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2023-03-14

老害オタク「昔のアニメ職人が丹精込めてセル画を描いていたんだぁぁぁ」←これ多分ウソです

#このシーン嫌いな人いない説

#サイバーフォーミュラ

当時は1枚1枚手書きセル画に書いてるんです。

今のアニメ制作ソフトみたいに間違えたから1個前に戻るが許されない時代だったんです。

その時に職人が丹精込めて1枚1枚のセル画を描いた作品を見るのが大好きです。

からしたら芸術品です。

https://twitter.com/tanigutisinja/status/1634917094172295169


昔のアニメ凄さを伝える際に「昔のアニメセル画に描いていたから凄い」という表現をする人がいますが、

しかに「昔の」アニメは直接セル画に描いていた(ハンドトレス)のですが、1960年代にはトレスマシンという機械が使われるようになり、アニメーターの描いた鉛筆の絵をそのままセル画に転写する形になります

紙に描かれた原画アニメ撮影用のセルに転写(トレス)する際、トレスマシン登場以前はGペンインク使用して手作業で転写する「ハンドトレス」が行われていたが、トレスマシンを使って転写する「マシントレス」だと省力化に加えて、原画鉛筆描きの描線をそのまま転写してアニメに生かせることから1960年代以降のアニメ制作トレスマシンによるマシントレスに移行した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%83%B3


トレスマシン歴史についてはWEBアニメスタイルのデータ原口氏のコラムによくまとまっていますhttp://animestyle.jp/2012/07/23/1198/

「昔の」アニメは手描きのセル画だったから凄かったという老害オタクの言う「昔の」アニメっておおむね1980年代1990年代ごろなんですよね

もちろんサイバーフォーミュラ1991年アニメです。「職人が丹精込めて1枚1枚のセル画を描いた作品」なわけはないんですね

この手の老害オタクの厄介なところは、老害のくせにアニメ制作工程をまるで知らないことなんですよね

から今のアニメは「アニメ制作ソフト」をポンポンと叩けば完成すると思っている

現在アニメーターにはペンタブレットCLIP STUDIO PAINTのようなソフト使用する人もいますが、それだって「手描き」なんですね

そもそもテレビで放映されているアニメを見れば、その画面を構成する線の殆どが「手描き」であることは、一見しただけですぐわかるはずなのですが、、、

2023-01-05

暴走族車両デザインの源流を説明する(2/2)

https://anond.hatelabo.jp/20230105180645 の続き

 

60年代カフェレーサー

カフェレーサーというのは1960年代イギリス流行ったロッカーズという街道レーサー達の乗っていた改造バイクで、ハンドルを下げて前傾姿勢にしてロケットカウルを付ける。因みに当時の英国ではモッズという改造VESPAやランブレッタスクーター乗りのもいて、両者は反目して喧嘩ばかりしていた。モッズとはmodern+sである

カフェレーサーで使われるロケットカウルはセパレートハンドル通称セパハンとの組み合わせが前提だ。フロントフォークの上に付く一本バーハンドルを取っ払って両方のフロントフォークに直接短いハンドルを付けて高さを下げるのがセパハンだ。

このロケットカウルを族車ではプレスライダー由来の上向き絞りハンドルと組み合わせてしまう。

すると、カウルハンドルの逃げの切り欠き位置が合わないのでハンドルが切れない。

そこでハンドルの逃げの位置が合うようにカウル高さを上げる→族車の珍奇なデザインの完成だ。

珍奇とは他と違うという事だから所属を表す象徴作用が出てきて、要するに「カウルがより高い方が暴走族である」という文脈が出来てくるんである。「過剰」の意味付加である

これはバックミラー鬼のように付けたモッズベスパも同じだな。歌舞伎のすみとりとか戦前祭り山車の高さとか豪華なのに耐火性が消えたうだつとかもそうだ。実用や元の文脈から切り離されると非実用であることが意味を持つので「過剰」が持て囃され時には粋の評価がされる。

 

一方で上り龍のようにとんでもない高さにカウルを上げる族車バイクもあるが、これは実は実用問題が絡んでいる。

カウルの真ん中にはヘッドライトがあるので、ある程度の高さまでカウルが上がると前が見えなくなるんである。当たり前だ。

から更に上げたい場合は前が見えるように目の位置より上にヘッドライトが来る高さまで上げるって事である

あんな高い所にカウルヘッドライトがあったら、スラロームしたら慣性が凄そうなんだが、スラローム中に取れちゃったりしないんですかね?ハリボテエレジーの悲哀再びである

 

コルク帽(ヘルメット

車両からは離れるんだが、google:image:コルク帽とかコルク半と呼ばれるヘルメットについて。被ってると暴走族に狩られるってやつ。

これは確か昔、増田かどっかで詳しい説明エントリがあったはずだが忘れてしまった。

ここで説明したいのはコルク帽の由来だ。

もともとレースでの保護帽というのは革帽子だった。保安性は余りなく、頭を強打すれば脳がやられて死んでしまう。

次に出来たのが半帽で、半球型のプラスティック保護帽に革の耳当てと顎ひもが付いたもので、1950年代60年代バイクレースで使われた。クロムウェル(Cromwell)というメーカーが有名だ。ヤマハSRなどに乗る人らに好まれている(危ないから使うべきではない)。

これは内装材がコルクだった。発泡スチロールが普及する前の製品だ。

次に保護面積が大きくなったジェットヘル→フルフェイス進化してきて、内装材は発泡スチロールと発砲ウレタンになった。

まりコルクとは半帽ヘルの事を指していた。

現在ヤンキーの間でコルクと呼ばれているのは、半帽にツバ(前バイザー)がついて端をビニールテープで巻いてあるという簡素製品(但し端部の始末はクロムウェルなども同じ)で、元々主婦向けである

1968年富士重工ラビットスクーターディスコンにし、イタリアのランブレッタも1971年ディスコンになるとスクーターベスパ以外製造されない時期が続いた。

ホンダはここにバイクと無縁な主婦市場があると見抜き、1976年ラッタッタでお馴染みのソフトバイクロードパルを開発した。因みにラッタッタというのはエンジンスタート用のゼンマイを足でキックして巻く動作の事で、軽量化低価格化の為にバッテリーを搭載せず、キックスタータより楽な始動方法としてゼンマイスタータを採用したのだな。足でゼンマイを巻いてハンドル部のボタンリリースする。

この当時、原付にはヘルメット装着義務はなかったが、広告などでは安全の為にヘルメットを被る写真が使われた。当時はすでにジェットヘルが一般的だったがそれだと軽快感がない。気軽に乗れますバイクとは違うものですってイメージにならない。

そこで採用されたのが「70年代の半帽」だったのだ。50~60年代の半帽と違うのはポップでツバ付きになってる事。更に旧型品なので安価。どういうのかについては1972年発売のカワサキマッハⅢの広告を見てもらった方が早い。

http://captain-alfred.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-6b6e.html

歴史上のバイク広告で一番カッコいいんじゃないかこれ。モデル小川ローザだ。

それで主婦層が乗るソフトバイクの激安ヘルメット=このタイプの半帽というイメージが出来た。主な販売場所スーパー自転車屋であってバイク屋ではない。内装ナイロンベルトやプラスティックと布、発泡スチロールなど。

ヤンキー層はその頃はノーヘルやフルフェイスを使っていてこのタイプのは使われていなかった。

1986年原付ヘルメット義務化されるとノーヘルだったヤンキー層は一番安くてノーヘルに近い効果のこの半帽を被らずに首の後ろにぶら下げて走るというスタイルになった。

こんな安全性が無くて昔の主婦向けのダサいヘルメットを被るのなんて暴走族ヤンキーしかいない。なのでまた所属象徴である。それで90年代にはヤンキー暴走族象徴するアイテムになった。

 

からロードパルが発売されて主婦向けマーケアイテムとして流行した頃から10年以上経っている。「ダサい」が一回りして肯定的意味が出る現象の一つなのだ

更にこのヘルメット内装にはコルクは使われていない。使われていたのは60年代だ。呼称60年代を借用して実体オリジナル70年代にある、という錯綜した現象なんである

 

族ヘル

ついでなんだが、マッドマックス1の暴走族が被ってるようなフルフェイスヘルメットgoogle:image:族ヘルという。今のものと違って下側の首回りが丸くすぼまっていなくて寸胴になってるのが特徴だ。

70年代末~80年代前半の暴走族もフルフェイスを被っていたので、バイク免許実技試験参考書(大型は教習所では免許が取れなかった)などには「フルフェイス暴走族的なのでジェットヘルにしましょう」などと書かれていた。安全性より暴走族的でない事の方が重要だったのだ。

このタイプデザインは今でもレトロアイテムとして人気があるが、危ない代物である。下側がすぼまっていないので、高速で下や後ろを確認すると風圧でヘルメットが浮き上がり、顎ひもで引っかかって脱げ掛かった状態になってしまう。デザインが変更されたのには理由があるのだな。

 

「○○レーシング」「スペクター」のようなチーム名

暴走族が振り回す旗やステッカー見ると、○○レーシングみたいな峠ドリフト小僧的チーム名と○○聯合のような画数が多い漢字名前と分かれている。

これは前述の通りに街道レーサーチームから変化してきた名残で、別にレースしなくてもレーシングという名前や峠小僧的なカタカナ名前を使う。

一方、時代が下るにしたがって硬派=学ランや右翼に傾倒してきて、軍国主義モチーフ漢籍的な名称が好まれるようになる。夜露死苦とか漢籍じゃない訳なんだがそこは偏差値問題である

 

街道レーサーから右翼標榜へと変化した為に、時代が下るに従ってメカ音痴になっていったという面もある。初めは自分エンジンも改造してその技術も先輩から後輩へと受け継がれていたが、やがて改造は外見に留まり工具も持っていない、という風になっていく。

 

世界に広がる暴走族の輪

こういう風に族車デザインは当初はスピード象徴であったもの文脈から切り離されて過剰になり、「過剰」それ自体価値を持つという現象である

特に大きい影響を残したのがバイク便の前身で「PRESS」や新聞社旗をはためかせてすり抜け爆走していたプレスライダーだった。

カウル昇竜拳みたいなデザインも組み合わせ不可のプレスライダーロケットカウル組合わせ、その珍妙さがそれ自体意味を持つようになった為である

 

こんな珍奇な族車だが、実は日本キッチュを好む人々というのは世界中に居て暴走族もその一つとして愛好されているのだ。

試しに「google:image:bosozoku」で画像検索してみて欲しい。多数がヒットするばかりか、自国でBosozokuカスタムをしている変態愛好者もいる。しかもその竹槍出っ歯の車がランボルギーニだったりするのはいかがなことなのか?

日本でも一時流行った巨大フルエアロパーツフェイクファー敷き詰め、巨大スピーカー搭載で浜崎あゆみを流すハイエースもBosozoku Vanとしてカスタムカーの一ジャンルになってる上に、タイでは社会現象に近いくらいのブームになっている。バンコクのあちこち大黒パーキング状態なんである。というかタイ人は日本キッチュ大好き国民なんじゃないかな?

