はてなキーワード: 白紙化とは
全部地元の話やけど、まぁ聞いてくれ。
もう数十年前の話、ワイが生まれる前の話だが、高速道路が通る事になって、まず高速道路の建設に大反対運動が起きていた。しかし、地理的に迂回できるような条件はない場所であったため建設反対は通らず。
しかし、建設が押し切られそうになると、馬鹿共は、今度はインターチェンジ&パーキングエリアの設置に反対した。
今から考えれば、インターチェンジが無けりゃ高速道路なんて迷惑施設でしかないのに、道を通してインターチェンジ反対って馬鹿じゃ無いの?と思うのだが、当時の馬鹿共にはわからなかった模様。
結果、道は通っているがICが無い状況になった。その高速道路の全線の中でも、山岳部などを除いて最もICとICの間が開いている区間ができあがった。また、パーキングエリアもない状態となった。
反対運動で追い出されたICは東側の隣町に、PAは西側の隣町に建設されることになった。
東側の隣町にICができたが、さらにその東側のICと距離がかなり近い状態になった。また、そして元々幹線道路への接続が無い場所であったため、接続のために県道がつくられた。
そして、その県道を利用し、東側の距離の近い近いインターチェンジとの間に4車線の立派な国道のバイパスが建設されることに。そしてその道の周辺に商業エリア、工業エリアが設定され、条件の良さから大手企業の工場や、物流基地などが立地。
また、元々ICが作られた周辺は果樹の農地が広がっていたが、ICの立地を生かして観光農園を大々的に展開し、観光地化に成功。高速道路を通る観光バスが中継地的に楽しめる場所に。農地を供出した農家も上手くいっている。
一方で我が町。企業立地競争はそちらが強力なライバルになり悉く失敗。立地した大手企業の下請け工場みたいなのは多少おこぼれに来る程度。
現在、かつてインターチェンジを作る予定があった所にスマートICを設置してくれ、という請願をやっているが、具体化していない状況。ちなみに西側の町に追い出したPAにはかなり前にスマートICが開設されている。
なんでその時反対したんですか?と聞いたら「そんな風になると思っていなかったから」と答えたジジイ、ばかじゃねーの。お前が死んでもお前らの愚行は語り継いでやるわ。
これは隣の町の話。住宅街から川を挟んで対岸の農地を買い取って、ワーク○ン・カイ○ズホームのベイ○アグループと不動産ディペが一緒になって大規模ショッピングモールを作ろうと言う話が持ち上がった。が、例によって地元商工会が反対の大キャンペーン実施。ちょうど首長選挙の季節だったこともあって首長も反対を表明。もう少し粘るかなと思ったらあっさり撤退を表明して白紙化した。
で、あとからわかった話。
眺めの良い場所に、かつて美術館を建設するという計画があった。とある化学メーカーの社長が個人的に集めたコレクションを元に美術館を建設すると言う計画であった。
民間の企画であったため大きく公表されないまま、順調に話が進んで基礎的な設計図はできあがるところまで行き、そこへのアクセス道路を完成した後に公道として移管したいと言う話が議会に上程されるに至って発覚。当時バブルまっただ中。別荘ブームなどがあって、別荘として開発したい連中が暗躍し何故か反対ムードが起きたため、社長側があっさり撤退。
その後、全く別の土地に美術館は完成。社長は引退するときに自分の持株分を美術館を運営する財団法人に移管しており、その収益でコレクションを買い増しながらその筋では世界屈指の美術館になっている模様。
一方で建設される場所だった予定地はゴミみたいな粗悪な別荘が建ち並んでゴーストタウンとなっている。
なんか知らんけど誰かが何かを始めると、真っ先に反対から入る奴が多すぎるんだよな。土地柄なのかなんなのかわからんけど。で、外の資本による開発計画なんかは、別にこの土地に拘る必要ないわけで。反対されたらあっさり撤退するのは当たり前。
この件、テレビ局や脚本家側に「このまま原作者たちに自分たちの悪評が出回ったらどうしよう」という危機感が微塵も感じられないのが、悪い意味で凄いなと
漫画家って基本在宅ワークで、今はパソコン使う人の方が多いから、チャットツールとかで「〇〇のプロデューサーは愛想はいいがこっちの要求は一切聞く耳持ってない」とか「あの脚本家はこっちが黙ってると主人公の性別すら平気で変えようとするから毎日でも電話入れて念をおせ」とか「登場人物の名前はストーリー上の演出に絡むから一字一句変えるなと契約書に書いといたのに無視された」とか「手元の契約書を読み上げて無断改変に抗議したのに『そんな事はどこにも書いてない』と言われた。もしかして契約書の内容が違うんじゃないか」とか今もガンガン情報出回ってるんだけど、彼らにそういった想像力ないんかな
俺の友人は向こうのルーズさを逆手にとって「原作者はいついかなる時、いかなる理由にも関わらず本件を白紙化できる。その際に発生したありとあらゆる損失を補填する義務は原作者にはない」を土壇場でねじ込む事に成功して全話の脚本を全部差し戻してた
エクストリーム横浜市長選挙とは、横浜市長選挙を利用したエクストリームスポーツの一種である。
https://anond.hatelabo.jp/20200612200441
当選した候補、または供託金返還となった候補が以下の理由により特別賞受賞となった場合は、逆転優勝とする。但し、選挙期間中の逮捕はこれまでどおり失格扱いとなる。該当者が複数いた場合は、当選した候補が優勝として扱われる。
以下は2021年の横浜市長選挙から追加される特別ルールである
東京都知事選挙以外は競技としての面白さがないためこれまで行われてこなかったが、今回は史上まれに見る混戦と保守分裂により競技として成立すると判断されたため開催となった
