「五輪エンブレム」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 五輪エンブレムとは

2020-05-16

これはひどい

五輪エンブレムコロナ 「露骨すぎ」「風刺利いてる」

https://www.asahi.com/articles/ASN5J365VN51UTIL02D.html

オリンピックを強行しようとしているのならともかく、

延期決定しているのにこの扱いとは・・・

しかも「風刺がきいてる」とか言って肯定的はてブも多いのが残念。

上位のブコメにもあるが、高校野球ロゴとかインターハイロゴとか、

その他ありとあらゆる中止せざるを得なかったものに対して、

新型コロナに関する情報が日々変化するなか、「いま、何が起きているのか」をインパクトある形で描いた

と言って同じことやられても風刺がきいてるとか言えるのか?

2019-02-09

お客様一丸となって東京五輪を盛り上げていくために

みずほ銀行五輪エンブレムの入った通帳を、こちらに確認もせずに勝手に繰り越ししやがった。

一丸なりたい奴だけなればいい。

俺は勘弁だ。

この三連休またATM止まってるし、もうみずほダメかも。

2019-01-21

ついに選択余地さえもなくなった

みずほ五輪エンブレム通帳。

前は、窓口に行けばまだ通常タイプの通帳にしてくれたのに。

在庫がなくなったのだそうだ。

今後、五輪終了までは、五輪エンブレム通帳か、キティちゃん通帳かの二択しかないそうだ。

いや、おかしいだろ、それ。

普通タイプを用意しろ。なくすな。

五輪エンブレム普通タイプにするな。

別に五輪に限った話じゃない。

キティちゃん五輪エンブレムも同じだ。

キティちゃん通帳、みずほはこれまでもずっと用意してたけど、

それでも問答無用に他の選択余地をなくし無理矢理キティちゃんのみにはしなかっただろう。

それが何故、五輪エンブレムだったら、無理矢理それしか選択できない状況でもいいと思えるんだ。

なんなんだよ、国民全部が五輪大好き五輪頑張れってのが当たり前なのを前提としたそのやり方。

みずほ銀行の良識を疑う。

anond:20180801220953

2017-11-14

ネットリンチしてた奴がネットリンチ揶揄する茶番

ねとらぼ編集長池谷勇人ツイート

https://twitter.com/tekken8810/status/929851553799749632



他人事のように書いてるけどあんたもネットリンチ加害者からね↓

(察し)とか書くやつ全員死なねえかな、例えばねとらぼとか

http://kyoumoe.hatenablog.com/entry/20150905/1441391885

ところでこの記事匿名で書かれてますが、画像ファイルで書いた人間特定できるという情報を得まして。

どういうことかというと、画像ファイルの「l_○○150904××.jpg」の○○の部分が書いたライター共通だということです。

例えばこの記事

田辺誠一画伯まさか五輪エンブレムデザインに参戦 イラストから想像できない意外な才能を発揮 - ねとらぼ

たろちんという方の記事ですが、画像ファイル名に「taro」と書いてあります

他の記事も全て同じです。

たろちん - ITmedia 著者別インデックス

では件の記事どうでしょうか。

「ike」と書いてあります

結論から言うと、この画像ファイル名前の付け方は池谷勇人というライター記事で使われている。

池谷勇人 - ITmedia 著者別インデックス

ということでわざわざ他人名前を使ったとかの理由でなければ池谷勇人が書いたということで間違いないだろう。

ちなみにこの池谷というライターはちま清水提灯記事を書いたライターでもある。

「辛くない時期はなかった」 月間1億2000万PVで得たもの/失ったもの 清水鉄平はちま起稿」に狂わされた人生 (1/3) - ねとらぼ

まあ誰が書いたにせよ、ねとらぼがこういう悪乗りした記事掲載したのは事実なので淫夢厨と一緒に跡形もなく消滅してくれと願うのみです。

修正されたようです


誰かを誹謗したりする時だけ自分名前を隠してやっていたという

こういう方が副編集長を勤めているネットメディアが「ねとらぼ」です。

2016-05-05

なぜ「一般」という表現ネガティブに受け取られるのか?

相武紗季結婚した化粧品会社社長でさえ「一般男性」なら底辺の俺はゴミムシか、というようなネタを見かけたんだが、

つのまに「一般」という言葉がこんなにもネガティブ意味になってしまったんだろうか。

そう言えば五輪エンブレム騒動ときにも、「一般国民」という表現に反発があって、「上級国民」という言葉が生まれたりしていた。

当たり前だが、「上級」の対義語は「下級」であり、「一般」ではない。

一般教養」は「程度の低い教養」のことではないし、

一般論」は「幼稚な議論」ではないし、

一般相対性理論」は「特殊相対性理論」よりも難しい。

ごくフラット表現として「一般」という語を使ったつもりでも、

「俺たちを馬鹿にしている」と受け取られて大炎上するのだから

これはあまりにも恐ろしい「日本語の変化」だと思うのだが、

そのあたりのことを研究している国語学者はいないのだろうか。

2016-04-11

五輪エンブレム

佐野案は盗作だった」と信じて疑わないブクマカが良識派気取りでデザイン業界に石をぶつけてて笑う

五輪エンブレムにE案が追加されました

http://tokyoemblem.hatenablog.com/entry/2016/04/11/104407

横だけど、吹いたw

TOKYO 2020 が読みにくいのが若干問題だけど、それ以外はいい感じだと思う。これはとてもE案だ。

2016-04-10

複数デザインプランの嗜好を分析する場合、精度を求める調査では、「A・B・C・D」や「1・2・3・4」という順列を示す記号は用いません。


なぜならば、記号の順列が心理に影響を及ぼし、調査結果に影響するからです。

ですので通常は、例えば「K・G・l・M」といったランダムな、相互関係性に意味が生じない記号を用いることが適切とされ、この方法によって公平かつ精度の高い調査結果が得られることとなります

今回の五輪エンブレム4案発表の構図を見る限りにおいては、デザインとしての良し悪しの問題以前のこととして、比較論として「A案」が選ばれやすい状況が整っている、つまりA案」に特別な優位性が与えられた不平等な発表形式であると受け取りました。

2016-04-07

何がアベノミクスだよ!死ね

何なんだよ日本

一億総活躍社会じゃねーのかよ。

賃上げどうしたんだよ?

非正規が増えただけじゃねーか。

そりゃ都心部だと多少改善たかも知れないけどさ、

地方は相変わらずなんだよ。

何がアベノミクスだよ。

何が財源が足りないから消費税増税だよ?

公務員給料上げて賃上げできましたーじゃねぇんだよ!

年金注ぎ込んで株価あがりましたーじゃねぇんだよ!

一般国民が働いても働いても一向に賃金あがらないじゃねーか。

景気回復してる?

は?

一部の大企業だけだろうが!

死ね

で、その大企業はと言うと、タックスヘイブン所得隠し、多額の脱税だと!?