更にebayで探せばBosozoku刺繍特攻服もわんさか出てくる。 https://www.ebay.com/sch/i.html?_nkw=bosozoku

結構な人気ジャンルなのだ

出品&発送元が中国企業のケースが多い。日本暴走族ファッション中国で作って発売して世界中に出荷しているというビジネスだ。色々とおかしい。レディース特攻服着物特に人気のようだ。

 

そういう訳で、英語が出来る人らは是非海外でBosozoku愛好してるトンチキ変態さんらに、デザインの源流が報道の爆走バイクである事やシルエットフォーミュラの事などを教えてあげて欲しいと思う。

暴走族車両デザインの源流を説明する(1/2)

初日の出暴走通称グラチャンの季節だ。

そこで暴走族の車バイク通称族車のトンチキなデザインがどっから来てるかを説明しようと思う。

増田暴走族ヤンキーじゃないがはてなー平均よりはヤンキー文化に近いってくらいだ。

それじゃあ行くぜそこんとこ夜露死苦

 

族車デザイン過去の「スピードへの憧れ」の形の寄せ集め

まずは「google:image:族車」で画像検索してくれ。

さて全然速く走る事に頓着が無いというか速く走れない族車デザインだが、元はレースカー街道レーサーの特徴をコピーしていた。

だがそれらの文脈を考えずに合体され、更に右翼ファッション流入によってスピード文脈が無くなって形だけが意味を持つようになった。

でもファッションというのはみんなそうであってWWI塹壕戦防寒軍服ビジネスシーンでの正装になったり、ゴールドラッシュ作業着が反抗の象徴になってカジュアルで定着したり、警官の防護服がハードゲイシーンで流行してからカジュアルになったり、と元の文脈が無くなるのはヤンキー文化だけじゃない。

 

そんな族車のオリジンの中で一番大きな比重を占めるのが、

 

プレスライダー

新聞社使役されていたプレスライダーであるプレス報道意味事件現場報道陣がしてる腕章に書いてあったり新聞輸送トラックに書いてあるあの「PRESS」だ。

元々、速報性が重視される新聞社取材記事の迅速な伝達を支えていたのは伝書鳩だった。新聞社では屋上に鳩舎を設置して多数飼育しており、記者取材の時に鳩を連れて行った。現場記事を書いてそれを鳩の脚に括りつけて放すのである。鳩は帰巣本能でかなりの高確率で社屋屋上帰着する。

伝書鳩1960年代昭和40年頃には廃れるのだが、代わって登場したのがプレスバイクだった。

ところで何で電話じゃないの?というと、電話も使われていた。だが「市外局番」が出来たのが1965年昭和40年なのだ

これがどういう事かというと、市内を超える通話では交換手を通していた。だが事件が起きると記者が押し寄せ、役所会社でも市外通話が急増するので交換手がパンクして延々と交換待ちになってしまう。つまり通話が困難になるのだ。この為に警察は早くから警察電話という専用線を整備していた。

プレスバイク原稿写真フィルムを受け取って現場から新聞社若しくは駅でリレーして列車経由で社へと迅速、というか猛烈な速度で運んでいた。

そもそも当時のバイク乗りっていうのは不良である。そんな不良が、新聞記者、これも当時はブンヤで柄が悪く反体制的な気骨がないと務まらない職だった、そのブンヤに使役されて街道レーサーのような危険運転でぶっ飛ばしていた訳だ。勿論公道最速である

こういう公共性と不良的な特性の硬派な組み合わせというのは今でも映画モチーフになるし、憧れを産む。

という訳で、以下のようなプレスライダーの特徴が族車に取り入れられ、やがてスピード象徴から遊離していく。

 

絞りハンドル

族車バイクパイプハンドルを思い切り絞って手前側に持ってきたデザインが特徴だが、これはプレスライダーが上向きハンドルにしていたのに由来する。自転車と同じく、パイプハンドルでは固定ネジを緩めるだけでハンドルの角度を変えられる。

プレスライダー渋滞では足をついて右に左へとすり抜けをするので、上体が起こせて視界が良く、車体を傾けてもハンドルが遠くならないアップハンドルにしていた。

段付きシート

プレスライダー上記の通り足をついて渋滞すり抜けをするので、足つきが良くなるようにシートの「あんこ抜き」をしていた。着座部分のシートのスポンジを削って取ってしまう加工である。今でも背が低いバイク乗りはこの加工をする。

すると前後方向にも段が出来てニーグリップ(両足でタンクを強く挟むこと)しなくても前後に安定するという効果も出る。

族車はこれを大げさにして後ろに更に段を増やしたシートに交換したり、更にハーレーなどのシシーバーと合体した長い背もたれに繋がるデザインの三段シートになっていった。というか、ヤンキー相手の商材扱う会社が段々過激化していったのが原因だな。

下側が渋い緑布の風防

プレスライダー仕事なので冬でも走る。そこで後付けの風防を付けていた。元々実用品なのでカッコいいもんじゃない。

だがそれが「硬派」の記号となって族車に取り入れられた。

旗(旭日旗

今やってる会社は無いが、昭和後期まで社用車というのは鉄製前部バンパー角に小さな掲揚ポールを付けて社旗を掲げて走るのが多かった。今は歩行者安全の為に前方に突起物を付けるのは車両法で禁止であり、宮内庁御料車総理大臣車以外はやっていない。

プレスバイク新聞社の庸車なので前輪に垂直ポールを立てて「PRESS」のペナント三角旗)を、更に四角い社旗も併掲するケースもあった。とんでもないスピード違反してても(プレスライダーは常に速度違反警察はPRESS旗社旗を認めると取締りしなかった。

暴走族前身カミナリ族じゃなくて街道レーサーのチーム(イニD赤城レッドサンズみたいなの)なのだが、このスタイルが真似されてチームの旗をつけるという形になる。

これが1980年から「硬派」の文脈右翼ファッションに転じた。この右翼とは1960年代全共闘運動に対抗した新右翼で、80年頃には軍服着て国防色街宣車軍歌を流し、軍旗である旭日旗を掲揚するという軍国主義憧憬路線確立されていた。

ところでこの旭日旗は「プレスライダーのまね」路線ですでに族ファッションの中にあった。それは朝日新聞の社章でお馴染みだったのである

故に既存プレスバイク社旗模倣の上に右翼ファッションの軍国標榜自然な流れで合わさる形となった。

前輪の掲揚竿は大きさが制限されるので、大きい旗を後部に付けたり、二人乗りの後部乗員が手持ちするようになったのである

この名残で、旗が付いていない棒を前輪から斜め前に突き出している族車もある。

 

旭日模様

同様の理由タンクへの塗装や服のプリントへと波及していく形になった。

 

プレスライダーのその後

こんな風に族車デザインに過大な影響を与えたプレスバイクだが、盛者必衰1980年代になると衰退して報道現場から消えて行ってしまう。

置き換わったのは出先で使えないFAXじゃなくて無線自動車電話だった。どっちも大きくて自動車必須で、汽車バイクから自動車に置き換わったのだ。両方とも無線兵みたいな箱を担いで運用する。

それで職にあぶれたプレスライダーが流れた先は2つあって、一つは競馬/競艇新聞の運搬。予想欄の関係レース当日に入稿されるので印刷所の前に多数のバイクを並べて待つ。刷り上がった新聞バイクの後ろに括りつけて馬券売り場や競馬場の売店に急いで持って行くのである

ただこれはレースが日曜しかやってないか臨時バイトの面が強い。

もう一つがバイク便で、オフィスを回って営業する。NY自転車メッセンジャー便のバイク版だ。

こういう経緯なので初期のバイク便はプレスライダーと呼ばれていた。FAXが普及してもサンプル品の急送とか木型(鋳造で使う型)とか需要は多くあったが、白ナンバー違法操業のところが多かった。

中にはちゃん法人成りして営業免許を取り緑ナンバーにして特殊分野でのニッチを獲得したり、後に医薬検体輸送検査会社進化して自治体出資を受けて三セク化したところなどもある。街道レーサー崩れからの地道なステップアップ人生であるな。

 

シルエットフォーミュラ

これは画像を見てもらった方が早い。こういうの暴走族で走ってるやろ? https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/26/Nissan_Silvia_Silhouette_Formula_001.JPG

量産車のガワだけを使って、中はエンジンも足回りもフレームも全部変えていいよという規定レース区分だ。シルエットだけ市販車で中は純粋レースカーなので「シルエットフォーミュラ」という。

これは日本では御殿場富士スピードウェイ筑波サーキットレースが開催されていた。

特に富士スピードウェイでは「富士グランチャンピオンレース」というシリーズレース(全戦富士SWでの開催)が人気を博していた。走っていたのはルマン24時間みたいな形のレースカーだった。

このレース前座としてシルエットフォーミュラが開催されていて、こっちは街で見かける市販車ベースで無茶な改造がされているのでこっちも大人気、更に自分の車を同じように改造するのが流行したのだ。

族車で出っ歯にするのはこのシルエットフォーミュラの真似を大げさにしたものなんである

更に初日の出暴走を「グラチャン」という理由も判ったかと思う。シルエットフォーミュラ風の改造をして富士山の方、即ち富士スピードウェイがある御殿場方面東名高速を走っていくからグラチャンなんであるな。

 

因みにあの出っ歯貧乏暴走族などではベニヤ等で手作りしてあり、強度が低いのでボンネット辺りから針金で吊ってある。

そんなヤワな造りのもの走行風に耐えられる訳もなく、ほぼ必ず途中ではがれて取れてしまう。または出発地近所の踏切でぶつけて引っかかってしまい、電車が来たら危ないので周りのおじさんや善男善女に助けてもらって出っ歯踏切から撤去してもらい、「危ないよ~」とか言われてるのである出っ歯手作りで温かみがある上に重ねて温かみのあるエピソードであるハリボテエレジーの如き侘び寂びの趣きだ。

で、出っ歯が無い普通の車として他の族車と一緒に東名を走っていくと、途中で交通機動隊が集中取締りをやっていてFRPの高級出っ歯車は皆とっ捕まってしまうが、手作りシルエットの方はなにしろ普通車に戻ってるからそのままスルー

これは他の出走馬が前部倒れた後にハリボテエレジーが壊れた馬体というかダンボールを引き摺り走ってきて完走するのを彷彿とさせる。大穴である

続く→https://anond.hatelabo.jp/20230105180833

2022-12-26

増田公認!500円以下で買える Steam ウィンターセールインディー名作ゲーム

ウルトラマイナーはなるべく避けた一方で、超有名どころ!みたいなのは外したつもり。それでも「いやFTLは超有名クラスだろ」とつっこまれるかもですが、ご容赦を。


Cookie Clicker / 208円

いきなり超有名作ですね。いわずとしれたクッキークリッカーの有料版。クリック放置天文学的数字の枚数のクッキーを焼き上げよう。クッキー人生メタファーであり、グランマは母なる地球のことだ。


Punch Club / 245円

ボクサー育成アドベンチャー基本的にはステータス管理ゲーだが、「ストーリー重視」の謳い文句どおり、殺された父の犯人を追うというメインストリーがある。というとシリアスっぽいがパロディネタにあふれたバカゲーでもある。


