はてなキーワード: オーディションとは
順不同、敬称略。
今年導入されたTwitterの新機能フリート。24時間で消滅する発信の使い所に期待
https://www.youtube.com/channel/UCtL4YVGDSz3d9btmDLfMhfQ
人生を前に進めようとした人をただ不器用というだけで笑うな、ということに尽きる。
自分から異性にアプローチしなくては人生を前に進めることができない世界で生きてる。
だから夢に向かって受験したりオーディション受けたりするようなもので、
あきらめずに前に進もうとした人を、点数が全然満たなかったり、失敗したりするのを
チャレンジしてない側が晒して笑いにするなってこと。30にもなって冷笑中学生みたいなことするな。
相手に危害を与えるような暴力的だったりしつこいストーカー的なアプローチならともかく、
今回のケースは本人なりの誠実さしかないのは誰が見ても理解できる。
距離感が読めなかったのか、ダメとわかっていてワンチャン賭けたのか、単にセンスがなかったのかわからないけど。
ありがとう、でもごめんなさい、でいいじゃん。
読むと人生の何分かが無駄になる、本当にくだらないオタクの戯言である。
同じファンにはわかっちゃうと思うけど、一応固有名詞はイニシャルにする。
ちょうどオカ◯ラさんとコラボとかしていた頃にハマったから、グループ自体が大衆向けに認知を広めていったタイミングでファンになった大勢のうちの1人だった。いわゆる第二章からのファンだ。
忘れもしない、LOVEのアルバムのDVD映像。友達の家で見たそれには、サングラスに剃り込み頭のいかつい見た目で涙を流すAさんが映っていた。ギャップに弱い当時中学生のクソ単純娘、そこで即落ち。その後のオカ◯イル映像で見せられた無邪気な笑顔でさらなる沼にドボン。
その日から頭の中はEXのことばかり。CDを買いライブDVDを買い、ファンクラブに入会し新曲が発表されれば出演する歌番組を隈なくチェックし。録画して、それを比喩じゃなくテープが擦り切れるまで何度も見た。
そして、それだけ熱心に追いかけていればたどり着いてしまうのが第一章のこと。
私はもちろん、Tさんのことも大好きだった。Aさんの見た目がど刺さりしてるような嗜好の女だから、見た目に関しては別に「綺麗な顔やなあ」くらいの感想だったけど、彼の、グループに対する想いが一番好きだった。多分、彼も元ファンだったから、共感しやすいってのもあったと思う。メンバーをリスペクトして、Aさんに憧れて、少しでも追いつこうと懸命にもがく彼の姿に勝手に感情移入して、大好きになっていた。
でも一章の曲を聴いて、愕然とした。全然違う。こんな歌声には到底敵わない。
もちろん、勝ち負けじゃないと思う。どっちが上とか下とか、比べる必要もないと思う。というか、比べちゃいけないと思う。
でもさ、同じ曲を歌うんだもん。しかも何曲も。私が喜んで買ってたCD、再録祭りだったんだもん。
それを毎日毎日聴きこんだ状態で一章の曲を聴いたら気づいちゃうよ。どこがどう違うか。
正直、歌のうまさ云々だけの話じゃないと思う。世間の評価も、あまり関係ない。声の質の相性が、ライブで歌うときの彼ら2人の表情が、圧倒的に”良い”と思った。いや良い悪いじゃないからこの表現は正しくないね。圧倒的に、”私個人にぶっ刺さって”しまった。
Tさんが好きだし、Tさんと歌うAさんが好きだし、2人を見ていたいし応援したいという気持ちは嘘じゃない。絶対に本心だった。でも、それ以上にSさんの声と合わさるAさんの声に、100%の笑顔で心底楽しそうに歌うAさんに惹かれてしまった。
ちょうどその頃から、彼らを見るのが苦しくなってきた。(当時の)新生EXの7人でいる時の彼らを見るのは楽しかったけど、金◯マとかその他ドキュメンタリーで、ちょっとでもSさんの話をしようとするとすぐに涙をこぼすAさんや、バラエティの嘘発見機に座ったAさんに「正直僕のことが嫌いだ」と冗談めかして聞くTさんを見て、心が痛んだ。背景を知ってから彼らを見ると色々と気持ちがわかっちゃう気がしてこっちまで泣きそうになった。わかった気になってるだけだって言われたらそれまでなんだけど。
Sさんが脱退してから、Aさんはどこか寂しそうだと思っていた。それは、表情がとか声色が、とかじゃなくて、一章の時の映像と比較してなんとなく感じたこと。メンバーと笑いあってる時もふざけあってるときも、以前ほどテンションが高くないように見えた。年齢を重ねて大人になっているから、という見方もできるかもだけど、私にはなんとなくそれが、”好きな人たちと好きなことをする”時のテンションから”仕事”のテンションに変わったように見えたんだ。
で、その原因は、やりたいことをやれていないからなんじゃないかと思うようになった。彼は歌に対して狂っている人だと思う。これは褒め言葉で、歌うことが狂気的に好きだって意味なのだけど。ただの、その辺の、「歌が好き」という人とは比べものにならないほど、異常なレベルで歌を愛しているのだと思う。
そんな人が、当時のEXの環境を、「最高!絶対ずっとここにいたい!」と思っているとは思えなかった。
もちろん、「嫌だ、いますぐ抜けたい」と思っていたわけでもないと思う。でも多分彼はこの頃から、自分の好きな歌を自分のやり方で極めたくなってきていたんじゃないかと思う。そしてそれは、グループの方向性とは違うものだった。
その予想は、彼のソロライブを見に行ってより濃いものになった。本当に楽しそうなのだ。EXで歌っている時以上に。だからさ、近い未来Aさんが脱退することになっても仕方ないなと思ってたんだよ。だって、いちファンとして一番に願うのは彼の幸せだから。彼が心から楽しいと思って、本当にやりたいと思えることをやってくれるのが一番嬉しいから。
これが、2011年くらいに思ったこと。でも彼は、それから9年もグループにいてくれた。途中留学したりソロ活動が拡大したりはあったけど、いてくれた。グループに居続けたのは彼の希望というより、周りへの恩返しやいろいろな事情という側面が大きいんじゃないかという気がする。
だから本当に、ありがとうございましたとは思うんだ。EXというグループを背負って、引っ張って、守ってきてくれてありがとうって。
でもね、それなら。
勇退ライブくらいやってもよかったんじゃないの?って思う。小規模でも、ライブ配信で一、二曲でもいいから。全員に囲まれての勇退にしてもよかったんじゃないの?って気持ちが消えない。
彼は十分にやってくれたのに、これからやりたいことをやるのは素晴らしいことのはずなのに、なんでそんなに暗い雰囲気で伝えるんだろうって。言葉の端々に言い訳っぽさが滲むんだろうって。
