歩踏み込んだ感じに「お買い物行こうよぉー! あたしパパとお買い物したい!!」とぶりっ子すると嫌々という体で……というか、嫌がってるのは本気なのだが……一緒に来てくれるのだが、子連れしかも回りたい店複数となれば夫の不機嫌はMAXに達してしまいそうなので、よした。以前は買い物に連れ回す代わりに、最後にどこかで良さげなおやつを買って夫の機嫌を回復させるという技が使えたのだが、年末に夫が糖尿病であることが発覚してしまったので、技を封印せざるを得なくなった。しょんぼり

 買わなければならないのは、子供たちが新学期学校に持っていく雑巾、上の子習字の授業で使うぺらぺらなレジャーシート(そんなもん書写で使うんや……)、上の子理科ノート、私が庭木や盆栽の手入れをするための剪定鋏、剪定した盆栽の枝の切り口に塗る薬など。それと、子供たちがお年玉を遣っててきとうに漫画本を買うのでTUTAYAにも行かねば。本は買い物目的というよりか、子供たちが自力でお買い物をする練習である

 めちゃ広いショッピングモールに到着。とりあえずホームセンター必要ものを買って、その後でTUTAYAに行くということで。

 まず最優先の雑巾ショッピングモールは色々なものが一箇所で買えるからってわざわざ家の最寄りではなくここの超でかいホムセンに来たけれど、店舗面積が広すぎ・物多すぎで雑巾10枚入りパックを探すのにも手間取る。たぶんお掃除用品コーナーにあると言っとるのに、子供たちは学校で使うものから文房具コーナーにあるはず!! と決めてかかって逆方向に突撃しようとするので、宥めるのが大変だった。実際、文房具コーナーの一角学用品棚の隅っこ辺りには、書写や図工で使う用のネームタグ付きの小さい雑巾があるはずだが、それはコスパ悪いので買いたくないんだよぉ。

 なんとかお掃除用品コーナーに子供たちを連れて行くと、すぐに雑巾10枚入りパックは見つかったのだが、値段が異様に高い。税抜きでも400円を軽く超えている。物価高のご時世だから仕方ないのか!? と思ったら、目の良い上の子が「となりに普通のあるよー」と、300円程度の物を取ってみせてくれた。高いのは「厚手ぞうきん」だった。二つの種類を見比べてみると、「厚手ぞうきん」の方が高いけれど、数年前に普通雑巾として売られていたのはこっちだった気がする。まあいいや、安いぺらぺらの雑巾10枚パックを買うことにする。

 お掃除用品コーナーからほど近い所にペット用品コーナーがあり、生体の展示もされているので、ほんのりと獣臭が漂ってくる。それに気づいた子供たちが猫を見たいと騒ぎ出したので、必要な物を全部買った後でね、と約束した。

 次に優先度の高いのは、ぺらぺらなレジャーシート。秋に下の子遠足の準備をした時もかなり苦戦したのだが、レジャーシートの置いてある場所の分かりにくさは異常だ。基本的には食器類コーナーの、行楽用品が陳列されている辺りか、レジャー用品コーナー、あるいは子供のものだと学用品コーナーにある。で、レジャー用品コーナーと学用品コーナーが近い所にあり、レジャーシートの他に理科ノート必要なので、そっちの方向から攻めることにする。レジャー用品のコーナーをまず見たのだがダメだった。このコーナーはかなり面積が広く、しか面白そうなものが色々置いてあるので、レジャーシートの陳列された場所発見するまでにかなり時間がかかった。夫を連れて来なくてよかったと思った。夫は人の買い物に付き合うのは嫌いなのに、ものによってはぶらぶらと売り場を見て回るのが大好きなので、こういう所に夫連れで来ると、品物探しの他に、どっか行っちゃった夫と、夫を探しに行ったきり戻って来ない上の子を探すというミッションまで加わって、大変な事になるのだ。

 レジャー用品コーナーには良さげなレジャーシートはなかった。レジャーシート自体はあったのだが、大人数のキャンプピクニックで使うような大きくて頑丈そうなものしか置いていない。書写で使うには大きすぎる。

 次に学用品コーナーを見た。理科ノートを探しつつ、レジャーシートも探した。学用品コーナーが文房具コーナーの中に二箇所くらいあって、どこに何があるのか分かりづらかった。いつもの学用品コーナーの他に入学備品のコーナーが設えられていたのだ。いつの学用品コーナーでは下の子が風船やらおはじきやらに目を奪われてしまい、通過に時間がかかってしまう。「早くお買い物が終わったら猫を見る」という呪文でなんとか下の子を動かす。理科ノートはあったが、レジャーシートは見つからず、入学準備コーナーを見てみたが、そこにもなかった。

 となれば、食器類のコーナーの行楽用品の棚にあるのかもしれない。食器類のコーナーはこれまた広い。行楽用品の棚を探しているうちに、茶碗の並んだ棚を見つけた。上の子が、「ママってまだ自分の茶碗買ってないよね」と言い出す。そうなのだ、私の茶碗は何年も前に割れたきり買い替えていない。茶碗の代わりに100均で買ったプラ製の丼でご飯を食べているのだ。あ、じゃあこの機会に買おうかなと思ったら、下の子が「お目当ての物だけ買うようにしないとお金無駄になるんだよ!」と言い出した。私がよく子供らに言う台詞である。「そうだった」と上の子も言い、茶碗はまたの機会にすることにして……いや、またの機会って、こういうときでも無きゃわざわざガソリン使ってここまで来ないんだけど…過去自分に足元を掬われた気分で通りすぎ、ようとしたところで、良さげな塗箸を発見。家でトドのようにお留守番中の夫にお土産に買っていってご機嫌になってもらおうと思ったが、子供たちに「予定にないものは買わない!!」と声を揃えて言われて「はい……」と答えるしかなかった。

