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2020-08-29

anond:20200829134729

まず将棋界には強烈な「若手信仰」がある。

中学生棋士」に代表される「プロになった年齢が低いほど天才だ」という信仰

そして、それは概ね正しい。

その最新の証明藤井聡太だ。

将棋界には数十年ごとに「その時代覇者」とも言うべき大棋士が生まれている(木村義雄大山康晴中原誠羽生善治…)。

藤井聡太はその後継者位置を確保した。

現時点で既に藤井聡太は他の棋士よりも圧倒的に強い。

渡辺豊島・永瀬の三強と比べても頭ひとつ抜けている(豊島には四連敗中だが次にやれば勝てるだろう)。

その強さに対して、将棋ファンは単純に畏怖している。

その才能を尊崇し、新たな覇者誕生を祝福している。

が、それと「藤井聡太という棋士個人ファンか」というのは別の話。

そりゃ興行的に言えば「いつも同じ棋士が勝つ」「自分の贔屓の棋士がボロ負けする」なんてつまんないよ。

新たな歴史目撃者としての高揚と、古い歴史が塗り替えられるのを見る哀愁、どっちが強いかは人それぞれです。

2020-08-21

将棋界は昔から現実離れしてたよ。

昨今の藤井聡太さんの活躍でもって「現実フィクションを超えてくる!」とはしゃいでるラノベ作家がいるが、

ぶっちゃけ藤井さんの活躍くらいのこと、棋界では別に珍しくもないんだよなあ。

名人香車を引いて(香車を落とすハンデありで)勝った升田幸三

・69歳で病死するまで棋界の頂点、A級に在籍し続けた大山康晴

・打倒大山に闘志を燃やし、研究研究を重ねタイトルを奪取し、しかし36歳という若さ夭折した山田道美

・最年少プロとなり、C2からA級まで順位戦を1期抜けして、最年少名人戦挑戦まで止まらなかった加藤一二三

弱冠21歳で名人位についた谷川浩二

自身が編み出した前代未聞の新戦法「藤井システム」を引っ提げ、最高峰竜王戦ストレート勝ちし3期連覇した藤井

天才羽生善治に先んじて永世名人資格を得た、羽生小学生からライバル森内俊之

・幼いころから難病を患い、病体ながらもプロになりA級まで登りつめ、羽生に6勝6敗の成績を残し、30を待たずに他界した怪童村山聖

・7冠達成他、数多くの記録を打ち立て、現在更新中の羽生善治

升田・大山時代から羽生世代までで、ちょっと思いつくだけでもこれくらいは書ける。

いずれも「話ができすぎ」または「ありえないと思われていた」ことである

戦前から令和に至るまで細かく記せば、まあ軽くこれの20倍は書ける。

件のラノベ作家将棋ラノベを書くはるかからこの程度のことはざらなので、

彼のはしゃぎっぷりはちょっとミーハーに過ぎるのだ。

anond:20200821125534

じゃあ相当弱くなった69歳の大山康晴が一線級だった90年代レベルも低いんじゃね

2020-07-22

anond:20200719012111

レジェンド順位戦S級

S級1組

永世三冠以上

S級2組

永世かつタイトル20期以上

S級3組

永世称号保持者

S級4組

タイトル5期以上

カッコが付いている人は稼働していた時代が違いすぎて単純に比較できない人

S級奨励会

あと何期かでS級4組に昇格する現役棋士

タイトル戦3期で竜王戦のみ現役となっている桐山清澄九段事実上不可能なのでここに入れない。年齢や近年の実績から豊島と天彦以外は4組昇格厳しい。

藤井聡太は挑戦中の王位本戦トーナメントに残っている竜王ダッシュ三冠になれば今年中にS級奨励会に入会、更に来年これらを防衛するか王将叡王王座のいずれかを奪取でタイトル2年目でS級4組に昇格。羽生善治ですらS級4組は4年かかっているのに(それでも充分化物)!

