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はてなキーワード: 肌寒いとは

2019-07-15

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18時すぎたあたりから涼しくなってもうこの時間になると窓開けてると肌寒いくらい

空は明るいんだけど

17時に外出しようと思ってたけど頭ではそう思ってても体が動かなくて横になったままでおわってしまった

結局豆腐買いに行けなかった

朝の食べ過ぎが尾を引いてて、空腹感はあるけど食欲がない

食道にせり上がってきてるような感じと胃がいっぱいのイメージがある

冷夏。東京肌寒い

7月も半ばに差し掛かったが,肌寒い感じすらする東京湾岸部

地下鉄車内の半袖は3割程度か。ヨーロッパ系の人は大半半袖だが,ロンドン北海道の緯度が同じぐらいだから20度半ばの気温が適温なんだろうな…。

今年の関東は明らかな冷夏だが,外国観光客にこの程度が日本の夏と誤解されると,来年オリンピックでは暑さで死んでしまうよ~

2019-06-15

涙の数を数えられない愛

あなた普段どのくらい涙を流しますか?

自分は割とよく泣く方だ、という人もいれば、自分は滅多に涙を流さないという人もいらっしゃるかと思います

私は、人よりもすごくすごく泣くことが多いです。

そろそろ早泣き選手権の依頼でも来ないものかと思うレベルです。最近特に感情から涙腺へ頻繁に直行便が出ているように感じられるほど泣くことが多いです。

涙の数だけ強くなれるという割には、私のこの数えきれない涙は一向に私を強くしてくれそうにありません。

これから綴る無駄に長い私の気持ちの整理は、人によっては気分を害してしまうおそれがあります

特に彼にガチ恋をしている方々、同ペン拒否の方々、お願いですから今すぐ読むのをやめてください。打たれ弱いので攻撃されたくないです。

アイドルオタクとして今自分に起こっている、所謂ガチ恋」という感情を生々しく記録しておきたくて書き始めた長ったらしい独白です。

それでも大丈夫だという方は、ほんの暇潰し程度に流し見してください。

私と、ホシという1人のアイドルについて。

拝啓

私の愛

クォンスニョン様

あの春の日から早数ヶ月、異例の暑さだった五月が過ぎ、日本梅雨の季節を迎え少し肌寒い日や憂鬱な天気の日が増えてきました。

沖縄の天気は荒れているようですが

いかがお過ごしでしょうか。

連日の怠さと精神負担に耐えきれず起き上がらなかった体を、布団の上に放り投げたまま、私は今日もまたあなたのことを考えていました。

何かを祝うことがほんの少し苦手で「それ」を言葉にすることをずっと避けてきた私ですが、あなた23回目の誕生日に何も捧げられないのは、と思う気持ちを引き摺るので今日はもう少し向き合ってみることにします。