 果たして行楽用品の棚にたどりつき、無事にぺらぺらのレジャーシート(1人用)を確保。遠足に使うような小洒落て厚みのあるレジャーシートだと、気に入った物を実店舗で探すのは容易ではなく、脚が棒になるまで探し回った挙げ句結局楽天市場ポチる事になるのだが(←過去経験)、そういうのではなくちょっとしたお出掛け用で使い終わったら丸めて捨てても良いくらいの品物なら有る訳だ。この程度の物でよければすぐそこのSeriaにもありそうだなーとも思うが。

 あとは、私の剪定バサミだが、店内をざっと見た限りでは園芸コーナーがどこに有るのか不明なので、とりあえず一旦会計をしてペットコーナーに行くことにする。子供たちはセルフレジを使いたがったが、複数の品物の会計子供セルフやらせると大変なので、今回は有人レジを使った。知らないうちに利用可能ポイント100円貯まっていたのでそれを使い、なんか得した気分。

 いざペットコーナーへ。なんと昼休み中だった。「猫ちゃんワンちゃん健康のために十二時から三時までの間で三十分以上のお昼寝時間を取らさせて頂いております」という看板が。わー、保育園かよー♡ と、ブラインドが降ろされて何も見えないショーケースの前でその事実だけで非常に萌えると感激した私とは違い、子供達はそんな空想セルフ萌えをするという芸当はまだできないので、不満タラタラだった。仕方ないので、お昼休みは取らないスタンスであるらしい鳥類の展示室に子供たちを連れていく。丁度目の死んでいる店員さんが居たので、「入っていいですか?」と声をかけたら、「いいですよ」と店員さんの目に生気が戻った。インコが沢山いた。その下にはハムスターが沢山いた。「念の為に言っておくけどハムスター鳥類ではないよ」と私が言うと、子供たちは「分かってる」とシラけた顔で言った。展示室の一番奥にはなんとウズラがいた。「わーすごい、ウズラもいるんだ!」と感動する私に、下の子は「ママウズラって鳥類なの?」と言った。そうです、鳥類です。

 子供たち、特にの子最近ハムスターが欲しいとよく言うのだが、我が家ではちょっと買えない。ならインコはどうだと食い下がるのだが、インコはなおさらダメである。うちは狭いから、台所でテフロン加工のフライパンを使うとインコに有毒なガスが発生して室内に充満し、インコを死に至らしめるのが明らかだからだ。という小難しい事を言っても信じてくれない子供たち。だが、鳥類の展示室が常夏のような暖かさであり、「この室温を一年中保てない我が家インコハムスターを買うのは無理」と説明したら「なるほど」と一発で納得された。大家さんには悪いけど、我が家、隙間風が凄くてめちゃ寒いからな……。

 ペットコーナーを出て、もと来た道を戻る際にウタマ石鹸98円のポップが目に入った。ウタマ石鹸98円!? 最近ではうちの最寄りのドラッグストでは1個198円の高級品と化しているのに!? だがここでも「予定にないものは買わない!!」と過去自分発言に足元を掬われた。

 猫ちゃんワンちゃんがお昼寝を終える頃にまた来ようと約束をし、まずは私の希望園芸コーナーを見て、それからTUTAYAに行って本を買い、またここに戻ることにする。

 園芸コーナーは建物の外かと思ったら、レジャー用品コーナーの先の材木置き場の隣にひっそりとあった。子供たちがもう飽きて早くTUTAYA行こうとグズり出したので、落ち着いて棚を見られず、トップジンペーストを探し当てるまでに売り場を四周した。だが、剪定バサミが売り場にない。もしかして農業用品売り場かな? と思い、ブーブー文句言っている子供達を連れて即興で作った「剪定バサミが見つからないの歌」を小声で口ずさんでいたら、丁度そこにいた60代くらいの店員さんが売り場を教えてくれた。ピンク色の付箋が貼って有るのが植木盆栽の枝をカットするのに丁度良い片手で使える鋏だという。しかし、そのどれもが新発売のものらしくて物は良いんだが高い。だが視線を棚の下の方に移すと同じような物で型落ちの売れ残って埃を被った品物があり、新発売のを教えてくれた店員さんには悪いなと思いつつも店員さんが私達から視線を外した隙に「これを買おう」と埃被った鋏を手に取った。新商品のお値段の3分の2くらいの値段。

 お会計は、トップジンペースト剪定バサミだけなので、セルフレジですることにした。セルフレジは以前はかなり混雑していたが、この日はあまり人気がないようで、すぐに空きが見つかった。横で店員さんが厳しい目で監視している中、やけに複雑な会計方法辟易しつつ作業。私はコンビニ店員故に、スキャンハンディタイプのをつい使いたくなってしまうのだが、ハンディスキャナーに手を伸ばした瞬間横から店員さんがサッと手を出して来て「こちらに商品をかざして下さい!」とディスプレイ下の大きなスキャナーを差した。なんか、めちゃめちゃイラつかれている。こんなに店員さんにストレスをかける完全セルフレジって、どうなんだろう。

 会計を終えて外に出た際に、花木のコーナーを通った。一才桜がもう並んでいるんだけど、その全てにこれだって感じがしない「ママ、桜か沈丁花欲しいって言ってなかった?」と上の子が言うが、なんかどうも欲しい感じがしないんだよねーと答えた。年末に売れ残ったボロボロの藤盆栽を同じ場所で見かけたが、その時は予算オーバーだしすぐ枯れそうなほど弱った木だったから買うのを見送ったのだけど、あれの方が出来れば欲しいと思ったのは何故なんだろう。

