はてなキーワード: 唐突とは
このエントリはボンバーマンジェッターズのネタバレを含みます。まだ見ていない人は今すぐ見てきてください。その後この増田を読むかどうかは関係なく今すぐ見てください。
さて、7つ目のボムスターをシロボンが与えられたとき緑色の光を発しましたが、アレと同じ色の光が作中で出てきたことがあります。
決死の覚悟を決めボンバーマンとしての使命を貫く瞬間、マイティが投げたボムの色がまさにあの緑色なんです。
そのボムの名は「サニティボム」、サニティ、つまりは正気という意味。
ですが、ゼロに残されたマイティの姿はまさに正気そのものだっのです。
人々の期待に応えるために自分を見失っていたマイティではなく、自分の大切な人を守りたいという思いに燃える、優しく気高いかつてのマイティだったのです。
ボンバーマンはボムスターを集めていくなかで、ボムスターを集めたことによる慢心、そして真のボンバーマンという栄光への思いに取り憑かれていきます。
シロボンも何度となくボムスターを手に入れる事を焦り、ボムスターを手に入れたことに驕っていました。
これは私の勝手な妄想ですが、7つ目のボムスターはその真逆の方向にあるのではないでしょうか。
手に入れてきた物に囚われず、栄光に目をくらませず、純粋に自己実現を求めていた頃の思いこそ、7つ目のボムスターなのではないでしょうか。
シロボンが7つ目のボムスターを手に入れたとき、その気持ちは純粋に今目の前にある世界の危機を見つめていましめ。
人を助けたい気持ち、人々を守るボンバーマンのあるべき姿でありたい気持ちが極限まで高まっていました。
そこに最後のピースとして、マイティが与えたモノが、マイティの弟であり、マイティが信頼するシロボンであることの再認識、つまりは自分ならば出来るという自信です。
人というものは自信がないと、様々な理論武装を固めてしまい、心が硬直してしまいます。
かつてマイティが己を見失ったのも、自分が心のボンバーマンに相応しいかどうかという事に迷い、自信を失ったからです。
そのマイティを救ったのは、シロボンの純粋な憧れの目、自分への絶対の信頼でした。
そして、物語の終わりで、マイティがシロボンに送ったものも、シロボンの純粋さひたむきさへの純粋な信頼なのです。
自分を真っ直ぐに信じることから生まれる、ある種の悟りのような状態こそが、7つ目のボムスターなのです。
さて話は表題へと移ります。この世界には悟りも悟りに対する無知すらもないと語る教えこそが般若心経です。
そのマントラに「ぎゃーてーぎゃーてはらぎゃーてーはらそーぎゃーてーほーじーそわか」というものがあります。
これは「行きなさい行きなさい彼岸に行きなさい、彼岸に行くものよ幸あれ」という意味だそうです。
これの意味を詳しく語ることは私には恐れ多くて出来ません。
それはさておき、この言葉が7つ目のボムスターと近しいものように私は感じるのです。
7つ目のボムスターを手に入れよう手に入れよう、手に入れた者こそが真のボンバーマンなり幸あれ、どうでしょうか?
7つ目のボムスターを手に入れたボンバーマンこそが、真のボンバーマンです。
しかし、真のボンバーマンに執着していては7つ目のボムスターは手に入らないのです。
ですがそれは悲しいこととして描かれていません。
真のボンバーマンであるということは、そこがゴールであることを意味します。
今より自分を高めたいと願い純粋に日々を励む人生にこそ、曇りのない幸福があるのでは無いでしょうか。
今よりよい明日を信じて祈るように、ボンバーマンは日々7つ目のボムスターを探すのです。
そして、その境地に達した者が、ただ純粋にボンバーマンの使命感に燃え、自分の限界を引き出そうとするとき、真のボンバーマンとなるのではないでしょうか。
そして、その者が真のボンバーマンであるがゆえに、日々をよりよく生きようとする願いに応え、7つ目のボムスターは再び姿を消すのではないでしょうか。
ふと夜中に寂しくなり、唐突に子供向けアニメの考察をしてしまいました。
どうもお目汚し失礼いたしました。
国家公務員です。中央省庁じゃなくて、末端の末端のようなところだと考えてください。
特に中枢に関わってるわけではないですが、ここ十年ほどの職場の状況についてつらつらと書きます。
民間との比較というわけではなく、単に公務員の駄文だと思ってください。
・節電がきつい
廊下の電灯がすべてつくことはこのオフィスにきてから一度もありません。節電のために電球が間引かれていて、常に廊下は薄暗いです。また、夏は死ぬほど暑くて冬は死ぬほど寒いです。夏は冷房がついてるのにそれでは足りずに扇風機を回してうちわを煽ぎ、冬は暖房が弱いのでダウンジャケットを着て仕事をしている人もいます。特に女性の職員はきつそうです。
・人が足りない
年々、職員数は減っています。外注と非常勤を駆使してワープアを量産していますが、それでも人数は足りません。残業時間は増えるばかりですが、残業代は予算で決まっているので上限は決まっています。残業代の支払いを正すべき官公庁でサービス残業が横行しているというイギリス人が好きそうな設定になっております。その上で震災対応で給料が10%近く2年間減らされました。元に戻るときには「公務員が給料を急に上げた!」と報道されました。
とにかく数字を出させるようになりました。基本的に公的機関は非営利ですので、仕事の件数が増えること=仕事がうまくいっている、ではありません。たとえば犯罪の件数などを考えてみてください。むしろ、減ったほうが社会的にはうまくいっているという場合もあります。それでも上司は数字が減っていると理由を求めます。そこで各部署の担当者はもっともらしい理由をでっち上げなければなりません。また、それらの数字をまとめる作業が月末、四半期末、年度末にあり、その作業にけっこうな手間がかかっていて、そのために残業をします。その残業代には前述のとおり上限があります。
・評価
何年か前から各々の仕事の目標を立てるようになっています。ただ、自由裁量がある程度利く場合ならともかく、毎日徹底したルーティンをやるだけの仕事もあるのです。もちろん、それは重要な仕事で、それがないと周りません。ただ、その人達になんの目標を立てろと?たとえて言えば、毎日溜まる土砂を他に運ぶような仕事なのです。その仕事を担当してる人は「年間土砂を何トン動かす」という目標を立てていましたが、思ったほど土砂が溜まらずに、目標は未達成となりました。もちろん、土砂が溜まらないことは社会的にはよいことです。
・綱紀粛正
2000年代初頭からのマスコミによる強烈な公務員バッシングにより、上層部は異常なまでにマスコミ沙汰を怖がるようになりました。当然だと思います。ニュースで取り上げられればそれがどんな些細なことでも偉い人たちで会議が開かれ、対策が打たれます。時給に換算したらえらく高い会議ですね。長い会議の後にほとんど無意味な対策がメールで流れ、その間に上の決定を待つ下の通常業務は滞っていきます。世間的にいわゆる、無駄、ってやつですね。
とまあ他にもありますがこのへんで。そりゃ唐突に首になることはないし、給料が遅配されることもありません。そのへんは恵まれてるところです。ただ、キツイのは全く意味のない仕事の量が飛躍的に増えてるということです。そして、その仕事のために本業をどんどん疎かにしなければならないということです。おそらく地方公務員はもっとひどい。民間でも同様のことが起こっていると思います(さらにもっとひどい)。自分で自分の首を締めてるのに、生産性なんて上がるわけないですよね、という話でした。
ウェブサービスの成功と、実際に人間の肉体性が伴う事業って成功までの時間は1000倍くらい違うから
ウェブ上の言葉でそれを同列に扱うとあらゆるものが成功せず、またウェブ上の話題に上らないまま
いつの間にか何かが出来上がってるという感じになるんじゃないかなー。
と、シェアハウスにあれこれ言ってるのを見て思った。
はてぶは「保守的な感じでウェブで好き勝手に描く言葉」と「唐突に現れる現場の人」で別れてるから徹底的に糾弾とそれに対する不意打ち的な
現在、日本語がメインのインスタンスはmstdn.jp(ユーザ数85k、個人運営→ドワンゴ入社)、pawoo.net(ユーザ数78k、pixiv運営)、friends.nico(ユーザ数10k、ドワンゴ運営)、の3つが主な勢力となっている。
「マストドンは分散型SNSなんだからどこのインスタンスにいようと同じだろ」と思うかもしれないが、それは正しくない。というのも、「マストドンをどう使っていいのか」が、現状ではまだ誰にもわからないからだ。少なくとも現在は「ローカルタイムラインを使用したチャットツール」としての使われ方をしているため、どのインスタンスに所属するかで、かなり印象が違ってくる。