Celeste / 495円

超高難度スタイリッシュ2Dアクション。色んなアクションギミックを駆使して足場から足場へと渡っていくのだが、とにかく死ぬひとつミスれば即死ぬ。しかし、死んだら即復活してやりなおせるので意外にストレスフリー。そして、困難に見合うだけの感動がある。大傑作。


Monolith / 399円

トップダウン視点2D全方位弾幕シューティングローグライクダンジョンゲーム。有名作でいうと『Enter the Gungeon』(今680円)、『Nuclear Throne』(値下げなし)あたりを想起してくれればいい。まあ要するに、バンバン弾を打ってガンガン弾を避けながらガシガシダンジョンを探索しろってこった。ただこちらは硬派なまでにシンプルグラフィックミニマルマップが特徴。それでいてアートワークが非常に美しい奇跡。そしてなによりタイトゲームバランス。中毒性高し。


The Hex / 252円

去年ゲーム界隈を騒がせた Inscryption(今1230円)の作者の前作。六人のビデオゲーム主人公たちが集まるある館で古典ミスリーを思わせる「殺人犯探し」を行うADV。道中に有名作のパロディっぽいいろいろなミニゲームをやらされる。一見ジャンル出自バラバラな六人に隠されたある共通点とは……。Inscryption が好きならマストプレイアンチゲームメタフィクション


Milk outside a bag of milk outside a bag of milk / 465円

ロシア鬼才が生んだ病み病みアドベンチャーシリーズ第二作。第一作のMilk inside a bag of milk inside a bag of milkも今60円で 超安いのですぐ買ってやれ。十分で終わるから。そして Milk outside ~ をつづけてやれ。永遠に残るから


FTL: Faster Than Light / 245円

宇宙船管理シミュレーション冒険ローグライト。襲撃してくる敵を時には砲撃戦で、時には船内へ誘い込んでの白兵戦で跳ね除けながら船を強化していき、宇宙の深部を目指す。限られたリソースギリギリでやりくりしていく苦しさと、それでなんとか乗り切ったとき快感は比類ない。数々のフォロワーを生んだ超名作であり、これ一作でローグライトインディーゲーム歴史が語れるようになる。


Orwell: Keeping an Eye On You / 252円

ビッグブラザーの一部となり、善良な市民監視するアドベンチャーゲームSNS書き込みを追い、メールを盗み読み、電話を盗聴し、「テロ犯」を捕まよう。管理社会ディストピア体制側の視点のほうがおもしろいことを証明してくれる一作。作業の単調さと日本語訳の質の悪さがたまにキズ


Legal Dungeon / 360

警官となり、さまざまな事件容疑者尋問していく取り調べシミュレーションADV基本的ゲームシステムは『Papers, Please』(今490円)に似ていて、証言事実を突き合わせて容疑者のアラを探していく。しかし本作の一番重要ポイントは「真実を見つけること」ではない。警察という巨大で強権的なシステムのなかで、「真実」いかに脆いものであるか、その苦さを味わうことこそがキモだ。


Detention 返校/ 472円

台湾製学園ホラー。居残りを食らってたまたま夜の校舎に残されたふたり少年少女を襲う怪奇現象の数々、それらに秘められた謎へ迫っていく。システムは『クロックタワーシリーズのようなポイントクリック形式。「1960年代台湾舞台であること」がなにより重要ファクターであり、日本人には馴染みの薄い台湾史の暗部を学ぶ機会にもなる。本国台湾では社会現象となり、映画化もされた。


Her Story / 252円

実写映像を駆使したゲームに拘り続ける異常クリエーター、サム・バーロウの出世作コンピュータの端末に保存されている、ある女性インタビュー映像を視聴して彼女の謎を追う。何百もある映像はいずれも断片的なクリップで、プレイヤーはゲーム内のコンピュータ検索ワードを打ち込んで、そのワードに関連する映像を拾っていく。クセのあるシステムでやや人を選ぶが、ミスリー好きならぜひ。


Salt and Sanctuary / 445円

2Dソウルライク(『ダークソウル』みたいなムズ戦闘アクションのことだぞ!)の嚆矢的な名作。ダークソウル3Dで考えることが多くて難しいよ〜〜〜という人はやってみては。2Dからといって死なないわけじゃないことがよくわかります。もちろんダークファンタジー世界観も単なるフォロワーってだけじゃなくて作り込んである


Understand / 329円

パズルエリアステージごとに設定された特定ルールにしたがって、マス目上に置かれている記号記号一筆書きで結んでいく。最大の問題は「特定ルール」がほとんど一切プレイヤーには明かされないこと。ひたすらトライアル・アンド・エラーを繰り返し、「特定ルール」を解き明かしていくことがこのゲームのカギ。「なんもわかんねえ……」状態から「わかった!」になるとき快感は唯一無二。


Recursed / 230円

再帰アクションパズル。今年は Patrick’s Parabox (今1640円)という「箱の中の箱の中の箱の中に箱が!」な再帰パズルがバズったが、その先駆ともいえる作品。箱の中に空間があり、入ると中には箱がある。その箱の中にはもちろん別の空間が広がっていて中には箱があり、その箱を箱の外に出したり別の箱の中に放り込んだりしてパズルを解いていく。状況によっては箱同士が無限に参照しあって箱の中を永久にさまようハメになるが、まあ、君なら大丈夫だ。


The End Is Nigh / 296

高難度アクション。Celeste と同じく死にまくりアクションゲームで、こちらはこれ系の元祖である『Super Meat Boy』(今148円!)のプレイフィールにより近い。ゴミなんだか黒い餅なんだかよくわからん生き物を操作して理不尽即死ステージクリアしていこう。なにがたのしいかって? 気づいたらクセになっちまうんだ、こういうの。


Neverending Nightmares / 370円

悪夢のなかをさまよい歩く系ホラー怪物に襲われたりなんかして死ぬとまた悪夢の中で目覚めて無限悪夢をさまようことになる。いちおうエンディングなんかもある。エドワード・ゴーリー風のビジュアルがなんともいえない味になっていて、怖さのなかに愛嬌がある。


Evan's Remains / 360

パズルアクションアドベンチャーうつくしいドット絵ビジュアルが特徴。ある少女行方不明天才少年エヴァンからとある無人島へ呼び出され、自分を探してほしいといわれる。最初アクションパズルメインみたいなツラで進行するが、本作の最大の衝撃はストーリーにある。一見価値あり。2時間くらいで終わる。


Reventure (レベンチャー)/ 164円

王道2DアクションRPG……の皮をかぶった死にざま探求ゲームプレイヤーは勇者をあやつり、100種類のエンディングほとんどはバッドな死)を試行錯誤して回収していく。雑魚に殺され、王様殺害犯人として処刑され、溶岩飛び込み自分の仕掛けた爆弾に巻き込まれ……とにかくバカバカしい死に方がもりだくさん。とにかくなんでも試してみよう。


Tacoma / 396円

3Dアドベンチャー無人宇宙ステーションを探索しながら、そこにいたクルーたちの日常、そしてそこで起こったある出来事調査する。名作アドベンチャー、Gone Home(今296円)の開発元といったら伝わる人には伝わるか。Gone Home 同様、本筋以外にも限られたマップなかに散りばめられたディティールが豊かで緻密。


The Shrouded Isle / 147円

終末カルト運営管理シミュレーションとある海辺の村、そこに住まう数世帯はみ〜んな邪神を崇拝するカルト信者! あなたはそこの長として不満が出ないように各種リソース管理しつつ、異端者をあぶりだして処刑したり、年一で適当な生贄を選んで邪神に捧げたりする。時に邪神さまからあーしろだの注文が入ったり、時に信者からこーしてだの要求がされたり、中間管理職的悲哀が味わえる。そういう点では、今年の話題作 Cult of the Lamb (今1927円)とゲーム性こそ違うが似ている。


They Bleed Pixels / 245円

血がドバドバでる死に覚え高難度アクション。血はドバドバでるけどドット絵から怖くないよ。主人公カニハンド少女通称カニちゃん)をはじめとしたらビザールカワイイグラフィックが魅力。


GRIS / 432

アクション。とにかくアーティスティックで美麗なビジュアルに尽きる。マジでれい以外の言葉がでない。ただうつくしいというだけで体験に値する数少ないゲームひとつ


Mini Metro / 490円

駅をつなげて線路電車を増やし、乗客たちをさばいていくシミュレーション。極限まで記号化されたミニマルビジュアルが特徴。ゲームシステムも簡潔ながらも奥深い。


Minit / 300円

1分でゲームオーバーになるアクションRPG。1分で死ぬ呪いにかかった主人公たまごっちみたいな外見)をあやつって何度も死に戻りながら呪いを解く方法模索していく。得たアイテムなどを引き継いだり、ショートカット発見したりしてどんどん行動範囲拡張させていくプロセス気持ちいい。とぼけ世界観キャラも魅力。


Tokyo Dark / 453円

日本在住の英国人制作した異色の伝奇刑事ものADVSAN値などを管理しつつ、行方不明になった相棒の謎を女刑事が追う。精神不安定にさせる演出の数々が見もの日本文化や神話などをフィーチャーした物語ユニーク。惜しむらくはバグが多すぎること。


ケロブラスター / 294円

不朽の名作『洞窟物語』の作者によるカエル労働シューティングアクショングラフィックシステムクラシカルアクションだが、ゲーム内容はストロングスタイル的な歯ごたえがあって秀逸。カエルかわいいしね。


ギリギリ500円以下にならなかった名作たち】

Kaze and the Wild Masks (512円) 目つきの悪いクロノアみたいなのが主人公のスピーディアクションゲーム

The Red Strings Club(510円) Steamサイバーパンクアドベンチャーはいちゃん好き

A Short Hike(533円) 世界いちばん癒やされるゲーム

Hell is Other Demons(505円) ローグライトアクションシューティング。一時期めちゃハマった。かっこいい。

2022-12-18

みかんが増えることの何が悪いのかわからない

カビの生えたみかんが増えたとはいえ、60%は完食する。普通の人たちは完食する。

これ、一番ちょうどいい割合なのでは?

1960年代などは98%がみかん箱のみかんを完食したらしいけど、異常だと思う。

みかんを箱で買うのに向いてない、保管に向いてない、子供配偶者に無理やり食べさせる人が、

日本人全体のうち、たった2%しかいないとは到底思えない。

98%が無理矢理みかんを食べさせたせいで、いわゆる「毒親問題」が発生したのでは?

みかんの完食や保管に向いてない人は、みかんを箱で買うべきではないと思う。苦しむのは、何も悪くない子供

40%はみかんを完食しないって、本当にちょうどいい割合なのでは?


参照元・未婚が増えることの何が悪いのかわからない)

https://anond.hatelabo.jp/20221218153253

未婚が増えることの何が悪いのかわからない

未婚が増えたとはいえ、60%は結婚する。普通の人たちは結婚する。

これ、一番ちょうどいい割合なのでは?

1960年代などは98%が結婚したらしいけど、異常だと思う。

結婚に向いてない、育児に向いてない、子供配偶者を不幸にする人が、

日本人全体のうち、たった2%しかいないとは到底思えない。

98%を無理やり結婚させたせいで、いわゆる「毒親問題」が発生したのでは?

結婚育児に向いてない人はすべきではないと思う。苦しむのは、何も悪くない子供

40%は結婚しないって、本当にちょうどいい割合なのでは?