 そしてTUTAYAへ。この店舗は面積は広いが売れ筋の本と漫画ばかりの残念な店で、ランキングに入らないような小説を買おうと思って来ると、結局店頭の端末からネットショッピングする羽目になる残念なお店でもある。買い物の前にまずトイレに行った。トイレまでの道筋歴史書技術書に面していた。あまり来ないエリアだ。小説在庫の偏りは酷いのに、専門書は普通に置いてありそうだなあと思った。

 トイレは空いていたが、下の子だけ別にトイレに入りたい気分じゃないと言うので、女子トイレ前に置いてあった椅子に私と下の子腰掛けて上の子を待ち、上の子が出てきたら交代で私がトイレに入り、上の子が下の子と待つことにした。すると、上の子が入って行った後に十人くらいの女の子団体がやって来て、私と下の子椅子に座っているのを見ると狼狽え、ドアに手をかけたまま動かなくなってしまった。なので、

「あ、中は空いてますよ。私達は人待ちしているだけなのでどうぞ」

 と私が言うと、女の子たちは目配せしあい、入って行った。こういう風に咄嗟社会性を発揮出来るようになったの、コンビニバイトしてるからだよなぁ。コンビニバイトでもやってみるもんだよなぁ、と心の中で自分に感動した。上の子が出て来た後で私もトイレに入った。トイレの個室の壁がツヤツヤに磨かれていて、正面もサイドも排泄中の自分の姿がよく映るので、非常に居心地が悪かった。

 トイレの後、漫画コーナーに向かう。その途中で児童書のコーナーを通過するのだが、『おしり探偵』に毎度驚かされる。顔に、紫のハイレグパンティー履いてる……。

 子供たちは『地縛少年花子くん』が目当て。だが、何度も来た場所なのに毎度『花子くん』の置き場所が分からなくて迷ってしまう。子供たちは『花子くん』を自分たちが好きな漫画から少女漫画」だと思い込んでいる。私は『花子くん』を漠然しか知らないのだが、絵柄からして『Gファンタジー』辺りのスクエニ系のレーベルなんだろうなと思いつつ、毎度出掛ける前にレーベルを調べ忘れる。そして、子供らとどっちのコーナーを探すべきか店頭で軽く論争をして私が負け、少女漫画の棚を子供たちが探して無いと文句を言うことになるのだ。

 今回は子供たちは「花子くんは少女漫画に似ているけれど、実は大人の女の人ばかりが読む系の少年漫画のような何か」という、いつだったか私が言った事を思い出し復唱しながら歩いて行き、何故かエッチ男性向け青年漫画のコーナーに突撃していってしまった。違うそこじゃない。

「と、とりあえずスクエアエニックスって書いてあるとこ探そ」

「うぃ!!」

 と、探しながら男性向けエロ漫画の棚と少女漫画の棚が意外に近い事に気づきつつ、また夏から売れ残っている少女漫画平積み年末とほぼ同じ高さのまま残っているのを横目で見、ブルーロック東京リベンジャーズのタペストリーに目をやったらまた子供たちに「予定に無いものは買いません!」と叱られた。

 スクエニの棚は女性漫画BLコーナーの間辺りの微妙位置にあった。少年漫画という括りでは置いていないんだな。子供たちは花子くんを何冊か買った。既刊を二人で交互に買うなんて、後でどの巻が自分のかで喧嘩になりそうだけど? と私が言うと、「絶対忘れないか大丈夫」だそうだ。本当かよ。私が買った『鬼滅の刃』全巻を自分たちのものだと思ってるくせに。

 私は『女の園の星 2』を買った。何で3巻を買わないのかと子供たちが言うので、「お楽しみは後にとっとく派なので」と答えたのに、子供たちは「表紙が男じゃないからじゃない?」 と勝手想像を膨らませていた。

 会計は私と下の子セルフレジを使い、上の子有人レジ会計した。今日TUTAYAセルフレジ大人気。セルフレジだけめちゃめちゃ人が並んでいるのは、店員さん達がセルフの方に一生懸命誘導するからでもあり、一会計にかかる時間が非常に長いからでもある。パッと利用してサッと会計出来るスキル持ちの客がいなさすぎる。

 一方、上の子有人レジで速やかに会計を終えていたが、千何百何十何円かを支払う際に、まず二千円札を出して小銭を出そうとしたら勝手に「2000円からお預かりします」と店員が言い、小銭を出させて貰えなかったと愚痴をこぼした。最近電子決済でさっさと会計を済ます人が多いせいで、現金を悠長に財布から出す客への店員の耐性がなくなって来ているのは感じる。私はバイトの時にはそういうお客さんの後ろに何人並んでいようが気長に待つ主義なんだけど、そんな店員はなかなかいいかもなあ。以前、やはり気長に待つ主義オーナーレジ接客をしていた時に、凄く長い時間をかけてお金をもたもた出す老人なお客様がいたそうなんだけれど、その後ろに並んでいた客がキレちゃって、「遅ぇんだよクソジジイ!」と暴力を奮おうとしたので、オーナーが止めに入ったそうな。セルフレジ自動レジが導入されてからというもの会計待ちの列はかえって殺伐としてきている。皆が皆、スピード適応出来る訳じゃないから。上の子には、ママやパパみたいに小銭を上手く使って財布を軽くするようなお買い物をしてみたいのは分かるけど、もたもたしている客に暴力を奮う客とか、顔を覚えて悪口を言ったり意地悪をしてくる店員みたいな、糞みたいなヤツもよくいるから気をつけるように話した。後ろに人が並んでいる時は、なるべくお札や五百円玉で払いなさいと。

