はてなキーワード: 真剣とは
はるかぜちゃんママは「あまごい」という芸能事務所を立ち上げてるのだが、そこに所属の中井崇睦さんという男性アーティストとTwitter上で揉めまくった
中井さんはギタリストで、横浜のイベントで演奏した際にママが惚れ込み、中井さんを売り出したいからマネージャーにさせてくれと頼み込んで中井さん一人専用の事務所「あまごい」が生まれた
そのすぐ後で中井さんは以前からの予定だったらしく海外にワーホリに行き、ママは日本で中井さんPR活動に励んでいた
中井さんと出会った当時のママは、はるかぜちゃんにLINEをブロックされ絶縁の危機にあったが、後に和解
はるかぜちゃんと、彼女の短大時代の友人らもあまごいに入りアイドルユニットをつくることになった
帰国した中井さんはアイドルソングを手掛けるようになっていたが、急に音楽性の違いや人間関係への悩みを吐露するようになった
なかい🎸 @al6_tk
それで得られたものは、きっとその先も俺を壊す。
今回だけだ。
これを最後に終わりにするのだ。
ttps://twitter.com/al6_tk/status/1785589343685619880
なんつうか、
野良猫に餌をやって
私の猫!と主張したところで
同じこと。
ttps://twitter.com/al6_tk/status/1785693130991514042
あまごいが俺を放り込みたい世界と、俺が生きたい世界がまるで違う。
わかっていたこと。それが表面化してきている。
ttps://twitter.com/al6_tk/status/1785872832054034796
俺にとって、音楽は精神の具現化だ。それを奏でることは祭祀だ。
文化祭でも遊びでもない。そんなふうに曲を扱うなら、俺を混ぜないでほしい。
俺の知らないところで好きにやってくれればいい。
この感覚がわからない人間が、契約すら交わしていないで俺のマネージャーを名乗ることに限界を感じてる。
ttps://twitter.com/al6_tk/status/1785905077343113403
https://twitter.com/info_amagoi/status/1785893549051109434
今は削除されていてよくわからないが、どうもママがなにか言って怒らせたのが起点らしい
中井さんの反応を見ると、「中井さんはアマチュアだからローリスクで与えられてるだけ」とママが言った?
なかい🎸 @al6_tk
アマチュアである俺は、自分の曲を2曲差し出し、うち一曲は5分ほどの曲を2分に無理して削っている。
さらに譜面とデモ音源を用意し、仕事に追われる生活の中で徹夜をしてそれらをこなしている。
俺は与えてもらっているだけなのか?なら、俺はこれらを提供することを拒みたいのだが?
ttps://twitter.com/al6_tk/status/1785901178834051206
アマチュアだからローリスクだと、与えられてるだけと言ってのけたあなたに、俺がかけているものの何がわかるというのか。
https://twitter.com/al6_tk/status/1785911061763514550
いくり @info_amagoi
ちなみに、いま中井さんの味方として、矢面に立って頭を下げているのはわたしですよ。
https://twitter.com/info_amagoi/status/1785925758474735710
弊社アーティスト、彼女が焼きもちをやくからという理由でLINEブロックされて連絡がとれず、仕事の待ち合わせですら他の人を通して行っている状態です。この状態が続くようなら今後のマネジメントも厳しいです。彼女さん見ていましたら、非常に仕事に支障をきたしていますので何とかしてください。よろしくお願いいたします。
https://twitter.com/info_amagoi/status/1785926084980322745
何もかもが伝言ゲームになると本人とマネージャーの意思疎通も難しくなり、本来なら直接話し合えば何てことないことなのに、どんどんおかしくなってしまう。そもそも、真面目に仕事しているだけなのに、なぜ女だからと言うだけで変な風に受け取られてしまうのか。歯がゆいです。
ttps://twitter.com/info_amagoi/status/1785929549295091850
なかい🎸 @al6_tk
せっかくだから言わせてください。
芸能の世界は成りたい人の集まりだから、本人の希望は二の次。心など無視するのが当たり前。大事なものを守れない。
心を守ってくれるというから組んだいくりさんですが、まあ結局こうなるわけです。
マネジメント、外れて構いません。
ttps://twitter.com/al6_tk/status/1785953172391170201
いくり @info_amagoi
本来部外者である恋人の機嫌を理由にマネージャーをブロックするような事は有り得ないですが、中井さんの音楽と心を守りたいからこそ、ここまで全て我儘を聞いてきたわけです。正直こんな状態でやっていくのは厳しいと気づきつつ、中井はプロ意識が無いから諦めろと各方面から怒られつつ、それでもいくりはあなたのギターが大好きで「誰も味方が居なくなっても売りたい」と思っていました。でも今は他に守らなきゃいけない子達がいるから、もう中井さんだけ特別扱いは出来ないかもしれないね。
これまでありがとう。
ttps://twitter.com/info_amagoi/status/1785962636951384167
中井さんは気難しい人ではあるようだ
ママの中井さんへのこれまでの言及は、例えるなら羽生結弦ファンの年配女性がベタベタに甘やかして王子様扱いするあの感じに近く
ワーホリで物理的に距離があり多忙なうちは良くても帰国したら受け入れられなくなるのではと予想していた
LINEブロックの理由を「彼女が焼きもちをやくから」は婉曲表現だろう
また、「真面目に仕事しているだけなのに、なぜ女だからと言うだけで」は嘘というほどではないが事実とは違う
https://pbs.twimg.com/media/F7anVteagAAL9Tg.jpg
https://pbs.twimg.com/media/F7anVteasAA-8Y0.jpg
https://pbs.twimg.com/media/F7anVtZaoAAVYgZ.jpg
いくり
@info_amagoi
いちいち中井さんと呼びかけるのがめんどくなったのか、ついになかいさん専用スタンプを搭載してしまったいくりのLINE笑笑
このジャージちゃんシリーズは髪型がいくりに似ておるため愛用しております!!ほとんどの名前があるからみんなも使えるよ!!かわいいよ!!
ttps://twitter.com/info_amagoi/status/1708737106145907167
このスタンプ「ジャージちゃん」は10~20代のリア充にバカウケでシリーズが大量に出ているヒット作だ
赤ジャージの女の子と青ジャージの男の子はカップルで、画像内にはないが抱き合ったりキスしたりするスタンプもある
50代の男性上司が20代の女性部下にこのスタンプ送ったらセクハラで問題になるレベル
親子ほど年の違う、羽生結弦ファンみたいなノリで接してきて同じノリで広報活動もする相手に彼氏がこのスタンプを送られていると知れば
彼女が思うのは「ヤキモチ」ではなく、ほとんど恐怖に近い感情だろう
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2359685
どいつもこいつもチー牛という言葉は差別なんだ、見た目について言うのは差別なんだ、とにかく差別なんだ、とグチグチ言ってるけどさあ。
要するに、チー牛っていう言葉は「こいつの見た目、なんか嫌だな」という意思表示だろ。
顔やら体型やら肌の色やら、生まれつきどうしようもない部分について言うなら差別だろうけど、それだけじゃないじゃん。
髪型・眉毛・ヒゲ・服・靴・バッグみたいな、本人の意思である程度コントロールできる部分に関しては妥当だろ。
当然、チー牛の人達も悪気があってやってるわけではないんだろう。
たぶん、見た目について何も考えずに生きてきたから結果的にそうなってしまっているだけだろうから。
でも、悪気の有無なんて関係ないんだよ。
例えば、学校で無神経な陽キャが陰キャを体育会系の部活ノリでイジっていたら、その陰キャはそれをいじめだと認識してしまいました、とする。
この場合、陽キャは悪気なく何も考えずやっただけなので悪くないです、それをいじめだと思い込んで嫌がった陰キャが悪いです、とはならないだろ?