2022-12-03

2022年ワールドカップ注目の新興勢力:「サッカー協会

出揃いましたねベスト16

今回はヨーロッパ南米の勝ち上がりチームが史上最少といわれる一方でアジアアフリカの躍進が目立ちます

しかし、国や地域といったくくりを越えた勢力が今回目覚ましい成績を残しているのにお気づきでしょうか?


そう、「サッカー」勢です。

すなわち、アメリカ合衆国オーストラリア、そして、日本


例の競技を「サッカー」と呼ぶか「フットボール」と呼ぶかは、ざっくり「アメリカ合衆国影響圏」か「ヨーロッパ+(イギリスの)コモンウェルス影響圏」のどちらであるかでふりわけられます

もちろん、独自呼び方採用している国もいくつかありますイタリアの「カルチョ」がその代表例ですね。イタリアでは一方で「フットボール」も広く用いられていて、たとえばボローニャFCなんかのFCは「フットボールクラブ」の略です。他にもバルカン半島諸国ボスニアクロアチアスロヴェニア)の「ノゴメット(nogo =「脚」、met =「投げる」を足した合成語)、韓国の「チュック(漢字表記では蹴球日本でも使いますね)などがありますヨーロッパ圏では「ボール+脚」を自国語で表現した呼び名が多いのに対して、アジア圏では「ボール+蹴る」のほうが多いのは興味深いですね。

増田お気に入りスワヒリ語の kandanda 。由来は……よくわかっていません。カンダンダって、ナンナンダ〜ってかんじですね。


サッカーフットボールの話に戻りましょう。

サッカーであるフットボールであるかの区別基準となるのはまず、その国のサッカー協会名称

たとえば、アメリカ合衆国協会United States Soccer Federation。実は1913年設立当時は U.S. Football Association だったのですが、1970年代現在表記に変わっています。これはいわゆるアメリカンフットボールのほうのフットボールが、1960年代からテレビで広く放送されるようになり、国民スポーツとなりつつあった時期と重なっています1913年時点ではルールすらロクに整備されてなかったんですがね。こういうところに産業の興亡が垣間見えるのはおもしろいですね。

さて、他の主な「サッカー協会」としては、カナダこちらも最初Football Association でした)、アメリカ領ヴァージン諸島北中米カリブ海サッカー連盟加盟国では唯一。露骨ですね)、

アメリカさんの圧が強そうな中米諸国はいずれも「フットボール協会」です。コスタリカも「サッカー協会」と名乗っていればドイツに勝てたのかもしれない。

プエルトリコちょっと複雑で、協会は「フットボール」ですが、プロリーグは「サッカー」を採用しています。ここにもアメリカとの一筋縄はいかない関係が反映されています


しかし、協会名ですべて決まるわけでもありません。

オーストラリアのように公式には協会名を「フットボール協会」としていても、使われる頻度で言えば「サッカー」のほうが断然優勢であるという国もあるのです。

オーストラリア場合2005年に「サッカー協会からフットボール協会」へ名称を変更しました。これは「フットボール協会」圧倒的優勢な国際情勢を見ての判断でしたが、長年使われてきた「サッカー」呼びへの愛着は強く、国内はいまだに普通にサッカー」です。特にオーストラリア代表愛称サッカーカンガルーをかけあわせた the Socceroos で通っていて、代表公式 twitter もこの愛称アカウント名になっています

フットボール」の衣装を着ていても心はサッカーなわけです。


そこにきて我らが日本代表さらにズルい。

協会英語での名称JFAすなわち Japan Football Association。なのに国内公益財団法人として)の公式名称は「日本サッカー協会」。

すがすがしいまでの二枚舌です。メインストリームであるヨーロッパにはうちは「フットボール」派ですよ〜本気でやってますよ〜という身振りをしておいて、国民に向けてはガハハハどうやサッカー愉しいやろガキどもとアメリカンダッドなふるまいをしているのです!

しかし、この狡猾さこそが日本サッカーにこれまで欠けていたといわれるマリーシア、すなわち良いずる賢さのヒントになったのではないでしょうか。

ドイツスペインも「フットボールなら勝てる」という自信があったのでしょうが日本が繰り出してきたのは「サッカー」だった。その罠にかかったのです。


他にも南アフリカブルガリア、パプワニューギニアマン島などが「サッカー」由来の名称で呼んでいます


ここ二十年の「サッカー」勢の決勝トーナメント進出数は以下の通り

2002年-2(アメリカ日本

2006年-1(オーストラリア

2010年-2(アメリカ日本

2014年-1(アメリカ

2018年-1(日本

2022年-3(アメリカオーストラリア日本


そう、「サッカー」勢が今最高に盛り上がっているのです!

ここに今回グループリーグで破れたカナダ地区予選敗退の南アフリカ、古豪ブルガリアなどが加われば、いずれ「サッカー」が「フットボール」に勝つ日が来る!!

増田はその勝利を願ってやみません。

2022-12-01

anond:20221201215955

ツッパリヤンキー世代1960年代まれで、その下の1970年代まれが反抗して抗争になったり、あるいは我慢していいようにボコられていたこから学習して冷笑的躱す方向に行ったとか

2022-11-11

米国体操着進化

一応最後まで翻訳をしたのだが、無断翻訳著作権侵害に当たるらしいので、過去投稿翻訳部分を削除、議論をするための部分的な紹介にとどめることにした。

サイト

Evolution of the Gymsuit | The Vintage Traveler

雑感

前の記事と同様、男子から目線を気にしたり、体操着に名前を書くことへの言及があったりした。日本体操着にも大きく名前を書いていた時期があったが、このあたりからも影響を受けていたんだろうか。

あと、面白いのは女性パンツスタイルが受け入れられるようになる理由体操着があったことだ。

それにしても、前回と比べて非常に訳しやす文章だった(投稿こそしていないが)。読みながら訳し、ほぼそのままの文章和訳に使うことができた。これは論文とかウィキペディアとかの文章にも言えることだが、よく編集されている文章は一読しただけで何が書いてあるかすぐにわかる。

さて、今までは学校教育におけるブルマーについて書いてきたが、今度は学校の外の運動着についてまとめたい。例えばエアロビレオタードはい流行たか、スポブラはいからか、そういった話になる。図版が多くてリンクを貼り切れない可能性もあるのでどうするかは検討中だ。

ただし、いつになるかはわからないし、気まぐれで別の話をしたくなるかもしれない。なんだか翻訳じゃなくて自分文章を書きたくなってきているのも事実だ。そもそも翻訳をそのまま載せるのはまずいらしいし。

ひょっとしたらブルマ全然関係ない(自分とは特定できない)何かを書くかもね。それではまた。

ところで、増田で「ヤグルマギク」に言及しているのって前回の記事(とこの記事)だけなのね。今までにもこういうことはあったけど、それなりにメジャー植物について触れられていないのはなんだか不思議だ。はてな匿名ダイアリー投稿される内容って政治とは別の意味でも偏ってるんだな。

追記

オーストラリアバスケットボールブルマー

https://www.facebook.com/mvbasketball/photos/a.578919878830876/3029438987112274/?type=3&paipv=0&eav=AfZ9VJ6rC-wD7X0TcSV8Wh_sY0CAHvK0j0A6d59dg7j1p83jrBT0M74kzFSNPSkMIY4&_rdr

2022-11-10

20世紀米国の提灯ブルマーロンパースーツについて

無断の翻訳は直作権の侵害に当たるので本文は削除。

一部引用範囲内のみとする。

1910年代までに、たいていはミディブラウス訳注セーラー服みたいな襟・ひらひらがあるブラウスのこと)つきのブルマーパンツは、多くのアメリカ高校体操着として採用された。サマーキャンプでも着られたとも思われる。1940年代までにはブルマー中学でいまだに採用され続けていた。女子ブルマー比較的足が長かったが、徐々に短くなった。特に40年代女子の間でショーツが人気になった頃はそうだった。20年代には長くて黒いストッキングといっしょにはかれていたが、これは30年代には衰退した。40年代になるまで、一般的学校ではショーツ女子に適切だとは考らえていなかった。ブルマー50年代から60年代まで、ずっと短い足へとかわっていった。ミディブラウス付きのブルマーから一体型のロンパースーツに形式が変わった。明るいブルーのロンパーで、ショーツのように短かった。私が1957年から61年のあい高校に在学していた頃、女子はひどく古臭いと考えていて、子どもっぽいとも不満を言っていた。ロンパースーツはアメリカ高校で広く着られていた。

女子ブルマー1910年代から30年代には足が長かったが、徐々に短くなり、1940年代にはショーツ女子の間で人気になった。1920年代には長くて黒いストッキングとともにはかれたが、30年代には衰退しはじめた。言える限りでは、ブルマー衣装は体育だけのものだった。

1960年代から70年代になるまでは、多くの学校では一般的ショーツ女子に適切な格好だとは考えていなかった。ロンパーの衣装はずっと短い脚で、セーラー服の要素と共に、1950年代から60年代まで生き残っていた。スタイルはミディブラウス付きのブルマーからワンピースタイプロンパースーツに変わっていった。ミディブラウスの要素は背中ひらひらに残っていることもあった。

ロンパー服は女子が主に体育やサマーキャンプで来ていた。これらのロンパー服はアメリカ高校で広く着られていた。ほとんどのアメリカ高校ではブルマーとミディブラウス体操着があった。これらの服はサマーキャンプでも着られていた。ブルマーあるいはロンパースタイル体操着1960年代になってもアメリカ学校で着られていることがあった。


【元サイト

rompers : gender connotations Gym and Camp Uniforms

個人サイトのせいだろうか、誤字脱字がかなりある。中には1つの単語複数スペルミスがあるせいで、正しい綴りの推測が困難なものもあった。表現の重複もある。

なお、こうした上下一体のロンパースタイル体操着ブルマについて書いた別のブログを見つけた。そっちのほうがわかりやすいので近々そっちも訳す予定だ。

雑感

提灯ブルマーについて調べようと思っていたのだが、ロンパースタイル体操着があったとは知らなかった。

しかし、実は以前に上下一体の体操着について書かれたサイトを見つけているし、以前つぶやいたロシアレオタード体操着とも関係していそうである

https://meshok.net/en/listing?partner=41680&related=%D0%94%D0%B5%D0%B2%D0%BE%D1%87%D0%BA%D0%B0+%D0%B2+%D0%BA%D1%83%D0%BF%D0%B0%D0%BB%D1%8C%D0%BD%D0%B8%D0%BA%D0%B5+.+%D0%A4%D0%B8%D0%B7%D0%BA%D1%83%D0%BB%D1%8C%D1%82%D1%83%D1%80%D0%B0+%D0%B2+%D1%88%D0%BA%D0%BE%D0%BB%D0%B5.+%D0%93%D0%B8%D0%BC%D0%BD%D0%B0%D1%81%D1%82%D0%B8%D0%BA%D0%B0+.1973.+%D0%94%D0%B5%D1%82%D0%B8.++%D0%A1%D0%BF%D0%BE%D1%80%D1%82.

