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2017-08-13

グーグル思想残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 脚注

[1] この文書はもっぱらグーグルマウンテンビューキャンパスでの視点から書かれている。私は他のオフィスや国について語ることはできない。

[2] もちろん、私にもバイアスがあるかもしれないし、自分視点を支持する証拠だけを見ているのかもしれない。政治的バイアス観点からは、私は古典的自由主義者であり、個人主義と理性に強く価値を置いていると思う。私はこの文書について喜んでさらなる議論を行いたいし、例証を挙げたい。

[3] 私は、この文書を通じて”技術職”を、ほぼソフトウェアエンジニアリングという意味で使っている。

[4] ロマンチックな男女関係において、男性はより強く地位によって値踏みされ、女性は美貌によって値踏みされるさらにこれには生物学的起源があり、文化的普遍性がある。

[5] Stretch、BOLD、CSSI、Engineering Practicum(ある程度は)、それと特定ジェンダー及び人種のためのいくつかの他のグーグル提供の内部、外部プログラム

[6] 代わりにある特定層のための潜在的なGooglegeistのOKR設定。私たちは、特定グループにとっての環境を良くすること(それはサーベイスコアによって確認できる。)によっても、保護された地位に基づく差別化(それは違法であり、すでになされていると私は見ている。)によっても、組織レベルでの登用を増進させられる。登用増進OKRは後者インセンティブとなりうるし、組織間でのゼロサム闘争を作り出しかねない。

[7] 共産主義資本主義より道徳的にも経済的にも優れていることを約束する。しかし、その試みは全て道徳的には堕落経済的には失敗している。自由民主主義社会労働者階級が”資本主義の抑圧者”を倒そうとしていないことが明らかになったときマルクス主義知識人階級闘争からジェンダー人種政治へと移行した。抑圧者-被抑圧者の中核的な力学は残り、今や抑圧者は”白人で、ストレートで、シスジェンダーの家父長制”である

[8] 皮肉にも、IQテストは当初能力主義貴族政治犠牲者を助けとなることを意味していた時代左派によって擁護された。

[9] もちろん、全国的な総計において、女性さまざな理由男性より賃金が低い。ただ同じ職業につく限り、女性男性と同じだけの賃金を得ている。女性男性よりお金を使い、給与というもの従業員がどれだけのもの犠牲にしたか(例えば、より多くの時間ストレス危険)の指標であることを思えば、権力に関わるステレオタイプを考え直す必要がある。

[10] 伝統的なジェンダーシステム支援必要男性というアイデアをうまく扱えない。男性は強く、不平を言わず、自ら問題対処することを期待される。男性問題は、ジェンダーによる行為主体性の考え方によって、しばしば犠牲者というよりは個人的な失敗とみなされる。これは泣き言、不平、弱さの現れとみなされることを恐れて、男性男性問題(それが個人的ものにせよ集団的ものにせよ)に注意を払うことを妨げている。

[11] 政治的正しさは、”社会的に恵まれない人たちや差別されている人たちの集団排除し、軽んじ、侮辱すると受け取られるような表現と行動を避けること”と定義される。それでなぜそれが左派現象であり、権威主義者の道具であるのか明らかだろう。

2017-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20170430095809

最終的には好みというか価値観問題なっちゃうんだけど、基本的刑罰を新たに法定するためには、①目的重要で、②その目的達成にとって当該刑罰が、役に立つこと、必要最小限度であること、が言えなければならない。根拠憲法。今回なら13条とか31条とかかな。

んでまず①目的重要かってところなんだけど、今回であれば「現在日本においてテロが頻発する蓋然性があることを、客観的証拠資料を以て証明できるか」という話になる。

賛成派であれば世界テロが頻発する情況例証として挙げたりして、反対派であれば日本で目立ったテロ事件が起きていないということを例証に挙げるだろう。

次に②刑罰合理的必要的かってところなんだけど、今回であれば「共謀の段階で捕まえなくても、実際に実行した段階で捕まえればテロ防止として十分なんじゃないの?やりすぎなんじゃないの?」ってところが問題になる。