考えなしにやったことが周囲の顰蹙を買うなんてありふれた話なんだから、人が自分の行動を嫌がった時点で一度立ち止まって考え直さなきゃいけない。
「見た目ごとき」に意味なんてないと根拠なく信じ込んでいるから。
人の怒りのツボなんてどこにあるかわからないんだから、ごときなんて言っちゃ駄目なんだよ。
「何も考えずに適当にやったことが嫌がられてる!嫌がる方が悪い!差別!」って、もう滅茶苦茶だろ。
「人の見た目についてああだこうだと言ってはいけない」という社会規範は確かにあるんだろう。
でも、それと同時に「人が嫌がることはしてはいけない」という社会規範もあるんだよ。
それらが対立している状況で、自分にとって都合の悪い後者を無視して都合の良い前者だけを主張している。
だから、チー牛ってのは他人の価値観をロクに考えもせずとことん軽んじてしまう人。
自分が今まで考えてこなかったことに意味があるわけがない、自分と違う価値観は間違っているに違いないと根拠なく考えている。
その考え方自体が差別丸出しなんだけど、何も考えてないから気付かないんだよな。
自分はそういう人間だと言葉ではなく全身を使って表現している状態で、そんなもんが人から嫌われるのなんて当たり前じゃん。
見た目ってなんだろう、チー牛ってなんだろう、キモいってなんだろう、清潔感ってなんだろう、全部ちゃんと自分なりに考えろよ。
ずっとソフトウエアエンジニアで飯食っていたのですが、2021年4月からIT系専門学校の教員を3年間やってきました。
始めるうえでやって良かったこと。逆にがっかりしたことを書こうと思います。
いずれちゃんと書くつもりだったのですが、途中で飽きてしまったのでwとりあえず下書きっぽいのを投げてます。
—-
教員になってすぐに、理事長含むお偉方の前で模擬授業をやったのですが、そこでの理事長の評価がとても良かったそうです。私がいないところで褒められたので、どこが良かったのかわからないのですが、模擬授業中の他教員からのフィードバックでは、「常に教室中を見回して聞き手のことを見ている」「適当な時間に質問タイムを入れている」などをいただきました。この辺りは説明やプレゼンを数多くこなしていれば普通に対応できると思います。どちらかというと、「初手で理事長に好印象付けに成功した」が大きかったと思います。
とりあえず、なんとかなりそうだとの感触を持ちました。
さて、私は大卒で専門学校のことも知らないし教員歴もありません。
なので、経験のある社員教育(OJT)をベースに、不具合があったところを修正する、という方針で臨みました。
②課題解決のための材料の提供のみ行い、課題解決は自身で行なってもらう。こちらが全てお膳立てして、こちらの想定に沿った解決策の提示を行なってもらっているので、まだ自立しているとは言えないが、本人は自分の努力で解決したという自意識を持っている。
③「なぜこの課題を解決すべきなのか」という問題提起のみ行い、解決のためのリソースを入手するところから自力でやってもらう。これができるようになると、こちらの想定を超えた課題解決を行うことがあり、仕事を任せることができる。
こちらをベースに、不具合のあるところをアレンジする方針で臨みました。
基本方針は
①専門知識は全て教員が持ち、必要な情報を全て提供する「教師と生徒(≠学生)の関係」
②体調が悪い時には自ら病院に通い、専門技術を持った医者の医療サービスを受けるような「医者と患者の関係」
③RPGの「武器屋」のように、自ら魔王は倒さないけど、各自に合った良い武器の選び方、武器の使い方は教える「勇者と武器屋の関係」
③だけちょっと表現が違いますが、これが1番学生に通じやすかったんです。
また、学生は「さん」づけで呼びました。TPOによっては呼び捨てもしますが、「あの子」のような「子」とは呼びませんでした。「あの子呼ばわり」というとネガティブな印象の方が私には強いので。
基本的に学生との接触回数・接触時間を増やすことで、学生からの好感度・信頼度は上がります(人によって上昇率に差はあるにせよ)
朝早くから在室しているメンバーは固定されがちですが、まずは少数の学生であっても、良い評判を勝ち取り、口コミで他の学生評判が広がってくれれば良いと考えました。
これはずっと続けたかったのですが、特に3年目は仕事が忙しく、時間ギリギリに通勤するのがやっとだったので中断してしまったのが残念です。
専門学校が大学と違うところの一つが、専門学校にはゼミ・研究室がないことです。
コロナ禍でオンライン登校が多かったせいもあると思いますが、学生同士のつながりが希薄です。クラブ活動も全面ストップだったので、クラス外の学生、学年を跨いだ学生同士の連携はほとんどないように感じました。
大学だと、学生が何かわからないことがあれば、まず同じ研究室生・同級生に、次に先輩に質問し、それでもわからなければ教員に聞きにくると思うのですが、専門学校だと、割と軽微な質問まで教員にきます。もちろん困っている学生がせっかく相談に来てくれたのだからそのつながりは大事にしますが、教員に聞きにくるまでに捨てられた無数の質問もあったんだろうなと思いましたので、そちらをなんとかしたいと考えました。
こんな便利なツールがあるよ。よかったら授業で使ってください。という「紹介」をしました。
細かい使い方までは言わなかったのですが、特にグループワークで学生が自主的に使ってくれました。
特に人気があったのはMiro(ブレインストーミングやカンバンなど)、Figma(アプリのデザインなど)、Notion(技術共有などWiki的な使い方)などです。どれも複数人の同時編集機能があるので、グループワークで使うのに相性が良かったようです。
ツールの使い方、どんな図面・ドキュメントを書くかなど、学生同士が細かく相談したり、あるチームの成果を別のチームで紹介したり等、学生が自主的に動いてくれました。
統制が取れた、良いチームワークができたと思っています。
統制とは(辞書に載っている意味とは違うかもしれませんが)個人が自主的に別の個人やチームに共感し、自主的にその方針に従っている状態が保たれている時、「統制が取れている」と言う言い方を、私はします。
フォローアーシップが十分に発揮されている状態、と思って頂ければと。
1年目は登校授業が週1に制限されていたので、放課後の学生居残りまで発想が及ばなかったのですが、「夏休み中に登校して、学校で基本情報の勉強をしたい」との学生の申し出があったのでいろいろ調べたところ、前日までに登校計画書を提出すれば対応可能だとわかりました。計画書さえ出せば毎日登校でも良いそうです。その後、通常授業の日も事前に学生名などを届けることで教室が使えることになったので、できるだけ学生を呼ぶようにしました。
卒業の1年以上前に内定を取る学生もいますので、彼らに未内定学生のフォローを手伝ってもらいました。
「面接でどんな質問があるか」等、最新の就活事情は私もわかりませんし、その辺の情報は学生が1番詳しいです。
教員や就活支援担当のいうことより、同年代の学生の経験談の方が、説得力もありますし、学生も真剣に聞いてくれます。
さらには、就活フォローの名目で、学生との1on1に当てていました。
「自己PRのネタ探し」などの名目で、学生の経験などをかなり詳しく聞くことができます。普段なかなか聞けない「みんなより1学年上なのはなぜ?」などの質問もできますので、私にとっては貴重な時間です。
私は座学をほとんど受け持たず、実技メインの授業でした。
実技メインなのは助かりました。
技術者として他の人に指導なり水平展開するのと、基本的に同じやり方が取れるからです。
技術リーダーの仕事は「自身のスキルを持って、他の技術者の成果を向上させる」です。それは教員でもほとんど同じです。
受け持ちも3、4年生なので、2年以上プログラミングを学んだ人たちです。ずぶの素人集団ではありません。
特にグループワークの授業では「チームがより良い成果を出すためには、チームメンバーの技術、知識、経験をフルに生かすこと」を命題に、かつて学んだCrew Resource Managementの技術をベース(CRM自体を学生に学んで欲しいわけではないので)に、Psychological SafetyやHealthy Conflictの考え方を交えた取り組みを行いました。
引き継いだシラバスから、デザイン思考を用いた企画発案、スクラムによるアプリ開発を重点に、他の部分は極力削ぎ落としたり簡単に取り上げるだけにしたのも良かったと思います。
実際の授業では、先に挙げた通り学生同士の教え合いを活発化させることをメインに、こまめに学生の机の間を回って、学生から質問なり、ただの雑談があったときにすぐに話ができるようにしていました。
このあたりは、工夫というほどではないですね。
専門学校は1コマが50分しかないので、途中で集中力が切れてしまったら、時間内の回復は難しいです。
なので、できるだけ授業を止めない。たとえばあるチームの質問を他のチームにも展開したいと思った時には、その場で一旦授業を止めるのではなく次のコマの開始時にまとめて話をするようにしました。
逆に、これは50分持たないな、と思った時には、あえて中間に5分ほどアイスブレイクを入れることもあります。
この辺り、授業進行・クラス運営は技術ではなくアートだなと強く感じました。
基本的には「中間層の学生をメインに授業設計する」「よりできる学生は本人の自主性・成長力に期待する」「それ以外の学生は個別対応」で対応しました。クラスに40名以上もいると、全員個別対応はできませんので・
ただ、できる学生だからと放っておいてもいいわけではない。常に気を配っている姿勢を見せつづけないといけない。
で、そういう学生には「こちらからお願いごとをする」機会をできるだけ作るようにしました。
直近2年連続で学年総代を私のクラスから輩出させていただいたのですが、彼(女)らは、4月の時点では特に目立って他学生への気配り・目配りができるタイプではなかったです(仲間内では人気がある学生でしたが)。「総代候補」の学生数人を中心にこちらからお願い事を増やし「ありがとう」という感謝の意を伝えるようにしました。
結局、総代になった学生は、私から最もお礼を言った学生になりました。
総代になる学生は、何か具合の悪いことが起こった時に逃げたしだりやる気を失ったりせず、問題解決しようとするか、少なくともテンションが大幅に下がることがないですね。そういう「胆力」がある学生が結果的に総代になってくれて、個人的にはうれしかったです。
高校時代の出席率が良くない学生は、(高校の入試偏差値が高くても)成績がよくないケースが多いです。高校時代の出席率は入試担当部門に行けば見せてもらえるので(そのことを知ったのは教員やって1年以上経ったころでしたが)、予め当たりをつけることができました。
