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2019-12-28

2010年代アニメ総括(個人の感想です

個人の感想です

アニヲタ歴は22年くらい?

 

魔法少女まどか☆マギカ

私はアニヲタとしては00年代世代で、攻殻機動隊ハルヒが印象的だったんだけど

その様相がガラッと変えたのがまどマギだった

とは言えあそこでどっぷりハマったのは当時学生だった子達だと思う

90年代00年代経験してきたアニヲタ的には多分「なんかバズったね」程度だったのではないか

 

まどマギは色んなものをもたらした

オリジナル深夜アニメでここまでいけるという前例

・3話で驚かせるとか、10話でひっくり返すという構成

・絵柄とストーリーギャップ

百合

映画資金回収

 

珍しく企画勝利した作品であり

それを当てにして上手くいかなかった作品も多く生み出した

個人的TV版は非常に熱狂したんだけど、映画版をまだ積んでると言う程度ではある。見なきゃ・・・

 

ただこういう衝撃系作品って類似作品を出しても上手くいかないイメージが有る

実はエヴァもそうなんだよね、20年に1個くらい爆発する感じ?

 

化物語シリーズ

調べたらアニメ化一発目が2009年夏らしいが、そのブーム2010年代を彩ったと言って良いと思う

実はこれも途中で止まってるので語る資格がないんだけど、ふれないわけにもいかない作品でもある

といってもこれは西尾維新新房昭之節が極まった作品であって、他のアニメへの影響はほとんどないかもしれない

オンリーワン

普通に世界が完結してて普通におもしろ

 

主人公がひたすら語る作品といえば、ハルヒ物語シリーズが思い浮かぶけど他にあるかな

 

そういえば、ネットでの話題性に比べて円盤の売上がかなり高かったのが特徴的だったね

 

進撃の巨人

これもオンリーワン系だと思う

大変面白いけどそんな売れると思わなかった系でもある

2010年代は「面白いけどそれマイナー系だよね(ジャンプでやるようなタイプじゃない)」というのが正当に売れた10年だと思う

私の趣味に近づいた感じなんだけど、私みたいな奴が買ってるのかもしれない

 

鬼滅の刃

面白い上にアニメクオリティが非常に高かった

2010年代はとにかくクオリティ向上が目についたと思うが、その集大成のように思えた

 

あと2010年代らしいと思ったのは主人公性格

とんでもなく善良なあたりが現代日本っぽい

昔はもっと「根はいいやつだけどヤンチャ」とか「根はいいやつだけどスケベ」とかそういうのが多かったと思う

 

プリパラアイドルアニメ

本当はアイドルアニメでまとめるべきなんだが私がちゃんと見ていないせいでまとめられない

 

アイカツ! 2012年(みてない)

ラブライブ 2013年(みてない)

ろこどる 2014年(見た)

プリパラ 2014年(見た)

デレマス 2015年(みてない)

SHOW BY ROCK!! 2015年(見た)

ゾンビランドサガ 2018年(見た)

バンドリ 2018年(みてない)

Re:ステージ! 2019年(見た)

まだまだある!

 

2010年代は確実にアイドルアニメブームになっていた

もちろんAKBという文脈があったからではあるんだけど

アニメフォーマットが作りやす

3DCGの強みを最高に活かせる

スポ根文脈があるから、いい話にもできるし女子ウケも狙える

声優アイドル化、産業構造の変化

 

みたいないろんな絡みで猫も杓子もアイドルアニメだったと思う

私はドルオタではないしライブには興味がなかったが、最先端3DCGで踊るアイドルには目を奪われたし

それに負けじと手描きで挑むのも面白かったし

スポ根要素が強いストーリー結構楽しめた

というかプリパラで何度か泣いた

 

探偵オペラ ミルキィホームズ

調べたら放送2010年だった

何気にこれもいろんな影響を撒き散らしてる気がしてならない

2010年のシュールギャグと言う感じのアニメでした

 

このアニメ声優アイドルの方で影響が強い気がするが、私はそこら辺疎いので語れない

個人的には「森脇監督ふでやすかずゆき」という最狂タッグがプリパラという女児アニメミルキィホームズ再現したのが衝撃だった

ちなみにふでやすかずゆきはゴチうさもやってたりする

10年代で崇拝するスタッフの一人になったのは間違いなく

ふでやす脚本回ではコメントで「ふでやすwww」と草をはやしている(これは私だけではない)

 

シドニアの騎士宝石の国BEASTARSなど

2010年代3DCGアニメーションが普通に放送される時代となった

ようやくと言う感じ

3DCGを省力化のためにつかうというよりは、表現の幅を増やすために使っていたのが印象的だった

場合によっては一部を作画にするというのもあったらしい

楽をすることなど考えておらず、クオリティをがるために戦略的に省力をしているようで、頭が下がる

 

そもそもアニメ業界全体で、気づかないうちに3DCGが使われているらしい

3DCGは旧来の方法と融合したようだ

 

gdgd妖精sてさぐれ!部活ものけものフレンズケムリクサ

「誰が」と言う部分を語るとわけわからなくなるので、手法について語ると

一見すると品質の高くないように見える(MMDのような)3Dモデル使用してアニメを作る手法

2010年代はこれがかなり伸びた(広まったわけではない)

この手法の強みは何より制作期間の短さにあって、できるだけ少人数でアニメを成立させるならどうするかの局所最適解のように見える

素早く作れることで何度も内部でバージョンアップを重ねることができ、面白さ向上に繋がってると言う話はなるほどと思った

アジャイル開発だ

 

こういう少人数制作の流れはあまり無いんだけど

異世界かるてっとの制作所も最近注目している

あれはソシャゲアプリキャラを動かす手法と同じだよね?

 

けものフレンズ

上のラインからやはりけものフレンズは浮いてる

SNS考察し合う前提で色々仕掛けておくたつき監督流には唸った

 

ちなみにけものフレンズは私が2010年代にハマったアニメ5指の中に入ると思う

初動で増田に5つくらい日記を書いて伸びたのが懐かしい

 

ゆるい百合アニメきらら

けいおん2009年初出、ひだまりスケッチ2007年初出、ゆるゆり2011年初出らしい

その流れを組んだゆるい百合アニメは明らかに2010年代全盛期だったと思う

もはや一つのジャンル文化形成してしまった

 

2014年にご注文はうさぎですか?が出た前後あたりから、明確にきらら系を意識されるようになったと思う

おおよその雰囲気として

ほとんど女キャラしか出ない

・故に男女間の恋愛話に発展しない

友情や行き過ぎた愛情はある

・緩めのギャグ

・落ち着いた雰囲気

 

みたいなものがあると思う

見ているのは9割くらいが男性で、どうやら癒やしを求めているらしい

かくいう私も難民だけど

 

2010年代特に流行ったのはここあたりか

ゆるゆり2011年)

きんいろモザイク2013年)

のんのんびより2013年)

ご注文はうさぎですか?2014年)

NEW GAME!2016年)

ゆるキャン△2018年)

 

実際にはこの3倍位の数にはなる

 

桜Trickcitrus

ゆるくないガチ百合アニメもちらほら出てきた

緩いほうが人気らしいが、私はガチ大好物

 

ゆるキャン△ふらいんぐうぃっち三ツ星カラーズ

女だらけのアニメと聞くと、普通はお色気路線だと思うだろうが、それだけじゃ説明がつかないアニメがちらほら出ている

重要なのはもっと別のところにあるのかもしれない

こういうのを並べてみて気づくのは、大抵何か趣味地域の紹介アニメであることが多いと思う

たまたまかもしれないけど

 

テコ入れ回って果たして本当にテコ入れ回なのか?

 

侵略!イカ娘

イカ娘2010

面白くないけど可愛い」などと揶揄されて結局成功したので

かわいいは正義だということが証明された

 

私に天使が舞い降りた、うちのメイドがウザすぎる!