 TUTAYAを出てホムセンに戻った。TUTAYAホムセン間の距離はそんなに離れている訳じゃないのだが、駐車場が四車線の公道を挟んであっちとこっちに有るし、近くの交差点信号の待ち時間は長いし通る車の運転は荒いしで、歩いて移動する気になれずわざわざ車で移動する。曲がりなりにも一つのショッピングモールだと言うのなら、地下通路屋根付きの歩道橋は整備して欲しいよなぁ、どうせ金がなくて無理なんだろうけど……。ショッピングモール周辺の道路は、どこも白線が消えてしまい車線の区別目視できないほどだ。こんなありさまで新しいお便利設備が出来る訳がない。

 ホムセンに戻った時はまだ14時くらいだったが、猫ちゃんワンちゃんのお昼寝は終わっており、ショーケースのブラインドは上がっていた。ショーケースの数の割には展示されている子達は少なく、しかもどの子もすでに結構大きく育ってしまっていた。子供らは猫が少ないのが不満だったらしいが、仕方ない。可愛い子はすぐ売れてしまものなのだ

 何という種類だか忘れたが、毛が長くてとても大きくなる種類の猫が展示されていた。顔の感じがまだ子猫っぽいのに、すでに普通日本猫の大人くらいの大きさがあった。Twitterとかでこの種の猫の胴体の長さを飼い主がドヤァしている写真を見たことがあるけど、本物は迫力が違うなと思った。

 元来た道を引き返し、ホムセンスーパーの間を繋ぐ通路を通ったら小型のUFOキャッチャー発見。景品は『SPY×FAMILY』のぬいぐるみだ。たまには大人の気前の良さを見せてやろうかと思って財布を開いたら小銭が全然なかったので諦めた。

2023-01-09

2023年正月行事無事終了

年末の買い物からまり掃除年越しそばすき焼きおせちお雑煮初詣

親類に挨拶お年玉、食いすぎ飲みすぎによる胃痛等々

正月行事も無事終了しました、今年もほどほどに頑張るぞー

2023-01-06

今なら謝れる

おじいちゃんおばあちゃん親戚のおじさんおばさん毎年お年玉もらってごめんなさい

anond:20230106102801

今、お年玉ってこんなに高いのか?

自分がもらっていた頃には「子供自身の1か月分の小遣い相当が相場」だという大人向けのマニュアルを読んだ記憶があるのだが。

anond:20230106102801

名家落ちこぼれ子息と結婚するって悲惨ですね

お年玉相場の2〜3倍くらい払うのが当然のそこそこ名家なのにボーナス100数十万程度の庶民だと実家との付き合いも辛いでしょう

ただ、土地とか遺産相当もらえるでしょうから今は我慢ときです

2023-01-05


この不具合の埋め合わせなんだろうか。

未だに進捗「印刷中」のがあるのが怖い

不具合のしわ寄せで申し込み当時の発送予定日をとっくに過ぎております

コンビニプリントにすりゃよかったのかな

お年玉付き年賀はがきで来るのがいいと思うし。どうせなら。

なのに請求書投函されているらしい。いつ来るんだ。

そして私の送付先にはちゃんと届くんだろうか。

印刷中」になっている相手には、どうしたらいいんだろう。

待つしかないのかしら。

2023-01-04

ダウン症の子は可愛くはないだろ

親戚の子には、とりあえず「かわいいですね」とでも言っておけば良い

それは、まあ、処世術ってもんすよね


じゃあ、その子ダウン症だったら、どうすれば良いんだろ

ダウン症の子を堕ろさず産むかどうかなんて、それぞれの選択から何も言わない

でも、こっちは接した時になんていやいいんだ?

かわいくはない、いい子でもない、元気ですらない

心の声がもれてしまうと

「なんか猿みたい。人間、知能劣化したら猿化するんだな」

と言ってるのが聞こえるだろなとか考える

大変ですね、頑張って生きろよ、なんて同情するのも違うだろう

でも、絶対的に可愛くは無いから、可愛いなんて言えない

意外と重たいな!位しか言えない

成長するまで生きる保証も無いのに、大きくなるもクソも無いんだもん

の子に言うみたいに、よく食べるな!180越えそう!なんて言えないよ

ねーさん、正直、扱いに困るよ

大変だと思うからお年玉は五万入れときました

それで許してください

ウォシュレット故障、そして買い替え、そしてDIYでの交換作業

2022年末に自宅のトイレウォシュレット暖房便座に座った際、火傷はしなかったが「熱い!」と叫んでしまうぐらいに便座が異常発熱していて(体感で50度以上の発熱具合で、手で触って触り続けられるが熱いと感じるレベルの熱)、その故障に連動してなのか温水洗浄機能も動かなくなったのようなのでウォシュレットの購入を決断

TOTO2013年製造ウォシュレット(便座)が壊れたのだが、ウォシュレット操作するリモコンの「流す」ボタンと連動している、タンクの水を流す「便器洗浄ユニット」は正常に稼働しているので、交換するのは本当に便座ユニットウォシュレットのみを実行。

タンク内部にある「便器洗浄ユニット」はタンク内の水を流すレバー電気的に動作させるのだが、この操作を受け付けるリモコン連動は同じメーカーでないと駄目なので、他のメーカーのものではなくTOTOから選ぶことに。

ちなみにウォシュレットのみを購入と書いたのでお分かりかと思うが、自宅のトイレは一体型のものではなく、便器・便座・タンク別々の分離型と呼ばれるもので、各部故障した場合はその部分だけを交換すれば良いメリットがある。

ただし一体型と比べてスタイリッシュシンプルデザイン面では劣るが、まあ新築の家というわけでもないし、自宅のトイレにそこまでこだわりもないし、便器部分はまだまだしっかりしているので修理・交換が容易で長期的にはメンテナンスが楽な分離型の方が充分だと考えている(タンクレストイレにしたい、または手洗い部分をトイレとは独立させたいなどの要望がある場合は、分離型は候補から外れるでしょう)。