たとえばpawoo.netはハイレベルな変態の集会所となっている。昨日の深夜、男の娘ママについて熱く語り合っていたのを見たときは、「人類は衰退しました」で妖精さんが数日にして文明を作り上げたシーンを思い出した。
friends.nicoは'90年代からインターネットにどっぷりだったようなおっさんの寄合所となっている。年齢層が高めのためか治安がよく、ローカルタイムラインも話題を追えるギリギリの速度のためコミュニケーションを取りやすく、少なくとも筆者は現状で一番居心地がいい。
mstdn.jpはローカルタイムラインを追いきれないので見ていない。筆者はこの「ローカルタイムラインの速度」というのが今後のマストドンの進化において重要な要素になってくるのではないかと思っている。
いまさらだが説明しておくと、マストドンにはホーム、ローカルタイムライン、連合タイムラインという概念があり、それぞれ違う役割を持っている。
ホームは自分の発言、フォローした人の発言等が表示される。Twitterと同じような使い方をするならここがメインになるだろう。
ローカルタイムラインは所属するインスタンス内の公開発言がすべて流れる。現在のfriends.nicoのユーザ数が1万人で、ギリギリ話題を追える速度なので、このあたりが閾値になりそうだ。
連合タイムラインはそのインスタンスが連携しているインスタンスの公開発言が流れる。これはとてつもないスピードでタイムラインが流れていくのでとうてい追い切れるものではない。しかもそれぞれのインスタンスで文化圏が違うので話題もバラバラだし、それぞれのインスタンスの独自用語・独自実装があるので、他のインスタンスから見ると意味がわからないことも多々ある。
たとえばfriends.nicoで「〇〇さんの発言ニコりました!:nicoru:」と発言したとき、friends.nico内では「ニコる→お気に入り」という前提があり、:nicoru:が独自実装でニコニコマークに置換されるため、ちゃんと伝わるのだが、他のインスタンスからしてみれば、まず「ニコる」という用語がわからないし、:nicoru:マークも置換されないのである。
このように、連合タイムラインはその超スピードもあいまって正直あまり意味がないものになってしまっているのだが、筆者はこれはこれで必要な機能だと思っている。ローカルタイムラインだけを見ているとその文化圏・言語圏に閉じてしまいがちになるが、ふとした瞬間に連合タイムラインに切り替えると、そこにはいろんな文化圏があり、いろんな言語圏があることを思い知る。そのタイムラインをすべて追うことはできなくても、その人たちと直接コミュニケーションを取ることはなくても、たしかにそこにいる。たしかにどこかでつながっている。そういう感覚が常にある。ニュースグループやIRC、ICQやSkype、掲示板やSNSでも似たような感覚はあったが、それとも少し違う妙な感覚だ。
もちろん現状の「ローカルタイムラインを使用したチャットツール」という使われ方は長続きするものではない。mstdn.jpを見てわかるように、ユーザ数が増加するとタイムラインの速度も急激になり、会話が成立しなくなるからだ。今後はTwitterよろしくフォロー・フォロワーの関係性が重要になり、ホームのタイムラインがメインになっていくかもしれない。その場合はローカルタイムラインが現在の連合タイムラインの役割を果たすだろう。または何か違う別の方法でスケールできるようになるかもしれない。その仕様がどのようなものかはわからないが、この唐突にあらわれた風雲児がどのような成長を果たすのか、しばらくは見守っていきたいと思う。
高いことは自覚している。高いから自分が傷つくのが怖くて身動きとれてないのもわかってる。本当は周りの人ともっと深く関わりたいけど、自分の愚かさを露呈したり軽蔑の眼差しを向けられたりするのが怖いくて
、私はひとりでいるのが好きだから、なんて嘘をついてしまう。クラスに碌に友達がいない3年間でよくわかった。私はいつまでたってもひとりが苦手だ。
もしかしたら、矯正しないほうがいいかもしれない。私は腋臭だ。自分の臭いは自分ではわからないというけれど、私は結構自分でも感じるときがある。自分でもなんか獣くさいなあ、とわかるのだから他人からしたらもっと酷く感じると思う。お互い本音で話せる友人は、よくそう言うけど全然わかんないから、と爆笑しながら言ってくれたけど。
でも自意識が過剰なだけじゃないのは確かだ。
高校一年生のとき、入学したての暖かい日。高校ではじめての友達が、少し黙りこんた後に「…なにか動物飼ってるの?」ときいた。 どきりとした。唐突だったから、絶対に動物好きトークに持ってくような流れではなかった。
その前も後も、彼女は私にかなり好意的に話しかけてくれたけれど、臭いのことで嫌われるのが怖くて最後まで避けてしまっていた。
他の友人が、人の臭いを主な理由に悪口を言うのを何回かきいたこともある。私は自分がそうだから人の臭いは気にならないけど、世間一般の人にとってはきっとそういうものなんだとおもう。
もし、私が正しいプライドの持ち方をできたとして、普通に人と接するようになれたとしても、腋臭を治さない限り、相手には不快感を与えるし、自分も傷つくと思う。誰も得しないんだ。
このまま歪んで大人になったら、家族はきっと悲しむ。私は三人兄弟の一番下で祖母や両親から沢山愛をこめて育ててもらった。
唐突に同情の話に切り替わるのは何が見えてるんです
映画版の改変点が駄目で正直がっかりした人もいると思うけど、二回目だと気にならなくなるよ。割り切れるようになってるから。
原作の魅力は大きく二つに分けて「乙女が大人の階段を上っていくかわいい成長物語」と「先輩の阿呆な方向にばかり全力を出して一年かけて距離を縮めていくラブコメ」になると思うのですが、
僕は断然後者の魅力に引かれていたわけです。そういう目で見ると一年の話を一夜に凝縮してしまうのはカタルシスにかけるというか、先輩の青春の空費っぷりが薄れるし、乙女が先輩に惹かれていくのが唐突な感が否めなくなるんですよね。で、がっかりして劇場を後にして「また見てね!」と言わんばかりの悪徳入場特典に歯ぎしりするわけであります。
パンフにあったけど、湯浅監督は原作の魅力の中でも、特に前者を強くみたわけで、後者派がある程度切り捨てられるのは仕方なかったんですね。
そのことをすっかり承知した目で見ると、一夜にまとめたのはタイトルにもかかってて前者の魅力を引き上げてる英断になるわけです。
「湯浅監督の解釈する『夜は短し〜』」と割り切れば本作はずっと面白く観られます。
後者派の皆さんも安心して1800円払って10ページにも満たない掌編を手に入れ、超絶作画&演出の湯浅アニメを楽しんでください。
以下、それでも看過できなかった点
枝野さん、やっぱ好きやわ。正直最初の外務大臣が来なかった件とか怒ってるのはわかったから理事会でやってほしかったわ。枝野さんの質問時間がもったいないわ。趣味の問題ですよ。好きなんだからしょうがない。相手が岸さん、金田さんじゃなくて、岸田さん、守山さんだったら最高だった。山尾さんのは、安倍さんをやり込めるのが目的になってる部分もあるし、安倍さんの答弁が要領を得ないので、それはそれでやればいいけど、私が聴きたいのはこっちなんだって。
あと多分唐突にやめるから。やめても心配しないで。陰謀とかじゃないからね。
枝野「次、法務省、刑事局。先ほど申しましたが、(組織的犯罪集団の認定において)主たる目的があるのはマストだと。テロ集団がですよ、テロ集団て目的何なんですか。この法律で、法案で、テロ等、言ってます。テロ等の犯罪集団の目的ってなんなんですか。」
林局長「今回のこのテロ等準備罪の、構成要件であるところの組織的犯罪集団、これの目的は、あの、別表の第3(277のリスト)にあたる、掲げる重大な犯罪の実行を目的とすること、これが、結合関係の基礎としての共同の目的となっている団体を言います。それにあたるテロ団体であれば、基本的にその、組織的犯罪集団、別表第3の罪を実行すること、これが目的になる。」
枝野「刑事局長自身が、主たる目的のひとつであることはマストだと、必要条件であるとお答えになっている。一般に普通の皆さんが、テロ対策は必要だ、ほんとにテロ対策ならいろいろ問題はあるけど、通さなくちゃいけないな、と思うのは、それこそ爆弾テロとかをやって、多くの人を殺傷する。その目的は、自分たちの政治的な主張、あるいは宗教的な主張を、その暴力的な手段によって、実現しよう、これが多くの皆さんが考えるテロリスト集団だと思うんですね。しかしこの法律によると、著作権法違反を主たる目的にするようなテロリスト集団なんて、あるんですか。」