これだけポリコレが極まった2010年代において、真正からロリコンアニメをやる流れがあってちょっと笑った

ただ昔と違って、一個メタ構造になっていて、1人大人がいることが多い

ロリアニメではなく正しく「ロリコン(でギャグやる)アニメである

ただ可愛いとかじゃなくて構造的に成立してるのがなるほどと思った

示し合わせたわけでもないのに、この2作品構造がかなり似ているのも面白い

 

ここにロウきゅーぶ!天使3Pを入れるかどうかは迷う所

 

ヤマノススメゆるキャン△ダンベル何キロ持てる?といった趣味アニメ

話を作るに当たって下地にするものというのがある程度戦略的パターン化されて行った

その中で趣味フォーカスをあてた作品が目立ったと思う

10年以上前ならアニメの主役は「世界を救う」みたいな話で、趣味雑学アニメでは脇役だったと思うが

2010年代は明らかに主役のポジションにそういう趣味雑学作品があったと思う

おっさんがやってそうな趣味女の子がやるだけでおっさんは喜ぶようだ

(ちなみに「世界を救う」から趣味アニメ」の間に「部活アニメ」が挟まると思う)

 

そしてこういうのが流行るとどうやら世間でもプチブームが来るらしい

これはアニメ火付け役なのか、火がついたかアニメをやったのかどっちなんだろうか?

 

ガールズ&パンツァー咲-Saki-

咲は初出が2009年だった

 

両方とも大ヒットしたために単体で文化っぽくなっているが

これらも「主に男がやってる趣味女の子やらせよう」の系譜

  

いろんなマニアック知識スポ根に落とし込んでいったのは非常にうまかった

 

ソードアート・オンラインアクセル・ワールド

xRを題材にしてるあたり2010年代らしい

類似品がかなりあったなかで一番成功したのでは?

私は2期までしかみてないんだけど

00年代ラノベ系譜を受けているので、今見ると少し懐かしい感じがする

2012年頃の中二病の受け皿になったのは間違いない

 

なろう系、Web小説系、Web漫画

触れるには荷が重い、そして私に語れる気がしない

特になろう系

 

ジャンル内で色々なアイディア蠱毒をやった結果、驚くほど面白い作品が出てくることもある

 

魔法科高校の劣等生最初楽しみ方が全くわからないまま見ていたが、ニコ動で見ていたら最終的になんか楽しくなっていた

 

この素晴らしい世界に祝福を

腹抱えて笑った

確かこれでなろう系の印象が変わった

色々な出来事イレギュラーに思えるんだけど、コメディとしてみれば割と基本を踏襲してたりするので異世界転生に先入観を持っていたのは自分のほうだと気づいた

 

オーバーロード転生したらスライムだった件

これだけじゃないんだけど

主人公魔王サイドとか、悪役というのが目立っていたと思う

そんなの昔からあると言われそうだけど、精神レベルで悪役というのは昔はそんなに無かった気がする

 

(ここにはたらく魔王さま!や、まちカドまぞくを入れるとよくわかんなくなりそうだけど)

 

シュタインズゲートゾンビランドサガ

宮野真守が演じるだけで面白い

2010年代声優の影響力も強く感じた

 

キルラキル

TRIGGERすげーってなった作品

すごい爽快感だった

 

ピンポンモブサイコ100ワンパンマン

これ一緒に語ると怒られそう

漫画だとこういう描き方あるけど、アニメのようなチーム制作ではきついでしょっていう作品結構すごいクオリティで仕上げてきた年代だと思う

愛と執念と労力を感じた

 

メイドインアビス、ゾンビランドサガ

2010年代死生観まで考えさせるアニメが目についた

そしてここらへん、題材としてはマイナーになりそうだったのに一個突き抜けて人気作になったのが意外だった

視聴者の年齢が上がってるのかも?

 

死生観の流れで行くと少女終末旅行なんてのもある

 

ジョジョの奇妙な冒険魔法陣グルグルおそ松さんセーラームーン

2010年代は、リメイクアニメ成功した10年だったと思う

昔はリメイク作品がそこまで成功するイメージがなかったんだけど、2010年代はかなり安定していた

おそらくスタッフの中に純粋に少な人がいたから?

といっても上手くいかなかった作品もチラホラあるんだけど

 

その他、触れていないもの

SSSS.GRIDMAN

非常に面白かったけど、特撮が一ミリもわからないので何も言えん

 

プリキュアアイカツなど 見ていない

ロボ・メカガンダム系 ほぼ見ていない

映画系 ほぼ見てない

BL ほぼ見てない

ソシャゲ系 見てない

 

他にも触れていないものが多いな、触れたいけどどう捉えるか難しいもの

ゴールデンカムイ

Dr.STONE

いぬやしき

悪の華

魔法陣グルグル

ワンパンマン

監獄学園

本好きの下剋上

てーきゅう

弱虫ペダル

銀魂

・斉木楠雄

約束のネバーランド

神のみ

・僕ベン

 

2010年代の特徴まとめ

クオリティの向上

3DCG実用

アイドルアニメブーム

百合アニメブーム

SNSオンデマンドという時代背景

 

こんな感じかな?

クオリティの向上により「背景が主役」みたいな落ち着いた雰囲気アニメも作れるようになったと思う

女性向け・BLアニメも台頭したはずなんだけど追ってないかわからん

あと個人的にはニコニコ動画アニメが見れるようになったのが大きな変化だ

コメントを見ると伏線の取りこぼしや背景の遊びなどに全部気づくことができるので楽しい(代わりにネタバレを踏むが)

 

2010年代に縮小したもの

ラノベ

ギャルゲ

 

2020年代の予想

なろう系、百合系、部活系は結構食いつぶしていると思うのでそろそろ縮小しそう

アイドル系はもう少しで食いつぶしそうな感じがする

流行り廃れはあっても全体的にボリュームが全体の変化は感じないかもしれない

  

3DCGが使える会社が増えてきたので、そっちはまだ伸びそう

というか半分くらい置き換わるかもしれないね

 

中国から何か予想外の動きが来そう

2019-01-14

anond:20190114024130

なぜ、「てさぐれ!部活もの」になれなかったのか…今から取り直しは無理よね

2019-01-10

バーチャルさんはみている、つまりこれは

笑う犬の冒険みたいな、あんな感じか

 

なるほど・・・何ていうのこういうのあれ

総合茶番お笑い劇場

ああ「コント」だ!

バーチャルさんはみているは「コント

しっくりきた

 

 

これアニメでじゃないな・・・いや、じゃあてさぐれ!部活ものアニメじゃないのか?アニメだろ?そもそもアニメーションの意味を考えればゴニョゴニョ

2018-07-03

2年くらいで「声優に詳しい人」になった話

 アニメの作り手は一つの作品だけでも沢山いるので「なんで殊更声優に詳しい人が多いんだ?」という疑念は、全くアニメを観てなかった2年前の私も持っていたのだけれど、いざアニメを観るようになってからは、三度「彼らもこうやって声優のことを好きになったのかなぁ…」と思うことがあったので、そのあたりの経験増田に投げてみようと思った。

アニメの作り手

 アニメにハマった初期の頃は声優名前を気にせず、物語好き嫌いだけで観ていた(そういう意味では「アニメ=魅力的な原作動画化したもの」という認識だったのかもしれない)のだけれど、去年ニコニコ動画で「ふらいんぐうぃっち」を観ていたとき、作り手に言及したコメントがたくさんあったので、自然と本作の監督脚本絵コンテ音楽、背景等について興味が湧き、めっちゃ調べまくったのを覚えている。

 それ以来、アニメは必ず作り手が誰かを気にしながら観るようになった。自分の好きな作品に関わるスタッフが別作品に関わっていれば、観てなくても好みの作品であることが分かるので、そういう「好きなスタッフ」を増やしていくことが、大好きな作品出会うための一番の指針になるからだ。でもこの時点ではまだ、殊更に声優意識することはなかった。声優の演技は基本ディレクション次第で、いい演技=いいディレクションだと思っていたからだ。