https://anond.hatelabo.jp/20200706143404
今回保守分裂の一因となったIRは当初白紙化としていたが、2019年に公約を破り推進に転じる。公約違反と横浜のフィクサーである横浜港運協会会長の藤木幸夫氏を敵に回した以外は特に失政らしい失政もなく現時点ではスキャンダルもないためエクストリーム競技には無縁である
地元横浜選出の代議士で、父親は菅義偉の旧主小此木彦三郎で自身も菅の側近であったが「IR誘致反対」を事実上の反旗を翻した形である。中央政界と横浜市政の混沌の象徴とも言える出馬であるが、左右問わずIR反対派から得票が見込めることと地元の大物代議士ということもありエクストリーム競技には無縁と思われる。
非自民系保守政治家の代表格で旧民主党→みんなの党→次世代の党→希望の党→日本維新の会と、ある意味自民党以上に右寄りの立場の政治家である。2012年の東京都知事選では供託金没収となりエクストリーム競技優勝している。前知事が権力闘争のため県庁所在地の主張戦に出るというのはある意味維新政治家らしいが、2019年の参院選では神奈川選挙区で4位で若干過去の人感が否めない。番狂わせで東京・横浜のエクストリーム選挙2冠達成もあり得る。経歴だけなら小此木に負けないくらいのエリート政治家のはずなんですけどねえ。
立憲民主党の推薦候補でハマのドン藤木氏からも推薦を受けている。IR反対派。公衆衛生学やデータサイエンスを専門とする科学者で政治経験はなし。ハマのドンが持つ基礎票をどのぐらい小此木八郎に奪われないかが鍵
自民党→希望の党出身で3期代議士を努めていて内閣府副大臣も経験しているが3回とも比例復活であり選挙基盤は非常に脆弱。あの江田憲司の選挙区なので無理もないか。選挙基盤の弱さと知名度の低さの一方で、横浜が地元の元代議士という絶妙なポジションでエクストリーム競技優勝候補に
今回のエクストリーム競技最有力候補。かつては国政政党の代表も務め、2009年の民主党政権誕生時は民主党よりであったがその後は維新の会に。2012年の総選挙以降は出馬する全てで落選しており政治家としてはもはや過去の人である。今後は家入一真とマック赤坂とN国を悪魔合体させたようなエクストリーム競技常連プレイヤーとなるだろう。松澤の立候補もあり今回の選挙自民党だけではなく実は維新も分裂選挙である。注目点は松沢と田中の得票数の合計で、次の選挙で維新が衆院選ならば南関東ブロック、参院選では神奈川県選挙区で議席を積み増しできるかの試金石となるだろう
立憲民主党所属の横浜市議会議員で40年以上務めるベテラン。今回は自民・維新・立民と主要政党がどこも分裂選挙となっている。実は勝つ気がないのではないだろうか?
元検事でコンプライアンスの専門家。横浜市長よりも法務大臣のほうが向いている。
横浜市内の水産卸売業を営む経営者。横浜市議選ならば通りそうなのだが。
知らない人なのでTwitterと後援会サイトを見たらN国っぽい感じががしました(※個人の感想です)
現職の林文子にIRを装填として小此木・松沢・田中など知事経験者や大臣経験者の大物が挑む構図。これ本当に基礎自治体の首長選挙なんですか?というメンバー。ほとんど無風だった2020年の都知事選と比べて見応えあり。こうなると誰が当選して誰が供託金没収になるか微妙なところである。万が一林・小此木以外の候補が当選すれば菅義偉は地元への求心力すらないということになり、菅政権へのダメージは都議会選挙以上のものとなるだろう。
エクストリーム競技の注目株は田中康夫。エクストリーム東京都知事選の過去の優勝者の複数の特徴を持ち「供託金が帰ってこない候補の中で一番票を集める」可能性が一番高く見える。優勝:田中・準優勝:松沢という組合せならば「維新所属の知事経験者のワンツー」という快挙?になる。それにしても自民だけでなく維新も立民も分裂選挙で泥沼となっている。IRという大きな対立軸がありながら政局的な理由で候補者乱立というのはある意味日本政治の縮図とも言える。
標題は「~理由を国際関係論という学問の用語を使って説明したい。」とした方が正確である。
しかし、それでは読んでもらえないと予想したので標題のようにしている。
自民支持されるのはおかしい( https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/DocSeri/status/1342720709873692672 )というエントリが人気だ。
それでも自民党が支持されるのは、外交と安全保障政策を任せることができる政党が自民党しかないからだ。
学術的に言うと国際関係論という学問では、High and low politics ( https://en.wikipedia.org/wiki/High_and_low_politics ) という言葉がある。
High politics とは、外交や安全保障といった分野を指す。
Low politics とは、High politics 以外の分野を指す。
High politicsでの失敗は、国としての存在に関わる。
Low politics もまた重要であるが、Low politicsが成功するには、High politicsの領域で国が安定していることが必要不可欠である。
そのためHigh politicsはLow politicsにまして極めて重要である。
High politicsで失敗するとどうなるかは、パレスチナ、イエメン、アルメニア、ウクライナ、ウイグル、チベット、【イラク】(2020-12-28 10:48追記)、そういった国々ないしまたは"地域"から学ぶことができる。