林局長「今回のテロ等準備罪の対象団体、これは組織的犯罪集団と考えております。組織的犯罪集団の中にはテロリズム集団が含まれます。ただテロリスト集団以外のものも、要件を満たせば認められる場合があるわけでございます。そういった場合には、今回テロリズム集団というものが持つ目的というものは、社会的な実体としてのテロリズム集団、さまざまな目的があろうかと思いますが、そのような中でも結合関係の基礎が、別表第3に掲げる重大な犯罪の実行が目的とする、これが共同の目的になっている場合において、そういったテロリズム集団を、組織的犯罪集団として、適用の対象としようということでございます。」
枝野「今、大事な答弁をしていただきました。ということは、今回の対象となる組織的犯罪集団の中には、いわゆる、一般用語としてのテロリズム集団以外の団体も入りうる、これは認めるわけですね。(テロリズム集団⊂組織的犯罪集団ということね)」
林局長「あのーTOC条約自体は、組織的犯罪集団、いわゆる組織犯罪との戦い、こういった形での条約が締結された、あの採択されたわけでございまず。その中では、テロリズム集団というのは、組織的犯罪集団の典型ではありますけれども、われわれとして考えておりますのは、暴力団、とか薬物犯罪の集団といったものが含まれるわけでございまして、テロリズム集団に限られるものではございません。」
枝野「一方で、先ほど外務副大臣がよくわからない答弁されていましたけれども(安倍さんの弟だからね☆)、TOC条約のほうでは、組織的犯罪集団の定義も、”物質的利益を直接または間接に得ることが主たる目的”に限定されてるんです。それから、いわゆる共謀罪というかそこの文言をそのまま使えば、合意罪ですね、ここで国内法作れよとしてされている合意罪も、物質的利益を直接または間接に得る目的のため、と書いてあるんですがんー、いわゆる典型的なテロリズム集団は、金儲けが目的じゃないでしょ。金儲けが目的の人が自爆テロはしませんわねぇ。死んじゃったらどうにもならない。いわゆる政治的や宗教的な目的のために、テロリスト集団はあるんで、この条約の対象から外れるんっじゃないですか。刑事局、法務省の認識(答弁者の指定)」
林局長「ここでいう五条、の中での、正確に申しますと、金銭的利益、または物質的利益ことに直接または間接的に関連する目的、この概念というのは非常に広い概念であると考えられている。ですからこれが除かれるとすると、純粋な精神的利益のみを目的としている場合と、これが除かれるにすぎないと考えております。そういったことについては、組織的犯罪集団、組織的犯罪集団の実体からすると、そういったものがあるとは想定しがたい、と考えております。」
枝野「これは外務副大臣じゃない。じゃあなんでこんな条文を置いてんですか。わざわざ、組織的犯罪集団のところに、3人以上からなる組織された集団であって、一定期間存続し、(で終わりである)というならわかりますよ。物質的利益を直接または間接に得るため、という限定をわざわざ、文言で置いてるんですよ。(略)組織的犯罪集団は、一般的に、そういう目的があるっていうんだったら、こういう限定をするのは、おかしいじゃないですか。わざわざそういう文言を置いたのは、組織的犯罪集団は従たる目的では、経済的利益を上げて、政治的なテロをやる、そんなことをいったら、当たり前すぎて、こんな文言を国際条約にいれたらおかしいでじゃないですか」
岸「物質的利益を直接または間接に得るという概念は非常に広い概念でございます。(林さんと同じ紙の読み上げなので略」
枝野「今回の別表にはいわゆる凶悪犯罪、だけでなく、経済事犯がたくさん入ってます。保安林に入ってキノコをとる、これが入ってます。これが共同の目的なる、こんなもんありえますか?そんなこといったら、すべての活動、すべての団体が、犯罪を犯すかどうかという線のところで対象になるかどうか、ですが、みんな経済的利益を求めているわけですから、法に触れた瞬間に、みんな組織的犯罪集団になる、そういうことにはなりませんか。」
林局長「ある団体が、継続的に、そのあるいは利益を、あの資金を獲得するために、違法な行為、犯罪行為を計画した、とこういったことをした場合であっても、これは、その団体は、その具体的な資金獲得の犯罪、これをおこうなうことを、共同の目的としているのかどうかは、必ず、資金源を獲得する犯罪を繰り返すからといって、資金源獲得の犯罪を結合関係の基礎としている。あるいはその犯罪を行わない場合には、自分たちはその団体から離れる、このような関係にはならないと考えられますので、基本的には、結合関係の基礎としての共同の目的、これは団体が集まっている目的でございます。時に、その団体が、資金源獲得のための犯罪を犯すことはございます。団体として行うことはあるかもしれませんが、その場合でも、その団体は、では、その犯罪の資金源獲得の犯罪を目的とするために、構成員は集まっているのか、ということが問われるわけでございます。その犯罪を犯すために、集まっているということが立証されないと、今回の組織的犯罪集団という認定はできない、とこういうわけでございます。(捜査着手は疎明でいいということは別途認めてるからね。意味ないよ。逮捕して自白させればいいんだから。)」
枝野「とすると、今回もっとも警戒しなきゃいけない、いわゆるテロリスト集団というのは、この法律の対象外ということになってしまいますよ。なぜなら、テロリスト集団の結合の基礎となる目的は、自分たちの主義主張を、人を殺してでも通したいということこそが、唯一の、結合関係の基礎としての目的になるじゃないですか。(ようはテロリストが金儲けを行う犯罪を行わないときには、俺は関係ないとその団体から離れる場合には、組織的犯罪集団にはならないという答弁だからね)」
経済事犯について聞かれてるのに、暴力的は犯罪について答弁する林さん、つらいね。具体的なとことして、音楽教室を持ってくる枝野。
枝野「著作権法第119条1項の違反とはどういう罪ですか、文部科学省」
義家「著作権法第「119条が定める、著作権侵害罪等は、著作権法第132条第一項により親告罪とされております。」
枝野「親告罪なんですよね。親告罪の共謀罪って言うのは、なんですかそれ。親告はないですよねぇ、公益侵害がないってのに。」
林局長「あの親告罪、告訴を持って論ずる、罪でございますが、今回のテロ等準備罪の保護法益というものは、本犯であるたとえば著作権法違反の保護法益、でございます。その保護法益である本犯が、親告罪であれば、テロ等準備罪も当然に親告罪になる」
枝野「んー、だから、準備、だから共謀だけして、準備行為はあるけれど、法益侵害がないので、侵害行為がされていないので、被害者は被害にあったって、認識しようがないと思うんですよね。それとも、どっかが、まだあなたの著作権は侵害されてないけれど、準備行為があるから告訴状を出してくれって捜査機関がやるんですか。」
林局長「あのーたとえば未遂罪であっても当然親告罪がございます。今回テロ等準備罪であっても、親告罪を扱うことは当然可能でございます。」(答えてない)
枝野「だから観念的にはあったとしても、どうすんのって話ですよ。未遂罪は法益侵害が発生する危険性があるから未遂罪ですからね。法益侵害が発生する危険性という客観的な行動があるわけですからね。いわゆる親告をすべき被害者も、未遂だったけど、俺の権利が侵害されているという認識は当然あるわけです。なんで共謀の段階で、被害者が、どっかが著作権を侵害しているなんて親告できるんですか」
まともに答えられない林さん、かわいそう。
義家さんに、JASRACとヤマハ、カワイの揉め事について、説明してもらった後。
林局長「そのー音楽教室というものが、著作権法違反をするために、そのために結合しているとは到底認められないと考えます。その意味でも、共同の目的である結合関係の基礎が著作権法違反であると認定できないと思いますし、またそのためには、組織的犯罪集団というためには、その犯罪を犯すために、指揮命令をし、役割分担をする、そういう組織が構築されていなくてはならない。そういったことも通常想定されないと思います。」