Aさん、コロナというきっかけもあって色々考えて……みたいなこと言ってたけど、その直後に「Hさんがツアーやって組み立ててくって話もあったんですけど」って、それコロナ前に出てた話じゃん……とか。
ああ、でも、コロナ前にAさんはHさんに相談してて、ツアー組み立ててて、でもコロナでできなくなって、このまま後回しにしてたらどんどんソロの開始遅れちゃうからもう発表するしかないね、ってなったのかな……。でも年明けにライブやるよね?そこじゃダメだったの?とも思うしなあ。
それに自分の40歳じゃなくて、EXの20周年を節目にするってのはなかったの?みたいなことも思わんでもないし……うーん。
でもまあ、ソロ活動はいいんだ、別に。それで彼のやりたいことなら素晴らしいと思う。ただ、もっと明るく送り出してあげてよ……って思うだけで。(コロナ後に改めてツアーとか考えてるんだったら申し訳ないけども)
でも一個、どうしても気になっちゃうのはTさんのことなんだよなあ。
メンバーが倍増した2009年当時、個人的には本当にショックだったんだけど、「メンバー全員がそうしたいなら」と思って無理やり納得したんだよね。
Hさんの「EXというDNAを残していきたいから」という言い分には、「はあ!?私が好きなのはEXという名前でも、そういうテイストの服着た人でもそういうテイストの歌歌うひとでもなくて、この7人で構成されているグループが好きなだけなんですけど!?」って思ったけど。でも全員がそれで幸せならいいかと思ったんだ。無理やり。だってどうしようもなかったし。
でもさ、こないだのユーチューブのAとTの対談で、TさんがHさんから人数倍増させる計画を聞いたのは加入後半年も経ってない頃だって言ってたやん。
ええ……って。別にTさんだって、倍増がめちゃくちゃ嫌だとは思ってないはずだけど、そう信じたいけど、でもその状態でその立場の人間が、万が一嫌だと思っても言えるわけないじゃんって思っちゃって。それが「もうちょっと末っ子でいれると思ってた」ってセリフに全部詰まってる気がしちゃって。辛かったなあ。勝手に感情移入してるからなんだけどね。
なんか彼は、いやでも比べられる立ち位置にいて、しかもその比べられる相手はすごい人で、自分が世間からどう見られてるかとか、どう言われてるかとか全部わかっちゃう時代の中で、必死に頑張っていたわけじゃん。
スランプが10年くらいあったって言ってたけど、そんな状態で想像できないほどのプレッシャー背負って、でも酒に女にも薬にも走らず(そんなのわかんないだろって言われたら何も言えんけど、少なくともスキャンダルは出さず)、14年くらい頑張ってきてくれたわけじゃないですか。
その結果、憧れだった相方に、「一生一緒に歌ってく」って言ってくれた人に、やめられてしまうのはなあ。1万人の中から必死でその場所を勝ち取ったのになあ。
ていうか、
を決めるという名目で開かれたオーディションで1万人分の1を勝ち取ったのに、半年後に「あのオーディションで落ちた人もボーカルになるよ」って言われて、5年後くらいから相方がソロ活動に精を出し始め、最終的にその相方に卒業されるのヤバイな。これはほんとにTさんがなんとも思ってないことを祈るばかり。
結局Aさんも、Tさんと歌いながらずっとSさんが忘れられなかったんじゃないかなとか、もし相方がずっとSさんだったら、脱退なんて選択肢選ばなかったんじゃないのかなとか、そんな邪推はしたくないけど。
でも今後ソロになったAさんはSさんをまたライブに呼んで、ボロボロ泣きながらコラボとかしちゃうんだろうなあ。それを複雑に思う自分と、めちゃめちゃ見たい聴きたいと思う自分がいて頭が痛い。
せめてその時には、同時にTさんもゲストで呼んでくれないかなあ。3人で楽しそうに歌う姿が見れたら、この上なく幸せな気がする。はあ、情緒も文ぐちゃぐちゃ。おわり。
自分も恋愛リアリティショー番組を見るのは初めてで、前作バチェラーとかも見てない。今回は友人に勧められて見たらハマって一気見してしまった。
台本はもちろんあると思う。ガチ婚活だとしたら明らかに不利なタイプとか、ヒール役っぽい人もいた。これは番組的な盛り上がりが欲しいんだなーと思えるルールもある。そういう企画とルールに沿ったオーディション番組みたいな面白さがあった。オーディション番組の面白さがわからんという人は面白くないと思う。
このシリーズは1人のハイスペが短期間でどんな異性を選ぶか?なのでがっつり恋愛でもない感じがした。(バチェラーは見てないが)
今回は最後の最後で全部夢でした。おしまい。みたいな終わり方なので色々書いてしまった。もし全部が全部本通りなら本当に駄作だし萌子さんにはごめんなさいという感じ。人間性でこうなったならまだ分かるけど、成立した番組が見たかったなあという気持ち。
V界隈を賑わせているロアめいろ訛り騒動だが、先日Twitterに画像付きでリークされていたことが事実ならば、キャラ被り禁止ということに関して知っているライバーと知らないライバーが居るのはそれはそれで問題なのではないかと思った。
めいろ:鈍るなと言われた(被り禁止出せると知らない)
舞元:気にしなくて良い(禁止出せると知らない)
??:オーディションはどうだったのか(禁止出せると知ってる)
また、知っていライバーと知らないライバーが混雑していたり、自分は出していてもロアは出していると知っている、自分もロアとおなか様に被り禁止を出していたら、めいろに鈍るなと言っていたかもしれない。
しかし、被り禁止に関して知らないめいろにしてみれば理不尽に鈍るなと言われている様なものだから居やがらせに近いことを複数からされていると感じるのではないか。
オーディション時どうだったのかを聞いた人物は自分も被り禁止を出している緑仙と噂されているのを目にした。
舞元と緑仙同じSEEDsにデビューしたにもかかわらずなぜ差があるのだろう
はてブに上がってた死体埋め百合のまとめを読んで、note読んで、なるほどと思ったが、noteで引用されてたユーフォの話、ついていけない世界だ…。
未読で勝手なこと書く。
言及されてた香織に注目したんだが、「去年年功序列で3年の先輩がソロだったが今年は実力オーディションで後輩(麗奈)がソロを勝ち取り、自分(香織)がソロを吹けないかも」に周りの関係性の人たちが色々思い行動するとこがエモいのかなあ?と想像するけど(違うかもしれないが)、いや、音楽やる団体なら去年までが間違ってたのであって(課外活動で様々な経験をして人間的成長を云々という部活的には間違ってないかもしれんが)、香織の立場であろうが誰だろうが、後輩がソロ吹くことで音楽の質が上がるなら、それこそが望みだってのが私には根底にあるっていうか。
登場人物達はそうじゃないんだ?
ソロやるのがイイコトで名誉で、できないのが傷つくんだ?そこに1番注目するんだ、下手だということに傷つくんじゃなくて?