ウォシュレットの購入を決めたのだが、年末価格調査情報収集に集中し、新年明けに新年特価数量限定品などが出る可能性があると思い、新年明けまで少し我慢してから購入しようという計画に。

暖房便座の機能リモコンの設定ボタンから完全OFFが出来たので、とりあえずトイレが使える状態には出来たのだが、なにしろ年末ということは真冬最中の便座が冷たい(笑)

とりあえず100円ショップで買った便座クッションを貼り付けて数日はこれでなんとかやり過ごしました。

色々とネットで調べて知ったのですが、TOTOの便座、つまりウォシュレット」((日本でならウォシュレットという名前意味が通じるかもしれませんが、あくまでもTOTOシャワートイレ機能が付いた便座のブランド名なので、一般名称的には「シャワートイレ」になるでしょう))の場合は高級志向的な便座・便器タンク周りがセットとなっている「施工向けのカタログ商品」と、ホームセンター家電量販店などの一般店舗でも売っている便座機能であるウォシュレット単体を比較安価で売っている「リテール向け」の二つに大別できるとのこと。

便器洗浄ユニット」とセットになっているのは基本的カタログ商品なのだが、「便器洗浄ユニット」と「リテール向け」のウォシュレットをそれぞれバラバラに買って備え付けても(TOTOとしては正式サポートはしていないかもしれないが)「便器洗浄ユニット」がキチンと連動する機能を持った商品なら問題なく使えるらしい。

なので「リテール向け」商品の中から必要機能を絞って、狙った商品安く買うことができました。

年末に自宅から近い実店舗のお店で調べた価格よりも、年明けに直接行ってみて確認したところ、新春セール年末時の価格よりも安くなっていた上に、広告付属お年玉クーポンがお正月期間だけ使えたので(広告は店内にも置かれている)、クーポンを使うと価格.comでの2023/01/03現在最安値よりも2000円以上安くなった上に、最後サービスなのか1000円未満の数字も切り捨ててくれたのでお得に購入することが出来ました。

あと価格.comのクチコミから情報で知ったのだが、TOTOの「リテール向け」ウォシュレット商品TOTO公式サポートによる5年保証が3000円の追加料金の申請可能なので、各販売店などにある独自サービスの追加料金を支払っての5年長期保証などよりも良いかもしれない(※ ただしお店独自保証は物損対応などもあるので、子供が荒く使うなどの可能性がある場合は物損対応の方が保証の方が良い可能性もあるかもしれません)。

まあ動作不全の初期不良なら商品購入時のメーカー1年保証でも充分かもしれないが、数年後に壊れるような場合もあるので入った方が無難だろう。

想定よりも安く買えたし、どちらにしてもTOTO保証には入るつもりで買ったので。

ちなみに5年保証が切れる前、その数ヶ月前に自宅に送付される申込書を使い1万3000円ほどの追加料金を払うと、更に5年(合計10年)保証可能とのこと(最初から2万円弱の金額を払って10保証に入ることも可能)。

長保制度のご案内 【対象一般家庭 | 延長保証 | お客様サポート | TOTO株式会社
https://jp.toto.com/support/hosyou/annai/

とりあえず在庫があったので、そのままお持ち帰りして安く購入することが出来ました。

交換設置工事をやってもらうと、今使っているウォシュレット処分費用なども含めると1万円前後ぐらいするようなので、安く済ませる為にDIY作業することにしました。

ウォシュレット処分は、年末大掃除で色々と大きいもの処分するものが沢山出たので、年明けに直接クリーンセンター持ち込んで処分することにしました。

直接クリーンセンターに持ち込めばウォシュレット単独ならば、自分が住んでいる自治体クリーンセンターなら重量換算になるので、100円ぐらいで済むと思います

交換設置はDIYですが、この辺りは同封されている説明書にキチンとマニュアル化されているので、必要な道具を揃えて準備しておけば、そこまで難しい作業ではないはずです。

止水栓を止める為に回すマイナスドライバーと、ウォシュレットの取り付けベースプレートを着脱する際に使うプラスドライバー、そしてフレキシブル管の取り外し取り付けに必要モンキーレンチウォータープライヤーがあれば、道具としてこれで充分らしい(今回は同じTOTOウォシュレットの交換作業なので追加の設置器具不要でしたが、場合によってはフレキシブル管の追加購入などの可能性もあります)。

あとは止水栓を止めてフレキシブル管を外した際に少し水が漏れてくるので、小さい洗面器などの水を受け止める容器や多少水漏れしても良いようにタオルなどの用意も。

あと変に触ったりして途中に誤動作してしまうと嫌なので、今使っているリモコンを壁から外しておき、ウォシュレット動作しないように離れた場所に置いておくか、リモコン電池を抜いておきましょう。

実際に買ってきたウォシュレットを箱から開けて実物を確認してみると、ウォシュレット本体のもの分岐金具付きのフレキホースが付いていた為に、止水栓に今付いている古い分岐金具を取り外す必要性がありました。

止水栓をマイナスドライバーで締めて、水が止まったを確認する為に、レバー操作で流してみて、水が止まったか確認します。

止水栓にはトイレタンクに水を供給すること管と、ウォシュレットに水を供給する菅の二つが分岐して接続されていて、二つに分ける為の分岐金具はもう何年も外すことなく使っていたからか固着していてナットが固い状態だったので、ウォータープライヤーなどで分岐金具を固定しつつ、もう一つのナットを回す為にモンキーレンチ必要になってきたのだが、今付いている分岐金具は取り外して捨ててしまうので特にガリガリと傷が付いても問題がないので、分岐金具そのものは簡易的にペンチに似た道具のプライヤーでナットを固定し、モンキーレンチで回すことで取り外すことができました。