あなたに起きた私の感情について。

手紙風に書き始めてみましたがここからはほぼ独り言です。

誰かを好きになるということ。

私にとってそれは決して珍しいことではなく、対象が身近な存在でもそうでなくとも繰り返してきたことだったのです。

ただ、人より感情の振れ幅が大きい私は「誰か1人」になってしまうことを無意識的に避けていました。どこまでも好きになってしまえるから

そんな私のリミッターをぶち壊して、

いとも簡単に溺れさせて

足元すら覚束ないほどの「好き」の感情

呼び起こしてしまったのがあなたでした。

世の中には感情淡白な人もいます。そんな方々からすれば全く理解できないことかもしれません。

それでも私は今、

どうしようもなく「あなたしかいない」という自分の心の叫びに鼓膜を震われるように、

溢れる感情に日夜きりきりと心臓を追い詰められるように、苦しい日々を送っています

先日のショーケース、双眼鏡を忘れてしまった私は久し振りに、あなただけに囚われることなく13人を見つめる時間を得ました。

気づいたことがあります

私は自分が思っていたよりもずっと、あなた以外の12人のことを大好きでした。

きらきらと眩しく胸を打ち、圧倒的に惹きつけられ視界は潤み、私は思いました。

嗚呼これだ、私が愛しているのは。

私が愛している「アイドル」という概念はこういうものなのだと。

から私はふと考えてしまったのです。

もしあなたがいなければ、あなたに溺れてしまわなければ、

この眩しさをただ一心不乱に追いかけ、その幸福感をめいっぱい享受することができたのでは、と。

私はアイドルを愛していますアイドルという存在を、概念を愛しています。私が愛しているのはアイドルなのです。

からこそ今、自分のつまらない恋情に振り回され、

アイドルとしてその魂を削り星屑を振りまくあなた

まっさら気持ちで見詰めることができないのが酷く悔しい。素直に応援できないのが情け無い。


どうして恋なんてしてしまったんだろう。



あなたに恋をしてからたくさんの感情を知りました。

恋は盲目であること。

愛憎は紙一重であること。

好きという感情は行き過ぎればただ呼吸を妨げ己を苦しめるだけだということ。

好きという感情は人を生かしも殺しもするということ。

今の私は間違いなく異常でしょう。

然し、可笑しな話ですが私には、

恋をした相手たまたまアイドルだっただけ、偶然、生まれた国も文化も違う人だっただけ、

などという風に思えてしまうのです。

アイドルが好きな者としてアイドルあなたをただ追いかけたいだけなのに。

我儘な心はあなたの隣に立ってみたいと嘆き、あれだけ大好きだったコンサート中でさえ己の醜い感情絶望し、呆然と涙を流してうまく息が吸えなくなってしまう。

目を背けたいのに見つめていたい。

舞台上で輝くあなたを見るたび思うこと、

「好きすぎるから嫌いになりたい」

叶わない夢を見て苦しむのはもう

今度こそ、今度こそは、終わりにしたい。

もうやめよう彼を好きでいるのは。

食事も喉を通らない、まともに寝付けない。胃痛頭痛はひどくなる一方。

彼を好きでいることをやめなければいけない。

このままじゃ私の命が枯れてしまう。

そう思いながらそれでもあなたから目を離すことができない。

報われることのないこの日々はいつ終わるのでしょうか。

ねえ、ほしくん、すにょんくん。

私すにょんくんの全部が好き。

どんなすにょんくんでも好き。

例えばすにょんくんが世界中から嫌われて否定されても私はすにょんくんが好き。死ぬならすにょんくんに殺されたい。すにょんくんのために死ねる。

すにょんくんが私の心臓を握ってるの。

こんなどろどろした気持ちでいっぱいで

あなた幸せを願えなくてごめんなさい。

わがままばかりでごめんなさい。

絶対変わってみせるから

笑顔でお別れできるようにがんばるから

出会えてよかったと心から笑えるようになるから。それまではどうか

あなたに恋をしたまま生き延びることを許してください。

母国語が違うということ。

私が思うに、誰が何と言おうとそれは、

お互いの言葉をそのまま何のフィルターに通すこともなく受け取ることが、生まれから死ぬまで一生不可能だということ。

同じ言語を話す者同士ですらうまく言葉を交わせないのに。

普段言語に関わることを学んでいる私にはその事実特に重くのしかかります

私はあなた言葉を「聞いて」みたかったし、私の言葉を「わかって」ほしかった。

もちろんあなた言葉を少しでも自ら理解する努力を怠りたいわけではないけれど、翻訳された言葉は、私にとっては代替品に過ぎなくて、それが悲しいのです。

もうこの世に私がこうして生まれしまった以上これは致し方ないことだから

私は一生伝わることのないこの私自身の言葉で、

一生伝わることのないこの愛をここに記します。

今日あなた23回目の誕生日

すにょんくん、

まれてきてくれてありがとう

アイドルを選んでくれてありがとう

アイドルになってくれてありがとう

同じ時代を生きてくれてほんとうにありがとう

つかこ葛藤から解放される日が来るなら、私は笑顔

「ああ本当に今日は楽しかった」

と、

愛に満ちた光に包まれあなたをこの瞼の裏に蘇らせ反芻しながら、笑顔で帰路につきたい。

あなた出会えてよかったと

喜びの涙を流したい。

2019年6月15日

隣国の片隅より愛を込めて

とあるガチ恋限界

2019-06-10

anond:20190610023207

添い寝してくれると、きっと寝れるのです。

生ぬるいけど、肌寒いのです。

股座ネコちゃんだと、最高なのです。

2019-05-28

元カノにかけられた最強の呪い

かなり時間がたってしまったが浅草のアンヂェラスが閉店してしまった。

嫁さまが騒いでいたけれど、行ったことがない顔でいるしかなかったのは結構しかった。

学生から社会人になりたての頃に付き合っていた彼女とは浅草で別れた。

小雨が降るような、やや肌寒い日だったと思う。フロントガラスに水滴が流れていたのを憶えている。

彼女川端クルマを止めておもむろにいった。

あなたはきっと最高の奥さん結婚する、私が保証する。」

予想もしなかった言葉で呑み込むのに時間がかかった。でも結論は、続く言葉を聞いても別れの言葉しかなかった。

それまでもすれ違いの連続で、そうなることは必然だったのかもしれない。でも、でも。

僕はすがったけれど彼女結論は変わらなかった。

あれから月日はたち、子供はいないけれど嫁さまと幸せな日々をすごしている。

幸せだなと思うと、おりおり彼女言葉を思い出す。

今ではまったく接点がなく彼女がどうしているのか分からない。よく行ったアンヂェラスの閉店で昔のことになったようにも感じるけれど、彼女言葉だけは消えない。

しろ余計に思い出してしまった。

しかしたらどこかに書いてあった言葉なのかもしれないけれど、今は完全に彼女言葉として滲みついてしまった。

こればかりは死ぬまでお付き合いするほかなさそう。

から思った。たとえ大災害に見舞われても破産したとしても、一生、嫁さまと幸せ暮らしてやる。言い換えればこれが自分に課せられた義務だ、と。

Tさんあなたは今、幸せですか?

2019-04-28

昨日の多々良川

晴れ

でも風強くて肌寒い

水位低い

シギ

忙しそうに浅瀬を歩きながらつついてた

サギじゃないよシギ

2019-03-26

室温18度

肌寒い気もするけど暖房をつけていいものか悩む

2019-01-01

でもぶっちゃけさあ、現代におけるスカートって結局は男の為のモンでしょ

私たちは好きでこれを履いてるの! だから男は性的な目で見ないで」

 

どう主張しようと結構なんだけどさ

一切性的な目で見られたくないなら、男みたいに緩めのズボン履いて

それにあったコーディネートした方が良くね?

 

夏だろうと冬だろうと、スカートってだけで足元は肌寒い

なんかの表紙で転べばパンツ見えるわ運動性はないわ、何の意味も無いじゃん

しろスカート履く方が人生自由度下がるよね? 

自立を謳っておいてスカートをはくってのは

黒人解放叫びながら鎖&鉄球を足にはめるようなもんだろ

 

ファッションとしてもダサイ フェミニンな感じしか出てこないからね

ズボン男性性も女性性も出せるが、

スカート男性性を出そうとするならバグパイプ咥えるしかない訳だ

短くすればパンツも見えるし、ファッションとしての自由度もない

ヘンタイアニメ好きのバカくらいなもんだろ、あんなの好む奴

 

歴史コンテクスト無視できない

ズボン作業用として実に合理的だけど

スカートなんか、男がすぐに股に顔突っ込めくらいの意味合いしかないじゃん

いわば、古代ギリシャローマトーから技術進歩は一つも無いわけだよ?

あの時代のヤリまくり社会要請から何一つ進化してない(女だけ)

 

からハッキリ言って、スカートはクソだし

これを解放の旗印にするのはバカフェミニストしか言いようがない

今すぐ手ごろな大きさに破いて雑巾にするか

もう一つスカート買って、二つ合わせてズボンに練成しろ

2018-12-21

anond:20181220180043

https://oshiete.goo.ne.jp/qa/431169.html

私がこの歌で感じたことなので、参考になるかどうかわかりませんが・・・

林檎の花が咲いている~

・・・今住んでいるところで林檎の花が咲いている。春先でまだ肌寒い

暖かいところなら~

・・・暖かさを感じられるところに行きたい。今すぐに、暖かさを感じたい。

行き止まりの恋で疲れていて、現実逃避的な感じでしょうか?