枝野「ということは6条の2の目的、これは、その別表3に掲げる犯罪の違法性の認識を要件とするんですか?そういうことになりますよ。著作権法違反という違法性認識の認識はないと思いますよ。音楽教室でやってる人たち。でも構成要件該当性の認識は、これがもし著作権法違反ならあります。演奏行為するんだから。演奏についての専属権を作曲家の人たちは持っているわけです。それを了解なく、金も払わず、演奏していることには、認識あるんです。それをみんなでやるといって、音楽教室は組織的にヤマハとかカワイとかやってますから、そこについては一定の組織的なものはあるんです。それを否定するんだったら、違法性の認識はいらない、そういう答弁ですか。」
林局長「私が申し上げたのは、著作権法違反という犯罪行為、これを行うことが結合関係の基礎になっていなくてはならない。と申し上げたわけでございます。」
枝野「音楽教室は、楽譜を使って、子供たちに音楽を教える、それが、まさしく結合の基礎となる目的なわけですよ。それが、著作権法違反になるかどうかは、裁判所のふたをあけてみなくてはわからない。当然違法性の認識はみんなないでしょう。でもまさに、著作物を使って、これは著作権法の例外に当たるからみんな大丈夫と思っているけれども、でもまさに、楽譜を使って他人の著作物を演奏する、演奏させる。まさに結合の目的じゃないですか」
林局長「社会的実体としての音楽教室、これがいったい何の目的で集まっているのか、これを問うときに、まさに著作権法違反、これを行うために、まさに集まっているんだ、これが立証しなければならない事項でございます。」
枝野「違法性の認識いるんですか?いらないんですか?いらないんでしょう?いるなんていったらこれ全部対象はずれますよ。違法性の認識いるんですか」
林局長「あの組織的犯罪集団というものは、客観的にそういう風に認定されているかどうかというところでございまして、委員がご指摘になる、その違法性の認識というのは、行為があるかないか、こういったものに問題となるものでございますので、基本的に行為の問題となる違法性の認識までは必要ないとこのように。」
枝野「そうなんですよ、違法性の認識必要ないんですよ。テロ集団だって、それは破壊行為のような犯罪は、違法だからやっているかもしれないけれど、お金儲けのところは、違法だからやっているわけじゃないんですよ。音楽教室だって、著作権法違反を目的としているわけじゃない。同じことなんですよ。JASRACという公的な組織は、著作権料を払わなければ著作権法違反だといってるわけですからね。これは多数説なのかもしれない。でも、音楽教室は、著作権法違反になりうる行動を、客観的な行動を、行ってるんでしょ、継続的に。組織として。楽譜使って演奏するという行動は。最終的には裁判所が判断するとしても、著作権法違反になる行為は、完全に結合の目的ですよ。これが外れるなんていうんだったら、テロリスト集団なんてひとつも入らなくなりますよ。違いますか。」
林局長「実際にその団体、その、結合関係の基礎が、犯罪の実行が目的であるということをいうために、まったく著作権法違反であるということを認識していないものが、そのために、その団体を構成しているということは、社会通念上考えられないと」
枝野「すっごいあの、従来の刑法体系とか、からするとめちゃくちゃな答弁してるんですよ。犯罪を犯すことを目的としていないといけないんですよ。別表に掲げる罪の行為を犯すことを目的としてるんじゃないですか、3条の目的は。(枝野の話の整理のために何回か言い直してるけど、意味不明な箇所)これは犯罪なんだ、みんなで犯罪するんだ、ってみんなで結合した場合以外は、対象にならないんですか。そういう答弁ですよ」
林局長「犯罪についての違法性の認識があるかないかは、ここで問われているものではないということは申し上げたとおり、その上でこの犯罪の実行が結合関係の基礎となっているかどうか、この認定をする際に、これが著作権法違反、これを知っている、またそのためにその団体に加わっている、こういったものが立証できなければ、結合関係の基礎としての目的になっているかということにはならない」
枝野「(略)要するに、今日の答弁は、第6条には、”悪いことするために集まってるんだ”ってなれば犯罪だけど、音楽教室はそういうこといってないから対象外だ、といっているんだけど、そんなこと条文上どこに書いてあるんですか。条文上どっから読めるんですか。条文上読めない基準を持ち出して、それによって一般の人たちにあなたたちは対象にならない、こういうゴマカシをしている」
コレ。ほんとこれなのよ。明確に、明示的にとか口で言ってる癖に、その条文がないんだよ。これにつきる。
あー枝野ホント好き。 Permalink | 記事への反応(14) | 18:08
出演自体はめでたいけれど、何故どうぶつビスケッツ×PPPが出演できたのだろうか?アニメ系だとしたら紅白出場前のμ'sだとか、LiSAだとか、活動休止した藍井エイルだとか、UNISON SQUARE GARDENなど枚挙に暇はない。また見た目キッズ系コンテンツなので、そういるものが流行っているのを紹介する趣旨も理解できる。
ただそれでも唐突な印象が拭えないので、仮説により疑問を解消したいと思う。
(仮説1)
『ようこそジャパリパークへ』は作詞、作曲、編曲、歌唱ディレクションまで、オーイシマサヨシ氏が担当している。オーイシマサヨシ氏はバンド出身で、近年『ダイヤのA』を皮切りに『月刊少女野崎くん』から、Tom-H@ck氏とのユニットの「OxT」などでも活躍している。
アニメ作品のヒットは、版権元の角川たつき監督や製作委員会によるところが大きく、音楽については製作委員会立ち上げ時からの深い関与があるにしても、実際の曲づくりについては音楽プロデューサーと作編曲者に委ねられている。
名言とされる「けものはいてものけものはいない」、ブルージーなコード進行も、アコースティックを得意とするオーイシ氏の才能によるところに大きく、どうぶつビスケッツ×PPPはのメンバーは他の人でも代替可能である。インタビューによると懇意にしていたビクターのディレクターからのオファーであり、どうぶつビスケッツ×PPPは、先月はビクターのロックフェスティバルにも参加している。現在は複数レーベルから作品をリリースしている彼だが、アレンジャーとしてのオーイシマサヨシ氏を評価させる良い機会だと、プッシュしたのではないか。
(仮説2)
角川が主体となったマルチIP企画だった『けものフレンズ』のアニメ本編のプロデューサーは福原慶匡氏である。アニメーション制作会社のヤオヨロズの取締役であり、『直球表題ロボットアニメ』『てさぐれ!部活もの』などの制作実績がある。
たつき監督が表舞台に出る機会が限られている中、福原Pは『けものフレンズ』では、キャストだけでは物足りない人に対して、スタッフ側フロントマンとして顔出し含めてインタビューで対応していた。かつて盟友だった石ダテコー太郎監督とは喧嘩別れをしたという話が聴こえてくるが、この作品を通しては、少しファンキーな髪型と煽りツイートをするくらいしかその片鱗を見せなかった。
そんな福原Pのもうひとつ顔が、つばさプラスの代表取締役という顔だ。元々福原Pは、川嶋あいのマネージャとして、キャリアをスタートした人である。アニメプロデューサとして知られた後になっても、手掛ける番組に川嶋あいに歌ってもらうという企画をやっていた。他につばさ関連でMステ出演で想いだすのは、水曜日のカンパネラだろうか。BiSは出てない気がする。基本的に体制からはアウトサイダー寄りであるものの、伝がないわけでもないので、そのあたり人脈ではないか。
(仮説3)
どうぶつビスケッツ×PPPのキャストは以下の3事務所の8人で非常に偏っている。アニメ本編はかばん×サーバルのロードムービーで、各回ゲストはアプリ版で主要な役どころだった青ニ事務所のメンバー中心が起用されていた。そのためサーバル以外はサイドストーリー的な扱いだった。
響:尾崎由香,佐々木未来,相羽あいな ジャストプロ:本宮佳奈,小野早稀,田村響華 ミレニアムプロ:根本流風,築田行子
ジャストプロはアニメ制作会社に近いプロダクションだが、ミレニアムプロもそうだろう。W主演の一角を占めるサーバル役を取ったことも、響の影響力が窺える。3人も出演しているバンドリは武道館が決定しているが、昨年異業種から移籍してきた相羽あいなが、歌手デビューしたかと思ったらロゼリアでボーカル担当しているし、SUPER★GiRLS卒業したばかりの前島亜美もアプリ版のパステルパレットでボーカル担当している。そもそも昨年武道館やった三森すずこも、他の業界から移ってきた人である。μ'sのMステ出演したこともあり、そのあたりの縁じゃないか。
昨年の大ヒットした「純黒の悪夢」が地上波で放送され、今年の劇場版「から紅の恋歌」が公開間近な国民的アニメ「名探偵コナン」