2020-07-21

1960年7月18日世代

anond:20200720221040

載せるつもりはなかったのだけど参考として。プロ棋士数が今の半分以下の70人強しかいない時代でその中のtop201970年になっても基本的に年齢が10増えるだけでメンツ序列に大きな変化がないことを確認していただきたかった(1970年でも80人強しかいない)。

年齢棋士
48大野源一A級/8位)
47
46
45塚田正夫A級/7位)松浦卓造(A級/24位)
44高島一岐代(A級/19位)
43花村元司A級/12位)
42升田幸三A級/6位)
41丸田祐三A級/2位)
40本間爽悦(B1/20位)
39松田茂役(B1/15位)
38
37大山康晴名人/1位)原田泰夫(B1/14位)
36加藤博二(A級/9位)
35
34
33 灘蓮照(A級/5位)
32
31
30関根茂B2/16位)
29
28二上達也A級/3位)大友昇(B1/18位)
27
26山田道美(A級/5位)
25北村昌男(B2/13位)
24有吉道夫(B1/17位)
23芹沢博文(B1/10位)
22
21
20加藤一二三(A級/4位)

2020-07-20

1970年7月18日世代

anond:20200720212826

年齢棋士
58大野源一(B1/11位)
57
56
55塚田正夫A級/32位)
54
53花村元司A級/19位)
52升田幸三A級/9位)
51丸田祐三A級/15位)
50
49
48
47大山康晴名人/1位)原田泰夫(B1/13位)
46加藤博二(B1/16位)
45
44
43 灘蓮照(A級/18位)
42
41
40
39
38二上達也A級/7位)
37
36山田道美(A級/5位)】
35
34有吉道夫(A級/5位)
33佐藤大五郎(B1/14位)芹沢博文(B1/17位)
32
31
30内藤國雄(A級/3位)加藤一二三(A級/4位)
29板谷進(B2/20位)
28大内延介(B1/8位)西村一義C1/10位)
27米長邦雄(B1/6位)
26
25
24
23
22中原誠A級/2位)桐山清澄B2/12位)
21
20

タイトルホルダー(棋王戦創設前で全五冠)

大山康晴名人十段棋聖王将王位独占)

概観

1950年代半ば過ぎより、将棋連盟財政事情から1年間に採用される新四段を年に2人から3人と極端に絞っていた時代で、そのため若い世代に分厚い有力グループができる新陳代謝があったわけでもありません。もちろん俊英はきちんと昇段していくわけですが、そもそも奨励会の人数自体が少なく、年齢制限有名無実な時期さえありました(なので1960年に移ってもほぼ変化がないため、遡るのはここまでにします)。そういうこともあって1960年代は大山康晴が全タイトルを独占する時間が長く続き、二上達也加藤一二三が僅かにそこに手がかかる程度の圧倒的な独走状態でした。しかし打倒大山にその生涯を賭けたと言っていい山田道美が67年に棋聖位を奪取します。難病に斃れた山田はこの時点からわずか1ヶ月前の70年6月に36歳でA級在位のまま死去(そのため表中に特掲しました)。しか山田が開いた研究会でも鍛えられた中原誠が翌68年に山田から棋聖を奪取し20歳の若さで初タイトルさら内藤國雄が中原から69年に棋聖を奪取と、大山統一王朝終焉が間近な時期でした。

1980年7月18日世代

anond:20200720204513

年齢棋士
57大山康晴A級/3位)
56
55
54
53
52
51
50
49
48二上達也(B1/19位)
47
46
45木村義徳A級/34位)
44有吉道夫(B1/12位)
43
42
41
40加藤一二三A級/6位)内藤國雄(A級/7位)
39板谷進(A級/21位)
38大内延介(B1/15位)
37米長邦雄A級/2位)
36
35勝浦修(A級/4位)
34森雞二(B1/16位)
33石田和雄A級/10位)田中魁秀(B2/17位)
32中原誠名人/1位)桐山清澄A級/13位)
31佐藤義則B2/14位)
30 森安秀光(A級/5位)
29
28
27青野照市(B1/8位)宮田利男C1/20位)
26
25
24
23小林健二(C1/11位)
22
21
20福崎文吾(C1/18位)
19
18谷川浩司B2/9位)