賛成派であれば増田が書くように、ここまでの厳格な要件が揃っていれば冤罪危険も少ないしやりすぎではない、という主張をするだろう。反対派であれば、そこまで分かっているのであれば警察が徹底的にマークして、いざ実行に出ようとした段階で逮捕すればいいじゃん、ということになる。

まあ最終的に判断するのは最高裁なんだけど、個人的には、現在日本で目立ったテロ事件が起きているわけではない(というか具体的にどの団体問題にしてるのかがよく分からない)ので、やや拙速かなと思う(上記①を欠く)。ただ起きてからじゃ遅いんだ!って意見もっともだと思う。

2015-05-28

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

2015-05-20

死刑

  主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

8 -

2015-05-19

死刑判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

  • 1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

  • 2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

  • 3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

  • 4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

  • 5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

  • 6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

  • 7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

  • 8 -

2015-05-16

死刑に関するわが国の考え方が伺われる最高裁判決

         主    文

     本件上告を棄却する。

         理    由

 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決法令解釈を誤りて適用した違法

判決である即ち原判決被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑

の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員によ

拷問及び残虐な刑罰絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最

も残虐な刑罰であるから憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死

刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決被告人に対

し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百

条に於ける死刑規定適用して被告人死刑を言渡したのであるから法令解釈

を誤りて適用した違法判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる

刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑

である。それは言うまでもなく、尊厳人間存在の根元である生命のものを永

遠に奪い去るものからである現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を

行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対し

死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑執行するかを法定してい

る。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人死刑を科するか他

刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑判決は法定の方法手続に従つ

現実執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国

刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判考慮が払われている。されば、

各国の刑罰史を顧みれば、死刑制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、

常に時代環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたという

  • 1 -

ことが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法国防安法陸軍刑法

海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のご

ときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法一般的概括的に死刑

のものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するよ

うに、果して刑法死刑規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。

まず、憲法十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対す

国民権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規

定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳

格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生

命に対する国民権利といえども立法制限乃至剥奪されることを当然予想してい

ものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生

命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せら

れることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけ

ると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきであ

る。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑執行によつて

特殊社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会防衛せんとしたものであり、また

個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉

のために死刑制度の存続の必要性承認したものと解せられるのである弁護人は、

憲法第三十六条が残虐な刑罰絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法

死刑規定憲法違反だと主張するのであるしか死刑は、冒頭にも述べたよう

にまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのも

のが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ

死刑といえども、他の刑罰場合におけると同様に、その執行方法等がその時代

環境とにおいて人道上見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合

  • 2 -

は、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり

はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定され

たとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条違反するものというべ

である。前述のごとくであるから死刑のものをもつて残虐な刑罰と解し、刑

死刑規定憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙

者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)

問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ

カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通

人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニア

リマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被

告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通ヘラレヌ事ダガドウカ」

答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人一見

神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一

八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタ

ルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被

告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事

項に属するのであるから本件の如く被告人精神状態に付き顕著なる疑ひある場合

は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告

人の精神障礙の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなけれ

ばならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人死刑に処したのは審理不尽

の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人精神障礙のあつたことを

疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人精神障礙のないことを認めて判決したの

  • 3 -

であるから、原審が被告人精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとして

も、審理不尽違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て

弁護人被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむ

ものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人精神に障礙あ

るを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したので

あるから判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特

判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決

あるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人

精神病懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規

定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点につ

いて判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由

ない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判

決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見

 憲法は残虐な刑罰絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰

あるとすれば、憲法は他の規定死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法

第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科

しうることが窺われるので、憲法死刑ただちに残虐な刑罰として禁じたもの

はいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映し

  • 4 -

て右のような規定を設けたにとどまり死刑永久是認したものとは考えられな

い。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断国民感情によつて定まる問題である

而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時

代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りう

ることである。したがつて、国家文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする

平和社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感

じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定され

るにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条解釈もおのずから制限されて、

死刑は残虐な刑罰として憲法違反するものとして、排除されることもあろう。し

かし、今日はまだこのような時期に達したものはいうことができない。されば死

刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決違法を主張する弁護人

論旨は採用することができない。

 裁判官井上登意見

 本件判決理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法

文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡

単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもち

がつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまものたから、こ

れ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広

義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わ

ないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な

場合特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではな

いか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)

こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではない

  • 5 -

ので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑現代文明諸国で通

常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居

るかどうかと云うことである(我々の問題死刑規定して居る刑法の条文が憲法

第三十六条違反するものとして無効法律であるかどうかと云うことであり、つ

まり同条は絶対死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題からであ

る)そしてこれは純然たる法律解釈問題から何と云つても法文上の根拠と云う

もの重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると

思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠

と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法十三条は「

すべて国民は、個人として尊重される。生命自由及び幸福追求に対する国民の権

利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重

必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなけれ

ばその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定

て居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法公共の福祉の為めには法律

の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るもの

と見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の

中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対死刑を許さないと云う趣旨ではない

と解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、

私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈字義から云つても相当だと思う)反

対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三

一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十

六条絶対死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘

はらず絶対刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生

命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈であ

  • 6 -

る、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て

来るのは当然であり憲法文句としてこんなまずいことはないからである、他に第

三十六条絶対死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今

直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思わ

ぬことその他実質的理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居

ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑

いやなものに相違ない、一日も早くこんなもの必要としない時代が来ればいい」

と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て

私も決して人後に落ちるとは思はない、しか憲法絶対死刑を許さぬ趣旨では

ないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し

死刑必要としない、若しくは国民全体の感情死刑を忍び得ないと云う様な時が

来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上

裁判官死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはない

のが実状だから

 検察官橋本三関

  昭和二十三年三月十二日

     最高裁判所法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    庄   野   理   一

  • 7 -

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    岩   松   三   郎

            裁判官    河   村   又   介

 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

  • 8 -

2014-09-06

逆さ富士世界遺産

逆さ富士アナル世界複合遺産に登録しよう。

wikipediaより世界遺産の条件を抜粋してみた。

複合遺産文化自然の両方について、顕著な普遍的価値を兼ね備えるもの。)


自然遺産

(1) ひときわすぐれた自然美及び美的重要性をもつ最高の自然現象または地域を含むもの

アナルはひときわすぐれた自然美を有する!!


(2) 地球歴史上の主要な段階を示す顕著な見本であるもの。これには生物の記録、地形の発達における重要地学的進行過程重要な地形的特性自然地理的特性などが含まれる。

分からん


(3) 陸上、淡水、沿岸および海洋生態系動植物群集の進化と発達において進行しつつある重要生態学的、生物学プロセスを示す顕著な見本であるもの

進化と発達において進行しつつある重要生態学的、生物学プロセスだ!!なんせうんこが出るんだからな!!アナルは日々進化している!!


(4) 生物多様性本来保全にとって、もっと重要かつ意義深い自然生息地を含んでいるもの。これには科学上または保全上の観点から、すぐれて普遍的価値を持つ絶滅の恐れのある種の生息地などが含まれる。

こういう地形的なのはダメだな。


文化遺産

(1) 人類創造的才能を表現する傑作。

アナル芸術だーー!!逆さに盛り上がったアナル人類創造的才能を表現している!!


(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築技術記念碑芸術都市計画景観デザインの発展に関し、人類価値重要交流を示すもの

建築物とかではないな。


(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠

知らん。


(4) 人類歴史重要時代例証する建築様式建築物群、技術の集積または景観の優れた例。

関係なさそうだ。


(5) ある文化(または複数文化)を代表する伝統集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。

これも関係ない。


(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事現存する伝統思想信仰または芸術的文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。

顕著で普遍的アナル思想アナル信仰だ!!さらAVという芸術作品と直接関連している!!



ということで、アナル自然遺産1,3、文化遺産1,6の条件に当てはまるのではないか?