なので自分のところと同じようにナットが固く繋がっていた際には、モンキーレンチ(またはウォータープライヤーなど)が二つ必要になる場合があります

今はモンキーレンチ100円ショップなのでも購入は可能かもしれませんが、安いモンキーレンチでは稼働できる幅が狭くフレキホースナットにはサイズが合わないので注意が必要です。

多分、トイレの水周りのナットサイズは25mm幅なので、これ以上に広がる25mm幅以上に対応したモンキーレンチ必要になると思います

ちなみに新しく接続させるナット側に入れるパッキン(2個)もウォシュレット付属していたので、もしかするとパッキンを購入する必要あるかなと思っていたのですが、別途購入せずに済んだのでこれは助かりました。

古いパッキンの残りがこびり着いた所を歯ブラシなどで綺麗にして、新しいパッキンを入れて、ナットを締めてとりあえずは仮止めぐらいのところで繋がっている状態確認します。

作業としてはさきほどの水周りのナットの取り外しが一番苦労しました。

そこを越えたらあとはウォシュレットのものの取り外しはワンタッチで楽でしたし、便器ウォシュレットを繋ぐ為の取り付け用に使っていた古いベースプレートはそこまで苦労せずに取り外すことも出来ました。

付属品がほぼ外され、便器だけの状態になったので普段はなかなか掃除ができない部分も露わになったし、手の届きにくい部分も無くなったので、一旦便器周りを綺麗に掃除をしてから便器に新しく付ける取り付けるベースプレートを仮止めし、新しいウォシュレットを仮設置してみて便器のフチとウォシュレットの便座の先端が同じ感じの位置に揃っているか前後の設置位置問題がないか確認したら、ウォシュレットを一旦取り外してからベースプレートのネジを本締めします

そして「便器洗浄ユニット」が動く為の電源コードプラグけが新しいウォシュレットにもあるので(古い機種は便器を正面から見た場合右側にプラグけがあったが、新しい機種は左側になっていた)、それを差し込んでウォシュレット本体のものの入れ替え作業完了になります

繋がっているホース電気コードなどが絡まっていないなどを確認し、問題がなければ仮止めぐらいにしていた水周りのナットを本締めし、閉じていた止水栓を開けて(全開まで開けたら少し反対側に戻すぐらいの栓の遊びの余裕を持たせる)水の流れ始めや、締めたナット周辺で水漏れがないかを見るだけでなく、手で触ったして問題いかを直接確認します。

あとはウォシュレットの電源コードコンセントに挿し、少し待ってから便座の暖かさや、温水洗浄などの動作などを確認して動作問題なれれば、実質的な設置作業完了です。

残りは古いリモコンを取り除き、そして新しいリモコンを設置するのですが、以前付いていたリモコン差し込んで置くベースプレートの形が今使っているものと全く同じタイプだったし、取り換える作業が面倒だったので、新しいリモコンをそのまま差し込しこんで固定できたので、特に問題はないと判断して今回はリモコンを固定するベースプレートの交換まではしませんでした。

これで作業完了……と思いきや、その前にちょっと一手間が。

実は新しく入れ替えたウォシュレット付属するリモコンには、タンクの水を流す「便器洗浄ユニット」用の「流す」用ののボタンが付いていないのです。

しかしこれは古いリモコンからそのボタンの部分だけを取り外して、入れ替えることが可能なので入れ替えました。

ボタンが無い場合は別途新品のボタンを、楽天モノタロウなどから購入することも可能です。


これで「流す(大)」などのボタンを押して水が流れることを確認できましたし、便座の暖かさ、温水洗浄なども問題なし。

止水栓周りも今のところ特に漏れなどもしていないので、これで交換作業完了しました。

あとは時間のある時に、自治体クリーンセンターに廃棄品として古いウォシュレットを持ち込んで捨てれば完全完了になります

苦労した点は、一番目はウォシュレットの交換作業ですが、実質的に交換作業での苦労の八割は水回りのナットの取り外しでしたので、それを抜きにして考えればウォシュレットの交換作業のものは意外と難しいものではなく、DIYとしては(工事費を無くすことができるので)適度にやりがいのある作業だったと言えるでしょう。

二番目はネットを使った情報収集と機種・購入店の選別で、TOTO販売ルートごとに商品の型番が細かく違う点や、機能の細かい違い、TOTOによる公式の長期保証などは価格.comのクチコミ情報を見るまでは知らなかったので、お店独自の長期保証を付けているところでの購入を考えていたので、それを考慮せずに済むことになったので購入店の幅が広がったのが良かったです。

三番目はホームセンター家電量販店などに行って、実際にサンプルやカタログなどを見たり、(実際に買うことはなかったのですが必要ならフレキホースやパッキンなどの追加購入の検討価格市場調査などで、年明けに再度価格確認しに行って安くなったのを確認できた上に、広告に付いていたお年玉クーポンでの値引きも合わせ、価格.comでの最安値よりも安く買えたのは非常に良かったです。

anond:20230103194346

配偶者の親って他人だし、他人の家にいってくつろげる人のほうがレアだよ。

自分からしたら親は家族からそりゃ他人って言われたらムッとするわけだけど、そこはお互い割り切らないと。

実家滞在は日帰りが平和。日帰りならお客さん扱いで気楽だし、お年玉ももらえるよ。

ていうか、タイトルがすごい釣りだよね。男の増田だって嫁の義実家嫌がってるじゃん。そういうもんだよ。

2023-01-03

お年玉預かってそのまま懐に入れる親は実在すんの?

古い漫画アニメしかたことない

実際そんなことしてバレたら怒られるよね?渡した人たちから

なぜ女は旦那の義両親を嫌がるのか?