タイトルホルダー(王座戦一般戦時代のため全六冠)

中原誠名人十段棋聖棋王米長邦雄王位大山康晴王将

概観

筆者にとってはここから数年後が将棋に興味を持ち始めた時期のため個人的には印象の深い顔ぶれが並ぶのですが、改めて1990年世代表と比較すると、羽生世代と55年組が年齢の関係で登場していないことを除けば、主たる顔ぶれに大きな変化がありません。大山から中原への世代交代を経て米長の台頭と加藤の才能の遅れながらの円熟を迎えた70年代の熱が、80年代いよいよその盛りに達しようとするまさにそういうタイミングであり、それが1990年の段階でまだまだ勢いを持っていたと見るべきでしょう。そういう意味でも、羽生善治は「最も最適のタイミングで出現した」と言えるのかもしれません。

谷川浩司登場

そういう熱の中に、1人とびきりの若さで登場した谷川浩司の衝撃、をリアルタイムで感じることのできない当時の私の年齢ではありましたが、こうして見ればその存在感の突出さも別の意味理解できようというものです。ただ、谷川80年代を通してついに「自らの統一王朝」を開くまでには至らず、中原と押し引きを続けている間に羽生とも戦わざるを得なくなるという状況を迎えました。

板谷四郎一門の存在感

藤井聡太大師板谷進とその弟弟子石田和雄A級に、さら板谷進の弟子小林健二が将来を期待される俊英として名を連ね、板谷四郎一門のある種の盛りを迎えています。途中石田弟子高見泰地が叡王位を獲得するとはいえ、ここから40年を経て「東海タイトルを」が結実するというのは、年月の長さを感じます

1990年7月18日世代

anond:20200719124707

ここまで来たら1970年までさかのぼってみようと思います

(なお、データはけんゆう様作成の「将棋棋士成績DB」を参照しています。けんゆう様には感謝を申し上げます

年齢棋士
67大山康晴A級/27位)
66
65
64
63
62
61
60
59
58
57
56
55
54有吉道夫(A級/22位)
53
52
51
50加藤一二三(B1/13位)内藤國雄(A級/17位)
49
48
47米長邦雄A級/8位)
46
45
44
43
42中原誠名人/3位)
41
40淡路仁茂(B1/18位)
39
38真部一男A級/50位)
37青野照市A級/7位)
36
35
34
33
32
31
30高橋道雄(A級/12位)福崎文吾(B1/20位)
29
28谷川浩司A級/1位)
27南芳一A級/5位)島朗B2/14位)
26神崎健二(C2/19位)
25塚田泰明(A級/11位)中田宏樹(C2/16位)
24森下卓C1/2位)
23
22阿部隆(C2/10位)
21
20佐藤康光C1/5位) 先崎学(C2/15位)
19羽生善治B2/6位)
18屋敷伸之C1/9位)

タイトルホルダー

中原誠名人棋聖王座:この直後8/1に屋敷伸之棋聖位を奪取されます谷川浩司王位羽生善治竜王米長邦雄王将南芳一棋王

縦長の表

このシリーズで一番の縦長ですが、その原因は言うまでもなく大山康晴です。この2年後69歳でA級在位のまま死去。ほんの数年前までは羽生善治ならそれに並びうるのではと思われていましたが、さてそれが達成できるかは見ものです。私も健康に気をつけてせめてその歳までは健康に生きていたいと願っております。あと、有吉道夫・内藤國雄の西の両巨匠もまだまだ指し盛りですね。ご両名はそれぞれ74歳、75歳まで現役を務めました(内藤規定による引退を待たずの自主引退)。このお二人が関東在住でしたら、2020年において長老格として加藤一二三けがメディアを独占する、ということもなかったのではないかなあ、とも。