前年に1番上手いのに香織がソロ取れなかったのは私の感覚でも悔しいんだけど、それは最良の音楽を年功序列というクソに潰されたのが悔しいという面において。勝ちを譲らされたのが悔しいんじゃない。最良の音楽を求める立ち位置(私はコレ、これこそがかっこよく、エモく、しびれる、フィクションで読みたいもの)ならば、今年、年功序列で自分がソロ取るなんてありえねえだろう、部活の雰囲気が香織先輩がソロ吹いたほうがいいって同情的になるって?麗奈が「周りにどう思われようとオーディションに勝つ」くらいの覚悟しないといけないほどの四面楚歌感なの?は?弱小吹部がのし上がる、音楽を軸にした話じゃないの?雰囲気がそんなんだから弱小なんじゃねえの?みんな音楽が好きなわけじゃないんじゃねえの?と思ってしまった…。
いや、まさにそういう話、音楽はフレーバーで青春群像を描く話なのかもしれないけど。
逆に年功序列でソロやった去年の3年の人はすごく嫌だったって話かもしれないけど。
でもまあスポーツ漫画とかでもレギュラー取れなくて悔しいとか、そういう話、多いよね。
いや〜、うーん、全体のクオリティを下げてでも自分が目立ちたいなら、それはそれでいいけど、そこをぼやかして「辛い悔しい、かわいそう、でも年功序列で我慢して偉い、実力ある後輩に譲ったのが偉い、報われない葛藤を抱える苦悩」だけに注目…みたいなの、なんかなあ。自分が選ぶことだろ、全体のクオリティ上げをしたいか自己表現したいか。それで全体なんかクソ喰らえ、ならそれはそれで小気味いいけどさ。
多くの人は自分の中の「全体という他者の利益を捨てたい」欲を直視なんかできなくて、私もまた、天の視点から見たらみっともない行動してるんだろう。だからこそフィクションで読みたいのはサラッと直視するかっこいいキャラなんだよなあ。
うまく書けないな。
それとももしかして未熟な若者たちが、自分は何を求めて音楽するかを自分なりにわかっていくハナシなんです?どうなんでしょ?
シンデレラガールズ9周年イベントの追加出演者が先日(と言っても結構前だが)発表された。ボイスオーディションでボイス追加となった辻野あかり(実際に出演するのは担当声優だが以下キャラ名で記述する)、砂塚あきら、桐生つかさが出演することは最初から明かされていたが、追加の出演者はニュージェネレーションズの3人、それに夢見りあむと白菊ほたるだという。
これを見れば誰でも、「ああユニ募を揃えてきたのね」と思うだろう。でも揃うのって、実は当たり前ではないのではないか?
この記事は別にりあむの出演を批判するものではない。むしろ逆だ。ユニット名募集中という定着しつつあるユニットがあり、熱が冷めないうちに展開していく。いいことだと思う。過去数年総選挙においても、ボイスが付いたはいいがその後の展開が滞り、担当Pがぶーたれてるのを時折目にする(( それは総選挙の問題というより、デレステの問題なのだが ))。そういうのは少ないほうがいい。そういった観点でユニ募の展開は(まだされると決まったわけではないが)理想的なものだと思っている
でも、だ。これでつかさにも同じ展開があったのなら、今年はそういうふうにやっていくんだな、いいじゃないか、ってことで理解できる。だが、つかさにそういう展開が待っているようには見えない。ほたるとつかさってなんか強い関連性あったっけ。ないよね?多分。あったらこの記事は消える。と考えると、やっぱりユニ募の「新キャラ」という特性を考えずにはいられない。
筆者は今でもvelvetRoseやmiroirに対してあまり良い感情を抱いていない。それは、限られたリソースの順番待ちという面を持つコンテンツであるシンデレラガールズに、最初から全てを持って入ってきて、潤沢な出番が保証されており、出番があるから人気が出るという正のスパイラルを何もなしに持っているという嫉妬の感情からだ。
一方であかりあきらりあむにはやや良い感情を抱いていた。彼女らは話題性という要素を除けばボイスがない状態で追加され、後発4人のような潤沢な出番が用意されていることも(少なくとも後発4人比で)なかったからだ。新キャラ7人はなんとなく2パターンいるんだな、という理解をしていた。
だが今年はどうだ。4位以下の順位が不透明なボイスオーディションが開催され、あかりとあきらはボイスを獲得し、実装時ボイス無しではまだ異例と言っていい限定SSRまでも登場し、ユニット名募集中という新人どうしのユニットで活躍できるようなお膳立てがされている。ことしのあかりとあきら(( りあむは総選挙の結果や人気から妥当に思う ))の活躍や登場ぶりは、もはや後発4人に劣らないほどになっていないか。もう「あかり達は出番がゴリ押しされてないから」なんて、言えないのでは?これはただの偶然だろうか?筆者には、そうは思えない。
つまり、ユニ募の3人って、「最初は目立たないが徐々に人気が出て、ユーザーの人気でボイスが付いて活躍する」ように最初から仕込まれていて、「新キャラは2パターン」なんてのは、俺の勘違いで、経緯の違いはあれどみんな同じように活躍するシナリオになっていたのだ。この7人がシンデレラガールズの新しい看板を担う日も、きっとそう遠くないだろう。なんか寂しいや。いっつもバカやって遊んでる友達にいつの間にか彼女が居た気分だ。
シャニマス2周年を迎え、新ユニット「ノクチル」が追加されてから早半年。今2.5周年キャンペーンをやっているからそれで合っているはず。
ノクチルとは浅倉透、樋口円香、福丸小糸、市川雛菜からなる幼馴染の四人組グループだ。アイドルマスターでも姉妹以外の既に関係性が完成されているグループというのは珍しく、いろんな点でも話題になったことは記憶に新しい。
そんなノクチル初のシナリオイベントである「天塵」は、今だなお賛否両論を以て語られることが非常に多い。
というか実際には賛が多いのだろうけど半年たった現在、賛の部分はさんざん語り尽くされたので、今やドロドロした否定的意見のほうが根強く残っているように思える。
そのほとんどが初仕事の生放送で意図的に放送事故を起こしたことに対するノクチルの批判。「擁護できない」「駄々こねているだけ」「身勝手だ」「もっと大人な対応するべきだ」など、ノクチルが起こした放送事故が許せないという人が多い。
こうして色んな意見があるのはシナリオライターの目論見通りであることはさておき、そもそも天塵の放送事故は番組側が事前の段取りや取り決まりを全て無視したことからはじまっている。放送事故を起こしたノクチルに対して「プロ意識が~」という意見が見られるが、そもそも番組側のそれら全てを反故にしたプロ意識の無さがはじまりだ。
じゃあなんでノクチルのプロ意識の無さばかりが叩かれているのかというと、それは多分「その他大勢」に迷惑をかけたということになっているからだ。あの個人が集団に迷惑をかけてはいけないが、集団は個人にどれだけ迷惑をかけてもOK。というやつ。
日本人の多くが学校という場所を通過して育つわけだけど、そういった限られた集団の中の教育は極度に跳ねたやつや突出したやつを嫌い、みんな同じ服を着て髪の長さとかスマホ禁止だとか、集団に属する人を平均化するためだけの決まりを施して「周りに迷惑をかけないようにしましょう」みたいなことを言われ続けて、言われないにしても圧力をかけ続けられる雰囲気が自動的に形成される。で、そういう空気で育った人は周囲の目を気にするようになり、ただひたすら「考えることを放棄して言うことを聞く」という行為だけを強要され、同じように右倣え右して「周りに迷惑をかけないようにしましょう」とか言いだす。