立憲民主党・その母体である民主党系の政党は、High politics を軽視している。
例えば鳩山首相(当時)は、日本中央政府・沖縄県・アメリカのいずれもが同意していた辺野古移転案を白紙化し「最低でも県外」を推し進めようとした。
それは失敗に終わり、期待を裏切られる結果となった沖縄県は辺野古移転案さえも拒否する結果となった。
例えば蓮舫副代表(当時)は2019年、F35の105機の購入計画を爆買いだと批判した。
2020年の数字になるが、中国は第4・第5世代機を1080機保有していることに対して、日本は309機しか保有していない。
( https://www.gyoukaku.go.jp/review/aki/R02/img/s2.pdf )
これを踏まえれば、必要な装備水準について現実的な対案を提起することなしの批判は支持できない。
こうした例から、立憲民主党とその母体はHigh politicsを軽視していると私は判断している。
不祥事を繰り返す自民党の議員たちは実に不快であり有害であると個人的には思う。
だからといって、High politicsを軽視した政党を支持することはできない。
そのためHigh politicsの分野で信頼できる政党ができるまでは、自民党を消極的に支持するしかない。
2020年9月10日の毎日新聞によると安倍政権への世論調査で
「最も評価が高かったのは外交・安全保障政策で、「評価する」が57%で、「評価しない」の27%を大幅に上回った。」という。
( https://mainichi.jp/articles/20200910/ddm/012/010/100000c )
2020年9月3日の朝日新聞でも、世論調査で最も支持されたのは「外交・安全保障 (30%)」であった。
(https://www.asahi.com/articles/ASN937F3RN92UZPS005.html)
こうした調査からも、自民党が支持される理由がHigh politics を重視し現実的な安全保障政策を取ってきたことにあると考える。
いただいた人気コメントと、新着コメントのうちいくつかにたいしてコメントしたい。
そんな大上段の話ではなく、ドブ板(冠婚葬祭や学校・地域の式典・イベントに顔を出す等々)と地盤(後援会)の過去からの累積が効いてる、って話では。単純接触効果は偉大ですよ。天下国家論じるだけでは選挙勝てない。
ドブ板地盤看板鞄が55年体制から現在まで自民党を支えたことは、私もそう思う。
しかしドブ板地盤看板鞄では、安倍政権が終了時に世論の支持率が上昇し、その評価する政策として「外交・安全保障政策」が一位となったことを説明できない。
北方領土が返ってこなくなったり,拉致被害者が返ってこなくなったり,Googleマップでミサイルサイト決めたり,自衛隊幹部一同が会食して一斉感染したり,high politicsってスゲェな!
4つの反論のうち拉致被害者の奪還の困難さを評価するのは難しいが、その他3点について言及する。
まず一般論として他国が実効支配している領土を交渉で返還できるのは極めて稀なケースで、北方領土が返還されなかったからと言ってただちにhigh politicsを軽視しているということにはならない。
ただし安倍政権がロシアのナイーブな善意を期待して対露譲歩(2島先行返還論への転換)をしたことが何ら成果をあげなかったことは特筆すべきであり、安倍政権が対露外交で大きな失敗をしたことに同意する。ロシアには善意や信義は通じない。国際関係論でいうところのrealism学派の外交理論を全面採用すべきであったし、せめて今後はそうあるべきである。
イージス・アショアの配備予定地の選定に防衛省担当者がGoogleマップを使用したか、及び自衛隊幹部一同が会食したかどうかについては、自民党がhigh politicsを重視しているか否かという論点には関係がない。
具体的な反論または質問の形に書き換えていただければ、解答したい。
「学術的に」という言葉に違和感を覚える方がいるのは理解できる。
というのも、「学術的に」とは曖昧な表現であって、この場合は「国際関係論という学問の用語を使って」という方が適切なのが正しい。
そうしなかったのは、そのタイトルだとたぶん読まずにスルーされてしまうだろうと予想したため。
例として挙げた辺野古政策、F-35、世論調査結果の全てにおいて議論が単純化され過ぎていて、「学術的??」となる。居酒屋の隣の席のオッチャンが言ってた。
単純化しなかった場合の議論とはどのようなものか説明してほしい。
「学術的に」は先述のとおり。
3点の反論にそれぞれ解答する。
1点目、普天間基地問題の解決は日米安全保障条約の運用の安定性に寄与することであり、日米安全保障条約の運用の安定性を向上させることはhigh politicsな課題にあたる。
2点目、戦闘機について。蓮舫氏は35に変わる代替機種などの提案した上で批判したのではなく対案なき批判となっている。
蓮舫氏が代替機種、あるいは戦闘機の購入よりも安全保障を向上させる装備体系の提案をしたのであれば、その内容に応じて賛成または反対をする。
3点目、防疫は安全保障の問題ではないか、という指摘はそのとおりだと思う。
具体的な反論または質問の形に書き換えていただければ、解答したい。
結論から先に考えてないかな?書かれていることは仮説でしかない気がします。データの根拠が弱い(30%って)ので、追加のレポート期待しています。
ただ、実験のできない、さらに統計もとれない分野ではこれ以上の根拠を持ってくるのは難しい。
「それでも自民党が支持されるのは」ではなく「それでも俺が自民党を支持するのは」だろう。太宰メソッドだ。Objectだけを分析してもSubjectの行動の理由を説明したことにはならないだろう