演者としての声優

 最初声優凄さを実感したのは〈物語〉シリーズだったと思う。どのキャラも作中で掘り下げていて必ず見せ場があるので、一通り中の人の好演を観ることができる。おかげでキャラ中の人名前が一致するのにそれほど苦労しなかったのだけれど、そんな彼らが別の作品に出ていたのを観たとき、声がまるで別人みたいな声色や喋り方で(別人格から当たり前なんだけど)、いくらディレクションが違うとはいえこんなに多彩な演技ができる声優ってすごい!と感じ、以降気になったキャラ中の人は「作り手」として積極的に覚えるようになった(この頃はまだ、アニメ作品の主演声優すら覚えてない事が多かった)。

声優エンターテイメント

 一方、明確に声優個人の人となりを意識したのは「てさぐれ!部活ものシリーズだった。これは中の人キャラクターの境界が非常に曖昧作品なので、本作に限り「このアニメを好きになる=中の人を好きになる」といっても過言ではない。また、本作はニコ動公式ラジオを今でも無料開放しており、声優同士の馬鹿騒ぎや、それに対するファンからの愛のあるコメントを見ることができる。そこではどの声優も独特のいじられ方をしており、非常に愛に溢れた独特の空間になっている。当然声優個人に興味が湧いたので各声優ニコニコ大百科を見たのだけれど、どの声優のページもあらゆるエピソードや出演作を網羅的に記載していて驚いた。あまり面白かったので、暫くの間声優の大百科サーフィンにハマっていたくらいだ。これだけの情報をまとめるファンたちはすごい。もはや一種エンターテイメントである。おかげで、特定作品中の人を全員覚えることが出来た(全員覚えたのは本作だけかもしれない)。この頃から特定声優目当てでアニメを観ることが多くなった気がする。

声優ラジオ

 てさ部がキッカケで多くのアニメに(広報として)公式ラジオ番組があることを知った。この手のラジオは大抵出演声優MCを務めているので、そのアニメのことを詳しく知りたいからと聴くうち、どんどん声優に詳しくなっていく仕様になっている(特にラジオはSound Onlyなので、声と名前を一致させるところから始める必要があるのも、これに拍車をかけている気がする)。

 広報のための番組はいラジオラジオなので、たまに声優個人の近況報告の中で友達声優や同じ事務所声優が話に出て来たりするのだけれど、その度調べていくうち「声優ラジオ界隈」というコミュニティにたどり着き、そこからは芋づる式に声優に詳しくなっていった(例:水瀬いのりさんのラジオにちょくちょく出てくる大西沙織さんと一緒にラジオをやってる佐倉綾音さんと仲がいい加隈亜衣さんと東山奈央さんとか)。ラジオ聴く限り声優職業柄、横のつながりを大切にする人が多いようだ。声優基本的に他事務所声優と一緒に仕事をする機会は多く、同じ事務所声優と一緒になる機会が少ないので、事務所を越えて交友関係が広がる傾向にあるとのこと。声優による、事務所を越えた労働組合を作る日が来たりして。

個人的に演者として好きな声優と、人として好きな声優

 私はもともとラジオ大好きっ子だったので、ラジオパーソナリティの人となりが好きという理由だけで、福山雅治さんも荻上チキさんも伊集院光さんも朝井リョウさんもオードリー菊地成孔さんも花澤香菜さんも西明日香さんも小澤亜李さんも黒沢ともよさんも吉田有里さんも本渡楓さんもラジオで聴いている。そう考えると私には「演者として好きな声優」と「人として好きな声優」がいるということなのだろう(必ずしも可分ではない)。ラジオという媒体は多かれ少なかれパーソナリティプライベートを切り売りする仕事なので、聴けば聴くほど彼らを好きになってしまうのだ。例えば黒沢ともよさんのラジオを聴こうと思ったキッカケこそ「宝石の国」での演技に感動したかなのだけれど、「それはそれ、これはこれ」みたいな。

声優ファンによるアニメの楽しみ方≠アニメファンによるアニメの楽しみ方

 だから、「声優は好きだけどアニメは観ない人」も「アニメは観るけど声優には詳しくない人」もいて当然だと思う。なんせ声優仕事は多岐に渡るので「アニメ仕事」は声優のいち側面でしか無く、「アニメに詳しい人が知る声優」と「声優好きな人が知る声優」は必ずしも一致しないのだから。強いて言えば、多くの声優アニメが大好きなので自然と「アニメが大好きで声優にも詳しい人」が多くなるのだろう。私みたいに。

 よくアニメ実況のTLやニコニココメント声優いじりのネタを書き込む人がいるけれど、あれも「普段ラジオ生放送馬鹿騒ぎしてる人がアニメで真面目に演技している(笑)」とか「あの作品ではあんなにコミカルな演技してたのに(笑)」っていう、ある種声優本位な観かただったりするので、それはそれで楽しそうだ。

アイドル声優(狭義)界隈って?

 でも私にも全く分からない分野があって、たとえばアイドル声優アイドルを描くアニメ等の作品と同時展開でリアルでもライブイベント等を通じてアイドル活動を行う人たち)だ。本当に何もわからない。もちろんそれは特定声優をさすカテゴリではなく、あくま声優のいち側面でしか無いのだろうけれど、個人的な観測範囲ではどうもファン層が異なるように感じる。あの界隈はやっぱりリアルでのライブに行かないとその本質が分からないものなのだろうか。もし増田erの中にアイドル声優(狭義)にハマってる人がいたら「アニメをどう楽しむのか」とか「アイドル声優声優じゃないアイドルの違い」とか聞いてみたいな。あと、アニメキャラクターの性格中の人性格は当然違うわけだけれど、ライブってどうやって楽しむんだろう。やっぱり「それはそれ、これはこれ」なのかな。

 

 要するに、彼らはエンターテイナーなのだ

2018-01-28

日常系アニメを教えてほしい

少し前から女の子たちが日常生活を送るアニメにハマっているんだが、

ググってもラブコメ的な作品が多数混じってて嫌になる。

男が男性として登場しなくて女の子たちの緩い日常を描くアニメを教えてほしい。

今まで見たものとして、(15分未満は除く)

# 真の日常系


# ストーリー性の強めな日常系


# 男が多く登場する日常系


/* ここまで日常系 */

# 女の子たちの生活だが日常系と言い難いもの


# 日常系と似たノリのラブコメ

他にもたくさん

個人的には、日常系と非日常系の境目はゆるキャンヤマノススメ

あと三ツ星カラーズ苺ましまろ

日常系ストーリーが主張せずシュールでないものこそ日常系

※追記 (18/01/28 20:00)

指摘を受けて一部修正しました。

ふらいんぐうぃっちありがとう。新たな知見を得ました。

2017-10-21

最近アニメはおもんないって言ったじゃん、嘘つき!

 全然アニメ見なかった自分が去年からアニメを見始めたんだけど、見た作品の7割以上が面白かった。てかアニメどんだけあるの。

※長いので、「どうして面白いのか」のとこだけ読んで下さい。

アニメにハマった経緯

 きっかけは去年の5月、ニコニコ動画西尾維新〈物語〉シリーズ時系列に配信する企画があって、初めて最近?の深夜アニメ?を見てから。それが本当に面白くて、当時のちょっとした楽しみになっていた。

 これまではジブリ作品とかポケットモンスターとかワンピースとか観たりして育ったんだけど、高校生になる頃には殆ど観なくなった。大学生社会人の頃見たアニメはAKIRA、攻殻機動隊くらいしか覚えていない。

 でも去年の10月頃、ひょんなことから精神病院に入院したついでに無職になって、時間を持て余すようになった。今までできたことが、全くできなくなったからだ。それでも〈物語〉シリーズ視聴だけは続けていた。そのうち「他のアニメってどうなんだろう、もしかして面白いものもあるんだろうか?」とか思い始め、今に至る(ちなみに今は職業訓練中)。あとアラサー

どうしてアニメがこんなに面白いのか

1.作品当たりの情報量多すぎ説

 アニメは、世界観があってシナリオがあってキャラクターデザインがあって背景美術があって声があって音響があって音楽があって場面ごとの演出があってキャラの動きがあって…云々、とてもじゃないがその作品を構成する要素すべてを理解するのは難しい。どれだけの人が作品のすべてを理解したうえで、あっちが面白い、こっちが面白い等評しているんだろうか。

 私が作品を観ていて面白さを感じるとき、「あ、このシーンの音楽最高だな」とか「このシーンの美術やべえ、どうなってるんだこれ」とか「ここの演出しゅごい」等、作品の中のごく一部分だけを切り取って考える場合が多かった。それはつまり、切り取り方(主観)が面白さの大事な要素っていうことじゃないんだろうか。たとえその作品が長い歴史の中で使い古された手法で再生産された焼き増しの類だったとしても、他の作品と全く同じという事はないわけで、見方を変えればいくらでも個性は見つかる。新しいアニメが既存の作品と似ているからと言って、どちらかが劣っていることにはならないんじゃないだろうか。

 これまでアニメは1度観たら終わりだったのだけれど、今は同じアニメを見返すたびに新しい発見があったりして、マジで錬金術じみている。なんせアニメは総合芸術ゆえ、多種多様な、千差万別な主観を受け入れられる器がある以上同じ作品でも多様な評価があるはずで、もしどの作品もおもんないというの事実がだとしたら、観てる人たちの切り取り方がどんどん似てきている、つまり視聴者側の多様性が失われているっていうことなんじゃない?