で、そういうのを言い出す人のなにが始末に負えないかというと、他人を糾弾するとき実のところ自分でも何が悪いのかわかっていないことがある。平均化された集団の中で右倣え右してきたので、「みんなが悪いと言っているので、悪い」みたいなのが無自覚に根付いてしまっている。
実際今回のノクチルを見てみると、実のところ迷惑をかけた相手というのは全く多くない。強いて言えば事前の段取りを放棄してきた番組側しか迷惑は被っていない。この番組を見ていた視聴者も「うわ、放送事故だ」くらいしか思わないし、最終的に一番泥をかぶっているのはちゃんと当事者たるノクチルとプロデューサーの五人だけだ。アンティーカに関してはシナリオライターは意図的に事前に言及してあるが、あれは「アンティーカに迷惑がかかりますよ」という合図ではなく、その後アンティーカのことを一切言及しないことで「アンティーカに迷惑がかかっている」というありもしない妄想を誘引し、「見てもいないのになんでわかるの?」というカウンターを行うためのやつで、この手法はアジェンダ283でもとっている。これに関してはちょっとシナリオライターが陰湿すぎるのであまり好きではないが、とにかくそういうことだ。(そもそもアンティーカを懇意にしているのは段取りを事前に破棄したアホアホディレクターなので、仮に今回の件で悪印象を持たれたとしても、あるいはノクチルが口パクしてなんの問題もなく進行したとしても、プロデューサーはそんな信用ならないアホとわざわざもう一度組ませようとする男ではないのでアンティーカが受けた被害は実際少ない。というかノクチルの仕事でアホアホディレクターの問題性が浮き彫りになって本当によかった。あのアホアホディレクターのアホアホ仕事をうっかり受けてしまったせいで曇るアンティーカやイルミネや「え、たくさん練習したのに今日、歌えないんですか…」ってなる果穂ちゃんなんて、いやメチャクチャ見たいけど見たくない)
じゃあなんでノクチルが実際問題そこまで迷惑をかけていないのに、シャニマス世界でも現実でも多くの人がノクチルを叩いているかというと、やはり「放送事故を起こした」という表面上の言葉に囚われてしまっているから。それで迷惑をこうむった人は例によって段取りを反故したアホアホ番組側だけだし、誰かが特別傷つくわけでもない。ノクチルの行為が身勝手だったとしてだから何だという話だし、そもそも仮に放送事故で「その他大勢に迷惑」がかかったところで1ミリも子分に関係ないはずなのに、なぜかめちゃくちゃ叩く。それは集団に隷属する限り自分たちは「その他大勢」であり、そういったものから逸脱する「個を尊重する」存在というのは安定した集団の和を崩すものなので、とにかく叩いて安定化させなきゃいけないというのが義務教育で根付いてしまっているからだ。身勝手であることは別に悪いことではない、特別誰かに迷惑をかけるわけでもないし、まあそういう輩はいるけど、少なくともノクチルはそうではないのに、身勝手であるという属性自体に反感を憶えてしまうのはそういうわけだ。そうやって集団が自動で安定化するように、別に誰かが意図的にそうしたとかではなく、平均化された集団に向けた教育がそうさせるのだ。
「それでも番組側に迷惑をかけるのはよくない」という意見に関してはそもそも番組スタッフの友達でもないのに番組側の肩をもつのはよくわからないとしか言いようがない。
また、「ノクチルがアイドルを舐めている」という意見もあるが、天塵を読めばそんなことはないことがわかる。雛菜を除きノクチルの三人は生放送に向けて通常のレッスンに加え、自主練をずっと続けてきた。彼女らは飄々とそれをこなすので一見なんの努力もしていないようにみえるが、初披露に向けてそうとうな時間をかけていたことがわかる。雛菜は雛菜でちゃんと283プロ側が用意したレッスンはきちんとこなしているので、求められるレベルに達しているのは間違いない(雛菜のスタンスについてはW.I.N.G.参照してください)。
ノクチルの練習風景を見ていないシャニマス世界の人間がノクチルを「アイドル舐めてる」と叩くのはいいとして(良くないが)天塵のコミュを読んだうえで「アイドルを舐めている」と叩くのは、アイドルという存在を「ファンに尽くすために存在する傀儡」と捉えているからだ。なのでノクチルが画面の向こう側の人ではなく、自分たちの心の納得を優先して行動したのがどうしようもなく許せなくなってしまう。
その個を優先した姿から「プロ意識の欠如だ」と訴える人は少なくないが、そもそも個人を優先することとプロ意識は全く矛盾しないし、そもそも本当にプロ意識があるのならばそれはレッスンを重ねた歌と踊りでみんなを楽しませることであり、番組側が無理やり押し付けた口パクを披露することではない。どちらにせよ、芸能界の集団によるアホみたいな圧力に個を曲げる必要性など一つもないし、それで自分自身を貫いたとしてそれはプロ意識の欠如ということにはならない。そもそも最近のアーティストは集団に隷属せず自分自身を優先させるスタンスの人が多い。その筆頭が若干18歳でグラミーを総なめしたビリー・アイリッシュで、彼女は「ファンの否定や賛成の意見に全て従って生きていたら身動きができない」と集団への隷属に断固拒否を突き付けている。また、アーティストたちのメンタルヘルスの重要性も訴えている。一方ビリー・アイリッシュの圧倒的なパフォーマンスとカリスマ性はファンを滅茶苦茶熱狂させるので、プロ意識に欠けているということはない。
別にノクチルはファンやアイドルがどうでもいいわけではない。ただ同時に自分たちの心のこともちゃんと大切にできるだけなのだ。
なのでノクチルの放送事故は「若さゆえの過ち」とか「青春の輝き」とかではなく、あくまでもスタンスの在り方であり、そういう時代性であり、今後その根元が変わることはないと断言できる。
「ノクチルが心から反省しないと受け入れない」といった意見も見受けられるが、そんなことは絶対起きないし、それはお前の教師がしょーもないことで怒鳴りつけてきたりクラスメイトが学級会を開いて「○○くんは悪いと思います。あやまってください」とかいって個人としてのお前を押さえつけてきた行為に他ならない。
そもそもノクチルにとどまらず、『アイドルマスター シャイニーカラーズ』というコンテンツは学校からの脱却というのをテーマの一つにしているところがある。
放課後クライマックスガールズなんかは直球に放課後がクライマックスだし、プロデューサーはアイドル一人一人と向き合いその個性を尊重スタイルだ(無論全ての青春としての学校を否定しているわけではない)。方言を使うアイドルである月岡恋鐘は283プロに所属する前、様々なアイドルプロダクションのオーディションを受けたが、その方言を矯正するように言われる。そうやって集団は個性をゴリゴリに摺り減らそうとしてくる。
ノクチルに「心から反省しろ」というのは実際そういった行為と変わりがないし、いい加減学級会から脱却してほしい。そもそも反省したとして、「これから大人とか世間とかそういう空気を読んで、おとなしく周囲に迷惑かけないよう口パクで歌います」とかいうアイドルマスターシャイニーカラーズを見たいのか?