ふざけんじゃねーよ。マジ死ね

それを見て見ぬふり、パナマ文章調査しませんとか正気かよ?

完全に安倍政権大企業脱税を容認したも同然じゃねーか。

それでいてよくも、消費税増税とか言えたもんだな?

こいつらがまともに納税してれば、消費税もいらなくなるし、

ワタミみたいな糞ブラックは、自然沙汰されて無くなるだろ。

保育園問題しろ介護問題しろ

税金保証して保育士介護士の賃上げだってやろうと思えばできるだろ。

ガソリン地球何週分とか、不倫とかどうでもいいんだよ。

五輪エンブレムとかどうでもいいから

富の再分配しろよ。

何、溜め込むだけ溜め込んでんの?

儲かったならその分、納税しろよ。

何がトリクルダウンは無いだよ。ふざけんじゃねーよ。

マスコミ、いやマスゴミ死ねよ。

何、海外ちょっとした問題程度で流してんだよww

失われた20年とか、タックスヘイブンやりまくった奴らのせいだろ。

重箱の隅をつつくように追求しろよ。

まじいい加減にしろ日本

2016-02-06

ベルギーってダメな国なんじゃないの

ベルギー人選手自転車競技不正したことが話題になってたけど、最近よく「ベルギー」や「ベルギー人」の変なニュースを聞くことが多いように思う。

五輪エンブレムに難癖つけて話し合いすら拒否した挙句、大した金がもらえないから訴訟を取り下げた三流デザイナーベルギー人だったし、日本の麺の食べ方に難癖つけて日本食馬鹿にしてたのもベルギー人だった。今に至るアフリカの混乱の一員もベルギーだし、最近じゃテロリストの温床になっているらしい。

高々1000万人ちょっとしかいない小国の癖に問題が多すぎる。ベルギーって正直チョコイメージしかなかったけど、最近じゃ「なんかおかしい国」「ダメな国」と思うようになってきた。国や民族としてどこか欠陥があるんじゃないだろうか。

2016-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20160127185601

五輪エンブレム撤回されたのは、五輪エンブレム盗作だったから、では無いよね?

法理よりも情理が優先された、というのは何を指してるの?

2015-12-18

http://anond.hatelabo.jp/20150821111821

五輪エンブレム見直し 大会組織委の元局長ら、旧作審査時に不正行為 佐野氏ら8人の作品優遇

 白紙撤回された2020年東京五輪パラリンピックの旧エンブレム問題で、大会組織委員会が設置した外部有識者による調査チームは18日、組織委の元マーケティング局長らが、事前に参加を要請した佐野研二郎氏ら8人のデザイナー作品を、2次審査に残すために不正を行ったとする報告書組織理事会に報告した。

 一部の委員に8人の作品を知らせ、通過ラインの2票を獲得できるよう画策したという。

蓋を開けたら「普通に評価しても及第点届いてなかった」ってだけじゃねえか

2015-11-11

五輪エンブレムはダサかったのか

デザイナーをしているものだが、個人的五輪エンブレムは納得のいくものだったので、ネット上に蔓延したダサいという意見には戸惑った。

同時にそれをダサいと感じる人々の理由を知りたいと思ったのだが、困ったことにそれを説明できている人が自分観測上、いなかったのだ。

例えば、五輪制服に関するダサさ、あれはわかりやすいし説明も納得もしやすい。制服でありながら一般のフォーマル文脈をあまりに逸脱しているからだ。あれがダサいことに異論はない。

しかし、あの五輪エンブレムロゴデザインとしてはかなりスタンダードなのだ。落ち着いたトーンやスタティックな図形の使い方は均整も取れている。日本の伝統的なハレの三色を少ない面積で入れるあたりも、非常に王道だ。要するにかなり保守的な、ハズレの要素の少ないデザインなのだ

それに対し、暗い・躍動感に乏しいというのならわかるが、このスタンダードデザインをもって単に「ダサい」と言ってしまう人々というのは、正直言えばそもそも洗練がどういうもの理解していないのではないか、要するにこの人たちの感覚こそがダサいのではないかと思ってしまう。(シンプルアップル製品を「ダサい」と思う人々もいるのだ)

また、広告会社への不信・不満は特にネット上では顕著で、その先入観からの印象も大きいのではと思う。個人的に勘繰ったのはネット上の佐藤可士和へのdis雰囲気で、その流れからシンプルロゴ=ダサいに至った可能性もあるのかなとは考えた。

要するに、五輪エンブレム炎上の発端は偏見に基づくもので、エンブレムのものについては正当な批評がされることなく話がゴチャゴチャになってしまったと思うのだが、どうか。