2018-11-22

ライセンスカードタッチをお願いします。」

リーダースマホをかざして電子音を鳴らす。

周りでカードを持っている人はいないのに、カードと呼ぶのは不思議だ。

色々なアプリの保存マークフロッピーディスクのままなのと同じ理由だろうが。

"便宜上"などと言い訳して新しい概念を正確に取り入れることを拒んだ先人の堕落だ。

あいっか。今日ビールを飲みながらサッカーを見るんだ。店を出る。

 制度が変わってからだいぶ経つが、ライセンスを持っている人は意外と少ないようだ。

わざわざ役所に出向いて丸一日つまらない動画を見なければならない上に、

くだらない引っかけ選択問題テストを受けて合格しなければならない。

本当にくだらないと思う。くだらないことに時間を割く苦行こそが"ふるい"なんだろう。

あいっか。今日は楽しくサッカーを見るんだ。一本目を開ける。

 そういえば、この間のライセンス更新の時に、交付所の前で酒盛りしてたおじさんたちがとても楽しそうだった。

初対面の相手でも肩を抱き合って歌って飲む光景は、はちみつ酒が好きな陽気な人のようだった。

しかし、そのうちの一人が「酒の一滴は血の三滴」とかなんとかで献血をしていると言っていて驚いた。

さすがに汚い。酒呑みの道理にそぐわないのは承知しているが、さすがに汚いと思ってしまう。

かわいい娘に輸血の必要が生じたときに酒呑みの血が使われるなんて想像しただけでホルムアルデヒドが酷い。

あいっか。娘も妻も疑似三次だし。

 家に着いて、通知に気付く。スマホ確認はしていたが、正確な年間摂取量の通知ハガキだ。

会社ではあまり飲んでいないことになっているから、勧告が出ない範囲に納めなければならない。

大丈夫。超えてないはず。破れない程度に力強くシールをめくる。健康診断勧告

もういっか。ずっとひとりで。毎週末ソロキャン行くか。

 冷蔵庫からストゼロを全部持ってくる。俺は酒を飲むのが好きなんだ。

からといって、暴力をふるったり、突然嘔吐したりなんてしない。

夜に酒を飲みながら散歩するのが好きなんだ。酒を飲んで歌うのが好きなんだ。

酒を飲みながらサッカーを見るのが好きなんだ。

変にイメージが悪くなったせいで、酒が好きだと言っただけで頭のおかしい人だと思われてしまう。

会社の先輩は勧告通知で転属になった。同僚には鼻で笑われ、中には分かりやすく避けている人もいる。酒なだけに。

学校先生警察やお母さんの飲酒に比べれば風当たりが弱いとはいえ

いい歳をしたおっさんが酒呑みと知られれば結婚はできないだろう。

もういいや。勧告までくれば2~3回公道飲酒で捕まっても受診指示までいかないだろう。

 2本目のストゼロを開けて半分ほど一気に飲み、インスタのプッシャーさんに手押ししてもらった

脱法スピリタスを贅沢に流し込む。マイレシピの「ストゼロ・改」だ。

繁華街と違って、この時間住宅街バビロンほぼほぼいないが、念のためボトルホルダーに入れて散歩に出る。

夕方の雨がまだ路面に残っている。肌寒い。澄んだ空気。贅沢なシチュエーションだ。

一口飲む。くはっ。めっちゃきく。最高かよ。寒い。飲む。くはっ。きく。

何の己が桜だよ。酒があるとなんでもきれいに見える気がする。

ちょっとお兄さん話聞いてもいいかな。すこしお兄さん匂うね。何飲んでるの。

ボトルの中かがせてもらっていいかな。お酒の缶だね。車の中で話聞かせてもらえる。

強いお酒入ってるみたいだけどどこで買ったのかな。ライセンス持ってないの。住所と名前は。

記録には強いお酒を買った記録が残ってないみたいですので、詳しく調べさせてもらいますね。署まで一緒に来てもらえますか。

もういいよ。

2018-10-28

アラサー男性なんだけど、春と秋の肌寒い日は何を羽織れば良いの

コートの種類いっぱいありすぎてわからん

教えて

2018-10-19

anond:20181019060214

釧路は年間を通して冷涼な気候で、真夏でも夜にはウィンドブレーカー羽織らないと肌寒いくらいだ。

そこでデータセンターです。エアコンガンガンやすデータセンターには冷涼な気候がぴったり。

冬には窓(簡単のため建物に窓があるとする)を開けておけば冷房はいらないかもしれない。

計算機が発する熱を暖房にすれば人間も快適かもしれない。

昔大きな地震があったのでデータセンターには不向きって声も出るかもだけど、そんなこと言ったら日本には安全場所がない…。

安全場所がない以上、可能な限りリソース分散しておくのが有効だ。知らんけど。

2018-10-15

[] 【10】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181015160115





ありのまま、恋と愛、バインミー


一旦弱くなった雨足はやがて勢いを取り戻し、カウンターの前から身動きが取れなくなった。

このまま夜も雨だったら空港での夜明かしは大変だ。

心配と共に空腹も襲って来る。

ニュアンスは違うが、きっちり呆然とする事になった。

しばらくして、心配をよそに弱まる雨足。

順番が逆になったが、エントランス荷物を回収し、完全に雨が上がった夜のプールサイドに戻る。

18:00

今のうちに何か食べておこう。

典型的ベトナム南部料理といえば、お好み焼き様のバインセオらしいのだが、メニューには無かった。

バインミー紅茶を頼む。

そういえばH.I.Sのラウンジでもバインミーラスク試食した。

旅の目的だったとはいえ、これほど度々「バインミー」と名のつくものを食うとは思わなかった。

グエンフエ大通りで買ったものの8倍に当たる200,000ドンというお値段に後で驚く事になるのだが、ホテル ニューワールドプールサイドバーで食べたバインミーは繊細で上品な味がした。


と、旅行中、どういう偶然か何度も聴いた曲のインストバージョンが流れて来た。

完全に口ずさめるメロディーだが曲名が全く出てこない。

どうしても気になる。

曲が終わるとカウンターの奥でにいちゃん機械を弄っていて、選曲は彼がやっているらしい。

会計の後、声をかけた。

「I want remember song title, ♩rararara ra ra ra rara ~」

Nothing's Gonna Change My Love For You.

「それだ!」


場所スパエントランスに移して一休み。

ソファは快適だが、冷房ちょっと肌寒い。俺だけかな。

寒さを誤魔化すように、Nothing's Gonna Change My Love For You.歌詞を調べてみた。


表現世界概要をいうのも違うと思うが、歌詞概要は以下の通り。


僕の世界に君がいなきゃ毎日空っぽで夜はすごく長い。

でも君がいれば永遠だ。

こんな想いは初めて。

夢が行きたいところに導いてくれる。

抱きしめて、触れて。君なしでは生きていたくない。


君への愛は変わらない。

僕の愛がどれだけか君は知るべきだ。

世界が変わっても君への愛は変わらない。


進む道が困難でも愛が星の様に輝き導いてくれる。

君が必要なら僕はそばにいる。

君は君のままでいい。

ありのままの君を愛している。


君への愛は変わらない。

僕の愛がどれだけか君は知るべきだ。

世界が変わっても君への愛を変えられるものなどない。


これから夜は長いわ、初めての想いだわ、夢の風景に導かれるわ、ここでもまたもや、ありのまま肯定されて、挙句ベトナム国旗よろしく星まで出て来る。

歌詞の内容が状況にぴったり過ぎてちょっといくらいだ。


おまけに歌詞さながら愛の大サービス状態

思えば昨夜、俺もまた金髪の男に金を渡し、白いシャツ少女差し出した皮のブローチはハートだった。

ブローチは慎重すぎて手放したが、あれが本当にフェアトレードなら、渡した50,000ドンだけは誰かに届くはずだ。

夜が明ければ、ハート満載で見た目も味も甘々のミルクティーで喉を潤し、アオザイのお姉さんの美しさを絶賛して本気にはされなかったが、ベッドの上に星とハートをちりばめた感謝メモをしたためた。