結局のところ「周りに迷惑をかけてはいけません」とか「空気読もうよ」とかいうのは集団を安定化させ扱いやすくするための上のほうのオッサンの方便であり、絶対的な正しさではない。仮に一個人がなんらか困窮に瀕しても、集団がなにかをしてくれることはまずない。
なのでいい加減「周囲に迷惑をかけてはいけません」とか「身勝手はよくない」とか「世間様に迷惑をかけたら謝るのが筋だ」とか、そういうちゃんと考えれば全然意味わからないし、そもそも周囲とか世間様とか誰だよって感じのやつから脱却したほうがいい。それがアイドルマスター シャイニーカラーズだ。
とまあ色々言ったが、なんだかんだ「周りに迷惑をかけるな」とグチグチ言ってくる人に限ってそういった圧力で甘い汁をすするオッサンの一番の被害者だったりする。本当によくない。ノクチルは最も個人的なアイドルだからこそ他者を尊重できるグループだ。誰もが自分自身と他者を尊重できるようになればみんな大分生きやすくなるのにね。
あとこのエントリーを読んで「よりノクチルが嫌いになりました!」とか言うことで「もしかしたらノクチルが嫌いになってしまうかも…」みたいな考えを誘引してそういった発言を抑え込もうとする輩が出てくるかもしれないが、そういうメンタリティのやつは一生学級会していてノクチルともそりが合うことは無いので無視してもOKだ。
去年の12月終了の韓国から輸入されたオーディション番組にはまりました。
人生を決める采配をしてしまった以上、応援するしかないと人生初めてアイドルの応援を本気でやることにしました。
いろいろ考えて投票をしてそこで終わりは無責任かな、ブレイクまでは見届けねばと。
また、大ブレイクしたら練習生(応募者の呼称)たちの話題の一つになるからと考えたのもあります。
一番票を入れてた人は落選しているおり、グループを応援しています。
グループは常に話題を提供し続けてます。日韓のいいとこ取りでアイドル文化をどんどん配信してます。
音源のほか、雑誌、スポンサー広告、ファンクラブ、メール配信サービス、YouTubeチャンネル等
広告は来たもの全部やってるのではないかと思われるくらいジャンルがバラバラです。
彼らのファンはいろんな出身の方がいてそれぞれ応援ノウハウがあるので導き手が多数いらっしゃり反応の仕方を学びました。
共通するのはランキングには全力。彼らが引っかかりそうなランキングは全部応募です。
KPOP出身の方からはMVの見方、YouTubeの急上昇、サブスクでの再生についての教えを受けました。
広告出したらスポンサーの商品を買う(行くコンビニが変わりました。)
これを知ってアイドルファンは大なり小なり努力をしていることを改めて認識し
どのファンを見ても敬意を感じるようになりました。
特にJファンはTV、雑誌、スポンサーへものすごく貢献しています。
やらかしたファンの話ばかり目に付きますが、大多数はまともで貢献し続けてるファンたちでJの強さの一端を見せつけられました。
広告で純粋に感動したのは誕生日広告やお祝いで中国のファン企画力が本当に素晴らしいです。
デビュー直前にNYタイムズスクエアで誕生日とデビューのお祝い広告
日本のファンのお祝いですごくいいなと思ったのが打ち上げ花火で、
消え物だから著作権関係関係なくお祝いできるし、何よりきれいだから他のファンにもオススメです。
傾向としてKPOPは時間を捧げ、Jのファンはお金を捧げるように見受けられます。
当グループはハイブリット型なので、時間もお金も捧げ続けることになります。
個人的には軽く応援する程度にとどめておくのが一番楽しいと思います。
■MV視聴
公約(MV視聴回数に対して何かをする)が上がってるのでファンたちがMVを見てるのですがストレスを感じております。
CDを買わせておいてMV視聴まで要求するのは意味がわかりません。それでもファンは視聴し続けます。
数字管理が好きな人が毎日数字の報告をし、MV再生の頑張りが足りないことを指摘するツイートが少なからず上がっているため圧に負け見るしかないと。
頑張って見続ける無意味さが辛すぎて、宗教行為のように感じることもあります。
今作のMVにドラマが入ってて途中で子供が高いところから落ちる描写が入ってので特に心が痛みます。
カウントさせるためには音声を出してないといけないので少なくても200回は子供の苦しむ声を聞いてます。
■声の大きさ
オーディション終わってよかったねの絵だ
いろんな界隈の。普通にめでたい。
自分は結婚したくないとか興味ないとか思ってたけど、本当は選ばれないからできないのを認めたくないんじゃないか?と思い始めて毎日メンタルがボロンボローン!
なんか、就活がほんとは終わってなんかいなくて、オーディションはずっと続いていたんだぞ、お前だけが選ばれないことから逃げていたんだぞ、と言われているような感じ。
他人が人生をちゃんとやってるのが見えるアカウントはもう消しちゃいたいけど、これ消したら本当に某32歳まっしぐらじゃん!と思って怖くて消せてない。
1人で長く細く生きていける仕事場を選んで、まあまあ悪くないところに落ち着いたはずだったんだけど、オーディションが終わらないよ〜
90年代の音楽シーンってアイドルが消滅してアーティストの時代になったのよ
ハロプロくらいじゃない?