2.作品の多様化

 まだじぇんじぇん作品を観れていないのだけれど、思った以上に表現方法が多種多様で驚いた。最近はキャラクターがCGオンリーアニメなんかもあったりして、すごいよねあれ。表現方法が増えるってことはつまり「何か」を伝える方法が増えるわけで、より多様な人たち、それこそアニメとは無縁の人たちにも新たに「何か」を伝えるアニメが作られることで、面白いと感じた人の絶対数は増えてるんじゃないだろうか。

 また、私が沢山の作品を好きになれたのは専ら作品の多様性のおかげだ。今まで見たこともないような表現に出会って感動するたび、これまでなんとも思わなかった作品が突然面白く感じるようになるという経験を沢山した。自分の「アニメを見る目」どころじゃない、心そのものが多面化していく、豊かになっていく感覚だ。こうしてアニメ多様化するたび、受け手側もどんどん変化していくのだと思う。

3.視聴方法の多様化

 あくまライフスタイルを優先しながらアニメは観るべきで、放送側の都合で観てたら、やっぱり疲れると思う。あれはあれで楽しいこともあるけど…。

 ちなみに私はこれまでアニメを見る=TVを録画するか円盤を買うか?しか無いと思ってたので、こんなにも視聴方法を選べるとは思わなかった(ただしひまわり動画、テメーはダメだ)。なんせ私の兄弟たちは皆テレビレコーダーが大好きで、今もなお空き容量と戦争している。とりわけアニメは熾烈で、「とりあえず一通り録画→早いうちに1話を見比べる→ピンときた作品を残し、それ以外の作品の録画をやめる→CMを削り、ディスクに焼く」と言った具合だ。一方円盤はくっそ高いし、そういうのが嫌でアニメを今まで見なかった。

 ところが、先のニコニコ動画では無料配信があるし、amazonPRIMEでは年間3000円そこらで一部のアニメが見放題だし、abemaTVではアニメが垂れ流しだ。すごない?これ(ちなみにアマプラとd'アニメabemaTVプレ垢契約しました。ネトフリは検討中)。

 そんなわけで、最新作の最新話をリアルタイムで追いかけるのがアニメ視聴のすべてじゃなくて、疲れてるときにはアニメを見なくていいし、1話が微妙だったら観るのを止めて、また気が向いたら見始めれば良いし、見たことなアニメも他のアニメを観るついでに、試聴してみればいい。いっそ5年位寝かせてみてもいい。楽しむためにはこれが必要だと思う。今年の最新作も、2025年頃には「昔のアニメは良かったリスト」に加わってるかもしれないぜ。

4.アニメ視聴以外の楽しみ

 アニメイベントがこんなに盛んだとは思わなかった。1作品でも2回3回とトークイベントとかあるのね。あと驚いたのが、ラジオ。大抵の作品に広報のためのラジオ番組(あるいはニコ生とか)があるという。何かしら作品を深く理解したいと思ったとき、こういう催しはとてもありがたい。作り手の考えや苦悩が作品をより立体的に、奥行きのあるものへ変化させていくし、作る人を好きになるきっかけを与えてくれる。作り手への興味はその人が作る他作品への興味に繋がるので、よりアニメへの造詣が深くなる好循環を生む。マジでトークショー行って良かった。

 すこし脱線するけど、声優ファンって最初はこんな感じだったんだろうか。彼らはよく広報担当として公の場に出てくるから顔と名前を嫌でも覚えるし、その割にはあくまで作品づくりのごく一部を担当する外注の技術者?(クリエイターと言えば良いのだろうか?)みたいなもんなので、作品に対してはなんというか、他のスタッフよりも「ただの作品ファン」側に近い存在のような印象を受けることがある。実際、放送されるまでどんな絵になってるか一度も見てないとかあるみたいだし、作品作りの中核を担っていない場合が多い。すると、アニメ視聴者からすれば声優は「そのアニメ思い入れのある同士」みたいな、変な親近感を覚えてしまう。ほれてまうやろー

ここから余談

 いろんなアニメを観ていると、悪魔みたいな作品に出会うことがある。それはとても不快で、心がざわざわして、二度と観たくないと思わせるような。観たら最後、寝ても覚めても脳裏に焼き付いたシーンがフラッシュバックして、頭のなかであの音楽が流れ続け、胃痛で眉をしかめ、何も手につかなくなってしまう。

 しかも、そういう作品に限って評価することが出来ない。悪夢みたいに思い出すシーンや音楽は美しく、登場人物の瞳は深淵みたいに深く、あの声優の演技は恐怖さえ覚える。そういう作品のどこまでが演出で、どこからが自分の感情なのかわからない。作品のことを一生懸命考えてるつもりが、気づいたら自分の過去の記憶で胸が一杯になってしまう。もはや作品の面白さがどうとか考えられないくらいに、心をかき乱されて頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。

 ああいう悪魔みたいな作品を観ることのできる幸せを、今日も噛み締めています。

最後に、ここ1年位で見た作品を(覚えてる限り)載せときます。検索妨害になりそうだったら消します。長文駄文失礼しました。

機動戦士ガンダム ポケットの中の戦争(1989)

カウボーイビバップ(1998)

攻殻機動隊 TVシリーズ(2002~)

キノの旅 -the Beautiful World- (2003)

APPLESEED(2004)

BLACK LAGOON(2006)

パプリカ(2006)

さよなら絶望先生シリーズ(2007~)

〈物語〉シリーズ劇場版含め全部)(2009~)

東のエデン(2009)

刀語(2010)

侵略!イカ娘シリーズ(2010~)

生徒会役員共シリーズ(2010~)

四畳半神話大系(2010)

gdgd妖精’sシリーズ(2011~)

日常(2011)

てーきゅう シリーズ(2012~)

ジョジョの奇妙な冒険(2012)

絶園のテンペスト(2012)

氷菓(2012)

人類は衰退しました(2012)

キルミーベイベー(2012)

じょしらく(2012)

ポンコツクエスト~魔王と派遣の魔物たち~シリーズ(2013~)

夜桜四重奏 -ハナノウタ-(2013)

境界の彼方(2013)

有頂天家族(2013)

てさぐれ!部活ものシリーズ(2013~)

直球話題ロボットアニメ(2013)

ジョジョの奇妙な冒険 スターダストクルセイダース(2014)

ソウルイーターノット!(2014)

結城友奈は勇者である シリーズ(2014~)

四月は君の嘘(2014)

ワンパンマン(2015)

機動戦士ガンダム サンダーボルト(2015~)

機動戦士ガンダム THE ORIGIN(2015~)

ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり(2015)

ふらいんぐうぃっち(2016)

くまみこ(2016)

ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない(2016)

この素晴らしき世界に祝福を!シリーズ(2016~)

ファンタシースターオンライン 2 ジ アニメーション(2016)

Re:ゼロから始める異世界生活(2016)

亜人ちゃんは語りたい(2016)

けものフレンズ(2017)