うちの嫁は俺の実家帰省する当日になると体調不良を起こすもんだから

今年は逆に俺が嫁の実家に行かないようにしたらキレてきたので

お互い様だろ」と言ったら不貞腐れたようだ

俺は義両親とは仲は悪くない義父は男子がいなかったのもあって

俺と会って仕事の話をしたり酒を飲んだり将棋を指したり出来るのを楽しみしてるようだ

俺が行かないというと悲しむから来いと嫁は言うのだけど

俺の親が嫁が来ないことに平気かと言えば勿論そうじゃない

別に冷たい態度をとるとかもないし家事をやらされることなんてない

なんで義理の親に会う事をそこまで嫌がるかねぇ?

まぁ会いたくないなら無理しなくてもいいけど片務なんてありえないので俺もいかない

まれてきたら子供だけはお年玉貰いに行かせたいけど無理だろなぁ

P.S.

嫁が言うには母が完璧すぎることに劣等感を感じるらしい

自身正社員として仕事してるのに親父は何もしないもんだから家事は全てやっている

毎朝6時に起きて料理して洗濯して掃除をしてと甲斐甲斐しく働いているのに

仕事を嫁に振るなんてことないので自分は何もしてないで朝10時まで寝てるだけってのが辛い

で戻ってきた自分の家では俺が半分以上の家事はやってるのも辛い

風呂掃除トイレ掃除なんて面倒なものは年に数度やればいいほうで日々は俺担当

そんな自分義母比較すると自分ダメさが辛いと

時代が違うし俺も自分でやったほうがいいので気にしてないのだが

常に比較されてるような気になるそうな

まぁしょうもねぇな

「んなら行かなくていいよ。でも俺も行かないよ」ってだけの話かな

バイト日記

 一家全員、しか時間差でコロナ感染したせいで、二週間の休み余儀なくされて、クリスマスに療養期間が開けて復活。

 ワクチンが効いたのか、コロナの症状はへヴィー級のインフルエンザくらいで済んだのだが、咳のし過ぎで喉をやられたのが後を引いている。それに、回復してもなお痰がよく出るのもしんどい。ケホンと一回咳をすると、気管支から勢いよく排出された痰の小粒が痛めた喉の部位を直撃。二重に噎せる。

 日曜日と被ったせいで劇的に暇だったクリスマスからちょうど一週間後は、日曜日と被った元日。今年はなんだかいつもと違う元日で変な感じだった。日曜日と被った事は関係ない気もするが。

 三ヶ日コンビニ一年間の中でも最も死ぬほど暇な日々のはず。特に元日めっちゃお客様が来ない。はずなのに、今年は何故か夕方めちゃ混んだ。世の中の人達、お正月に飽きるのが早すぎでは?

 というのも、三ヶ日に来るお客様達は大抵タバコ飲み物年賀はがき目的で来店するのだが、今年は何故かガチで夕飯を買いに来たお客様が多かったのである。どうせ暇だから米飯サンドイッチの注文を少なく抑えた当店……ていうか、どこのコンビニでも元日はそんなもんだけど…コンビニは何時でも何でも揃っているという期待を打ち砕かれて、お弁当の棚を見て回れ右して帰るお客様がとても多かった。

 ただ、麺類グラタンドリアブリトーはいつも通りの発注数だったらしく揃っていたので、そういうものでも夕飯になるというお客様達は家族ぶんどっさり買って行かれた。

 私のシフト時間に売れたもの。沢山売れたというより、なんか目立ったというやつ。まず第一冷凍うどん。何であんなに売れたのか、謎なんだけど。ひょっとして、お雑煮に餅を入れるのは朝御飯か昼御飯だけで良いって感じで、夕飯は残った汁にうどんを入れて食べるのだろうか。

 第二にカップ麺。まあそうだろうなっていう気はする。だってコンビニレンジで温める拉麺、高いし。

 第三に、年賀はがき。これをお求めのお客様の中には、普通はがきインクジェットはがき区別がつかなくて、ご自身用途にはどっちが合っているのか把握しておられない方がしばしばいらっしゃるのが、ちょっと困る。

 第四に、お年玉ポチ袋高齢者お客様が慌てて買いに来られて、急いでいたために誤って入り数の少ない大きなお年玉袋を買ってしまい返品に来る、などということもあった。

 逆にすごく売れなかったもの。お年賀用の菓子折り。おかげで、熨斗紙に名前の代筆しろって無茶ぶりをされなくてよかったけど。元旦にお年始回りをする人はあまりいないだろうから、当然といえば当然だろう。

 元日からメルカリの発送をしに来るお客様もけっこうおられたのだけど、元日に発送するとポイントが貰えるとか手数料が安くなるとか何か特典でもあるのだろうか。

 毎年恒例の光景だけどまだ一度も見ていないものお年玉ポチ袋から千円札を数枚出して、大量の食料品お酒を買うアラフォー以上の大人。時には小中学生の子供を連れてお年玉で買い物をしているのだが、それって子供祖父母や親戚から貰ったものなのでは? それとも、世の中には案外、小学生以上の子供を持ってもなお、自身も親や祖父母からお年玉を貰い続けている中年がいるということなのだろうか。

 ちなみに私、二十年前にはスナックホステスバイトをしていたのだが、そのときお客様の中には、子供からぶん取ったお年玉で呑んだり、飲み会の席で友人から貰った出産祝いをその場で開けて仲間に奢る人がよくいた。(そもそもその飲み会というのが、嫁が産院に入院中なのをいいことに夜通し遊んじゃおうぜという会で、みんなで主役に奢るはずが主役がみんなに奢ることになるのが定石なのである23時頃まで呑んだら、次はキャバクラ、おっパブ特殊なお風呂、〆はラーメンというコースらしい。)