元国際関係論の学徒だが、もう大学の図書館にも電子ジャーナルにも入れない、本も経済的な事情で売ったので
そこは多めに見てほしい。
①筆者の挙げるパレスチナ、イエメン、アルメニア、ウクライナ、ウイグル、チベットの置かれている状況を日本に当てはめるのが妥当と言えるのかどうか。(経済力・人種・宗教・資源・地理)
High politicsに失敗した場合、例えば北朝鮮の核攻撃を主要都市に受けた場合に
それらの国々と日本の状況に大差はなくなると私は考える。
②外交・安全保障をHighとして、内政をLowと位置付ける概念は、政治学の中でメインストリームなのか、またそれは軍事関係者などのイデオロギーに影響されてないものなのか(引用にWikipediaっていうのも?だし、Wiki自体にも引用文献が少ないから疑問に思った)
国際関係論には、大きく分ければ2つの学派がある。1つはrealismで、もう1つはliberalism。
realism は、High politicsだけに関心がある。
liberalism は、High politics以外にも関心がある。だが、最も重要視するのはHigh politicsであるという見解はrealismと共通している。
これはliberalismの中心人物であるJoseph Nyeという学者が「安全保障とは酸素のようなものであり、それが希薄になり息が苦しくなるまでは、人々はその重要性に気づかないが、実際にそうした状況になれば、それ以外のことは考えられないほどに重要なのである。」と著作である「国際紛争ー理論と歴史」という本で述べている事実が端的に説明している。
「政治学」まで広げた場合はメインストリームかどうかはわからない。
「日本の、国際関係論を除く、政治学者」の間でのメインストリームではないとは感覚的には思う。
民主党政権時、外交側を軽視していた事例があった、としか書いてないような…。自民党が外交を重視しているとも、その結果が支持に繋がるという根拠もちとわからず…。
ご指摘のうち、「自民党の外交が支持されている」のは朝日・毎日の世論調査の結果で説明できていると思う。
「自民党が外交を重視している」例がないのはそのとおりだと思ったので追記する。
例として最も適切なものは、「自由で開かれたインド太平洋」構想の定着だ。
「自由で開かれたインド太平洋」構想は、麻生外相が2006年に行った演説にある「自由と繁栄の弧」 (https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/18/easo_1130.html) 構想、ないしは2007年の安倍首相のインド国会での「2つの海の交わり」「安全保障ダイアモンド」(http://www2.jiia.or.jp/kokusaimondai_archive/2020/2020-01_003.pdf?noprint) に起源がある構想だ。
これが、例えば2020年のアメリカ共和党の国家安全保障戦略報告書でも日米豪印(Quad)協力の継続・支持が提言(https://jp.reuters.com/article/idJP00090300_20200618_00220200618)され、アジア版NATOであるかと議論されるまでに定着した。
国際政治学者の細谷教授は、自由で開かれたインド太平洋に対して「過去1世紀半の日本外交の歴史の中で、これほどまでに日本が提唱した外交構想が国際社会に浸透して、幅広い支持を得たことはなかったのではないか。(https://apinitiative.org/en/2020/12/21/14345/)」と述べている。
「自由で開かれたインド太平洋」構想は自民党外交の最大級の成功であり、自民党が外交を重視している根拠としては最も適切なものだと考える。
「ないし」は漢字では「乃至」と書く.
最近の辞書には「または」の言い換えとしても見えるが, 「または」とか「やら」を使っておくのが賢明だろう.
「ないし」を使うと高尚で学問的な感じが出るためかネット論客はむやみに使いがちだが, 諸君, 漢字の意味をきちんとわかってて使ってるだろうか.
ご指摘ありがとうございます。修正しました。
私は今、とあるジャンルにどっぷり嵌っている。めちゃくちゃ人口が多いというわけではないがそれなりに人はいるジャンルだ。現在進行形でそのジャンルは作品を作り出してくれているおかげかもしれない。
その中でとあるカップリングにドハマリした。そりゃあもう今までにないくらいドハマリした。毎日毎日そのカプ(以降A×B、通称ABとする)のことを考えているだけで楽しかったしニヤニヤした。そして我慢できずこの萌えを発散させたいという気持ちだけでTwitterアカウントを作成した。が、ここで知る。推しカプで検索かけても全然ヒットしない…!そう、ABはドマイナーほどでもないけれどそこそこマイナーなカプだった。
しかしこれだけで推しカプを嫌いになれるはずもなく、私は人がいないなら布教すればいいじゃん!と思った。実際に布教するためABについてひたすら語ったりABのイラストを投稿したりした。TwitterはほぼABのことを呟くために使用していた。
しかしABで検索すると時々こういうツイートが引っかかった。「ABなんて成立しないでしょ。BCしか認めん。」それは対抗カプのBC派によるツイートだった。
こういう事は一回だけではなかった。私がハマったABというカプは8年ほど前の作品のキャラで、その当時のツイートを検索すると当時からこういった呟きが多々見られた。ABで検索をかけているのに、BC派によるABをけなすような発言を見てしまうのだ。