ちなみに、パクリかどうかの判断は一切無視して書いた。純粋に、パクリ騒動が起きる前に上がった「ダサい」という声について考えたかったので。

2015-11-10

[]2015新語・流行語大賞ノミネート解説

爆買い中国人日本にやってきて大量に商品を買っていくこと。
インバウンド訪日外国人旅行者のこと。
刀剣女子ブラウザゲーム刀剣乱舞」の女性ファン、あるいはそれをきっかけに刀剣に興味を持つようになった女性のこと。
ラブライバーアニメラブライブ」のファンのこと。
アゴクイイケメンに顎をクイッと持ち上げられること。壁ドン派生
ドラゲナイロックバンドSEKAI NO OWARI」の楽曲Dragon Night」のこと。
プロ彼女狙って有名人交際する一般女性のこと、転じて厳しい交際条件に応える完璧女性のこと。
ラッスンゴレライお笑いコンビ8.6秒バズーカー」のギャグリズムに乗せて連呼されるが特に意味は無い。
あったかいんだからお笑いコンビクマムシ」のギャグアイドルソングとして歌われる曲のワンフレーズ
はい、論破!コント番組「痛快TVスカッジャパン」に登場するキャラクターイヤミ課長の決め台詞
安心してください(穿いてますよ)お笑い芸人とにかく明るい安村」のギャグパンツ一丁で全裸に見えるポーズを取って発言する。
福山ロスましゃロス)福山雅治結婚によってショックを受けた状態のこと。
まいにち、修造!テニス選手松岡修造が売り出した日めくりカレンダー
火花お笑いコンビピース」の又吉直樹執筆した小説ベストセラーとなり芥川賞を受賞した。
結果にコミットするトレーニングジム経営する企業ライザップ」のCMに登場するフレーズ
五郎丸ポーズラグビーW杯歴史的勝利を挙げたラグビー日本代表五郎丸歩キックの前に取る拝むようなポーズのこと。
ルーティン同上。スポーツなどにおいて集中力を高めるために儀式のように決まった行動を取ること。
トリプルスリー野球において打率3割・30本塁打・30盗塁を同時に達成すること。柳田悠岐山田哲人が同時に達成した。
1億総活躍社会内閣改造に際して安倍晋三首相が掲げたスローガン。1億総活躍担当大臣も新設された。
エンブレム2020年東京五輪エンブレムのこと。佐野研二郎によってデザインされたが盗用疑惑が持ち上がった。
上級国民五輪エンブレム盗用問題の釈明にあたり使われた「一般国民」というフレーズに反発して作られた呼称
白紙撤回国立競技場の建て直しに際し、ザハ・ハティドのデザイン案では建設費がかかりすぎるとの批判が持ち上がり、安倍晋三白紙撤回を表明した。
I AM KENJIカメラマン後藤健二が「イスラム国」に拘束されたことを受けてSNSなどで広まったフレーズ。元はシャルリー・エブド襲撃事件で広まったスローガン
I am not ABE上記事件を受けて、ニュース番組報道ステーション」内で古賀茂明安倍晋三批判した際に使われたフレーズ
テロに屈しない後藤健二らの殺害を受けての安倍晋三発言
粛々と米軍普天間飛行場移設問題に関して菅義偉官房長官が用いたフレーズ翁長雄志沖縄県知事から批判された。
切れ目のない対応安保法制の成立を目指すにあたって強調されたフレーズ
存立危機事態集団的自衛権行使するための三つの条件のうちの一つ。
駆けつけ警護国連職員他国軍隊などを警護するために自衛隊がその場に駆けつけること。安保法制と関連。
国民の理解が深まっていない安保法制についてなかなか賛成が得られない状況での安倍晋三発言
レッテル貼り安保法制に関する議論において安倍晋三が繰り返したフレーズ
早く質問しろよ国会において安倍晋三辻元清美議員に対して行った発言
アベ政治を許さない安保法制反対デモにおいてプラカードなどに使われたフレーズ
戦争法案安保法制に対して批判的な側がよく用いる呼称
自民党、感じ悪いよね石破茂地方創生相が自民党自戒する意図で用いたフレーズ。後に安保法制反対デモなどでも用いられた。
シールズ(SEALDs)安保法制に反対してデモなどを行った学生団体。「自由と民主主義のための学生緊急行動」の略。
とりま、廃案安保法案に反対する高校生デモに際して用いたフレーズ。「とりま」は「とりあえずまあ」の略。
大阪都構想大阪維新の会打ち上げた、大阪府大阪市行政を一本化する案。住民投票実施され僅差で否決された。
マイナンバー行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」の実施に際して配布される個人番号のこと。
下流老人生活保護基準相当で暮らす高齢者のこと。NPO法人ほっとプラス代表理事藤田孝典提唱
チャレンジ東芝において強要されていた過剰な業績改善のこと。不正会計問題の発覚により広まった。
オワハラ就職終われハラスメントの略。学生に対して他社を受けたりしないよう悪質な囲い込みを行うこと。
モラハラモラルハラスメントの略。家庭や職場などにおける継続的かつ精神的な攻撃のこと。
スーパームーン月が地球に再接近する時期と満月もしくは新月が重なり、月がより大きく見える現象2015年皆既月食とも重なった。
北陸新幹線東京-長野を結ぶ路線として「長野新幹線」と呼ばれていたが、長野-金沢間が延伸され「北陸新幹線」に統一された。
ドローン元は無人機総称だが、遠隔操縦あるいは自律式のマルチコプター代名詞ともなっている。一般に普及し、落下事件なども引き起こした。
ミニマリスト身の回りのものを最小限に減らす生活スタイル、およびそれを実践する人間のこと。
フレネミーフレンド(友人)とエネミー(敵)を合成した言葉。「友人であると同時に敵」もしくは「友人を装っている敵」のこと。
サードウェーブコーヒーコーヒー一般化」「シアトルコーヒー」に続く、第三のコーヒーブーム。高品質な豆をハンドドリップすることが特徴。ブルーボトルコーヒー代表格。
おにぎらず漫画クッキングパパ」で考案され、クックパッドで広まったレシピ海苔ご飯を広げて折りたたむようにして作る四角いおにぎりのこと。

2015-09-29

エンブレムについて事前要請した件を問題に思わない人は何を考えているのか

五輪エンブレムに関して佐野氏ら8人に組織委が事前に参加を呼び掛けていたという件がNHKで取り上げられていた。


http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150928/k10010251151000.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/www3.nhk.or.jp/news/html/20150928/k10010251151000.html