しかし原作を読んでいると、もしかしたら親米反日思想なのかと思われる点がいくつも出てくるのでざっくりまとめてみました。
急いで書いたので、出典などを省略しています。気が向いたら後で補足したものをアップします。
コナンにはFBIが出てきます。他にも日本警察(刑事警察だけでなく、組織を追っている公安警察も)やCIAが出てきています。映画では他国の諜報機関も出ていましたね。
このFBI、作中でベルモットから違法捜査等を指摘され、安室からはビザが切れそうなことを指摘され、更には現実の組織機構と同一の募集要項を提示されているのです。
つまり、コナン世界においてもFBIは現実の機関と同一視をしているということにほかなりません。
公式に捜査権はなく滞在期間を見ても観光ビザ(ジョディは高校教師として潜入していたので、恐らく就労ビザ)で入国しています。
そんなFBIに所属する赤井秀一は、銃刀法違反、道交法違反、発砲、ストーカー規制法に抵触しそうな盗聴と監視、ハッキング、死体損壊、証拠隠滅など法に抵触する所業を繰り返しています。
それなのに彼は責められることなく、主人公であるコナンがこれらの犯罪行為をサポートし、時には検挙に来た警察を追い払うのに力を貸します。
アメリカの捜査機関であるFBIが、許可なく日本でこんなことをしています。治外法権がまかり通るなど、開国直後や戦後の日本のようです。コナン世界では、日本はアメリカの属国もしくは米花町や杯戸町はアメリカの植民地なのでしょうか。
そう考えないと不自然なくらいFBI、特に赤井は日本を蹂躙しているのです。
探偵漫画において警察が頼りなく描かれたり、創作において公安警察が悪に描かれたりするのはよくあることです。
しかしコナン世界での公安(安室、スコッチ、安室の部下・上司)は作中に描かれている限り、真面目に仕事をしているだけです。
日本という国を守るのが仕事の警察庁警備局警備企画課所属の安室が、「緋色シリーズ」と呼ばれる長編で赤井の死亡偽装を暴きます。
その死亡偽装も、コナンの思惑を無視して勝手に動いた結果、たまたま目の前で自殺した組織構成員(日本人)の死体を用いています。その経緯でコナンが辿り着いた信念である「犯人を推理で追い詰めてみすみす自殺させちまう探偵は殺人者と変わらねーよ」を無かったことにして捻じ曲げているのですが、それは一旦置いておきましょう。
とにかく日本にとって脅威でしかない、考えようによっては黒の組織(安室が潜入捜査によってある程度コントロール可能)よりよほど危険で悪質なFBIの悪事を暴きに来たわけです。
しかし赤井は公安警察の車両に発砲、公安に責任転嫁をしてきます。「ああでもしなければ死人が出かねなかった」と言っていますが、公安は特に危険な手段は使っていません。現場は崖ですから、赤井の発砲により玉突き事故が発生していますがそれによって死人が出る可能性の方がはるかに高いのです。
それだけでは終わりません。工藤一家総出で安室への対応を行い、更には潜入中の捜査官である安室の本名を盾に脅迫し、彼らを撤退させます。完全に公務執行妨害です。
公安警察と敵対する為に工藤一家を総動員ということは、初期の頃にコナンが「やだね!これはオレの事件だ!オレが解く!父さん達は手を出すな!」と啖呵を切っていたのも、今は昔となったようです。
ちなみに安室を撤退させる際、赤井は彼の同僚であるスコッチを殺した(自称)ことを唐突に謝っています。しかし安室は赤井に言われるまで四年間その件に関しては一切動いておらず、バーボンとしても降谷としても当時を含めて冷静に仕事を続けていただけです。
そんな状況で、安室はスコッチの件で赤井を恨んでいる・だから赤井を組織に売って自分が中枢に食い込む算段だ、などというのは無理があります。公安警察は安室の指揮で動いていましたが、それはつまり許可を得ているということです。安室はさらに、赤井の捜索に関しても組織のボスの許可を得ています。許可を得て連携していることを私怨と呼ぶのも、違和感しかありません。
潜入していた時期にジンと会えなかった赤井と違い、安室はジンに仕事ぶりは評価されているし、ボスの許可も得られる立場です。ベルモットの弱みを握って協力関係を結び、ある程度組織の動きも掌握できているわけです。組織の人間としては相当な地位に既にいるので、中枢に食い込むために赤井を売る必要が見出せません。組織を裏切れば一族郎党消されるという組織で、赤井だけはスパイであることがバレて逃げたのに一家全員元気に生活しています。世良は堂々と高校に通い目立つことをしているし、秀吉はそもそも有名人です。組織は赤井一家には優しいのでしょうかね。
余談ですが、キールもあの方からの信頼が篤く、それ故にFBIに落ちたのではと疑われています。だけど彼女がCIAの諜報員だということはベルモットが少し疑ったくらいで、誰にも知られていません。もし組織の中枢に食い込むなら、情報を全く持っておらず組織から家族くるみで放置されている赤井より、キールの正体の方が確実に重要です。
赤井はじめ、FBIがおかしな行動をとっている相手は、日本だけではありません。FBIが属するアメリカの諜報機関、CIAにすらアメリカ国内で問題になりそうなことをしています。
CIAの諜報員、本堂瑛海(水無怜奈、キール)が事故に遭ったのは、FBIの追跡によるものです。たまたま捉えた組織員がCIAのキールだったなら、多少は仕方ないといえます。しかし赤井は本堂瑛海とその父親で同じくCIAの諜報員であったイーサン・本堂の死の真相を何故か知っていました。つまりキールのことを知っているはずなのです。
勿論それだけにはとどまらず、緋色シリーズではキールからメールが来たことで
キールを組織とのパイプに使う為に再潜入の指示を出したのはFBIですし、その時の約束である、キールの弟を保護するという条件は弟(本堂瑛祐)本人の辞退があったとはいえ、とっくに反故にしています。
CIAは国外、FBIは国内が担当だった筈なのに領分を侵した上でのこの仕打ちは、本来ならばCIAや大統領を巻き込んで大問題になるほどの事態です。
赤井の潜入による成果でFBI内で情報共有がなされていると確認されていることは、赤井と明美の恋愛のみです。
赤井はバーボンの顔やラムという名前も知っていたと言っているのに、FBIメンバーはそのことを知りませんでした。組織員に関する情報共有は一切ないようです。
そもそも赤井がジンを捕まえようとした作戦も、情報共有や報連相などの連携がなかったから失敗に終わったといえます。潜入捜査で初対面の組織幹部をいきなり捕えようとする時点で、作戦としてはどう見ても破綻していますが。
そもそも、ジンは組織への忠誠心が強いキャラです。そんなジンを急に捕まえたところで、情報を吐くとは思えません。それに初任務で既にジンから怪しまれていたからこその、作戦失敗です。
明美も当初は妹思いの姉でした。妹を組織から抜けさせるために殺されるのも承知の上で強盗をし、成功させたしたたかな女性だったのです。
しかし赤井の声優決定後、赤井の恋人設定が急に浮上しました。妹のシェリーを抜けさせようとした為ではなく、スパイである赤井を組織に引き込んだ為に殺されたことに変わりました。
これでは理不尽に殺されたわけではなくなり、組織側に正当性ができてしまったのです。
とはいえ、赤井とFBIが日本から引き揚げてから二年間、明美は妹の灰原とファミレスでお茶をしたり、結構自由に生活していました。なのに急に赤井を引き入れたから組織に殺されたことになったのです。
ちなみにその間FBIは、スパイを引き入れた宮野姉妹を保護することは一切ありませんでした。作戦開始前に保護しなかったのは、日本人を守る義務はないということかもしれませんね。ちなみに宮野姉妹は赤井の従姉妹のようです。従姉妹にハニトラをして組織に潜入したということですね。
しかし赤井は、明美を二年間放置していたのに彼女が死んだら急にジンを宿敵扱いし始めます。赤井の落ち度で明美は死んだのだし、灰原もそのせいで自殺を試みています。責任は赤井にもあるのに、これでは完全に逆恨みです。
逆恨みで狩るべき相手を見誤っているのは、一体誰なんですかね。
スコッチが死んだ件では、そもそも何故あの場に赤井がいたのかという疑問が残りますが、それも一旦置いておきます。
現場に辿り着いた赤井は、何故かスコッチを投げ飛ばそうとし、拳銃を奪われます。拳銃を向けられると突然「命乞いをするわけではないが(中略)俺はFBIから潜入している赤井秀一」と名乗ります。その状況では普通は命乞いにしか見えません。