アリスと蔵六(2017)

正解するカド(2017)

エロマンガ先生(2017)

クズの本懐(2017)

終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?(2017)

サクラクエスト(2017)

サクラダリセット(2017)

フレームアームズガール(2017)

ゲーマーズ!(2017)

メイドインアビス(2017)

プリンセス・プリンシパル(2017)

セントールの悩み(2017)

恋と嘘(2017)

徒然チルドレン(2017)

アホガール(2017)

少女終末旅行(2017)

アニメガタリズ(2017)

魔法使いの嫁(2017)

妹さえいればいい。(2017)

Infini-T Force(2017)

UQ HOLDER! 魔法先生ネギま!2(2017)

宝石の国(2017)

いぬやしき(2017)

此花亭奇譚(2017)

キノの旅 -the Beautiful World- the Animated Series(2017)

<2017-10-22追記>

 こんな与太話に付き合ってくださりかありがとうございます(汗)幾つか気になったコメントがあったので…

・なんの分野にせよ自分がハマり始めた頃を最盛期と思う人が多いから仕方ないね

 書きながら全く同じことを思ってた。例えば私の場合、新作ゲームの評価がまさにそうなっていたりする。恐らく10年前よりも面白い新作ゲームがたくさんあるはずなのに、買う前にやたら躊躇するようになった。そのくせ「面白いゲームないかな-」とか言っちゃってたりするわけで。これに対する答えはきっと無いんだろうけど、強いて言うなら「作品を作る人達への尊敬の念を忘れない」ということなんじゃないだろうか。それを忘れない限り、70歳位になってもアニメゲームを楽しめると信じてる。

・BACCANO!見ようぜ!ヒャッハー

・もう見てるかもしれないけど、攻殻機動隊好きなら「PSYCHO-PASS サイコパスおすすめする

 「○○お勧め!」的なコメントはとても嬉しいです。ただ、本文にもある通り「どんな切り取り方をすると」面白いのか、に興味がある。バッカーノは、原作が成田良悟電撃文庫)、監督が大森貴弘(デュラララ!や夏目友人帳の監督、音響演出兼任)、構成、脚本が高木登(デュラララ!のシリーズ構成地獄少女シリーズの一部脚本)、キャラデザ岸田隆宏(デュラララ!やボールルームへようこそキャラデザ)、音楽が良守信(デュラララ!や夏目友人帳の音楽)みたいな感じなんだけど、夏目友人帳やデュラララ!も好きだったりするんだろうか?とか思う。もしそうなら、上記の中の誰かがグッとくる何かを持っているクリエイターということになるはずだし、そういうのを知りたい。

・最近見たアニメの中で特に面白かったの3つ位あげて欲しい。どういうの好きなのか知ると皆無責任に自分のおすすめアニメ教えてくれるぞ(酷

 アニメを観てると、やっぱり「面白い」作品の中に「劇的に面白い」作品があるなぁ、と感じる。根拠はもちろん主観なので、これは「一般的に比較できる面白さの差」ではないのだけれど。

一つ目:アリスと蔵六

 2017年の作品。原作は今井哲也(月刊COMICリュウ)、監督は桜美かつしふらいんぐうぃっちの監督)、シリーズ構成高山文彦超時空要塞マクロスの演出、機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争の監督)、音響監督岩浪美和ふらいんぐうぃっちプリンセス・プリンシパルジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない音響監督)制作はJ.C.STAFF

 去年見たふらいんぐうぃっちで、桜美かつし岩浪美和すげえ!ってなって、同作のスタッフを見て「これは観るしかない!」と思ったのがきっかけ。脚本と演出と音とBGMと背景美術とキャラデザと声優の演技とが優れた作品だった。難点は見放題方式の配信しているサイトが少ないので、見る機会が少ない点。

二つ目〈物語〉シリーズ

 2009年に始まった作品。原作は西尾維新講談社BOX)、監督・シリーズ構成新房昭之さよなら絶望先生3月のライオンの監督)、セカンドシーズン憑物語などの監督は板村智幸さよなら絶望先生絵コンテ3月のライオンの演出)、キャラデザ渡辺明夫神のみぞ知るセカイグリザイアの果実キャラデザ)、音楽は神前暁らき☆すたかんなぎなど多すぎて書けないくらアニソンやBGMを作ってる人)、制作はシャフト

 同作は作品の章毎にOPやEDが違うという演出がされているのだけれど、それらが全部極めて良い。楽曲もそうだし、アニメーションも。自分の中ではこの作品の魅力は半分くらいOP、EDが占めていて、本編を観るほどにOPEDが輝く。今のところ、すべての作品の中でOPEDが最も優れていると感じる。難点は話数が非情に多く、どの順で観ればいいかわからない点。

三つ目:攻殻機動隊 TVシリーズ劇場版まだ観てないです)

 2002年に始まった作品。原作は士郎正宗ヤングマガジン)、監督・シリーズ構成神山健治東のエデンひるね姫などの監督)、メカニックデザイン寺岡賢司スレイヤーズモンスターデザインやってたらしい)と常木志伸PSYCHO-PASSのメカ監修)、音響監督若林和弘東のエデン、各ジブリ作品の音響監督)、音楽は菅野よう子マクロスシリーズカウボーイビバップの音楽)。

 世界観がずば抜けて優れてる。しかもこの作品はほとんどオリジナルストーリーらしい(原作未読です、すみません)ので、このアニメ作品世界観ストーリーの良さ≠原作の良さと言っていいと思う。軽く「もう一つの地球」が想像できるくらいの深さがあるので、アニメを観ずに考えているだけで楽しい。加えてメカニックデザインもすごく良い。セブロとかマテバとか外骨格フレームとかタチコマとか大好き。菅野よう子の音楽も非常に良いし、ベテラン声優たちの演技もヤバイ。近々新作が作られるようだけれど、世界観と脚本とメカニックデザインと音楽と声優演技が優れているのだからきっと自分好みの優れた作品になるだろうと思っている。

 難点は難しい点。兄弟に勧めてみたけど、「よくわかんない」って言われた。

・好きなモチーフが描かれてないと心が震えないのよな。そのとき作品の巧拙を判断する回路が走る。そうなるとよくできた作品にはなっても面白い作品になることはない。

 よく出来てるなぁ、すごいなぁ。という感覚にエクスタシーじみた何かを感じる事はないだろうか。それは例えば神前暁の音楽だったり、岩浪美和の作る音だったり、江畑諒真アクションだったり、ムーンフラワーの美術だったり、悠木碧の演技だったり。ぶっちゃけそういう技巧的な魅力を感じたシーンの前後の文脈とか全然覚えてないし、どうでも良かったりする。ただあの瞬間をまた観たくて、何度も再生したりする作品を「面白い作品」と評してもいいとおもうけど。

2017-07-08

けものフレンズ面白さの本質

けものフレンズ』の面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観から抜け出しているところにある。

少し補足すると「抜け出している」という意味は、ある価値観に反発したり、故意に避けたり、過剰に抑圧したりすることではない。一例を挙げると「あんなクズな父親のような人間には絶対にならない!」と考えることはすでに父親の重力に捉えられている、ということだ。

もうひとつの「ガイナックス的なアニメ価値観」は少し複雑だ。細部へのフェティッシュなこだわり、現場いぶし銀技術者ひとつの生物のように有機的に躍動する集団、学校文化と官僚システム/軍組織への熱い礼賛、マスメディアやと民主主義への蔑視……古い世代のアニメオタクの王道ど真ん中の価値観。この価値観の根底には「責任のとらなさ」がある。これについては後述したい。



私自身、『けものフレンズ』は話題になっているのをtwitterで見て、5話くらいから興味を持った後追い組のひとりだ。徐々にハマり、最後にはとても感動した。けれども、しばらくたってもその面白さをまったく言葉にできないことに気づいた。まるで「解」だけが前触れなく控えめに差し出されたようだった。この困惑について、福原慶匡プロデューサーインタビューで語っている。