極めつけにはABのPixiv百科事典の項目はBC派の人間によってほぼ白紙状態に荒らされ、「BC以外許せない」といったタイトルのRedditのサブミにわざわざABの名を記載してABを批判されたりといった事が続いた。私はこの頃からBCというカップリングを推している人間とそのカップリングそのものに対する嫌悪感が強くなった。言っておくがBCには何の非もない。ただ、BCが並んでいるのを見るだけでBC派がABをけなしたことを思い出して、リアルに吐き気を催すほどにまでなってしまった。そのくらいBCが苦手になって、ああ、地雷ってこういうことを言うんだなと身を持って実感した。マジで地雷カプの文字の並びを見ただけで吐き気するし気持ちが悪いと思ってしまうんだな。TwitterでもBCというワードをミュートしようにも私のパソコンにBCというカプ名の変換履歴が残るのが嫌すぎてミュートするのにも時間がかかったくらいだ。
加えてこのBCというカップリング、ジャンルの中でも1,2を争うほどの大手のカプだった。それからというもの、BC界隈が盛り上がっていること、BC界隈の人数の方がAB界隈より数百倍も大きいこと、そんなことにすら苛立ちを覚えるようになった。勿論、BC好きの中にもマナーを守っている人はたくさんいる。それでも、少数のABをけなしてくるBC推しのせいでBC界隈が憎くてたまらなくなってしまった。
時々こう思う。いっそのこと、「BC推しの人たちが『ABあり得ない』とかわざわざ言ったりABの百科事典を白紙化して荒らしたりしているのを見てきたせいでBCもBC推しの人間も苦手だ」とツイートしたい。しかしそれをすれば善良なBC好きの人がABを調べた時に「AB好きがわざわざBC嫌いとか言ってる」と思い不快な気分にさせてしまうかもしれない。それだけでなく、私のようにABとAB推しの人達自体の印象が悪くなってしまうかもしれない。そう思うと「BC推しの人達のせいでBCが嫌いになりました」なんてとてもツイートできない。でも言いたい。言って楽になりたい。BCなんて大嫌いだと言ってしまいたい。けれどそれを言っては私はABを罵倒した人間と同じ穴の狢だ。だから言えない。そのジレンマが毎日毎日とてつもなく辛いのだ。
なんで私一人だけこんなことで傷つかなければならないのか。それは私がABを好きすぎてABで執念深く検索をかけてしまったせいだ。具体的に言うと好きになってから今まで約4年間、毎日同じくらいの時間帯に「AB」やAとBの名前でGoogle検索かけて日付指定で24時間を指定して、この24時間の中で新たにABのことを語っている人はいないかと調べてしまうくらい執念深いのだ。しかしそのせいで、百科事典が更新されてると思ったらBC推しにより白紙化されてることに気付き、ABなんて認めないというサブミまで見ることになってしまった。だから私ほど執念深く検索していないAB推しの人にはこの事実が伝わっていないのだ。AB好きの中でもその事実を知っているのはおそらく私だけなのだ。だから同じAB好きの仲間とこの辛さを共有することもできない。だから誰に言えるわけでもなくこうして匿名ダイアリーに綴るしかないのだ。
正直こんなことに悩まされているくらいならABのことをもっと布教させたいしABの絵を描きたい。けれど、ABを好きになればなるほど、BCの影がちらつくのだ。それがつらい。もういっそこのジャンル自体から離れてしまえば楽なのだろうが、そうなればABを非難したBC推しの人間は喜ぶだろうから、それが嫌でやめられない。私だって出来れば、地雷カプなんて作りたくなかった。
カラケー(唐澤貴洋をネタにした掲示板)等で荒らしを行っているへきへきこと高橋嘉之という人物を知っている人もいると思います。
https://sonshi.xyz/wiki/%E9%AB%98%E6%A9%8B%E5%98%89%E4%B9%8B
■高橋嘉之とは■
元々は受験情報コミュニティ「インターエデュ」で自身の会社のステマ行為や差別発言など悪事を働き、2chの一部でも注目されていた荒らしだった。2014年4月17日、削除要請板にスレッドを立て、自身が経営する会社に関するスレッドを削除するよう要請する[12]とともに、「太閤」というコテハンを付け、刑事事件にして徹底的に叩きつぶすなどと煽る書き込みを続けた。これを、当時批判要望路線の延長で削除要請板にておもちゃを探していた恒心教徒が見つけ、面白がりちょっかいをかけると、さらに激昂し無事おもちゃ化。同時に、教徒が唐澤貴洋という弁護士に依頼すればいいと誘導すると、4月25日付のブログで唐澤貴洋に依頼したことを明かす[13]。
しかしこの時はJim体制で開示がサイレント式に移行していたため真偽のほどが分からず、その後しばらく教徒の間でこの話題が挙がることはなかったが、およそ1年後の2015年4月23日、高橋が原告とみられる唐澤貴洋が訴訟代理人のプロバイダに対する開示請求裁判の判例が開示[14]され、実際に依頼していたことが判明。高橋は、うしじまいい肉、重光由美に続いて、教徒が唐澤貴洋に依頼するよう誘導した三人目の成功例となった。
その後再びフェードアウトしていったが、2015年9月に当記事に対する白紙化荒らしを敢行。以降当記事が保護されるまでの1年近くに渡って荒らしを続け話題になった。その直後の2016年8月末には、サヒケーに立てられた高橋に関する専スレに本人が降臨し、スレを荒らし始める。これにより高橋に対する注目が集まり、「へきへき」(辟易の誤字または誤読)などの語録やネタが発掘され、再びおもちゃとしての地位を獲得した。その後も高橋は荒らしを続け、留まることを知らない進化を見せている。