55年組

この表だけ見ると谷川浩司の周りにずらっと名前があって多士済々。しかタイトルホルダーやタイトル経験者、A級在位者が多い。特に南芳一にいたってはこの前後数年でタイトル5期を重ねるなど最充実期といっていい活躍。にもかかわらず「谷川世代」という呼ばれ方はついにされず、しかもその後の歴史を見るに多分それは正しかった。1991年最後に、福崎文吾まで含めてこの年代棋士谷川以外誰一人タイトルに届きませんでした。そういう意味では、棋界の「見る目」というのは冷徹なほどに的確です。また、もしかしたら2020年における30歳前後棋士たちへの評価に重なる部分があるのかもしれません。

森下卓

この表だと塚田泰明とは1つしか年齢が違いませんが学年では2つ、プロ入りでは3年度下なので、55年組よりは「羽生世代」に近い位置づけをされる森下卓。昨年木村一基が初タイトルを奪取するまでは「無冠の帝王といえば森下木村か」と言われる存在でした。この年24歳、C1在籍ながら準タイトル戦格の全日本プロトーナメントを制しています。棋界一の律儀者とも称される物腰の柔らかさとじっくりとした矢倉を得意とする棋風で人気も高く、一般棋戦優勝8回、タイトル挑戦6回を数えながらついに54歳の今日までタイトルに手が届いていません。そのことについては本人の口からも幾度か語られてはいますが、それを判定できる人はだれもいないのでしょう。書かずもがなの無内容なことながら、それでも一筆書かずにおれないところがあります

羽生世代ポスト羽生世代

はい、30年前にもうこうやって出てくるわけですよ。この表の中には名前ないですけど村山聖森内俊之はレート的にはすぐこの下にいますし、郷田真隆丸山忠久はこの年の4月に新四段になったばかり、翌91年4月には藤井猛が、同10月には深浦康市が四段に上がってきます。そして屋敷伸之上記の通り、2回目のタイトル挑戦中で中原から棋聖を奪取し史上最年少タイトルホルダーに輝く。上は大山から下は屋敷まで、そして中原谷川羽生の3人のスターを抱えるこの時期の「幅の広さ」はその前後には見られない豊穣さといえましょう。

若き羽生善治、そして藤井聡太

レーティングという指標で見るなら、実は羽生藤井聡太よりもほんの少しだけ早い17歳6ヶ月で全棋士中1位になっています(88年3月藤井聡太20202月17歳7ヶ月。この比較こそ数字遊びに過ぎませんが羽生のほうが藤井よりプロ入りが遅く勝率も低いのに対局数と勝数の要素でこうなっています追記eloにせよglickoにせよ「将棋棋士場合は」全体のレートがマイルドインフレする(対して大相撲力士レーティングは目立ってインフレしない)ので攻略する頂の高さは羽生より藤井の方がずっと高いのでした。その分藤井のほうが増やしやすくはありますが)。この時期は、ちょうど羽生にしては珍しい「不調」といえる時期で、もしかすると当時史上最年少でのタイトル獲得に伴う環境の激変の影響が出ていたのかもしれません。この年の秋には谷川の挑戦を受けた竜王戦で防衛を果たせず、年明けの棋王戦で南から棋王位を奪取してすぐにタイトルホルダーに復帰するものの、「前竜王」の呼称がなくなった現行の方式であれば、この4ヶ月弱ほど「羽生七段」になっていたということになります。そういう意味では、藤井聡太のここから1年ほど、あるいは高校卒業したあとの1年くらいの動向には注目すべきでしょう。これまでは学業優先で免除されていた普及活動将棋連盟主催イベントタイトル主催企画シンポジウム講演会の依頼、単著執筆依頼、テレビ出演への依頼などがそれでなくても多い対局の合間に豪雨のように降ってくるわけですから