これを書いている最中にも、お姉さんが熱々のお茶を持ってきてくれる。

冷房でやられていたので心底ありがたい。

この旅では、ありのまま自分や、恋と愛の話にやたらと出会うようだ。

あとバインミー


【11】2018秋、ベトナム、ホーチミン Day 4-5|導け愛の星よ へ >>

2018-10-11

数年ぶりに東方の曲聞いたけどやっぱいいわ

魔法使いの憂鬱」「蠢々秋月」「あなたの町の怪事件」とか好き

神主の曲は懐かしくてなんかちょっと切ない感じがしていいね

ちょっと肌寒い秋の夜に合う

2018-07-24

過労は退職洪水避難災害猛暑移住となぜならない?

命がいちばん大事なんだろ?

子供の命がエアコンより安いのか」とか言ってるけど

自分らも移住したらよくね?

命よりも今の居住地の方が大事なのか?

北海道に行けよ。朝晩は肌寒いくらいだぞ。

2018-07-05

恋愛は少なくともメンヘラとは両立できなかった話

 本文をうっかり読んでしまうのは時間無駄なのでいくらか前置きで警告をしておく。

 これは一人のクソ女の自分語りだ。

 多分恋愛をしている人にもメンヘラをやっている人にも響かないと思うので、ノンフィクション小説好きな人とかが読んで哀れむなり蔑むなりネタにするなりしてくれたらいいと思う。

 文章にすると落ち着くたちなので、一回字に起こして整理したかっただけだ。

 特に意見アドバイスを期待してはいないけれど、私が想像も出来なかったような現実を打開する魔法があるなら教えて欲しい。

 そうじゃないなら今はほうれん草を沢山使うレシピくらいしか知りたいことはない。

 石を投げたりして気持ち良くなるなら好きにこの文章の私を罵ってくれて良い。もし肯定したいとか共感したとか優しい言葉を掛けたいとか思ったら、それは上手く受け取れないので胸に仕舞うか何かしておいて欲しい。言って満足するなら言って満足して欲しい。

 それから、ぼかしたりフェイクを入れてはいるけれど一応念のため。私の彼氏さん。あなたがこれをもし読んでいたら、私にいい加減愛想を尽かして下さい。メールもしなくていいし、顔も合わせなくていいです。ここにはあまり書いてないけどあなたはすてきな人なので、きっと可愛くて気立てが良くて知的趣味の合う恋人や奥さんがそのうち出来ると思います。私抜きで幸せになって下さい。でも今までありがとう

 さて、数えてないけど多分これ五千字くらいある本文。

 私には彼氏がいる。中学生の頃男女混ざった仲良しグループに居た同士だったが、彼は当時テンプレ中二病クソ女であった私に親切だった。私はいわゆる愛情に飢えたメンヘラであり、被虐待児でもあったので親切な彼を好きになった。

 親に無理矢理突っ込まれ進学塾、殴られたくないから沢山勉強して、私が目指した志望高校は彼と同じ学校だった。志望理由は、当時不良やヤンキーが苦手だったのでそれでもやって行けそうな校風であることと、私のやりたい部活の成績が良かったこと。通える範囲で目指せる偏差値勝手に割り出されたその高校を志望していると自分に言い聞かせるために、彼と一緒に高校に通えるかもしれないことを考えていた。彼は頭が良かった。彼の頭が良いところにも好感を持っていた。

 結果として高校受験は失敗だった。兄弟が多い我が家は長子の私の滑り止めを用意出来なかった。模試きれいな紙に印刷された合格する確率が70%まで落ち込んだ。挑戦は許されず漫画のように家庭の都合で通いやすくそれなりの偏差値の親が決めた高校受験して合格した。

 妥協のご褒美に私は携帯電話を買い与えられた。猿のように熱中した。友達とひっきりなしにメールをするのが楽しかった。そんな携帯中毒に付き合ってくれたのが彼だった。

 彼は愚痴をうんうん聴いてくれた。肌寒い日にはコートをかけてくれて、雨の日は傘を差して家まで送ってくれた。

 彼は誰にでもそうする人間だ。

 そういう人間を私は好きだと思った。

 高校一年の夏、好意を伝えた。彼はいわゆる恋愛恋愛した面倒は嫌だけど、と前置きした上で私と付き合う返事をくれた。友達にも家族にも内緒だった。私はおおっぴらに恋愛満喫して盛大に恋心に振り回される友人たちのようになりたかったが、その夢は絶たれたと言ってもいい。

 彼は時折、家族が留守にしている放課後休日、私を自宅に呼んだ。彼の家は急な坂の向こうにあり、私は暑い日も寒い日も自転車こいで彼の呼び出しに応じた。二人でカーペットの床に並んで座って、他愛もない話をするのはとても楽しかった。彼はキスがしたいと言ったので応じた。こんなもんか、と思った。彼は私の胸や下半身に触れたがった。胸は触らせたが、下半身他人に触られるのは嫌だったので精一杯かわいこぶって断っていた。

 彼が満足そうで良かった。私にかわいいとか偉いとか頭が良いとか言ってくれるのは彼だけだったからだ。

 たまにデートなるものもした。彼は共通の友人にばれたら面倒だから地元ではないところで待ち合わせて、博物館などに行った。博物館が好きなので楽しかったが、多分一人でいても楽しかったとは思う。彼は理系なので解説をしてくれて、知らないことを知れたのは楽しかった。

 いわゆる中学生ぐらいのいじましいお付き合いは高校三年生になるまで続いた。

部活大会模試で顔を合わせたら、こっそり示し合わせて抜け出して会って話したりしていた。

 関係が、と言うよりも私が変わったのは高校三年生の秋頃だっただろうか。

 私は学校へ行けなくなったというより、身体が動かなくなった。

 鬱を発症していたと知るのは年明けに通院をはじめてからだ。高校卒業も危うくなった。彼のメール無視し続けた。友人たちのラインブロックした。手首を切った。酔い止めを何箱も一気に飲んだりした。苦しかった。とにかく早く死にたかったが、癇癪を起こすと椅子を投げてくる母親から兄弟を守らなければならなかったので死ねなかった。