このように尊師の依頼人という重要な立場でありながら積極的に教徒と関わり、3年以上もの長きに渡って愛され続けている高橋だが、一方でその精神状態に明らかな変化が表れていることも注目されている。削除要請板での初遭遇時には単なる誇大妄想癖があるだけだったのが、次第に自身に対する大きな陰謀を主張するようになり、特にwiki荒らし期前後には「島田真樹」なる人物を首魁と位置づけるようになり、以降削除や規制などの行為を全て島田による自作自演だと妄想し始め、文章が次第に破綻していく一方猛虎弁や恒心語録を中途半端な形で取り込み、もはや常人には解読不能な奇怪な文章を創り出してはコピペ連投を行う異常な精神状態となってしまった。
立場的には包皮民に近いが、以上のような状態であることから現在では甘芋の一種と位置付けられており、時系列を追うごとに目に見えて精神が破綻していく様子は教徒を戦慄させている。
とのこと。
さてこの高橋嘉之、なんとF9こと鋼兵と手を組んだそうなのです。
理由は不明ですがメール上でやりとりをしたとの趣旨がF9のブログに書かれています。
http://blog.livedoor.jp/f9_5ch_net/archives/9794410.html
その影響か唐澤wikiの高橋嘉之のページは甚大な荒らし被害を被ることになり、現在は記事が保護(管理人以外編集できない状態)されています。
この一連の騒動の中で気になったのが、大阪芸術大学教授の純丘曜彰氏である。
反「佐野エンブレム」の急先鋒としてメディアで派手に〝活躍〟した人物だ。
エンブレム問題の経過をつぶさに見てきた者、デザイン周辺の知識をもっている者で
純丘氏の発言に疑問を持った人も少なくないのではないだろうか。
筆者の感じた純丘氏への疑問とは、
そして「独りよがりなデザイン論」「デザインに関する知識不足」である。
http://www.insightnow.jp/article/8591
瞬く間にメディアのあちこちに取り上げられ、反「佐野エンブレム」への動きを活気づけた記事である。
デザインに関して識者といえる人物がここまであからさまにエンブレム下ろしを唱えたのは初めてであり、
純丘氏が五輪エンブレム問題の御用コメンテーターになるきっかけともなっている。
以下は、佐野氏のデザインしたトートバッグに関する部分である。
ニーチェの独文の警句を英文で引用して、名前の綴りがコピー元のままに間違っていたり
(page:2 より)
Pinterest に一枚の画像として存在していたニーチェの一節、
その最後の名前部分に綴り間違いがあり、佐野氏が孫引きしたために同じ箇所で間違えている、
すなわち佐野氏が Pinterest を利用していた証拠である、という論旨だ。
Pinterest に綴り間違いの画像などなく、佐野氏のほうだけがたまたま書き間違えていたのだ。
ここで問題なのは「佐野氏が Pinterest を利用していたかどうか」ではない。
この純丘氏の記事が出たころにはもう2ちゃんねるの当該スレは自らその事実誤認に気づいており、
ニーチェの一件は「佐野氏が Pinterest を利用した証拠」としては除外の方向へ向かっていた。
純丘氏は、佐野エンブレム下ろしに使えるものはなんの検証もなく使っていたのである。
最低でもその誤字があるとされる Pinterest の元画像をその目で確認してから記事を書くべきだろう。
「大阪芸術大学教授」の肩書きで公にされてしまえば、何も知らずに読んだ人は事実と思い込んでしまう。
論文というのは人文科学であろうと事実を積み重ねなければならないものだが
こんなお粗末な方法で文章を書いている人物が学生に論文の指導をしているのはいかがなものだろう。
あんな黒いゴキブリ印は、生理的に無理。とても嫌な感じがする。汚らしい。穢らわしい。なにより不潔だ。あまりに不吉で、自分まで不幸に呪われそうな黒いゴキブリ。金と銀の足が夜中にカサコソと動き出して、きみの手の上に登り、パジャマの中にまで入り込んで来る。きみに、多種多様の救いがたい病原菌をなすりつけ、触覚をピロピロさせる。おまけに、突然に羽を広げて飛び上がり、きみの顔をめがけて襲い掛かる。考えただけでも寒気がする。あまりに気味が悪い。
およびそこに貼られた画像は、読む者をいやな気分にさせる。
まるでいやな気分にさせること自体が目的のひとつにもなってしまっているようだ。
純丘氏の「佐野エンブレムが嫌いだ」「黒が嫌いだ」という気持ちはよく伝わってくる。
だがそれは個人的な感情であり、公にするにしてもせいぜい個人のブログにとどめるべきだ。
大学教授、美術博士という肩書き付きでオピニオン系サイトに開陳するようなものとは思えない。
識者なら事実を元に冷静に分析し、問題を明らかにする役割を担うべきだろう。
騒動の中、感情のほとばしる文章で純丘氏は何を訴えようとしたのか。
これ以降、掲示板でもエンブレムをゴキブリ呼ばわりする人が一気に増えていった。
http://www.insightnow.jp/article/8644
ひたすら駄作である、見るに堪えない、と力説している。
疑惑があるとはいえ、多くの人が関わって世に送り出されたものを
「超弩級の駄作」「ゴキブレム」「梅干」と品なく形容する姿勢にもあきれてしまうが、
デザイン制作とは無関係な経歴(専門は哲学)と関係あるように思う。
むろんそれ自体は問題ではないが、次章の「デザインに関する知識不足」も含め、
己の手にあまるデザインに関する解説を、あたかも〝識者〟として発表するのは
この一文の含まれる段落を「デザイン論」として理解できた人がいたら
「9分割を元にフレキシブルな組み替えが可能」というアイデアを否定するのが目的のようだが
9分割の真ん中に必ず弧の中心が来なければならないデザイン上の理由とは?