2020-07-19

anond:20200718001048

ナンバーツーの系譜に名を連ねる渡辺明が、次代のナンバーワンの台頭によって久々に注目されている。

長年の将棋ファン的には、歴史必然というか、ついに渡辺明にもこのときが来たな、という感想を持つ。

将棋界というのは不思議なところで、いつの次代も絶対的ナンバーワンが存在する。

圧倒的な棋力で他の棋士を寄せ付けず、2、30年君臨し、次代のナンバーワンに禅譲する。

次代のナンバーワンはデビュー時点で文字通りのトップレベルの棋力を備え(*1)、また2、30年棋界に君臨する。

"常勝将軍"木村義雄(*2)、"巨星"大山康晴(*3)、"棋界の太陽"中原誠(*4)、"永世七冠"羽生善治、そしておそらくは藤井聡太だ。

ナンバーワンがいるならナンバーツーもいる。

中には全盛期にナンバーワンに勝てなかっただけみたいな棋士もいる。

ナンバーツーに誰を入れるかは2ch将棋板でも議論になるところだが、升田幸三(*5)、米長邦雄(*6)、谷川浩司(*7)、渡辺明は間違いない。

これに加藤一二三(*8)、佐藤康光(*9)、森内俊之(*10)あたりを入れるか、あるいはもっと色々な棋士が含まれるか、そもそもナンバーツーと言えるほど絶対的棋士谷川だけ、2番手集団で十分、以下略

絶対的ナンバーワンには必然的に記録がついてくる。

印象的なエピソードが数多あっても、決して色褪せない圧倒的な数字には及ばない。

逆に言うと、ナンバーツーも記憶には残る。

しろ万年2位の悲喜こもごもにこそ、心動かされるのが人の性ではなかろうか。

俺はそういうエピソードが好きだ。

木村義雄名人に糞と言い放った升田幸三。そのくせ陣屋事件引き起こし升田幸三。(*11)

大山いじめられ続け(と中原にまで言われる)、大山が衰えてやっと短い全盛期を迎え、中原と互角にやりあい名人も奪った加藤一二三。(*12)