ブコメの中でこの件について問題ないとか保留だの一概にこの件だけを取り上げるのは~だのぐだぐだ述べる人がいた。

正直、税金を使用して行うものなのにどういう考えで許容しているのかわからない。


例えば公共工事なんかでは

大まかに一般競争入札や、指名競争入札などがある。


一般競争入札はそのまま用件(仕様)のみを公示し、希望者に応募してもらう仕組みだ。

指名競争入札は逆にこちら側から指名した人に案を提示してもらい採用する仕組みだ。


指名競争入札は少額の報酬等で一般競争入札では人が集まらないと判断された時などに許される入札方法だ。

しばしば談合の温床になるために監査を付けるのが一般的となっている。


ここでじゃあエンブレム指名競争入札なんじゃないの?と思った人がいるかもしれないが

今回の件は明らかに違う。


今回の件は一般競争入札の形をとっておきながら裏では指名もしていたというハイブリット(笑)方法を使ったのが問題なのだ

まり一般競争入札風の体を表向きは見せておきながら裏ではこっそり指名して入札を募集しているという明らかに透明性を欠く手段を取ったのが問題なのだ


通常税金を使用して行われる公共事業は今までに何度も談合が行われてきたため不正が発覚した場合厳しく批判される。

「そのような」形跡が見られただけで大問題になる。マスメディアが今までにこぞって取り上げてきたのは日本人ならみんなわかってるだろう。


お友逹と取引してるわけじゃないんだ、五輪税金を使用して行われる公共事業なんだ。

報酬が少ないから人が集まらない? じゃあ最初からすべて指名入札にしろバカが。

2015-09-19

炎上騒ぎだとかあったとき、やたらと洒落っ気を求める奴っているよな。

セブンイレブン五輪エンブレムおでんで真似したときも言ってたし。

洒落分からん日本人、というのを言われすぎてコンプレックスになってるのかな。

2015-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20150910100956

こいつからここ数ヶ月の記憶を消して「世界中デザイナーから絶賛された五輪エンブレムです」とか何とか言って元東京五輪エンブレムを見せたら大絶賛しそう。

「大多数の人々の素直な感性」なんてその程度のものだよね。

2015-09-08

本当に佐野氏のエンブレム著作権的にアウトじゃないのかの論考

深津氏の文章を読んで、本当に佐野氏のロゴ著作権的にアウトじゃないか

疑問に思ったのでベルギー弁護士の人がやろうとしていた

ことを代わりにやってみた。

著作権侵害が成立するには

1.依拠

2.類似性

3.利用行為を行ったか

の3つをすべて満たす必要があるらしいので、順番に検討してみようと思う。

なお、著作権侵害が成立する要件については、こちら

(http://www.saegusa-pat.co.jp/copyright/cr_02_3.htm

を参考にした。


1.依拠

はつまりパクった経路が確認できるかをベルギー側が

証明する必要があり、Pinterestの閲覧の有無が争点になると思う。

当然ベルギーデザイナーPinterest自分ロゴ登録しているし

佐野氏もPinterest登録していたことが確認されている。

これによって佐野氏がベルギー側のロゴを見たということには充分妥当性があるように思う。

ここで佐野氏が実際にそのページをみたかどうかの証明必要ないし(もちろん証拠があればそれに越したことはないが)、

佐野氏がもし仮に、見ていないと発言しても、忘れたと発言しても依拠性が覆されることはない。



2.類似性

まず佐野氏のロゴベルギー側のロゴ類似している部分を列挙してみる。

類似点 ベルギー側のデザインの要素

・中心の縦の棒のパーツ

・左上と右下におかれたパーツ

・3つのパーツにより切り抜かれた円の形を視覚的に感得できること

・パーツの組み合わせにより『T』と『L』の合字が視覚的に感得できること

以上の4つではないかと思う。

(1)判例判断基準

判例では、他人著作物表現形式上本質的な特徴を直接感得できるかが判例判断基準となるようだ。

ここでは、"表現形式上の特徴"が争点となる。

9分割による"モジュール"による展開性や"書体"などは、

"構造的な特徴"となり、デザイン本質的な特徴ではない。

もし仮にまったく別のデザインなのに、モジュール展開性が

可能だったり、たまたま『T』の書体が一緒だとしてもそれは

構造的な特徴(つまりアイデアのこと)として処理され、

類似性があるとは認められないのと同じ。



(2)表現共通性

これは一目しただけで、類似していることが認められるのではないかと思う。

相違点はベルギーデザイナーデザインが外側に黒丸で囲んであり、

モノクロ(2色構成)で構成されているのに対し、佐野氏の、エンブレム

外側の黒丸に対する円がなく、4色構成であり、右上に赤い丸があることの

いであるが、これらの違いはベルギーロゴが土台にあってはじめて

成り立つものであり、ベルギーロゴ本質的な特徴であることが理解できる。

まりベルギーデザインが土台にないと、佐野氏のデザインはまず

構成できないことに着目したい。




(3)創作的部分の共通性

ここではベルギーロゴ創作的か、一般的かが問われる。

日本側は、幾何学的模様による構成は、どこにでもあると

主張していて立証は難しいように思える。

しかベルギーロゴが『T』と『L』の合字であることに

着目してみたい。

ベルギーロゴの着想の出発点は『T』と『L』の合字部分

である

それに対し、佐野氏のロゴの出発点は『T』のフォントである

原案を見てもそれは明らかである


佐野氏の案を出発点にすると、どうしてもロゴの右下にあった

パーツ(≒△)は右上にこないといけない。佐野氏の原案でも

右上に△があり、右下に△を入れる論理的必然性がなく、

ここに飛躍的がある。

ベルギーロゴには元々、『T』と『L』の合字であるという

出発点となっているため、飛躍的な超越はない。ここにベルギー

ロゴ創作性が認められる。

おそらく佐野氏は『L』の合字部分に気付かなかったのではないか。

ベルギー側のデザインが『T』のみのロゴだと思い込んだのである

日本人には一見なにも問題ないように思われる。しかし『T』の

右下にパーツを入れることは欧米では一般的ではないのである

まり佐野氏のロゴは、『T』としては非常に不自然な形状をして

いることになる。この不自然さこそ、一般的でないことの証明であり

創作性を保有しているということになる。

さて佐野氏はどこから、右下に三角(≒△)のパーツを配置する

という着想を得たのだろうか。


3利用行為を行ったかどうか

あきらかに五輪エンブレムとして利用すれば利用行為を行ったことになる。

佐野氏がエンブレムを取り下げたために、ベルギー側も告訴を取り下げるしかなかった。




おそらく以上のことをベルギー側は証明しようとしていたので

はないかと思われる。

これを読んでもみんな(深津氏や山本一郎氏を含む)は、佐野氏は

エンブレムをパクッてないということになるのだろうか、聞いてみたいところである

ついでに以前の自分記事

http://anond.hatelabo.jp/touch/20150903190148


よろしくどうぞ

ごまかし」てるのは反論記事じゃね? と思った

http://twinavi.jp/topics/news/55ed5ffc-0a30-4ffc-a057-3b8eac133a21 これ。

なんとなれば「T」に隙間の無いステンシル書体存在することは、リエージュロゴステンシル書体モチーフにしていない理由にはならないから

記事よくわかる、なぜ「五輪とリエージュのロゴは似てない」と考えるデザイナーが多いのか?)では、名刺デザイン展開を根拠リエージュロゴステンシルモチーフにしている、としていて、そうすると「Théâtre de Liège」の頭文字TLを合わせたあのロゴの隙間が論理的整合性を保って説明できる。

一方反論記事デザイナーの『ごまかし』 本当に「五輪とリエージュのロゴは似てない」か?)では、

リエージュロゴについて言えばむしろ、(佐野氏が五輪エンブレムモチーフとして紹介した)DidotやBodoniのようなローマン系のフォントセリフ文字の端のヒゲの部分)から発想し、エリアを囲む四角形を外円の円周をあてて切り抜いた、と考えるほうが自然に思われます

となっていて、その根拠が全く示されないため「お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな」と言わざるを得ない。

そして反論記事後段の「ごまかし」の指摘。ここも微妙だったりする。

「似てない」根拠は、「似て見えるか、似て見えないか」でも、エンブレムデザインのものではなく、デザインする上での「設計思想」のみと言うことになります

──つまるところ、この記事解説は、佐野氏が会見で行った解説に、自分に都合のいい事例だけを付加しただけの「ごまかし」ということになるのではないでしょうか?

反論記事の筆者は上記のように元記事批判しているわけだが、ここに反論記事自身の「ごまかし」がある。元記事の主張に向き合わず周辺箇所にレッテルをはることで矮小化しようとしている、とでも言えばいいのか。

どういうことかというと、元記事の主張は、両ロゴはコンセプト(=設計思想)が違うため、「似てない」とするデザイナーが多い、である個人的には「似てるけど設計思想が違うから別物」と表現した方がいいとは思う)。

これが元記事の根幹であり、元記事批判するのであれば最初ツッコミをいれるべきだと思うが、反論記事はここをスルーする。そして逆に、元記事におけるステンシル書体商標のくだりを「自分に都合のいい事例」と批判する。

しかステンシル書体のくだりは、リエージュロゴ側のコンセプトを推論したものであり、主張の根拠となり得るものだ。他方、商標のくだりは何故事前に類似を見抜けなかったのかや、何故ロゴを事後修正したのかという疑問に答えるためのもの

いずれも元記事内での役割があり、その役割妥当性もある。決して「自分に都合のいい事例」でもなければ「ごまか」すためのものでもない。逆にそうレッテルをはってしま反論記事に「ごまかし」を感じてしまう――のだが、はてなの諸賢にはどう映っただろうか。