スコッチにも、赤井を信用する素振りがなく、赤井のシリンダーを掴む手の緩んだ隙をついて自殺します。安室の足音で赤井がシリンダーを離したので、普通に考えたら赤井の過失の方が明らかに大きいのです。
拳銃も赤井のものですし、彼があの場にいなかったらスコッチは死ななかった可能性もありますね。少なくとも、赤井が来なければ命を絶つ前に安室と落ち合うことができた可能性は高いです。
赤井は安室にスコッチは自分が殺したと説明しますが、一瞬で自殺であるという真相を見抜かれています。一瞬動揺しても、安室が冷静さは保っていることの現れです。
この状況で安室の足音が悪いという風潮は印象操作に思えてきますし、緋色シリーズで赤井の言った「自分を売って中枢に行くつもりだ」という発想は、彼自身がスコッチを売って中枢に行こうとした経験に基づいているのでは?と邪推したくなります。
このスコッチの死から赤井は特に何も学ばなかったようで、その後も明美を死なせ灰原も死にかけさせ、カルバドスも死なせ、楠田を死なせて死体を利用します。後悔の一つでもできていれば、カルバドスくらいは拘束に持ち込めたのではないでしょうか。
当の赤井は純黒の悪夢では素顔で組織に近づき、あまつさえ感熱レーダではあるが捕捉されています。どう見ても赤井のシルエットでしたが、まあ何故かバレないでしょう。
赤井の生存が明るみに出れば、キールは殺されます。キールの命をなんだと思っているのか。
そもそもあのストーリー自体、赤井が何故か首都高でキュラソーでなく安室の車にぶつかってきたり、勝手にライフルを発砲したりしなければ起きなかった悲劇がいくつもあります。完全にスパイ殺しの赤井です。
赤井が壊した首都高の件も公安が処理していますし。キールとバーボン、そして他国のNOCの身を危険に晒し最終的にはスナイパーなのに一つしかない暗視スコープを故障させ、コナンと安室にお膳立てしてもらって一発撃ったもののオスプレイを落とせなかったがそれもまた別の話。
結局青山先生が赤井というか池田さんの声贔屓なので、池田さんに言わせたい台詞先行で描いているから赤井が出ると物語が破たんするのでは、という見解もありますが…
今のところ、名探偵コナンはFBI捜査官・赤井秀一という漫画にすり替わっているのかと見まがうほどです。
赤井がイギリス出身のアメリカ人でFBI捜査官だから、FBIが大正義で日本を蹂躙してもそれは「いいこと」になってしまう気持ち悪さ。日本人としては公安や安室を応援したくなりますが、日本警察には赤井がいないから、理不尽に虐げられてしまいます。
舞台が日本でなく、それこそGHQ占領時代であれば納得できますが、どう見ても現代の日本です。ここが日本であることを思い出してほしいですし、今までの伏線やキャラの信念、生い立ち、因縁等がこれ以上赤井の為に破壊されていくのを見るのはつらいところです。
唐突に、何の文脈もなく、うんこを漏らしたくなることがある。街を歩いているときやカフェでコーヒー飲みながら本を読んでいるとき、誰かと真面目な話をしているとき、談笑しているとき、何でもない日常の一コマでうんこを漏らしたい衝動と戦っている。正直漏らしても何のいいこともないのは理性では承知しているつもりで、お前は何と戦っているんだ状態だが、もはやこれは衝動と言っても良いぐらいの強度で、僕の頭と主に肛門周りを強く刺激してくる。
特に、誰かと会話しているときに、「うーん、これは」とか「うーん、違うんじゃない」とか、うんこを想起させる発言をされた瞬間が一番やばくて、その瞬間僕の大臀筋に緊張が走る。
そんな衝動と日々戦っていると、自分のこの衝動と犯罪者のそれが似ているのではないかと思ってしまうことがある。「魔が差して」痴漢してしまったり、「衝動的に」通り魔をしてしまった犯罪者と自分は同じなのではないかと思うと身震いするような空恐ろしさを感じる。
人混みの中で急にうんこでも漏らしたら確実に僕は異常者扱いされるだろう。それが、「我慢したんですが便意を耐えられずに」であればある程度仕方がないとする向きもあるだろうが、「排便衝動に耐えられなくて積極的に」だと完全にアウトである。
自分のこの衝動を見つめ直して見ると、「今、誰も俺がうんこするなんて思ってもいないだろうな」と感じる場面で特に便意が強くなる気がする。日常感が強ければ強いほどその欲求は高まる。おそらくだが、大層に言えば、予定調和からの脱却欲求があるのだと思う。つまり、相手の裏を掻いてやろうという気持ち、といったところか。
宮台真司がかつて喝破したように、我々は大きな物語を喪失し、終わりのない日常を生きている。その日常の断絶という物語を生む道具が私のうんこなのである。うんこによって日常は非日常と化し、そこから新たな物語が生まれる。もちろん、僕個人の物語が大きく変わるだけで、世界は何も変わらないだろう。でも、少なくとも誰かと朗らかに談笑している途中に僕が唐突にうんこをすれば、その日は僕の人生の大きな変化点になるに違いない。それが僕にとって良いことか悪いことかは分からないが、僕はそうなるのを心のどこかでは期待しているのかもしれない。
だから、クーラーボックスに入るコンビニ店員やおでんをつんつんするユーチューバーを見たときはよく分からない親近感と憧れに似た気持ちを感じたものである。
なので、彼らのニュースとその後の炎上を目の当たりにした僕は他人事とは思えなかった。もし僕が彼らに先んじて渋谷のホコ天でうんこしていたらきっと僕も彼らと同じ目にあっていたに違いないからだ(大阪なら何事もなく許される気がする)。逆に言うと、彼らを親の仇のように批判していた人たちはああいった愉快犯的な衝動が一つもないということで、それはそれで羨ましい気持ちにもなる。
もちろん、上で述べたことはただの欲求であって、本当にうんこすることは今後もありえないとは思っている。そこが僕と炎上した先人たちの超えられない差と言えばそうなんだろう。だがしかし、日常の一コマ一コマでこれからも便意と戦っていかなければならない人生を思うと、若干暗い気持ちになってしまうのは否めない。そんなときは、老人になったら嫌でもすることになるんだから、と自分を励ましたりしている。
おならをすると少し衝動が和らぐということだ。だから、僕は(もちろん相手は選ぶが)時々唐突におならをするようにしている。談笑中に唐突に放屁。ごめん、屁こいた。ガハハハハ。といった具合である。
うんこの代替としておならというのは分かりやすい。使う部位も一緒なのも良い。そんなわけで、日々どうしようもなくなったときはおならでお茶を濁しているのだけど、最近どうもおならでは満足できなくなっている自分に気づく。
これらおそらくだが、おならが僕の中で日常化してきているのだと思う。もともとは談笑という日常の風景に対するカウンターパンチがおならだったはずが、談笑+おならがセットになって僕の日常となってしまったのだ。
これは、影で「おなら野郎」と罵られるという犠牲を払いながらも、うんこよりはマシと放屁をし続けていた僕にとっては由々しき事態である。代替品としてのおならが通用しなくなってしまった僕の日常にはもはやうんこしか残されていないのではないか。
それだけではない。この事実は、もし僕が忌憚なくうんこをするようになったとしても、それはまた新たな日常の到来を意味しているのである。
少なくとも日本人ではない。
うまく人間に化けているようだが、ところどころその片鱗が見えた。
身長は小柄、目は大きく吊り上がっていた。
「久しぶりなんで、ちょっとね(本音→宇宙人かよーーーーーーーーーーっ。ちんこ勃つんだろうか!?)」
動けるわけないですよ。相手は宇宙人ですから、未知との遭遇です。そりゃ緊張しますよ。
人体実験だ。解剖されて、変な金属を埋め込まれるかもしれない。気をつけなければ。
「何カ飲ム?」
飲めるわけがない、飲んだら意識を失うにきまっている。俺に何をする気だ。
そして儀式が始まった。宇宙人が俺のチンコをなでる、銜える。きもちいい。
ちんこが好きなようだが、標本にでもするのだろうか。
前戯が大体終わった。
「やめておくよ」
残念がっていた。そりゃそうだ。彼女らにとっては地球は新天地なのだ。子孫を残しておかなければならない。
親になった地球人の末路はどうなるかわからんけどな。そういう意味でも怖い。
そうやっていろいろといちゃいちゃしてたら時間が来てしまった。
イカなければならい。
しかし、俺は遅漏だ。何やっても他人にイカせられるような代物ではないのだ。
気持ちいいのだが、いや、すごく気持ちいのだが、効かないのだよ。
俺の鍛え上げられた遅漏ちんこには小手先のワザは通用しないのだ。
体勢を変え、ケツを顔の方に突き出してもらった。
重いっきり広げた。でも少し抵抗する。広がりきらない!!