二十歳そこそこの森下卓に頭を下げてまで自らの将棋を鍛え直し、49歳にして中原を下し名人位についた米長(*13)。

7番勝負最中阪神大震災被災し、関西将棋ファンの期待を一身に背負った王将戦羽生六冠王の挑戦を退けた谷川(*14)。

羽生と初代永世竜王をかけて戦い、棋界初の三連敗四連勝で竜王を守りきった渡辺明(*15)。

そして藤井聡太の初戴冠において、カメラを背負う側となった渡辺明

渡辺明は常々、記憶より記録に残る棋士になりたいと語る。

何より重要なのはタイトル獲得数、と語る。

一方で、羽生さんは本当にすごい、と語る。

自身ナンバーワンに連なる存在でないことを自覚し、自分羽生藤井聡太の間の棋士だ、と、悟ったようなことを語る。

そして、あまり語ってはいないが、名人に対するこだわりは絶対にあると思う。

渡辺明棋士の割にまともっぽい人だ。

三浦冤罪事件を起こしたクソ野郎だ。

ただまあ棋士なんて常識が無い人間ばかりなので、それはそれでいいんじゃないですかね。

渡辺明が悲願の名人を獲り、そして藤井聡太の挑戦を受けたりしたら、クッソ盛り上がるだろうな。

脚注

1. デビュー時点でトップレベル

谷川渡辺明プロ入直後の成績は中原羽生藤井聡太と比べると劣る。当時のトップレベルから少し(渡辺明大分?)落ちるようだ。

2. 木村義雄

名人8期(現役晩年まで名人しかタイトルが無かった)、十四世名人

十三名人関根金次郎の弟子。十二世名人小野五平や坂田(阪田)三吉から指導を受けたらしい。

3. 大山康晴

タイトル通算80期、十五世名人、他に永世称号4つ。

木見金治郎九段門下。

本文では中原デビュー後すぐにトップ棋士の座を譲った風に書いているが、中原誠に勝てなかっただけで他の棋士には変わらず勝ちまくっていた。

中原デビュー後の10年間は大山中原時代と言っていいだろう。

4. 中原誠

タイトル通算64期、十六世名人、他に永世称号4つ。

高柳敏夫名誉九段門下。

5. 升田幸三

タイトル通算7期、実力制第四代名人

木見金治郎九段門下、大山兄弟子。

6. 米長邦雄

タイトル通算19期、永世棋聖、。

佐瀬勇次名誉九段門下。膝に扇子を突き立て肘を乗せるスタイル木村王位ら一部の佐瀬門下に受け継がれている。

7. 谷川浩司

タイトル通算27期、十七世名人資格保持者。

8. 加藤一二三

タイトル通算8期。

永世称号が無いのに、何故か実力制第六代名人とは呼ばれない。

9. 佐藤康光

タイトル通算13期、永世棋聖資格保持者。現将棋連盟会長

10. 森内俊之

タイトル通算12期、十八世名人資格保持者、永世名人(名人通算5期)を羽生より先にとった。

11. 陣屋事件

第1期王将戦(木村義雄名人対升田)は升田の4勝1敗で王将獲得となったが、第6局が木村名人の香落ちで行われることになっていた。

当時の王将戦はそういう難しい規則だった。

升田は対局場である陣屋旅館まで来るも結局対局を拒否し、大騒動に発展する。

真相不明。升田は自身の子供のころからの夢「名人香車を引いて勝つ」と名人侮辱するかのような香落ち対局の間で葛藤し、このような行為に至ったのではないかとか言われている。

棋士総会より一任された木村義雄裁定により、升田の処分はお咎め無しとなった。

ちなみに大山王将(名人)との第5期王将戦では升田は香落ち上手も指して勝った(http://www.ne.jp/asahi/yaston/shogi/osyo/osyosen/05/osyo05.htm)。

12. 加藤一二三名人

翌年21歳の谷川に奪取された(史上最年少名人)。谷川によると、「加藤先生には申し訳ないが、名人中原先生であって欲しかった」。

13. 米長名人

名人就位式で「来年あいつ(羽生)が獲りに来る」と予言し、翌年本当に羽生に奪取された。

14. 谷川王将

翌年羽生は六冠を保持したまま再び挑戦者に名乗りを上げ、さすがの谷川もついに土俵を割る。寝癖の七冠王誕生時にカメラを背負った。

15. 第21期竜王戦七番勝負

当時渡辺明竜王連続4期、羽生通算6期であった。羽生が卓越した大局観を見せつけた第1局、渡辺明が激戦を制した第4局、第7局が名高い。

でも渡辺明は他タイトルは挑戦もろくにできないまま永世竜王になったため、当時の将棋ファン評価微妙な感じだったように思う。

その他

ナンバーワンの系譜なんてホントのところは偶然の産物しかないと思うし、当たり前だが将棋神様はいないし選ばれた人間けが名人になれる訳じゃないと思うけど、現実にそういうことが起きると人間はなんか運命的なものを感じて面白がるよね、ってだけの話。

2020-07-18

将棋界の現時点での世代

レーティング上位20人+A級棋士

年齢棋士
50佐藤康光
49羽生善治丸山忠久郷田真隆
48深浦康市
47木村一基
46三浦弘行
45
44久保利明
43
42
41
40
39
38
37
36渡辺明
35
34
33広瀬章人
32佐藤天彦
31糸谷哲郎稲葉陽
30豊島将之
29
28菅井竜也
27永瀬拓矢斎藤慎太郎大橋貴洸
26千田翔太
25佐々木大地佐々木勇気
24
23
22
21
20
19
18
17藤井聡太