五輪エンブレムをめぐるホッテントリについて」がわかりにくい理由

http://anond.hatelabo.jp/20150907223211

個人的釈然としない部分がいくつかあるので整理・言及したい。

増田氏の主張は以下の通りである

-----

1. 「劇場ロゴパクリ」は争点になっていない。五輪エンブレムとして採用するか否かが争点

2. 類似性(似ている/似ていない)が認められるかどうかということが話題となった

3. パクったかどうかに関係なく、単に似ているということで著作権上の問題が生じる

4. 他の案件におけるパクリ(盗用)はあった

5. 「劇場ロゴパクリ」はなくても、チヒョルト展のパクリはあったと認定できる。その根拠は次の二つである

5-1. 文字とは無関係の装飾要素かつまったく不要な赤丸が原案の右下にあったか

5-2. 「(佐野氏がチヒョルト展を訪れた事実を認めた上で佐野氏がチヒョルト展のロゴを)覚えてない」と弁解したことについて、彼は嘘をついている、プロならばこれほどのデザインをあっさり忘れるはずがないから

6. 深津氏は争点になってないものについて解説しており、深津氏の見解のもの意味を持たない。

7. 「劇場ロゴとのパクリではない」なんていうどうでもいいことを持ち出して、「専門家の言うことを聞け」と述べるような深津氏の主張は妥当ではない

8. 深津氏の見解の主要な点は「専門家に任せるべきだ」とした部分にあるが、最終案を決めたのは素人である武藤事務総長であるため、深津氏の主張は成立しない

9. ベルギー劇場ロゴとの類似性が認められるかどうかという法的争点を抱えている状況の中、佐野氏の他の案件におけるパクリが判明。加えて、原案と最終案はまったく違うものであるほか、最終案を決定したのは事務総長ということが判明した。これをふまえて、「五輪エンブレムとして採用するには適切ではない」という民意が生じた。

10. 9 を無視して「専門家判断に任せよ」という深津氏の主張は問題デザインの面だけに限定しており、きわめて視野が狭い。まったく問題所在理解していない。

11. 今回のエンブレムは、エンブレムデザインとしての良し悪しで決まったのではなく、展開力で決まった

12. (原案の)丸と三角と四角というデザインはあまりにも単純で凡庸であり、これを「美しい」「見事だ」と思うようなデザイナーはいないだろう。専門家民衆の声と自分の心の声を聞くべき

13. 心の底では「くだらん」と思いながらはっきりと口に出せない。「展開力が優れている」と言われると「なるほど」と言って承諾するだけで「エンブレムとしてはあまりにも凡庸な図形だ」という本音を口にできない。

14. そんなデザイナーたちの良心というものを信用できない

id:sisya 氏のコメントに対し:

15. 「(劇場ロゴと)似ているか依拠しているか」というような話題は争点ではない

16. この事件問題点は、ベルギー裁判で勝つかどうかじゃない

17. 著作権問題にしていない。そもそもベルギーロゴとの関係問題にしていない。ベルギーロゴとの関係などはどうでもいい

id:bros_tamaコメントに対し:

18. “五輪エンブレムデザインで何が問題であったのか”ということは今回の騒動ではほとんど意味がないことだというふうに評価している

19.パクリデザイナー作品五輪正式採用することの倫理的な是非」が問題

20. 美術的な問題はない。美術的なことをいくら論じても、今回の騒動には何の関係もないというのが本項の趣旨

21. 劇場ロゴとの類似性とかパクリとかはほとんど話題になっていない

22. 深津氏の見解否定しているわけではなく、本質とは関係ないとして軽視しているだけ

id:Eizo0000 氏のコメントに対し:

23. この問題専門家(つまりデザイナー)に委ねるべきで、大衆がこの問題に口出しするべきではない、という発想を問題視している

id:honma200 氏のコメントに対し:

24. 問題本質は、法律違反をした(あちこちで画像の盗用をした)作者のデザイン五輪採用するかどうかという倫理的な部分にある

25. 23 の主張も、深津氏の記事が訂正されたことによりかなり色褪せてきたとも言える。

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全体を通して、おそらく増田氏は「犯罪者である佐野氏がデザインしたエンブレム採用することは倫理的問題がある」ということを言いたかったのだろう。

しかしながら、その結論に向けて展開した論理が歪んでいること、根拠が不十分であったりすること、本筋とは関係ない論理が混じっていること、

話題」「争点」「問題」といった言葉の使い分けが曖昧であることが、エントリのわかりにくさや理不尽さを生じているのではないかと考える。

冒頭で個人的釈然としない部分があると述べた。論理が歪んでいるのが気持ち悪いと思う私的な感情から、その部分について指摘していきたいと思う。

増田氏が取り扱う問題と深津氏が記事が取り扱うことが違うということを増田自身認識していない

増田氏は、深津氏の記事を「劇場ロゴパクリではないと言っているだけ」としたが、この時点から既にズレが生じている。

記事は、「五輪リエージュロゴは似てない」と考えるデザイナーがどうしてそのように考えるかといった点にフォーカスしたものに過ぎず、増田氏が取り扱いたい問題については言及していない。

増田自身も、ロゴデザインがどうとか劇場ロゴと似ているかとか著作権がどうとかは争点ではない(主張1、15、16、17、18、20)、

自身の取り扱いたい問題本質とは関係ないとしている(主張22。これらの主張だけを見れば主張6 も「(増田氏にとって)意味を持たない」として解釈することができる)。

それなのにも関わらず、自身問題とすることを深津氏の記事と結びつけたために、6、7、8、10 といった見当違いな主張が生まれ、(はてブコメント欄観測する限り)読む側に混乱が生じたのではないだろうか。釈然としない。

■各人のコメントに対する返答の的はずれさ

3、4 に対し、id:sisya 氏は「単に似ているだけでは盗用にならず、依拠しているかどうかが重要」とコメントされたのではないだろうか。

そのことについては深津氏の記事の「前提知識1」の項に書かれており、それを踏まえてid:sisya 氏は「参照元エントリ全然読解できていないように見える。」「もう少し元記事を読み返すことをお勧めする。」と述べたと思われる。

そう考えると、id:sisya 氏に対する返答は的外れである

id:bros_tama 氏の「あの記事は“五輪エンブレムデザインで何が問題であったのか”について書かれているんです」というコメントに対し、

「それはわかっている」「本質とは関係のないことをいくら解説しても、そんなことはどうでもいいことだ」と返答しながらも、なぜ自身問題とすることを深津氏の記事と結びつけたのか。

その矛盾id:bros_tama 氏がコメントをする動機となったと思われるが、いかんせん増田氏の返答は的外れである釈然としない。

根拠不十分

4 については、実際にトートバッグの件について佐野氏側が「第三者デザイントレースしていたことが判明」と発表していることから、間違いのない認識だろう。

しかしながら、5 については何の根拠もない。その根拠とする5-1 についても5-2 についても不確かではないか。釈然としない。

■「それ、あなた感想ですよね」(ひろゆき風)