ついうっかり舐めようとして、怒られる。
こういうやりとりをしながらも、宇宙人は頑張ってて手コキしてくれていた。
「今だ!!!!もう少しでいける!!」
長文、乱文注意。
私には1人大阪に友達がいる。小学生時代、大阪に住んでいたのでその時に出来た友達が。私も彼女もアニメが好きな「アニメオタク」であるため話が合い、昔はとても仲が良かった。今も私の父が未だに大阪に住んでいるため、私はよく大阪に行く。そのため、年に数回は彼女と会う。今回はその彼女と会うときに起こったことを書く。
春休みに1人で大阪に行く予定だった私は、フォローし合っている彼女のTwitterのリア垢にDMを送った。「〇日から〇日までそっちに行きます!遊べるかな?」こんな感じに。彼女から返信は無かった。彼女のTwitterは呟き続けているけど。三日待っても返信は来なかったが別に私は気にしていなかった。彼女は昔からそう言う子なのだ。返信がめちゃくちゃ遅い。遅れてくる返信にも謝罪の言葉が一つもないのにも慣れていた。最初はイライラしていたが長い付き合いの中で彼女が根から悪い子ではないことを知っていたので「この子はそういう子なんだ。限界が来るまで我慢して付き合おう。限界が来れば縁を切ればいい」と考えていた。私は人見知りで友達が少ないため少ない一人一人の友達との縁を大切にしたかったのだ。LINEも知ってはいるが、大阪に行くまでにまだ日にちはある。催促するような内容でもないし、何かアクションを起こさず彼女が「ひま」と呟いてるのを見ながらTwitterを閉じた。
五日後、返信が来た。「金がない」と。それに対して「そっか。じゃあ、仕方ないね」と私は答えた。お金がないのか。それじゃあ、仕方ない。バイト禁止の学校なのにその規則を破ってまでバイトしてるけど、ゲームに課金したり、舞台を観に行ったりするお金はあるようだけど、お金がないなら仕方ないね。私は彼女にとって課金よりも舞台よりも下の存在ということだ。それは仕方ない。
彼女とはその後、連絡を取ることは無く、彼女の愚痴ツイートをたまにTLで目にしながらも私は大阪を楽しんでいた。京都や奈良に観光に行った。1人で行動するのが好きなためとても楽しい思い出となった。
とある日、私は明日何するかを考えながらTwitterを見ていた。すると、例の彼女が「今日は忙しいけど明日ひま。誰か明日あそぼ」と呟いていた。一回断られたわけだし悩んだが、一応誘ってみる。「明日あーそーぼー!」返信は無かった。彼女は相変わらず暇だと呟き続けている。私がこの誘いのDMを送ったのが朝の11時だった。
10時間後である21時。返事が来た。「何する?」まさかのOKっぽい返事。断ったのは何だったのだ。「特に何も…何がしたい?」「べつに」ぶっきらぼうな返事。これにも慣れていた私は続ける「ユニバとか行っちゃう?w」軽い気持ちで言ったこの言葉を後に後悔することになる。
まぁ、わかっていたことなので「だよね〜w」と私。この間のやりとりも彼女の返信が遅かったため、この時点で12時を回っていた。私は眠くなり、寝る準備をする。「まぁ、多分何を言っても金がないで断られるだろうし、もし本当に遊ぶ意思があるとするなら明日また決めよう」そう思いながら「今日はもう寝るね」と送り、眠りについた。
何だか眠れず、4時に目が覚めた。スマホを見ると彼女からの返信が深夜の2時に来ていた。「年パス買うからユニバ行ける。7時には着きたいから6時半に〇〇駅に集合。6時に起きる」と。
いやいや、ちょっと待って欲しい。早く目が覚めたため、行けなくもないがこれはあまりにも非常識というか、唐突すぎやしないだろうか。それに、彼女の最寄りの駅から〇〇駅にはすんなり行けるが私の最寄りの駅からは〇〇駅に行くにはあまりにも遠回りである。お金も時間もかかるのだ。
他にも困る点を挙げるならいっぱいある。出かける時、今寝ている父に一応報告しなければならない。しかし、この時間では父を叩き起こさないといけなくなってしまう。毎日仕事で忙しくあまり睡眠を取れていない父にそんなことはできない。私と父は事情があってメールなども出来ない。
私は彼女に「ちょっとその時間とその駅に集合は厳しいかも…」と送った。その返事は約2時間後、6時に来た。「は?」それだけだった。
その後はもう酷かった。リア垢でボロボロと私の悪口を呟くのだ。彼女のリア垢は彼女の高校の友達にばかりフォローされており、私の知り合いは誰1人いないので正直に言うと痛くも痒くもないのだが気分が悪い。「年パスは日付を越えたら申請の準備が難しくて〜」とか「金がないから寝ようとしてた母にお願いして〜」とか。挙げ句の果てには「準備してた時間返せやボケ」と。それを言うならこっちだって彼女の返信を待っていた時間を返して欲しい。金がない、と断られた後に「課金したのに〇〇出なかった。しね」や「舞台当たった〜楽しみだけど、ヒロインの奴マジでブサイクやな。私は生の〇〇(有名声優が出る舞台だったらしい)」という呟きを見た私の精神的疲労を返して欲しい。今まで仲良くしていた自分がバカらしくなりアカウントを変えた。元より一年近く呟いておらず、見るだけだったので支障はなかった。
今思えば前々から彼女の呟きに対して「ん?」と思うことがあった。彼女はとても口が悪い。ネットでもリアルでも。最近では「死ね」と文字数いっぱいにして呟いたり「電車で前に座ってるババアくそキモい死ね」など攻撃的な発言が多く、彼女と繋がってるアカウントで呟いていなかったのも彼女と少し距離を置くためだった。その時点でもう何もかも縁を切るべきだったのかもしれない。
今回の件では確かに私にとっては冗談交じりだったとはいえ、いきなり「ユニバに行こう」といきなり言ってしまったこと、その子の返信が遅いのを知ってながらも諦めて催促をしなかったことなどを踏まえると私も悪い。けれども、彼女は普通に呟いていたのだ。返信する時間は十分あったはず。彼女がもう少し早く返事をくれ、早い時間に明日することを決めることが出来たならこんなことは起きなかったのだ。
私も今回の件を踏まえて、日常会話はまだしも、急を要することにはキチンと素早く対応しなければならないなと強く感じた。また、友達との付き合い方もだ。少しでも「ん?」と思ったのなら少しと言わず縁を切るギリギリまで距離おいた方が良いかもしれないと思った。
私は帰省しても誰にも連絡をしようとしない
友だちがいないわけじゃない
帰ったという報告を受けていない友だちから
帰って来てる?って誘われることを待つクソ受け身
私は免許を持ってない
ということで、タクシー乗車
すぐにわかった
7年ぶりに見るその姿は全く変わっていなくて
赤毛で前髪が長いショートカットボブ
昔のお面のような形相
少しだけ出た下っ腹
驚くほど昔と一緒だった
でも名前が思い出せない
おそらくこの人はずっと私の中では
その際、先生にはお世話になった
苦手な症状があると最初の授業で言っていた
いつも何かに怒っていて怖かった
怒鳴られたことは何度もあるし
全校生徒の前で楽譜を投げられたこともあるし
あまりの出来なさに皆とは別の部屋で1人
何て言っているのか理解出来なかった
頻繁に怒らせて叫ばせてしまった
それでも学年が上がるにつれて
伴奏の話を持ちかけて来てくれた
3年生のころには顔を見て名前を呼んでくれた
でもしなかった
見かけて気付くだけ
例え真横をすれ違っても話しかけない
怖くて怖くて話しかけられない
気づいていないフリして凄く気づいている
これは先生に対してだけではなく
誰かと再会したときに
何と言えばいいのかわからない
声を出す勇気も自信もない私は
いじめ関連のホッテントリが続いていて、ふと思い出したことを書く。
当時は「いじめられていた」と思っていたし、つらくて泣きながら下校したことが何度もあるし、数日は不登校にもなったし、ある時は担任に訴えたら担任が激怒してくれて授業が1つ潰れたことがあった(S先生ありがとう)。
今になって「と思う」なんて付けて断定を避けるのは、当時の私ちゃんに対しては申し訳ないんだけれども、まあ、彼女の未来である私がとりあえずすくすくと真っ当に伸びきったことで相殺してもらいたいと思う。今やいい大人になった私が思い返すに、あの「いじめ」と名が付く機構はわりとどうしようもないタイプのものというか、その発生を回避することはとても難しいものなんじゃないかと感じられるからだ。さらに言うなら、「いじめ」の加害者は、私の友達だった。「いじめをするやつは友達じゃない」という意見はよくわかる。でもそれは定義の問題だと今の私は思う。当時の私ちゃんの認識としては、「いじめてくる」あの子たちは、みんな友達だったのだ。むしろ、距離感の近しい、仲の良い友達の人々だった。たぶんあの子たちの認識もそうだったと思う。だって、おしゃべりしてたもん。一緒に登下校していたんだもん。よく言葉をかわしていたから、共に行動していたから、それは「いじめ」になりえたんじゃないか。親しくなり、型通りの付き合い方から外れはじめた時に「いじめ」の機構は発生する。