「皆さんも、なぜ魅力を感じるのか、はっきりとは言語化できてないと思うんです。食べ物でも、なぜかクセになっちゃうみたいなものってあるじゃないですか(中略)というのも、僕が5年前にその感覚を経験しているんですよね(笑)http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20170327/E1490547358865.html

放送終了後、ネット上でいくつか探してみたが「大ヒットの理由」や「エヴァとの共通点」などIQの下がる批評しか見当たらなかった。その清新さや核心について書かれているものは無かった。自分で分析してみてもやはりわからない。一見すると『けものフレンズ』は、パワプロで喩えるなら「オールBでよくわからない特殊能力がたくさん付いている外野手」だ。ツッコミどころがあるようで、よくよく見ていくと隙がない。(あくまでも「一見すると」であり、構成についてはほんとに素晴らしい。監督自身は「怪我の功名」と謙遜するアライさんパートは発明と言っていいぐらいだ)

たつき監督の過去作を見ていくと、クオリティをまんべんなく上げた作品を作るというスタイルは昔から共通しているようだ。『けものフレンズ』では登場キャラクターの紹介とストーリー展開を均等に進め、両者が高いレベルで一体になることを目指したという。インタビュー記事最終話放送直前! アニメを作るのが得意なフレンズたつき監督に『けものフレンズ』の“すごーい!”ところを聞いてみた!!」(以下、「最終話直前インタビュー」)ではこう話している。

「「キャラ先論」「話先論」があると思うんです。そこをまったく同じパーセンテージか、行き来をすごく増やして、キャラ優先なのか、お話優先なのか、わからないレベルでその2つが有機接合できるといいなと考えていました」http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12855680/

ところで、仕事でも3Dアニメを作り、休みの日も3Dアニメを作っているというたつき監督だが自主制作アニメ『眼鏡』発表後の2010年に行われたインタビューでは興味深いことを語っている。ここに一部抜粋したい。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りましたhttp://ascii.jp/elem/000/000/532/532388/index-3.html

本人の発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、そう質問せざるを得ないなにかを質問者も感じたのだろう。確かに『けものフレンズ』は熱心なアニオタが作ったアニメという感じはしない。1話の出会いシーンと休憩のシーンが例外に思えるほど性を表現すること行わない。その他ではペンギンの脚やカワウソのケツぐらいだ。もちろん全年齢向けというコンセプトもあるだろうし、動物と人間という認識の違いに厳密に取り組んでいることもある。だが、繰り返し見てもそこに「ほんとはエロくしたいけど抑えよう」や、「萌えを感じさせよう」などという作為が感じられない。肩の力が抜けているというか、監督の視線が別のところを見ているような奇妙な感覚があるのだ。

話題にもなったペンギンの脚については「最終話直前インタビュー」で、こだわったポイントは肉づきであり、それは未だ言語化できていないパラメーターと語っている。やはり焦点が別のところに当てられているようだ。このたつき監督独特の感覚について、チームの中では「ガラパゴス的」「ほどよく鎖国している」「天然」(「最終話直前インタビュー」)と表現されている。

たつき監督の制作に対するスタイルがかすかに見えてきたが、根本的なところ、なぜ面白いのか、なにが新しいのか、どこが違うのかが一向にわからない。繰り返し観ても「サーバルちゃんかわいい」「言われるも!」以外にこの作品を語る言葉は見つからなかった。

そんな時『シン・ゴジラ』についてのツイートたまたま視界に入ってきた。ああ、あの作品は私にとって全然ダメだったな、なぜってあれはオタクのウェーイだったから。だから受け入れられなかった……だからけものフレンズ』は良かったのか。本来なら過去や同時期に放送された作品に触れ、その違いを論じることで導き出すのが正統な論証だろう。だがここでは『シン・ゴジラ』を補助線に引くことでショトカしたい。

シン・ゴジラ』はあの庵野秀明監督による作品だ。詳細は割愛しよう。宮台真司の批判とか概ね同意だ。私がアレルギー反応のような拒否反応をおこしてしまったのは別の部分になる。同作でも、指揮命令系統のフェティッシュともいえる再現、圧縮された膨大な情報量、巨大な生物のようにフル回転する官僚機構がたっぷりと描かれる。ああ庵野秀明だ、ああガイナックスだと感じた人も多いだろう。ただ、結構な面積が焼き払われ、放射能に汚染され、東京の中心で彫像のように固まったゴジラが実写として映し出されるとシニカルな感想も浮かぶ。「想定外の天災」とはいえ主要な登場人物はなんの責任も取らないだろうな、“庵野秀明から”。

ガイナックス庵野秀明に代表される彼らが、凝縮し、エッセンスを取り出し、世に提示してきた価値観。古い世代のオタクの王道ど真ん中の価値観。そこには、新兵器があるなら使おう、ボタンがあるなら押そう、ロケットがあるなら飛ばそう、人類補完計画があるなら発動させよう……後は野となれ山となれだ、という姿勢がその根本にある。責任の取らなさ。それが露出してしまうと、フェティッシュに埋め尽くされた119分はオタクが「ウェーイ!」とはしゃいでいるようにしか見えなくなる。

新しい爆弾が作れるなら作りたい、作ったなら使ってみたい。そういう欲望はギーク価値観として近代には普遍的にあるものだろう。それは責任とセットになっていなければ極めて危うい。『ジュラシックパーク』(1作目)に出てくるでぶが度し難いように。『シン・ゴジラ』の官僚たちは誰一人弾劾されず、断罪されずスムーズに復興へ移っていくだろう。彼らの合理性なら、半減期が2週間なら翌月から暮らすことができるだろう。三権が一体化した効率の良い行政システムを築くだろう。責任を切り捨てたからこそ、フェティッシュの興奮に耽溺できたのだ。棄てられた責任野ざらしにされ担う者はいない。

2000年代2010年代アニメにおいてもガイナックス的な価値観は揺るいでいない。おそらくこんな声が聞こえるだろう。「『ハルヒ』は?『らき☆すた』は?『けいおん』は?『まどマギ』は?『化物語』は?日常系を無視するなとんでもない!“大きな物語”をまだ求めるのか?!」このあたりはもっとその分野に詳しい人の評論を待ちたいと思う。私の見立てでは、それらは(主に女性の)キャラクターについてのフェティッシュを深めたにすぎず、逸脱はしていない。フェティッシュに注力すればするほど与えられた価値観の中での反復行為となり、自らをその価値観の内部に限定させるという結果を生む。そして、目を背けた価値観のもの形骸化しながらもしっかりと保存され、視聴者を貴族的な愉しみという隘路に導く。

もし汲々とした再生産のサイクルの中にどっぷり浸かった人なら、そこから抜け出すには並々ならぬ苦闘と意志が必要だ。たつき監督にはそうした努力は必要なかっただろう。『けものフレンズ』は最初から“できている”。

これは自由の味だ。

ジャパリパークではフレンズたちは当たり前のように責任を持ち、細部へのこだわりは新しい領域に向けられているがそれ自体に耽溺していない。古い価値観を超えるものを作ろうとして頑張った結果やっとできた、ということではなく、初めからそうした問題意識のものが存在していないかのように新しい価値観を持っている。それほどあまりに自然に表現された作品として我々の前に現れた。

可能にしたのは主に3つの要素からなる。「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」。この3つは密接に関係している。「手書きには温もりがある」という言説は否定できないが、大勢が1枚1枚セルに色を塗るという時代ではなく、1人である程度は全部作れる3DCGという環境がたつき監督にとって不可欠なものだったことは想像難くない(実際はirodori時代から分業していたことはブログからも伺えるが、作業量や機材を比較して)。Wikipedia情報によると、彼はサンライズ作品のCGを担当することで商業的なキャリアスタートさせ、以降手がけた仕事は一貫してCG関係だ。これがもし手書きスタッフとしての参加なら、今の形の『けものフレンズ』は存在しなかったし、たつき監督もおそらく従来の価値観に染まっていただろう。