ちょっと主語が大きすぎるのではないかと思う(主張9、12、13)。自身の思いを投影しただけに過ぎないと感じる。釈然としない。

不要論理

犯罪者である佐野氏がデザインしたエンブレム採用することは倫理的問題がある」という結論に向かう上で、6、7、8、101112、13、14 は必要のない論理ではないか。

深津氏がいわれもなく謗られたと受け取る可能性がある内容を記述することに何の意味があるのか。釈然としない。

犯罪者呼ばわり

トートバッグの件について、佐野氏側はトレースした事実を認めたが、それ以外の案件についてはまだはっきりとした裏付けはとれていない。

何らかの罪に問われたわけではない現在の状況下において、一個人を「大犯罪者」と呼ぶのは果たしていかがなものか。一個人が一個人を断罪することは危険ではないかと私個人は思う。釈然としない。

■ずれる結論

犯罪者である佐野氏がデザインしたエンブレム採用することは倫理的問題がある」(以下、結論Aとする。)という結論に向けて論理を展開したかと思いきや、

id:Eizo0000 氏のコメントを受けて「この問題専門家(つまりデザイナー)に委ねるべきで、大衆がこの問題に口出しするべきではない、という発想を問題視している」(以下、結論Bとする。)と結論を変更した。

その後、深津氏が記事結論部分の表現を変更したことを受け、増田氏は「問題視したことは、かなり色褪せてきたとも言えます。」「「大衆デザインには無知なんだから口出しするな」というような方針が、少しは改まったのだとすれば、本項は一定役割があったと言えるでしょう。」と追記。

なんだ、結論Bを言いたかったのかと思いきや、さらにその後のid:honma200 氏のコメントを受けて、再び結論Aを書き連ねる。これでは、結局言いたいことが錯綜しても仕方ない状況だ。釈然としない。

■まとめ

横暴な論理を振り回すことは非常に危険行為ではないかと思いますしかしながら、増田氏が問題視する倫理面に切り込んでいくことは重要と思うので、これについて僕も書けたらよかったのですが、見識がなく断念しました。どなたかお願いします。

五輪エンブレムの件に見る反知性主義アンチインテリ)について

いくら専門家が説明しようとしても

デザイナー様が下々の者にご高説をたれやがる。説明が必要ってなんだよ!?パッと見分かるようにしろ!良し悪しを決めるのは知識層じゃなくて大衆だ!」

って意見がある一定出てきます。これが反知性主義って理解であってますか?

反知性主義を「知性が無い」とか悪い意味では使ってません。専門家や知識層主導の社会に対するアンチとしての大衆層主導主義というような意味合いです)

どちらの主義が良い悪いという話ではありません。

ポピュリズムに近い認識で合ってるんですかね?

2015-09-07

五輪エンブレムをめぐるホッテントリについて

深津貴之 氏の見解が多くのブクマを集めている。

   http://bylines.news.yahoo.co.jp/takayukifukatsu/20150907-00049112/

   http://b.hatena.ne.jp/entry/bylines.news.yahoo.co.jp/takayukifukatsu/20150907-00049112/

 

実はこれは、「劇場ロゴパクリではない」と言っているだけだ。上手にていねいに解説しているが、話の趣旨のもの組織委の見解と同じだ。その点は、増田が指摘したとおり。

 似ているとか似ていないとか最初に言い出したのは誰なのかしら

 

しかしながら、組織委の見解はピントがずれているし、その意味では、深津貴之 氏の見解もピントがずれている。そのことを解説しよう。

 

 1.劇場ロゴパクリは争点ではない

劇場ロゴパクリはもともと争点となっていない。これを話題にしたのは一部の人だけ(もしくは初期だけ)だ。

 

では、何が話題になったか? 次の二つだ。

  (1) 劇場ロゴとの類似性

  (2) 他の画像パクリ(盗用)

 

前者は、著作権問題だ。これは、パクったかどうかに関係なく、単に似ているということで、著作権上の問題が生じる。このことは、劇場側の弁護士が主張したことだ。

後者は、サントリーのバッグや、五輪の展開例や、多摩美ポスターなどで、画像の盗用があったことだ。これを「パクリ」と指摘した。

要するに、「劇場ロゴとの類似性」もあったし、「パクリ」もあったのだが、「劇場ロゴパクリ」は、もともと争点になっていないのだ。

その意味で、深津貴之 氏の見解のもの意味を持たない。ありもしない仮想敵攻撃しているだけだ。藁人形論法であるにすぎない。

劇場ロゴパクリ」というものを、彼がいくら否定しようが、それは、ありもしない怪物攻撃するドン・キホーテと同様であり、もともと存在していない対象否定しているだけにすぎない。

 

 2.チヒョルト展のパクリ

劇場ロゴパクリ」はなくとも、チヒョルト展のパクリはあったと認定できる。なぜなら原案では、右下に余計な赤丸があったからだ。

このような赤丸は、文字とは無関係の装飾要素であり、まったく不要ものだ。実際、他の文字では、このような余分な要素はない。

  http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/b/bunbuntokuhoh/20150828/20150828225213.jpg

なのに、T という文字でだけ、余分な赤丸の要素が追加されている。この文字だけにある特異な現象だ。

このことからしても、これがチヒョルト展のパクリであることは明白だろう。

(仮にパクリでなければ、赤丸は中央上または中央下にあるはずだ。それが佐野デザインの9分割のポリシーからだ。)

 

さらに、状況証拠もある。「そんなことは覚えていない」と弁解したことだ。素人じゃあるまいし、プロならば、これほどのデザインをあっさり忘れるはずがない。

とすれば、「覚えていない」と言った時点で、嘘をついている。あるいは、ジョブズ並みの「現実歪曲空間」に入っていることになる。そのいずれだとしても、パクリはあったことになる。(ただし本人が正直に申告していないだけだ。)

 

 3.専門家に任せるか?