 よく当店にお買い物に来るパキスタン人のお客様達のうちの一名が、最近になって急にコンビニコーヒーのカフェラテにどハマりして、元日もいつものように来店。だが運悪くカフェマシンの洗浄中だったので、売れなかった。

「そうじ何分で終わる?」

 と聞かれたので、

「30分くらい」

 と答えたが、私のシフト中にそのお客様が再来店する事はなかった。

 パキスタン人のお客様達は乳製品が大好きだ。コンビニコーヒーのカフェラテにハマるんだったら缶コーヒーの「極」の白いやつにもハマりそうな気がする。と思ったけど、私は何人だろうがお客様に余計な話をするのが好きじゃないので、勧めはしない。

 パキスタン人のお客様達もそうだけど、アジアの西の向こうとかインドヨーロッパ語族的な人達には、日本人女性は皆子供に見えているのか、もしかすると子供を通り越して小動物一種だと思われていそうだなと思うことがある。

 ある時、パキスタン人のお客様達の一人とマブダチの何人か不明お客様が私の方にスマホを向けて、「ヘーイ、こっち向いて、ピースして~」と言うから何事かと思ったら、ビデオ通話中のお友達に私を見せていた。そこら辺にいる野良猫を撮るテンションで撮ってくる……。スマホの中ではお客様のお友達だという女性が「カワイイ!」と言っていた(お客様通訳することには)。


 こっそりお客様達の財布を観察するのが好き。というのも、自分の財布を新調するときの参考にしたかたからだった。(なお、以前、お客様達の財布を観察するのが好きだと増田に書いたコンビニ店員が「下品だ」とバッシングされたことがあったけれど、あの増田と私は別人だ)

 五年ほど前、コンビニバイトを始めたばかりの頃は、しまむらの、スタッズのびっしりついた赤と黒色の長財布を使用しているお客様が男女ともに多かったけれど、最近それは見かけない。しまむらでも、今はそういうパンクロックな財布は売られていないからだろう。

 女性お客様には、今はルイヴィトンの長財布を使っている方が多い。それ以外は、近くのショッピングモールで時々バーゲンセールされている開運財布を使っている女性お客様が少し前は多かった。それが、そのモール婦人服売り場でCOACHの財布が売られるようになると、やはりCOACHの財布を使用している女性お客様を見かけるようになった。

 そして、つい半年前、ショッピングモールに革製品専門店テナントに入った。そのお店では、三千円以上、二万円以下くらいの価格帯の、お手頃なブランドの財布が売られている。財布の品質の良し悪しはいまいちわからないけれど、見た目はお洒落可愛いものが多い。

 年末に、私はその店で財布を買った。在れもこれも可愛くて迷ったけれど、あまり精巧刺繍や飾りなどがほどこされているものは、買ってすぐはいいけれどすぐにバッグの中で擦れて装飾がダメになりそうだと思い、シンプルデザインの物を買った。

 で、その時に色々見て迷いに迷ったせいで、そこに陳列されていた財布のデザイン記憶してしまったのだけれど、最近当店に来る女性お客様達には、あの革製品専門店に陳列されていたのと同じ長財布を使っている人が多いようだ。

 私はブランドに疎いから、それらのブランドがどれくらい人気でどこで手に入るものなのか、よくわからない。だから、それらを私が見たのはあの店だけれど、お客様達は通販で買ったかもしれないし、ショッピングモールよりも遠い所にあるAEONとか他の場所かもしれないけれど、でも、もしかすると大体この地域人達、あのショッピングモールで財布を買っている、という可能性もあるよな……と、思ったりもした。

 しかし……、この五年ばかりお客様達の財布を眺めて来て思ったのは、世の中の人々は私が思ったよりも多い頻度で財布を買い換えるのだろうか? ということ。私など、30年前にサンリオショップで買った財布をまだ使っているのに(新しい財布を買ったのに、古いのを捨てられなかった)。

 五年前に財布の観察を始めてから、今まで、世の中の人々の持つ財布の形はほとんど変わっていない。ファスナーできっちり閉まるタイプの長財布。カードが何枚も仕舞えて、小銭を入れるポケットもファスナーつき。お札やレシートを折らずに仕舞える。ルイヴィトンから国内ブランドしまむら、全てが大体同じ形。

 けれど、これらの財布達は、一体何年くらい持つものなんだろうなあ。しまむらの、パンクロックなお財布はまずファスナーがイカれそうだけど、他はどうなのだろう。

 先日、お客様の中で合成皮革がぼろぼろになってめくれ上がった長財布を使っているお客様がいたが、素直に見ればすごく物持ちのいい人なんだなということだけど、財布のデザイン最近製品専門店で見た財布達とあまり大きく違わないので、もしかして意外と脆いのか? と思ったり。

 私の新しい財布は12000円で買ったものだが、最近急激に物価が上がっていることを考慮すると、数年前なら半額ほどで買えたくらいのクオリティかもしれない。よくわからないがブランド物と銘打たれているために値段がつり上がっていただけで、物は別にしまむらと大して変わらないとか? 30年前にサンリオショップで買った子供だましの財布の方が、耐久性が有ったりしてな……。などと、仕事が暇な時間に考えた。

2023-01-02

減りゆく年賀状

今年の年賀状の枚数は昨年比11%減なんだってね。

自分も今年は6枚しか送らず。

元日に来たのは業者2枚含めて5枚。

来年は3枚になるのかな。

まだわからないけどね。

もう無理に元気ですかを書いて返してこなくても良いよ。

今年限りにしますなんて宣言別にいらない。

このままゆっくり、だが確実に減っていって、ある年ゼロになるで良い。

年賀状2030年までには滅ぶだろう。

日本郵便お年玉付き年賀ハガキの発売をやめた時がその時だ。

せいぜい文化が滅亡する様を見届けよう。

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