それで紅白出るのダサいよねって風潮が90年代末から2000年くらいにできたんだよ。
自分たちのファンと年を越したいとかいって自分のコンサートを優先したり
そういう理由でね
そんな流れのなか総合格闘技バブルで年末にビッグマッチが組まれてさ
それで紅白はオワコンだオワコンだってゼロ年代にはなってたのよ。
そんな流れを変えるきっかけとなったのがPerfumeなんだよ
ストーリーに紅白を組み込むっていう大胆なこと言いだしたのよ。Perfumeは。
事務所が言わせたのか本人がそう思ったのか知らないけど
当時の俺は何言ってんだっておもったよね
その戦略は見事だとは思うよ
そして見事紅白に出ることになるのよ
きのせいかNHKもPerfumeを応援していたようにおもうよ
(売れたきっかけがACのCMでNHKでも流れてたからってのもあると思う)
なにが不満なんだ?って話だけど
ただ、Pefumeの成功もあってかほかのアイドルも紅白めざしますとか言い出したのよ
それでおそらく業界人は気づくのよ
自分の時間が大事だとか生意気なことをいうアーティストなんかよりも
結果どいつもこいつもアイドルになったよね
Perfumeのせいじゃないのかもしれない
いやおばさんだからやめろっていうんじゃないぞ
https://www.buzzfeed.com/jp/reonahisamatsu/zeni-yamete
こんな記事を読んだ。
このお母さんが言ってることは正しい。間違いなく。
ただ私はこの記事を見て、また、ここ最近の芸能人自殺の件を見て、自分の過去の事を鮮明に思い出した。
自分語りする場他に無いのでこちらで失礼します。長いから読まなくていいよ。
私は毒親から生まれた。母が特にヤバい。どうヤバいかは読んでる内に分かると思う。
父親もヤバいけどマシ。父親は私が5歳の時に借金が問題で離婚した。借金の原因は母であり、父が母に耐えられなくなったというのも離婚理由の一つ。
あと他に父親のヤバい所は私が3歳の時に未成年淫行で逮捕経験有り、今もたまに何かしらで逮捕されてるくらいでしょうか。
母は嘘しかつかない人だった。
自分がいかにすごいかを毎日私に語っていた。嘘じゃないかもしれないが運動が出来て頭が良くてとてもモテたらしい。
一番よく聞いたのは、母が子供の頃芸能オーディションに応募して最終選考まで残ったのに親に反対されて最終選考に出られなかった話だ。
だから、自分は子供を決して縛ることなく何でも自由にさせてあげるんだと息巻いていた。
他には、身内や近所からこんな酷い事を言われた!と言って悲劇のヒロインを演じていた。そして、自分は正当だって話をセットで私や色んな人にしていた。
母は家事を一切しない人だった。
私は物心ついた時には包丁を握って、火を使って料理をしていた。何度も火傷したり指先を切り落とした覚えがある。ピーラーは100%切ってしまうので使うのを止めたし今でも怖くて使えない。指先が無くなったことで病院に行ったことはない。幸い、今指の形が変とか火傷の跡が目立つとかは特にない。
洗濯や洗い物は一回分でも溜まるとその晩母は発狂して私は何度も殴られ首を絞められ怒鳴られ、学校へ行く時間(朝)になるまで逃げられなかった。
ちなみに寝不足なうえにわんわん泣いてから学校に行くから瞼は毎日一重。今は何もせずに二重だが、同級生からは整形を疑われることがある。
そういえば包丁を投げられたことも何度もある(シンクに置きっぱなしだったせいで)。運良く毎回避けられたが避けなければ刺さってた。
赤ちゃんの頃はどうしていたか。ホームビデオを見る限りでは父親が家事をしていた。母は自分がしていたと言う。だから、家事も何もかもを全て私にやらせておきながら「誰があんたを育ててあげたと思ってるの!」が口癖だった。
私は何言ってんだこいつと思っていたが、ふとした時に何故だか自分が悪いかのような気になった。言われたその時ではなく、あとから何もない時に急に罪悪感に襲われた。
母は働いたことが無い。
しかし、一度だけ、試食販売のバイトをした。私が中学の時一度だけなんだけど、それを一生やってるかのように「私は働いている!」と言い続けた。
母は身内や近所に嫌われていた。
祖母や伯母は「母は昔からこういう性格で褒められたのは芸能人並みの容姿だけ、だから結婚してないと駄目なのに逃げられた」と口癖のように言っていた。(ちなみに私は父親似のブス)
母はその言葉に誇りを持っていたらしい。歳は40超えていたけどいつでも芸能人になる気満々だった。頼むからそうしてくれ、家にいないでくれと思って40超えてても応募できるオーディションを色々調べて教えたけど、行動に移されることは無かった。
近所からは、毎晩発狂してる事で心配の言葉を掛けられた事がある。その時母は「うちの子が癇癪持ちで、すみません」と言った。
母は、一度言葉にしたことはその場を取り繕うための嘘でも本気で本当だと思い込める。その晩、私が癇癪持ちなせいで近所から恥をかいたと朝まで怒鳴られた。
その晩だけでなく、機嫌が悪いと必ずその話を持ち出した。
繰り返していく内に私は自分の記憶も信じられなくなっていった。
しかし、とある近所の人は私に「あなたは普通だよ、お母さんがおかしいだけだから」と何度も言ってくれた。その一言だけが支えになった。
母はその人の事をことさらに嫌っていた。こんな酷い事を言われた、という話は主にその人からだった。
最初に出した記事から思い出したのはここです。笑 マジで関係ないです。作者さんすみません。
母には愛人がいた。
私が生まれてすぐの同窓会で会った既婚者。ダブル不倫。結果として父より長く付き合っていた。
私が成人後家出した後、「〇〇が家出した原因は愛人がいたせいなんでしょ?それがショックで家出したんでしょ?別れるから帰っておいで」とメールが来た。死ねと思った。
父は愛人の存在を最近まで知らなかった(さすがに知ってると思って私が言ってしまった)。
父とまだ離婚してない時もその愛人とは家で会ってて、私が3~5歳の時(覚えてないけど離婚前)「今、家に借金取りのヤクザが来るから猫のフリしてて」と母に言われ倉庫代わりだった部屋の扉にガムテープを貼って閉じ込められた。
私は言われた通り、にゃーにゃー鳴いて扉を引っ掻いたりしていた。
ヤクザが何かもわからない私はガムテープが張られてない隙間から覗いてみた。見えたのは知らない男の人。しかしそれはその後小学生になって初めて顔を合わす母の愛人の姿だった。
母は生活保護を受けていた。
つまり私も受けていたことになるんだけど、暫くして不正があるってなって、全額返金を求められた。と、母は話していた。
私はここの詳細はわからないけど、心当たりあるとしたら祖母と父親から充分な生活費を貰っていたことかなぁ……。生活保護費は母の夜遊び代だったので。