深津貴之 氏の見解の主要な点は、「専門家に任せるべきだ」ということだ。

1. 大衆によるデザイン判断は、デザインの一側面しかジャッジできない。

2. 多面的ジャッジするためには、専門家への信任が必要

 

しかしながら、今回の最終案を決めたのは、専門家である審査員ではなく、素人である武藤事務総長だった。

   http://www.yomiuri.co.jp/national/20150904-OYT1T50016.html

ゆえに、「(決定を)専門家に任せるべきだ」という主張は成立しない。現実には専門家には任せられず、素人勝手に決めてしまたからだ。(そして佐野最終案に決まった。)

 

また、今回の主要な争点は、デザインの良し悪し(デザインジャッジ)ではなくて、五輪エンブレムとして採用するか否かだった。

デザイン的に良し悪しを判断する(ジャッジする)のならば、専門家が決めてもいいだろう。しかし人々が批判したのは、デザインの良し悪しではなくて、五輪エンブレムとして採用するか否かだった。そこでは、次の諸点が問題となった。

  ・ ベルギー劇場と法的争点をかかえている。

  ・ その法的争点は、類似性の有無であって、パクリの有無ではない。

  ・ トートバッグではパクリが判明した。(彼は犯罪者だと判明した。)

  ・ さらに、続々とパクリが判明した。(彼は大犯罪者だと判明した。)

  ・ 原案と最終案がまったく違うと判明した。(組織委は嘘をついた。)

  ・ 原案では、最終案にある大きな円がなかったと判明した。

   (大きな円を選考理由とした初期の説明は嘘だったと判明した。)

  ・ 最終案を決定したのは審査員たちでなく事務総長だと判明した。

   (制度を逸脱した暴走であると判明した。非合法ふう。)

 

これらの問題が続々と判明した。このことから五輪エンブレムとして採用するには適切ではない」という民意が生じたのだ。こういう民意無視して、「専門家判断に任せよ」というのは、問題デザインの面だけに限定しており、きわめて視野が狭い。まったく、問題所在理解していないと言える。

自分の専門領域のことしか理解できない人を「専門馬鹿」と呼ぶ。

今回の問題は、「劇場ロゴをパクったかどうか」というデザイン界だけの問題ではないのだ、と理解するべきだ。そもそも、「劇場ロゴをパクったかどうか」というのは、もともと争点になっていなかったと言える。(劇場だって、そのことを争点としない旨を主張している。商標法違反ではなくて、著作権法による類似を争点とすると主張している。)

今回の問題は、上で列挙したようなさまざまな問題が絡み合っている。ここで「劇場ロゴとのパクリではない」なんていうどうでもいいことを持ち出して、「専門家の言うことを聞け」と述べるような主張は妥当ではない。むしろ専門家こそ、民衆の声を聞くべきだ。

 

最後に一つ。

深津貴之 氏はデザインのことは専門家に任せるべきだと主張する。しかし今回のエンブレムは、エンブレムデザインとしての良し悪しで決まったのではない。展開力で決まったのだ。つまり、布地の柄物のパターン出来映えのような見方によって決まったのだ。

そもそも、(原案の)丸と三角と四角というデザインは、あまりにも単純で凡庸であり、これを「美しい」「見事だ」と思うようなデザイナーはいないだろう。なのに、心の底では「くだらん」と思いながら、はっきりと口に出せない。「展開力が優れている」と言われると、「なるほど」と言って承諾するだけで、「エンブレムとしてはあまりにも凡庸な図形だ」という本音を口にできない。

自分の(デザイナーとしての)内心の声を聞くことができず、説明された「展開力」なんていう言葉を信じてしまうようでは、デザイナーたちの良心というものを信用できないのである

専門家は、民衆の声を聞くべきだ。そしてまた、自分の心の声を聞くべきだ。「あの原案はあまりにも凡庸だ」と、自分の心の声が訴えているはずだ。

 


 

 追記。

 

id:sisya 参照元エントリ全然読解できていないように見える。単に似ているだけでは盗用にならず、依拠しているかどうかが重要。もう少し元記事を読み返すことをお勧めする。

 

本項の話を全然読解できていないように思える。「(劇場ロゴと)似ているか依拠しているか」というような話題は、争点にはなっていないというのが、本項の趣旨だ。そんなことはどうでもいいから関係ない、という趣旨

 

だいたい、そんなことは、たいていの人は話題にしていない。著作権を争点にしているのは、ベルギー弁護士だけだ。日本人ほとんどは、そんなことに関心を持っていない。関心を持っているのは、id:sisya さんや id:allezvous さんぐらいだ。

 

この事件問題点は、ベルギー裁判で勝つかどうかじゃない。そんなことを話題にしている人は、ほとんどいない。(そもそも裁判が成立するかどうかもはっきりとしない。訴えの利益がないので、却下されるかもしれない。そうなったら、著作権を争点にするのは、すべて空論になる。)

 

もちろん、本項でも、著作権問題にしていない。そもそもベルギーロゴとの関係問題にしていない。(ベルギーロゴとの関係などはどうでもいい、という趣旨。)

 

id:allezvous 著作権侵害要件たる依拠性を検討できない分析なぞ意味はない。

 

依拠性によらず類似性だけで著作権法違反を問える、と主張しているのは、私ではなくて、ベルギー弁護士 http://bit.ly/1VMxON2 です。詳細は、このリンク先にある週刊新潮記事に書いてあるので、そちらを読んでください。

一般に、ロゴのような単純な図形では、依拠性というものは(証明のしようがないので)問われず、類似性けが問題となります。たとえば、ミッキーマウス著作権では、単に似ているだけで問題視されます。いくら「真似したわけじゃない」と主張しても、「似ている」だけで問題視されます

なお、本項では、著作権についての「分析」なんかしていません。著作権は本項では話題になっていません。ついでの形で、1行か2行、ちょっと引用ふうに言及しただけです。

 

id:bros_tama あの記事は“五輪エンブレムデザインで何が問題であったのか”について書かれているんです.本来どうすべきであったか,解決のためにはどうする,とかはこれを踏まえて考えなくちゃいけないんだよね,という話です

 

それはわかっているし、本項もその趣旨で書いてあります

それを前提とした上で、“五輪エンブレムデザインで何が問題であったのか”ということは、今回の騒動ではほとんど意味がないことだ、というふうに評価しています五輪エンブレムデザインなんか、あまり重要ではないんですよ。デザインじゃなくて、これを採用するかどうかが問題なんです。

端的に言えば、「パクリデザイナー作品五輪正式採用することの倫理的な是非」です。ここでは倫理的問題があるだけで、美術的な問題はありません。美術的なことをいくら論じても、今回の騒動には何の関係もない、というのが、本項の趣旨です。

本質とは関係のないことをいくら解説しても、そんなことはどうでもいいことだ、という趣旨です。


 

誤解があるかもしれないので解説しておくと、私は別に、深津貴之 氏の見解否定しているわけではない。素人向けに専門家が詳しくデザインのことを解説しよう、という努力は立派なものだと思うし、有益でもある。

ただしそれは、あくまで今回の騒動のオマケふうのエピソードとか裏話であるにすぎない。楽屋裏の話。こっそり井戸端酒場でおしゃべりするための話題

今回の騒動は、佐野デザイン五輪エンブレム正式採用するかどうか、ということだ。それは、「採用しない」という形で、一挙に解決した。これだけが問題であったからだ。

一方、劇場ロゴとの類似性とかパクリとかは、ほとんど話題になっていない。だから、こんなことはどうでもいいことだ、というふうに評価している。

深津貴之 氏の見解を(間違っているとして)否定しているのではなく、(本質とは関係ないものとして)軽視しているだけだ。勘違いしないでほしい。

 


 

その後、状況が少し変化したようです。次の質問に答えようとして、気づきました。

 

id:Eizo0000 何と戦ってるんだ。

 