ちなみに今は高校時代の成績、出席率は教務担当はオンラインで見られます。なぜか国語の成績はシステムに入ってないので、そちらは相変わらず見に行かないといけないのですが。
人数はそう多くないのですが、高卒資格で入学してくる学生は、これらの情報がありません。学生のコミュ力は結構な差があって一概にいえないのですが、教員含む大人との駆け引きは苦手な学生が多い印象です。つまり、就活が大変になるということです。
調子の良くない学生の典型例として心療内科の受診経験者も結構いたのですが、教員にも隠していることが多く、引き継ぎにも書かれていないケースや、本人から他教員に言わないで欲しいという申し出もたまにあります。
私の場合、心療内科受診を勧めた学生に受診歴なしの学生はいなかったのですが(受診歴あるのに本人から申告されるまで気づかなかった学生はいます。)こういう対応ができる教員はそう多くないので、学生が隠したがる一員になっていると考えています。
対処法は学生による、としか言いようがないですね。学生むけの無料相談室を勧めるところまでは共通ですが。
前年度の担任から、「特に問題点はない素直な学生だが成績は良くない」という引き継ぎを受けた学生が、実は大人を騙すことになんのためらいも無い人物だったことがありました。私などからすると「こんな単純なウソが大人に通用すると本気で思っているのか?」と思える幼稚な対応でしたので、すぐに保護者連絡を取って(当然保護者は気づいていますので)、保護者・担任の連携が強固に取れていることをアピールすると、少なくともウソが通用しないことは気づきます。基本的には保護者から「先生、なんとか卒業だけはさせてください」という言質を取って、とっとと卒業してもらう、というスタンスです。
やたら素っ気ない態度と、1年の時から比較して成績が急降下していた学生がいたのですが、彼女の友人から「父親と決定的に仲が悪く、そのためか年長男性に心を開かない」ことを教えてもらうまでは、全くとりつく島がなく、苦労した学生がいました。会話が成立するようになってからも、特に強い言葉を使ったつもりもないのに学校に来なくなってしまうことが時々あったのですがなんとか就職も決まり、今は元気にやっている様子です。
出席率・単位が不足する学生には補習を受けてもらうのですが、私を含めごく少数の教員は「他の人よりちょっと多く学校に来てもらうことになったけど、これが終われば進級・卒業できるんだから、あとちょっとだけがんばろう」というスタンスでした。補習が終わり「これで卒業決定です。4月からは新社会人として頑張ってください」というと、学生自ら反省とか決意とかを言ってくれるので、こちらはそれを信じて送り出します、
一方で補習中ずっと説教モードの教員も多く、聞いているこちらがうんざりしました。説教しない教員同士で「学生はすでに十分反省しているのに、なんでまだ怒るんでしょうね」とヒソヒソ話をしてたものです。
事前に全く想定していませんでした。
私自身、大学どころか、高校、中学の先生と両親が面談をやっていた記憶がありません。
とりあえず
「できるだけエビデンスを揃える」
で臨みました。
成績の良くない学生・就職を控えている学生の保護者との面談は特に重要です。
「もうすぐ社会人なのだから、自分で決断・行動してほしい。先生にお尻を叩かれてから行動を起こすようでは困る」という保護者は多い、というか、ほぼ全員です。こちらももとよりそのつもりです。
単純に放置する保護者も多いのですが、「1人前になるのはゴールではなくスタートですよね?1人前の人間としての能力を持ったら、その力をどう使うべきでしょう?困っている人を助けるのも、力の使い方のひとつと思います」などと偉そうなことを言って、保護者連携を強化しました。
最新の就職事情がわからない。自身はIT系の人間ではないので、どういう支援をしたら良いのかわからない、という保護者の方には、過去の学生の活動事例、本校学生の就職先、勤務地などの資料をもとに、説明を繰り返しました。
大学の就活に関する情報はネットにたくさんありますが、専門学校生に特化した情報は意外とありません。それはこちらも同じなのですが、「ここは大学生とほぼ同じ。ここは事情が違う」という情報を集めてご報告しました。
「先生と会ってどんな話をしたらいいのかと思っていたが、お話できてよかったです」というメールをいただいた時にはホッとしました。
1. とにかく忙しい。
去年の3月末で辞めた教員の補充しなかったため、仕事が山積みになった
その前年にもベテラン2名が辞めていたので、土日も休めない状況になった。
2.やることがなくなってしまった
2年目で数値化できる数値はほぼずべて学年トップ。場合によってはIT学科トップや全校でも2、3番手などになってしまい、さらに上を目指すものがなくなった
校長など経営陣の意向を取り違える。他の学科長と連携しないなど、独自路線を突っ走る。かといって学科の取りまとめもやらないので、成果の出ない(クラス数激減)学科になった。
4. 他教員と話が合わない
4年ではスクラム開発を取り上げるのですが、4年担任はよくいえばスクラムガイドに忠実。悪くいえば批判的精神がない、なぜこういうルールになったのかまで考えが至らないタイプでした。
スクラムガイドには、チームは「10名以下」と明記されているのですが、チーム開発経験の乏しい学生にこの人数は多すぎです。
実際、成果を出したチームは4人チームが最も多かったのですが、ずっと多人数チームに固執し続けていました。
4年生は当然実力はあるのですが、それに見合った成果が出ませんでした
5.他教員が働かない
2、3名で案内をしていたのですが、体が不自由そうな保護者の方をエレベーターに誘導したり、 Permalink | 記事への反応(2) | 13:20
主人公ユリアンにとってこの石運びが死んだ仲間やディアナ母への決意表明だったとしても
そんなことは他人には関係ないし伝わってもいないのだから、外から見ればただの石運びなので
ただただ退屈な石運びを見つめ続けられるわけもないし心を打たれるわけもない。
この部分はだいぶ結論ありきすぎるかな。
成婚できずに退会しちゃったので今は婚活やってないけど、たまに思い出すもやもやする話
そろそろ真剣交際が視野に入ってくるこのタイミングで持病があること、そして持病のせいで年に1回くらい2・3ヶ月休職している事(彼女は派遣社員だった)を告白された。
相手にそんな持病があるとは思っていなかったし、派遣社員であることも知らなかった(職業は公開していたが派遣である事は隠されていた。もちろん年収も非公開だった)
この人とは無いな、と思ったのが正直な感想だった。1年の内10ヶ月しか働いていない派遣社員の収入なんてたかが知れてるし、休職期間中も自分のサポートが必須なのは間違いなかったから。彼女は実家済みだったので今まではその辺りのサポートを親にやってもらっていたのだろう。
もし結婚後にこういう病気を患うとかであれば全然問題なかった。もちろんサポートもする。でも結婚前、しかも全然関係が深くない相手だったら無理。
という事をハッキリと伝えてしまうと角が立つので、「分かりました!話してくれてありがとうございます」みたいな感じで肯定も否定もせずにその場を収めた。
問題はアポが終わってから。向こうから来たメールに「持病を受け入れてくれて嬉しいです。今まで持病の事話すと避けられる事ばかりで⋯」の一文が⋯
いや、受け入れてないんだが⋯
肯定も否定もしてない返しだったのに何故か持病が受け入れられたと勘違いしたようだった。
普通の人であれば脈なしである事は十分に察せる返しだったはず。その時までうっすら感じていた「婚活女性は割と鈍い」が確信に変わった。
とにかく婚活女性特有の鈍感さでこちらのお断りの意を汲んで貰えなかったのだが、持病が受け入れられたと糠喜びしている人に交際終了を伝えるのは忍びなかった(本人に伝えるわけではないとはいえ)
『ステラーブレイド』は大砂漠まで進んできて探索を始めているのは今日この頃の話なんだけど、
最近はこのPlayStation5の『ステラーブレイド』の話ばかりで大変恐縮しまくりまくりまくりすてぃーよ。
珍しくこれの話ばかりでしつこいなーって思われちゃいそうだけど。
にしてもだんだん難しくなってきて
イヴのお尻ばかり見ている暇はないわ。
つーかこういう死にゲーっての?
ソウルライクって言うのかしら?
そういう系のゲーム私初めてだったかも今さらそう思うに当たって、
ふふふ荒野のスクラップ置き場とかにいるなんかスターフォースに出てくるような機械の兵士みたいなちょっと強い敵がいるんだけど、
それは荒野では強いけど楽には倒せるようになってきたの。
もちろん当然荒野のやつと同じ振る舞いをしてささっと倒しちゃおう!って思って挑みかかったら、
瞬殺されてしまうこっちが!
て、敵は強くなってない?
ぼんやりしながらやっていたら平場で死んでやられてしまうのよ。
えー!って今ので死ぬか?って
でもこれ幸いか、
その時に取ったアイテムとかは取ったままで復活するので、謎を解いてセーブ地点拠点まで戻れずに力尽きてしまってまたやり直し?って事は無いからそのぶんは温いのかも知れないわ。
それなら突撃してダメ元で突破してやられて帰ってくるってセコイ戦法も思ったりして。
でもそのぐらい油断出来ないぐらい
イヴの艶やかな容姿を華麗に戦うとはだんだんとストーリーが進むごとにそう言うお色気要素が遠のいてくるのよ。
見てる暇ないっつーか。
このころになるとある程度色々なコスチュームも揃ってきているので、
良い意味で言えばお尻に落ち着いてきたと言っても過言ではないわ。
幸いまたマップ上のクエストをひとつずつクリアしていけば良いんだけど、
そこまで行くのが苦労なのよ。
敵強いしさ。
そんな最中なので、
スプラトゥーン3はもう1日1勝のノルマを課しているのをクリアしていくログイン勝利ボーナスをもらうのみに留まっているけれど、
いまはスプラどころじゃないわ。
そんで、
ステラーブレイドはちゃんと真面目に雑魚敵とでも真剣に戦わないとちゃんと防御しないといけないところが本当に目の前の敵を討伐して前に進む
無視して走り抜けられないところもあり、
そこが謎解きよりも敵が強いところが先にサクサク進まないところでもあるわ。
みんなもうクリアしたよなんて言ってネットの人はいるけど20時間ぐらいで、
私は雄にもうそんな時間を越えてしまってまだ全然画面上の進行状況は50パーセントとかあんので
これまだ半分地点なの?って
良い意味でまだ楽しみは半分お尻が残っていると思えば区ではないかもね。
なにしろ
またお休みの日はその『ステラーブレイド』の謎を解かなければ!