さまざまな大きさ・形でさまざまな場所に弧が立ち現れていた、
黒は、ほとんどすべての文化で、死や悪、権力、固着、腐敗、を意味する。同様に、赤は、血のシンボルであり、命や致命傷だ。それに金銀を加えるなど、まさに軍事配色のナチス的悪趣味。
解釈はさまざま可能なのでナチスフラッグとみる者がいてもいい。
エンブレムを仮に芸術のひとつとするなら、芸術はさまざまな解釈に向けて開かれたものだ。
しかし、これは誰もが知っているようにオリンピックのために施された「デザイン」である。
アートのように何ものからも束縛されない自由な意志で構成、配色したものではない。
見る者も「日本」で開かれる「五輪」の「エンブレム」であるという情報とともに接する、
そのような場、コンテクストにおいて機能するようにあつらえたものだ。
佐野エンブレムがスポーツを感じさせないとか、祝祭感が足りないとかいった批評は可能だ。
が、「ナチスフラッグ」である、「ゴキブリ」「致命傷」であるなどというのは
エンブレムの出自、コンテクストを無視した悪意のあるミスリードでしかない。
ゴキブリの画像同様、ナチスの絵まで用意して独りよがりな解釈を
強くイメージとして植え付けていこうとする純丘氏の手法には疑問を禁じえない。
どんな媒体でも、ほぼ同じような発色になるように考えておかないといけないのに、全体が印刷物無視のRGBベースで出来ていて一般フルカラー印刷のYMCKの四色のインクでは出せない「特色」の金銀が入っていたり
この部分を読んで頭の中が「?」でいっぱいにならない人がいるだろうか。
この2行だけでも純丘氏が自分の手にあまること、自分のよく知らないことを
結論ありき、佐野下ろしを目的に書いていることが明らかである。
純丘氏のこの不案内な言説はさまざまな場所で〝プロ〟のそれとして引用されてしまっている。
発表されたエンブレムは RGB ベースでできていて、CMYK ベースではないらしい、
佐野研二郎氏は、デザイナーとしてはひどく低いスキルのまま今のボジションに祭り上げられ、
あたわない五輪エンブレム設計者の大役もしくは影武者の役を任されたようだ……
RGB ベースというのはモニターなど映像における混合方式であり
CMYK ベースというのは紙媒体など印刷で用いられる混合方式である。
RGB と CMYK は、媒体に応じてふさわしいデータを用いる、ただそれだけである。
ポスターやプログラムに印刷するなら CMYK のデータを用意する。
純丘氏の中で佐野氏は、この知識としても初歩の初歩、
デザイン業務上、日々出くわしてはそれに従って作業している単純なことをまるで知らないという設定らしい。
特色というのは印刷インクの一種で、
通常のプロセスカラー(CMYK インク)で表現できない色をカバーするためのものである。
エンブレムに特色の指定がしてあったというのはどこからの情報かわからないが
(筆者は見たことがないので、まずはそのソースが問題である)、
それだけをとれば、企業ロゴなどにおいては珍しいことではない。
RGB/CMYK と同様、特色を用いるかどうかは運用の現場に応じて「自然に」決まるのであって
雑誌のカラーページなら金は4色分解(CMYK)で表現されるだけである。
金や銀を特色にすることも、黒や赤を特色にすることも可能だ。
特色で刷るならばここはこの色(PANTONE 、DICなどの番号)、
そしてディスプレイ用にはこの RGB 値というように、列記されているのがふつうだ。
・特色番号(印刷用)
純丘氏の言葉を再掲する。
以下のような色指定を同一の紙の上に記すデザイナーを想像できるだろうか。
すなわち、これが「ワンセット」になっていて、それ以外の指定(CMYK 値)のない、
純丘氏の作為の産物か、氏がまたネットかどこかで拾ってきてしまったデマではないのか。
このような「物理的に」とすら言っていいほど存在しえない〝キャラ設定〟をすることも
デマを拾ってきて書き写すとこともありえないのだが。
大阪芸術大学教授・純丘曜彰氏の言葉は、目くらましのように効果を発揮してきた。
「佐野五輪エンブレムは超弩級の駄作!」での、ルネッサンスからフラットデザインへ至るくだりなど
エンブレムとはデザイン論において爪の先ほども関係ないが(ゴール地点のフラットデザイン自体なんの関係もない)、
このペダンティックな解説や周辺タームは、氏の肩書きと一緒になって人々の目にもっともらしく映り、
芸術・デザインの「専門家」(日刊ゲンダイ)と目される社会的影響力のある人物が、
この混乱の中で、明らかに事実に反すること、半可通なことを、
己の求める結論「佐野エンブレム下ろし」に向かって品のない言葉と作為的イメージを用いて
流布してきたことには、疑問を通り越してあきれてしまった。
失敗を絶対に許さない社会では、問題は一切起きず成功する事があたりまえのことであり、失敗はあってはならないことである。
もしも問題が起きてしまった時は、隠蔽してなかったことにするか、それが問題であると認めないことで対処する。教育委員会がいじめを隠蔽するようなものだ。
予算オーバーの新国立競技場は首相により「民主党時代に決まったこと」としながら白紙化された。盗作疑惑のエンブレム騒動は「一般国民の理解が得られなかったため」撤回された。
頑なに謝罪をせず、責任を取ろうとしない態度は関係者に共通している。新国立競技場は予算オーバーのまま強行しようとしたが失敗、責任の押し付け合いが始まった。
エンブレムでは抗議を受けてすぐ、作か否かの検討や調査を行うより先に委員会は「盗作ではない」という見解で一致、その後は「オリジナルであるという確信」を固持している。
失敗を早期に認めることができないため、被害は広がっていく。そして人々が謝罪や責任(辞任)を強く求めるほど、誰もが責任を取ることを恐れ、対処されないまま事態は更に混乱していく。
ではどうするかといえば、失敗を前提に計画すること、そして今回一部で起きたような私刑ではなく、問題解決による失敗の挽回を目指すことで失敗を早期に解決することができるのではないか。
教育委員会のいじめ隠蔽は問題となったが、最近では「いじめは必ず起きるもの」とし、いじめ問題の解決を教育活動に取り入れるという取り組みが行われている。