 音信不通を続け、両親の説得も不登校支援センター保健室も諦め、私は精神科に通院することになった。

 高校三年生の一月、私はセンター試験どころか学校へも行かず精神科に通った。薬が効き始めるまでが地獄のように長かった。向精神薬睡眠薬がなんとか効力を発揮する雰囲気を醸しはじめた頃には、卒業はほぼ絶望的だった。

 私は主治医から診断書をぶん取り、校長などのお偉方と交渉を重ね、補講を組んでもらうことでなんとか、卒業から数日はずれが生じるものの年度内に卒業出来ることになった。周りの大人は私の想像はるかに超えて優しかった。同情し、時には私の身の上話に涙ぐんでくれた。そんなことで悩んでいたなんて知らなかった、と口々に言った。進学校だったので不登校前例が無かったのが幸いした。先生方は私一人のために会議室卒業式をやってくれた。

 さて、話を恋愛に戻そう。私はなんとか卒業証書をぶん取り、彼は第一志望の難関大学合格していた。サイゼリアで久し振りに会って彼は「元気そうで良かった」と言った。

 私は全くもって元気では無かった。

 恋愛どころじゃない、何度も死にかけた。

 人に説明する元気もあまり無かったので、かなり端折って私はことの顛末説明した。ずたずたの腕を見せて「メンヘラと付き合うとろくなことがないって言うから、別れるなら今だと思うよ」と彼に提案した。彼は「それは別れる理由にはならない」と言った。

 そういうことでお付き合いは継続されることになった。

 彼は大学入学した。私はそれを祝福した。彼が受験勉強を頑張っていたのを知っていた。とても尊敬している。

 私はといえば、自分を殺そうとする自分に耐え、病状を必死家族説明し、ひたすら精神科に通った。

 彼は以前と変わらず家族が留守の合間に私を家に呼んだ。私は行かなかった。外に出る元気も無かったし、当日朝「今日家誰もいないよ」と言われても動き出す頃には翌日の昼間だ。

 彼はサークルが忙しかった。理系から男ばかりで可愛い子いないよ、と言っていた。

 私達はあまり会わなくなった。

 彼は学業を、私は治療を、お互い頑張っていた。

 彼は私が死んだら悲しむだろう。優しくて弱い人だから自殺だけはしてはいけないと自分に言い聞かせた。

 色々なことがあった。

 死なないために意識を失うことが必要だった。私は酒浸りになり、睡眠薬はどんどん強いものに変わった。早朝起きて、Amazonで買ったウォッカを水で割り、それで頓服を服用して眠り、昼過ぎに起き出して母に罵倒されながら(これは10年来の日課だ)食事をとり、薬を飲んでまた眠った。眠れない夜は頓服を酒で服用した。そうすれば眠れる。眠っている間は死にたくならないので楽だった。

 私某居酒屋で酒を飲みすぎて意識を失い救急車に乗った。倒れたはずみに骨折もしていたのでそれを治療するため更に入院した。入院中は母に罵倒されず三食昼寝付きだったので手術の痛みを差し引いてもお釣りが来るくらい快適だった。

 退院してからはまた酒を飲んで眠るだけの生活をした。

 そんな状況を医者は許さず、私は精神科閉鎖病棟入院することになった。彼は見舞いに来たがったが、私は断った。誰にも会いたく無かった。自分自身と二人きりになりたかった。何もかもに疲れ果てていた。

 入院生活幸福だった。

 看護師さんは優しい。変な人が沢山いるけどそれぞれが自分のことで精一杯だから誰も干渉してこない。

 母の罵倒が無いなら、現実逃避するためのスマートフォンは要らなかったので無くても困らなかった。

 少しの本、ポータブルCDプレイヤーと何枚かのCD。それだけで完結した生活は確実に私の心を癒した。

 これが人生の正解だと思った。誰も、何も要らない、天国だと思った。

 あらかじめ定めていた期間が過ぎ、私は退院した。

 閉鎖病棟入院したことがあるレッテル付きの私は母から罵倒が少しは薄まったと感じた。もう死にたくならないために一人で十分だった。

 そして同い年の彼が大学二年生になると同時に、私は大学一年生になった。

 母が勝手に推薦入学に出願して受験料も払い込んでいた。仕方がないので面接に行ったら大学に受かった。入学した。

 彼はおめでとうと言ってくれた。

 新調したスーツきれいなキャンパス、好きな学問、新しい友達

 私はまともな人間に戻れるかもしれないと期待した。

 アルバイトもはじめた。友達徹夜で飲み明かしたりした。

 しかし、ゴールデンウィークが明けた頃には既に私はくたびれていた。夏休みが明けて、大学へも行かなくなった。アルバイトはクビになった。

 主治医からストップがかかり、休学する事になった。

 私はただ家で時間を潰し、母の(以前よりはマシな)罵倒に耐え、薬を飲み生活していた。もう死のうと思っていた。

 大学で新たな人間関係を築いた彼は、私の死を受け入れるキャパがあると思った。

 そういえば私は彼とセックスしていなかった。

 呼ばれても家に行かない、共通の友人たちと遊ぶ以外では会わない、そんな恋人であったから、私はなんだか彼に申し訳が無かった。

 セックスすることでそれを清算できると思った。

 セックスする前に私は酒を飲んだ。

 薬の副作用で性欲は無く、彼とキスしても気持ち悪いと思ったからだ。

 彼が取ったホテルで私は彼と昼間からセックスした。

 こんなもんか、と思った。

 彼は別にセックスたからといってこれまでより優しくなる訳でも冷たくなる訳でも無かった。

 その日私からやや強引に誘い、夕食を食べながら話をした。私は彼と話がしたかたからだ。彼と話すのは楽しかった。

 それが数ヶ月前のこと。

 それ以降、私は彼と一度も顔を合わせていない。

 なんだかひどく億劫で、気の許せる女友達しか話したくない。

 精神科に通い続けて、自傷行為をやめられた。アルコール中毒も治った。睡眠規則的になった。

 兄弟が進学と同時に一人暮らしを始めた。もう自分の身を自分で守ってくれる。

私の生きる価値は無くなった。

 ある夜母が癇癪を起こして私に出て行けと怒鳴り、私を家から蹴り出そうとした。

 終電が無かったので私はははに頭を下げて「一泊止めてください、明日出て行きます」と言ってその場をおさめた。

 翌朝、私は最小限の荷物だけを持って逃げるように家を出て、何度か遊びに行っては掃除をしてやったりしていた兄弟一人暮らしをしている家に転がり込んだ。

 それから紆余曲折あり、結局兄弟仕送りで私は生活している。兄弟大学に行き、私は自分兄弟の二人分の家事をしている。おそらく幸せなのだろう。私が欲しかった暮らしは手に入ったのだろう。