でね、
増田でステラーブレイドって検索今は超絶速くなってきたから検索しても誰もそのことを書いている人がいなくて増田で盛り上がっているのは私だけ?って思わざる山の如しって思うほどタニコーの五徳なのよ。
どこで人気あんの?って
ほんとうは人気なかったりしてでも
プロモーション記事は大盛り上がりだったブクマとか多く見たけど、
そのぐらいみんな苦戦してるのかしら?
まあよその人のことはどうでもいいわ。
私はしっかり今のイヴに向き合ってストーリーを進めていって真実を見届けるだけなのよ。
今まだあんまり攻略方法も発売されたばかりだから充実していないので、
どんどんネタバレの記事とかも目に入っちゃいそうなところもあるけど
それよりもさきになんとか頑張って進めたいところよね。
あと気になるのがPlayStation5って熱くない?
あまりに熱いので部屋の中気温が高くなってきて
エアコンつけちゃったわよ。
これって普通なのかしら?
私より熱くなってない?
なんて思いながら
今年は『ステラーブレイド』で熱かったな!ってまだ夏先なのに夏の思い出になりそうよ。
大げ差じゃなくて、
本当にドライヤーの弱みたいな風が出てくんのよ!
私も熱さ負けてらんないわ!
うふふ。
また何か適当な野菜を買ってきて作るお味噌汁の楽しさを今さら発見した次第よ。
案外こういう時は朝起きたてのフレッシュな疲労ゼロの自分で昨日のボスの続きをすると意外と勝てちゃうときがあるのよ!
これで水出しルイボスティーウォーラーを昨日こしらえて作っておいたのよ。
スッキリとした水出しルイボスティーウォーラーは朝の目覚めのボス戦にも応えてくれるわ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240427031516
gryphon 面白く読んだが2点。「…付託されたが、その後本格的な審査…ない」は議会が駆引と日程で動く以上あり得る話で「付託」時点で一定水準の議論と推定可能か/米上院(各州2議席)等「平等選挙原則」は前提にせずとも可
平等選挙原則の話はあとに回す。議会が駆け引きと日程で動くのであれば、付託は政治的取引の結果と解することもできるような気がするというのはともかくとして、確かに議会の駆け引きの結果たなざらしにされているという可能性はある。そこで、先の2008年提案をもう少し細かく読んで見た。
https://dserver.bundestag.de/btd/16/098/1609868.pdf
よく読むと、この提案は、基本法や関連法規の改正を連邦政府に促すべきだという「決議」の提案であり、基本法改正の条文を並び立てる案ではない。条文も具体的な制度設計も伴わない提案を一定水準の議論と言って良いのか。だから賛否も問われずにたなざらしにされたのではないだろうか。以下の文章以外は、提案の理由(いわゆる「世代間正義」の実現が主のようだ)が長々述べられているに過ぎない。
II. Der Deutsche Bundestag fordert die Bundesregierung auf, einen Gesetzentwurf zur Einführung eines Wahlrechts von Geburt an durch Än- derung des Artikels 38 des Grundgesetzes und erforderliche weitere gesetzliche Änderungen, insbesondere im Bundeswahlgesetz, vorzulegen. Für den Fall, dass die Eltern sich in der Ausübung ihrer Stellvertreterposition in Bezug auf das Kindeswahlrecht nicht einigen können, wird die Bundesregierung aufgefor- dert, eine einfache und beide Eltern möglichst gleichberechtigende Regelung zu schaffen.
連邦議会は、連邦政府に対して、基本法第38条と他の必要な法律の改正、特に連邦選挙法の改正を通じて出生時からの選挙権を導入する法案を提出するよう求める。両親が子の選挙権についての代理権行使[の方法]について一致できない場合のために、連邦政府には、簡単かつ両親双方に可能な限り同権的な規則を作成することを求める。
ちなみに、Wikipediaドイツ語版(https://de.wikipedia.org/wiki/Familienwahlrecht)を見て知ったのだが、2003年にもほぼ同じ提案がされている(https://dserver.bundestag.de/btd/15/015/1501544.pdf)。
こうして経緯を調べてみると、議会の妥協ゆえにたなざらしにされているというよりも、5年経って具体的な案も詰められなかったというのが現実であるように思われる。
「国会で」とか「政府で」という枠を外して学界に目を転じると、確かにドイツ人らしく(?)真面目に議論されているみたいだ。前回の調査局の報告書には、数は少ないながらこの問題を直接的に取り扱った論文がいくつか引用されていた。彼らが議論しているのは基本法の定める民主国家原理に反するのか、それを促進できるのかという点である。問題は、そうした真面目な議論をきちんと踏まえた上でドイツ人ができなかった(ように見える)平等選挙の原則に反しない提案を考案するどころか、子が3人だから私は4票(吉村氏)などと賛成派のドイツ人も避けようとしている発言をしてしまっていることだ。
さて、平等選挙の話に戻る。アメリカの上院は人口にかかわらず一州に2議席である。しかし、このような例があるから平等選挙は必ずしも民主主義の前提ではないというのに私は強い疑問がある。
第一に、合衆国憲法の上院の議席分配については、アメリカ連邦制特有のものである。アメリカのような連邦制をとらない日本でこの例を出すことは不適切だろう。
第二に、アメリカの上院の議席分配が不平等であることは、当のアメリカ人も不満を持っている。たとえば有名な政治学者ロバート・ダールの『アメリカ憲法は民主的か』(邦訳が岩波書店からある)は、上院議員が人口に比例していない「顕著な不平等代表」であると述べる(邦訳58頁以下)。この仕組みは合衆国憲法制定時に諸州の妥協(いわゆるコネティカット妥協)で作られたわけであるが、そもそも、合衆国憲法は民主主義が大事にされる時代に制定されたわけではないというのが時代背景としてある。合衆国憲法が制定された時代には、不平等な選挙制度は普通に見られた。ダールは一例として、19世紀に存在した悪名高いプロイセンの三級選挙法を引き合いに出している。三級選挙法は、平等選挙を求める激しい非難を浴びながらもしぶとく生き残っていたが、第一次大戦の敗北と共に消え去ったのである。選挙権は与えるが露骨にユンカーと資本家の票を優遇するこの仕組みは極めて有名であり、今でも平等選挙の反対概念である差等選挙の一例として三級選挙法はよく言及される。今さら民主主義が大事にされていたわけではない時代にできた妥協として生き残っているものを引き合いに出すのは、民主主義者の行動としてはおかしなものだと思う。ちなみに、ドイツの連邦参議院(上院)は、ある程度の人口比例的に各州に議席が割り振られることになっている(また、そもそも連邦参議院はアメリカの上院ほどの権限はない)。
ケルゼンも言っているが、民主主義は人々の平等をもって本旨とする(古代のギリシアの民主政も突き詰めれば平等に行き着くだろう。民主政を表すもう一つの言葉はイソノミア(平等の法)である)。選挙権の平等は民主主義と切っても切れないのであり、ドイツ人が平等選挙に反しないように「代理」と言っているのは、ドイツ基本法(憲法)20条に抵触するのを避けるためだけではないだろう。もし平等選挙の理念を取っ払うのだとすれば、金持ちが結託して再び三級選挙法のような仕組みを導入されても文句は言えない。むしろ今般の眠たい提案よりも金持ちを守るための露骨な提案の方が議会を通りやすいだろう。平等選挙を引っ込めてはならない。
選挙権の平等に歪みを加えるような制度改正をしても、政治的影響力を増すのは「代理」する大人であり、子どもではないという現実を見るべきだ。若年者の「世代間平等」とやらを図りたいのであれば、方法は一つである。「代理」などという回りくどいことなどせず、選挙権の年齢を下げることだ。16歳、(オーストリアで検討されている)14歳、あるいはその下でもいいが、子どもが投票の意思表示をすることができるギリギリまで下げてみることを提案されたい(ちなみに私は、14歳くらいまでなら割とすぐにでも引き下げて良いのではないかと思う)。
(ついでに)
意思表示の能力がない子どもは排除されるのになぜ意思表示の能力のない人(たとえば重度な認知症の老人)が選挙権から排除されないのかという疑問を持つ人もいるらしい。理論的にいえば、確かに意思表示の能力のない人は選挙、つまり国家意思の形成に参与する資格はない(実は理論的にいえば子どもか老人かは選挙権の決定に直接関係するわけではない)。そうすると、なぜ2013年の法改正で成年後見人の選挙権が回復されたかという疑問がわきそうだが、後見はあくまで財産管理上の能力があるか否かの問題であり、政治的な意思表示の能力があるかとは厳密にいえば関係ない※。要は、現状、意思表示の能力のない大人を選挙権から排除する仕組みはないと考えなければならない(もっとも、実際には政治的な意思表示が一切できないなら投票所に来られまいし、投票所に来ても何もできないだろうが)。