それと、和訳をしてみて思ったのだが、英語英語のまま理解するのとは別の難しさがある。語順を変えないと読みやす日本語にならないし、英語理解したあとで日本語文章にするという二度手間が発生する。なるほど、英語先生英文英語のままで理解する方が訳すより速いと言っていたのはこういうことだったのか、とあらためて納得している。

まったく関係ないが、露出度の低い体操着でも男子の目を引こうとする女子はいたのだなあ。

2022-11-06

国葬に反対するなら日本人じゃないというSNSの誰かのコメントをみた。

日本人定義とは?

日本国籍を持つもの、もしくは日本列島居住する民族血統としてもつもの

nationalityもしくはtribeの問題であるということらしい。

国葬という分断を広げた行事を契機に、日本人における新たな定義が生まれたらしい。

私自身は新たな定義における日本人ではない。

そういった定義を設けて私を枠の外へ追いやった人は私をどう定義するのだろうか。

その人が私を日本人じゃないと言い捨てれば、私は日本国の定める義務権利から自由になれるのだろうか。

決してそうじゃない。

誰かがそんなことを言ったとしても、私は国の定義上は日本人のままだ。

からこそ、そんな感情的なだけの言葉にはなんの意味もないのだ。

日本人ならば黙って国葬を行うという国の決定に従え、という一つの意見が出たときに、それを正しいものとして受容する人がいることが悲しい。

その悲しい人達対話を図ることが、(言い負かすのではなく)分断を防ぐ唯一の道だと思うけれどそれを誰も望んでいないという時代に生きている。

敵は右翼でも左翼でもない。

だれかと自分立場をそうやって決めつけて相手の鼻を明かしたいとか、同じ考えしか認めないとか、そう思ってしま自分の考えだけが敵なのに。

私はリベラルじゃない。1960年代ヒッピーの血をひく(もちろんこれはもののたとえである)ラディカル左翼からそう思う。

銃で撃たれた側も撃った側もどちらも英雄にしてはいけない。

彼の死を契機とした日本の政治家とカルトとの関係が明らかになったとき私は右翼に同情した。

政治家たちがなぜそんなにも国外カルトとずぶずぶだったのか。

政治家たちがカルトを信じていればまだマシだったのかもしれない。

政治家たちの多くはただ単にお金だとか地位のためだけにカルトに利用されたのだ。

そこに思想なんかない。あるとすれば拝金主義だけだ。

その底の浅さがあまりに滑稽なのだ

右翼と呼ばれる人たちがその政治家を彼らの政治信条のために支持していたとしたら、手ひどく裏切られた気持ちになったに違いない。

どのように折り合いをつけて、ただ国葬に黙って賛成しろとまだいい続けているのだろうか。

異なる考えを持つだけで、何かの枠組みから私を排除しようとする人がいる。

その人は排除した私がどこに行くことを望んでいるのだろう。

あなたが私の存在無視して、黙らせようとしても私は今までも、今も、これからも、残念ながら存在しているのに。

2022-11-01

anond:20221101121105

レンゲ有用

レンゲ

レンゲに訪れたセイヨウミツバチ

レンゲはセイヨウミツバチの良い蜜源となるため、多くのはちみつレンゲの蜜から作られています。また、マメ科植物であるため、前回の記事で詳しくお話した窒素固定を行うことができます。そのため、水田肥料緑肥)として利用することができ、水田の休閑期に見られる一面のレンゲ畑は緑肥のために栽培されていることが多いです。

レンゲによる緑肥の利点

レンゲ

レンゲ

レンゲを稲を植えていない時期に植え、成長させて窒素をたくさん取り込ませたところで、植物体ごと土の中にすき込みます。これにより、化学肥料を与えずに窒素分を田んぼ供給することができます化学肥料は手軽に安く利用できる反面、問題点もあります。耕作地に撒かれた化学肥料の50%くらいが利用されずに土壌から流れ出し、川や海の富栄養化に影響すると言われています。また、化学肥料だけを土壌に与えていると土壌に住む微生物ミミズ代表とする土壌動物の餌が不足し、生息しにくい環境になります。そういった生物が居なくなると、土が硬くなり、植物も生育しにくい土壌になると考えられています有機物を土壌に与えることは、土壌が劣化してしまうのを防ぐのに欠かせません。レンゲによる有機肥料を用いた農法は化学肥料使用するよりも知識技術必要になりますが、持続的な田んぼの利用や周囲の環境への影響を考えると、良い手法であると考えられます

レンゲ畑の減少

レンゲ

レンゲに訪れたコマルハナバチ

レンゲ栽培は、1960年代以降に急激に減少しました。その原因は、稲の苗を植える時期が早まりレンゲ栽培時期と重なるようになったことや、化学肥料を容易に使えるようになったこと、農家家畜を飼わなくなり、その飼料としてレンゲ栽培することがなくなったことが挙げられます。また、アルファルファタコゾウムシ Hypera postica というレンゲ害虫1982年海外から侵入し、九州から西日本に広がり、開花前のレンゲが全滅するという被害がおこりました。

アルファルファタコゾウムシ Photo by AfroBrazilian, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

これに対し、日本では、生物的防除として1988年からタコゾウチビメバチというアルファルファタコゾウムシの天敵がアメリカ合衆国から導入され、2006年までに福岡熊本大分山口岡山兵庫岐阜で定着したこと確認されました。それらの地域では、アルファルファタコゾウムシのレンゲへの被害が減少してきたことが報告されていますしかし、生物的防除は、外来種積極的に導入する方法であり、在来種にどのような影響が起きるのか想定することが難しく、非常に危険手法です。生物学的防除として沖縄に導入されたマングースは、結局目的生物駆除できず、むしろ在来種に多大な影響を与え、しかも、一度広がったマングース駆除するのも困難な状態になっています (沖縄マングースについて1, 沖縄マングースについて2)。幸い、今のところは在来種への影響は明らかになっておらず、レンゲへの被害は減少しているようです。

近年は、2015年から施行された「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」で、緑肥を行う農家への国から支援も行われるようになって来ました。レンゲ畑、復活の兆しが見えてきたのかもしれません。

https://biome.co.jp/biome_blog_170/

2022-10-30

ジェット旅客機って未来人がつくったんじゃないかと思う

YouTube1960年代の古い映像を見ていて思ったんだけど、ジェット旅客機ってなんか年代感がバグってない?

1960年の時点で2020年代に飛んでいる旅客機とそこまで大差ない基本系が完璧に出来上がってて、見ていて強い違和感を覚える。実際今も生産が続いているB737の胴体って1957年初飛行のB707という飛行機のもの基本的には踏襲しているらしく、65年前の基本設計のもの21世紀の今でも第一線を張れてるのってどう考えても異常な気がする。例えば1957年頃のトヨタ車なんて信じられない位原始的だけど、もし新型クラウンの基本設計1957年の車をベースにしていたら...と考えると、ジェット旅客機の異常性を感じてもらえるんじゃないだろうか。当時の人からしたら、B707って超超超先進的な乗り物に見えたのではないかと思う。自分アラフィフだけど、B707に限らず自分小学生の頃に乗った旅客機と今の旅客機って基本的には何も変わっていないような感じがする。その間に新幹線全然別物になっているのに。

ガラケーiPhoneといったレベルの話ではなく、ショルダー式携帯電話時代に突如iPhoneが出てきたような時代ぶっ飛ばし感。ジェット旅客機(というかB707)って、未来人もしくは宇宙人がやってきて作ったんじゃないだろうか。

2022-10-13

なぜ日本では偽物の教会結婚式をするの?と聞かれたら答えられるようにしておこう

外国から言われてみれば奇妙な日本結婚式

アメリカ人友達「偽物の教会で、お葬式の曲が流れる不思議結婚式に出たのよ」「それ、日本標準的結婚式です…」

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1956479

これはつまりブライダル業界結婚式」だが、なんでこうなったのか?。

 

イエから逃避行

今主流のこういう結婚式の始まり1970年代なんだが、その元は60年代にある。

日本のイエ制度明治に出来たようなもんだが(武家を除く)、昭和初期には堅固なものとなり、更に国家天皇がイエに擬製されて人間はそこから逃れる術はほぼ無かった。ゲマインシャフト国家有機体論の合体だ。

戦争に負けるとおせっかい焼きのアメリカ自由の形だけを作って置いていった。国家権力だけは縛ったからあとは勝手に使うがよいと。

それで戦後時代下り生活レベルが向上すると段々と生活人生上の自由が増大化していった。

 

イエというのは家督であり、継げるのは長男一人だけだ。しかしその他の女子次男以下も生き方制限された。

長男は適齢期になると親が勝手に縁談をまとめて「あの家の娘と一緒になれ」。断った場合勘当されて死ねと言われる。

次男以下は中学尋常小学校)を出ると「小僧」の勤め先を親が決めてくるので、そこに入る。小僧っていうのは商家に住込みの店員見習いだ。然程の長時間労働ではないが「仕事」ではなくて24時間主人に仕える事が求められる。全人格労働だ。

こういう風習があったので会社勤めが一般化しても昭和中期まで独身者会社の寮に住込みが基本だった。勿論集団生活で雑居だ。プライバシーかいう事を気にする者はアメリカかぶれの不良である

女子妙齢になるとやはり親が勝手に嫁ぐ先を決める。断るのはアメリカかぶれの不良であるそもそも断ると生きていく術が無い。本人が何とかなっても家族村八分になる。

商家に女版小僧として働くというケースもあった。勿論住込みの全人格労働だ。これも妙齢になると主人が見合い相手を見つけてくるので恋愛期間なく結婚せねばならない。

 

都会と田舎の落差と中島みゆきの『ファイト

戦後まれ団塊世代が成人する60年代末になると都会ではそういう古いイエに縛られない核家族が増え、子供用個室が出来たりもした。

でもそれは都会の話で、田舎の方ではまだ古いイエに縛られたままの人間が多かったのだ。

例えば中島みゆきの『ファイト』は1982年の歌だが、「薄情もんが田舎の町に砂かけんのか、出てくならお前の身内住めんようにしちゃる」と言われて長距離切符燃やそうとしたが出来なかった。東京行の文字が滲んだ切符をまだ持ってる、っていう節がある。

なんでこんなキツイ歌詞を考えつくの…と思うがこれは中島みゆき深夜ラジオに送られて来たリスナーハガキの内容を切り貼りした歌詞なんである

まり1970年代末~1980年代頭にもこういう思いをした人は居たという事だ。

「ファイト」の語感だけで元気を振るう歌だと思っていると衝撃を受ける事と思う。苦難や挫折が生々しいのだ。

 

それで団塊世代は色々な方法田舎因習から逃れようとした。

勉強を頑張って東京大学に進む事が出来るように先生に親を説得してもらう(余計な勉強なんかして更に大学に進もうなんて親不孝のアメリカかぶれの不良である)。

集団就職に参加する。

一度商家に入り、数年奉仕し18or20歳年齢制限クリアして暇を貰い、水商売に入る(増田の親のパターン。単に不良である)。

 