 もう死んじゃおっかな。くたびれた。もう何も要らない。

 今死んだら同居している兄弟がショックを受けるだろうから、死んでないだけ。

 彼と連絡を取っていない。

 これが自然消滅と言うのならそうなのかもしれない。

 私は多分もう駄目だ。大学は妹宅から距離的に通えないので中退する。アルバイトでせめて食い扶持を稼ぐのが目標だが、達成出来るのはいつになるやら。

 こういう駄目な人間恋愛などしても彼に何の得も無いだろう。

 だから自然消滅であってもさよならを言っておきたい。

 もう恋愛感情がどういうものなのか思い出せないのだ。

 自分異性愛者ではないのかもしれないとも思ったが、同性も好きにならないのでたんに今恋愛をしたくないだけだと思う・

 彼は人間としてすてきだから好きだけれど、セックスはしたいと思わない。それじゃあ社会的地位の高い彼にぶら下がりたいだけの厄介メンヘラだ。しかセックスさせてくれないときた。そんなクズになってまで恋愛かいフィールドに立っていたくない。情けないし申し訳ない。

 友達に戻って彼と飲みに行きたい。手を繋がないで一緒に博物館に行きたい。一緒に食事がしたい。でも今は会いたくない。

 さよならを言うために約束を取り付けようと思って、彼が通う大学夏休みの期間を調べている。

 でも何だか会うのも連絡するのも嫌になってきた。

 こうやってぐずぐずしたまま、付き合い始めてこの夏で四年。嫌だ。

 生活が忙しくて、朝起きて夜寝るのが精一杯で、恋愛なんかやってる場合じゃない。

 そろそろ死んじゃおうと思っている。

 メンヘラはよく人生を虚無虚無言うけど例に漏れず私もやはり虚無を感じている。

 恋愛には向いてなかった。

 多分健康でいることが出来なくなった段階で恋愛なんかやめにしておけばよかったのに、彼の優しさでそれは人工的に延命措置を受け続けている。

 罪悪感はそれだけで健康を害するから排除しなければ、と、病気治療する上で判断出来る。だからさっさと別れようってメールを打てば良いのだ。

 参ったなあ。

 

2018-06-19

スクール水着を着ておもらしをした話

スクール水着が好きなので、去年の秋頃にスクール水着を買った。

着て致したり、それで扱いたりと、それなりに有意義な使い方をしていた。脚の毛を剃った状態で着て、内股になって下半身だけ自撮りをしてみると、まあまあ女の子っぽかった。その写真はすぐに消した。

初めて着たときはかなり興奮したのだけれど、時とともにその気持ちも冷めていった。今でも興奮はするけれど、やはり初めての高揚感は超えられない。

ある休日の朝、洗濯するためにパジャマを脱いだついでに、なんとなくスクール水着を着てみた。特段気持ちいいわけではないけれど、これでしか得られない締め付け感を全身で味わう。

雨が降っていて少し肌寒い日だったので、上にTシャツを着た。ちょうどいい。

しばらくはその格好で、ゲームをしたりYouTubeを見たりしていた。

前日に致していたので、性的な興奮はあまり湧かなかった。

昼過ぎ尿意を催しトイレへ。用を足すには脱がなければいけないことに、ここで気づく。スクール水着を着てトイレに行くのは初めてだった。

少し面倒だなと思ったその瞬間、あるアイデアが頭をよぎった。

僕はスクール水着が好きであるのと同時に、おもらし物も好きだ。スクール水着でおもらしをする作品も当然好きだ。

ならば、自分でやってみたらどうだろう。

後処理を考えれば浴室でするのがベストなので、浴室に入る。お気に入りイラストを真似して、和式トイレみたいにしゃがんでみる。しゃがむとちょうど鏡の高さなのだが、鏡は絶対に見たくないので、逆方向を向く。

しばらく待つも、なかなか出ない。当たり前だ。日常生活の中でおしっこをするときは、

トイレ

パンツを脱いでいる

のに慣れきってしまっているのだから

・浴室で

スクール水着を着ている

状態おしっこをしようとしても、脳がそれを許さない。

また、ある程度は性的興奮をしていたため、それがちんちんにも反映されてしまい、それもおしっこが出るのを阻害していた。

なんとかならないものかと、水を飲んだりチョコレートを食べたり(カフェイン利尿作用を期待した)したが、なかなか出ない。

そうこうしていると、ふと便意に襲われた。これは厄介だ。浴室でうんちをするわけにはいかない。トイレでうんちだけ出してしまおう。そう思いスクール水着を脱いでトイレに座ると、今度は溜まったおしっこが、出して出してとちんちんに集まる。

普段うんちをする際は、あまり溜まっていなくてもおしっこを出してからうんちをするものから、今試みている「おしっこを出さずにうんちをする」という芸当はなかなかに難易度が高い。

「たぶんこうした方が出づらいだろう」という判断のもとちんちんを上に向けた。前側を避けてお尻の方を、慎重にきばる。上に向けるのは効果薄だったのか、おしっこが涙のようにわずかに漏れた。トイレットペーパーで拭き取って、力の入れ方を工夫する。

そうしているといつのまにか便意が引っ込み、尿意が優勢になっていたので、「おもらしができるのでは」と思ってスクール水着を着直して浴室へ。

しかし、いざしゃがんでみるとおしっこ膀胱へ引き返しており、さっきまで静かだったうんちが存在を強く主張し始めた。

浴室でおしっこをしようとするとうんちが出たがり、トイレでうんちをしようとするとおしっこが出たがる。これではいたちごっこである

僕は自らの排泄物からの人望の無さに軽く失望した。

この後10分くらいだろうか。出せないものを出そうとして、トイレ風呂場を行き来した。

うんちは、溜まっていたすべてではないものの、結構割合を出すことができた。

しか本来目的であるおしっこは未だに出せていない。このままトイレ普通に排尿をしては負けだ。

そこで思いついたのが、「水の音を流す」というアイデアであるキッチンで洗い物をしているとき尿意を催したりするし、効果はあるはずだ。

入浴中にラジオを聴いたりする用に浴室に置いている無線スピーカーで川のせせらぎを流してみたが、心が少しばかり落ち着くだけで、おしっこは出なかった。

ではこれでどうだという気持ちで、シャワーを出してみた。世の男性はみんな、シャワーあびるおしっこが出てしまう。僕も当然その一人だ。これで出ないはずがない。

浴室でしゃがんで、足首あたりにシャワーをかける。1分くらい続けていると、待ち望んでいた感覚下腹部に訪れるのを感じた。

これは、出る…!