憲法が成年(ここでいう成年とは民法上の成年をいう)に選挙権を保障するのは、成年であれば政治的意思表示の能力があるだろうという線引きを採用しているからである。こうした年齢によって能力の有無の線引きにするのは、一見すると確かに問題がある。子どもでも賢い子はいるし、大人でも愚鈍な人はいる。思考実験としては、年齢にかかわらずすべて政治的な意思表示の能力がある人をテストで判定し、テストに合格した人にみに選挙権を与えるということも考えられる。ただ、どのような方法でテストを組めば公正に政治的意思表示の能力があると見なせるかという問題が生じる。このようなテストを実際に恣意的に活用して実質的に黒人の投票権を奪っていたのがかつてのアメリカ南部諸州であったことを忘れてはならない。
結局、年齢によって形式的に線引きする方が、ヨリ問題はすくないように思う(年齢よりも問題を起こしにくい線引きの方法があったら教えてくれ)。あとはどこまで下げられるかを真剣に考えることだ。
なお、日本国憲法15条3項は、成年者には選挙権を与えなければならないとだけ言っており(公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する)、未成年者に選挙権を与えることを禁じていない。これは、ドイツ基本法38条2項が、「満18歳の者は、選挙権を有する」と定めていることと対照的である。年齢の引き下げなら日本では憲法改正など必要なくすぐさまやれることなのに、わざわざ憲法改正どころか民主主義の根本原理を改変するような提案をしてくるのは、何かおかしな底意があるのだろう。
※これは思いつきだが、禁治産者が選挙権から排除されていたのは、財産を持つ有徳の者にだけ選挙権は与えられるべきであるという制限選挙時代のBesitz und Bildungの観念に由来するのかな。いずれ調べてみたい。
維新の会共同代表の吉村大阪府知事が、「0歳児投票権」(未成年の子の投票は親が代理して行う)を提案し、維新のマニフェストに加えたいという意向だという。
(https://digital.asahi.com/articles/ASS4T2RNLS4TOXIE01TM.html)
これについて同党音喜多幹事長が、次のようなツイートをリツイート(リポスト?)していた。
吉村知事の0歳児投票権=ドメイン投票の実現可能性は兎も角、海外で真面目に議論されて国会まで行った話を、あたかも与太話のようにせせら笑い取り合わない風潮をみると、この国の知識レベルが心配になる
海外の議論で主な論点はすでに整理されてるが、日本のSNS界隈の反応はそのレベルに達してない
吉村知事が言ってるドメイン投票は例えばドイツでは連邦議会において議論され、(https://bundestag.de/resource/blob/531942/6669f3e29651882065938fc6a14fd779/wd-3-157-17-pdf-data.pdf)、無論導入にはいたらなかったものの、第三次メルケル内閣のManuela Schwesig家族相など、賛同者もいた昔からあるアイディアの一つですが
ドイツの連邦議会で議論されたというのは、この議論が無理のあるものではないということを示す一つの傍証とされているのだろう。音喜多氏もこれを自分の議論を支持する意味でリポスト(?)しているようだ。ただ、リンク先のPDFを見て色々な意味で驚いた。
第一に、このPDFはドイツ連邦議会調査局(Wissenschaftliche Dienste)が作っているものである。調査局が作っている立法資料を持ってきて連邦議会において議論されたというのは羊頭狗肉の感がある(※)。たとえば日本の国会図書館調査及び立法考査局が資料を書いたら国会で議論されたことになるのだろうか。
第二に、調査局の報告書(タイトル:生まれた時からの選挙権[構想]の諸問題)という体裁上、両論併記的であり、あまり執筆者個人の意見は出ていないが、この提案に対する分析の水準は明らかに日本でいま議論されているようなレベルのものではないことに驚いた。なお、ドイツ法に詳しくない方のために申し上げるが、ここから先で述べる「基本法」とは、ドイツにおける憲法典(日本国憲法のような)にあたる法である。
要約すると、
・親に子どもの数分の選挙権を付与するモデル(Modell des originären Elternwahlrechts)は、ドイツ基本法38条1項1文が保障する平等選挙の原則に反するし、平等原則の原則は20条の民主的連邦国家原理に含まれる。したがって、基本法79条3項の定めにしたがって、このような提案はたとえ基本法(憲法)改正によるとしても許されない。(4-5頁でバッサリ斬られている)
・一方子の選挙権を親が代理行使するモデル(Modell des originären Kinderwahlrechts)については、別途の考察が必要になる。(同)
・基本法38条2項(選挙権年齢)の改正が必要という点はともかくとして、実質的な側面としてはやはり基本法79条3項が定める基本法改正の限界について検討するべきであるが、そこで重要になるのは、基本法20条の民主国家原理に含まれる平等選挙の原則にこのようなモデルが適合するか否かである。
・親の代理投票主唱者は、親は子の票を受託に基づいて行使するので、平等選挙原則に反しないと主張する。すなわち、親自身の投票権行使と子の投票権行使は区別して行うべき制度であれば平等選挙原則に反しない。また、たとえ平等選挙原則に反するのであるとしても、このような制度は普通選挙原則(選挙権を万人に付与すること)に奉仕するから、その意味では民主主義原理に役立つ(※基本法20条、ひいては79条3項に反しない)。(7-8)
・このモデルへの批判者は、まずもって、望むか否かは別として政治プロセスに参加できない人にも選挙権を与えても、民主主義の正統性は得られないとする(※普通選挙の拡大という言い分は見せかけであるということだろう)。そのうえで、親による代理投票は、事実の問題として、親に複数の票を与えることに他ならない。親自身の票と子の票を区別して投票するという仕組みは非現実的である。そもそも代理投票という仕組み自体、子どもは成熟していないということを前提としているのであり、親が子の受託に基づいて投票するという議論と矛盾する。加えて、親を通じた代理投票という仕組みは、選挙権が一身専属的な権利であり、国家の意思形成に責任を持って参加する力をその人だけに与えるものだという側面を無視している。結局、基本法20条、ひいては79条3項に反する。(9-11)
ここから分かるのは、ドイツでは親の代理投票制度は、普通選挙の拡大に資するし、かつ、代理投票モデルであれば、平等選挙原則に反しないという形で議論されているということである。少なくとも「消滅可能性自治体」があるからとかいう「地方創世」で一山当てたいコンサル向けのくだらない理由が提案の原点なのではない。また、少なくとも表向きは、少子化対策のために子持ちの票を増やそうという理由でもない(その理由の馬鹿らしさはこれでも読めば良いhttps://mond.how/ja/topics/v35a8jk8lwp89el/jw3f2o4dj0z9fo4)。あくまでも普通選挙の拡大に資するというのが理由である。より民主的な政治制度への変更を試みようという提案(として自らを位置付けている)というわけだ。ただ、民主主義は平等選挙原則も同様に要請するから、ドイツ人がやっているように、平等選挙原則と両立するかを考えなければならない。
平等選挙原則に反しないというためには、親自身の投票と子の投票を厳密に区別する必要がある。それが現実問題として可能なのかということをしっかり考えなければならない。この仕組みの賛同者がドイツの連邦議会と調査局を区別していないというぞんざいなやり方をとっていることからすると、どうもドイツの議論は話の枕に使われているだけで、ドイツの議論を真面目に受け止めて、そのような制度が可能なのかを考察する者はあまりいなさそうだ。私個人の意見では、親と子の投票を厳密に区分した制度を作ることは無理だろう。というのも、この仕組みが問題になるのは、子の投票意向と親の意向が相反する場合だが、その場合、子は自らの投票意向を開示して親を説得しなければならない。これでは投票の秘密も何もあったものではなく、逆に子が投票の秘密を守ろうとすると、親の投票意向をコントロールすることはできない。それでは子から投票を付託されたという代理人という建前が崩れる。また、投票意向が明らかにならない子について親が「代理」するのでは、結局親に二票与えるのと変わりがない。加えていえば、代理権を持つのは母親なのだろうか、父親なのだろうか(吉村知事は制度実現のあかつきには自身が子の分も含めて4票あるというので、父親が前提なのだろう)。ここは、親と子の投票を厳密に区分するという発想をとれば実は問題が生じない(子の意向に沿うならばその票を投ずるのは父でも母でも他の保護者でも構わない)のだが、先程述べたように、特に投票意向を表示できない子については区分は無理だろう。したがって、事実上「二票」入れられるのはどちらなのかという争いが生じざるを得ない。そのような場合には「0.5票」を両親に付与することも考えられるが、正面から両親に票を与えることを認めれば、ますます平等選挙原則に反しないという建前が崩れる。