増田アナル普及協会はアナル世界複合遺産への登録をめざします。

2014-08-22

NAVERまとめ文章をパクられた上に1000円払うことになった

サイト記事本文をNAVERまとめコピペ引用要件を満たさないやり方で)されたので、NAVERまとめ権利侵害を報告したら、こんなメールが返ってきました。

メールの要点

以下、メール本文より引用

弊社サービス内に掲載されている内容の削除要請などにつきましては、

プロバイダ責任制限法特定電気通信役務提供者の損害賠償責任制限

及び発信者情報の開示に関する法律)に則り、対応を行わせて

いただいております

大変お手数ではございますが、以下《返信用URL》より、必要項目の記載

ならびに必要書類を添付しご連絡くださいますよう、お願い申し上げます

----------------------------------------

□お知らせいただきたい内容□

下記サイト内の書式:侵害情報の通知書 兼 送信防止措置依頼書

にあります必要項目をお知らせください。

http://www.isplaw.jp/p_form.pdf

1)申告者の氏名、住所、連絡先

2)掲載されている場所(まとめURL、まとめ投稿詳細URL

3)掲載されている情報

4)侵害されたとする権利名誉毀損誹謗中傷プライバシー侵害など)

5)権利侵害されたとする理由

6)発信者に対し、お客さまの氏名を開示しても差し支えないか否か

※2~5につきましては、掲載者への意見照会の際、

 そのまま通知することに同意の上、ご連絡ください。

----------------------------------------

□添付いただきたい書類□

本人確認書類

1)申告者が権利侵害されているご本人(個人)である場合

 下記よりいずれか2点

 ・印鑑証明書原本)、運転免許証住民基本台帳カード住民票原本)、

  パスポート

2)申告者が権利侵害されているご本人(法人である場合

 下記の2点いずれも

 ・貴社の印鑑証明書登記事項証明書

3)申告者が代理人その他の第三者場合

 1または2の書類に加え、下記1点

 ・ご本人から貴殿への委任状

----------------------------------------

弊社では、上記書類を受領し、お客さまよりお寄せいただいた本件対象情報

確認できた段階で、プロバイダ責任制限法第3条第2項第2号に基づき、

送信防止措置を講ずることに同意するか、発信者意見照会を行います

文章をパクられた上、金銭的・時間的負担まで強いられるってさ……

このメールによると、法人場合、盗用記事を削除してもらうには、登記事項証明書印鑑証明書を提出しなければなりません。双方の発行にはあわせて1000円くらいかかる。こちらはパクられた被害者なのに、なぜ修正してもらうためにここまでしなきゃならないのだろう。個人でも、パスポートがない人は、住 基カード住民票を取り寄せなきゃならない。役所に取りに行くにせよ、取り寄せるにせよ、なかなかの手間がかかるよね。

サイト記事権利確認なら、記事本文に指定のコードを貼る等の簡単なやり方で対応できるはず。実際、以前は問い合わせフォーム必要情報入力すれば、すぐに記事を削除してくれたんだ。 (例 http://kazu8.net/546.html  )

なぜパクられた被害者に金銭的・時間的負担がかかる仕様にしたんだろう。しかも、これだけやっても削除には相手の同意必要ってさ…

文章をパクられて被害を受けた上に、被害回復のためにも金銭的・時間的負担を強いられるって…なにこのセカンドレイプ。いや、1000円が惜しいんじゃなくてさ…なんだろう、財布をすった奴に「お前がそんなに言うなら財布は返すよ!でも、返してほしかったら1000円ちょうだい」って言われたみたいな気分。

こんなの絶対おかしいよ!

追記

なお、パクリ記事URLはこれです。http://matome.naver.jp/odai/2138302024536241901

私のサイトは、このひたすらコピペされているサイトの中の一つです。( 特定はされたくないので、この内のどれかは勘弁。申し訳ありません)リンク先を見ればわかるように、ただひたすら文章コピペしただけでオリジナルな部分が皆無です 。著作権法上の引用要件を明らかに満たしていません(もちろん、その旨も最初のメールで指摘しました)

こんなあからさまな著作権侵害でも対応してくれないんだなぁ…

追記2 NAVERまとめは「引用」にあたるんじゃないの?という意見について

NAVERまとめは、引用マーク出展URLを書いているから、著作権法的に認められる「引用」じゃないの?と感じる人もいるかもしれません。

でも、NAVERまとめ引用は、著作権法で認められた「引用」には当たりません。著作権法で認められた「引用」の条件を満たしていないからです。

文化庁は、著作物例外的な無断利用ができる「引用」は、以下の要件を満たす必要があると回答しています

ア 既に公表されている著作物であること

イ 「公正な慣行」に合致すること

報道批評研究などの引用目的上「正当な範囲内」であること

引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であること

カギ括弧などにより「引用部分」が明確になっていること

引用を行う「必然性」があること

キ 「出所の明示」が必要コピー以外はその慣行があるとき

文化庁 (2010, §8. 著作物等の「例外的な無断利用」ができる場合 ⑧ ア、「引用」(第32条第1項))