その時高校生だったので、アルバイトをしていた私のお金、それまでのお年玉貯金(そもそもお年玉は母に取られてたので、内密に受け取っていた僅かな分しかない)や奨学金含めて、全て生活保護の返済に充てるという事で母に没収されました。
高校生の時のアルバイト代はその後も全て没収、生活がものすごく困窮した。お昼ご飯はお弁当だったけど、時間的にも金銭的にも作れなくなって、何もない日があって友達から少しおかずを分けて貰っていた。
しかし母は相変わらず夜遊びしていた。私は夜遊びに行ってもらう方が都合が良いのでその事を問い詰めるような事はしなかった。どこに行ってたのかも知らない。
もしかしたら、嘘をつかれて、私から取ったお金も遊びに充てていたかもしれない。
高校を卒業する時、私は県外の専門学校に行かせてもらえるはずだった。
小学生の時から良いなと思っていて身内全員に勧められ、漠然とそこに行くんだって思っていて、大学の勉強はしてなかった。
中学で1年半不登校して(この時は、完全に部屋に閉じこもって母とも誰とも顔を合わせない引きこもりをした)基礎が何も分からなくなってしまったのでその時点で勉強はだめだと思っていた。
けど、丁度進学を決めるタイミングで祖父が亡くなり、遺産で揉めて学費が払えませんとなった。
私も貯金がゼロ、なら就職しかない、と思ったら担任に「もうさすがに遅くて無理です」と言われた。そして勧められたのが、高校の系列の専門学校だった。推薦できるし安く出来るからって。母は最初から最後まで可能不可能の話はせず「あんたの進路はあんたが決めなさい」とだけ言った。
私は"家から出られれば"どこでも良かった。その話を担任にこっそりとしたら、寮があるから大丈夫と言われて、じゃあそうしようと決めた。
しかし、実際は寮には入れなかった。
推薦入学の為面接があって、面接の部屋に学生は5人いたのだけど私にされた質問は一つ。
「寮に入りたいって希望してるけど何で?きみ、家近いよね?」
そんな事聞かれると全く思っていなかった(担任とのシミュレーションにも無かった)ので、とにかく本当の事は言えないから「自立する為です!」と答えた。
それに対して「親孝行した方が良いよ?」と鼻で笑われた。それで私のターンは終わった。最悪だった。
その後3年は、放課後から朝までアルバイト漬け、家には風呂に入る為だけに帰り学校で寝る、というような生活を繰り返した。帰る度に母が何か喚いていたけど黙らせた。
話していなかったけど、私は小学校高学年くらいから母の暴力に暴力で返していた。私の方が力が強いので捻じ伏せることが可能だった。生きる為とはいえ今でも罪悪感しかない。それに暴力癖は今でも抜けない。普段生活していて手が出る事は無いが、彼氏と喧嘩して手が出てしまった事がある。別れた。子供は勿論結婚なんかも無理だろう。
それで、もう卒業式さえ出れば良いって時に東京のクソボロネズミ出まくりシェアハウスを借りて、必要最低限の荷物を送って、何も言わずに家出した。
あんなに働いたのに引っ越し後の残金(卒業式の為に一度故郷と往復する飛行機代を除いて)は2万円とちょっとだった。
慌てて就活を始めたが、最初に当たった企業が「きみ田舎から出てきたの?東京は甘くないよwでも仕方ないからうちが拾ってあげるよwうちの寮に住むならね。給料は14万もあげるよ、田舎だとこんなに貰えないでしょ?寮の家賃は6万。これは東京では物凄く安い方だからね。ほら、ここにサインして」逃げました。チェーンだから名前晒してやりたいくらいだ。
心折れてシェアハウスの近くでアルバイトする事にしました。給料の支払い日の都合が良くてラッキーだった。ギリ初回の家賃が払えた。
このかん、何度も自殺未遂した。物心ついた時から死にたかった。
幼稚園児の時も友達と喧嘩ばかりして友達が悪いのにその子の顔が可愛いから擁護されて、私が悪いんだって周りに指さされて、でも幼稚園の近くに住んでいた大人(変人)が「あんたは悪くないよ!この子が悪いんだ!」と急に怒鳴ってきて、ビックリしたし周りもあいつヤベーぞ不審者だ注意しろ!みたいな感じになったけど私はその言葉で救われた。その変人がいなかったら幼稚園の屋上から飛び降りていた。
小学生の時担任に親の事相談したら「そんなわけないでしょ、いいお母さんじゃない、ちゃんと育ててくれた人に感謝しなきゃだめよ」と言われた。児相の存在も知らないから最後の頼みの綱のつもりで相談したのに最悪だった。でも、私も当時は自分の状況をうまく説明できなかった。虐待されているとは思っていなかったし。でも、なんか説明できないけど不当な扱いを受けている、そしてそのせいで自分はとても苦しいという認識だった。だからその日死ぬつもりだった。放課後、当時好きな人と少し進展があった。嬉しかったけど私は今日死ぬんだぞ、今のが最後の会話だからな覚えておけよと思った。遺書にも書いた。その晩家のベランダの柵の上に身を乗り出して後は手を離すだけのタイミングで好きな人の事思い出してしまった。泣きながらベランダをよじ登った。
中学に上がり私は引きこもりになった。理由はなんかもう狂ったから。友達が私の事褒めると、嘘だと思ってしまう。私の脳内が勝手に誉め言葉に変換してるだけで本当はずっと貶されているんだ、私はキチガイなんだ、こうなったのは親のせいだ、そんな事を思いながら母が毎日扉前で「いい加減出て来い!」と怒鳴っているのを聞いていた。
ちなみに飲食は母が夜遊びに行ってる間にした。そういえば夜遊びも近所の人に色々言われてたけどそればかりは余計なお世話、私にとっては唯一の安息の時間だから正そうとするな。食料はちゃんと買っててくれた。と言っても、ほとんどツナ缶だった。育ちざかりにほぼツナ缶とマヨネーズしか食べなかったせいか身体が成長しなかった。友達にチビを弄られる。最悪。
引きこもってる間は元気にしてた。何故ならパソコンがあったから。2chに「死にたい人が書き込むスレ」みたいなのがあって、年齢など書きこむテンプレがあってその通り書き込んだら「まだ若いから大丈夫イキロ」みたいなレスをたくさん貰った。そうなのかあ、と他の書き込み見てみたら確かに50代とかが多くて、私若っ全然余裕じゃんと思った。
それでも一度だけ「そろそろ死なないとなあ~」と思ってまたベランダの柵の上に登ったけど、やる気になれずやめた。
引きこもることに飽き、死ねないし今のままじゃマジでやべえと思って2年の2学期からいきなり登校したらマジで誰?みたいな感じだったけど誰も何も聞いてこなかった。暫く過ごして、「転校生だと思ってた。自己紹介しないから変だなって」と言われた。物珍しさで人が集まり友達に恵まれた。小学生の時好きだった人はクソヤリチンになってて冷めたけどめちゃめちゃ楽しい中学時代を過ごせた。全国の引きこもり!デビュー、意外といけるぞ!もし失敗しても気にすんな!