そもそも、ここから分かるように一口に子どもといっても投票が可能な年齢の子とそうでない子がいるのだから、投票が可能な年齢の子について代理投票などという面倒な仕組みを採らずに投票権の年齢を下げれば良いだけの話だ。たとえばオーストリアでは16歳まで投票権年齢が引き下げられているが、引き続き14歳投票権が議論されていると聞いた覚えがある。このような議論は真剣な考慮に値すると思う。
繰り返しになるが、ドイツではこの投票制度が平等選挙原則に反しないと言えるか否かが議論され、それが難しいと考えられているようだ。だとすれば、ドイツの議論を踏まえて、この制度の賛同者は、この制度が平等選挙原則に反しないようになる制度の可能性こそを真面目に考えるべきだろう。ただ思いつきでぶち上げても、もう終わった話だと一蹴されるのは当然である(※)。なお、そもそも平等選挙原則について真面目に考えないのであれば、民主主義にコミットしていないと思われても仕方がない。上記の議論では、平等選挙原則は基本法(=憲法)改正によっても曲げることは許されないと言われている(※※)。
※興味本位で調べてみたところ、ドイツ連邦議会にこのような基本法改正の提案が提出されたことはあるようだ(2008年提案)。ただ、連邦議会のHPで確認する限り、提案は委員会に付託されたが、その後本格的な審査が行われた様子はない。つまり、賛成・反対の議決もなく、本格的な議論もされずに一蹴された話だということだ。
https://dip.bundestag.de/vorgang/der-zukunft-eine-stimme-geben-f%C3%BCr-ein-wahlrecht-von/14939
※※
これはドイツ基本法79条3項の規定故ではあるが、憲法改正の限界という純法律的な論点を脇に措いたとしても選挙権の平等を真面目に考えないことが民主主義者であることを疑わせるのは変わりはない。なお、日本国憲法も、14条1項からして平等選挙原則をとっている(そうでなければ一票の格差が問題にされることはない)が、平等選挙原則の排除が憲法改正の限界に引っかかる理論的可能性はあるだろう。
(追記)
それにしても、吉村氏に関しては、自身が子の分も含めて4票あるというから、「代理」モデルの利点である平等選挙原則との抵触回避の利点をわざわざ捨てているように思う。利点を捨てるような発言を自分からしていくあたり、本当にただの思いつきなのだろう。ドイツ人の議論を持ち出しながら(これをやったのは音喜多氏だが)、ドイツ人が回避しようとしていたことをやってしまうのは無様だ。「消滅可能性自治体」に引っかけた話題作りという以上の意味はないのだろうが、話題作りのために民主主義の根本原理に手を触れるのはどうかしている。それが弁護士のすることだろうか。
(再追記)
(再々追記)
公の場で政治の話はできんので半公共的な場所で匿名であれこれ書き散らそうと思う。
【目的】
今まで奈良県政に興味がなかった県民、紀伊半島の住民、それ以外の人たちに、ぱっと「滑走路VSメガソーラー」の構図だけ見て「滑走路いらねえだろ」と言われている。一県民としてはバックボーンを知ってから滑走路とメガソーラーの議論に参加してほしいと思った。
県政って突然計画が生えるものじゃなくて、ちゃんと文脈があるからそこを理解してほしいし、広域防災拠点は奈良県だけではなく紀伊半島すべてに影響する話なので関係ないと思ってる他府県民もめっちゃ関係あるし、単純な構図で論争が起きてるわけではない。
※この日記は滑走路欲しい人が書くので中立風に書いてはいるものの、まったく中立の視点ではない場合があることに留意されたし。
【今までの流れ】
・南海トラフが起きた時、救助や支援は深刻な被災が起こり得る和歌山、人口の多い大阪が優先される。
・奈良県はすぐに支援が受けられない(そもそも優先順位が低い)→災害時の広域応援部隊の重点受援県ではない(要するに、国が定めた基準の穴kでは奈良県全域が支援を最優先にしてもらえない地域)
・県内には自衛隊の駐屯地がないため、災害発生時は京都に支援要請→災害派遣の流れ。つまり救助開始までの初動が遅く、対応が後手でしかできない。
・県南部民をはじめに奈良県も防災拠点の設置および自衛隊の誘致を希望していた。
・和歌山県からも「南紀白浜空港だけでは南海トラフなどの大規模災害時の対応に間に合わない」と希望があり2000m級と計画された。
・地元住民は計画に同意し「防災拠点と滑走路ができる」認識で土地を売却。
・土地売却して計画始動のタイミングで、県知事選の結果荒井氏から山下氏へ。
・地元住民への十分な説明なく「メガソーラー案」が立ち上がり計画を強行する流れになる。
・何度か行われる説明会でも基本的に同じ説明のみ、「このプランが一番良い」と主張。
・メガソーラーで発電、電力の売却や蓄電池の設置、水素ステーションの建設プランを打ち立てる。
・災害発生時はソーラーで発電して備蓄した電力を蓄電器に充填し、各地に配布する予定。
・滑走路は大型ヘリポートへ。
・地元住民の反対や市議会での予算決議などで計画は一時保留の状態。←イマココ!
【滑走路あれこれ】
・滑走路の大きさは大型輸送機(C-2のこと。能登でも活躍した。)の運用に必要な規定のサイズ。
・滑走路とは言うが、大型ヘリポートとしての機能も持つので実際は「航空機の離着陸用の土地」。
・前例としてはのと里山空港。滑走路がひび割れている間はヘリポート、滑走路が直ってからはC-2の離発着に使用。
・普段は使わないわけではなく、自衛隊にUH-60Jなどの離発着場として提供するほか、民間機の誘致もし、南部の活性化・アクセスの悪さの解消を狙う。(ここものと里山空港とか南紀白浜空港と一緒)
・建設したって使わないなら~論調はもうここ十年議論し尽くされ、使用用途は明確に決まっている。
・平時であれば自衛隊と民間機の離着陸、非常事態は災害防災拠点。
・そもそも使わないでいられる方が幸福なのだ。ここがフルで稼働するときは、近畿全域で甚大な災害が起きた時である。
【メガソーラーあれこれ】
・一部県民、特に南部民は「寝耳に水だよ!」「そんな計画だったら土地売らなかったよ!」「え?!安全ってマジで言ってる!?2023年6月2日の大雨でこの辺の太陽光発電システムで地滑りを起こしたよ!?溜池が決壊して激甚災害指定されましたが!!!???」「自衛隊マダー?」という感じ。
・ソーラー建設賛成派、作ってもいいけど滑走路もそのままでいいんじゃない?、反対派、そのほかグラデーションの皆さんがいる。
・先述の激甚災害に指定されたことを含め、10~20年で産廃になる可能性もメンテナンスの必要性もあるけど、費用対効果は?
・別にメガじゃなくてもいいのでは?(施設屋上にソーラーパネル配置とかでもいいのでは)
・五條って知ってますか?地図とかグーグルアース見たらわかりますけど「山」ですよ。送電どうするんですか?
・メガソーラーの近くに水素ステーションも作る予定って水爆知らんのか?
・水素ステーションは安全だよ、そんなんだから後進国になっていくんだ!
……と、保守派云々というより前例と実態が明確でなく、過去の事例も踏まえて好感度マイナススタートのメガソーラー。喧々諤々あるものの「へ~そっちのが利益あるなら多少計画から変わってもいいよね!」とは簡単にうなずけないのである。
【補足情報】
・広域防災拠点は救助要員の派遣や救援物資の受け入れなどを担うところ。
・奈良県内だけでなく、紀伊半島全域が対象なので、奈良県だけでなく、三重や滋賀あたりでの大型の災害が発生した場合も使用する拠点になる。
・国からの支援を受けて作るものなので県の独断で作っていくものでもない。
・前知事はハコモノ好きだったが県の借金は順調に減少していたし、必要な予算は中央から上手に助成を使ったりして作っていたので押しなべて無駄とはいいがたい。
・防災ハコモノ利権と文句を言う人もいるが、それで金が流れて経済が活発化するのは県内企業。
・ソーラーは中国製が推されており、業者も上海電力関係。つまり金の流れる先はおおむね奈良県の外。建設中は奈良県に金を落としても、継続して奈良に住み、働き、企業を立ち上げ、地域を活発に動かしていく人たちではない。
・今の奈良県の借金は「ふるさと納税」が始まったことで他府県への納税が活発になっており、市町村の納税額が低く赤字になっていることにも大いに関係することに留意されたし。
・山下知事は「県が買った土地だから何を作ろうと県の勝手」という論法。
・↑の主張が一度でも通れば、「誰も住んでない場所がお金になるから嬉しいでしょ」理論で核廃棄物や原発が建設されるかもしれない。
・↑これが飛躍した論理だと思うなら、県民とってもメガソーラー計画や県が買った土地だから~という主張も飛躍した論理である。
【私見】
ていうか滑走路ほしいよ~メガソーラー反対派増えてほしい~某党メガソ賛同支持者SNSで声デカすぎてうぜ~~~~。
今まで伊丹とか関空とかまで高い金払って長時間移動して乗ってた飛行機が県内にあるだけでどれだけ旅行に行きやすくなるか…。新幹線も大阪か京都まで出ないと乗れないから、とにかく交通費で遠方旅行とか、移動にかかる時間で観光できる時間が少なくなってたの旅行好きとして悲しすぎる。車で行ける範囲も制限があるし、車は都市部の観光に向かないし…。
ヘリポート自体も悪くないとは思うけど、南海トラフ地震が起きた時、はたしてヘリだけで人員・物資を集めて紀伊半島全域カバーできるのか?大型ヘリだけの場合、東北から何往復必要になる?紀伊半島南部だけで90万人弱が被災するよ??