ともあれ、それが発生しているころ、当時の私ちゃんにはほかにも友達がいて、味方になってくれる両親がいて(そういえば、どうしても学校に行きたくなかったある日、1日だけ、父親が手をつないで学校まで一緒に来てくれたのだった。6年間であの1日だけだ)、当時の私ちゃんの問題に気づいてくれた担任の先生がいて、それを上の学年に上がるたびに引き継いでくれた先生たちがいた。
さて、小学校から中学校はエスカレーター式のところだったので、そのまま人間関係をほぼ引き継いで中学にあがり、「いじめ」は「思春期の男女のすれ違い」に変わって、高校受験をして、それぞれの高校に分かれてしばらくしてからだ。
中学で始めた「ある活動」の人間関係の中に、小学生の頃の「いじめ」加害者Yがいた。
その「ある活動」は高校になってもそれぞれに続けており、「ある活動」の場所で、時折顔を合わせ、「おう、久しぶり」「どうよ、そっちの高校」なんて軽い挨拶を交わす仲になっていた。
かつての「いじめ」被害者と「いじめ」加害者なんだけど、でも高校当時の私さんはそれでいいと思っていた。「いじめられたよなあ」とは思っていたけど、それはそれとして、友人は友人のつもりだったのだ。縁があるご近所さん的な。思い出を共有する同士、的な。
※この割り切ったメンタルが既におかしい、という向きは当然あろうと思う。高校当時の私さんは、既に「思い出話をさしさわりなくできる関係」の良さを知っていたし、それができるだけのトーク力も持っていたので、たまたまそれができたに過ぎない。
だがそんなある日のこと、その活動の場で、Yに「ちょっと話があるんだけど」と声をかけられた。「なになにー」と軽く応じた場で、Yは「俺、お前のこといじめてたよな」と唐突に言った。
面食らった覚えがある。そのあと肯定した。つまり「……そうだねえ」ぐらいの受け答えをしたはずだ。
「謝らせてほしい。ほんとごめん」
そのあとどう返したかはまったく覚えていない。でも当たり散らしはしなかったはずだ。適当に切り上げたのかもしれない。
ただ、その日の夜はもやもやした。布団の中で、延々ともやもやした。
むし返さなくてもいいじゃないか。せっかくうまいこと忘れてたのになあ。お前が謝って、お前がすっきりしたかっただけじゃん。
それ、お前がすっきりしたかっただけじゃん。
今もしYに再会したら、ささやかな意趣返しは目論んでしまうかもしれない。
ささやかで済むような自制をするし、私はそれを成し遂げるだろう。
飽きてきた、のだと思う
そして同じ作品を読み直し続けてついに飽きてきた
ならば自分で作ればいいと言われるかもしれないが、ちゃんと自分でも作っていた
だが他人から貰う萌がないと書き続ける気力が無くなっていくし、何より自分の作品では萌えが満たされない
現在は原作でカプの2人の絡みもほぼ無く、界隈に居た人達も別ジャンルへと片足、又は全身漬けて去っていきつつある
そして私自身も飢えに堪えかねてついに何処か別のジャンルへ行きたいと思いだした
好きなのに、何でただ自分で書いて満足出来ないんだろう
もっと読みたいと思って、でも増える事もなくて苦痛を感じるんだろう
何処かへ行きたい
でもやっぱりこのカップリングが好き
いっそ見切りをつけられるように、唐突にどこか沼に落ちたい
現行指導要領に「明記」はされていないというだけ。銃剣道の文字が出てこない!デマだ!てバカなブコメに100以上のスターが付いてる様は、はてな民のリテラシーを疑わざるを得ない。
朝日に代表される新聞記事の誘導性に比べたら微々たるものだよ。
まず承前として、
⑴現行指導要領では「柔道・剣道・相撲以外にも履修可能なもの」として挙げられたその他の武道については、「なぎなたなど」として明記はされていなかった。
(明記されていないという点では、空手道、弓道、合気道、少林寺拳法、銃剣道の5種目はすべて同じ)
⑵ところが「修正前の」改訂案では、その明記されていなかった6種目(空手道、弓道、合気道、少林寺拳法、なぎなた、銃剣道)について、
銃剣道を除く5種目のみが明記された(銃剣道は競技人口の少なさを理由に落とされた)。
⑶そこへ来て右派の皆さんがパブコメなどを通じてやいのやいの言い、修正改訂案では銃剣道「も」明記されるに至った。
本来、「中学武道に銃剣道を『追加』」をタイトルにした記事であるから、主旨としては、
「パブコメを踏まえた新改訂案では、『それら既出の武道5種目に加え、一度は落とされた』銃剣道『も』追加された」とするしかないのだが、
と、「⑵修正前の改訂案で、すでに銃剣道以外の5種目が明記されていること」を示唆するものが、すべて省かれている。
記事全体を眺めても「修正前の改訂案がパブコメによって修正されましたよ」という内容であるから、「⑵修正前→⑶修正後」の比較こそが不可欠であるにも関わらず。
こうして当然のように、読者は「追加」された客体の、元の5種目の扱いがまったく分からず、
何もないところに、右派によって唐突に銃剣道だけが追加された印象を持ってしまった。
ブコメにも、⑴には銃剣道など明記されていない!新たに追加は間違ってない!増田はデマだ!という書き込みが目立ったが、問題はそこではない。
右派政権ですら一度は落とそうとした銃剣道が、さらなる右派の運動で復活してしまった⑶が問題だというなら、
尚更⑵の報道が不可欠となるはずだ。
銃剣道の特異性は分かるが、おそらく今回の件は、⑴の武道必修化の問題を超えるものではないだろう。
いずれにしても、<⑴から見れば>明記されずにいたものが明記された、<⑵から見れば>一度は落とされたものが復活したという、
新劇のQはいろいろ唐突すぎて駄作とか言われてるけど、そんなことないのでは?
我々(我々?)は新劇Qの立ち位置を見誤っていたのではないか。
「助けてくれないアスカ」がいたのが旧劇(EOE)ならば、
「助けてくれるアスカ」がいる世界が新劇Qの世界なんじゃねえかなと。
カヲルくんが死んで「助けてアスカ」って言いながら愚図っていたシンジくんとそんなシンジは眼中になかったアスカ、と言う構図が
カヲルくんが死んで愚図るシンジを「やっぱり助けてくれないんだ」って言いながら結局助けに来てくれるアスカ、と言う構図に
どうでもいいね。
新劇の新作楽しみだね。
○朝食:ヨーグルト
○調子
はややー。
ポケモンでいうとジムバッチ8個集めてチャンピオンロードの手前にいるぐらいには、ひと段落。
気兼ねなく土日は遊ぼうと思う。
●DS
なんだけど、これがもう難しい。
3時間ぐらい、4Fと3Fをうろうろしながら、レベルを上げていた。
お金を稼ぐために、採掘や採取用のレンジャーを育てたりとか、色々試行錯誤してた。
装備を整えてもなお、苦戦するので、もうちょいレベルを上げた方がよさそう。
●3DS
唐突にクノイチちゃんがデレデレしたのが可愛かった。
ぼうしも残るは二つ、年明けからちまちまプレイしていたけど、終わりが近づいてきて寂しいですね。
な、なんと! これで愛する悪ポケたちが、ドット絵と通常絵を組み合わせれば全て実装されました!
いえーーーい! いえい! いえい! いえーーーーい!
というわけで、いつもの表も更新するけど、残るブラッキーが実装されれば、この作業も終わりだから寂しいなあ。
・カントー
コラッタ(両)、ラッタ(両)、アローラコラッタ(普)、アローララッタ(普)
ニャース(両)、ペルシアン(両)、アローラニャース(普)、アローラペルシアン(普)
イーブイ(両)
ベトベター(両)、ベトベトン(両)、アローラベトベター(普)、アローラベトベトン(普)
・ジョウト
ブラッキー(ド)
ヤミカラス(両)
ニューラ(両)
ヨーギラス(両)、サナギラス(両)、バンギラス(両)、メガバンギラス(普)
・ホウエン
・シンオウ
ドンカラス(両)
ミカルゲ(両)
マニューラ(両)
ダークライ(両)
・イッシュ
・カロス
ケロマツ(両)、ゲコガシラ(両)、ゲッコウガ(両)、サトシゲッコウガ(普)
イベルタル(両)
・アローラ
アクジキング(普)
(例外:タイプ:ヌル(普)、無シルヴァディ(普)、悪シルヴァディ(未))
これで、僕の収集対象である通常絵バッジの、未解禁悪ポケは、ブラッキーのみ。
はややー、あまりにも長いことプレイし続けてるから完全に習慣になってるけど、大好きな悪ポケモンをホームメニューに飾れるこのシステム大好きです。
○ポケとる
ログボのみ。