藤井聡太渡辺明豊島将之永瀬拓矢

現在の四強。

タイトル戦もほぼこの四人で回している。

藤井は既に大山康晴中原誠羽生善治といった「時代支配者」の系譜に連なることが確定している感がある。

40代

いわゆる羽生世代と、そのすぐ下の世代

30代後半から40代前半にかけてが大きく空白になっているあたり、羽生世代による長きに渡る支配の爪痕がうかがえる。

ただし羽生世代ももう50歳、さすがに衰えは否めないか

30代

羽生世代に対して孤軍奮闘していた渡辺を筆頭に、現在キャリアピークを迎えた脂の乗った棋士たち。

天彦・広瀬・糸谷らは「平成チャイルドブランド」と呼ばれた世代(もともと「チャイルドブランド」と呼ばれたのは羽生世代である)。

また豊島・糸谷・稲葉は「関西若手四天王」とも呼ばれた。

これまでは羽生世代に押さえ込まれ、ようやく自分たちの出番だと思ったら下から藤井が登場。

やはり渡辺の言うとおり、悲しきかな谷間の世代ということか。

20

次代を担うであろう若手グループ。といってもほとんど20代後半である

いまのところ永瀬が頭一つ抜けた感があるが、今後はまだ分からない。

藤井別にして、このグループが数年後には棋界の中心となる。

20代前半の有力棋士を挙げるなら増田康宏・近藤誠也・本田奎といったあたりだが、現時点で藤井に対抗できている感じはしない。

10

現在、全棋士含めても10代は藤井聡太しかいない。

羽生善治場合は同世代ライバルが多くいたが、藤井一人勝ちを収めるのだろうか?

2019-02-18

anond:20190217220423

もともと大きいのもあったが淘汰されて今のになった

現在でも小規模ながら行われているのは中将棋のみ

ちなみに15世名人故・大山康晴中将棋の名手で一時期そっちに熱中して将棋をおろそかにしたこともあったらしい

なお中将棋大将棋は持ち駒の再利用はない

https://www.chushogi-renmei.com/

2017-06-27

棒銀って強いんだっけ

https://anond.hatelabo.jp/20170626192037

こんばんは、id:sugimurasaburo さんからIDコールいただきました。ありがとうございます船橋海神id:cj3029412)です。本職はねこちゃんの保護趣味ブログで嘆くこと、在野で中世古文特に助詞助動詞研究を行っておりますキャッチフレーズは「(´;ω;`)」「でかいです」。将棋も大の好物です。

以下は私の私淑する大野晋先生およびその決定的名著/集大成であらせられますところの(敬語誤用)「岩波古語辞典増補版」(2016/1/12補訂版第23刷)に依ります

よろしくお願いします。

けりの基本性質=回想の助動詞

加藤一二三という男、ありけり」を訳してみましょう

(A)~(D)は上の引用解説を便宜的に分類した符号。【訳】は私のもの(一部、戯れ)です。

失礼かどうか

元増田氏の理解(「加藤一二三という男がいたそうだ」)(「伝聞の過去」になるんじゃないだろうか?)とは少うし違いますけれど、私も第一感、失礼…というか、そんなに遠い昔の話だっけ、という印象です。端的にいえばアホバカクズ受信料払わねえぞと申し上げています

現代語に残る「けり」

ちょっと一休しましょう)ちなみに、この日記に私が付けたタイトル「強いんだっけ」の「け」がそうです。「けり」の「り」が落ちました。

もし強引にありえるとしたら

米長邦雄永世棋聖くらいでしょう。米長先生が戯れに「加藤一二三という男、ありけり」とおっしゃる、これはありえます。「君たちは知らないだろうが、私もいま思い出したのだが、加藤一二三という男がいましてね」あるいは「あら、こんなところに加藤さん、(ずっと)い(らっしゃっ)たんですね(気づきませんでした)」。しかしこれも(ジョーク以外では)無理がありますね。ありえるとしたらかなり特殊な状況ということです。

(参考) https://www.youtube.com/watch?v=pr6-Bv3RVTw

場合によりけり」の「けり」

https://anond.hatelabo.jp/20170626193212

トラバ増田氏、慧眼です。古文研究をやっていてよかったなあと思う瞬間です。筋違いながら御礼を。

ネットスラングの【場合によるんだ(よ)なあ】で訳すのが一番しっくりくると思います。(過去)回想/気づきの原義は退き、(自分も気づいた)から同意/強意/念押しのニュアンスが全面に出てくる、その変化点が味わい深いですね。ちなみに、この線でお題の「加藤一二三という男、ありけり」の出るような状況を無理やり設定するとしたら、棒銀のことを話題にしているのにスレのだれも加藤先生のことを話題に出さない。そんなときに【加藤一二三という漢がいたんだよなあ】と、誰かがきっと書き込むでしょう。例えば、そんな感じです。これも、やっぱり例外的ですね。