高校~専門学校は家出の為に働くことに必死で自殺未遂はしなかった。何度も死のうとは思ったけど世間体も気になりだして、とりあえず、家を出てから考えようって思ってた。
家出後。家出直後は紆余曲折あったが、安定してきたのは3年後頃。それまでに2回転職した。1つ目、2つ目のアルバイトははっちゃめちゃのどったばったの学生の延長みたいなノリの職場だったので死にたくなってもすぐウェーーーーイwwみたいになれたのに、3つ目は無。職場環境も人間関係も金銭面も何も不満が無かったのに、何をしても楽しくなくて、ご飯食べてるだけで悲しくなって死にたい……死にたい……とずっと唱えていた。ある日職場の先輩が死んだ顔をしていたので「死んでますね」って言ったら「うん、何もないのにね、死にたい」って突然言われた。わかる~!って返してそこから「何でかよくわかんないけど死にたいあるある」を言い合った。ちなみにその先輩は私みたいな人生は送ってない。自分で「人生順風満帆で家族大好きだし最近大好きな彼と結婚したし最高に幸せ♡」と言っていた。最高に幸せ♡なのに何でかマジで死にたくなって死にたくなる意味が分からなくて解決法も無いから本当に死のうかな?でも死んだら旦那悲しむし……と思っていたそうだ。今思えばあの職場が何か呪われてたかもしれないが、私はそれを聞いて、あっ毒親育ちじゃなくても死にたくなるんだ~!って安心した。安心したらその意味不明の死にたいもどうでもよくなっていった。
でもその職場で、ある日上司が変わった。すると職場環境が一気に最悪になった。クレーマーが激増して日々殺意しかなかった。てかマジでここにいる人間全員殺して私も死ぬ!って所謂無敵の人思考になっていた。電車のホームに飛び降りようともしたけど、それよりもなによりも殺したくて仕方なかった。殺さないと死ねないと思った。でも殺しちゃいけない事は分かってるし犯罪したことないからやり方わからなくて、とりあえずその時から信号無視する車とかを避けることをやめた。あわや死ぬところだったみたいなタイミングでちゃんと死ねば悔いなく死ねる、失敗しても保険金貰えるだろと思って死を避ける反応をしないようにした。けど、運がいいのか悪いのか全部あわやで済んでしまった。
そうこうしてる内に仕事をなんとか辞められて、今。在宅ワークをしている。
リアルで誰とも触れ合わずにいるとぜーんぜん死のうとは思わない。けど、死ななきゃなあ……と思って過ごしている。あーいつになったら死ねるんだ。
プライドをなくせと言われてもさ、むずくない?25年培った価値観はそんなに変わらないぞ。
母には「勝ち負けにこだわるよね」とよく言われる。あまり自覚は無い。
高校時代に「それは幼稚な思考だよ」と言われた思考があって、チョコケーキとショートケーキがあったときに、チョコケーキが食べたかったのだとしたらショートケーキが食べたいと言えば、ショートケーキが食べられたら宣言通りのものが食べられた訳だし、チョコケーキが食べられたら期せずして本来食べたかったものが食べられるからどちらだとしても負けないのよ。
と思っていたし、これに近い行動原理を持っている。そうか、つまり負けることをしたくないのね。
だから負ける可能性がある、「自分で選択する」と言うことが心底したくない。
この価値観がいけないのだろうか。
類似のもので、クドカンの10年前くらいの深夜ドラマで「11人もいる!」っていう神木隆之介主演のホームドラマがあるんですけど、そこで5女だかの女子高生がモデルオーディションにうっかり出ることになって、普通にやって落ちるのが嫌だから敢えてスク水で出るっていうシーンがあってさ、
久しぶりにこんな熱量があってせっかくなので残す。
映画「糸」
まず菅田将暉と小松菜奈の出会いから始まる。2人とも中学生、初っ端から子役。菅田でも菜奈でもないシーンが続く。苦手なんよなこういう主人公とヒロインの若かりし頃みたいなシーン(私情)。似てる人探してきたのかな、オーディションの募集要項に『菅田将暉似』とか書かれてたのかなとか余計なこと考えてしまう。それもそうだが2人が出会ったときの菅田(子役)の自転車からの転け方あれはやばい。転けたというより飛んでたし絶対絆創膏で足りる傷じゃないでしょ。なあ。
菜奈の家庭が荒れてて菅田といる時間だけが楽しい…救い…みたいなよくある展開。虐待シーンは普通に胸糞悪かった…やめてよね。てか菜奈が作ったお弁当食べてるとき、菅田がどこからともなく出してきた綱みたいな紐を「これミサンガにする!」って言い出したときはびっくりしたな。糸にかけてはいるんだろうけど。わりと生活に支障出そうなレベルで太かったよあのミサンガ。10年後も菅田は手首につけていたけど……。(まじかよ〜)
なんやかんや結局菜奈の家族は夜逃げしてしまうんだけど菅田、菜奈の家を見つけ出して菜奈をどうにか助けようとする。が、警察に見つかり引き離される2人。いくら好きな女のためとはいえ北海道で1人で動く菅田の行動力エグすぎ。中学生よ?北海道て広いし寒いじゃんか。あと今時こんな若い演者さんでもキスシーンあるんだね…。「青森に知り合いのおじさんがいてそこにいけばなんとかしてくれる」このシンプルな嘘の謎が最後まで解けず、シンプルに謎でした。どうするつもりだったんだ。
大人になった2人が再会。菜奈、綺麗になったね…。お互い気持ちは残っていながらもパートナーがいる2人。菅田は榮倉奈々と、菜奈は斎藤工と。なんかさあ、これを言ったら糸もクソもなくなるんだけどあのまま菜奈と斎藤工が2人で暮らす話を見たかったわあ。事業を成功させて金ならいくらでもある、でも何か足りないみたいな顔したたくみがキャバクラで懸命に稼ぐ菜奈と出会うわけ。菜奈とたくみ、せっかく2人で暮らすとこまでいったのにね。会社がダメになって全部放り出して逃げたたくみを菜奈はちゃんと見つけ出して、それでも一緒にいようって言ったのにね。お前の居場所はここじゃないって言ってたくみ、またいなくなっちゃった。埋めてあげてほしかったよ、菜奈に。うまくやれそうに見えて不器用でどこか似ていてお互いに足りないものを補い合うような2人をもっと見ていたかったよ。菅田とはすれ違いまくるよ。それでよかったのに。(よかったのに)
菅田、榮倉奈々と結婚したよな。病気で死んじゃうんだけど。その病気の体を懸けてまで産んでくれた子ども、いるよな。榮倉奈々のこと、愛していたよな?菅田。
めちゃくちゃ端折るがもちろん2人はもう一度再会して、やっぱりあなたが私の運命の人!糸は繋がる!みたいな感じで終わるんだけど。
菅田さぁ〜、わかるよ?気持ちはわかる。菜奈が近くにいるってわかってなんかどうしようもない衝動で会いに行く!!てなる気持ちはわかる。でもあの榮倉奈々との娘を放って菜奈のもとへ行くのはマジでない。ないわー。いくら運命の相手とか運命の糸だとしても。愛していたよな?そして娘のこと、愛しているよな?
(ここからは超私の感想だけど)べつにさ〜、糸ってたった1人と繋がってるものではなくない?巡り巡って確かに菜奈とはまた会えたけどさ。それを繋げてくれたのは榮倉奈々だったし。いっぱいいたじゃん周りに友達とか、職場の上司(松重豊さん 良かった)とか、榮倉奈々とか、その家族とか、娘とか。たとえるならよ、榮倉奈々との子どもなんて自分が紡いだ糸じゃん。元から繋がってたものだけじゃなくて自ら繋げていくものもあると思うしそれが人生の醍醐味だと思ってるし。
まあ、展開的にあそこに娘連れてったら盛大に「「「糸!!!!」」」って出来なかったからだろうとは思うけど。ほんと全てが2人を中心としていて他はその後付けって感じだった。まあそんなもんか。ようやく2人が会えて抱き合うシーンでこれでもかと打ち上がる花火。爆発事故みたいな音してた。あんな音したらさすがに見るでしょ、花火。見てよ、綺麗だったから。エンドロールで斎藤工と榮倉奈々の名前が横並びになっていて、当て馬枠で流してやるなやと思いました。
淡い初恋の記憶は淡くて綺麗なまましまっておいて、たまに思い出すくらいがちょうどいいんじゃないか。運命とこじつけは紙一重なのかもしれない。(訳:小松菜奈と斎藤工が永遠であってほしかった)
エンディングの菅田将暉&石崎ひゅーいの糸、よかった。途中で突然流れたシンガポール語?の糸、あんなん笑うやん。ゆるして。おわり。