あとヘリポートにするならそれはそれでヘリポートの近くにメガソーラー作るの危ないだろ。ダウンウォッシュっていう強烈な地面にたたきつけるように吹き下ろす風を起こすから、その程度の風が何回も当たってたらパネル剥がれない?横風や上からの風に強くても地面に反射して下から回り込む強風も耐えられる?輸送数が増えたらその分、何度も吹き付けるよ?剥がれたパネルが人やヘリ、民家に落ちたり当たったりしたら危ないじゃん。メガソーラーが万が一火事起こしたら上昇気流発生して、そもそも離着陸できなくなるから防災拠点とかヘリポートとして使い物にならなくなるよ?災害時に物資を集めたり人が集まるところに漏電や火災のリスクがあるものをわざわざ作るの?
防災に関する金はけちるべきじゃないし、物資集めて再分配して~が南紀白浜空港だけじゃパンクするから五条にぜひ作って欲しいってのは和歌山県知事も要請してたことだよ。令和元年の県議会議録に経緯が残ってる。八尾は小型の航空機しかとまれないから大量の物資輸送できる航空機が乗り入れられないし(小回りが利くって意味ではあるけどね。)、南紀白浜から奈良まで、八尾から奈良までの陸路は絶対通れる保証もない。最悪のケースを想定して「陸路すべてが通行不可」になったとき、校庭や一般的なヘリポートにしかとめられない、小型~中型のヘリで奈良県全域に必要な物資を届けることはできるの?道路を作ったり、山を削ったりする技術を持つ地元の土建屋の仕事がなくなって技術のある人が県外に出たり、企業が倒産したり、能登の時みたいに重機は社有してなくて外からレンタルする方式だったらどうやって道路を復旧したりがれきを撤去したりするの?
災害が起きた時他県に頼るということは「自分たちの命を人任せにする」ことだ。よそに空港があるからそこでいいじゃん、まさかそんなこと起きないでしょ、なにかあったら大阪や和歌山や京都に頼ればいいじゃん、全員に袖にされるわけないでしょ。それって、自分の家に備蓄があることを知った隣人が「じゃあ何か起きたらあなたを頼ればいいわね!」って面の皮厚く言ってるのと変わらないってこと、分かってないよね。恥を知れ本当に。奈良県が被災するとき、和歌山も大阪も京都も大きな被災地になっている。なぜ彼らは自分たちのことで手いっぱいで、よそに人員を貸し出せないといってこないと思っている?今、ここで誰か助けに来てくれたら。そう思っても「現地に着くまで県境を越えるのでちょっと待っててくださいね」のこの時間がどれだけの命を奪う?土地勘もない、訓練もしていない他県で難しい判断を迫られる救助隊員だって大変だろう。
災害はその時だけじゃなくて起こる前・起こったとき・その後と継続的な支援が必要なのに「起こったとき」しか対応できないししてもらえない。物資と人という、もっとわかりやすい「救い」を運んでくれるものを捨てるのは、そこに住む人、近畿に住む人の命を捨てるのと変わらないのではないか?
山深い村とか集落が多いのに災害救助のプロが県内に常駐していないことを真剣に危機的状況であることを自覚した上で、まだメガソーラーを求めるのか、考え直してほしいし、安易に賛成するべきでも、反対するべきでもないのだ。
公の場で政治の話はできんので半公共的な場所で匿名であれこれ書き散らそうと思う。
【目的】
今まで奈良県政に興味がなかった県民、紀伊半島の住民、それ以外の人たちに、ぱっと「滑走路VSメガソーラー」の構図だけ見て「滑走路いらねえだろ」と言われている。一県民としてはバックボーンを知ってから滑走路とメガソーラーの議論に参加してほしいと思った。
県政って突然計画が生えるものじゃなくて、ちゃんと文脈があるからそこを理解してほしいし、広域防災拠点は奈良県だけではなく紀伊半島すべてに影響する話なので関係ないと思ってる他府県民もめっちゃ関係あるし、単純な構図で論争が起きてるわけではない。
※この日記は滑走路欲しい人が書くので中立風に書いてはいるものの、まったく中立の視点ではない場合があることに留意されたし。
【今までの流れ】
・南海トラフが起きた時、救助や支援は深刻な被災が起こり得る和歌山、人口の多い大阪が優先される。
・奈良県はすぐに支援が受けられない(そもそも優先順位が低い)→災害時の広域応援部隊の重点受援県ではない(要するに、国が定めた基準の穴kでは奈良県全域が支援を最優先にしてもらえない地域)
・県内には自衛隊の駐屯地がないため、災害発生時は京都に支援要請→災害派遣の流れ。つまり救助開始までの初動が遅く、対応が後手でしかできない。
・県南部民をはじめに奈良県も防災拠点の設置および自衛隊の誘致を希望していた。
・和歌山県からも「南紀白浜空港だけでは南海トラフなどの大規模災害時の対応に間に合わない」と希望があり2000m級と計画された。
・地元住民は計画に同意し「防災拠点と滑走路ができる」認識で土地を売却。
・土地売却して計画始動のタイミングで、県知事選の結果荒井氏から山下氏へ。
・地元住民への十分な説明なく「メガソーラー案」が立ち上がり計画を強行する流れになる。
・何度か行われる説明会でも基本的に同じ説明のみ、「このプランが一番良い」と主張。
・メガソーラーで発電、電力の売却や蓄電池の設置、水素ステーションの建設プランを打ち立てる。
・災害発生時はソーラーで発電して備蓄した電力を蓄電器に充填し、各地に配布する予定。
・滑走路は大型ヘリポートへ。
・地元住民の反対や市議会での予算決議などで計画は一時保留の状態。←イマココ!
【滑走路あれこれ】
・滑走路の大きさは大型輸送機(C-2のこと。能登でも活躍した。)の運用に必要な規定のサイズ。
・滑走路とは言うが、大型ヘリポートとしての機能も持つので実際は「航空機の離着陸用の土地」。
・前例としてはのと里山空港。滑走路がひび割れている間はヘリポート、滑走路が直ってからはC-2の離発着に使用。
・普段は使わないわけではなく、自衛隊にUH-60Jなどの離発着場として提供するほか、民間機の誘致もし、南部の活性化・アクセスの悪さの解消を狙う。(ここものと里山空港とか南紀白浜空港と一緒)
・建設したって使わないなら~論調はもうここ十年議論し尽くされ、使用用途は明確に決まっている。
・平時であれば自衛隊と民間機の離着陸、非常事態は災害防災拠点。
・そもそも使わないでいられる方が幸福なのだ。ここがフルで稼働するときは、近畿全域で甚大な災害が起きた時である。
【メガソーラーあれこれ】
・一部県民、特に南部民は「寝耳に水だよ!」「そんな計画だったら土地売らなかったよ!」「え?!安全ってマジで言ってる!?2023年6月2日の大雨でこの辺の太陽光発電システムで地滑りを起こしたよ!?溜池が決壊して激甚災害指定されましたが!!!???」「自衛隊マダー?」という感じ。
・ソーラー建設賛成派、作ってもいいけど滑走路もそのままでいいんじゃない?、反対派、そのほかグラデーションの皆さんがいる。
・先述の激甚災害に指定されたことを含め、10~20年で産廃になる可能性もメンテナンスの必要性もあるけど、費用対効果は?
・別にメガじゃなくてもいいのでは?(施設屋上にソーラーパネル配置とかでもいいのでは)
・五條って知ってますか?地図とかグーグルアース見たらわかりますけど「山」ですよ。送電どうするんですか?
・メガソーラーの近くに水素ステーションも作る予定って水爆知らんのか?
・水素ステーションは安全だよ、そんなんだから後進国になっていくんだ!
……と、保守派云々というより前例と実態が明確でなく、過去の事例も踏まえて好感度マイナススタートのメガソーラー。喧々諤々あるものの「へ~そっちのが利益あるなら多少計画から変わってもいいよね!」とは簡単にうなずけないのである。
【補足情報】
・広域防災拠点は救助要員の派遣や救援物資の受け入れなどを担うところ。
・奈良県内だけでなく、紀伊半島全域が対象なので、奈良県だけでなく、三重や滋賀あたりでの大型の災害が発生した場合も使用する拠点になる。
・国からの支援を受けて作るものなので県の独断で作っていくものでもない。
・前知事はハコモノ好きだったが県の借金は順調に減少していたし、必要な予算は中央から上手に助成を使ったりして作っていたので押しなべて無駄とはいいがたい。
・防災ハコモノ利権と文句を言う人もいるが、それで金が流れて経済が活発化するのは県内企業。
・ソーラーは中国製が推されており、業者も上海電力関係。つまり金の流れる先はおおむね奈良県の外。建設中は奈良県に金を落としても、継続して奈良に住み、働き、企業を立ち上げ、地域を活発に動かしていく人たちではない。
・今の奈良県の借金は「ふるさと納税」が始まったことで他府県への納税が活発になっており、市町村の納税額が低く赤字になっていることにも大いに関係することに留意されたし。
・山下知事は「県が買った土地だから何を作ろうと県の勝手」という論法。
・↑の主張が一度でも通れば、「誰も住んでない場所がお金になるから嬉しいでしょ」理論で核廃棄物や原発が建設されるかもしれない。
・↑これが飛躍した論理だと思うなら、県民とってもメガソーラー計画や県が買った土地だから~という主張も飛躍した論理である。
【私見】
ていうか滑走路ほしいよ~メガソーラー反対派増えてほしい~某党メガソ賛同支持者SNSで声デカすぎてうぜ~~~~。
今まで伊丹とか関空とかまで高い金払って長時間移動して乗ってた飛行機が県内にあるだけでどれだけ旅行に行きやすくなるか…。新幹線も大阪か京都まで出ないと乗れないから、とにかく交通費で遠方旅行とか、移動にかかる時間で観光できる時間が少なくなってたの旅行好きとして悲しすぎる。車で行ける範囲も制限があるし、車は都市部の観光に向かないし…。
ヘリポート自体も悪くないとは思うけど、南海トラフ地震が起きた時、はたしてヘリだけで人員・物資を集めて紀伊半島全域カバーできるのか?大型ヘリだけの場合、東北から何往復必要になる?紀伊半島南部だけで90万人弱が被災するよ??