まとめに代えて

「けり」は、幅の広い、陰影に富む助動詞です。それを、おそらく伊勢物語から(あるいは、伊勢であることすら忘れて何となく)「昔、男ありけり。」をただ引っ張ってきてNHKは使ったのではないか想像します。ここから物語論範疇ですが「昔、~けり」とやると、一気に作品世界が遠い昔/架空物語に飛ぶ。その効果を古人はよほど気に入ったのでしょう。いろんな作品が「昔、~けり」を使っていますNHKはさすがに「昔、」とやるのはおかしいということまでは感じた。ならば、もう一歩、脚を止めて考えるべきだったと思います

  • 降る雪や明治は遠くなりにけり(草田男、昭6)

お粗末さまでございました。

追記:翻って元増田氏へ

「けり」の思い出し(回想)効果は、いちど忘れていたことが前提になります。いま、加藤一二三先生のことを忘れてしまっている人はいませんね。ですから失礼というのは正しい直観だと僕は思います

「けり」を使うくらいですから、7/1のNHKは「神武以来の」と形容されたデビュー当時の、みんなが直接体験過去としては忘れてしまっていたところにフォーカスするのでしょうか。あるいは第19期名人戦大山康晴先生こてんぱんにやられたことを加藤先生述懐していただき秘話を発掘するといった「気づき」があるのでしょうか。よもや、升田幸三米長邦雄冥土鷺宮から召喚するのか。期待しないで待ちたいと思います

いずれにせよ、今回、元増田氏が感じたような、現代人の古語の扱い方に対する「もやもや」は、古語研究もっとも大切な礎の1つです。ぜひ今後とも大切になさってください。楽しかった\(^o^)/

2017-06-21

大山康晴クズエピソード読めば加藤なんて大したことな

棋士が概ね優等生になったのは羽生が頂点に立ってからなんだな

2016-07-08

将棋歴史を見ると

木村義雄時代(1937〜1952)

大山康晴時代(1953〜1972)

中原誠時代(1973〜1992)

羽生善治時代(1993〜2012)

という感じでだいたい20年で区切っていけるわけですね。

そして2013年に何が起きたかというと、あの第二回電王戦なんですよ。

というわけで、

コンピュータ将棋時代2013〜)

です。

さて、2033年には何があるのでしょうか?

2008-12-13

将棋界をドラゴンボールで例えてみた

id:essaさんのエントリーにあるように、竜王戦(羽生vs渡辺明)がいま盛り上がってるのね。

第21期竜王戦 -- 高速道路の先にある名勝負

流れを簡単にまとると、

羽生が開幕から三連勝で今年の竜王戦は事実上終了

→いつもは旦那に対して辛辣or無関心(を装ってる?)な渡辺夫人がブログ上で異例の励ましメッセージ

 妻の小言。 : 『スラムダンク』

はてブ2chで、( ;∀;)イイハナシダナー

 はてなブックマーク - 妻の小言。 : スラムダンク

 【渡辺明竜王夫人】伊奈めぐみスレッド 

渡辺明がありえん三連勝で同星

 「めぐみが流れ変えたん?」

→最終戦に持ち込まれて将棋ファンワクテカ

将棋界って棋士キャラクターも人それぞれで面白いのね。

このワクテカ増田のみんな(15人くらい?)で分かち合いたいと思って、

将棋を知らない増田のために、わかりやすく棋士ドラゴンボールで例えてみたんだけど……

逆にわかりにくいかな。

梅田望夫 = ヤジロベーで雰囲気だけ掴んでもらえたらと思う。

将棋ファンだから、いつかドラゴンボール七つ集めて村山聖を生き返らせるんだ……。

 
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