確かにNAVERまとめは「出展の明示」「引用範囲を明確にする」は確かに満たしています。が、

ウ…主従関係が明確であること 

もともとの著者が書いた部分が「主」、引用している部分が、質的にも量的にも「従」にならなければいけません。NAVERまとめ場合、単なる切り貼りなので、「主」の部分がないため、この主従関係要件を満たしていないのですね。

サイトからコピペ部分が「主」なのだ、と思う人もいるかもしれませんが、それがOKなら、他人著作物切り貼りして、自分の本だと言いはることも可能になりますよね。だから、やはりNAVERまとめは、この主従関係要件を満たしていないと考えるべきでしょう。

また、金銭を得る目的作成されたコピペまとめが『ウ 報道批評研究などの引用目的上「正当な範囲であること』かどうかも疑問です。

さらに、「カ 引用を行う必然性があること」も、そもそもの保護すべき「主」になる創作物がないため、その「主」を補足・例証するための「引用必然性」が生まれるとも思えないのですよね。

ということで、NAVERまとめ著作権法で認められた「引用」にはあたらないと思います

2014-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20140602151243

 元増田だけど。どうしてけんか腰なんかな。なんか痛いところ突いてしまってるのか?反応がそうとしか思えない。

  

 女が何を判断基準にするかはかってだし、何を判断基準にしてもいいように書いてるぞ。年収、髪、イケメン、それらは例証で、その他諸々、なんでもいいぞっていう含意は伝わるだろ?伝わらないってなら流石にビビるけど。で、よく女があげる理由になってるのが「年収」「ハゲ」「イケメン」じゃん?だからあげてるってのは流石にわかるよな。全員そう考えてるとかそういう個人の話してるんじゃなく一般論の話だ。

  

 ようするに、「結婚条件として一般論で語られている所に入れない男→不細工とかイケメンじゃない→じゃあこちらから結婚しに行かないと結婚できない」ってなるけど、「そもそも何で結婚するんだ?」という論理構成になっている。そこが読み取れずに意味不明な反論されても論点ずれてるように感じてしまう。

  

 ちなみに、ケツが青いというが、これでも文学とか哲学とかそれなりなんだけどなあ。25歳女で、この程度読解できない君より遙かに思想は上だと思う。ケツが青いっていう主張は、JKの「おっさんきめーんだよ」くらい無意味価値判断に聞こえるけど。そうなのか?

2013-05-29

腸が煮えくり返る

今朝、ヤフートップページを眺めていたら次のタイトル記事が見つかった。

母子遺体 役所に生活保護相談

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130529-00000004-asahi-soci

まーたいつものパターンの話だろう。

いつものパターンってのは中年から高齢者餓死ネタにした記事のこと。

10年前から見かけるようになり、今ではすっかり三文記事に成り下がった。

気の毒になあと思うが、1時間後には忘れて、たまに思い出して、また忘れる。

今回は違った。衝撃だった。

死んだ母親の年齢は28歳。子どもが3歳。

死因は餓死

餓死貧困の究極の形で、政府社会保障機能していない例証の一つだ。

28歳の母親と3歳の子もの子連れは街を歩けばよく見かける。

今日も多分、見るだろ。

ようするに俺と年齢が近い分だけ、想像力も親近感がわく。

どんな母親子どもだったんだろうか。

母親は我が子を愛し、子どもは愛をその全身に受けていたに違いない。

食べ物がなくなっていく。

日に日に元気をなくす我が子。

明日も生きてるだろうか。

ああ、この子、泣かない、動かない。

幸せだった日。

絶望

今日からこれが常態化していくのか。

この手の記事はいつの間にか三文記事になるのか。

10年後の俺はこの類の餓死事件にすっかり慣れるのか。

嫌だ。

腸が煮えくり返る。

悲しい。

 
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