あとヘリポートにするならそれはそれでヘリポートの近くにメガソーラー作るの危ないだろ。ダウンウォッシュっていう強烈な地面にたたきつけるように吹き下ろす風を起こすから、その程度の風が何回も当たってたらパネル剥がれない?横風や上からの風に強くても地面に反射して下から回り込む強風も耐えられる?輸送数が増えたらその分、何度も吹き付けるよ?剥がれたパネルが人やヘリ、民家に落ちたり当たったりしたら危ないじゃん。メガソーラーが万が一火事起こしたら上昇気流発生して、そもそも離着陸できなくなるから防災拠点とかヘリポートとして使い物にならなくなるよ?災害時に物資を集めたり人が集まるところに漏電や火災のリスクがあるものをわざわざ作るの?
防災に関する金はけちるべきじゃないし、物資集めて再分配して~が南紀白浜空港だけじゃパンクするから五条にぜひ作って欲しいってのは和歌山県知事も要請してたことだよ。令和元年の県議会議録に経緯が残ってる。八尾は小型の航空機しかとまれないから大量の物資輸送できる航空機が乗り入れられないし(小回りが利くって意味ではあるけどね。)、南紀白浜から奈良まで、八尾から奈良までの陸路は絶対通れる保証もない。最悪のケースを想定して「陸路すべてが通行不可」になったとき、校庭や一般的なヘリポートにしかとめられない、小型~中型のヘリで奈良県全域に必要な物資を届けることはできるの?道路を作ったり、山を削ったりする技術を持つ地元の土建屋の仕事がなくなって技術のある人が県外に出たり、企業が倒産したり、能登の時みたいに重機は社有してなくて外からレンタルする方式だったらどうやって道路を復旧したりがれきを撤去したりするの?
災害が起きた時他県に頼るということは「自分たちの命を人任せにする」ことだ。よそに空港があるからそこでいいじゃん、まさかそんなこと起きないでしょ、なにかあったら大阪や和歌山や京都に頼ればいいじゃん、全員に袖にされるわけないでしょ。それって、自分の家に備蓄があることを知った隣人が「じゃあ何か起きたらあなたを頼ればいいわね!」って面の皮厚く言ってるのと変わらないってこと、分かってないよね。恥を知れ本当に。奈良県が被災するとき、和歌山も大阪も京都も大きな被災地になっている。なぜ彼らは自分たちのことで手いっぱいで、よそに人員を貸し出せないといってこないと思っている?今、ここで誰か助けに来てくれたら。そう思っても「現地に着くまで県境を越えるのでちょっと待っててくださいね」のこの時間がどれだけの命を奪う?土地勘もない、訓練もしていない他県で難しい判断を迫られる救助隊員だって大変だろう。
災害はその時だけじゃなくて起こる前・起こったとき・その後と継続的な支援が必要なのに「起こったとき」しか対応できないししてもらえない。物資と人という、もっとわかりやすい「救い」を運んでくれるものを捨てるのは、そこに住む人、近畿に住む人の命を捨てるのと変わらないのではないか?
山深い村とか集落が多いのに災害救助のプロが県内に常駐していないことを真剣に危機的状況であることを自覚した上で、まだメガソーラーを求めるのか、考え直してほしいし、安易に賛成するべきでも、反対するべきでもないのだ。
よくおわかりでいらっしゃる。
一次評価のフィードバックで「もうちょい真剣みを持って企業研究してくれやマジ頼んます」という内容をすごい遠回しに伝えたんだけど、そんなんで人の心を動かすのは無理だったみたいだね。
弱武器や弱キャラばっかり使って、明らかに真剣にやってないか、わざと手抜きにして負けているとしか思えないような雑なプレイングをしている配信者が、見かねて苦言を呈したコメントを晒し上げて「指示コメするな!下手なプレイを見たくないなら配信に来るな!」ってキレ芸してプチ炎上して、結果、ますます指示厨を呼び込んでるのを見て「プロレス商売がうまいなぁ」って思ってる。あるいは指示厨ですらやらせの仕込みなのかもしれないね。
どうやらガチで怒ってる人もいるらしい。
ジャンルごとバカにされてる感もあるから怒るのもわからんではないけど、「双方がネタだと分かった上で敵味方に別れて喧嘩してる風のコントをする」のを「プロレス」と言わずに何と言えばいいんだ?
プロレスマニア自身も「ベビーフェイスとヒールは本当に心の底から憎しみあっている!」とは思ってないだろうし、「プロレスの決着は選手同士が真剣に勝利を求めた結果だ!」とも思ってないだろ?
別に素人が喧嘩風コントを「プロレス」って言っても構わないだろうに、いちいち「プロレス」発言した奴に突っかかって「訂正しろ!」とか言ってくる奴が側から見てて鬱陶しい。
どう考えてもこの先、世間で喧嘩風コント=「プロレス」という図式が覆ることはなさそうだし、それより「プロレス」という単語が世間から忘れ去られる方が早そうだから、もうその辺の言い方で当たり屋みたいに因縁つけるのはやめてもらえないだろうか。
あらゆる場所で男女平等が叫ばれる昨今、「そもそも男女平等とはどのようなもの?」と真剣に考え、理解しているといえるだろうか。
少なくとも、完璧な男女平等を求めようとするのでは「分かっていない」ことになる。
そもそも「分かる」とは、その語源を「分ける」とし、元は二つのものの違いを認識することから生まれた言葉である。
よって「分かる」ためには違いを知る必要があり、違いがあるのだからそれは同一のものではない。
つまり完璧な男女平等があるのだとすれば、それは「男」と「女」という言葉が意味を無くし、何故なら同じ意味として用いるべき存在となって初めて「平等」と呼べる同一性が確立されるのだから。
無論そんなことは不可能だ。だって「男」と「女」はどうしたって違うから。
それは社会的な意味ではなく、生化学的な意味で、身体の構造が違うのだから当然といえば当然だ。
男女の完璧な平等は不可能で、あくまで可能なのは社会的な平等であり恣意的な定義付けとなる。
そうなんだよ。恣意的。恣意的にならざるを得ないからこそ、そこには一種の厳格さが必要で、要は「それは誰にとっての平等なの?」という議論が本当は必要になってくる。
それを無視すると結局は利権側が得をすることになり、同時に自らの幸福を最大幸福の実現だと信じて疑わない人たちの暴走がネットの海をひた走る。
だからこそ一度、原点に立ち返って「そもそも男女平等とはどのようなもの?」というのを改めてじっくり考えることの有用性はあると思うのだ。
少なくとも情報に溺れず、踊らされず、泳がされないためには。
コナンの映画ってね、あんまり興味持てないんだよ。あの派手なアクションはちょっとね、俺の好みじゃないから。金曜ロードショーでやるときに偶然見つけたら、まあ、ついつい見ちゃうけどね。でも、アニメ版の原作回は別だよね、それは楽しみで、真剣に見ちゃうんだ。オリジナルの話も時々面白いことがあるけど、大抵は流し見しちゃうかな。
この国は欧米に比べて賃金格差も大きく子のために離婚を我慢する母親が大半である中で、
母親が離婚を決める理由の多くは「子どもを守るため」である、そんな国なんですよ?
共同親権は「どんな(犯罪やモラハラや虐待を繰り返す)親であっても離婚しないほうがいい」と議員自身も言ってるような制度ですよ?
ただ奥さんに嫌がらせで関与して文句つけたいだけの父親いっぱいいますよね?
コイツらの自認はこれだけどやってることは嫌がらせのストーカーなんですよ。
福祉や教育というけど、婚姻時にモラハラせずに福祉や教育や養育を真剣に行なっていてまともな人物であるなら、日本人は子が巣立つまでは滅多に離婚しません。
そうじゃないから離婚されてるのに、離婚後に急に更生するわけないでしょ。
そんな「どんな母親であっても、ほぼ無条件に単独親権が認められてる」現状があるのだから、共同親権が導入されれば、もう一方の目や関与により子供がよりよく育つ、子の福祉や教育や今後の人生や幸福にとって良いことになると想像できんの?