3DCG上で現在主流の2Dの表現をそのまま再現することは難しい。「不気味の谷現象」ではないが、3DCGから2Dアニメに寄せようとすれば違和感が増え、それを克服するためには新しいアプローチ必要になる。たつき監督はレイアウト(構図というよりも画角)の段階からキャラクターの正面を巧みに演出し、同時に正面ばかりで飽きさせないように一話一話を構成することでこの問題に挑んでいる。技術的な分野における刷新、さらに強く言えば断絶。これにより従来のアニメ表現から自然と距離をとることができたことは『けものフレンズ』にとって幸運なことだった。

次にバランス感覚が挙げられる。たつき監督のスタイルにも作品の全てをコントロールしたいという欲望が見える。映像作家としてこうした欲望は一般的ものだ。ただ、「監督、コンテ、演出、シリーズ構成脚本たつき」と商業アニメで網羅しているのは尋常ではない脚本についてはWikipediaの項目を参考にした)。福原Pは、その秘訣はレイアウトからビデオコンテ、セリフ、声の仮当て、声優への細かな演技指導、修正、差し替え、調整という全ての作業をやりつつも「作業のカロリー計算ができる」ことだと語っている。

「そこらへんはプレスコで作ってきた『てさぐれ!部活もの』の経験が活きていると思いますたつき君はその場のグルーヴ感で「これはやったほうがいい」と思ったら作業しちゃうんです。その後のカロリー計算も、しっかりできる人」

http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1488452395

「北風がバイキングを作った」ではないが、繁忙期は1ヵ月ほぼ泊まり込みだったという『てさぐれ!』における過酷な進行がたつき監督を鍛え上げたことは間違いない。余談だが、ファンによるスタッフロールの解析やたつき監督のTwitterでの発言から、『てさぐれ!』2期からirodoriメンバー関西から呼び寄せたようだ。一部で話題になった出来事もこのあたりに遠因があるのかもしれない。閑話休題

福原Pの言うカロリー計算とは、「作業量」と「かかる時間」と「納期まで時間」を正しく見積もることができるという意味だ。結果、各話を見ても全体を通して見てもまったく破綻していないばかりか、各話のバランス、全体のバランスがとても良い。ほとんどの工程にアクセスし、手を入れ、なおかつどこか一場面に片寄っていないということは特筆すべき能力だ。このバランス感覚ミクロの視点とマクロの視点、ミクロの作業とマクロの作業の両セットを備えていないと成り立たないものだろう。シナリオ含め、一貫してたつき監督の思想が反映された『けものフレンズ』。そこでは、「美少女の細部にひたすら耽溺したい」というような偏ったフレームは分解され、ごく抑制の効いたボリューム/表現としてバランスが整った形で配置されることになる。

最後は、アニメばかりを見ていないアニメ監督。これは富野由悠季が公言し宮﨑駿も暗に語る「アニオタが作るアニメはつまらない」という言葉の裏返しであるたつき監督がケニア育ちだったから、というわけではないが本人の発言ではアニメを「ちょいちょい」見るようになったのは大学で「アニメを作りたい」と思った頃からだという。この時点で「東浩紀は『セーラムーン』をリアルタイムで観ていなかったニワカ」とディスられたレベルでのガチのアニオタではないとも言えるが、ここではirodori制作の短編を元に検証してみたい。

1作目『眼鏡』にあるのはメガネ萌え主人公エヴァギミックNARUTOアクションジョジョネタ(格闘ゲーム版)、東方という、既視感のあるオタネタだ。テンポの良さやオチの付け方など評価できるポイントはあるが、お約束というメタ設定(いくら殴られても負傷しない、カエルが空を飛ぶ、怒りで異形化、いくらでも撃てる弾薬など)のあしらい方はごく普通オタク価値観を共有している人向けに作った短編という印象だ。

続く『たれまゆ』では全体的にパステルカラーキャラクターの柔らかい描写に取り組んだことが見て取れる。手描きによる2Dアニメで制作され、架空の田舎の超常的儀式を通して小さな世界が描かれる。しかし、作業コストが高かったのか、合わなかったのかこの後は2D手書き手法は行われていない。

第三弾『ケムリクサ』では再びソリッドな3DCGに戻る。NARUTO風のアクションレベルアップし、設定も作り込まれている。リナちゃんズと呼ばれる5人の可愛らしさと非ー人間ぽさには独特の魅力がある。『眼鏡』のようにネタをそのままネタとして扱うことはなくなり、説明は最低限。たつき監督の作家性の輪郭がはっきり見えだした時期だろう。30分弱の作品にかかわらず、構成やカット割りに無駄がなくかなり洗練されている。しかし、完成度の高さと裏腹に、注目を集めた『眼鏡』よりも再生数や評価は低調だった。ニコニコ動画の過去のコメントを見ると『眼鏡』の軽いパロディのノリを期待する声が多く、制作側としては不本意な結果だったのではないだろうか。ここでは、1作目でふんだんに盛り込んだパロディで注目を集め、2作目では手描きアニメに挑戦。結果、手描きからは撤退し3作目では3DCGでストイックな作品に挑戦したという流れを指摘するに留めたい。

4作目となる『らすとおんみょう』は福原Pと出会うきっかけとなった作品と言われているが、1話を作ったのみで未完となっている。女性のキャラクターの表情はまた一段レベルアップしており、3DCGの中で2Dアニメ表現に歩み寄りたいという制作者の努力が見て取れる。何がこの作品を放棄させたのかは推測でしか語れない。多忙となったためや、異国の魔女と「適当だけど超強い男子中学生っぽい陰陽師(の下請け?)」が子作りするという設定に着地が見出だせなかったのではないかと思われる。現在残された多くの断片からは具体的な落としどころは示されていない。同作はいわゆるハーレムものの構造を取っており、一方でたつき監督の描く萌えはごく控えめだからだ。

5作目となる『のための』はirodoriとして最後の自主制作作品となった駅長さんシリーズ。できあがった時期は前出の『てさぐれ!』の激動を超え、プロフェッショナルとして確立した後になる。正確には『らすとおんみょう』より前に断片的な映像が出ていたが途中に長い中断があり、実質的に『てさぐれ』後に作られたものとみなすことができる。時系列で書くと2012年に2年がかりで『ケムリクサ』が完成。2013年前半に『らすとおんみょう』(1話)。2013年後半から2015年まで『てさぐれ!』シリーズ2016年8月末に『のための』が『駅長さん フル版』(以下、『駅長さん』と便宜的に表記する)として完成した。この作品は5分という短い時間ながらプロの仕事というべきものだ。目が描かれていない駅長さんの動く姿には、これまでに向上した技術が昇華されシンプルな姿で完成している。

ここで「アニオタの作るアニメ」(以下、オタアニメ)の定義について考えてみよう。もちろん厳密な定義などできようもないが、本文章が求める要件は「特定の層だけをまなざしている作品」であり、具体的には「アニオタ視聴者を満足させることを目的とした作品」であるたつき監督は『眼鏡』では明白にオタアニメを目指し、続く『たれまゆ』では本格的に手描き2Dを試み、より迫ろうとした。ここで最初の転機が訪れる。手描きという手法があまりにハイカロリーだったからか、ここでこの方向は放棄された。なろうと思っていたがなれなかったのだ。以降、アニオタ視聴者をメインの観客に据えることはなくなり、アニメばかりを見ていないアニメ監督として本来の姿、幅広い層へアプローチする道を歩むことになる。

ケムリクサ』の段階で3DCGによる手法に迷いはなくなり、削られたカットからも抑制の効いた演出を志向していることが見て取れる。この作品から作風が変わったようにみえるのはテーマシリアスからだ、という批判も予測されるが「ストーリーシリアスになる=オタクに媚びていない」という短絡は採用しない。実際、表向きはオタク向けの作品ではないと装いながら水面下で「今回はこういう感じで行くのでひとつよろしく、へへへ」と、メタ構造(オタアニメにおけるお約束の構造)やメタ構造を逆手に取った仕掛けを差し出すという交渉を行う作品は実に多い。同時に「まったくオタクに媚びてませんよ」という宣言は、冒頭に挙げた父親の比喩と等しく、オタアニメの枠組みから実は一歩も踏み出していない。『ケムリクサ』では前2作であえて“なろう”とした努力が消えている。木の枝が河に落ちるように自然に、観客と交わす密約もなく、反発もなく、媚びていない。ピンポイントに評価される層よりも広い範囲をまなざしている。『眼鏡』よりクオリティは高いにも関わらず受け入れられなかったことは間接的な傍証になるだろう。