かくして、僕はスクール水着を着ておもらしをすることに成功した。

おしっこというものは、なんと温かいのだろう。

毎日のようにしているのに、そんなことは意識したことがなかった。

おまたか漏れ出したそれは、スクール水着を伝ってお腹やおしりの方をじんわりと温める。おしっこは予想よりも広範囲に広がり、おへその辺りまで熱が伝わってきた。

おもらしをしている最中の僕は、女の子みたいな、声にならない声を小さく上げていた。

浴室の反響で直接音が少しぼやけるのも手伝ってか、そこまで不快ではなかった。いや、むしろ少し気分が上がった。

おしっこの出方としては、ぴゅー、、ぴゅー、、という断続的なものだった。「ちょろちょろ」とか「ぶしゃー」と出るエロ漫画よりは、少しえっち具合で劣る気がする。

ここに至るまでに結構な量の水や牛乳を飲んでいたので、1、2分間くらい、途切れ途切れに出続けた。

出し終わると、そのまま水抜きからちんちんを出し、こんなこともあろうかと用意しておいたオナホールiPadを使って致した。もちろん参考資料スクール水着のおもらし物だ。濡れているとやはり滑りが良くて気持ちよかった。

感想としては、結構気持ちよかった、というのが正直なところだ。えっち的な意味というよりかは、単純に温かいのと、しちゃいけないことをしている背徳感が大きい。興奮してしまうとちんちんが固くなっておしっこが出なくなってしま関係で、興奮できないというのもあるだろう。

またやりたいかと問われれば、まあ、やりたい。今回は試行錯誤があって時間がかかりすぎたけれど、次はもっとスムーズに漏らせるはずだ。

惜しむらくは、僕が男性であるゆえに、女性のおもらしとはおしっこルートが異なるということだろうか。スクール水着は当然ながら女性向けなので、ちんちんの置き場所など考えられておらず、僕が着るとなると上向きにして収納せざるを得ない。

女性おしっこは下向きに出るので、完全に女性のおもらしを体験したとは言えないところが、一つ残念な点だ。

失禁研究会という団体が失禁体験装置なるものを作ったらしく、それも体験してみたい。

2018-05-16

駄文

 大学卒業してから数年ぶりに大学のある街に行ってみた。特に用事が合ったわけじゃなく仕事連休だったので懐かしくなり車を走らせた。4,5時間かけて着いた街は以前と変わらず自動車が物凄い数走っている車社会で、かといって歩いている人が少なくない、それなりに活気の感じた。5月半ばはもう少し肌寒い印象があったのだが、全国的な暑さもあり夜でも軽く羽織るぐらいで夜風が気持ち良い気温だった。

 大学に足を運んだ。僕にとっての大学生活はひたすらに孤独で、目標もなく、やりたい事は叶えられずその努力もできず、新しい挑戦は満足な結果にならない、本当に酷い時間だったように思う。それでも当時は若さもあり辛くなんかないと虚勢を張って頑張れていた。相談相手や支えになってくれる人もないので、2ch毎日くだらないスレッドを見て辛い感情を忘れる事で精神を保っていられたのもあるだろう。しかし、いざ構内をぶらぶらと歩いてみると色々な場面の記憶が蘇ってくる。どこを歩いてもおれが1人だった場面の記憶しかないし、当時のおれを覚えている人がこの大学に誰一人いないのだと思うと余計に孤独な気分になってしまう。恐怖だった。そして当時の自分はやはり辛かったんだな、自分可哀想な事をしていたなと涙が出てきた。きっとここに来る度に泣いてしまうと思うのでおれは二度と訪れないだろうと思う。この街は好きだけど今思えば辛い記憶しか蘇ってこない。何故おれは青森に来たんだろう。

 ホテルに泊まったがまともに眠る事が出来なかった。普段自分の部屋でさえすぐ眠る事ができないがこの街では余計に興奮して2度外のコンビニに出ていった。1人2人でも人が見ることで安心した。当時のおれと同じ境遇かは知らないがこの人も今は1人でいるのだと思うと仲間のように思えた。

 もっと書きたいことはあるのだが、昔だらだらとブログを書いていた時のようにすらすら文章が思い浮かばない。この文章だってもう構成かめちゃくで書き殴ってるだけだ。一通り書いて精神は落ち着いたように思うので終わる。そのうち子供ができても自分は一緒にこの街へ来ないだろう。おそらくいつ訪れても泣いてしまうと思う。

2018-03-26

ニート。すごく暇だ。

どうも風邪をひいたみたいで、頭が痛かったから、今日ロキソニン飲んで布団でぐったりしてた。

お金使いたくないから家に引きこもる。とてもさみしい。でも、散歩したって何も起こらないことも知っている。どこかに行っても、誰とも話さないで帰ってくる。何も変わらない。

Twitterみて、古い友人たちが結婚したらしいことを知る。2年くらい前、僕が彼らと出会った頃に、彼らはちょうど付き合い始めていた。新宿駅前。夜と朝の間。みんなから隠れて手を繋ぐ彼らを見て、初々しいと思ったんだった。あれはたしか肌寒い日だった気がする。きっとたくさんの出来事を経て、決断したのだろう。すごいな。

僕にはとてもできない。

働いてお金ほしい。彼女欲しい。とか、そんなことばっかり考える。就活しているが、基本連絡待ちでやることないから、一日中ネットみて過ごす。そうしないと、すごく不安になる。

基盤が安定していないと、何もできない気がする。他人との適度な会話が重要だと知る。朝早く起きて、勉強でもしようかなって思う。昼夜逆転を直したい。あとは、誰かと話がしたい。

はいま幕間にいて、新しい何かが始まるのを待っている。人に見られていないと、なにもする気がしない。僕は一人で居るのが好きで、一人で生きていけると、昔は思っていたのだけれど。

恋をして、ドキドキしたい。出来れば報われるやつを。あまり人を好きにならないし、好きになってもうまくいかないみたいだ。アプローチかけられても気が乗らないから、適当スタンプ返したりしちゃう。ごめんなさい。僕も他の人から、似たような仕打ちを受けているんだよ。世の中、うまくいかないものだ。

から寝て、きっと昼間に起きる。美味しいラーメンでも食べにいきたいが、お金もったいないからどうしようかなって思う。一週間が始まり、街はやおら動き出すが、僕には何も予定がない。