ロマンチックラブイデオロギー

そういう状況だったから古い世間では自由恋愛=不良であった。それは流行恋愛歌に乗せられて人の道を踏み外すアメリカかぶれの不良である

一方、若者からすれば自由恋愛とは誰と恋愛してもいいよという状態の事だけじゃなくて因習から逃れる解放テーゼだ。

人は好きな人と結ばれる権利がある。それを称揚すべきであるロマンチックラブイデオロギーだ。

そういう訳で沢山のフォークソング自由恋愛称揚されるようになった。1960年代には社会への異議申し立てという歌詞が多かったのが、70年代になると安保闘争挫折相俟って現状肯定恋愛称揚などのポジティブ系にシフトしていく。

 

有名なのが吉田拓郎の『結婚しようよ』1972年で、僕の髪が伸びたらチャペル結婚式を挙げよう、というもの

チャペルキリスト教会礼拝場の事なのだが、実際に多く使われるのはミッション大学礼拝場だ。要するに学生結婚したいねという欲求惹起する歌だ。

もう一つ有名で披露宴でも使われるのがチェリッシュの『てんとうむしのサンバ』(1973年)で、夢の国の森の小さな教会結婚式を挙げました、という歌詞

 

こういう曲のヒットにより「小さなキリスト教会での挙式」というのが憧れとなり、実際にミッション大学併設の教会での挙式が多く行われた。因みに式の前に洗礼を行って形だけでも「キリスト教者」になっておく。

ただ、ミッション校の教会は限られていてパイが少ないし両方の親族が沢山来たら礼拝堂に入らない。

でもそれがまた「イエvs.イエ」の結婚式へのアンチテーゼとして働いた訳だ。

 

なんでキリスト教会なの?と言えば、それは第一西欧への憧れであり、第二に「日本古来の神式仏式でないから」だ。神式仏式にはイエの因習表象をまとっていた。

今は厳かな神式も人気で特に鎌倉鶴岡八幡宮の舞殿で行われる神前式は人気だ。これには団塊/全共闘の残した軽いノリへのアンチテーゼ権威的なものを好むというテイストもあるだろう。

でも今の神前式を選ぶのと60年代の仏/神前式意味が違うのだ。現代のは一度因習との結びつきが嫌われて廃れ死んだ後に、「博物館入り」して個人にとって安全になったものだ。安全になったので「自由意思で選択」しているのである

 

花嫁夜汽車に乗ってとついでいくの」という『花嫁』(はしだのりひことクライマックス 1971年)なんか歌詞をよく確認してみたら駆け落ちなのな。こいつを披露宴で掛けるのはヤバそうだ。

 

それ以前の結婚式はどうだったのか

それ以前の結婚式仏式/神前とあったが、特に都市部だと著名な特徴があった。

それは「祝言(しゅうげん)として能の演目高砂』の一節の謡いを仲人がやる」という事。俗にいう「高砂や~」である

https://www.youtube.com/watch?v=Zm1Se2fRnvU

これをこの調子仲人が謡う。これは都市部では必ずやる。絶対にやる。だから仲人はこの祝言を暗記して慣れない能の謡い方を練習した。それを笑った落語もある。「高砂や~」って練習してる時に「とうふ~」と豆腐売りが来ちゃって混じって覚えちゃうのな。

これは恐らく江戸時代後期には一般化していたと考えられるが、廃れた時期ははっきりしてて団塊世代の適齢期だ。

 

老松という地名

ちょっと脱線だが老松町という地名があったり地名変更で無くなったが祭り町内会名や祭り神輿山車の提灯なんかで出てきたりする。

それらは長寿を願った年寄臭い地名に見えるかも知れない。

でも昔は結婚式では「必ず」高砂祝言を謡ったのだ。『高砂』の内容とは、神主兵庫県高砂で老女老男に出会い、我らは片や高砂の、片や大阪市住之江区住吉大社老松だと言われる。小舟に乗って去った老夫婦の後を追って船で住吉に向かうと、住吉明神が神々しい舞を見せた、というものだ。

まぁ今は埋め立てで遥か内陸になってしまって阪堺電軌じゃないと行けませんがね…。

この「老松」なのですよ。昔は結婚式で必ず仲人高砂を謡った。故に門出の歌なのですな。

関東大震災下町が壊滅すると多くの人が板橋区とか池袋世田谷杉並などの郊外に移り住んだ。すると農村人口が増えて村から町になり区画も分割される。そこでめでたい瑞祥地名として新婚の門出と長寿と願って老松町というのが増えた。

でもその後字面年寄臭いって事で消えてしまった。『高砂』が廃れた現在から見るとやっぱ年寄臭く見えるけど、それは習俗が途絶えて常識が消えたせいなんでありますな。

団塊結婚式に戦中戦前派は大憤慨

会場が教会だったり披露宴フォークソングとか歌うし高砂やはやらないしで、この新しい結婚式保守的な人らは憤慨していた。

どのくらいかというと、わざわざ入試問題に新型披露宴批判したり、親戚のオヤジマイクを渡されてフォークソング披露宴への憤懣ぶちまける説教演説したのを現代文の問題で出したりするくらい。そんなのを入試に出すなよ。過去問としてアーカイブされて10年以上参照されるんだぞ。

 

定着と業界

しか芸能人などが次々とキリスト教式で挙式するようになる。するとこれは大きな需要であるからブライダル業界」が立ち上がり、洗礼とかがない宗教的に気軽なキリスト教結婚式提供するようになったのだ。それまでは互助会のような組織が主だった。

ホテルなどでの挙式よりは断然安い。しか教会での式よりは断然高い。

 

から団塊のイエへの抵抗から始まったブームが大きくなって70年代中頃に業界化し、80年代には完全に一般化してこっちが主流になったのである。だが80年代には色々行き過ぎて珍妙な式が行われており、それでまた年配者の顰蹙を買ったようだ。ハイジみたいなブランコ新郎新婦が登場とかラブソングカラオケ熱唱とか色々おかしい。

 

から「なんで偽物の教会でやるの?」と聞かれたら「それが昔は近代的な解放だったんだよ」「その意味社会から消えても形式業界がそのままになってるんだよ」「貴方の国の若い人らもハングルひらがなを混ぜて書く事があるけど、それも同じ抑圧からサブカルチャー解放意味があるんじゃないの」と言えばよい。

 

それとは別にやっぱあの形式結婚式にはダサさを感じるし、偽物の教会中途半端教会建築への理解の少なさが出ちゃってる。標準的形式の練り直しはすべき時期かもしんない。

2022-10-11

[]ポンテギ

蚕の蛹をタレで煮た韓国料理おやつおつまみとして食べられる。

意外と歴史は浅く、1960年代養蚕業が発達して蚕が大量に飼われるようになり、それを貧しい人々がタンパク源として食べるようになったのが全国に広まったという。

2022-10-10

松〇のラーメンうまいねえ

っていうシーンがまんが道に出てくるけど、1960年代でMSGの味が珍しかたからだろうな

今じゃ味は期待できない店ということらしい

味覚って変わるんだな

2022-10-06

anond:20221006103502

インターネット歴史

1960年代後半、軍事目的の「ARPAnet」をルーツとしています。 これは攻撃を受けた時、一部のシステム破壊されてもダメージを最小限に抑えれるよう情報分散して設置し、 それぞれを通信で結んで機能を発揮することを目的としたものです。

コンピュータ同士を結ぶ場合、同じコンピュータとは限らないので、統一した規格が必要となります。 (当時は、ソフトの利用料が高く、実際には難しかった。 そのころUNIXが発表されコンピュータが違っても同じソフトが使えるのに着目し通信機能を作り上げた)

その後、これとは別にNSF(全米化学財団)が、このネットワーク方式に注目し学術目的としたネットワークを考え(スーパーコンピュータを利用するため)、 1979年「CSnet(コンピュータ科学研究ネットワーク)」として設立され、86年に「NSFnet」として発展しました。 NSFnetは、大学間を結んでネットワークをつくり(直接、スパコンと結ぶとコストが高い)、情報を共有する事を可能しました。

この間、ARPAnetとCSnetが接続されていたが、この頃にはIBMDECといった企業では独自ネットを構築。

ARPAnetは、軍事目的部分を分離し「MILNET」として独立し、残りの部分はNSFnetへと吸収(89年)されました。このころWWWモザイクが登場しインターネットの普及に拍車がかかりました。

また、企業を中心とした「CIX(キックス)」も接続され、今日の「Internet」となりました。(学生時代に使ったインターネットが利用できない事に不満)

商用化への開放をきっかけに、接続業務を売り物にするプロバイダーが誕生した。

2022-09-27

国葬に反対するなら日本人じゃないというSNSの誰かのコメントをみた。

日本人定義とは?

日本国籍を持つもの、もしくは日本列島居住する民族血統としてもつもの

nationalityもしくはtribeの問題であるということらしい。

国葬という分断を広げた行事を契機に、日本人における新たな定義が生まれたらしい。

私自身は新たな定義における日本人ではない。

そういった定義を設けて私を枠の外へ追いやった人は私をどう定義するのだろうか。

その人が私を日本人じゃないと言い捨てれば、私は日本国の定める義務権利から自由になれるのだろうか。

決してそうじゃない。

誰かがそんなことを言ったとしても、私は国の定義上は日本人のままだ。

からこそ、そんな感情的なだけの言葉にはなんの意味もないのだ。

日本人ならば黙って国葬を行うという国の決定に従え、という一つの意見が出たときに、それを正しいものとして受容する人がいることが悲しい。

その悲しい人達対話を図ることが、(言い負かすのではなく)分断を防ぐ唯一の道だと思うけれどそれを誰も望んでいないという時代に生きている。

敵は右翼でも左翼でもない。

だれかと自分立場をそうやって決めつけて相手の鼻を明かしたいとか、同じ考えしか認めないとか、そう思ってしま自分の考えだけが敵なのに。

私はリベラルじゃない。1960年代ヒッピーの血をひく(もちろんこれはもののたとえである)ラディカル左翼からそう思う。

銃で撃たれた側も撃った側もどちらも英雄にしてはいけない。

彼の死を契機とした日本の政治家とカルトとの関係が明らかになったとき私は右翼に同情した。

政治家たちがなぜそんなにも国外カルトとずぶずぶだったのか。

政治家たちがカルトを信じていればまだマシだったのかもしれない。

政治家たちの多くはただ単にお金だとか地位のためだけにカルトに利用されたのだ。

そこに思想なんかない。あるとすれば拝金主義だけだ。

その底の浅さがあまりに滑稽なのだ

右翼と呼ばれる人たちがその政治家を彼らの政治信条のために支持していたとしたら、手ひどく裏切られた気持ちになったに違いない。

どのように折り合いをつけて、ただ国葬に黙って賛成しろとまだいい続けているのだろうか。

異なる考えを持つだけで、何かの枠組みから私を排除しようとする人がいる。

その人は排除した私がどこに行くことを望んでいるのだろう。

あなたが私の存在無視して、黙らせようとしても私は今までも、今も、これからも、残念ながら存在しているのに。

2022-09-21

簡単ホロコースト否定論とその反論の紹介

アウシュヴィッツガス室で600万人も殺して遺体は全部骨まで残さず焼却して証拠隠滅した?そんなのあり得ないから嘘である

そもそもの問いの立て方が間違い(酷いストローマン)。ホロコーストでのユダヤ人犠牲者は、大雑把に言えば、アウシュヴィッツで100万、その他の約四箇所(マイダネクは少ないので計算から除外)の絶滅収容所200万、ソ連等のその他の地域での虐殺で150万、ゲットー強制収容所などで100万、その他50万、合計で600万人と言ったところ(繰り返し言うがかなり大雑把)。つまりホロコースト象徴になっているアウシュヴィッツでは約100万人なので、それを6倍もストローマンした虚言・戯言である