『らすとおんみょう』ではその揺り戻しといえる現象が起こっている。ギャグテーマTwitterで発言しているが、いかにもオタアニメという構造(そのままアフタヌーンあたりで掲載されても不思議はない)にチャレンジするも1話を完成させた後に頓挫。理由は色々考えられるが、これまで見てきた通りハーレムものの企画自体がたつき監督に合わなかったと考えるのが妥当だろう。この時期が2度目の転機になる。ある程度スタイルが固まったのだ。それは『ケムリクサ』で表現されたスタイルの延長にありジャパリパークへ続く道だ。キャラクターに瞳を描くことさえ取り止めた『駅長さん』は『らすとおんみょう』の続きは作らないという静かな意思表明とも受け取ることができる。


再び繰り返しておきたいのは「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」この3つはどれかひとつが先立つものではなく、お互いに深く関連しており不可分なものだ。『けものフレンズ』ではこの全ての要素が花開いている。この作品に超絶的な技巧が込められた作画や、ぴちぴちとした美少女あるいは美男子を求めることはできない。あるのはサバンナに向けて開かれたような、開け放たれた窓だ。振り返ると、室内にはエヴァ以降20年にわたる作品がある。時代を代表する色褪せない傑作もあるだろう。でも、もう昔の作品だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい朝日に貫かれた後では、戸惑いつつも思い知らされるのだ。どれだけ偏狭な価値観に縛られていたか。こんなにもこだわっていたものは汲々としていたか。自由とはこういうことだったのかと。

自由の味。開放されるということは、決定的に変わってしまうということでもある。一度開放されたことを理解してしまうと、重さの無いなにかが失われてしまい、二度と戻ってはこない。それを無視して、例えば「エヴァけもフレ」というように馴染みのある文脈に引きずりこみ安心することもできる。「ローエンドなCGでもいいものは作れるんですよ」と心の平穏を装うこともできる。でも、そういうことはもうやめにしよう。『けものフレンズ』はこの20年間潜在的に待ち望まれていたアニメばかりを見ていない監督によって作られたアニメなのだ。その面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観とは別の場所に立っていることによるのだ。私はたつき監督の成果に最大限の賛辞を贈りたい。素晴らしい作品をありがとう

ただ、アニメを見る目がこれまでとは違ったものになったことは少し寂しく感じてしまう。世に次々と出てくる新しい作品がどれだけ面白くても、それらが“過去の遺跡の新作”ならばそれだけで手放しで楽しめなくなったからだ。つまり、ちょっとした困難をかかえこんでしまったことになる。でもそんな心配はあまり気にする必要はないのかもしれない。なぜなら、すでに誰かが言っていたようなのだ。困難は群れで分け合えと。

2017-04-15

けものフレンズMステ出演の疑問

出演自体はめでたいけれど、何故どうぶつビスケッツ×PPPが出演できたのだろうか?アニメ系だとしたら紅白出場前のμ'sだとか、LiSAだとか、活動休止した藍井エイルだとか、UNISON SQUARE GARDENなど枚挙に暇はない。また見た目キッズコンテンツなので、そういるもの流行っているのを紹介する趣旨理解できる。

ただそれでも唐突な印象が拭えないので、仮説により疑問を解消したいと思う。

(仮説1)

ようこそジャパリパークへ』は作詞作曲編曲歌唱ディレクションまで、オーイシマサヨシ氏が担当している。オーイシマサヨシ氏はバンド出身で、近年『ダイヤのA』を皮切りに『月刊少女野崎くんからTom-H@ck氏とのユニットの「OxT」などでも活躍している。

アニメ作品のヒットは、版権元の角川たつき監督製作委員会によるところが大きく、音楽については製作委員会立ち上げ時からの深い関与があるにしても、実際の曲づくりについては音楽プロデューサー作編曲者に委ねられている。

名言とされる「けものはいものものはいない」、ブルージーなコード進行も、アコースティックを得意とするオーイシ氏の才能によるところに大きく、どうぶつビスケッツ×PPPはのメンバーは他の人でも代替可能であるインタビューによると懇意にしていたビクターディレクターからオファーであり、どうぶつビスケッツ×PPPは、先月はビクターロックフェスティバルにも参加している。現在複数レーベルから作品リリースしている彼だが、アレンジャーとしてのオーイシマサヨシ氏を評価させる良い機会だと、プッシュしたのではないか

(仮説2)

角川が主体となったマルチIP企画だった『けものフレンズ』のアニメ本編のプロデューサー福原慶匡氏であるアニメーション制作会社ヤオヨロズの取締役であり、『直球表題ロボットアニメ』『てさぐれ!部活もの』などの制作実績がある。

たつき監督が表舞台に出る機会が限られている中、福原Pは『けものフレンズ』では、キャストだけでは物足りない人に対して、スタッフフロントマンとして顔出し含めてインタビュー対応していた。かつて盟友だった石ダテコー太郎監督とは喧嘩別れをしたという話が聴こえてくるが、この作品を通しては、少しファンキー髪型煽りツイートをするくらいしかその片鱗を見せなかった。

そんな福原Pのもうひとつ顔が、つばさプラス代表取締役という顔だ。元々福原Pは、川嶋あいマネージャとして、キャリアスタートした人であるアニメプロデューサとして知られた後になっても、手掛ける番組川嶋あいに歌ってもらうという企画をやっていた。他につばさ関連でMステ出演で想いだすのは、水曜日のカンパネラだろうか。BiSは出てない気がする。基本的体制からアウトサイダー寄りであるものの、伝がないわけでもないので、そのあたり人脈ではないか

(仮説3)

どうぶつビスケッツ×PPPキャストは以下の3事務所の8人で非常に偏っている。アニメ本編はかばん×サーバルのロードムービーで、各回ゲストアプリ版で主要な役どころだった青ニ事務所メンバー中心が起用されていた。そのためサーバル以外はサイドストリー的な扱いだった。

響:尾崎由香,佐々木未来,相羽あいな ジャストプロ本宮佳奈,小野早稀,田村響華 ミレニアムプロ根本流風,築田行子 

ジャストプロアニメ制作会社に近いプロダクションだが、ミレニアムプロもそうだろう。W主演の一角を占めるサーバル役を取ったことも、響の影響力が窺える。3人も出演しているバンドリは武道館が決定しているが、昨年異業種から移籍してきた相羽あいなが、歌手デビューたかと思ったらロゼリアボーカル担当しているし、SUPER★GiRLS卒業したばかりの前島亜美アプリ版のパステルパレットボーカル担当している。そもそも昨年武道館やった三森すずこも、他の業界から移ってきた人である。μ'sのMステ出演したこともあり、そのあたりの縁じゃないか

2015-09-26

声優大橋彩香が気になる

会社の同僚からてさぐれ!部活もの」というアニメを勧められた。

シルバーウィークを使って3期まで一気に見たわけだ。

ニコニコ動画には、番組と連動したラジオもあがっており、それも全部聴いた。

結果、今俺は上記アニメに出演している「大橋彩香」なる声優さんのことが気になって仕方ない。

とりあえず、Wikipediaでこれまでの出演作をチェックし、ネット情報あさりにあさった。

こんな若いひとりの声優さんについて数日間も調べ続けたのは初めてだ。

週末には必ず通っていたボルダリングを休んでまで一日中ネットへごちんこと大橋彩香さんのことを調べていた。

アニメも勧められたものしか見ず、アイドルにも興味が無い俺が、なぜかへごちんにはまってしまった。

あの丸顔。

あの歌唱力

あの声。

俺は生まれてはじめて、スマホゲーに課金をした。

俺は生まれてはじめて、声優さんCDを買った。

俺は生まれてはじめて、へごちん画像のためのフォルダ作成した。

俺は生まれてはじめて、ものまねの練習をした。


とまんねぇよ

 
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