2018-03-20

素性法師

いまこむと

いいしばかりに

ながつきの

ありあけのつきを

まちいでつるかな

--------

現代語訳

--------

あんたがいま行くゆうたか

9月肌寒い夜にずっと待っとったのに

夜明け前の月が出ても

来やへんやんか

信じて待っとった私があほみたいやわ。

来ないなら最初から来るてゆうなや。

日記

3月17日 出張地方都市へ。

3月18日 出張地方都市へ。

3月19日 会う約束してたのに、会えないと、連絡が。「しばらく距離をおきたいです。」

3月20日 仕事で行った取引先に、偶然、きみがいた。少し、話した。

     深夜、連絡が来た。結局会うことになった。朝まで、他愛のない話を。

3月21日 出張海外へ。

4月1日 帰国空港からの帰り、少しだけ、きみが家に来て、泊まらずに帰った。ありがとう

☆零

はいつ逢えるんだろう。

2018-02-15

anond:20180215192035

進行が不可逆でもっときっちりしてればいいんだけどさ

今日みたく春めいたかと思ったら数日して結局肌寒い日とかくるじゃん

それだけでもう季節が混ざっちゃってるのとかわんないわけよ

そういう欠陥四季じゃなあ

2018-02-08

ODしていた頃のはなし

気付けば脱ヤク中してから1年以上経っていたので、あの頃の限界生活を綴ってみようと思う。






そもそもODとはオーバードースの略であり、薬の過剰摂取のことを指す。

リスカと並んでメンヘラがよくやっているあれだ。







きっかけはありふれたことだった。

就活が上手くいかない、ただそれだけだ。

まだ肌寒いときにはじめたそれは、桜が咲き、セミが鳴き、木々が染まり、気付けばまた寒さを感じる季節まで続いていた。

B3の紙切れ1枚でこれまで生きてきた22年間の全てを否定されるものから精神的にかなりボロボロだったと思う。


あれは10月頃だっただろうか。

いつものように面接から帰りスーツのままソファに横たわっていると、ふと薬箱が目に入った。

そこには昔メンヘラを拗らせていたとき処方してもらった精神薬が残っていた。

そんなに多くはなかったと思う。

なんとなく、一気に全部飲んだ。

少しでも楽になれると思った。






気付いたら日付けが変わり太陽が真上を少し過ぎていた。

ベッドに入らないと眠れないタイプなので、酷い眠気で落ちたというより気絶の方が近いのだろう。

やばいと思ってツイッターを見ると、書き込んだ記憶のないツイートが残っている。

支離滅裂だし日本語になっていないし誤字どころではない。



とりあえずツイートを消してお風呂に入った。

するとなんとなく元気になった気がしたので大学に向かった。

その道中で吐いた。

しか大学で友人とおしゃべりしてまた元気になったと錯覚した私は当時バイトしていた料理屋に向かう。

その日は平日だったので比較的空いており、料理長の作る料理に舌鼓を打ち、日本酒を飲んでかなりハッピーに過ごしていた。

しかし途中から気分が悪くなる。




気付いた時には奥の座敷で寝ながら泣いていた。

営業時間が終わって料理長に家まで送ってもらったような気がするし、別の友達に迎えに来てもらったような気もする。

正直ほとんど覚えていない。





それから頻繁にODするようになった。

メンヘラ御用達市販薬や、海外から取り寄せた精神薬など、色々飲んだと思う。

薬がよく効くような気がしてグレープフルーツジュースと一緒に飲んだ。



飲んでしばらくすると呼吸が浅くなる。

体が痙攣する。

頭がぼーっとするのに眠ることができない。

胸が苦しい。

でも、そんなとき、苦しさや気持ち悪さを感じるとき、「私めっちゃ生きてる!!!!!」と感じていた。

ドエムで良かった〜〜〜〜〜〜!



(ただ一度だけ、よくわからない海外精神薬を飲んだときは血流がぐわんぐわんいってめちゃくちゃ気持ち悪かったので、あれはオススメしない。)





薬が切れればまた飲んで、その合間にバイト就活をして、また薬を飲んだ。

飲んでから2日は上手く話せないし頭も回らない。

しかし、そんな生活をしながらも12月中頃には就職先が決まった。

よくあんなヤク中採用したなと思う。

土日祝休み賞与ありの会社だった。

そこからはいったん就活から解放されてODからも上がれた。


肯定されたと思えたから。






そして私は社会人になり、約1年ほど仕事従事している。

土日祝休みなんて妄言で実際は盆正月も出勤、賞与は初年度支給無しだし、他にも裏切られまくっている。

特にやりがいを感じるわけではなく、待遇微妙なのにとにかく忙しい。


上司理不尽なキレ方をされた日の夜は、また薬を飲みたくなる。


ああ、死にたい


いや、死にたいわけではないけれど、なんとなくなんで生きているのか分からなくなる。



なんのために働いているんだろうか。

人間みんないつかは死ぬじゃん?

生きるために働くの謎じゃない??


そうして明日も、また、会社に向かう。

いつか死ぬその日のために、わたし今日も生き続けるのだ。

2018-01-28

ベトナムに住んでるけど質問ある?(定期)

前回ちょいちょい質問もらったのですが他にも需要あれば。どうぞ。

今日の温度は25度くらいです。ちょっと肌寒いです。


https://anond.hatelabo.jp/20180123004336

2017-10-27

弟との暮らしを思う

上京し、一人暮らしを初めて暫く経つ。

今更になって、実家暮らしを懐かしむようになってきた。しかしそれは厳密に言えば、弟のいる暮らしを懐かしんでいる、という気分である

そろそろ肌寒いからだろうか。その影響の無い訳ではないと思う。

ましてや雪国地方都市にある2DKの団地には子ども個人の部屋の割り当てがなく、弟と二人で万年敷きっぱなしの布団に寝起きしていたことと関係のないわけではあるまい。

布団の調節に難儀するこのくらいの時期であれば、これまでは寒ければくっついて寝るというだけで解決できていたのである

一人暮らしになって初めて、その癖が付いていたことに気付いた。弟の居ないこの暮らしは、近々私に風邪をひかせる予感をもたらしている。

大学の友人とするゲーム高校の頃の友人としたそれと変わらないが、やはりマリオカートにおけるセンスというものは弟との日常的な手合わせ、日頃の鍛錬においてこそ磨かれるものということも分かった。

過日ようやく手に入れたSwitch版は、やはり場数の不足が目立つプレイングが多いように感じる。これは年末に持ち帰る課題としたい。

自炊のためにスーパーへ出掛ければ、弟の好物が眼に入る。時計が22時を指せば、もう寝たかな?と思う。

次第に慣れて来つつある東京での暮らしで、ふとした拍子に脳裏をよぎるのは父母のことでも郷里のことでもなく、実家で私の遂に成し遂げなかった一人部屋ライフ満喫している弟であったりするのだ。

年末帰省が今から待ち遠しい。お盆からまた少し大きくなっている筈の10歳には何を土産に持とうかと、既に考えている。

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