また、アウシュヴィッツでさえ「骨まで残さず焼却した」だなんてことはない。むしろ、非常に荒っぽい不完全火葬で、細かい話だが炉の中の死体を載せる格子から下の灰皿に落ちた残骸は、掃き出してランマーで細かく砕いて、集めて近くの川に捨ててしまったのである司令官を含む複数証言)。他のヘウムノなどの絶滅収容所では焼却後、粉砕機を用いて骨類は砕き、周辺の土地へばら撒いた。また、犠牲者数こそ数万と少ないものの、マイダネク収容所には大量の遺骨が残っていた。「Majdanek bone」とすればその画像が得られる。

アウシュヴィッツ火葬炉の焼却能力はせいぜい1日あたり二百体以下であり、百万体なんて処理できず、嘘である

もしそうならば、確かに、大雑把に絶滅期間を500日とすると、十万体しか処理できないことになる。しかし、それは明らかにである。何故ならば、別の収容所であるマウトハウゼン強制収容所衛星収容所であるグーゼン収容所では、一基の火葬炉あたり、1日あたり20体以上の火葬をしていた記録が残っているかであるアウシュヴィッツには絶滅現場であるビルケナウだけで46基の火葬炉(マッフル数)があり、1日あたり少なくとも900体処理できたことになって、500日なら45万体である。それでもまだ半分以下だが、アウシュヴィッツでは実は一体ごとに火葬するなどと言う丁寧な火葬などせず、複数遺体を同時に火葬していたので、能力自体もっと増える。それに、ビルケナウの火葬炉はトリプルマッフル炉や八連マッフル炉になっていて、遺体を入れて火葬する場所が内部で繋がっており、高温を維持しやす構造となっていて、連続焼却を前提とした構造だった。民生火葬場とは全く違い、遺骨を遺族に返却する必要はなかったのだ。(あっても、適当に遺族に誤魔化して骨壷に入れて渡した)さらに、犠牲者が多かった時期は、野外焼却を実施し、司令官のヘスは自叙伝で「ほとんどの火葬は野外焼却となった」と書いている。以上、百万体程度は十分可能だった。

 

火葬炉はコークス炉であり、記録から百万体もの遺体火葬するためのコークス供給されてなどいなかった。

実は、アウシュヴィッツ火葬炉は、最初の二日間程度、炉内を高温化するためにコークス必要だっただけで、遺体火葬自体にはコークスほとんど必要なかった。何故ならば、複数遺体を同時に連続的に火葬していくので、それらの遺体自身が燃料化したかである燃えにくい痩せてガリガリ遺体場合にはコークスは追加されただろうが、太った新鮮な遺体(つまり収容所収容されずに即日ガス室で殺された人)ならば燃料替わりにさえ使われた。これらについての細かい技術的な話は、遺体処理を担当したゾンダーコマンドだったヘンリク・タウバーの証言を読むといい。

アウシュヴィッツの様々な議論(9):証人の宣誓供述書1:ヘンリク・タウバー|蜻蛉|note

 

青酸ガスは引火の危険性があり、火葬場の隣がガス室だなんて危険すぎてあり得ない。

青酸ガスの爆発濃度下限値は56000ppmであり、人間の致死濃度はせいぜい2000ppm程度(一般には300ppmとされるが諸説ある)である。いずれにしても、ガス室内だけの話であり、ガス室外に漏れ出したとしても、濃度は低下してしまうため、引火の危険があるとは考え難い。否定派は、シアン化ガスの「濃度」を無視する傾向がある。実際には例えば、10ppm程度だと致死に至る可能性は極めて低い。そもそも青酸ガスの元であるチクロンB害虫(及び害獣駆除剤であり、害虫駆除作業で使える程度の安全性がなければ使えなくなってしまって全く意味がない。なお、詳細な話をすると、この火葬場の隣のガス室は、アウシュヴィッツのメイン収容所にある、現在でも観光用に公開されているガス室(第1ガス室)のことであり、ユダヤ人絶滅現場であるビルケナウのガス室のことではない。流石に第1ガス室処刑最中には、隣で火葬作業をしていたとは思えない。そこでは毎日稼働させるような大量の処刑はしていなかったかであるビルケナウのガス室では、火葬場はガス室から離れていたので、引火の危険性を考えること自体おかしい。

 

青酸ガスは毒性が強く危険であり、ディゲシュ社の説明書には20時間の換気が必要とあるチクロンBも青酸ガスがなくなるまで放出し続けるので、2日以上も遺体搬出できないことになる。これではあまり時間がかかりすぎてユダヤ人大量虐殺など不可能である

遺体搬送の働き手は、いつ死んでもいいユダヤ人のゾンダーコマンドである。また、20時間の換気は、ディゲシュ社が想定した害虫駆除作業箇所でのものであり、様々な場所を想定した上での安全性配慮しただけのことであり、必要十分な時間よりかなり長いマージンをとっている。しかアウシュヴィッツガス室は、室内はガランとしたただの空間であり、致死濃度でさえなければ、あるいはガスマスク使用していれば、少なくとも死ぬ危険はなかったのである。実際、何人かのゾンダーコマンド証言ではガスマスクをつけていたとの証言がある。十分な換気能力の換気装置のあったガス室と、自然換気で行ったガス室があったが、生存証言によるとわずかに体調を崩した程度の証言があるのみで、死者があったと言う証言はない。また、非常に細かい話としては、地下型のガス室になっていたクレマトリウム2や3では、金網投下装置なる特殊チクロン投入装置があり、これを利用してユダヤ人殺害確認したのち、ガスを放出し続けるチクロンBを容器ごと天井から引き抜いたため、「ガスを放出し続けるチクロンB」の問題はなかったのである

 

チクロンBが使われた証拠が全くない。ロイヒターやゲルマー・ルドルフの調査では、同じチクロンBが使われた害虫駆除室でのシアン化物検出濃度は、ガス室とされた場所の少なくとも1000倍以上の濃度差があり、これでは殺人ガス室であったとは到底言えない。

それは、ロイヒターやルドルフは、殺人ガス室とされた場所には存在していない、(シアン成分が鉄分と結合して化学変化した長期的に安定的な)プルシアンブルー害虫駆除室で試料採取し検量したかである。プルシアンブルーが、青酸ガスが使われたら必ず発生するという証明は一切されていない。その上、害虫駆除室の壁面をよく見ると、プルシアンブルーのある場所とない場所がはっきり分かれており、これは青酸ガスが存在してもプルシアンブルーが発生しない場合があるという証明になっている。プルシアンブルー以外のシアン物質成分は、非常に水に流出やすいことがわかっている(ビルケナウのガス室のあった火葬場は全てダイナマイト破壊されており長年に渡って雨曝しだった)。さらに、害虫駆除室と殺人ガス室におけるチクロンの使い方は、その残置時間全然異なる。害虫駆除ではシラミはなかなか死なないので、通常は丸一日の燻蒸を行ったのに対し、殺人ガス室では証言によるところ、せいぜい三十分以内であった。死体火葬処理の方に時間がかかるため、一箇所のガス室での集団処刑はせいぜい1日に一回、多くても2回が限度だった。したがって、殺人ガス室の後とされる場所にプルシアンブルーが生成されていなくても、何ら不思議はない。以上のことから、プルシアンブルーを含めない検査方法でなければインチキである。それをやったのが、ポーランド公的機関であるクラクフ法医学研究所であり、結論として殺人ガス室があったとみなして良い結果を得たのである

ロイヒター&ルドルフレポートに対抗したクラクフ報告とは。|蜻蛉|note

 

野外焼却をやったというが、戦時下の燃料不足だったから、死体焼却に貴重な燃料を使うわけがない。

野外焼却の証拠は、まず司令官ルドルフ・ヘス自叙伝記載されているものがある。他にも複数人の証言がある。また、1944年中の米軍による航空写真にそれら証言が伝える場所での煙が写っている、さらにはユダヤ人ゾンダーコマンドによる極秘に取られた焼却中の写真もある。さらには1960年代に行われた民間会社による野外火葬場所の発掘調査で遺灰などが発見されている。否定派は、「アウシュビッツに焼却用の燃料がなかったこと」「どのくらいの燃料が必要だったか客観的根拠」など、否定すべき内容についての証明を一切行っていない。なお、アウシュビッツビルケナウ収容所は、十万人規模の囚人と二千人規模の親衛隊員を有する巨大施設であり、燃料不足で燃料を使わず活動生活していたなど信じ難い。ユダヤ人絶滅は「総統命令」として実施されており、極秘作戦だったから、遺体証拠隠滅必須であり、戦争遂行と同じであって、何が何でも実施したであろうことは想像に難しくない。彼らは命令で動いていたのである否定派は、何故ユダヤ人絶滅をやっていたのかを全く考慮していない。戦況が敗戦必至になって、絶滅作戦が中止されたが、それもまた親衛隊トップヒムラー命令であった。

 

アンネの日記捏造だ!

今更何を……。[しかしいまだにアンネの日記デマツイッターなどでしばしば流れる

Twitterホロコースト否定論への反論(18):アンネ・フランクの日記|蜻蛉|note

 

1947年ワールドアルマナックによると、1939年当時、世界ユダヤ人人口は15,688,259人だった。この数字米国ユダヤ人委員会提供したものである。次に、1948年2月22日付のユダヤ系新聞ニューヨーク・タイムズ」によると、この年の世界ユダヤ人人口は「パレスチナに住む60~70万人に加えて、1,560~1,870万人に達する」と書かれている。600万人もの人々を失ったのに、戦時中ユダヤ人人口がこれほど急増したのはなぜだろうか。

からあるアルマナックデマと呼ばれる既に何度も論破された愚論。戦後センサスがアルマナックに反映されるのは1949年まで待たなければならない。それまでは、単に1939年の値からの推計値を記載していたのである。また、ニューヨークタイムズは後日、その数字を1200万人に訂正している。

 

戦後ダッハウガス室大量虐殺があったと言われていたのに、今ではダッハウガス室では処刑は行われなかった、と言っていることが変わっている。おかしいではないか

ダッハウ米軍が入った時、大量の囚人死体があったのは周知の事実であるガス室のあった建物であるバラックX周辺にも遺体が山積みとなっていた。そして「浴場へ」と書かれた看板のある、ダミーシャワーのついた謎の部屋……、戦時中からドイツ軍ユダヤ人のガス処刑をしていることは広く連合国側に伝わっており、これらの状況からダッハウガス室大量虐殺をしていたと誤解しても致し方のない状況であった。米軍は当初勇足で「ダッハウガス室での大量虐殺」を報告してしまった。しかし、直接的な目撃証言裏付けのある証拠が当初は見当たらず、ガス室でのガス処刑があったとは言えないとわかるのは1960年代まで待たなければならなかった。のちに僅かな目撃証言文書資料が見つかったが、裏付け能力に乏しく、「実験的なガス処刑があった可能性がある」くらいしか言えない。いずれにしても、歴史的事実がさまざまな調査研究により、後々になってより詳しく判明していくのは当たり前のことである。とくにおかしいところはない。

 

今ではベルゲン・ベルゼン収容所大量死体は餓死病死によるものと判明しているのに、今だに「大量虐殺の動かぬ証拠!」のようにテレビなどで用いられている。これらは嘘っぱちである

知らんがな。確かにNHK番組ですら誤ったホロコーストの内容を伝えていることはある。実は著名な研究者ですら、非常に細かいところで誤った記述をしていることもある。しかし、日々のニュースでさえも、「先ほどのニュースの中に誤りがありました。訂正してお詫びします」を聞かない日はない。人は誤りを犯す生き物である。それが何か? 