この問題専門家(つまりデザイナー)に委ねるべきで、大衆がこの問題に口出しするべきではない、という発想を問題視しています。そのことは、本文中で引用した箇所で、下記のことです。

1. 大衆によるデザイン判断は、デザインの一側面しかジャッジできない。

2. 多面的ジャッジするためには、専門家への信任が必要

 

しかしながら、この箇所は、今では次のように書き直されました。

1. 大衆によるデザイン判断は、外見やキャッチーさに集約されていまう。デザインの一側面しかジャッジできない。

2. 多面的ジャッジするためには、デザイナや弁護士など専門家への信任が必要

 

深津貴之 氏が、元の文章を書き改めたので、本項において問題視したことは、かなり色褪せてきたとも言えます

大衆デザインには無知なんだから口出しするな」というような方針が、少しは改まったのだとすれば、本項は一定役割があったと言えるでしょう。

 

  ※ 「集約されていまう」というタイポは、原文のままです。

    引用部分はコピペしました。

 

id:honma200 結論とかまとめを書かないから散らかりすぎてて良く分からん

 

まとめ:

この問題本質は、最終案が劇場ロゴパクリであるかどうかではなくて、考案者があちこちで画像の盗用をしたという問題である。つまりデザイン問題ではなく、法律違反をした作者のデザイン五輪採用するかどうかというという倫理面の問題である。したがって、この問題デザイン専門家に任せておけば済むというわけには行かない。「デザイン専門家に任せよ」という主張は、今回の問題本質からは外れている。

 

  

2015-09-05

http://anond.hatelabo.jp/20150905010345

ブコメにある通りイナゴってのは炎上と相性が悪いね

例えば

・今回の五輪エンブレムは、リエージュ劇場ロゴデザイン作者から提訴を契機に、

多くの○○○○が大炎上に加担し、使用中止という残念な結末を迎えた。

http://anond.hatelabo.jp/20150905024006ネチズンネット民がわりと近い気もするけど、ちょっとずれてる気もする。

2015-09-04

五輪エンブレム問題の終わり、そして次のエンブレムに向けて


大阪芸術大学教授純丘曜彰氏の発言への疑問を述べた記事に、氏から応答があった。


元の記事

五輪エンブレム問題についての純丘曜彰氏(大阪芸術大学教授)の発言

http://anond.hatelabo.jp/20150903062450


純丘氏の応答

佐野五輪エンブレム超弩級の駄作!」(page: 6)

http://www.insightnow.jp/article/8644?page=6


もう佐野研二郎氏に関わるような話題は終わらせたほうがよいと考えているので、

議論がふたたび活発になるようなことは望まない。

筆者から疑問を投げかけ、氏がそれに答えてくれたので

パンチ一発ずつ(?)ということでこれ以上の応酬はやめようと思う。

なぜか筆者が「チャレンジャー」ということになっているが……


ただ、わざわざ返答をくれた氏に対してこちらから感想ちょっとした考えを述べておきたい。

加えて、幻となってしまった佐野氏のエンブレムへの所感を残して旧エンブレムについては最後とし、

次のエンブレムについての思いを記そうと思う。



ニーチェ綴り


ニーチェ綴り2ちゃんねるでどうこう、ということだが、なんのことやら」(純丘氏)

炎上という非常事態に対してまさにこの「なんのことやら」という意識で臨み、

周辺に挙がっている言葉火種)をそのまま拾って記事を作るということが、

筆者の言う「なんの検証もなく」という状態であると考える。



■色の件


一般の人が読むことも考えて説明を加えたのだろう。

残念だがこちらの疑問に答えたものではなく、新たな論点もない。


この項を借りて…

「私なんぞの記事真剣に読んでくれて」と謙遜されていたが、

氏の表象論などを用いたデザインに関する言説は(半分以上フィクションとしてだが)みな

面白く読めるものだったことを付け加えたい。



■純丘氏の社会的影響


非常にあったと考えている。

それは、(失礼だが)純丘氏の所論が正しく、力強かったからではない。

炎上サイバーカスケードという事態において、

とてもよく燃える燃料だったかである


マスコミはもちろん燃やすのが仕事であり、

識者の言質さえ取れればいい、このフリップのこのスペースが埋まればいい、

そんなノリでコメントを拾っている。


8月10日、純丘氏のこの一文を読んでびっくりしたのをよく覚えている。

「このデザイナーpinterest、その他、ネットのかなり奥深いところから

巧妙に素材を拾ってきていることが完全に明らかになってしまった」


Pinterest ついては、この時点では「完全に明らかになった」といえるような

証拠は出ていなかった(強く紐づけられるものがせいぜいニーチェの件で、

結局、最後まで確たる証拠といえるようなものは出てこなかったと考えている)。

しかし、この記事は一気に広まり、その後のムードを作っていったように思う。


純丘氏には、「佐野エンブレムを下ろしたい」というご自身希望

そのまま社会活動としていくのはご自由としても、

識者として、炎上デマがむやみに広がらないような、

適切な言葉と確かな情報検証を元に発言してほしかった。



さようなら佐野エンブレム


初見ロゴだけを見たときはあまりいい印象をもっていなかった。

が、明滅するアニメーションを見て選ばれた理由がわかった気がした。

その後は、騒動の最中ではあったものの見慣れていき、黒がよい主張と映ってきた。

CMスポンサーロゴの両脇を固めたオリンピックパラリンピックエンブレムにはリッチで崇高な印象をもった。

黒のことがよく言われるが、プラス方向に見ればゴージャス、フォーマルな色である

しろあの黒がチャームポイントになるはずだった。

もちろん、この強い色の使用はチャレンジだった。

桜のリースのようなデザインもすばらしいが、今回の選考委員の半数はチャレンジを選んだ。

オリンピックでこれまでに使われたことのない「黒」も、

選ばれた主な理由だと考えられる「組み替えアイデア」も、チャレンジであったと思う。

そして、チャレンジ理解されるには時間がかかる。

時間をかけて受け入れられるには障害物が多すぎた。



■これから五輪エンブレムに向けて


再び公募になったということで、それ自体は楽しみである

筆者自身、応募したい気持ちもあるのだが、

選ばれることがすなわちよい結末になるとも限らない、そんな不安がある。

何か思い当たるふしなどなくてもだ。


コンペではよく「勝った」「負けた」という言葉が使われる。

新国立競技場のコンペについて伊東豊雄氏もはっきり「負けました」という言葉を使っていた。


芸術も、学問も、勝った、負けた、の話じゃない。なにが本当か、

どうすればより美しくなるか。みんなで知恵を絞るにこしたことはない」


今回、純丘氏から聞けた言葉である

次の五輪エンブレムのコンペほど、「勝者のいないコンペ」という言葉がふさわしいものはないだろう。

それがいい意味でになるのか、悪い意味でになるのかは、わたしたち自身にかかっている。

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