今回の件も、誰が悪いと責任を追及するのではなく、なぜそうなったのかという原因究明と経緯説明、どのように解決するか、という問題に組織全体で取り組むことが必要だと思う
【NHK】東京オリンピックエンブレム発表実況 [転載禁止]©2ch.net
http://orpheus.2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1437733199/
東京2020大会エンブレムを発表 [転載禁止]©2ch.net
http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1437734077/
ダサい、地味、暗いなど、ネガティブな第一印象が多く見られる。発表会で期待を煽り過ぎた反動かも。
ベルギーのリエージュ劇場と、スペインのhey studeioの作品が酷似しているらしい
その後トートバックにパクリ疑惑がもたれ、佐野氏は13日に一部を取り下げる。15日に「部下が第三者の作品をトレース」したと釈明。
素人「やっぱりパクりじゃないか(憤怒)」
コネについては、佐野氏が博報堂出身で審査委員に知り合いがいたって事らしい。
でも贔屓というより、コンペで選んだならこんな地味でダサい奴が選ばれるわけがないという素人的偏見が根本にある。
デザインがダサいという第一印象、デザイナーがパクリに関わっていたという事実から素人はこのエンブレムに偏見を抱き、オリジナルであると証明できても汚名返上は不可能。
素人=大衆に受け入れられればパクリだろーが地味だろーが許された。オリジナル性が証明されても素人からの支持は得られず、パクリとわかっていても撤回はできない。
2020東京五輪は、グダグダな経緯で白紙化された国立球技場で、パクリ疑惑のエンブレムを掲げて開催される。でもそのころには大衆もグダグダな経緯は忘れてると思うので、頑張って盛り上げていきましょう
韓日市民団体、軍慰安婦の解決策の提案…'法的責任'に柔軟性 (Naver翻訳)
'政府賠償'求めるものの、'法的責任の認定'は明示的要求しない
(東京=連合ニュース)、チョウ・ジュンヒョン特派員=軍慰安婦問題の解決に向けた韓日両国政府間の交渉が停滞状態となる中、韓日市民団体が論争の核心である日本政府の'法的責任'認定と関連した創意的な折衷案を盛り込んだ解決策を提示した。
軍慰安婦問題の解決に努力してきた韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)など、韓日市民団体関係者と被害者であるキム・ボクドンさんなどが23日、東京で開かれたシンポジウムで提示した同法案は、まず4項目の'事実'と、その責任を認めることを日本政府に要求する。
4項目は'日本軍が軍の施設として慰安所を立案・設置して、管理・統制した事実'、'女性たちが本人の意思に反して'慰安婦・性奴隷'になって慰安所などで強制的な状況に置かれた事実'、'被害が甚大、現在もその被害が続いているという事実'、'当時の国内法および国際法に反する重大な人権侵害だったという事実'などだ。
これをもとに'覆せない明確かつ公式的な方法で謝罪すること'、'謝罪の証として被害者に賠償すること'、'日本政府の保有資料の全面公開などを通じた真相究明'、'学校教育や社会教育科の追悼事業の実施など再発防止措置'などを日本政府に要求する。
この案は、まず、日本政府の'賠償'を要求することで、1990年代日本側の解決策として推進されたアジア女性基金と差別化した。 アジア女性基金は民間募金の形を取った上、基金の性格を賠償と明確に規定していないという点で、多数の韓国、台湾の被害者からそっぽを向かれた。
ただ、市民団体案は違法性の認定を前提としている賠償を求めるものの、日本政府の'法的責任の認定'を要求事項に明示的に含めなかったという点で、日本政府が収容できるようにハードルを下げたような印象を与える。
軍慰安婦問題は1965年の日韓請求権協定によって'完全に、最終的に解決された'は立場を繰り返してきた日本政府は、韓国側の要求事項のうち'法的責任の認定'に最もひどいアレルギー反応を見せてきた。
戦後賠償に対する'パンドラの箱'を開くことになるという認識のためだった。
結局、今回の市民団体の提案は双方の立場が一番厳しく当たる法的責任の認定問題で被害者側と日本政府がそれぞれ立場に解釈できる曖昧性を持った折衷案であるわけだ。
提案に参加したヤンジンジャ'日本軍慰安婦問題の解決、全国行動(日本の市民団体)'共同代表は"法的責任の認定が必要ないというわけではない"と前提した後、"加害国が過去、軍がどんな仕事をしたかどうかについて具体的に認めるならば、それ自体が法的責任を認めたこと"とし、"賠償という言葉に(法的責任が)集約されている"と紹介した。
挺対協のユン・ミヒャン常任代表も"法的責任の内容を提言(要求事項)に放しておきたと理解できる"と説明した。
昨年6月、日本軍慰安婦問題アジア連帯会議で初めて設けられた同方案は何より被害者側の声を代弁する挺対協が同意した案という点で関心を集めている。
日本側関係者は、軍慰安婦問題解決協議に積極性を示さない背景の一つとして'政府間で合意が行われても、挺対協が拒否すれば白紙化される'は認識を表明してきたという点で、挺対協の同意は交渉を進行中である韓日両国政府に示唆するところが少なくないそうだ。
この対策について、アジア女性基金に関与した和田春樹(和田春樹)東京大学名誉教授は"軍慰安婦問題解決の基礎になる案だと思う"、"朴槿恵大統領と安倍晋三(安倍晋三)首相の首脳会談前に両国がこの解決策によって行動すればいい"と話した。 (取材補助:岩井リナの通信員)
23日、日本東京の参議院議員会館で'軍慰安婦問題の解決可能である'いうテーマでシンポジウムが開催された。 右から和田春樹(和田春樹)東京大学名誉教授、尹美香(ユン・ミヒャン)韓国挺身隊問題対策協議会常任代表、軍慰安婦被害者であるキム・ボクドンさん、ヤンジンジャ日本軍慰安婦問題の解決、全国行動共同代表、林博史(林博史)関東学院(關東學院)大学教授。