  

……ほんとにネット界隈(特にTwitterYoutubeあたり)は修正主義支持者が多いので、誰か手伝って欲しいくらいなんだ……

2022-09-13

フランスの「反セクト法」と同じもの日本で導入するべき

カルト宗教団体である統一教会が原因で安倍元総理が銃撃・殺害される」という事件が起きたにもかかわらず、政府カルト宗教団体統一教会)に対する反応は鈍い。

統一教会 政府側“解散命令 裁判所請求する要件満たさず” | NHK | 旧統一教会

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220912/k10013814621000.html

山上徹也容疑者母親事件を受けて「統一教会に対して申し訳ない事をした」なんて謝罪をしていて、いかカルト宗教団体による洗脳マインドコントロールが恐ろしいものであるかを再認識させられる。

統一教会からの「返金終了」が山上家貧窮の決定打 兄の自死が再起を図る徹也の希望を打ち砕いた(msnニュース

https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E7%B5%B1%E4%B8%80%E6%95%99%E4%BC%9A%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE-%E8%BF%94%E9%87%91%E7%B5%82%E4%BA%86-%E3%81%8C%E5%B1%B1%E4%B8%8A%E5%AE%B6%E8%B2%A7%E7%AA%AE%E3%81%AE%E6%B1%BA%E5%AE%9A%E6%89%93-%E5%85%84%E3%81%AE%E8%87%AA%E6%AD%BB%E3%81%8C%E5%86%8D%E8%B5%B7%E3%82%92%E5%9B%B3%E3%82%8B%E5%BE%B9%E4%B9%9F%E3%81%AE%E5%B8%8C%E6%9C%9B%E3%82%92%E6%89%93%E3%81%A1%E7%A0%95%E3%81%84%E3%81%9F/ar-AA11Ezxd

上の記事によると、山上容疑者母親統一教会に約1億円の献金をしていたが、2005年山上徹也の自殺未遂後、伯父が仲介して5000万円を毎月30万円から40万円ずつ分割返済する合意をしたのだという(もっとも、「献金以外にも多額の金が山上容疑者母親から統一教会に流れている」可能性が指摘されている)。

その後、2013年に返金が終了し、2年後に山上容疑者の兄が自殺山上家では、生活費医療費について統一教会からの返金に依存している状態で、返金終了とともに実質的一家収入が途絶えたのだという。

このことについては、「統一教会山上容疑者母親から巻き上げた金を全額返金していれば誰も不幸にならなかったし、安倍元総理銃撃事件も起きなかった」のではないだろうか。

ところで、日本統一協会から韓国1999年から2008年の9年間だけで4900億円が送金されているのだという。

こうやって集められたカネは、どのくらいの額に達しているのか。小誌は、日本統一教会から韓国への送金額が書かれた内部資料を入手した。

ここには、九九年から約九年間の送金額が、月ごとに記載されている。もっとも多い月は〇〇年の四月で、百九十四億円あまり。年間でみると一番多いのは〇四年で、六百六十九億円が送られている。年平均にすると、約五百七十億円。総額では、この期間だけで約四千九百億円にも達する。

(「統一教会 日本から「4900億円送金リスト」を独占入手!少女時代イベント登場、冬季五輪会場も買収・・・」(週刊文春)より)

これは、原資は「日本国内の個人資産」なので、「日本から韓国への富の流出」だといえる。仮に4900億円を慈善団体教育科学技術の発展などのために寄付していれば社会ポジティブな影響を与えることが出来ただろうが、「洗脳マインドコントロールされた信者金銭的に搾取される」という形であったので、元は日本人の個人資産であった富が韓国カルト宗教団体流出したわけだ。

それでは、韓国統一教会流出した金(献金)は、結局、どの様に使われたのだろう?

統一教会が北朝鮮に献上した5000億円 文鮮明が金日成に「お兄さんになって」 | 週刊文春 電子

https://bunshun.jp/denshiban/articles/b3894

上の記事によると、統一教会1990年代から北朝鮮への莫大な資金提供を繰り返しており、その総額が5000億円なのだという。日本政府拉致問題等で北朝鮮制裁しはじめた時期だ。

日本統一協会から韓国へ送金された金額が4900億円(1999年から2008年)で、統一教会から北朝鮮への資金提供総額が5000億円(1990年代〜)。

これは何かの暗号なのだろうか?

そして、仮に「統一教会から北朝鮮提供された5000億円」のごく一部であったとしても、北の核開発のために使用されていた場合、「統一教会ISISイスラム国)と同じテロ組織」だと評価するのが妥当だろう。

このような構図があるにも関わらず、現状、下の記事のように国会議員統一教会との関係根深い。

自民党議員179人が旧統一教会と"接点"…121人の氏名を公表 関係深いと指摘の「安倍元総理」は対象外、一体なぜ?(TBS NEWS DIG Powered by JNN

https://news.yahoo.co.jp/articles/a8405caad17f2b36958e18b603dc9bb38d91f235

政治家国会議員立場としては、統一教会のようなカルト宗教団体関係を持って個人的なメリットがあるならば、「山上家のような日本一家霊感商法被害にあって破滅しても、日本から韓国に4900億円の富が流出しても、それとほぼ同額の5000億円が統一教会から北朝鮮へ送金されて北朝鮮の核開発のために使用されても構わない」のだろうか?

統一教会による霊感商法被害は昨日今日始まった事ではないのだから、少なくとも記事にある統一教会関係のある自民党議員179人は、「統一教会日本信者から巻き上げた金が北朝鮮の核開発のために使用されても構わないと考えている」と信じられても仕方がないだろう。

ところで、私は統一教会のようなカルト宗教団体日本活動している実態を「気持ち悪い」し「社会を不健全化させている」と感じている。

対して、フランスでは2001年に「反カルト法」が設置され、2013年首相直属のセクト対策機関「ミビリュード」も設置されて、規制対象となった統一教会は追い出されている。

統一教会1960年代から布教西欧でも開始し、70年代から厳しい集金システム信者となった人が親族意思疎通が不可能になることなどが報じられ、日本と同じような社会問題に発展し、反セクト法で規制対象とされたことで活動が行えなくなり「過去遺物」と化した[1]。

(「反セクト法 - Wikipediahttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%88%E6%B3%95)」より)

また、フランスの「反セクト法」では、セクト識別するための次の10基準を設けている。

1.精神不安定

2.法外な金銭要求

3.元の生活から意図的な引き離し

4.身体の完全性への加害

5.児童の加入強要

6.何らかの反社会的な言質

7.公序への侵害

8.多大な司法闘争

9.通常の経済流通経路からの逸脱

10.公権力への浸透の企て

(「反セクト法 - Wikipediahttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%88%E6%B3%95)」より)

上記基準に従うと、統一教会基準の1,2,3,8,9,10に、オウム真理教はほぼ全てに、他のカルト宗教団体複数基準に該当することが確定していたり疑われている状態であることは明らかだろう。

日本社会において、カルト宗教団体が跳梁跋扈してよい事は何もない。

日本人がカルト宗教団体から精神的・(金銭を含む)物質的な被害を受ける

社会が不健全化する

同調圧力が強くなり閉塞感が増す

労働者生産性が低下する

・嘘つきの論理がまかり通り正直者が馬鹿を見る

自分が得をするのでカルト宗教団体を受け入れる議員官僚公務員が現れる

日本から韓国を経て北朝鮮に富が移転する

カルト宗教団体実質的犯罪組織として機能する

以上のような経緯から安倍元総理銃撃事件統一教会問題を踏まえ、岸田政権日本政府は「セクト対策機関」を設置し、併せて「反セクト法」を制定するべきだ。

そして、もしもその様な簡単なことが実現できないとしたら、この後に、それは「この国がすでに終わっている」例証の一つに数えられることだろう。

2022-09-07

6歳児とオールディーズ

最近、車ではオールディーズを聴いている。オールディーズ1960年代までの洋楽ヒット曲で、自分は今まで聴いていなかったが、ラジオ番組きっかけで聴くようになった。自分が好きだったのは1970年代以降のロックなのだが、子どもと一緒の時にはあまりふさわしくないのでオールディーズは都合が良い。1960年代ロックでも、まだハードロックヘヴィメタルが本格化する前でそれほど激しくないので子どもにも安心(?)である。それまではドラえもん主題歌とはいえ星野源)などを聴いていた子どもオールディーズを気に入ったようで、車中で聴きたいと言ってくる。CSN&Yのウッドストックホリーズハーマンズハーミッツなどを聴いている。英国出身バンドの曲では初のビルボードチャート一位を成し遂げたテルスターも気に入っている。子ども自分では情報収集出来ないので親が聴いているもの聴くしかないのだが、やはり良い曲は良いのだろう。

2022-09-04

[]

 TBS報道特集金平茂紀キャスター降板

筑紫=多くのジャーナリストの中でも、ニュース番組を中心に独自の主張を貫いた。それにしても70歳をやっと超える生涯は、決して普通ではない。筑紫は自らが認める筋金入りのスモーカーであった。ちょうど20年前、ニューヨーク暮らし筑紫は、当時の米国がなぜドラスティックタバコ抑制に向かったか理解できなかったようで

筑紫「この厳しい喫煙御禁令は、タバコのおいしさを日々知らせてくれる効用がある。我慢を重ねた上の一服の楽しさは、自由に吸える日本で味わえるものではない」

このタバコに対する認識それから20年、禁煙社会に向かう世界うねりによっても殆ど変えられることはなかったようだ。

いくつかの利点。

幻覚作用を持たず、仕事をやりながらでも使用でき、

喫煙者になったからといってすぐに健康を損ねたり死ぬことはない。

飛びきり強い依存性を併せ持っていた。

おそらくアルコールに次いで人類に最も広く用いられたドラッグとなった。

1960年代を境に大きく凋落していく。他のドラッグにはない致命的な欠陥が明らかになったのである。他の薬物にはない「ガンを引き起こす」という欠点が知られるところとなった。

国家のありようを常に独自視点で鋭く抉っていた筑紫が、国のダーティビジネス典型的犠牲者となったこはいささか皮肉

2022-08-21

anond:20220821104130

https://data.oecd.org/pop/fertility-rates.htm

1960年代から1980年代あたりでは先進国日本新興国出生率が低下しているので、

「そこまでは世界共通問題なので不可避であり、日本けがその前の状態に戻れるわけがない」

というのが基本認識なのではないだろうか。

逆に言えば、その後は国によって明暗が分かれたので、そこでの成否の原因を追究しよう、ということなのでは。

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